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政策決定論の展開と今後の課題︵二︶  ︵完︶  

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(1)

政策決定論の展開と今後の課題(二)  

政策決定論の展開と今後の課題︵二︶  ︵完︶  

− 合理主義的アプローチの分解をめぐって ー  

は じ  

第早   

第一節   

第二節  

第二章   

第一節   

第二節   

第三節  

第三茸   

第一節   

第二節   

第三節  

第四章  

お わ   め に  出 発 点   

決定論の分類   

合理モデル  

組織論的モデル   

組織論   

サイバネティクス論   

問題点の検討︵以上第三〇巻第四号︶  

過程論的モデル   

集団過程論   

晰変主義と官僚政治モデル   

問題点の検討  

合理モデル分解後の課題  

り こ  ︵以上本け︶   

谷   聖  美  

一丁一一  

(2)

(岡法32−2)330  

合理モデルに対する批判は︑組織論的モデルとは別の立場から︑そして雁史的にはより苦い時期から︑本稿で集団  

過程論と呼ぶことにした一群の群論的伝統のなかで展開されてきた︒それは︑個人や個別組織の意思決定メカニズ人  

に焦点を合わせるよりも︑甫接政府の ︵における︶政策形成メカニズムをとりあげるr弓叫で︑組織論∫り政治学として  

の性格を鮮明にもつといえる︒そして∧‖理モデル批判としては︑集団過程諭はなによりも制度論に対する批判として  

出発している︒即ち︑公共政策は︑フォーマルな制度が機械のごとく正確に作動することによって制度設計者の期待通  

りに︑いわば自動的に産出されるという考え方を非現実的とし︑むしろ政府という一つの﹁場﹂に集う諸集団の相互  

ヽヽヽヽヽ  作用ないしは圧力行使の結果として形成されると考えられる︒しかしそれだけでなく︑いささか単純化していうなら︑  

政策決定を相異なる方向︵利益︶と月虫︵力︶をもつ諸ベクトルの総計と考えることによって︑決定問題の核心に合理  

的計算をおく考え方一般に意識的にしろ無意識的にしろ挑戦しているのである︒   

このような特徴をもつ集団過程諭は︑いうまでもなく通常は単に集団理論︵雪OuptheO苛︶と呼ばれている︒しか  

し本稿では︑この理論グループが大体において政策決定の問題を︑最終的決定に至る過程の問題として扱っているが  

故に︑集団過程論という名称のほうを採用したのである︒また︑相互作用の産物としての政策決定という考え方が次    第三章 過程論的モデル  

第一節 集団過程論  

(3)

331政策決定論の展開と今後の課題(二)  

の官僚政治モデルや漸変主義に受け継がれて︑全体としての政策過程諭︑政治過程論盲構成していることも考慮にい  

れた︒とはいえ︑重要なのはもちろん用語そのものではなく︑理論上のヨ献や問題点である︒  

︵1︶   ところで︑集団過程論︵あるいは集団理論︶と一口にいっても︑それがアメリカにおける多元主義 ︵pl亡ralism︶  

と密接に結びついているだけに︑理論家の数も︑また理論の内容も相当多岐にわたる︒実際︑このグループにあって  

芸な位置含める︒.ト″︑マンは︑アメリカにおける集団理論の伝警琶期のマジソンにまで習せてい  

︵甥 る︒従って︑もしその伝統すべてにわたる著作・論文を集めるなら︑汗牛充棟もただならぬということになるのは必  

至である︒しかしながら︑何といってもそれが政治学理論として明確な形を整えるようになるのは︑二〇世紀初頭の  

A・ベントレーからであろう︒一九七〇年代に刊行された政治学ハンドブックのなかで集団理論の項を担当したJ・  

グリーンストーンは︑代表的集団理論家としてこのベントレーをはじめ︑トルーマン︑R・ダール︑G・マコーネ  

︵3︶  ル︑T・ロウィの五人をあげているが︑集団過程論の流れに梓さしながらむしろ多元主義批判に力点をおく後二者を  

除いて︑代りにⅤ・0・キーやP・ヘリングらを加えれば︑集団過程論の代表的理論家はおおむね揃ったということ  

︵4︶  になろう︒また︑本稿において決定理論としては退けられた政治体系論も︑過程論としてみればこのグループに含め  

ることができよう︒この点については後述する︒   

さて︑集団過程論の事実上の始祖としてベントレーをあげるなら︑彼の説をまずもって検討することが︑この理論  

グループの特徴を浮き立たせるうえで必ずや何かを与えてくれるに違いない︒無論︑ベントレー自身は︑彼の政治学  

上の著作をものするうえで︑意思決定あるいは政策決定という言華に何ら理論的考慮を払ってはいない︒一九〇八年  

に出版された﹃統治の過程﹄を一九六七年に再刊するに際して編集の労をとったP・オディガード ︵彼自身集団過程  

論者である︶も︑みずからが書きおろした序文のなかで︑ベントレー理論は﹁意思決定﹂︵よecisiOn−makingJ の  

︵5︶  研究でも︑社会の﹁機能論的﹂ ︵.べuロCtiOna−︼J分析でもない︑独自の幅と深きをもっているのだと指摘している︒  

二一三   

(4)

岡法(32−2)332  

﹂四   

しかし︑オディガードがわざわぎそう書かねばならなかったこと自体︑﹃統治の過程﹄を決定理論や機能分析として  

読み込むことが可能であるし︑またそう読まれてもいるということを逆説的に物語っている︒実際︑ベントレーは︑  

この浩瓶な書物のなかで︑合理モデルに対する過程論的批判を典型的な形で述べているのである︒即ら︑﹁統治に関  

するなまの史料は法令集のなかにみつかるものではない︒法令集は統治過程への参加者が準拠する手段︑あるいは表  

向き準拠すると言っている手段について述べているにすぎない︒﹂否︑人々の性格も︑思想も感情も︑更には動機と  

いわれるものも統治現象を説明するデータたりえない︒﹁なまの材料は︑国民が実際に行なっている立法−行改1司  

法活動のなかにのみ︑また人々のあいだから掃出し︑奔流となってこうした領域に流れ込む活動の川︑水流のなかに  

︵6︶  のみ見出されるのである︒﹂   

このベントレーからの短い引用にも︑やがて改拾過程論の大きなうねりへと発展してゆく﹁科学方法論的志向﹂と  

︵7︶  

﹁現実分析的志向﹂の渾然たる衷山を読みとることができよう︒しかしここではその側面に立ら入る余裕はない︒問  

題はこのようにして出発したベントレー政治学が政策決定論としていかなる先駆的意義を有しているかである︒繰り  

返し述べるが︑ベントレ1統治過程論のなかに改策決定という概念はまだ場所を与えられていない︒ではどこに着目  

すべきか︒それは統治︵gO孟rnヨent︶という概念である︒無論その意味するところは︑それが政治学的主著の表題  

に用いられているにもかかわらず︑きほどはっきりしたものではない︒ベントレーは統治なる用語の定義として四つ  

︵8︶  の異なる範囲ないしレヴュルのあることを指摘している︒   

第一に広義の統治廟念︒これは政府機関なき統治で︑諸利益集団間のいわばおのずからなる調節︵adj宏tヨent︶  

過程である︒ベントレ1によれば︑政府機関による諸利益の調整活動の基底には︑常にこの程の﹁純粋の統治﹂過程  

が存在することを認識せねばならない︒しかしこの調節過程は完全なものではなく︑それ白体一つの利益集団として  

特定化きれた活動をなすところの︑政府機関による調整活動をまって完全なものとなる︒この最後の局面が狭義の統   

(5)

