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改 訂 版. 佐々木良一[監修] 会田和弘[著]. 情報セキュリティ入門 情報倫理を学ぶ人のために情報倫理を学ぶ人のために. iii. 本書の初版が発行されてから 5年、日本国内でのインターネットの利用率は 75.3%から 82.8%. へと増加した。特にスマートフォンの利用率がこの3年間で 9.7%から 62.6%と急増している。. Windows OSも XPからタブレット仕様の 8へと変わり、様々なクラウドも普及して、いつでもど. こからでも便利なサービスを利用できる時代となった。しかしその一方で、インターネット上では. 新たな攻撃やトラブルが次々と発生し、一般の人が被害に遭う場面が増えてきている。. このたび改訂版を刊行する機会に恵まれたが、上記のような状況に対応できるように、主な攻撃. 者の手法とそれらへの対策についての説明を拡充するとともに、インターネット関連法の解説も法. 改正や新設に合わせて修正した。高度化する内容をできるだけ平易に解説しようと努めたが、専門. 的な用語を使わざるを得ない箇所も多々あった。そこでは、注釈するとともに必要な基礎知識につ. いて追記し、読者の理解の助けとなるように努めた。. 目まぐるしく変わるインターネット社会においては、今回の改訂版によって今後起こり得る事件. や事故を十分に回避できるとは言えないが、そのための必要な要素は盛り込めたと考えている。本. 書を通して、読者が被害者にも加害者にもなることなく、インターネット上の便利なサービスを享. 受するための一助となれば幸いである。. 2014年 9月. 佐々木 良一. 改訂版まえがき. iv. インターネットが社会のインフラになってから久しい。総務省が 2009年 1月に実施した通信利. 用動向調査では、6才以上の日本総人口の約 75%が PCや携帯電話またはゲーム機などでインター. ネットを利用しているという。確かに、日頃の連絡から企業活動やボランティア活動、娯楽などに. おいて、インターネットは私たちにとっては欠かせないツールとなっている。検索は、百科事典代. わりになり、オンラインショッピングも今や常識となってきた。また、ブログ等による情報発信も. 一般的になっている。オンラインゲームのように、見知らぬ者同士が回線を介してゲームに興じる. ことも多い。インターネットによって私たちの生活の利便性がかなり向上するとともに、今までに. はなかった方法でのコミュニケーションも盛んになってきた。. しかし、その一方で、ウィルスによる情報漏洩、大量に送られてくる迷惑メール、金銭を狙う詐. 欺、ネットいじめ、チャイルドポルノや自殺方法サイトなどの有害情報などの社会問題も目立って. きている。これらは、インターネットが一部の特別な人たちが使うツールではなく、電話などと同. じ一般的なものとなったことによる。犯罪者も金銭目的でインターネットを “利用 ” している。そ. れら影の部分への対策は従来十分には実施されてこなかった。. 私たちがそのような被害に遭わないようにするには、次の 3つの課題の解決が必要になると考. えられる。. ⑴ 情報セキュリティ技術の確立. ⑵ 法律などの整備. ⑶ 社会としての倫理観の醸成. 本書は、大学などで情報倫理を学ぶ学生などを主な対象とし、上記の 3つの課題を実現するた. めの基礎知識を確立することを目指すものである。狭い意味での情報セキュリティ技術だけでなく、. このような基礎知識をわかりやすく習得しておきたいという人は学生だけでなく社会人にも多いと. 考えられる。. 著者の会田和弘氏は、大学で情報倫理の講義を続けると共に、NPO活動において地域の人々に. インターネットの使い方や、情報セキュリティなどの教育をわかりやすく行っており、このような. 本を執筆するのに最適な人物であると考えている。このような著者によって作られたこの本が、情. 報社会を力強く生きる人々を増加させるのに役立てば幸いである。. 2009年 8月. 佐々木 良一. まえがき. v. C O N T E N T S. 第1章 インターネット社会と情報倫理 1. 1.1 インターネットの光と影 1. 1.2 技術的対策と法的対策 3. 1.3 教育と倫理の重要性 5. 演習問題 8. 第 2章 インターネット社会が抱える問題 11. 2.1 インターネットの特異性 11. 2.1.1 バーチャル 11 2.1.2 匿名性 13 2.1.3 オープン性 15 2.1.4 情報量の拡大、氾濫 16 2.1.5 無料(フリー)の文化 17 2.1.6 パーソナル化 19 2.1.7 格差の助長 19. 