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近江地方出土瓦器椀の編年

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Academic year: 2021

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近江地方出土瓦器椀の編年

著者 田中 堂雄

雑誌名 金大考古

巻 32

ページ 7

発行年 2000‑03‑13

URL http://hdl.handle.net/2297/2824

(2)

− 7 − そのような様子は全くみられない。

以 上 の 結 果 か ら 、 抜 歯 風 習 は 本 州 か ら 伝 播 し た が 、 定 着 せ ず 社 会 的 機 能 も 伴 っ て い な か ったという結論に達した。

近江地方出土瓦器椀の編年

田中 堂雄

畿 内 の 中 世 の 代 表 的 な 日 常 食 膳 具 の 一 つ は 古 代 ま で の 黒 色 土 器 椀 に 変 わ っ て 瓦 器 椀 で あ り、その瓦器椀の研究に関して 1960 年代の稲垣

、 、

晋也氏から始まり 現在まで特に 90 年代に入り 型 式 分 類 は も ち ろ ん の こ と 生 産 ・ 流 通 ・ 機 能

・ 用 途 な ど 多 岐 に 渡 っ て 非 常 に 盛 ん に 研 究 が 行 わ れ て い る 。 し か し 、 そ の 一 方 で 近 江 地 方 に お い て は 黒 色 土 器 椀 が 引 き 続 き 日 常 食 膳 具 の 地 位 を 占 め て い た 為 か 瓦 器 椀 研 究 は 他 地 域 に 比 べ 立 ち 遅 れ て お り 、 出 土 し た 瓦 器 椀 に 関 し て も 大 和 地 方 の 搬 入 品 と い う 評 価 が 与 え ら れ る だ け と い う 状 況 で あ っ た が 、 後 の 出 土 遺 跡 の 増 加 に よ り 研 究 も よ う や く 多 少 行 わ れ る よ う に な り 、 他 地 域 と 同 様 に 近 江 地 域 独 自 で 瓦 器 椀 を 生 産 し て い た と い う 指 摘 も 行 わ れ る よ う に な っ た 。 し か し な が ら 、 現 在 に お い て も そ の 地 方 独 自 の 編 年 体 系 が 立 て ら れ て な い 状 況 で あ る 。 本 論 に お い て は 、 近 江 地 方 で 出 土 す る 瓦 器 椀 に 関 し て 型 式 細 分 を 行 い 、 自 分 な り に 編 年 大 系 を 立 て ら れ た ら と 思 い 執 筆 を 行った。

型 式 細 分 の 方 法 と し て は 口 縁 部 ・ 高 台 ・ 体 部 等 の 形 態 差 と 内 面 及 び 外 面 の ヘ ラ ミ ガ キ の 施 し 具 合 、 内 面 見 込 み の 暗 文 の 違 い 等 の 調 整 差 の 両 面 か ら 細 分 を 行 い 、 各 型 式 の 法 量 差 の 違 い を よ り 理 解 し や す く す る よ う に 器 高 指 数

(口縁部÷器高× 100 )を用いて数値化してみ た。型式細分を自分なりに行ってみた結果 段 3 階 型式に分類できた。尚、かなりあやふやな 8 が ら も 共 伴 し て い た 黒 色 土 器 と の 関 係 か ら 相 対年代を出してみた結果、第 段階は 1 11 世紀末

〜 12 世紀初頭、第 段階は 2 12 世紀前半〜 12 世紀 後半、第 段階は 3 12 世紀末〜 13 世紀後半という 結果を出してみた。

出 土 地 域 で あ る 湖 南 地 域 と 湖 東 地 域 の 両 地 域 の 瓦 器 椀 を 比 較 し て み た が 外 面 の ミ ガ キ 調 整 の 有 無 、 見 込 み の 暗 文 等 で 違 い が 筆 者 編 年 第 段階に入ってから比較的見られるようにな 3 り 、 両 地 域 で 型 式 差 が 見 ら れ た 。 更 に 湖 南 地 域 の 特 徴 は 大 和 地 方 の 瓦 器 椀 に 類 似 し て い る ようである。

