St. Paul’s Annals of Tourism Research No.18 March ʼ16 pp.35 43.
1.研究の背景と目的
(1)研究の背景
世界のホテル産業ではグローバル・ホテルオペ レーターと呼ばれるホテル企業の活動が活発であ る.インターコンチネンタル社,マリオット社,
ヒルトン社などのホテルチェーンは,数千軒とい う規模でホテルをグローバル展開しているという だけでなく,企業そのものの国籍が特定できない ほど,その活動から国境という概念を取り除いて いる.ホテルの利用客,経営者,従業員のいずれ もが多様な国籍の人々によって構成されているこ れらのホテル企業がグローバル・ホテルオペレー ターであるなら,日本発祥のグローバル・ホテル オペレーターは存在しない.
グローバル・ホテルオペレーターの誕生と発展 に大きく寄与したのがホテルマネジメント契約で ある.ホテルマネジメント契約は,1960 年代,
米国のホテル企業によって導入された.その後,
米国の経営様式,あるいは,経営思想に影響を受 けながら発展してきた.上記ホテルオペレーター によるグローバル展開は,アメリカ型グローバラ
イゼーションとして普及したのである.
ホテルマネジメント契約とフランチャイズを用 いて市場を開拓するというホテル産業独特の事業 形態は,先例のない規模で世界各地でのホテル開 発を可能にしたことで称賛される一方,その短期 志向性や同質的ホテルが大量に生産されることに 批判が集まることもある.とくに,ホテルマネジ メント契約は,ホテル産業に,所有と運営の分離 という複雑な経営問題をもたらした.所有と運営 の分離とは,ホテルの土地・建物を所有する人と ホテルを運営する人が同一ではない状況を指す.
この分離,あるいは,役割分担は,ホテル産業の ダイナミックなグローバル展開を支えているとい えるが,一方では,深刻な問題をもたらした.
本論文で取り上げたのは,ホテルマネジメント 契約である.さらには,ホテルマネジメント契約 の普及に伴って注目されるようになったホテルア セットマネジメントである.ホテル産業では,フ ランチャイズが普及しており,ホテルマネジメン ト契約の採用数はフランチャイズに比べると僅か である.にもかかわらず,ホテルマネジメント契 約に注目し,この契約が現在のホテル産業を理解 学位論文概要
ホテル産業における所有・運営の機能分化と企業統治に関する研究
―マネジメント契約の普及による影響―
田尾 桂子
ホテルオーナーとホテルオペレーターの間で繰り返される利害対立や訴訟にもかかわらず,
ホテルマネジメント契約は普及しつづけている.本論文では,ホテルマネジメント契約が他産 業には見られない特異な形態であることを明らかにし,一方では,この契約がフランチャイズ に移行するまでの過渡的制度である可能性についても言及した.ホテルオーナー自らが組織を 指揮しない状況から生じる無責任や非倫理的行動というガバナンス問題が浮上する中で,ホテ ルアセットマネジメントが重要な機能として注目されるようになったが,課題も多く残されて いる.ホテルマネジメント契約がもたらした成果および資産を持たず身軽な経営に転じたホテ ルオペレーターの競争力については通説を再検討し,それらが必ずしも支持されないことを示 した.
キーワード:ホテルマネジメント契約,所有と運営の分離,ガバナンス,ホテルアセットマネ ジメント
する上で重要だと考えるのは,以下の理由による.
1 つは,前述の通り,ホテルマネジメント契約 がホテルオペレーターのグローバル展開に最大の 貢献をしたと考えるからである.自国以外の市場 に参入するには不確実な要因が多数存在し,事業 が成功しない可能性が高い.ホテル開発と運営に 必要な費用を別の企業,すなわち,ホテルオーナー に転嫁できるホテルマネジメント契約は,海外市 場参入手段として有効に働いた.とくに,規模の 拡大やグローバル展開が困難とみなされてきたラ グジュアリー,および高価格帯ホテルの拡大を可 能にした.加えて,ホテルマネジメント契約は,
大都市や観光地のランドマークホテルにおいて採 用されることが多いため,フランチャイズよりイ ンパクトが大きいといえる.
2 つ目の理由は,ホテルマネジメント契約が多 様な出資者をホテル産業に誘引したことである.
マネジメント契約はその性質上,ホテルの所有と 運営を分離させる.つまり,ホテルオーナーはホ テル所有者としてのみホテルに関与し,ホテルオ ペレーターはホテルを所有せず,運営を専業とす る.その結果,従来のホテルオーナーとは関心や 目的が異なる人々が,ホテルを所有するように なった.資本を持たない身軽な経営に転換したホ テルオペレーターも,その性質を変容させた.