2.2 インターネット上のトラブル 20. 2.2.1 ソーシャルエンジニアリング 20 2.2.2 インターネット詐欺 21 2.2.3 情報漏えい 27 2.2.4 著作権侵害 29 2.2.5 個人情報、プライバシー侵害 30 2.2.6 誹謗中傷などコミュニケーション上のトラブル 30 2.2.7 チャイルドポルノ、子どもたちの心と身体を狙う犯罪 31 2.2.8 自殺サイトなどの有害サイト 32 2.2.9 悪意あるソフトウェア(マルウェア) 32 2.2.10 迷惑メール(スパムメール) 39 2.2.11 なりすまし 39 2.2.12 インターネットサービスへの攻撃 41 2.2.13 無線 LANのトラブル 45 2.2.14 ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)利用上のトラブル 46 2.2.15 サイバー攻撃 47 2.2.16 まとめ、トラブルの分類 48. 演習問題 52 参考文献 52. vi. C O N T E N T S. 第 3章 情報セキュリティとは 53. 3.1 情報セキュリティが守るもの 53. 3.2 情報セキュリティの手法 55. 3.3 リスク 57. 3.3.1 リスク対策 57. 3.4 情報セキュリティ対策の課題 60. 3.4.1 未然防止対策の偏重 60 3.4.2 多重化するリスク 61. 演習問題 62 参考文献 62. 第 4章 情報セキュリティの技術的対策 65. 4.1 PCの基本知識 65. 4.1.1 PCの構成 65 4.1.2 ハードウェア 66 4.1.3 ソフトウェアに関する情報収集と更新 67 4.1.4 PCの状態についての情報 69 4.1.5 PCのセキュリティ対策 71. 4.2 ネットワークの基礎知識 72. 4.2.1 インターネットへの接続 72 4.2.2 インターネットの仕組み 73 4.2.3 ネットワークへの攻撃の特徴 78. 4.3 技術的対策の実際 79. 4.3.1 ソフトウェアのアップデートの留意点 79 4.3.2 マルウェア検知 81 4.3.3 ファイアウォール 82 4.3.4 メールフィルタリング 84 4.3.5 セキュリティ対策ソフトの活用 85 4.3.6 アクセスを管理する技術 87 4.3.7 暗号の活用 91 4.3.8 バックアップ 97 4.3.9 無線 LANのセキュリティ対策 99 4.3.10 その他の対策 101 4.3.11 もしもの時の対応 ー現状の把握と証拠の保全 104. vii. C O N T E N T S. 演習問題 106 参考文献 106. 第 5章 インターネット社会と法 115. 5.1 法整備の必要性 115. 5.2 法整備の例 116. 5.2.1 データの破壊や改ざん 116 5.2.2 データの盗み見 116 5.2.3 権利侵害 116 5.2.4 迷惑メール対策 117 5.2.5 子どもの健全育成 117 5.2.6 その他 118. 5.3 不正アクセス禁止法 118. 5.3.1 法律の概要 118 5.3.2 実例による解説 119. 5.4 プロバイダ責任制限法 124. 5.4.1 法律の背景と目的 124 5.4.2 法律の概要 126 5.4.3 発言者の責任 130. 5.5 著作権保護の必要性と課題 131. 5.5.1 問題の所在 131 5.5.2 著作権はどのようなものにあるか 132 5.5.3 著作権はどんな権利か 135 5.5.4 侵害された場合の対処、罰則 137 5.5.5 手続きと保護期間、条約 137 5.5.6 著作権の効力の制限 139 5.5.7 インターネット時代の著作権 140 5.5.8 保護か利用か? 143. 5.6 個人情報の保護と共有 152. 5.6.1 個人情報とプライバシー 153 5.6.2 個人情報の保護の仕方─個人情報保護法 157 5.6.3 事後対応の重要性 161 5.6.4 個人情報の保護と共有 162. 演習問題 167 参考文献 168. viii. C O N T E N T S. 第 6章 情報倫理教育へむけて 175. 6.1 情報モラル教育 175. 6.2 情報倫理もしくは批判的情報モラル 178. 6.3 技術・法律・情報モラル・情報倫理 181. 6.3.1 技術的対策の諸相 182 6.3.2 法的対策の諸相 184 6.3.3 情報モラル・情報倫理の役割 188. 