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民   族   共   同 体   と   法 ( 二 )

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民   族   共   同 体   と   法

︵ 二

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る い

は ﹁

法 ﹂

な き

支 配

体 制

はじめに第一章 民族共同体の建設 − ﹁あらゆるドイツ人︑一人一人をわれわれの理想に合致した鋳型に入れて鋳直す﹂

一戦いの第二段階

H

四 運命共同体から種共同体へ五 種共同体の建設 I

H婚姻の本質と目的︵以上本号︶

四 運命共同体から種共同体へ ー ﹁ナチズムとは新たな人間創造の意志である﹂

﹁人種堕落の時代に自国の最善の人種的要素の保護育成︵Pf−ege︶に専心した国家はいつか地球の支配者となるに違い

(2)

︵ 1

法経研究四一巻二号︵一九九二年︶

t   l ヽ

ノ   ノ

﹃我が闘争﹄の最後を飾ったこの言葉が示す通り︑ドイツ民族による﹁世界支配﹂の実現を最終目標とするナ

チズムにとって︑﹁運命﹂共同体の実現は︑そのために必要とされる﹁ドイツ民族再構成﹂の作業のすべてではなかった︒

﹁世界観を共有する者の共同体﹂︑それが運命共同体であったとするならば︑最終目標に定位した将来の戦いへの参加の

ためのもう一つの前提条件として︑さらに︑﹁種﹂共同体︑即ち︑﹁血を共有する者の共同体﹂の建設が遂行されなけれ

ばならなかった︒﹁このための指導は一〇年や二〇年ではすまないであろう﹂︑ヒトラーは一九三九年百二五日の高級

将校を前にした秘密演説の中で語っている︑﹁しかし︑一〇〇年後には︑当然の結果として︑一つの新たな社会的エリー

トが登場することになる︒この構築が完成し︑民族を担う新たな社会層が出現した時︑われわれの民族はヨーロッパを

支配する権利を手にすることになるにちがいない︒それが私の断固たる確信である︒﹂

それでは︑何故︑運命共同体の実現だけでは不十分であったのか︒何故︑さらに種共同体の建設が必要とされなけれ

ばならなかったのか︒それが︑既に紹介したところの︑ナチズムに固有の人種生物学に定位した闘争的世界観と無関係

でなかったことはいうまでもない︒ヒトラーにとって︑地球の歴史は︑限られた生活空間を前にして︑自国の領土の拡

大を目的に︑それぞれの民族が自己の命運をそれに託して遂行する生存闘争の歴史以外の何物でもなかった︒しかし︑

﹁血の中にのみ人間の力も弱さもその基盤をもつ﹂と見るヒトラーからすれば︑この生存闘争は︑たとえそうしたもの

が必要不可欠なものであるにせよ︑﹁軍事力﹂は無論のこと︑﹁精神力﹂によっても決着がつけられる類の戦いではなかっ

た︒むしろ︑それは︑﹁民族の人種的価値﹂︑即ち︑﹁民族のすべての力の源泉﹂として︑﹁世代を通して永久に伝えられ︑

民族の肉体的︑精神的能力と特徴を決定する遺伝的素質﹂こそが決定的に重要視されなければならない闘争であったの

だ︒生活空間をめぐる生存闘争とは︑結局のところ︑それぞれの民族が自己の有する﹁人種的価値﹂︑よ︒端的には︑﹁血﹂

を賭けて遂行する﹁人種戦争﹂としての性格をもつ戦いであったのであり︑その限りにおいて︑﹁もっとも優れた人種的

(3)

価値をもつ民族﹂︑それが︑諸民族の戦いの﹁最後の勝利者﹂として︑﹁持ち回りの優勝カップ﹂であるこの地球を神か

ら贈られるべく定められた民族に他ならなかったのである︒そして︑その際︑ヒトラーの頭の中では︑﹁白色人種﹂︑中

でも﹁もっとも価値ある最高の人種﹂とみなされるべき﹁北方人種﹂の中核民族であるドイツ民族以外に︑﹁自然の最愛

の子供﹂としての神の祝福を受けるべき権利と資格を有する民族は存在しなかった︒しかし︑ドイツ民族が︑たとえ﹁地

球上で最も優れた最強の民族﹂として︑﹁疑いもなく即日的に世界支配を運命づけられた民族﹂であったにせよ︑ドイツ

民族と同様に北方人種の血を有し︑あるいは︑ドイツ民族よりはるかに強大な人口数を誇る︑さまざまな民族が生き残

りを賭けて戦うこの生存闘争の中で︑はたして彼らが実際に自らに課せられた﹁運命﹂に堪え︑自らの﹁権利﹂を実現

しうるかは︑彼らの有する優れた﹁人種的価値﹂を質的にも量的にも﹁保護﹂し︑より一層﹁強化﹂し︑その結果︑北

方人種の血に根ざし︑価値ある遺伝的素質を有する可能な限り多くの民族同胞から構成される共同体の建設に成功しう

るか否かにかかっていたといわねばならない︒とりわけ︑一九一八年の敗北の原因が︑ドイツ民族の﹁世界観的分裂﹂

のみならず︑﹁血の分裂﹂にも求められなければならなかった限り︑そうであったにちがいない︒ドイツ民族がもしこの

﹁分裂﹂を克服しえず︑種共同体の建設に失敗するならば︑間違いなく﹁持ち回りのカップ﹂はより優れた人種的価値

を有するより強い民族の手に落ちることになるであろう︒

こうした人種生物学的な闘争的世界観とならんで︑さらにもう一つ︑﹁種﹂共同体の建設を不可避ならしめる重要な理

由が存在した︒﹁世界観﹂と﹁人種的遺伝素質﹂の相関性の問題がそれであった︒既にいくつかの箇所でも触れた通り︑

ナチズムにとってこの二つの事柄は無関係のものではなかった︒それどころか︑これらが実は同一の事柄であるとみな

されていたことは︑たとえば︑以下のシュラウトの主張からも明らかであった︒即ち︑﹁世界観というものは︑血によっ

て条件づけられている︒遺伝的素質を同じくする人間集団は︑一定の精神的性向︑能力︑特徴を有し︑それらが当該人

(4)

