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はじめに

 2004 年に、国公私立 11 大学(弘前大学、山形大学、千葉大学、富山大学、香川大学、 新潟県立大学、鹿児島県立短期大学、新潟国際情報大学、東洋英和女学院大学、成城大 学、早稲田大学)にまたがる研究者が集まり、「サブリージョン研究会」を立ち上げ、爾 来、調査研究を継続してきた。主として、GMS など東アジアに登場したサブリージョン と、EU 下のサブリージョン、マイクロリージョンとの比較を中心に、現地実態調査に臨 んだ。幸い、7 年間にわたり途切れることなく、科学研究費補助金などの研究補助を受け ることができ、想定以上の現地調査に赴くことができた。メンバーはいずれも旺盛な好奇 心を有し、多弁で多筆であった。これまでの研究成果を積み上げると、3 メートルは越え るであろう。  メンバーの専門も多岐にわたるが、国際関係論ないしは地域研究としてひとくくりにで きよう。サブリージョンは、経済学の視点から分析されることが多いが、この研究会は、 もっぱら政治、法、行政、社会、文化の面からアプローチしてきたところに特徴がある。  むろん、経済的側面を無視したわけではない。なかでも、畑違いの研究者たちが 2010 年に行った GMS 地域の日系企業聞き取り調査は、この研究会としてはめずらしいもので あった。今後、レファレンスに使うこともあろうかと思われるので、便宜のために、ここ にメモを起こしておくことにした。  企業の選定に関して、以下の二点が重要であった。第一に、GMS の 2 か国以上に活動 (原料調達、生産、流通)拠点を置いて連携をしながら経済活動をしていること。第二に、 労働集約的産業、資本集約的産業、および GMS の象徴ともいえる「東西回廊」「南北回 廊」を利用している流通産業のそれぞれの企業を抽出することであった。サンプルは少な いが、産業形態に応じて、GMS をどのように利用しているかの目安を得る目的があった。  聞き取り内容は、専門家と違い、企業秘密に肉薄するようなものではない。各社のホー ムページなどを探り当てれば、ポストとともに氏名も公開されてはいる。しかし、インタ 研究ノート

GMS 地域における日系企業聞き取り調査メモ

多 賀 秀 敏

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ビュウィーに対する感謝とともに敬意を表し、企業名等固有名詞は、仮のイニシャルで代 用する。なお、本調査にあたったのは、日本大学佐渡友哲教授(国際政治学)、東洋英和 女学院大学吉川健治准教授(国際開発援助研究)、鹿児島県立短期大学福田忠弘准教授 (ベトナム研究)、森川裕二富山大学助教(ASEAN 数理計量研究)と筆者(平和学)であ る。本稿は、多賀のドラフトに、福田、森川両氏が、誤記の修正をしたり遺漏を補ってく れたりした。まず、そのことをここに記して謝す。国内・その他で入手できる公開・流通 している資料は、メモからのぞいてあることをお断りしておく。

聞き取りメモ

1 タイ YMK 会社名 タイ YMK 所在地 バンコクの西 80 キロ、Nakhon Pathom 聞き取り年月日 2010 年 12 月 13 日 聞き取り場所 タイ YMK バンコク工場内 対応者 Factory Manager YM 氏(鹿児 島にいたこともある) Marketing Manager YY 氏 紳士用シャツの製造・輸出 資本金 29 億 4099 万円 20,000,000B 売上額/年 10 万枚/月(可能数量) 従業員数 520 名 創立年 1989 年 10 月 25 日 1991 年 10 月 1 日操業開始 主な質問準備項目 タイ YMK の概要とラオ YMK との関係について 製品、製造につ いて 政治情勢と企業について ○タイ YMK の概要について  ・工業団地というよりもその外側の田舎に設置(1989 年設立、91 年操業開始)した。   当時日系企業はまだあまりない時代であった。ここに設置したのは、地場産業として 地域の発展に貢献する姿勢を実践するためであった。  ・地元高校とタイアップして 21 名を選抜し、長崎工場に 1 年間研修に送り、その間に 工場を建設した。当時派遣した 21 名はほぼ残留していて年齢 40 歳に達し核になって いる。しかし、それが人事を難しくしている側面もある。  ・日本国内には、すでに累計 110 名を送った。その中には、日本語の訳までする者もい る。技術も含めてすべて日本語でできる。それでもなお段取り・技術面でクリアでき ない部分を日本人がやる。  ・1989 年出発当初は周辺になにもなく、停電なども頻繁にあった。Managing Director の KY 氏は、当時バンコクで商社駐在員として勤務。前の会社を辞めてこれに加わっ た。税・輸出入の問題のノウハウを有し、BOI(タイ政府投資委員会)なども早く申 請し投資許可を早く取得できた。

