リスニングモデルに関す る一考察
土 平 泰 子
1.は じめに
リスニ ングのモデルはまだあま り明 らかにされていない。 しか しなが ら、そ の研究の もたらす意味は大 きい。本稿 の直接 の動機 は、Buck (1991,1994) による。Buckはこの2つの貴重な論文で、項 目応答理論 (Item Response Theory)を用いた TOEFL (TestofEnglishasaForeignLanguage)
や TOEIC (TestofEnglish forlnternationalCommunication)の よ うな言語テス トの、特 にリスニ ングセクションに関 して、疑問を投 げかけた。
というのは、項 目応答理論はテス トを構成す る項 目 (i.e.,小 間) の‑毒性 (unidimensionality)を前提条件 とするのに対 して、 リスニ ングセクシ ョンの 各項 目はそれぞれに多様 なスキルを要求 しているように思われたからである。
Buck (1994)の結論 は、 リスニングは多義的で様 々なスキルを伴 う ものであ り、項目応答理論で リスニング能力 を測るのは適切ではない というものであっ た。 しか し、前述のようにリスニングのモデルはまだ明 らかではな く、また項 目応答理論の一義性 について もテス ト理論研究者の間でまだその定義が論 じら れている状態である。一義性の定義によっては、 リスニ ングを多様 なスキルを 含むひとつの能力 として測定するという可能性 も残 されているか もしれない。
第2の動機は、リスニ ングモデルを用いた授業内容の向上である。 リスニ ン グモデルについて、何 らかの共通理解が教師達の間に得 られれば、当然のこと なが ら教授法、授業内容 にも大 きな影響 を与えると思われる。例 えば、音声 を どのように認識 し、そこか らどのような過程 を経て意味 を取 り出すのかが研究 されれば、各学習者が どの段階でつ まづいているかが分か り、その段階を中心
とした訓練 を行 うことが可能 となる。漠然 と訓練を行 うよりもかなり高い効果 が期待できるはずである。
以上のような動機により、本稿では主なリスニングモデル研究を概観 した後、
各研究の共通理解 とな りうる部分、問題点 を分析、少 しで もリスニ ングモデル の見直 しができればと考えている。
2.主要 な リスニ ングモデルの研究
2. 1 「予想 一検証」説
河野 (1993)、河野、沢村 (1985)は、Atkinson& Shiffrin (1968)と Pimsleur(1971)の研究を中心に、図 1の ようなリスニ ングモデルを提案 し ている。 これは 「予想一検証」説 と呼ばれるものである。彼によれば、フィル ター装置 (filterdevice)とは、多 くの音源から出る様々な聴覚入力 (sensory input)の中から、聞 き手の注目する音源だけを選び出す段階である。模倣性 記憶装置 (echoicmemory)では、聴覚入力 をその ままの形で一時的に反射 的に記憶 し、次の段階での本格的な分析に対 して素材 を提供する。彼は、入力 を分析 して意味を取る次段階の前にあることから、この2つの装置を合わせて 予備的音声分析段階 (preliminaryauditoryanalysisstage)と呼 んでいる。
予想一検証 (prediction‑testing)では、模倣性記憶装置の中にた くわえら れた短い発話 (文法単位、PSU‑PerceptualSenseUnitと考えられる) ごと に、言語情報 と身振 り、背景知識のような言語外の情報を用いてそれに関する 予想を立て、現実の入力 と比較、検討する情報分析作業が行われているという。
PSU (PerceptualSenseUnit)について彼 は、実験 を基 に以下 のような3つ の性格 を提案 している。それらは、(む構成する音節が300‑400ms以内の短い 間隔で結ばれていて、一気に知覚 されること、② まとまった意味単位である こと、③PSUの長 さは7士2音節 を限度 とする、である。
リハーサル緩衝器 (rehearsalbuffer)では、PSU の分析の後、長期記憶
聴 覚 入 力 (scsoryinput)
フィル ター装置 (alterdcvip)
模倣性記憶装置 (∝hoicmemory)
ニ
短期記憶段階(shorttermmemorystage)
予想一検証 (predietioA‑testing)
1
1
)ハーサル虚衝器 (rehcarsalbuqer)
長期記憶段階 longterm memoryStage
予備的音声分析段階
(preliminaryauditoryanalysisstage)
中心的情報分析段階 (primaryinformationanalysisstage)
[図1] 「予想 一検証」説
河野 (1993p.33より)