所有と運営の分離は,ホテル産業を決定的に変 えたと考える.この現象は,ホテル開発のエンジ ンになると同時に,「ホテルはだれのものか」と いうガバナンス問題を提起した.そして,歴史を 振り返ると,このガバナンス問題の顕在化ととも に,ホテルをだれがどのように管理していくかが 議論され,ホテルの価値を高める方法としてホテ ルアセットマネジメントが注目されるようになっ たのだと考えられた.
ホテル産業では,米国型ともいうべきホテルマ ネジメント契約を取り入れようとする動きが盛ん である.ホテルマネジメント契約を取り入れよう とする企業は,資産を持たない,つまりアセット ライト(asset-light)なこのビジネスモデルがグ ローバル展開に有効であることや世界経済に影響 を受けやすいホテル経営を安定させるため株主に 評判が良いことなど,利点に注目しがちである.
しかしながら,実際には問題も多い.
ホテルマネジメント契約は現在,ホテルアセッ トマネジメントの一領域として扱われるように なっているが,その多くが契約内容の比較や有利 な契約交渉の進め方といった実務的内容である
( 例 え ば,Eyster, 1988 ; Rushmore, 1990 ; San- gree & Hathaway, 1996 ; Schmidgall ., 1997 ; Davis & DeRoos, 2004 ; DeRoos, 2010).ホテルマ ネジメント契約の特徴を明確にすることを試みた のは,コントラクター=クンドゥ(Contractor &
Kundu, 1998)など極めて限られている.一部で は,ホテルマネジメント契約がもたらしたガバナ ンス問題が指摘されたが(Field, 1995),この問 題を多面的に掘り下げて議論した研究は存在しな い.ホテルマネジメント契約の普及がもたらした 経営変化に関しても,十分に検討がなされないま ま,推測の域を出ていない.ホテル関係者の関心 と問題意識にもかかわらず立ち遅れてきたテーマ が,ホテルマネジメント契約であると考えた.
(2)研究の目的と方法
ホテルマネジメント契約を採用しているホテル では,ホテルオーナーは日々のホテル運営に関与 せず,一方,ホテルオペレーターは土地,建物,
家具,備品などを所有せずに,ホテルオーナーが 出資するホテルに一定期間入り,運営を指揮して いる.つまり,ホテルの中に,ホテルオーナーと ホテルオペレーターという別組織が存在してお り,それぞれが権限をもつ二重の管理構造になっ ている.このような状況においては,両者が共通 の目的を持つことは難しく,利害対立が頻繁に生 じてしまう.ホテルオペレーターとホテルオー ナーの双方が納得できるホテルマネジメント契約 の締結は困難なのである.
ホテルオーナーとホテルオペレーターの間で繰 り返される利害対立や訴訟にもかかわらず,所有 と運営を分離させるホテルマネジメント契約は普 及しつづけている.この現象をどのように理解す べきなのか.ホテルマネジメント契約とは何であ るか.また,所有と運営が分離した結果,ホテル 経営はどのように変化したのか.さらには,資本 を持たなくなったホテルオペレーターが何によっ て差別化し,競争するようになっているのか.こ れらの問いに答えることが本論文の目的である.
本論文は理論的基盤の提供を目的にしているた め二次資料に基づくことが多かったが,資料では 十分に捉えきれない事実も多く,また,変化が激 しい産業である.したがって,本論文では,可能 な限り,実務に携わる専門家への聞き取りを行い,
理論と現場の感覚に乖離が生じないよう心掛け た.インタビューと並行して,最新の世界のホテ ル産業情勢に追いつくために,オンラインのホテ ルニュース配信も利用した.
2.論文の構成と概要
本論文の構成は以下の通りである.「第 1 章 序論」,「第 2 章 先行研究の整理」,「第 3 章 マ ネジメント契約の歴史的分析」,「第 4 章 ホテル 産業における所有と運営の分離」,「第 5 章 所有 と運営の分化による経営変化」,「第 6 章 結論」
の 6 章構成である.
第 1 章では,ホテル産業の現状を説明し,テー マに関する問題意識を表明した.ホテルオペレー ターとホテルオーナーは,その性質を大きく変容 させている.両者ともに,寡占化と多様化が進み,
その複雑な実態を理解することは益々難しくなっ ている.前半ではホテルオーナーとホテルオペ レーターの現状理解を目指し,後半はホテルマネ ジメント契約がもたらしたホテルのガバナンス問 題とは何であるかを明らかにした.
