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民間勧業雑誌に表われた教育的要求 その2

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民間勧業雑誌に表われた教育的要求 その2

(附)ニ、三の組織的な教育主張 内  山  克  已

(前 号 の 続)

6.勧業雑誌

 本誌は第1号(15.10.5)例言の1に「本誌発行ノ目的ハ本邦往古ヨリ今日二至ル農商工二 関シ諸事業ヲ興シタル有功者及ヒ篤志者ノ成績偉業ノ事実ヲ捜リ之ヲ刊行シテ天下二公布 シ以テ其名誉ヲ顕揚シ世人ヲシテ感発興起セシメ其殖産興利ノ志ヲ輩固ニシ大二郎業ヲ拡 張シ将来吾人倶二野幸福ヲ亨ソ事ヲ企図ス」の趣旨で刊行され,そして社告に「本誌ノ発 行ハ因ヨリ採撫ノ博沿ヲ要ス然ルニ古来物産工事二由テ世二鴻益ヲ遣シタル有功岬山シテ 其名ノ未タ世間二発揚セサルモノ天下ノ広キ顧フニ当二枚挙二野アラサルヘシ或ハ恐ル其 名工二厘滅セソ事ヲ故二四方ノ有志諸君請フ古人ト今人トヲ問ハス有功者ノ事蹟ヲ知ルァ ラバ写録ノ労ヲ厭ハス本社二寄贈アラン事ヲ……」と広く有功者の開発を訴えている。本 誌(東京日本橋区蠣売町1丁目4番地勧業雑誌社社主菊地虎太郎編集長伊東東太郎印刷長黒 崎大四郎企画 16年4月第13号で廃刊)は農工商各般にあたる有功者顕彰によって,勧業に資 せんとしたものであり,云はぽ勧業奨励のための人物顕彰誌である(顕彰事実略之)。

7.工学叢誌

 本誌は14年11月初号(第1輯)を刊してより永続した(東京芝区明舟町17番地工学会事務 所)。当初の意図は工学会(工部大学校卒業の工学士で設立)として,学事実業を討究ずるた め加盟会員に編纂頒布するにあった。

 ところが「……世ノ世々開明二進ム側帯ヒ工事ヲ要スル日二月二広ク且大……実二工業 ハ開化ノ進歩ヲ促シ国ノ富源ヲ開クノ最大要具タル事ヲ人戸ク遍ク知ルニ至レルヲ以テ…

…此ノ叢誌ヲ公刊シテ広ク世二益ヲ頒タン事ヲ望ムノ報四方ヨリ至ル……」 (註1)とい うことから, 「1.此ノ叢誌ハ工学工業及ヒ工事ノー切二関スル記事論説報告及ヒ其他有要 ノ事実ヲ編纂シ我国及ヒ外国工務ノ景況ヲ本会々員二報告シ併セテ公衆ヲシテ工業ノ何者 タルヲ知ラシムルヲ以テ目的トス」 (註2)として公衆に解放した。そして,その第1の 目的は工学の進捗にあり,而して窮理学上諸種進歩は理論と実地とを論ぜず総て実験の学 識より起るものにして,本誌の目的は又一般工学に関する学識の得達を進捗するにありと した(註3)。かくて教育的記事としては,第1冊(14年11月刊)に「化学者ノ要旨」(在 福岡 深堀芳樹述),第3巻,(15年1月刊)に「有用美術ノ説」 (工学士坂本復径),第5 巻(15年3月刊)には「工業不振ノ原因ヲ論ス」(在佐渡仙石亮草),そして第8巻(15年6 月刊)以降多くの雑記欄には母校工部大学校に関する記事が数々見られる。(例略)

 さて論説では,先の第3巻の「有用美術ノ説」は,美術を美麗と有用とを兼備せしむる を以て目的とせよとして一面その実用性を説いているが一引用文略一一(註4),特に第

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長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号

