大震災と保険契約の諸問題
甘 利 公 人
■アブストラクト
東日本大震災における各業界の対応について,生命保険および傷害保険な らびに損害保険とに分けて,法律の視点なかんずく保険約款におけるいくつ かの問題点を指摘した。
今回の震災における保険金支払いにおいて,削減払いをしない対応をとっ たが,その場合の判断基準が明確ではない。生命保険の保険料の支払い猶予 については,保険契約者の利益になるが,両刃の剣の面があることも否定で きない。死亡保険金受取人の確定については,最高裁判決があり,保険金受 取人の確定は困難である。損害保険については,自己申告による保険金支払 いや地震免責の解釈問題に課題が残されている旨を指摘した。
■キーワード
大震災,保険約款,地震免責
東日本大震災における各業界の対応について,法律の視点からいくつかの 問題点を指摘する。すでに訴訟になっているものもあるが,阪神大震災の場 合をみるならば,時間が経過してから訴訟になるケースが多いのは当然のこ とである。したがって,以下の問題点は,現在において想定されるものであ って,震災から1年しか経っていない現時点でのまったくの想像に過ぎない ことをお断りしておきたい。以下では,生命保険および傷害保険ならびに損 害保険とに分けて,それぞれの問題点を検討する。
*平成24年3月10日の日本保険学会関東部会報告による。
/平成24年10月11日原稿受領。
【日本保険学会関東部会】シンポジウム 東日本大震災と保険
1.生命保険の死亡保険金の削減払いと災害関係特約の地震免責
⑴ 保険料算定の基礎に及ぼすとは?
保険約款では,地震や津波を免責とするものがある。地震や津波による損 害は,通常損害が甚大となるので,保険者はそのような危険を引き受けない のである。火災保険では地震保険が原則として自動付帯であるが,保険料が 高くなるので自動付帯としないことがある。この場合には,地震による火災 は免責となる。自動車の車両保険でも,特約のない限り,地震や津波による 損害は免責となる。また,自動車の人傷などの傷害保険でも,地震等は免責 となっている。
生命保険では,主契約の死亡保険金は,地震や噴火,津波は免責ではない が,支払保険金が膨大なものになるので,削減払いする旨の約款もある。こ れに対して,災害死亡保険金や障害給付金は,地震等が免責となっている。
しかし,地震等により死亡したり障害状態になった場合でも,これらの事由 により死亡または障害状態となった被保険者の数の増加が,特約の計算の基 礎に影響が少ないと保険会社が認めたときは,その程度に応じて災害死亡保 険金等を全額またはその金額を削減して支払う旨を約款で定めているものが 多い 。
今回の東日本大震災の場合,生命保険会社は,災害死亡保険金等について も削減払いを適用せずに,全額保険金を支払うことにした。損保の地震保険 でも,今回の大震災については,削減払いはしていない。
このように,保険料算定の基礎に影響を及ぼさない場合には,削減払いし ないことになっているが,今回の震災についてその情報はどのように開示さ れたのか,保険契約者からみると不透明な感は否めないのではないか。
1) 甘利公人=福田弥夫・ポイントレクチャー保険法255頁(2012年・有斐閣)参 照。一般的に,生命保険会社の災害関係特約については,約款において,地震 等による災害関係保険金・給付金を削減したり支払わない場合がある旨規定さ れているが,今回はこれを適用せず災害関係保険金・給付金を全額支払うこと になっている。
⑵ 削減払いの場合における他の保険契約者との平等性
今回は削減払いはされなかったが,次の大震災が起きたときに削減払いさ れるとした場合,同じ保険種類の契約者間に差が生ずることになるが,その 理由を明確に説明することが可能であろうか。また,削減払いそのものが,
保険契約者間の平等性を損なうことの合理的な説明をすることができるかも,
根本的な問題として残されている。
⑶ 損保の傷害保険との整合性
今回の震災において,損保では自動車保険の傷害保険を含めて普通傷害保 険は地震等により免責とした。しかし,生保では,同じ傷害保険としての性 格を持つ災害関係特約については,削減払いを適用せずに全額支払いをした。
