• 検索結果がありません。

ユネスコ「岳麓宣言」と「方言」に 関する一考察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ユネスコ「岳麓宣言」と「方言」に 関する一考察"

Copied!
29
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ユネスコ「岳麓宣言」と「方言」に 関する一考察

──中華人民共和国の事例を手掛かりとして──

A Study on UNESCO “Yuelu Proclamation” and “Dialect”:

Based on the Case of the People’s Republic of China

小  田   格

本稿は,2019年1月にユネスコより公表された「世界の言語多様性の保護 及び促進に関する岳麓宣言」の特徴や性格を明らかにすることを目的とし,

今般同機関の国際文書として初めて使用されることとなった「方言」という 文言を切り口として,その一断面を描き出す試みである。このような考えの 下,具体的には,先行研究を概観し,同宣言の策定過程及び構成・内容を確 認するとともに,ユネスコ及び中国における「方言」の取扱いに検討を加え たうえで,全体的な考察を行うこととした。その結果,同宣言は,従前のユ ネスコの言語に関する方針及び取組みを継承・集大成した文書という立ち位 置から,中国の言語政策を肯定・是認し,各国・地域の特殊性に応じた言語 の取扱いを許容したものと判断された。さらに,本稿を通じては,中国が言 語政策の領域において国際的な存在感を高め,主導権を握りつつある状況が 見えてきた。

キーワード

岳麓宣言,人類運命共同体,言語資源,言語政策,方言

Ⅰ.序 論

2020年は,中華人民共和国(以下「中国」という)

の言語政策にとって大

きな節目の年となる。2012 年に教育部及び国家言語文字工作委員会

1)

(2)

り公表された「国家中長期言語文字事業改革発展計画綱要

(2012 2020年)

2)

は,言語政策の中長期計画であり,タイトルにも見られるように,2020 年までを

1

つの期間と設定し,各種の目標や任務,事業などを取りまとめ ている。その中身を覗いてみると,例えば,第

2

章「主要な任務」

(第1項)

では,2020年までに国家通用言語文字──普通話

(以下「標準中国語」とい う)

及び規範漢字──を基本的に社会全体に普及させ,全国的にコミュニ ケーション上の障害が解消した状態にすることを目指している。また,同 章

(第7項)

では,2020 年までに中華人民共和国国家通用言語文字法

3)

の 改正作業が終えられるよう努めるものとも表明している。

このような一区切りの時期を前にして,2019 年

1

月に国際連合

(以下

「国連」という)

教育科学文化機関

(以下「ユネスコ」という)

から公表され たのが「世界の言語多様性の保護及び促進に関する岳麓宣言」

4)(以下「岳 麓宣言」という)

である。同宣言は,ユネスコ初となる言語専門の恒久的 文書であり,中国で開催された国際会議の成果として取りまとめられたも のである

5)

上記のような背景・経緯の下で策定・公表された岳麓宣言には,これま での中国の言語政策を振り返り,今後を展望するに際しての手掛かりとな るような情報が多分に含まれているはずであり,しかも世界的な影響力を 有するユネスコの国際文書であることからすれば,その考察には少なくな い価値が見出せよう。そこで,本稿は,同宣言の特徴や性格を明らかにす べく,今までユネスコにおいて使われることのなかった「方言」という文 言を切り口として,その一断面を描き出すこととしたい。

結論を先取りすれば,岳麓宣言は,従前のユネスコの言語に関する方針

及び取組みを継承・集大成した文書という立場から,中国の言語政策を肯

定・評価し,ひいては各国・地域の特殊性に応じた言語の取扱いを許容し

たものであった。さらに,本稿を通じては,中国が言語政策領域の国際的

(3)

な舞台で存在感を高め,主導権を握りつつある光景を垣間見ることができ るだろう。

Ⅱ.先 行 研 究

岳麓宣言に関しては,公表されてからまだ日が浅く,管見の限り,これ を主題とした本邦の論考は存在していない。また,従来,言語政策や言語 教育などの領域の論考では,国連又はユネスコの国際文書に言及したもの が少なからず認められてきたものの,それ自体を主たる考察対象としたも のは限られていた。こうした状況下にあって,「国際母語デー」に関する 真嶋等

(2011)

や,「世界危機言語アトラス第3 版」

(以下「ユネスコアトラ ス」という)

に関する坂本

(2016)

は,過去のユネスコの言語関連事業を理 解するうえで貴重な存在である。

他方,中国においては,既に岳麓宣言を主題とした論考が存在してい る

6)

。まず,王莉寧

(2019)

は,同宣言と中国の言語保護に関する取組み との関係等を詳述したものである。また,王・高

(2019)

は,同宣言と少 数民族言語政策との関係を概説している。このうち前者に関しては,著者 の所属

(中国言語資源保護研究センター7)

),掲載誌

(『語言文字応用』8)

)及び 内容

(非公表の内部情報等9)

)からして,一研究者の個人的見解を自由に取 りまとめた論考というよりは,当局の公式見解に近い内容と捉えるべきも のであり,岳麓宣言を読み解くうえで参照すべき点が少なくない。

上記の通り,岳麓宣言に関しては,中国において若干の論考が発表され

てはいるものの,依然として第三者の視点から研究が深められている状況

にはない。したがって,同宣言の考察には研究としての新規性が認めら

れ,またユネスコの国際文書という位置づけに鑑みれば,理論・実務の両

面から多角的に検討を加えることが必要とされよう。

(4)

Ⅲ.岳麓宣言の概要

1.策 定 過 程

岳麓宣言の公表に至るまでの関連事象を確認し,そこに見られる用語に 解説を加えるとともに,策定過程に関して注目すべき事項を挙げる。

(1)関連事象

岳麓宣言公表までの主な関連事象を時系列に取りまとめたものが表

1で

ある。

1 岳麓宣言公表までの主な関連事象

時期 関連事象

2015年 5月 国家予算が投じられ,教育部及び国家言語文字工作委員会により

「中国言語資源保護プロジェクト」が始動する。

2017年 7月 ユネスコ─トークメイト・ネクサスと中国言語資源保護研究セン

ターの共同により,北京語言大学で南山講義「言語保護の世界 観」及び「ランゲージチャンピオンチャレンジ」のオープニング セレモニーが実施される。

12月 中国の専門家がユネスコの招聘により,フランス共和国パリ市に て開催された2019年国際先住民族言語年に関する第1回専門家討 論会に参加し,「中国言語資源保護プロジェクト」の理念,経験 及び実施状況を紹介する。