種の構成員に対し︑意識するとしないとにかかわらず︑ある定められた仕方において行動し︑決断し外部世界の出来事

を評価せしめるのである︒﹂つまり︑ドイツ民族が﹁北方人種﹂を﹁基本的構成要素﹂とする民族として︑他の民族と異

なる遺伝的素質を有する以上︑ドイツ民族は必然的に他の民族と異なる世界観を有するのであり︑また︑一人一人のド

ィッ人は︑彼らが︑ドイツ民族の基本的構成要素である北方人種の遺伝的素質︑つまりは﹁血﹂を分有する限り︑生ま

れながらにドイツ民族の世界観を共有し︑共通の思想︑感情︑欲求にもとづいて行動するというわけだ︒それ故︑北方

人種の﹁血﹂を分有する人間にとって︑民族の最終目標の実現に向け︑自らに与えられた持ち場において自己の責務を

果たすことが︑﹁種に即し︑種に根拠づけられた﹂強制されるまでもない内面からの﹁自明の義務﹂︑﹁当然の義務﹂であっ

たとするならば︑逆に︑何らかの理由から共通の﹁血﹂を失った人間−﹁種的変質者﹂−︑あるいははじめからかか

る﹁血﹂をもたない人間−﹁異人種﹂−にとっては︑共同体に対する裏切り︑敵対︑非協力こそが﹁本質的かつ必然

的な事柄﹂であったということになる︒クランツが﹁自己の現存在を共同体に組み入れ︑共同体に定位し︑共同体の中

で︑共同体のために行動する能力と︑遺伝的素質との間には関係がある﹂というように︑或る人間が︑﹁誠実な民族同胞﹂

であるのか︑それとも﹁裏切者﹂︑﹁敵﹂︑﹁非協力者﹂であるのかは︑﹁種に即し︑種に根拠づけられた﹂︑いわば﹁運命

そのもの﹂として︑決して当人の自由な意志の選択に委ねられる類の問題ではなかったのである︒もはや疑問の余地は

ないであろう︒﹁他日︑この地球上の最後の︑そして最大の審判﹂に備えて︑﹁ドイツ民族全体の思想︑感情︑欲求を変

革﹂することにより︑﹁一つの意志︑一つの決意をもち︑喜んで一つの行為のために身を犠牲にする覚悟をもった八五〇

〇万の人間﹂からなる運命共同体の創出を︑合法改革後の第二段階の革命のための不可避な課題であるとみなしたナチ

スにとって︑かかる課題は元来﹁種﹂共同体の創出と不可分のものであり︑それなくしては完成しえない︑そうした類

の課題に他ならなかったのである︒﹁世界観の分裂﹂の克服は︑何よりもまず﹁血の分裂﹂の克服を要求し前提とするも

(5)

したがって︑合法革命による全国家権力の掌握後︑近い将来予想される人種戦争に備え︑ヒトラーが繰り返し︑﹁今後︑

われわれはこの国家のためにドイツ的人間を育成しなければならない︑巨大な仕事が始まるであろう﹂といい︑あるい

は︑﹁ドイツ革命は︑すべてのドイツ人が新たに形づくられ︑新たに組織され︑改造されるまで完成することはない﹂︑

﹁われわれは何百年かけてドイツ民族を改良するであろう﹂という時︑彼がこうした発言によって言わんとしたことは︑

単なる政治的・世界観的団結と統一の実現にとどまるものではなかったはずである︒﹁われわれの闘争目的は︑われわれ

の人種および民族の存立と増殖の確保︑民族の子供の扶養︑血の純粋性の維持︑祖国の自由と独立であり︑そうしたこ

との実現は︑われわれの民族が万物の創造主から与えられた使命を達成する上で必要不可欠な事柄である﹂︑このように

既に﹃我が闘争﹄の中で︑種共同体の実現の必要性を﹁最終目標﹂に至る自らの政治課題の中に明確に位置づけていた

ヒトラーは︑政権掌握直後の一九三三年三月二一日︑ポツダムのガルニゾン教会で開催されたライヒスターク開会式の

場で︑ドイツ民族を前に︑新たなライヒ政府の方針が︑﹁ドイツ国民国家の精神と意志の統一の再建﹂とならんで︑﹁わ

れわれの生存の永遠の土台であるわが民族︑およびそれに与えられた諸力と諸価値の保護﹂にあることを宣言︑さらに︑

期間中開催された国会において﹃ドイツ人の血と名誉の保護のための法律﹄を制定公布した一九三五年の党大会の閉会

演説の中で︑ヒトラーは︑先の﹃我が闘争﹄の主張をほぼそっくり繰り返すことにより︑ドイツ民族に対し︑改めて︑

種共同体の建設が緊急の政策課題であることを明らかならしめたのである︑﹁ナチズムの教義の出発点は︑国家にではな

く︑民族にある︒ナチズムの一切の思考の中心に置かれるべきはその歴史的発展に鑑みわれわれが﹃ドイツ民族﹄と呼

ぶところのこの生ける実体に他ならない︒民族こそが変わることのない存在であり︑今日︑われわれはその中にわれわ

れの唯一の目的を兄い出すものである︒民族の保護に成功することにより︑はじめてわれわれの理想の実現にとって必

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要な前提条件が整うことになろう︒神は人間を創造することにより︑同時に︑われわれの行動の目的が人間の保護にあ

