日中韓共同編集・同時刊行 : 歴史教材『未来をひ らく歴史』の成果と課題
著者 齋藤 一晴
雑誌名 PRIME = プライム
号 24
ページ 21‑25
発行年 2006‑10
URL http://hdl.handle.net/10723/627
はじめに
2005年5月、 日中韓三国の研究者や教師などに よって共同編集された三国共通歴史教材 未来を ひらく歴史 が、 三国で同時に刊行された。 本書 は、 研究・教育・叙述など様々な分野で課題を抱 えているが、 その課題をより多くの人々と考え解 決方法を模索することは、 シンポジウムの統一テー マである 「東アジアに公共空間を〜人々の〈アジ ア共同体〉を考える〜」 を深めることにもつなが ると考えられる。 よって本報告では、 未来をひ らく歴史 の成果と課題を整理してみたい。
1 未来をひらく歴史 作成の経過
本書は同じ内容を、 三国それぞれの言語に翻訳 して刊行したものである。 おそらく史上初めての 日中韓三国の共同作業による歴史教材だと思われ る。 現在までに日本で7万部。 中国では12万部、
韓国において5万部を刊行した。 さらにハワイ大 学に翻訳を依頼して英語版の出版に向けた準備を 進めている。 また今年 (2006) の夏までに修訂版 の出版がすでに予定されており、 3年後、 5年後 程度をめどに大改訂を行うことが検討されている。
本書の対象は、 中学生から一般までである。 ま た歴史教科書ではなく、 あくまでも歴史教材とい う位置付けになる。 なぜなら本書は各国の現状の 検定制度に合格することは難しく、 教科書として の普及は望めないからである。
作成は、 2001年のいわゆる教科書問題を契機に
しており、 「新しい歴史教科書をつくる会」 が編 纂した歴史教科書や公民教科書に代る歴史教材を、
アジアにおける民間レベルの交流から生み出そう とする取り組みから実現したものである。 実質的 な作業は、 2002年から開始され、 刊行までの約3 年間に10回の国際会議を東京・ソウル・北京・南 京など三国の各都市で開いた。 そして第一次原稿 から数えて5回の原稿検討・修正のプロセスを経 て書き上げられた。
ここでまず指摘しておきたいことは、 本書作成 の契機となった2001年の教科書問題と1982年のそ れとの相違点である。 1982年は、 アジア各国から 寄せられた日本の歴史教科書への批判に、 日本と いう国家が近隣条項をつくることで対応できたと 考えられる。 いうなれば国家と国家という構図で ある。 ところが2001年の教科書問題では、 アジア で暮す一人ひとりから、 日本の私たち一人ひとり に、 歴史認識の問いという形で突きつけられ、 国 家という枠組みからでは彼らに応答できないこと が明らかになったといえるだろう。 つまり一人ひ とりの歴史認識を深めなければ、 アジアの人々と の対話や交流の共通土台が築けない、 ということ がよりクリアになったのである。 そこで、 これま でにない歴史教材をつくり、 歴史認識の対話やそ の構築力を何らかの形でサポートするアイテムを 世に送り出そうという目的から本書は作成される ことになった。
編纂メンバーは、 中・高・大の現役教員、 経験
日中韓共同編集・同時刊行:歴史教材 未来をひらく歴史 の成果と課題
齋 藤 一 晴 (明治大学)
者、 研究所研究員、 市民運動にたずさわっている 方、 そして大学院生と幅広い。 また刊行の目的は、
すでに上述したとおりだが一言でいえば、 日本の 戦争責任・戦後責任をめぐる歴史事実の共有とい うことになる。 戦争が終わってすでに60年たつが、
歴史認識の共有どころか、 いまだ歴史事実の共有 すら満足にできていないのが実状である。 よって 本書はすべての世代を読者対象にしながらも、 と りわけ戦争を知らない若い世代、 そして若い世代 の歴史認識の形成に影響を与えるであろう若手の 教師のために編まれているといっても過言ではな い。 これは歴史の対話を担う主体が、 将来的に見 れば若い世代であるからだけでなく、 戦争体験世 代が減少していく中で、 戦争非体験世代同士が歴 史を学び合うための準備を想定してのことだとも いえるだろう。
本書は、 近現代史を扱っており、 古代から現代 までの通史という歴史叙述は採っていない。 また 見開き1ページ読みきりのテーマ学習スタイルで 編まれている。 この叙述や学習スタイルには、 今 日の三国における歴史対話の限界性が示されてい る。 つまり歴史叙述として三国の歴史を通史で語 ることは極めて困難であり、 時代を区切り、 テー マを一つ決めて、 その内容に議論を積み重ねてい くことしかできなかったのである。
