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都市と農村との関係についてのアダム・スミスの見解

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(1)

都市と農村との関係についてのアダム・スミスの見解

      爵      寂 −冗はしがき

コ︑都市と農村との本質的関係︵馬脚の自然的進歩の条件︶

嵩﹃都市と農村との本質関係の背反    A農村の発展な疎外したるもの     島入為的制度

    bヨーロッパの通商一一    B都市の発展

四︑都市と農村との本質関係の逆行︵邸市の商工業の発展による農業の改良︶

五︑む  す  び

   聞︑はしが書

 アゲムス・スミスは國富論冒頭の一句に曰く﹁すべての國民の年々の

勢働は︑本來その國民が年々消費するところのあらゆる生活の必需晶と

便釜品とを供給する資・源であって︑その必需品と便釜品とは︑この下働

の直接の生産物であるか︑あるひはその生産物を以て他下民から購入し

た物である﹂註−と︒我々は彼がかの重商主義者流の﹁富は金銀なり﹂と

の考へ方に訣別し︑更に重農主義奢のように農業のみを生産的と考へる 事にも超越して︑富は必需品・便釜品であり点描︼般が生産的であると

いう彼の決定的理論に最初に出繕うのである︒從って重商主義の主張す

る特樺的な猫占的商業資本の流通特に海外市場を尊重する考へ方π反封

してマ属ユフアクチュア・産業資.本の遍羅市場を重要親する彼の立場を見

出すことが出黙る︒ 

     ・・都市婁農村との関係についてのアダム︒スミスの見解  市罵就會の解剖墨としての維濟學の創始者アダム■スミスは市民就會 に即自的にもつ都市と農村との關係について如何に考へていたであらう か︒彼は﹁農業即田舎の産業﹂に熾して﹁都會の産業たる工藝︒製造業 及商業﹂︵瘤一一九︶を樹立ぜしめている︒そこで我々も都市謝農村の關係を彼 に從って商工業樹農業と醤立せしめて考察することにする︒    二︑都宙と農籾との峯質的關係︵富裕の自然的進歩の條件︶  農村と都市との本質的關係即﹁富裕の自然的進歩の條件﹂は本來如何 にあるべきもみであらうか︒彼によれば都市と農村とは本一封立關係を 含むものでなく︑農業の爽展によってこそ商工業も磯達し︑相互依存の 關係にあることを主張する︒  先づ第二に農業⁝及商工業における軸労働及資本の生産性並に資本蓄積の 相違の槻職から農業の優位を主張し︑資本投下の第一順位に農業を離げ ている︒  農業においては﹁勢幽する僕嫁は勿論彼の役畜も亦生産的勢働者であ る︒また⁝⁝自然も人面と共に艸労働する︒:⁝・勢働も大いに重要ではあ るが仕事の大部分はやはり自然そのも・のによってなされなければならな いのである︒かくして農業に使用せられる艸労働者及役畜は製造業の螢働 者の如く彼等自身が漕費したものに等しい慣値換言すれば彼等を雇傭す る資本及その所有者に封ずる利潤の慣値を再生産するのみならす㌘それ       う    よ塾は遙かにヨリ大きい債値を再生産するのである﹂︵牛蝿︑一五九−一六輯︶然る に製造業に︑おい.ては﹁自然は無爲であって︑人力価すべて穿あり.︑また 再生濠の量は常にその再生産に使はれる要素の力に比例せざるを得な

29 廓

(2)

