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リソース・ルームを拠点とした支援に関する考察

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Academic year: 2021

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(1)

〈原著論文〉

      保育所における

  リソース・ルームを拠点とした支援に関する考察 一在籍クラスへの入室を拒む自閉症3歳児を事例として一※

志 村 聡 子※※

1.問題と目的

 近年,障害の有無を問わず地域の学校で学ぶ特別支援教育の理念が共有され,通常の学校だ けでなく,就学前施設である保育所や幼稚園でも,障害のある幼児を広く受け入れるようになっ た(1)。竹園では,健常児の育ちを前提とした集団保育が展開され,あわせて障害児に対する個 別支援が行われる。いわゆる統合保育であるが,茂木俊彦は,「障害児の中には統合保育とい

う形態の保育では,ほとんど,あるいはきわめて不十分にしか,発達が保障できないと考える べき子どもがい」ると述べている。「仮に統合保育が可能で適切だと思われる場合でも,保育 者によるきめこまかな配慮が欠かせ」ないとし,「かなり十分な保育の条件整備」が必要と述 べている(2>。保育所や幼稚園で障害児の受入れが進む現実とは裏腹に,一部の園では十分な個 別支援が実現されていない旨の指摘に注意を払いたい。

 ここで,学校教育に目を転じ,障害のある児童生徒が通常の学校で学ぶための環境について 考えてみる。校内の特別支援学級で学ぶ場合と通常学級で学ぶ場合とが考えられるが,後者に おいては,通常学級に在籍しながら「通級による指導」として点頭指導教室において指導を受 ける例がある。しかし,「教室の設置数が少なく,自校の通級指導教室に通うことができず,

他の学校の通級指導教室へ通級する子どもの多いことが課題」とされる。1993年4月から制度 化されたこの指導方法は,アメリカのリソース・ルームを参考にして考案された。リソース・

ルームとは,「通常の学級に在籍していて,障害などにより特別な教育的ニーズを有する子ど もが,特別な教育的サービスを受けるために通ってくる教室のこと」である(3)。

 保育所や幼稚園での「通級による指導」は制度化されていないが,園内にリソース・ルーム を備えて個別支援を展開できるのが理想ではないか。保育所や幼稚園に通園する一方で,別途

※E・繍・ ∫・呵一κ・…廠・ぬ〃・・ 伽・ …ア蜘・壇・・・・…のφ・・乃,,,.ア。。,.。Zど鯉、耽剛

 械乃orψ3ε4 0/0加乃εrθηro〃ε4C1α∬

※※Akiko sHIMuRA 立正大学社会福祉学部子ども教育福祉学科准教授 キーワード:保育所,リソース・ルーム,自閉症,統合保育

      一49一

(2)

専門機関(療育機関・医療機関等)に通う障害幼児は多いと考えられる。しかし,園内に当該 幼児のための多様なリソース(「人的・物的・技術的な諸資源」ω)を担保する空間があれば,

茂木のいう「条件整備」として十分な機能が期待できる。

 本論文では,園内にリソース・ルームとみなしうるプレイルーム(遊具を豊富に備えた部屋)

を備える私立保育所の実践を取り上げる。在籍するクラスの部屋に入室できない自閉症3歳女 児を事例とし,園内のリソース・ルームを拠点とした支援のあり方を明らかにしたい。当該保 育所はプレイルームを備え,長年障害児保育を担当する保育士(複数)が,その必要を認めた 幼児に個別支援を行っている。当該幼児は同一年齢の幼児から構成される通常クラスに在籍す る一方,プレイルームを拠点として活動する。当該クラス担任保育士と障害児保育担当保育士 とは常に連絡を取り合い,ともに当該幼児を支援する。当該保育所におけるこうしたプレイルー ムの活用方法や人的配置に鑑み,それをリソース・ルームとしてみなしうると判断した。保育 所や幼稚園において園内にリソース・ルームを備えている例は少なく,当該保育所の実践は非 常に貴重な事例である(5)。リソース・ルームが園内で閉じた空間になると,健常児との交流が 限られ,特別支援学級のような位置を担うことになる。段階的にリソース・ルームが必要とさ れなくなるのが,リソース・ルーム方式の理想である。就学前施設におけるリソース・ルーム のあり方を考える上で,当該保育所の実践から学ぶものは多いと考えている。

 昨今,統合保育に関する論稿・単行本は多く公刊され,特別な支援の事例も多く取り上げら れている。しかし,支援の前提として,担任が担当するクラスの保育室で担う方法の検討であ り,園内のリソース・ルームを活用する統合保育のあり方に言及する論稿を見ていない。本論 文において取り上げる事例では,リソース・ルームとしてのプレイルームを拠点とする多様な 支援の結果当該女児は在籍クラスの部屋に入室できるようになり,常時クラスの子どもたち と過ごせるようになった。人的環境と物的環境が整備された状況とともに,当該幼児の個性に 応じ保育士らが創意工夫をこらして行った繊細かつ大胆な配慮の数々を明らかにし,就学前施 設におけるリソース・ルームのあり方について考えたい⑥。

豆.対象児の属性と保育環境

 本論文で分析の対象とするのは,3歳児のあかね(女児,仮名)である。両親とともに暮ら し,ひとり子である。歩行の遅れから1歳10か月ごろ療育施設に接点をもち,その後も当該施 設に母子で通った。保育所入園前に病院で「運動発達が1年の遅れ」と診断を受け,保育所入 園後療育施設の医師からアスペルガー症候群との診断を受けた⑦。

