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合理的期待 と真 の不確実性

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(1)

岡 山大学経 済学 会雑誌

3 0( 3 ), 1 9 9 9,3 6 5 ‑3 8 5

合理的期待 と真 の不確実性

‑ 「不確実性論」周辺整理 ノー ト(2)‑

西 垣 鳴 人

目 次

1.は じめ に

2.不確実性」 の定義 ,再論 3.Hicksの認識法

4.Lucas‑の継東

5.補論,Fellnerの指摘 と不確実性 6.おわ りに

1

.は じ め に

合理的期待仮説は暗黙の うちに 「真の不確実性」 を前提 としている,別な 言方をすれば,真の不確実性 の認識 な くして本当に合理的期待仮説を理解 し た ことにはならない,これが本稿における中心的主張である。

この決 して一般的ではない主張は前稿 『「不確実性論」周辺整理 ノー ト

(

1

)

』 においてなされた。前 「研究 ノー t」 では ,合理 的期待仮説 の他 に ア ノマ

リー経済学 ,複雑系経済学そ してポス トケイ ンズ派経済学を取上げ,これ ら 何れの体系においても 「不確実性」 (計算可能な もしくは確率 的 な リス クと 区別す る意味で 「真の不確実性」 と呼ぶ場合 もある),が重要な役割を果た し 得 ることの論証を試みたのであるが ,なかでも特に合理的期待仮説の体系が

この 「不確実性」概念な くしてその主要な論点を真に理解す ることが難 しい

365‑

(2)

とい うことを述べたのである。その続編 として執筆 される本稿では,合理的 期待仮説 と不確実性の関係が中心テーマになる。

前の研究 ノー トでも述べた ことであるが,本稿における主張が可能になる のは,これまで唆味なかたちで しか認識 されてこなか った 「不確実性」 とい う概念を明確に定義 したか らに他ならない。ゆえに我々は本稿第2節でこの

「不確実性」の定義をもう一度繰返 してお くことに しよ う。 これは前研究 ノー トの主要テーマのひ とつを要約することでもあ り,その内容がさらに明 瞭なかたちで理解できるように努めたいo

次に第

3

節では,前節での定義を受けて,新古典派経済動学における基本 的理論枠魁みを最初に提供 したエ コノ ミス トとして J.

R. Hi c k s

の認識法につ いて再考を しておきたい(1)。 ここで彼が計算可能な リスクではない 「不確実 性」を問題に している可能性を示そ うと思 うOそれを受けて第

4

節では彼の 認識法が現代の期待重視の経済学に受継がれている事実を指摘 しようQ具体 的にはR.

E. Lu c a s( 1 9 8

7)の動学モデルを検討の対象 とする。さらに第

5

節 では補論 として ,合理的期待 と政策 立 案 者 の信 頼 性 の関 係 を指 摘 した

W. Fe l l ner ( 1 9 7 9 )

の議論が,計算可能 リスクと区別 された不確実性概念の認 識に欠けていることに よって合理的期待仮説に対す るひ とつの誤解を招いて いる点を指摘する。そ して最終第

6

節では結論 と我 々の研究に関する今後の 展望が述べ られるであろ う。

2.

「不確実性」の定義 ,再論

西垣

( 1 9 9 8 )

において,我々は計算可能 な リス クと区別 された 「不確実 性」の定義を試みたOその要点をここに繰返 しておきたい.

リスク計算がそもそ も可能なのは,将来 におけ る諸商品の価格 ,物価水 準 ,金利 ,需要量あるいは利潤 といったものの確率計算の基 となる,過去か ら現在に至 るまでのこれ ら数値データの分布が 「ェル ゴー ド性

( er godi c i t y)

‑3 6 6

(3)

合理的期待と真の不確実性

8 6 3

を保持 しているか らである。エル ゴー ド性 とは,「確率過程において,初期の 確率分布がなんであって も,ほ とん ど全ての標本系列の長時間の平均的分布 が一定の極限分布に近づ く」場合を意味す る概念である。当概念は決 して単 純なものではないので,西垣

( 1 998 )において,い くつかの具体的な例を示

しておいた(2)

エル ゴー ド性が保持 されているとい うことは,時系列データが,一定不変 の確率分布に したが っている場合だけを想定 しているのではない。 もちろん 確率分布不変のケースが一番単純なケースなので あ るが ,そ の他 に も例 え ば,①一定の分布それ 自体が (季節変動の ような)周期変動を起 こしている 場令や ,②分布が時間 とキもに,一定方 向に一定割合で変動 している場合な ども,我 々は 「エル ゴー ド性」のカテ ゴリーに含めて考えることが求め られ る。 またそれ以外に も,③確率分布の平均値が ランダムに変動 している場合 であって も,この平均値 自体が長時間的 に一定 の分布 に したが ってい る場 令 ,さらに,④今述べた平均値の平均値におけるランダムな変動が,やは り 長時間的には一定 の極限分布に近づ く場合に も,エル ゴー ド性が保持 されて いるものとみなされ る。

ではなぜ これ らのケースが重要であるか といえば,まず①②の様 な場合に は,将来の一時点におけ る確率分布が現在において一意に確定できることで ある。 また③④は,さらに平均値の平均値 のそのまた平均値 とい う方 向に次 元を高めて行 くこともでき,これ らは将来の一時点における分布を一意には 確定できないけれ ども,少な くとも過去か ら現在に至 るデータ (入手可能な 情報)が将来を予測す るために利用可能 であるとい う点では,(彰②の場合 と 共通 している。そ して この ことが,他で もない 「合理的期待形成」 のための 前提条件なのである。