33ユ 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

治である︒換言すれば︑狭義の統治とは︑基底諸集団のために特定の統治機能︵同義反復的であるところに理論の未  

熟さをみることはたやすいが︑調整による統合というほどの意味であろう︶を遂行する代表集団ないしは一まとまり  

の代表諸集団である︒ベントレーにおいては︑集団という概念と利益という概念︑および活動という概念とは等価で  

あるから︑政府機関は﹁諸活動のネットワーク﹂というふうにもおきかえられる︒政府=統治である︒そしてこれら  

広狭同義の統治概念のあいだにあって︑政治研究における実際的範疇として妥当性を与えられるのが中義の統治概念  

である︒これについてベントレーは一義的な説明を与えているわけではないが︑要するに政府を介しての︑あるいは  

政府とその他の集団とのあいだでの︑諸利益の調節過程のことだといってよいだろう︒このほかに彼は︑第四の統治  

概念として組織内においてそれと特定される分化した統治活動についても言及している︒即ち大企業のごとき組織の  

内部における下位利益集団間の調節活動である︒ただ︑この第四の概念については︑単にその存在が指摘きれるにと  

どまっている︒   

以上がベントレー分類するところの統治の四概念である︒とはいっても︑一見してわかるように︑そこに共通して  

いるのは諸々の利益であり︑その表現としての活動や集団であり︑それらの調節である︒ベントレーにおいては︑社  

会科学の素材は物化した規範ではなく︑常に現稟の行為である︒そしてその行為は﹁他者の目的意識的行為︵p仁壱茨・  

︵9︶  i扁aCtiOn︶との関係において価値づけられるところの目的意識的行為﹂︑つまり目標追求活動である︒しかも︑分析  

の単位は個人ではなく︑あくまでも集団である︒﹁﹃統治の過程﹄の焦点は集合附︵即ら集団的 − 筆者許︶目標追  

︵10︶  求活動である︒﹂そして追求される目標が利益︵inte詔St︶であるが︑ベントレーは結局これら諸々の利益の﹁調節  へし  ないしは均衡﹂︵t訂adjustmentOrbalance︶をもつて統治︵gO馬丁コment︶としているのである︒従って︑彼がどの  ヽヽヽ  ように述べようとも︑統治は調節ないしは均衡形成の過程であると同時に︑その結果︑産物でもあるということになろ  

う︒しかも彼が力点をおいているのは中義の統治概念︑即ち政府組織を介しての調節・均衡であるから︑その産物︑  

一五   

(6)

(岡法32−2)884  

一二六   

っまり結果としての統治の側面は︑制定法などを含む広義の政策と考えてよいであろう︒確かに︑ベントレー白身は  

︵12︶  自己の政治学のなかから政治組織としての国家を追放している︒従って︑彼の理論体系の文脈において︑政策を国家  ヽヽ  意思の表現と考えることには無理があるという批判が出てくるかもしれない︒しかしながら︑同家という用語が追放  

きれたからといって︑統治概念が右のようなものである以上︑彼はそのときどきに形成される政策について事実上語  

っているのだというべきであろう︵国家論的観点からすれば︑彼は多くの政治学者同様︑国家︑全体社会︑そして政  

府の三者を範疇的に区別できなかったのである︶︒実際︑ベントレー自身︑公北ハ政策の聞超は︑交錯する集団=利益  

︵13︶  間の紛争の問題であるともらしているのである︒とするなら︑彼の用いる過程としての統治右政策決定に︑結果とし  

ての統治を政策という用語におきかえることにはさして不都合はないはずである︒   

整理し与っ︒ベントレーは︑のちに合理モデルとして形を与えられることになる意思︵政策︶決定についての考え  

方を批判することから出発し︑政策決定の主体をして合理的に計算を行なう個人や組織から︑社会のなかの様々な諸  

利益=諸集団へと転換した︒そこでは︑改策決定︵統治︶ は︑諸利益の対立︵cOロf−ict︶ とその調節・均衡という形  

で︑いわば力学的に行なわれる︒このことによって︑政策決定は︑計算の間由であるよりも︑むしろ各々その目標を  

︵14︶  追求する諸集団の力︵圧力︶ の大小の問題となる︒﹁統治現象は最初から最後まで力︵fO−房︶ の現象である︒﹂従っ  

︵15︶  て﹁我々の仕事はそれぞれの組織や主張の圧力︵press弓e︶ を明確な形で測定することである︒﹂かくて選択状況の  

複雑性という問題はそもそも発生しない︒また︑目梯設定の困難性についても︑集団利益は他の集団諸利益によって  

規定されると考えられているから︑目轢︵価値︶ はいわば外から与えられることになって︑困難は一応なくなる︒し  

かもこのように考えられることによって︑組織論的モデルの場合のように環境が完全に与件化きれているわけではな  

いことに注意せねばならない︒ある特定の集団=利益とその環境との関係は相互規定的なのであり︑集団の能動性を  

保証しっつ両者を媒介する概念が圧力なのである︒   

(7)

335 政策決定論の展開と今後の課題(二)   

以上のような諸集団間の圧力活動の均衡化としての政策決定という理論モデルは︑やがて集団理論と通称される多  

︵16︶  くの理論に大きな影響を与えていった︒たとえベントレーの集団概念が︵田口富久治氏の指摘するように︶ いわば機  

能的概念であると主張されているのに対して︑一般の集団理論においては︑集団は実体化きれて考えられているとし  

てもである ︵ベントレー白身︑しばしば隼田を実体化してしまっているようにみえるが︶︒Jもちろんすべての集団理  

論がベントレーの影響下に発展したというつもりはない︒むしろ一九四〇年代まではベントレー政治過程論の意義は  

あまり理解きれないまま︑個別的に集団現象への着目がなされたといってよいだろう︒たとえば︑この時期の代表的  

集団理論家であるP・ヘリングにおいては︑ベントレーの﹃統治の過程﹄は革新主義的政治‡張の一例として簡単に  

︵17︶  ︵18︶  片づけられてしまっているし︑Ⅴ・0・キーにあってはベントレーからの引用すらなきれていない︒しかしながら︑  

こうした他の諸家の理論とともに︑ベントレー理論はD・B・トルーマンに引き継がれることによって集団押論の主  

流のなかに確固たる位置を占めるに至ったのである︒従って︑次にトルーマンの理論を政東決定論への寄与如何とい  

︵19︶  う観点から取り上げることにしよう 

トルーマンの政策決定に関する考え方は次の一文に要約されている︒﹁政府の決定︵gOくemmen邑decisiO誘︶ は  

様々な利益による ︵決定ポイントへの 一 筆者註︶効果的接近の産物︵theresultant Ofeffe象完aC指SS︶であるが︑  

︵20︶  子っした利益のなかで︑組織きれた集団の占める割合は一部にすぎないといってよいだろう︒﹂ここにベントレー流  

の︑いわば諸ベクトルの総和としての公共政策という一種力学的な考え方が反映していることは明らかである︒しか  

し︑接近という概念や組織きれた利益とそうでない利益との区別といった点に︑ベントレーとの差異︑というよりも  

政策決定理論としての進展をみてとることができよう︒   

トルーマンは︑彼が﹃統治過程論﹄を集団という鍾概念を用いて展開する理由を︑今日のアメリカ政治において圧  

力集団︑より正確には利益集団が行使する刀が非常に大きくなっているという現象面に求めている︒そして単なる記  

一l一七   

(8)

