中国の重点学校教育政策についての検討
程 凱
はじめに
本論文は,中国の重点学校の歴史及びそれに関する教育政策の制定,変遷に っいて検討することが目的である。重点学校とは,中国の各省,市,自治区の 教育庁(局)が,当該地域で,教師のレベルが高く,学校の設備が完備し,環 境が良く,実力のある指導者がいる小学校(6年)及び中学校(中国の場合は 高校を含む6年)を重点学校として確定し,他の学校と区別してある特定の目 的のために特別に扱われる学校のことである。
中国の重点学校政策は,歴史的に二段階を分けることができる。すなわち,
建国(1949年10月1日)以後の1953年から1966年の文化大革命の始as6頃までが 第一段階である。第二段階は文化大革命後,1977年から始まって,現在にまで 続いている。段階によっては歴史的な背景が違っており,重点学校政策は実行 する目標も変わってきた。現在の中国改革開放政策における教育政策は,経済
政策の一一一一一部分として行われているのである。重点学校政策は人為的に学校にラ
ンクをっける故に,学校格差の問題を激化する。このことが現在の教育現場に いろいろな問題をもたらしている。特にすでにあった受験競争が過激化してい る。また公立学校は,基本的に小額の授業料を徴収しているが,後に述べるよ うに,重点学校では様々な形態の授業料徴収が見られ,私費生の存在が公立学 校の授業料を混乱した状態に陥れているのである。したがって,中国の重点学 校政策は,市場経済政策とともに,今後,どう行わればよいのか,検討を加え
なければならない火急の課題なのである。
一.中国の重点学校の歴史及び重点学校教育政策の変遷 1.第一段階(1953年〜1966年)
中国の重点学校は,建国(1949年10月1日)以後,中心的な教育政策として 行われてきた。1953年5月に「中央政治局会議i」で,当時の中国の最高領導者
の毛澤東氏が建国直後の経済が立ち遅れていた現状にっいて,「重点学校を設 置すべきである」とよびかけたのがきっかけである。これを受けて同年5月26
日に当時の教育部(文部省相当)は,とくに中等学校(中学校,高校)の教育 の質を高めるために,各省,市,自治区から良い学校を選び出し,それを重点 学校とすることを決めた。そして,6月に北京で「第二次全国教育会議」が開 かれて,重点学校に関する問題を検討した上で,同年7月から,各省,市,自 治区で重点学校を設置し始めることになった。中国の教育部の決定によると,
「北京で20校,江蘇で14校,天津,上海,四川,安徽福建で各10校,漸江で 9校,山東で8校,河北で7校,湖南で6校,松江,広東,河南,湖北で各5 校,広西,沈陽吉林,山西,重慶,陳西で4校,雲南,貴州,迂東,迂西,
江西で各3校,武漢,黒龍江,旅大,甘粛,西安で各2校,青海,寧夏,新彊,
西康,緩遠,熱河,鞍山,揺順,本渓,広州,内蒙古で各1校」が重点学校と された。重点中学校は合計194校で,全国の中学校の4.4%を占めていた。
すでに述べたように重点学校政策の導入は,毛澤東氏のよびかけに始まった。
1953年から1966年にかけては,「中国の社会主義建設するために,優秀な人材 を育成しよう」という目的により,重点学校教育政策は推し進められてきた。
時代に遅れをとった中国にとってはその政策が必要だと思われた。それに,多 年の戦争によって,子どもたちは平和な,豊かな環境を奪われていたので,長
い間正常な教育を受けることができなかった。中国共産党を核とする政府機構 は社会主義的な経済を発展させ,将来の継承者を培うたあに,エリートを育成 することを重視したわけである。
60年代初期には,重点中学校を設置する過程で,生徒によって違った方法で 適切な教育を施し,エリートを育成することが重要な教育内容として強調され
た。1962年12月21日に国家の教育部によって,「重点全日制中学校,小学校の
中国の重点学校教育政策についての検討 67
設置にっいて通知」が発表された。重点中学校,小学校に関しては以下のよう に具体的に規定している。
「第一,各省,市,自治区の教育庁(局)には,当地で教師のレベルが高く,
学校の設備が完備し,環境が良く,実力のある指導者がいる中学校,小学校を 選び,それを重点学校を確定することである。第二,重点学校の教育は「全日 制中,小学臨時条例」に従って行うべきである。第三,重点学校を設置するこ とにっいての具体的な措置は次のようなものである。1.重点学校の規模を合 理化,安定化することである。要するに,学校の規模は大きすぎてはいけない,