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 ・タイの前は、台湾(30 年続いた)   台湾→タイ→上海→ラオス  ・バングラはライン契約(12 年)。日本人が駐在している。 ○製造・製品一般について  ・ワイシャツ(部品点数は約 40 点)を製造して輸出している。   生地 中国が多くなっている:元来タイが多かったがコストの問題で中国へ   副資材 ボタン、芯地(しんになる部分)、ピン、箱、ネームタグはタイで調達。日 本本社で承認してそうなる。  ・昔は、生地、台紙、タグまですべて日本から輸入していた。  ・その他の部品は、紙製首しん(包装出荷時)、プラ製の首サポーター、蝶ネクタイ (紙)、クリップ、プラ袋、箱など。  ・中国製生地について   日本の YMK が契約発注している。商社経由で入れており、資本参加とかいうわけで はない。昨今、綿花の投機で値が上がり、賃金も上がっている。品質、納期のスピー ドは最も優れているが、人件費が上がり、いずれ納期の面も含めて、タイと(コス ト・品質面ともに)変わらなくなる。   中国の企業が、シャツ縫製の分野までタイで土地を探して進出してくる動きがある。 マレーシア、シンガポールには欧米がすでにはいってしまっているので入り込む余地 がない(欧米需要先企業が生産ラインごとに一括して発注している)。 ○タイでの戦略  ・工賃からの比率で、人件費が 50∼60%を占める(古株が多いから高い:平均 27 歳、 平均 7、8 年の就業年数)。5∼7%毎年成長していたころ、40∼45%であった。  ・九州の 7 工場を統廃合で 1 工場に:生産量は変わっていない。安いものづくりより高 付加価値品にシフト。  ・タイでは生産するだけでなく、独自に販売することにも力を入れている。   営業のポストが配置されたのは Marketing Manager YY さんが 20 年間で初めて。主 力生産品のワイシャツよりもカジュアルな分野や制服(看護婦など)などの新しい分 野の開拓を目指している。 ○工場労働者について  ・労働者は地元のタイ人のみでまかなっている。   熟練工と呼べるレベルに達するには 3 か月でよい。

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  日本などで新しい仕事をすると慣れるのに 3 か月、ここでは年齢 20∼25.6 歳(平均 年代 27 歳)という日本に比べ若い従業員が多いので 1 か月で慣れる。  ・高校教育を受けた人材の確保難   10 数年前の雇用はアルバイトが 40∼50 名 やとえた。       現在は、         10∼15 名 10 年前のレベルを 100 とすると約半分 の 50。   縫製業は就業先として最後に近い選択肢である。現在 40 名が男性、残りは女性。  ・地元高校と協力して人材確保に努めている   ラチン高校。   高校生:考え方もまっさらな人たちがよい。   当初は、子供を日本に送る際、親は「ヤクザ」などを心配した。    まるで人買い人さらいの類に見られたかもしれない。    今は半年たったところで VTR で家族会をやっている。    日本に行けるチャンスがあり、近くに就業できるので人気になっている。     村に対しては、この高校に毎年 30 人かける 3 学年分 年 3000Baht の奨学金を授 与。    (ラオスも同じようなことをしている)    大学に進んで、医師の免許を取得したとお礼に来た奨学生も出ている。 ○製品受注・販売先  ・発足時は 100%日本へ輸出していた。   ここ 7、8 年∼10 年 タイ YMK は高い外部商品開発 外部受注 80% YMK 受注 20%   米国・欧州向け 日本 70% 他 30%   外部受注は タイ 50% スペイン 30% 米は 0%   ブランド化は、タイの百貨店 JASPAL MANRIO で  ・外部受注のタイ   コストが安いので手が出せなかったが、Baht(以下 B と略記する)が上がってきて、 輸出はかなわないが、国内は安いが、為替レートのない中国からたくさん来ている (起業先を探している)。70B でとしたところを 100B で通せるというなら交渉が成立 するようになった。   YMK 製品は労働者中心に青山などに出しているが、十分中国製で競合の可能性があ る OEM(相手先ブランドによる生産)で作っているが、日本国内で自社ブランドシ ョップを展開しつつある。

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○技術移動(移転)・市場  ・日本国内で生産した製品、タイ国内で生産した製品の区別はわからないところまでタ イ製品の品質が向上してきている。  ・タイ製品のタイ国内百貨店むけのプロモーションに力をいれ直接販売を拡充しようと している。  ・ただし、タイ市場の規模は限られている。タイを拠点に東南アジアの第三国向けに輸 出することも対応可。ただしラオスはそこまでいっていない。 2 L(タイランド) 会社名 L(タイランド) 所在地 75/22, 27 Richmond Tower, 11th Fl. Sukhumvit 26 Sukhumvit Rd., Klongton, Klongtoey, Bangkok

聞き取り年月日 2010 年 12 月 13 日 15:00∼ 聞き取り場所 バンコクオフィス内 対応者 MT 氏 経理担当 S 氏 (ラオスも担当) 国際貨物運送業、国内貨物運送 業、引越し事業 資本金 29 億 4099 万円 売上額/年 従業員数 154 名(調査時) 創立年 1992 年 10 月 主な質問準備項目 タイ YMK の概要とラオ YMK との関係について 製品、製造につい て 政治情勢と企業について ○会社概要 ・ 1992 年に設立。現在日本人 4 名、タイ人 150 名がいる。特にベトナム国内南北輸送 に力を入れている。L ベトナム No.2 が南北輸送を担当している。北部ベトナムから はトヨタ、ホンダ、キャノンなどの製品を、南部ベトナムからはパナソニック、JVC などの製品を運ぶ。 ○国際物流について  ・ハノイとバンコクをつなぐ国際輸送を行っている。現在、自動車は 2 か国を超えて入 国できない。たとえば、ベトナムの車両はラオス、カンボジアには入れるが、タイや ミャンマーには入ることはできない。そのため、ラオスのサバナケットに保護倉庫を 造り、タイからの荷物、ベトナムからの荷物の積み替えを行っている。将来はラオス のトラックを使いたいが、道交法の相違、事故を起こした時の対応のためにドライバ ーは交替しなければならない。ベトナムの運転手は一部ラオ語を話すので積み替えポ イントでは 3 か国の人間が集まって働いている。ドライバーも含めた従業員は、タイ は事務方が 40 名、後はほとんど作業員とドライバー、ベトナム、ドライバーを含み 全体で 984 名。現在、バンコクからハノイ向けの荷物の方が嵩が多い。帰りはからと いうケースもある。ほぼ 100:30 だから 3 分の 2 はからで戻す計算になる。ハノイで