2018年 5月 教育部及び国家言語文字工作委員会が専門家によるワーキンググ

ループを設け,近年の言語保護の経験に基づきつつ,ユネスコと 協力・交流を重ねることにより,岳麓宣言の第一段階の枠組みを 起草する。

9月 ユネスコと教育部,国家言語文字工作委員会等の関係部門によ り,湖南省長沙市で第1回「世界言語資源保護会議」が開催さ れ,その成果として岳麓宣言(草案)が取りまとめられる。ま た,同会議終了後,ユネスコの諸手続に従い,岳麓宣言をより適 切なものとすべく,パブリックコメントを実施したうえで,検討 及び修正が繰り返される。

11月 教育部及び国家言語文字工作委員会がユネスコの専門家を招聘 し,湖南省の長沙市や永州市江永井県等において花鼓戯や女書等 の方言文化や言語保護の実地視察が行われる。

12月 岳麓宣言の最終案が策定される。

(5)

2019年 1月 1月18日にユネスコから岳麓宣言(中文版・英文版)が公表され る。

2月 2月21日(世界母語デー)に教育部,ユネスコ中国政府代表部,

中国ユネスコ全国委員会及び国家言語文字工作委員会により,北 京市で岳麓宣言の記者会見が開催される。

(王莉寧(2019),語言文字報(2019年2月27日),「関於啓動中国語言資源保護工程的通知」

(教語信〔2015〕第2号)に基づき筆者作成)

(2)用語解説

1を読み解くうえで必要と思われる用語を解説しておきたい。

1に,全体的なキーワードとなる「言語資源」に関しては,陳章太

(2008:9 10)

が「言語は,価値を持ち,利用可能であり,効果・利益を生 み出し,変化に富み,発展しうるという特殊な社会資源」であり,「広義 の『言語資源』とは,言語自体及びその社会的・文化的な価値等のことを 指す。狭義の『言語資源』とは,言語情報処理に用いられる各種コーパス 及びデータベース並びに各種言語の辞典等のことを指す」と記述している が,この見解は中国においてはもとより,本邦での一般的な定義と捉えて も差し支えないように思われる。

2に,「中国言語資源保護プロジェクト」10)

は,文字通り言語資源の

保護に関する事業である。中国にあっては,2008 年頃から「中国言語資 源音声データベース」

11)

の構築に向けた取組みが始められ

12)

,その後「国 家中長期言語文字事業改革発展計画綱要

(2012 2020年)

」では,第

3

章「重 点事業」

(第5項「科学的な保護」)

に「各民族の言語・文字の科学的な記録 及び保存」が盛り込まれた。そして,この計画履行に当たり,2015年に

「中国言語資源保護プロジェクトの始動に関する通知」

13)

が発出され,大 規模で持続可能なデータベースやコーパスの構築,基礎から応用に至る言 語資源の保護に関する研究などが目標として掲げられた。

3に,「ユネスコ─トークメイト・ネクサス」14)(以下「ネクサス」とい

(6)

う)

とは,ユネスコとトークメイトの共同組織のことをいう。トークメイ ト

15)

は,北京酷語時代教育科技有限公司という中国企業が運営するイン ターネット上の多言語学習プラットフォームである

16)

。ネクサスは,ト ークメイトとユネスコがパートナーシップを締結し,ユネスコアトラスを

「世界言語地図」

17)

へと発展的に改編するための事業を立ち上げるために 設置された事務局として位置づけられている

18)

。なお,ネクサスによる

「ランゲージチャンピオンチャレンジ」

19)

は,青少年を対象とした言語に 関するオンラインコンテストであり,関連動画の投稿や言語学習の成果が 評価対象となる

20)

4に,「南山講義」21)

は,中国言語資源保護研究センターが主催して

いる言語の保護に関するイベントである。2017年

1

9

日に北京語言大 学にて「いかにして国民全体による言語の保護へと向かっていくのか」と いうテーマで第

1

回が開催された。名称に冠せられた「南山」は古典由来 の文言と推察され,「講義」の原語「会講」は中国の伝統的な教学・討論 の方式を指し,殊に南宋の朱熹と張栻による「岳麓会講」が著名とされ る

22)

5に,「世界言語資源保護会議」23)

は,9 月

19

日から21 日にかけて湖

南省長沙市で開催された国際会議であり,全世界40 以上の国・地域から

関係者200 余名が参加した。全体のテーマは,「人類運命共同体の構築に

対する言語多様性の役割:言語資源の保護,応用及び普及」であり,「言

語文化の多様性に関する政策及び施策」,「言語資源保護の規範・標準及び

人材養成」,「言語資源の開発・応用及び普及」及び「言語文化の多様性に

関する施策の促進」という

4

つのフォーラムが実施された。なお,閉会式

は,湖南大学構内の岳麓書院で行われたが,ここは中国四大書院の1 つに

数えられ,上記「岳麓会講」の舞台でもある

24)

(7)

(3)全体的な傾向

岳麓宣言の策定過程に関して指摘すべきは,その作業が中国当局により 進められてきたということである。無論,国際会議の成果文書が開催国の 関係部門・組織により起草されることは比較的一般的なことであろうし,

所定の手続を経ているのだとすれば,これ自体に直ちに疑問がもたれる訳 ではない。しかし,併せて考慮すべきは,「世界言語資源保護会議」が中 国の言語資源保護事業の成果を対外的に発信する機会であったと窺われる 点や,中国企業がユネスコと提携してプロジェクトやイベントを手掛けて いる点などである。こうした動向を踏まえると,ユネスコの言語関連事業 に対する中国の影響力は相当程度に及び,自身の成果を同宣言に少なから ず反映したことが推認される。

2.構成・内容

岳麓宣言の全体構造を鳥瞰したうえで,内容面での傾向を指摘する。

(1)全体構造

岳麓宣言の全体構造が一覧できるよう取りまとめたものが表2 である。

2 岳麓宣言の構成・内容

見出し・項目 内容

前文

運命共同体形成における言語の重要性,世界言 語資源保護会議の開催,従前の各種文書との関 係,言語の多様性の保護及び促進の必要性,危 機に瀕する言語の苦境,「国際先住民族言語 年」への賛同,国連の先住民族に関する取組み の再表明等

(8)

本宣言による表明

(一) 言語問題の世界的な重視

(二) 「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の関 係規定

(三) 言語の保護及び伝承に関する優れた模範

(四) 先住民族言語に関する専門家会議

(五) 知識社会と文化的多様性及び多言語主義

(六) 人権を基礎とした方法

合意及び提唱 合意1

持続可能な開発目標の実現に際しての言語多様 性の保護及び促進の重要性

1 人間開発への寄与

2 各言語類型を母語とする者への寄与 3 環境の改善への寄与

4 経済発展の推進への寄与 5 社会の統合及び協力への寄与

合意2

国際社会の各領域による積極的な貢献,適切か つ有効な参画の必要性

6 ユネスコの職責

7 国連その他国際的な人権に関する機関及びメカ ニズムの責任

8 国家及び政府の役割等 9 各領域・組織等への奨励

合意3

科学技術の発展との結付き 10 社会的文化資源としての言語

11 言語資源の保護に関する国際標準の制定 12 加盟国に求められる取組み

13 インターネット空間における多言語環境の構築 14 人工知能(AI),情報通信技術(ICT)等の活用 15 データサイエンスの研究開発及び利用

16 国際機関から個人に至るまでの各レベルでの取 組み

17 「世界言語地図」作成プロジェクト

18 言語の振興,再生及び維持に向けた社会的基盤 の構築強化

19 博物館の位置付け及び機能

20 言語資源に関する基準,技術的ツール及び先進 概念の共有

(9)