合理的期待 の定義には次の

3

つが存在 している。すなわち,

1)経済主体の期待は,その間題に関連す る経済モデルに基づ くその変数の 数学的期待値 と同一である0

‑3 6 7‑

(4)

2)

経済主体は利用可能な全情報を用いて最適な予測を行 う。

3)あらか じめモデルにおいて利用可能な情報を特定 し,その情報に基づ く

最小2乗推定値 として予測を形成する。

これ ら

3

つの定義(3)が共通に前提 していることは,期待形成のために意味 のある数値が実際に存在 していなければならないことである。そ して期待形 成のための諸数億を意味あるものに為 さしめているのが,上述 したエル ゴー

ド性の保持である。

逆に言 うならば,入手可能なデータの間でエル ゴー ド性が保たれていなけ れば,我々が将来の事象に関 して合理的に期待 を形成す ることは不可能 に なって しま う.仮にいかなる意味においてもェル ゴー ド性が存在 しないこと になれば,その時には我 々は将来事象に関す る平均 ・分散等の明確な値を知 ることが出来な くなって しま うか らである。そ して我 々はこのような状態の ことを 「不確実性が存在す るケース」 と呼ぶのである。

では改めて 「不確実性」 の定義を記そ う。それは 「将来における諸事象に 関する確率分布を特定す るのに必要であるところの,エル ゴー ド性が保持 さ れたデータの存在が全 く認められない状態」 とい うことになろ う.以下我 々 はこの定義において 「不確実性」 とい う概念を使用 してゆ くことに したい。

3.Hi c ks

の認識法

(1) 合理的期待仮説の位置するところ

6 0

年代

,7 0

年代以降の新古典派,合理的期待仮説をその中心軸 としたいわ ゆる主流派経済学は,彼 らが特に強調 してこなかったこともあって専門の研 究者 も含めた多 くの人々か ら誤解を受けてきた ところがある。すなわち,令 理的に期待を形成す るとい うことが,あたか もひとびとが将来の事象に関 し て事前的にも事後的にも無条件に誤 りのない予想を行 っていることであるか のような,誤 った印象を持たれてきたとい うことである。 しか しこれは誤解

‑368‑

(5)

合理的期待と真の不確実性 865

に過 ぎない。その ような ことは,前節に示 した合理的期待の諸定義の どこか らも導かれない。

こうした僚 向があることを意識 したのであろ う,Bar

r

o

( 1 99 6 )

Luc as

理論を説 明す るなかで 「合理的期待 とい うのは完全な情報 ,完全な予見 と同

じではない 」(4)とわざわ ざ断 り書 きを している。それはそ うであって,もし合 理 的 期 待 仮 説 が 完 全 予 見 の 仮 定 を そ の ま ま 受 入 れ て い た な ら ば ,

mone y‑ i l l us i onの概念がなぜ重要になるのか説 明す ることができな くな って

しま う。 しか しまたその反対に,現代のポス ト・ケイ ンジアンがそ うである ように(5),合理的期待の経済学は,将来が常に不確実であらゆ る経 済主体 は 経済変動 の全ての局面において 「合理的に」期待を形成す ることは不可能で あるとも決 して考えてはいないのである (これは比較的容易に理解 され ると 思われ る)0

このように考えて くると我 々は,合理的期待仮説がいずれに してもあま り 極端 ではない諸仮定 の体 系を持 ってい る事実 に気 付 く。す なわ ち貨 幣 イ

リュージ ョンの存在が認め られているように完全予見 ・完全情報 ではない, しか し将来が完全に不確実 とい うことでもない。 これが ,合理的期待仮説の 仮定体系が位置 しているお よそのポジシ ョンである。

( 2 )

動態ヴ ィジ ョンとしての

Hi cksの 「

遇」

それでは合理的期待仮説を土台 としている現代の新古典派経済学 とは,具 体的に どの ような仮定体系を持 ってい るのか ,あ るいは どの よ うな動学 的 ヴ ィジ ョンを持 っているのか ,とい う問題について考 え したい。

それは

2 0

世紀新古典派経済学の古 くか らある思考法である。すなわち彼 ら は観念的な時間軸上において,ある一定期間方程式の諸係数が不変に とどま ることを想定す る。それが具体的に どの くらいの長 さであるのかは決め られ ているわけではない。 ともか く 「ある一定期間」係数の安定 した方程式体系 が継続 した後 ,何 らかの 「シ ョック」に よって この体系は変化を遂げ ,新 し

‑3 6 9 ‑

(6)

い体系が現出す る。 もちろん旧体系か ら新体系に移 る 「移行過程」 としてあ る程度の期間が認め られている場合 もある(6)。 しか しこの期間の後 に落 ち着 く新体系はまたい くらかの期間安定性を保つ。そ してまた新たな体系に移行 す るとい うように経済は同様の過程を繰返す。 これが新古典派的経済動学の 一つの代表的 ヴィジ ョンに他な らない.そ して このヴィジ ョンを最初に明示 したのが

Hi c k s( 1 9 3 9 )

であった。 まず彼は経済動学の出発点 としての静態 経済について,次の ように述べている。

「静態が結局一つの逃避に過 ぎないことを私は確信す るけれ ども,しか し /

それは近代の経済思想の うちで非常に大 きな役割を果た してきたか ら,それ に多少の注意を払わなければならない。静態 とは,噂好 ・技術 ・お よび資源 が時間を通 じて不変 のままであるような,動学的体系の特殊 の場合である。