 本論文で取り上げる保育所は,関東地方にある私立保育所で,A保育所とする。 A保育所

では,1990(平成2)年から,障害のある在籍児のためのプレイルーム(約35m2)を園内に

備えている。プレイルームでの活動を主としながら障害児への個別支援を担う常勤保育士(2

名から3名。当該年度は2名)と,当該幼児在籍クラスの担任保育士(常勤)とが連携して保

      一50一

(3)

育を展開している。

あかねは2008(平成20)年4月。・A保育所に入園し,3歳児18名が在籍するほし組(仮名)

の一員となった。A保育所に入園する前まで,保育所ないし幼稚園の通園経験はなかった。

4月の入園時当初からほし組の部屋(糸勺35m2, IF皆)に入室・滞在することを強く拒む一方,

プレイルーム(2階)を好む姿が見られたことから,後者での生活面已、とした個別支援が計 画された。保護者は,あかねが在籍するクラスで過ごすことを強く望んでいた。同年齢の子ど

もたちとの関わり合いの機会を得ることは重要であるとの判断もあり,ほし組の子どもたちと 接点を持つことと,ほし組の部屋で長時間過ごせるようになることが支援計画の大きな課題と なった。あかねに対しては,障害児担当のB保育士(女性)とC保育士(女性)が一日交代 で個別支援を行った。これはあかねに限らず,1人の障害児に専属担当となる保育士は1人に 限定しないとの考え方から,そのような形がとられた⑧。この年は,あかね以外に3歳児のよ

しと(男児,仮名)と4歳児のたくや(男児,仮名)も,プレイルームを拠点として過ごして いた。3人に対して,B保育士とC保育士は交代・連携しながら支援を行った。

皿.研究の方法

 分析の対象とする期間は,あかねが入園した2008(平成20)年4月から同年9月までの6か 月とする。この期間に限定した理由は,9月にあかねがほし組の部屋で長時間過ごせるように なったことがある。入室できるまでの支援のあり方に焦点化して分析することとし,この6か 月を分析するものとした。

 B保育士とC保育士は,あかねが登園した日は必ず,園での様子を連絡帳に書き記していた。

本論文では,両保育士と母親が毎日交わした連絡帳を主たる資料とし,主に両保育士が記した 65日分を分析した。連絡帳は保護者所有のものであって,自宅に保管されていたので,保護者 の承諾を得て貸借の上複写させてもら・た・イ呆二士が舗帳に記載した内容は,あくまでも保 育士が保灘に伝達したい内容であ・て,その日の客馳な遠島己録ではない.そうした制約 はあるものの,日々の活動概要が豊富に記述されており,有効な記録資料であると判断した(9)。

分析に先だ・て・B保育士・c保育士が言己した資料(各月の個別支援計画記霊剥の閲覧,

B保育士.C保育士・ほし組担任のDイ賄士からの聞き取り課譜からの聞き取りを行った。

また・筆者はA保育所に1〜2か月1・1回程度通い,ほし組を含む3歳児の2クラスを濾 する機会を得ていた。こうして得た情報を総合的にとりまとめて考察した。

 分析の結果繊細な配慮の数々と大胆な配慮とが見出された。つまり,①拠点であるプレイ ルームやそれ以外の場所で,あかねがほし組の子どもたちと交流する機会を得る支援がされた こと,②多様な支援を重ねた後あかねの行動指向に合わせ,ほし組の部屋自体を転換する方 法がとられ瀦果それらが功を奏したことがわかった.本論文において一舌動の場所に着目し ながら,上記の支援の詳細について明らかにしていくものとする。

      一51一

(4)

亙.資料の分析方法

 連絡帳を資料として活用する作業過程について述べる前に,保育の流れについて説明する。

ほし組の子どもたちは朝9時ごろに登園し,ほし組の部屋にある自分のロッカーにバッグをか けるなどしたあと,園庭に出て遊んだ。担任のD保育士は,その日の指導計画に基づき,とも に園庭で遊び続ける場合もあるし,!0時ごろに入室を促し,屋内での活動に導く場合もあった。

屋内の活動は,主にほし組の部屋で行われたが,屋内のホール(約88m2,2階)を活用する こともあった。あかねの場合,朝登園した折ほし組の部屋にある自分のロッカーにバッグをか けに行くことが約束として課されていて,それについては母親かB保育士(あるいはC保育士)

と毎日行っていた。そのままほし組の部屋に滞在できないため,ほし組を退室してからは,あ かねの関心意欲とほし組の指導計画とを考慮しながら,プレイルームで遊んだり,ほし組の子 どもたちに合流したりして,B保育士(あるいはC保育士)があかねと行動をともにした。

 11時過ぎには,ほし組の部屋で給食の準備が始まり,11時30分前後に給食が始まった。食後,

子どもたちはほし組の部屋で遊び,13時過ぎに,ホールにそろって移動して昼寝をした。あか ねが食事をする場所は適宜選ばれ,食後を過ごす場所も日ごとに異なっていた。また,昼寝を することができない時期が長くあった。

