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再審事由としての違法捜査

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研究ノート

再審事由としての違法捜査

――ロシア人おとり捜査再審事件

新 屋 達 之

はじめに

刑事再審は、通常、というよりほとんどの場合、刑訴 条 号事由の存 在を理由に請求され、開始・棄却いずれの決定であれ、同号の事由の存否い かんによって判断される。このような中、捜査官による職務犯罪の存在を理 由として再審開始決定を維持した珍しいケースが現れた。いわゆるロシア人 おとり捜査再審事件である。

このケースは、事件の経過自体にも興味深いものがあるが、再審との関係 においても注目すべき点を少なからず有している。そこで、この事件の経過 を振り返りつつ、再審に関する点を中心に、若干の問題を考えることとした い。

本件の事実関係

ロシア人おとり捜査再審事件の経緯は、おおむね、次のようになる

( )

。 ロシアの船員として稼働していた請求人は、銃刀法違反(拳銃加重所持)

福岡大学法学部教授

(2)

の現行犯で逮捕され、有罪判決を受けて服役後、退去強制になった者である。

再審開始決定の認定するところを要約すると、請求人が拳銃取引に応ずる に至ったのは以下のような経緯である。

年夏の初来航の際、請求人は、中古車購入のため販売店を回った際、

同道していたパキスタン人Eから、「イタリア製かアメリカ製のけん銃が欲 しい。あれば車と換えることができる。」、「けん銃があれば欲しい中古車と 交換してやる。」などと話しかけられた。その 日後にも、「次に来るときに なんか欲しいものないか。もしよければかにでも持ってこようか。」との請 求人の問いかけに対し、Eは、「かにはいらないけれども、けん銃ならいい よ。」と答えた。

ところで、請求人は、たまたま父の遺品であるけん銃等を所持していたた め、タダ同然のけん銃と中古車を交換できればラッキーだと考え、けん銃等 を日本に持ち込むこととした。なお、請求人がロシアマフィア関係者だとか、

銃器犯罪の犯罪性向を有していたなどの証拠は存在しない。

同年 月 日、請求人は小樽に着き、Eなどと共に札幌の中古車販売 店を訪れたが、Eと車内で 人きりになった際、Eに本件けん銃のポラロイ ド写真 枚を渡した。その後、請求人らとEは、翌日も中古車販売店を回る ことを約束し、Eが請求人らを港まで迎えに行くことになった。

同日夜、北海道警銃器対策課に勤務していたBの下に、請求人が日本にけ ん銃を持ち込み、Eの従兄弟であるDに売り込んでいるとの情報がもたらさ れた。これを受け、銃器対策課では、翌朝にDらを使って、請求人が船外へ 本件けん銃等を持ち出すように仕向け、請求人を現行犯逮捕する方針が決定 された。さらに、捜査書類の作成などの際にはDの存在を隠すことも決めら れた。Dは、Bの捜査協力者でもあった。

翌 日、請求人は、Eから、「Dにピストルが必要なので、本件けん銃と

日産サファリを交換する。」旨の話を告げられた。その後、請求人は、同僚

(3)

の船員 名と共にDの経営する中古車販売店に向かい、Dから、 万ドルの 値札が付けられた日産サファリを見せられた。Dと共に港に戻ると、請求人 は、Dからけん銃を船から持って来るよう言われたため、船からこれを持ち 出し、Dに渡そうとした。しかし、Dはこれを受け取らず、「警察、プロブ レム。」と言って車を降り、請求人についてくるよう指示した。請求人は、

Dの後を追い、着衣から本件けん銃等を取出してDに手渡そうとしたところ、

待機していた警察官らによって現行犯逮捕された。Dは逮捕されていない。

確定審・再審請求などの経緯

請求人にかかる確定判決の公判では、本件おとり捜査が違法な犯意誘発型 であるとの主張がなされた。しかし、出廷した捜査官証人は事前打ち合わせ のとおり、Dの存在を否定し、Dも同様の証言をした。その結果、本件おと り捜査は適法な機会提供型と認定され、請求人は懲役 年の実刑を受け、控 訴・上告も棄却されて服役した。

ところが、本件捜査に関与した警察官Bは、その後、捜査費捻出のための 覚せい剤密売、覚せい剤自己使用などに関与するなどして逮捕・起訴され、

その公判の過程で、本件が犯意誘発型の違法なおとり捜査であったこと、そ の他、銃器捜査に関する捜査機関の組織的不正を供述した

( )

。他方、本件お とり捜査の違法性が別途国家賠償請求で争われ、違法なおとり捜査の事実は 認定されなかったものの捜査官にかかる公文書偽造・法廷での偽証の事実が 認定され請求が一部認容された。そこで、これらを新証拠として本件再審請 求がなされた。

再審決定

札幌地裁再審開始決定(以下、原決定)は、「本件おとり捜査には、

令状主義の精神を潜脱し、没却するのと同等ともいえるほど重大な違法があ

(4)

ると認められるから、本件おとり捜査によって得られた証拠は、将来の違法 捜査抑止の観点からも、司法の廉潔性保持の観点からも、証拠能力を認める ことは相当ではない」上、捜査機関の組織的な隠蔽工作があった点で「その 違法性を認識しながら請求人を逮捕したものと認められ、そのような捜査に よって得られた証拠を用いることは到底許されるべきことではない」とし、