謝辞 世界言語資源保護会議の成功に対するユネスコ 及び中華人民共和国政府への謝意

(岳麓宣言に基づき筆者作成)

(2)全体的な傾向

岳麓宣言は,「前文」から「本宣言による表明」にかけて,言語と関連 を有する条約や国際文書を網羅しており,策定に当たりこれらを再確認す るとともに,その多くを基礎とした旨を明らかにしている。換言すれば,

同宣言は,従前の国連ないしユネスコの言語に関する方針や取組みを受け 継ぎ,集大成したものということである。

つぎに,岳麓宣言で最大の成果は,言語多様性の保護及び促進に関する

3

つの合意,すなわち①持続可能な開発目標

(SDGs)

との関係,②社会各 領域との関係,③科学技術との関係を取りまとめたことである。こうした 内容は,いずれも一瞥する限り,ダイバーシティやインクルージョン,あ るいは人工知能

(AI)

や情報通信技術

(ICT)

,データサイエンスといった 今日的課題にも広く目配りされたものと見受けられる。

一方,中国的特徴が色濃く表出している部分もある。例えば,岳麓宣言 では「

(人類)

運命共同体」という文言が計3 回使われている。この「

(人 類)

運命共同体」は,習近平政権が提起した一大構想であり,中華人民共 和国憲法前文に明記された指導理念であるとともに,国際社会に向けたメ ッセージでもある。その内容はといえば,自国のみの利益追求を目指すの ではなく,他国の利益にも配慮することが必要であることから,各国の協 力・ウィンウィンの関係構築により相互に発展していこうというものであ り,近年,習近平国家主席が国連総会や世界経済フォーラム年次総会

(ダ ボス会議)

等での演説において,その構築の重要性を繰り返し強調してき た

(及川2018)

また,岳麓宣言には,「中国言語資源保護プロジェクト」の成果が活か

(10)

されている点も認められる。具体的には,王莉寧

(2019)

によると,同プ ロジェクトの①国家事業としての成功体験,②政府,学術界及び大衆の協 働参画,③科学的見地からの計画及び基準・標準の重視という点が岳麓宣 言の「合意」に反映されていることとされる。

以上からは,岳麓宣言が今までのユネスコの言語関連事業の延長線上に 位置づけられ,今日的課題に対応するための諸事項が取りまとめられると ともに,そこに中国の理念や成果を溶け込ませる形で仕上げられた文書だ ということが分かる。そして,次章以降詳述する通り,「方言」という文 言の使用にもまた中国との密接な関係が指摘されるのである。

Ⅳ.ユネスコにおける「方言」の取扱い

1.従来の文書における取扱い

ユネスコの国際文書のなかには,これまでも言語に関連するものが存在 していたが,「方言」という文言が使われることはなかった。坂本

(2016)

は,この理由を次のように説明している。

ユネスコは,言語と方言の関係をどのように扱っているのであろう か。アトラスでは,「変種

variety」とか「方言dialect」という語を使

っていない。「地方言語

regional languages」という語を使うことがあ

るが,これは,一つの「言語

language」として位置づけられている。

ユネスコは,国際機関であることから,社会政治的基準を言語の分類 に持ち込む事を回避していると考えられる。

(坂本2016:97)

要するに,従来,ユネスコは政治的中立性を保持すべく,各国・地域の

内政に深く立ち入らない方針を採用していたことから,「方言」という文

言を使用してこなかったということである。

(11)

それでは,ユネスコの言語関連事業は,実際に「方言」をどのように取 り扱ってきたのだろうか。一例としてユネスコアトラスを挙げるならば,

各国・地域の「方言」の取扱いには相違が見られるところである。例え ば,日本の場合,ユネスコアトラスが

8

言語を消滅の危機にあると認定し ているが,このうちアイヌ語以外は文化庁が「方言」と分類しているもの である

25)

。他方,中国の場合,漢語方言のなかにも消滅の危機に瀕した ものが存在するが,それらはユネスコアトラスに含まれていない

26)

2.岳麓宣言における取扱い

上記の通り,ユネスコは,従前「方言」という文言の使用を避けてき た。しかし,岳麓宣言では,一転して「方言」という文言が用いられるこ ととなったのである。この点に関して,王莉寧

(2019:23)

は,「中国の言 語に関する国内状況が十分に考慮・尊重され」たと説明し,「『方言』が言 語多様性の保護及び促進の重要な領域とされ,わが国の言語資源保護プロ ジェクトの実施に国際的な政策の後押しがなされた」という見解を示して いる。

岳麓宣言において「方言」は,「危機言語,少数民族言語,先住民族言 語,非公用語及び方言」というように言語類型の

1

つとして記載されてい る。王莉寧

(2019:23 24)

によれば,第一次案の段階では,この言語類型 に「方言」は入っていなかったが,その後の策定過程を通じて,中国の専 門家たちが同国等において言語資源の保護事業を実施する際に必要かつ重 要な概念であることを説明し,最終段階のワーキンググループでは満場一 致で採用が決定したとされる。

こうした言語類型の例示は,岳麓宣言で計

6

箇所確認することができ

る。すなわち,「前文」

(第4段落)

,「本宣言による表明」

(第3項)

,「合意

一」

(第2項,第4項,第5項)

及び「合意三」

(第14項)

である。このうち

(12)

「合意一」及び「合意三」において,例示された各言語類型の母語話者へ の対応が提唱された内容を整理したものが表

3

である。いずれも一見する 限り,基本的な権利の保障や今日的課題への対応などであって,特段違和 感のあるものではない。

3 岳麓宣言において各言語類型の母語話者への対応が提唱されている内容

該当箇所 内容(要約)

合意一

2 幼児期からの母語の使用及び伝承,母語教育の享受,インターネッ ト等を通じた情報及び知識の獲得

4 平等及び優良な就業機会の増加

5 教育を受ける権利の保障,社会参画の奨励

合意三 14 人工知能(AI)や情報通信技術(ICT)等を活用した保護及び伝承 のための新たな方途の探求

(岳麓宣言に基づき筆者作成)

Ⅴ.中国の標準中国語政策における漢語方言の取扱い

1.従前の経緯・経過

中国における標準中国語の普及政策は,漢語方言を禁止・消滅させるた めに実施するものではないというのが当局の公式見解である

27)