 B保育士とC保育士は1時半ごろに連絡帳を書くことを常とし,その日9時ごろから1時 半ごろまでのあかねの活動概要等を記入した。こうして書かれた連絡帳の内容から,あかねの 活動を「午前中」「給食」「食後」「昼寝」に分け,それぞれの時間帯の活動場所やその場にい た人的環境を抽出して表を作成した。1時半以降の活動については,資料の制約があり,把握 できなかった。

 一例として,4月21日(月)にC保育士が記した連絡帳の内容を以下に引用する。

 今日は,登園後回しだけプレイルームで遊ぶと,外に出て遊びました。みんなと一緒に走ったり,

すべり台にのったりしていましたよ。

 外にみんなが並ぶと,室内に入るのがわかったのか,土管の中にかくれてしまったあかねちゃんで『

した。何を誘っても「いや〜」だったのですが,「ごはんを食べようね〜」とほかのお友達に声をか けていると,突然「ごはんたべる〜U」と室内に入りました。

 今日は,たいようぐみ(3歳児クラス,仮名,引用者)のよしとくんと二人でプレイルームで食べ ました。イスにすわり,すこしだけおちついて食べられました。お魚,みそ汁,オレンジ2切,です。

お魚はおかわりをしました。

 食後もプレイルームで大好きなシルバニァで遊びました。

 上記の記述から,分析のための作業資料(4月21日分)には,「午前中」欄に「プレイルー

ム→園庭」,「給食」欄に「プレイルームでよしとと」,「食後」欄に「プレイルーム」と記し,「昼

寝」欄に関しては言及がなかったので,空欄のままとした。この要領で表を構成し,表1(4

       −52一

(5)

月・5月・6月),表2(7月・8月・9月)としてまとめたが,「昼寝」欄は紙幅の関係で本 論文では割愛した。資料の制約もあり,場所が特定できない場合(例:8月8日)などあるが,

そのまま記載した。

V.分析の結果

 表1・表2から,あかねの活動状況と場の活用のあり方をとらえた。適宜,連絡帳からの引 用や聞き取り内容に基づき,考察を加えていく。

 1.プレイルームの活用方法

 表1・表2において,「午前中」にあかねがほし組の部屋で活動する時間のあった回数は,

 4月は0回,5月は2回(2日,14日)だった。6月は0回,7月は2回(2日,9日),8 月は1回(1日)であるが,いずれも短時間の滞在であった。こうした数字から,あらためて あかねのほし組の部屋への入室・滞在が難しかったことがわかる。一方,全般的に「プレイルー ム」での活動は多い。ただ表1に比して表2では,「午前中」における「プレイルーム」の 記載が少なくなり,9月半ば過ぎからは,「午前中」における「プレイルーム」の記載がほと んどなくなっている。このころ,「午前中」はプレイルーム以外の場所で活動できるようになっ たとわかる。ただその時期も「食後」に「プレイルーム」の記載は多く,食後はプレイルー ムで過ごしていたことが読み取れる。

 プレイルームは,個別支援の場として位置付けられ,許可された子どもだけが入室できるこ とになっていた。あかねは,多くの遊具で満たされたその場所を,初めて園に来た時から気に 入っていたと聞いている。ほし組の部屋に入れなくても,園内に安定した活動の拠点があるこ とは,あかねが保育所に通う動機形成に大きな意味があったと考えられる。

 プレイルームでは,ほし組の子どもたち(2〜3人程度)を招いて,あかねとともに過ご す機会が設けられていた。5月14日目場合,午前中早い時間帯に,ほし組の女児(A子とB子)

とプレイルームで遊んだ。その流れで,保育士がほし組で粘土をするよう誘ったところ,ほし 組の部屋で「30分位ねん土が出来」(連絡帳からの引用)た。給食は「ほし組の廊下」で食:べ たが,食後同じ女児2人とプレイルームで遊んだ。連絡帳には「たいよう組の子には玩具が貸 せないけれど,A子ちゃんとB子ちゃんには時々シルバニアグッズを貸すことができました。」

と記されている。限られた人数のほし組の友達を招き入れていたことと,特にほし組の子ども に対して親しみを得ていたことがわかる。また,プレイルームでは,あかねが主導権を握って のびのびと過ごしていたと考えられる。このように,プレイルームでほし組の限られた子ども たちと過ごす機会は,4月に1回,5月に6回(14日は2回として数えた),7月に4回,8 月に1回,9月に1回あった。統制された空間で,あかねがほし組の友達との交流を重ねる経 験が得られるよう,図られたものと理解できる。

       一53一

(6)

表1

月日 i        午前中         i   給食    i   食後

4/?iほし組の廊下      l      i      …

4/?iプレイルーム      l      l 4/11iプレイルーム      i      i

4/21;プレイルーム→園庭      1プレイルームでよしととiプレイルーム 4/22i園庭→プレイルーム→ホールでの誕生会に参加 iほし組       i

4/23園庭→プレイルームでほし組の子どもと    i         i 4/25i園庭→プレイルーム→園庭         ;ほし組       1

4/28i園庭→プレイルーム      iほし組の押し入れの下 iほし組の廊下 5/1;散歩(抱っこされて参加)         i         }プレイルーム    I