ホテルマネジメント契約は,ホテルオーナーと ホテルオペレーターの利害対立の歴史であったと もいえる.ホテルマネジメント契約を締結すると,
両者は一定期間のみホテルに関与し,ホテルの長 期的発展に強い関心を持つことは難しい.例えば,
老朽化したホテルの表面的改装は行っても,自ら にメリットが少なければ,必要な修理や改装も次 のホテルオーナーやホテルオペレーターへ先送り するなど,双方が積極的に改善努力をしなくなる 可能性がある.とくに,ホテル不動産投資信託や プライベート・エクイティは,ホテルに特別の関 心がない一般投資家を背後に抱え,これらの一般 投資家への投資還元率が最大になることを使命に 活動している.したがって,彼らの最大の関心は ホテル売買によるキャピタルゲインであり,概し て短期志向にならざるをえない.本研究では,こ
れらの現象をホテルのガバナンス問題と捉えた.
第 2 章では,理論的前提を整理した.所有者が 実際の現場を指揮しないという状況は,株式会社 の出現とともに注目されるようになったのである が,この問題を理論的に提起したのはバーリ=
ミーンズ(Berle & Means, 1932)である.彼ら 以後,経営学では,所有と経営が分離する状況で はどのような問題が生じるか議論されてきた.株 式会社と現在のホテルで生じている問題を同一問 題として論じることはできないが,バーリ=ミー ンズ以後のコーポレートガバナンス論が,現在の ホテル産業で生じている問題に重要な示唆を与え てくれることは間違いない.さらに,新制度派経 済学のアプローチやプリンシパル・エージェント 理論は,ホテルマネジメント契約の不完備性や,
ホテルオーナーとホテルオペレーターの利害関係 を理解するためには必須の視座である.
第 3 章は,ホテルマネジメント契約の歴史に関 する内容である.他国に先駆けてホテルマネジメ ント契約を導入した米国では,より公平な契約を 策定するために試行錯誤が繰り返された.1990 年代に至るまでのホテルマネジメント契約は,ホ テルオペレーターに一方的に有利な不平等契約と して悪名高く,それは訴訟として紛糾することも 少 な く な か っ た( 例 え ば,Renard & Motley, 2003 ; Dev ., 2010 参照).ホテルオーナーと ホテルオペレーターの力関係が歴史的にどのよう に変化してきたのか,また,不完備な契約を補う ために導入されたホテルアセットマネージャーや ホテルアセットマネジメントという制度は何であ るのか.本章はこれらの問いに答える内容である.
1990 年代以降のホテルマネジメント契約は,
米国型コーポレートガバナンスの影響を受け,ホ テルオーナーに強い権限を付与し,彼らの利益配 分を多くすることが支持される傾向がある.しか しながら,このような所有者主権が妥当であるか は慎重に議論する必要があることも主張した.
4 章では,改めてホテルマネジメント契約とは 何であるかを考察した.ホテルマネジメント契約 については,その形式的内容については議論され てきたが,それ以上に議論が深められたことはな い.他産業に類似の形態が存在するのか,あるい は,過去に類似の形態が存在したのかなどについ
て明らかにしなくてはならない.ホテルマネジメ ント契約を業務委託の一形態として捉え,他の類 似する労働形態と比較した結果,他産業には見ら れない特異な形態であるという結論に至った.ま た,類似の形態は 19 世紀の米国に存在した.工 場内部請負制度である.しかしながら,両者の相 違点も際立っており,ホテルマネジメント契約は 新しい内部請負制度といえるであろう.工場内部 請負制度が,科学的管理法が定着するまでの過渡 的制度であったことを考えると,ホテルマネジメ ント契約も過渡的制度の可能性がある.
第 5 章では,ホテルマネジメント契約普及後の 経営変化を考察した.第 1 に,産業内において広 く認識されている通説を再検討した.それらの通 説とは,「ホテルオペレーターの収益性は向上し た」「ホテル投資に安定性がもたらされた」「ホテ ルマネジメント契約を採用しているホテルの運営 成績は良い」という 3 点である.第 2 に,資本を 持たない身軽な経営に転じたホテルオペレーター の競争力を問題にした.ホテルオペレーターは資 産を持たず,「開発」「運営」「送客」を強みとす る経営に転じているといわれる.本章後半では,
これらの競争力について考察した.