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組み立てられる部品がほとんどである。船便と比べて、陸送物流は高い。そこで荷物 を混載して運んでいる。船より早く、飛行機よりも安く、確実にをモットーにしてい る。通関業が 50%程度を占めている。 ○南方回廊  ・二国緊急で行っている。タイ側は電子申告システムになったが、先方は変わらない。   ターク、ピサヌルークにも拠点を設けて南北にも進出する。 ○東西回廊の影響  ・何といってもまだまだビジネスが浅い。バンコク─マレーシアと東西回廊間はビジネ スになっている。ハノイ→ベトナム中部→ 9 号線→ラオス→バンコクの輸送が多い。 第二友好橋ができたことにより L ラオス事業を開始した。AFTA が発効しているが、 原産地証明の検査が厳しくなっていて、関税がゼロになることはまれである。実務レ ベルで検査が厳しくなっている。また、検査官によって税率が変わる(これは、日本 でも同じとのことである)。  ・ベトナムはオートインポートライセンスという制度を採用していて、輸送後、2 週間 は保税倉庫に留め置かれる。そのため、腐りやすいものや納期に余裕がないものを輸 入することができない。 ○今次のタイにおける赤シャツ黄シャツの騒乱について  ・率直に言って怖かった。近くの銀行が燃やされた。今までのタイ人ではやらないこと が起こっている。タイが、日経・読売の社説によると、9 位だった危険度が 7 位にな っている。タイ人はすれたという印象である。日本食街がすぐ近くにできたが、ipod をもって 1 食 200∼300B の食事を平気でとっている。王様に対する求心力が急激に 低下してきている。チェンマイの人びとは王様の悪口も言っていると聞く。日系企業 の投資は落ちていない。労働力が足りないことが問題。L International は、100%独 資は認められないので、日本資本 49%、タイ資本 51%である。 ○通関業務  Q:東アジア共同体構想についてどう思うか。  A:ASEAN 域内では自由な取引ができる。AFTA 憲章で税率 0%になったものもある。 原産地証明は無料になったが検査は厳しい。国産品保護上、税がばらける。たとえ ば、ガラスのコップをコップとみるかガラス製品とみるかで税が変わる。基本的には 高い方を選択するようだ。事前教示制度というものができた。A といっても係官が B

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というと B になってしまう。監査も 10 年さかのぼってできるようになり、差額と 2 ∼3 倍のペナルティがかかる。

 ・ベトナムが最も厳しい。意地が悪い。融通が利かない。かつてタイと比べると税収の 管理が悪かった。100 とれるととるが、20 しかとっていかなかった。2008 年から前 述の auto import license(自動輸入許可証)となり、毎回とらねばならない。しかも 該当製品が増加している。完成品はこれをもたないとできない。これをとるのに数日 かかり、港に滞留してしまう。表向きは FTA 賛成といいながら、実務面で遅らせて いる。ハードルを挙げている。共産党員が家族で持っている企業などのためだといわ れる。  ・タイはおこづかいがほしいから程度で使いやすい。ラオスの職員は件数も少ないので 早く帰りたがるからごねる。3 時ころに書類が間違っているといわれもっていくとも ういない。 ○現状の戦略展開について  ・07、08 年は、トライアルベースと考えている。東西は 11 月現在で 220t くらい、09 年に比べて 30%アップした。2009 年は、件数も 1 件当たりの嵩も小さくなった。 2010 年になって設備投資も戻ってきた。まだ 2008 年の水準には戻っていない。 Hanoi 1994 2007 Da Nang 1994 BKK SGN

THAILAND LAOS VIETNAM

電子申請 通過 ハノイについてから輸入過程が始まる  ・将来の展望については、トヨタ、ホンダ、Canon Printer、JVC+下請け企業まで一気 に引き受けたい。現地のトラック会社を使って、自社網を広げていきたい。 ○ GMS について  ・基本的に上の人たちの考えだと理解している。「ベトナム主導で GMS の取り組み」 をしている。GMS 委員会にも所属して研究している。GMS は L にとっても大きな ビジネスチャンスととらえている。

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 ・ベトナムについては特にベトナム政府の要請があった。L#1 が旅客、物流のノウハウ を持っているので、それがほしい。こちらも挙手をして始めた。ベトナム国営企業と JV を組んでいる。タイ側からはメーカーが入った。物流展開をしているので GMS は必須である。 Q:JETRO、JICA との関係はどうなっているのか。 A:ラオスに関しては、立ち上げ期に JICA の方々と一緒に仕事をした。 3 ラオ YMK 会社名 ラオ YMK 所在地 ヴ ィ エ ン チ ャ ン 郊 外、Ban H o u a y n a m y e n , N a x a i t h o n g District Vientiane 空港より車で 40 分 聞き取り年月日 2010 年 12 月 14 日 LTL 09:20 ─ 11:00 聞き取り場所 ラオ YMK 工場内 対応者 ラオ YMK 株式会社 工場長 OH 氏 タイ YMK からの技術支援のも と、日本向け 50%、欧州向け 50%の既製品の生産を行う 資本金 US$2,300,000 売上額/年 年間 84 万枚、月産 70,000 枚 従業員数 310 名 創立年 2005 年 6 月 29 日設立、2006 年 1 月 27 日操業開始 主な質問準備項目 ラオ YMK の概要とタイ YMK との関係について 製品、製造につい て 政治と企業について ○概要  ・工場長 OH 氏    タイで 7 か月過ごして、今年 5 月にラオスへ来た。赴任後約半年である。     タイが 20 年を経た工場なので、言葉の問題も少ないし隣国であるのでラオスに進 出。     常時 4 名のタイ人スタッフが来ている(8 月まで 6 名体制であった)。    研修にも行き易い。     タイ、上海からは毎年 5∼8 人が日本にも行って研修しているが 5 年間でラオスか らは行ったり行かなかったりである。もっぱら受け入れ側の問題で、日本の縫製業 自体が存続の危機にあるというのが理由。 ○ラオスの特徴  ・仕事に対する意識が異なる。    簡単に仕事に就き、簡単に仕事を辞めていく。  ・奨学金