p身体測定     i   i=ほし組→プレイルー      1

5/フープレイルーム→園庭→プレイルーム      iプレイルーム    i 5/81散歩(友達と行き帰り手をつないで歩いた)  i         i

5/giプレイルーム→ホールでほし組の活動に参加  i         iプレイルームで友達と 5/!2i園庭       iプレイルーム     i

    E/1彗識ゴ炉→園庭でほし組の活動に参加騨の廊下 誘差響廊下でほし組

   幽   o

E/14i翻面繋鵬緬蜀→1まし組iほし組の廊下 i鵬1レ講1まし組

   1

E/15i嘉;謙評→プレイノレーム→ホールで2iほし組の廊下 iほし纐下で友達と      …

   l   o

T/16iプレイルームでほし組の2人と→園庭→プレイiプレイルームで友達と i

@  iルーム       …      i

・/・輪重二二認繍雫ム→ほし組の鵬鯉でほし生欠季ノ㌦享1ほし組

   1 E/22i磁紫諜三二暴二合同一iほし組の廊下 i

・/26i轟鱗論評→ほし組の廊下でほし組の活i   i

   唱 E/・・i麓篇謝舌動に参力口→ほし糠下でほi   嘉を;郭言籍

   1 E/・漏レイルーム→園庭→ホールで1まし組の活動に参i轡虫廊下でほし組潔ルームでほし組

6/10i園庭でたくやと遊ぶ→プレイルーム      iほし組の廊下    i

堰@     i男児2人と i望係旺よしと      1

6/!6i       ;ほし組の廊下でよしととi

6/17i園庭→プレイルームでほし組の友達と     i         i      i      i

6/!gi散歩(3歳児2クラス合同)        i         i

6/20担当保育士と遊ぶ      iほし組の廊下    iよしとと遊ぶ

6/23…たくやと縄び→プレイルーム   i    …

   5 E/27i園庭でほし組の活動に参力口   二二下でほし組i

   iホールでほし組の活動に参加        i食べずに園庭へ→プ図たくやと遊ぶ6/30i       iイルーム→1時過ぎにi   l      l   ・       i食べた     i

一54一

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表2

月日 ;         午前中          給食    :   食後

7/li園庭→ホールでほし組の活動に参加→屋上プール  1プレイルームでたくやi       iと       i   …      …

7/2iほし組(抱っこ)→ほし組の廊下(抱っこされて制作Nほし組の廊下   1

・/・宗論轟凝蓮華、戴為liプ・・ルームで友達・i      …

   幽 V/4渉一ルで行事(中学生による劇など)に参加→屋上プーi        !

@  iル       …    i

・/・叡贈年中少集まりに参加→園庭→屋上プールi  …

・/・肥ご論二罐魁坐上㌍設ご)i  l

7/?跳上プール(ほし組に合流)      iプレイルームで友達と1 7/15i園庭→屋上プール       1

7/17渥上プール(たくやと)      :         i

7/18i園庭→屋上プール(ほし組に合流・次の2歳クラスも)i    …プレイルームで。まし組      脚   l      l         のA子・B子と

7/28iホールで誕生会に参加→散歩(1人、ワゴン車で) I

@       F

・/・・撲疑㌻イルーム?→屋上プーノレ→プレイルームi   i       :      

・/3!驚ぞ二二轡動こ参加→屋上プール(寒i誌㌫全でほし組i

8/1園庭→ほし組→プレイルーム      l        l 8/8iほし組のF太・G子と過ごす→屋上プール       1

8/25俸に帰りたがり泣く→玄関前で遊ぶ→プレイルーム iプレイルームでほし組iプレイルームでほし組   i      iの皆と       iの友達と

・/26i柵でたくやと→ホールで誕生会に参加 潔レームでほし組i

・/28i       潔ルームでほし組i

・/・轡騰→プレイルーム→プレイルームでよし∵レイルーム(1人で)i

・/・i園庭      i互ルームでほし繍i

・/・i散歩(2クラス合同)    iゴレイルームで年中児i

・/1・鷺襲論蕎蹴でたくやと遊㌔ゴレイルームで年中児i

   I

〟^11iFルームでほし組の活動に参加        iFルームでほし組の皆iプレイルームでほし組   1      法        iの友達と

・/・2i辮繹鷺欝雑芸聾の部恩ほし組i   i       l       脚

・/16i磁茎準鍵騎繍レイルームで0歳iプレイルーム(1人で)i      聖

   1 E/18iFルームでほし組に参加→ホールでほし組に参加i互ルームでほし組の皆i

   幽 E/1giホールでほし組に参加→Fルーム膨  iごレイルームで年中児1プレイルーム 9/22iホールで集まりに参加→Fルームでほし組に参加  iプレイルーム(1人で)i

   ,

X/26iFルームでほし組に参加→ホールでほし組に参加  lFルームでほし組と年iプレイルームで年中組   l      i中子の合同に参加      iと

・/28欝騨謙難舞1しこ星羅麓ルームでほし組の皆iプレイルーム

9/30}Fルームでほし組に参加→ホールで誕生会に参加  i        iプレイルーム

Fルーム:フリールームのこと

一55一

(8)

 ほし組から限られた人数の子どもたちを送る際は,担任のD保育士があかねとの相性や機 会の平等性などを配慮して,子どもたちに声をかけていたと聞いた。健常の子どもたちにとっ ては,プレイルームは許可がなければ入れない魅力的な空間で, 行かされるのではなぐぜひ 行きたい場所であった。プレイルームでは,B保育士ないしC保育士があかねと子どもたち の関わりを見守った。プレイルームにおけるほし組の子どもたちとの交流は,担任保育士と担 当保育士との連携があって実現できていたと言える。