5巻の「工業不振ノ原因」に於ては,「国家ノ貧富ハ其ノ農工商ノ盛衰ト互二相併行ス農 商ノ盛衰劇職トシテ其ノ工業ノ巧拙馬漕ラザルハナシ然ハ即チ国家ノ貧富ハ直チニ其ノ工 業ノ如何二一リト云モ敢テ過当ノ言柄非ルが如シ……)(註5)として,今日の国家的窮 乏に際して之を挽回するに最も重要な工業は実に微々とて蕃殖を見ることなく萎靡してい る,その原因は「手ヲ以テ生計ヲ立ル事ヲ楽シミ才知ヲ以テ糊ロヲ計ルノ旧習」・「学業 ヲ勤ムル事ヲ知ルモ其ノ体育ヲ勉ムルヲ知ラザルノ文弱」・「耐忍実着ノ業ヲ避ケ優遊僥 倖ノ術ヲ遂ソトスル僥倖心」・「工学工術ノ功用活用結果ヲ疑ヒ危ブノ危疑心」 (註6),

即ち旧習・文弱・僥倖・危疑ノ4弊がある一引用交略之一一(註7)と論じているのが目

立つ。

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5 6 7

工学叢誌第1冊(14年11月刊)P・11(公刊ノ趣旨)

同前 扉裏 例言一 同前 P・10〜2(緒言)

同前 第3巻(15年1月刊)P・99〜100 同前第5巻(15年3月越)P.199 同前 P.200

同前 P.204〜5

8.中外工業新報

 本誌(11.6.13第1号創刊,16.6.20第15号廃刊 東京新橋竹川町17番地桜水会編輯長金子精一)

は, 「維新ノ中興指ヲ屈スレハ既二十……然うバ衣食住ノ安楽自在ハ如何ニシテ之ヲ得ム 日ク旧風ナリトモ公正ノー・工一業ヲ興シ恒産ノ遺ヲ修メ拮据能ク労二耐へ百折擁マサルニ アリ工業ノ名ハ太広漠ニシテ細大之ヲ網羅スルノ称ナリ……千種万類物トシテエナラサル ナシ……近世二至リテハ技偏ヲ海外二擬シ……又工ノ妙ハ昔時無用トシテ棄郵セル者ヲ挙 テ有用ノ妙機ト為シ賎劣ノ紛物ヲ製シテ精美ノ奇貨二化スルニ在リ……此編先ツ簡ニシテ 解シ易キ業ヲ録シ順序ヲ逐テ精妙深慮ノ技芸ヲ報告シ以テ授産ノー一助ト為サン事ヲ希フノ

ミ(註1)の趣旨に発するものである。

 本誌には殆んど教育関係論説は余り見出せないが,第64号(12.11.15)に,それは直接 実業教育の事に触れていないが学問は実学であるとする 「虚学実学の弁」 (註2),第 133号(15.7.8)の「天稟の才を以て之を輔くるに勉強と耐忍を以てす」べきを説いた才士 論(註3),第149号(16.2.17)の「職工ノ悪弊改良ノ按」(註4)が見られる程度であ

る(その他僅かの記事)・

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2 3 4

中外工業新報第1号(11.5。13)P.1〜2(緒言)

同前 第64号(12.11.15)P・759

同前 第133号(15・7・8)P.717〜8 新保序次 才子論

同前 第149号(16.2.17)1}.89.9〜902 大島圭介 職工ノ悪弊改良ノ按

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9. 中外水産雑誌

 本誌(東京本郷区劃木町2丁目43番地水産社発行13年7月初刊 14年9月第14号で廃刊)は,こ の時期としては稀有唯一の水産雑誌であった。本誌は大日本水産会の成立やその機関紙の 刊行とともに廃刊したが,その発行の趣旨は「……我国維新以還蓄殖の道稽々興り利便の源 頗る開け万里の電線信を瞬間に伝え1条の鉄路都鄙隣の如し勧農場魏然たり山動水涯拓せ       ひ

さるの隈なく工業一週乎たり僻陳邊壊興さ留るの業なし艸緑菌を固きて群平野に戯れ又糊 緯を張て佳樹園を茂る三脚た盛 と謂さる可けんや是を以て之を記する書頻に出て世を益 し人を利する甚だ大なり独り水産の事に至ては其之を秘して談ずるもの猶蓼々農星の如し 歎惜せさるへけんや」として,「専ら中外の水中物産に関する者を掲載し普く之を世人に 無して我邦水産物の改良繁殖に少輔あらんことを目的とした(註1)。この誌には全号を 通じて殆んど教育記事が見られないが,なかに一つ,「水産のすすめ」と題して次のよう に水産学の農学からの独立を説いているものがある。