関連証拠を証拠排除した。

「そうすると、請求人が真正なけん銃やこれに適合する実包を所持してい たことは請求人自身認めているものの、この自白を補強すべき証拠がなく、

結局、刑訴法 条 項により犯罪の証明がないことに帰するから、請求人 に対し無罪の言渡しをすべきである。本件再審請求は、刑訴法 条 号所 定の有罪の言渡しを受けた者に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新 たに発見したときに該当する」として、 号再審を決定した。

ところが、札幌高裁抗告審決定(以下、抗告審決定)は、「 号の再 審事由は、確定判決の形式的又は手続的な瑕疵を問題とするその余の再審事 由と異なり、確定判決における犯罪事実の認定自体の実体的な瑕疵が問題に なる場合が想定されているものと解される。換言すると、本件のように、新 証拠によって不公正な捜査が行われた疑念が生じ、その結果として、確定判 決の犯罪事実の認定に供された証拠の証拠能力の判断に影響の生じることが 判明するなど、訴訟法上の事実の認定の瑕疵につながる新証拠が、同号所定 の証拠として想定されていると解することは困難というべきである」として 原決定を誤りだとした。

しかし、「原判決の証拠となった捜査書類を作成した司法警察職員が同条

号所定の職務に関する罪を犯した事実が、当該犯罪に係る確定判決を得る

ことができないものの、その事実の証明があった場合(同法 条本文)に

該当するというべきである」とし、本件捜査過程で捜査官にかかる虚偽公文

書作成罪の存在を認め、 号事由の存在を理由に再審開始を維持した。

(5)

犯意誘発型の認定

本件でまず注目されることは、公刊された事例に関する限り、犯意誘 発型のおとり捜査が認定されたおそらく初の事例だという点である。

おとり捜査の適法性とその判断基準については、近時、おとり側の働きか けに着目し、働きかけが許容限度内といえるかどうかという点に着目する、

いわゆる客観説が有力となりつつある

( )

。もっとも、伝統的には、犯意誘発 型おとり捜査と機会提供型のそれを区別し、基本的には、前者は違法である が後者は適法であるとする、いわゆる主観説がとられてきた。最決 年 月 日刑集 巻 号 頁も、「少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪 等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場 合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査 を行うことは、刑訴法 条 項に基づく任意捜査として許容されるものと 解すべきである」と述べ、基本的には主観説的な立場から適法性の判断基準 を打ち出しているとみてよいかもしれない

( )

ただ、犯意のない者に犯意を誘発させたという場合、いずれの見地に立っ ても、おとり捜査は基本的に違法だということとなろう。犯罪を行う意思の ない者に犯意を生じさせたというのは、いかに捜査の必要があるとしても、

犯罪を抑止すべき国家が犯罪を誘発したというおとり捜査の根幹に触れるも のであり、到底許されるとは考え難い。

おとり捜査の適法性が問題となった事例は、最高裁、下級審を含めて いくつかみられるが、本件以前に、違法なおとり捜査であると認定された事 例はない。

もっとも、最決 年 月 日(LEX/DB )においては、違法な

おとり捜査が行われていたとする大野・尾崎反対意見が付せられている。そ

れによれば、この事案ではおとり捜査の必要性を欠いた点で違法であると評

価されている。但し、この事件の公訴事実に関するものではないが、「原判

(6)

決の摘示及び本件記録中のA〔注・おとりとなった捜査協力者〕の証言によ れば、Aは、『B刑事と一緒に家を探して初めて被告人宅を訪れ、B刑事の 依頼により被告人に覚せい剤の購入方を申し入れたものの断られたので、そ の旨報告したところ、B刑事からしつこく頼んでみるように言われ、何度か 被告人方を訪ねるうちようやく被告人の承諾を得たことから、B刑事に二万 円をもらって覚せい剤三パケを三万円で買受け、一パケは自分のものにし、

残り二パケをB刑事に渡した。(下略)」といった事実も引用しており、犯意 誘発型であった可能性も窺われる。

本件再審判決直後の鹿児島地裁加治木支判 年 月 日判時 号 頁は、「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、捜査対象者が自己等 に対する犯罪を実行しやすい状況を秘密裡に作出した上で、同対象者がこれ に対して犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する捜査手法」

(なりすまし捜査)の適法性を検討し、なりすまし捜査自体はおとり捜査と は異なるが、国家が犯罪を誘発するという共通性があるとした。その上で、

当該事案においては、被告人は機会があれば犯罪を実行しようとしていたと はいえるが、なりすまし捜査を行う必要性を欠いていた点で、任意捜査の許 容限度を超え、「国家が犯罪を誘発し、捜査の公正を害するもの」だとした。

これらの事案では、被告人の犯意の存在が前提とされている点で、本件と は事情を異にする。但し、いずれも捜査の行き過ぎを指摘した点については、

本件と軌を一にするものといえよう。

このように、反対意見や類似事案でおとり捜査ないしそれに類似する手法 を違法としたケースは見られるが、おとり捜査そのものについて、犯意誘発 型であることを理由に違法だとしたのは、本件再審開始決定が初めてだとい える。

本件の場合、請求人には、銃器犯罪に関係していたなどの事情もなく、

中古車購入の際に同道したEから拳銃と中古車の交換を持ち掛けられたもの

(7)

であった。Eは、警察の捜査協力者であり、請求人に再三、拳銃が欲しいと 持ち掛け、請求人も、亡父が所持していた拳銃があったことを奇貨としてE の申出に従ったというのであるから、Eの働きかけで犯意を誘発したものと 考えてよいであろう。

なお、判決などでは指摘されていないが、当時、捜査当局部内では、被疑 者を検挙せずにけん銃だけを押収するいわゆる「クビなしけん銃」でなく、

けん銃の押収と同時に被疑者を検挙すること(いわゆる「ガラつき」)に強 い関心が向けられていた由である。当時の捜査関係者は、このような関心が 本件おとり捜査の背景となったことを指摘している

