MS1)。
に 対 す る Asvabhava
註 釈 の 特 徴
チベ ッ ト訳 を資料 として
袴
谷
憲
昭
I
筆 者 の 仮 定 に よ れ ば, Mahayanasampgrahopanibandhana (略 号, MSU)2)に 関 し て は, Hu. よ り もTu. の 方 が, Asvabhava の 註 釈 を よ り原 型 に 近 い 形 で 保 存 し て い る よ う に 思 わ れ る。 前 回 は, こ の 仮 定 をHu., Tu. 両 訳 の 此 較 を 通 し て 検 証 し て み た3)。 今 回 は, こ の 仮 定 を 前 提 と し て, Tu. に み ら れ る Asvabhava 註 釈 の 特 徴 を 考 察 し て み た い。 も し仮 定 が 正 し い と す れ ば, そ れ は 単 にTu. の 特 徴 を 明 ら か に す る だ け に と ど ま らず, Asvabhava 自 身 の 思 想 史 的 再 検 討 へ の 一助 と も な る で あ ろ う。 た だ し, 今 回 の 考 察 は, Tu. 全 体 を 見 通 し た 上 で の 結 論 で は な く, ご く一 部 に つ い て の 考 察 で あ る こ と を 断 つ て お か ね ば な ら な い。 考 察 の 対 象 に 選 ん だ 箇 所 は 以 下 に 示 す と お り で あ る が, こ れ は, こ の 機 会 に, 前 回 論 じ残 し た(3)の 問 題4)に も言 及 し て お こ う と 思 つ た か ら で あ る。 II MS. 本 文 第2章 の 最 初 の 部 分 の 論 構 成 は, A. で, jheya-laksapa を, 1. para-tantra-laksapa, 2, parikalpita-laksapa, 3. parinispanna-laksapa に 分 つ て 説 明 し, B. で, A 1. 中 に 説 か れ たdeha-dehi-bhoktr-vijnapti (lus dah lus can dah
1)『 摂 大 乗 論 』 の 原 題 と考 え られ る Mahayanasamgraha の 略 号。 五 訳 間 の相 違 を問 題 とす る必 要 の な い揚 合, も し くは原 典 を想 定 す る必 要 の あ る場 合 は この略 号 を用 い る。 2) こ の略 号 を用 い る場 合 は 前註 の条 件 に準 ず る。 3) 拙 論 「玄 癸 訳 『摂 大 乗 論 釈 』 に つ い て-チ ベ ッ ト訳 との 比 較 に よ る一 考察-」 (印仏 研XVIII. -1, p. 140-141)。 な お, 特 に こ とわ らな い 略 号 は上 記 拙 論 の場 合 に 準 ず る。 4) Hu. に つ い て護 法 の先 駆 思 想 と指 摘 され る, 依 他起 性 (paratantra-svabhava) の 有 に関 す る問題。
za ba pohi rnam par rig pa) よ り sugati-durgati-cyuty-upapatti-vijfiapti(bde
hgro-dah han hgro dan hchi hpho dah skye baHi rnam par rig pa) ま で の vi jnapti を 十 八 界 に 関 係 づ け, C. で, vijnapti-matra を1. 響 喩, お よ び2. aga-ma と yukti に よ つ て 明 ら か に す る, と い う 具 合 に 展 開 さ れ る5)。 以 下 に 引 用 す
る 一 節 は, 上 記 のMS. 本 文 中, A1. の 末 尾 よ りC1. の 箇 所 に 対 す る 註 釈 で あ る。 こ の 箇 所 は, Tu., Hu. 両 訳 に か な り の 相 異 が み ら れ, ま た(3)の 問 題 を 論 及 す る の に も 必 要 で あ る か ら, 両 訳 を 此 較 対 照 し て 示 す こ と に し よ う。
A1...rnam par rig pa tsam nid ces bya ba ni log par yons su rtog paho// yan dag pa ma yin pahi kun to rtog pas bsdus pa ses bya ba ni gzun ba darni hdsin pahi duos por rnam par hjog paho//
A1. ……「唯識為性 」者, 由邪分別, 二分顕現, 実唯是識, 善 等法申, 錐 無 邪執, 縁起 力故, 二分 顕現, 亦唯 是識。
