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人 間主 義 史観 の探 究 一 中道歴 史観 の成立史

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人 間主 義 史観 の探 究

一 中道歴 史観 の成立史

AResearchforHumanisticHistory

‐AnHistoricalFormationofMiddleWayView‐

北 政 巳

KITAMasami

1.は じ め に

宗 教 と文 化 の 視 点 か ら観 た 東 洋 と西 洋 の 分 岐 は,ど こ に あ っ た か は 世 界 的 な 課 題 で あ る.現 在 世 界 で は,西 洋 の 原 基 が ギ リシ ァ で あ り東 洋 の 原 基 が イ ン ドで あ る こ と に は 異 論 は な い が,人 類 史 上,何 処 で ど の 様 に し て分 離 し差 異 が 形 成 さ れ た か が 関 心 を集 め る.紀 元 前6世 紀 に 人 類 は, 文 化 ・哲 学 史 上 の 新 し い 時 代 の 展 開 を見 た.そ れ は イ ン ドに 仏 教 と ジ ャ イ ナ 教,イ ラ ン に ゾFア ス ター 教,ギ リ シ ァ に 多神 教 の 発 祥 が あ り,地 域 と定 住 し た 人 々 の 宇 宙 観 ・社 会 観 ・人 間 観 の 特 異 性 の 発 生 と関 連 し,さ ら に 繰 り広 げ ら れ た 民 族 の 葛 藤 環 境 の 中 で 醸 成 さ れ た 時 間 経 過 に 関 連

して い た.(1)

仏 教 の 「九 識 論 」 の 哲 学 的 分 析 方 法 か ら,人 類 史 の 民 族 史 ・地 域 風 土 史 に あ た る 部 分 を観 た い.

そ こ で 八 識 の 上 層 か ら七 識 の 「末 那 識 」 の 境 界 沿 い に 「民 族 的 価 値 観 の 選 択 に よ る 思 考 」 が 形 成 さ れ る.そ し て理 性 的 領 域 と して,哲 学 的 思 索 に よ っ て 価 値 観 を選 択 す る.そ の 結 果,紀 元 前6 世 紀 に 入 識 の 「阿 羅 那 識 」 の 部 分 で の 宗 教 体 系 が 確 立 さ れ た.

2.ゾ ロ ア ス タ ー 教 の 評 価

イ ン ドの 『リグ ・ヴ ェ ー ダ 』 とペ ル シ ア の 『ア ヴ ェ ス タ 』 の 類 似 に も 明 らか な よ う に 紀 元 前 千 年 頃 の ア ー リア 民 族 に と っ て,イ ン ド ・ア ー リア 族 と イ ラ ン ・ア ー リア 族 との 区分 は ほ とん ど な か っ た.原 始 ア ー リア ン 族 の ミタ ン ニ 人 種 が 紀 元 前14世 紀 に 同 地 域 に 分 布 して い た が 『ボ ガ ズ キ ヨ イ懊 形 文 字 版 』 を み る と 「神 の 名 称 は サ ン ス ク リ ッ ト語 の 中 に,そ の ま ま生 き残 っ て い る の は 同 じ原 初 的 な か た ち」 で あ っ て,そ の 後 に イ ラ ン に 残 留 す る ア ー リア 人 諸 人 種 の メ デ ィ ア 人,バ

ク ト リア 人,ペ ル シ ァ(パ ー ル サ)人,ゾ グ ド人,パ ル テ ィ ア 人,キ ッ タ ン 人 等 の 記 録 に は,さ ほ ど 多様 な 変 化 を 示 して い な い.(2)

つ ま り原 始 ア ー リア 人 の ミタ ン ニ 族 が,前14世 紀 に 西 ア ジ ア に い て 東 方 へ の 移 動 を 開 始 す る前 で あ っ た.

ま た 同 地 域 か らの 多 くの 粘 土 版 の 出 土 に よ りハ ッ テ ィ 国 が 存 在 し た と知 られ 「ハ ッ テ ィ 人 は 小

ア ジ ア に 住 ん で い た.彼 等 は 梵 語 ・ギ リ シ ァ語 ・ラ テ ン 語 に似 た 言 葉,即 ち イ ン ド ・ヨmッ パ

(2)

40季 刊 創 価 経 済 論 集Vol.XXXV,No.1・2

語 族 の 言 葉 を 話 した.彼 等 が 元 来 ど こ か ら来 た の か と い う点 は,今 の と こ ろ分 か っ て い な い.し か し彼 等 は,紀 元 前 第 二 千 年 紀 の 初 頭 頃 に,こ の 国 に 入 り込 ん で き た.彼 等 は 土 着 の 人 々 に 君 臨

し た け れ ど も,多 くの 土 着 の 宗 教 や 文 化 を 吸 収 し,後 世 に 残 した 物 語 を主 と して,そ の う ち の 二 民 族,ハ ッ テ ィ と フ ル リの 民 に 由 来 す る.… 物 語 が 書 か れ て い る書 板 類 は,ざ っ と紀 元 前1600年 か ら1250年 の 間 の 日付 け と考 え られ る 」 とあ る.(3)

興 味 深 い の は,そ の 中 に 『 善 さ ん と悪 さ ん の 物 語 』 が 収 録 さ れ,欲 ば か りの 『悪 さ ん 』 に 苦 し め ら れ る 『善 さ ん 』 の 経 過,『 善 さ ん 』 の 子 供 が 仇 を報 い る た め に 帰 っ て く る語 り と な っ て お り,

『腐 っ た 林 檎 が 良 い もの を 損 な う よ う に ,悪 い 人 が 良 い 人 と交 わ る と後 者 に 損 害 を も た ちす 』 戒 め が あ り,こ れ は 中世 の 格 言 『 腐 っ た林 檎 は 傍 の も の を損 な う』 の 祖 形 と さ れ る.

紀 元 前900年 頃 に な る と,イ ラ ン 族 と呼 ば れ る 人 々 が 登 場 し た.彼 等 は 遊 牧 と放 牧 の 生 活 を 送 り,先 住 民 族 を 追 っ て イ ラ ン の 地 に 定 住 し た が 「メ デ ィ ア 人(マ ー ド),ペ ル シ ァ 人(パ ー ル サ),パ ル テ ィ ア 人,バ ク ト リア 人,ゾ ク ド人,サ カ 人,キ ッ タ ン 人 」 が 含 ま れ る.(4)

彼 等 の 盛 衰 の 一 端 は,先 ず 紀 元 前708年 に デ ィ オ セ ス に よ っ て メ デ ィ ア 帝 国 が 作 られ,そ の 後 に 前655年 に は プ ラ オ ル テ ス,同633年 に は ス イ ア グザ ー レ ス が 王 位 を継 承 す る.ア ッ シ リア 帝 国 の ア シ シユ ル バ ニ パ ー ル 帝 が 前625年 に 没 す る と,侵 入 を 開 始 し前606年 ニ ネ ヴ ィ ェ の 都 を奪 っ て 小 ア ジ ア に 勢 力 を拡 大 し た.彼 等 は リデ ィ ア と前 後7回 戦 い 前585年 に 和 議 を 結 ん だ.メ デ ィ ア の 首 都 は 現 在 の イ ラ ン の ハ マ ダ ー ン で 古 代 名 をバ グマ タ ー ナ と呼 ば れ た が,彼 等 は ヘ ロ ド トス の 記 述 に も残 さ れ る よ う に,ギ リシ ァ 人 は エ クバ タ ー ナ と呼 ん で い た.

此 の 時 代 に は,ギ リ シ ァ,ペ ル シ ァ と イ ラ ン で は 小 ア ジ ア を通 じて の 文 化 圏 が 作 られ,交 流 が 形 成 さ れ た.つ ま り前1500年 の ア ー リア 人 の 大 移 動 の の ち,各 地 に 定 住 し た 諸 民 族 は 血 縁 ・地 縁 関 係 を 通 じて 諸 系 民 族 と して 成 立 し,各 自が そ の 土 壌 に 立 っ て 諸 族 と交 流 し た.

即 ち 原 始 ア ー リア の 意 識 は 薄 れ 一 層 土 俗 化 す る が,地 縁(自 然 ・環 境 等)を 基 盤 とす る イ ラ ン 人 ・ギ リ シ ァ 人 ・ペ ル シ ァ 人 と し て 再 装 して 登 場 した.こ の ネ デ ィ ア 王 国 は,南 方 よ り興 っ た イ

ラ ン 系 の ア ケ メ ネ ス 王 朝 に よ っ て 滅 ぼ さ れ た.次 い で サ イ ラ ス(ク ー ル シ,紀 元 前559‑529)が メ デ ィ ア を滅 ぼ し,ア ン シ ャ ー ン の 王 位 に つ き キ ュ リスII世 と な り,紀 元 前548年 に ペ ル シ ァ 国 王 と呼 ば れ る に 至 っ た.サ イ ラ ス は リデ ィ ア と争 い,国 王 フmサ ヌ を撃 破 し,首 都 サ ル デ ス を 陥 い れ た.

そ の 後,小 ア ジ ア,ア ル メ ニ ア,パ ル テ ィ ア,ホ ラ ズ ミア,バ ク ト リア を攻 略 し,前539年 に バ ビ ロ ニ ア へ 侵 入 し,ユ ダ ヤ 人 を解 放 し た .(5)

イ ラ ン 人 が 何 故 ユ ダ ヤ 人 を解 放 し,彼 等 の 信 仰 を保 護 し た 根 拠 は 何 故 で あ っ た ろ うか.ま た 如

何 な る価 値 観 に 基 づ い た か で あ る.イ ラ ン 人 の 王 者 ら しい 寛 容 の 徳 は バ ビ ロ ン に 幽 閉 さ れ た ユ ダ

ヤ 人 の 解 放 に 示 さ れ,ま た イ ラ ン 人 の 武 人 ら し さ は敵 方 に も賞 賛 さ れ た.そ の 後 ア ケ メ ネ ス 王 朝

は カ ム ビ セ ス(前529‑521年),ダ リ ウ ス1世(前521‑485年),ク セ ル ク ス,ア ル タ ク セ ル ク ス1

世(前465‑425年),ア ル タ ク セ ル ク スII世(前404‑358年),ア ル タ ク セ ル ク スIII世(前358‑338

年),ダ リウ スIII世(前336‑330年)と 続 い た.さ ら に カ ム ビ セ ス は 紀 元 前525年 に エ ジ プ トを征

(3)

August2006北 政 巳 二人 間主 義 史観 の探 究41

伐 し た.特 に 諸 王 の 中 で,ダ リ ウ ス1世 は ア ケ メ ネ ス 朝 ペ ル シ ァ の 中 興 の 祖 と して,ま た 高{に して 強 靱 な 性 格 と讃 え ら れ た.