( )

。そうだとすれば、た とえば、警察に恩を売りたいという協力者の単純な功名心がおとり捜査の引 き金になったというよりは、捜査側のかかる事情が大きく影響したといえよ う。これが、おとり捜査の違法性を増大させる方向に作用することはいうま でもない。

本件は、犯意誘発型おとり捜査を認定する際の、ひとつの先例となりうる。

証拠能力に関する新証拠と 号再審

本件でとりわけ問題となるのは、やはり、証拠能力を否定する証拠が 号再審の新証拠にあたるかどうかという点である。

最も重要な再審事由である 号再審(ノバ型)に関する限り、確定した事 実問題を争うための手続が再審であるということについては、ほぼ共通の認 識が存在していた。

他方、実体法解釈の誤り、訴訟手続上の法令違反の是正は、裁判実務上は

非常上告に委ねられるものとされてきた。最判 年 月 日刑集 巻 号

頁が「非常上告は抽象的に法規適用の誤を正すことを目的とするものであ

つて、個々の裁判の事実認定等の誤を是正することを目的とするものではな

い」としたのをはじめ、最高裁は、非常上告の目的はもっぱら法令の解釈適

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用の統一にあるとして、法令適用の前提事実の誤認に由来するものも含め、

その救済機能に否定的であった

( )

学説上は、非常上告においても、被告人に対する救済機能を重視すべきだ との批判が少なくない。ただ、非常上告の機能が基本的に法令の解釈・適用 の誤りの是正にあることは確かであり、学説上も異論はない。この意味で、

再審と非常上告の間には、目的・機能の棲み分けがあることは否定できない。

また、手続違反を再審理由に取り込む論者も、この棲み分け自体を否定する わけではない。

しかし、デュー・プロセス違反の存在を再審事由として構成する動き は、有力に主張されてきた

( )

。再審と非常上告には、事実問題か法律問題か という基本的な棲み分けがあることは否定できない。にもかかわらず、非常 上告の申立権者が検事総長に限られ、最大の利害関係人たる(元)被告人に 開かれていない(最決 年 月 日裁判集刑事 号 頁)ことから、こ のような議論が提起されるに至ったのである。

再審によるデュー・プロセス違反の救済という場合、それに類する再審事 由としては、司法・捜査関係者の職務犯罪を理由とする 号再審が想起され る。しかし、 号を理由とする再審を裁判所が認めた事例は極めてまれであ り、また、 号は、その適用範囲(職務犯罪の意義)、確定判決ないしそれ に代わる証明の存在など、総じて高いハードルが存在してきた。

このことから、学説では、いくつかの解決策が提起されてきた。

まず、純手続的事由を根拠とする超法規的再審を認める主張もある

( )

。た

だ、これは、超法規的という点でも、手続違反という従来の再審からすると

異質と思われがちな要素を再審に盛り込む点でも、かなり大胆な議論である

ことは否定できない。判例による法創造機能が強いとされる英米であればと

もかく、特に被疑者・再審請求人との関係では法規実証主義的な傾向の強い

日本の裁判所の感覚からすれば、超法規的再審といった議論は採用されがた

(9)

いであろう。

もっとも、法令違反の再審への取り込みという点については、ドイツにお いては、ヨーロッパ人権裁判所により欧州人権条約違反であると認定された 判決に対する再審が 年に制度化された(§359 Nr.6 StPO)。また、刑事 訴訟法上の再審でないが、連邦憲法裁判所の違憲判断があった場合も、再審 事由にあたるものとされる(§79 Abs.1 BVerfGG)

( )

。これらは、実体と直 接関わらないとはいえ、重大な適正手続違反からの救済のための制度を再審 に組み込むものであるから、再審は純粋な事実問題の誤りの救済に留まらな いこととなる

( )

。たとえ手続違反であれ、有罪判決を受けた者の救済が不可 欠となる場合には、再審による救済が望まれることを示唆しているといえる かもしれない。

このドイツの制度に類する構想ともいえるのが、「憲法的再審」の構想で ある

( )

。すなわち、憲法の最高法規性(憲法 条 項)を根拠に、適正手続 違反の確定有罪判決の是正は憲法上の要請であるところ、手続と実体は密接 不可分で、法は一定の手続に則った真実探求を求めている以上、「一定の重 大な法規違反は事実誤認を徴表する」

( )

との観点から、ファルサ型・ノバ型 の両再審類型を統一的かつ緩やかに理解して、手続違反を 号事由に組み込 む。これにより、現行法の解釈としても憲法的再審は実現可能だとされる。

デュー・プロセス違反を証拠排除・証拠不十分と連動させることによ り、確定有罪判決の維持不可能性を導くことで救済を図るという見解は、す でに 年代から表れていた

( )

。すなわち、違法捜査の存在を明らかにする 証拠が発見され、それを考慮すれば旧証拠の証拠能力が否定されるような場 合である。このような場合、その旧証拠を除くと確定判決の結論を維持しえ ないならば、そのような違法捜査の存在を示す証拠もまた、 号再審の新証 拠にあたるというものである。

さらに、免訴事由を国家の処罰不適格事由(刑罰権の消滅事由)の例示列

(10)

挙事由と解することにより、手続違反による国家の処罰適格の喪失の事実は 号の「免訴を言渡すべき場合」にあたるという形で再審事由に組み込むと いう立場も有力である

( )