。もっと も,当該政策は,時代ごとの変遷があり,それゆえ漢語方言の処遇も一様 ではなかった。筆者は,小田

(2018)

にて,漢語方言によるラジオ・テレ ビ番組

(以下「方言番組」という)

に焦点を当てつつ,この点の足跡を辿っ ていった。その要点を摘出するならば,次のようになる。

すなわち,1950 年代に標準中国語の普及政策が開始した頃,漢語方言

に対する目立った規制はなされていなかった。その後,当該政策は,プロ

レタリア文化大革命により一旦停滞を余儀なくされるが,1980 年代に再

開・本格化することとなり,社会の諸領域における標準中国語の使用拡大

(13)

に伴い,これと表裏をなす漢語方言の使用は徐々に制限されていった。か かる措置は,1990年代以降も一貫して継承され,その結果,2000 年代中 盤には各地で漢語方言の衰退が危惧され,その保護を求める声も聞かれる ようになった。当局は,このような動きに対して当初否定的・批判的な姿 勢をとってきたが,2010 年代に入ると状況に変化があり,政策文書に漢 語方言の保護に関する記述が確認されるようになった。

上記の変遷は,標準中国語の普及政策が強力に推進された結果,漢語方 言に衰退・消滅の危機が指摘されるようになり,新たに保護政策が始めら れたというものである。このような展開に関しては,他の国・地域でも類 似の事例が見出されるところであり,至極自然な流れのようにも捉えられ る。

ただし,中国の場合,次の通り幾分留意すべき点も指摘される。

1

に,政策文書は漢語方言の保護を謳っているが,この狙いがどこに あるのか慎重に見極めていく必要がある。筆者が小田

(2018)

で考察した 限り,当局は「方言文化の保護」,すなわち方言にまつわる文化の保存・

周知を企図しており,漢語方言が社会で広く使われるような措置を講じ,

もって生きたことばとして存続させていくことは目指していないようであ った。また,当局は,文化遺産関連政策において,伝統芸能等は無形文化 遺産であるが,それに用いられる言語はあくまで媒体に過ぎないという認 識を示しており,ゆえに漢語方言自体は直接的な保護対象としていな い

28)

。他方,「方言文化の保護・伝承」は,「中華民族の偉大なる復興を 実現する中国の夢」に向けた「中華民族の優秀なる伝統文化の伝承・発展 プロジェクトの実施に関する意見」

29)

の第

3

章「重点任務」

(第10項)

に も見られる文言であり,国家的な文化政策にも組み込まれている。

2に,独特な母語の定義も押さえておくべきである。具体的には,中

国の言語政策に関する文書や論考では,母語を民族共通語と説明している

(14)

事例が散見される。例えば,中国社会科学院ウェブサイトの「世界母語デ ー」に関する特設ページ

30)

では,「母語の定義」という大きな見出しの 下,李宇明

(2003)

を引用することにより,母語とは民族共通語のことを 指すのであって,その地域変体は該当せず,方言は「母言」に過ぎないと いう見解を示している

31)

。この定義に従えば,漢語方言は「母言」であ り,「母語」ではないと判断されることとなる。

2.近年の当局の見解

つぎに,近年の漢語方言の取扱いに関する当局の見解を確認する。一口 に漢語方言の取扱いといっても多岐に亘るが,ここでは一例として方言番 組に対する当局の見解を押さえておきたい。

劉・胡

(2018)

は,岳麓宣言の策定とほぼ時を同じくして発表された論 考であり,改革開放以降の

40

年間における放送領域での言語使用を回顧 したうえで,これからのあるべき姿を説いた内容である。当該論考に関し ては,筆頭著者の所属

(教育部言語文字応用研究所32)

)及び掲載誌

(『語文建 設』33)

)からすると,研究者の個人的意見が多少含まれている可能性はあ るにせよ,基本的には当局の見解と相違ないものと考えられる。当該論考 は,方言番組のあり方について,次のように説明している。

ラジオ・テレビ放送での言語使用を計画し,正しい言語観を打ち立

て,放送での言語の使用階層における標準中国語と漢語方言の位置づ

けを正しいものとしなければならない。方言区により異なる言語状況

に基づき,ラジオ・テレビ番組における標準中国語と漢語方言の使用

に関する問題を分類し,指導する必要がある。香港及びマカオ地区に

関しては,漢語方言の放送を主体とし,もって国家統一の擁護に資す

るようにすべきである。南部沿海地域の広東省及び福建省は,漢語方

(15)

言による番組の数量及び時間を適度に増加させ,もって対外的な宣伝 及び国家統一の促進に資するようにすることができる。その他の省・

地区に関しては,漢語方言による番組の数量及び時間を厳格に制限 し,もって国家通用言語の主体的地位の擁護に資するようにしなけれ ばならない。

(劉・胡2018:52 53)

こうした方針は,従前と変わりないものであり,「正しさ」や「国家統 一」といった点が一層強調されているようにも受け取られる。また,当該 論考は,標準中国語での放送は規範化の強化を図るべきとする一方,方言 番組に対しては,次のように説明している。

しかし,漢語方言という放送言語に関していえば,重要な点は社会 において既に一般化している言語の運用方法に一層適切に従うという ことだけである。方言放送での言語の使用問題においては,規範及び 基準を議論してはならない。方言に基準を策定するということは,国 の言語政策と合致しない。具体的な実践の観点からすると,もし方言 区において権威のある方言に対して規範化・基準化の処理を進めたな らば,それよりも下位の方言に対してもまた同様の取扱いとしなけれ ばならず,「マトリョーシカ現象」を誘発し,煩わしいループが生み 出されてしまうのである。

(劉・胡2018:53)

この内容からは,標準中国語と漢語方言の間に,規範・非規範の格差や

上下の関係があることを読み取ることができる。さらに,先の引用箇所も

併せて考慮すれば,漢語方言のなかにも政治的な位置づけに応じた階層が

形成されており,当局もそうした実態に合わせた対応を図っていることが

指摘できるだろう。

(16)

Ⅵ.考 察

岳麓宣言では,従前ユネスコにおいて使用が避けられてきた「方言」が 複数箇所に盛り込まれた。もちろん,これ自体注目に値する画期的な出来 事であるが,問題の所在は,それが実際にどのような影響や効果をもたら すかという点にあろう。以下では,中国の言語政策における漢語方言の取 扱いを起点としつつ,この点を検討することとしたい。

中国の言語政策における漢語方言の取扱いに直接影響を与えるであろう 岳麓宣言の内容としては,「合意一」

(第2項)

が挙げられる。同項には

「……及び方言を母語とする

4 4 4 4 4 4 4 4

者」

(傍点は筆者)