ることを教えたのである︒それ故︑神により創造された民族という実体を︑肉体的にも︑また精神的にも健全かつ純粋

に保護すること︑それが唯一︑民族の有する一切の理想および一切の組織の根源的かつ本来的目的なのである︒﹂

﹁ドイツ民族の保護﹂を旗印として︑ヒトラーがこれから行おうとしていた企ては︑結局のところ︑シュトラッサー

との最後の会談で彼自身語っていたように︑文字通り﹁人種革命﹂とでも呼ぶべきものであったのだ︒完三七年の党

大会︑ワグナーに代読させたナチス党員に対する声明は疑問の余地のないものであった︒即ち︑﹁ドイツが最大の革命を

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ぁる﹂と︒さらに声明はいう︑﹁ドイツ民族に対して行われる人種政策によってもたらされる効果は︑他のいかなる法律

のそれよりも決定的なものとなるであろう︒なぜなら︑これは新たな人間を創造するからである︒われわれの活動と努

力の一切がドイツ民族の保護に振り向けられないとするならば︑いったいそうした活動にいかなる価値があろうか︒ド

ィッ民族の血の純粋性︑純潔性を保護するという︑もっとも重要な義務がなおざりにされるならば︑そもそもドイツ民

族に対して奉仕することに一体どんな価値があろうか︒﹂声明の言葉にある通り︑﹁民族および人種衛生学﹂を通じての

﹁新たな人間の創造﹂︑それが種共同体の建設の内容であり︑目的であった︒非公式の場での発言はより腹蔵のないもの

であった︒﹁われわれの革命は︑純粋に生物学的価値の承認へ向かう更なる前進の一歩であり︑あるいは︑最後の一歩な

のである﹂︑政権を掌握して間もなくの頃︑ヒトラーはラウシュこングを相手に自らの政治哲学と今後の計画をこのよう

に語っていた︑﹁問題はいかにして人種の頑廃を阻止しうるかである︒われわれの誰もが︑混血し︑汚された血という病

を患っている︒どのようにすれば︑われわれはこの汚れを浄化し︑償うことができるのであろうか︒⁝⁝人間は今︑途

方もない変貌の只中に立っている︒天地創造はいまだ終わっていない︒少なくとも︑人間というこの生物に関する限り

(7)

はそうである︒人間は生物学的に見た場合︑明らかに一つの分岐点に立っている︒新しい人間の種が今その輪郭を現し

始めているのだ︒この人間の新しい種に︑すべての創造的エネ〜ギーが集中することになるであろう︒今後︑二つの種

の間で︑相対立する方向への急速な分岐が継続的に進行するにちがいない︒一方は︑人間以下の種へと没落し︑他方は︑

今日の人間を凌駕し︑はるか上まで上昇する︒⁝⁝人間の根源的な呼び掛けに耳を傾け︑永遠の運動に盲を捧げる者

は︑新たな人類へと招かれている︒ナチズムをただ政治運動としてしか理解しない者は︑ナチズムについて何も知らな

いに等しい︒ナチズムは︑宗教以上のものでさえある︒それは︑新しい人間創造への意志である︒⁝⁝政治とは︑今日︑

文字通り︑運命の形式である︒この淘汰の過程は政治的手段によって促進されうるものなのだ︒﹂

こうした認識はヒトラー個人に限られたものでも︑また秘密にされるべきものでもなかった︒たとえば︑ナチスの代

表的イデオローグであったローゼンベ〜クは︑一九三〇年に出版し︑その後ナチス崩壊に至るまでの間に一〇〇万部以

上を売り尽くした﹃二〇世紀の神話﹄の序文の中で︑﹁新しい生命神話にもとづき新たな人間類型を創造する1−これが

われわれの世紀の課題で鮎﹂ことを明らかにしていたし︑内閣官房長官ランマースもまた︑一九三四竺〇月の

リン行政アカデミーの講演において︑新政府のもっとも重要な課題として︑﹁新たなドイツ人類型の形成﹂を挙げていた︒

あるいは︑国家的レヴェルでの人種政策遂行の最高責任者となったフリックは︑政権獲得直後のライヒスタークの選挙

戦の最中︑ドイツ人女性を対象とした人種思想の啓蒙書の出版を目的に︑編集.者であるシャルロッテ・ケーン‖ベーレン

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信じますか︑そしてまた︑この間題に関し︑ドイツの将来がどのようになるとお考えでしょうか﹂との問いに対し︑以

下の回答を寄せていた︑﹁先の大戦中︑ドイツ民族が世界を敵にまわして挙げた他に例のない戦果を振り返った場合︑さ

らにまたその後の一四年にわたる比類のない苦境にもかかわらず︑ドイツ民族がなお国民革命のためのエネルギーを保

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法経研究四一巻二号︵一九九二年︶       九四 持していたことを考えた場合︑わたくしたちが一瞬たりといえども以下の事柄について疑いを抱くといったことはあり