      糧市と農袖との腸係についてのアダム・スミスの見瞬⁝

い﹂︵強気5從って農業資本は同量の工業資本に比較して﹁ヨリ多量の生

塵的勢働を活動させるのみならす︑またそれが使用する生産的勢働の量

に比してその國の土地及墨銀の年々の生産物に︑その佳民の實質的富及

牧入に遙かにヨリ多くの難壁を附加するのである︒榔資本のあらゆる用 ︐途のうちでこれこそ鮭會にとって最も有利なものである﹂亀六5スミス

はこ﹄では彼自身﹁土地に使はれた勢働のみが生産的発言であるとする

黙に曾て︑この學詮の詮くところはあまり箪脇狭隙であるといはねばな

らぬ﹂︵囎六3として斥けた重罎王義的見地に立って農業の生藤性を主張

している︒

 次にス︑・︑スは資本の安全性の立場に立って資本が國内で使用されるな

らば︑その方が必然的にヨリ多量の生産的勢働を國内に活動させ︑その

弊害の土地及鍔働の年々の生産.物にヨリ多くの債値を附け加へるもので

あって農業はその属性を持っている︒ところが製造業に於ては資本は必

ずしもその就會の内部において働き解けるとは限らないし︑商人の資本

になれば更に何虚と齢う一定の必然の場所を有たす︑それが安く買ひ得

るところ︑︐高く震り得るところを求あて驚喜として砒會の内外を移動す

るからしてその國にとって生産的とは限らない事になる︒

 更に農業においては農産物に封ずる需要の特殊性からして余剰生産物

は容易に交換債値を有ち得る︒曰く﹁人類は他の動物と同縁︑その生活

手段に比例して増加するものであるから食物に慌しては常に必ず多少の

需要がある﹂︵俗 一二一四︶そこで一國における資本が農工商のすべてに使用す

るに不足する場合は以上の理由によって先づ農業に︑次いで製造業に︑

最後に商業に投下さるべきであるという︒不足する資本をもつてこの三

つを皆やり途げようとあせることは充分な資本を獲得するための最捷径

とはいへない︒ ﹁資本はその國の佳民のすべてに最太の牧入を饗すよう

に使用されたときにおいて最も急速に増加するに違ひない﹂︵諮六識︶﹁事物

の自然的順序﹂においては農業i製造業i商業の順序となる︑蓋しその 時最大の牧入がもたらされ.最大の蓄積をすることが禺來る︒かくて一 重民の総資本は櫓楽し富裕の自然的進歩の條件に誓う事とな為︒  第二に生活必需晶を生産する農村が繁黙しなければ便単品翌冬修晶を・ 製造販費する都市の磯達はあり得ないから農村が都市に先行して磯達し なければならない︒曰く﹁生剥は事物の性質上︑便釜や奢修に先立っも のであるから︐前者を獲得するための産業は後者に奉仕するための産業 にどうしても先行する︒そこで生活資料を供給するところの田舎の耕作 及改良は叢雲晶︒軍馬品を供給するに過ぎない都會の磯蓮にどうしても− 先行しなければならない﹂﹁物質の再生産がなく︑またあり得ない﹂都 會の﹁生活資料となるものは田舎の剰余生産物︑換言すれば耕作者の生 活維持以上もしくは以外のものを措いて他にないのであるから︑都會は この剰余生産物の増加を侯って始めて護達する﹂︵囎八寺か製る農村と都 市との間に幡生生産物と製造品とが交換される事によって農村もヨリ小 量の彼自身の勢働生産物をもつて蓬かにヨリ翌旦里の都會の製造品を獲得 する事が出弄るQ  この事と關蓮して彼の資本観において︑固定資本は流動資本によって 補償されねばならない︒然もこの流動資本は食料赫及原料品で診って︑ それは農業から支給されねばならない︒曰く﹁およそ固定資本はもと一 種の流動資本に由罰するものであって︑またそれによって絶えず支持せ られねばならぬものである︒  すべての有用なる事業上の機械器具も︑もとばこれ等の物を作る材料 を供給し︑またこれらの物を作る職工の生活維持費を供給するところの

一種の流動資本に由領する篭のである︒そしてまたこれらを絶へす手入

しておくためにも同額の資本が必要である﹂︵嚇八上沓

 第三に人間性に立脚して人間は本性上農業を何よりも好む性向がある

事を學げて歴史的事象の読明を超薄皮的な不可避的な人聞性に求めて農

業が人聞の安全性を満足させるものだといっている︒曰く﹁農地の改良

3q

口馬

(3)

に投下された地主の資本は瓦事0性質上許される最大限度において安全 なものと思ばれる・その上田園の美くしさ︑田園比論の贅しさ︑それが

約束する心の安隠さ.また更に筍も不正なる聖霊の法ド律が妨げない限サ

附園生活が授けてくれる賢主の境地︑これらは如何なる入にも多少の魅

ガでなければならない︒かくして土地を耕作す︐るごとは人類の最初の宿

命であったと等しく人類はその生活典の一切の段階に著いてこの原始的

な職業に樹する愛慕の念を失はないでいるように思はれるのである﹂

︵声配︶スミスばか老害黙に立って人類の制度が事物自然の進路を蝿齪 しなかったならば︑都市の富の増進と獲達とは︐﹁如何なる人聞盗難にお

いても︑その領地またはその地方の改良及緋作の結果であり︑またそれ

に比例するであろう﹂︵囎八五よ憎む從って﹁事物自然の成行きに從へば︑

あらゆる畿展的肚會と資本の太部分は︑先づ農業に向ひ︑次に製造業に︑

最後に外国貿易に向うものといはねばならぬ﹂といっている︵乾湿駕︶  然らば先行して獲達する農村は如何にして︑如何なる型の都市を勃興

せしめるのであろうか︒農業の再生産のためにはどうしても若干の工匠

の援助を必要とする︒然も彼等は土地に束縛ぜられないので自然彼等.は

互に近所に住居するよヶになって小都會を形成し︑更に巻石が参加して 累々工面する︒だからか玉る都市と農村との關係は相互依存の關係にあ

って何等家立關係を含むものでなく︑彼のいう如く﹁都市の佳民と田舎

の佳民とはお互に相互の使用人し︵倦 二一八五︶であり︑そこに行はれる商晶交

換は自然慣格の法則によって行はれ︑自然的早等が成立する︒  以上において我々は都市と農村との本質的關係を三黙に立って論証し

た諜であるが︑彼のこの立論はお互に統一されているものでなく︑柑互

に矛盾と撞着に満ちているρ彼によって描かれた牧歌的な第三黙は︑よ し第二論黙と結びついたとしてもそれがどうして生産的であり資本蓄績

を最大ならしめるという.第一唱導と結びつく庵のなのか十分ではないの

である︒こ義では我々は彼が五時の自然法の影響を受けて︑彼の﹁富裕

      郡貯と農︑糎との開僚についてのアダム・スミスの見解 の自然的慈歩﹂と脇うとき⑪﹁自然的﹂とば﹁蛮さにそうみるべきもの﹂ としての﹁息然 附ならものと﹂て.・都・寮之農林との本質晦關係を論証し た愚のと一驚言ぴ樽るであらうq  然しぴるがえって彼の眞意を奪ねる時︑この﹁實裕の自然的進歩﹂の 考へ方は﹁現實的・入爲的秩序への批判原理﹂として更に﹁實践原理﹂註2 としで掲げたのではないだらうか︒彼の﹁有利な●有用な●たのしい﹂農 業を實際に維嘉する憺聖者は誰れであらうか︒豊艶は十五六世紀頃フラ ンダース地方の羊毛工業の勃興に刺戟されて牧羊のための土地国詰蓮動 が促進され︒十八世紀に入って農業革命のための第二次土地園込激動が 展開されたが︑スミス當時においてはこの第二次園込運動も大した勢力 を持っていなかったようである︒曰く﹁ヨーロッパの到る虚でこの藪年 來投機事業家が︑土地の耕作と改良とによって曇霞な利潤が得られると いって公衆を喜ばせた事がある︒⁝⁝然し彼等の計算について殊更論議 を斗はさなくとも︑ その答が聞違っている事は吾々は一見してわかる﹂

 そこで地主の中には成程﹁かぶらタウンシエンド﹂詳3の難名を貰った (雀 オ九︶

ような熱心な地主もいない諜ではなかったが︑長年尊意癖のついている

彼等に合理的な農業維螢は期待すべくもなく.せいぜい彼等は﹁土地の

改良が完成した後のその土地の債格に十倍する程の支出をして破産者と

なるしかな逼﹂態の経評者なのである︵俗    二一九四−一九五︶  農業経螢者についてぱ﹁農業者却農業資本家の耕作する土地はその欝

血が全く同等に優秀であっても︑所有者の耕作するものに比してその改

良はのろい︒蓋し前者においては生産物の大部分が地代に消費されるか

らであり︑もし農業者が所有者であったならば︑土地の改良に︼暦多く

それを使うことが出來るからである﹂︵俗二二〇八︶

 農業賃銀艸労働者は完全な賃銀艸労働者でなく︑ ﹁一軒の家と食用野茱の

栽増のために小さい茶園と.︼頭の牝牛を養うに︒足る程の草地と︑その︑

31 一

(4)