演習問題 191 参考文献 191. トピックス① 情報格差と情報弱者、永遠のビギナー問題 9 トピックス② パスワードの作り方・保管方法 38 トピックス③ 2つのリスク観 63 トピックス④ インターネットを支える TCP/IP 108 トピックス⑤ クラウドサービスの利便性と課題 112 トピックス⑥ ACCS個人情報流出事件 121 トピックス⑦ 誹謗中傷、書き込みをした者の立証責任について 129 トピックス⑧ オリジナリティはどう判断されるのか? 133 トピックス⑨ クリエイティブコモンズ:使うことを前提とした著作権管理 147 トピックス⑩ 「コミックマーケット」がアニメ文化を育てた 151 トピックス⑪ 宇治市住民基本台帳流出事件 170 トピックス⑫ 個人情報保護の目的は? 172. 索 引 193. 1.1 インターネットの光と影 ● 1. 今や「インターネットなしの生活はできない」というほど、日本. ではインターネットが普及している。行政にとっては住民サービス. や情報開示に、企業にとってはビジネスにと必要不可欠なものと. なっている。個人や家庭にとってもそれは同様である。メールによっ. て、遠く離れた人たちと、相手の状況を気にすることなく即座に連. 絡を取り合うことができるようになった。特に、SNS(ソーシャルネッ. トワーキングサービス)の普及は、いつでもどこでもお互いにつなが. りあうことを可能にし、人間関係のあり方を劇的に変えたといえよう。. NGO/NPOやボランティア団体にとっても、スタッフ同士の連絡. や情報収集、そして情報発信に、インターネットは欠かせない。環. 境保護活動への参加呼びかけ、迷い犬や猫の里親探し(図 1.1)、. オンライン寄付など広く社会に何かを訴えるには、Webサイト等. 1.1 インターネットの光と影. ▶▶▶. 図 1.1 SORAアニマルシェ ルター 2011年 3月 11日に発生した 東日本大震災によって飼い主 を失った動物を保護する活動 を福島市内で行っている。い わゆる「野良犬」が保健所に よって安楽死させられないよ うに守り、新たな飼い主との マッチングやボランティア募 集、活動資金の募金のお願い をインターネットで行ってい る。 「SORAアニマルシェルター」 http://sora.ne.jp/ 同様の活動はいわき市内でも 活発に行われている。 「LYSTA~動物たちに光と再 生を」http://www.lysta.org/. 第1章. インターネット社会と情報倫理. 2 ● 第 1章 インターネット社会と情報倫理. は不可欠である。また、障がいをもつ者にとっては、インターネッ. トは社会を知り、それに参加できる「窓」である。視覚障がい者に. とって文字を読み上げてくれる PCは社会を知る「眼」であり、聴. 覚障がい者にとってモニタは「耳」である。車椅子で入れる喫茶店. やトイレもインターネットで探すことができる。そして就労のための. e-Learningは社会参加への道である。心の向くままにWebサイト. へ出向き、自分のペースで様々なことを調べ、そして人に頼らず多. くの人たちとコミュニケーションがとれる。インターネットは、障. がいを超えて社会と接する仕組みを与えてくれたともいえる。. しかしその一方で、ウイルス、迷惑メール、架空請求、情報漏え. い、誹謗中傷など影の部分も目につくようになってきた。ここにイ. ンターネット犯罪の増加を示す資料がある(図 1.2)。これによれば、. 2004年頃から、詐欺など金銭に関わるトラブルが急増している。. インターネットが、一部の限られた人が使うものから多くの人たち. がコミュニケーション手段として日常的に利用するものになったこ. とや、インターネットショッピングなどにより個人情報やクレジッ. トカード番号などの金銭的価値をもつ情報がインターネット上で取. り扱われる機会が増えたことで、犯罪者によって狙われる機会が増. えたためと推測される。. インターネットの普及は、私たちの時間や空間の使い方、そして. コミュニケーション手段や社会への関わり方を大きく変えた。私た. ちの目や耳は、それらが従来もっていた範囲をはるかに超えている。. それは、遠くの世界や広い世界を知ることができるようになっただ. 図 1.2 インターネット犯罪 の検挙数 警察庁「平成 24年中のサイ バー犯罪の検挙状況等につい て(PDF版)」 http://www.npa.go.jp/cyber/ statics/h24/pdf01-2.pdf. 1.2 技術的対策と法的対策 ● 3. けではなく、世界との関わり方を変えてしまった。