  「……抑々水産の事業ハ之を学問上より論ずるときは中外ともに農学の範囲に属せる者たるを以  て我明治政府は客歳既に勧農局内に水産の一三を増置せられ………然かはあれども凡そ水産とは如  何なる性質にて従来農学野中に籠絡せらるムやと仔細に此に観察を下せば猶農学の山林学に関する  が如く恐らくは似て非なるの点なきこと能はざるべし……実際の事実に徴すれば到底水産は農の範  囲を脱し独立専門学科に成るにあらざるよりは焉ぞ能く其学術をして精悉便捷あらしむるを得べか  らざるや歴々して晰なり………(註2)

1 中外水産雑誌 第1号(13・7・18)例言l P.1(水産雑誌発行ノ主旨)

2 同前 第5号(13・ll.18) P・98水産のすすめ(P・97〜8)

10. 中外木材新報

 大日本山林会が創立され,その機関紙が刊される前の14年中に出版された林務関係の雑 誌に,中外木材新報と林学協会集誌がある。 うち中外木材新報(東京深川区冬木町lo番地 深水社編輯兼発行人加藤英次郎14年1月創刊同年12月第9号で廃刊)は,「山林学共会二就キ テ其理ヲ講究シ国家ノ山林事業ヲ拡張シー・般ノ鴻益二関スル事項ヲ掲載ス……」(註1)と か,進んで「「1.本誌ハ山林学芸二関スルー切ノ記事論説及ビ木材商事二係ル有要ノ事項        マ ヘヲ纂輯シ我国及ビ外国山林事業ノ有様ヲ世人二報道スルヲ以テ目適トス1.此等ノ報道ハ凡 テ緊要ナル経験ト精密ナル考察トヲ要スルヲ以テ山林学共会二就テ其理ヲ究シ其実ヲ明ニ ス……」 (註2)の意図に発し刊された。短期間発行の本誌中の教育記事として, 「山林 学ノ起原」(第1〜3号松野醐), 「林学将に開んとするの報」(第4号雑記),第8号

(14.10.28)の社説「松野艦君の寄書」一さきの山林学の起原について論じたもの一などが あるが,また殊に第7号の社説に「山林学校興サ・ル可ラズ」がある。これらのうち「林 学将に開んとするの報」では時の状況が物語られ林学発達の経緯を知る上に参考となる。

即ち

  明治12年目春に我らの同志は既に林学の要なるを悟り紀州高野山に林学校を開設せんことを謀り  しと難へども出面た早くして果さす遂に東京深川木場に山林学共会を始て開設し時々諸大家先生を  聰迎し,山林学と云ものの起原より此学問ハ国家の大経済たるの講繹を聴聞し森林の洪徳を知る是  れ昌平の一の幸事と云ふべし其以来大阪府下にも亦同業者の山林共会と云ふて開設せり此頃又聞所

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長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号

 に因れハ中野武営緒方道平深井寛曾根幹夫其他の諸先生が山林を保護し之れをして改良繁殖せしめ  ん為利害得失を講究し世上に報道せんとの目的にて林学協会といへるを設立されたりと朝夜新聞第  2268号に出たり………(註3)

次に社説「山林学校興サ・ル可ラズ」は惹目的である。その所論の大約を挙げると次の ようである。,

  「………世人巳二林学樹上ノ今日二可視ス可ラザルヲ覚り近時或ハ林学共匪ト云ヒ或は薪炭会社  ト称シ或ハ養樹会社ト云ヒ陸続トシテ興り皆大二期ル斯業ヲ拡充振作セントス然ルニ論者アリ之ヲ  駅シテ日ク………斯論建二是ナルが如シト錐モ吾憐ヲシテ之ヲ見ルトキハ未タ其一ヲ知りテ其ニ  ヲ知ラザル者ト謂ハザル可ラズ……抑モ樹木森林ノ穀菓田圃二於ル二二相待テ其枢要ナル恰モ車ノ  両輪鳥ノ両翼ノ如ク其一ヲ欠クモ未タ全カラザルナリ故二農事ヲ盛隆ナラシメントスルモノハ須ラ  ク山林ヲ培育セザル可ラズ而メ……蓋シ学問ノ用唯書ヲ読ムニ止マラス博ク学ヒ深ク究メ其実理ノ  ァル所ヲ知ッテ之ヲ活用シ始メテ其要ヲ知ルヘキノミ其理ヲ査シ道ヲ究ムル書ヲ縮テ直二得ラルヘ  キ乎決シテ得ル可ラザルハ三才ノ児童ト難モ……欧米開明ノ諸国現二其之ヲ学バザル可キヲ知テ各  国皆山林学校ノ設ケアルニアラズや之ヲ思ハズシテ山林学校ヲ無用ト徒ラニ農事ノ隆盛ヲ希フ鳴呼  羊毛ノ利ヲ貧リテ羊ノ凍餓ヲ慮パカラザル者ト何ラ異ナラン今や我邦大二山林ノ事業ヲ振起スルノ  時ナリ宜ク此時二当テ子弟ノ志アルモノヲシテ是ヲ実地学習セシメザルベカラズ之レ司宰が山林学  校起サザル可ラズト云所以ナリ(註4)