yod pa ma yin pa dan nor bahi don snap bahi gnas ses bya ba ni gzugs la sogs pa yod pa ma yin pa dan/ der rnam par rtog pa nor bar snain ba rab to gsal bahi rgyu-ho// 「是無所有非真実義顕現所依」者, 所取色等名無所有, 能取識等名非真 実, 此二皆是遍計所執, 並名為義。 虚妄分別所摂諸識, 是此二種顕現因 縁, 故名所依。
1 di ni gsan gyi dban gi mtshan nid do ses bya ba ni rtogs par bya ba zlos to ston pa-ho//
「如是名為依他起相 」者, 如上所弁 「阿頼 耶識為種 子」等, 皆説名為依 他起相。
A2. gan. don med kyan ses bya ba la sogs pa ni gsan gyi dbar gi ran bsin rnam par rig pa tsam Aid sems daft sems las byunft ba hkhrul bahi ran gi no bo Aid kyi don gyi rnam par rig pahi cha la dn. os por byed pa ni kun brtags pahi mtshan nid do//
「謂於 無義唯識中似義顕現 」者, 実 無所取及能取義, 唯有虚妄分別所 摂 種種 識中遍計所 執似義顕現。
A3. de nid kun brtags pa de dan gtan du bral ba ni yons su grub pahi mtshan nid de/ 「謂即於彼依 他起相 由似義相永無有 性」者, 謂, 於縁起 心及心法所現像 中, 由横計相 永無所 顕真 如実性, 此 即名為円成実相。 A2. (イ)又, 一切法従因縁生唯識為性, 当知皆名依他起相。顛倒横計似義顕 現, 当知皆名遍計所執相。依 他起 上 遍計所執永無所顕真如実性, 当知皆 名 円成実相。
5) T. 山 口本. p. 44-49, Lamotte 本. p. 24-27 (§ 1-8); P. 大 正XXXI, 118a-c; D. 同, 284c-285c; H. 同, 137c-138b参 照。
-443-A1'. dper na smig rgyu la ran gi rgyud soon du btan ste/ chur bzuni ba dan hdsin pahi do os por rnam par h jog pahi log par yonis su rtog pa ni gsan gyi dban rno// A2'. chur snapi ba la duos por byed pa ni kun brtags paho// A3'. de dan gtan du bral ba ni yons su grub pa lta bubo//
(ロ)響如, 鹿愛 自相続力, 安立似水所 取能 取邪遍計性, 当知名為依他起相。 横計実有水事顕現, 当知名為遍計所 執相。即於如是鹿愛事 中, 横計永相 畢寛無性, 当知 是名 円成実相。
A2". rnam par rtog pas brtags pahi don6)/ /kun to brtags pahi no bo Rid/ Al". /rnam par rtog pa gsan gyi dban/
A3". /de yi ston Rid yons su grub//
A3. (イ)又, 遍計所執相即是遍計所執 自性。依他起相即是依他起 自性, 亦 名分別 自性。 円成実相即是 円成実 自 性, 亦 名法 性 自性。(ロ)如是 三 種, 即是 宣説応 知応 断 応 証 三法。 如大 般 若 波羅 蜜 多経 中亦 説。(以 下 経 文略)
B. rnam par rig pa hdi dag gi ses bya ba ni lus la sogs pa nas de la ne bar spyod pa la thug pahi bar gyi rab to dbye ba ste/ de dag las byun bahi phyir ro//
B.「此諸識」者, 謂, 如前説身等為 初, 能受為後。言 「差別」者, 是 此 諸識差別性故, 謂即, 於有為識 申, 皆有 己行現行当行差別性故, 依 之建 立世影現識, 於 此諸識, 皆有一等差 別性故, 依 之建立数影現 識, 於所受 識, 有上下等差別性故, 依 之建立処 影現識。余類応知。
C1. rnam par rig pa rnams don med pahi dper rmi lam smos to grub pahi phyir ro// deer na rmi lam ses bya ba la sogs pa ni tshig de Aid kyis bran zin to7)//