。この立場の場合、公訴棄却と免訴の異同、免訴判 決の性格という訴訟条件理解の理論的問題に加え、免訴事由に関する法の明 文(刑訴法 条)との整合性をいかに解するかといった問題は残り、これ らの前提となる土俵を共有しうるか否かが、まず関門とはなろう。ただ、そ のような問題はあるとはいえ、 号再審の枠内に適正手続違反を取り込もう とする点では、前者の見解と共通する面を有していた。

自白や証拠物の証拠能力を否定する証拠も 号再審の新証拠にあたるとす る見解のほうが、裁判所も含め、一般的には受け入れやすいであろう

( )( )

。 原決定も、このような観点からの判断であったと思われる。

これに対し、抗告審決定は、 号再審は「確定判決における犯罪事実の認 定自体の実体的な瑕疵」を問題にする制度だから、証拠能力に関する問題は 号の埒外だという。抗告審決定のこのような表現からすると、再審は、もっ ぱら事実認定自体に関する瑕疵の解決を目的とする制度だというのであろう。

実体問題と手続問題の厳密な峻別論を前提に、再審をもっぱら実体問題にか かわる手続にとどめおくのが、抗告審決定の基本的態度だといえる。

ところで、日本の刑訴 条 号は、再審の要件を、要旨、「有罪の言 渡を受けた者に対して無罪を言い渡すべき証拠を新たに発見したとき」と規 定する。他方、ドイツ刑訴 条 号は、有罪の言渡しを受けた者に対し無 罪などを言渡すべき「新たな事実または証拠」(neue Tatsachen oder Beweis- mittel)の発見を再審事由とするが、この「事実」(Tatsachen)の意義に関 して争いが存在している。すなわち、「事実」とは実体法上の事実を意味す るのか、訴訟法上の事実を含むのかの争いであるが、原決定と抗告審決定の 姿勢の相違は、この争いとも類似しているように思われる。

ペータースによると

( )

、「事実」概念には、実体的事実(Sachverhaltstatsa-

(11)

chen)、証明上の事実(Beweistatsachen)、手続的事実(Prozeßtatsachen)、

学術的事実(wissenschaftliche Tatsachen)、法的事実(Rechtstatsachen)

といった、種々の類型がある。このうち、実体的事実や証明上の事実のうち でも証言の信用性や証人の性格といった証拠方法に関する事実(Beweismit- teltatsachen)が 条 号の「事実」に含まれること、逆に訴訟条件に関す る手続的事実が含まれないことなどは、異論を見ない

( )

問題は、法的事実である。法的事実とは、解釈や推論といった法の主観的 評価でなく、「法命題の現実を対象とする」(die Realität eines Rechtssatzes zum Gegenstand)ものだとされる。多数説は、これも法律問題だとして、

再審の対象から外そうとする。たとえば、警察の被疑者取調べの適法要件(§

136 StPO)に関する問題は、再審で問題となる新事実にあたらないという のが多数説である

( )

。しかし、ペータースは、証拠禁止(ここでは証拠方法 の禁止=Beweismittelverbote)や不当な尋問方法(§136a StPO)などは法 的事実ではあるが、再審事由となりうるとする

( )

。その理由は触れられてい ないが、許容できない証拠に基づく有罪認定は正義違反であり、また、誤判 原因となりうるからであろう。

ドイツの場合、公判では職権探知主義がとられ、証拠禁止は存在するが一 般的な証拠能力の概念は存在しない。従って、実体形成に関わる問題は――

もちろん、検察官や被告人側からの働きかけは存在するが――裁判所の専権 事項という色彩を強く持つ。図式的に考えるならば、当事者訴訟の取る権力 抑制・主張吟味・交差型訴訟に対して、職権探知主義の訴訟観は、権力行使・

真実発見・連鎖型訴訟と位置づけられる

( )

。それ故、職権探知主義の下では、

手続は実体に奉仕すべき存在となり、当事者訴訟の場合に比べれば手続違背

の持つ意味は小さくなる。当事者訴訟の場合、検察官による訴訟課題・立証

目標の設定とそれに対する被告人側の防御の重要性が増すため、主張・立証

の手段たる証拠がいかに提出されるか(あるいは排除されるか)は、裁判所

(12)

の実体形成に大きく影響する。この点で、実体と手続の間には強い相互作用 の関係が生じる。むしろ、手続そのものの持つ意味が大きくなり、その違背 にも厳格な姿勢が求められることとなる。

もちろん、実体と手続の相互作用があるといっても、全ての手続問題 が実体と関連するわけでない。証拠能力のように実体形成を規定するものか ら、告訴の効力や公判期日の指定のような純手続問題もある。従って、手続 問題を再審に取り込むといっても、一定の振り分けは必要であろう。

ドイツでは、上記の通り、手続的事実と、(異論はあるが)法的事実を再 審の埒外とする。日本ではこのような視角での分析はないが、訴訟構造論

( )

との関係で見た場合、いわゆる手続面に属する訴訟行為の瑕疵は再審の対象 外とせざるを得ないとしても、実体面はもちろん、訴訟追行面の瑕疵を再審 の対象とみることは可能なように思われる。ドイツ流の見解と対比させると、

実体面は実体的事実ないし証明上の事実、手続面は手続的事実、訴訟追行面 は法的事実におおむね対応するものとみてよい。手続面は訴訟条件などを含 む純粋に手続的な事項であり、これらは実体と一応無関係だとみてよいであ ろう。しかし、訴訟追行面は、訴因・証拠(挙証責任)といった「実体形成 の目標」

( )

