おまえの最も固有な狭さへと赴け︵二︶ ― ツェランの詩﹁エングフュールング﹂ ― G eh m it de r K un st i n dei ne a lle reig en ste E ng e! (2): P au l Cel an s G ed ich t „E ng fü hru ng “
北 彰
要 旨﹃ドイツ文化﹄第六九号二〇一四年発行に掲載した原稿の続稿である︒パウル・ツェランの詩集﹃言葉という格子﹄の最後に収められた詩﹁エングフュールング﹂の第六パートを論じている︒ツェランが目指したのは︑それまでの抒情詩とは一線を画した新たな表現であった︒ツェランの命名する﹁灰色の心の言語﹂による︑その﹁新たな﹂表現の仕方を︑精細に論じたものである︒
キーワード灰色の心の言語︑抒情詩における新たな表現︑緑色の沈黙︑意識の場の中で︑場あるいは空間としての詩︑他者性の強調あるいは他者を他者のままに見ること︑時の中庭
― PB ―
― ₁₂₇ ―
九︑第六パート
︵二︶そう書かれてもいたのだ︒
どこに? 私たちは
それについて沈黙した︑
毒によって鎮められる︑大きな︑
一つの
緑色の
沈黙︑一つの萼片︑
植物的なものへの思いがそこに付着した
―
緑色の︑そうだ︑
付着したのだ︑そうだ︑
悪意ある
天の下で︒
そうだ︑
― ₁₂₈ ―
― ₁₂₉ ―
植物的なものへ
︶1
︵︒
第六パートはなお続くのだが︑ひとまずここで区切ることにする︒
﹇緑色の沈黙﹈
詩は﹁そう書かれてもいたのだ﹂と続いている︒しかし︑肝心の書かれていた内容は示されていないのだ︒その
内容を示すべきところで︑文章がいきなり中断され︑その先が示されないままになっている︒﹁そう書かれても ︑い
た﹂とあるので︑先の詩行で述べられていた︑本で知り得た﹁考え﹂とは異なった別の内容と推測されるのだが︑
あるいは単に同一内容である﹁本で知り得た内容﹂そのものの繰り返しを避けただけであろうか︒
﹁ではそれはどこに書かれていたのか?﹂と問われている︒しかしそれについて﹁私たちは沈黙を守ったまま﹂
であり︑どこに書かれていたのかが明かされることはない︒﹁私たちは毒によって鎮められる
︶2
︵︑大きな緑色の沈黙
を続けたまま﹂なのだ︒では﹁緑色をした沈黙﹂とはどのようなものなのか? それは一つの萼片であり︑﹁植物
的なものへの思いが付着したもの﹂という言葉が二度ほど繰り返され︑植物とのつながりが強く示されることにな
る︒﹁緑色﹂は伝統的に希望や成長を象徴する自然の色︑植物の生命の営みを表す色彩である︒ツェランの詩にあっ
ても緑は︑希望や生命につながっていくものとして表象されることが多い︒ツェランは植物を愛好し︑植物の学名
など植物にかかわる該博な知識を持っていた︒植物的なものの登場は︑詩のテキスト空間を歩んでいる者に︑ある おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₂₈ ―
― ₁₂₉ ―
明るさを与えるものと解していいのではないだろうか︒
ちなみに︑幾何学的抽象画を描いたことで知られるモンドリアンは︑﹁テーブルに坐るときに︑決して窓から木
が見えるような席に坐ろうとはしなかった
︶3
︵﹂人であり︑﹁パリ時代︑緑と自然を全て嫌っていた
︶4
︵﹂と言われる人で
あった︒﹁色彩と形態の函数関係のうちに自然の法則性を表現しようと
︶5
︵﹂して︑人工的で自律的な空間を創造し︑
幾何学的抽象画を描いていたモンドリアンは︑その振る舞いにおいて︑﹁自然﹂から断絶していたように見える︒
また﹁緑色恐怖症はまさに現実嫌悪のニヒリズムの典型的症例
︶6
︵﹂であり﹁若きサルトルもこの病気にかかってい
た
