告知義務違反における故意又は重過失 に関する裁判例の分析と検討
永 松 裕 幹
■アブストラクト
告知義務違反における重要な事実の不告知についての故意又は重過失の認 定に際しては,故意又は重過失の意義をどのように解し,いかなる要素が評 価根拠事実又は評価障害事実となるかが問題となることから,裁判例を類型 的に分析し,故意又は重過失を導く要素につき検討することが本論文の目的 である。
重過失の意義について明示した裁判例は少ないが,保険法の制定過程に鑑 みれば,重過失を ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態 と解 することになりそうである。裁判例における重過失の認定に際しては,被保 険者の現症・既往症の重大性及び自覚症状,医師からの説明及び健康診断の 結果通知の内容並びに医師の診察・治療・投薬等及び健康診断の結果通知等 の時点から告知時までの時間的近接性が基本的な要素となっている。
また,保険者は,告知義務制度の意義や告知事項の重要性を告知義務者に 十分に説明し,質問内容が分かりやすいものとなっているかに配慮すべきで ある。
■キーワード
告知義務違反,告知事項,故意・重大な過失
関東部会報告による。
/
*平成26年3月14日の日本保険学会 6年6月24日原稿受領
平成2 。
1.本論 の目的
保険契約者又は被保険者となる者は,保険契約締結に際して,保険給付の 対象となる損害または保険事故もしくは給付事由が発生する可能性に関する 重要な事項のうち,保険者になる者が求めたものについて事実の告知をしな ければならない(告知義務。保険法第4条,第37条,第66条)。そして,こ れらの義務者が故意又は重大な過失によって告知義務に違反した場合には保 険者は契約を解除することができる(告知義務違反解除。保険法第28条1項,
第55条1項,第84条1項)。告知義務違反が成立するには,第1に,客観的 要件として,告知義務者が告知を求められた重要な事実を告知しなかったこ と又は不実の告知をしたことが必要である。そして,第2に,主観的要件と して,告知義務者に故意又は重過失があることが必要である。
ここでは,裁判例がいかなる事情の下で故意又は重過失を認定し,故意及 び重過失の意義につきどのように解すべきかについて検討したい。そこで,
裁判例一覧表を文末に記載し,一覧表に沿って,裁判例を①〜 として引用 する。
2.告知義務違反について
2−1 告知義務及びその内容
2−1−1 改正前商法及び保険法の規定
損害保険に関し,改正前商法第644条1項は,保険契約の当時,保険契約 者が悪意又は重大な過失により重要な事実を告げず,又は重要な事項につい て不実の事を告げたときは,保険者は契約を解除することができると定めて いた。また,生命保険に関し,同第678条1項が同様に定め,告知義務違反 解除の客観的要件(重要なる事実の不告知)と主観的要件(不告知について の悪意・重過失)を定めていた。保険法第4条,第37条及び第66条は,告知 義務について定め,同第28条1項,第55条1項,第84条1項は,告知義務違 反について定めており,改正前商法下と同様の客観的要件及び主観的要件が
定められている。もっとも,改正前商法では,告知すべき事項は 重要ナル 事実 とされるのみであったが,保険法では,保険者が告知を求めた事項に ついて告知義務を負うことを定めている(質問応答義務)。
2−1−2 告知義務の制度趣旨
告知義務の根拠は,危険の測定のための資料となるべき事実は,保険契約 者側に偏在するため保険者が自らすべてを調査することは困難なので,法が 保険契約者をしてこれを告知せしめることにしたという点に求めるのが通説 的見解とされる(危険測定説,技術説) 。これに対し,保険契約の射幸契 約性に由来する保険契約の善意契約性に着目し,事故発生の偶然性を左右す る情報を有する保険契約者側にこのような情報を開示する義務を課すことが 保険契約者・保険者間の公平ないし公正の観点から正当化されるとの見解が ある(射幸契約説) 。もっとも,両説はいずれも説明の仕方の対立に過ぎ ず,論争の実質的意義に乏しいとの指摘がある 。
2−1−3 告知すべき事項
告知義務の対象となる 重要な事項 とは,保険者がその契約における事 故発生の危険率を測定しこれを引き受けるべきか否か及びその保険料額を判 断するに際して,その合理的判断に影響を及ぼすべき事実をいう 。そして,