ぇません︑即ち︑ドイツ民族は︑自己の有するすべての社会層にわたり︑今日依然として十分価値ある遺伝的素質およ

び血を有しており︑それらが︑今日この上もなく重大に差し迫った人種的没落に対する戦いに勝利を収め︑そしてまた

ァジア的ポルシェヴィズムから発する没落の脅威からドイツおよびヨーロッパ文化を救済することを可能ならしめるも

のとなるのです︒﹂ローゼンベルクやランマース︑フリックだけではない︒この時期︑政治指導部に属するもの以外で︑

ナチズム運動の中にはっきりと﹁新たな人間の創造﹂を兄い出し︑そのことを積極的にドイツ国民に対し発言した者と

してゴツトフリート・ベンの名前を挙げることができる︒一九三三年︑﹁あなたは︑何故︑ドイツに留まり︑ナチスに協

力するのか﹂との一亡命作家から寄せられた批判に対する﹃回答﹄として行われたラジオ演説の中で︑ベンは次のよう

に自らの考えを明らかにしていた︒﹁歴史は︑その転回点において︑人種の汲み尽くせぬ胎内から一つの新しい人間類型

を送り出します︒⁝⁝最近のドイツにおける諸々の出来事につき︑重要な事柄は︑政治的策略の類などではなく︑一つ

の新たな生物学的類型の出現なのです︒ここで問題となっていることは︑政治形態などではありません︒むしろ︑人間

誕生め新しいヴィジョン︑おそらくは白色人種の古くからの︑そして︑その最後の大規模な構想が問題なのです︒﹂

新たな人間の﹁創造﹂︑あるいは﹁形成﹂とは︑右に引用したいくつかの発言からも明らかなように︑文字通りの意味

において理解されなければならない事柄であった︒一九三三年にその名もズバリ﹃ドイツー新たな人間が形成される

国﹄を発表したベルクマンは︑この表題︑とりわけ﹁形成︵Bi−dung︶﹂という言葉が多くのドイツ人に惹起するであろ

ぅ誤解を避けるため︑﹁殆ど余計なことではあるが﹂としながらも︑以下のコメントを付け加えることを忘れなかった︑

﹁われわれがいう﹃形成﹄とは︑教養を身につけるといったことではなく︑何かプロメティウス的な事柄︑つまり人間

を形づくる︵fOrヨen︶技術を意味するものである﹂と︒このプロメティウス的作業を可能ならしめる技術が︑既に︑ナ

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チス登場以前︑多くの論者により展開されていた︑﹁人種理論﹂にもとづくところの﹁民族および人種衛生︵改良︶学﹂

