2016年度学位申請論文 博士(経営管理学)
わが国の保険政策と生命保険事業の展開 に関する一考察
-準市場の考え方を踏まえて-
指導教授 亀川 雅人 教授
立教大学大学院
ビジネスデザイン研究科ビジネスデザイン専攻
大坪 英二郎
OTSUBO, EIJIRO
目 次
序 章・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第1節 研究の背景と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 第2節 本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 第1章 保険事業と保険政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第1節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 第2節 保険の特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 1.保険の原理的構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 2.保険料算定の技術的構造と保険の特性・・・・・・・・・・・・・・・・8 3.保険商品の差別化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 第3節 保険事業と保険政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 1. 経済政策と保険政策・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 2. 保険政策と保険行政・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 3. 保険業の特徴と保険規制の根拠・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 4. 保険自由化までのわが国の保険政策の特徴とその問題点・・・・・・・15 5. 保険政策の大転換・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 第4節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18 第2章 わが国における戦前・戦後の保険業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 第1節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 第2節 戦前自由競争期の生保業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 1. 生保業の競争から規制までの軌跡・・・・・・・・・・・・・・・・・21 2. 生保業の金融的地位向上の転機・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3. 生保会社間の競争激化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 第3節 戦時統制期の生保業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 1. 第二次大戦をめぐる連続と断絶・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 2. 戦時統制経済と金融統制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 3. 戦時の保険行政・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33 4. 戦後の保険行政-護送船団行政-・・・・・・・・・・・・・・・・・37 5. 生保事業の特殊性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40 第4節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 第3章 第二次大戦の敗戦国ドイツと戦勝国イギリスの動向・・・・・・・・・・・・45
第 1 節 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
第2節 2つの型の統制経済体制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45
第3節 ドイツにおける戦前・戦時の日本の経済統制への影響と保険政策・・・・46
1. 戦前・戦時日本の統制経済体制とナチス的方式の受容・・・・・・・・46
2. 第二次大戦前後の生保業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50
3. 日本の保険政策への影響・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
第4節 第二次大戦後イギリスの福祉国家へのあゆみと崩壊・・・・・・・・・・・ 58
1. 福祉国家盛衰の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
2. 第二次大戦後のイギリス経済・・・・・・・・・・・・・・・・・・・59
3. 福祉国家への歩み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60
4. 福祉国家をめぐる戦後のコンセンサス政治の形成・・・・・・・・・・61
5. 戦後福祉国家のコンセンサスの崩壊とサッチャー政権の改革・・・・・67
第5節 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・71
第4章 第二次大戦後に誕生したイギリスの社会 市場と準市場・・・・・・・・73
第1節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
第2節 福祉国家における「社会市場」と「準市場」の誕生・・・・・・・・・73
1.社会市場から準市場へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73
2.社会保障による社会市場の形成・・・・・・・・・・・・・・・・・・74
3.準市場の登場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・77
4.準市場とはなにか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・79
第3節 日本における「準市場」の介護サービスへの適用・・・・・・・・・・・83
1.イギリスの準市場の日本への適用・・・・・・・・・・・・・・・・・83
2.日本の社会福祉の国家型から市場型への転換・・・・・・・・・・・・83
3.介護保険制度の展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84
4.日本における準市場化の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・85
5.介護サービスに対する準市場の適用・・・・・・・・・・・・・・・・86
6.介護保険サービス準市場の先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・88
7.日本の準市場の定義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91
8.公的介護保険制度とイギリスの準市場に関する理論モデルとの比較・・91
第4節 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
第5章 護送船団行政の功罪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
第1節 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
第2節 護送船団行政の特徴と生保の経営戦略 ・・・・・・・・・・・・・・・・94
1. 護送船団行政の目的と特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94
2. 監督当局の姿勢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・96
3. 生保の経営戦略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・98
第3節 生保会社のコーポレート・ガバナンスと経営者支配 ・・・・・・・・・・98
第4節 生保会社の経営破綻・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100
1. 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100
2. 生保会社破綻の要因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101
第5節 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・106