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   10 月に 1 回中学生に与えた。  ・研修生の選択    仕事の技量、誠実さ、将来性を総合的に判断。    現地スタッフの意見も聴きながら OH 氏の意見で決める。    過去 4 年間では選択にやや失敗例もあった。 ○ラオ YMK の特徴  ・上のほうは、タイには行っているが、日本には行っていない。    →「私は日本には行っていない」という発言がきかれることもある。  ・かえって、その下のほうが日本に行っている。 ○ラオスでの事業の一般的特徴  ・職種によって多少相違はあるものの    定着率の低さが最大の問題→効率が上がらない。    ひどい場合は 1 週間未満でやめる。3 か月未満がもっとも多い。     そのために、中間の人間が育たない。品質が安定しない。⇒製品品質が安定しな い。     上下関係が原因かというと、そういう意味では、中国や韓国の企業と比べると弱 い。    次の職に移るケースもあるが、家にそのまま居ても食べていける。    (離職率の高さは、この工場だけの特徴ではない)。  ・公募は年齢のみ条件として挙げる。学歴は定めない。  ・ラオスの法律では、時間制限はあるが、14∼18 歳も使ってよい。    (14 歳未満は定時しか働くことができない)。     18 歳未満もここでアルバイトに雇ったことがある。そちらのほうがやめないくら い。    (正社員の離職率の方が高い)。  ・向い側の「ミドリ安全(安全靴の会社)」は 210 名だが、ここより少ないが業種が違 っても離職者が多いことには変わりない。  ・細かいことをきちんとやるということが苦手。    違いが「なぜ 1 ミリでなければならないのか」という質問が出ることもある。    そこでドーンとしかるとやめる場合もある。  ・ 停電は突然来る。1 週間で 2、3 時間のことも。その間の給料は無論保証する。アイ ロンのセクションが、一度冷やすと立ち上げに 30 分くらいかかるので困る。

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○タイ YMK との連携  バンコクとの連携はどうか。  ・資材供給についてほとんどすべて、日本から直接来るものも、タイで手配するものも バンコクを経由してくる。  ・半完成品を送るようなことは考えないのか。    コストの面を考えると高くつくし、段取りなどもかえって厄介である。    ラオスは、人間が素直で人懐こいというのがあえて挙げれば利点。    日本側スタッフは、佐世保に工場があるので九州人が多い。    ラオ YMK の完成品は、年間 95%が日本向け、残りはタイ、シンガポールが一部。    いずれもバンコク経由で海上輸送。    福島県郡山市:百貨店のオーダー。    九州(佐世保)では、2∼3 万の高級品 一定。    それでなければ高い人件費で成り立たない。    福島も佐世保も日本人+一部労働許可証を持った中国人。  ・技術で最低限キープすれば、とにかく人件費の安いところへ進出するのがこの業界。    (製品当たりの人件費が高い:労働集約的)    ラオ YMK は、月産 6 万枚(タイ YMK は、10 万枚、かつてキャパは 20 万枚)。 ○ラオスでの税関手続き   OH 氏が来てからは、大きなトラブルはない。   むしろ、タイ側がタイ→ラオス間を混載で来る場合止められているケースがある。   ここの物流は、資材の日本からの搬入の関係で三菱に任せている。 ○タイ・ラオスの歴史的関係から  ・ラオスでは、タイ人が指示することをあまりよく思わないケースはある。  ・タイ人側は、タイ人のほうがラオス人よりも上という意識がある。  ・将来的には、タイ人スタッフの手を借りずにラオ人のみにしたい。   この 8 月の人事異動で、6 年間いたタイ人の女性が帰った。   彼女に抑えられていたラオ人のよい部分が出てきたと評価しうることもあった。   自分たちでやらなければ的な意識が芽生えている。   ラオ人は、確かに親日的ではあるが、10 代後半、20 代前半の親たちが働いた経験が ない。まれに 40 代が来ることもあるが仕事にならない。   教育は、義務教育が小学校まで。雨が降れば休む。この工場もその傾向がある。  ・通勤は、ほとんどが、バイク。一部送迎バスを 2 台走らせている。(工場より北へ向