クラスの人数は高校では40人ぐらい,中,小学校では45人ぐらいにすることが 適当である。2.学校の指導力と教師のレベルを高あることである。3.重点学 校に対する必要な物質の条件を充実することである。たとえば,校舎,図書,
機械,厚生などの設備,そして,物理,化学,生物などの実験室と図書館を整 えることである。特に一般の学校より優先することが強調された。4重点学校 の生徒募集の範囲を適当に拡大することである。重点小学校の場合は,ある程 度学区の限制を超えて,募集してもよい。重点中学校の場合は,市,県の以内 に限られる。それに,農村で優秀な生徒を育成するために,当地で重点学校を 設置する以外に,寄宿ができる都市の重点中学校にも農村の生徒出すべきであ
る。第四,教育行政では重点学校に対して,分級管理(各クラスによる管理,
注:クラスによる管理は,上から下へ統一して管理することである)と二重指 導(二系統による指導。注:二系統による指導は同学校側による指導と上層機 関による指導)の方法が採用されなければならない。第五,以上のきまりによっ て,各省,市,自治区教育庁(局)がこれまで確定した重点学校とともに,改め て重点学校を設置することである。」(『中国教育改革』一教育学文集)
さらに,1963年1月に教育部は重点中・小学校にっいての問題に関して,雲 南省の教育庁に対して,次のように回答した。「(1)教育の合理化と安定化は全 日制の重点中・小学校を設置することに基づき,上の学校の規模と数に適応し なければならない,そして,重点高校はすべて重点中学校に含まれるべきであ る。(2)重点学校を設置することはハイレベルの学校をっくるのを中心とするこ とである」(注1)。この回答から,当時の重点学校の教育政策はエリート養成を
目標としていたといえるであろう。
文化大革命がはじまる前には,その教育制度を実行した結果として,大量の すぐれた人材が中国の経済,文化,教育及び政治などの領域で才能を発揮する ことができた。しかし,エリート養成を中心としての重点学校の教育政策は,
中国の受験競争を激化させてきた。1963年9月におこなわれた全国27省,市,
自治区の重点中学校に対する調査によれば,1953年には全国の重点中学校の数 は196校であり,その後十年間に,487校になった。しかし,全中学校に占める 重点中学校の比率は1953年の4.4%から1963年の3.1%に減らされた。こうして 義務教育を受けた後に進学希望者が受験競争に巻き込まれることがますます激
しくなっていった。
1963年1月,2月に上海,天津で「中学校教育にっいての交流会」が開かれ て,「生徒の間に差が存在しているのを承認しないことはエリートの育成を妨 げることになる」と指摘された。しかし,そのときエリートを養成することが 重視されなければならないということが強調されていた反面,一般の生徒に対 する教育が見落とされていた。
結局,第一段階の重点学校政策は,エリート養成にその主たる目的があった ということがいえる。
2.第二段階(1977年〜現在)
1966年から1976年にかけて,文化大革命の十年間にはすべての教育政策を廃 止するとともに重点学校の教育政策も中止された。しかし,1977年,当時に国 務院副総理だった郡小平氏は「社会主義現代化に必要な人材を育成するために,
重点学校は設置しなければならない」(注2)と再び提出した。
1977年以後の重点学校政策の復活は,十年間の文化大革命に原因があった。
文化大革命が経過して,中国の経済は悲惨な状況になっていた。建国以来培っ てきた優秀な人材には,文化大革命の間に政治的圧迫を受けて命を失った人も いるし,外国にいってしまった人もいるため,文化大革命後の中国政府は,優 秀な人材が欠乏するという現実に直面した。これに対して,重点学校の教育政 策を回復しようとしていたのである。
中国の重点学校教育政策にっいての検討 69
これを受けて教育部は,1978年1月に国務院の認可を受けた上で「重点小・
中学校を設置する試行方策」(注3)を発表した。1980年7月,教育部の全国重点 中学校にっいての会議では,「分期分批に重点学校を設置することにっいての 決定」(注4)を制定し,同年の10月には国務院に認められた上で発表された。そ
して,1980年12月に国務院の「小学校教育の普及にっいての決定」(注5)では,
とくに重点小学校を設置することが強調された。