第6章 保険の自由化と生保の事業展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・108
第1節 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・108
第2節 保険の自由化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・108
1.概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・108
2.保険自由化の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・110
3.保険自由化により期待された効果・・・・・・・・・・・・・・・・・111
4.生命保険における自由化の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・112
5.保険自由化の問題点と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・113
第3節 自由化の弊害とされる保険金不払い問題・・・・・・・・・・・・・・・115
1.不適切な保険金不払い問題の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・115
2.生保業界の保険金不払い問題の経緯と原因・・・・・・・・・・・・・117
3.保険金不払い問題に見る保険の特殊性・・・・・・・・・・・・・・・118
4.自由化後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121
第4節 生保業における競争構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122
1.生保業の収益構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122
2.生保業における競争・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・124
3.保険自由化後の競争・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・126
4.保険料の下がらない要因・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・128
第5節 生保の事業展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130
1.生保事業の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・130
2.規模の経済性に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・131
3.日本の生保会社の海外事業展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・132
第6節 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・136
終 章 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・138
第1節 要約・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・138
第2節 研究の結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・140
第3節 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・141
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・143
図表一覧
第1章
図 1-1 保険監督行政の種類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 表 1-1 新旧保険政策(保険業法)の比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17
第2章
表 2-1 生保会社の業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 表 2-2 五大生保の契約割合・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 表 2-3 生保資金と銀行預金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 表 2-4 株式の所有構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34
第3章
表 3-1 ドイツ生保会社の資産構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 表 3-2 ドイツ金融機関の資金量・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 表 3-3 ドイツの有価証券の金融機関別分布図(1936 年末)・・・・・・・・・・・・ 55 表 3-4 ドイツ(西ドイツ)の生保会社の資産構成・・・・・・・・・・・・・・・・57
第4章
表 4-1 公的介護保険における準市場要素・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92
第5章
表 5-1 破綻生命保険会社の最終処理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・101 表 5-2 中堅生保の総資産競争 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・103
第6章
表 6-1 保険金不払い問題の経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116
表 6-2 直近加入契約の加入理由(複数回筓)(単位:%)・・・・・・・・・・・・129
表 6-3 直近加入契約の商品比較経験(複数回筓)・・・・・・・・・・・・・・・・130
表 6-4 世界の生命保険料の伸び率・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・133
表 6-5 大手生保の海外事業展開・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・134
表 6-6 日本の生保会社による海外引受事業の進出状況・・・・・・・・・・・・・・134
序章
第1節 研究の背景と目的
資本主義社会では、人、物、金の経済資源は、市場の働きによって配分される。市場は こうした経済資源の供給者・提供者と需要者・消費者が出会う場であり、それには財・サ ービス市場と生産要素市場がある。この2つの市場では財・サービスや生産要素の価格が、
需要量と供給量を調整することで取引を成立させている。価格が十全にその役割を果たす のであれば、市場に参加する需要者・消費者は自らその財に置く価値と等しい価格によっ て、必要なだけの財・サービスを入手できる。他方、供給者は財・サービスを、その製造 原価よりも高い価値を置く需要者・消費者に提供できることになる。こうした価値メカニ ズムがうまく働く完全競争状態にあれば、両取引当事者が一番満足できる状態、すなわち 社会的余剰が最大化する点で、取引量と取引価格が決定され市場は均衡状態に導かれる。
こうした状態をパレート最適が達成されているという。
このときには、国は市場に直接介入することなく、私有財産権および取引履行を保証す ることで、市場の仕組みを外側から支える役割を担う。すなわち資本主義社会にあっては、
個々の経済活動に対する国家・政府干渉(規制)を最小限にとどめることが基本政策とな る。
しかしながら、財やサービスの生産主体は企業であり、消費主体は家計である。それは 一見すると企業は企業間同士、あるいは企業と家計との間で自由闊達な取引を行っている ようにみえるが、多くは種々の経済的な規制に縛られながらの取引であるといえる。産業 の発達や信頼性を確保するためなど、不完全競争状態を前提としなければならないとき、
政府や団体等が法や自主的な規制を設けて規制が実施される。
一般に、産業の成熟に伴って規制は徐々に緩和されていくが、公益性が高い産業や独占 的な産業は競争が馴染まない事業分野とし、依然として厳しい規制下に置かれている。
日本では、建設や運輸、電力、ガス、金融、通信、医療などの産業が規制産業として認 識されている。経済的な規制は財・サービスの必需性による公益性と、規模の経済性によ る自然独占によって必要とされ、参入規制や退出規制、価格規制等を通じて事業者に制限 を課す一方、免許制によって特定事業者に事業権を付与している。例えば、公益性の高い 運輸産業は参入規制や運賃(価格)規制などの公的な介入を受けている。人や物の輸送を 扱う運輸産業へ参入が自由化されると過当競争に陥り、安全性を軽視した価格競争に至る ことになる
1。また、鉄道事業などは一般に公共の代替輸送手段が存在せず地域独占状態に
1
「道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法」の一部を改正する法律が