に他ならなかった︒つまり︑ドイツ民族の生物学的健全性を危殆ならしめる一切を防止し︑それを保護し改良する一切

の措置を実行することがそれであった︒ヒトラーは︑自らその出版を禁じた﹃第二の書﹄の中でそのことの必要性をはっ

きりと確認していた︑即ち︑﹁ドイツ民族を奈落の底から救済しうるものは︑人種理論から一切の結論を引き出す新たな

改革運動のみである︒﹂さらに彼はいう︑﹁今日既に存在し︑あるいはこれから生み出されるであろう人種理論の知識や

学問的洞察を実際の政治の場に適用する﹂ことにより︑﹁民族のもっとも優れた人間︑およびもっとも優れた徳性を計画

的に育成し︑︹ドイツ民族を︺より高等な︹民族へと︺品種改良する︵zghten︶こと﹂がナチズムの課題であり︑政策 である︑と︒

こうした改革運動からいかなる共同体が生み出されることになるのか︒これに関しては︑一九三四年に発表されたヘー

ンの貢同体の本質について﹄の中に見られる描写以上に的確なものは他になかったにちがいない︒へーンはいう︑﹁人

種的育種の思想が︑民族の最高目的として︑民族全体を支配し︑また民族全体がそれにもとづいて行動することをわれ

われは希望する︒具体的には︑遺伝的にもっとも優れた者のみが結婚し︑血と土との結びつきの中で民族の永遠の存立

を保障する子孫を生産する︑そうした理想がわれわれの目指す最高目的に他ならない︒かかる理想を現実のものとして

ゆくために︑より近い目的として保護飼育場︵Hegeh監e︶の建設が不可欠である︒﹂つまり︑民族共同体とは︑養鶏業者

や果実栽培者が︑そこにおいて遺伝法則を応用しながら︑劣った個体を生殖過程から排除し︑選ばれた優秀な個体に対

し人工的な交配を繰り返すことにより︑より優れた遺伝的素質を持った品種を生産しょうとする︑いわば試験農場︑種

苗場と何ら違いのないものであったのだ︒つまるところ︑﹁新たな人間の創造﹂とは︑既にこれまで多くの篤農家によっ

て家畜や果実を対象として行われてきた﹁育種﹂の思想を人間に適用しょうとする試み以外の何物でもなかったので

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︵2

6︶

ぁる︒ダレの﹃控としての育種﹄はいう︑﹁︹人間のもつ︺諸々の特徴の遺伝︹法則︺が発見されたことにより︑一切の

価値の完全な転換が始まった︒遺伝というものの存在についてわれわれが学んだ以上︑育種の法則にわれわれ自身を服

せしめることが健全な人間理性からする当然の帰結である︒育種の考えを人間に当てはめることについては︑つい最近

に至るまで席躇いがあったにせよ︑今日︑遺伝に関して得られた新しい認識およびわれわれの有する血の聖性に関する

ゎれわれの知識が︑育種を国家的理性の基礎たらしめることをわれわれに要請している︒遺伝に関する知識の適用とし

ての育種が人類の重要な目標とされねばならない︒それがわれわれの時代の課題である︒﹂

民族共同体を保護飼育場とし︑育種の法則をドイツ民族に適用することにより行われるこうした﹁新たな人間の創造﹂

は︑ヒトラーにとって﹁神の御業への奉仕﹂として位置づけられるべき企てに他ならなかった︒一九三八年九月六日の

党大会での演説はいう︑﹁われわれのプログラムの頂点には︑何ら秘密めいたものはなく︑むしろ明白な︹人種に関する︺

認識と︹その認識を実行に移す︺断固たる信仰告白が存在するだけである︒われわれは︑この認識と信念の中心に神が

創造したもうた存在の継続的な維持と保護を置くことによって︑われわれは神の御業を助け︑神の御意志を実現しよう

とするものである︒﹂このいささか大袈裟な言い回しも︑それがナチズム全体の中で有する人種理論・人種政策の重要性

を表現するものであったと解するならば︑必ずしも意味のないものではなかったにちがいない︒既に一九三三年の党大

会において︑﹁︹自己の有する=定の基本的見解および明白な目標をあらゆる行動の出発点とし︑基盤とする︹という

意味において︺︑ナチズムとは一つの世界観である﹂ことを宣言したヒトラーは︑このすぐ後に︑次のような文言を付け

加えていた︑﹁ナチズムは血︑人種︑永遠の淘汰法則を英雄的に評価する理論に対し信仰告白するものである︒ナチズム

の世界観は民族生活のほとんどすべての領域における再構成を不可避ならしめる︒人種および遺伝の法則のもつ重要性

が今ようやく人類の意識に上り始めた︒この明瞭な認識および考慮がやがて将来の発展の基礎として役立つことになる

(11)

︵2

9︶

であろう︒﹂結局のところ︑同じ党大会においてフユーラー代理ヘスが指摘したように︑﹁人種問題こそがナチズムの一

︵3

0︶

切の政治的考察の軸﹂ であったのであり︑ナチズムとは︑﹁まさしく人種理論の適用以外の何物でもなかった﹂ のだ︒

それでは︑ナチスが︑﹁新たな人間の創造﹂を目的に︑自らの世界観の成否を賭け︑ドイツ民族を対象として実行しよ

うとした﹁民族および人種衛生学的措置﹂ は︑具体的にいかなる内容からなるものであったのか︒﹁新たな人間の創造﹂

のために何が行われなければならなかったのか︒当然のことながら︑その内容は︑ドイツ民族没落の原因が何に求めら

れるかによって規定されることになる︒この点に関しては︑ヒトラー自身︑﹃我が闘争﹄をはじめ様々な機会をとらえて

自らの見解を披露している通りであるが︑ここでは︑グロースの総括的な見解を紹介しておこう︒﹁ナチスドイツ医師連

盟﹂ のライヒ指導者の一人であり︑一九三三年にナチスの一組織として ﹁人口政策および人種衛生学のための啓蒙局﹂

を設立したグロースは︑翌一九三四年︑﹃人種政策のための教育﹄を発表︒その中で︑民族の没落の原因は︑一般に︑﹁当 該民族の有する生物学的実体︑つまり通常標語的に ﹃人種﹄ と呼ばれるところの一切の事柄の枯渇﹂︑具体的には︑﹁人 口数の減少﹂︑﹁遺伝的価値の質的悪化﹂︑﹁混血﹂ に求められるとした彼は︑かつて多くの民族と国家を滅亡に追いやっ

︵3

1︶

たこれらの三つのプロセスのすべてが︑現在ドイツ民族体の中で進行中であるという︒﹁ドイツ民族の人口数は︑表面的

な出生過剰にもかかわらず︑しかしながら今日重大な疑念と不安を惹起するものである︒出生数は︑一八七六年以降︑

ほぼ変わることなく減少を続け︑一九〇〇年以降︑この減少は急激なものとなっている︒﹂この人口減少がこのままあと

四︑五〇年も継続すれば︑ドイツの人口数は︑現在の三分の二となり︑その結果︑﹁ドイツはもはや強国たりえず︑ヨー

︵3

2︶

ロッパの中心にあって︑取るに足りない没落国家へと堕す︒﹂このプロセスに︑さらに︑ドイツ民族の﹁遺伝的価値の退

化﹂が加わる︒平均以上の能力︑価値を有する生物学的に健全なドイツ人家族がお話にならない少数の子供しかもたな

いのに対し︑共同体に有害な遺伝的素質をもった劣等な家族は平均三人から五人の子供を生んでいる︒このことがドイ

(12)