われわれが無理な く仮定 しうるのは,かか る不変 の諸条件を経険すれば,企 業者がそれの永続を予想す るにいたるであろ うこと,従 って価格予想 と現実 価格 とは,両者が全 く同一 であるために,これを区別す る必要がないとい う

ことである」(7)。

しか しなが らヒックスの動学は この静態経済に安住す ることな く,次の段 階に進む。

「ところで産 出量 のあるわずかな可変性がわれわれの最麺期間に入 りこむ のを容認す るとして も,しか もなおその最短期間 (それを私は,マーシャル の 日か ら区別す るために,週 とよぶであろ う) は,やは りこれを明瞭に考 え 明瞭に規定す る必要がある。私は週をば,その間では価格の変化を無祝 しう 旦遡昼 として定義す るであろ う. これが理論的 目的にとって意味す るところ は,価格が連続的にではな く,短い間隔を置いて変化す るもの と想定す るこ とであるO週の暦の上での長 さはもちろん全 く任意で良いO‑・(中略)・・・. とはいえ週を非常に短い もの と想定す るな らば,われわれの理論は どちらか といえば有益でな くなるであろ うと思 うoだか らわた くLは,それが現実‑

のかな りルーズな近似で満足せねばな らぬ ことを意味す るに して も,週 を選

一3 7 0‑

(7)

合理的期待と真の不確実性

8 6 7

当に長 いもの と考える方が よいと信 じている」 (アンダーライ ンは筆者)(8). すなわち

Hi c ks( 1 9 3 9 )は,

「噂好 ・技術 お よび資源」とい った諸 々のパ ラ メータを 「価格」 とい う一個の指標に代表 させ ,一つの体系が安定 している 期間を 「価格の変化を無視 しうる期間」 と定義 し直 した。 これが 「週

( wee ‑ k)

」である。そ して特徴的であるのは,この 「週」が 「相当に長い もの」 と 想定 され ,換言すれば体系の安定性が (ヒックスが 「現実へのかな りルーズ な近似」 と断 っているものの) ある程度継続す るもの と考 えられていること である。しか し諸パ ラメ‑タを代表 した 「価格」は,(相対的に とい うことで あろ うが)「短い間隔を置いて変化す るもの と想定」されている,言い換えれ ば安定 していた経済の体系 もいずれは別な異なる体系‑ と移行す ると考 えら れているのである。

これが

Hi c ks( 1 9 3 9 )に よって示 された動態経済に関す るヴィジ ョンであ

る。

(3)

Hi cksの 「

遇」 と期待形成

さて,我 々に とって重要な ことは,この ような動態 ヴィジ ョンをベース と して,個 々人

( Hi c ks( 1 9 3 9 )であれば特に 「

企業者」

)

が どの ように期待形 成を行 っているかについて考察す ることである。 ところで

Hi c ksの想定 で

は,市場は週の初めの月曜 日だけ開かれていて 「月曜 日の価格はその週を過 じて行われ ,その週間の資源を支配す る」(9)。この記述は何か現実はなれ した 机上論であるかの ような印象を与えてきたか もしれない。 しか し,あ くまで 抽象概念 としての 「週末」か ら 「週 明け」にかけて外生 シ ョックな どの理 由 に よって変化 した方程式体系に合わせて,期待形成者 としての諸主体が新た に経済計画を練 り直 さなければな らない とい うのは,考 えてみればそれ程お か しな想定でもないのである。その ように納得 した上で彼に よる以下 の記述 も読 まなければなるまい。

「企業の現在の活動はひ とつの計画の一部であって,その計画は即時の購

3 7 1 ‑

(8)

人販売を行 う決意のみではな く,なおその上 に近 い または遠 い将来 に販売 を‑行お うとす る意図をも含んでいるのである。‑ (中略)‑。ひとつの計 画作成 日と次の計画作成 日との間に経過 しなければならぬ時間中は,最終の 計画が大体において定められた とお りに実行に移 される。‑ (中略)‑。次 の計画作成 日が到来すれば,新たな情報に照 らして前局面が再考 され ,そ う してひ とつの計画が作 り上げ られるのである。‑ (中略)‑。企業 (お よび 私人)は月曜 日において,繰 り広げ られる市場情勢に照 らしつつ彼の計画を 作成または修正す るものとしかつ週間に行われる小さな調整はすべて これを 無視す るものとする(10)。

ここで 「次の計画作成 日」 といっているのは彼の 「週」の定義か ら推測す れば 「価格の変化が無視 し切れな くなった時期」すなわち 「新たな方程式体 系‑ と経済が移行 した時期」を意味 している。そ して経済主体はその新体系 における 「噂好 ・技術お よび資源」な どにつ いての 「新 たな情報 に照 らし て」新たに期待形成を行 うのである。

(4)

Hi cks( 1 9 3 9 )における不確実性

Hi c ks( 1 9 3 9 )が,今か ら約6 0

年前に 「予想」 も しくは 「期待」,お よび

「情報」 とい う概念を動学体系に持ち込んでいた とい う事実は,おそ らくは

「週」概念の奇抜な印象が原因で,あま り顧 られることはなか った ようであ る。だが,彼はさらに我 々の主題でもあるところの 「不確実性」についても 言及 している。