2002年
2月 に施行され、バス事業の規制が大幅に緩和され、高速ツアーバスが登場した。このバス は旅行業法における募集型企画旅行として運行される貸切バスであり、乗合(路線バス)
ではないため、道路運送法に規定された諸要件(安全法を含む)を満たす必要性がない。
ある。このような事業者への価格規制や撤退規制
2は地域住民の移動手段を確保するために 必要である。
厳しい規制下に置かれている産業では、一般に経営革新を行うことは難しいといわれる。
それは規制によって産業内で選択可能な戦略が制限されているためである。規制が厳しけ れば厳しいほど、財やサービスの差別化が困難になり、いずれ経営者は独自の戦略を描く ことを忘れるようになる。そのような産業に対して規制緩和が実施されたとき、既得権益 を守るような行動に出る。換言すれば、独自の差別化戦略を描くことができないため、既 存の枠組みの中で企業経営を行う術しかないのである。規制緩和による新規参入者は様々 なアイデアを駆使して市場に参入してくる。既存企業が生き残るには自らの手で革新的な 経営へ舵を切る必要がある。
どのような制度でもそうであるが、何らかの歴史的経緯を辿って、制度はつくられる。
そして一旦確立された制度は、容易には変更不可能なものになる。しかし、そのような制 度でも当該関係者間の政治的力関係によって、変更させられることがある。当該関係者間 の政治的力関係といっても、多くの経済制度の場合、供給者側の既得権が最有力勢力とな り、供給者にとって都合のいい制度改革が、安易に実施される。それに対して、需要者な いし消費者の利益増大に貢献するような制度改革は、容易に実現しないことは、多くの歴 史的事実が証明するところである。
1995
年に保険業法が
56年ぶりに改正(施行は
1996年)されたことも歴史的経緯の産物 である、と思われる。そこで、本論文ではどのような歴史的経緯を辿って、これまでの保 険政策・規制が生まれ、それに伴い保険業がどのような展開をしてきたかを論じ、今後の 生命保険(以下、生保)業の展開の方向性に関する研究に繋げたい。なお、本論文では、
保険業については、生保業を中心に論じることにする。
歴史的にみれば、保険も自由市場で取引される他の一般の財やサービスと何ら異なるこ とはなかった。しかし自由と自己責任に基づく経済活動の浸透によるリスク認識の一般化 と、保険の必要性ならびに保険需要の増大、そして保険事業への無制限な参入が事情を一 変させた。保険事業は他の一般的な産業と異なり、事業開始時にほとんど資本や設備を必
そのため、高速路線バスに比べて安価な運賃設定となっていたことなどが例としてあげ られる。しかし、2012 年
4月に発生した運転手の過労によるツアーバスの高速道での死 亡事故をきっかけに見直しが行われ、2013 年
7月末をもって募集型企画旅行としての高 速ツアーバスを運行することはできなくなった。これにより業務大手の企業については 体制を整備し、2013 年
8月から乗合バス事業の認可を得て、 「新高速乗合バス」に転換 できる企業体力がない中小業者のほとんどは事業の停止・撤退を余儀なくされた。
2
鉄道事業への参入は免許制、撤退は許可制であったが鉄行事業法の改正(2000 年
3月施 行)により、参入については需給調整規制を廃止して許可制に、撤退は届出制となった。
この改正以前は規模の小さい地方鉄道が主な対象であったが、実施以後は大手民鉄大都
市周辺部のほか、第
3セクター鉄道、JR 地方鉄道の廃止問題等、全国規模で地方鉄道の
廃止が増えている。
要とせず、収入がもたらされ、最後にしか真の原価がわからないという「原価の事後確定 性」があるため、きわめて参入が容易であった。それと同時に参入後も顧客獲得のために 詐欺的勧誘や安易価格競争(料率引下げ競争)が行われやすい。実際、泡沫会社の乱立と 過度の料率引下げ競争、詐欺的勧誘、自律性を欠いた放漫経営の結果、保険会社の支払不 能や倒産が多発した時期が特に
19世紀後半から
20世紀初めにかけてみられた。
保険会社の支払不能・倒産が消費者に与える影響は、他の一般の企業倒産と比べ、その 性質が大きく異なる。一般企業の場合、そこで購入した財やサービスの効用はすでに消費 者が受け取っているので、消費者に関する限り大きな問題は生じない。しかし保険会社が 支払不能・倒産した場合、その消費者は将来財(購入してすぐに満足や効用が得られるの ではなく、将来的に効用が得られる可能性がある財)として期待していた経済的保障を失 い、以後の生活や経済活動が困難に陥ってしまう場合がある。それだけでなく、善良な経 営で信用を築き上げつつあった他の保険会社も連鎖的に信用を失い、保険業界全体にも悪 影響を及ぼす可能性もある。経済活動の自由と自己責任の一般化により、保険消費者が富 裕階層や企業から多くの一般家庭への拡大していく時期に、自由放任による自律性を欠い た保険会社の支払不能・倒産が相次ぎ、それが社会問題化したことから、国家による保険 政策・保険規制が認識されていったのである。
第二次大戦前の生保業は、競争の枠組みのあり方、および経営目的などについては、同 戦時以降とは大いに異なっていた。この期間は生保業の成熟に伴い、競争から満州事変に 始まる
15年戦争下での協調・統制への激しい変化があった点で、興味深い期間である。ま た、戦後、生保業の再出発に際して制度上いくつもの新しい変革があったとはいえ、戦後 の基本的な規制システムの特徴のいくつかはこの時期に作られたといえる。こうした意味 でもこの期間の分析は重要である。
戦前においては、あらゆる意味での価格競争が生きており、保険料と配当は、実効的に 規制されておらず、生保会社は
1935年頃までは競争的な料率を自己責任で設定していた。
また公的規制も設立認可業務および不正企業や財政基盤の脆弱な企業に対する監督に主眼 が置かれていたため、生保会社は、自由な企業戦略を展開できる環境にあった。戦前の生 保業が、なぜ大蔵省の戦後の金融行政を象徴する「護送船団行政」と呼ばれる姿に変身さ せたのであろうか。この疑問を解く鍵は戦時経済にあるといえる。
その分析は戦後のわが国の保険政策の必要性を解く重要なポイントである。本論文では、
戦前自由競争であった生保業が戦時になぜ国家に統制されたのか、そして戦後長く続いた 生保事業への護送船団行政は、その本質は戦後から始まったのではなく、戦時から戦後へ の連続性の立場をとりながら検証し、そしてどのような環境の変化が、保険政策の転機を 生じさせて、生保経営にどのような影響を及ぼしたのか。この問題について論じる。
経営の特性を考えたときに、保険業は一般の財やサービスとは何が違うのであろうか。
収益源は運用であり、運用した収益をどのように契約者に分配するかという仕組みが商品
の特性となって表れるといえる。払い込まれた保険料を運用していきながら、一方で保険 のため死亡率を計算してどれくらい契約を増やしていったらよいのかということと合わせ て運用する。この運用を堅実にしっかりしていれば基本的には金融業である。事故率や死 亡率の算定は、基本的には同じと考えられるので、これに運用が加算されると最後の配当 は別として、あとは顧客に保険金や給付金をどのくらい支払うかということになる。この 点で保険業は金融業に間違いないといえる。保険業の場合は、保険機能と金融機能がある が、保険機能の場合、たとえば、国民年金のようにまったく違う世代の人が負担する仕組 みではなく、その徴収した保険料をどうやって運用して還元するかは正に金融業そのもの で、勝ち残りの方法は、保険の原理的法則である「大数の法則」があるので、規模の経済 性の追求と考えられる。
本研究は、日本では明治時代に産声を上げ、これまで規制と保護を受けてきた生保業を 題材とし、生保業が保険自由化後も、当該事業の特有の性質である準市場によって捉えら れる特殊な市場であり、国家による保険政策が事業の特徴を形成するという仮説を設けて いる。
戦後の生保業に対する保険行政は、護送船団行政という言葉に象徴され、保険業界全体 の進度を最も経営効率が务る保険会社に合わせて調整して、全てが存続可能な状態に保持 すべく行政指導が行われた。戦後の生保業の発展経緯をみると、生保業の成長と保険行政 は多くの部分で一体化していた。保険行政における特徴は、第
1に保険行政が、主として 業界保護に重点が置かれていたこと、第
2に政府と保険業界との調整役として、大蔵大臣
(当時)の諮問機関である審議会が重要な役割を果たしてきたこと、第
3に徹底した認可 行政に基づいて、保険料率、配当、商品開発などの面で、画一政策が行われていたことで あると整理できよう。そして業界では横並び協調体制ができあがっていくことになるが、
これは徹底した認可行政によるものである。結果的に保証された保険市場の安定性は、産 業資金の安定供給という国家政策にも大いに貢献してきたことも看過できない。その結果、
国民経済の発展を下支えしてきたのである。
販売する保険商品の構成から読み解くと大手・中位・下位と生保会社を分けた場合、日 本の生保産業には異なった企業戦略をもった、いくつかのタイプの企業群が存在していた ことが確認できる
3ものの、本研究では個々の戦略については重視しないものとする。
本研究は、具体的には日本における生保事業が、第二次大戦後の護送船団行政下で制度 設計され、非価格競争による規模の経済性を追求することになるプロセスを歴史的アプロ ーチにより研究した論文である。
また、イギリスで誕生した準市場を理論的なキー概念として、イギリスの福祉政策やド イツの保険政策と比較しつつ、日本の生保事業史を調査・分析し、保険自由化後の保険事
3
米山(1997),pp92-96.