︶7
︵﹂と言われている︒このようなモンドリアンやサルトルに比べるなら︑ツェランはまだ自然とのかかわりの中に
身を置き︑自然とのつながりを︑作品の中で示す人なのだと考えることができよう︒
﹇悪意ある天の下で﹈
このような一種の﹁明るさ﹂を与える植物の緑は︑しかし﹁悪意ある天の下﹂に存在しているのだと言われてい
る︒﹁悪意﹂と訳出したドイツ語の原語は
hämisch
︑人の不幸を喜ぶ意地の悪さを表している︒人間の中にある悪魔的なもの︑一般化するなら﹁悪﹂と言えようか︒その悪が充満している天の下に︑この﹁明るさ﹂を与える緑は
存在しているのだ︒緑の存在がいかに危うい条件のもとに置かれているのかが︑この形容詞一語から窺えるのであ
る︒なおかつ︑ここに示されている﹁天﹂を﹁天国﹂と訳出するなら︑そこからはキリスト教の伝統に真っ向から逆
らう︑神を冒瀆する表現が︑よりあからさまに立ち現われてくることになるだろう︒詩集﹃ケシと記憶﹄の中の詩
― ₁₃₀ ―
― ₁₃₁ ―
﹁遅くそして深く﹂などから始まり︑﹁エングフュールング﹂の収められている詩集﹃言葉という格子﹄の中の﹁テ
ネブレ﹂などを経て︑後の詩集﹃非在の者の薔薇﹄の﹁頌歌﹂など︑ツェランの書いた詩からは通奏低音のように
して︑この瀆神のモチーフが響いてくるのである︒
十︑第六パート
︵三︶そうだ︒
嵐だ︑粒子の
―
吹雪だ︑残った
時が残った︑
それを石のもとで試みるための
―
その石は客好きだった︑石が
言葉を差し挟むことはなかった︒何と
うまくぼくたちはそれを持っていたことだろう
―
粒状で︑
粒状で繊維状だ︒茎状で︑
おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₃₀ ―
― ₁₃₁ ―
密で
―
房状で放射状で
―
腎臓の形をして︑すべすべしていて︑また
塊状で
―
目が粗く︑枝―
分れしている
―
︒石︑それが言葉を差し挟むことはなかった︑それは
話した︑
乾いた目に向かってよろこんで︑それが目を閉じる前に︒
話した︑話したのだ︒
あった︑それはあったのだ︒
ぼくたちは力を緩めることはなかった︑立っていた
真ん中に︑一つの
孔状の構造物︑そして
それがやってきた︒
私たちの上にやってきた︑やってきた
― ₁₃₂ ―
― ₁₃₃ ―
貫いて︑繕ったのだ
目に見えぬながら︑繕ったのだ
最後の皮膜のところで︑
そして
世界が︑無数の水晶が︑
析出した︑析出した
︶8
︵︒
﹇意識の場の中で﹈
この部分の最初に第六パートの冒頭部分が繰り返される︒それは嵐であり︑粒子の吹き荒れる吹雪である︒原子
という物質を作り上げている素粒子が︑原水爆の核爆発により引き起こされたと思われる激しい嵐の中で︑吹き荒
れている︒それは︑人類が人類史の中で初めて経験する核時代という時代の象徴であり︑また人間自らをも疎外す
るまでに自律的に発展してしまった科学技術が︑人間に与える災厄を表してもいよう︒
このような現代の状況の中で︑共通の価値尺度を喪失しながら︑刻々の状況に対する函数としても存在する﹁言
葉﹂が︑﹁言葉﹂への素朴健康な信頼を失い︑﹁言葉﹂への懐疑を呼び起こしている︒知的分析と解体を喚起する﹁言
葉﹂への懐疑の中で︑﹁言葉﹂は︑﹁言葉﹂としての機能を十全には果たせなくなり︑いわば破砕され粒子のような
破片になり舞い散っているかのように︑イメージされている︒﹁粒子﹂は︑単語の品詞の一つ﹁不変化詞﹂をも示
しており︑このような単語が︑意味を成す文章の統辞論と無関係に︑激しい嵐の中で舞い散っているのである︒詩 おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₃₂ ―