それでは︑﹁人口数の減少﹂︑﹁遺伝的価値の質的悪化﹂︑﹁混血﹂はどこから生まれてきたのか︒つまり︑民族没落の究

極の原因は何であったのか︒一九三五年の党大会における演説の中で︑ワグナーは︑その原因を︑ドイツ民族がフラン

ス革命によりもたらされた﹁平等性の理論﹂に惑わされ︑この地球1の一切の生物を支配する﹁自然の根本法則﹂を忘

却したことに求めることができるとする︒つまり︑﹁自然﹂というものが︑個体のもつ生物学的価値の不平等性を前提に︑

元来︑生殖そのものに制限を加えず︑しかし厳しい環境の中で︑あり余る個体の中から︑生存競争を通して︑より優れ

た者︑より純粋な血を有する者を選抜し︑逆により劣った者︑より混合した血を有する者を淘汰し︑それにより優秀な

血を持つ人種の中で︑さらに生物学的に価値ある遺伝的素質を有する者だけに生存のチャンスと発展の可能性を与えよ

ぅとするものであるのに対し︑人種間︑個体間に厳然として存在する一切の価値的相異を認めない平等主義の精神は︑

生存闘争の原理を否定し︑ドイツ民族の中に︑選抜や淘汰に代わって﹁逆選抜・逆淘汰のプロセス﹂を持ち込み︑その

ッ民族に何をもたらすことになるのか︑それは自明であるとグロースはいう︑即ち︑﹁今後の一〇〇年間が︑ここ数十年

の間にわれわれが経験したテンポで経過するとするならば︑純粋に理論的にみた場合︑ドイツ民族が精神薄弱者︑大酒

飲み︑犯罪者の子孫で埋め尽くされることはまちがいない︒﹂最後に︑第三のプロセスとして︑﹁異なった人種との混血﹂

の問題が挙げられる︒今日︑一般の人々の想像をはるかに超える形で進行しているドイツ民族への異人種の血の侵入が︑

民族没落の原因として︑とりわけ重要視されなければならないのは︑それが︑他民族との生存闘争を勝利に導くべき﹁民

族の内的統一の動揺と分裂を不可避的に惹起ならしめる﹂からである︒混血は︑﹁人々の中で︑家族の中で︑個々人の中

で︑集団の中で︑至るところ︑二つの魂が一つの中であい争わねばならない﹂状況を生み出すものであり︑したがって︑

人種の純粋性の喪失からは︑﹁ドイツ民族の︑肉体的︑精神的︑心的︑性格的な面にわたる全体的な統一と構成の破壊以

4

3

(13)

結果︑隣人愛やヒューマニズムの掛け声の下に︑一方で︑数少ない個体を維持すべく︑本来ならば淘汰されるはずの生

存に値しない︑また生存能力をも美ない弱者・劣等者を︑強者・優秀者の犠牲の下に︑人工的に保護し︑そればかりか

増殖しようとさえし︑他方で︑自然が生み出した人種間の優劣の存在を忘れ︑他の劣等人種との混血により自己の民族

︵3

5︶

の血の純粋性と優秀性を破壊ならしめるに至った︑そのようにワグナーは主張する︒

もはや明らかであろう︒民族の没落を阻止するためには︑何よりもまず︑﹁自然から与えられ︑神により欲せられた不

平等性﹂の原理を一切の生活の基礎とし︑人種学・遺伝学の認識に基づく計画的な民族・人種改良政策の遂行により失

われた選抜・淘汰の自然的過程を再び民族の中に導入することが必要であったのだ︒その際︑かかる選抜・淘汰の目的

これまた先のグロースの著書にあった民族没落の三つのプロセスに関する主張からして改めて指摘するまでもないであ

ろう︒ライヒ内務省における人種政策部門の最高責任者であったギユツトは︑一九三四年に発表した﹃国家の政策課題

としての人種に対する奉仕﹄の中で︑これらが新たな国家のもっとも重大な任務となることをはっきりと確認していた︑

﹁民族没落のプロセスにストップがかけられなければならない限り︑種および人種の保護を妨げる一切が生殖の過程か

ら排除されなければならず︑また︑遺伝的に健全で人種的に価値ある人口の増加を可能ならしめる一切が促進されなけ

ればならない︒かかる﹃人種への奉仕﹄が︑国家のもっとも重大な課題であり︑また︑国家の執行機関の責務である︒﹂

もっとも︑人口・人種政策の諸措置を執行すべき具体的担当者は何もギユツトが挙げる﹁国家﹂に限られるものではな

かった︒既に︑ランマースは︑一九三四年の時点において︑﹁︹新たな人間の創造という︺課題の実現は︑国家の機関の

力を超えるものであり︑その性格からしても必ずしもそれに相応しいものであるとはいえない﹂との考えを明らかにし

ていた︒それでは︑より相応しい組織として︑国家以外にいかなる組織があったのか︒ランマースは続けていう︑即ち︑

(14)