業のあるべき姿を抽出しようとしている点に独創性を有している。
保険自由化後の生保事業でも、事業自体は依然として免許制で、基本的に商品開発自体 に特許も認められず、価格も差別化が難しく、売手と買手の間には情報の非対称性が存在 する。準市場の原理とは、競争に代表される市場原理の活用を標榜しつつも、公的規制を も併存させる制度的枠組みである。この場合の公的規制は、参入規制とメカニズムの監視・
監督を通じた質の標準に関する規制であり、市場をコントロールするというよりも、サー ビスをコントロールするという意味であることから、保険自由化後も保険事業は営業職員、
来店型店舗、インターネット等で多様化したチャネルにより
47社(2015 年
12月現在生保 協会加盟会社数)が販売競争を展開しており、国家規制と市場原理を併存させているとこ ろは、準市場とあると考える。
本研究の方法としては、設定した仮説を検証するために日本の生保事業が戦後に国家の 保険政策の枠組みの中で非価格競争を展開してきた経緯と背景を歴史的に分析して、保険 の自由化以降も差別化が難しい状況の中、昨今の規模の経済性を求めたグローバルな買 収・統合を繰り返す事例を挙げて論じた。
今後の経営問題はなにかというと、日本的生保市場は、自由化による規制緩和の中で特 徴を漸次変化させてきたと思われる。準市場の中身が変化することで生保会社の戦略の変 更が迫られるという仮説の証明として、影響度の変化に応じた規模の拡大路線の方向性を 示唆する。
本研究の貢献は、生保の対象は人であり、日本の大手生保会社が準市場であるという認 識を深めつつ経営を行えば、将来高齢化・人口減尐社会にますます進んでいく日本から、
規模の経済性を求めて海外進出を活発化していくしかないため、その民営保険がアジア諸 国等の未熟な社会保障制度の補完に資することにある。
第2節 本論文の構成
本論文の構成は以下のとおりである。
第
1章では、まず保険の特性と保険政策についての確認である。保険事業は、偶然の事 象や不確実な事象を対象として、多数の事象を統計的に捉え、これを基礎に確率論を応用 して、保険商品として提供し、多数の加入者を集めて保険取引を行うものである。そのた め、保険事業は保険数学を中心とする保険数理の活用がなければ経営として成り立たない ビジネスである。そして、保険事業・保険制度に対する国家の介入・規制としての保険政 策とは何か、その目的とこれまでの保険政策の特徴と問題点等について述べる。また、保 険は競争財ではないため、商品開発してもすぐに他社に追随されてしまい、基本的には競 争の優位性は保てないのであろうか。そこで生保商品の特許権取得についても検証を行う。
第
2章では、日本の生保事業の発展過程とその保険政策について検証する。生保事業の
発展過程は、戦前(第二次世界大戦前) 、戦時・戦後、保険自由化後(1996 年以降)と3つ
の段階に分けることができ、それは同時に保険政策・規制の動向に大きく影響を受けてい る。第
2章では、その歴史的経緯と保険業に対して保険政策の必要性につき、明らかにす る。
第
3章では、日本がなぜ統制経済に変容していったのかについて日本と同じく敗戦国で 戦時・戦後の経済思想と保険政策が日本と類似しているドイツの事例を挙げて、ドイツに よる日本の戦時経済統制への影響と同国の戦時以降の保険政策を検証する。そして次の節 では、第
4章で論じるイギリスの社会市場と準市場につき、その誕生した政治的背景を福 祉国家の歩みと崩壊という観点から歴史的分析を行う。
第
4章では、イギリスにおける第二次大戦後の福祉国家の確立と崩壊という過程におい て形成されたイギリスの「社会市場」と「準市場」の概念を明らかにし、その準市場が日 本の社会福祉改革に影響して成立した介護保険制度の検証を行う。
第
5章では、戦後の護送船団行政の功罪を検証する。護送船団行政を可能にした条件は 何か。国家の政策として価格やその他の戦略的因子を規制したことにより、生保会社の経 営者が何を目的にしたのかを明示する。そして、護送船団行政の後遺症である生保会社の 破綻を検証しつつ、同行政の功罪を考察する。なお、個々の生保会社の戦略やマーケット に関する経営者の無策を事例などで証明し、この観点からの分析は重要ではあるが、この 論文の対象とはしないこととする。
第
6章では、保険の自由化後も価格による差別化に限界があり、基本的に営業保険料に おける純保険料(原価に相当するコアの部分)の部分は動かせない。そのため日本の生保 会社が規模の経済性を求めて海外で買収等を繰り返している現状の分析を行った。
終章では、各章の主張の総括とそれらの含意した研究の意義、今後の課題を述べること
にあてられる。
第1章 保険事業と保険政策
第 1 節 はじめに
保険政策と生保会社の事業展開の関係を論じる前に、保険とは何か、保険事業や保険政 策とはいかなるものであるかにつき、整理しておく必要がある。
保険事業は、偶然の事象や不確実な事象を対象として、多数の事象を統計的に捉え、こ れを基礎に確率論を応用して、保険商品として提供し、多数の加入者を集めて保険取引を 行うものである。そのために保険事業の遂行には保険数学を中心とする保険数理の活用が なければ経営として成り立たない。保険の特性と、保険事業・保険制度に対する国家の介 入・規制として保険政策とは何か、その目的とこれまでの保険政策の特徴と問題点等につ いて、この章では述べる。また、保険は競争財ではないため、商品開発してもすぐに他社 に追随されて競争の優位性は保てないのであろうか。そこで生保商品の特許権取得につい ても検証を行う。
第2節 保険の特性 1.保険の原理的構造
保険とは、多数の経済主体から確率計算を応用した多様な方法で、予備貨幣としての分 担金を徴収し、経済的保障に関わる各種の給付を行うことによって、これを再分配する社 会的制度である。
そして、保険という経済制度は、他の経済制度と比較するといくつかの特色を持ってい る。保険は不確実性、あるいは偶然事故を前提とすること、経済的不安を除去・軽減する こと、経済的損失を埋め合わすものの、利益を生むものではないことなどである。このよ うなシステムの基礎となり、また、支えている法則・原理・原則として以下の3つが存在 している。
(1)大数の法則
サイコロを
1回だけ振った場合に1から6までのどの数字が出るかは全く不明である。
しかし振る回数を数十回、数百回と増加するにつれて、それぞれの目の出る確率は限りな く、6分の1に近づく。つまり独立に発生する事象について、大量に観察するとある事象 の発生する確率は一定値に限りなく近づく。これを大数の法則という。