同じ傷害保険でありながら,このような取扱の違いは,保険契約者からみた 場合には理解できないのでは無いであろうか。
2.保険料の支払猶予
生命保険会社では,今回の地震により被災された保険契約者への特別取扱 いとして,保険料払込猶予期間の延長(最長6か月間)を実施した。また,
被災地の復旧・復興状況を踏まえ,さらに追加の特別取扱いを実施した。保 険料払込猶予期間の再延長として,災害救助法適用地域の保険契約者からの 申出により,保険料の払込みについて猶予する期間を更に3か月間延長した。
したがって,実施済の6か月と合わせて最長で平成23年12月末までの延長と なる。そして,猶予した保険料の払込期日に関する特別取扱いとして,保障 を継続するためには,上記の猶予期間分の保険料を猶予期間の末日までに払 込まなければならない。しかし,上記期日までに猶予期間分の保険料全額の 払込みが困難な場合には,平成24年1月より継続して保険料を払い込むこと により,猶予期間分の保険料の払込期日を平成24年10月末日までとした。猶 予期間分の保険料については,分割して払い込むこともできるような取扱い としている。
保険学雑誌 第 619号
このような保険料支払い猶予制度は,被災者である保険契約者が保険契約 を継続して,その保障を継続することに意義がある。しかし,保険契約者の 保険料支払については,無催告失効約款の最高裁判決があり ,多数の保険 契約者を対象とするという保険契約の特質をも踏まえると,約款において,
保険契約者が保険料の不払をした場合にも,その権利保護を図るために一定 の配慮をした定めが置かれていることに加え,保険会社において保険料払込 の督促の運用を確実にした上で本件約款を適用していることが認められるの であれば,無催告失効条項は信義則に反して消費者の利益を一方的に害する ものに当たらないものと解される,と判示して原審に差し戻した。このよう な判例の立場からすると,保険料の支払猶予制度は,保険契約者保護のため に,極めて有益な制度である。しかし,次のような問題をも包含しているの であるから,この制度は両刃の剣でもあることは否定しがたいであろう。
⑴ 保険契約者間の平等性
前述の最判のように,保険料の支払いがないと保険契約は失効してしまい,
その後復活するとしても,失効後復活の申込みをしている間に被保険者が死 亡したり,失効時に病気に罹患していた保険契約者が告知義務違反をせざる を得ない状況にあり,復活後に告知義務違反を問われる場合,あるいは契約 前発病不担保条項を援用される場合,失効後に復活したとしても再度自殺免
2) 最判平成24年3月16日判例時報2149号135頁。最判については,甘利公人・
上智法学論集56巻1号95頁参照。なお,原審の東京高判平成21年9月30日判例 タイムズ1317号72頁は,本件無催告失効条項は,消費者である保険契約者側に 重大な不利益を与えるおそれがあるのに対し,その条項を無効にすることによ って保険者が被る不利益はさしたるものではなく,現状の実務の運用に比べて 手間やコストが増大するという問題は約款の規定を整備することで十分回避で きるのであるから,民法1条2項に規定する基本原則である信義誠実の原則に 反して消費者の利益を一方的に害するものであるといわざるを得ないので,本 件無催告失効条項は,消費者契約法10条の規定により無効になる,と判示した。
高裁判決については,神作裕之・保険法判例百選160頁(2010年)とそれに掲 載されている文献を参照されたい。
責期間の始期が復活の時からになることなどがある。したがって,保険契約 を失効させないことが必要であるが,通常保険料の支払い猶予期間は,2か 月である。
しかし,今回の震災による保険料の支払猶予の措置は,かなりの長期にわ たって特別な取扱いを行うものである。このような取扱いは,保険契約者間 の平等性を損なうことにならないのかという問題がある。復活の場合には,
失効していた期間の保険料を支払うことになるが,この場合にはその間の利 息を支払うことになっている。長期の支払猶予の場合には,復活の場合と同 様に利息の支払いを求めるのかは明らかではないが,保険契約者間の平等性 を考慮する必要があるかも慎重に検討しなければならない問題であろう。