つまり、単にバー. チャルな世界が広がっただけではなく、現実世界のあり方に変化が. 生じてきたと見るべきであろう。その結果、従来のルールでは対応. できないトラブルが起こっている。. 誹謗中傷やプライバシー問題、そして著作権侵害などがそれにあ. たる。2003年頃に著作権侵害とウイルス拡散など多くの問題を引. き起こしたファイル交換ソフトWinnyは、世界中のコンピュータ. が互いのフォルダを共有し合い、ファイルを交換するものである。. このようなコミュニケーションの仕方は、これまでの人類の歴史で. は存在しなかっただろう。仮にあったとしても、現代のように即座. に情報を共有できる仕組みはなかった。また、プライバシー侵害や. 名誉毀損に一般の人がこれほど巻き込まれることもなかった。イン. ターネットによって生じた影の部分に対して、法律改正や技術的対. 策がなされているが、まだ十分とはいえない。自分のことは自分で. 守らなければならない部分は多々ある。. PCやインターネットを使いこなせないことから情報格差が起こ. る。情報をもつ者ともたざる者の差が経済格差につながることは、. 解決しなければならない課題である。しかし、問題はそれだけでは. ない。インターネットの様々なトラブルから身を守ることができな. い人が増えてきている。インターネットの何が危険で、それにどう. 対応すべきなのかを知り得ない人である。また、ハンディキャップ. をもつ人にとっては、情報を守ることは容易ではない。画面を読み. 上げてくれるソフトは、視覚障がい者にとっては社会を知るために. 必要なツールであるが、その一方でパスワードをも読み上げてしま. う。さらに、対策を取りたくても取れない人もいる。経済的理由か. ら新しい PCが購入できず、現在使用している PCはサポートが終. 了しており、セキュリティアップデートができない危い状態である. こともある。このような事情がある人にも、上述したような詐欺や. トラブルが容赦なく襲いかかる。このような情報セキュリティ弱者. にどのような対策を取ればよいのか、十分に検討されているとはい. えない。. 1.2 技術的対策と法的対策. ▶▶▶. インターネット上のトラブルは、様々な諸相が組み合わさって発. 生している。例えば、インターネット上で蔓延しているウイルスに. 4 ● 第 1章 インターネット社会と情報倫理. は、ウイルスプログラムを作る人がおり、それをばらまく人がおり、. ウイルスとは知らずにクリックしてしまう人がいる。そして、感染. してウイルスをばらまく PCによって被害がさらに広がる。そのた. め、それぞれを考慮して、どのような対策が有効であるか、何が実. 行しやすいのか、などを知っておいた方がよい。. まずは PCがウイルスに感染しないようにする予防が必要であ. る。インターネットの通信網からウイルスを取り除くことも有効で. ある。また、感染しても被害を最小限におさえる工夫も必要である。. このような対策は「技術的対策」と呼ばれる。しかし、これは対症. 療法に過ぎず、ウイルスを作成する者がいる限り根本的な解決にな. り得ない。攻撃者もより高度な技術で対策をすり抜けようとするか. らである。ウイルスとウイルス対策ソフトの堂々巡りがその良い例. である。. 悪意をもってウイルスを作成した者やウイルスをばらまいた者. へ、罰金や禁固刑などの法的対策を取り処罰することは、社会的規. 範を示し、犯罪を未然に防ぐためにも必要である。. 法的対策には、現行法の適応範囲を拡大することで対応できるも. の、新たに法律を制定する必要があるものがある。前者の例として、. データベースの改ざんに関わる行為を有体物 1)への「破壊」と同. 様に扱う刑法の改正がある。後者の例として、データベースの盗み. 見を規制する「不正アクセス禁止法」がある。データを消去したり. 改ざんする行為は破壊と見なすことができたとしても、パスワード. を不正に取得してデータを盗み見したり複製したりする行為は、元. のデータは消去も変更もされないことから破壊とは見なされなかっ. た。しかしながら、価値のある機密情報が持ち出されることは防が. なければならない。そこで、この法律を新たに制定することとなっ. た。. このように新たな法律は、新しい技術が生まれ、それを悪用する. 人々がでてくることで制定されることが多い。しかし、新しい法律. を作っても、それを迂回する新技術が生まれ、技術と規制の堂々巡. りが起こっていることも事実である。法律はすべてのトラブルを網. 