      灘市と農村との関係についてのア〆ム・スミスの見解

上恐らくは︑一︑ニエ目今ーの不良の耕地Lを持つ過小農であり︑自家

勢力の完全燃焼のためには﹁彼等は自分の小さい所為地を耕すだけでは

彼等の自由になる時間を費ひ切れない﹂ので﹁彼等はその剰余の時間を

.極めて僅かな報酬で以て騰れにでも提供し︑普通の勢働者に比し安い賃

銀で働いた﹂⁝詳である︒︵艘 一二二七一二二八︶園込が完全に進んでいなかったた

めに彼等はまだ︼握りの土地にしがみついて農村に滞留す.ることが二野

た課である︒このような彼等は到底農業の権⁝聖者ではない︒

 こ玉に彼のヨーマンリーが登場して謀る︒ ﹁ヨーロッパの大部分を通

じてヨーマンリ!は比較的地位の高い平入及職人にさえ劣るとされて居

り︑何れの所でも大商人及製造主に劣るとされてみるのであるQしかも

相當の資本をもつた人が高い﹁地位を捨て製低い地位につくことはまつな

からう︒し.て見ればヨーロッパは舞歌まで進んでも︑多くの資本が他

の職業を去って農業のために投・ぜられるとは思はれない﹂蕗O八一二〇旭︶要

するに現歌においては死馬マンリーによらなければ農業の蛮展は困難で

あり︑從って﹁小土地所有者に次いではいすれの國においでも︑富裕な

大農業者が改良家として主なものである﹂︵俗 ご二〇九︶といはれる程期待のお

けるものである︒彼等は自分の保有する土地で家族跨働を中心に︐多忙

を極める時期に雇傭人を入れて経螢に從事したから︑彼等は富裕であ勢

改良について愚熱心で色々の農具や設備の改良にも積極的であり︑浩費

財に封ずる需要も漸く盛んとなって行く鐸である︒彼等は農閑期には羊

毛工業にも從評したであらう︒か止るヨーマンリーを中心階贋とした農

村に濃して︑彼等の必需晶を生産し供給する工業が農村の中から漸次爽

展して都.市化して來るし︑園込運動の嚢展に件ぴ僅かな土地を持ち賃勢

働や家内工業に從賛していた貧農暦が分解して無産者化して宿れば︑一

方には彼等を雇用ずるマニユフアグチユァが獲生して來て羊毛工業を中

心に農・工の分離噛促進されて來て︑通塞マンリーや賃銀勢働者の爲に

農村都市に工業が畿駕して來る事になる︒  かくてスミスの場合農業の権⁝聾者はヨーマンリーであり︑製造工業は 中産的なマモユフアフチユア産業資本である︒後者の獲展の爲には前者 の清掃がある程度必要であった︒蓋し﹁ひとしく農村であってもそこに 封建的農奴制が根強く存在するならばこの﹃産業の自由﹄は決して見出 されえないからである﹂註4だから﹁産業の自由﹂を持ち罪すために農村 にヨーマンリーを据えた課である︒マニユフアクチユア産業資本が更に 護展して完全な産業資本に脱皮して行くためには農村に於てはヨーマシ リーは完全に渡落して農業自体も資本制農業に推恥していなけ廓ばなら ない課であるが︑マニユ産業資本はそれが持つ技術の制約性の爲にやは り竿立自盛農による農村家内工業の並存を要諭した︒一一方には張く農 工の分離を促進しながらも一二  こうした猫立自螢農とマニユ産業資本との連繋の上に﹁イギリス陽解        ね  り      も  も  も  も  も  つ の土地及螢働は︑普通その國内市場の需要以上に穀物︒毛織物及金物を        ノ 生産する︒その故にこの剰余部分はこれを輸出して庭内で需要せられる 何かと交換しなければならない︒かくの如き輸出を措いてはかエる剰余 物を生産するに要した艸労働と費用を充分償うに足るだけの憤値を獲得し 得る方法はない﹂︵囎七を﹁そのお蔭で︑國内の市場が狭隙であるために       は 技藝または製造業︑の特殊の部門において︑分業が最高度の完全に達する までに磯達し得ないということがなくなる︒それは︐彼等の勢働の生産 物の中で國内の浩費を越えるすべての部分に益して︑ヨリ廣汎な市場を 開拓し︑それによってそれぞれの國の生産力を改善し︑その年メの生産 を極度に迄高め︑それによってその肚會の晶晶の装入と富とを増加させ るのである﹂︵俗三三八︶  先には不充分であった農業i製営業−外國貿易の結び付がいとも自然 に行はれている︒當時の英予土濟の獲展の具体相を描いて十分である︒ かくして礎底産業としての農業の澹當者を穿ーマンリーとして把握すれ ば︑農業が國昆生産力の基盤であって︑製学業は農業の余剰生産力の上

32 需

(5)