 先述したように,あかね以外に男児2名もプレイルームを拠点としていた。当該男児2名も 自閉症であった。プレイルームでは,3名の関係に配慮することも課題となっていた。連絡帳 では,特に,年齢が1つ上のたくやについての言及が目立つ。入園当初から,あかねは,たく やとプレイルームで接していたが,6月ごろから,2人の関係が変わってきたものと見受けら れた。6月30日の記載では,「今2人で上半身裸になってケラケラ笑いながらふざけています。

大人にとっては困った事でも,2人はとっても楽しそうです。」と書かれている。それに応え る母親の記載では,「家でもたくや君の名前が一番多く出てきます。ここ何日か,「ほし組イヤ だ」と言わなくなり,そのかわり「たくや君とはだしになる11」が朝のログセです。」と書 かれていた。

 あかねにとって,たくやと裸足になったり,ふざけ合ったりすることが保育所に出かける 動機になるほど,楽しいひとときだったとわかる。ただ,B保育士とC保育士からの聞き取

りでは,あかねとたくやの交流を喜ぶ一方で,対応が難しいこともあったと聞いた。2人が高 ぶった感情を抑制できないまま,あかねの在籍クラスであるほし組の活動にともに参加するよ うな状況もあったという。たくやが在籍クラスで過ごしている時間を生かし,プレイルームで あかねがほし組の女児少数と過ごせるよう,調整を図ることもあったと聞いた。ともにプレイ ルームを拠点とする子どもたちの関係を見守りながら,それぞれが在籍するクラスでの人間関 係を広げるような支援をしたり,一人プレイルームで静かに過ごせるようにしたりと,プレイ ルームの運用では状況の調整も必要であった。

2.「ほし組の廊下」と屋上プール

 表からは,あかねがほし組の部屋に入室することが難しい一方で,プレイルームだけでなぐ,

園庭,ホール,「ほし組の廊下⊥散歩など,活動場所の範囲が広くあったことがわかる。「ほ し組の廊下」とは,ほし組の部屋の南側にある廊下の突き当たりに,畳2枚を敷いて作った場 所があり,その場を指している。あかねは,ほし組の部屋に入ることは難しくても,ほし組の 部屋の様子がうかがえる位置関係にある「ほし組の廊下」で過ごすことに,抵抗感がなかった ようである。

 「ほし組の廊下」で過ごすようになったのは,4月28日の食後の時間が最初で,5月13日か らは,続けて給食を「ほし組の廊下」で食べた。5月20日に記された連絡帳によれば,同日,

ほし組の子どもたちが担任のD保育士の指導のもと,紙にクレヨンで色を塗る活動があった。

      一56一

(9)

あかねは「ほし組の廊下」の畳にテーブルと椅子をしつらえた場所で,「ヤダヤダぬらない」

と泣く場面があったものの,ほし組の子どもたちと同じ課題に取り組み,最後には「しっかり と描いて」いたとのことである。5月26日と30日の午前中にも,その場所でほし組の子どもた ちと同様の活動に取り組んだ。ほし組の部屋に入室できないあかねにとって,ほし組の子ども たちと交流したり,ほし組の部屋で行われる活動に変則的な形ながら参加したりするには,「ほ し組の廊下」は好都合な場所だった。

 4月5月に続き6月も,「ほし組の廊下」は,あかねにとってほし組の子どもたちと接する 機会を得られる環境の1つとなっていた。表1から,6月中,給食をその場でとる機会が多かっ たとわかる。しかし,7月2日を最後に,その後はその場で給食を食べなくなり,食後もその 場で過ごしていない。B保育士によると,日当たりがいい場所なので,暑くてその場で過ご せない日が増えてきてしまい,その場を生かすことを断念せざるを得なくなったとのことだっ

た。

 暑さの影響で「ほし組の廊下」が使えなくなった一方で,屋上に設けられたプールに入るこ とは,あかねにとってとても楽しみな活動となった。7月1日のプール開きを皮切りに,7月 中10回プールに入る機会があった(うち1回はシャワー)。プールは,時間を区切って順番に クラスごとに入ることになっていた。あかねは,プールにたくやと2人で入ることもあったが,

ほし組の順番に合流して入った。あかねはプールの活動を通して,ほし組の子どもたちと過ご すひとときを喜んでいた(後述する7月11日の連絡帳参照)。

3.ホール

 表1・表2から,あかねが午前中にホールで過ごす機会は多かったとわかる。ホールでは,

誕生会や集まりなど,4歳児2クラスと3歳児2クラスが集うような機会が設定されていたが,

あかねはその場所に居続けることができていた。同様に,ほし組の子どもたちのみがホールで 活動する場面にも,特に抵抗せず参加した。ホールは2階にあり,2階にあったプレイルーム から廊下続きの位置にあった。例を挙げると,5月9日は「リズム遊びやぞうきんがけ競争」

に仲間入りし,14日は「リズム」,22日は「リズム,ぞうきんがけ」,30日は「リズム」に取り 組んだ(いずれもホール)。ホールで展開される活動では,あかねは,ほし組の子どもたちと