1980年7月28日〜8月4日に,教育部は「全国重点学校教育会議」で「分期 分批に重点学校を設置することに関する決定」(注6)を発表した。その中で,重 点学校に存在している問題についてっぎのように指摘した。まず,重点学校を 設置するだけではまだまだ不十分であり,本当の意味での重点学校がまだでき ていない。また,単純に進学率を高めることを求めているたあに,生徒は学習 以外の時間があまりに少なく,精神的な負担を重くし,豊かな性格を育成する ことが妨げられている。以上の問題に対しては重点学校の教育政策を実行する と同時に絶えずに改善を加えなければならない。「決定」は,重点中学校を設 置することが国家の政策として行われるべきだと強調している。そして,中国 の社会主義の現代化を実現するには優れた人材が非常に必要である。人口が多 くて,経済力が弱いのが中国の現実であり,教師の人数,経費及び設備は有限 であるから,すべての中学校は重点学校のように教育を行うことができない。
したがって,重点中学校を設置し,迅速に優秀な人材を育成することができ,
また,重点中学校は一般の中学校にとってはモデルのような存在となることが できる。最も重要なのは社会主義の現代化の実現に対して積極的役割を果すこ
とである。
「決定」によると,重点中学校は二重の任務を持っている。それは生徒を大 学に進学するために準備すると同時に,技能のある勤労な労働者を養成するこ
とである。重点中学校にとっては次のような三っの基本的な要求がある。(1)生 徒の道徳観念を育成し,学力を高め,体質を向上させるために,重点学校の指 導者は「全面的な発達」という中国の教育方針を深く理解したうえで, 科学 的な教育方法で,すべての教育政策を実行すべきである。(2)学校の指導者と教 師たちは教育規律にしたがって,学校教育を推進することを主とし,そのため
に理論と実際を結びっけ,順序をおって進むこと,また,対象によって違った 方法で適切な教育を施すと同時に,生徒の学力,才能を発達させるためにたえ ずに教育方法を改善しなければならない。(3)重点中学校を卒業した生徒たちは 成績が中国の「教育大綱」に達するだけではなく,大学に進学するに十分な学 力をもたなければならない。また就職する場合は,健康状況が良くて,労働習 慣と労働技能の優秀な生徒を養成することが重要である。以上の要求によって,
「決定」は以下のような措置をとることを提唱している。
(1厘点中学校教育に指導能力がある人は,人数的にできる限り少なめに指導 機関を構成することであり,指導機関の成員は,各省,市,自治区の人民政府
に任免されることが決まりである。重点中学校の教育を指導することにとって は適切ではない人が調整される必要がある,そして,指導者に対する訓練計画 と審査制度を制定すべきである。
(2)重点中学校に対しては教育学,教育心理学及び教育方法などの知識を持っ ている人を選び,優秀な生徒を養成することを担当させなければならない。具 体的な要求としては大学を卒業したものであり,あるいは,師範専門学校を卒 業したものである。また,以上のような能力を相当に持っているものである。
そして,各学科で三分の一以上が豊かな教育経験がある教師,特に外国語の教 師を振り当てることが不可欠である。そういう中堅教師が学校を離れることは 省,市,自治区の教育庁(局)によって決められる。師範大学の卒業生は各省,
市,自治区の教育庁(局)の重点中学校に優先的に振り当てる。一般中学校より 重点中学校のほうが中堅の教師が多くなるようにし,そして,給料の上昇や昇 進などの機会も一般中学校より多くなるようにする。
(3>重点中学校の生徒に対しては道徳観念に関する教育を行うべきである。道 徳観念を育成することは教育の重要な一部分であり,また,新たな時代に育て
られた生徒たちには,時代に応じる教育方法を改めて考えなければならない。
現実によって,政治課程を改革することが大切だと思われる。各学科の教育を を通じて,生徒たちの性格的成長を重視する必要がある。これにっいては教育 という言葉の本来の意味は知識を教えると同時に,全面的に発達する人間を育 てることであるから,重点中学校はこの点に対しては一般の中学校より重視す
中国の重点学校教育政策にっいての検討 71
べきである。
(4にれから,本格的に教育改革を行い,始めるべきである。重点中学校の学 制改革というのは,計画的に六年制とすることである。元の教育課程を改革す べきであり,それに,職業技術の教育課程を増設し,選択課程を設置すること である。基礎知識の教育と基本技能の訓練を通じて,生徒の実力を培うことが できる。学校教育以外に教育活動は生徒に対しては広い世界で,自由に成長し,