ある事実が重要な事項であるか否かは,保険技術に照らし,客観的に決せら れるべきであり,関係者が主観的に重要と信じたか否かによって定まるもの ではない。これによれば,生命保険契約の場合に告知事項として問題になる のは,被保険者の現症・既往症など,被保険者の健康状態に関する事項が中
1) 大判大正6年12月14日民録23輯2112頁。大森忠夫・保険法[補訂版]118頁
(有斐閣,1985)以下。甘利公人=福田弥夫・ポイントレクチャー保険法57頁
(有斐閣,2011)も同旨。
2) 大森・前掲注1)119頁。
3) 山下友信・保険法283頁(有斐閣,2005)。
4) 大判明治40年10月4日民録12輯939頁,大判大正4年6月26日民録21輯1044 頁。大森・前掲注1)124頁,甘利=福田前掲注2)64頁等。
ところの
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心となる 。
改正前商法の規定では,告知義務者は保険者の質問をまたずに積極的に告 知することを要することとなっており,危険に関する重要な事実全般につき,
自発的申告義務を課していた。もっとも,実務上は,告知書(質問表)に保 険者が告知義務の対象となるべき重要な事項を質問的に列記し,申込者に回 答を記入させる方法によって告知をさせ,不実の回答をしたことをもって告 知義務違反となる旨の約款が使用されることが多かった 。そして,学説上 は,保険者が告知書(質問表)で質問した事項について重要性が推定される という立場が支配的であった 。
保険法は,危険に関する重要な事項のうち,保険者が求めた告知事項につ いての質問に応答すれば足りるとする質問応答義務へと変更した。もっとも,
保険者が質問すれば何でも告知事項となるというわけのものではなく,危険 に関する重要な事実に関するものでなければ告知義務の対象となりえない。
また,保険法では,第37条等が片面的強行規定とされたことから,本条に いう重要性の要件を満たさない事項を告知の段階で質問しても,それは保険 法にいう 告知事項 に該当しえない事項なので,保険者が当該事項につい ての告知義務違反を理由に保険契約を解除することは,許されない 。
更に,保険者が回答を求める告知事項は,告知義務者等にとって具体的に 理解しやすく明確であることが求められる 。
5) 中西正明・保険契約の告知義務6頁(有斐閣,2003)。
6) 中西・前掲注5)21頁。
7) 大森・前掲注1)125頁。重要性が一応推定されるとする裁判例として裁判例
,裁判例 。
8) 萩本修編・一問一答保険法45頁(商事法務,2009)。
9) 松澤登 告知義務違反による解除 甘利公人=山本哲夫編・保険法の論点と 展望37頁(商事法務,2009)。生命保険協会 正しい告知を受けるための対応 に関するガイドライン (平成21年7月13日)17,18頁参照。
2−2 告知義務者の故意 ・重過失 2−2−1 故意・重過失の意義
故意とは,害意や詐欺の意思を意味せず,重要な事実の存在を知りながら 告知せず,又は不実であることを知りながら告知をすることをいう 。
一方,重過失の意義について明示した裁判例は少ないが,下記の2つの類 型があると考えられる。
まず, ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態 と解するもの である。裁判例 は,海上保険の免責事由に関する大判大正2年12月20日民 録19輯1036頁及び養老生命共済契約における免責事由に関する最判昭和57年 7月15日民集36巻6号1188頁を参照し,重過失の意義について上記のとおり 解した。そして,免責事由における被共済者の 重大な過失 が問題となっ た後者の判例解説は, 民事上 重大な過失 を要件とする諸規定の中,特 に商法641条後段に依拠する保険契約における免責条項についてのみ,特別 の 重大なる過失 概念ないし判定基準を定立しなければならない必要があ るのか疑問である。…最高裁が保険制度,保険法の分野における免責事由と しての 重大な過失 の判定基準を二元的に考えることにより,ひいては 重大な過失 の概念,定義づけを変えてしまうことは必要ではないと考え ているものと理解できよう。 とする 。これを前提とすると,告知義務違 反における告知義務者の 重大な過失 も民事上の 重大な過失 なので,
ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態 と解することとなると 思われる。
10) 改正前商法第644条1項及び第678条1項は, 悪意 と定めるが,改正前商 法下の保険約款でも 故意 の語が用いられていた。
11) 改正前商法の 悪意 の意義につき,大判大正5年11月24日民録22輯2309頁,
裁判例 参照。大森・前掲注1)127頁。なお,裁判例 が 悪意 につき害意 の意図を含んで理解しているように読めると論評するものとして,福島雄一 告知時に正常状態の場合の告知義務の有無 保険事例研究会レポート第240号
(2010年)9頁。
12) 最高裁判所判例解説民事篇昭和57年度636頁[伊藤瑩子]。
次に, ほとんど故意と同視すべき 等の表現を用いず,たとえ告知義務 者が保険契約の当時重要事実を思い浮かべなかったとしても,些少の注意を 用いればこれを思い浮かべることができた場合には重過失があると解するも のがある 。もっとも, ほとんど故意に近い という文言は, 著しい注意 欠如の状態 という意味での重過失を比喩的に表現しているに過ぎず,両者 に違いはないとの指摘がある 。
なお,保険法制定に際し,法制審議会保険法部会において,保険契約者等 の保護のため,プロ・ラタ主義 の採用可否が議論となった末,同主義の採 用が見送られたことに関連し,重過失の意義につき, 故意に近く かつ著 しい注意欠如の状態にあったものに限ると解することについて,保険法部会 では異論はなかったとされる 。かかる制定過程に鑑みれば,重過失の意義 を ほとんど故意と同視すべき著しい注意欠如の状態 と解することとなる と思われる。
2−2−2 重過失該当性の判断
重過失については,ⅰ告知すべき事実の存在を知らないことに重過失があ 13) 前掲注4)大判大正4年6月26日。
14) 中西正明・判評387号[判時1376号]54頁。ただし,告知義務違反の重過失 ではなく,生命保険の傷害特約及び災害割増特約の保険者免責事由にいう重過 失の意義が問題となった大阪高判平成2年1月17日判時1361号128頁の判例評 釈である。
15) 法制審議会保険法部会資料2。告知義務違反に関し,告知義務者に故意があ った場合については,保険者は責任を全部免れるものとし,告知義務者に重大 な過失があった場合については,正しい告知がされていたら保険者は保険契約 を締結しなかったであろうときは,保険者は責任を全部免れるものとするとと もに,正しい告知がされていたら保険者はより高い保険料で保険契約を締結し たであろうときは,保険者は約定保険料の額の本来支払われるべきであった保 険料に対する割合により保険金を減額した責任を負うものとする考え方。
16) 法制審議会保険法部会第17回会議議事録10頁,木下孝治 告知義務・危険増 加 ジュリ1364号21頁。木下孝治 告知義務 中西正明先生喜寿記念・保険法 改正の論点44頁(法律文化社,2009),加瀬幸喜 告知義務 金澤理監修大塚 英明=児玉康夫編・新保険法と保険契約法理の新たな展開3頁(ぎょうせい,
2009), 阿憲・現代保険法概説71頁(中央経済社,2010)も同旨。
る場合,ⅱ事実の存在は知っていたが,その事実が重要な事実に属すること を知らないことにつき重過失がある場合及びⅲ事実の存在及びその重要性を 知っていたが,これを告知しなかった点に重過失がある場合が問題となる 。
このうち,ⅱ及びⅲが告知義務違反解除の要件としての 重過失 に当た ることは問題がないが,ⅰが 重過失 に当たるかどうかについては争いが あり,否定説が有力である 。保険契約者側に告知義務を認めた趣旨からす れば,知った事実についての告知義務以上に,更に事実の探知義務まで負担 せしめることは,制度の趣旨から考えて行過ぎであるためである 。
そして,いかなる場合に重過失が認められるかにつき,重患に罹っている 事実があれば被保険者に自覚症状があると見做し得るとし,自覚症状を告知 しなければ被保険者の悪意又は重過失が推定されるとする大審院判例があ る 。
更に,重過失の評価根拠事実として,ⅰ疾病の重大性,ⅱ通院等の日数が 長期間にわたっていること,ⅲ告知時からの時間的近接性,ⅳ(自覚症状は あるも病名を認識していない場合における)検査,医師からの説明,ⅴ告知 書の記載,ⅵ告知者の人的要素などが挙げられ,重過失の評価障害事実とし て,ⅶ病名や症状名が軽症と考えてもやむを得ないようなものであることが 挙げられるとの指摘がある 。