ともに過ごすことができていた。

 ほし組の子どもたちを含め,2歳から4歳の子どもたちは,ホールでそろって昼寝をした。

あかねの場合そこで静寂を保つことが難しいこともあり,ホールでの昼寝を強いることなく,

疲労が見られなければプレイルームで自由に過ごさせていたようだ。5月13日の連絡帳で「み んなが昼寝に行っても行きたがらず」と記されたのを最後に,6月いっぱい昼寝に関する記載 はなかった。4月から6月,保育士は昼寝をあかねの優先課題として考えていなかったことが うかがえた。

暑さや水遊びに伴う疲労もあってか,7月に入って,あかねはホールで昼寝をするようになつ

      一57一

(10)

た。プールに入る機会のあった7月4日の連絡帳で,「今日はホールですこし横になりました。

30分くらいD先生(ほし組担任引用者)と一緒に横になり,途中おしっこでトイレに行き,

その後はプレイルームですごしました。」と書かれていた。7月9日(屋上でシャワーをした日)

には,「1:15分頃から2:15分頃まで,ホールで横になり静かにしていられました。」と報告 があった。7月30日(プールに入った日)には,「久しぶりにホールでひるねをしました。1:

40〜2:40まで。」と報告された。昼寝の際,B保育士にしてもらった「マッサージがとて も気持ちよかった」ようだと,翌日の母i親からの返信に書かれていた。依然ほし組の部屋に入 れないものの,別の場面ではほし組の子どもたちと同調できる機会が増えていたと言える。担 当保育士だけでなく,ほし組担任保育士との関係も構築されていた様子がうかがえる。

4.あかねの葛藤をめぐって(6月から7月)

 6月,あかねはほし組の部屋に!回も滞在できなかったと先に述べた。この時期,あかねの 母親から,あかねにとってほし組に行くことが負担になっている旨の伝達がされていた。体調 不良で欠席していたあかねが,久しぶりに登園するにあたり,6月9日の母親からの連絡事項 として,「最初の受診の日以来「ほしに行くのいやだ〜」とずっと言っていたので,休みぐせ がついてしまったのか心配してました」とある。6月22日に書かれた母親からの連絡事項でも,

「毎朝 ほしぐみいやだ です。」と書かれていた。

 先述した通り,7月にほし組の部屋で過ごしたのは2日と9日だけで(表2),あかねがほ し組の部屋に入れないことは,課題であり続けていた。このことについて,B保育士は,7月 10日の連絡帳で「ほしぐみに入ろうと言わない方が自分から入ってくれると信じています。朝

もずいぶん集団の中に何となく居たり,時々同じ行動もとっています。」と伝えている。それ に対して,母親は,「教室(ほし組引用者)に入る,という事が今はあかねにとってメンタ ル面で何か歯止めがかかっている様な気がしてなりません。」と伝えていた。

 翌11日に保護者に向けてC保育士が記した文章の一部を引用する。

 園生活を送る中,いろいろな面で少しずつ成長が見られるあかねちゃんだと思います。(中略)

 クラス(ほし)に入る事はまだまだにがてのようですが,自分から水着を探しにほし組に入り,ロッ カーを見たりするようにもなりましたヨ。すこしずつ前進しているように思いますので,もうしばら く見守って行こうと思います。無理やりはとても反発になってしまいますものね。今日は,ほし組の おともだちとうれしそうにプールに入っていました。給食もプレイルームにおともだちに来てもらい 食べました。

 上記からは,日々の姿から成長が見られる点や,ほし組の子どもたちとプールに入ることを 楽しむ様子がわかる。人数を限定して,プレイルームに子どもたちを招いて交流を続けている 様子もわかる。また,指導の姿勢を保護者に伝達することで,ともにあかねを見守る環境を作

りたいとする意図も読み取れる。

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(11)

 5.ほし組の活動拠点の配置転換

  あかねは8月8日に保育所で過ごした回しばらく休み,8月25日に久しぶりの登園をした。

 長い休みを経て,園では,あかねの支援計画において大きな転換が企図されていた。

  その日(8月25日),ほし組の子どもたち全員が,あかねの過ごすプレイルームで給食を食  べることにし,実行された。先述したように,ほし組の子どもたちは,通常,給食をほし組の

部屋で食べていた・それを・ほし組の音握を艦あかねのいるプレイルームに全員が移動し たのである・その結果あかねはその場を離れず,「みんなと食べるとおいしいネ〜」と言、・,

 ほし組の子どもたちを拒否することはなかった。その後,8月26日,28日も,プレイルームに ほし組の子どもたち全員が出向き,あかねはともに給食を食べることができた。保育士らは,

ほし組の部屋には入れなくても,あかねはほし組の子どもたちが一堂に集う場を拒否するわけ ではないと判断した。

 こうしたあかねの姿をふまえ担当のB保育士,C保育土ほし組担任のD保育士に加え,

主任のE保育士も交えて・あかねの支援計画について話し合・た.ここで話題に出たのが,

1つある空き部屋のことだった・ほし組の音楓ま1階にあり,空き部屋(約35m・。以下,フリー ルーム)は2階にあ・て・プレイ・レームの隣りにあった.あかねは,プレイルームに近い,。

リールームに時々入ることができていた。E保育士から,ほし組の部屋自体をフリールーム に移す旨の大胆な提案があり・他の保育士らは賛同したという。他の保育士らも同様の案を想 起していたが灘理な申し出であろうと言・・出せなか・たため,E三士からの提案力・うれ