特別な才能を持っている生徒はその才能をのばすこともできる。また,学校で 学んだことがもっと深く理解できるようにすべきである。
教育に関する部門は学校教育の改革について,計画的に実験したり,指導し たりすることが重視されるべきである。
(5)重点中学校には学校の規模を確定すべきである。中学校の段階では24クラ スぐらいが適当であり,多くでも36クラスを超えてはいけない。高等学校の段 階では18クラスぐらいで,多くとも,24クラス以内に限定することである。一 っクラスの定員は40〜50人が適当である。以上の事項は随意に変更はできない。
重点中学校の入試方法にっいては,その範囲を適当に拡大し,従来の欠点を 避けることが重要である。そして,応募してきた生徒に対しては,素質も品徳 もよく,かっ,健康であるという三方面にっいて全体的に考査しなければなら ない。それに対する「択優採用」(注:以上の三方面の考査結果によって,総 合的にいい成績をとった生徒を優先に採用することである)という方策を厳し
く実行し,カンニングがないようにしなければならない。
⑥重点中学校の環境を改善し,設備を更新したり,充実したりすることが重 点中学校の設置に対しては物質的な面で必要である。例えば,条件のいい校舎 や教育設備などのことであり,理系の実験室(物理,化学の実験室は少なくと
も各二っ,生物の実験室は一っがあるべきである。)なるべく,生徒は二人組 で実験することができるようにする。もし,できれば専用教室と科学技術活動 室を設立する。それと同時に,教師と生徒は自ら教育道具を製造することを提 唱する。視聴覚手段は教育方法の一っとして利用させるべきである。また,図 書館や閲覧室などを設立し,図書資料を充実することが必要である。生徒が健 康に成長するために,運動場を建設し,体育器材を増設しなければならず,農
村,牧区の重点中学校は寄宿学校を設置すべきである。
今後の中学校教育経費を全面的に計画案配する上で,重点中学校の需要をま ず満たすべきである。経費は各省,市,自治区において基準を制定され,各地 域は,基準により配分することが規定される。校舎の建設や設備の増設などの 経費を,各省,市,自治区の教育庁(局)から統一分配する。学校の収入の一 部分で,学校の物質的な状況を改善することは重点中学校の義務である。
1982年1月21日に,教育部は「現在の中,小学校教育の若干問題にっいての 通知」(注7)を発表した。重点学校と非重点学校の関係について提案したのは重 点学校教育政策を行ってから初めてのことであった。「通知」によると,現在 最も注意しなければならないことは重点学校と非重点学校の間のバランスが崩 れないようにすることである。重点学校と一般学校の教育を合わせて配慮を加 えなければならない。教育機関は一般学校,特に問題がある学校を指導するこ とが必要である。重点学校は一般学校にとっては模範となる役目があるから,
一般学校の教育水準を高めるために,積極的に協力をしなければならない。非 重点学校は重点学校を成功させるために,全力をあげて支持をすることが不可 欠である。したがって,重点学校と非重点学校の関係は相互に見習い,相互に 促進し,教育の水準を共同に高めるということである。
以上のように,中国重点学校政策は,第一階段(1953年〜1966年)ではエリー トを養成することが主として行われ,学力を高あることが重点学校の設置の目 的であった。しかし,第二階段(1978年〜現在)では,重点学校政策はエリー
トを培うことから,もっと広い範囲での子どもへ,そして子どもに対しては単 純な学力によって評価することから,子どもの全面的な発達へ注目することに 変化した。この変遷にはっぎのような二っの歴史的な背景があるのである。
3.重点学校政策の歴史的背景
以上見てきたように,第一段階と第二段階では重点学校政策にはその実現し ようとする目的に違いが見られる。その理由はそれぞれの歴史的背景にある。
第一段階では,八年間の抗日戦争と三年間の国内戦争で,中国の経済は困難 な局面を迎えていた。平和な社会環境,幸福な生活は長い間の中国国民の期待
中国の重点学校教育政策についての検討 73
であり,中国共産党を核心としたの政府にとっては,国家の政権を守るために,
国民の生活を向上させるのが最も重要な任務であった。「社会主義建設を発展 させよう」というのは中国政府が全国国民に呼びかけたスローガンであった。