に始めて可能であり︑これら二つの産業の生産力が溢れることによって

商業特に外國貿易の獲展が可能となる︒    三︑都市と農村との本質關係の背反

 スミスによれば資本投下は資本家の私的利潤の考慮によって決定され

るもので︑生産的勢働の使用量の如何や︑選出の増加に封ずる貢献の度

合等は全く資本家の考慮にない︒若し農業が我々が述べたように最も有

利であり︑農業維螢と改良とが莫大な財産を獲得する捷径であれば︑資

本は農業に殺到する筈であるが︑ヨーロッパの大國には優良地が聚落の

ま玉︑或は不十分に愈愈されているのは事前は之に反している事を証明

しているようである︒

 然らば﹁ヨーロッパの政策において︑果して如何なる事情が︑田舎に

行はれる事業よりも都會に行はれる事業にそれ程大きい利釜を與へるの

か︒その結果︑なぜ︑冥々︑私人は彼等の資本を自分の近くの最も豊饒

な土地の改良耕作に用ぴないで︑アジアやアメリカの最も遠距離の運邊

業に翔ひるのを有利とするのか﹂︵雀口一八O︶が明にされねばならない︒

   A農⁝葉の護展を限害したるもの      a 人様曲制度

 敵洲に於てはローマ膏國滅亡後大土地所有志が封態領主制の型をとっ

て表はれて來た︒しかもこの制度は長子相績法と限嗣相製法どによって

相績や譲渡による土地の細分化を防いでこの制度の恒久化を企飛した︒

然らば大土地所有制は何故か盛る相績法を採用したのであらうか︒ロー

マ入のように﹁土地が動産と等しく︑生活費享樂の手段とのみ考へられ

るならば︑自然の相忍法はそれを動産の如くに︑その家の子供全部に分

割するであらう︒というのは父にとってはどの子・供の生活と享樂もみな

等しく願はしい事だから﹂︵藩 二一九〇︶然るに﹁土地が輩に生活の手段たるに 止まらす樺力と保護の手段と考へられるようになると︑ それを分割せ

すにそのま玉一人の者に徳へた方がい﹂と考へられるようになった︒L

      都甫と農村との開係についてのアダム・スミスの見︑解

うにしようとすれば︑纏刀をあげて︼人の子供に護るしかない︒⁝⁝こ (雀 縺Z︶そこで長子相績法は﹁霊力の安全が分割によって減殺されないよ

れは子供達の才能というような疑はしい匠別による事は出來ないのであ

って︑何等の争ひを許さない簡軍明瞭な差別によって︑これを定めなけ

ればならない︒⁝:山留に男性は女性よりも重んぜられ︑また他の黙で

同一ならば何庭においても長子は末子に配する﹂︵囎九〇⊥九¢

 限嗣相績制は﹁長子相撃法の自然的結果である︒これは長子相野法が

はじめて考へ出した親念たる一定の直系相翌翌を維持せんがために設け

られたものであ砂︑また購與⑪遇贈または譲渡により︑もしくはそれを相

績した所有者の愚行乃至不幸により︑最初の財産が然るべき血統以外に

少しでも運び去られる事を防がんとするものである﹂︵俗二一九二︶

 このようにして﹁未耕地の大地域は特殊な家族に聾児せられたのみな らす︑それが再分割される事をも永久に妨げられるだけ妨げたものであ

ったし︵雀蜂一九二︶大土地所有者たる領主は﹁己の領地を防衛すること.また

は彼の支配椛と勢力をその隣地に伸張する事に汲々としていて︑土地の

耕作や改良に意を用ぴる逗がなかった﹂︵総 二一九四︶然も彼等は太消費者であ

って﹁服装や馬車3馬丁や家屋や家具やの肚麗なる事は︑彼にとっては

子供の時代からの習慣として心にか︑る事柄である﹂からしてどうして

も彼は﹁彼の趣昧に叶うような装備に意を用ひる﹂からして﹁大土地所

有者が大計良家である事は滅多にない﹂︵雀 二一九四︶繹である︒然も彼等の下

で土地を占有し耕作している地主の自由に解約しうる小作人は財産を自

由にもっことが出來ないので﹁その利釜といへば︑堅雪るだけ余計に食

って︑出塁るだけ働かないようにするという事より外にはない﹂︵強九仁︶

從って彼等に生活以上の勢働を働かせようとすれば彼等自身の利釜に訴

へて搾り出すことは出來ないので.暴力という維濟豊強湖が必要となっ

て濁る︒  だからロ︸マ帝國滅亡後ヨ3ロツパ︐に現出したこのような封建制度の

33 瞬

(6)

      灘市と農村.との関係についてのアダム.︒ズぜミ客の見解

下での農業でば︑非常に高領なものとなって割の合はない仕事となり・︑

国費はおろか衰退への道を辿らざるを得ない諜である︒

    ︑h ヨーロッパの遇商政策  穀物の輸出禁止及農業生産物の内地販壷に封ずる制限もまた︑農業の

磯達を阻害した︒之等の政策意圖は王が家父長的態度で中世の岬﹁公正思

想﹂の考へ方に基いて國民生活を安定させる事にあったであらうが︑ス

ミスにとっては︑當時漸く勃興して來たマ昌ユファクチユア産業資本が 陸戦市場に依存するところ極めて大なるものがあったので︑か製る中世

的制限政策による町内市場の狭隆化には堪へ得ざるものがあったのであ

らう︒       ︑

   B  都市の畿展

 古代の都市の佳民は主として土地所有者であったが︑ローマ含意渡落

後は土地所有者はマナーの館に佳んだので都営には主として商人と職人・

とが安んでいた︒然らばか製る中世都市はどんな歌態にあったであらう

か︒彼等都市佳民も隷農と殆んど同じような身分的隷蓮華係に服してい

た︒隷農が賦役地代を牧めたのと同じように︑彼等は通行税・橋梁税φ

積荷税︒露店税等種々様々の封建的諸税を納付した︒外國貿易も行はれ

す︑精巧な製造業もない場合︑王や領主のような大資産家達は﹁彼の土

地の生産物のうち耕作者の生活を維持してなぼ余った大部分と交換し得 べき何物をももたないから︑その全部をその家庭における田舎の款待に

漕費﹂して大いに馬鹿げた振舞を演じていた︒︵聡三二けれども彼等にし

て一度渋塗貿易に魅せられんか︑遠く東方や地中海さてはヨーロッパ各

地の珍奇な品々にこれ.再燃に憧なきに至.る︒彼等は今や財源を確保しな

ければならぬ︒そこで農業においては隷農に漸次自由性を賦與し︑.賦役

地代は生産物地代乃至貨幣地代に韓花されて行き︐その闇農奴解放を許

容してよってもって自己の存在基盤を去り崩して行く事になる︒他方都

市に肥しては人頭税を請負人に講負せて賃貸料を一夏に獲得して行く︒. 都市自身が都市0人頭税の取立を請負ひ.都市の貫貸料に無して市民が 連帯して責任を分ちて信用を得ていって漸次他の身分的な束縛について も自由と猫立とを獲得した︒この場合都市は當時五玉がその國の全部を 領有していた諜ではなかったから王領地以外の都市民や農民については 直接支配樺を持たなかったので領主弾力が櫨大するのを王は嫌って居り 自然﹁領主を憎み且怖れてはいたが︑市民達に幽しては彼は如何に陵覗 はしても彼等を憎み怖れる理由をもたなかった﹂翁一望のを利用して三 王を支持し︑㌔良馬も當面の敵たる領主の更に敵である市民を出残るだけ 安全にし念書にする事が彼の利釜であったので︑國王は都市に饗して請 負徴税を世襲財産的に與え︑身分的諸制約を解放し︑司法行政の自治樺 を附與し︑市民軍を組織する特樺をも與へた︒やがて都市は自己の承認 を得るに非ざれば國王と錐も濫りに課税する事が出來ないように張大に なって行った︒かくて田舎の土地の占有者が未だあらゆる暴虐に曝され ていた只中にあって︑都市には早くも秩序と善政︑個入の自由と安全と が確立された繹である︒その聞都市が強大になって行ったのな経濟外的 弧制によつで隷農から獲得された領主の剰余生産物に寄生して︑鮎々と して存在する領主を頼って商晶㊨韻脚によって蓄積された富によるもの であった︒當時商業は偶然的︑間軽輩︑當座的であって︑再循環性をも つていなかったので︑國内には統一された市場もなく︑商品の慣格には