(P, 270a5-270b5) C1. 一 切 唯 識 都 無 有 義, 挙 夢等 喩, 以 顕 示 者, 共 成 立 故。 「如 夢 中 」等, 其 文 易 了 無 労 重 釈7)。 (大 正31, 399b3-400a7) III ま ず, A. 段 に つ い てTu. の 流 れ を 辿 る と, MS. 本 文 の 論 構 成 に 応 じ て, 註 釈 もA1.-A2.-A3。 の 構 成 を と る。 こ れ は, 本 文 の 語 句 に 従 つ た 一 通 りの 解 釈 で あ る が, こ れ に 続 くA1'.-A3.', A1".-A3". の 部 分 も, 本 文 の 論 構 成 に 順 じ て, そ の 意 味 内 容 を, 讐 喩A1'.-A3'. と 偶A1".-A3". と で 締 括 つ た 適 切 な 註 釈 と い え よ う。 特 に 偶A1".-A3". に 示 さ れ る 6) P版.“don no”。 この段 はD版 に よ ると 明 ら か に偶 を訳 した もの と考 え られ る。P 版 に よれ ば, こ の第 一 句 に最 後 の"no"が 一 音 多 い こ と にな る。 し か し, 両 版 と も 第 四 句 で は “de yi”を 用 い, お そ ら く偶 の 翻 訳 を 意 識 した と思 わ れ る。 7) Tu. 中 の イ タ リッ ク, Hu中 の 「……」はMS本 文 の 引 用 文 で ある こと を示 す。
分 別 (vikalpa) に よつ て分別 され た 対 象 (artha) が parikalpitasvabhava で あ り, 〔そ の〕 分 別 が paratantra で あ つ て, そ れ の空 た る こ と (sunyata) が parinispanna で あ る。
と の 意 味 は, Maitreya, Vasubandhu, Sthiramati な ど の 著 作 に も認 め ら れ る唯 識 思 想 の 基 本 的 な 考 え を 表 わ し て い る と 言 つ て よ い8)。 従 つ て, Tu. に よ る 限 り, Asvabhava が こ のA. 段 中 に 彼 独 自 の 見 解 を 述 べ よ う と し た 形 跡 は 認 め ら れ 難 い。 と こ ろ が, こ の 箇 所 をHu. に よ つ て 見 る と, 全 く異 つ た 様 相 を 呈 す る。 Tu. が い わ ば 従 属 的 に 註 釈 を 構 成 し て い る の に 対 し, Hu. はA1.-A2.-A3. と い う よ うな 並 列 的 な 構 成 を と り, A2. とA3. と は, そ の 冒 頭 の 「又 」 の 字 に よ つ て も 知 ら れ る よ う に, 本 文 と は直 接 関 係 の な い 別 説 を 述 べ る よ う な 形 態 に な つ て い る。 特 に, A2. の 前 半 に 示 さ れ る文(イ)は, Tu. 中 に 直 接 対 応 す る文 が 見 出 さ れ な い も の で あ る。 し か も, こ の 文 が あ る た め, Hu. に お け る 讐 喩(ロ)まで も, こ の 別 説 に 対 す る 説 明 と な り, Tu. の 響 喩A1'.-A3'. がA段 全 体 に 意 味 を 持 つ て い た の と は 全 く異 つ た 趣 き の もの と な つ て い る。 か つ て 宇 井 博 士 は, こ のA2. (イ)の文 に 関 し, 「論 本 の 三 性 説 を 解 釈 す る と 共 に 護 法 説 と 同 じ三 性 説 を も又 説 と し て 述 べ て 居 る 」「こ れ は 護 法 以 前 に, 摂 論 を 釈 し な が ら, 解 深 密 経, 喩 伽 論 の 説 を 容 れ た も の で, ま さ に護 法 説 の 直 接 の 一 典 拠 と な つ て 居 る もの で あ る こ と が 判 る9)。」 と 指 摘 さ れ た が, Hu. に よ る か ぎ り, こ れ は 全 く鋭 い 指 摘 と 言 わ ね ば な ら な い。 た だ し, 筆 者 の 仮 定 に よれ ば, こ こ に も 玄 突 の 加 筆 も し くは 改 変 が あ つ た と 思 わ れ る の で あ る。 し た が つ て, Asvabhava 自 身 が こ のA2. (イ)の文 に 示 さ れ る よ う な 思 想 を 有 し て い た と は 考 え られ な い。 こ こ で, 前 回 論 じ残 し た(3)の 問 題 を 補 う こ と に し よ う。 前 回 の 拙 論 で は, 宇 井 博 士 が Asvabhava (無性)に つ い て 護 法 の 先 駆 思 想 と 指 摘 さ れ た 箇 所 を 三 点 に ま と め, そ の うち の(1), (2)に つ い て, 玄 奨 加 筆 の 可 能 性 を 検 討 し た の で あ る が, (3) 三 性, 特 に 依 他 起 性 (paratantrasvabhava) の 有 を 主 張 す る とい う点 に 関 し て も,