とされる事柄であるから、ここには手続と実体の交錯が生じる。

また、訴訟行為についても、訴訟の対象設定行為(公訴提起、訴因変更な ど)、実体形成行為(証拠調べ、弁論など)、手続形成行為(証拠調請求、証 拠決定、召喚、拘引など)といった類型を区別する立場がある。ここでも、

手続の中には実体と関係するものが存在することが明らかとされている

( )

そして、そもそも刑事訴訟自体、公訴の提起という訴訟行為により訴訟係

属が生じ、それにより一定の訴訟関係が形成され、それがさらに新たな訴訟

行為を要求するという、訴訟行為→訴訟係属→訴訟関係→訴訟行為……の流

れを経つつ、その間に実体が形成されて確定判決に至る。手続面に支えられ

て訴訟追行がなされ、それにより(仮の)実体面が形成され、その連鎖が最

(13)

終的に確定判決の事実認定を構成するに至る。確定判決のこのような形成過 程と、再審が確定判決の事実認定の是正手続であるという点を考えれば、再 審は、実体面とその事実認定の部分を問題にする手続ということになる。た だ、実体面といえど訴訟追行の結果である以上、訴訟追行の誤りが実体の誤 りを導く場合には、やはり再審の問題に包含されることとなろう。

その象徴が、自白法則や証拠排除法則である。これらの場合、手続の違法 を理由に証拠の事実認定への供用が拒絶されれば、有罪方向での実体形成が 完成しないことを意味する。しかしそこに至るまでの手続自体に瑕疵はない ので、通常審の場合、他の証拠により有罪の結論に到達できない限り、無罪 判決が言い渡される。また、たとえば一審で違法収集証拠でないとして供用 された証拠が、控訴審では違法収集証拠だとして排除される場合がある。こ の場合、当該証拠の瑕疵を一審が看過し採用すべきでない証拠を採用したと いう点では訴訟手続の誤りでもあるが、そのような証拠を事実認定に供する ことで本来あるべき認定事実に至らなかったという面では、それはやはり事 実認定の誤りに帰結する。

このように、自白法則や排除法則の場合、証拠の採否・許容性という面で は、手続問題と実体問題が交錯する関係にある。伝聞証拠の利用もまた、一 定の手続や要件でその可否が決まる点で、手続と実体の交錯があるといえる。

再審の場合、確定判決が成立している以上、それに至る過程には、手 続上の瑕疵は存在しなかった。手続的瑕疵がないからこそ、確定判決に到達 できた。これが、一応の原則論である。

ところで、再審は、新証拠の出現を契機とする手続である。新証拠か否か、

すなわち証拠の新規性の範囲については議論がある。この問題が典型的に現

れるのが身代わり犯人の場合であるが、確定判決段階で証拠調請求したにも

かかわらず却下された証拠に新規性を認めうるかも、議論がある。ただ、原

則として新規性を否定するか、逆に原則として肯定するかという争いはあ

(14)

( )

が、証拠調請求が却下されたとの一事をもっていかなる場合でも新規性 なしと判断することまでは考えられていない。ただ、このような場合、一面 では無罪を言い渡すべき証拠が確定審段階で却下されたというのは、訴訟手 続の誤りという一面を持つが、他方、再審でそれが新証拠として提出された という点では実体的な性格を持つ。このような観点からは、実は手続上の瑕 疵の存在が問題とされることとなるが、本来法廷に出されるべき証拠が出さ れなかった結果、その証拠が事実認定に供されず、それが誤判に結びついた とすれば、手続と実体はやはり切り離しがたい。そして、証拠の取捨選択の 誤りは、証拠評価の誤りとともに、判決を誤らせる基となる。

再審は、訴訟手続(すなわち手続面・訴訟追行面)そのものは適法で瑕疵 がないことを前提としつつ、その結果として形成された実体面の誤りを是正 するものである。そこを抗告審決定が指摘しているのであれば正しい。しか し、実体面と訴訟追行面・手続面は相互に関連しながら発展してゆくもので あるから、これらを単純に切り分けてよいわけではない。そして、手続の中 には、実体と密接に関わるものもあればさほどでないもの、純粋に訴訟進行 のみに関するものもある。

だとすれば、少なくとも、実体と密接に関わる手続の誤りを再審事由とす ることは、不合理とはいえないであろう

( )

こうみてくると、再審開始を維持した結論はよいとしても、抗告審決定の 判断過程は、やや硬直的であったように考えられる。

号再審と 号再審の関係

抗告審決定は、再審開始自体は維持したものの、原審の 号事由から 号事由の存在という、いわば再審理由の振り替えを行っている。

再審理由の「事実」については請求人の主張に拘束されるといわれる

( )

が、

請求人の主張する再審理由が刑訴法 条のいずれの事由にあたるかは、訴

(15)

訟法の適用の問題であり、裁判所の判断に委ねられる。そして、たとえば 号事由(偽証)の主張に対し 号事由の存否を判断するということは、裁判 実務でもしばしば行われ、これが許されることについては異論を見ない。

ただ、本件が、包括的再審事由である 号から個別限定的事由である 号 への振り替えを行った点は、これまでにない特異な判断である。ではなぜこ のような振り替えを行ったのか。

第 に、本件では、捜査関係者にかかる職務犯罪の存在が国家賠償訴訟で も認定され、担当捜査官も、数度にわたり違法捜査の事実を法廷で供述して いる。この点で、 号要件を実質的にクリアしており、やや迂遠な 号事由 を援用するより、ストレートに援用可能な 号を用いるという判断があった のかもしれない。