新しい社会はその社会にふさわしい新しい人間たちによって担われなければな らない。新中国では,旧社会から来た大人の思想改造=人間変革と,子どもた ちを新社会の主人公にふさわしい人間に教育することで,新しい人間を創出し ようとした。
教育当局は「社会主義建設を発展させよう」というスローガンに基づいて,
旧中国の教育政策を改革し,新中国の教育政策を制定した。それに,中国政府 は短い時間で速く優秀な人材を養成するために,「重点中学校を設置する」と いう教育政策を設定した。重点中学校の大多数の卒業生は大学に進学ができ,
また,大学で新中国の高等教育を受けて,社会に入ると,当時の中国経済発展 に対して大いに役立っていたのである。
他方では,中等教育を普及させるとともに,中学校を増設してきたが,重点 中学校の受験競争は激化された。1962年12月に,教育部が「重点中,小学校を 設置することについての通知」を発表してから,重点学校の受験競争は小学校 まで分散することになった。重点中・小学校の教育政策は長期的な観点から考 えれば,大多数の子どもにとっての正常な成長によくない影響をもっものとなっ た。また重点学校にっいての教育政策は,重点学校と一般学校とのっながりを 無視していたから,中等教育を普及することはあまり進まなかった。こうした 学校格差を人為的につくりあげることは,中国政府が一貫して社会主義国家で
は「人々は平等である」とうたっていることと矛盾していた。
そして,この時期,中国は外国との国際的な関係においては,少数の社会主 義国家と友好的にっき合っていた以外には「鎖国政策」を推し進めていた。こ
の環境で育ってきた生徒は学力は高かったが,もっと広い世界を見ることがで きなかった。学力が高いというのは中国国内においてのみいえるが,国際的に 比較すればそういえるかどうかは疑問である。教育の本来の目標は国家の社会 主義建設のために,人材を育成することであるが,国家の社会主義建設という 重要な役目を担当する人物は学力が高いだけではなく,自立的に問題を分析し
87
P2注:1.この表は1982年4月に重点中学校に関する資料によって編成されたものである。
2.建国初期の行政区は現行と違っているが,1953年の重点中学校は学校は地域にあ る省,市,自治区によって計算したものである。
中国の重点学校教育政策についての検討 75
ながら,解決する能力が必要である。「鎖国政策」下で重点中学校政策を行っ た結果は,高い学力,低い解決能力の生徒が多かったという現象を生んだので
ある。
第二段階では,文化大革命の十年間では,重点学校教育政策は他の教育政策 が廃止されたのと同時に中止された。この十年間に,教育は「資本主義を批判 する」ということを中心としておこなわれていた。当時の中国教育は後退して いた。十年の「内乱」の後に,中国政府は経済回復のために,いろいろな措置 を制定した。特に「中国の特色がある社会主義現代化」を実現するために,教 育政策は改めて制定しなければならなかった。したがって,1977年のある会議 で郡小平氏は,「社会主義現代化を実現するために,すぐれた人材を養成する
ことが必要であり,まず,力を重点学校にいれることである」(注8)と提案した。
今度の重点学校政策は以前のものを回復した上で,中国の経済政策を改革する とともに,教育政策も改めるものであった。
中国政府は1979年から,「工業,農業,国防及び科学技術の現代化を実現し よう」(注9)と全国国民に呼びかけた。改革開放政策は中国の経済発展を促し,
国民の生活を向上させてきた。また,社会的な開放が国際的に広い交流を拡大 したことは,以前の「鎖国政策」を否定するものであった。現代社会における 経済成長は科学技術に依拠し,国際的な経済競争は実際に科学技術の競争であ
る。それに,科学技術の成長は,優秀な人材の育成を通じて実現するのである。
したがって,教育の「現代化」の実現は重要であり,中国政府は多年の実践経 験によってこのことを認識しており,教育の「現代化」は「四っの現代化」
(工業,農業,国防及び科学技術の現代化)を実現する前提だと思われるように
なった。
4.中国改革開放政策における教育政策の特徴
1983年の建国記念日にあたり,郡小平氏は北京の景山学校(重点中学校)に
「教育は現代化,世界及び将来に向かって行われなければならない」と「題字」
(記念の文章)を記した。この題字はそれ以後中国の教育改革の方策として実 行され続けていった。十年間にわたって,重点学校と一般学校はいずれもこれ