第 6 章は結論である.本論文が目指したのは,
ホテルマネジメント契約の体系的理解と理論フ レームワークの提示であった.さらには,ホテル マネジメント契約の普及によってホテル経営がど のように変化したかについての考察であった.こ れらの議論を総括した.
3.研究結果と総合的考察
(1)前例なきホテルマネジメント契約
ホテルの運営形態は,明確に分類できないもの も多い.とくに,ホテルマネジメント契約は交渉 によって内容が調整されるため,ホテルの数だけ 多様な契約が存在するともいえる.しかしながら,
ホテルマネジメント契約の特徴として顕著な点も ある.それは,ホテルオペレーターが総支配人を 派遣し現場を監督させるということである.この 点において,ホテルマネジメント契約はフラン チャイズとは決定的に異なるのである.また,総 支配人に加えて,経理担当や宿泊担当など各部門
の責任者をチームとして派遣するケースもある.
いずれにせよ,ホテルマネジメント契約を締結し たホテルでは,ホテルオーナーと全面的に現場を 任されたホテルオペレーターの 2 つの組織による 二重の管理体制が成立していることになる.
このように,1 つの組織に管理者が並立する状 態,しかも,外部からやってきた管理者が補助的 ではなく現場の中核機能を掌握しているがゆえ に,所有者と対等であるかそれ以上の権限を有す るような状態は他産業でも見られるのか比較が必 要であった.外食産業や病院,小売や公共施設な どの類似形態との比較を行ったが,詳細に観察す ると,その内容はホテルマネジメント契約とは異 なっており,よって,ホテルマネジメント契約が 極めて珍しい形態であることが確認できた.
さらに,業務委託の一形態としてホテルマネジ メント契約の特徴を整理し,アウトソーシングや 人材派遣との違いを明らかにした上で,既存の分 類では請負に近い形態であると結論づけた.また,
ホテルマネジメント契約が日本の民法ではどのよ うに判断されるかを考察し,契約が 1990 年代を 境に,委任契約から請負契約に該当する内容へと 変化していることを示唆した.
以上のように,ホテルマネジメント契約は前例 のない特殊な契約であるため,ホテルオーナーと ホテルオペレーター間の訴訟でも裁判官たちが判 断に迷っている様子が窺えた.1990 年代以降,
ホテルオーナーとホテルオペレーターの関係は エージェンシー関係だと判断されてきた.ところ が,その判断も 2013 年には覆り,両者の関係は
「エージェンシー関係ではない」とされ,個人的 労務提供契約(personal service contract)が適 用されたのである.ホテルオーナーとホテルオペ レーターの関係をどのように解釈すべきか,現在 も合意は形成されていない.
(2)権限の移行と所有者主権論
エージェンシー法が適用された 1990 年代の裁 判をきっかけに,ホテルオペレーターに一方的に 有利であったホテルマネジメント契約が見直され るようになった.ホテルマネジメント契約は,次 第に成果主義を強め,ホテルオペレーターに対す るモニタリング(監視)を強化する内容へと変化
した.契約期間は短縮され,ホテルオペレーター は成果を出さなければ解約されるというプレッ シャーに晒されるようになった.ホテルオーナー がホテルを自由に売却できる権利を得たことは,
プライベート・エクイティやホテル不動産投資信 託によるホテル投資を一層促進した.
ホテルマネジメント契約の見直しに最大の貢献 をしたのが,ホテルアセットマネージャーである.
ホテルアセットマネージャーは,不完備なホテル マネジメント契約を補完する制度としてホテル オーナーが取り入れた制度といえる.彼らは,ホ テルオーナーのブレインとして,契約交渉やオペ レーションの監督,評価から投資のアドバイスま でを行う.ホテルオーナーがホテルアセットマ ネージャーから助言を得るようになった結果,両 者の権限は均衡しホテルマネジメント契約は公平 な内容になったと評価されている.しかしながら,
米国では,ホテルオーナーにさらに多くの利益配 分を行うべきだという主張が根強い(例えば,
Turner & Guilding, 2010).ホテルオーナーの基 本的権利は守られなければならないが,行き過ぎ た所有者主権論でないか,慎重に検討する必要が あると考えた.とくに,現在のホテルオーナーは,
所有期間や目的が様々である.ホテルオーナーを 一括りに手厚く保護してはホテルオペレーターの インセンティブを阻害する可能性もある.契約ご とに入れ替わるホテルオーナーとホテルオペレー ターの間で帰属が曖昧になり,拠り所を失いつつ ある現場スタッフについても,これまでのところ 議論されることはなく,蚊帳の外に置かれている のが現状である.