第 に、当然のことながら、 号再審の適用範囲を実体問題に限るという 判断である。このような判断の結果、本件での再審事由は 号などに限られ るしかないので、再審開始を維持するにはそれによるほかない。問題は、な ぜそのような判断を採用したのかであるが、ここには次のような感覚があっ たのでなかろうか。

まず、事実上の問題だが、証拠能力の存否に関する事実を 号再審事由と して認めると、収拾がつかなくなるという感覚である。例えば、違法収集証 拠であることを明らかにする新証拠の存在を理由とする 号再審を認めると、

覚せい剤事件などで、再審が乱発されるのでないかという危惧である。

他方、制度的観点からみた場合、 号事由と 号事由の関係に関する理解 も、背景にあるのではないか。以下、この点を簡単に見ておく。

刑 訴 法 条 の 定 め る つ の 再 審 事 由 は、 号 の ノ バ 型(propter nova)と、それ以外の各号のファルサ型(propter falsa)に区分されるのが 通例である。本号掲載の別稿でも言及したが、ここでも再録する。

従前、ノバ・ファルサという再審事由の 類型は、「歴史的な沿革も違い、

(16)

また、その性格も異なっている」

( )

とされてきた。ノバ型は糺問手続の時代 から存在してきたのに対し、ファルサ型は弾劾手続から発展してきた。「再 審理由としては、職権主義の刑事手続と当事者主義の手続とでは、そのあり かたに本質的な相違があること、一方は真実発見の目的から実体上の重要な かしを問題とし、他方は公正な裁判の目的から手続上のかしを問題とするこ と、両者の相違はけっきょく訴訟についての基本的な考え方の相違に由来す るものである」。「わが現行法の再審のありかたを考察する場合には、以上の ような制度の歴史的な背景をよく理解することが必要である」

( )

というので ある。

日本法との関係では、当事者主義・一審中心主義を基調とする現行法の下 では、「職権主義に基調を置くノバ方式がよくその制度の意義を有するもの か否かは大きな問題である。被告人に不利益な再審理由が廃止されたことに よって、ますます、ノバ方式の機能は弱められている」ともされる

( )

ノバとファルサはこのような異質な再審事由であるから、再審事由の使い 分けは厳密に行う必要があることになろう。

しかし、沿革はその通りだとしても、このことが再審事由として両者 が異質だという見解と必然的に結びつくのかは、実は問題がある。

まず、ドイツにおいても、弾劾主義=ファルサ方式、糺問主義=ノバ方式 という図式には批判が存在した。「口頭・直接・公開を内容とする公判の一 種の弾劾主義の登場を強力に主張した人々が同時にその包括的な利益再審事 由の主張者であった」のであり、「リベラルに構成されたノヴァ再審こそ当 事者主義訴訟にふさわしい」「利益再審におけるノヴァ方式の維持は、ドイ ツ普通法下での啓蒙主義的理論家の主張が、立法的には、ほぼ実現されてい るともいえる」とされる

( )

また、ファルサ型といっても、実質的にはノバ、いわば類型的ノバといっ

ても差し支えない

( )

。刑訴法 条 号から 号はいずれも確定判決後の事

(17)

情変更ないし新事実の発見である点では、ノバ型と全く変わらない。相違は、

それが類型化され、かつ、原則として確定判決に因る証明を要する点である。

他方、 号は、司法関係者の職務犯罪が再審理由とされている点で、やや 異質な要素を持つ。ただ、その場合でも、確定判決時点で職務犯罪の存在が 確定審裁判所に知られていなかったことを要件としている点では、ノバ的な 面を持つ。加えて、司法関係者、なかんずく捜査関係者による違法・不当な 捜査が誤判原因と考えられる事例は少なくなく、違法・不当捜査の存在が再 審開始ないし再審無罪判決に結びついた例もある

( )

。そして、職務犯罪は、

違法・不当捜査の極限的形態ともいうべきものであるから、確定判決後にお ける職務犯罪の発覚は、確定判決の事実認定の誤りを推認させるに足る事由 となりうる

( )( )

。そのような点で、 号も、手続の違法・不当をそのまま再 審事由としているわけでない。

このような近時の見解によれば、再審事由の異質性は薄れ、むしろ、その 統一的理解が課題となる。 号再審も誤判可能性を類型化したものであり、

誤判の可能性を再審事由としている点では 号と変わるところはない。そう であるならば、 号・ 号のいずれを根拠とするかという問題も、便宜的な もの、あるいはどちらがより適切かという限度での問題であり、手続の法令 違反というところまでは至らないものといえる。

総括

本件では、この他にも、「確定判決に代わる証明」など、これまで取り上 げられることの少なかった問題が実例として取り上げられている点にも意味 はある。

ただ、ここで改めて総括的に見ておくならば、本件原決定は、適正手続違 反と再審に関する近時の有力な議論を適切に踏まえた判断であったのに対し、

抗告審決定は、 号要件を狭く理解しすぎているように思われる。もとより、

(18)

抗告審が再審開始を維持したという結論は正しいが、その判断方法には、原 決定に比べると、硬直した姿勢があったように思われるのである。

付記

脱稿時期との関係から本文中で言及できなかったが、その後、 本の本件 評釈に接した。

つは、『刑事法ジャーナル』 号掲載の水谷評釈である。同評釈は、本 決定が再審を維持したことは評価しつつ、 号事由を狭く解した点を批判す る。本稿もおおむねそのような趣旨のものである。