の ち に ア レ クサ ン ダ ー 大 王 が ヘ レ ニ ズ ム 文 化 圏 を 創 成 し た 時 に,「 彼 は 自 ら の 帝 国 内 で ヨm ッパ へ は マ ケ ドニ ア 王,ア ジ ア へ は ダ リ ウ ス の 印璽 を 用 い た」 こ と に も,そ の 影 響 が 見 い 出 さ れ る.(6)

こ れ らペ ル シ ァ の 高 潔 な 諸 王 の 行 動 の 背 景 に は,ゾ ロ ア ス ター 教 に よ る倫 理 規 範 が 挙 げ ら れ る.

宗 祖 ス ピ タ マ ・ザ ラ ト ・ワ シ トラ は 紀 元 前569年 に 生 ま れ,キ ュ ロ スII世 や ダ リ ウ ス1世 の 父 ヒ ス タ スペ ス と 同 時 代 人 で あ っ た.そ の 宗 祖 に つ い て 「彼 は 善 を行 い,耕 地 の 雑 草 を 除 去 し,野 獣 を打 ち倒 し,バ ラ を栽 培 し,強 盗 的 遊 牧 民 を斥 け,善 と悪 を 識 別 す る 人 間 を前 面 に 押 し 出 し,旧 い 形 式 を 打 破 す る 点 で は 似 て い る に もか か わ ら ず,こ の 新 し い 態 度 は 中 国 風 と は 異 な っ た.ア フ ラ ・マ ズ ダ は 善 神 で あ り,彼 は や が て ア リマ ン,悪 魔 を 冥 伏 し,そ の 時 一 切 の 悪 は 終 わ り を 告 げ る.ア フ ラ ・マ ズ ダ は 最 後 の 審 判 を 指 揮 し,彼 に 従 う者 は 永 遠 の 歓 喜 に 生 き る」 と簡 潔 に 要 約 し た.(7)

3.ゾ ロ ア ス タ ー 教 と は

こ の ゾ ロ ア ス タ ー 教 は,森 羅 万 象 は 恵 み 深 き光 を以 て 表 徴 さ れ る 「善 」 と,破 壊 的 な る 闇 黒 を 以 て 表 徴 さ れ る 「悪 」 とに 起 因 し,人 生 は こ う し た 相 対 す る善 悪 の 力,即 ち 善 神 ア フ ラ マ ズ ダ と 悪 神 ア ハ リマ ン の 絶 え 間 な き抗 争 と把 握 す る.そ し て 「火 は 火,太 陽 を も っ て 表 現 さ れ る.火 そ

の も の は信 仰 の 対 象 と さ れ な い が,こ れ ゆ え に 拝 火 教 と呼 ば れ た 」 の で あ る.(8)

教 典 『ア ヴ ェ ス タ 』 で は,「 善 神 ア フ ラ マ ズ ダ は 光 明 と関 係 を も ち,さ ら に 霊 魂 が 不 滅 な る こ と,人 間 判 断 を最 終 的 とす べ き こ と」 を教 え る.そ し て ゾ ロ ア ス タ ー 教 で は 宗 教 的 同 一 性 を 強 調 し 「宗 教 的 同 一 性 と い うの は,異 宗 教 間 に お け る類 似 性 同 一 性 と云 う意 味 で は な く,イ ン ド と イ ラ ン の 古 代 宗 教 は,同 一 民 族 の 特 殊 的 環 境 に 対 す る個 別 的 な る精 神 的 反 射 作 用 と其 の順 応 性 と に よ り,即 ち起 源 的 な る もの は,地 方 文 化 の 條 件 の 下 に 本 来 の もの よ り分 派 的 な 特 色 を具 有 し て 出 現 す る に 至 っ た.一 定 の 観 念 に し て も分 派 的 に 内容 を変 ず る こ とに よ り,屡 々 相 反 的 意 義 を 有 す る結 里 に 陥 る こ と さへ 見 受 け ら れ た 」 の で あ る.(9)

そ れ をア ッ シ リア の神 々 一 覧 表 で み る と,七 柱 の 善 神 と七 人 の 悪 魔 の す ぐ前 に マ ッサ ラ ・マ ザ ス の 名 称 が 見 え る が 「そ こ に ゾ ロ ア ス タ ー 教 の 主 神 ア フ ラ マ ズ ダ と七 柱 の 善 神 ア フ ラ ス パ ン ド諸 神 と七 人 の 悪 魔 ダ ィ ヴ ァ を 連 想 す る」 こ とが で き る.(10)

例 え ば 共 に 「輝 く」 意 味 を も っ て い る語 根 「デ ィ ブ 」(div‑)よ りで た 吠 陀 語 「デ バ 」(deva‑) の 「神 」 を意 味 す る が,ア ヴ ェ ス タ 語 「デ ィ ー バ 」(daeva‑)は 「異 教 徒 の 神 」=「 凶 神 」 を 示

して い る.こ の 同 概 念 の 意 味 対 立 は,ゾ ロ ア ス ター に よ る宗 教 改 革 に よ っ て 生 じ た 観 念 上 の 結 果

で あ る.

(4)

42 季刊 Vol.XXXV,No.1.2

4.仏 教 と ゾ ロ ア ス タ ー の 比 較

仏 教 の 「空 」 に 対 して,ジ ャ イ ナ 教 が 「無 」 に 根 本 義 を置 い て ア ー リア 対 非 ア ー リア の 問 題 を 把 握 し た の に 対 し,イ ラ ン の 非 ア ー リア 系 ゾ ロ ア ス ター は ア ー リア ン との 関 係 を 「差 異 」 と 置 き, 二 元 論 で 把 握 し た.し か し 「認 識 」 に お け る 「 善 悪 二 元 論 」 は,そ の ま ま 「当為 」 に お け る 二 元 論 で は な く極 め て 寛 容 の行 動 と し て 表 現 さ れ た.

キ ュ ロ スII世 や ダ リウ ス1世 の 哲 学 倫 理 は,ち ょ う ど イ ラ ン ・ゾ ロ ア ス タ ー 教 の 確 立 期 の 指 標 で は な い だ ろ うか.イ ン ドの ジ ャ イ ナ 教 の 「無 」 と ギ リ シ ァ の 「有 」 の,典 型 的 な 非 ア ー リア 宗 教 とア ー リア 宗 教 の 中 間 項 に あ っ て,仏 教 は 「止 揚 の 哲 学 」 と して 「 不 二=空 」 と展 開 した の に 対 して,ゾ ロ ア ス タ ー 教 は 「対 極 の 哲 学 」 と して の 「二 元 論 」 と して 成 立 し た.

しか し両 教 の 原 始 的 な 差 は,同 一 文 化 圏 起 源 の 宗 教 が 民 族 の 歴 史 と 自 然 風 土 一 イ ン ドは 自 然 と 調 和 して 生 き,イ ラ ン は 厳 しい 自然 環 境 と戦 っ て 生 き る一 の 差 異 の 中 で,派 生 的 に 醸 成 さ れ た.

そ の 経 過 か ら ゾ ロ ア ス タ ー 教 は,古 代 マ ス ダ教 と呼 ば れ た 原 始 イ ラ ン 民 族 宗 教 の 復 古 的 革 新 と し て 「 新 マ ヅ ダ 教 」 と も呼 ば れ る.(11)

そ の 他,此 の 地 域 の 風 土,特 に 地 勢 の 差 異 と 多種 多様 な ア ー一リア 人 種 の 混 交 に よ り,類 似 的 な 宗 教 マ ズ ダ ク教 ミ トラ教,ア ナ ヒ ス タ 教 の よ う な 改 革 派 が,ア ケ メ ネ ス 朝 後 期 に復 古 的 革 新 と して 登 場 す る.ま た 後 に マ ニ(摩 尼)が ゾ ロ ア ス タ ー 教,キ リス ト教 さ ら に 仏 教 の 折 衷 主 義 の 宗 派 を 創 始 し た の も此 の 地 で あ る.

ア ケ メ ネ ス 朝 ゾRア ス タ ー 教 は,642年 サ サ ン 帝 国 が ア ラ ブ 族 に 敗 れ て イ ス ラ ム 化 さ れ て い く ま で,国 教 的 立 場 を保 っ た.同 時 に 仏 教 も歴 史 的 空 間 的 流 れ の 中 で,哲 学 上 の 「外 装 」 を 変 化 さ せ た よ う に,ゾ ロ ア ス タ ー 教 も 多種 多 様 な 民 族 ・宗 派 の 接 触 ・葛 藤 の 中 で 変 化 さ せ た 歴 史 的 遺 産

を 現 代 に 伝 え る.そ れ 故 に 「ヘ ロ ド トス の ペ ル シ ァ宗 教 の 叙 述 は,ア ケ メ ネ ス 王 朝 の 宗 教 で は マ ギ の 宗 教 に近 い 」 の で あ り,教 典 を有 し な い ミ トラ教 秘 教 に 近 い と さ れ る.(12)

5.ペ ル シ ァ と ギ リ シ ァ

ペ リシ ァ と ギ リ シ ァ が 如 何 に 文 化 交 流 が あ っ た か は,「 確 か に ア レ ク サ ン ダ ー 大 王 の 遠 征 は, 歴 史 的 な事 実 と して 確 認 で き る 限 りで の イ ン ドと ギ リ シ ァ の 交 流 の 出発 点 で あ るが,こ の ア レ ク サ ン ダ ー の 遠 征 を も た ら し た 前 提 と して の 土 壌 が 必 ず あ っ た と見 た い 」 と指 摘 さ れ るが,歴 史 年 表 か ら も明 らか とな る.(13)

ダ リウ ス1世 は 偉 大 な る政 治 家,か つ 勇 敢 な 軍 人,経 済 者,教 育 者 と讃 え ら れ た.ま た エ クバ タ ー ナ に 図 書 館 を作 り,国 民 文 化 向 上 の た め 文 化 交 流 を 計 り,「 彼 の 宮 廷 に は ギ リ シ ァ 人 お よ び イ ン ド人 が 滞 在 し て 両 者 の 間 で の 知 的 交 流 も行 わ れ 」,ま た ア ル タ ク セ ル ク セ ス1世 の 時 代 に

「ギ リ シ ァ の 歴 史 家 へ 『 ロ ド トス や 哲 学 者 デ モ ク リ トス 等 が 帝 国 内 を 旅 行 し て

,イ ン ドに 関 す る 貴

重 な 伝 聞 を つ た え,ま た そ の 学 説 に 東 方 の 知 恵 を利 用 し た」 し,ア ル タ ク セ ル ク セ スII世 の 時 代

に は 「ク ン ドス の ク ラ シ ァ ス が 王 の 侍 医 と し て17年 間 ペ ル シ ァ に 滞 在 し 『イ ン ド誌 』 を書 い た」

(5)

