第3回核兵器廃絶市民講座「世界のNGO・市民は何に注目しているか」(2013年2月7日)
講師 中村桂子先生
人道的アプローチ
核兵器の非人道性を焦点化し、それを根拠にその非合法化に向かおうとする動きが世界的に高まって いる。このアプローチは、国家の安全保障ではなく、人間の安全保障の観点を重視するものだ。つまり、
健康や環境をふくむ社会と人間への影響を考えた場合に、核兵器はいらないとする主張である。
第2回の講座でも言及されたように、人類の歴 史と兵器開発の歴史は、密接な関係にあった。た だし、同時に、そうした兵器を禁止しようとする 努力もくり返されてきた。たとえば、生物兵器、
化学兵器、対人地雷兵器、クラスター弾、これら 兵器の禁止条約がつくられる背景には、その影響 における非人道性が強調されていた。核兵器の非 人道性への着目という議論は、2010年のNPT核 不拡散条約の再検討会議を転機として、国際会議 の表舞台へ登場した。
ここで合意された文書は、以下のとおりである。「会議は核兵器のいかなる使用も破滅的な人道的結果 をもたらすことに深い懸念を表明し、すべての核兵器国がいかなる時も国際人道法を含め適用可能な国 際法を遵守する必要性を再確認する」。この文書は、政治的な合意文書であり、法的な実行力は伴わない。
2012年には、2015年NPTにむけた第一回目の準備委員会がひらかれ、16カ国が核軍縮の人道的側面に 関する共同声明を発した。この16カ国に日本は入っていない。
ノルウェー政府が主催するオスロ会議(2013年3月4日、5日)は、この共同声明の合意を活かして、
具体的な核兵器禁止に結びつけていくことを目的としている。この会議の特徴は、核兵器の非人道性と いう概念の具体的様相を科学的、客観的データにより示すことである。オスロ会議の3つのテーマセッ ションの内容は、以下の通りである。第1セッションでは、核兵器が使用された際に与えられる、人体、
社会基盤(インフラ)への影響。第2セッションでは、核兵器が使用された場合(核実験を含む)に、
中長期的な社会、経済、環境にたいする影響。第3 セッションでは、核兵器が使用された状況にたいす る「備え」、あるいは、人道的支援の可能性について。
オスロ会議には、日本政府代表として4名が参加 するが、うち2名は外務省の担当官、他の2名はと もに長崎原爆被爆者である朝長万左男長崎原爆病院 長と田中煕巳日本被団協事務局長である。オスロ会 議の重要性は、核兵器禁止条約の交渉を進めたり、
合意文書を作成することではなく、今後の外交交渉 にとって有益なデータを共有する、つまり、核兵器
廃絶にむけた「プロセス」を重視する点にある。
第2セッションに関連して、アイラ・ヘルファンド医師(米国)による「核の飢餓」に関する研究を 紹介したい。これは、国家間の核戦争が生じた際に、核爆発により大量の灰や塵(ちり)が生じると、
太陽光が遮蔽され、気温の低下が生じ、農作物の生育に異常が生じる現象についての研究である。ヘル ファンド医師による研究は、「米ソ」といった大規模な核戦争ではなく、インドとパキスタンによる局地 的な核戦争を想定している。この研究が示唆することは、一部の国家が核戦争に踏みきると、たとえ局 地的な核戦争であっても、その影響は全世界的なものであることを、科学的に提示している点にある。
第3セッションに関連して、赤十字国際委員会(ICRC)は、「核兵器の爆発にたいして、何らかの備 え、あるいは対処ができるか」という問いにたいして、実証的な科学的根拠、医学的知見を示し、「核爆 発が生じた際に、充分な人道援助は存在せず、不可能である」と回答している。重要な点は、オスロ会 議は、核兵器禁止条約を行使するための「プロセス」であり、そのスタート地点であることだ。
核兵器の非人道性
2012年5月に16カ国の共同声明が出された際に、外務大臣政務官は、参加を見合わせた理由につい て、以下のように述べている。「我が国としては、非核特使の派遣や、被爆証言の国際化等々、この核兵 器の使用がもたらす人道的な結末については、広く国際的に発信はしているが、一方で、この共同声明 については、我が国の安全保障政策の考え方と、かならずしも合致しない内容が含まれている」。
ここでいわれる「安全保障政策」は、米国の「核の傘」に依存する政策を指している。日本は「核の 4政策」を基本政策として掲げている。つまり、非核三原則、現実的漸進的な核軍縮努力、(核の脅威に 対しては)米国の核抑止力に依存、核エネルギーの平和利用である。核軍縮努力と抑止力への依存には 矛盾がある。
共同声明においては、「いますぐ、直ちに、核兵器禁止条約を作れ」といった急進的な要求が含まれて いるわけではなく、「非合法化への努力を強化せよ」という穏健な内容である。実際、共同声明をリード したノルウェーや署名国のデンマークはNATO加盟国であり、その意味では日本と同じ米国の核に依存 する政策をとっている。それらの国「でさえも」賛同できる内容であるのだ。
日本の態度は、「核兵器の非合法化」にたいする「拒否反応」「アレルギー反応」と呼ぶべきである。
こうした日本政府の態度は、とりわけ首都圏において、マスメディアにより報道される機会が少ない。
つまり、日本は、<被爆国>という一般的なイメージに反して、その実際は核兵器の非合法化の実現に むけて「ブレーキをかける存在」であることが充分に知られていない。