(岡法32−2)336  

一二八   

述にとどまらず︑﹁政治過程における利益集団の役割について首尾一貫した概念﹂を発展きせることこそ急務だとし  

︵21︶  ているのである︒しかしながら︑往々にして誤解きれているようにも思えるのだが︑トルーマンはこのことによって  

政治過程を︑あるいは政策決定の問題をすべて ︵特に実体的な︶集団現象として説明するわけではない︒むしろ﹁政  

︵22︶  治のデータは統治に参加するものたちの行動である﹂という基本認識に鑑みて︑集団概念が持つ戦略的重要性が強調  

︵23︶  されているのである︒従って︑ベントレーにおいては個人は集団過程の艶なる仮象でしかなかったのに対して︑ト  

ルーマンにあっては個人がすべて集団に解消きれてしまうことはない︒彼のいう集団とは ︵同様の関心・態度を媒介  

︵24︶  として生ずる︶ ﹁相互作用のパターン﹂であるが︑その﹁集団が∧実在∨している ︵訂亡r琶○ という意味は︑集団  

となっている相互作用が観察されうるということであり︑こうした用語は相互作用を記述するための方便である︒し  

︵25︶  かし ︵そのことによって︶個々人の活動もまた同時に取扱われているのだ︒﹂個人と集団のあいだには︑緊張をはら  

んだ順応関係が存在する︒個人は様々な集団年清を通じて自己を形成するいわば集団的動物であるが︑しかし単一の  

実体的集団だけで個人を包摂することば到底不可能である︒そこに脚々の集団からの個人の分離的偲向ないし集団内  

コンフリクトが生じる︒そこで個人と集団を媒介するものとしてリーダーシップおよび内部政治という概念が導入き      ︵26︶  

れるのである︒   

トルーマンによれば︑各人は同時に様々な集団に属しており︑このメンバーシップの重複性の故に︑各集団のメン  

バ1は絶えずロイヤリティや考え方の分裂につきまとわれる︒かくて﹁あらゆる組織が目標や手段を含めて政治をめ  

ぐる論争を絶えず経験している﹂のであり︑かかる内部政治︵intern巴pO−itics︶状況がリーダーシップ機維をうみ山  

︵27︶  すのである︒しかも﹁意思決定への成員の参加度は不可避的に多様﹂であるが故に︑リーダーシップ機碓は﹁活動的  

︵28︶  少数者﹂に担われることになり︑ここにリーダーとフォロワーの分化が生じる︒こうしてトルーマンにおいては合理モ  

デルの欠陥であった個人−集団パラレリズムはひとまず回避され︑集団は内的ダイナミズムを保持したまま︑こうし   

(9)

‡ユT 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

たり−ダーたちによって代表きれ媒介されることによって政策決定過程に参与していくことになるのである︒逆にい  

えば集団のリーダーたちは︑多かれ少なかれ自己が最もコミットしている集団の利益をいわば背負って政策決定過程  

に参与していくのであり︑リーダーたちはみずからの技備や知識と︑みずからが属する集団ないしは自分自身の社会  

︵29︶  的﹁地位﹂︵status︶に規定されつつ決定される改策に自分たちの利益を反映させる︒   

ところで︑トルーマンにおいては︑同じく均衡論的立場に立ちながら︑ベントレーとは異なって︑公共政策はこう  

した集団利益というベクトルの剋純和として考えられているわけではないことに注意せねばならない︒即らトルーマ  

ンにおいては︑高度に安定した相互作用パターンとしてのフォーマルな制度を有する政府の存在が︑政策決定過程に  

いて責な位置を占めるのである︒政府とは﹁その時代と地域において最も包括的な権力者す晶汚された集  

︵︶  団﹂であり︑そのようなものとして相対的な白律性をもっている︒従って︑﹁政府における決定のいくつかのキー・  

ポイントに近づかなければ︑政治的利益集団︑ないしはそのリーダ1はいかなる梅力も獲得できない︒﹂ ﹁それ故︑      ︵ 31︶  接近︵acc彷S︶は政治的利益集団にとって撃闇を有利にするための中間目棟である︒﹂こうして政府による︑あるい  

は政府を介しての政策決定は︑事実上各利益集団のリーダ1たちと広義の政府当局者︵議員や高級行政官︑大統領︑  

裁判官など︶とのあいだの複雑な交渉過程の産物ということになる︒しかも︑このような産物としての政策は︑民主  

主義やフェアプレーといった﹁ゲームのルール﹂を支える広範な﹁一般的インタレスト﹂︑いまだ集団を形成するほ  

どではないがしかも一般に共有されている態度や指向性たる﹁潜在的利益集団﹂に規定されておおむね諸々の利益を  

調整・均衡させたものとなる︒潜在的利益集団は諸々の利益を効果的に調整するフレームワークであり︑﹁ある意味  

では︑立法︑行政︑司法各部門の主要な政府リーダーは︑こうした組織されていない集団のリーダーだと考えること  

︵32︶  

もできる︒﹂かくて︑政策決定を﹁利益集団活動の産物ないしは結果として語るのが正しいのは︑メンバーシップの       ︵ 33︶  重複性の効果や︑未組織集団︑潜在的集団の効果が︵諸利益の︶均衡に含めて考えられている場合だけである︒﹂  

l二九   

(10)

(岡法32−2)338  

一三〇  

こうして︑トルーマンにおいては︑合理モデルが遭遇した状況設定の複雑きおよび目標設定の困難さという二つの間  

組は︑ベントレ1を引き継いで︑状況の諸利益への分解と︑分解された諸利益を︑根底の部分で分解きれずに共有き  

れている一般的利益の規制力を媒介として合成していくという︑二つの手続きの導入によってひとまずのりこえられ  

た︒また︑個人−集団パラレリズムがリーダーシップ概念の導入によってある程度回避されたことも既に述べた︒か  

くて︑﹁集団の要求と︑広範に抱かれている期待とを調和させようとする試みは︑表面的には合理性を欠いた政策パ  

ターンを生み出すかもしれない︒・二::しかし︑それがいかに経済学者の抽象的な公式を侵していようとも︑それらの  

︵34︶  政策はより包括的な合理性を有しているのである︒﹂ この﹁より包括的な合理性﹂が︑社会的︑政治伯な妥当性を意  

味していることはいうまでもないであろう︒結局︑ここでは合理モデルにおける合理性概念が︑政策決定過程に関与  

する人間を非主体化することなく転換されているのである︒   

トルーマンによってこのように発足せしめられた政策決定理論は︑やがて政治体系諭にも大きな移響を与えた︒そ  

のことは︑たとえばD・イーストンの次のような記述をみれば明らかである︒即ち︑イーストンいわく︑﹁政治的相互作  

用⁚⁚⁚︵は︶社会に対する諸価値の権威的配分を強く志向している⁝⁝︒したがって︑政治研究は︑この拘束的︑権  

威的配分を決定し︑実行する社会における相互作用の体系を理解しようとするものであろう︒﹂ ﹁政治体系は過重な  

︵35︶  要求の入力に対して防禦策をもつので︑この稽の圧力によって完全に崩壊した体系はあるとしても︑少ない︒﹂もっ  

とも体系論は直接的には意思決定盲分析の単位としていないことはいうまでもなく︑ここではあくまでトルーマンら  

の政治過程論の影響力の例証として言及したにとどまる︒   

しかしながら︑トルーマンの政治過程論は合理モデル批判としてはまだ完全なものではなかった︒なぜなら︑彼は  

利益集間のリーダーたちと政府当局者のあいだでの交渉過程を十分理論化することができず︑ただ結果として調整が  

なされ︑均衡が得られるとしているに止まっているからである︒とするなら︑その調整が個々のリーダ1や政府当局   

(11)