保険の対象となる個々には全く偶然な事故、あるいは不運な出会いは、事象を大量観察 することによって、発生率は把握され、個々の偶然は全体では必然化し、つまり不確実性 は確実性となり、数値化できる。保険の対象は、原則として発生率の測定可能な不確実性 で、将来の発生確率を予測可能なものであり、測定不可能な数値化できない不確実性は保 険の対象にはなりえない。
大数の法則は、危険発生率を測定し、危険の数値化を可能とし、また過去の発生率を未
来の発生確率とみなすことを可能としている。危険を数値化する大数の法則は保険の技術 的数理的基礎となっているのである。
(2)収支相等の原則
保険集団における事故発生率(頻度)と
1回の事故の予想損害額から支払保険金額を予 測し、それに相等しい収入保険料を集団の構成員から徴収することによって、保険集団に おける保険金総額と保険料総額は収支均衡する。これが、収支相等の原則である。収支相 等の原則は保険集団における総支払保険金と総保険料と相等しくならなければならないと いうものであり、個別の偶然は全体では必然となり、個別の収支は不均衡であっても集団 全体の収支は均衡を保つという全体的収支相等の原則でもある。
(3)給付反対給付均等の原則
保険契約者の支払保険料は過大でもなく、過小でもなく、適正でなければならない。個々 の保険契約者の負担(保険料)は、統計的に把握される保険金事故発生の可能性と、その 場合に受け取る保険金の大きさに比例して定めなければならない。これが、給付反対給付 均等の原則である。
同原則は、個々の保険契約者における保険料の原則であり、事故発生率の高い、あるい は保険金の大きい場合には、保険料はこれに見合うものであれば、保険は成立する。この 原則は事故確率の高い保険契約者は多くの保険料を負担し、逆に低い保険契約者は尐ない 保険料を負担するという保険料算出における保険料公平、あるいは公正の原則である。
なお、収支相等の原則は保険者の収支に関するマクロの原則であるのに対し、給付反対 給付均等の原則は保険料算出に関する保険契約者の個別収支に関するミクロの原則といえ る。
2.保険料算定の技術的構造と保険の特性
(1)保険料算定の技術的構造
保険経済の合理的運営を導くうえで、その負担関係は給付反対給付均等の原則に基づく ものでなければならない。保険契約者の負担する保険料は、当該保険契約に関わる事故発 生に対する見込みをもって算定されるものであり、技術的には大数の法則による統計的判 断を基盤とすることになる。そのために保険経営は、過去の経験データに基づき、リスク の一般的分類(たとえば,生命保険における年齢・性別)をもって、生命表などを作成し、
あらかじめリスク類型に応じた保険料率を設定しておかなければならないのである。
(2)保険の特性
堀田(2003)が、保険の持つ固有の特性として、次の5つをあげている。これらの保険
の特性は、1人の保険加入者のモラルハザードの行動が、保険集団に所属する加入者全体 に影響を及ぼすだけでなく、社会的影響を有する問題につながってくるのである。
第
1に保険は無形財である。目に見えない商品であり、その点でサービス財と近似した 性格を有しているが、普通のサービス財と違って、保険料の対価を受け取った実感を素直 に持ちにくい。またそのことが、需要が顕在化しにくい弱需要財となる要因ともなってい る。
第
2に保険は条件財である。あらかじめ決められた保険事故が発生した場合に請求権が、
はじめて発生するのであって、逆に決められた条件が発生しなければ、金銭の授受は発生 しない。法律的には保険者との間で取り交わされる契約条件に従って給付はなされ、両当 事者は、保険契約における双務契約性を前提として誠実な行動をとることが求められるが、
それに反する行動をとれば保険制度は混乱を来すこととなる。
第
3に保険は情報財である。企業がその目的である営利を追求するための手段の1つと して、普通取引約款(約款)がある。すなわち、約款とは、企業が大量の取引を簡易・迅 速かつ安全に処理するために、ある種類の取引について、あらかじめ定型的に定めている 契約条項をいう。保険分野においても保険者である保険会社が約款を作成し、保険約款に 記載されている内容が保険サービスの中身であって、その情報に従って保険加入すること になる。
第
4に保険は価値転倒財である。保険コスト(原価)は、生産財と異なり、保険契約が 締結された段階では確定されず、保険期間が終了した段階で確定される。保険契約者の支 払う保険料は、あくまでも保険期間に発生する保険コストの見積もりにすぎないのである。
保険コストは契約者の行動の結果にすべて委ねられている。
第
5に保険は、メリット財(価値財)としての要素を持つ。メリット(価値財)とは政 府が温情主義的観点から供給する準公共財をさす。公共財の定義である消費における非競 合性と非排除性の
2つの条件のうち、保険には後者は当てはまらないが、前者には当ては まることから、準公共財的性質を有するといえる。民間保険は温情主義的な供給は行わな いが公共財を補完する社会的機能を有している
1。多くの加入者が参加するほど、保険とし ての社会的効用は増大し、共同で効用を享受することができるようになる。特に経済的困 窮に陥ることから救済するという保険の機能は、外部性に伴う社会的コストを軽減すると いう機能を有する。
3.保険商品の差別化
前節で保険はメリット財(価値財)で準公共財と述べた。その理由を、 「公共財の定義で ある消費における非競合性と非排除性の
2つの条件のうち、保険には後者は当てはまらな
1
本間編著(1994),pp.378-381 を参照。
いが、前者には当てはまることから、準公共財的性質を有するといえる。民間保険は温情 主義的な供給は行わないが公共財を補完する社会的機能を有している」と説明した。この ことから、保険は競争財ではないため、商品開発してもすぐに他社に追随されて競争の優 位性は保てないのだろうか。そこで、生保商品の特許権取得について検証した。
特許法第
2条で、 「発明」は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」
と定義されている。すなわち、 「発明」は「自然法則を利用した」ものでなければならない とされており、自然法則を利用していないものは「発明」に該当しないとされている。具 体的には、「人為的な取決め」(ゲームのルールそれ自体、コンピュータ言語自体など)や ビジネスを行う方法それ自体は、「発明」に該当しないとされている。