同 種 の 推 測 が 許 さ れ よ う。 博 士 が(3)の 論 拠 と す るHu. のA2. (イ)の文 がTu. に み られ な い こ と は, 以 上 の 所 論 で 明 らか で あ る か ら, 後 は, こ のHu. の 文 に つ い て 玄 婁 加 筆 の 可 能 性 が 強 く主 張 で き れ ば よ い。 さ て, A2. (イ)の文 中 特 に 注 意 す べ き は 「一 切 法 従 因 縁 生 唯 識 為 性 」 の 一 句 で あ 8) た と え ば, MAV. K. 1-5, お よ び そ の Vasubandhu 釈 (長 尾 本. p. 19, l. 17-20), ま た, TVM. K. 20-21お よ び そ の Sthiramati 釈(Levi 本. p. 39)。 9) 前 文, 宇 井 伯 寿 著 『摂 大 乗 論 研 究 』p. 387, 後 文, 同 著 『喩 伽 論 研 究 』p. 100-1。
-441-る。 この 一 句 は, 宇 井 博 士 が指 摘 され た よ うに, 『解 深 密 経 』, 『喩 伽 師 地 論 』 と の 関 連 が 認 め られ る のみ な らず, 『成 唯 識 論 』 中 の 依他起性有実有仮。聚集 相続分位性故説為仮有, 心心所色従縁生故説 為実有10)。 とい う文 の傍 点 箇 所 との 類 似 を思 わせ る ものが あ るか らで あ る。 もし, この 一文 を踏 え て, 先 の 一 句 を加 筆 と考 え る場 合 に は, 「従 因 縁 生 」 の語 に よつ て 依 他 起 性 が有 だ とい うこ とを 玄婁 が暗 に灰 め か そ うと した と もみ な しえ よ う。た とえ そ こ ま で想 像 しな くと も, 『成唯 識 論 』 にお い て, 「従 縁 生 」 も し くは そ れ に類 す る 語 が, 玄斐 に よつ て理 解 され た よ うな依 他 起 性 の有 を根拠 づ け る重 要 な概 念 で あ つ た こ とは事 実 で あ ろ う11)。しか も, Hu. に つ い て(3)が指 摘 で き るの も, 我 々が この よ うな 『成 唯 識 論 』 の理 解 を背 景 に してHu. を読 む か らだ と思 う。 と い う の も, paratantra-svabhava が pratyaya-udbhava, pratityasamutpanna を 表 わ して い る とい うだ け の用 例 な ら, 他 の唯 識 文 献 に も見 出 し うるの で あ り, しか も我 々 は それ ら を 『成唯 識 論 』 的 に読 む 必 要 を感 じて い ない か ら で あ る12)。とす れ ば, 我 々 がHu. に(3)を認 め る の は, Asvabhava 自身 が そ う だ つ た か ら で は な く, 『成 唯 識 論 』 と 同一 の 訳 者 玄婁 に よる微 妙 な加 筆 を通 して, 我 々 自 身 も, Hu. 中に 玄奨 の理 解 を投 影 し て し ま うた め と考 え るの が 至 当 で は あ る ま い か。 筆 者 が玄 婁 加 筆 を主張 す る理 由 は そ こに しか な い。 前 回 の(1), (2)の検 討 に比 して, . 根 拠 は極 め て薄 弱 で あ る が, こ う理 解 し た 方 が, Hu. A1. 中 でTu. に は な い
「縁 起 力 」「縁起 」 の 語 が 必 要 以上 に強 調 され てい る理 由 も納 得 で き る であ ろ う。 Tu., Hu. 両 訳 の 此較 が今 回 の主 題 で は ない が, Hu. A3. に つ い て は 一 言 し な けれ ば な る まい。 この うち, A3. (イ)は, Tu. のA1."-A3". と場 所 上 対 応 す るが, 先 に指 摘 した よ うに, 後 者 が 偶 の 形 を とつ て い るの に対 し, 前 者 は羅 列 的 な文 で あ つ て, 内容 的 に も全 く異 つ てい る。 また, 「如 大 船 若 波羅 蜜 多 経 中 亦 説 」 と し 10)『 成 唯 識 論 』巻 第 八, 大 正XXXI. 47c, 新 導 本, p. 380。 11) た とえ ば, 『成 唯 識論 』巻 第 九 に, 「依 次 依 他, 立 生無 性。 此 如 幻事 託 衆 縁 生。 無 知 妄 執 自然 性 故, 仮 説 無 性, 非 性 全 無。」(大 正XXXI, 48a, 新 導 本, p. 392)。 な お 『成 唯 成 論 』 の この 一 文 を 中 心 に言 及 され た と思 わ れ る上 田 義 文 博 士 の 見 解 を 参 照 (『仏 教 思 想 史 研 究 』p. 41)。 12) "paratantra-svabhavas...pratyayodbhavah" (TVM. p. 39),