⑵ 猶予期間中の保険事故
保険契約が猶予期間中に保険事故が発生した場合でも,契約は失効してい るわけではないのであるから,保険者は保険金を支払わなければならない。
この場合において,保険者が,猶予期間中の保険料を保険金から控除して支 払うことになるのは明らかである。ところで,これと同じ理由により,猶予 期間中に保険料を支払うことのできない保険契約者が,保険契約を解約した 場合,保険者は解約返戻金から既経過期間の保険料を控除することができる であろうか。きわめて政策的な問題であるが,保険者が控除するのは困難で はないかと思われる。
3.死亡保険金受取人の確定
今回の震災では,地震そのものによる損害はそれなりにあるが,最も損害 が甚大であるのは津波によるものが大きい。とくに家ごと流されて家族の全 員が亡くなっているケースがある。この場合,同時に死亡したものと推定さ れる(民法32条の2)。
同時死亡の場合の死亡保険金請求権の帰属の問題については,最判平成21
号 学雑
保険 誌第 619
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年6月2日民集63巻5号953頁がある 。最高裁は,次のように判示した。
商法676条2項の規定は,保険契約者と指定受取人とが同時に死亡した場 合にも類推適用されるべきものであるところ,同項にいう 保険金額ヲ受取 ルヘキ者ノ相続人 とは,指定受取人の法定相続人又はその順次の法定相続 人であって被保険者の死亡時に現に生存する者をいい(最高裁平成2年
(オ)第1100号同5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7号4740頁),ここ でいう法定相続人は民法の規定に従って確定されるべきものであって,指定 受取人の死亡の時点で生存していなかった者はその法定相続人になる余地は ない(民法882条)。したがって,指定受取人と当該指定受取人が先に死亡し たとすればその相続人となるべき者とが同時に死亡した場合において,その 者又はその相続人は,同項にいう 保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人 には 当たらないと解すべきである。そして,指定受取人と当該指定受取人が先に 死亡したとすればその相続人となるべき者との死亡の先後が明らかでない場 合に,その者が保険契約者兼被保険者であったとしても,民法32条の2の規 定の適用を排除して,指定受取人がその者より先に死亡したものとみなすべ き理由はない。
最高裁判決は,保険契約者兼被保険者と保険金受取人が同時死亡した場合,
改正前商法676条2項の類推適用により,保険金受取人の相続人が保険金受 取人になるが,ここでいう法定相続人は民法の規定に従って確定され,保険 金受取人の死亡の時点で生存していなかった者はその法定相続人になる余地 はなく(民法882条),保険契約者兼被保険者またはその相続人は,保険金受 取人の相続人には当たらないと解すべきである,と判示した。この最高裁判 決により,同時死亡の場合において,保険金受取人となるのは,指定された 保険金受取人の相続人であり,保険契約者兼被保険者自身やその相続人は保 険金受取人とはならないことが確定したのである。すなわち,たとえば保険
3) 最高裁判決については,福島雄一・保険法判例百選154頁に掲載の文献を参 照。また,同時死亡における死亡保険金の帰属についての比較法的検討として,
甘利公人・生命保険契約法の基礎理論21頁(2007年・有斐閣)参照。
契約者兼被保険者が夫であり,保険金受取人が妻である場合,夫は妻の相続 人とはならないから,夫の相続人が保険金受取人となることはない。換言す れば,妻の相続人のみが保険金受取人となるということである。
このような最高裁判決によれば,震災における同時死亡の場合の保険金受 取人は,指定保険金受取人の相続人となる。保険会社にとって,指定保険金 受取人の相続人を探す必要があり,指定保険金受取人についての情報を把握 していない保険会社にとって,死亡保険金受取人を確定するのはきわめて困 難が伴う問題であろう。