3.裁判例の分析・検討
3−1 検討の視座
別表記載の裁判例につき,故意 を認めたもの,故意又は重過失を認め
17) 古瀬政敏・生命保険判例百選[増補版]別冊ジュリ97号84頁(1988年)。
18) 山下・前掲注3)304頁。
19) 大森・前掲注1)127頁。
20) 大判大正7年3月4日民録24輯323頁。
21) 志村由貴 告知義務違反をめぐる裁判例と問題点 判タ1264号64頁。
22) 改正前商法の規定に従い 悪意 を認定した裁判例についても, 故意 と してまとめた。以下同様。
たもの,重過失を認めたもの(少なくとも重過失があるとしたものを含む),
故意又は過失に特に言及しないもの,故意及び重過失を否定したものに類型 化した上,どのような疾病につきどのような事情の下で結論に至ったかを検 討する。
3−2 故意を認めたもの(①,⑦, , )
⑴ 肝臓癌(右上腹部の腫瘤)の不告知
①は,被保険者が右上腹部の腫瘤の存在を認識しており,同人が医師であ ったことから,右上腹部の腫瘤が生命の危険を測定するために必要な重要事 実であったことを自覚していたと認定した。
⑵ 検査結果及び入院勧告の不告知(肺部の疾病)
⑦は,被保険者が,医師から肺に疾病が存在する疑いが濃厚であり,手術 の必要があると勧告されて入院予約を行っていたにもかかわらず,医師の勧 告から7日後の告知時に,上記事実を告知しなかったという事案である。
⑶ 膵炎の不告知
⑦は,告知の約3ヶ月前に,被保険者が膵炎に罹患していることを医師か ら電話で説明され,精密検査や治療を指示されていたにもかかわらず,告知 の際に上記事実を告げなかったという事案である。
⑷ 健康診断結果の不告知(痛風・高尿酸値)
は,被保険者が告知の約3年前からほぼ毎月1回,痛風・高尿酸値血症 の治療を受けており,告知時の約10か月前の健康診断で要経過観察・要継続 治療と判定されたにもかかわらず,これらを告知しなかった事案である。
いずれの事案も,疾病の重大性及び被保険者の自覚症状が認められ,告知 者の故意又は重過失が推認される 。その上で,①では,被保険者自身が医 師であること(人的属性)が故意を認定する際の重要な要素となったと考え られる。
また,⑦, 及び は,被保険者が医師から病状の説明を受けたり,健康 診断で要経過観察等の結果が出ており,医師の説明や健康診断受診から告知
23) 前掲注20)大判大正7年3月4日参照。
時まで時間的に近接していたという事情があった。更に, は,被保険者が,
3年余り継続的に通院していたこと,相当数の保険に加入し,保険審査及び 告知制度を知っていたこと,告知書の注意書を認識していたであろうこと及 び健康診断を受けたこと自体は告知しており,健康診断の結果を想起したと 考えられること等の多くの事情を挙げて,被保険者の故意を認定した。
3−3 故意又は重過失を認めたもの (②,⑩, , , , , , ,
)
⑴ 疾病・自覚症状等の不告知(②胃癌,⑩肺癌)
②及び⑩は,被保険者が癌という重大な疾病に罹患し,病名告知はされて いなかったものの,告知時に自覚症状が認められた事案である。②は,告知 の3年余り前に手術をした胃部の症状が再発したことから,自己の病気が尋 常一様の疾患でないことを知っていたか少なくとも知っていないことにつき 重大な過失があった旨認定した。また,⑩は,数種の検査を受け,医師から の説明も受けていたという事情があるから,自己の病状が相当重大な事態で あることを自覚していたと推認できるとして,自覚症状,入院,諸検査の施 行及び医師の説明が告知すべき重要事実であることを認識し又は容易に認識 し得たとした。
⑵ 疾病・検査勧告等の不告知(糖尿病・肝機能低下)
は,被保険者に全身倦怠等の自覚症状があり,被保険者が検査を受けて いたこと,医師の病状説明を受けて検査の予約をしていたこと及び医師の説 明から7日後に告知をしたこと等から故意又は重過失を認定した。
⑶ 診察・検査等及び疾病の不告知(慢性C型肝炎・肝硬変・肝囊胞)
は,被保険者が告知時の約2年5か月前にC型肝炎等と診断され,定期 検査を受けるよう指示されたから,医師の管理下にあったに等しく,告知時
24) 中西・前掲注5)47頁は, 保険契約者・被保険者の悪意を認めうる場合と重 過失を認める場合とがあるはずであるが,悪意による告知義務違反の成立を認 めている判決は少数であり,多くは悪意又は重過失があるという形の判断をし ている。 とする。