﹁この課題は︑主として︑ナチズムに忠誠を誓ったアクティブな戦士の共同体であり︑ドイツ民族の政治的選良である

︵ 3

9 ︶

党の手によって解決されなければならない︒﹂

党であれ︑国家であれ︑いずれにせよ︑民族・人種改良政策が実際に執行されてゆく場合︑それが︑民族同胞一人一

人の現存在のもっとも内奥の部分にまで及ぶであろうことは︑最終的には個々人の﹁遺伝子﹂の領域をも対象とせざる

をえないかかる政策の課題内容からして当然予想されうる事柄であったといわねばならない︒﹁ナチズムは︑︹国家や共

同体からの最大限の自由の確保を目的とする︺かつての自由主義的見解とはまったく異なり︑民族の共同体生活のみな

らず︑個人の生活︑つまり人間の活動のあらゆる領域にまで干渉せざるをえない﹂とランマースがいう

時︑それは文字

通りの意味においてそうであったのだ︒ここでもう一度︑第二段階の戦いが本格化しはじめた政権掌握間もない頃のヒ

トラーの発言を想起することは決して無駄ではないであろう︒﹁党が生存︵Dasein︶の幅と深みの全体を支配する﹂︑そ

のように彼は語っていた︑﹁そのため︑個人のあらゆる行動︑あらゆる欲求は︑党が代表する公共性によって統制される

ことになる︒われわれの社会主義は︑はるかに深いところまで浸透する︒物事の外的な秩序を変えるのではなく︑もっ

ぱら︑国家︑民族共同体に対する個人の関係を整除しようとするものである︒個人的幸福の時代は過ぎ去ったのだ︒わ

れわれは人間を社会化する︒﹂たしかに︑遺伝学・人種学の理論を応用した民族の品種改良による﹁新たな人間の創造﹂

という作業は︑文字通りの意味で人間の﹁現存在﹂そのものを対象とした改鋳作業とならざるをえないものであったろ

ぅ︒合法革命後の第二段階の課題が﹁ドイツ人一人一人をナチスの理想に合致した鋳型に入れて鋳直すこと﹂にあった

︑ 2

として︑それは単に世界観的改鋳にとどまるものではなかったのである︒ 4

こうした新たな改鋳作業が︑事の性質からして︑すべての民族同胞に対し予想もしえない︑また多くの場合従来の道

徳観念からしては耐えがたい犠牲を要求するものであったことは︑改めて指摘するまでもないであろう︒一九二九年の

(15)

党大会におけるヒトラーの発言は疑問の余地のないものであった︒即ち︑﹁ドイツで毎年一〇〇万人の子供が生まれ︑︹か

ってスパルタが行ったように︺その内のもっとも弱い者から七〇万ないし八〇万人が除去されるならば︑われわれは民

族の力の増大という成果を手にすることになるであろう︒逆に︑近代が生み出したヒューマニズムの夢想から脱却しえ

ず︑自然の淘汰過程を蔑ろにし︑弱者を保護し︑クレチン病患者の生殖能力を守ろうとするならば︑恐ろしい結果が民

族を待ち受けることになるにちがいない︒﹂現存在の改鋳は︑ヒトラーのこの発言からも明らかなように︑当然に﹁道徳

︵44︶観念と人間の精神的定位の巨大な革命﹂を伴うものであったし︑また伴わざるをえないものでもあったのだ︒ここでは︑

︵45︶﹁ヒューマニズムは弱者の侍女﹂以外の何物でもなかった︒﹁将来︑どれほどの犠牲が要求されようと︑恨みを持つこと

は許されない﹂︑そのようにウデーザルが民族同胞に対し新たな倫理観の受容を説いたのは︑﹁ナチズム倫理学の基礎﹂

との副題をもつ﹃育種と規律﹄の中であった︑﹁民族の改良へのわれわれの意思が︑われわれにそのことを求めるが故に︑

多くの憤激は克服されねばならない︒より優れた人種となることがわれわれの希望である︒そのために必要とされる淘

汰をわれわれの生活に課せられた義務法則とみなすことが要求されている︒育種と淘汰の思想は︑道徳と義務の領域へ

︵46︶と高められる︒何人も︑神の錠に逆らう意図を持つものでない限り︑それを拒否することは許されない︒﹂求められてい

たのは︑﹁白痴︑クレチン病患者︑精神薄弱者︑常習犯罪者︑その他退化した者︑汚染した者等︑大都会の人間の屑から︑

47 43

敢然と一〇〇万人を節い分けることができか﹂︑そうした類の精神であった︒﹁われわれは残酷にならねばならない﹂︑政

権掌握の半年前︑はじめて出会ったラウシュニングを相手にヒトラーは語っていた︑﹁われわれは恥じることなく再び残

酷さを取り戻さねばならない︒そうすることによってしか民族の中にある涙もろさやセンチメンタルな俗物根性を追い

払うことはできない︒﹃人のよさ﹄とか︑仕事が終わった後の仲間との一杯といったささやかな楽しみがそうである︒も

はや美しい感情とやらに耽っている場合ではない︒もしドイツ民族が自らの歴史的な課題を果たさなければならないと

(16)

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(宍)」や下田齢く世雷撃些細埜縄」′碑=型悪どJ′「振吏趣く匝頼僅撃卜将′り∧〔」吏小木叫べe神勅昭酎伸輔痘刃JP′邪悪「く世塵朝朴」棺将三雲「くせ督叫朴」ÅJニ∩刷珊簑旺二心忌吏簑′導牛」・財宝1」吏撃狂想簑壮樽」吏£

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Rassenhygieneimv61kischenStaat・(1934)S・92・)′忘6;刃り吋巨悪′「<世塵胡朴」ÅJニ^rllllln献巳ど人民卜′憫塑・<世

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凹蛸報匡牽刃嶺(11) 10日

(18)

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唱01       (例日才享‖)亜‖僻目拍望甫群

(19)

161.)

(萬)A.Gutt,DienstanderRassealsAufgabederStaatspolitik.S.13・(票)H.Lammers,DeutscheJustiz.1934.S.1300.(等)H.Lammers,a.a.0.

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(等)特価11(1)椒鞋0

(等)VOlkischer Beobachter.Vom7.8.1939.

(苫)H.Rauschning,a.a.0.,S.210.

(等)HitlersZweites Buch.S.56.

(等)G.Usadel,ZuchtundOrdnung.S.19.

(S:)E.Bergmann,ErkenntnisgeistundMuttergeist.2.Aufl・(1933)S・431・(等)H.Rauschning,a.a.0.,S.22.

