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― 論文の内容の要旨

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Academic year: 2021

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論文の内容の要旨

氏名:松永 寛和

博士の専攻分野の名称:博士(芸術学)

論文題名:ライトノベルにおける「作家」の存在 ―複合メディアにおける創造性

本論文ではライトノベルという新興のジャンルに注目し、アニメやマンガといった視覚的メディア や二次創作などの文化が創作の現場や作品受容のされ方にどのような影響を与えているか考察を行っ た。ライトノベルにおいて、「作家」は近代の特権的な作家とは異なる形で作品に表れている。テクス トを分析し、そこに浮かび上がる「作家」を読み解く中で、作者の死が理論としてのみではなく、現 実の状況として表れていることを指摘した。作家像の受容史と新しい「作家」像の解剖が目的である。

〔第一部 メディアの変遷と「作家」の関係について〕ライトノベルはアニメやマンガなど、従来の文学 研究では語られてこなかったメディアの影響を大きく受けている。第一部ではこれら作品外部の状況を把 握することでライトノベルが受容される上での背景となる文化を読み取る。ライトノベルはメディアの錯 綜の所産であることを解明する。

〔第一章 ライトノベルの成立と変遷〕ライトノベルはSFやファンタジーといったジャンルがアニメや ゲームといったメディアの影響を受けたことで変質し、既存のものとは違うジャンルとして認知されるよ うになったことで成立した。また、現在ではライトノベルのベストセラー作品はほぼ全てがアニメ化され る状況となっている。小説という形式に留まらず、様々なメディアや大勢の人間の手によって変奏され続 けることが作品展開上の重要な戦略となっていることを明らかにした。

〔第二章 メディアから見る作家の解体〕表紙や挿絵がアニメ調で描かれていることはライトノベルの受 容のされ方に決定的に大きな影響を与えている。これらの表現は記号的な性質が前景化しており、他者に より容易に再現や改変が可能である。このような他者による改変は正規のものだけではなく、一般の読者 によっても日常的に行われている。受け手は受動的な立場に留まるのではなく、よく知られた作品を記号 的に分解し、再構築することによって自らも表現する側に踏み出すことが出来る。少数の送り手と大多数 の受け手という構図は崩れ、大多数の送り手から大多数の受け手へと作品が無限に受け渡されるような状 況が生まれている。ライトノベルの特殊な文化背景を社会的、時代的現象として検証した。

〔第三章 ライトノベルにおける作家の主体性 著者近影の分析〕ライトノベルでは作品、作家、読者と いう三者の関係が従来の文芸創作の状況とは大きく変わっている。ライトノベルと純文学の著者近影の違 いには、このことがよく表れている。我々は文学を読む時、そこに人間心理の奥深さを明らかにすること や、社会の真理が含まれていることを期待してきた。作家はそういった読者の期待に応えるためのある種 神話的な役割を負っていたとさえ言えるだろう。著者近影はそういった特別な存在である作家を読者の前 に提示する役割を果たしていた。しかし、ライトノベルの著者近影では徐々に作家の顏が姿を消し、アニ メ的なキャラクターか、どこにでもあるようなモノの写真が大部分を占めるようになっていった。テクス トを統括する特別な主体を見つけようとしても、これらの写真には人間的な重みは映されていない。ライ トノベルの作家は読者の神話的な期待に応えてはくれないのである。作家という存在とその質の変容を明 かし、第二部の「作家」像解明へと橋渡しをする。

〔第二部 ハーレム系ライトノベルの構造分析〕ライトノベルにおける「作家」は純文学における作家と は違う表れ方をしている。作品内部へと視点を変え、テクストを読み込む中でそこにどのように「作家」

が表れているのか分析を行った。

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〔第一章 ライトノベル批評の現在〕分析の対象としたのはハーレム系と呼ばれる作品群である。この作 品群は本研究の主題である「作家」の変容が最も典型的に読み取れるからである。ハーレム系はセカイ系 と呼ばれた作品群の影響を受けている。セカイ系においては異性からの無条件の肯定が極端に美化されて 描かれていた。ハーレム系はこのような物語類型のテーマを部分的に引き継いでいる。

〔第二章 セカイ系からの離脱―『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』について〕ハーレム系のライト ノベルでは、一人の男性が複数の女性から好意を向けられる。これは古くから見られる物語類型であるが、

ライトノベルではゼロ年代の後半からこのような作品群が流行し、累計五〇〇万部を超えるようなシリー ズが複数生まれた。『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、この流行における最初期の作品である。

この作品はヒロインが編集者の発案から生まれたことがよく知られている。ライトノベルは個人の力で 生み出されている訳ではない。そのことを作り手自身が隠すつもりもない。また、作者である伏見つかさ 自身が手掛けたゲーム版と小説版では結末が大きく異なっており、ここには小説というメディアの特徴が 表れている。ライトノベルの作品は他者からの要望や、メディアの特徴など、様々な要因が重なり合う中 で生み出されている。