において受診の事実を認識したか容易に認識し得たとした。また,慢性C型 肝炎等が肝癌に移行する可能性がある疾病であることは一般にも広く知られ ており,慢性C型肝炎等に罹患していた事実が重要な事実であることを被保 険者は認識していたか容易に認識し得たとした。ここでは,重過失認定に当 たり,疾病の重大性の他,医師が検査を受けるよう指示したという要素があ った。
⑷ 検査・診察及び検査結果の不告知(膵臓疾患)
は,被保険者が告知の約1年前から約5か月前までの間に12日間通院し ており,検査・診察を受けたことを告知時に当然認識していたとして,重要 な事実の不告知が,故意又は重過失によるものと認定した。また,被保険者 は,告知の約1年前に受診した人間ドックの総合判定及び指示事項欄の記載 により,客観的に見て人間ドックの結果に異常がなかったとはいえないこと を当然認識していたとして,質問事項を否定した不実の告知は,故意又は重 過失によるものと認定した。ここでは,継続的な通院,最終通院日及び人間 ドックの結果通知時から告知時までの時間的近接性が重過失認定の要素とな った。
⑸ 治療・投薬の不告知(高血圧・狭心症)
は,被保険者が高血圧及び狭心症に罹患しており,告知まで約9年間に 亘り定期的に投薬治療を受け,告知までの3ヵ月以内にも6回にわたり投薬 を受け,10回程度診察を受けていたにもかかわらず,最近3ヶ月以内に医師 の治療・投薬を受けていないと回答した事案である。判決は,かかる被保険 者の行為は,被保険者が故意又は重大な過失によって告知の際に事実でない ことを保険者に告げた場合に該当するとした。ここでは,長期の継続的通院 治療の事実及び最終通院日から告知日までの時間的近接性が重過失認定の要 素となった。
⑹ 健康診断結果の不告知(肥満,糖尿病,総コレステロール異常値)
は,健康診断結果において,総コレステロール値及び糖尿病に関する空 腹時血糖値に異常が認められ,これらについて再検査や治療を受けるよう指
示された被保険者が,約1年後の告知時において,過去2年以内に健康診断 で要再検査,要治療等を指摘されたことはないと回答した事案である。判決 は,肥満,血糖等の異常値は重要事実であり,被保険者が,告知しなかった ことに故意又は重過失があるとした。ここでは,被保険者が健康診断成績表 を受け取っていたこと及び検査時から告知時の時間的近接性が重過失認定の 要素となった。
⑺ 疾病・治療の事実の不告知(下肢慢性動脈閉塞症)
は,被保険者が下肢慢性動脈閉塞症の診断を受けて以降,告知に至るま での約4年間,2種類の治療薬を月約1回継続して処方され,常用していた が,診断を受け,治療薬の処方を受けている事実を告知しなかった事案であ る。ここでは,下肢慢性動脈閉塞症の患者の死亡率が健常者に比べて2〜3 倍と顕著に高いことから,被保険者の不告知事実が重要な事実であるとした 上で,長期間継続して治療を受けていたこと,告知日と最終処方日が時間的 に近接していること及び被保険者の歩行時の下肢の痛みが継続していたこと に加え,被保険者が歯科医師であったことが,重過失認定の要素となった。
3−4 重過失を認めたもの(③,④,⑤,⑥,⑧,⑨, , , , ,
)
⑴ 疾病・自覚症状の不告知(十二指腸潰瘍・胃癌)
③は,十二指腸潰瘍の疑いがあるので精密検査を受けるよう指示され,後 に検査を受けて胃癌と診断されたものの病名を告知されず,胃部に異常があ るとだけ説明されていた被保険者が,自覚症状を告知しなかった事案である。
判決は,自覚症状は重要事項で,病名を知らなかったとしても,自覚症状が 生命に危険を生ずる危険性を含むことを自覚しなかったことに重過失があっ たとした。ここでは,被保険者に胃癌の自覚症状があった事実,諸検査を受 診した事実及び医師から病状説明をされた事実が重過失認定の要素となった。
⑵ 疾病・自覚症状及び手術勧告の不告知(食道癌)
④は,被保険者に前胸部痛,上腹部通及び食道通過障害の自覚症状があり,
医師から手術をするよう告げられていたのに,これを告知しなかった事案で
ある。判決は,自覚症状及び医師が告げた内容は,重要事項であり,敢えて これを告げなかったことについて被保険者に重過失があるとした。ここでは,
重大疾病の自覚症状に加え,医師による手術の勧告 が重過失認定の要素 となった。
⑶ 治療の不告知(うつ病)
