教材研究のあり方
著者 沖 久雄
雑誌名 教育実践研究指導センター研究報告
巻 1
ページ 49‑54
発行年 1992‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/4495
沖 久 雄
(国語学第1研究室)
HISAO OKI
(Department ofJapaneSe Linguistics)
Key Words
国語科教育、教科書、教材研究、国語表現法、文法教育
1.教材研究のあり方 1.1.スクラップ的特徴
国語科の教科書を他の教科の教科書と比較してみたとき、「国語科の教科書はまるでスクラッ プ帳ではないか」と思うことがあります。「スクラップ帳」というのは、教科書の教材が、時間 的に教科書作成以前に書かれた作品の切り貼りによって、成り立っていることをいいます。例え ば、中学2年生のある教科書をみた場合、その教材構成は表1のようになっていて、全34教材合 計235ページのうち、出典を持つものが14教材合計141ページ、書き下ろしが5教材合計34ページ、
明記のないものが15教材合計60ページで、書き下ろしの教材が随分と少ないことがわかります。
書き下ろしでないこと、つまりスクラップであること、さらに言えば、教科書の文章が、教科書 以外のところに既存するというのは、国語科だけではないでしょうか。
この国語科教科書のスクラップ帳的特徴は、国語科の教科としての特質であって、そのことは、
母語である日本語の言語生活のなかに立脚した国語科教育の存立基盤であるとも思います。従っ て、すべての教材を書きおろしにすべきであると主張したり、非書き下ろし教材に対する書き下 ろし教材の優位性を主張したりするつもりはありません。また、出典をもつ教材の意義を否定す るつもりもありません。
しかし、教材研究のあり方と教科書作成に対する教師のかかわり方とを視野にいれた時、国語 科教科書のスクラップ帳的特徴は、新たな問題へと発展します。
1.2.第一教材研究と第二教材研究
教科書を作成する時、その執筆者は、まず、その単元における学習の目標を定め、それを達成 するためにはいかなる教材が必要であるかを考え、そして、教材本文の一字一句を書き下ろして いくものと思われます。つまり、図1の「始点A→(2)B→(3)C→終点教材」の手順と方向性で 教科書作成のための深い考察が行われるものと思われます。
表1 中学2年生国語教科書の教材構成
教 材 作 者 「出 典 」 領 域 表現 理解 言葉 貢 数
1 言葉 の力 大岡 信 「ことばの力」 十 十 5
2 クロスプレー 五味太 郎 「ときどきの少年」 + 十 10
3 【 表現 1 】話 し合いを深 める + 4
4 気象 と人間 倉喝 厚 書 き下 ろし + + 7
5 ひろがる砂漠 赤木昭夫 「ひろが るさば く」 + + 10
6 [ 表現 に学ぶ]事実 と意見 + 十 2
7 【 文法 1 】体言 と用言 + 7
8 盆 土産 三浦哲郎 「 冬 の雁」 十 + 16
9 短歌の世界 玉城 徹 書 き下 ろし + + 7
10 [漢字 の学習 1 ] + 2
11 【 読書 1 】内蔵 允留守 山本周五郎 「 深 川安楽亭」 + a
12 【 表現 2 】生活を記録す る 十 8
13 字のないはが き 向田邦 子 「 眠 る盃」 + + 5
14 子馬 ミハイかショ ー琳フ 「 世界短編各 偶 軋 + 十 18
15 【 文法 2 】副詞 ・連体詞 ・接続詞 ・感動詞 十 5
16 「わかる」 とい うこと 佐伯 膵 書 き下 ろし 十 + 7
17 日本語 と国際交流 宮地 裕 書 き下 ろし + + 8
18 [ 漢字 の学習 2 ] + 2
19 [ 言葉 の窓コ漢語の組 み立て 十 3
20 扇 の的 (「平家物語」か ら) 「 平家物語」 + 十 10
2 1 神無 月の ころ (「 徒然草」か ら) 兼好法師 「 徒然草」 + 十 4
22 漢 詩の風景 石川患 久 書 き下 ろし + + 5
23 [漢詩 コ 十 + 2
24 【 文 法 3 】助動詞 + 4
25 走れ メロス 太宰 治 「 太宰治全集 3 」 十 十 詑
26 【表現 に学ぶ]動 きのある情景 を描 く 十 十 2
27 夕焼け 吉野 弘 「 吉野弘詩集」 + + 4
28 月夜の浜辺 中原 中也 「 中原中也全集 1 」 + 十 2
29 大阿蘇 三好逮 治 「 定本三 治 + + 2
30 [漢字の学習 3 コ + 3
3 1 [言葉の窓 ]敬語 + 3
32 【表現 3 】創 造的な表現を + 8
33 【文法 4 】助詞 十 5
34 【読書 2 】法隆寺を支 えた木 小隊二郎 「 法隆寺を支えた木」 + 10
235
〔図1 第一教材研究(書き下ろし教材)〕
始点 A :学習目標を定める。この学年のこの時点において何を学習の目標にするかを定める。
▼
(2) B :その目標を達成するためには、いかなる教材が必要であるのかを決める。
J