にしたがって,教育を行ってきた。十年間の教育実践を通して,その方策は中 国の教育改革と発展に対しては効果的であると教育研究者に認められている
(『光明日報』1993.9.23……『当代中国教育発展の戦略指針』による)。
現代の中国教育政策には,次のような特徴がある。
第一,中国の教育を優先して発展させることは重要な戦略地位に置かれるべ きである。そうしなければ教育の「現代化」は実現できないのである。教育は 全局性,先導性がある基本産業として中国の「現代化」を実現するプロジェク
トであり,積極的に押し進めなければならないものである。
第二,教育と中国経済発展との関係は相互に適応し合うということである。
そこでは教育が社会主義建設のために行われ,社会主義建設が教育を頼らなけ ればならない。社会主義現代化には教育に対する本質的な要求があることが明 らかになり,中国の教育は経済を中心として行うことに転換されたのである。
これは中国の教育が新しい時期に進入したことを示している。
第三,社会主義の市場経済に応じて教育の「現代化」は実現されなければな らないことである。教育の「現代化」を実現するキーポイントは具体的にいえ ば,教育方針をきちんとさせ,教育構造を上質化することであり,また,教育 内容,教育方法及び教育手段に対する「現代化」を実現することである。社会 主義の市場経済体制は大衆的な事業であるから,国民の教育水準を高めること
は市場経済が発展するかどうかの決定的な要因である。
第四,教育政策は「現代化」,「世界」及び「将来」という三つO,側面の内的 な関連をとらえるべきである。教育は世界に向かうものであり,根本的には国 際的競争に対応する重要な課題であり,そして,中国の社会主義「現代化」を 実現する目標に適応しなければならない。現代の世界において経済と科学技術 が迅速に進んでいる現実をみると,中国は今後二十一世紀にむけて,経済社会 を加速的に発展させるために,将来性がある多様な人材を培うことを重視しな ければならない。
以上によれば,中国の教育政策は経済政策の一部分として実行されているこ とが分かる。中国建国初期の教育政策は「無産階級革命事業を受け継ぐ人」を 培うことが教育の目的であった。これに対して,現在の教育政策は社会主義の
中国の重点学校教育政策についての検討 77
「現代化」の実現という目的に転換されたといえるであろう。
二.中国の重点学校教育政策における学校格差 高校教育中心として
中国では重点学校の教育政策が行われているたあに,小学校から中学校への 入試,中学校から大学への入試は,いずれも日本の入試より厳しいのである。
1993年4月から受験競争を緩和させるために,中国教育委員会は,各省,市,
自治区に「中学校入試改革方案」(注1°)を指令した。「方案」によると,「義務教
育法を貫徹し,二十一世紀に向けて人材を培うために,中学校入試制度を改革 しなければならない。小学生までの受験競争を緩解させ,小学生の精神的な負 担を減少させることは,生徒の全面的な発達を促すことができるのであろう。
また,重点学校でも,非重点学校でも積極的に教育を高める主動性は重視され てくるのである。」そして,「方案」は次のような三っの要点をあげている。
「1.市政府は認めた上で,1993年から小学校から中学校への統一的な入試を 取り締まり,小学校卒業生は自分の家から近所の中学校に進学すると同時に,
少数の優秀な生徒は自らに中学校を選ぶことを認められる。2.中学校の入試 を取り締まると同時に,小学校に試験の命題を指導し,訓練することは強化す べきである。3.中学校の格差を縮小することは低いレベルの中学校に対して
は,重点に改革することにある,これから,われわれが努力すべきことは全体 的な中学校の教育水準を高めるということである。」さらに,「北京教育委員会 政報」(1997年第一期)の「現在義務教育段階を規範に運営行為に関する若 干原則意見」によれば,「義務教育段階では,重点学校,重点クラスなどを設 置しない」ということである。
これは中国の入試制度改革の第一歩であり,改革に踏み出したことの意義は 承認されなければならない。ところが,まだ重点高校教育政策が残っている。
高校の学校格差が生徒の進路を分化させる選抜機関になっていることである。
高等学校の進学率が上昇してきた今日,実質的な進路選択は,高校卒業時に行 われるといってもよいであろう。青年期にさまざまな経験を積みながら,将来 の生活にっいての計画を立てたり,自分にあった方法での社会参加を考えてい
く。その第一段階として,高校卒業後就職し,ただちに実社会へ出るのか,上