4.損害保険の保険金支払いについての問題点
⑴ 自己申告による保険金の支払い
損害保険の実務において,一部損の保険契約者のうち,一定の契約対象に ついて,保険契約者の自己申告に基づく書面調査のみで保険金を支払い,ま た福島第1原発の警戒区域等においては,損害調査のための立入が制限され ているために,特例措置を設けたうえで,一時帰宅時に保険契約者による被 害状況の確認と申告のみにより保険金を支払った。この自己申告による保険 金の支払いについては,迅速な支払いという要請に応えるということでは大 いに貢献したと思われるが,次のような問題点も残されている。
まず第1に,自己申告により保険金を支払ったが,その後その申告とは異 なる損害額の認定がなされた場合,支払保険金を精算することができるであ ろうか。追加で支払う場合には問題はないであろうが,実際の損害よりも多 く支払ってしまったときには,返還を求めることが実際にできるであろうか。
このような場合に備えて,事前に念書を取っておくことも一つの考え方では ある。
第2に,自己申告による保険金支払いは,保険契約者を平等に扱うという 原則に反しないかが問題となる。保険契約者を平等に扱うということは,保 険契約における大原則であり,大震災における保険金支払いの迅速性だけを 理由として,保険契約者を不平等に扱って良いという理由にはならないであ
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ろう。
第3に,今後長期間にわたり立入が禁止されている福島第1原発の警戒区 域の建物について,経済的全損とみなして保険金を支払うことができるか,
という問題がある。また,この区域の住民に対しては,東京電力が 原子力 損害の賠償に関する法律 (以下,原賠法という)に基づいて賠償すること が予定されている。仮に,保険会社が全損として保険金を支払った場合,そ の後東電が原賠法により建物について賠償金を支払ったときには,保険金支 払についての調整が必要になるのか,保険代位の問題となるのか,賠償した ことにより保険契約は終了するのか等の難問が残されている。これらの点に ついては,別の機会に検討することにしたい。
⑵ 地震免責条項の解釈問題
①地震による火災と損害との因果関係
大阪高判平成11年11月10日判例タイムズ1038号246頁 は,阪神淡路大震 災発生の数時間後に発生した原因不明の火災により自宅等を焼失した保険契 約者が,保険会社に対して火災保険契約により保険金支払いを求めたが,保 険会社は火災保険約款の地震免責条項に該当すると主張した事案において,
地震による消防力の低下により損害が拡大したとの事情の下では,消防力低 下と相当因果関係がある損害について保険会社は免責されるとして,その余 の限度で原告の請求を認容した原審について,その原審の判断を維持したま ま,損害額の算定について増額して認容した裁判例である。
本件の保険約款には,次の損害をてん補しない旨が規定されている。
⑴ 地震によって生じた火元の火災が保険の目的に与えた損害( 第一類 型 という)
⑵ 地震によって発生した火災が延焼または拡大して保険の目的に与えた 損害( 第二類型 という)
⑶ 発生原因のいかんを問わず火災が地震によって延焼または拡大して保 4) 岐孝宏・保険法判例百選36頁(2010年)参照。
険の目的に与えた損害( 第三類型 という)
原審(神戸地判平成10・6・26)判決は,本件火災による損害は,本件地 震が原因で早期に十分な消火活動が行えなかったために延焼拡大したことに よる損害であり,本来はボヤ程度で済んだはずの火元の火災よりも地震によ る延焼拡大が優勢であったことは明らかであるから,第三類型に該当すると 認定したうえで,火災保険契約では,一部損焼,半焼,全焼等火災損害に応 じた損害保険金を支払うことになっているところ,通常の消防体制や消火活 動経過,当該火災の延焼拡大経緯,風向風速等の気象状況その他の事情等を 検討することにより,原因不明の火元火災及びその地震によらない延焼拡大 部分の火災損害と,地震による消防力の低下等による延焼拡大部分の火災損 害とを蓋然性をもって区別し,蓋然性のある損害額を推認することは十分可 能なのであるから,現に生じた結果(本件では全焼損害)について全て免責 されるのか,全て免責されないのかのみを考えなければならない必然性・合 理性は全く見い出し難いと判示して,保険契約者の保険金請求について保険 価額の5割を認容した。