― ₁₃₃ ―
の冒頭の表現を︑こういった現代の言語状況の激しく鋭角的な表現と解することもまた可能であろう︒
意識のそういった場の中に置かれながら︑石のもとで﹁それ﹂を試みるための時が残ったのである︒石はもてな
し好きで︑私たちがすることに口を差し挟むこと︑つまり私たちを妨げることはしなかった︒私たちは何とうまく
﹁それ﹂を持ち続けたことだろうか
︶9
︵︒
﹁それ﹂は︑粒状で︑繊維のようでもあり︑茎状で︑密になり︑房のようで︑放射状になり︑腎臓形をし︑すべ
すべしていて︑塊りになっていて︑目が粗く︑枝分かれしているように見える︒
このように表現された﹁それ﹂が何であるか理解に苦しむばかりなのだが︑それが何であるか明確に名指しでき
ないものであるからこそ﹁それ﹂としか言い得ないのであろう︒わずかに想像するとすれば︑解析の果てに行き着
いた︑例えば鉱物や植物︑プランクトンないし微生物の微細な構造のイメージである︒
今まさに言葉の生まれてくる場をまさぐっている詩人の意識の中に現れてくる情景が︑無機物や有機物︑生命体
や非生命体など︑様々な事物の根源的な構造体の姿と似た形を取ってくるのは︑その事物と同じ世界の中に生きて
いる人間として︑ある意味自然な連想の結果であるように見える︒やり直しを求める人間が︑もう一度﹁根源﹂に
遡って考えてみる︑というのはよくある発想だからである︒場合によっては自然史の根源にまで遡ることもあろう︒
またそもそも︑ツェランの詩の中に︑石をはじめとした鉱物的なイメージが多く現れてくること︑そしてまた
ツェランが植物世界に強い関心を持った人間であることはすでに指摘した通りである︒
﹁無機物へ遡行しようとする生の原憧憬 ︶₁₀
︵﹂といったフロイトの﹃快楽原則の彼岸﹄からの抜き書きや︑﹁無機物の
持つそれ自身の法則性への敬意としての︿形式﹀? 死の本能? 言葉という格子? 格子空間? 結晶状のもの︑
― ₁₃₄ ―
― ₁₃₅ ―
偶然性の突破 ︶₁₁
︵﹂︑﹁決して隙間のない構造物ではあり得ない詩︑隙間があり︑占拠でき︑多孔質で透過性のある詩 ︶₁₂
︵﹂
というメモが﹃子午線﹄草稿に見られることも参考になろう︒詩について考えをめぐらしているそれらのメモ内容
は︑詩﹁エングフュールング﹂のこの連で示されている︑一読理解に苦しむ意識内のイメージと呼応しているから
である︒ ﹇言語化された﹁それ﹂
︑石﹈
次いで詩の中では︑﹁石︑すなわちそれが/言葉を差し挟むことはなかった ︶₁₃
︵﹂と書かれている︒難解極まりない
省略された表現である︒﹁石︑すなわち﹁それ﹂が﹂という表現は︑石が﹁それ﹂と同格であり︑等しいことを示
している︒﹁それが言葉を差し挟むことはなかった︑それが私たちの行為を遮ることはなかった﹂と言われる﹁そ
れ﹂は︑前述された意識内の情景そのものである︒それが﹁話した﹂のであるから︑﹁それ﹂はここで言語化され
たことになる︒意識内のあのおよそ理解できぬ情景そのものは︑言語化される前の状況であり︑言葉が生まれてく
る﹁場﹂のイメージであったことになる︒またここで︑いつの間にか︑石が﹁それ﹂と等しいものとして置かれる
ことになった︒
﹁それ﹂が喜んで乾いた眼に向かって話したのである︒﹁それ﹂が乾いた眼を閉じる前に︑とは﹁永眠する前に︑
ということであるのかもしれない︒﹁話した﹂と言われている以上︑それは﹁言葉﹂を話したのであろうと考えら
れるのだが︑あるいは言葉にならぬ声︑ないし言葉とは聞こえぬまるで雑音のような音声を発しただけの可能性も
あるだろう︒ おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₃₄ ―