August2006北 政 巳:人 間 主 義 史 観 の 探 究43 と さ れ る.(14)

ま た ア レ ク サ ン ダ ー と ペ ル シ ァ の 関 係 は,先 述 の 「印 爾 」 の 他,「 ア レ ク サ ン ダ ロ ス(彼 も 同 名)姉 妹 の キ ン ガ イ ア 妻 は ペ ル シ ァ 大 王 の 高 級 官 僚 の 妻 と な っ た 」(ヘ ロ ド ト ス 五 ・ニ ー 及 び 入 ・一 三 六,A・ ウ ェ イ ゴ ー ル 『ア レ キ サ ン ダ ー 大 王 』 前 掲 書 所 引)こ と か ら,彼 の 一 族 は ダ リ ウ ス 大 王 へ 忠 順 の 意 を も っ た.そ れ 故 に 「し た が っ て ギ リ シ ァ 人 は,ペ ル シ ァ 帝 国 お よ び 小 ア ジ ア の イ オ ニ ア の 都 市 と イ ン ド と を 結 ぶ 通 商 路 を 活 発 に 歩 き 回 っ た 」 こ と に 例 証 さ れ る.(15)

6.古 代 ギ リ シ ァ の 多 神 教

古 代 ギ リ シ ァ とペ ル シ ァ,イ ン ドが 如 何 に 類 縁 関 係 に あ っ た か は,F・ ロ ベ ー ル は 「 今 日,ブ ル ター ニ ュ か ら イ ン ドに わ た り,エ ー ゲ 海 か らス カ ン デ ィ ナ ヴ ィ ア に わ た る 地 域 に分 散 して い る 諸 民 族 の ほ とん ど全 部 が,か っ て は 荘 漠 た る 広 野 の 地 域 に 一 緒 に 住 ん で 牧 畜 に従 事 し て い た 当 時, 親 族 関 係 に あ っ た こ と は 言 語 学 の 教 え る と こ ろ 」 と序 文 に 掲 げ,イ ン ド ・ヨー ロ ッパ 民 族 か ら派

生 し た 一 群 が 彼 の 地 で 定 住 し ギ リ シ ァ 人 と な っ た と考 え,彼 等 ア ー リア ン の 流 入 は 「紀 元 前20世 紀 頃 以 降,北 方 あ る い は 東 方 か ち来 た も の で ア カ イ ア 人 と呼 ば れ る 人 々 に 始 ま る」 と観 る.(16)

北 方 か らの 流 入 民 は パ ー ル ・ガ ン グ ー ラ ・ラ イ ラ ク の 説 に よれ ば,第 一 波 は,先 に ヨー ロ ッパ に 入 っ た 人 々 の 子 孫,東 方 か ら 来 た 人 々 は ミタ ン ニ を通 っ た 人 々 で あ る.彼 等 の 築 い た 文 化 は ミ ュ ケ ー ナ イ ス 文 化 と呼 ば れ,特 に 紀 元 前14‑12世 紀 に 栄 え た .第 二 波 は,前12世 紀 以 降,ピ ン ド ス 山脈 に 沿 っ て 流 入 し た ドー リア 人 で あ る.こ れ ら 二 群 の 「差 異 」 の 詳 細 は,現 在 の 歴 史 学 で は 不 明 と さ れ る.彼 等 が 同 起 源 の ア ー リア 民 族 で 異 種 ・類 縁 関 係 に あ り,対 抗 し な が ら も相 互 の 類 縁 に 収 敏 さ れ て,彼 の 地 で ギ リ シ ァ 人 と し て の 自覚 の 中 に 統 合 さ れ た.

言 語 学 的 に は ドー リア 方 言 群(大 陸 部 の ギ リシ ァ 北 西 部,ペ ロ ポ ネ ス 周 辺,エ ー ゲ 海 の 南 部 諸 島,シ チ リア ・南 イ タ リア 地 域),非 ドー リア 方 言 群(ア ル カ デ ィ ア,キ ュ プ ロ ス 島,小 ア ジ ア 南 部 パ ン ピ ュ ー リア)に 大 別 さ れ,後 者 の 群 れ は,そ の 他 に ア イ オ リス 方 言,イ オ ニ ア 方 言(小 ア ジ ア 西 岸 中部)に 別 れ る.そ れ 故 に ギ リシ ァ社 会 とは,一 方 で 生 活 を豊 か に す る た め に 自然 と 必 死 の 闘 い を 展 開 し な が ら,他 方 「最 初 か ら ギ リシ ァ 人 と し て あ っ た の で は な か っ た.ギ リ シ ァ の 特 殊 な 自然 の 中 で,従 来 の 生 活 を営 み 続 け る 中 に 出来 上 が っ た 歴 史 的 産 物 」 と云 え る過 程 を経 て 形 成 さ れ た.(17)

ギ リシ ァ の 地 に 生 き る 人 々 に は,国 外 に 植 民 す る か,不 足 す る 食 糧 を 国 外 か ら輸 入 す る か しか な か っ た.後 者 の 典 型 的 な 商 品 が オ リエ ン トか ら伝 わ り,ギ リシ ァ の 風 土 で 栽 培 さ れ た オ リー ブ, ブ ドウ で あ る が,そ れ は ア ー リア 人 で は な い 地 中 海 原 種 と小 ア ジ ア 人 と の 混 合 民 族 の ク レ タ 人 か ら果 樹 栽 培 と海 上 貿 易 を 学 ん だ 成 果 で あ っ た.

ギ リシ ァ の イ ン ド,ペ ル シ ァ との 自然 条 件 と して の 差 異 は,海 に あ る.ギ リシ ァ 民 族 は 内 的 に

は 類 縁 関 係 を深 め な が ら も,海 に よ っ て フ ェ ニ キ ア 人 や ア ラ ム 人 と異 な り,ア ッ シ リア や ペ ル シ

ァ 帝 国 の 征 服 を免 れ る 過 程 で,外 縁 に よ っ て 域 内 の 民 族 的 自覚 が 高 ま っ た.特 にペ ル シ ァ戦 争 以

前 の ギ リ シ ァ で は,本 質 的 な フ ェ ニ キ ア や ア ラ ム と の 差 は 見 当 た ら な い.

(6)

44 季刊 Vol.XXXV,No.1.2

7.ギ リ シ ァ と 東 方 哲 学 ・文 化

ギ リ シ ァ 人 と社 会 の 固 有 性 に つ い て,「 オ リエ ン ト人 が 師 匠 で あ っ た.ギ リ シ ァ 人 は 決 し て と び ぬ け て 『自 由 』 で も 『民 主 的 』 で も 『 合 理 主 義 的 』 で も,い わ ん や 『人 間 的 』 で も な か っ た.

他 の オ リエ ン ト諸 民 族 と 同 等 で あ っ た 」,「泥 棒 と商 業 の 神 ヘ ル メ ス に 象 徴 さ れ る海 賊 ・商 人 稼 業, エ ジ プ トや ペ ル シ ァ 帝 国 へ の 傭 兵 稼 ぎ,植 民 市 へ の 細 胞 分 裂 」 を経 験 した.し か し 「部 族 を 原 型

とす る狭 い 共 同 体 の ポ リス(民 主 主 義)は メ ソ ポ タ ミア に も見 られ る し,遊 牧 民 の 部 族 は 徹 底 的 に 『民 主 的 』 で あ る.参 政 権 と参 戦 権 の 不 可 分 は 部 族 社 会 に 固 有 」 で あ っ た.(18)

ま た 経 験 主 義 や 即 物 的 な 合 理 主 義 の 伝 統 は,部 族 的 な社 会 固 有 の も の で,ギ リ シ ァの み の 特 有 で は な い.ま た 紀 元 前8世 紀 に ポ リ ス は 完 成 し 「前7世 紀 に ヘ レ ネ ス 語 の 成 立 を み た 」 こ とか ら, ギ リ シ ァ に 流 入 して き た ア ー リア 諸 民 族 は 紀 元 前7,8世 紀 に 海 か ら隔 絶 さ れ,ア ッ シ リア 等 か ら の 外 圧 か ら,地 縁 関 係 を も と に ギ リ シ ァ 人 と し て の 共 同 意 識 が 芽 生 え た の が 起 因 と な る.そ の 特 徴 は イ ン ド社 会 が 仏 教 に 象 徴 さ れ る よ う に,非 ア ー リア 哲 学 ・文 化 が ア ー リア を包 摂 す る 方 向 に 向 か っ た の が,ギ リ シ ァ で は ア ー リア 哲 学 ・文 化 が 非 ア ー リア 原 住 民 を地 縁 関 係 で 包 合 した.

そ れ 故 に ア ー リア 的 な 特 徴 を色 濃 く残 す 文 化 と な り,ア ポ ロ ン,ア プ ロ デ ィ テ,デ ィ オ ニ ソ ス 等 の 東 方 起 源 の 神 や デ ル ポ イ の 神 託 が 国 政 を左 右 し,モ イ ラ(運 命 の 神)が 崇 拝 さ れ,東 方 の 哲 学 ・文 化 の 影 響 が 吸 収 さ れ た.そ の 意 味 で は,ギ リシ ァ社 会 の 価 値 観 の 反 映 は 「デ ィ オ ニ ソ ス (バ ッ カ ス)は 民 衆 の 神 で あ っ た.民 衆 は こ の 神 に う ち と け,激 し い 信 仰 を さ さ げ た.し か も 民 衆 は そ の 神 を 軽 蔑 して い た の で,そ の 信 仰 は 堅 苦 しか っ た.デ ィ オ ニ ソ ス は 酒 の 神 で あ る.デ ィ

オ ニ ソ ス は,本 質 的 に 悲 劇 の 守 り神 と い う よ り も善 劇 の 守 り神 で あ る」 に 例 証 さ れ る.(19) ま た ギ リシ ァ で の 地 中 海 人 種 と ア ー リア 人 種 の 交 流 は,ア ッ シ ュ バ ニ パ ル 帝 の 図 書 館 で 発 見 さ れ た シ ュ メ ー ル 人 の 叙 事 詩 『ギ ル ガ メ ッ シ ュ』 に 描 か れ,そ の 後 の ア ー リア 系 諸 種 族 の 混 入 の 歴 史 は 前7世 紀 の ギ リ シ ァ 人 ア ル カ ィ オ ス や サ ッ ポ ー に 詩 わ れ た.多 くの 物 語 と混 和 ・融 合 さ れ, 部 族 を 越 え た 全 ギ リ シ ァ 的 な 性 格 を もつ に 至 る.