控訴審では,次のように判示した。
地震と延焼拡大との間の相当因果関係は,延焼拡大して全焼したという 結果に対して火元火災と地震とのいずれが優勢であったかによって決せられ るべきであり,相当因果関係の存否はいわば悉無率(オールオアナッシン グ)で評価されるべきである。すなわち,現実に発生した結果に対して地震 が決定的な影響を及ぼしたか否か,地震が最大の原因であったか否かという 合理的な価値判断により判定されるべきものであり,仮定の事情を付け加え て判定されるべきものではない。そうしないと,火元及び火元に近い家には 平常時でも延焼拡大した可能性があることを理由に火災保険金が支払われ,
火元から遠くなるにつれて同保険金が支払われにくくなるという不合理な結 果となる。また,火災保険と択一的関係にある地震保険との関係でも,地震 保険金は 地震を直接または間接の原因とする火災によって保険の目的につ いて生じた損害 に対して支払われるところ,分割責任論を認めると,地震
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を直接にも間接にも原因としない火災損害部分については地震保険金が支払 われないことになるが,このような解釈を地震保険制度は想定していない。
本件のような保険契約上の責任の存否の判断にあたり,分割責任を入れる余 地はない。さらに,そもそも,〔1〕原因不明の火元火災及びその地震によ らない延焼拡大部分の火災損害と,〔2〕地震による消防力低下等による延 焼拡大部分の火災損害を一の建物について蓋然性をもって区別し,蓋然性の ある損害額を推認することは保険実務として査定困難であり,このような困 難を強いる解釈をとる余地はない。
保険約款の解釈は文言中心になすべきところ, 地震によって延焼または 拡大して保険の目的に与えた損害 という表現からすると,免責されるのは 火災による全損害ではなく,地震により延焼または拡大した部分の損害に限 られることは明らかである。保険約款は,免責される要件を定める共に,免 責される範囲(損害)をも定めている。保険会社らの解釈は,保険約款の規 定を無視したもので到底採用できない。
本判決については,学説では理論的難点が多いとして批判されている。約 款解釈における因果関係の問題は,それほど単純ではなくきわめて複雑で困 難な問題が多いのであるが,少なくとも震災に遭遇した被災者の立場からみ た場合には,本判決の結論には賛成したい。
② 地震によって生じた損害 の解釈
今回の大震災に際して,東京都内のマンションで生じた配水管からの水漏 れによる損害について,個人賠償責任保険の地震免責条項の適用を認めた裁 判例として,東京高判平成24年3月19日判例時報2147号118頁 がある。原 審(東京地判平成23・10・20)は,地震免責条項にいう 地震 とは,通常 の想定を超える巨大かつ異常な事象によって,広範囲において同時多発的に 大規模な災害が生ずる事態を予定した規定であり,震度5強程度の地震の揺 れはこれにあたらない,と判示して被害者からの請求を一部認容した。
しかし,控訴審では,約款の文言上, 地震 の語をその強度,規模等に 5) 武田俊裕・共済と保険54巻8号40頁(2012年)参照。
よって限定的に解釈することはできず,地震と相当因果関係のある損害であ れば地震免責条項の対象になると解するのが相当であるとしたうえで,次の 点からも,地震免責条項にいう地震を限定することは相当でない,と判示し た。
地震による損害については,地震保険に関する法律が制定されており,