― ₁₃₅ ―
石のもとで試みていたことは︑ここまでの解釈にしたがうなら︑﹁本来言葉の塊としてある石を開き︑その内実
をなすものと意識内で捉えられた﹁それ﹂から︑生まれてくる言葉を聞き取り︑言葉を言葉として解放する﹂こと︑
と考えられるのではないだろうか︒
﹇場︑あるいは空間としての詩﹈
﹁私たちは力を緩めることはなかった﹂と次に記されていることから︑﹁言葉﹂が生まれ出てくる﹁場﹂にいるこ
とは︑緊張を要する力業であることがわかる︒私たちは︑その場の真只中に﹁立ち続けた﹂のである︒﹁立つ﹂と
いう言葉は︑ツェランにとって︑この世︑この世界︑この現実に対する抵抗を意味する重い言葉である︒﹁立つこと﹂
と題する詩がすぐさま連想される︒
立つこと
立つこと︑大気の中の
傷口の影の中に︒
誰のためでもなく
―
何のためでもなく―
立つこと︒知られることなく︑
おまえ自身のため
― ₁₃₆ ―
― ₁₃₇ ―
だけに︒
中に空間を持つすべてのものと共に︑
また
ことばもなく ︶₁₄
︵︒
詩﹁立つこと﹂の中で︑この詩の抒情主体は︑大気の中にある傷口の影に立っている︒﹁傷口﹂という表現からは︑
その傷から受ける﹁痛み﹂が感じとれるだろう︒傷そのものの中ではなく︑傷が落とす影の中に立っているのでは
あるが︒そして︑その﹁立ち方﹂は︑誰のためでもなく何のためでもなく︑ただ自分自身のために立っているのだ
と告げられる︒しかし立っているとき︑すべてのものと共に立っているのである︒そのすべてのものは︑自己の内
部に﹁空間﹂を抱えているのだ︒
この﹁空間﹂は︑詩﹁エングフュールング﹂の中で示されている﹁空間﹂そのものでもあるだろう︒﹁粒状で︑
繊維状で︑茎状で︑密で︑房状で︑放射状で︑腎臓の形をしていて︑すべすべしていて︑塊り状で︑目が粗く︑枝
分かれしており﹂﹁孔状の構造物﹂が存在する空間である︒
﹁子午線﹂草稿に次のような言葉があった︒
﹁詩はここにおいて場であり︑そこでは︑見られそして知覚され言語化されたもの︑すなわち命名されたものが︑
それをまさに見︑命名した者と︑それが持つ時間の中で緊張関係に入るのだ︒よそよそしいものは︑よそよそしい おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₃₆ ―
― ₁₃₇ ―
ものとして止まっている︒それは全き形で︿対応﹀せず︑また答えられることもない︒それは︑そのよそよそしさ を浮き彫りにするとか︑よそよそしさを現す︿現象性﹀によって︑不透明さ︵
Opazität
︶を持ち続けるのだ︒―
他者︵物︶︵
das Ander e
︶が持つ己と同一基準では比較し得ぬもの︑それをともに語らせるのだ―
すなわち他者︵物︶独自の時間︑他者︵物︶独自の空間︑時間的空間的な近さや遠さ︑そこからおまえに向かって他者︵物︶が現れ出
てきた未知のものを
―
逆におまえが他者︵物︶にとって未知のものから他者︵物︶に現れ出たように︒―
﹂ ︶₁₅︵そ
して﹁見つめている者のまなざしの中で ︶₁₆
︵﹂﹁おまえ﹇
Du
﹈が目覚める ︶₁₇︵﹂のである︒この﹁おまえ︵
Du
︶﹂は︑抒情主体の歩みゆく内面空間に現れてきた他者︵物︶その者が︑抒情主体と向かい合う者として明白に意識され︑認識
されたことを示している︒
そしてまた次のような言葉︒
﹁詩は︑同義語というものがあり得ないものとなる場である︒詩はただ詩の言葉と︑その言葉の意味レベルだけ
を持っている︒言語そのものから立ち現われながら︑しかし詩はその言語に向かい合うのだ︒この﹁向かい合い﹂
を取り去ることはできない︒その故に詩はまたその本性上︵中略︶現実の人間性を学ぶ学校である︒詩は他者︵物︶