黒 色 土 器 椀 と 瓦 器 椀 と の 関 係 に つ い て 湖 南 地 域 と 蒲 生 町 、 日 野 町 を 除 い た 湖 東 地 域 の 両

者 の 比 率 は ほ と ん ど 黒 色 土 器 の 比 率 が 上 回 っ て い る が 、 逆 に 蒲 生 町 、 日 野 町 で は 瓦 器 椀 の 比 率 が 上 回 る 例 が 大 半 で あ っ た 。 そ の 結 果 か ら 推 測 の 域 を 出 ず 、 か な り 説 得 力 も な い か と 思 わ れ る が 、 蒲 生 町 、 日 野 町 で は 日 常 食 膳 具 の 中 心 は 他 の 畿 内 と 同 様 に 瓦 器 椀 で あ り 、 そ の 他 で は 従 来 考 え ら れ て い た よ う に 黒 色 土 器 椀 が 中 心 で あ っ た の で は な い か と 推 測 し た 。

御物石器の性格 ―北陸地方を中心に―

堂田 一晴

御 物 石 器 と は 縄 文 後 期 か ら 晩 期 に か け て 、 飛 騨 、 美 濃 、 北 陸 に か け て 分 布 す る 石 製 品 で あ る 。 こ れ が 如 何 な る 用 途 を 持 つ も の で あ る の か 、 い ま だ 定 説 は な い が 御 物 石 器 の 基 礎 研 究 を 行 な っ た 橋 本 正 氏 に よ れ ば 、 そ れ は 磨 石 をその祖型とする摩擦器型祭器であるという。

しかしこの見解に対し最近、異が唱えられた。

そ こ で 本 論 文 で は 御 物 石 器 が 摩 擦 器 型 祭 器 で あ る 可 能 性 に つ い て 、 以 下 の 二 つ の 点 か ら 検討してみる。

1.石器組成から

御 物 石 器 が 出 土 し た 遺 跡 と 出 土 し て い な い 遺 跡 の 石 器 組 成 を 比 較 し 、 そ の 相 違 の 中 か ら 御 物 石 器 の 出 土 す る 遺 跡 が 持 つ 傾 向 を 読 み 取 り 、 そ こ に 磨 石 類 が 関 係 あ る か を 検 討 し た 。 そ の 検 討 の 結 果 、 御 物 石 器 の 出 土 す る 遺 跡 の 石 器 組 成 に は 1 . 狩 猟 具 が 多 い 、 2 . 採 集 具 の う ち 打 製 石 斧 の 占 め る 割 合 が 多 い 、 3 . 加工具が多いという傾向が読み取れた (石器 。 組 成 か ら は 御 物 石 器 が 摩 擦 器 型 祭 器 で あ る か どうかの検討は出来なかった ) 。

2.石質から

御 物 石 器 の 発 掘 に よ っ て 出 土 し た 5 遺 跡 に つ い て 、 御 物 石 器 の 石 質 と 、 磨 石 類 の 石 質 と の 間 に 関 連 性 が あ る か ど う か を 分 析 し た 。 そ の 結 果 、 特 に 加 賀 北 部 の 遺 跡 の 分 析 結 果 に よ ると、石器製作の際の礫選択に共通性はなく、

む し ろ 、 御 物 石 器 の 石 質 選 択 に 、 磨 る と い う 行 為 に 適 し た 砂 岩 が 使 わ れ て い な か っ た こ と か ら 、 御 物 石 器 が 摩 擦 器 型 祭 器 で あ る 可 能 性 はぐっと低くなったと言える。

以 上 か ら 御 物 石 器 が 摩 擦 器 型 祭 器 で あ る と い う 可 能 性 に つ い て 、 低 い と い う 結 論 に 達 し た。

御経塚遺跡出土の御物石器

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