33さ 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

者の合理モデル的思考によって支配されていないという保証はない︒ここから彼︵やベントレーなど︶ の政治過程︑  

決定過程という概念をふまえて︑もう一歩踏み込んだ理論モデルが展開きれてくることになる︒それが次節で扱う二  

モデルである︒   

だが︑論をそこへと進める前に︑先述のグリーンストーンが代表的集団理論家としてあげているいま一人の研究  

者︑R・A・グールについて岩手の考察を加えておこう︒とりあげるのは大著﹃統治するのは誰か﹄である︒もとよ  

りダールを典型的な集団過程論者に含めるについては違和感がある︒上記著書のインデックスに集団という項も利益  

集団という項も︑あるいは圧力という項も見当たらないことからもわかるように︑グールにおいては集団概念は必ず  

しも戦略的地位を与えられてはいないからである︒なるほどベントレーもトルーマンもダールも皆アメリカ多元主義  

政治理論の論客であることに異議はないであろう︒しかしながら︑集団理論の広がりと多元的均衡論の広がりとが完  

全に一致すると考えるのはいささか単純にすぎる︒ここでは︑ダールを︑集団理論の流れに一応立ちつつ︑トルーマ  

ンらによって過度に強調されていた集団の理論的位居を修正し︑集団理論と漸変主義の境界的位置に立つものとして  

考えたい︒   

ダール理論の中心に位置するのは権力ないし影勢力︵iロf−亡enCe︶という概念であるが︑これと不可分の関係にある  

のが政治的資源あるいは膨蜂力資源という概念である︒資源とは︑﹁他の個人の選択を左右するために用いることの  

︵36︶  できるもの﹂ ﹁何であれ誘因︵ind亡Cement︶として用いられうるもの﹂ である︒そして政治的資瞭とは︑政府の活  

動に影響を及ぼすために用いられる資源である︒周知のごとく︑ダールによれば︑現代社会において資蛎の配分は不  

︵37︶  平等ではあるがピラミッド型に集積してはいない︒故に潜在的な影響力は比較的少数者の手に︑だが分散的に集績さ  

れている︒しかも資源はそれが現実に政治的白的に行使されてはじめて現実の政治的彫饗力に転化するものである以  

上︑影響力の程度は重要な公的決定への参加行動を検証することによって汎定される︒こうして彼は︑ニューヘヴン  

一三一   

(12)

(岡法32−2)310  

J︑.︑⁚⁚   

における三つの重要な争点領域への参加行動を調べる︒その結果︑﹁公共政策の数ある中心部門の各々において︑実  

際の選択に大きな直接的影饗力を有しているのは少数の人々 ︵リーダーたち−−−筆者註︶ である﹂ということが判明  ヽヽヽ  した︒しかし他方で︑﹁有権者が選挙という手段によってリーダーの決定に間接的︵indirea︶影響力を有している  

︵38︶  程度を過少評価するのも誤りだろう︒﹂   

公共政策はそれぞれの分野ごとにおおむね異なった顔ぶれからなるリーダーたちのあいだで実質的に発案され︑形  

づくられる︒しかし︑リーダーたちの影響力は︑他面では選挙というメカニズムを介してフォロワーの側から制約を  

うける︒リーダーたちは大衆の支持をほりおこし︑その ︵少なくとも暗黙の︶合意をとりつけねばならないのであ  

る︒ここにフォロワーは二種類に分かれる︒一つは﹁組織され︑しばしば制度的になっている利益集団からなるも  

︵39︶  の﹂で︑彼らはリーダーたちのなかにみずからのスポークスマンを見出す一方で︑非常に不満な選択に対しては拒否  

権を有するという形でかなりの彫響力を有している︒いま一つのフォロワーは有権者一般で︑リーダーはいかに日立  

して振舞おうとしても︑あるいはいかに特定集団にコミットしようとしても︑﹁民主主義という教義に対する広範な  

︵40︶  信仰の故に﹂選挙における支持を当てにせぎるを得ない以上︑﹁将に選挙民の現実の︑あるいは想像上の選好に留意﹂  

せざるを得ないからである︒ここで︑民主主義という休制的規範あるいは有権者一般とは︑トルーマンのいう潜在的  

利益集団に相当し︑かかるものとして政策決定正限界と均衡とを与える︒そこにはまた︑C・1・フリードリヒのい  

︵41︶  わゆる﹁予期された反応﹂︵anticipated rea象On︶ 概念が援用されていることも明らかである︒それはともかくとし  

︵42︶  て︑集団を中心にして語るなら︑グリーンストーンも指摘するように︑実体的な利益集団の役割は︑民主主義的規範  

という潜在的利益集団の制肘を受けるl方︑トルーマンの場合とは比較にならないほど少数者のリーダーシップによ  

って制約されているのである︒しかし︑ダールが﹁職業政治家も含めたすべての参加者の影響力に対しては︑︵政  

︵43︶  治︶ システムは内部に組み込まれて日動的に作動する限界をもっている﹂と断定するとき︑そこにトルーマンらの均   

(13)

3書1改策決定論の展開と今後の課題(二)  

衡概念にもとずく力学的政策決定モデルが受け継がれているのをみてとることができる︒即ち︑リーダーたちのあい  

だでの交渉と相互調節を基調としつつも︑リーダー︑利益柴田︑有権者という三者間における影響力の相互制約メカ  

ニズムによって︑公共政策は大体において諸力の均衡の表現として﹁決定﹂されるのである︒しかも︑﹁︵政策決定過  ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ  程から引き出される︶報酬を個人や集団に分配するにあたっては︑細かな点は別として ︵傍点筆者︶︑既存の社会経  

︵44︶  済構造を所与のものとして受けとらねばならない﹂という原則が﹁自明の理﹂として確立していると断言きれると  

き︑そこに政策決定における状況の主観的単純化というサイモンらのものと事実上同じ仮説のほかに︑現状の小幅変  

更としての政策決定という仮説が︑均衡の動的︑過程的側面の精密化として付加されているのをみてとることができ  

︵45︶  る︒おそらくこれは五〇年代始めにおけるC・E・リンドプロムとの共同研究の轟響であろう︒ダールをして集団過  

程論と噺変主義の橋渡しとした理由はここにあったのである︒  

︵1︶ アメリカ改治学における多元主義論は︑夙に知られるようにイギリスで発展した多元論の影響を受けている︒しかしなが   

ら︑H⁚フスキや初期マッキープ7−ら英国的な多元的国家論の主要論点は国家の木質をめぐるものであり︑政策決定メカニ   

ズムの解明にあるのではない︒このことは︑たとえばマッキープ7−の次の害をみればわかる︒R.M.Mac︻諾r.T訂MOd・   

ernState.−岩のこepr山已ed−票?また︑アメリカで発展することになった多元主義は諸圧力の均衝という想定を内包している   

が︑少なくともラスキたちイギリスの多元主義者たらにそのような発想が強くみられるとは思われない︒アメリカのpどra−ism   に多元的均衝という訳を充てる研究者の存すろ所以である︒西尾勝︑﹁福祉国家と管理国家﹂ ﹃総合研究アメリカ﹄第三巻︑  

一九七六年︑所収︒しかし本稿では一応従来通り多元主義という訳にしておく︒  

︵2︶ D.B.Tr亡man︐の○克rヨmen︷a︻PrOCeSS︑−票−.p.A  

︵3︶ J.Daくid GreenstOne︑占rきp TheOries︐︼ in Fred ︻.G︻eenStein and Ze−sOn W︐PO−sby︐eds.︐ロamdけ果Yk Of   

PO≡ic巴Sc訂宍e㌧百−.N.MicrOHち≡ica−TFeOry︑−当Ⅵ.  ︵4︶ グールは︑のちにアメリカ多元主義に対する一定の批判を加えるに至るなど︑典型的な集団過程論者と言い切るには問題  

ニ三   

(14)

(岡法32−2)さ42  

︵9︶ lbidlY p.−3.  