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中外木材新報 第2号(14・3・3)表扉裏面 同前第6号(14.7.5)例言

同前 第9号(14・4・28)P.17〜8(雑記)

同前 第7号(14.8.21)P.3(社説)

11.林学協会二三

 本誌(東京小石川区表町34番地 林学協会事務所廃刊不詳 17.9.30第36号)は, 「第1条 本会ハ汎ク山林二関スル利害得失ヲ講究経験シテ世ノ稗益ヲ増進スルヲ本旨トス 第2条 本会に於テ講究経験シタル要件其他山林ノ利害二緊切ナル事項ハ採録シテ林学協会集誌ト 名ケ之ヲ刊行ス」 (註1)の規則で発刊された。これら計36号のうち,外国の森林学事の 紹介や(第4号〜中村弥六三巴第13号〜端典ノ森林などのなかに),東京山林学校関係法制・雑 録(第15〜17号・29・33・36各号一山林学校概則や校則,細則,開校式など),広島県同志によ る山林学研究会開設(第15号雑録),言論林養氏家「北畠忠次郎」(大阪)のこと(第12号雑 録)のほかに,論説として次のようなものがある。

 山林二従事スル人ヲ養成スル法   緒方道平

  「教授ノ方ヲ分ツテニ様トナスニアリ其一ハ今独仏ノ山林学校二於テ授クル所ノモノニ等シク予  科ト云ヒ本科ト云ヒ萄モ林事二関係アルモノハ挙テ之ヲ設ケ其理二通シテ后チ尚之ヲ実地二練習セ  シメ而ル后チ事ヲ山林二就ラシムルモノ是ナリ其ニハ最初ヨリ主トシテ温言伐木運材等実地ノ業  二習ハシメ其余暇二於テ学理ヲ授クルモノ是ナリ請フ此二途ヲ必要ナリトスル所以ヲ左二陳セソ…

 …故二道平ハ先ツ教授方ヲ仏様ニセソ事ヲ欲スルナリ若シ約言セハ自今我国ノ景況タル上等林漏出  ヨリ作ラサルヘカラス小吏モ亦養成セサルヘカラス故二富者ノ子弟ヲ教ヘテ指揮者ヲ作り貧者ノ有  志輩ヲ導テ達成ノ小吏トナスヘシ是レ道平力二途ノ教授方ヲ立ルヲ必要ナリトスル所以ナリ……我  国現今ノ景況二於テヲや山林学校ノ三方必スニ様アランヲ要ス……」 (註2)

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 そのほか以下のような題目のものがある(内容略)。

 学者ト現業者ノ関係   北原町発智(註3)

 学術ト実業ハ並行セサルヘカラス   都築熊之助(註4)

      註

 1 林学協会集誌第1号(14.4.47)P.2〜4(林学協会設立之主旨 同規則)

 2 同前 第12号(15・8・15)P・2〜2  3 同前 P.2

 4 同前 第24号(16,9.15)p.368〜70

12.其他の民間勧業雑誌

 明治10年代に刊された嬉野の民間雑誌には,短期泡沫のように廃刊となったものが可成 り多いが,教育資料獲i得の範囲内で挙げれば次のようなものを加える。それらは,云うま でもなく農事関係が大部分である。