羅できない。. もう 1つ留意すべき点は、「法律や保護技術をどこまで厳しくし、. どこまで徹底すべきか」という点である。厳し過ぎる規制は人々の. 理解を得ることができず遵守されない。また、適用範囲を明確にし. ない法律 2)は、後世に一部の人によって別の目的に流用される危. 険性があることも否めない。すると、法律や保護技術にはある程度. 1)有体物 民法 85条では、「固体・液体・ 気体など空間の一部を占めて 存在する物」を示す概念。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ 物 _(法律). 2)適用範囲を明確にしない 法律 治安維持法等の制定が、第二 次世界大戦前に為政者によっ てどのように使われたのかを 参考にしてほしい。. 1.3 教育と倫理の重要性 ● 5. のゆとりを持たせることが必要となってくる。その結果、「できた. 法律の取りこぼした穴をどう塞ぐか」という問題が新たに生じる。. つまり、「技術的には可能だが法律では罰せられない行為が、社会. に危害や迷惑をかけることをどう防ぐか」ということである。また、. 確信犯にとっては、法律は無意味であり、いくら罰則を厳しくして. も彼らの犯罪は防ぎようがない。ここにも法律の限界がある。. このような事態への対応は、個人の倫理やモラルに訴えるしかな. いだろう。. 1.3 教育と倫理の重要性. ▶▶▶. なぜオペレーティングシステム(OS)のアップデートをし、セキュ. リティ対策ソフトを導入しなければならないのか、他人の著作物や. プライバシーをWebに無断掲載してはいけないのかを、すべての. 人に理解してもらうことは、インターネット社会のみならず現実の. 社会の安全・安心にとっては重要である。「自分ぐらいは……」と. いう行動が、社会全体の保護レベルを下げるからである。桶の水面. の高さが一番低い木枠のそれに一致するがごとく、社会全体の保護. レベルは、保護レベルの低い人がいると、他の人たちがいかに努力. しても、そのレベルが低い人のものになってしまう(図 1.3)。組. 織の中にたった 1台のウイルス感染 PCがあれば、そこから機密情. 報は流出してしまうという具合である。つまり、インターネット社. 会の安全・安心は、世界中の人々が足並みをそろえて実施しなけれ. ばならないということになる。. このような状況の下で、政府は、「サイバーセキュリティ 2014」3). 3)サイバーセキュリティ 2014 情報セキュリティ政策会議に て 2013年 6月 10日決定さ れた。本文にあげた「強靭な」 サイバー空間の構築の他に、 「活力ある」サイバー空間の 構築(産業活性化、研究開発、 人材育成、リテラシー向上)、 「世界に率先する」サイバー 空間の構築(外交、国際展開、 国際連携)も重点項目として 明記されている。 http://www.nisc.go.jp/confer ence/seisaku/dai39/pdf/39sh iryou0502.pdf. 図 1.3 情報保護体制のレベ ルと安全・安心のレベル 水面がインターネット社会の 安全・安心のレベル、木枠の 高さが保護のレベルを表す。 木枠の高さによって、安全・ 安心のレベルが決まる。一番 低い木枠が社会全体の脆弱性 となる。. インターネット社会における安全・安心のレベル. インターネット社会における保護のレベル. 6 ● 第 1章 インターネット社会と情報倫理. において、安全・安心で活力あるサイバー空間を維持するために、. 次の項目に力を入れるとしている。. ■サイバーセキュリティ 2014 重点項目. 「強靭な」サイバー空間の構築. ・政府機関等における情報セキュリティ対策. ・重要インフラ事業者等への情報セキュリティ対策. ・企業・研究機関等への情報セキュリティ対策. ・サイバー空間の衛生. ・サイバー空間の犯罪対策. ・サイバー空間の防衛. これらの中で、一般ユーザーに深く関連するものは「サイバー空. 間の衛生」である。これは、インターネットスマートフォンの普及. からわかるように、若年層から高齢者までのあらゆる世代、個人・. 家庭・職場・公共施設などのあらゆる場面、国民一人ひとりの日常. 生活や社会経済活動等のあらゆる活動にサイバー空間が拡大・浸透. しており、そのそれぞれの場面で様々なトラブルが発生している。. 個々のトラブル形態が多様化している中、政府や企業等の対応には. 限界がある。また、いかに安全・安心なインターネットの技術があっ. たとしても、ユーザーがそれを使用しないことでウイルス感染の被. 