︵10︶ J.D.GreenstOne︼Op.Cit.−p.N∽チ  

︵11︶ A.F.宙entley︑Op.cit.︑p.N宏.  

︵12︶ −bid..p.Nの∽  

︵13︶ ︼bid.−p.N定  

︵14︶ ︼bid.−p.N∽加  

︵15︶ −bid.−p.畠中  

︵16︶ 仕l口富久治﹃社会集団の政治機能﹄  

︵26︶ ベントレーもリーダーシップ概念について言及しているが︑ただそれはリーダーシップも集団的現象であると述べている   

以上のものではない︒A.F.Be已−ey.〇p一Cit..pp.NN揖−建.  

︵27︶ D.甲T︻uヨan﹀Op.Cit.︑CFs.の.↓.    文がすぐれている︒中野東﹁D・B・トルーマン﹂  ︵20︶ D.P T︻仁man−Op−Cit.︐p.誓↓.  ︵21︶ lbid.−pp.≦−昌  ︵22︶ Ibid▲I pp一×−邑  ︵23︶ Cf一A.勺.Be已−ey−Op.Cit−.pp∴挙Tホ  ︵24︶ D.B.Tr仁man︐Op.Citこp.Nナ  ︵25︶ −bid..p.山戸   ︵17︶ Pend訂tOn賃e︻︻ing−GrOup Rep︻eSentatiOn befOre COng︻eSS−−gN誓︻eplinted−望苛.p・N貨・  ︵18︶ く.〇.Key−1︻こPO−itics−Pa︻ties.and P︻eSSu︻e G︻OupS−ピd ed.−−誤の.  ︵19︶ トルーマン政治理論の全体像︑およぴそれがアメリカ政治学の伝統のなかで占める位置︑間組点などについては︑次の論   ︵5︶ Pete︻芦Odega︻dこntrOd宍tiOn tO Bent−eてs The  ︵6︶ A︻thu︻F.Beロt訂y.The P︻OCeSS Ofの○くern⁝ent︐  ︵7︶ 辻中豊﹁ベントリ1政治過程論の成立・挫折・転回﹂  ︵8︶ A.F.Bentley−Op.Cit.︑pp.N昌1のN﹀N芸−竃.   l三四   

がある︒木節では比較的初期のダールをとりあげる︒なお︑ダール理論全般については次を参照︒加藤健一郎﹁R・A・ダー  

ル﹂白鳥令編﹃現代政治学の理論﹄ ︵上︶一九八一年所収︒  

一九六九年︑四二貢−四七頁︒  

白鳥令編﹃現代政治学の理論﹄ ︵下︶︑一九ハニ年︑所収︒   PrOCeSS Of GO孟rロment︑−讐ヨp.XX≦●  ︼︷岩00.reprinted−宗↓.pp.−ゴT⊥岩.  

︵一︶︑﹃阪大法学﹄第一一〇号︑一九七九年︑七七頁︒  

(15)

343 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

集団過程論は︑それが意思決定あるいは政策決定を最優先の分析単位としたわけではなかったが故に︑決定理論と  

一三五    ︵28︶ Ibid.︑pp﹂ぴ¢1∽P  ︵29︶ ︼bib.︑pp.N票−雷and passim.  ︵30︶ Ibid.−p一︼○∽.  ︵31︶ Ibid●−p.N芝.  ︵32︶ −bid.−pp.会ゎ−畠.  ︵33︶ Ibidてp.∽︼チ  ︵34︶ Ibid.−p.び器.  ︵35︶ Da5.d謬stOn−AFraヨWOrk訂r PO≡ica−Ana−ysisこ芸∽︑岡村忠夫訳﹃政治分析の基礎﹄︑昭和四三年︑六七頁︑一   

三九貢︒  

︵36︶ RObe︻t A.ロah−.WhOgOくernSヂ一芸−−P.NNの.  

︵37︶ 影響力概念については次を参周︒カOber︵A.Da芦M乱ern PO−i︵ical Ana−ysis−冒d ed.︑−宗g︑pp∴㌫−−甲  

︵38︶ R.A●Dah−﹀WbOの0くernSヂp.−ロ︼.  

︵39︶ Ibid.−p.−当.see a−sO p.遥.  

︵40︶ ︻bid.1p.−筐.  

︵41︶ CaユFriedrich.Man and琵sの0くernヨent︑︼芸u.ch.ご.  

︵42︶ 1.ロ.GreenstOne.〇p.Cit.︑pp.璧ぢー∴岩一  

︵43︶ R一A.ロah︼−WhOの○くernSプp.岩甲  

︵44︶ −bid.一p.芝.  

︵45︶ RO訂rt A.Da己and C.E.Lindb−○ヨ.PO≡ics.EcOnOヨics a︻乙We−fare一−講u.  

第二節 漸変主義と官僚政治モデル  

(16)

(岡法32−2)344  

一二六   

しては決して洗練きれたものではなかった︒それは決定理論として読み込まれねばならなかった︒例えばトルーマン  

においては︑集団の利益が調節きれ︑均衡していく過程のなかで︑佃人がいかなる役割を果たすのかが少しも明らか  

ではない︒ダールにおいても︑リーダーたらがみずからの意思決定を行なう際にどのような戦略に訴えるのかは決し  

て体系的に述べられていない︒しかし︑他方で集団過程論は︑政策決定における調整︵調節︶ や交渉などの重要な概  

念を提起した︒   

このような集団過程論の成果をふまえ︑その欠陥を是正する形で政策決定あるいは意思決定を直接の理論的課題と  

して登場するのが漸変主義︵increment巴ism︶ モデルである︒そしてこの集団過程論との関係を通じて︑晰変主義は  

アメリカ多元主義そのものの政策決定即諭としての地位を獲得し︑単に理論的正統性のみならず︑イデオロギー的正  

統性をも確立するに至ったのである︒そのことによって漸変主義は︑一時政治学や行政学の決定理論に甚大な影響を  

与え︑やがて官僚政治モデルとでも呼びうる改府内改策決定過程の実証的研究群をもうみだした︒しかし︑漸変主義  

理論は当初はほとんど全くC・E・リンドプロム一人によって展開きれたのである︒従ってリンドプロムによる政策  

︵1︶  決定論の紹介をもって漸変主義一般の紹介にかえることにきしたる不都合はないであろう︒   

リンドプロムの政策決定論は︑いくつかの下位理論の組み合わせからなりたっているにもかかわらず︑通常一括し  

て単に漸変主義論と呼ばれてきたが︑それでは理論モデルの全体的関係がやや曖昧になる︒この点については壊近に  

なってリンドプロム自身が認めており︑その政策決定論全体をきす名称としては︑分節的漸変主義︵disjOinted incre・  

︵2︶  men邑ism︶ という従来もときおり見え隠れしていた用語を用いるようになっている︒そして︑理論の全体は︑政  

策決定論における二つの重要な問題に対応して︑︵a︶単純な漸変主義と︑︵b︶相互調節の二つの下位理論にわけ  

られている︒政策決定論における二大問題とは︑︵が︶決定状況の複雑性と人間の計算・思考能力とのあいだの著し  

いギャップと︑︵レ︶政策決定過程への参与者は多数にのばるので︑政策がうみ出されるには彼らのあいだに何らか   

(17)