 農工雑誌 11年6月野晒 東京麻布北日下窪町39番地 農工社 13年11月廃 編輯人爾 師応

 農事雑誌 12年9月初刊 岐阜県農事講習場編 第8号(13年4月)より発行は岐阜農 学校,第14号(13年10月)より同校編,16年2月廃第41号

 山陽農事月報 14年7月創 備中国小田郡矢掛214番地 農事月報社 編輯人高草常太

 山陽農事新報 18年4月創 備中国岡山区東田町53番地 山陽農事社 編輯人新庄久太 郎 持主兼印刷人佐伯義門

 栽培経済問答新誌 14年12月20日第1号 東京神田区栄町20番地 曳尾社 社長佐田介 石 15年8月16日昌昌40号附録二冊

 勧農偲誕集附勧農雑誌 農事通信 16年7月刊 遠江掛川農学社内 勧農偲謳社一無尽 蔵社 持主三編揖人高鳥甚三郎 廃刊未詳 21年3月第54号

 万年会報告 15年?月刊 16年5月第5輯第9巻 東京京橋区紺屋町19番地 編輯人上 野優

 静岡県隆美協会雑誌 17年8月刊? 18年11月第15号 廃刊未詳

池麟談・・年・・月刊棘柵淡路町理学社編輯人細井貫一・2年6縢28号

より理化学集談と改題 12年10月第33号 廃刊不詳

 東京経済雑誌 12年1月刊 編輯人田口卯吉 永続(註・大蔵省銀行課編「銀行雑誌一10 年12月〜ll年12月」と,編輯人福地源一郎「理財新報一尾張町1丁目 日報社」がll年12月合併廃 刊して東京経済雑誌へと発展)

 通信工芸雑誌 20年5月20日第1号 下野国芳賀郡谷田貝町66番地 愛国社 20年11月 30日第5号 廃刊不詳

 以上の諸雑誌中に褒われた教育関係記事例は以下の通りである。

 当初の農工雑誌(欠号)の一部雑報欄には岐阜農学校開校のこと,日下帰一編輯の農学 講義再興・両皇后宮の工都大学校行啓と云ったものが散見される(第8号一11.10・20)。次 の山陽農…事月報には「農…事研究所の設置を望む」 (第7号一14.10.25中野長稿),農学校の

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長崎大学教育学部教育科学研究報告 第19号

必須を論じた「農学校論」(第13〜4号一15・L25〜15.2.10)があり,山陽農事新報には「山水

秀霊填剛天然沃度購郷従今幽幽術五大州中細蜘(註1)と・内外調

の農事実況そのほか農業上利益となるもの細大網羅し或いは利害得失を講明して読者に提 供せんとして刊せられ,著書の紹介なども見られる。農事雑誌は岐阜県農事講習場に於て  (註,前掲第8号より岐阜農学校発行,第14号より同校編),場面教員の論説・圃場実験の農

芸・県内農事雑報・内外諸家の説・地方の有益急報などを輯録したものである。従って

「農学と理化学と関係の論」(第1〜4号高須緑郎)などとあるが,直談会録事などのほ かは技術的な記事であって教育的記事は見られない。栽培経済問答新誌は, 「栽培トハ元

       コヤシ      コヤレ

心木ヲ栽附ケテ培ヲ致スヲ栽培ト名ク然モ今回経済ヲ栽附経済二培ヲカケテ経済ヲ能ク育 ッハ之ヲ艸木二心ヘテ栽培経済ト名ツケタリ」(註2)との趣旨に発するが,教育的関係記 事は全く見当らない。勧農偲謳集は「俗間ノ息出ヲ改良シテ教化ノー端ヲ補ナイ勧農ノー一 助ト為サソトスルニ在リ……本紙ハ専ラ田植歌臼挽歌等山間男女ノ唱歌二品スルモノナレ ハ和歌著シクハ発句ノ類ハ之ヲ取ラス 集談会録事ハ簡単二其要ヲ記ス 農事通信其肝要 ナラサルモノハ之ヲ記セス……」 (註3)とあり,以てその内容を推すことができよう。

次の万年会報告のなかには, 「染色法質問に答ふ」 (青木直治)と題するものが常会記事 に見出される。これは学理と実業との関係を力説して次のように述べている。

  抑も染業の如きは……敢て難事の如くならずと難とも決して簡単の業にあらず実は至化学湯中一  の専門にして必ずや実業家に就き之を習熟するか或は学説に依て二軸を案出し反覆丁寧之を実地に  試験せざる以上は決して好結果を得へきに非す故に実業家は其習得する所を改良せんと欲せは学士  に就て理説を聞き学士は実業家の手練を観察し以て自家学術の補助となさざるへからず………今退  て我国の有様を見るに数百年の習性とは云へ世の木鐸を以て任する学士は徒らに職工の無智なるを  笑ふに止り之を改良せしむるの策をなさす職工は学士を二二化し………凡ての工業みな然らざるは  なし,我国工業不振の一大源因たりと称するも敢て過言にあらざるなり……」 (註4)