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けて、……VTE とは反対方向)45 名程度が利用。  ・商社経由で、VN、HCMC に生産委託工場がある。   バングラにはすでに 13 年間協力工場を持っている。ここが YMK の 5 分の 2 くらい は生産している。次はより労働力の安いバングラくらいしか今のところ考えられな い。    最低賃金 日本 10 万円台 タイ 1 万 6000 円 ラオス 6300 円   CAD は使わずに手描きでやっている。   タイからもらえばもらえるがその設備がない。  Q:貿易統合エリアとしてこの地域をどうみているか?  A :時間がかかるが、可能であるとは思う。  Q:GMS については?  A :あまり意識していない。橋がかかり道路が良くなり、言語も似ているという理由が とにかく強い。 ○工場見学   当初、自然風で足りると考え、天井を高くして設計したが、実際に稼働させると、湿 度が高く気温も 45 度に達したことがあり、冷房を入れたが、間に合わない時もある。  第二工場は、天井を低く設計。   第一工場の入り口近くに、研修用のミシンが並んで設置。短期間でやめていくケース が多いので入れ替わりが多いことを象徴。   男性 60 名。男性はこれを MAX としたい。世に言うとおり、男性は、持続力、辛抱 強さがなく、それが要求される縫製業には向かない。1 時間やっていないと思うと近 くで何もせずに座っていたりする。ベトナムでもこればかりは同じ。ここでは、8 時 に始業、12 時まで一気にやり、昼休みは 50 分、以後、3 時に 10 分間休憩で 5 時ま で。   1 年間たっても、熟練度のレベルの上昇度はタイ・中国と比べて 6∼7 割程度。  要は、スピードと正確さだが、これが確保できないと生産枚数にかかわる。   タイにはなかったピンクの髪のせ。→ 3 か月未満を示す。結構多い。   その他は、1 班編成なので班長は 1 名、緑がセクションチーフ、黄色がそのリリー フ、更にあったのが、白に黄色の枠線:リリーフ補助 ここまでが管理職   最大で 46 名休んだ日があった。月曜日、雨、給料日の翌日が最悪、重なるともっと も悪い。このタイプのラインでは、97∼98%で稼働率が上がる。したがってそれ以下 であると非常に効率が悪くなる。本日は、5%程度。まあ良いほうだという。11 月か

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ら、無断欠勤者に対しては、個別インタビューを始めた。  平均年齢は、22、3 歳。日本では、ほとんどが 50 代のおばさんたちだという。  稼働率 15 ∼ 17%という記載もあった。   電気代 照明が最も大きい、設備関係では、プレス、現在、稼働し始めた「後加工」 (600 度の中で薬剤を定着させて形状安定させる)は、別のラインを引くほど電気が かかる。   OH さんは、VTE のホテル住まい。バンコクでは OK だが、ラオスは車の運転は禁 止。   別れ際の立ち話:日本で仕事するのとどちらがよいか? それは確かにこちらのほう が、改善の余地が大きいのでやりがいがある。しかし、来る前に考えていたよりもは るかにひどい。定着率のことなど予想以上で根が深い。時間がかかる。 4 T コイルエンジニアリング─ラオス 会社名 T コイルエンジニアリング─ラ オス 所在地 ヴィエンチャン郊外、タドゥア 通りをタイ国境のノンカイに向 けて十四キロ。 聞き取り年月日 2010 年 12 月 15 日 聞き取り場所 T コイル工場内 対応者 T コイル AY 氏(東京農大出 身) (工場長:Maleeya Yodsarn) 営業品目 1. カメラストロボ用発振トラ ンス、トリガーコイル、チ ョークコイル 2. スイッチング電源用トラン ス、チョークコイル 3.その他各種コイル 資本金 120 万 US ドル 売上額/年 従業員数 約 800 名(調査時) 創立年 創業:1997 年 12 月 30 日 設立:1999 年 10 月 18 日 1999 年 3 月工場稼働開始 主な質問準備項目 T コイルラオの概要と T コイ ルタイとの関係について 製品、製造につい て 政治情勢と企業について ○顧問インタビューと沿革   履歴 チェンマイ工場に 11 年。ただし、チェンマイには 1974 年からタイ農林省と National Research Council で共同研究。タイ農林省と財務省とが特別予算を充ててく れた。トルコで 1976 年にケシ栽培が禁止され、ケシ栽培の撲滅作業に携わった。ケ シは 10 月初旬に種をまく。12 月から 1 月にかけて収穫する。LANDSAT で撮れば 100%は撲滅できていないことが分かる。

 ・メーサロン─クリアンサック

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  79 年から 86 年にかけて、役所の車は、チェンマイの UN や Royal Project の看板を掲 げていた。ヘリコプターで現地に行ったこともあった。1 日 20 キロの山歩きも珍し くなかった。この間のケシ栽培やクリアンサックに関するこれまでの著作に対しても 違う見解を持っている。  ・クリアンサックは、台湾との関係が深い。権力争いの中のトラップにかかった。クリ アンサックがあそこまで命がけで入らなかったら今の状態はない。US との関係もあ る。  ・ドーイアンカーン   カセサート農業大の農場がある。UN 依存型だ。   国民党残党の家では、台湾が圧倒的援助をしている。   1 戸当たり必ず 1 人が徴兵された。1 年間 BCP を相手に国境防衛をする。   数百バーツ/月当たりの給料援助(タイ軍のみで国境警備ができなかったため)。   イーサン・チェンマイに農場を建設し貸与した。   パスポートなしで台湾に留学。   75 年に CLV が共産化され終了。  ・コーロボーカン   朝鮮動乱帰りの兵士が大農場を開いた。   外国人である私は、タイの学卒と同じ給料では食えない。そこで日系企業に勤め、85 年から米麹を生産する会社で、みりんや沖縄の泡盛のもとを作っていた。その後、89 年からサバナケットで JICA の森林プロジェクトに加わった。  ・通関業   1989 年くらいからランプーン工業団地に日系企業が進出し始めた。   1990 年に東京コイル・ランプーン工場ができる。  ・ラオス   1997 年会社登記     少し見合わせて   1999 年 10 月操業開始     タイ人の Maleeya さんがその時からマネージャーになっている。     それ以前の 10 年ほどタイの T コイルで仕事をしている。     マネージャーになってこちらに来た。  ・ラオスにきた理由    供給責任の問題からラオスに来た。     カメラの glass tube 世界シェアーの 80 数%     (T コイルに)一社購買の需要家が多いので何かあった時に責任問題になる。