「どの週であれ ,ある一定の週に採択 される計画は,現在価格に依存す る のみならず ,なお将来価格に関する計画者 の予想 に依存 してい る。 ‑・(中 略)‑。多分一層重要なことは,ひとび とが精確な予想を持つ ことはおよそ 稀である。ある特定の将来週にある特定の産出量を売ろ うとする場合 ,彼 ら はこの産出量の売れ る価格がまさしくこれ これの額であろ うと予想 しない。

彼 らがもっとも確か らしいと考えるある数字 ,または数字の範囲はあるであ

372‑

(9)

合理的期待と真の不確実性

8 6 9

ろ う。が,このもっとも確か らしい数値か らの上下の偏差 も多かれ少なかれ 可能であると考えられる。 これはきわめて真剣な注意に値する一つの厄介な 点である」(ll)

ここで述べ られている 「将来」 とは ,現在 が含 まれ てい る ところの一つ

「週」における 「数 日後」ではな く,現在 の体系が別 な体系 に移行 した後 の,あるいは何度か移行を繰返 した後 の 「或 日」 を指 してい る。その 「或 日」において現在の 「情報」は最早そのまま役に立つ ことはない。ある主体 が将来の 「或 日」(それを月曜 日と仮定 しよう)において計画を立てるとした ならば,彼 もしくは彼女がその時利用す るのは現在 とは異なる 「情報」であ る。だが,経済主体は しば しばひ とつの 「週」を超え出た長期の産出量に関 する計画を立てなければならない。その場合に彼 もしくは彼女が利用 しなけ ればならないのは,将来変化 して しま うか も分か らない現在の 「情報」なの である。従 って 「最 も確か らしい数値か らの上下の偏差 も可能」 とい うこと になる。 これが 『価値 と資本』において

Hi c ks

が示 した不確実性認識 であ る。

それでは

Hi c ks

に よって考えられていた 「不確実性」とは果た して,計算 可能な 「危険 (リスク

)

」なのだろ うか,それ とも我 々の定義 におけ る真 の

「不確実性」なのだろ うか。彼の記述に基づいて検討 しよう。

「たとえある将来期 日に成立を予想 され るもっとも確か らしい価格には変 化がないとしても,その期 日での売買を含む一つの計画をある人が進んで採 択 しようとす る用意は,もしその価格の確か らしさについての彼の確信の度 が減ずれば,すなわちあ りうべ き価格の散布度が増大すれば,影響を受ける であろ う」。

「計画決定に関するこれ らの問題において,予想の不確実性を考慮すべ き であるならば,代表的な予想価格 としては,最 も確か らしい価格プラスある いはマイナス予想の不確実性‑の酌量‑すなわち危険への酌量‑を採 らなけ ればならない.・‑ (中略)‑。計画の決定を問題にす る時には,計画者の予

373‑

(10)

想は危険に対す る調整を加えたものと考えなければならない」(12)0

ここで問題になるのは 「もっとも確か らしい価格」 とい う表現である。換 言すればこれは予想将来価格の平均値 とい うことになる。言 うまでもな くこ れ ら確率計算は現在の情報に基づいて為 され る。現在の情報が予測の対象 と なる 「来週」以降に対 して有効なのは,それが 「来週」以降においてあま り 変化がないとい うことが前提であるC この 「前提」に対す る 「確信」が失わ れるならば,た とえ平均値あるいは分散が数学的に計算可能でも,彼 もしく は彼女の主観の次元において,将来価格の滞在的な分散は増大す ることにな る。従 って計画者は 「もっとも確からしい価格 プラスあるいはマイナス予想 の不確実性‑の酌量」を必要 とするようになるのである。

ならば計画者の主観を左右するものは何なのか。 もしそれが 「先週」にお ける万巻式体系 と 「今週」における方程式体系の大 きな断絶 ,我 々の用語に 従えば 「エル ゴー ド性の喪失」,すなわちいかなる過去の トレン ドか らも予 想できない 「体系の移行」が 「先週末」か ら計画 日である今 日 「月曜 日」の 朝にかけて生 じたことに よって,計画者が 「今週末」か ら 「次週の月曜 日 にかけて同様の大きな変化が起 こるか もしれないと言 う主観の変化を生 じた とい うのであれば,確かに

Hi c ks( 1 9 3 9 )

はわれわれの意味における 「不確実 性」の概念を使用 していたことになる。だがそ こまではっきりと分かる記述 を彼が していたわけではない し

,

「危険」と 「不確実性」とい う言葉を明らか に同 じ意味に使用 している点 も,我々の判断を難 しくさせている。

しか しながら一番重要であることは,彼が 「不確実性」の概念を 「来週」

以降の価格予測 と結び付けていること,そ して 「週」が替われば,定義上, 期待形成のために必要な 「情報」 も変化す るとい うことである。そ してこの

「変化」のベク トルを予測するための 「法則」が体系内に存在すれば,定義 上 「不確実性」を問題にする必要はな く,逆 に 「法則」 が存在 しなければ

「不確実性」が問題になって くる

。Hi c ksの 「

週」概念は,我 々の定義す る

「不確実性」が入 り込む余地を残 してはいるものの,それはあ くまでも可能

374 ‑

(11)

合理的期待と其の不確実性 871

性の段階に とどまっているのである。

4. Lucas

‑の継承

(1

) Hj c ks

か ら

Luc a s へ

我 々は前節において新古典派動学の代表的 ヴィジ ョンの一つ として

Hi c ks ( 1 9 3 9 )