に持 っているすべての知識 を使 って人力情報全体 の意味 を反動する 。 これは
PSUごとに行われ、入念 なリハーサル後 には 「なるほど」 と納得のいった情報 だけが、長期記憶段階 (long term memory stage)にとどめ られる、 とい う ことである。
さらに河野はリスニングを 「holisticな作業+analyticな作業」 か ら成 る として考 えた。前者 は模倣性記憶装置までの音節か らなるPSUの理解、後者 は中心的情報分析段階 と長期記憶による背景知識等 との照合 を指 している。 こ のことは河野が行ったTappingの実験 の結果 と合致する。被験者にメ トロノー ムの音に合わせて Tappingをさせ た ところ、300ms以下 の速いテ ンポでは
holisticでatatimeのゲシュタル ト知覚による音声処理、それ以上 の遅い ものに関 してはanalyticでtimedependent、oneby oneの処理が行 われ ているという結果が出た。
2. 2 「運動指令説」 と 「合成 による分析」
音声知覚の理論 の主な もの として竹蓋 (1984)は 「運動指令説 (Motor TheoryofSpeechPerception)」 と 「合成による分析 (AnalysisbySynthe‑ sis)をあげている。前者はLiberman他 (1967)を中心 とする米国のHaskins Laboratoryの研究者達によるもので、はじめは 「調音参照説 (Articulation ReferenceTheory)」 として提案 された。 これは 「音声の聴取は自分がその昔
を発音するときの調音行動の感覚を参照 して行 うものである」 というものであ るが、後に実際の調音行動ではなく神経制御指令の段階で参照 を行 うとする
「運動指令説」へ と代わった。 (図2参照) しか しなが ら、竹蓋 (1984)によれ THEINDIVIDUALASBOTH
SPEAKER AND USTENER
OTHER SPEAKERS [図 2] 運動指令説のモデル
(竹蓋 1984p.201より)
[図3] 合成 による分析 のモデル (竹蓋 1984p.202よ り)
ば、 この説 は聴覚 と発話 の両回路 の機能が どの ような形 で比較 されるのかが明 確 でない、基 となるデー タの まとめ方 や相反す る実験結果 な どもあ り反論 も多
い。
「合成 に よる分析」 はマサチ ューセ ッツ工科大学 の Stevensらの理 論 で音 声の知覚 は生成 の時 に働 くの と同 じ変換規則 が 「合成 に よる分析」 の形 で働 い てい るもの と仮定す る。その理論 は図3の よ うに表 され る。 まず は音 響 分 析 (PeripheralAuditoryAnalysis)を行 い聴覚パ タ‑ ンBを求 め、 それ を一 時 的な記憶 (TemporaryStore)に貯 える。予 備分 析 (PreliminaryAnalysis) では聴覚パ ター ンか ら弁別的特徴 などの言語音声的特徴 (A) を引 き出 し、 制 御部 (Control)では (A)と先行部分 の分析結果 (ResultsofPreviousAna‑
lysis)、辞書 (Lexicon)、比較器 (Comparator)による照合結果 を合 わせ て、
仮説 A'をたてる。変換規則 (GenerativeRules)が この仮 説 に よる記号 を 発音す るための調音器官へ の指令 (B') を生成 し、それが比較器 で (B) に近 ければ、仮説 A'は入力信号 と して知覚 され、 そ うで ない ときには (B) と (B') の誤差 に基いて仮説 (A')が立 て直 される。 これ もまた音声 の生 成 の仕 方 を参照す る意味で は変わ らないが、何 をどこで比較す るかが運動指令説 よ り
もはっき りしている、 とい うことである。
3.各モデルの問題点、課題
2人の主要な日本人研究者による音声知覚、 リスニングのモデルを概観 して きた。ここで、い くつかの問題点、疑問点 を挙げ、検討 していきたい0
第‑に、河野のまとめた 「予想一検証」説 と竹蓋の挙げた 「運動指令説」や
「合成による分析」では焦点を当てている過程が異なるように思われる。前者 よりも後者の方が音声知覚に絞って、その過程 を綿密に示そうとしているよう である。 しか し、その一方で 「運動指令説」や 「合成による分析」では、聞き 手の活用す る意味情報や言語外情報 (背景知識、身振 り、文化的情報)が lexiconの部分に限られている。その点ではどちらも総合的なモデルとは呼べ ず、共通部分、補 うべ き部分について、相互を比較検討する必要がある。
第二に、 3つのモデルのうち竹蓋の挙げたモデルはすべて音の生成に伴 う生 成規則 を参照することで音声知覚を行 うとしている。 しかし、それでは生成 し たことのない音を聞 き取れるという場合を説明できず、実際的でない0