という記述があり,これに 従えば,母語とは民族共通語のことであるという定義は適当でなく,その 見直しが迫られることとなろう。また,同項では,母語の使用・伝承や母 語教育の享受なども提唱されており,これらに関連した取組みの進展も期 待される。このように見ていくと,確かに同宣言は中国の漢語方言に新た な時代をもたらす可能性を秘めているようにも感じられる。

しかしながら,視点を切り替えると,岳麓宣言での「方言」という文言 の使用は,まったく別の表情を見せるようになる。既述した通り,「方言」

という文言は,同宣言の策定過程において,中国側の主張・要請に応えて 使用される運びとなったとされる。同宣言に列記された言語類型を確認す ると,「非公用語」という文言が使われており,これに包摂されるであろ う「方言」の挿入は,いわば屋上屋を架す行為のようにも思われるが,な るほど財政負担も少なくなかったであろう開催国の事情に配慮した対応な のだと聞けば──こうした措置の適切性はともかくとして──ひとまず合 点がいくところである。

しかし,このような対応は──ワーキンググループの構成員がどの程度

意識的であったかは定かでないが,いずれにせよ結果として──ヨーロッ

(17)

パの個別言語と同等以上の差異を有するといわれる漢語方言を「方言」と して取り扱うことを是認したということであり,ユネスコが公式に中国に おける標準中国語の普及政策を肯定したということである。さらに,上記 の対応は,岳麓宣言が従前のユネスコの言語に関する方針や取組みの延長 線上に位置づけられる国際文書という立ち位置から,中国による標準中国 語の普及政策も自身と軌を一にするものであると承認したことと受け取ら れる。

そして,このような理解に立ち,かつ,中国の漢語方言をめぐる内実を 勘案するならば,岳麓宣言での言語類型の列記は,目下世界各地でことば の置かれている状況や地位,呼称などは異なっているものの,これらはい ずれも本来的には平等な存在なのだというメッセージを打ち出すための措 置ではなく,むしろそれとは反対に,「方言」という文言を入れることに よって,各国・地域にはそれぞれの歴史的・政治的背景や社会的文脈があ るのだから,そうした個々の事情に合わせた対応がなされていたとしても 問題はないのだという趣旨に解される。

つまり,岳麓宣言は,今まで使用を避けてきた「方言」という文言をあ えて持ち出すことにより,言語の政治性を超克することを目指したもので はなく,逆に言語を取り巻く現実を受け入れたものと判断されるのであ る。こうした措置は,例えば,標準語と方言といった言語間の身分格差を 固定化するための口実として使われてしまう懸念が指摘され,ゆえに各 国・地域に少なくない影響を生じさせることが予想される。

Ⅶ.結 論

本稿の結論は,次の通りである。

① 岳麓宣言には,これまでユネスコの国際文書において使用が回避され

てきた「方言」という文言が初めて盛り込まれることとなったが,こ

(18)

れは策定に深く関与してきた中国の国内事情に配慮した措置である。

② 当該措置により,同宣言は漢語方言を「方言」として取り扱うことを 是認し,中国の標準中国語普及政策を肯定するとともに,それがユネ スコの言語に関する方針や取組みと軌を一にするものと承認した。

③ 上記の事情と中国の内実を総合的に勘案すると,同宣言中の「方言」

という文言は,言語の政治性を超克するために用いられたのではな く,逆にその使用により言語を取り巻く現実を許容したと解される。

極言すれば,岳麓宣言は,ユネスコが中国の言語政策にお墨付きを与 え,もって各国・地域の個別事情に即した対応を認めた文書である。ユネ スコは,同宣言により各国・地域における言語の取扱いの特殊性への配慮 あるいは譲歩を示し,これと相反する形で普遍性への志向を後退させたと いえる。このように同宣言における「方言」の使用は,単なる新たな文言 の挿入に留まらず,ユネスコの言語に関する方針を一変させうる措置とし て注目されるのである。

他方,本稿を通じては,中国が言語政策領域において国際的な存在感を 増大させ,正に主導権を握りつつあることをも明らかにすることができた だろう。岳麓宣言は,「人類運命共同体」や「中国の夢」といった理念・

構想に基づくものであり,中国式グローバリゼーションを展開するための 戦略の一環に位置づけることもできる。この意味において,中国の言語政 策は,もはや同国のみならず,他の国・地域にも多大な影響を波及させる 可能性を有しており,その動向には世界的な関心が払われるべきである。

したがって,今後は,岳麓宣言がどのようにして中国の言語政策へと落

とし込まれ,具体的な措置が講じられるのか,その行方を見守っていく必

要がある。また同時に,本邦も含めた各国・地域において,岳麓宣言がい

かに紹介・説明され,言語政策に反映されるか注視することも求められよ

う。

(19)

1)  原語:国家語言文字工作委員会。

2)  原語:「国家中長期語言文字事業改革和発展規劃綱要(2012 2020年)」(教

語用〔2012〕第1号)。

3)  原語:中華人民共和国国家通用語言文字法(2000年主席令第37号)。

4)  原語:「保護和促進世界語言多様性 岳麓宣言」(Protection and Promotion of Linguistic Diversity of the World Yuelu Proclamation)。

5)  中華人民共和国教育部ウェブサイト「『岳麓宣言』発布:保護語言多様性

 助力構建人類命運共同体」(http://www.moe.gov.cn/s78/A19/moe_814/

201902/t20190221_370630.html)(最終閲覧2020年315日)。

6)  学術的な論考以外に,同宣言の概要等を略述した羅素(2019)や新聞記事

も存在している。

7)  原語:中国語言資源保護研究中心。国家言語文字工作委員会の研究機関の

1つであり,「全国で最も優れた言語資源の調査・研究,保存・展示,開発・

応用及び人材養成」を目的とし,北京語言大学に運営が委託されている(国 家言語文字工作委員会科研機構ウェブサイト「中国語言資源保護研究中心」

(http://yyzk.shyywz.com/ltt/center!preCenterShow.do?id=cf4aff8b-cdcf-4ad6- b447-8494700fef02)(最終閲覧2020年315日)。

8)  教育部が主管する応用言語学や言語政策に関する学術誌である。

9)  岳麓宣言の策定過程の実務的内情をはじめとする各種情報が出典の記載な

しで記述されている。

10)  原語:中国語言資源保護工程。

11)  原語:中国語言資源有声数据庫。

12)  「中国言語資源保護プロジェクトの始動に関する通知」(原語は下記参照)。

13)  原語:「関於啓動中国語言資源保護工程的通知」(教語信〔2015〕第2号)。

14)  原語:聯合国教科文組織─「全球説」聯合標識(UNESCO-TALKMATE

Nexus)。

15)  原語:全球説(Talkmate)。

16)  トークメイトウェブサイト(https://www.talkmate.com/)(最終閲覧2020315日)。

17)  原語:世界語言地図(World Atlas of Languages)。

18)  ユネスコ─トークメイト・ネクサスウェブサイト「簡介」(http://www.