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    海外工場分散化を検討。 ○社長が近隣諸国のチェックをした。  V コネがない。  C 先が見えない。  L タイ人を送る⇒言葉の問題がほとんどない。    女性を送るとなると治安の問題⇒ラオスが一番治安が良かった。  B 軍事政権で難しい。  MAL 当時すでに労働力の輸入。  INN  イスラム圏で暴動。 ○チェンマイとヴィエンチャンとの関係   チェンマイが受注してチェンマイとヴィエンチャンとに振り分ける。   部品分業関係もあるが、最終チェック・最終梱包はチェンマイというケースも多い。 ○ GMS でのインフラ整備の影響   橋ができて、10 年前と比べて車の出入りが自由になった。   ヴィエンチャンの金持ちは、ウドンタニの Lotus、Big Sea に買い出しに行く。    2000 台/日(土日)   ウドンタニあたりからヴィエンチャンのラオ人で戻ってくるケースも出てきた。   重い物、大きい物月に二回 6 輪車、10 輪車で一括してチェンマイから持ってくる。   間に合わないものは、バンコク経由で持ってくる。 ○ GMS の市場としての見込みはどうか?   この国は 600 万人しかいない。国内産業が成り立たない国である。日常製品について も 600 万のために生産拠点を作るならば、タイ、ベトナムで作ったものを入れたほう がよいくらいだ。   労働賃金については、最低賃金法では、タイの 3 分の 1 程度。ただし、人的資源とい う面で、質量が今後どうなっていくか。600 万人のうちには 49 民族いる。タイの労 働法においては、少数民族が、たとえば、正月休みを申請すれば、休ませなければい けない。   ビール工場とたばこ工場以外に本物の製造業はみえない。3 次産業もホテルや販売業 程度しかない。   建国 35 年だが、ベトナム戦争(ママ)で人口の半分が死んでいる。汗を流し、手を

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汚して仕事をする人間がどれだけいるか。橋ができたことによって、電気文明、自動 車文明が入ってきたので、物欲、労働意欲がわいてくるかどうか。現在の小学校 5、 6 年生がもう 10 年くらいしたときにどうなるかが見もの。教育がしっかりしなけれ ばならない。ギャップが大きい。ラオ人の考え方、タイ人の考え方には国民性の違い がある。タイ人の場合、プアーであっても、子供を何とか 1 人高校・大学へ入れて役 人にしようとする。ラオ人にはそれがない。ラオ人の場合、上のほうが一生懸命教育 しても外へ出てしまう。難民の兄弟親せきがいる。その仕送りも大きい。今は、オー トバイ泥棒など相当程度治安が悪くなっている。8%はそうか、10%はそうかという 程度に退職率が高い。雨が降ると何人出社するか。今はかなり変化してきたが、江戸 っ子と同じで宵越しの金は持たない。今までは、仕事がなくとも、金がなくとも、仕 送り等で食べてきた。地方から来る人間は夜勤もするしよく働く。2 年なら 2 年と働 いて田舎に戻る。   現在は、約 800 名(男性は 20 人にみたない)が働いている。うち約 10%がサブリー ダー以上+事務関係である。タイ人は 6 人。日本人は AY 氏 1 人のみ。昨年までチェ ンマイで働いていたが 60 歳になったから非常勤になって、チェンマイ在住で 1 か月 に 1 週間のみラオスに来る。 ○ GMS で通関業務は変わったか   それほど変化していないが、表を見て、○%、△%、invoice 金額が妥当か否かでや ってしまうので前よりは楽になった。やはり国家同士が、メモランダムを交わしてい ないと駄目である。担当官が変わると昨日は良かったものが今日はだめとなる。日本 でも同じで、東京税関ではだめなものが、名古屋税関では OK になることもある。  ・東西回廊は 1985 年くらいから考えられていた。   コンサルがずうーーーーっと狙っていた物件である。道路事情が良くなったからとい っても、各種犯罪、事故が心配である。ラオスという国はフランスが植民地にした。 金山が二つ、最近三井物産がボーキサイト鉱山を入札した。  ・ダムの maintenance   そういう面でラオスの人間を教育してタイ、カンボジア、ベトナムに対抗すればうま くいく。  ・観光地   メコン下り。チェンライからロンパハン(ルアンプラバン)まで 2 日がかりの観光ツ アーがある。  ・中国の影響力   これまでの高官は、ロシア、ベトナム留学組が多い。今回の CPM も無償援助と引き