しかったと後に振り返った。

当時使用されていたほし組の部屋は鯉でも湯りの部屋であればほし船員がいても,あ かねが入室できるかも知れないとの判断であった。また,あかね1人のために,ほし組の子ど もたち全員を誘導するという大胆な発想でもあった。

 こっして,9月8日にフリールームでほし組の子どもたちが給食を食べることにしたとこ ろ・あかねはそこに入室して・ともに糸合食を食べることができた.さらに,9月10日の午前中,

ほし組の活動をフリールームで行ったところ,そこにあかねは入室することができた。翌11日 も,あかねは午前中のフリールームでのほし組の活動に参加できた。12日は,祖父母を招いた 行事があり,ほし組は・それまでの1まし組の部屋ワリールームヴレイルームなど,いくつ かの場所を使用した。あかねは,ほし組の子どもたちに混じって,自身の祖父母を迎えること ができた。

 この後も,ほし組の子どもたちがフリールームに移って活動することで,あかねも午前中の 活動に参加することができるようになった。そして,ほし組が主に生活する部屋を,それまで 用いていた1階の部屋から・2F皆のフリールームに公式に変更することにな。た.あかねは,

入室を拒むことなぐほし組の子どもたちと過ごすことができるようになった。表2の下方に 多く見られる「・ルーム(フリール弘の・と,引賭)でほし組の活動に参力口」の記載は,

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(12)

そうしたあかねの変化を示している。

 ほし組の部屋が変更となったことで,あかねがほし組の部屋に入室できない姿は見られなく なった。それでも,多少の揺り戻りはあった。例えば,9月28日の連絡帳によればほし組の 子どもたちの活動にともに取り組む中で,作業の段取りが皆とずれて,「もうやんない」と部 屋を飛び出した。しかし,そのときにプレイルームには親しいたくやがいたのだが,プレイルー ムに入って行かずに,またほし組の部屋に戻る姿があった。

 同じ日の連絡帳には,「食後はどうしてもプレイルームでゆっくり遊ぶことを要求するあか ねちゃんです。」と書かれていた。9月30日の連絡帳でも,「食後はプレイルームが大好きなあ かねちゃんです。」との報告があった。あかね自身,ほし組の子どもたちの中で過ごすことに 意欲的になる半面,心静かに自分のペースで過ごしたいと感じる時には,プレイルームに足を 運んだと考えられる。表2からも,給食や食後の時間には,以前と変わらずプレイルームで過 ごすことが多かったとわかる。環境の変化に対応する中,本人がプレイルームで静かに過ごす ことを求め,かたやそうした姿を容認する保育士らの配慮があったものと考えられる。

V【.考  察

 分析の結果,一貫してプレイルームはあかねにとって重要な空間であり,まさに拠点であっ たとわかった。その一方,ほし組の子どもたちと接する機会を,さまざまな場所で持つことが できていた点が明らかになった。2名の担当保育士とほし組の担任保育士との連携があって,

ほし組の子どもたちとの多様な場面での交流が果たせたとも言える。あかねが主導権を持つプ レイルームにほし組の子どもを少数招くことで,あかねは少しずつ友達に慣れ,関わり方につ いて経験を積むことができた。また,圧迫感のない広い空間(ホールや園庭,プール)に出入 り自由な形でほし組の活動に参加しながら,あかねのほし組の子ども達への親しみだけでなく,

ほし組の子ども達のあかねに対する親しみを育てることができたものと考えられる。

 こうした積み重ねを経て,あかねのほし組の子どもたちへの戸惑いが解消していると評価さ れ,9月,ほし組の部屋以外の場所(フリールーム)にほし組の活動拠点を移すとの判断に至っ た。あかねのために,ほし組の子どもたち全体を誘導して方法を模索したのは,大胆な試みだっ た。繊細な関わりの積み重ねと大胆な転換とがあいまって,大きな成果を出したものと考えら れる。偶然空き部屋があったことも幸いした。

 ほし組の部屋の配置転換は,あかねの利益を最優先し,集団をこれに従属させるほどの決断 であった。それが他国にとってストレスにならないとの判断があって行われ,現に問題は起こ

らなかったと承知している。もちろん,健常児といっても,一人分とりまだ幼く,時に不安定 にもなる。それでもなお,通常の保育所や幼稚園で障害のある子どもを受け入れるということ は,リソース・ルームに象徴されるように,当該幼児のため,特別な対応を最優先に行う用意 が求められると強調しておきたい。

      一60一

(13)

 10月目らは,あかねは,ほし組の集団の中で運動会の練習に取り組んだり,特定の友だち(女 児)との交流を経験したりと,多くの葛藤を乗り越えながら世界を広げていった。11月20日,

諸事情により,ほし組の子どもたちが以前使用していた部屋で給食を食べる状況があった。保 育士らの心配をよそに,あかねはすんなりと入室ができ,保育士らを驚かせた(ユ。)。4月から 入室できなかった理由を推察すると,多数の子どもとの関わり,生活の流れや約束事などへの 戸惑いに加えて物理的な環境(部屋の臭いや照明の加減など)が総体となってあかねに迫っ ていたかも知れない。11月のこの時点で入室ができたことから,後者の物理的な環境は不変で も,それを克服するような自信が,あかねに蓄積されていたと理解したい。ちなみに,その後 あかねは在籍クラスでほとんどの時間を過ごせるようになったが(卒園まで),時々プレイルー ムに滞在していた。プレイルームで静かに過ごす時間が,葛藤する気持ちを整理するひととき となっていたものと考えられる。