一物一堂の法則はないから贋格は一に領主の児戯的な欲望の張場にかΣ

り︑商人は商略乏欺購とをほしいま製にして領主が農民から吸ぴあげた

剰余生産物を再び吸牧して商業利潤の蓄積に輪をかけて行った︒領主へ

の外國商品の壷買を通じてやがて海岸叉は航行自由な河川の近くに輸入

商品を模倣加工して國内の領主達或は國外へ輸出するための工業が護達 し︑か製る商工業を中心として都市が畿達し張力になって行った︒こ製

に農村と隔絶して農村を犠牲にして鏡主との抱合の中に﹁農民型﹂工業

と違った今一つの﹁領主型﹂工業が移植されて焚黙する︒﹁こういう製

34 噸

(7)

       う  つ  し 造業は︑同種の外國の製造業を眞似て設立した特定の商人又は企業者の

      カ  ね  も  も 資本のいは穿暴力行動によって移入されたものといってよい︒即このよ

      も  う  し  り  う  り  り うな製造業は外國貿易の子孫﹂でありて︵諮二丁﹁近隣の田含のみならすそ

の地方と交易している諸地方がまだすべて貧乏と不幸に沈んでいるのに

夙くも亘大な富と繁榮の域に達する事が鱈來たのである﹂︵俗二二二三︶かくて

都市に治安が確保されて勤勉の果實が十二分に享受されるようになると 自然彼等は自己の地位の向上を計りその生活必需品はもとより便釜品や

奢修品をも得ようとする︒移植工業によつて外國商晶を模倣し︑領主や       ゆ 外見に再輸出していた﹁領主型﹂工業はやがて自己の内部に販路を見出 しノ模倣工業は堕民工業として褒更して行く足場を索く事となる︒かく

して﹁必需的生活資料以上のあるものを目標とする産業は普通田舎の占

有者達によって一般に螢まれる前に夙くも都市に成立した﹂︵俗二一ご二︶蝕に

﹁田舎の占有者達﹂によって早まれる産業というのは中産的生産者暦によ

って欝まれる﹁農民.型﹂農村工業であち︒田舎の勤勉な佳民の手に蓄積

されたなけなしの資財も都市の自由と安全とを求めて領主の隙を窺って

逃げ出しさへして釜々農村を窮乏に陥せた︒從ってこ﹂では﹁事物の自

然的秩序﹂は逆行して外國貿易i製造業i農業の型をとる事になる︒都

市は同業組合の排他的特継を利用しで特に徒弟寒詣によって競雫を螢﹇業

の自由をもつている人々の聞にだけ制限し︑それ以外の人々が螢著する

事を禁止し︑螢業の自由を獲得する要件としては︑紐合員たる親方の下

で年期奉公をしたものに限定し且徒弟の激を限定し年期の期聞を延長し

て都市の手工業並に商業の特樺的地位を確保しようと曇霞したり︑供給

邉剰に陥らないように供給を一定に保って便格や賃銀利潤の下落を防止 したりして強大になった︒

 都市と農村との商品交換の方法は次のように行はれる︒先づ都議はそ

の食料品の全部及びその墨髭の原料の全部を地方の農村に仰ぐ︒

 之に封して都會は二つの方法でこの農村からの購入に卸して支佛う︒

      都市と農村との関係についてのアダム︒スミスの見解 第へはこれぢの原料の一部を加工し製造晶として田舎に邊り返すこと︒ この場合この商品の領格は原材料たる農産物の債格に職工の賃銀と親方 の利潤がプラスされて高くなる︒第二に他國からまたは自國の遠方から 都會に移輸入された原産物または製造品の一軒置川舎に妊る︒この場合 に語いてもまたこれ.らの原債に︑運邊入または船員の賃銀及彼等を雇う ところの商人の利潤が加はる︒二等二つの方法による都市と田舎との商 品取引において︑前者によって獲得される利目は﹁領主型﹂工業のそれで あ砂︑後者によって得られる利釜は國内商業引外國貿易のそれである︒ そこでこの取引によって都市の利釜は職工の賃銀と彼等を種々の用途に 雇う親方雇主の利潤との合計である︒そこで同業組合の排他的混書規定 によって︑その規定がなければ生じなかった以上に賃銀や利潤を増加さ せるようなか謬る規定は明かに都市〜をしてヨリ少い螢働量を.もって田舎 のヨリ大なる実働量の生産物を購買させる傾きがある︒だからか﹂る規 定は﹁都鄙の間に慰まれる商業上にあるべき筈め自然的均等を破るので ある﹂︵俗 一二四四︶だから彼によればギルド的規定がなければ都市と農村との 闇には等慣交換が行はれるように前提している︒然し本來前期的商業資 本は﹁封建的生・産業式を積極的に改幽する事なくして︑その肚會の基礎 過程並に支配体制を締めつけ︑その余剰生産物の奏上的部分を占有し以 て之を荒質せしめ而して分解せしめる﹂議6もので︑前期的商業が猿って 以て立つところの地盤は﹁商品貨幣維濟が未暢達であって隔特に地方的 諸市場相互間において不等債交換が支配的であるような流通機構﹂註7で あって︑錦鯉交換關係即二物一憤の法則が確立される時は﹁それは前期 的資本の擦って立つところの地盤の否定にほかならぬ﹂譜8事を一言して おこう︒  スミスは都會における資本蓄積の迅速さを資本そのものの分析による 事なく︑ギルドの独占規定におき︑都会では何故ギルドの結成が容易に 出 來︑田舎ではそれが困難であるかの陶題に力黙を展開し.生薩部面へ のヨリ突きこんだ論証を試みない︒

35 鳳

(8)

      都宙と農村との関係についてのアダム・ス︑・・スの見解

 そこで﹁都會の佳民は一つところに集っているために團結し易い︒そ

れで都倉では極めて小さい事業でも紐合をつくっているのが各地に見ら

れる︒そして組合ができていないところにおいても彼等の聞には組合下

灘即製善人に封ずる嫉妬︒徒弟を置いたり又は事業の秘密を乾したりす

る事に封ずる嫌厭が張く存在し︑それが任意の警告叉は規約を通じて彼

等が定款によって制限する事の出來ない自由競争を防ぐ事を彼等に教へ

るのである﹂︵巻    一二四五一二四六︶然るに﹁円堂の住民は遠いところに散在してい     り るから容易に團結することが出來ない︒彼等は組合をつくったこともな