⑤は,被保険者がうつ状態のため精神科医の治療を受けた事実を告知しな かった事案である。判決は,被保険者は,たとえ発病時に病識は無くても,
軽快時と完全寛解時には,自分がうつ状態を主徴とする精神疾患のため精神 科医の治療を受けた事実を認識していたとした上,診査日の2ヶ月前に精神 科医に電話で病状報告をしたから,少し注意をすれば,直ちにうつ状態のた め治療を受けた事実を思い出すことができたとして,不告知には,重過失が あるとした。これは,医師との接触と告知時からの時間的近接性に着目した ものである。
⑷ 入院・手術の不告知(悪性黒色腫)
⑥は,被保険者が,告知の約4年前に約2週間入院して切除手術をした右 足背部の腫瘍を告知しなかった事案である。判決は,被保険者は,症状経過 からみると,2週間も入院の上切除手術までした右足背部の腫瘤の発生事実 を失念していたとは認められず,また,重要な事実でないと考えなかったの は大いに疑問であり,上記の病歴を告知事項に当たらないと考え告知しなか ったのであれば,症状経過から見て余りに軽率であり,重過失があるとした。
ここでは,2週間入院し,手術を受けたという症状経過が,重過失認定の要 素となった。
⑸ 検査・入院勧告の不告知(両側膝痛・両膝脱力・歩行障害)
⑧は,両側膝痛から両膝脱力及び歩行障害の自覚症状があり入院し検査を 受けたが症状が一時消失したためにこれを告知しなかった事案である。判決 は,上記自覚症状があり,医師から精密検査のための入院を勧められたとす
25) 中島伸一・生命保険判例百選[増補版]別冊ジュリ67号96頁(1980年)は,
重過失の認定において 手術の勧告は決定的だったと推測できる。 とする。
れば,何らかの疾病が潜むことを疑って当然であり,症状の重要性を認識す るに至らなかったことに重過失があり,入院検査の勧めは告知の約5か月前 の特異な経験であるから少し注意をすれば容易に思い出すことが出来た筈で あるとした。ここでは,重大な疾病(脊髄腫瘍)を疑わせる自覚症状があり,
医師の入院検査の勧めと告知が時間的に近接していたことが,重過失認定の 要素となった。
⑹ 疾病の不告知(腹部大動脈瘤)
⑨は,腹部大動脈瘤の告知をしなかった事案である。判決は,腹部大動脈 瘤の重大性に鑑みれば,同疾病が告知すべき重要な事実に属することを知ら なかった点に重過失があるとした。判決中に重過失認定の事情として挙げら れるのは,疾病の重大性のみであるが,告知書作成を代理した被保険者の娘 が,告知の約5年前から同疾病に罹患していることを熟知していたこと及び 本件告知時に被保険者が入院していたことも考慮されるべき事情であると考 える。
⑺ 診察・投薬の不告知(空腹時の心窩部痛)
は,被保険者が空腹時の心窩部痛を訴え2度の診察・投薬を受けた事実 を告知しなかった事案である。判決は,告知の1ヶ月以内に2度にわたり病 院に受診しており,告知書の記載に照らすと,診察・投薬を受けたという重 要な事実 を告知しなかったことにつき,少なくとも重過失があるとした。
診察・投薬と告知との時間的近接性及び告知書の記載が重過失認定の要素と なった。
26) 山下・前掲注3)294頁は,2度の診察・投薬を受けた事実を重要な事実とす ることにつき, それ自体は必ずしも重要事実とはいえない診察・投薬の事実 でもそこから調査を進めていけば重大な疾病が判明したであろう仮定のもとに 診察・投薬の事実の重大性を肯定することになりかねず,これは,従来の判例 や学説がとっていた重大性の判断基準についての考え方を逸脱するのではない か,また,保険契約者の知らない事実についても告知義務を課してしまうこと になるのではないかという疑いがあり,にわかに支持しえない。 と批判する。
文のとこ
本 ろの上付きが入るため強制送りします
⑻ 疾病の不告知(胃潰瘍・肝臓癌)
は,被保険者が胃潰瘍及び肝臓癌のため入通院等を繰り返し,告知時に 至るまで経過観察が行われていたにもかかわらず,告知の3カ月以内の医師 の治療・投薬の有無を尋ねる質問事項に対し,傷病名を空欄にして告知書を 提出した事案である。判決は,単に同欄の記載を失念したにすぎないものか,
意識的に記載を避けたものかは判然としないが,いずれであるにしても,被 保険者の病状認識の程度からすると,告知義務違反について少なくとも重過 失があったと認定した。ここでは,疾病の重大性及び自覚症状の他,告知時 点において継続的な通院治療が行われていたことが重過失認定の要素となっ た。