(3) C :始点A→(2)Bの結果に基づいて、教材本文を書き下ろす。
J
終点教材
この作業は、実際には「教科書会社」と呼ばれる出版社が執筆陣を教師や学者によって構成し、
現場の教師に教科書が届く前に行っていることであります。しかし、私はこの「始点A→(2)B→
(3)C→終点教材」の作業こそが、真の意味での教材研究であり、教師の仕事であると考えます。
なぜならば、教材研究は、教材作成の過程を含み、その過程において教師の教育に関するすべて の考えを、教材に反映させることができるという構造を有していなければならないと考えるから です。国語科の指導内容を何にするか。こどもはどのような教材をどのように受けとめるか。ど のような指導の方法が教師によってなされ、どのような学習活動がこどもによってなされねばな らないのか。このような根本的な問題に対する教師の考え方を、教材そのものに反映させること ができる過程があって、はじめて教材研究としての営みが成立すると考えるからです。この裏の 意味での教材研究を第一教材研究と呼ぶことにします。
これに対して、作成された教科書の教材を分析することは、二次的な教材研究であると考えま す。これを、第二教材研究と呼ぶことにします。第二教材研究は、先の「始点A一→(2)B→(3)C→
終点∴教材」の第一教材研究とは教材に対して反対の方向性をとる「終点教材←(4)D」として捉 えることができます。この第二教材研究は、第一教材研究の連続として行われた時に、はじめて 意義あるものとして成り立ちます。第一教材研究と第二教材研究の関係は図2に示すとおりです。
そして、その両者をあわせたものが、教材研究と呼び得るものだと考えます。
〔図2 第一教材研究と第二教材研究(書き下ろし教材)〕
始点 A
J
(2) B
J
(3) C
J
終点教材
l
(4) D
:学習目標を定める。この学年のこの時点において何を学習の目標にするかを定める。
:その目標を達成するためには、いかなる教材が必要であるのかを決める。
:始点A→(2)Bの結果に基づいて、教材本文を書き下ろす。
:できあがった教材を分析する。
非書き下ろし教材の場合は、図1、2の「C」が図3の「<C>」のようになります。第一教 材研究と第二教材研究の関係は書き下ろし教材の時とまったく同様です。
〔図3 第一教材研究と第二教材研究(非書き下ろし教材)〕
始点 A :学習目標を定める。この学年のこの時点において何を学習の目標にするかを定める。
J
(2) B :その目標を達成するためには、いかなる教材が必要であるのかを決める。
▼
(3)<C>:始点A→(2)Bの結果に基づいて、教材をさがしそれを教材本文として採用する。
J
終点教材
†
(4) D :できあがった教材を分析する。
書き下ろし教材の「始点A→(2)B→(3)C→終点教材←(4)D」の手順と、非書き下ろし教材の
「始点A→(2)B→(3)<C>→終点教材←(4)D」の優劣を論じることはあまり意味がありません。
ただ、<C>はCに比べ、「始点A→(2)Bの結果に基づいて」ということが、実現されにくい という特徴があります。教材を書き下ろすのとは違って、既成のものの中から教材をさがすとい うのは、それなりの困難を伴います。内容の適切さ、語句や表現の難易さ、漢字などの表記、教 材の長さなど、「始点A→(2)Bの結果」以外の要因も教材さがLにかかわってきます。しかし、
そのような複雑な困難さを乗り越えて、多くの教材が生まれてきました。しかし、この困難さが 次に述べる「教材研究の逆立ち」の遠因となっていることは否めません。
1.3.教材研究の逆立ち
「終点教材←(4)D」の第二教材研究は、「始点A→(2)B▼→(3)C→終点教材」「始点A→(2)B
→(3)<C>→終点教材」を明確に認識した研究として行われねばなりません。しかし、このこ とを無視した研究が、現在広く「教材研究」と呼ばれている営みではないでしょうか。つまり、
教科書の教材をアプリオリに教材と認め、「この教材をどう教えるか」「この教材で何が教えら れるか」「この教材の解釈は何か」という「はじ糾こ教材ありき」の発想で行われる教材研究は、
教材を「始点A」から始まる第一教材研究の「終点」と捉えるものではありません。それは、ま さに第一教材研究の存在を無視した姿勢から生まれる教材研究ではないでしょうか。
〔図4 逆立ちした教材研究〕
始点教材
ヽ
(2) D :できあがっている教材を分析する。
ここで行われていることは、終点である教材を始点にするという教材研究の逆立ちです。さら に、この逆立ちした教材研究は、「終点教材←(4)D」が教材研究において第二の位置であった
ことを無視し、「始点教材→(2)D」を唯一の教材研究であると誤認識します。その結果、ある 教材が教科書からなくなった時、その教材研究もなくなってしまうという図式で教材研究を捉え たり、教材研究は教材ごと、作品ごとのものであると捉えたりして、教材研究は積み上げること