こ れ ら の 物 語 を ひ とつ の 強 靱 な 筋 に よ り整 理 統 一 ・浄 化 した の が ホ メ ロ ス に よ る 『イ リア ス 』,

『オ デ ュ ッ セ イ 』 の 物 語 で あ る .そ れ らは劇 化 され,ア イ ス キ ュ ロ スの劇 詩 『ペ ル シ ァの 人 び と』

等 に 演 じ ら れ た.特 に ホ メ ロ ス の 詩 が イ オ ニ ア の 地,小 ア ジ ア の 東 方 ギ リシ ァ の 植 民 地 で 一 当初 か ら純 血 主 義 を 固 執 せ ず に 周 辺 民 族 と類 縁 を 結 び,自 由 で 開放 的 で 融 通 性 の あ る 土 壌 を醸 し た.

彼 等 ギ リ シ ァ 人 は オ リエ ン ト人 と異 な り,「 神 の 姿 も そ の 感 情 も意 志 の 動 き も 人 問 と同 じ だ と 考 え る.こ の 点 で ギ リ シ ァ 人 ほ ど神 を徹 底 的 に 人 間 的 に と ら え た 民 族 は い な い 」 と さ れ る.(20)

そ れ は 原 始 ア ー リア 人 が 「 宇 宙 に つ い て 想 像 さ れ て い た 構 造 と経 験 的 な 粗 雑 な解 剖 学 との 対 応 を 認 め た 」 こ とか ら,時 空 間 と混 交 の 旅 を経 て,イ ン ドが ウ パ ニ シ ャ ッ ド ・仏 教 の 「 梵 我 一 如 」 の 大 宇 宙 ・小 宇 宙 の 調 和 的 概 念 に 達 し た の に 対 し て,「 梵 我 同 一 」 の 一 体 概 念 に 達 し た.そ れ が ア ー リア 人 伝 統 の 多 神 教 の 中 に 融 合 さ れ

,「 英 雄 が 死 後,神 とな る」 「 神 の 落 と し子 が 英 雄 と し て 誕

生 す る」 考 え 方 と な っ た.

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August2006北 政 巳:人 間 主 義 史 観 の探 究45

ア レ クサ ン ダ ー 大 王 も 自 ら を エ ジ プ トの 神 の 子 と確 信 し て 振 る 舞 い,ま た 死 後 は ギ リ シ ァ の 神 の 一 人 と な っ た.ま た 東 方 世 界 との 交 流 や 彼 の価 値 観 を見 て も,ギ リシ ァ世 界 の 典 型 例 と云 え る.

そ れ 故 に 後 の ヘ レ ニ ズ ム 文 化 圏 は,当 時 の ギ リ シ ァ社 会 の 複 雑 な 内 的 要 因 の 外 勢 化 現 象 で あ り, よ り端 的 に 表 現 す れば ア レ ク サ ン ダ ー 大 王 自身 の 内 的 世 界 の 表 現 の 歴 史 で あ っ た.

仏 教 史 観 か ら み れ ば,ヘ レ ニ ズ ム 文 化 も地 域 宗 教 ・民 族 史 の 混 交 で あ り 「九 識 論 」 の 第 八 識 に 凝 縮 され た 人 間 文 化 の 重 層 的 多 元 的 展 開 の 総 合 史 と観 れ よ う.

ま た 「ギ リ シ ァ の 神 々 は,善 神 とか 悪 神 とか の 区 別 は な い.神 も相 争 い,怒 り,嫉 妬 し策 略 を 用 い て 相 手 を 落 し入 れ る.し か し,そ れ に もか か わ ら ず,そ の 心 に は 全 体 と し て 調 和 が あ る 」 と あ る.(2ユ)

そ して 全 体 と個 の 関 係 で は,仏 教 は個 相 互 間 の 包 摂 と蘇 生 を,ジ ャ イ ナ 教 で は個 別 の 個 に 没 入 し,ゾ ロ ア ス ター 教 で は個 の 相 互 異 次 存 在 を容 認 す る の に 対 して,ギ リシ ァ 多神 教 で は,個 の 自 己 主 張 と複 合 体 の 同 時 存 在 を 認 め る立 場 を と っ た.つ ま りギ リシ ァ 発 祥 の オ リ ン ピ ア 競 技 を 見 て

も,同 系 異 民 族 間 で 個 を 主 張 し な が ら も,地 縁 関 係 か ら 同 類 縁 を容 認 し て 団 結 して 外 敵 に あ た る 現 実 的 処 世 観 を表 し た の あ る.彼 等 ギ リシ ァ 人 の 現 実 的 な 進 取 性 ・冒 険 心 に つ い て は 「存 在 と は 何 か 」 の 問 い に も,存 在 を 肯 定 す る ギ リシ ァ 人 の 思 考 は 事 物 を客 観 化 し,主 知 主 義 へ と導 い た.

8.ヘ ロ ド トス の 思 考 の 背 景

ギ リシ ァ を代 表 す る 歴 史 家 の ヘ ロ ド トス の 主 張 の 吟 味 を試 み た い.彼 は小 ア ジ ア の ドー リア の 植 民 地 カ ー リ ァ の ハ リカ ル ナ ッ ソ ス に 生 ま れ,つ い で ア テ ネ の植 民 地 で 南 イ タ リア の トウー リ市 民 と な っ た.言 葉 を変 え る とペ ル シ ァ 戦 争 の 末(前492‑479年)に,古 代 世 界 の イ ン ド ・ペ ル シ ァ ・ア フ リカ ・ギ リ シ ァ 文 化 の 接 点 の イ オ ニ ア に 生 ま れ,ペ ロ ポ ネ ス 戦 争(前432‑404年)の 始 ま っ た 頃 に 没 し た こ とに な る.

ヘ ロ ド トス は 『ホ メ ロ ス』 を 思 わ せ る 文 学 的 な イ オ ニ ア 方 言 で 文 章 を 綴 り な が ら も,「 し か し イ オ ニ ア 人 とは 考 え られ な い ほ ど,は な は だ 同 国 人 を 軽 蔑 し た 表 現 」(F・ ロ ベ ー ル 前 掲 書)を

し た の も多 文 化 を受 容 し た か ら で あ る.

即 ち ヘ ロ ド トス の 歴 史 的 ・文 化 的 ・地 勢 的 に 諸 民 族 が 離 散 と蓬 合 を 繰 り返 し た イ オ ニ ア の 風 土 で 育 ち,ペ ル シ ァ の 圧 迫 を逃 れ て ギ リシ ァ の 植 民 市 の 市 民 と な っ た 生 涯 も興 味 深 い.つ ま り古 代 ギ リ シ ァ の 文 化 は 小 ア ジ ア の 地 で 萌 芽 し,東 方 か ら の 圧 迫 を 受 け て 今 の ギ リ シ ァ の 地 に 移 り栄 え た.ヘ ロ ド トス 自 身 が 戦 渦 の 中 に 生 ま れ 育 ち,ペ ル シ ァ 的 な善 悪 抗 争 の 論 理 の 影 響 を受 け な が ら, そ れ を 逆 転 させ て ア ー リア 論 理 肯 定 非 ア ー リア 論 理 否 定 の 立 場 を確 立 し,大 著 『 歴 史 』 に 明 ら か に し た ご と く,ギ リシ ァ優 位,ペ ル シ ア ・イ ン ド劣 位 の 史 観 か ら述 べ た.ま た 彼 が 母 国 イ オ ニ ア

を軽 蔑 した の も彼 の 心 に 芽 生 え て い た ギ リ シ ァ 人 意 識 の 表 明 で あ っ た.

ヘ ロ ド トス 自 身 の 東 方 理 解 は,ペ ル シ ァ 宮 廷 に 遊 学 す る 中 で 知 識 を 習 得 した が,自 ら は 「 私 は

ヨー ロ ッパ の 彼 方 の 海 が 正 確 に は どの よ う で あ るか を未 だ 知 ら な い 」,「人 は 全 陸 地 を取 り囲 む 大

洋 の こ と を い つ も語 る が,誰 も そ れ を一 度 証 明 し た こ と は な い 」 等 の 表 現 か ら見 て,イ ン ド以 東

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46季 刊 創 価 経 済 論 集Vol.XXXV,No.1・2 の 世 界 に は 認 識 不 足 で あ っ た.(22)

事 実 「彼 は イ ン ドま で行 く こ とは で き な か っ た.ペ ル シ ァ人 か ら得 た 情 報 に よ っ て,イ ン ド人 を語 る場 合 に は イ ン ド以 東 に は 砂 漠 し か な い と断 言 す る に 先 立 っ て,自 分 の 責 任 を 回 避 す る」 と 述 べ る.(23)

ヘ ロ ド トス の 思 想 に と っ て,ま た ギ リシ ァ世 界 の 思 潮 に と っ て 決 定 的 な 役 割 を果 た した の が ペ ル シ ァ 戦 争 で あ っ た.彼 は ギ リ シ ァ 世 界 を雄 渾 な 筆 致 で 宣 揚 し,「 オ リエ ン ト と ギ リシ ァ の 抗 争 は,ペ ル シ ァ戦 争 の 政 治 的 結 果 よ り も深 い 意 味,二 つ の 異 な る 文 明 ・民 族 の 接 触 ・衝 突 と観 る」

立 場 か ら,ギ リ シ ァ 文 化 と オ リエ ン ト文 化 の 対 照,ギ リ シ ァ の 自由 とバ ル バ ロ イ の 奴 隷 制,ギ リ シ ァ 人 の 立 憲 制 とオ リエ ン トの 奴 隷 制 と し て 対 比 を 「思 慮 深 い 自制 的 な ギ リ シ ァ 人 ソ ロ ン と 自信 に 満 ち た 東 方 の ク ロ イ リス の 対 話 」 の 中 で 描 い た が,そ の 最 終 章 が ペ ル シ ァ戦 争 で あ っ た.