級学校へ進学して,さらに,専門的な知識や技術を習得するるかという選択を 迫られることになる。
この時期に進学率が急激に上昇した背景には,社会状況の変化,価値観の変 化,そして,国民の教育に対する要求などがあると思われる。とくに親が,日 常生活において,学歴がないために損をしたというような体験が,進学率の上 昇の原動力になることもあろう。中国の場合はこれからそういうことが多くなっ てくると思われる。なぜなら,いまの親たちはほとんど十年間の文化大革命の 間に成長してきたため,その時代に自分の夢が実現できなかったから,どうし ても自分をかわりに,子どもには大学を出てほしいと望む者が大勢にいること は確かである。
高校の背負わされた宿命の一っは,大学との接続であり,もう一っは,終了 コースとしての性格を維持することである。しかし,この両者は,相互に対立,
矛盾する性格であって,この均衡を,どのように処理してゆくかは,高校教育 の最も困難な課題である。ところが,高校はより強く大学の入学者選抜による 圧力をうけている。その背景には高校生の親たちの異常ともいえる学歴希求か ら来る圧力がある。より大学進学に有利なルートの確保が,高校教育を受ける 目的であると考える親たちの前では,大学進学に有利と判断された高校の評価 は,大いに高まっていく。大学の進学率からみた学校格差は,そのまま,高校 自体の評価となって固定する。重点校には,希望者が集中し,優秀だと考えら れる生徒たちが選抜されていく。
高校教育の段階においては青少年の成長にとって最も重要な時期であり,社 会,学校及び家庭からの圧力は生徒に自分の将来を考えるようになることを小 学校から始めるように迫っている。学校格差があるゆえに,生徒たちは平等な 教育をうけることができない。社会的な評価は学校のレベルによる表面的なも のとなり,これがそのまま生徒に対する人格や将来性などの判断になっている。
中国の場合には,人為的に高校をランクにづけているから,日本の現実よりも 一層厳しくなっている。
学校を含む教育体制というものを機能から考えれば,「教育政策」,「教育条 件」,「教育過程」,「教育制度」の四っの領域になる。選抜はこの体制の四領域
中国の重点学校教育政策についての検討 79
の中では,「教育制度」,即ち,政策と条件に支えられた教育過程の効果測定と 調整の領域の中に位置づけられる。学校における選抜は二っの観点から構成さ
れる。その一っは,学校という教育を主機能とする機関からの,いわば「原則」
上の構造である。もう一っは,選抜の対象からの,いわゆる「実質の希望」か らの構造である。したがって,選抜は,「原則」的にみれば,被教育者の持っ 能力・適性の最善の発揮を願っているが,また,制度上からみれば,選抜の作 用は,被教育者を教育のコースに従って「ふりわけ」てゆくことではないであ
ろうか。
高校の学校格差が存在しているために,受験競争は激化されている。現代高 校生たちは好むと好まざるにかかわらず,いわゆる「受験体制」の中に組み込 まれている。高校での進路指導とくに大学や学部の決定においても,学業成績 や模擬試験の成績が重視され,生徒の適性が十分に考慮されていない。この傾 向にっいて,中国の場合には,重点高校でも,非重点高校でも教育は大学に進 学するために準備期として行われている。
前出の総理府調査結果と,中国の北京第二中学校(重点中学校)に対する調査 結果(筆者の調査)によると,多くの高校生が一番心配していることは進学する
ということである。進学ができるかどうかによって生徒に対する社会的な評価 がされ,人生の道を決められる。最初の就職が人間の一生を決定されるから,
その最初の就職を決定する大学の入試がますます人生の一回勝敗になり,受験 競争の問題がますます深刻になってきた。高校の受験準備偏重がもたらした高 校教育の荒廃,「一流高校」一一流大学への入学率が最も高い高校 受験 準備に忙殺されるという形で中学校,小学校への影響も大きくなってきた。
中国経済の発展に伴って,日本の私立高校の場合と同じように,重点学校に 入れるかどうかが生徒の家庭の経済力によるのという問題が生じてきている。
たとえば,中国の重点高校の入試は厳しくて,入学は点数で決まっている。し かし,中国の北京第二中学校に対して調査した結果によると,その学校の教師 たちの話しでは,足りない点数の変わりに,親はそれなりのお金をはらえば重 点学校に入学ができる。大体,中国円の6,7千元から2,3万元まで(日本円