⑼ 検査結果の不告知(高脂血症・肝機能障害・糖尿病・高血圧)
は,被保険者が告知から2年以内の人間ドックで各種検査の異常を指摘 されており,同人はこれを認識していたが,同人を代理して告知書を作成し た妻がこれを告知しなかった事案である。判決は,告知義務者はあくまで保 険契約者または被保険者であるから,代理人等の不適切な行為によって告知 義務を履行することが出来なかった場合には,保険契約者等がその責を負う べきであるとした上で,妻は,被保険者に人間ドックの結果を容易に確認す ることが出たにもかかわらず,確認しておらず,確認さえしていれば,容易 に告知義務を履行できたのであるから,告知義務違反につき被保険者の重過 失があるとした。
健康診断結果の不告知(腎機能,糖代謝及び炎症反応等)
は,被保険者が告知の1年前及び2年前の健康診断において,腎機能・
泌尿器並びに糖代謝,炎症反応及び血清判定等について要精密検査判定等を 受けるなどしたところ,これらの事実を告知しなかった事案である。控訴審
( )は,告知時点において,検査結果を失念していたとかその重要性を認 識していなかったということは到底考えられず ,この点につき悪意であっ
27) 判旨は,被保険者は,告知の1年前の健康診断結果を受け,深刻に受け止め たからこそ,減量等の体質改善を図った旨述べる。
たと認定した。その上で,被保険者が体質改善の効果により健康診断の結果 を告知する必要がなくなったと誤信したのであれば,結果を告知した上で,
体質改善の成果も申述すべきであるから,誤解をしたこと自体について重過 失があるとした 。
通院・投薬治療の事実の不告知(うつ病)
は,被保険者が告知の約10ヶ月前にうつ病と診断され,投薬治療を行っ ており,告知の約2ヶ月前には医師から最低1年間の経過観察が必要である 等告げられ,その後も継続して通院し,薬を服用していたところ,通院・投 薬治療の事実を告知せず,告知から約1年後に自殺により死亡した事案であ る。判決は,うつ病の治療・投薬歴や経過観察中の事実は,重要な事実に該 当し,被保険者が告知しなかったことに重過失があるとした。医師の指示や 治療及び投薬と告知とが時間的に近接しており,重過失が認められるのは当 然といえる。
3−5 故意又は重過失に言及しなかったもの( , )
及び は,告知義務者の故意又は重過失に言及せず,告知義務違反を認 めた。これは,主たる争点が保険者の過失不知であったためであると思われ る。
3−6 故意及び重過失を否定したもの( , , )
⑴ 疾病・治療の不告知(高脂血症・不整脈)
は,高脂血症は告知したが不整脈と診断され治療を受けたことを告知し なかった事案である。判決は,不整脈が必ずしも病気と結びつかず,不整脈 についての医師の説明が十分でなかったこと及び被保険者が告知をした高脂 血症と不整脈とは誘因が治療に重なる部分があり,被保険者は高脂血症に対 して投薬治療が行われていたと誤解していたことに鑑みれば,不整脈につい
28) 福島・前掲注11)10頁は, 医師であるAは健康診断結果の重要性を知りなが ら,あえて告知しなかったと考えて,悪意による告知義務違反という理解を原 則とすることも可能なケースではないか とする。同13頁の山下友信教授コメ ントも同旨。
て告知しなかったことにつき重過失があったとまでは認められないとした。
これは,不整脈という疾病の性質の他,医師の説明状況及び高脂血症と治療 内容が重なっていたという被保険者側の事情から,被保険者が誤解したこと についてやむを得ないと評価し,(故意に近い)著しい注意義務違反はない としたものである。
⑵ 健康診断結果の不告知(腎機能,糖代謝及び炎症反応等)
の原審である は,被保険者に客観的な告知義務違反があったことを認 めた上で,被保険者が,告知から約1年前の健康診断結果を受けて減量等の 体質改善に取り組んだため,健康診断の際に異常所見があると判定されたこ との重要性は解消されたと考え,どのような判定がされたのかを思い出すな どして告知しなかったことについて重大な過失があるとは認められないとし た。
⑶ 医師の指示・指導の不告知(肝疾患)
は,被保険者が,告知時の約2年前に消化器科等で診察を受けていたが,