害が広がってしまうこともある。事実、ウイルスに感染したユーザー. の PCが他のコンピュータへ攻撃を加える例が報告されている。し. たがって、「サイバー空間の衛生」には、ユーザー自身もセキュリティ. 対策が不可欠となる。. ユーザーのセキュリティ対策としてよく持ち出される議論に、イ. ンターネット免許制がある。これは車の運転と同様に、国から許可. を得たものだけがインターネットを利用できる、とするものである。. 確かに、インターネットを使う個人が特定できることから、犯罪捜. 査には有効かもしれない。しかし、国がインターネットという「通. 信」にそこまで深く介入することは、通信の秘密や表現の自由に抵. 触する危険性がある。ウイルス対策ソフトの導入を義務づけるとい. う案もあるが、それも現実的には免許制にでもしない限りなかなか. 実行できないだろう。このように政府が個人に対して安全・安心策. を徹底させることは、技術的にも制度的にも難しい。したがって、. 個人の安全・安心は、個人に任せるのが大前提となる。. これに関連して、総務省は「永遠のビギナー問題 4)」を指摘してい. る。これは、情報セキュリティについてのスキルや意識が必ずしも. 高くない一部のユーザーが存在することによって、高度なセキュリ. 4)永遠のビギナー問題 総務省「次世代の情報セキュ リティ政策に関する研究会 中間報告」にて、利用者はイ ンターネットをはじめとした ICTを利用する際の社会的責 任として、一定程度の基本的 な情報セキュリティ対策を必 ず講じなければならないと提 言している。 http://www.soumu.go.jp/s-ne ws/2008/080404_10.html. 1.3 教育と倫理の重要性 ● 7. ティレベルをもつ人や組織の対策が十分に社会に反映されないとい. う問題である。そのようなビギナーに適切な対策を取る必要がある。. 以上のことから、インターネット環境を構築するには、ユーザー. がいかにセキュリティ対策を施すかが要となる。そのためには、教. 育が重要な要素となるであろう。サイバーセキュリティ 2014でも、. 情報セキュリティ普及・啓発プログラムおよび人材育成を重要事項. としている。しかし、そこにも課題がある。大企業や行政機関では、. 従業員への教育が徹底されてきた。学校でも情報モラル教育が行わ. れている。その一方で、シニアや主婦など組織に属さない人や、組. 織に属してはいるがその組織が明確な保護基準や教育システムを有. していない人、例えば中小企業の職員、NPO/NGOスタッフなどは、. きちんとした情報セキュリティ教育を受ける機会があまりない。ま. た、少数言語の外国人の人には、経済的な理由や言葉の壁の問題が. あるかもしれない。. 情報保護の仕方にも問題がある。大企業の保護体制は定型化して. いる。しかし、中小企業やボランティア団体、家庭では、いったい. 何をどうすればよいのか、どこまで気を付けたらよいのか明確な基. 準がないのも事実である。それを質問したくても、たずねる相手が. 近くにいない場合も多い。情報保護レベル向上に教育が必要である. とするならば、どうすればすべての人に教育の機会を与えられるか. だけではなく、何を教えるのかも検討しなければならないだろう。. 本書では、以上のような背景を踏まえ、まず私たちは何を学ぶべ. きかを取り上げる。それは、現在インターネット上でどのようなト. ラブルが起こっているか、そして、それらに対してどのような技術. 的対策や法的対策があるのか、ということである。次に、それらの. 技術的・法的対策は十分なのか、問題を取りこぼしてはいないか、. また逆に新たな問題を引き起こしてはいないか、などを検討する。. そこでは一刀両断に解決できない面もある 5)ことにも触れる。. インターネットや PCの発展が、様々な問題を表面化させたと考. えてよいだろう。著作権を例にとれば、もはや新聞社、出版社、テ. レビ局、レコード会社等だけが情報発信できる時代ではない。誰も. が自由に自分の考えを社会に発表したり、曲や映像を制作し発表す. ることができるようになった。その中には、既存の著作物をアレン. ジして新しい作品を創作し、人々に感動を与えている作家も多い。. 彼らの作品を一方的に著作権法違反とすれば、私たちは文化の発展. において多大な損害を被ることになるだろう。同様に、個人情報保. 5) 一刀両断的に解決でき ない面もある 著作権は尊重しなければなら ない。しかしその一方で、先 人の作品を使うことでオリジ ナリティが育つという面も否 定できない。