の 「遇」概念について考察を行 った。だが

2 0

世紀 マクロ経済学の潮 流において,「現在 とは異なる方程式体系を持 った将来時点 に対す る期待形 成」 とい う問題設定が強 く意識 され るようになるには

1 9 7 0

年代を待たなけれ ばならなか った。 これには 『価値 と資本』 とい う書物 の性格が強 く影響 して いると思われ る

。Hi c ks

は同著第

1

部 と第

2

部で構築 した静態 分析 の体系 を 動態分析にも出来 るだけ応用 したか った ようである。そ して彼が静態ない し 比較静学分析に拘 って しまった ことが,「週」概念 のユニー クさを影 の薄 い ものに して しまった

。Hi c ks( 1 9 3 9 )

以降の新古典派における動学均衡 ・不均 衡分析 では,お よそ 「期待」 の重要性 は忘 れ去 られ て しま って いた のであ

(13)

そ して

2 0

世紀 マクロ経済学の流れを変 えたのが有名な

「 Luc a s

批判」等を 携えた合理的期待仮説のオーダァ一 ・グラウン ド化であった

。「 Luc a s

批判

とは簡単に述べ るな らば 「行政府の政策変更それ 自身が,それ と関わ るとこ ろの諸 々の経済主体における期待の変化を通 じて,マクロ経済の方程式体系 におけ る諸係数を変動せ しめ,それに よって当初の思惑通 りの政策効果が得 られな くなる」 とい うある種の 「政策批判論」である。 ここで我 々に とって 重要な ことは,政策が無効か有効か とい った種 類 の ことではない。本稿 の テーマか らして注 目すべ きなのは,合理的期待仮説においては もはや体系の 安定が前提に されてはいない,否 もっと適切に言 うな らば,変化 しうる体系 を扱 うことこそが合理的期待仮説の主 目的であるとい うことである。

3 7 5 ‑

(12)

( 2 ) Luc a sの動学体系

では

Luc a s ( 1 9 8 7 )

に よって示 された彼 自身の動学体系についてまとめて お こう。

今t期におけ る経済の状態を stとす ると,(t+ 1)期におけ る経 済 の状 態は次式に よって規定 され る。

shI‑F(S,

,e

t)

ここで

e

,は 「何 らかの固定的分布G

( e )

か らの外生的 シ ョックの独立抽 出 を示す もの」 としての 「シ ョック ・ベ ク トル」 と呼ばれ るものである。 また

t

期における経済状態 srは,多数の構成要素を持つべ ク TlJレと考え られてお り,①体系内の行動主体 の

t

時点における消費 といった主たる関心のある醍 済変数 ,②資本財ス トックや在庫のような基礎的中間変数 ,③政策変数 ,④ その他の変数な ど,「将来値を予測するために役立つ情報 を含 んでい る こと だけが重要であるような変数」 である(14)

これが彼の動学体系を示す最 もシンプルな表現だが ,我 々は これだけのこ とか らも

Luc a s

体系の重要な性格について知 ることが出来 る。彼の動学にお いて将来の経済状態が現在の状態や行為に基づいて決定 されていることは青 うまでもないが ,その (七十 1)期の経済を決定す る現在要因が明確に二つ に区分 されている点に注 目したい.ひ とつはS,,(t

+ 1

)期についての確率 計算を含んだ期待形成を行 う主体が利用す るであろ う

「t

期 に存在す る情 報」が この中に含 まれているoそ しても うひ とつが

C

,,シ ョック ・ベ ク トル と呼ばれているが ,これは

「t

期に存在す る情報」が

t

期か ら

( 七

十 1)期 に掛けて有効性が失われて しま う可能性 もしくは 「不確実性」 を表わ した部 分 とみなす ことがで きる。

しか し我 々はあま り結論を焦 りすぎるのは望 ま し くないか も しれ ない。

Luc a s自身 さらに明確な 「

体系の断絶」を表 現 しよ うと してい るか らであ る。彼 日 く,

「しか し,われわれの 目的は,「政策」 と呼ばれている体 系 の局面 の変化

376‑

(13)

合理的期待と真の不確実性

8 7 3

が,いかに して個人の消費 と厚生の変化を引き起 こすかを決定す ることでめ る,とい う点を私は当然のことだ と思 っているし,今後 もその考えを変える つ も りはない」(15)。

こうして彼は政策変更に よって関数FがF にシフ トす ることを示そ うと する。そのために彼は関数

F

を次の ように定義 し直す。

Z , ‑ I

(

S

,) a

d

‑ a.(S.) a,‑ a(

s

t)

st+1‑F(S

, ,e

.)

‑H (Z (sl),a (S,),St,e,)

ここで ztは 「政策」を含む経済外要因の動 きもしくは行動,a,Lは経済主体 iがt期にとる行動,a,は全経済行動主体の取 る全行動のベク トルであ り, いずれ も

t

期の経済状態S,の関数である(16)。さて

,Luc a s

モデルにおける重 要な視座 とは,政策の関数 Z (・)が変化 した時に,経済主体の行動の関数

a(

・)もまた変化 しうるとい う点であるoそ こで主体iの行動が以下のよう に定義 される。

主体 iはS,Zならびに他の全ての主体の取 る行動alに よって決定 される 機会集合

E2(a̲

1 ,

S,Z)

の中か ら彼にとって最適な行動 α.を選択す る。この時の主体 iにおける即時 的効用あるいは報酬は,

R

l(a

,

S,Z)

と表わ される

。Luc a s

は主体iが この報酬の期待 され る主観的割引の合計値 E

( I

∑Pt‑DR.(aり S,,Zt)) (1) を最大化 しようと努めていると仮定する。ここで E (・)は初期情報 soとい

う条件付 き期待値を意味 し,βは割引要因に他ならない。 ここで 「合理的期 待」がモデルに導入 され る。すなわち,各主体が関数a (・)とZ (・),お

377‑

(14)