を他者︵物︶として教える︒つまり他者︵物︶を他者︵物︶の存在のままに理解することを教えるのだ︑詩は兄弟で
あることを促し︑他者︵物︶に対する畏敬を促し︑この他者︵物︶に向かい合っていくことを教えているのだ︵後
略︶ ︶₁₈
︵﹂︒
― ₁₃₈ ―
― ₁₃₉ ―
﹇他者
︵物︶性の強調
―
他者を他者のままに﹈以上の引用文から明らかなのは︑﹁他者﹂を﹁他者﹂のままに受け取り︑表現しようという詩人の意志である︒
では他者とは何者なのか︒無論文字通り自己ではない者︵物︶であるが︑言語空間を歩んでいく詩人にとっては︑
今現れ出てきた﹁もの﹂ないし﹁言葉﹂でもあるだろう︒
すなわち詩﹁エングフュールング﹂で言えば︑まさにいま言葉で示され︑抒情主体が﹁立って﹂いる﹁場﹂に現
れ出てきたものである︒すなわちそれは︑﹁粒状で︑繊維状で︑茎状で︑密で︑房状で︑放射状で︑腎臓形で︑す
べすべして︑塊りをなし︑目が粗く︑枝分かれして︑孔状になっている構造物﹂である︒
しかしこれは︑詩を書いている者にとっても︑詩を読んでいる者にとっても︑まさにどこから現れ出てきたかも
わからぬ﹁よそよそしい﹂ものであろう︒その他者を︑その他者が含み持っている時間とともに︑そのままに受け
入れ︑言語で命名し︑それを詩のテキストとして書き表していくのである︒見る抒情主体と︑見られている﹁もの﹂
との意識的な緊張関係の中で︒
﹇時の中庭﹈
言語で命名すること︑知覚して言語化すること︑その知覚について︑ツェランは次のようなメモを残していた︒
﹁フッサール︑内的時間意識の現象学講義︑四百頁︑知覚︑それは詩においては︑言葉による再現を意味するの
ではなく︑言葉による現前を意味するのだ︒事物が時間を︑すなわち︑現在︑過去︑未来というように時間を拡大
していくことによって初めて事物は個性を持つようになる︒知覚する眼の中で対象は初めて自己を構造化してい
おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₃₈ ―
― ₁₃₉ ―
く︒時間意識には記憶と期待とが含まれている ︶₁₉
︵﹂︒
先の引用で﹁他者が持つ己と同一基準で比較し得ぬもの﹂として例示した一つが﹁他者独自の時間﹂であった︒
この﹁他者独自の時間﹂をどう考えたらよいのか︑それを説明しているメモであると考えて良いだろう︒他者︵物︶
の持つ︑過去から未来へと流れていく時間までをも考慮に入れ︑他者に対して想像力を働かせることが求められて
いるのだ︒
またフッサールによれば︑﹁あらゆる事物の知覚は︑その事物の背景までをも収め見る一つの中庭︵
Hof
︶を持っ ている ︶₂₀︵﹂のであり︑﹁ある一つの事象においては常にその周辺に同時に生起する現象がもたらされていて︑その事
象に影響を与えている ︶₂₁
︵﹂のである︒﹁フッサールはその際︑われわれが選択的に見てとっている事物の客観的周辺
と︑われわれが見ることが可能な知覚の背景とを区別している ︶₂₂
︵﹂︒
つまりここでは︑﹁見る者︑知覚している者﹂の側も問題にされているのだ︒
以上述べてきた観点から︑ツェランは例えば難解と言われるマンデリシュタムの詩に対して︑次のような批評を
することになるのである︒それは同時に同じく難解と言われる自己の詩に対する弁明でもあったろう︒
﹁であるから︑マンデリシュタムの詩は︑人が往々言うように︿秘教的なもの﹀などではなく︑むしろ︑彼の詩
をそのすべての時の深みにおいて理解しようとする︑大きく開かれている眼にとっては︑
︿ひらかれている﹀もの であることが理解できるようになるのです ︶₂₃
︵﹂︒︵この稿続く︶
︵この稿は︑﹃ドイツ文化﹄第六九号︑二〇一四年︑に掲載した拙稿﹁おまえの最も固有な狭さへと赴け