もう つは、『平成 年度重要判例解説』掲載の加藤評釈である。同評釈 は、再審・非常上告の機能のすみわけを主たる根拠に、訴訟法上の事実は 号事由にあたらないとした本決定を肯定的にとらえる。

しかし、再審・非常上告の間に機能のすみわけがあることは事実だが、そ の一事をもって本件のような場合に 号再審を否定してよいか、本件ではた またま 号事由が認められたから救済が図られたが、そうでなければ救済の 間隙が生じることとなる。そのような間隙を残してよいか、解釈で埋められ るものは埋めるべきでないのか、という疑問が残ることを付言したい。

( )請求人に対する確定判決は札幌地判 年 月 日公刊物未搭載、再審開始決定は札幌地決 年 月 日判時 号 頁、即時抗告審決定は札幌高決 年 月 日判タ 号 頁、再審判決は札幌地判 年 月 日(LEX/DB )。国家賠償一審判決は、札幌 地判 年 月 日判時 号 頁(控訴・上告審判決は未公刊だが本判決が維持された由)。

この他、担当捜査官に対する有罪判決として、札幌地判 (平成 )年 月 日(LEX/

DB )。

なお、後記注( )の著書によると、当時の捜査関係者に対して、請求人の弁護人から偽 証、有印公文書偽造同行使の事実、収監中のBから偽証の事実での告発もなされたようであ る。

( )このあたりの事情については、稲葉圭昭『恥さらし』( 年、講談社文庫)、同『警察と暴

(19)

力団癒着の構造』( 年、双葉社)、曽我部司『北海道警察の冷たい夏』( 年、講談社 文庫)、原田宏二『たたかう警官』( 年、角川春樹事務所)、織川隆『日本で一番悪い奴 ら』( 年、大和書房)など参照。

( )白取祐司『刑事訴訟法』( 年第 版、日本評論社) 頁、田口守一『刑事訴訟法』(

年第 版、弘文堂) 頁。

( )なお、本件の調査官解説では、おとり捜査の適法性の判断基準について、主観説・客観説の 別は紹介されず、犯意誘発型・機会提供型を区別する点で「二分説」と紹介されている。た だし、いずれにあたるかで違法・適法がさいぜんと分けられるわけでなく、犯罪誘発の強度 やおとり捜査の必要性などを総合的に検討すべき(したがって、場合によっては、違法な機 会提供型も適法な犯意誘発型もありうる)と解している(『最高裁判所判例解説刑事篇平成

年度』 頁以下〔多和田隆史〕)。

( )稲葉・前掲注( )『恥さらし』 頁。

( )非常上告に関する議論情況については、さしあたり、内田博文「菊池事件と憲法的再審につ いて」神戸学院法学 巻 号 頁以下参照。

ところで、非常上告はフランスの「法律の利益のための上訴」に由来するものと考えられ ている。他方、そのフランスでは、近代刑事手続の形成直後は再審事由をきわめて限定的な ものとしてきたが、次第に拡大していった経緯がある。なお検討を要する問題であるが、フ ランスで「法律の利益のための上訴」が制度化されたのは、あるいはこのような再審事由の 限定という背景があったのであろうか。再審事由の限定の代償として「法律の利益のための 上訴」を制度化したのだとすれば、後者にも一定の救済機能が期待されていたこととなろう。

( )鈴木茂嗣『続・刑事訴訟の基本構造』下( 年、成文堂) 頁以下、田宮裕『一事不再 理の原則』( 年、有斐閣) 頁以下、庭山英雄『刑事訴訟法』( 年、日本評論社)

頁以下、同「訴訟手続の法令違反と再審」法と民主主義 号、高平奇恵「手続違反と再 審理由」季刊刑事弁護 号など。なお、光藤景皎「再審の基本構造」鴨良弼編『刑事再審の 研究』( 年、成文堂) 頁。

( )田宮・前掲注( ) 頁、庭山・前掲注( )『刑事訴訟法』 頁、高平・前掲注( ) 頁。これらに先立ち、井戸田侃は、新証拠は罪体に関するものに限らず、証拠能力・証明 力などに関する事実も含むとしていた(『刑事手続構造論の展開』( 年、有斐閣) 頁。

初出は 年)。

( )Marxen/Tiemann, Die Wiederaufnahme in Strafsachen, 2006, S.163ff; Röwe-Rosenberg, StPO, 26. Aufl., 2013, Bd.7, Vor. 359, Rdn.154ff; Roxin/Schünemann, Strafverfahrensrecht, 29 Aufl., 2017, S.497.

( )Satzger/Schluckebier/Widmaier, StPO, 2014, 359 Rdn.38.

( )内田・前掲注( ) 頁以下。

( )田宮裕『刑事訴訟とデュー・プロセス』( 年、有斐閣) 頁。

( )田宮・前掲注( ) 頁、庭山・前掲注( )『刑事訴訟法』 頁、高平・前掲注( ) 頁。田宮は、自白・物証の証拠能力を否定するような新証拠、あるいは、訴追側のアンフェ

(20)

アな捜査と訴追活動を立証する新証拠(それを考慮すると有罪を維持しえない)を例として 挙げる。庭山も、自白の証拠能力を否定する証拠を例として挙げる。そして、高平は、本件 は田宮が想定した状況に適合する事案だと評価する。

( )鈴木・前掲注( ) 頁。

( )高平・前掲注( ) 頁は、証拠排除法則が確立し、証拠排除・証拠不十分無罪という事案 は当然ありうる判断であり、重要な証拠の排除による無罪をもたらす可能性のおとり捜査に 関する証拠が当然に新証拠に含まれると理解されたのであろう、とする。

( )もっとも、この場合、排除された証拠を除いても有罪認定が可能だという場合がありえ、再 審請求が棄却されるとか再審公判で再度の有罪判決がなされるという事態も起こりうる。

( )Peters, Strafprozeß, 4. Aufl., 1985, S.674. 「事実」概念は、通常は、実体的事実・証明上の事 実、手続的事実、法的事実と 分類されるが、ペータースは 分類としている。

( )ただし、制度理解の相違から、日本では訴訟条件であることに疑いがもたれない告訴・時効・

二重処罰・年齢の誤認などの問題も、ドイツでは再審で処理されるものがある(但し、学説・

実務上、議論のわかれるものもある)。

( )Röwe-Rosenberg, Anm. (9). 359, Rdn.74.