 本論文で取り上げた支援のあり方は,在籍する通常クラスとリソース・ルームを適宜行き来 するリソース・ルーム方式としてとらえることができるが,リソース・ルームの活用にとどま

らず リソース・ルーム以外の場も効果的に活用されていた。リソース・ルームに週1回赴く などといった固定的な運用でなく,日々の子どもの状態に応じてリソース・ルームが活用され るならば大きな効果が期待される。就学前施設では,子どもたちの興味関心に応じた支援が 求められているのであり,まして,特別な配慮を必要とする子どもであれば,なおのことであ

る。

 リソース・ルームの課題として,リソース・ルームに帰属意識が生まれ,在籍クラスへの関 心が薄くなってしまう場合が考えられる(11>。しかし,だからといって生活の場を在籍クラス のみに限定することは,情報があふれる場所で障害幼児を強いストレスにさらすことになる。

リソース・ルーム方式を機能させるために,日常生活の中で到来する時機をとらえる支援と保 育士問の連携の重要性について指摘して,論を終えたい。

謝辞 本研究にご理解とご協力をいただいた,当該幼児のご両親様に御礼申し上げます。

  A保育所の施設長先生をはじめ諸先生方にも,感謝申し上げます。

付記 本論文に登場する障害児のプライバシー保護のため,名前は仮名とし,当該保育所の   地域も公表しないなど配慮した。

(1) 就学前施設として,保育所と幼稚園に並び認定こども園も挙げるのが正確であるが,本論文で  は保育所と幼稚園のみに言及レ認定こども園も含むものとする。また,保育所の場合も,慣例も  あり,「園内」「園では」などの表記をするものとする。

(2) 茂木俊彦『統合保育で障害児は育つか 発達保障の実践と制度を考える』大月書店,1997年,

66,69,71頁。同書の出版から年月は経っているが,問題提起の意義はなお重い。

一61一

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(3) この段落の引用は,渡邉健治「リソース・ルーム」茂木俊彦編集代表「特別支援教育大事典』

 旬報社,2010年,890−891頁。

(4) 渡邉健治「リソース・センター」茂木前掲『特別支援教育大事典』890頁。

(5) 岐阜大学教育学部附属特別支援センター『幼稚園等における発達障害支援教室研究』(平成19  年度研究成果報告書,2008年)では,園内に個別支援室を備える幼稚下等を複数事例紹介している。

 貴重な資料となっているが,週1回などの固定的な運用形態と見受けられ,健常児との関わりを見  届ける実践までは網羅していない。

(6)本論文の内容は,筆者によるポスター発表「保育園におけるリソースルームのあり方を考える  一ある自閉症3歳児へのかかわりから一」(日本発達障害学会第45回大会,2010年9月)での研究成  果と重なるが,本論文では,新たな資料を入手の上分析を行ったため,別の成果として主張できる。

(7)アスペルガー症候群は自閉症スペクトラムの範疇と考え,本論文題名では対象児の障害種別を  自閉症として表記した。

(8)対応する保育士を一人に固定化しないことで,子どもの支援方法について,複数の保育士が互  いに案を出し合うことができ,特定の子どもとの閉じた関係性の中で負担を感じることにならない  など現行の方法に意義を認めているとのことである。なお,B保育士は,プレイルームが備えら  れてから,継続して障害児個別支援担当である。

(9)母親の記載部分からは,余暇のための工夫や,複数の療育施設で指導を受ける努力が読み取れ  た。なお,本研究は,研究計画書等を示し,ご両親様と当該保育所に適宜ご了解をいただいて進め  てきた。本論文の内容と投稿についても,ご両親様と当該保育所のご了解をいただいた。

(10)筆者も,保育士らが歓喜の声をあげるその場にいた。

(!!) A保育所と同様に園内に個別支援室を備える保育所の保育士が,個別支援室から出なくなって  しまう子どもについて課題を見ているとのことである(B保育士談)。

参考文献

小川英彦編著『幼児期・学齢期に発達障害のある子どもを支援する 豊かな保育と教育の創造をめざ    して』ミネルヴァ書房,2009年

清水貞矢「合衆国におけるリソースルーム方式の現状と問題」『宮城教育大学紀要 第1分冊,人文    科学・社会科学』第27号,宮城教育大学,1992年

浜谷直人『発達障害児・気になる子の巡回相談一すべての子どもが「参加」する保育へ一』ミネルヴァ    書房,2009年

秦野悦子・山崎晃編著『シリーズ臨床発達心理学・理論と実践③保育のなかでの臨床発達支援』ミネ    ルヴァ書房,201!年

平澤紀子ほか「幼稚園等における発達障害のある幼児に対する支援教室に関する研究:全国市区町村    教育委員会への質問紙調査の検討から」『発達障害研究』第32巻3号,日本発達障害学会,

   2010年10月

平澤紀子「発達障害のある幼児に対して求められる教育条件の整備:幼稚園等における発達障害のあ    る幼児に対する支援教室研究から」『発達障害研究』第33巻2号,2011年5月

B.Eマクナマラ著松下淑・小山正・坂本虚円『リソース・ルーム 通級学級の手引き』福村出版    1993年

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参照

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