〔第三章 停滞の中の成長―『生徒会の一存』について〕この章では、ほぼ同時期の刊行となった『俺の 妹がこんなに可愛いわけがない』との比較が重要な点となった。複数の異性から好意を持たれるなど、二 つの作品には様々な点で共通点が見られる。しかし、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ではこの構図 が利用され、過剰な母性からの離脱が描かれることになったのに対して、『生徒会の一存』では母性からの 肯定を受け入れ、その中で生きていくことが選択されている。同じテーマと向き合いながら、二つの作品 は対照的な答えを導き出している。ここには、「作家」性とでも呼ぶべきものが生まれている。しかし、そ れは作り手である伏見つかさ本人や葵せきな本人の実人生とは切り離されたところで見えてくるものであ る。ここに見える「作家」性は先行作品の引用や同時代作品との差異化の中で、個々の作品に他とは違う 意味が生まれた時、作品から浮かび上がるものである。

〔第四章 ハーレムの中の心理―『僕は友達が少ない』について〕この作品は第三章で扱った『生徒会の 一存』を強く意識した上で作られている。先行作品を意識しているからこそ、後続の作品には先行作品に はない新しい要素が必要となる。『僕は友達が少ない』では、タイトルにもある通り、友達という関係に対 する異常なハードルの高さが、先行作品にはない切り口となっていた。そして、一見奇をてらっただけに 見えるこの設定が、ハーレムという構造の持っていたテーマを深めていく役割を果たしたのである。『僕は 友達が少ない』では物語が進むにつれて、関係を進めることへの恐れや、弱さが描かれるようになってい った。ハーレムは誰か一人が覚悟を決めて主人公に選択を迫れば崩壊へと向かってしまうため、全員が臆 病でいる間しか機能しない。『僕は友達が少ない』は友達という関係に拘ることによって、キャラクターの 臆病な心理に迫ることが出来た。先行作品との差異化という、商業作品なら当然の努力が、個々の「作家」

や作品を超えてハーレムの構造が持っていたテーマをより深めていくのである。ここでは「作家」と出版 メディアとの相互関係の深さも読み取ることができる。

〔第五章 作家の固有性と構造的テーマの交錯―『ヒカルが地球にいたころ……』について〕この章では、

野村美月という「作家」の固有名に注目した。テクストに浮かび上がる「作家」は実人生を生きている生 身の人間とは切り離されている。しかし、そのような「作家」であったとしても、「作家」にはそれぞれ積 み重ねてきた歴史がある。我々はそこに、一定の傾向を発見し、作風や作品の質に対する信頼を寄せてい る。そのような固有名を持つ「作家」が重ねてきた歴史と、流行している構造とが交錯する中で「作家」

の新しい境地や、構造の持つテーマに対する新たな切り口が生まれてくることを読み解いた。

〔第六章 共感の構造と批評的「作家」性―『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』について〕こ の作品はハーレム系の物語類型が広く認知されてから発表されている。この作品は独りでいることを肯定 し、生きていこうとする少年が主人公であり、読者から共感を得ることになった。ハーレムの構造は元々

「他者」不在とも言える特徴を持っている。内省的な主人公の性格は構造のテーマと向き合う上で有益な ものだった。この作品は個々の作品、「作家」を超えて紡がれてきたテーマがどのような地点まで辿りつい ているのか、その現在地を示している。ライトノベルの「作家」像の現時点での一つの典型事例である。

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ここで挙げる「作家」はテクスト論の基本的な理論と一致している。その意味で、本論は理論的に新し いものを提示しようとするものではない。本論が注目しているのは、新しい理論ではなく、新しい状況で ある。アニメやマンガ、ライトノベルといったジャンルでは作品は記号的に解釈され、無数の人間の手で 自由に再解釈、再構成がされている。このようなジャンルの中ではテクスト論的な意味での「作家」と呼 ぶしかないものが、状況の所産として生じている。そこには実人生や現実と向き合う真摯な文学的な創作 とはまた違う可能性が生まれている。ライトノベルの「作家」は従来のように一人の内面からではなく、

多メディアや編集者、ディレクター、読者の欲望、時代のモードなど様々な諸社会現象の織り合わさると ころに生じる。だからこそ、そういった「作家」の生成に参加している読者にとって、物語は他人事では 終わらない。そこで語られる物語は大きな共感を呼ぶのである。ライトノベルでは、作者の死は理論を超 えた現実の状況となった。作り手と受け手の間には新しい関係が生まれ、新しい「作家」像が造形されて いる。本論文はその過程を作品上、社会現象上から読み解いている。

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