 隆美協会雑誌(一部欠号)は,主に勧業と教育を内容とした雑誌であるが,教育之部に 東京商業学校に関する文部省報告乃至官報転載(第9・11号),勧業之部の論説に農事巡回 教師設置(第12〜3号)が見られる程度で,実業教育に関する論議は見られない。

罹躍轍(のち理化集談と改題)は・「凡百・皆日新・術二非ルーナシ就中窮理撮ト ス何トナレハ其言悉ク実形実理ノ研究ニシテ毫モ虚飾ヲ容ルヘカラサルヲ以テ天地ノ広博 ナル事物ノ霧多ナル有限其目ノ能ク及フ所二身ルナリ故二面者ノ是トスル所今日元凶之ヲ 非トスルニ至ルモノ多カラストセス社員各日常事務ノ累アリカヲ此学二専ニスル能ハサル

ヲヤ……」)註5)として,社員の啓蒙に協力してもらひ,或いは厚生利用の具に供すべき ものあれば社中協力討論し孜々捜索し世に公にし,或いは報告して読者とともに語学を皇 逸したいと述べている。従って,この種の雑誌は当然工学の啓蒙記事となって表われ,例

えば「知学ヲ出山テ.物産ヲ殖スルノ説」として,「……夫レ知学トハ範囲甚柱心シト錐モ 応仁工芸二切要ナリトスル所ハ其一分科タル理化ノ学二外ナラス凡百ノ心術概ネ無二学二 由テ成立進歩スルモノナレハナリ……」(註6)とか,「物理学ノ説」(第8〜10号)・「化 学ノ綱領」 (第17〜8・20〜3号)そのほか専門的な紹介記事が見える。 日本経済雑誌は銀 行雑誌と理財新報とが合併ののち成ったっものであるが,永続三号とも当然のことながら,

合併前の各々もそうであるが商業経済関係記事で埋められており,それでも偶に実業教育 関係の投稿記事が掲載されている。例えば「紙幣下落ノ病根ヲ治スルニハ工芸学校ヲ設ク

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ルニ在リ」 (第30号一13.6.25一佐藤引舟), 「普通学校二野行学ノ1科ヲ設クヘキノ論」

(第33号一13.7。2(L佐藤昌朔)と云った直接実業教育に関する寄書が見られるし,また「庶

民夜学校ノ廃止」 (第64号一14.6.5一田口卯吉),「調理ノ引解」 (第71.78.80号一井上次郎),

「官立諸大鞘当二半スヘシ」 (第72号一井上次郎),「経済学ノ我国二興起セザルヲ憂フ」

(第210号一17.4.19一伊勢清子), 「経済学ハ人為現象二就テ論スル学問ナリ」 (第214号一 17.5.17一田口卯吉)そのほか此種の寄書(第217〜22号)や,或いは雑報欄に商法学校設立り 建議なり専修学校などの記事(第67・170号等)がまばらに発見できる程度である。最後の 通信工芸雑誌には教育論と云うよりも,「工業の進歩は理論と実験との親和に因る」(註7)

という論説が連載されているのが見られる。

1 山陽農事新報 第1号(18.4.25)P.5(緒言)

2 栽培経済問答新誌 第1号(14年12月)P.1 3 勧農浬謳集 第1号(16・7.25)例言

4万年忌報告第6輯第6巻(17.6.7)P.311〜412 5 理化土曜集談 第1号(10.10・27)社告

6 同前第2号(10.11,17)P.14

7 通挿工芸雑誌 第3〜5号(20.8.25−20・9・25−20・9・25−20.11.30)

      一1970. 8. 3】.一

(附)二,三の組織的な教育主張

 個人としての寸見は既に各種の雑誌に紹介したが,そのなかにも組織的な教育施策を提 言した好例として樋口彦四郎(青森県士族長野県西筑摩郡初島村寄留)の西郷従道宛の 「蚕 業之三二付建言」(18・11・2)がある。この中には蚕業の進路を遮る原因として,