そ して第三に、これらのモデルの外国語教育への活用 を考 える際、私達は注 意する必要がある。それは、これらのモデルがおよそ母国語に関する研究成果 に基いているということである。外国語学習の場合、記憶、語桑、リズム等の 面で も聞 き手の負担が大 きくなる。また、 2つの段階が同時進行になることも 考えられる。
3. 1 各モデルの比較
先述のように、河野のまとめた 「予想一検証」 説は理解 に、竹蓋の挙 げた
「運動指令説」や 「合成による分析」では音声知覚により焦点 を絞 っているよ うである。そこで、先ず両者にとって共通 と思われるものを求めると以下のよ うな項 目がある。
① 音声知覚の単LEI.ま音素 よりも大 きなものである.(e・g・,PSU)
② 聴覚人力はまず短い発話の単位で一時的に保存 される。
③ 仮説が立て られ、検証が行われる。
そ して、互いに異な り補 うべ きところは以下の項 目であると思 われる。
(∋ 意味の理解 には、語嚢だけではな く身振 り等の言語外情報 も用いられる。
(診 予想一検証 は音声知覚 と意味の理解の両方で行われる。
(参 音声知覚の出力は意味の理解に活用 されるO
(む 意味は聞 き手によって作 られ、要点のみが長期記憶 に貯えられるO 後に述べる外国語学習者の場合 も考 えると、さらに付 け加えるべ きもの、検 討すべ きものが出て くるであろう。科学的論拠 を加えて、 さらに検討する必要 がある。
3. 2 音 の生 成規 則 の参照 に関す る問題 点
2であげた各説には各々反論があ り、例 えば 「合成 に よる分析」 には、(》 生成規則の作 られていない音の知覚の説明が難 しい、(参人間を使 った実験デー タが少ない、@ 比較の操作が必ず必要ならば初めか ら 「合成 による分析」法 は必要ないのではないか等の反論がある.(か まデー タ量の問題であ り、③ は モデルの効率性 に関わるものである。 しか しなが ら、① は決定的で、 しか も
「その昔 を生成 した時の規則 を参照」する説すべてに共通 となるため、「調音参 照説」は勿論 「運動指令説」もこの矛盾を抱 えていることになる。
自分では生成 した (発音 した) ことのない昔で も、知覚で きるというような ことは頻繁 に起 こ りうる こ とで あ る と思 われ る。 特 に発 話 の ため の語 嚢 (ActiveVocabulary)と受容のための語嚢 (PassiveVocaburary)に大 きな 差があると思われる外国語学習ではなおのことである。「発音 はリスニ ングを 助 ける」、「発音できる昔は聞ける」 というのは経験的にも本当であろうが、そ の道 「発音 したことがな くては開けない」 は定かではない。つまり発音 したこ とがな くて も読解などで見知った語であれば リスニ ングにおいても理解で きる 可能性は十分にあるのである。
ここで一つ非常に基本的ではあるが興味深い説の活用 を提案 をしたい。それ
は言語心理学で広 く知 られるTheSubvocalizationHypothesisである。Foss
&Hakes(1978)はこの仮説について以下の ように説明 している。
"ThesubvocalizationhypothesisassertsthatreadinglSequivalentto talkingtooneselfandlisteningtowhatonesays.Roughly,thehy‑
pothesisassertsthatthereaderfirstconvertsthewrittenfrom into subvocalspeech.Thesignalsthatarisefrom subvocalspeechareas‑ sumedtobesimilartothosethatarisewhenlistening toanother persontalk." (p.330)
読み手 は読解の ときに自分 に語 り掛 け (subvocalspeech)、それを開 く。読解 は他の人が話すのを聞 く時に似 た信号 を伴 う、 とある。 リスニ ングの際 に参照 する信号 を、音の生成の際に生 じた(信号 だけではなく、この仮説 にあ る、読 解で生 じた信号 (subvocalspeechに関わる信号) も参照することが出来る と すれば、先述の ような 「発音 したことがなくて も読解などで見知 った語 を聞 き 取れる」 というケースを十分に説明で きるのではないか と思われる0
3. 3 外 国語 教 育 へ の活用 に関す る問題 点