作品をどこまで 保護し、どこから自由に利用 させるかは、その権利を独占 したい者とそれを使い新たな 価値を作りたい者との権利の 衝突と捉えた方がよい。どち ら側にも正しさがあり、「法 律がこう定めているから」で は解決できない面がある。む しろ、法律をどう整えていく かを考えなければならない。 同様の問題は個人情報保護で も起こっている。. 8 ● 第 1章 インターネット社会と情報倫理. 護をないがしろにすればプライバシーが侵害されるが、過剰な個人. 情報保護を許せば、匿名社会へと陥るだろう。. もはや、問題の解決を他人任せにすることはできない。問題に直. 面する度に、私たち自身がそれについて考えていかなければならな. い。そこでは技術的な知識や法律の知識だけでなく、「社会のため. に考えてみたらこれが正しい」という情報倫理の観点が必要になっ. てくる。なぜなら、インターネット社会では次々と新しい価値が生. まれ、法律や保護技術はその後からついてくるからである。. とかく情報倫理は「安全・安心な情報社会に必要なルール」と見. なされることが多い。その結果、ステレオタイプ的なモラル教育が. 増えている。しかし本書では、情報倫理を、そのような受動的なも. のだけではなく、誰もが快適な生活を送れる社会を作るために、私. たちそれぞれが今ある諸問題を考えたり、規則やモラルはどうある. べきかを考えたりする時に根底にあるものと捉える。それは、法律. の制定や情報保護技術の導入において、重要な役割を果たすもので. はないだろうか。今必要なのは、ルールそれ自体ではなく、ルール. を作っていく知恵ではないだろうか。. 演習問題 Q1 アニマルシェルターのように、インターネットを社会貢献に. 有効活用している例を探しなさい。. Q2 聴覚障がい者にとって、PCやインターネットがどのように活. 用されているのかを調べなさい。. Q3 図 1.2の警視庁「サイバー犯罪の検挙状況等について」の最. 新版を検索し、最近の傾向を確認しなさい。. Q4 「インターネット免許制度」の問題点について、まとめなさい。. Q5 インターネット社会における安全・安心の確保には、すべて. の人が対策に取り組まなければならない理由を説明しなさい。. Q6 インターネット社会における安全・安心の確保には、個人へ. の情報セキュリティ教育が必要である理由を説明しなさい。. 情報格差と情報弱者、永遠のビギナー問題トピックス①. トピックス① ● 9. 情報弱者(information shortfall)については、明確な定義はない*が、. 情報格差(デジタルデバイド,digital divide)によって生じた概念で、. 情報強者に対峙するものとして捉えることが多い。情報格差は、インター. ネット回線や情報機器などのインフラを利用できない社会的貧困や回線. の不整備、身体的障がいなどによって生じる。ただし、環境が整備され. ても、直ちにそれを十分に活用できるわけではない。活用方法の教育も. 情報弱者を生み出さないための大きな要素となっている。. 2000年、国によって一斉に IT講習が開催された。これも情報格差を. 解消する目的であったが、2つの点で不十分であった。1つは、日々進. む技術に対応するには、1回限りの講習ではなく継続的な講習が必要で. あること。これは、受講者の理解の程度が様々であり、苦手な人をフォ. ローすることも重要だからである。もう 1つは、講習内容が PCやイン. ターネットの基本操作のみであったこと。情報弱者に陥らないためには、. 以下の 4つの能力**が必要ではないだろうか。. ①インターネットや PCを使いこなしたり、情報を検索できる能力。. ②必要な情報を検索でき、その内容を鵜呑みにせず文脈に沿って批判. 的に解釈する能力。. ③自らの考えや意見を、社会に発信できる能力。. ④情報の有益性と危険性を見分け、危険に対して正しく安全に対処で. きる能力。. 社会の情報化が進み、メール、インターネットショッピング、確定申. 告、パブリックコメントなど、社会と関わる窓口がインターネット化し. ている。情報機器の使用方法のみではなく、自分の考えを上手に伝える. 方法も習得できなければ、社会から孤立してしまうことになりかねない。. また、リスクに対しても正しく対処できなければ、生命や財産が失われ. ることになりかねない。まさに今、情報を上手に利用できる能力が求め. られている。. 日本における情報弱者の中には、金銭的に PCが購入できないという. 人以外に、「情報化は必要ない」***と考えている人も多数いる。