よび状況ベク トル S,の分布を知 っていて,彼が正確に期待値

E

t・)を計算 する,また全ての主体は各時点において共通の情報∫tを持 っているとい う仮 定がおかれる(17)0

さて 「主体 iの意思決定問題を論ず るための中心概念 は ,彼 の評価 関数

V.( S )

」であ り,それは最適行動が選択 された時の 「目的関数(1)の値 と解釈で きる」(18)。 この評価関数 V,・(S)は 「即時的報酬 と長期的報酬の合計を最大化 する」 ものでなければならず ,次に示す 「ベルマン方程式」を満たさなけれ

ばならないoすなわち, 、

vl(S)

‑ ma

X (R,・(a,

S ,Z) + β

‡V.(H(Z(S),a∴ぶ,e,))dG (e)) (2) (2)式右辺 カッコ内の第‑項は,既に述べた即時的報酬の部分であ り,第二 項が長期的影響,「すなわち,次期の期初において,状況が S'である時の主体 の 目的関数の値を,割引要素 βで現在に割引いたもの」である。 この次期の 状況 ∫'

S汁

∫ ‑ H(

之 (S)

,a,S ,e )

によって決定 される。そ して体系(2)は,各主体がその他全ての主体が選択す る活動を所与 として,(2)式の右辺を満たす活動a,を選択す る時に均衡す る.

そ してここが重要な ことであると思われるのは,この体系(2)の均衡 が ,(こ れまで定義 してきた ところの)収益関数 R,,機会集合E21,政策関数Z(S)そ し てガ や

G

といった全体の動 きすべてに依存 しているとい う点である(19)

したがって「体系の状態に対す る政策変数の反応を記述す る関数 Z(・)の変 化 ,とい う意味での政策のいかなる変化 も,解関数 α(・)と,それゆえ ,体系全 体の誘導行動F(・)の変化を引き起 こす」(20)ことになって しまうのである。

Luc a s( 1 9 8 7 )

の経済動学のフレームワークを観察 してきた我 々は ,これ が前節で観察 した

Hi c ks( 1 9 3 9 )

の 「週」概念に対す るひとつの数学的精微化 であることに気付か される。ひ とつの 「遇」 とは或る方程式体系の安定が保 たれている期間のことであった

。Luc a s

が強調 したか ったことは,政策的変

‑3 7 8

(15)

合理的期待と真の不確実性

8 7 5

更に よる反応関数 Z(・) の変化に よって

,t

期において所与であった各主 体の行動変数 も含めた体系の全体が突 き崩 され

,(t+ 1)

期 には

t

期 とは また異 な った新体系 に移行 して しま うとい うことで あ るo そ して これ は

Hi c ks

の表現を用いるな らば, "「遇」が替わ った," とい うことを意味す る のである。

(3)体系に しのび込む不確実性

Hi c ks

の 「週」概念についての議論で も述べたが

,

「不確実性」が可能性 と して (あ くまで可能性であるが)問題になるのは,期待形成が行われ る時点 と予想 しなければな らない将来時点の間で一回以上の体系 の断絶 (「週」 の 移 り替わ り)が生 じる場合である(21)。もちろん各行動主体は予測を行 う時点 で予測の対象 となる時点 までの間にその ような 「断絶」が生 じるか否かにつ いてさえ,実際には不確定なままであろ う。 しか しなが ら政策立案者の行動 が一定 していない ような体系は,前項で観察 した

Luc a s

の分析枠阻みに拠れ ば,それ 自身不安定な移 り変わ りやすい体系であ り,自ず と我 々の定義にお ける 「不確実性」を増大 させ る滞在的力を内在 させているのである。 この こ とを確かめるために,我 々は もう少 し

Luc a s( 1 9 8 7 )

のフ レーム ・ワークと 付 き合 うことに したい。

各主体が将来の経済状態 S,.)に関す る 「正確なシ ミュレーシ ョン」を行 う ためには,政策発生関数Z(S)を政策変更に よる変化後の

Z' ( S )

に置 き換えた 上で,さらにその政策変更に基づいて改変 された意思決定関数

a

'(S)を求め,

「新 しい組合わせ

(

2:,a')を使 って」経済全体 の動 きを算出 しなければなら ない。すなわち新たな全体関数

S,.1‑ H

(

Z

'

(S,)

,a'

(S,),sl

,e

,)

を描 き出す ことさえ出来 るな らば 「正確 に シ ミュ レー トす る ことが 出莱 る」(22)。だが ,この 「正確にシ ミュレー ト」な どとい う表現に よって,あたか も

Luc a s

はそれが現実に可能であると言いたいか ような印象 を与 えてい る

‑3 7 9‑

(16)

のだが (そ してこれが合理的期待仮説を全体 として誤解に導いている主要な 原因の一つなのだが),実際のところ

Luc a s

が主張 しようとしていることは その道なのである。

今述べた ような将来のシ ミュレーシ ョンには重要な前提条件があるOすな わち 「(2)式によれば,主体が今期の政策にいかに対応す るかを決定す るため には,彼はいかなる形で将来の政策が作 られ るかに関する意見を持 っていな ければならない」(23)。 もし仮に過去から現在そ して将来に渡 る政策決定 に何 らかの法則性が存在 していたならば,その政策か ら導かれ る諸主体の行動な らびに経済諸事象の確率的分布の 「変動」にも,何が しかの法則性が備わる ことにな り,将来におけるこれ らの動きのシ ミュレーシ ョンも原理的には可 能になる。第2節で定義 した ように,この場合には広い意味でのエル ゴー ド 性は未だ保持 されてお り,我 々の厳密な定義 におけ る不確実性 は存在 しな い。 しか しながら,この 「希望」は