ペ ル シ ァ 戦 争 とギ リシ ァ 思 潮 の 関 係 を追 っ て み た い .ペ ル シ ァ戦 争 以 前 の ギ リシ ァ賢 人 が ター レ ス(イ オ ニ ア の ミレ トス 出 身 で イ オ ニ ア 学 派 の 祖)の 「 万 物 の 中核 は水 よ りな る」 とか,ヘ ラ ク レ イ トス(イ オ ニ ア の エ フ ソ ス 出 身)の 「万 物 は不 断 に 流 転 す る 」 等 の 自然 唯 物 論 的,つ ま り ア ー リア 的 発 想 の 方 を 論 拠 に した の に 対 し て,ペ ル シ ァ戦 争 期 の ア ナ ク サ ゴ ラ ス(イ オ ニ ア 出 身 前500‑428年)に な る と,人 間 の 内 的 ・精 神 的 研 究 に も 向 か い 「物 質 と相 並 ん で 精 神 を 立 て,之

を 一 切 現 象 の 根 本 原 理 と して 精 神 研 究 の 端 を 開 き」,ソ フ ィ ス ト と 呼 ば れ る 「物 語 り」 の 人 間 観 を 形 成 し た.そ の 後 の ギ リシ ァ 哲 学 史 は プ ロ タ ゴ ラ ス の 「人 間 は 万 物 の標 準 な り」 を経 て 「 知 識 哲 学 の 原 基 」 を築 い た ソ ク ラ テ ス,「 唯 心 識 」 の プ ラ トン を 経 て,ギ リシ ァ 七 賢 人 の 体 系 が 「 総 合 哲 学 」 の ア リス トテ レ ス に 象 徴 ・形 成 さ れ る.ア リス トテ レ ス の 教 え 子 の ア レ クサ ン ダ ー 大 王

と共 に,ギ リ シ ァ思 想 が 東 征 の 中 で 再 び 東 洋 の 文 化 ・哲 学 と選 合 し た.(24)

9.ペ ル シ ア か ら イ ン ドー 歴 史 ・宗 教 ・文 化 的 役 割 一

善 悪 論 か ら観 る と,ペ ル シ ァ の ゾ ロ ア ス ター 教 の 善 悪 二 元 論,イ ン ドで は 善 悪 一 元 多 面 把 握 論, ギ リ シ ァ で は 善 悪 二 元 擁 立 論 と な っ た.こ の 分 岐 点 の ペ ル シ ァ 文 化 が 民 族 ・宗 教 ・文 化 の 「増 塙 」 と し て の 役 割 を果 た し な が ら次 第 に 三 分 立 の 中 で 混 沌 化 し衰 微 し ゆ くが,そ れ 以 前 に ペ ル シ ァ 戦 争 を 通 し て,ギ リ シ ァ世 界 に 大 き な影 響 を与 え た.そ の 結 果,ギ リ シ ァ世 界 は,善 悪 二 元 論 を外 圧 を受 け な が ら,逆 接 的 に 吸 収 し た.(25)

つ ま りギ リ シ ァ人 は ア ー リア 価 値 観 を 主 と し な が ら,外 圧 に 抵 抗 し て 非 ア ー リア 的 価 値 観 を容 認 して 内 的 団 結 を図 っ た が,積 極 的 に ア ー リア 価 値 観 秩 序 で の 組 織 形 成 を構 想 し,「 有 」・「 肯 定 」 を 主 張 す る 力 の 哲 学 と して 姿 を現 し た.そ れ 故 に ギ リ シ ァ 哲 学 は,仏 教 が 非 ア ー リア 的 秩 序 の 中 に ア ー リア 価 値 観 を包 摂 した こ と に 対 比 さ れ る.ま た ジ ャ イ ナ 教 は,あ ま りに も非 ア ー リア 教 的 な 立 場 で あ る故 に 孤 立 ・疎 外 化 し て 衰 退 す る.「 仏 法 の 開 祖,ゴ ー ダ マ ・ブ ッ ダ が ガ ン ジ ス 川 の 沿 岸 地 帯 を教 化 し な が ら遊 行 し た 時 代 と同 じ頃 に,西 北 イ ン ドに 当 時 の メ トロ ポ リ タ ン が 定 着 し, 仏 法 と ギ リ シ ァ 人 と の 奇 し き縁 と感 ず る の で す.歴 史 を 演 出 す る もの が あ る とす れ ば,仏 法 とギ

リシ ァ 人 を ひ き合 わ す 巧 妙 な伏 線 を こ の 頃 す で に 引 い て い た こ と に な る」 と さ れ る.(26)

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August2006北 政 巳:人 間 主義 史観 の 探 究47

こ の 伏 線 が ペ ル シ ァ世 界 の ゾ ロ ア ス ター 教 に あ っ た.諸 民 族 の 混 交 ・交 流 の 結 果,「 古 代 イ ン ドが ギ リ シ ァ や そ の 他 の 文 化 ・文 明 と交 渉 し た 後 を た ど る 時,面 白 い 事 実 を 発 見 す る.そ れ は

… イ ン ドが 受 動 的 な の に 対 し,他 の 諸 民 族 の文 化 が 能 動 的 で あ る」,「 したが って 西 方社 会 の 人 々 が イ ン ドの 文 化 と接 触 し 吸 収 す る方 法 を 見 て い る と,イ ン ドに ま で 足 を 運 ん で そ の ま ま 同 化 し て

し ま うか,あ る い は そ の 文 化 を 自 国 へ 持 ち 帰 る とい う形 式 が 著 しい 」 が 例 証 さ れ る.(27) to.初 期 仏 教 の 史 観

初 期 仏 教 で は 「古 代 イ ン ドに お い て は 西 北 イ ン ドこ そ 周 囲 か ら孤 立 し た 文 化 に,新 鮮 な 息 吹 き と刺 激 を 吹 き込 ん だ 源 泉 の 地 」 で あ っ た.(28)

そ し て 紀 元 前7・6世 紀 の イ ン ドで は,ア ー リ ア 人 の 進 出,非 ア ー リ ア 人 種 族 と の 接 触 ・混 交 ・融 合 ・征 服 ・土 着 化 を 通 じて の 相 互 影 響 の 度 合 い に 応 じ て,多 種 多 彩 な 都 市 が 誕 生 し た.

「ブ ラー フ マ ナ 」 ,叙 事 詩 「マ ハ ー バ ラ タ 」,「プ ラー ナ 」 文 学 に よ れ ば,コ ー サ ラ,ヴ ィ デ ー バ, マ ガ タ が 代 表 的 な 専 制 国 家 で あ っ た.ま た 原 始 仏 典 に 見 ら れ る十 六 大 国 は マ ガ ダ,コ ー サ ラ,ヴ ァ ッ ア は三 大 強 国 で あ り,他 に ク ル,パ ン チ ャ ー ラ,シ ュ ー ラ セ ー ナ,カ ー シ ー,ミ テ ィ ー ラ, ア ン ガ,カ リ ン ガ,ア シ ュ マ カ,ガ ン ダ ー ラ,カ ー ン ボ ー ジ ャ な ど の 群 小 国 家 ま た は 種 族 集 団 が 形 成 さ れ た.

こ れ ら諸 国 の 相 互 の 差 異 の 詳 細 は 不 明 だ が 「ア ー リア 民 族 の 問 で は 家 父 長 制 家 族 を 単 位 とす る 村 落 共 同体 が あ っ た が,大 部 分 の 非 ア ー リア 民 族 の 社 会 で は 血 縁 を 紐 帯 とす る 氏 族 共 同 体=種 族 社 会 が 根 強 く広 が っ た 」 の で あ る.(29)

そ れ が 次 第 に コー サ ラ,マ ガ ダ,ヴ ァ ン サ,ア ヴ ァ ン テ ィ の 四 大 国 に 統 合 さ れ な が ら,最 終 的 に は マ ガ ダ とア ヴ ァ ン ラ イ の 対 立 と な り,こ の過 程 で 種 族 共 同体,共 和 国 家 は 衰 微 し た.即 ち イ ン ドの ア ー リア ン 民 族 に よ る 土 着 民 の 征 服 化 に よ り,種 族 の 共 有 財 が 私 有 化 さ れ,多 くの 種 族 民 は 母 た る 大 地 との 紐 帯 お よ び 相 互 の 血 縁 関 係 を 断 ち切 っ て 奴 隷 と な り,奴 隷 所 有 者 と対 峙 し た.

そ こ に 国 家 の 起 源 と階 級 社 会 の 発 生 が 起 こ っ た.さ ら に 生 産 力 の 上 昇,富 の 蓄 積 な どか ら,一 方 に お け る 富 裕 な 人 々 の 自由 度 が 一 気 に 高 ま り,他 方 で は 階 級 分 離 に よ る小 作 ・奴 隷 化 も激 化 し た.

仏 教 開 祖 の 釈 尊 は,コ ー サ ラ 君 主 国 家(ア ー リア 主 導 国)に 従 属 し て い た 釈 迦(サ ー キ ア)種 族 か ら生 まれ る.

サ ー キ ア 種 族 は,自 治 権 を持 ち政 治 的 に も 自 由 が 確 立 さ れ た 種 族 社 会 を 形 成 し た.そ こ で の 氏 族 社 会 は 緊 密 な血 縁 共 同体 で あ る 原 生 的 な 種 族 を 形 成 し,私 有 財 産 は 未 発 達 で 剰 余 生 産 物 も商 品

も な く,家 畜 が 共 同 飼 育 さ れ,奴 隷 も共 有 財 で あ っ た.

仏 法 興 起 の 時 代 に は 貨 幣 経 済 が 導 入 さ れ,市 場 が 発 展 し全 般 的 に ア ー リア化 傾 向 が 激 化 し て,

数 多 くの 民 族 集 団=小 国 家 と し て の 都 市 国 家 が 誕 生 した.仏 法 の 興 隆 は,こ の よ う な 複 雑 に 錯 綜

す る社 会 情 勢 の 中 か ら ダ イ ナ ミ ッ ク と し て 生 じ た.ま た 同 地 域 は 「も う一 面 か ら云 え ば,時 間 に

と ら わ れ な い 風 土,即 ち 一 つ の 立 場 に 深 く と ど ま っ て,環 境 の 変 化 の 本 質 を見 究 め て い く体 質 が

仏 教 の 深 遠 な 哲 学,宗 教 を 生 み だ し た 」.(30)

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4$季 刊 創 価 経 済 論 集Vol.XXXV,No.1・2

先 住 民 の ア ー リア 民 族 へ の 融 合 ま た ア ー リア 民 族 の 土 着 化 を 通 して,両 方 を止 揚 した イ ン ド原 住 民 が 形 成 さ れ た.哲 学 面 で は,ウ パ ニ シ ャ ッ ド哲 学 の 最 後 の 仏 が 仏 教 開 祖 の ゴ ー ダ マ ・シ ッ タ ル ダ とな っ た.ゴ ー ダ マ は 弱 小 部 族 出 身 で,正 義 感 に 燃 え る求 道 者 と して,鋭 い 感 覚 を も っ て 一 ヒ ュ ー マ ニ ス ト と し て 立 ち 向 か っ た.そ して 彼 は 出 家 し,ま た 幾 多 の 論 敵 マ ッ カ リ ・ゴー サ ラ