核兵器の非人道性が注目されている今を、現状に異議を唱える契機と捉えるべきである。外務省のホ ームページに人道主義的アプローチおよび人間の安全保障が掲載されているならば、この帰結として、
核兵器非合法化に至る理路が形成されていない状況に、私たちは矛盾を感じ、考える必要がある。第二 回NPT再検討会議準備委員会(ジュネーブ)は、オスロ会議の成果を踏まえて、共同声明につづくアク ションが起こる可能性があり注目される。
また、核兵器の非人道性について、核兵器とは、た とえ使用されなくても、保有していること自体に非人 道的結果が生じることに注意しなければならない。核 兵器を作るための資源確保、製造、実験、備蓄、使用 のプロセスは、人間、環境に「被害」を及ぼすもので ある。同時に、本来であれば教育、健康といった分野 に使用できるはずであった資金を、核兵器を作るため に利用していることも、非人道的である。
たとえば、2000年に、国連ミレニアム宣言をもとに 作られた「ミレニアム開発目標」という開発分野にお
ける国際社会共通の目標について考えたい。ここでは、8つの目標テーマが掲げられている。貧困、飢 餓撲滅、幼児死亡率の引き下げ、環境の持続可能性確保、HIV等の問題についての目標を、2015年まで に達成することが提唱されている。核兵器が存在することによる各国の支出合計は1049億ドルであり、
世界銀行の調べによると、ミレニアム開発目標は、400億から800億ドルほどの投資により達成可能と されている。年間の核兵器支出の半分をミレニアム開発目標に投資することにより、数多くの世界的な 問題を撲滅することができる。
米国の核関連支出の推移
冷戦後から現在にいたるアメリカの核弾頭の数は、緩やかではあるが、徐々に減少している。しかし、
1988年から2020年までのアメリカの核関連支出の推移をみると増加傾向にある。冷戦終結後、いった ん急激に減少しているが、その後、冷戦時代と同程度に増加していることが理解できる。
「核兵器のない世界」を標榜するオバマ政権以降も、核兵器に費やされる予算は増加している。核兵 器には寿命があるため、新規に製造の時期にある。また、インフラの整備、運搬手段等を近代化する時 期に入っている。この背景には、国際条約である、新START(戦略兵器削減条約)の存在がある。
オバマ大統領は、新 START に批准するため、共和党による核兵器、研究施設への予算規模拡大を交 換条件として受け入れた。そのため、数としては核兵器は徐々に減少する一方で、核予算は増加すると いう矛盾が生じている。私たちは、こうした現実についても認識しておく必要がある。
最後に、つぎのことを確認したい。世界のなかで、核兵器廃絶を求める声は多数派である。マスメデ ィアにより、核兵器保有国の状況が報道され、「核兵器がなければ安全は守れないのではないか」という 声が流通している。こうした認識にふれると、核兵器廃絶を訴える私たちは少数派ではないかという不 安に晒される。「核兵器を廃絶することは可能である」という「実感」をもつことができないことが、非 常に重要な問題である。
核兵器禁止条約を含め、核兵器ゼロを求めている声は、世界の多数派(マジョリティ)であることを、
くりかえし確認し、「自分の力」にしていくことが必要である。核兵器禁止条約の交渉開始を支持する国 は、世界的に多数派である。日本は、条約の交渉開始にたいしては否定的である。マレーシア決議と通 称される、核兵器禁止条約の早期締結にむけた多国間交渉をもとめる決議が、96年以降、毎年だされて いる。国連加盟国のなかでは、賛成135、反対22、棄権26であるなか、日本は96年以降、「時期尚早」
として継続して棄権している。
99年にノーベル平和賞を受賞した、地雷禁止国際キャンペーンの指導者的人物であるジョディ・ウィ リアムズは、こうした態度に異義を唱えている。彼女は、つぎのように述べている。
「核兵器条約は時期尚早で見込がないという意見もある。信じてはいけない。彼らは地雷禁止条約に 関しても同じことを言っていたのだから」。つまり、当時、地雷禁止条約をつくることなど不可能だと反 対した国は多くあったが、実際に条約は実現した。核兵器に関しても同じことができないわけがない、
というものだ。
核兵器禁止条約、核兵器廃絶を求める声は、けっして世界の少数派ではなく、多数派であることは、
国際的な世論調査の結果や、平和市長会議の動向からも理解することができる。
核兵器廃絶を達成できるか、まずは「できる」と実感することが重要であるが、無力感に苛まれるこ ともある。こうしたとき、19世紀の哲学者ショーペンハウアーの言葉を思いだす。この哲学者の言葉を、
以下のように解釈している。
新しい真実と、新しい思想が受け入れられるためには、3つの段階を経ることが必要である。第一の 段階では、みんなから馬鹿にされ、笑われる。次に、激しい抵抗にあう。最後に、あたりまえのことと して受け入れられる。
いま、核兵器廃絶は可能である、といえば、理想主義者と言われるかもしれない。しかし、人間の歴 史は、このような現実に直面した一部の信念をもった人々による社会の変革の繰り返しであったと思う。
ジョディ・ウィリアムズの言葉にあるように、生物兵器、化学兵器、クラスター弾、対人地雷、といっ た兵器の禁止条約が実現したことを、忘れてはならない。実現を信じて行動する人々が存在する限り、
それは実現可能なのである。
(写真キャプション)
NPT再検討会議第1回準備委員会の会場風景