unesco-talkmate.org/html/aboutus/brief/)(最終閲覧2020年315日)。

19)  原語:多語言冠軍挑戦賽(Language Champion Challenge)。

20)  ユネスコ─トークメイト・アトラスウェブサイト「多語言冠軍挑戦賽(大

(20)

賽簡介)」(http://www.utlcc.org/zzjg.html),「同(賽事賽制)」(http://www.

utlcc.org/scsz.html)(最終閲覧日2020315日)。

21)  原語:南山会講。

22)  広西チワン族自治区言語文字工作委員会ウェブサイト「『南山会講』在北

京語言大学首次開講」(http://yuyan.myclub2.com/web/d/500.html)(最終 閲覧2020年3月15日)。

23)  原語:世界語言資源保護大会。

24)  北京語言大学孔子学院事業部(2018),湖南大学岳麓書院ウェブサイト「書

院概況」(http://ylsy.hnu.edu.cn/article.jsp?urltype=tree.TreeTempUrl&

wbtreeid=1003)(最終閲覧2020年3月15日)。

25)  文化庁ウェブサイト「消滅の危機にある言語・方言」(https://www.

bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/kikigengo/index.

html)(最終閲覧2020年3月15日)。なお,文化庁は「ユネスコでは『言語』

と『方言』を区別せず,全て『言語』で統一しています」と説明しており,

「八重山語(八重山方言)」といった記載がなされている。

26)   ユ ネ ス コ ウ ェ ブ サ イ ト“UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger”(http://www.unesco.org/languages-atlas/)(最終閲覧2020年3月15 日)。

27)  19581月10日開催の中国人民政治協商会議全国委員会における周恩来

総理の報告(「当面の文字改革の任務」(原語:当前文字改革的任務))で示 された見解であり,その後の政策文書でも同様の記述が繰り返しなされてい る。

28)  中国人民政治協商会議蘇州市委員会ウェブサイト「伝承保護蘇州方言,為

社会主義新時代留住“呉儂軟語”」(http://www.zx.suzhou.gov.cn/szzxnew/

InfoDetail/?InfoID=8c591d1e-7ade-4d1e-b270-730f16e514d3&Categor y Num=003012)(最終閲覧2020年3月15日)。

29)  原語:中共中央弁公庁,国務院弁公庁「関於実施中華優秀伝統文化伝承発

展工程的意見」(中弁発〔2017〕第5号)。

30)  中国社会科学院ウェブサイト「第18個“世界母語日”2017年2月21日」

(http://www.cssn.cn/zt/zt_xkzt/xkzt_yyxzt/zgdyybh/myddy/lymlmy/)( 最 終閲覧2020年3月15日)。

31)  中国語では「言」と「語」は,いずれも「ことば」を意味するが,前者は

主として音声言語を指し,後者は基本的に書記言語の体系も備えた存在と捉 えられている。こうした差異により,原則として書記言語として使われるこ とのない方言は「母言」であるという説明が成立するものと思われる。

(21)

32)  原語:教育部語言文字応用研究所。

33)  教育部が主管する言語教育や言語政策などに関する学術誌である。

参 考 文 献

〔邦文〕

及川淳子(2018)「中国と国際平和:習近平の『人類運命共同体』構想」『神奈川 大学評論』第90号

小田格(2018)「中華人民共和国における方言番組をめぐる政策の変遷」『中国研 究月報』第72巻第7

坂本邦彦(2016)「危機言語研究の現在:ユネスコアトラスに関するC.モーズリ ーの論考」『尚美学園大学総合政策研究紀要』第28号

石剛編(2016)『危機言語へのまなざし 中国における言語多様性と言語政策』

三元社

真嶋潤子・中島和子・カミンズ,ジム(2011)「ユネスコ国際母語デー記念学術講 演会報告書」『大阪大学世界言語研究センター論集』第6

〔中文〕

[論文等]

北京語言大学孔子学院事業部(2018)「首届世界語言資源保護大会在長沙召開」

『世界漢語教学』2018年第4

陳章太(2008)「論語言資源」『語言文字応用』2008年第1期 李宇明(2003)「論母語」『世界漢語教学』2003年第1

劉子琦・胡瑞琪(2018)「改革開放40年広播電視普通話播音用語研究」『語文建 設』2018年第18期

羅素(Frederick Russell-Rivoallan)(2019)「『岳麓宣言』的誕生是世界語言資源 保護的里程碑事件」『語言戦略研究』2019年第3

王莉寧(2019)「中国語保国際化的途径和経験」『語言文字応用』2019年第4期 王暁淅・高暁慧(2019)「岳麓宣言背景下生態語言学視角中的少数民族地区双語

和諧研究」『北方文学』2019年第14期

[新聞記事]

『光明日報』2019年2月22日「聯合国教科文組織『岳麓宣言』在京発布──語言 多様性為何如此重要」

『光明日報』2019年222日「『岳麓宣言』中的中国元素」

『語言文字報』2019年1月23日「『岳麓宣言』発布保護促進世界語言多様性」

『語言文字報』2019年2月27日「“保護与促進世界語言多様性『岳麓宣言』”在京

(22)

発布」

『語言文字報』2019年327日「『岳麓宣言』誕生始末」

〔附録〕

 本資料は,本稿を通読するに際して適宜参照することができるよう,筆者が岳 麓宣言を邦文に仮訳したものである。このような趣旨から,本資料はあくまで参 考資料という位置づけであり,ユネスコその他の関係機関の確認を経たものでは ないことから,正確性が保証されるものではないことに留意されたい。

 なお,本資料は,岳麓宣言の中文版を邦文に翻訳したものであり,英文版は用 語の確認などのために併せて参照した。また,注釈に関しては,オリジナルは脚 注となっているが,本資料では最後にまとめて記載することとした。

世界の言語多様性の保護及び促進に関する岳麓宣言

(邦文仮訳)

世界言語資源保護会議

2018年9月19〜21日,中華人民共和国湖南省長沙市 序言

 私たちは,異なる言語,文化,人種及び宗教並びに異なる社会制度により構成 される世界の中に生きており,あなたの中に私がいて,私の中にあなたがいると いう運命共同体を形成している。言語は,人間開発,対話,和解,インクルージ ョン及び平和を促す重要な前提の1つである。

 人々は,言語を通じて他者と意思疎通を図るとともに,知識,思想,信仰及び 伝統を代々受け継いでいくべきであり,これは人類の生存,自尊心,幸福,発 展及び平和的な共存にとって,欠かすことのできないことである。また,私たち は,代々受け継がれてきた歴程において,幼児期の言語学習の効果が最も優れて いるという知見を有するに至っている。