(3)日本型「三位モデル」の再考
ホテルアセットマネージャーが担う業務,すな わち,投資管理と運営監督をホテルのアセットマ ネジメントという.ホテルアセットマネジメント とは,ヒトやモノなどの資源配分を調整しながら ホテルの資産価値を向上させるホテルオーナーの 経営活動を指す.ホテルアセットマネージャーが 登場するまで,ホテルオーナーの経営はその実態 がはっきりしない空白領域であった.したがって,
ホテルオーナーの経営は,ホテルオーナーとホテ ルオペレーターの権限が移行する歴史の中で,ホ
テルアセットマネージャーの登場とともに,明確 に姿を現した機能だと考えた.
日本では,ホテルの所有直営を「三位一体型」
あるいは「所有・経営・運営一体型」と呼んでい る.つまり,ホテルの中には,所有,運営,経営 の 3 機能が並立するかのように説明されてきた.
しかし,この表現は日本独自のものである.英語 圏では,所有直営を「オーナー・オペレーター・
アプローチ(owner-operator approach)」と呼ぶ.
日本型「三位」の「経営」部分は,ホテルオーナー の経営に該当するため,ホテルには「所有」と「運 営」の 2 機能が存在すると考えるべきである.ホ テルオペレーターによる現場運営をオペレーショ ンと呼び,ホテルオーナーによる経営(資産管理)
をアセットマネジメントと呼んでいるのである.
ホテル産業の現状を理解するために,日本型三位 モデルは再考されるべきだと考えた.
(4)過渡的制度の可能性
ホテルマネジメント契約の特徴は,本業の全面 委託と二重の管理制度にあるということは前述し た.これは,19 世紀に米国の機械工場などで採 用されていた内部請負制度と共通点が多い.しか し,内部請負制度は,工場管理の支配的制度とし てはわずか 10 年あまり繁栄したに過ぎず,「過渡 的形態」(Braverman, 1974)と説明される.
内部請負制度の消滅過程には様々な要因が作用 したといわれているが,最大の要因はテイラーの 科学的管理法の導入であるといわれる.当時,工 場経営者は労働者の能率について実態を把握して おらず,内部請負人は仕事の中身を明かさない「秘 密主義」によって所有者に対抗していた(百田,
1991).請負人たちの秘密の熟練を,時間研究に 基づき細分化することによって,客観的な知識に 変換し,作業指導票を作成したのがテイラーであ る(田中,1997).作業指導票とは,内部請負人 の作業手順が詳細に書かれたいわゆるマニュアル である.労働者はこのマニュアルに従って作業す るようになり,これにより内部請負人の存在意義 が失われてきたのであった.
ホテル運営の手順がマニュアルに変換され,マ ニュアルに沿って運営できるのであれば,ホテル オペレーターの存在意義も失われるのであろう
か.ホテルにおいて,フランチャイズ(作業標準 化)が目指すべき到達点であると考えれば,フラ ンチャイズ展開がまだ十分に行えない状況にある ホテルの運営形態としてホテルマネジメント契約 が存在するかもしれない.ホテルマネジメント契 約は,工程管理機能が十分にビルトインされてい ないホテルを運営するための暫定的手段として選 ばれている可能性は考えられなくない.グローバ ル展開,あるいは事業拡大の必要に迫られている ホテル産業の現実の必要性に対応するための適応 形態の可能性がある.
スターウッド社とインターコンチネンタル社の 運営形態の推移を見ると,ホテルマネジメント契 約もフランチャイズも,一貫して件数を増加させ ている.しかし,地域別に見ると,ホテルマネジ メント契約は中国や中東,アフリカ諸国において 増加されており,米国内に限定すれば,ホテルマ ネジメント契約は僅かに減少しているのである.
不確実性の高い市場には,ホテルマネジメント契 約で参入するものの,ホテルに工程管理機能がビ ルトインされれば,次第にフランチャイズに切り 替わっていく可能性も考えられる.精査が必要で あるが,内部請負制度との比較は今後のホテルマ ネジメント契約を予測する上で重要な示唆を与え るものであった.