の11〜13万円から37〜55.5万円まで)とのことである。普通の家庭にとっては,
その金額は非常な大金である。この点にっいては,今後の中国の教育はどうい う方向にすすんでいくかという問題として深刻に考えられるべきである。
中国の場合には,政府の政策によって重点学校をきめたのである,人為的に 高校にランクがっけられ,ただ一回の高校入試が,生徒が三年間の高校生活を どういう環境で過ごすかをきめる。それに,重点高校は一般高校と環境が全然 違っていることについて中国国民は周知である。中国教育部の重点高校に関す
る政策は前に述べたような「力を入れる」というものとして設置したものであ り,実力のある指導者,レベルの高い教員及び先進的な設備を少数の学校に集 めていることに対して,親たちは自分の子どもにそういういい環境で勉強させ たい気持ちをもっことになる。このことは理解できるのではないであろうか。
また,重点高校の教師の待遇にも差があるから,物質的な観点から考えると,
教師たちは高い待遇の学校に勤めたいということが当然であり,そして,良い 成績の生徒は教えやすいのである。このことから重点学校の存在は,一般高校 教育にとっては,消極的な影響をもっている。大学の進学率による奨励制度を 実行しているが,重点高校の進学率は非重点高校より高いのは当然であり,進 学率を追求すればするほど重点高校と一般高校の格差が大幅になってきている。
「現在最も注意しなければならないことは重点学校と非重点学校の間のバラン スを崩れないようにすることである。重点学校と一般学校の教育を合わせて配 慮を加えることは重視しなければならない」(注11)という課題はまだ実現できな
いでいる。重点高校と非重点高校間のバランスをとるという課題の設定自体は これまでの重点高校の教育政策と矛盾しているのではないであろうか。
また,高校入試制度の改善における学力による選抜問題があげられる。中学 生の時代は体と心が最も急激に発達する時期であり,それ以前の時期とは違う,
他者との深い人格的な交わりのなかで,自我に目覚あ成長する時期である。そ のためには,友人たちとの豊かな交流や協力の体験がっまれなければならない。
また,社会や自然に対する視野が飛躍的に拡がり,それらを全体としてとらえ ようとする興味や関心がうまれる。知的な発達も顕著になり,すじみちを立て て,論理的に思考する能力が伸びる時期でもある。一言でいえば,中学生は,
人生の選択にむけて基礎的に準備する大切な時期にある。その発達の急激さの
中国の重点学校教育政策にっいての検討 81
たあに,ときにはバランスを崩し,心は揺れて傷っきやすくなっている。その 課題の大きさと困難さのために,つまずいたり挫けたりしやすい時期でもある。
そうした中学校教育のあり方を歪め,大切な中学生の時期を押しっぶしてしま うおおきな原因になっているのが高校入試である。
中国の市場経済に伴って,公立学校で私費学生が在学することや,私立,民 営学校の現象が現れてきたことなどを考えてみれば,中国の入試制度及び他の 教育政策はなお一層根本的に改革しなければならない。
おわりに
以上では中国の重点学校教育の歴史,重点学校教育政策の変遷,改革開放政 策における教育政策の特徴及び重点学校教育政策における学校格差などをめぐっ て,中国の重点学校教育政策にっいての検討を行ってきた。その中には,重点 学校の歴史をみれば,重点学校政策が現代中国の教育歴史上重要な役割を果た していたのは明白である。また,段階によっては,政策が変わってきたのも時 代の要求なのではないかと思われる。しかし,教育現場では,小・中学校の学 校格差や公立学校の授業料の混乱など,さまざまな問題はまだ若干残っている。
それらの問題は大変重要なものであり,真剣に考える必要があるので,今後の 研究課題としたい。
注1:『中国教育年鑑』(1989)(P167)
注2.3.4.5.6.8:同前書(P168)
注7.11:同前書(P170)
注9:同前書(P169)
注10:『北京市教育局文件』(1993年4月13日)(P3)
参考文献
1.『中国教育年鑑』(1949〜1989) 中国大百科全書出版社
2.盟裸奎主編『中国教育改革』教育学文集 1991年3月 人民教育出版社 3.「光明日報』1993
4.『北京市教育局文件』1993年4月13日
5.「北京市教育委員会 政報」1997年第一.二期
6.五十嵐顕・大田尭・山住正己・堀尾輝久『教育小辞典』1990年3月5日 7.久世敏雄『高校生の心理と教育」1982年12月20日 福村出版株式会社
岩波書店