次に、 本書が生まれた世界的・歴史的背景につ いても簡潔にふれておきたい。 それは去年がアジ アを考える1年であった、 ということになるだろ う。 敗戦60年、 抗日戦争勝利60年、 光復60年の年 であり、 まさにアジア共通の歴史、 今日的課題、
そして未来を考える1年であり、 そこにタイミン グを合わせることとなった。 さらに2005年6月、
くしくも私たちと時期を同じくして、 バルカン半 島の11か国が高校歴史教材を共同で開発しており、
すでに学校で使われている。 今日、 世界的な規模 で本書のような共通教材を通じた歴史の問い直し や対話の構築が試みられていることがわかる。 そ
ういった世界的な背景、 歴史の文脈の延長線上に 本書は世に送り出されたのである。
2 未来をひらく歴史 の意義と特徴
最大の特徴は、 中国が参加していることである。
これまで日本と韓国の間には、 共通教材の作成に 向けてかなりの実績を残してきている。 いうまで もなく中国とも対話のルートをこれまで確保して きたといえるが、 さらに一歩進んで日中韓三国の 一員として参加していることは大きな特徴だとい える。
中国の参加者のほとんどは、 国家の研究機関や 記念館の研究員である。 つまり、 「民」 ではなく
「官」 という立場になる。 そもそも本書は民間の 交流による産物であり、 彼らは 「官」 の立場から
「民」 の役回りを立ち振る舞っていたということ になる。 つまり、 彼らは自分自身が 「官」 と 「民」
との間を行き来して、 これまで 「官」 という立場 からは取り組めなかった研究テーマや国境を越え た対話にみずから向き合うことになったのである。
さらに日韓に中国という存在を加えることで、 日 本と韓国だけでは描けない東アジア史像という歴 史像を模索することになったことも特徴のひとつ である。
特徴の二つ目は、 国家からの歴史ではなく、 民 衆レベルからの歴史を共有しようとしたことであ る。 戦争被害者個人の尊厳を取り戻すためには、
アジアの、 とりわけ日本の一人ひとりの歴史認識 を深める必要がある。 そのためには国家による政 治や外交、 軍事戦略といった視野からだけでなく、
民衆の暮らしや生活から歴史を語る必要があり、
歴史事実という記録と人々の戦争体験という記憶 との間に、 どのような歴史像を立ち上げることが できるのかを試みたといえるだろう。
特徴の三つ目は、 日中韓の歴史学・歴史教育・
歴史叙述の関係性の中で対話が行われたことであ る。 いずれの国も自国中心的な研究・実践・叙述 日中韓共同編集・同時刊行:歴史教材 未来をひらく歴史 の成果と課題
を行っている現実がある。 それをどのように克服 するのかを考えるうえで、 それぞればらばらでは なく、 三つを同じ土台にのせて、 戦争をどのよう に教えるか、 研究成果はどこまで三国に蓄積され ており共有が可能なのか、 さらに研究と実践をど う叙述できるのか、 そうした三位一体による対話 を具体化したという特徴がある。
次に意義についてもふれておきたい。 本書は民 間レベルの歴史対話を目指したため、 国境を越え てダイレクトに問われる一人ひとりの歴史認識と いうものが、 より明確に表面化したと考えられる。
そして、 自国中心的な歴史理解の克服のためには、
自国史と他国史の統一的把握をより進める必要が あること。 また日本の戦争責任・戦後責任の追及 と、 それを東アジアレベルで継承していくことこ そが東アジア共同体の基礎になることを相互確認 できたことが最大の意義だといえるだろう。 つま り、 ここを抜かして東アジア共同体は語り得ない ということである。
3 未来をひらく歴史 作成の可能性とその背景 本書の可能性を一言で述べるのであれば、 対話 こそが未来をひらく、 ということになるだろう。
力に力で対抗するのではなく、 対話で向き合うこ とを可能性の一つとして具体的に提示したと考え ている。 ここで私が述べた対話とは、 自国中心的 な歴史理解を自己点検・自己更新するプロセスを 指す。 相手の教科書にどういう自国中心的な叙述 があり、 それを直させることが対話だとはいえな い。 自らが歴史認識を深めるといった形でまず変 わることで、 また自国の歴史教科書を改善してい くことが相手の歴史教科書や歴史教育の変化を促 すと思われる。 それこそが対話である、 というこ とが可能性としてみえてきたといえるだろう。 ま た対話を可能にする上で重要なのは、 他者をどこ まで豊かに描けているのか、 ということでもある。
例えば、 日本の若い世代が戦争をイメージすると、