 1.養蚕家ハ概シテ無学無識単二旧慣二固着スル事 2.桑栽培不充分ナル事 3.蚕 種二不良ナルモノアル事 4.製糸工場ノ数少ク且ツ其機械概シテ不完全ノ事 5・生糸

ノ善悪ト売買価格ノ差添当ヲ得サル事 その他を合して10項目を掲げ,少なくとも上掲5 項目に対して夫々の改良法案として学校のことを述べている。即ち1,2,3項に対し急ぎ 蚕業学校を中央に本校を,地方には本校に入学するの予科を教える分校を設けて広く其方 法を教授すること。また学理と実業を兼ねた現在施行の巡回教師の必要を説き,次の第4 項に対しては機械学及び職工学校の設立,それに蚕業学校中に製糸の1科を設けて教授す ることを主張し,第5項に対しては其策の1として商法学校を盛大にし商業隆盛の地には        マし成るべく之を設け,貿易商人の養生(成)を図るべきことを挙げている (註1)。殊に

「抑モ我邦名誉ノ宇戸単二官ノー方二四シ博学英才相競フテ官途ヲ目的トシ商工ノ事ハ賎 業トシ之レニ従事スルヲ厭フノ情アリ……此ノ弊ヲ改ムルニハ先ツ上流ノ紳士自ラ此ノ四 二従事シ無学無識ノ当業者ヲ誘導シ工業ノ地位ヲ高尚ナラシメ新二名利ノ位置ヲ示シテ後 進ノ秀才ヲ惹キ入ル・ノ策ヲ必要トス……」(註2)と工業軽視の風を嘆いている。かく て最後に総括として,12の細目を掲げ,それぞれ所見とそれらを実施する方法にも言及

している。うち直接教育に関するものに次の4つがある。1・蚕業学校(乃至蚕業講習所・

講究所・試験場の名称にても可)を東京に1っの完全なるものを,各日県下に分校を蚕業の盛 不盛によって校数も考慮して設置し,本校は国庫で分校は地方税(創業費は国庫補助)で賄

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長崎大学増育学部教育科学研究報告 第19号

うようにする。 2.工部大学校に於て一層多く機械学士を養成すること。 3.官設の 職工学校を増設すること。 4・私設・地方税・官費何れにせよ商法学校を急増設するこ と(註3)。この建言は蚕業発展のために之に関連する商・工業学校建設にまで論及した 点に於て,当時としては数少ない建策である。

 また之より先,すなわち13年頃としては稀らしい意見として東京経済雑誌に寄書された 佐藤二二の工業学校設置の主張がある。それは既掲「紙幣下落ノ病根ヲ治スルハ工芸学校 ヲ設クルニ在リ」と題するものである。それによると,紙幣下落の害を救ふは其病源を滅 することが急務である。それは輸入品に保護税を課するような術ではない。その術は結局

「工芸学校」を設けることにある。 「工芸学校ハ物貨製造ノ良職工ヲ養成スル所ニシテ生 徒三目経営セント欲スル事業二要スル智識ヲ陶冶シ練習ヲ習積シ能ク之ヲ得ルニ及ソデ去 りテ之ヲ業トス故ニ……工芸学校ヲ設ケテ其製造者ヲ養成セハ蓋シ数年ヲ出スシテ技能極 巧ノ者輩出シ海外ノ練熟ヲ奪フテ夫ノ良質ヲ製スル……是二心テ始点テ其輸入自ラ減ジ其 輸入減ジテ紙幣亦タ減ジ紙幣減ジテ物価亦タ降ル……工芸学校ヲ設ケテ禍源ヲ絶タハ全壁 無理ノ良計ト云フベシ……」 (註4)と云った筋の論である。佐藤はこのほか又,同誌

(第33号一13.7.26)に「普通学校二銀行学ノ1科ヲ設クヘキノ論」を寄稿していることは 既に挙げた。

 今1つの類例は若山儀一一・犬養毅その他,産業や教育など保護奨励主義と云う反放任主 i義(註5)の同志達によって創立された日本経済会(18年6月創京橋区尾張町新地1番地)の 募集に応じた当選論文が挙げられる。すなわち東松逸士の「近時不景気之原因及救済策」