315 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

の調整︵あるいは統合といってもよいであろう︶が必要だという︑政策決定におけるいわば社会的側面の問題とであ  

る︒まずalがの線から説明しよう︒   

︵a︶単純な漸変主義︒リンドプロムも︑複雑性の問題について︑サイモンらとほぼ同様の批判を行っている︒即  

ち︑決定には選択という局面が含まれるが︑人間には能力や情報上の限界があるために︑問題解決に向けて考えられ  

うるすべての代替的方策を列挙し尽すこともできないし︑各々の方策から生じうるすべての結果を予測・確認するこ  

とも不可経である︒また︑たとえこのいわば完全知の状態にかなり接近することが理論上は可能であるとしても︑そ  

れを実行するためには膨大なコストを支払わなければならず︑また暗闇もかかるが故に︑事実上不可能である︒さら  

に︑合理モデルでは客観的事実と主観的価値とを峻別できるとの前捏にたって︑決定の問題を客観世界についての計  

算拘判断に解消してしまっているが︑現実には価値と事実とは相‡順応的である︒つまり︑人間や集団は︑決定に際  

して何らかの先験的価値を認めて︑そこから論理演綜的に関連のある事実を追求していくのではなく︑逆に事実や利  

用可能な手段についての認識のなかから次第に目模や価値を形成してゆくのであって︑故に事実と価値を哉然と区別  

することはできない︒そもそも問題白体をどう特定するのかき・竺義的には語れない︒合理モデルに立つ者たちは︑  

決定を下すべき問題は所与であるとして︑そのあとの計算について語るだけだが︑実は問題をどう特定化するかこそ  

決定プロセスの第一段階なのであり︑それは合理的計算からはとうてい導かれないものである︒こうして合理モデル  

は︑どんな最新型の電子計算機を用いてもなお追いつかない大きな困難にとりまかれているということになる︒   

従って︑大部分の場合︑決定者はこのような諸因難に適応するのが望ましいし︑またどのみちそうせざるを待な  

い︒しかも︑ただやみくもに適応するのではなく︑困難性の性質に適った︑体系的な方法で適応すべきであるし︑ま  

たたいていの人は︑意識的にしろ無意識的にしろ︑実際にそうしているのである︒では︑その体系的な方法とは何  

か︒漸変主義戦略がそれである︒それは︑①単純化︑①小さな変化︑④問題の要素化と問題解決の一種の分業︑ゆ連  

一三七   

(18)

(同法32【2)346  

一三八   

続的決定の4つの要素からなりたっている︒   

㊥単純化︒まず知的能力の限界への適応として︑決定に先立つ分析の対象を︑少数の比較的よく似た撰択肢のみに  

限定する︒そして︑多くの客観的には存在するかもしれない選択肢はほじめから考慮の外におかれ︑状況は主観的に  

単純なものとされる︒このような変数の積極的制限は︑単に事実の世界にのみ通用されるのではない︒それは事実と  

密接に結びついた価値前捏の単純化︑制限をも含む︒こうして価値は少数の変数と結びつけられて具休化きれ︑決定  

者ほ抽象的な価値へのコミットメントからも解放される︒   

㊥小さな変化︒しかし︑状況の単なる主観的単純化だけではなお不十分である︒なぜなら︑結果に対する予測可能  

性を非常に大きなものにしないと︑当然危騰が伴うし︑不確実性への不安による過剰な分析・探索活動へと向かう心理  

的圧力を解消できない︒かくて︑現在までの明白・確実な紆果のみに準拠しっつ︑微少な︑一段階先に予想きれる結  

論にもとづいて判断を行うことになる︒一段階先のことならば︑相対的に予測可稚性が高い︒しかも︑単純化戦時は  

ここにも作用し︑たとえ一段階先の予測に関することであっても︑よく理解できない︑あるいは判断のつきにくい変  

数はすべて排除される︒いずれにせよ︑現状の大幅かつ根底的な変更を一挙に行なおうという合理モデル的愚考に往  

々にしてともないがちな態度は絶対避くべきであり︑現状の小さな変更のみを試みるべきである︒漸変主義の名前は  

ここに由来する︒   

④問題の要素化と分業の導入︒どのようにして問題を特定しようとも︑それは多かれ少なかれ諸要素の複雑な連関  

から成り立っている︒従って問題をまるごと解決しようとしないで︑要素ごとに分解して各々の要素を個別的に取り  

扱わぎるを得ない︒しかも単純化戦略によってかなりの要素が意識的に切り捨てられる︒だがそれでは︑要素化と単  

純化の組み合わせによって無視きれた変数がもたらしかねない結果についてはどうなるのか︒これについてリンドプ  

ロムは二つの場合にわけて答える︒第一に︑限定された分析の故に予見できなかった有害な帰結や欠陥については︑   

(19)

84了 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

それが現実化した時点で対処すればよい︒第二に︑少なくとも大雑把には予見きれていたにもかかわらず無視きれた  

有害な面については︑余裕ができてから別の新しい問題としてまたあとで対処すればよい︒しかも多元的社会におい  

ては人々の関心や利害は多様で︑分析・決定を行なっている人や組織も無数にあるから︑一地点で無視されたものも  

別の決定者によってカバーされる公算が大きい︒つまり︑決定とそのための分析とは︑社会的に分業きれている︒   

④連続的決定︒決定は︑空間的に社会の様々な地点に分散きれて行なわれるだけではなく︑時間的に分散きれてい  

る︒つまり︑決定は一回限りのものではなく︑少数かつ小きな変数のみの追求という行為を︑改善的︵reヨediaこ  

志向をもちつつ連続して行なうことにより︑小きな変化の堆積は結果的に大きな効果をも仁らしうる︒環境は与件で  

はなく︑人間が変更しうるものである︒   

以上が単純な漸変主義の概略である︒それは原則的に偶人の意思決定を導く戦略である︒しかしながら︑政府によ  

る︑あるいは政府を通じての政策決定は︑政府が単一の独裁者によって完全に支配されていると嶺定することでもし  

ないかぎり︑隼田過程諭的発想の一部なりとも取り入れざるを得ない︒そこに登場する概念が相互調節︵mutual ad・  

justment︶ である︒   

︵b︶相互調節︒政策決定過程は︑それがどういうものであれ︑複数の行為者間の相互作用を内容とする社会的な  

過程である︒従って︑何らかの政策が決定きれうるには︑この過程に参与する看たらの目的や判断等を調節し統合す  

る必要がある︒これがリンドウプロムの基本的な考え方である︒なお︑彼は元来調整︵c00rdinatiOn︶という語を用  

いていたが︑のちになると調節 ︵adjustment︶という用語を使うようになった︒しかし両語は同じ意味を表わして  

おり︑本稿でも区別しては使わない︒それはともかく︑リンドプロムによれば政策決定に対して一般大衆はあまり影  

響力をもたず︑決定過程に実質的に参与する者たちの数は限られている︒この政治参加階梯の上位に位置する人々を︑  

彼は実質的政策決定者︵prO已ma︷ep01icymakers︶とよんでいるが︑それは政府公職者︑利益集団の代表︑政党幹  

一三九   

(20)