Luc a s

その人に よって否定 されて しま

う。

「しか し一般的には,少な くとも第2次世界大戦以来 ,マクロ経済政策が 関数やルール とい う用語で議論 されたことは全 くな く,今期の政策数字 ,す なわも,今期の財政赤字,今期の貨幣成長などを選択するとい う観点か ら政 策が議論 されてきたのである。その考え方‑とは,政策はいかなる意味にお いてもあらか じめ設定 された ものではな く,政府は毎年その年に特徴的な経 済状況に対処するために,広い自由裁量の幅を持 ってお くべ きであるとい う

ものである」(24)

彼の言いたいことは明らかである

。8 0

年代半ばに至 るまでのアメ リカの実 際において,政策決定に何 らかの法則性を見出す ことは不可能であ り,政策 変更か ら導かれる各主体の行動様式の変化にも,あるいは諸 々の経済事象の 確率分布の変動に対 しても,将来の予測を可能 な らしめ る ような法則性 は まった く存在 していない。すなわち

,Luc a s

がアメリカ社会の現実を直祝 し た時,彼のエ レガン トな動学体系におけるェル ゴ‑ ド性は失われ,彼が意図

‑3 8 0

(17)

合理的期待と真の不確実性 877

したか しないかにかかわ らず ,そ こには我 々の定義における 「不確実性」が しのび込んで しまっていたのである。

5.

補論

,Fel l ner

の指摘 と不確実性

合理的期待 の経済学体系において問題 とされている 「不確実性」が,単に 確率論的計算に よって数値化が可能であるところの リスク概念 とは異なる, エル ゴー ド性が失われた動学体系における数値化不可能な (真の)不確実性 であるとい うことは,既に西垣

( 1 9 9 8 )

において

Luc a s( 1 9 7 3 )

の総供給関 数についての議論 の中で述べているが

,1 0

数年後 の彼 は,この事実を さらに 明示的に体系化 しているように思われ る。

だが ,不確実性が合理的期待 の経済学の中です こぶる重要な位置を占めて いるとい う事実は,残念なが ら一般的な認識にはな っていない。そ してその ことに よって合理的期待仮説 はい くらかの誤解を招 くことにもな った。そ こ で本稿を閉 じる前にそ うした ミス 1)‑デ ィングの一例を示 しておきたいと思

う。

前節で示 した

Luc a s

の体系に 「不確実性」が入 り込むルー トは少な くとも 二つ あったOひ とつはモデルの最初 の段階で指摘 したシ ョックベ ク トルetと い う部分 ,そ しても うひ とつが政策策定の無法則性が導 く体系の非エル ゴ‑

ド化である。言 うまで もな くモデルで力点が置かれているのは後者の方であ るが,この政策の無法則性が特に問題視 され るようになるきっかけを作 った のは ,おそ らく

Fe l l ne r( 1 9 7 9 )

であろ う。これは 「政策立案者 としての政府 に対す る国民の信頼」 と 「合理的期待形成」 の関連性を強調 した多分最初の 論説であるが ,これを受けて後 に

Ba r r oa ndCor do n( 1 9 8 3 )

がひ とつの定式 化を試み,さらに

Luc a s( 1 9 8 7 )

における 「認識」の深 ま りを導いてい った

ものだ と思われ る。

Fe l l ne r( 1 9 7 9 )

が依拠 しているのは

,Gr aml i c h

の信頼性仮説 とい うもので

‑3 81 ‑

(18)

ある。そのエ ッセンスに関 して彼は次の ように要約 している。

(信頼性仮説の)強調す るところは,次の二つの経済におけ る状態の相違 であるDすなわち,ひ とつは変転する諸政策が市場参加者を して彼 らが計算 す る経済諸事象についての確率分布を拡散的な らしめ る経済の状態。それに よる リスク費用の増大は彼 らの意思決定に対 して重大な作用を及ぼす。そ し て もうひとつは強固で信頼の置け る諸政策 が ,公衆 の期待 を良 い状態 に整 え,前に述べた経済の状態に比べて分散 の小 さな,そ して多 くの諸個人に広 く共有 された将来の出来事に関す る確率 分布 を生み 出す ところの経済 の状 態。 この二つの状態の相違である」(25)O

すでに

Luc a s

についての考察を終えた我 々としては

,Fe l l ne r( 1 9 7 9 )

の言 わん とす ることはす ぐに頭の中で整理 がつ く。彼 は この よ うな信頼性仮説

(あるいは信頼効果) と合理的期待仮説の類似性を指摘す る。

「合理的期待仮説は次の点で信頼効果の認識法 と重な り合 っている。すな わち公衆があ り得 る将来の政策立案者の行動についての情報を含んだ利用可 能なすべての情報に基づいて彼 らの期待を形成す るとい うことを両者が共に 強調 している点である」(26)0

だが

Fe l l ner

は両者の重な り合いは 「不完全」な ものであると言い,そ し て両者 の相違点 ,信頼性仮説では認め られていて合理的期待仮説においては それが認め られていないある点において,彼は合理的期待 の思考法を批判す ることになる。すなわち,