 同時に,言語は文化の基本的な特徴の1つであり,1つのエスニック・グルー プ,1つの地区ないしは世界の独特な文化を記録・伝承するための主たる媒体で あって,これは人々が共有する行動様式,相互作用,認知構造及び理解方法を通 じて交流が図られ,かつ,人類運命共同体が構築されることに資するものであ る。言語は,人類が数千年に亘り蓄積してきた伝統的知識及び実践的経験を記録 している。このような知識の宝庫は,人間開発を促進させるとともに,自然を改 良し,環境に適応する人類の能力を証するものである。

 世界各地から会議に参加した者は,政府,国の言語文字管理部門,学術界,文 化・情報・記憶に関する組織,公共部門又は民間機関,危機言語,少数民族言 語,先住民族言語,非公用語及び方言の使用者,並びにその他の関係する専門家

(23)

を代表しており,2018年9月19日から20日にかけて,中華人民共和国湖南省長沙 市において世界言語資源保護会議に出席するとともに,本宣言を採択した。本宣 言は,以下の通りである。

 「世界人権宣言」(1948年)において言及されている各種の人権及び基本的自 由,並びにその他国際的に承認されている法的文書を遵守する。

 ユネスコ憲章の前文において「戦争は人の心の中で生れるものであるから,人 の心の中に平和のとりでを築かなければならない」(1945年11月16日)と表明さ れたことを回顧しつつ,ユネスコが積極的に言語の多様性及び多言語主義を促進 させる国連機関であることを重ねて表明する。

 言語の権利を支持するその他の国際人権文書,すなわち「あらゆる形態の人種 差別の撤廃に関する国際条約」(1965年),「経済的,社会的及び文化的権利に 関する国際規約」(1966年),「市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規 約)」(1966年),「児童の権利に関する条約」(1989年),「すべての移住 労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約」(1990年),「民族的又は種 族的,宗教的及び言語的少数者に属する人々の権利に関する宣言」(1992年),

「障害者の権利に関する条約」(2006年)及び「先住民族の権利に関する国際連 合宣言」(2007年)並びに国際人権条約その他機関による当該領域の事業に基づ く。

 その他の国際文書,すなわち「文化的多様性に関する世界宣言」及びその実施 のための行動計画(2001年),「無形文化遺産の保護に関する条約」(2003年)

及び「文化的表現の多様性の保護及び促進に関する条約」(2005年)並びに「サ イバースペースへのユニバーサルアクセス並びに多言語主義の奨励及び多言語使 用に関する提言書」(2003年)を回顧する(注1)。

 言語の多様性に関する政策は,まず言語の守護者としての人々及びコミュニテ ィーの尊厳並びに彼らの権利を尊重するとともに,彼らと言語の多様性の保護及 び促進について誠実に協力していくことが必要であり,言語の振興,保護及び促 進のために払うべき努力について検討するとともに,先住民族言語その他言語が 不断に直面している危機・苦境の状況を把握したことを表明する。

 言語及びそれにより支えられている伝統的知識は,文化の多様性及び生物の多 様性にとって極めて重要であり,これはとりわけ気候の変化及び環境の悪化に対 応する際に至極重要であるとともに,自らの言語を有するということが先住民の 享有する自決権の一要素であることにも配慮する。

 圧倒的多数の危機言語が先住民の言語であるという事実を回顧するとともに,

国連総会による「先住民の権利」に関する決議(71/178)において示された緊迫 感,そして2019年を「国際先住民族言語年」とすると決議・宣言すべきだという ことに賛同する。

 国連総会の2014年9月22日に採択された第69/2号決議である「先住民族世界会 議として知られている総会のハイレベル本会議の成果文書」,「システム全体の 行動計画」(注2)及びその後の国レベルの行動計画,先住民の権利に関する専 門家会議及び関連する研究及び提言等に示されているコンセンサス(注3),並 びに国連先住民問題に関する常設フォーラムの2016年会議(E/2016/43)におけ

(24)

る「先住民の言語:保護及び発展(『先住民族の権利に関する国際連合宣言』第 13条,第14条及び第16条)」というテーマの結論及び提言を重ねて表明する。

本宣言による表明

 (一)国際社会は,言語の多様性の保護を強調する重要な国際文書その他政 策文書を承認しており,とりわけ国連総会による「先住民の権利」に関する第 71/178号決議は,2019年を「国際先住民族言語年」とすると宣言し,すでに世界 的に言語及びこれに関する問題を再び重視するようになっている。

 (二)「先住民族の権利に関する国際連合宣言」第13条,第14条及び第16条 は,言語の権利の規範に関する内容を一層充実したものとした。

 (三)目下特に関心が払われている先住民の言語文化の保護及び発展,危機言 語,少数民族言語,非公用語及び方言等の保護及び伝承の領域においては,すで に優れた模範が存在している。

 (四)近年開催された多くの先住民族言語に関する専門家会議は,当該領域の 事業に参考を示すことができる。こうした専門的な国際研究討論会には,分野を 跨ぐ専門家,政策立案者,研究者及び第一線で活躍する実務者が参集してきた。

ユネスコが制定した「国際先住民族言語年の行動計画」(注4)も当該領域の重 要な文書である。

 (五)「知識社会」という概念は,インクルージョン,開放性,ダイバーシテ ィ,多元的共存等の重要な原則の上に成り立っている。文化的多様性及び多言語 主義は,多元,公平,開放及びダイバーシティを促進する知識社会において重要 な機能を発揮するものであり,教育の普及,情報の獲得及び表現の自由の実現の ための重要な支柱でもある。

 (六)人権を基礎とした方法,すなわち無差別,人権の相互依存性及び相互関 係,最も弱い立場の集団への配慮,多くの人々の関与並びに国際人権規範に基づ く説明責任を採用する。

合意及び提唱

合 意一:言語多様性の保護及び促進は,持続可能な開発目標(SDGs)の実現に とって極めて重要であることから,次の通り提唱する。

1 . 言語多様性の保護及び促進は,人間開発に寄与することである。言語多様性

の保護は,教育その他基本的な公共サービス,就業,健康,社会統合,社会的 意思決定への関与といった領域における各言語の使用者の機会の均等を保障す るとともに,永久的な非識字者,失業,医療の受診困難,差別その他不公平な 現象の発生を防止し,もって貧困及び飢餓の解消並びに良好な健康及び福祉の 創出という人間開発の目標に資することである。同時に,言語の多様性は,独 特で古い歴史を有する文化を代々伝承していく基礎でもある。

2 .言語多様性の保護及び促進は,危機言語,少数民族言語,先住民族言語,非 公用語及び方言を母語とする者の潜在能力,行動力及び主体性の向上に寄与す ることである。これには人々が幼児期から母語を使用及び伝承すること,母語 教育を受けること,インターネットその他公共空間における情報及び知識を得

(25)