(開法32−2)318  

一四〇   

部︑有力ジャーナリストなどからなる︒それは明らかに集団過程論におけるリーダ1に相当する人々であり︑改策決  

定過程とはリーダーたちのあいだの交渉過程と実質的には等価である︒   

さて︑リンドプロムによれば︑実質的政策決定者たちのあいだの調整は︑フォーマルな制度を通じてもある程度な  

されうるし︑現になされてもいるが︑それだけではきわめて不十分であり︑また望ましくもない︒つまり︑何らかの  

インフォーマルな調整メカニズムが重要になってくるのであって︑それが相互調節だというわけである︒相互調節と  

●●●●  は︑政策決定過程の中で︑様々な参与者が相互に影響を与え合い︑意識的に相手をコントロールし︑また相手が試み  

るコントロールを部分的に受け容れることの積み重ねを通じて政策内容が形成されてゆくメカニズムのことである︒  

これは①互酬制と︑㊥自己中心的分析︑という二つの中心的要素またはテクニックからなる︒   

①耳酬制︵諒Cipr只ity︶︒これは要するに何らかの形でのギブ・アンド⁚アイクであるが︑決して不等価交換を排  

除するものではない︒また︑愚恵を与えたことによる見返りが︑その時点で返ってくるものよりも︑むしろ将来に対  

する期待に属するものであるという点にも特徴がある︒即ち︑政策決定過程に参与する者たちは︑互いに権威ないし  

権限上の厳格な上下関係にあることは少ないので︑お互いに他者をしてみずからの政策案に近づける必要にせまられ  

る︒しかし︑権威ないしは韻制的手段に訴えることはできないから︑相手に対して将来の利益を明示的に約束するか  

あるいは少なくとも暗黙真にその期待をいだかせることによって︑かわりに彼からも利益︵自説への賛同︶を引き出  

そうとする︒その際肝要なのは︑双方の期待に余り大きな懸隔があっては交渉は決裂せざるを得ないから︑客観的に  

はともかく︑主観的な平等性︵subjecti言equ巴ity︶が確保されなければならないということである︒それは結局他  

者に対するコントロール技術の一つであるが︑政策決定過程が多数の人々の参与を通じて進行するものである以上︑  

耳酬制にもとずく相互コントロールを通じての統合は不可避となるのである︒   

㊥白己中心的分析︵paasanana−ysis︶︒前項でも明らかにしたように︑リンドプロムは政策決定過程皇父渉−取   

(21)

3伯 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

引過程として捉えている︒そして交渉には必ず説得が伴う︒互酬制はその説得に関する一つの重要な戦略であった︒  

しかし︑説得にはいま一つの重要な要素がある︒即ち︑説得には何らかの分析上の根拠にもとづく自説の弁証が伴  

う︒しかしながら︑単純な漸変主義のところで説明したように︑分析が完全に﹁正しく﹂行なわれることはないし︑  

またそのような試みをなすべきでもない︒そこから︑分析はあくまで︑意思決定者ないし分析者の個人的立場からす  

る不完全なものとならざるを得ない︒つまり︑分析は常に多かれ少なかれ片寄ったものであり︑︵分析者からみて︶  

自己中心的なものである︒専門家が行なう﹁科学的﹂分析も︑いかに当人に党派性を避けようという配慮が働いてい  

ても︑知の本質的被制約性からしてやはり自己中心的分析たるの運命を免れることはできない︒   

かくて︑どのような意思決定者も︑意図するとせざるとにかかわらず︑このように不完全な︑白己中心的弁証によ  

って相手を動かそうとすることになる︒結局ここでも説得はコントロールの一手法なのであり︑政策決定過程への参  

与者たちは︑自己中心的分析をお互いになしあって相手を自陣常に引き寄せ︑同時に自分を相手の方に近づけること  

を通じて︑次第に合意をうみ出していくのである︒もちろん︑自己中心的分析は︑往々にして自分︵たち︶ の望んで  

いる政策が︑被説得者の基本的性向や価値上の信念と合致している︑あるいはそれらを促進すると思わせるように窟  

岡的に仕組まれたものであることも事実である︒これはいうまでもなく操作︵maロip邑atiOn︶ であるが︑説得を操作  

とよぶか否かは︑実際には程度の問題であって︑本質に変わりがあるわけではない︒   

では何故自己中心的分析がコントロール手法として有効であるのか︒それは︑知的能力の限界については誰もが気  

づいているが故に新しい情報には敏感たらぎるを得ないからである︒   

ところで︑注意をせねばならないのは︑相互調節の目的はお互いの究極目標を一致させようという点にあるのでは  

●●  

ない︑ということである︒どのような思惑からにせよ︑ただ眼前の具体的かつ単一の政策案件についてのみ合意を調  

達することが目的なのであって︑それ以上のことは追求する必要はないし︑またすべきでもない︒きもないと合意の  

一四一   

(22)

(岡法32−2)3SO  

一四二   

達成は困難になってしまう︒   

このようにして︑相互調節メカニズムのために︑どの政策も﹁正しい﹂政策についての最終的な決定に達しょうな  

どという﹁非現実的﹂な試みのなかで分析・検討きれる必要性とは全く無縁になる︒政策案は︑それ自体が目的であ  

るというよりも︑単に説得の手段としてのみ分析されればよくなる︒また︑お互いのR槙や価値自体には触れないこ  

とによって︑現実世界におけるその不一致の実情とも衝突しなくて済む︒そのため︑目標設定についての社会的合志  

の必要性は小きくなり︑政策決定はそれだけ容易になるわけである︒   

鮎局︑社会過程としての政策決定は︑それぞれにバイアスをもった分析者や意思決定者たらのあいだでの︑互酬制  

ルールの大まかな範組内における︑自己中心的相互調節の堆培以外のなにものでもない︒従って︑政策は︑単一の意  

思決定の産物ではなく︑数多くの意思決定の相互彫埜過程のなかから壁じる﹁副産物﹂ ︵by・pr乱uct︶である︒こ  

こに仲人の意思決定と︑政府による︑あるいは政府を通じての政策決定とは︑レベルが違うことがはっきりとした︒  

それは集団過程論がリーダーシップ概念を導入して個人1集団パラレリズムの打破にある程度成功したときに原理的  

には提起されていたはずの関越であったが︑しかし︑レベルの違いを理論的に明らかにする作業はリンドプロムをま  

たねばならなかったのである︒とはいっても︑両レベルは全くかかわりあいのないものではない︒それどころか︑既  

に明らかなように︑相互調節という概念は︑社会的な目横設定︵価値追求︶をめぐる困難を解決することに力点をおき  

つつ︑単純な漸変主義による意思決定を前提とするものであるし︑逆に相互調節によらない政醸決定においては︑単  

純な漸変主義は事実上熱意味になる︒かくてリンドプロムの政策決定論においては︑単純な漸変主義と相互調節とは  

表裏一体のものとして捏起きれ︑その全体を包括する名称として分節的漸変主義なる用語が充てられるのである︒ち  

なみに︑分節的︵disjOinted︶という形容は︑決定永イントが単一化きれておらず︑時間的にも空間的にも分散して  

いる状況をきす︒   

(23)

351政策決定論の展開と今後の課題(二)   