く︑また彼等の聞には組合精淋というものも普通にはない﹂︵聡四じ然し農

業混播は極めて複難でむつかしい作業なので︑書物などでは容易に作業 の知識を得る事はむつかしいもので︑性質の攣らないまた凝脂しても少 ししか攣らない道具や材料をもって仕事をしている工業経螢に比べて︑

相當の判断力と心得とを要するので﹁多くの事柄についていろノ\にそ れを考へ合ぜて見るように習慣づけられているから︑彼の理解力はその

人の全注意が朝から晩まで=﹃の極めて簡箪な事のみに費されている人

に比してむしろ優っている︒﹂︵諮画譜︶翻ところが﹁田舎の重要な事業たる農

業に從卜する資格として︑徒弟制度が必要だと考へられた事は曾ってな

い﹂︵聡四⁝︶只ヨーロッパの政策が工業勢働者を農業螢働者⁝に比べて﹁鳳

暦精密巧緻な榮働であると考へて﹂︵誰︒研︶前者を熟練跨働と認め︑後者

を普通勢働と認めて前者の黒点に從事する必要な資格として﹁一定の年

期奉公の義務を課している﹂藷○ゆ︶から賃銀がや㌔高いのは雲量であ

る︒然もマニユ段階では資本は可墜資本に大いに依存するから資本の利

潤にも多少を生するようになる︒  そこで彼は猛烈に同業組合特に徒弟條例を論難する︒彼によればか玉 る規則は不適切でありまた墜制的である︒更にか﹂る規則によって晶質

優良な商晶の生産が保障されるものではなく︑青年はむしろ怠惰にはし

るようになる︒もとく年期の長い事は不必要な事柄であった︒例を學 げよう︒曰く﹁入々にとっては自分の勢働が財産だ︒この財産こそは他 の一切の財産の基礎たるものであるから︑これは最も黒鍵にして犯すべ からざるものである︒貧乏入の親譲りの財産ぱ彼の手腕の力と技巧とで ある︒だからこの力と技巧とを彼が隣人を害する事なくして自分の適當 と思うように用ひるものを妨げるということはこの最も聖なる財産に封 ずる明か海冑漬である︒それは職工と彼を傭びたいと思う入との讐方に 封ずる正しき自由の歴然たる傷害である﹂︵雀 一二三・八︶  曰く﹁下等の仕事においては鍔働の樂⁝はたΨ勢働の報酬にのみ存する その聴しみを最も迅速に享受し得る状態にある者こそ︑それを賞味する 方法を最も迅く考へ︑從ってまた勤勉の習慣を最も難く獲得する課であ る︒如何に勢零しても久しい⁝間何の利銭も得られないという.場合には青 年はそれを嫌悪するようになるのが自然だ﹂露ご二︶  曰く﹁普通の仕事よわもむつかしい技術︑例へぱ柱時計や懐中時計を 作るような技術であっても⁝・−一端護明が立派に出來上ってその原理も 了解されて了つた以上は⁝⁝その教示に長い課程を要するような秘密が あるものではない︒⁝⁝歎週以上の教課を必要とすることではなく︑数 日聞もやれば充分かも知れない﹂︵俗 醐二四〇︶そこで彼は以上のような弊害を もつ徒弟制度は慶止して近代的な賃勢働關係を作出して自己責任をもつ 自由な総勢働形態へ移行すべきであると主張する︒勿論この事によって ﹁損をするものは徒弟自身であらう︒ 蓋しこういう風にやさしく脅得出 來る仕事においては︑彼はヨリ多くの競雫者をもつべく︑そして彼が喉 入前の呼労働者となった時には︑彼@貰銀は現在より遙かに少ないものと ならざるを得ないからである﹂翁四レ︶㎞然し﹁またこの同じ競業の激烈さは・ 勢働の賃銀と同様に親方の利潤をも減らせるであらう︒職業︒技藝・手 藝はいつれも皆損をするだらう︒しかしこれ等の技術家の作物が︑このよ うにして遙かに起債に供給される事になれば就會はそれだけ得をするの

である︒﹂愛国ご産業資本家のイデオローグとしての彼の眞面目躍如たる

36 鴨

(9)