一般的な損害保険契約においては本件と同様の免責条項を設けて保険金を支 払わないとする一方,地震保険契約によって所定の要件の下で損害を填補す るという制度が整えられている。そうすると,同法及び地震免責条項の対象 となる地震の範囲は同一に解するのが相当というべきところ,同法に地震の 定義規定はないが,単なる地震と大規模な地震を区別していること(同法4 条の2),同法が被災者の生活安定への寄与を目的とすること(同法1条)
からすると,強さや規模等のいかんにかかわらず,社会通念上 地震 と認 識される現象は広く同法の対象になるとみるのが相当である。したがって,
地震免責条項にいう地震についても,これと同様に解すべきものとなる。
原判決は,地震免責条項にいう地震が巨大かつ異常なものに限られる と解釈すべきことの根拠として,本件保険契約の約款が戦争,津波,噴火,
放射能汚染等と並んで地震を免責事由と定めていることを挙げている。しか し,上記約款の3条は,3号において 地震もしくは噴火またはこれらによ る津波 と規定する一方,1号において保険契約者等の故意,2号において 戦争,外国の武力行使,革命等,4号において核燃料物質の放射性に起因す る事故等をそれぞれ免責事由と定めており,各号は独立したものとみられる から,戦争や放射能汚染等との対比から地震の意義を限定することは相当で ない。しかも,戦争,津波,噴火,放射能汚染等についても,その規模や被 害の及ぶ地理的範囲等とは無関係に,これらによる損害であれば保険金は支 払わないとされている。したがって,地震がこれらと並んで免責事由として 規定されていることは,限定解釈の根拠にならないと考えられる。
原判決のように事故発生地点での個別具体的な揺れの程度や建物の耐 震性等を考慮して地震免責条項の適用の有無を判断するとしたのでは,保険
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金請求時にこれらの点について事実認定をめぐる争いが多発すると予想され る上,保険契約の加入時にも建物の耐震性等についての審査が求められるこ とになり,保険実務上の混乱を招くことになりかねない。また,原審のよう に考えるとすると,巨大地震により損害を受けた者が同一の保険に加入して いた場合に,震源地に近く被害が大きい地域では保険金の支払を受けられな いのに対し,震源地から遠く被害が小さい地域ではその支払を受けられるこ とになり得るが,このような結論は保険契約者間の公平を欠くものと解され る。
したがって,地震免責条項にいう地震はその強度,規模等によって限定さ れるものではなく,自然現象としての地震と相当因果関係のある損害はすべ て地震免責条項の対象になると解するのが相当である。
本判決は,極めて妥当であり,判旨に賛成である。また,原審が, 保険 契約者の拠出した保険料による危険の負担分散が困難となるような地震 で あるかどうかを地震免責規定の適用の有無の基準とした点も問題であり,危 険の負担分散が困難かどうかというのは基準として曖昧であり,原審は,こ の点を客観的かつ一律に判断し,立証することが技術的に可能かどうかの検 証を行っておらず,保険会社の経営状態は会社・時期によって区々であり,
保険金請求権者側がこれを予測・認識することは事実上不可能であるととも に,保険者側の恣意的な解釈・運用に途を開くおそれがあり,また,一時に 大量の被害が発生する大地震の際に,この点の解釈をめぐる紛争が集中的に 発生し,その処理の結果,加入者間の公平性が損なわれるとともに,長期・
大量の紛争処理のコストが最終的に保険契約者に課されることとなるおそれ もあることから,この点については本判決でも触れられていないが,地震免 責条項の解釈にあたっての論点として検討する余地もあったのではないか,
と主張されている 。
6) 武田俊裕・前掲47頁参照。
5.今後の課題
以上によれば,今回の大震災に対する保険業界の対応については,保険約 款適用の契約者間の平等性や地震免責条項の明確性と透明性について,解決 しなければならない問題が残されている。これからの課題としては,紛争が 多く発生することが予想されるので,そんぽADRの活用と被災者にとって の利便性を検討する必要がある。
(筆者は,上智大学法学部教授) 保険学雑誌 第 619号