先述のように、 2で挙げたモデルはおよそ母国語 に関する研究成果に基いて お り、外国語学習に活用する場合注意 を必要 とする。 日本語 を母語 とす る話者 の場合、 リズム、語順、語嚢をは じめとして初級の段階でーは聞 き手の負担が非 常に大 きくなる。前段階が終わ らないうちに次の入力があ り、 2つの段階を同 時に行おうとしてつ まづ くことも考 えられる。 これ らの リスニングのモデルが もっと明 らかになればこのような学習者への負担 を軽減で きるかもしれないが、
やは り外国語学習者のモデルを作る必要はあるのではないか。
英語の授業ではリスニング能力 を伸ばす手段 としてよくデ ィクテーシ ョンが 用い られる。竹蓋 (1984)は、音声知覚の膨大な量 とスピー ドか ら、聴覚記憶 への負担の大 きさを考 え、初級者のデ ィクテーションに関する調査 を行 った。
その結果、受験生があまり負担 を感 じずに記憶で きる文の長 さはほほ5語で、
初級者には5、 6語が適 しているとした。 しか しながら、これはディクテーショ ンの場合であって、 1パ ラグラフを聞かせ るようなリスニ ングとなると結果は 異なるように思 われる。それ どころか、外国語学習者 はある時点で リスニ ング の方略す ら変えるのではないか と思 われる。Rivers(1987)は著書 r外国語習 得のスキルーその教 え方J のなかで、「意義 (gist)はそれ を聞 く者 の心 の中 で作 られる」 と述べている (p.160)。つ ま り、情報 を短期記憶 か ら長期記憶へ と貯 える際 に、大意把握そ して情報のダウンサイジングのための再 コー ド化が 行われているのではないか。 これは 「予想 一検証」説では、 リハーサル綬衝器 の段 階で行 われる。
「この段階では、た とえ十分 に納得のいかない情報 で もまだ忘 れ去 られ ることな く r短期記憶J として留 まっているが、やがて、それ らのうち、
リハーサルが入念 に行 われ、 rなるほ ど」 と納得 のい った情 報 だ けが r長期記憶J として残 り、聞 き手の新 しい知識 になるとい う」
(河野 1993,p.38)
この ように、長 い聞 き取 りでは、沢山の情報か ら関係 ある もののみ を記憶 にと どめるとい う作業 も加わ り、短文 の聞 き取 りとは異 なった方略が使 われるだろ う。長文 と短文 の特 にデ ィクテーションの ような ものの聞 き取 りは今後区別 し て考 えてい く必要がある。
このような例 を見 てみて も、母語の聞 き取 りと外国語学習 における聞 き取 り とは全 く状況が異なることが分かる。母語ではデ ィクテーションの ように一字 一句 に集 中する機会 は少 な く、 また長文の聞 き取 りとの違いを意識す ることも あま りないだろう。 しか し、外国語学習の聞 き取 りでは語嚢、情報処理、記憶 などの負担が大 きいため、違いが大 きく感 じられる。母語の リスニ ングモデル に加 え、外国語学習者の リスニ ングモデルがやは り必要であろ う。
4.おわ りに
本稿では、まず主なリスニングモデル研究を概観 し、各研究の共通理解 とな りうる部分を模索、そしてそれに伴 うリスニングモデルの見直 しを検討 した。
リスニ ングモデルについて、教師達が共通理解 を得ることは授業内での訓練の 効果を挙げることにもつなが り、非常に有益で■あると思われる。問題点 として は、総合的なリスニングモデルの欠如、生成規則の参照の見直 し、そして外国 語学習への活用法が挙げられた。今後の課題 としては、総合モデルの構築、そ してその科学的な裏付け、外国語学習への示唆 と具体的な授業案の研究が考え られる。
参考文献
Aitchison,J.(1994)WorldsintheMind.BasilBlackwell. Brown,G.(1977)ListeningtoSpokenEnglish.Longman Buck,G.(1991)TheTestingofListeningComprehension:an
IntrospectiveStudy,LanguageTesting,8,pp.67‑91.
Buck,G.(1994)TheAppropriacyofPsychometricMeasurementModels forTesting SecondLanguageListening Comprehension,Language Testing,1,pp.145‑170.
FossD.J.&HakesD.T.(1978)AnIntroductiontothePsychologyof Language.Prentice‑Hall.
河野 (1993)「人は音の流れをどのようにして理解するか」.小池 (宿)(1993) r英語のヒアリングとその指導J大修館書店 pp.19‑55.
河野、沢村 (1985)rListening&Speaking一新 しい考え方」 山口書店.
Rivers,W.(1987)
r
外国語習得のスキルーその教え方J 研究社.竹蓋 (1984)「ヒアリングの行動科学J研究社.
竹蓋 (1989)rヒアリングの指導 システムJ研究社.