"pratityasamutpan-natvamp punar vijhanasya paripama-sabdena jnapitam/" (TVMbh. p. 16)な ど。 な お, 前 註 に 引 用 し た 『成 唯 成 論 』 の 文 に 類 似 し た も の す ら指 摘 す る こ と が 可 能 で あ る。 “na svayambhava etaya mayavat para. pratyayenotpatteh/atas ca yatha prakhyati tathotpattir nastiti ato'sya utpatti-nihsvabhavatety ucyate/(TVMbh. p. 41)"し か し, こ れ も我 々 は 『成 唯 識 論 』 的 に 読 む 必 要 を 感 じ な い で あ ろ う。
て 引 か れ る経 文A3. (ロ)は, Tu. 中に 全 くみ られ な い。 もし, A3. (イ)が玄 斐 の 加 筆 な ら, そ れ を権 威 づ け る必 要 か ら, A3. (ロ)の経 文 も補 わ れ た と考 え うるが, A3. (イ)の内 容 が 玄斐 だ け に独 自の意 味 を もつ てい た とは断 定 で き ない の で, この 箇所 に つい て玄 加 筆 の可 否 を問 うこ とは, 今 の と ころ保 留せ ざ る を え ない13)。 さ て, 両 訳 が これ ほ どま で に相 違 し てい るな ら, サ ンス ク リ ッ ト原 典 が す で に 異 つ てい た と考 え る方 が適 切 か も しれ な い が, これ は問 題 を摩 替 え る こ とで しか あ る まい。 なぜ な ら, 問 わね ば な らぬ こ とは, あ くま で も何 が Asvabhava 自身 の 原典 で あ つ た か と い うこ と で あ ろ うか ら。筆 者 がTu. に よ つ て Asvabhava の特 徴 を捉 え よ うとす るの は, そ れ が 原典 と等 価 だか ら で はな く, Hu. よ り も後 世 の附 加 が少 な い と判 断 す るか らで あ る。原 典 に二 種 あつ た と考 え る よ り, 近 似 的 で あ れ, Asvabhava の姿 に近 い原 典 を想 定 す る こ との方 が先 決 で あ る と思 う。 Tu. にか えつ て, B. 段 以下 を見 よ う。 あえ て 指摘 す る必 要 もない で あ ろ うが, Tu.は, B., C1. と もにMS. 本 文 に 即 し, 簡 潔 に して要 を えた 註 釈 で あ る。Hu. のBに は, 「謂 」 以 下, Tu. に は見 られ な い説 明 が あ る が, Tu. に よ れ ば, こ れ は な くて もさ し つか え ない 蛇 足 的 な もの で あ る。ち な み に, Tbh. を参 照す る と14) そ こに は, 本 文B., C1. に対 す る註 釈 は な く, す ぐC2. に 対 す る註 釈 へ 移 つ て い る。Tu. の 簡 略 な説 明 は これ に近 い の で あ る。 IV 以上 で, Tu. の 一 節 に つ い て, A., B., C. と もに, 論 述 の形 態 が か な り本 文 に 忠 実 な もの で あ る こ とを 指摘 しえ た と思 う。内 容 的 な検討 に深 く立 ち入 れ なか つ た の は, Tu. 全 体 を把 握 して い ない 筆 者 の 不 勉 強 に よ る。 しか し, 前 回 の所 論 と あ わせ 考 え る な らば, 従 来 Asvabhava に関 し て言 わ れ た護 法 の 先 駆 的 思 想 は Tu. 中 に指 摘 で き ない と い う こ と が, 消 極 的 な 結 論 で は あ る が, Tu. に よ る Asvabhava 註釈 の特 徴 とし て認 め られ うるで あ ろ う。還 言 す れ ば, Tu. に よ つ て想 定 され るMSU. は, 従来 考 え られ て い た よ りは, は るか に本 文 に 忠 実 な も の で あ る とい う こと で あ る。(1970. 8.)
13) A3. (ロ)の 文 がHu. に し か な い こ と は, す で に, Lamotte が 指 摘 し て い る (Sam-dhinirmocana Sutra, L'explication des mysteres, Louvain, 1935, p. 14-15)。 な お, こ の 『大 般 若 波 羅 蜜 多 経 』 の 経 文 に つ い て は, Lamotteが, 大 正No. 220を 指 摘 す る (La somme du grand vshicule d'Asahga, Louvain, 1938, p. 91)の み。 14) Tbh. P版. 171b。Dbh. 大 正XXXI, 285bc, Hbh. 同, 338bc, も 同 じ。