その観点からは、例えば「保険契約の約款」は、上述の「人為的な取決め」に含まれる と考えられ、 「発明」に含まれないと思われる。保険の商品自体は、「保険契約の約款」そ のもののため、やはり「発明」に該当しないといえる。
なお、注意を要するのは、コンピュータのソフトウェアは、 「発明」に該当する場合があ るという点である(特許法第
2条第
3項第
1号で、 「物(プログラム等を含む。 ) 」と規定さ れている) 。 「ビジネスモデル特許」と呼ばれるものがあるが、 「ビジネス方法それ自体」は
「自然法則を利用した」ものとは言えず、 「発明」に該当しないと判断される。ただし、そ れがコンピュータソフトウェアを利用したビジネス方法であれば、コンピュータソフトウ ェア関連発明の位置づけで「発明」に該当することがあり得る。
したがって、保険商品についても、それがコンピュータソフトウェアを利用した内容を 備えたものである場合には、コンピュータソフトウェア関連発明の位置づけで「発明」に 該当することがあり得る。
そのビジネスモデルを実際に取得した事例を以下にあげる。
1980
年代には多くの生保会社で定期付き終身保険が主力商品であった。しかし、2000 年頃から大手生保会社によって発売されたアカウント型生命保険は、独身・結婚・出産等 ライフステージに合わせて死亡保障を減らすなどの保障内容を見直(縮小)せるものであ る。このアカウント型生命保険は、2000 年以降急速に普及し、多くの大手生保会社の主力 商品となっている。このアカウント型生命保険は、アメリカのユニバーサル保険を参考に して開発されたものとされる。
このアカウント型生命保険は明治生命(当時)が
2000年
4月に日本で最初に発売した。
明治生命は、従来の主力商品であった定期付終身保険を「売り止め」にし、 「ライフアカウ
ント
L.A.」(3 年毎利差配当付き利率変動型積立終身保険)を発売した
2。この商品の名称に
「アカウント」という用語が使われていたため、その後、同種の利率変動型積立終身保険 のある商品が「アカウント型商品」と呼ばれるようになった。この「ライフアカウント
L.A.」
2
「アカウント型生命保険」を日本で初めて発売したのは、明治生命(当時)であるが、そ
れ以降、朝日・住友・三井生命などが発売している。
の積立金管理のシステムは、ビジネスモデル特許を取得した
3。その結果、明治生命から遅 れてアカウント型生命保険を発売した後発の生保会社は、その商品の仕組みが尐しずつ異 なっていた。
アカウント型生命保険の積立金管理システムの特許は取得したが、アカウント型生命保 険商品自体は取得できないため、他社が追随できることになる。要は、日本の特許はシス テムの書き込みをかなりしないと取得できないので、多尐プログラムを変えれば、特許侵 害にはならない。言い方を変えれば、「じゃんけんゲームを発明しても、そのことで特許は 取得できないが、じゃんけんゲームプログラムを開発すれば、それは特許になりえる」と いうことである。商品開発だけでは、競争の優位性を築けず、他社追随を許すことになる といえる。
第3節 保険事業と保険政策 1.経済政策と保険政策
保険制度運営の過程で、巨額の資金がしばしば蓄積され、投資運用される。高度に発達 した現代の保険は、予備貨幣という特異な性格を有する巨額の貨幣と保険に固有の技術を 介して、現代社会における物質的な生活資財の生産と交換に広く深く関わっている。した がって、そのあり方が一国の国民生活・国民経済に多大な影響を及ぼすことになる。そこ で、より好ましい保険のあり方を求めて、国家は、保険に関わるさまざまな事象に直接・
間接に介入する。しかも保険が、貨幣の流通と蓄積に深く関わりながら、国民生活・国民 経済に影響を及ぼす社会経済的制度であるため、保険を対象として、あるいは保険に関連 して国家が展開する政策は、一種の、あるいは広い意味での経済政策ということになる。
経済政策とは、歴史的に規定された現代の経済体制を維持・存続させることを究極の目 的とし、国家が主体となって、選好・決定・実行する目標と手段の一貫性・統一性・整合 性を有する体系のことである。したがって現実の経済政策は、それぞれの国の所与の経済 構造および経済秩序の下で特定の目標を設定し、その実現を目指す政治的実践行動となり、
その性格は経済的要因のみならず、経済外的要因とりわけ政治的・社会的な要因によって 強く規制されることになる。他方において現代経済の高度化・複雑化は、自身に内在する 諸矛盾の顕在化・深刻化をもたらし、これを克服ないし緩和するための経済過程への国家 の干渉・介入を必要とし、市場経済秩序・自由企業秩序の維持を図るためには、総合的経 済政策が不可欠になってきている。保険政策とは、このような総合的経済政策の一分野を 形成するものであり、保険現象全般に関する経済政策として位置づけられる。これに対し て保険政策よりは、一般に馴染みがあるのではないかと思われる言葉で、このところ論議
3
日本国特許「特開
2004-326822」(払込保険料評価方法、契約内容変更管理方法、保険
管理システム、および保険管理機能をコンピュータに実現させるためのプログラム)とし
て登録された。
の的になることの多い保険行政は、保険政策の目標を実現するための高度の合理性を持っ た、保険に関し、国家の行政機関が行う経済的作用として把握しうる
4。
2.保険政策と保険行政
保険政策の具体化としての保険行政には、保険消費者および公共の利益を保護し、保険 制度ならびに保険事業が引き起こす弊害を軽減・除去する目的で行われる保険監督行政と、
保険を普及させ、保険制度や保険事業を助長させるための保険助長行政がある。日本の助 長行政の具体的な例として、広くは経済施策、個別的には、社会政策、産業政策、金融政 策などの観点から実施させる貿易保険、社会保険、農業保険、預金保険など、各種の公的 保険や私的保険事業の担保力を維持・向上させるために行われる国家による再保険などを あげることができよう。
しかし、従来より保険理論で重視されてきた分野は、国家による保険事業規制としての 保険監督行政である。それは助長行政が主として保険事業以外の他の政策目的を意図して いるのに対し、保険監督行政は歴史からみても、保険制度、保険事業に固有の政策目的で 実施されてきたからである。そして保険監督行政は図1-1のように分類される。