往々にして南京大虐殺、 「慰安婦」 問題といった 現代のメディア、 政治、 外交に極めて近いところ から入っていくと考えられる。 こういったアプロー チも欠かせないが、 本書作成のプロセスを通じて 明らかになったことは、 中国や韓国の人たちが加 害者としての私たちに理解して欲しいと求めてい るのは、 先にあげた戦争の被害を象徴するような 事例だけではなく、 戦争がひもじいものであるこ とや、 家を失い流浪することが寒いことであるこ となど、 歴史用語で括ることのできない身体的な 内容である。 それらは戦争が終わって60年たった 今日、 私たちがどこまで彼らの苦しみを理解でき ているのか、 ということと、 もう一度各自が向き 合う必要があることを意味しているといえないだ ろうか。 他者をどこまで豊かに描けているかを問 い直す。 それが歴史対話である。
これらを可能にする対話の主体を、 本報告では
「国家に回収されないアイデンティティーを持つ 一人ひとり」 としてみたい。 つまり、 国民や民族 といった枠組みではなく、 あなたや私とった存在 である。
可能性についてさらに言及すると、 東アジアの 今後を考える課題や目標が具体的に見えてくる、
ということがいえるだろう。 課題や目標とは、 本 書の作成が結論ありきではなく、 これまで述べて きたような対話のプロセスから学び合うことを意 味する。 つまり以下にあげるような 「様々な以前」
を、 まずかなりやらなければならない。 例えば、
国家以前、 共同体以前、 歴史叙述以前、 というよ うな話し合いを成立させるための共通土台を築く ということである。 私の認識では、 今日のアジア にはまだ土台も充分にはできていないと感じてい る。 東アジアの共同体を考えるうえでは、 こうし た議論のプロセスを積み重ねる必要があるといえ るだろう。
次に、 本書を作成可能にした背景について触れ ておきたい。 本書は決してまぐれでできたもので
はない。 それを可能とする背景が、 今日の東アジ アにあるからだといえる。 これを共有する必要が あるだろう。
日本では教科書問題、 教科書裁判、 戦後補償裁 判など、 研究・実践・叙述・科学運動の四つの連 携によって日本の戦争犯罪はかつてないほど明ら かになってきた。 いうなれば、 東アジアに向き合 うだけの蓄積がようやくできてきたといえるだろ う。
中国の場合、 国内のすべての歴史教科書は国定 から検定へと変わり、 10種類程度が存在する。 昨 年、 町村元外相は反日運動をうけて 「中国や韓国 は国定教科書。 歴史教科書がひとつしかないなん て、 こんなばかばかしいことはない」 と発言して いるが、 これはまったくの事実誤認といえる。 今 日、 中国の検定制度は、 上海であるならば上海市 教育委員会が独自にカリキュラムをつくり、 上海 地域だけで検定を行い、 学校ごとの採択が可能と なっている。 こうした検定制度の一部には、 検定 の地方分権化など日本よりも進んでいる面もある と考えられる。 もちろん国定ではなく検定教科書 とはいえ国家が検定という形で管理する課題が存 在することはいうまでもない。 よって、 すべてが 自由で壁がないとは言えないものの、 以下に例を あげるように、 私たちの想像以上に中国の歴史教 科書における歴史叙述は多様化しているのである。
ここでは民族史の歴史叙述を例に考えてみたい。
民族史は、 国民国家の記録と記憶を司る装置とし ての役割を担う歴史教科書において、 これまで重 要な叙述ポイントとして存在してきた。 中国の元 の時代について、 北京で使われている歴史教科書 には、 民族融合の時代であったと歴史的意義が書 かれている。 ところが広東で使われている地方版 歴史教科書によれば、 民族融合でもあったが民族 差別の時代でもあったと、 ふたつの評価が書かれ ている。 つまり、 北京と広東で使われている歴史 教科書には、 国家の安定と統一のためにひときわ
重視されてきた民族史叙述でさえも、 かつて考え られなかったような多様化がみられるようになっ てきているのである。
さらにもう一つふれておきたい。 日本の歴史教 科書の場合、 日本史と世界史という形で自国史と 他国史を分けて勉強する仕組みになっている。 一 方、 中国の上海では、 中国史と世界史をひとつに した 歴史 というテキストが使われて久しい。
自国史と他国史を統一した 歴史 というタイト ルのテキストでは、 自国の歴史を世界の歴史の中 に位置づけ直す試みが行われている。 もちろんこ の 歴史 にも、 たくさんの課題がある。 しかし、
東アジアの未来や共同体のありかたをともに語る 上で、 彼らの取り組みを私たちはもっと知る必要 がないだろうか。