ること,視覚障碍者が点字を使用すること,聴覚障碍者が手話によりコミュニ ケーションを図ること,並びに良質な教育及び男女平等の機会を増加させるこ とが含まれる。

3 .言語多様性の保護及び促進は,環境の改善に寄与することである。言語多様 性の維持は,言語の拠りどころであり,その発展に必要とされる自然環境,生 物多様性及び生産・生活の方式を理解することと密接な関連を有している。グ ローバル化という背景にあっては,言語多様性の保護と重大又は特殊な歴史 的・文化的価値を有する都市又は集落とを緊密に結びつけ,言語多様性の保護 を図るために必要とされる環境的条件及びサービスを提供し,言語多様性及び 環境保護と経済成長が互いに利益を有するような持続可能な発展モデルを模索 すべきである。

4 .言語多様性の保護及び促進は,経済発展を推進することに寄与する。言語多 様性は,異なる言語の使用者がそれぞれの教育背景,社会生活及び経済発展の 中で相対的平等を獲得することができるよう,危機言語,少数民族言語,先住 民族言語,非公用語及び方言を母語とする者の平等かつ優良な就業機会を増加 させ,もって持続可能な経済成長を促進させる。

5 .言語多様性の保護及び促進は,社会の統合及び協力に寄与することである。

言語多様性の保護は,母語を異にする者の間におけるジェンダー不平等及び社 会的不平等という現象の減少に資するところであり,危機言語,少数民族言 語,先住民族言語,非公用語及び方言を母語とする者が教育を受ける権利を保 障し,これらの者の参画を奨励することにより,文化の多様性,危機言語の保 護及び無形文化遺産の保護に関連する諸活動,例えば口承文化,舞台芸術,社 会実践,宗教・民族及び祝祭日に関する行事等を促進させ,マイノリティの社 会とのかかわり合いの程度及び社会的意思決定の能力を向上させ,もってより 一層平和的で包容力のある社会を創出し,持続可能な発展を促進させる。

合 意二:言語多様性の保護及び促進は,国際社会の各領域による積極的な貢献,

適切かつ有効な参画が求められることから,次の通り提唱する。

6 .ユネスコは,世界の言語多様性の提唱,牽引,促進,普及及び保護の重要な 職責を担う。

 (1 )世界の言語多様性の現状をモニタリングし,これに基づき関連政策又は施 策を立案及び実行すべきであり,積極的な態度を示す政府及び非政府組織,

先住民,公共部門及び民間部門並びにコミュニティー及び個人との協力を進 展させ,関係する協力者の言語能力の構築を支援するものとする。

 (2 )ユネスコは,各加盟国,関連する学術機関及び企業が危機言語の保護事業 を展開し,少数民族言語,先住民族言語その他マイノリティ言語を含む危機 言語のコミュニティーと積極的に関係構築を図っていくことを奨励及び指導 すべきである。

 (3 )ユネスコは,言語多様性の保護及び促進のための都市ネットワークを構築 し,持続可能な都市の重要な基準の1つとして言語多様性を検討していく可 能性を探求すべきである。

(26)

 (4 )ユネスコは,政策志向の研究を支援,奨励及び宣伝することにより,体系 的かつ総合的に言語的公正性に関する問題を解決することとし,かつ,これ を持続可能な発展のための重要な構成要素とすべきである。

7 .国連その他国際的な人権に関する機関及びメカニズムは,人権保障という次 元から言語の権利の行使情況をモニタリングする責任を有する。これには,例 えば,経済的,社会的,文化的権利委員会,子どもの権利委員会,文化的権利 に関する特別報告者及び先住民族に関する特別報告者といった人権条約機関及 び特別手続が含まれる。

 (1 )言語多様性の保護及び促進を国連の関連する開発のためのアジェンダに取 り入れ,これが人類運命共同体の構築,世界規模での平等,相互学習,理 解,対話及びインクルージョンの促進,そして世界平和の維持といった領域 において代替できない重要な機能を発揮することを確実に保障すべきであ る。

 (2 )国連総会が「国際の10年」活動の1つとして「先住民族言語のための10年」

を採択するよう提案する。世界の先住民族言語の振興には,各国,先住民及 びその他領域の持続的な努力が求められるからである。

8 .国家及び政府は,当該国における言語多様性の保護及び促進の領域において 主導的な役割を果たすものとし,各加盟国が健全な言語政策及び言語資源の管 理運営に関する仕組みを策定することを奨励する。

 (1 )当該国の言語状況に基づき,科学的な計画を策定し,すみやかに,かつ,

有効に国内における言語資源の調査及び保護を実施するとともに,関連する 言語集団を関係事業に参加させるべきである。

 (2 )教育及び文化に関する活動を組織的に展開し,言語文化の多様性及び多言 語主義を発揚させるとともに,言語コミュニティーを計画・実施及び関連事 項の評価事業に参加させることを通じて,一般大衆の言語に対する自信及び 言語の保護・伝承に関する意識を育むべきである。

 (3 )言語に関する事項の計画,実施及び評価に責任を負う言語政策の仕組みを 当該国の専門技術及び方法論的な伝統と緊密に結び付けていかなければなら ない。

 (4 )国レベルにおいて「世界の言語多様性の保護及び促進に関する岳麓宣言」

その他関連する国際文書に基づき,行動計画を策定するとともに,これに関 係各方面が参加することを奨励する。

9 .国の言語文字管理部門,学術界,非政府組織,公共機関及び民間部門並び に個人が科学研究やメディア,カリキュラム,芸術,文化生産,情報通信技術

(ICT)等の様々な方法により言語多様性の保護及び促進を図ることを奨励す る。

 (1 )国の言語文字管理部門,学術界,非政府組織,公共部門,民間部門及び個 人を含むすべての関係者が,「言語の保護者」,「言語のエキスパート」,

「言語の推奨者」等の呼称を認識するとともに,その理解を更に高めること を奨励する。コミュニティー,組織,機関又は個人であるかにかかわらず,

科学研究,メディア,カリキュラムの開発,芸術,文化生産,情報通信技術

参照

関連したドキュメント

Kyushu University Institutional Repository..

に語 ることと ,存 在形態 自体が視覚的に も聴覚 的にも言語 その ものか ら成 り立 っている何かを 言語で語 ることは ,同 じことであろうか。究極 的に ,仮 称

そこで本研究では、方言学習が重要と考える理由を挙げて、方言学習の意義

今日では,「リスク」や「リスクマネジメント」という用語は,すでに

私(当社)は、東日本大震災復興特別区域法第37条第1項に規定する指定を申請するに当たり、東日

私(当社)は、東日本大震災復興特別区域法第37条第1項に規定する指定を申請するに当たり、

「同意」は 項の場合の要件としている 。また、同条 項は「前

このような例 を見 てみて も、母語の聞 き取 りと外国語学習 における聞 き取 り とは全 く状況が異なることが分かる。母語ではデ ィクテーションの ように一字 一句 に集