この. ような人は、新しい技術を学ぼうとしないために技術を習得できず、「永. 遠のビギナー」と呼ばれる新たな階層となり、公共サービスのオンライ. ン化に対応できない、情報セキュリティに無関心でウイルスをばらまく. など、社会の情報化をさらに一歩進める上で負担となっている。. これを解消するためには、PCのインターフェイスの向上とウイルス. 対策等のセキュリティの自動化が必要である。そして永遠のビギナーに. 対して、情報技術がどのように便利であるか、その利便性を保つには何. をしなければならないか、啓発する必要があるだろう。. * 明確な定義はない Wikipedia「情報格差」 http://ja.wikipedia.org/wiki/ 情報格差 IT用語辞典 e-Words「情報 弱者」 http://e-words.jp/w/E6838 5E5A0B1E5BCB1E88085. html. ** 以下の 4つの能力 水越伸は、インターネットを メディアとして捉え、それを 活用するには、① PC、ビデ オなどを操作する「メディア 使用活動能力」、②情報をそ の特性や文脈に基づき、批判 的に受容し、解釈するメディ ア受容活動能力、③様々なメ ディアを用いて、個人や集団 の意見、主張などを表現し伝 えていくメディア表現活動能 力が必要と述べている。情報 を発信することで、発信する 側の立場が理解でき、受容能 力にとって情報発信能力が不 可欠と指摘している。 水越伸『デジタル・メディア 社会』岩波書店(2002). *** 情報化は必要ない インターネットは無関係、必 要ないと考えている人は、「デ ジタル化を受け入れなかった 人(Digital Unacceptable People)」と呼ばれ、富裕・ 貧困に関わらず存在し、社会 問題となっている。. 2.1 インターネットの特異性 ● 11. 現在、インターネットは様々な問題を抱えている。しかし、トラ. ブルはインターネットだけに限ったものではない。人が行き来する. 街の中でも、くつろいでいる居間でさえも起こり得るものであり、. 実際に発生している。それにも関わらず、私たちはインターネット. に何らかの特異性を感じてしまうのはなぜだろうか。それは、イン. ターネットが現実社会と異なる点が多いからであろう。ここでは、. インターネット上のトラブルについて述べる前に、まず、その特異. 性について整理してみよう。. 2.1.1 バーチャル 1) インターネットは仮想空間、すなわちバーチャル空間であるため. トラブルが多いという意見がある。この見解は必ずしも間違いとは. いえないが、トラブルの原因をすべてバーチャルのせいにすること. は早急であろう。. そもそも仮想空間といわれるものは何であろうか。2000年頃に、. インターネット上に現実とは別の都市を作ろうという試みがあっ. た。その代表は、「セカンドライフ」(図 2.1)である。そこには ID. 登録した人々が行き交い、有名企業が土地を購入して出店し、セカ. ンドライフ限定商品を販売するなどのビジネスが展開され、かなり. 現実を模したもう 1つの都市があった。. 確かに、このような都市の建物などは実社会には存在せず、コン. ピュータのデータに過ぎない。しかし、そこで注文した商品は宅配. 便で私たちの手元に届くのであって、バーチャルといっても、その. 向こうには店主がおりこちら側に買い手がいて、その両者がセカン. ドライフという場を介して売買をしている。実態はインターネット. モールと大きく変わらない。住人がいろいろと会話やゲームを楽し. んでいるが、それはインターネットゲームやコミュニケーションサ. イト等と根本的には変わらないだろう。つまりバーチャルに対する. 不安は、人々出会い交流する場が物理的にあるのではなく、コン. ピュータのデータとしてあることによるものであろう。. 1)バーチャル 本来は“He is a virtual manager (彼は事実上の責任者だ)”の ように「仮ではない」という 意味で使われている。 しかし、日本語では、“Virtual Reality(バーチャルリアリ ティ)”を「仮想現実」「人工 現実感」「疑似体験」と訳す ることが多い。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ バーチャルリアリティ. 2.1 インターネットの特異性. ▶▶▶. 第2章. インターネット社会が抱える問題

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