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換えに 20 万人の中国人の移住など要求してきたが一応 refuse した。 ○今後の展望   サービス業、ゴルフ関係、電気関係(ダム)だろう。木材は今は振るわない。イケド ーという本社が沖縄の資本の会社が 80 年代からきている。沖縄でサミットがあった 時の会場(万国津梁館)の材木はすべてラオス材だった。   王子製紙が、サバナケットで森林プロジェクトを行っている。ユーカリなど植えてよ いものかどうか。もっとサトウキビのようなものはどうか。   ラオスは中継地点になっていくだろう。労働力の質量が圧倒的に足りない。機械の故 障もタイから人が来る。あと 5 年たって、仕送りがなくなったらどうなるか。経済が 回らなくなったらダムしか無かろう。目に見えない投資で援助。 5 T コイル・エンジニアリング─タイランド 会社名 T コイル・エンジニアリング─ タイランド 所在地 N o r t h e r n R e g i o n I n d u s t r i a l Estate 69 / 2 M o o 4 , C h i a n g m a i -Lampang Rd, Tumbol Banklang, A. Muang Lamphun 51000 聞き取り年月日 2010 年 12 月 16 日 聞き取り場所 T コイル工場内 対応者 荘司和彦副工場長(実家酒田) 1990 年以来、チェンマイに 20 年在住 チェンマイ日本人会会 長。独学でタイ語を学習。ご令 室はタイ舞踏の大学の先生 海 外 ス テ ー ジ Brighton Univ., Princeton Univ. 営業品目 カメラのストロボフラッシュ用 トランス及びトリガーコイルの 製造、電源用インバーターコイ ル全般 資本金 売上額/年 従業員数 890 名 創立年 1996 年 9 月タイ国ランプーン に設立 主な質問準備項目 T コ イ ル・ タ イ の 概 要 と T コ イル・ラオとの関係について 製品、製造につい て 政治情勢と企業について ○概要  ・T コイル・タイは、まず、株式会社で時間を拘束されていない人々を教育しなければ ならなかった。途中で平気で外へ出て行ってしまう人を止めたりしなければならな い。   F 電線、M 製作所などが早かった。ほとんど進出が 89 ∼ 90 年。   ここは、200 人でスタートした。その後 F フィルムの使い捨てカメラが好調になり、

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800 人規模になった(2 年で 800 人に成長)。94、5 年まで日本人は 1 人。  ・資材調達はどうしているか?   日本と中国からフェライト(酸化鉄)をコイルの鉄心に使うので中国に進出した N カーバイトから調達。チップ部品用のテーピングボンド(フレキシブル電子基盤)は M 製作所から調達。ただし、通訳を通すと時間が 2 倍かかり伝えたいことが伝わら ない。   Air で BKK へ、BKK からは陸路。  ・女性の工場長という社長の方針が、社長の意見。   東京ウィル 省力機械メーカー。   女性がトップの工場があってもよいのではないか。   チェンマイ大学の学生 ラオスに教え子 アドバイザー。    Dr.Virattana(化学) 99 年。   労賃・インフラはあるが、税金は仕事をさせてもらっているので当たり前、街がきれ いになればよろしいという方針。したがって、労賃ばかりではない(BOI を取得し ているので法人税は少ない)。  ・95 年に、他社がいかないような遼寧省の丹東に進出   チェンマイが、製品(ラオスの完成品)を集めて、チェンマイが顧客に振り分ける (将来的にはラオスが直接輸出したい)。

  ラオスからタイ Export Promote Zone・保税地区へ。輸出税なし。機械を購入しても 無税。本日 2 時か 3 時に出せば、何もなければラオスに明日 10 時くらいに到着する。 ラオス─チェンマイ、チェンマイ─バンコクは陸路輸送で、バンコクからは空路輸送 している。  ・2、3 年前がピーク(1200 人)で、リーマンショック後も約 800 名をずっと維持して いる。効率を 2 倍にして、希望退職に近い形で人員をカットした。1 年─ 1 か月、10 年─ 10 か月と有給休暇を与えた。田舎に仕事があるから戻ってこない。南部のほうが もっと大変である。車産業(チョンブリ、ラヨーン:人員不足で取り合いが激しい) は電子産業よりも賃金が高い。  ・リクルートは個別の募集を行っている。   99 ∼ 98%が女性のタイ人。20 歳くらいの平均年齢。  ・これからミャンマー、ラオスからということになるかと聞くと、時にそうなるとの答 え。   Canon ベトナムに進出したが労務管理が難しく人が集まらない。そこでコーラート に 5000 人工場を作った。   SONY はアユタヤ(Canon もある)に進出した。それほど困ってはいない。きれいな

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送迎バスで、おいしい食事を提供している。アユタヤで働くなら、SONY か Canon という評判。   Q:GMS についてはどう考えているか   A:GMSってなんですか。   Q:─GMS 概要説明─   A: あー、以前鳩山さんが来て、総領事の元で会議がありました。    友好橋等の実感はある。ランプーンとラオスが一つの連合、ラオスがチェンマイの一 つのラインになっている。そういう意味ではメリットがある。管理者としてはラオ人 はまだ無理。   Q:製品の輸出先は?   A:10 月 1000 万個(800 万、900 万、1000 万)    日本は、82 万個。    香港・シンセン(サムチョン)630 万個 香港に事務所があり、ここで受注。    タイ 260 万個。    シンガポール 100 万個。   台湾に ODM(相手先ブランドによる設計・生産)メーカーがあり、SONY などのカ メラメーカーからの委託が多いので香港などが大きい。デジカメ用フラッシュコイル である。Canon のみ台湾に ODM を頼んでいない。デジカメの完成品を台湾の ODM メーカーが作る。世界シェアーの 80%程度。   デジカメになってから細かくなったために、生産ラインで、人手に頼る部分がまだあ るという程度。難しい、小さい、難易度の高いものをチェンマイ、低いものをラオス にしている。チェンマイで受け入れ分類。  ・12 月 稼働日数がまだ少ないが    タイ 520 万個、ラオス 320 万個、計 840 万個。    Max の Capacity は、9 月のフル稼働時に、    タイ 800 万個、ラオス 400 万個、で計 1300 万個にのぼった。   リチウム 4.5V、トランスファイルフォーマー、トリガーコイル(両者で 400 万)ゼ ノンチューブ(キセノン)。 ・製品で言うと   トリガーコイル    大小あり   トランスフォーマー  大小あり   発光部のユニット  SONY 向け