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(20)

の要請は︑同時に︑ヒトラー自身の不退転の決意の表明でもあったと思われる︒﹁われわれは︑今日なお︑結末がいかな

るものになるかを知らない︒われわれを待ち受けているものは︑途方もなく巨大な変革である︒われわれは︑今ようや

くその始まりに立っている︒われわれは変革を欲する︒もはや後戻︒することはない︒私は︑自らの運命にたじろぐド

ィッ民族を強いて︑その偉大さへの道を歩ませようと思う︒私が︑私の目標に到達しうるのは世界革命によってのみで

ぁる︒ドイツ民族にいかなる逃げ道も存在しない︒容赦なくその偉大さへと彼らを駆豊てなければならない︒さもな

ければ︑再び腺病な諦めへと逆戻りすることになるであろう︒⁝⁝ドイツ民族が来るべき時代に名を与える将来の世界

民族とな︒うるのは︑新たな世界秩序の内的法則を自ら進んで受け入れることによってのみである︒﹂

2

﹁民族の未来は播︒寵の中にある﹂−これが︑﹁新たな人間の創造﹂を目的に︑いかなる逃げ道も塞がれたドイツ民

族−人一人が真先に引き受けなければならなかった﹁新たな世界秩序の内的法則﹂の一つであったことはまちがいない︒

それというのも︑このクランツの言葉が象徴的に表現している通︒︑将来の人種戦争の帰趨︑ひいてはドイツ民族の未

来は︑何よ︒もまず︑一人−人の民族同胞が︑彼らの指導者︑アドルフ・ヒトラーの手の中に︑彼の意のままになる﹁未

来の戦士﹂をどれほど多く提供しうるかにかかっていたのだから︒・たとえば︑ヒムラーは︑SSの指導部を前にした或

る演説の中で︑出生数の多寡が戦争遂行に及ぼす影響について次のように語っていた︑﹁一家族が平均四人の息子を持つ

場合にはじめて︑その民族は撃を敢行することが可能となる︒何故なら︑二人が倒れても︑なお残る二人が家名を継

ぐことになるからである︒一家族が一人ないしは二人の息子しかもたない場合︑民族に対する指導はあらゆる決断に際

﹂ ■

⁚ t バ 一 塁 ≒

∴ 一

■ ■

∵ 一

﹂ 圭 圭 二

㍉ 悠 言 .

∴ 三

∴ ≒

■ ㍉ 二 三

㍉ ㍉ 一 −

ベルクで行われた収穫感謝祭でのヒトラーの演説は疑問の余地のないものであった︒﹁この年︑神がわれわれに贈︒たも

(21)

うた収穫は単に経済的なそれにとどまるものではない︒われわれはそれ以上の祝福を神から与えられたのである︒ドイ

ツ国防軍の再建がなされ︑海軍の建設もまもなく開始される︒ドイツの都市や村の護りが保障され︑やがて空軍が空か

らの護りを引き受けることになるであろう︒しかし︑こうしたこと以上に﹂と彼はいう︑﹁われわれは特別な収穫につい

ても感謝を捧げなければならない︒われわれは︑今この瞬間︑何十万というドイツ人女性に対し感謝したいのだ︒彼女

たちは︑彼女たちがわれわれに与えうるもっとも美しい贈り物を再び与えてくれたのだから︒何十万もの幼い子供たち

︵ 7

﹁揺り龍の勝利﹂が﹁武器の勝利﹂を生み出し︑﹁揺り寵の中でこそ民族の運命が最終的に決せられる﹂︑そのように

考えられた限り︑男であれ︑女であれ︑子供を生み育てることにより︑民族を維持し︑その量的拡大をはかることが民

族同胞としての第一級の義務と位置づけられたことはけだし当然のことであったといわねばならない︒﹁私が神の淀とい

うものの存在を信じるとした場合︑ただ一つの綻だけが考えられうる﹂︑ヒトラーはそのようにいう︑﹁即ち︑種の維持

がそれである︒一匹の蝿は何百万もの卵を生み︑それらはすべてやがて死ぬ︒しかし︑蝿という種は存在し続けるのだ︒

⁝⁝︹この蝿と同様︺生きるも死ぬも自らの種の維持のためであるということを一人一人が自覚している︑そうした状

態を生み出すことが私の狙いに他ならない︒われわれに与えられた課題は︑種の生存の維持のために何か特別なことを

行う場合︑それが人間にとって最大の尊敬に値することであるということを人々に教えこむことである︒﹂一人一人の民

族同胞に対し求められたことは︑﹁民族がすべてであり︑個人は無である﹂という民族共同体に固有の﹁範噂的命令﹂の

自覚であり︑その実行であった︒レンツはいう︑﹁個々人は︑人種という無限の生命の流れとの一致を自覚することの中

に自らの幸福を兄い出さなければなら缶︒﹂たしかに︑ここでもまた︑﹁個人的幸福の時代は過ぎ去っ︵欝のだ︒一九 四一年一月の或る晩のこと︑彼の専属マッサージ師ケルステンを相手に︑ヒムラーはそのことをはっきりと確認してい

参照

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︵雑報︶ 第十九巻 第十號 二七二 第百五號

︵逸信︶ 第十七巻  第十一號  三五九 第八十二號 ︐二七.. へ通 信︶ 第︸十・七巻  第㎝十一號   一二山ハ○

︵人 事︶ ﹁第二十一巻 第十號  三四九 第百二十九號 一九.. ︵會 皆︶ ︵震 告︶

記)辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕一○四一号二九頁(二○○○年)において、この判決の評価として、「いまだ破棄差

 一六 三四〇 一九三 七五一九八一六九 六三

︵漫 録㌧ 第十λ⁝櫓  麓伊九⁝號   二山ハご一

チ   モ   一   ル 三並 三六・七% 一〇丹ゑヅ蹄合殉一︑=一九一︑三二四入五・二%三五 パ ラ ジ ト 一  〃

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」