―
ツェランの詩﹁エ― ₁₄₀ ―
― ₁₄₁ ―
ングフュールング﹂
―
﹂の続稿である︒︶注︵
︵
Paul Celan : Gesammelte W erke in 5 Bdn. Bd. I. Frankfur t am Main Suhrkamp . 2001 . S. 200 f. G. W . 1
︶︵︶以下と略記︒︵ 事態も表現しているのだと解することも可能であろう︒
gestillt still
なおにが含まれていることに注目し︑毒により﹁静寂=沈黙﹂がもたらされる︑すなわち﹁言葉が奪われる﹂ うのであるから︑常識的判断を覆すような表現であるが︑矛盾する現実のありようが鋭角的に表現されることになろう︒giftgestillt 2
︶原語は︒﹁毒によって鎮められる︑毒によって哺乳される﹂意︒﹁毒によって鎮められる︑哺乳される﹂と言3
︶本江邦夫﹃○△□の美しさって何?︵
20
世紀美術の発見﹄ポプラ社︑一九九三年︑七八頁︒︵
4
︶石原達二﹃闇の光近代芸術とニヒリズム﹄勁草書房︑一九八三年︑一七五頁︒︵
5
︶前掲書︑二二五頁︒︵
6
︶前掲書︑一七五︑一七六頁︒︵
7
︶前掲書︑一七六頁︒︵
G. W . Bd. 1 . S. 201 f. 8
︶es es es blieb Zeit
しが楽である﹂といった意味になるが︑筆者はこのを︑具体的なものを指し示すと取った︒なお原語のwie/gut wir es hatten es es gut haben 9
︶原語はである︒不定のを目的語とするは︑﹁幸せである︑うまくいっている︑暮らes
は︑動詞bleiben
の形式主語と解している︒︵︵
Nr . 204 / 632 . S. 100 . TCA/M
以下と略記する︒und Heino Schnull unter Mitarbeit von Michael Schwar zkopf und Christian W ittkop. Frankfur t am Main Suhrkamp . 1999 .
︵︶10 Paul Celan : W erke. T übinger Ausgabe. Der Meridian. Endfassung — Entwür fe — Materialien. V on Ber har d Böschenstein
︶11 TCA/M. Nr . 205 / 633 . S. 100 .
︶おまえの最も固有な狭さへと赴け(二)
― ₁₄₀ ―
― ₁₄₁ ―
︵
︵
12 TCA/M. Nr . 233 / 819 . S. 103 .
︶︵
13 er , es/fiel nicht ins W or t Er Stein er es
︶原語は︑である︒をと解し︑とを同格と解している︒︵
14 G. W . Bd. 2 . S. 23 .
︶︵
15 TCA/M. Nr . 485 / 57 . S. 141 .
︶︵
16 TCA/M. Nr . 455 . S. 136 .
︶︵
17 TCA/M. Nr . 454 . S. 136 .
︶︵
18 TCA/M. Nr . 240 / 410 . S. 104 f.
︶︵
19 TCA/M. Nr . 486 . S. 141 .
︶︵
1970 . S. 117 . 20 Gisela Bezzel - Dischner : Poetik des moder nen Gedichts. Zur L yrik von Nelly Sachs. Bad Hombur gv . d. h. - Berlin - Zürich.
︶︵
21 Ebd. S. 117 .
︶︵