「宿 命 論 」

,ブ ラー ナ ・カ ッサ バ 「無 因 果 ・無 道 徳 論 」,ア ジ タ ・ケ ー サ カ ン パ ラ 「自然 唯 物 論 」, バ ク ダ ・カ ッ チ ャー ヤ ブ 「懐 疑 主 義 」,ニ ガ ン ダ ・ナ ー プ ッ タ 「 禁 欲 ・戒 律 主 義 」(ジ ャ イ ナ 教 の 祖)等 の 六 人 の 哲 学 指 導 者 「六 師 外 道 」 と対 話 し,乗 り越 え て 「止 揚 の 哲 学 」 と して の 仏 教 と し て 成 立 す る.(31)

そ の 場 合 「『 仏 』 と は別 名,世 雄 」 と あ る 如 く,「 終 生 い か な る権 力 も持 た な い.常 に 在 野 に あ っ て,無 知 の 存 在 と し て 地 位 や 名 誉 を求 め ず,た だ 人 間 の た め の 法 を 説 き,そ の 気 高 き姿 勢 か ら, 人 々 の 精 神 界 の 王 者 に な っ て い くこ と を表 し て い る 」 か ら で あ る.(32)

さ ら に 彼 の 心 の 奥 底 に あ っ た 「 悟 り」 は,成 道 の 三 段 階,「 初 夜 の 段 階 で 過 去 世 に 関 す る 明 察 」,「中 夜 で 未 来 に つ い て の確 か な る知 恵 」,「後 夜 に い た っ て 人 間 世 観 の 真 理 に つ い て の 不 動 の 確 信 ・信 念 」 が 立 て ら れ た が,そ れ は 「釈 釈 迦 が 自 らの 生 命 の 三 世 を 通 観 し た 」 こ とに な る.(33) そ こ に は 人 間 の 究 極 の 真 理 を体 得 した 全 て の 森 羅 万 象 との 冥 合 が 存 在 した.さ ら に 「万 物 は, そ う し た 時 間 的 に も空 間 的 に も 『 全 体 連 関 』 つ ま り縁 起 で 存 在 ・死 滅 し,全 て の 人 間 の 生 命 現 象 か ら派 生 す る 不 可 思 議 な 構 造 関 係 を,そ の 差 異 性 の 「 根 」 に お け る 共 通 性 の 中 で 包 摂 取 し,そ の 差 異 を 認 識 す る 「人 間 哲 学 」 の 体 系 が 成 長 し た.史 観 か ら み る と,生 命 の 永 遠 性 一 過 去 ・現 在 ・ 未 来 一 を つ な ぐ論 理 を確 立 し,バ ラ モ ン の 「輪 廻 転 生 」 の 考 え 方 を 乗 り越 え た.

11.中 道 史 観(論)の 歴 史

歴 史 的 に 中 道 論 を考 え て み た い.イ ン ドに 生 まれ た釈 迦 は 彼 自 身 の 「生 老 病 死 の 四 苦 を 克 服 す る 道 を求 め て 出 家 し,徹 底 し た 苦 行 の 末 に 二 つ の 極 端,快 楽 主 義 と苦 行 主 義 の 両 極 端 を 捨 て,ど ち らの 極 に 偏 ら な い 生 き方 こ そ 人 間 道 で あ り,ま た 肉体 と精 神 は 融 合 して 不 可 分 な 存 在 覚 知 し」

中 道 論 に 至 り,自 己 と環 境 の 関 係 論 に も延 長 化 し た.

釈 迦 と ほ ぼ 同 時 期 に,中 国 に 孔 子,ギ リ シ ァ に ア リス トテ レ ス が 誕 生 した が,彼 等 は,相 克 す る要 因 ・要 素 の 平 均 的 中 間 項 を成 立 させ,客 観 化 に よ る結 果 に 適 合 す る 方 途,所 謂,中 庸 を 説 い た.す な わ ち 個 と団 体 ・社 会 の 関 係 で も,本 因 の 中 道 は,個 の 確 立 が 社 会 の 発 展 ・調 和 に 通 ず る 生 き方 で あ り,後 者 つ ま り結 果 と して の 中 庸 は 社 会 へ の 調 和 ・適 合 を 念 頭 に 置 い て 受 容 さ れ て ゆ

く生 き方 で あ る.そ こ に 仏 教 の 中 道 論 思 考 に 運 動 論 的 な創 造 性 ・革 新 性 が あ る.

仏 教 面 か ら云 え ば,釈 迦 の 中 道 論 は個 の 生 き方 に お け る 中道 の 軌 跡 を確 立 す る こ と に 主 関 心 が

あ り社 会 に お け る放 理 ま で の 止 揚 に は 至 っ て い な い.次 い で 世 紀 前 後 の イ ン ドに 誕 生 し た ナ ー ガ

ル ジ ェ ブ,竜 樹 は 仏 教 を広 く社 会 に 展 開 し,宗 教 改 革 を掲 げ て 大 乗 仏 教 を 説 い た.彼 は 大 著 『中

論 』 に お い て,所 謂 「八 正 中 道 」 の 「 不 生 ・不 常 ・不 一 ・不 異 ・不 来 ・不 去 」 を展 開 し た.竜 樹

の 中 道 論 で は,存 在 の 一 切 の 概 念 を 否 定 し,一 切 法 を 「空 」 の 立 場 で 把 握 す る.つ ま り彼 の 論 理

(11)

August2006北 政 巳:人 間 主義 史観 の 探 究49

で は,同 時 代 の ペ ル シ ァや ギ リ シ ァ の 西 洋 哲 学 が 有 無 二 元 論 対 立 を弁 証 法 的 に 止 揚 ・統 一 す る 哲 学 と して 形 成 さ れ た の に 対 し て,有 無 二 道 を否 定 し て 「能 」 と 「 所 」 の 相 依 ・相 侍 す る 「空 」 の 立 場 か ら,「 一 切 の 存 在 は,そ れ 自体 と し て 単 独 で は 存 在 せ ず,全 て 他 との 相 依 性 ・関 係 性 に お い て 成 り立 っ て い る 」 こ と を証 し た.彼 の 中道 論 で は,釈 迦 の 中 道 論 を 基 盤 に 自然 ・森 羅 万 象 へ 働 きか け る論 理 を展 開 し た.こ の 否 定 か ら 出 発 す る竜 樹 の 中 道 論 は,仏 教 が 単 に イ ン ドに 生 ま れ た 民 族 宗 教 と し て 固 定 す る の を乗 り越 え普 遍 的 な 世 界 宗 教 と して 流 布 し て い く動 因 の 素 地 を 形 成 し た と云 え る.

次 い で イ ン ドか ら 中 国 へ 入 っ た 仏 教 は 「 理 の 一 念 三 千 」 の 哲 学 体 系 と して 天 台 大 師 に よ っ て 理 念 的 に集 大 成 さ れ た.竜 樹 の 中 道 論 が 否 定 を媒 介 に し た が,天 台 の 中 道 論 は 「報 中 論 三 」 の 立 場, 報 身 た る 中諦 を も と に 空 諦,仮 諦 を包 摂 す る 「円 融 三 諦 」,つ ま り肯 定 ・包 括 し て い く中 道 論 と

な っ た.

そ れ に 対 し て,日 蓮 主 義 の 中 道 論 は 「 事 の 一 念 三 千 」 と云 わ れ る.そ れ 以 前 の 中 道 論 は 帰 納 哲 学 と して 理 論 把 握 に と ど ま っ た の に 対 して,自 ら が 環 境 に働 きか け て い く中 道 実 践 論 とな っ た.

「 個 々 の 特 性 ,創 造 性 を最 大 限 に 発 揮 し な が ら,し か も全 体 と して の 一 つ の 調 和 体 を 形 成 し て い こ う とす る も の で あ る.い わ ば 『 創 造 社 会 』 と も呼 べ る ビ ジ ョ ン こ そ,中 道 主 義 の 志 向 す る もの で あ る」 と し て 現 代 社 会 に 蘇 生 し た.

12.仏 教 史 観 の 要 諦

ま た一 方 に お け る快 楽 主 義 と他 方 に お け る苦 行 主 義 の 両 極 端 を 止 揚 し た 中 道 の 立 場 で,「 四 諦 」 も し くは 「 入 正 道 」 の 立 場 を 説 くこ とが,仏 法 の 中 道 論 に 凝 結 し た.そ の 他,「 三 学 」,「三 法 印 」 等 の 論 理 を通 し て 「常 見 ・断 見 の 二 種 の 形 而 上 学 を排 し,も っ ぱ ら現 象 界 に 知 性 を む け る 中 道 」

を 主 張 し た.(34)

さ らに 中 道 を 実 践 す る釈 迦 教 団 に あ っ て は,「 も と の 階 級 や 氏 姓 が 解 消 し,い ち よ う に 『 釈 迦 沙 門 』 と呼 ば れ る.同 時 に,特 権 お よ び 個 人 的 権 利 に お い て 完 全 な 平 等 が 期 せ ら れ る」 こ と に な

る.(35)

そ れ は 階 級 ・身分 ・人 種 の 「差 異 」 の 根 底 に あ る 「生 命 の 平 等 ・尊 厳 」 を覚 醒 させ た 人 間 群 の 誕 生 とな る.こ れ は 「 釈 迦 に 始 ま る 仏 教 とい う も の は,当 初 か ら社 会,現 代 と遊 離 し た もの で は 絶 対 に は な か っ た.独 自 の 思 想 的 立 場 か ら,社 会 ・時 代 の 苦 悩 を も根 底 で 克 服 し て い こ う と す る 意 識 」 で あ る.(36)

そ こ で 時 代 的 に 配 列 す る と,初 期 仏 教 僧 伽 の 同 一 教 団 修 業 者 の 「兄 弟 」(バ ー タ)意 識 は 政 治 的 国 家 の ア ー リア社 会 前 の 協 和 隣 保 的 ・同 胞 意 識 の 種 族 社 会 を振 り返 りつ つ,商 工 業,経 済 の 発 展 し た現 実 社 会,身 分 政 治 社 会 の 現 実 を凝 視 し,未 来 社 会 を再 び 理 想 社 会 と し て 眺 め 同 胞 共 和 の 社 会 を待 望 し た.そ れ は 「人 間 哲 学 」 を骨 子 に 生 命 尊 厳 の 平 等 価 値 観 を基 礎 とす る社 会 で あ っ た.