(肝疾患につき)過去3年以内に2週間以上にわたる医師の治療(指示・指 導を含む)・投薬を受けたことがあるか。 との告知事項に なし と回答し た事案である。判決は, 2週間以上にわたる , 医師の指示・指導 とい う告知事項が明確性を欠き,肝疾患につき 指示・指導 があったと認める ことはできないとした。その上で,仮に肝疾患につき 指示・指導 があっ たとしても, 指示・指導 が客観的に明確で本人が確実に認識し,容易に 忘却しづらい事実でなく,評価の入り込む余地があり,告知書に例示や具体 的な説明の記載がないことから,忘却や時期の認識についての混乱が生じや すいとした上で,2年以上前の診察の機会に肝臓に関する話があったとして も,被保険者がそれを明確に記憶していなかったことを責めることは困難と いわざるを得ないとして, ほとんど故意に近い とまでいうことはできず,
被保険者の重過失を否定した。 は,重過失を ほとんど故意に近い著しい 注意欠如の状態 と定義した上,告知事項が曖昧であることから,被保険者 が明確に記憶していなかったことの帰責性を否定し,重過失を否定したもの
である。この点,質問内容が具体的ではなく,保険契約者等が適切に回答し なかった場合には,故意および重大な過失がないと判断される可能性も高ま るとの指摘がある 。
4.おわりに
重要な事項に関する告知義務違反の客観的要件が具備される場合には,告 知義務者の過失は認められるであろう。しかし,告知すべき重要な事実の存 在を忘れていること,告知すべき重要な事実に属すると考えずに告知をしな いこと及び告知書の記載箇所を見落として告知をしないこと等も考えられる ことから,当然に故意又は重過失があるということは,できないというべき である 。
検討した裁判例は,既往・現症の疾病に関する治療・手術・投薬・検査等 の事実の不告知事案と,健康診断等の結果の不告知事案に分けられる。この うち,疾病に関する不告知の裁判例の多くは,疾病の重大性,被保険者の自 覚症状の有無,医師からの説明・指示の有無及び内容,治療の継続期間及び 告知時までの時間的近接性等がメルクマールとなり,被保険者の重過失が認 定されていた。その中で, 及び が,告知事項の分かりやすさという 事情も踏まえて故意及び重過失を否定したことは,注目に値する。
一方,健康診断等の結果の不告知については,告知時と健康診断時は近接 しているため,被頰権者が結果を確認することは容易であることから,故意 又は重過失を基礎づけることができそうである。もっとも, と で結論が 異なっていることが示唆するとおり ,被保険者に未だ病状が発現していな
29) 松澤・前掲注9)36頁。
30) ただし,中西・前掲注5)47頁は, 生命保険会社が当事者となっている事件 で,重要事実の不告知にあたることを認めながら悪意・重過失の存在を否定し た判決は見当たらない。 とする。
31) も故意・重過失を否定したが,控訴審で結論が逆転したため,ここでは措 く。
32) 福島・前掲注11)12頁は,裁判例 , の事案の問題の本質は,健康診断・
い場合が含まれており,健康診断結果を受けて健康状態が改善された場合に は,当初の健康診断結果の告知事項としての重要性が失われるのではないか という問題が生ずる。しかし,告知書では,一定の健康診断等の結果が重要 事実として告知事項とされているので,それに該当する健康診断結果は,依 然として重要事実として告知されるべきである 。そして,被保険者が,重 要性が失われたと誤信したとしても,告知事項は,健康診断結果に対する自 己評価ではなく,結果そのものであり,結果を確認することは被保険者にと って容易なため,やはり重過失が認められることになると思われる。
告知義務違反を生じさせないためには,告知義務者と保険者との間で告知 事項の重要性や意義についての認識に違いがあることを前提として,保険者 が保険契約締結に際し告知義務制度の意義や告知事項の重要性を告知義務者 に十分に説明する必要がある。また,告知義務者にとっての告知事項の分か りやすさの程度が故意・重過失認定に際しての考慮要素となっていることか ら,保険者は,質問内容が重要事実を告知させることに有効な表現となって いるか等に配慮すべき である。
(筆者は弁護士)
人間ドック等に対する,契約当事者の認識と保険者の意図の違いに原因がある とする。
33) 福島・前掲注11)12頁。
34) 金岡京子 告知義務違反における故意又は重過失 法律のひろば60巻11号71 頁参照。
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