のできないものであると考えることになってしまいます。教材を始点に置く逆立ちした教材研究 では、始点の教材がなくなれば、その教材研究もなくなってしまうと考えるのも当然の帰結であ ります。これでは、教材研究は、教育の財産として蓄積されないまま、使い捨ての営みに終わっ てしまいます。
このような教材研究の逆立ちは、Cや<C>を「始点A→(2)B」とは何の関係も持たない独立 したものであると捉えたり、Cや<C>は単独で成立するものであると捉えることから起きてい ると思われます。では、このような誤った捉え方は、なぜ起きるのでしょうか。
ここに、国語科教科書のスクラップ帳的特徴が関係してきます。国語科においては、表1に示 したように教科書の教材のほとんどが非書き下ろしであるため、図1で示した第一教材研究に対 する認識が希薄です。つまり、「始点A→(2)B→(3)C→終点教材」の手順と方向性を持った営 みの存在そのものに対する認識が希薄です。その結果、「始点A→(2)B」の存在にたいする認識 が欠如し、Cや<C>を「始点A→(2)B」とは何の関係も持たない独立したものであると捉えた
り、Cや<C>は単独で成立するものであると考えたりすることになるものと思われます。
さらに、そこには、先に述べた非書き下ろし教材における「始点A→(2)B一→(3)<C>−→終点 教材」は、困難なことであるという意識が遠因となって、「始点A→(2)B→(3)<C>→終点教 材」の手順をふまなくても「教材をさがしそれを教材本文として採用する」ことは可能であると いう誤った認識が生まれ、それが教材研究の逆立ちを支えているように思われます。
「教材研究のあり方と教科書作成に対する教師のかかわり方とを視野に入れた時、国語科教科 書のスクラップ帳的特徴は、新たな問題へと発展します」と述べたのは、このような意味であり ます。
2.国語表現法での実践
このように考えたとき、教育大学での教育実践において、教師をめざす学生に対してどのよう な力を伸ばす教育が行われねばならないかという問いに対するひとつの解答を兄いだすことがで きます。それは、第一教材研究をする力を伸ばす教育であります。そして、この結論が、以下に その概要を示す「国語表現法」(1991年度前期)の教育実践の理由であります。つまり、教師に は、教科書の教材を分析する力だけではなく、教科書を書き下ろす力がなくてはならないと考え たわけです。
2.1.概要
(1)テーマ
文章表現に関する基礎的な知識と力を養う。漢字の書取、原稿用紙の使い方。分かりやす い文章の書き方、論文の書き方などについて、中学校の文法の教科書作りを通して実践的に 学ぶ。
(2)テキスト
1.樺島忠夫編(1979)『文章作法事典』東京堂出版 2.光村図書『中学国語教科書 1・2・3』
(3)90分の講義展開
受講生56名をAからKの11グループに分けて、発表形式(プリソトを用意する)ですすめ
る。一回の講義の構成は、以下のとおり。
1.前回発表のグループによる発表(15分)
1.1前回の講義をふまえて作成した改訂版に関する発表 2.今回発表のグループによる発表(30分)
2.1現行教科書の担当箇所の「よい」・「わるい」ところに関するコメソト 2.2 日分達で教科書の本文を作ってみる
2.32.2に対する自分達のコメソト
3.質疑応答・議論(30分)
4.次回発表のグループの担当箇所の読み合わせ
(4)コースデザイン
回 月/日 グループ 担 当 箇 所
1 4/15 2 4/22 3 5/13 4 5/20 5 5/27 6 6/10 7 6/17 8 6/24 9 7/1 10 7/8 11 7/15 12 7/22 夏 休 み 13 9/2
名 名 名 名 名 名 名 名 名 名 名 6 4 7 5 4 4 6 5 6 5 5
A B C D E F G H I I K
ガイダソス
1年1 文法を学ぶ 2 文の組立(1)3 文の組立(2)
4 単語のいろいろ 2年1 体言と用言
2 副詞・連体詞・接続詞・感動詞 3 助動詞
4 助詞
3年1 文の組立を考える 2 副詞・接続詞の働き 3 助動詞・助詞の働き 試験
3.おわりに
学習目標の設定、次にその目標を達成させるための教材作りを行うという、教材研究のあり方 が、その真の姿だと述べました。たとえて言うならば、「論理的な文章構成を段落に気をつけて 読解する力をつける」という学習目標があるならば、その目標を最も達成できる教材(文章)を、
書き下ろすというのが、真の教材研究のあり方ではないかと思います。国語科教科書のスクラッ プ帳的特徴は、このこと自体を見失わせてしまっているのではないでしょうか。
国語科の教材が、非書き下ろしであればあるほど、教師の実力の一つとして「よい教材をさが してくる」ということが重要視されます。確かに「さがす力」も実力のうちであります。しかし、
もっと本質的な実力があって良いのではないでしょうか。そして、その本質的な実力とは、教材 を作る力ではないでしょうか。教科書(教材)を作るのは、本当は現場の教師のしごとなのでは ないでしょうか。