そ こ で は 「人 間 哲 学 」 は,一 個 の 人 間 の 内 的 論 理 を 越 え,人 間 群 の 論 理,即 ち 「 社 会 哲 学 」 と し

て 形 成 さ れ た.釈 迦 の45年 の 教 化 活 動 の 中 で,マ ガ ダ 国 王 ビ ン ビ サ ー ラ(頻 婆 沙 羅),コ ー サ ラ

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50季 刊 創 価 経 済 論 集Vo1,XXXV,No.1・2

国 王 プ ラ セ ー ナ=ジ ッ ト(波 斯 留 王),さ ら に ヴ ァ ッ ツ ア 王 ウ ダ ヤ ナ(優 陀 延 王)の 三 大 王 が 帰 依 し,そ の 他 幾 多 の 階 層 の 人 々 が 帰 依 した こ とは,釈 迦 時 代 の イ ン ドに お い て は 仏 教 が 信 仰 の 枠 を 越 え 「 社 会 哲 学 」 と し て 受 け 入 れ ら れ,そ れ 以 前 の 民 族 ・人 種 間 の 対 立 ・抗 争 を 止 揚 す る価 値 観 と して 認 証 さ れ て い た.再 度 「九 識 論 」 か ら観 る と,西 北 イ ン ドで 繰 り返 さ れ た 民 族 ・種 族 ・

部 族 の 抗 争 が,人 類 史 の 表 識 層 の 苦 悩 や 葛 藤 の 末 に,そ の 根 底 に あ る 「生 命 尊 厳 の 仏 教 」 の 淵 源 に た ど り着 き,全 人 類 ・全 生 命 を 同 胞 と包 摂 す る哲 学 体 系 とな る.

そ れ は 七 識 の 知 性 領 域 で も論 証 さ れ,人 間 相 互 に 同価 値 を容 認 す る相 依 性 を 主 張 す る社 会 行 動 哲 学 と な っ た.そ の 意 味 で は,ギ リシ ァ 哲 学 は,イ オ ニ ア ・ギ リ シ ァ の 地 で 同 様 の 葛 藤 を経 て, 人 間 の 主 体 的 価 値 観 が 創 成 さ れ るが,イ ン ド とは 違 い 外 圧 の 影 響 下 に 形 成 さ れ る特 徴 を もつ.つ ま り入 識 究 底 の 人 類 史 の 普 遍 性 に ま で行 き 当 た る こ と な く,イ ン ド ・ペ ル シ ァ の 二 元 論 ・両 極 同 時 把 握 の 論 理 と して の 哲 学 が 誕 生 し た.こ の 両 哲 学 の 類 同 と差 異 の 究 明 は,極 め て 興 味 深 い研 究 課 題 で あ る.(37)

ま た 紀 元 前6世 紀 の 世 界 の 中 で,釈 迦 理 論 が 「人 間 哲 学 」 と し て 形 成 さ れ た が,そ れ が 普 及 す る か ど うか は 受 容 側 の 問 題 で あ る.つ ま り人 類 社 会 自体 の 気 根(意 識)の 成 長 ・発 展 も 問 題 とな

り,人 類 史 の 時 系 列 と環 境 か ら も評 価 ず る 必 要 が あ る.

13.結 び 一 人 類 史 観 へ の 道 一

宗 教 と は 崇 拝 す べ き建 物 で も偶 像 で もな く,あ く ま で も心 の 中 に 芽 生 え る価 値 観 が 中 心 と な る.

こ の 宗 教 ・哲 学 が 個 人 ・家 族 ・氏 族 ・民 族 を結 び つ け,人 間 群 の 連 帯 の 「鼎 」 とな り,そ れ が 地 域 圏 に 影 響 を与 え,土 壌 ・環 境(国 土 世 間)が 順 化 され る.そ こ に 生 き る 諸 個 人(色 ・受 ・想 ・ 行 ・識 の メ カ ニ ズ ム の 五 陰 世 間)が 集 合 体 と して 民 族 ・同 族 ・同 胞 の 組 織(衆 生 世 間)と 相 関 関 係 を保 ち な が ら存 在 し た.つ ま り代 表 的 な 一 人 の 人 間 の 行 為 は 民 族 や 風 土 に も影 響 を与 え,ま た そ の 人 物 の 行 動 自体 も 固 有 の 民 族 や 風 土 に 立 脚 す る.

哲 学 を論 ず る 場 合,「 真 の 宗 教 と は 真 の 哲 学 で あ り,同 時 に 真 の 哲 学 は 真 の 宗 教 で あ る.し た が っ て,宗 教 に 対 す る あ ら ゆ る懐 疑 は 反 駁 さ れ う る」 と あ る が,確 か に キ リス ト教 世 界 に お け る ウ ェ ー バ ー の 歴 史 的 役 割 が 想 起 さ れ る.(38)

林 健 太 郎 教 授 は 「西 洋 人 自 身 が 行 き詰 ま り と言 っ て い る 西 洋 文 明 の 背 後 に は キ リス ト教 が あ る が,世 界 が 一 体 化 して も は や キ リス ト教 だ け で は 通 用 し な い.東 洋 に も仏 教 と い うす ぐれ た 宗 教 が あ る と ッ トイ ン ビ ー 教 授 が 指 摘 して い る こ とで あ る.ド イ ツ の ヤ ス パ ー ス もや は りキ リス ト教 世 界 の す べ て の 人 に 押 しつ け る こ と は期 待 で き な い.紀 元 前 五,六 世 紀 に世 界 各 地 に 聖 賢 が 出 現 し て,人 間 の 本 質 に 迫 る深 い 思 索 を 行 っ た が,今 日 の 精 神 の 薄 弱 化 を救 う道 は そ こ に 求 め る べ き だ と 言 っ て い る 」 と指 摘 さ れ る.(39)

特 に 再 度,イ ラ ン ・ペ ル シ ァ 台 地 地 域 の 思 考 に つ い て 考 え て み る と,厳 しい 自 然 ・環 境 条 件 か

ら,曖 昧 な 生 存 観 は許 さ れ ず,極 論 化 す る こ とに よ っ て,人 々 が 好 む よ う な価 値 観 を選 択 し,そ

れ を説 得 的 に体 系 化 した.荒 涼 ・猛 暑 の 厳 しい 自然 条 件 下 の 中 で 生 き て い くた め に は,自 らが 生

(13)

August2006北 政 巳:人 間 主 義 史観 の 探 究5エ

きて い くた め に は他 の 獣 ・家 禽 を殺 す こ とか ら,自 己 の 肯 定=他 者 の 否 定 を 強 調 す る こ とに な る.

そ の よ うな 環 境 で は,自 然 と調 和 し て 生 き る こ とは 自 己 の 喪 失 を 意 味 し た.そ れ 故 に 「 生 き る 」 こ と は,自 己 の 肯 定 を最 大 限 に 強 化 し,他 者 へ の 否 定 を最 大 限 に 可 能 とす る 「力 」 の 論 理 を 導 き 出 し た.

ア ー リア 民 族 の う ち で イ ラ ン に 定 住 し た イ ラ ン ・ア ー リア 人 は,風 化 作 用 の 中 で 「相 対 の 二 元 論 」 の 論 理 に 結 び つ く.非 ア ー リア の ゾ ロ ア ス ター 教 の 「善 悪 二 元 論 」 は,そ の 立 場 を転 倒 させ, や は り同 次 元 で の 一 方 の 肯 定 と他 方 の 否 定 の 発 想 が 存 す る.

しか し過 渡 期 に 当 た る 紀 元 前 七 世 紀 の ダ リ ウ ス1世 の ア ケ メ ネ ス 朝 ペ ル シ ァ の 時 代 の ゾ ロ ア ス ター 教 は 二 元 論 把 握 は 認 識 に と ど め,現 実 の 行 為 は 極 め て 寛 容 的 で あ っ た と思 わ れ る.そ の 意 味 で 次 の サ サ ン朝 ペ ル シ ァ の ゾ ロ ア ス タ ー 教 とは,か な り相 違 が あ っ た と思 わ れ,類 同 化 す る 誤 認 が 史 実 を 隠 蔽 し た と考 え られ る.

ま た サ サ ン朝 ペ ル シ ァ の 善 悪 二 元 論 の考 え 方 は,彼 ら が 外 圧 と して 影 響 を与 え た ギ リ シ ァ 哲 学 に 移 入 す る.か っ て ア ー リ ア 原 種 が 小 ア ジ ア へ と渡 っ た 地 域 で あ り,荒 涼 た る 自 然 環 境 下 に 地 縁 ・政 治 的 に 結 ば れ た 人 間群 の 中 で,肯 定 と否 定 の 相 反 とバ ラ ン ス を 通 して の 「中 庸 」 の 考 え 方 を生 み 「歴 史 の 主 役 は 人 間 で あ り歴 史 の 変 革 の 原 動 力 は 人 間 の 欲 望 で あ り,苦 悩 で あ り,歓 喜 で あ っ た.… 人 間 自 身 が 歴 史 の 主 役 で あ り,人 間 の 意 志 や 欲 望 や 希 望 こ そ歴 史 変 革 の 原 動 力 で あ る

と し て 見 つ め 直 し て い こ う とい うの が 『 人 聞 史 観 』 で す 」 に よ っ て 例 証 さ れ る.(40)

つ ま り生 存 を か け て,地 域 風 土 の 中 で 諸 種 族 ・民 族 ・部 族 が 抗 争 を 繰 り返 し,そ の 転 変 す る 変 化 の 中 で 文 化 が 形 成 さ れ る.そ の 因 果 関 係 の 謎 を解 く函 数 が 哲 学 と な る.そ の 意 味 で は 牧 口 常 三 郎 氏 が 『 人 生 地 理 学 』 で 展 開 さ れ た 時 間 と空 間 を 包 摂 す る論 理 は,極 め て 意 義 あ る 史 観 で あ る.

未 来 の 歴 史 を展 望 す る 時 に,如 何 な る歴 史 観 が 求 め ら れ る で あ ろ うか.そ れ は 一 方 で は 現 実 存 在 を直 視 して 精 緻 に 理 解 ・把 握 で き る と 同 時 に,過 去 の 歴 史 の 是 非 を複 合 的 に 認 識 す る基 準 を 与 え,歴 史 軌 跡 の あ るべ き リズ ム との 偏 差 と来 た るべ き歴 史 へ の修 正 計 測 と実 行 し う る示 唆 を 与 え る歴 史 観 で あ ら ね ば な ら な い.