形式的監督主義は自由主義の理念に根ざし、国家による干渉・監督を最小限に抑えよう とする点に特徴がある。すなわち、市場機能と保険事業者の自主規制と自律性に信頼を置 き、最終的な判断は消費者・国民が行う。国家はそのための補助的な役割をするにすぎな い。形式的監督主義は、かつてイギリスやオランダが採用していた保険会社の業務内容・
事業結果などを公示すれば足りるという公示主義と、保険会社の開業や事業継続について 守るべき一定の準則(法に準ずる規則)を国家が定め、この遵守を求めると同時に国家が 審査権を有するという準拠主義(準則主義)に分類される。しかし、現在では公示主義を 採用している国はなく、形式的監督主義を
2分類することは、歴史的・理論的意義はある が、現実的な意義は薄らいでいる。しかも
1980年代までは準拠主義を採用していたイギリ スやオランダも
EUによる市場統合の結果、加盟国の規制・監督について統一性を求めら れ、以下に述べる実質的監督主義の傾向を帯びるようになってきている。
4
庭田(1992),pp.107-108 保険監督行政
図 1-1 保険監督行政の種類
形式的監督主義
(出所) 田畑他(2013)
準拠主義 公示主義
(準則主義)
実質的監督主義 (実体的監督主義)
実質的監督主義(実体的監督主義)は免許主義とも呼ばれることがある。それは事業開 始時に国家または地方政府から免許取得を義務付けられているからである。そして監督官 庁は事業開始後も保険事業全般にわたり厳格な監督・検査権を有し、不正や公共の不利益 の防止に努める。この方式は
EUを含むヨーロッパ各国や米国、カナダ、および日本を含 むアジア各国で採用されている。ただし、実質的監督主義でもカナダや米国の一部の州の ように、きわめて準拠主義に近い国もあれば、ドイツやフランスのように相対的に厳格な 監督を行ってきた国もある。そのような中で日本は、他に例をみないほど厳格で細かな規 制と監督を行ってきた。
3.保険業の特徴と保険規制の根拠
資本主義国では、人、物、金の経済資源は、市場の働きによって配分される。市場は、
こうした経済資源の供給者・提供者と需要者・消費者が出会う場であり、それには財・サ ービス市場と生産要素市場がある。この2つの市場では財・サービスや生産要素の価格が、
需要量と供給量を調整することで取引を成立させている。価格が十全にその役割を果たす のであれば、市場に参加する需要者・消費者は自らその財に置く価値と等しい価格によっ て、必要なだけの財・サービスを入手できる。他方、供給者は財・サービスを、その製造 原価よりも高い価値を置く需要者・消費者に提供できることになる。こうした価値メカニ ズムがうまく働く完全競争状態にあれば、両取引当事者が一番満足できる状態、すなわち 社会的余剰が最大化する点で、取引量と取引価格が決定され市場は均衡状態に導かれる。
こうした状態をパレート最適が達成されているという。このときには、国は市場に直接介 入することなく、私有財産権および取引履行を保証することで、市場の仕組みを外側から 支える役割を担う。しかしながら、現実社会においては、いくつかの理由により、価格メ カニズムがうまく機能していない。その理由は、 「市場の失敗」と称されており、こうした 問題を解決するために国の役割が期待される。 「市場の失敗」の要因には、市場における情 報の不完全性・不確実性、規模の経済による自然独占の可能性、外部効果の存在と財・サ ービス提供に付随する公共性などがあげられている。
保険規制が実施される理由としては、保険とその事業固有の公共性があげられる。保険
に公共性が付随することに否定的な見解もあり、また固有の公共性を一言で定義するのが
難しいことも確かである。それでも、いくつかの固有の特徴をつなぎ合わせることで、公
共性の存在を指摘することができる。まず、保険料算定基礎に大数の法則が活用されるこ
とから、保険は多数の契約者を集め保険団体(危険団体)を組織する必要がある。そこで
不特定多数の経済主体を対象にしているだけでなく、形成された集団の上に成立するので
社会団体性が認められる。また、自由意思に基づく市場取引とはいえ、保険金受給段階で
は、何らかの保険事故に遭遇した経済的弱者である。こうした状況下では、保険給付を受
けることにより、いわゆる
2次被害の回避も可能となる。最後に保険業も他の金融機関と
同様に貨幣取扱業であり、保険料収受時点と保険金支払時点の間に保険会社に保険資金が 集積され、それを投資運用している。こうした金融業務には公益性が強く、また信用事業 としての性格もある。これらの点をトータルで考慮すれば、保険とその事業に固有の公共 性を認めることができ、市場における第
3のプレイヤーとして、保険規制者の存在意義が 認められる。
次に、保険規制は保険市場の不完全性に対処して、適正価格を維持するとともに、保険 金支払いを確実にする目的もある。保険商品の複雑性や専門性から保険契約者がその内容 を理解することは難しい。また、保険は「遠い約束」であり、保険経営が健全でないと、
将来的な保険金支払いは確実でなくなる。保険の価格である保険料(率)は給付・反対給 付均等の原則に基づいて、被保険者や保険の対象の危険程度に見合って決められる。この ように保険料(率)が決定されていれば、収支相等の原則から、将来の保険金支払いが可 能となるのである。そのために、保険価格の値引きは将来の保険金支払いに支障を来すこ とになる。保険契約者は、契約時の低価格がこうした事態を引き起こすことを予想できな いために、保険監督官庁は保険料(率)を事前認可として、その妥当性を確認するのであ る。また、保険会社は保険料として集積された資金を管理するとともに、それを投資運用 している。こうした資金の多くは、将来の保険金の支払いにあてられる責任準備金である。
この責任準備金が適正に維持されていることが、確実な保険金支払いにつながるのである。
たとえこうした資金の管理や運用に関する情報があっても、専門能力がないと保険金支 払能力の有無を判断することができない。そのため、監督官庁は保険契約者の代理人とし て、確実な保険金支払いのための指標を策定し、強制力と専門能力をもって監視すること が使命となる。
このように、保険商品とその市場には特殊性が認められ、市場における価格メカニズム に任せておくだけでは、保険取引を適正かつ健全に維持することはできない。そのために 市場の不完全性の要因となる情報の不完全性を排除し、競争環境を整えなければならない。