(明治19年)と題するものである (応募135雨中第1等当選)。その心中に出て不景気救治策 の1として「第三 職工学校ヲ盛ナラシム可シ」と題し「今や職工学校アリト難モ其数甚 タ多シトセス又極メテ盛ナリト謂ヒ難シ故二独リ官立ヲ設クルノミナラス民間モ亦奮テ其 組合ヲ以テ其組合必要ノ職工学校ヲ起シ徒二学者トナラスシテ合セテ実業ヲ研究スルノ処 トナス可シ若シ其最モ必要ニシテ而シテ我国二於テ修ム高山ラサルモノアラバ其組合ヨリ 覧ヲ集メテ外国二生徒ヲ派遣シ之ヲ研究セシム可シ……(註6)と述べている。

 最後の例として時期はやエおくれるが,樋田魯一の農業振興策のなかに提言されている ものが挙げられる。同書(21年7月刊,全3編3冊増補訂正版1冊)の第二編(教育及奨励)

中に主として著者の教育的意見が盛られている。尤も「本邦現今ノ農業教育ハ近年ノ発芽 ニシテ未タ農業教育ノ普及ト否ラザルトヨリ来ル所ノ結果ヲ各地方ノ事実上二面シテ判断 ヲ下スベキ気運二二セザレバ其実例ヲ示スニ由ナシ」 (註7)として本書は之を欧州大陸 の実例を尺度として我国農業教育の進否を図らんとする立場に立つ所論であるが,要は

「二二観之ハ農業教育ノ普及ハ実業ノ進歩ト相伴フモノト謂ベシ……」 (註8)の観点に 帰着する意見である。次例のように,欧米諸国の実例とも照し合わせながら彼の意見が表 明せられている。

  高等農学校ノ国家二必要ナルや弁ヲ侯タザルナリ抑高等農学校ハ農事万般上進ノ淵源ナレハ夙二  学理ヲ講究シ傍ラ高尚ノ試験ヲモナスベキ所ニシテ畢童農芸進歩ノ機軸ナリトス然レトモ斯ル高尚  ノ学業ハ……所謂農務吏員農業巡回教師農学教員又ハ大農業脂漏ハ……ノ学ブ詠唱シテ況や我国今  日ノ勢ヒ少年子弟動モスレバ学問ノ自家ノ営業二利用スルヨリモ少ジク学ブ時ハ忽チ家業ヲ疎ンズ  ルノ媒介トナルが如キ傾キアルヲや斯ノ際ハ勉メテ実業二稗補アルベキ農学校ヲ各地方随所二設ク  ルヲ得策トスベシ……巳上ハ農業実地学校ノ必用ナル所以ヲ示スニアリテ……我国ノ農業ハ古来経

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 験ノー点二止マリテ未ダ耕土又ハ肥料農産物ノ分析応用或ハ土地ノ改良法或ハ牛馬ノ飼養法或ハ牧  草ノ仕立及ヒ貯法等何一ツトシテ学理二照シ実際二講究スルノ端緒開ケザレバナリ(註9)

 以上のほか牧羊現業学校を興起すべきこと,農会の教育的活動(学理に基く農事改良普及,

雑誌類著書の蒐集や試験講究・農学校と密接な関係・農事試験場,農業監督官,巡回教師等との連絡 雑誌の発刊 演説会開催等々),官民設の農用分析所設置(農学校内に農用分析科設置)など提 言している(註10)。

       註

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農務顛末第3巻P.1047〜52(資料236樋口彦四郎氏ノ蚕業ノ義二付建言書)

同前 P.1053〜4

同上

東京経済雑誌 第30号(13.6.25)佐藤昌朔寄書

明治文化資料叢書 第2巻(経済篇)P・78所収(日本経済会設立主意書) ……蓋シ本会ノ 目的ハ経済ノ真理ヲ關明シ殖産興業ヲ奨励シ教育ヲ普及シ生計ヲ改良シ以テ社会ノ幸福ヲ増進 シ……此目的ヲ達スルが為メニハ我が産業教育等皆善良適宜ノ法律ヲ以テ之ヲ保護奨励……」

同前 P.32

樋田魯一・農…業振興策(21年7月刊)P・22 同上

同前 P.22〜4

同前 P.42〜3(第6章 農会ノ事),66(第10章 余言一緬羊蕃殖及牧羊現業学校ノ必用),

128〜9(第15章 土質肥料及農産物分析所ノ事)

      一1970. 8. 31一

参照

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