あ る意 味 で は,人 類 史 上 の 永 遠 の 課 題,現 実 と理 想 の 懸 隔,存 在 と 当為 の 調 和 論 理 の 構 築 へ の 挑 戦 で あ る.歴 史 研 究 も 「 何 の た め に 」 と の 目的 観 を忘 れ て は な ら な い.何 を基 準 に す べ き か は,

こ れ ら の 転 変 の ドラマ の リズ ム の 創 造 と破 壊 の 不 二 な る 当 体 で あ る 「人 間 」 の 構 造 変 化 の 立 体 的 把 握 の 論 理 に あ る.こ の 人 間 と は,単 な る一 個 の 人 間 で は な く,「 人 間 」 と し て 生 き 続 け る 「 群 像 」 の 総 称 で あ る.そ の 前 提 とな るべ み 根 拠 は,人 間 は 常 に 幾 多 の 絶 望 ・苦 難 に 遭 遇 し な が ち も,

「幸 福 」 を 求 め て 「生 き続 け る 」 当体 で あ る

.そ の 「生 き続 け る」,「よ りよ く生 き る 」 願 望 が 前 提 と な り 自 己 同 一 の 人 間群 に働 きか け る.現 在,期 待 さ れ る歴 史 観 は,自 然 や 社 会 と の 関 係 で 生 き続 け て きた 人 間 を哲 学 的 に も把 握 し え る ダ イ ナ ミ ッ ク ス な 論 理 と して,時 代 符 号 的 で あ る こ

とが 大 事 と な ろ う.

(14)

52 季刊 済 論 Vol.XXXV,No.1.2

(1)拙 稿 「人 間 主 義 史 観 へ の 探 究 」(1)〜(4)(『 創 価 経 済 論 集 』 第33巻1・2合 併 号2003年12月,同33巻 3・4合 併 号,2004年3月 号,同 第34巻1・2合 併 号,同34巻3・4号2004年12月 号)参 照.

(2)佐 藤 圭 四 郎 『古 代 イ ン ド』(河 出 書 房 新 社 昭 和49年)14頁.前 嶋 信 次 『シ ル ク ロ ー ドの 秘 密 国 一 ブ ハ ラ ー 』(芙 蓉 書 房1970年)24頁 .

(3)矢 島 交 夫 訳 『世 界 最 古 の 物 語 』(H・ ガ ス タ ー 著 現 代 教 養 文 庫1976年)34頁.

(4)蒲 生 禮 一 『イ ラ ン 史 』 修 道 社 世 界 歴 史 叢 書 昭 和47年)37‑42頁.梅 田 良 克 『東 欧 史 』(世 界 歴 史13山 川 出 版 昭 和53年)21‑22頁.

(5)荒 正 人 『ヴ ァ イ キ ン グー 世 界 史 を 変 え た 海 の 戦 士 一 』(中 央 公 論 社1978年)55‑56,174‑175頁.

(6)A・ ウ ェ イ ゴ ー ル 著 前 掲 書 頁.森 豊 『シ ル ク ロ ー ドの 酪 駝 』(新 人 物 往 来 社 昭 和47年)79頁.

(7)大 城 功 訳 『都 市 文 明 の 曙 』(H・ キ ュ ー ン 著 昭 和40年)38頁.神 坂 義 雄 『シ ル ク ロ ー ドの 鹿 一 そ の 謎 を 追 っ て 一 』(新 人 物 往 来 社 昭 和48年)56頁.

(8)前 掲 書(蒲 生)48頁.林 良 一 『シ ル ク ロ ー ド』(美 術 出 版 社1968年)135頁.

(9)足 利 惇 『ペ ル シ ァ の 宗 教 思 想 』(国 書 刊 行 会 昭 和40年)110頁.同 『印 度 パ ル シ ー 族 と そ の 習 俗 』(秋 田 屋 昭 和22年)120頁.

(10)前 掲 書(佐 藤)24‑27頁.藤 縄 謙 三 『ギ リ シ ァ 神 話 の 世 界 観 』(新 潮 選 書 昭 和 年)8,55,86‑88頁.

(11)前 掲 書(足 利)118頁.藤 井 義 夫 『ギ リ シ ァ の 古 典 』(中 央 公 論 社1970年)10頁,深 田 久 弥 『シ ル ク ・ロ ー ド』(角 川 選 書 昭 和47年)206頁 .

(12)同120頁.村 岡 花 子 訳 『聖 書 物 語 』(V・ ル ー ン 著 角 川 文 庫1915年)141頁.

(13)池 田 大 作 「西 と 東(2)」(『 東 洋 学 術 研 究 』 第13巻2号 昭 和51年)34頁,大 沢 正 他 訳 『東 洋 と 西 洋 一 東 方 の ル ネ ッ サ ン ス ー 』(理 論 社X969年)上 巻26頁.

(14)林 健 太 郎 『ドイ ツ 史 』(世 界 各 国 史3山 川 出 版)20‑21頁.

(15)田 中 秀 夫 訳 『ギ リ シ ァ 文 学 史 』(F.ロ ペ ー ル 著 白 水 社1975年)31‑35頁.同 『ル ネ ッ サ ン ス,歴 史 的 風 土 』(中 央 大 学 出 版 部1979年)42頁.

(16)前 掲 書(F・ ロ ペ ー ル)78頁,久 保 正 彰 『ギ リ シ ァ ・ラ テ ン 文 学 研 究,叙 述 技 法 を 中 心 に 』(岩 波 書 店 1992年>13‑18頁.

(17)村 田 数 之 亮 『ギ リ シ ァ 』(世 界 の 歴 史4河 出 書 房 新 社)56頁,吉 田 敦 彦 『ギ リ シ ャ 神 話 と 日本 神 話,比 較 神 話 学 の 試 み 』(み す ず 書 房1979年)39頁.

(18)小 倉 義 彦 他 『教 養 人 の 東 洋 史 』(上)現 代 教 養 文 庫63頁.

(19)前 掲 書(F・ ロ ペ ー ル)42頁,高 松 英 夫 訳 『ギ リ シ ァ の 神 話 一 神 々 の 時 代 』(中 央 公 論 社 昭 和51年)36‑

43頁.

(20)前 掲 書(村 田i数之 亮)102‑110頁.

(21)バ ル フ ィ ン チ 著 『ギ リ シ ァ ・mマ 神 話,伝 説 の 時 代 』(岩 波 書 店 昭 和24年):1頁.曾 野 綾 子 『ギ リ シ ァ の 神 々 』(1989年)43頁.

(22)ヘ ロ ド トス 『歴 史 』 第4巻45,同 第2巻21‑23,『 シ ル ク ロ ー ド(1)中 国 ・ソ 連 ・ア フ ガ ニ ス タ ン 』(山 と 渓 谷 社 昭 和48年)91頁 所 引.深 田 久 弥 『中 央 ア ジ ア 探 検 史 』(白 水 社 別 巻1971年)15‑17頁.

(23)田 中 秀 史 他 訳 『ギ リ シ ァ文 学 史 』(F.ロ ベ ー ル 著 白 水 社1973年)第3巻89‑98頁,吉 田 敦 彦 『ギ1」 シ ァ 文 化 の 深 層 』(国 文 社1984年)91‑94頁

(24)高 山 一 十 訳 『古 代 ギ リ シ ァ の 歴 史 家 た ち 』(ペ リ ー 著 未 来 社)ユ12頁.有 田 潤 訳 『ギ リ シ ァ 哲 学 』(J.P.デ ュ ラ ン 著 白水 社)18頁.

(25)岩 田 靖 夫 他 訳 『ギ リ シ ァ 人 と非 理 性 』(E,.R..ド ッ ズ 著 み す ず 書 房1972年)34‑36頁.黒 田 正 利 『ギ リ シ ァ 女 人 群 像 』(明 究 書 房 昭 和22年)45‑49頁.

(26)対 談 「西 と 東 」(1)(『 東 洋 学 術 研 究 』 第13巻 第1号)参 照.辛 島 昇 他 訳 『イ ン ド史 』(N.タ ー バ ル 著 み す ず 書 房1970‑72年)86‑88頁.

(27)同(2)参 照 山 崎 元 一 『イ ン ド社 会 と新 仏 教 ア ン ペ ー ドカ ル の 人 と 思 想 』(刀 水 書 房1979年)84頁.

(28)斉 藤 昭 俊 『イ ン ド部 族 の 宗 教 』(こ ぴ あ ん 書 房1994年)14‑18頁.山 本 達 郎 編 『イ ン ド史 』(世 界 各 国

(15)

August2006北 政 巳 二人 問 主 義 史 観 の 探 究53

史10弘 文 堂 昭 和35年)23頁.

(29)宮 坂 有 勝 『仏 教 の 起 源 』(山 喜 房 仏 書 林 刊 会1974年)60頁.

(30)『 私 の 釈 尊 観 』(文 芸 春 秋 社1973年)43頁.中 村 元 選 集 第9巻 『東 西 文 化 の 交 流 』(春 秋 社 昭 和48年) 24‑29頁.

(31)中 村 元 『ゴ ー ダ マ ・シ ッ タ ル ダ 』(春 秋 社1958年)32‑35頁.同 『イ ン ドの 思 想 史 』(岩 波 書 店1968年) 35頁.質 問 対 談 集 『現 代 文 明 と宗 教 』(レ グ ル ス 文 庫6×976年)43頁.

(32)『 聖 教 新 聞 』 昭 和49年1月5日

(33)川 田 洋 一 『生 命 の 淵 源 を 探 る 』(レ グ ル ス 文 庫 平 成5年)82頁.末 木 剛 博 『ウ ィ トゲ ン シ ュ タ イ ン 論 理 哲 学 論 考 の 研 究1解 釈 編 』(公 論 社 昭 和51年)98頁

(34)末 木 剛 博 『東 洋 の 合 理 思 想 』(講 談 社 昭 和53年)23頁.同 『哲 学 』(弘 文 堂 入 門 双 書1980年)34‑37頁.

(35)宮 坂 宥 勝 『日本 仏 教 の 歩 み 』(大 法 輪 閣 昭 和54年)87頁.同 『イ ン ド古 典 論 』 上(筑 摩 書 房 昭 和58年) 45‑48頁.

(36)前 掲 書(『 私 の 釈 尊 観 』)頁.岩 本 裕 『イ ン ド仏 教 と法 華 経 』(レ グ ル ス 文 庫32昭 和60年)55頁.

(37)足 利 ・前 掲 書58頁,荒 松 雄 『中 世 イ ン ドの 権 力 と 宗 教 』(岩 波 書 店1989年)82‑88頁.

(38)創 価 大 学 第2回 滝 山 祭 講 演,昭 和48年7月13日

(39)「 入 間 史 観 と歴 史 の 原 動 力 」(『 現 代 文 明 と 宗 教 』 レ グ ル ス 文 庫 昭 和56年 所 収)ヤ ス パ ー ス の ウ ェ ー バ ー 像 に つ い て は,田 中 豊 治 他 編 「近 代 世 界 の 変 容 一 ヴ ェ ー バ ー ・ ド イ ツ ・日 本 一 』(リ ブ ロ ポ ー ト1991年) 251‑299頁 参 照.

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