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・ビジネス別に言うと   自分で作って売るコイル   外から仕入れて売る(ラオス、中国)   付加価値の高い発光部ユニット  となる。 ○赤シャツ・黄シャツ問題  チェンマイでも目の前でタイヤが燃されるのを見た。  サンカンペーンでも民衆のほぼ半分以上は王室はいらないと考えている  王様は今の王様で終わり。  例えば、奥さんが(王妃 or ご令室)Central World の株主だが、燃やされた。   タイは不敬罪で王室が保護されている国だと思う。批判的なことは何も言えない。民 主政に関して言えば、タクシンは、大統領になりたかったのだろう。単純に考えて、 国民が選挙で選んだ政党が力でつぶされて、空港が閉鎖されてもおとがめなし。経済 の素人が今首相をやっているので皆我慢している。タクシンのほうが魅力的な人物で 有能。1 村 1 品運動もやっているし、お金も配っている。いつもはここらでいいだろ うで軍がクーデタを起こす。今回は以前と違う。王様も出てこない。戦争に等しい。   工場ストップはしないが、空港閉鎖の方がひどかった。シンガポール経由で陸路を使 った。恥ずかしい話で、家に鍵をかけているようなものだ。人は入れないし、人も出 られない。観光客も減って関連企業はたくさん倒産している。   いずれタイの最低賃金も上がる。ランプーンでは、2011 年 1 月に、160 から 169 バー ツになる。これまで 9 バーツも上がることはなかった。アピシットの人気取り政策に 違いない。政情不安で受注が減っているという影響はない。 ○ GMS 域内での戦略   労働者の確保が難しくなっている。大手日系企業(アユタヤの SONY や Canon)は、 福利厚生も手厚いため人気がある。じきに、ミャンマーやラオスからの労働者を使う ことになるのではないか。   社長はラオスの首相とかとも会ったりしている。社長の勘はよく当たる。創業者なの で decision making が早い。   製品は、チェンマイ─バンコクはトラック。バンコク以降は空輸。入りは、成田─バ ンコクは飛行機、チェンマイまでは車。  ・中国に対してはどう思うか?   ラオスの場合、人が少ないので、人がとられるのが脅威。中国人は交渉がうまい。

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  どの点が交渉がうまいのか?

  日本は財閥解体以後、日本に財閥がない。丹羽中国大使などの起用はよい。  ・メーホンソンに妻名義で土地を購入した(ご令室の実家)。

  Him Naam Pai Resort コテージを 14 作った。   www.himnaampai.com [email protected]  ・0740 ─ 0440 の 2 交代制で夜も機械を止めない。   ラオスには熟練がいない。昨日教えたことは今日忘れている。タイは 6 か月で熟練と いえる。まあ本来は 3 年であろう。セクションのリーダーの教育係は、仕事をよく知 っている。一つの仕事を覚える人は違う仕事も早い。  ・サンカムペーンにハリウッド映画村ができる。2015 年に完成予定。チェンマイに Luxury HTL があるのはこのためだといううわさが流れている。 ○アルバム部門   K さん 13 年前から始めた。   ネガの時代はプリント。   デジタルをインターネットで。    今後は PC 上で作業。日本側で写真を、こちらで 2 週間。全体の 45 日うち、実質的 にはこちらで 10 日間。    1 組 1 冊、販売価格で 7 ∼ 8 万円の商品(「すべてオリジナル制作のため 1 冊 15 ∼ 20 万円かかる」)

  ゴミがついていても NG。Ultra Violet で coating。

  President’s sm の知人にこの関係のビジネスマンがいたことがきっかけ。   ソフト イラストレーター→プロッターへ。   現時点で月 1000 冊、手作業+ XXXX? 合わせて 1000、今はシーズン。   93 人体制でやっている。夜勤にすると NG がでるのでしていない。    Min  5000 バーツ      最低賃金で見た場合    Max(残業入り)8000 バーツ   撮影を含むと式場で 20 万円くらい。

おわりに

 上記の日系企業を訪問して、共通点が浮かび上がってきた。一つは、ラオス人と彼らの 労働に対する認識についての見解である。就業認識が希薄であるという評価でほぼ一致し た観察がなされている点が際立っている。すなわち労働力としては期待できない。中国人

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が多くいて華僑が商売しているところは、必ず勤勉な民族がいる。ベトナムしかり、タイ しかり、マレーシアですら、英国が去った後のゴム園などのプランテーションはおそらく 華人経営であろう。中国人は人を見る目があるということになる。フランスですらあきら めて、いわば同化政策からイギリス流の間接支配に転換して、ベトナム人に管理させたラ オス、カンボジアは経済発展を阻害する要因の根が深いに違いない。  もう一点は、ビジネス界の GMS に対する認識の低さが目立った。彼ら特有の論理で、 交通インフラが整備された事実はよく把握しており、それを新たなビジネスチャンスとみ て利用していることは、共通しているが、GMS という国際プロジェクトであるという認 識は希薄である。これを現実主義と呼んでもよいが、それでは確かな長期未来戦略にはつ ながらないだろう。  最後に、専門の異なる「異様な集団」を快く受け入れて、多忙な中、貴重な時間を長き にわたって、インタビューに応じて下さった日系企業の皆様に心から感謝の意を記して示 したい。  本稿は、平成 21∼23 年科学研究費補助金基盤研究(B)課題番号 21402016「グローバ ル時代のマルチ・レベル・ガバナンス─ EU と東アジアのサブリージョン比較」の 22 年度補助金の成果の一部である。

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