具体的には、保険会社やその販売代理店に対する許認可、約款の文言に対する規制、詐欺 的な募集行為に対する規制、そして経営内容を外部に伝達する情報開示規則、経営状態の 監視指標を定める責任準備金規則や支払い能力・支払い余力に関する規制(ソルベンシー 規制)がある。これらは、総じて保険商品内容とその経営実態が見えにくいことから、契 約者が不利益を被ることを事前に防ぐ措置である。
なお、このような保険市場における情報問題を解決し、 「市場の失敗」に対処することは、
他方で契約当事者間のバーゲニング・パワー(対外交渉能力)を是正し公正な取引を保証
することにもなる。保険の財・サービスの特殊性から、その具体的内容を契約時点や保険
期間中に確認することはできず、手に取ることができるのは保険約款だけである。保険約
款の文章・文言は保険に関する知識だけでなく、法律的知識をもってはじめて解読可能で
ある。とくに、保険会社による保険金支払いの条件やその免責条項は複雑であり、時に専
門家でさえ解釈しかねるものもある。そこで、保険契約者の地歩が著しく不利にならない ような措置も重要になる。それには、クーリング・オフ規定のほか、専門家へ相談できる 窓口の確保などがあげられる。また、保険募集に関するルールを設けて、それに違反する 場合には、保険会社に業務停止などのペナルティや賠償を科すことも含まれる。
4.保険自由化までのわが国の保険政策の特徴とその問題点
日本の保険業界は生損保を問わず戦時・戦後を通じ、21 世紀直前までほぼ一貫した国家 による保険政策(監督・規制)とそれに基づく体制で進んできた。それを象徴するのが
1996年
3月をもって廃止された保険業法(1939 年
3月公布、翌年
1月施行。以下旧保険業法ま たは旧法とする)に基づいた護送船団体制および護送船団行政(後述)である。旧法は最 初(1900 年)に制定された保険業法を全面改定したものが基本となっていた。もちろん旧 法も全面改定以来
20回以上の改定がなされているが、基本的な考え方は変更されてこなか った
5。
日本の保険政策が大転換されたのは、1995 年保険業法の大改正(施行は翌年
4月)であ った。それまではその
56年前に大改正された旧法に従っていた。もちろん第二次大戦後に は敗戦によって壊滅的な打撃を受けた保険業界の再建だけではなく、日本経済再建を目的 に改正が加えられた。
旧保険業法によれば、保険会社の自由参入は認められず、免許取得が大前提になってい る(旧法第
1条:この点は新法でも同じ) 。この免許申請には、保険事業全般に関するきわ めて詳細な内容を明らかにした「基礎書類」を添付し、これに対して当時の監督官庁の厳 重な審査の結果、大蔵大臣から免許取得することになっていた。保険事業の経営形態・組 織形態については、株式会社と相互会社の
2種類に限定し(同法第
3条) 、保険事業および それに付随する金融事業以外の禁止(同法第
5、6条)はもちろん、生命保険と損害保険の 兼営も禁止されていた(同法第
7条) 。加えて事業開始後も大蔵大臣は、当該保険事業に関 する報告徴収、検査、監督、命令の権限を有し(同法第
8、9条) 、基礎書類に示された内 容を変更する場合、常に大蔵大臣の認可を受けなければならなかった(同法第
10条) 。 そして、保険募集については、
1948年制定の「保険募集の取締に関する法律」によって、
保険募集人と保険代理店による募集に厳しい監視の目が向けられ、刑罰としての性格が強 かった。
これに加え、損害保険事業にあっては、独占禁止法の適用除外とされ、 「損害保険料率算 出団体に関する法律」に基づいて、主要な損害保険料率はカルテル的に決定することが許 された。しかもそれら団体によって算出された保険料率(算定会料率)については、算定 会加盟の全損害保険会社はその料率の採用・遵守義務を負うことになっていた。また、生
5
旧保険業法の内容については安居(2006),pp.3-6、石田(1986、1992)に負う。
命保険においても、死亡率などの統計的基礎として保険会社統一の全会社生命表が用いら れるだけでなく、予定利率、予定事業費などの保険料率算定の基礎については大蔵省の認 可事項となっており、事実上強制されてきた。つまり、生命保険の場合も、結果的には損 害保険と同様にカルテル体制にあったということができる。
しかも、知識・情報そしてアイデアからなる保険において、消費者ニーズに即した新た な保険を販売しようとしても、そこには国家による認可制がたちはだかり、全社一斉認可 の傾向が強く、開発利益を享受し得る状況にはなかった。したがって、保険会社からは開 発意欲も失われ、消費者ニーズにあった保険も開発しにくい状態が続いていた。その結果、
各社が扱う保険の商品種類もほとんど同じであった。
したがって、日本では、生命保険・損害保険を問わず、ほぼ同様な保険が市場に出回る だけでなく、同種・同一の保険については、どの保険会社と契約しようと、理論的にはそ の保険料率は同じであった。つまり、各保険会社の経営効率格差は何ら保険料率には反映 されず、消費者に対しても価格選択の余地を与えてなかった。積立部分(貯蓄部分)のあ る保険においては、保険料の事後調整として契約配当について、会社間格差はわずかにみ られたが、ここでも大蔵省による配当認可制があって、完全自由化にはほど遠かった。こ れらの点については、日本で営業活動を行う外資系保険会社も「外国保険事業者に関する 法律」によって、日本の保険会社と同様な扱いを受け、自由な活動は大幅に制限されてい た。このような保険規制に基づく日本保険業界のカルテル体制を、護送船団体制(護送船 団行政)という
6。それは、保険料率(カルテル料率)を決定する際に、最も非効率な会社 が経営可能な水準に料率を設定し、これを全会社が遵守しながら進んでいくことを表して いる。護送船団体制を維持することによって、もっとも非効率な会社であっても料率引下 げ競争による支払不能・倒産という経営危険にさらされることになく、その結果として、
消費者保護も達成されることになる。他方、カルテル体制下における相対的な大会社は、
カルテル料率により高い保険料率に維持できることによって、無条件に超過利潤(レント:
rent)を享受することができる。
このような護送船団体制下にあれば、最終的に保険消費者の保護は確かに達成される。
しかし、そこにおける消費者保護の費用は消費者自身が負担しており、それが実質的には 保険会社・保険業界の保護を第一とし、しかもその保護の費用が相対的大会社のレントに つながっていた。この点に、日本の保険規制・保険行政の最大の問題があったと考えられ る。
5.保険政策の大転換
前節のような問題点を抱えていたそれまでの保険政策と、日本保険市場の閉鎖性に対し
6