ものがある﹁︒然も彼を仕立て﹂八道主義者とするような見解もあるが註9

當らざるも甚だしいといはねばならない︒何故なら彼は賃銀の支彿形態

として個藪賃銀佛にするζとを奨悪しているが︑討−oそれは極端な低賃

銀を利用する制度ともなるからである︒讃11然しまだか玉る規定が魔止

されない場合﹁諸君にして︐もし立派な作品を作らせたいと思うなら

ば︑職工がそういう排他的特急をもつこともなく︑た穿入事以外何等

頼るべきものを有していない郊外でそれを作らせたがい玉︒そして諸君

はそれを豊玉るだけ巧みに都愈に密輸入したがい﹂﹂︵諮五一δと主張して

いる︒我々はこ︑で同業組合の寡頭政治化につれ︑都.市において失意の

小親方暦や二八が旨訂諮窪︒曾︒・を敢行して商業資本支配下の都市を逃

れて郊外の自由な天地に移佳して﹁農民型﹂工業の中核体となって︑学

生は密輸入の形で同業組合の監覗の眼をく璽って︑都市の﹁領主型﹂工

業と若立抗争を熔けている様が手に取るように書かれている︒

 更に英國に・おいては賃銀や利潤について﹁不可解な隣接地聞の差等﹂を

生ぜしめる救貧法が存在して﹁イングランドの貧乏入にとっては︑教會

這の八工的境界を越える事は︑他の柔々において賃銀率の相違を明白に

匠廻するところの自然的境界たる入海または高山の分水嶺を越えるより

も往々困難﹂︵諮七三−二七陣︶さを感ぜしめている︒それは救貧法が﹁貧民が

佳居を得る事を困難にし︑彼の属する教會匠以外において彼の生業を螢

むことを許さないからである︒組合法によってその自由流通が妨止され

るものはたゴ野老と製造工とに限られる︒しかるに詳伝を獲得する事に

封ずる困難は︑普通勢働のそれをも妨止する︒この不都合はイギリスの

政策中他に類例なきほどに大きいものである﹂傘六もからである︒だか

らスミスから見ればこの救貧法は﹁悪行を少しも犯さない人に関して︑

彼が佳みたいと思う教會廣から退去させるという事は︑自然的自由と正

義に樹する明らかな侵害である﹂︵怠 一二七四︶

 彼は先に徒弟條例を批判するに當って唯七年の徒弟期間の規定につい

      都市と農村との関係についてのアダム・スミスの見解. ては完膚なき程に批制しながらも﹁賃銀の騰貴すべき時は之を抑制する 作用をもつ⁝⁝治安判事による賃銀決定に廻する規定﹂討ηや﹁勢働者を 保護し失業者又は浮浪者の置生の防止を目的とする⁝⁝雇傭契約の期限 に關する規定﹂譜13について只管沈獣を守って彼の立場の一面性を露幽し たのと同じように︑こ︑でも彼は原生的螢働家畜成立期における同法の もつ歴史的意義については何等言及していない︒詩14 それはスミスの時 代には既に勢働者も﹁経濟外の直接的暴力﹂を受けなくとも銑に﹁見舞 事情の無言の強制力﹂によって資本制生産行程に適慮するように訓練を 受けた﹁相封的過剰入口の間断なき造出﹂の結果︑彼の時代には﹁勢銀 の法律的規定を不要とし且雲行不可能ともするに十分な力﹂註15をマニユ 産業資本が獲得していたからであらう︒ ︑更に都市産業の優越を張化するものとして外國製品及外國入の輸入す

る貨物に封ずる高率關税がある︒これによって都會の住民は外翁人の自

由競争に照して騰りた製かれる心配なく彼等の怪怪を高めて彼等を保護

する︒それは結局は閏舎の地主︑農業者︑跨働者によって支沸はれるの

であるが︑彼等は都市出駕の苦情と諦辮で読服されて︑易々諾々と服陣

してか曇る藁箒に反胃しないで都市商工業資本の私釜が就會全体の利釜

であると思はせられて利釜を聾断されて了うのである︒  スミスは當時のヨーロッパの経濟政策が都市の︼部の利害のために利

用されて都市偏重となり都市は著しく獲評したが農村は停滞して二って

事物自然の順序に反して経町阯會は護堕したが︑か玉る肚會獲展は打倒

されねばならないとして﹁領主型﹂工業の批判を通じて﹁農民型﹂工業

の新しいマニユ産業資本の自己の立脚黙を明かにしている︒

   圏︑繭郡市と農姻村との本質關係の逆葡︵都市商工業⁝の嚢展による断辰

     業の改良︶

 前期的商業資本が本來具有する商略と欺隔とによる資本の蓄積も︑都

市の嚢展による薄藍商業資本の数の増加によって競争が激化してやがて

37 噸

(10)

      都市と農村との関係についてのアダム・スミスの見解

等債交換の嚢達を生み自らの立つ前提條件一般を否定してその蓄積を困

難とすると共に︑更に彼の時代は産業革命前であるから資本はむしろ可

⁝攣資本部分に重瓢があった爲に資本の過剰を生んだ︒然も十八世紀に入

って農藤物界格の縢貴を翻心とする第ご次土地園込運動の氣運︑農業技

術の獲明⑧進歩︑園込運動に随俘して農民贋の分解による賃銀勢働者た

り得べき貧民暦の存在等は資本を農村に導入させた︒ ﹁その昔田舎を犠 牲にして大々的に都會に蓄積したその田舎に︑ある程度まで選尤せられ

るのである﹂舞天測︶その結果﹁イギリスに於ては都市の産業の田舎のそ

れに封ずる優越は︑前には現在よりももっと大きかったと思はれる︒十

五世紀叉は十八世紀の始めに比予て︑今や︑農業螢働の賃銀は製造業の

心墨のそれに︑そして農業に使用されている資本の利潤は︑商業及製造

業の資本のそれにヨリ近づいている︒この攣化は都會の産業にあまり異

常な糠働を與へた必然の︑ しかし非常におくれた結果と考へられる﹂

 一︑農村の生産物に樹して都市が常設市場を提供したこと︒ (怠 l九︶ような効果を生んだ︒資本還元の方法は次の三つである︒

 都市が農村の常設市場となる事によって︑農村地方の勤勉と耕作と進

歩的改良に刺激を與へ鼓舞したので︑この利釜は都市の近郊のみならす︑

交換網に入った全地方に及んだ︒

 二︑都市の商人が田舎の土地を買ひ込み︑之を改良した︒

 ﹁商人は普通田舎のジェントルマンとなりたがるもので︑ またそうな

れば多くの場合最善の改良家である﹂︵詔三も商人がジェントルマンにな

りたがるのは﹁層累革命以後は土地を有する紳士階級が實塁上最高聴力

であった︒軍に國家行政のみならす地方行政も亦完全に彼等の具申に早 し︑かくてその自然的結果として︑杜會的政治的樺力の基礎たる土地が

熱心に求められた﹂詩界からである︒ ﹁ディフ二三の言によれば︐﹃今では

淋どくお高くとまっている﹄イングランド西部の地主達は︑織物業で身

﹁代をつくったのであった︒そして新しい種類の地主達が︑このように跳 び出した許りでなく︑落懸家︑大貴族も亦大商八と婚姻を結ぶ事によっ て︑家を富ませ︑そしてヨリ多くの土地を買う事が出 來た︒﹂麗17然も新 地主が﹁最大の改良家﹂であるのは田舎紳士に比べて﹁秩序を立て経義 を守の注意深くするという習慣は︑彼を︑利潤をあげ成功を牧めつ﹂︑ 改良計書を途行ずるのにヨリ適した人物﹂であるからだ︒︵調二ご  一﹃都市の秩序と善政は農村にもそれを齎した︒  英國で一は古くより隷農耕作制度に悪夢的富裕の基礎をもつ領主の馬力 は強固で︑征服王によって封建法が導入された後も國王の樺力は余り強 くなく︑彼は領主の暴歌を制する事が嵐託す︑領主達は依然としてお互に 戦って兵を牧める日は殆んどなく︑時としては國王にさへ挑戦した︒爲 に廣漠たる田舎はいつ果つるともない暴行と掠奪さ混臨の巷となった︒ 領主制下の隷農は無條件に彼に服画し︑彼等の生活は全く彼の妙筆にも とつくものだから︑それがいつまで牽くかは︼にか玉って彼の御機嫌次 第であったために︑農村は悪政と無秩序とが支配していた︒封建法によ って抑墜され.なかった領主勢力も﹁一塁のダイヤモンド入りのバックル または之に類する将もない無用のもの﹂の前には﹁彼等の一切の椹力と 尊威とを引き渡して了つた﹂︵瑠三九一二四配︶蓋し﹁出來るだけ多くの入々の 生活を支へるに用ぴる以外に富者にとって牧入の使ぴ途のない︐國にお いては︑彼が無一文になる危瞼は少ないし︑また如何に慈悲心が強く とも彼が自分に出來ない程多くの人を扶持するとも考へられない︒し かるに彼がその最大の牧入を彼自身のために費すことが嵐來る時には しばしばその支出には際限がない︒蓋し彼の虚専心には隔もしくは彼 自身の身の可愛さには際限がないからである﹂︵霧 二二四四︶かくして隷農も漸 次長期借地契約が認められ身分的にも解放されて行き自由に自己を伸ば す基盤が與へられ︑領主と農民との關係は絶封服從關係から双務平等的 なものに移って行業︑やがて猫立自螢﹇農という顯な姿を乏って爾後の獲        タ 展を約束づける日を獲ち得た課である︒これ全く﹁肚會の幸編にとって