韓国では、 民主化闘争の影響が強いと分析でき る。 韓国で暮す人々にとって、 民主化とは勝ち取 るものであり、 今日その対象になっているのが歴 史教科書と考えられる。 その行動は、 国定教科書 の代案を具体化し、 代替教科書を編纂して発行す るなど、 自分たちでオルタナティブなものを作り 上げることに力が注がれている。 また、 2010年ま でに国定教科書から検定教科書に教科を問わず順 次移行していく予定だといわれている。 韓国でも 歴史教科書をめぐる環境や内容に変化が生まれて いることがわかるだろう。
上述してきたように、 日中韓の民間レベルの対 話が成立する環境が以前と比べて整備され広がり をみせつつあり、 今こそその現実に私たちがどう 向き合うのか、 ということがまさに問われている 時代だといえるのである。 換言すれば、 本書の発 行がまぐれではない背景を理解することが、 東ア ジア共同体の土台を考えるうえで欠かせない通過 点であるといえるだろう。
4 未来をひらく歴史 の課題
本書の課題についてもふれておきたい。 対話の 日中韓共同編集・同時刊行:歴史教材 未来をひらく歴史 の成果と課題
担い手をどう育てるのか、 また担い手を育てる教 え手をどう養成するのかについては、 ほぼ手探り 状態といわざるをえない。 これが大きな課題とい える。 もう少し具体的に述べるならば、 東アジア 共同体の主体をどのような教育から立ち上げるの か、 ということになるだろう。 教える手だて、 そ れをサポートするアイテムが不足する中で、 本書 が対話のシンボルとして扱われ、 その内実が問わ れることなくひとり歩きしてしまうと、 大きな危 険が潜んでいると考えられる。
さらに、 日中韓の近現代史だけで東アジアの歴 史が論じられないことも事実である。 この点に関 しては、 すでに多くの方々からご指摘を頂いてい る。 これを克服する方法を考えるうえでも、 東ア ジア史や東アジア史像をどう構築するのか、 どの ように教室で若い世代に提示するのか、 といった 歴史教育の役割について研究を深めることも重要 だといえる。
より豊かな東アジア像をどのように描くのか、
ということと関連して、 東アジアの歴史を単純に 戦争とイコールで結びつけない工夫が欠かせない。
本書の場合、 戦争をメインテーマにすえたとはい え、 やはり読者にとっては東アジアの歴史が戦争 の歴史であるかのような錯覚に陥ってしまう可能 性も考えられる。 戦争以外にどのような歴史、 も しくはキーワードで東アジアを語る、 共有するこ とができるのか、 さらに議論する必要があるだろ う。 そして、 一番重要な課題だと思われるのが、
対話の内実を問わない安易な越境の持つ危険性を 自覚できるか、 ということである。 日本はかつて 大東亜共栄圏を掲げたが、 このテキストも全く同 じ存在になる可能性もありうる。 つまり、 日本の 歴史理解をそのままアジアに押しつけることにつ ながりかねない、 ということである。 その危険性 を常に忘れてはならず、 この問題を避けて通るこ とはできない。
最後に、 本書は歴史学習をメインに想定して編
纂しているが、 憲法学習、 人権学習にも役立てる ことを模索する必要がある。 それは日本だけでな く東アジア、 そして世界で問われている今日的課 題が、 戦争被害者などの個人の尊厳をどう回復す るか、 ということであり、 まさに人権とそれを保 障する民主主義のあり方といえるからである。 こ れらが整備されなければ、 戦争も平和も語ること はできない。
まとめ
本書がシンポジウムの全体テーマである 「人々 の〈東アジア共同体〉」 を考えるうえでどのよう な素材を提供できるのかについて、 簡潔にまとめ ておきたい。 ①共通教材の作成は、 人権・平和と いった普遍的価値を東アジアレベルで模索・共有 するための一手段になると考えられる。 ②共通教 材は、 日本の戦争責任・戦後責任を東アジア全体 で継承していくために欠かせないアイテムである といえる。 ③主権者としての国民が、 国民として の存在からのみ民主主義や人権を問い直すのでは なく、 あなたや私といったもっと根本的かつ本源 的なところから問い直すルートや手段を、 一人ひ とりがふやしていくことができる。 それを具体化 できる可能性が、 本書に眠っていると私は思う。
④他地域の共通教材との共通点や相違点などを共 有することで、 地域共同体を形成する課題を明確 化できるといえるだろう。 すでにドイツとポーラ ンド、 ドイツとフランス、 日韓、 日中韓、 そして バルカン11カ国と共通教材作成は広がりをみせつ つあり、 東アジアという地域とその共同体を考え ていくうえで、 現状と課題を共有するために役立 つと考えている。 ⑤副教材の作成と使用は、 東ア ジア共同体の主体形成を促す効果が期待できると いえ、 その主体をどのように育むのか、 まさに一 人ひとりが向き合うべき課題が私たちにつきつけ られているのである。