( )Peters, Anm. (17), S.674, ders, Fehlquellen im Strafprozeß, Bd.3, 1974, S.55.

( )この概念の対比につき、鈴木茂嗣『刑事訴訟の基本構造』( 年、成文堂)参照。

( )訴訟構造論をめぐっては、二面説(団藤重光『新刑事訴訟法綱要』( 年 訂版、創文社)

頁)、三面説(平野龍一『刑事訴訟法』( 年、有斐閣) 頁)、「三つの三面説」(鈴木 茂嗣『刑事訴訟の基本構造』( 年、成文堂) 頁)などが主張されてきたことは周知の とおりである。本稿ではさしあたり三面説を前提として、考える。

( )平野龍一『刑事訴訟法の基礎理論』( 年、日本評論社) 頁。平野は、証拠の点には触 れていないが、証拠も、公判の過程で両当事者から提出され、それが取捨選択されてゆく点 で、「実体形成の目標」であり、「実体形成の反映」でないことは確かであろう。

( )鈴木茂嗣『刑事訴訟法』( 年改訂版、青林書院) 頁。団藤・前掲注( ) 頁は、

二面説の立場から実体形成行為と手続形成行為を区別する。証拠決定や証拠調請求などを手 続形成行為と割り切りうるかなどの疑問もなくはないが、実体と相互関連する手続の存在自 体は、ここでも否定されない。

( )札幌高決 年 月 日判時 号 頁(白鳥事件即時抗告審決定)は前者、鈴木・前掲注

( )、福井厚「再審理由としての証拠の新規性」光藤景皎編『事実誤認と救済』( 年、

成文堂) 頁などは後者の立場に立つ。

( )もっとも、何が実体と関わる事項で何が純手続的事項かは、あいまいな場合もありうる。本 件で問題となった、証拠能力の判断(特に自白法則や排除法則)は、その証拠の利用可能性 で有罪・無罪の結論が左右される点で、手続問題であるが、他面で実体とも関わる。自由心 証違反は、再審(通常審でも同様だが)では実体問題として争われるのが通例だが、法令違 反の問題でもある(平野・前掲注( ) 頁注五)。

ところで、いわゆる無能弁護や手抜き弁護といった、充分な弁護の保障が得られないまま

(21)

の確定判決が再審事由となるかが問題とされるようになってきた。詳論する余裕はないが、

弁護の問題は、基本的には手続問題である。しかし、不十分な弁護により無罪証拠が提出さ れないとか無罪主張がなされなかったというような場合、それはやはり実体問題とも連動し てくる。最低限、不十分な弁護と誤判の間に因果関係が推認できるとか、通常必要とされる 程度の弁護がなされれば結果が変わったであろうというような場合など、少なくとも、不十 分弁護が実体に影響を与えたことが推認できる場合には、再審理由ありとすべきであろう。

内田・前掲注( ) 頁以下、高平・前掲注( )参照。

( )最決 年 月 日刑集 巻 号 頁(白鳥事件)。

( )鴨良弼「再審の理論的基礎」法律時報 巻 号 頁

( )鴨・前掲注( ) 頁。

( )鴨・前掲注( ) 頁。

( )光藤景皎「再審に関する若干の問題」ジュリスト 号 頁。田宮・前掲注( )も、再審 事由の 類型論と訴訟構造との関連は「今日ではせいぜい、再審理由に二つのタイプのもの があるという立法技術上の選択肢を提供するにすぎない」( 頁)、「当事者訴訟の真髄が無 辜の不処罰への志向にあるとすると、緩やかな誤判の救済はむしろその帰結である。したがっ て、利益再審の限度ではあるノバ方式はむしろ緩やかに認められてしかるべきである」(

頁)という。

( )井戸田・前掲注( ) 頁、河上和雄ほか編『大コンメンタール刑事訴訟法』(第 版、青 林書院)第 巻 頁〔川崎英明〕。その対比でいえば、 号は「非類型的ノバ」ということ となる。

( )弘前事件・松山事件・袴田事件の再審開始決定ないし再審判決では、捜査機関による証拠ね つ造の可能性が示唆されている。徳島ラジオ商事件、棄却決定だが白鳥事件などでも、違法・

不公正な捜査の存在が示唆されている。

( )河上ほか編・前掲注( ) 頁〔川崎英明〕、内田・前掲注( ) 頁以下、高平・前掲注

( )参照。

( )沿革的には、被告人を陥害する罪で有罪判決を受けた者の存在という再審理由(治罪法 条 号・旧々刑訴法 条 号)が、その後の刑訴法改正論の中で変形され、旧刑訴法 条

号を経て現行法に引き継がれたものといいうる。沿革という観点からいえば、 号再審も、

単純な手続違反を再審事由としたものでなく、職務犯罪の存在が無辜の処罰を推認させると いうことから再審理由とされていることとなる。

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