38 一

(11)

最も重要なる革命は公共のために審そうとする考へを少しももたない二

つの異った階級の人々によって齎された︒大土地所有者ぱ最も子︑供らし

い虚辞心を満すことを唯一つの動機とした︒またそれよりもすつと滑稽

ではないけれども︑商人と工匠とは專ら自分の利釜を目がけて︑いやし

くも利釜が得られるところでは一書でも回謝するという彼等としての行

商人主義を徹底して行動した︒彼等はどちらも前者の愚ど後者の勤勉と

が漸次に招堕しつ玉あったこの大革命について何の知識も先見ももって

いたのではなかった﹂︵聰四四⊥聡警︶事物自然の秩序においてあるべき都市

と農村との相互依存關係は︑ヨーロッパの政策のために︑都市が偏重さ

れて農村の犠牲の上に一方的に都市が獲憎して本質關係は背反したが︑

この關係も行き審すと此度は逆行して都市が農村の獲展を促進するよう

江作用し︑早立を通して再び本質關係が自己を顯はし出した︒    五︑む  ず  び

 都市と農村との封立⁝逆行の末に漸⁝く彼のたどりついた結論は實は彼の

本質關係の出獲黙としたものに他ならない︒彼に誇いては基底に猫立自 螢農をおき︑この實り豊かな國内市場を背后地として嘆き開く新しい自

由な産業資本によって國﹇民維濟の循環が始まるとき︑國﹇富論胃頭のM句

が現實に行はれる︐國民経濟の姿となる︒

 彼の農業の澹尋者である猫立自言言こそは﹁彼の小さい土地の隅々ま

でも知の鑑してみる︒そして財産特に小さい財産が自然に抱かせるとこ

ろの愛情を以てその財産を見守っている︒そしてまたそれ故にその耕作

淀興味をもつのみならすそれを飾ることさへするから彼はすべての改良    家の中で普通︑最も勤勉な︑最も賢明な︑最も成功性あるものである﹂

翁四五一二四を又彼の擦って立つ産業資本家の性格は﹁政府のあらゆる搾

取のさ中に︑この資本は︑個人の私的節約と賢明なる行動とによって︑

また彼等自身の地位を改善せんとする一般的な︑不撹不屈の努力によつ

で︑黙々として除々に蓄積されたのであった﹂︵強三嵩︶新しい産業資本の

      報甫と農粒との関擁についてのアダム︒スミスの見解 婚ひ手の活動状況が遺憾なく獲揮されている︒  だから彼等のために彼は次のように主張する︒ ﹁職孚と政治による普 通の革命は︑商業のみから生ずる富の源泉をたやすく潤渇させるが︑農 業のヨリ堅實な改良から生じるそれは亀つと永績的である﹂︵諮警丁二五等  それと共に﹁自ら最も有利なりと考揺るように振舞う自由によって達 せられる各人のこの努力こそイギリスの進歩を︑富裕と改良とに向けて あらゆる時代を通じて支持して來たものであって望むらくは將來もそう いう力となるものであらう︒⁝⁝彼等をして彼等自身の経濟に注意せし めよ︒そして私人のことは私人に任せておく事が安全だ﹂︵囎哺三⊥三皆  重商主義に封癒して國内市場を重患しつ玉産業自由主義の探用によっ て現出する調和的経濟秩序を想へ!  スミスの場合都市と農村とは調和にみちノ\ているの今日の資本主義 の農業問題は矛盾に充満している︒ス︑・・スでは全ては未解決のま玉淺さ れ.ている︒だが我々がスミスから學びとる最大の牧穫は︑國丙市場とし ての農村の存在償値の認識これである︒︵一九五二D鳳︑コ︶︑以上 註−︑アダム・スミス﹁国富論﹂大内訳巻扁︑回五貫以下の引用は大体之により    ︵  ︶にて示す 註2︑︷局島善哉著﹁アダム・スミスの市民社会体系﹂一回口入智 計3︐堀二天著﹁イギリス社会経済史﹂婦二五頁 註4︑大塚久雄著﹁増訂近代資本主義の系譜上﹂ =圃五買 註5︑宇野弘薩著﹁経済政策論﹂三八⊥榊些些参照 註6︑大塚﹁前掲書﹂罎一頁 註7︑・大塚﹁前掲書﹂七五頁 註8︑大塚﹁前掲書﹂七五頁 註9︑高島善哉﹁前掲書﹂一七入頁 註−o︑アダム︒スミス﹁国富論﹂大内訳書掴︑二四〇一二四一頁 註U︑宇野八介著﹁経済原論﹂一四ヨ頁

39 繭

(12)

郡宙と農村との関係についてのアダム・スミスの見解

註12︑13堀﹁前掲書﹂哨嚇0頁

註14︑ ﹁資本論﹂高畠訳︵改造社版︶②七二九一七三三頁

註15︑﹁資本論﹂高畠訳︵改造社版︶③七三五頁

註16︑アーノルド・トインビー﹁英国産業革命史論﹂原田他訳高山書店刊五入頁

註17︑アーノルド・トインビー﹁英国産業革命史論﹂原田他訳高山書店刊五九頁 i経 済 学!

40 一

参照

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