「合理的期待仮説は,予測 された名 目需要経路の実質的影響を認めない。

だがその一方でその名 目経路か らのランダムな逸脱については実質的な効果 を認めている。計画 された名 目需要経路の分散 と,そ こか ら外れ る場合の分 散の大 きさが相互に関連 している環境下において,片方 の効果を認めて片方 の効果を認めない とい う区別は,何 とも理解 し難い」(27)0

我 々は ここに

Fe l l ne r

の 「誤解」を読み取 ることが出来 る。すなわち,令 理的期待理論におけ る 「ランダムな逸脱」 とは分散値 として求め られ る計算

‑382‑

(19)

合理的期待と真の不確実性

8 7 9

可能な リスクの次元にはな く,計算不可能な不確実性 もしくは計算 され得な いがゆえに生 じる撹乱を意味 し,それゆえに こそ,各経済主体の合理的期待 を無効な らしめることに よる 「実質的効果」を経済に対 してもた らすのであ る。

最初の信頼性仮説の説 明に も見 られた ように,Fel

l ner

は政策 の無法則性 が もた らす不確実性を 「分散」の レベルで捉えて しまっている。 これ まで本 稿が使用 してきた用語で言えば,彼の認識 のなかには,後 の

Luc a s

モデルに おけるような体系の断絶 といった概念はない。そ してまた彼 の認識す る体系 では暗黙の想定 としてエル ゴー ド性が保持 され ,したが って我 々の定義にお け る 「不確実性」が入 り込む余地はない。 このことが合理的期待仮説に対す る正 しい認識を妨げて しまったのだ と思われ る。

6.

お わ り かこ

合理的期待をお よそ共通のフ レームワークに持つ現代の新古典派経済学に は,計算可能な リスクは存在 しても 「不確実性」は存在 しない‑ これがひ とつの通念になっているように思われ る。そ して この通念に基づいて これ ま で多 くの 「合理的期待 モデル」が構築 されてきた。

確かに

Luc a s

自身 もまた ,あま り不確実性を前面に押 し出すや り方で理論 を発展 させてきたわけではな く,暗黙の うちにその存在を前提に していると い う形で しか ,我 々は不確実性の存在を彼 の動学体系に見出す ことは出来な い。 さらに現実 の経済においては,我 々の定義におけ る不確実性が問題にな るのは,必ず しも政策変更に よる場合だけではないだろ う。た とえば,急激 な需要変動や供給 シ ョックとい うものがあるが ,合理的期待論者たちはそれ らの存在を (なぜか) あま り強調 したが らない。その意味で合理的期待の経 済学は強調点が偏 っているとも言え よう。 これ らの理 由で上述 の 「通念」が 生みだ されてきた もの と考 えられ る。そ して本稿はその通念の誤 りを指摘 し

‑3 8 3

(20)

て きた。

最 後 に今後 の研 究 の展 望 につ い て述 べ れ ば ,本稿 第

4

節 で要 約 した基 本 的 な フ レー ム ワー クは ,我 々が 今後 目指 す べ き不 確 実 性 重 視 の経 済 理 論 を発 展 させ て行 くの に大 い に役 立 つ もの で あ る と考 え られ る。 なぜ な ら,予 測 主 体 に おけ る不 確 実 性 が生 み 出 され る必 然 性 を そ れ は 巧 み に 説 明 す る も の で あ り,不 確 実 性 が 生ず るあ らゆ る ケ ー スに対 して も応 用 が 可 能 で あ る と認 め ら れ るか らで あ る。

我 々の理 論 的発 展 は通 念 を超 えた と ころか ら始 ま って ゆ くに ち が い な い。

参 考 文 献

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ー3 8 4‑

(21)

合理 的期待 と真 の不確実性 881

(1)Hicksの 「週」概念を最初に 「不確実性」 と結 び付けたのは西垣 (1996b)において である。

(2)西垣 (1998),pp173‑180参照の こと。

(3)清水 (1997),pp.126参照。

(4)Barro(1996),邦訳 p220.

(5)Davidson(1982),pp.185‑197等を参照。

(6)す ぐ後 で述べ るHicksが,その後長 くこの 「移行過程」とい う概念 についての研究を 続けている。例えばHicks(1965),pp.183‑197等を参照。

(7)Hicks (8)Ibidリ (9)Ibid., (10)Ibid., (ll)Ibid"

(12)Ibidリ (13)宇沢

(1939),邦訳 pp.164‑165.

pp.17ト172.

p.172.

pp.173‑175.

p.176.

pp.176‑177.

(1977),pp55‑63,pp.143‑145な どを参照。

(14)Lucas (15)Ibid., (16)Ibid., (17)Ibidリ (18)Ibidリ (19)Ibidリ (20)Ibid.,

(1987),邦訳pp.9‑11参鳳。

p.ll. p.12参照 . pp.13‑15参照。

p.15.

pp.15‑16参照。

p.16.

(21)予測時点 と予測の対象 となる時点 との間で体系の断絶が生 じることは 「不確実性」が 存在す るための必要条件であ り,その十分条件 とは過去におけ る体系変 化 の中 に将来 の変化のベ ク トルを予測す るための 「法則性」が何 もない こと,すなわち過去の諸体系 と現在 の体系の間でエル ゴー ド性が保持 されていない こととまとめることができる。

(22)Ibid,pp.18‑19.

(23)Ibid‥ p.20.

(24)Ibid‥ p19.

(25)Fellner(1979),pp.168‑169.

(26)Ibidリ p.170. (27)Ibidリ p.172.

‑3 8 5‑

参照

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