リンドプロムによる分節的漸変主義の提起は︑政策決定についての合理モデルのほぼ完全な分解を意味した︒合理  

モデルは︑たとえばゲーム理論のように決定前捏を悪意的に単純化することによって︑思考訓練としてはともかく︑  

現実の実証的分析に対する有効性としては限界をもっていた︒これに対して︑集団過程諭から噺変主義へと至る流れ  

は︑規範論的慣向とともに︑当初から実証性への強い指向を有しており︑政治過密分析に新しい視角を捏供したので  

ある︒集団過程論は︑利益集団やあるいはダールたちにみられるような地域権力構造についての実証研究を盛んにし  

︵3︶  たが︑漸変主義論も︑よく知られているA・ウィルダフスキ1の予算編成過程についての実証分析などをうみ出し  

た︒しかし︑ウィルダフスキーのように自己を漸変主義の徒であると宣言しないまでも︑そこから大きな影響を受け  

つつ︑多少ニュアンスを異にする新たな理論モデルも提起きれてきている︒G・アリソンの政府内︵官僚政治︶ モデ  

ルがその最も洗練きれた姿である︒   

官僚政治モデルは︑現代冊界における行政国家化の趨勢のなかで︑政策決定における行政官僚制の円部過程の比重  

がきわめて大きくなっているとの基本認識にもとづいて展開きれる︒しかも︑その際︑行政官僚制はM・ウェーバー  

におけるごとき精緻な上意下達のピラミッド状機構であるとのイメージが否定きれ︑かわりに重層的にも水平的にも  

相対的な独自性を有する様々な行為者問の相互交渉連鎖系というイメージが提起される︒そして︑このような行為連  

鎖系の実際の行動のなかからいかにして政策が形成きれていくかを分析するうえでの理論モデルとして︑他の多元‡  

義的過程諭と並んで︑漸変主義が重要な武器として援用されるのである︒以下︑アリソンに即しながら︑ごく簡単に  

官僚政治モデルのアウトラインを述べてわこう︒   

アリソンの官僚政治モデルの基本的前提は次の点にある︒﹁組織の上の座を占める﹃指導者﹄は二冗的なグループ  

ではない︒このグループの個々人は︑自ら中枢の競争的ゲームのプレーヤーなのである︒:⁚1かくして政府の行動  

は︑⁝:・これらのかけひきゲームの結果として理解することができる︒﹂このゲームに加わるほどの地位を有する者  

一四三   

(24)

(同法32叫2)352  

一四四   

は︑各々何らかの行動の自由を有しており︑問題をいかに解決するかについて独自の利害と意見を有して互いに対立  

し合う︒かくて︑政策決定過程は︑多数のリーダーたちのあいだの相互交渉過程となる︒﹁この過程で︑ある行為路  

線にコミットしているグループが︑他の選択肢を支持するグループに勝つこともある︒しかし︑各グループが異なっ  

た方向に動いて作用し合い︑そこから各個人またはグループが意図していたものとは異なった結果︑あるいは派生結果   

︵resultant︶ と呼ぶべきもの〜きまぎまな個人の相対立する選好と不平等な力の混合物1が生み出されることも  

同じく多い︒﹂しかも︑政策問題の範囲は非常に広範にわたり︑かつ長期にわたって散発的に継続するので︑個々の  

決定は多元的に分散されていわば断片的に行なわれる︒従って︑﹁政府の﹃決定﹄と﹃行為﹄はコラージュ ︵断片的  

︵4︶  な組合わせ︶ となってしまう︒﹂   

以上︑アリソンのモデルが漸変主義の諸特徴と多くの点で相似することが明らかになった︒官僚制内部における政  

策決定をこのように全面的に過程論的方法で説明しようとする試みはもちろんアリソン固有のものともいえるが︑し  

かし条件つきでこのような見方を定式化している研究者はほかにも見受けられる︒たとえば︑F・ロークは︑官僚制  

的政策決定過程の基本を終身公務員と政治的管理者とのあいだなどにおける相互調節に求めつつ︑階統制による権限  

のフォーマルな上方集中が︑﹁多かれ少なかれ相互適応の自己制御装常によって互いに組み合わせることのできない  

諸清動をも︑意図的に調整すること﹂を可能にしているし︑また下位者間における意見の対立がデッドロックにのり  

あげた場合でも︑これを打開するみちを提供していると述べている︒つまり︑﹁階統制の成長は︑こうして︑政策決  

︵5︶  定に達するために果てしない取引過程に依拠しなければならない必要性を減らすのである︒﹂ ロークの措くモデル  

は︑いわば条件付官僚政治モデルとでもいうことができよう︒   

しかしながら︑アリソンのモデルも完全に噺変主義を踏襲するものでないことはいうまでもない︒アリソン白  

身︑みずからのモデルとリンドプロムの噺変主義との﹁決定的な相違点﹂として次の二点をあげている︒一つは︑リ   

(25)

353 政策決定論の展開と今後の課題(二)  

ンドプロムの分析対象は政策が作成される実際の過程であるのに対して︑アリソンのモデルの焦点は政策結果の説明  

にあるということ︑もう一つは︑リンドプロムの漸変主義は政策決定において従うべき規範としても担起されている  

︵6︶  のに対して︑アリソンモデルは価値中立的だという点である︒だが︑私見ではこの二点は必ずしも重要な相違点とは  

いえない︒なぜなら︑アリソンのあげる第一点は決定過程モデルそのものの本質に関するものとはいえないし︑第二  

点についても︑リンドプロムは規範性を前面に出しているというより︑客観モデルとしての妥当性を主張しているか  

らである︵本節でも噺変主義の規範的側面についてはこれを捨象している︶︒より重要なのは︑官僚政治モデルでは政  

策決定過程への参与者間に力の不平等があることが明示きれているのに対して︑リンドプロムにおいてはその点が曖  

︵7︶  昧だという点である︒この影響力配分の不平等性に対する認知は︑官僚政治モデルが集団過程論からそのまま引き継  

いだものであり︑噺変主義の多元主義的文脈における暗黙の前捏を明るみに出す役割を果たしているともいえよう︒  

とまれ︑官僚政治モデルについてはこのくらいにして︑過程諭的モデル全体の問題点を検討する作業にはいることに  

する︒  

︵1︶ このように述べることほ︑漸変主義の諸々の着想がリンドプロムただ一人によって開発されたということを意味するもの   でほない︒リンドプロム白身︑K・ポッパ1や1∴アユーイたちからヒントを待たと述べている︒従って愚想上の噺変主義者   

ということになると︑その数は多くなる︒A・エチオーニによると︑こうした漸変主義者のなかで代表的な人物は︑G⁚ミュ   

ルダール︑1・デューイ︑D・ヒユーム︑R・スナイダー︑M・メイヤーソン︑E・C・パンフイールド︑Ⅹ・ポッパー︑   

A・0・ハーシュマン︑そしてリンドプロムなどである︒Amitai Et已Oni︐The Acti完 SOCiety⁚A ↓heOry Of SOCieta−   

and勺○−itica−PrOCeSS︑−買∞.p.付設.のちにとりあげるA・ウィルダフスキーもこの仲間に入れてよいだろう︒   

なお︑リンドプロムによる政治学的研究の全貌については︑拙稿﹁C・E・リンドプロム﹂白鳥令縮︑前掲書上巻所収︑を   

参照のこと︒  

︵2︶ Chaユes戸Lindb−0ヨ︑︻Sti−−Mudd−i易−ヨOt Yet ThrO亡gF−苫b−ic Adヨinistati旨Reまeきく01.省.NPの.−当P  

一四五   

参照

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