(5)ホテルマネジメント契約がもたらした成果 ホテルマネジメント契約がもたらした成果に関 しては,ホテル産業に携わる人々の間で広く信じ られている通説ともいうべき共通の理解が存在す る.これらの共通理解のうち,「グローバル・ホ テルオペレーターの収益性」「ホテル投資の安定 性」「ホテルマネジメント契約を締結したホテル の運営成績」の 3 点を再検討した.
ホテルマネジメント契約は,グローバル・ホテ ルオペレーターの利益を増大させ,彼らにメリッ トが大きい契約であるといわれてきた.マリオッ ト社とインターコンチネンタル社を分析した結 果,両者ともホテル 1 軒から得られる運営手数料 の平均は,所有直営ホテルから得られる平均利益 には及ばないことが明らかになった.しかし,経 済の減速期においては,ホテルマネジメント契約 を採用しているホテルの利益減少幅は小さく,景
気変動のマイナスの影響は受け難いことが理解で きた.ホテルマネジメント契約がグローバル・ホ テルオペレーターの収益性を向上させたかという 問いには,規模の拡大,つまり,展開ホテル数の 増加が伴うのであればという条件がつくのであ り,個々のホテルにおいて利益を増大させている のではないことが示された.
ホテルに対する投資は,ボラタリティが高いと 考えられてきた.ホテルマネジメント契約の普及 によって,資産価格の値動きの激しさに変化が生 じたかを米国ホテル不動産投資信託の収益還元率 の推移を手掛かりに考察した.他産業に比べ,ホ テル・リゾート不動産投資信託の収益還元率が激 しく変動していることに変わりはなく,ボラタリ ティの高さが継続していることが観察できた.投 資家の多くがポートフォリオを組み投資している 現在,安定した投資資産の中にホテルを組み込む ことは発展性があり,価値ある投資と判断されて いるのであろう.言い換えるならば,ボラタリティ が高くとも許容される仕組みができあがっている といえる.
ホテルマネジメント契約を採用したホテルは,
他の運営形態を採用しているホテルに比べて,一 般に,稼働率や RevPAR(1 日あたり販売可能客 室あたりの平均客室売上)が高く,優れた成績を 残していると信じられている.データが入手可能 であったマリオット社を分析する限り,フルサー ビス・ホテル(料飲施設などの付帯施設を有する ホテル)に関してはこの通説が支持されたが,リ ミテッドサービス・ホテル(宿泊特化ホテルを指 す)に関しては,ホテルマネジメント契約は成果 を出しているとは言い難い結果が導き出された.
ところが,ホテルマネジメント契約を締結した ホテルの平均利益率を算出すると,海外で展開し ているホテルと北米のリミテッドサービス・ホテ ルにおいて利益率が高く,ラグジュアリーホテル と北米のフルサービス・ホテルの利益率が低い.
このことから,運営成績の良さと利益率の高さは 一致しないこと,また,グローバル・ホテルオペ レーターは海外ホテルと米国内のリミテッドサー ビス・ホテルを利益の源泉とする一方,ラグジュ アリーホテルと米国内のフルサービス・ホテルは 彼らの運営能力を示すための広告として活用して
いると考えられた.グローバル・ホテルオペレー ターは,利益率の高いホテルとロス・リーダーの 両輪で市場を開拓しているのである.
(6)グローバル・ホテルオペレーターの競争力 ホテルマネジメント契約とフランチャイズの普 及によって,資本を持たない身軽な経営に転換し たグローバル・ホテルオペレーターは,何によっ て差別化を図るようになっているのか,どのよう な点で競争力を発揮しているのかについても考察 する必要があった.
エンズ(Enz, 2010)によると,ホテルオペレー ターの主な活動は,予約システムの整備と活用,
広告宣伝活動,ホテル開発,ホテルオーナーとの 関係構築,ホテルオペレーションであるという.
筆者が行ったヒアリングを通じても,ほぼ同様の 回答が得られたため,本研究では「開発」「運営」
「送客」の 3 点をホテルオペレーターがとくに重 視している領域として取り上げた.文献と資料を 渉猟するとともに,関係者への聞き取りに基づき 得られた知見は以下である.
ホテルオペレーターの拡大やロケーションの獲 得に重要な役割を果たすのは,各社の開発部隊で ある.ところが,開発部隊については,「ホテル オペレーターのエンジンであり最重要な機能であ る」という考えと,「かつての花形だった」とい う対立する 2 つの考えが存在した.これは,「開発」
という言葉をめぐる理解の相違が原因であること が明らかになった.
市場探索から資金調達,計画から建設に至るま でを開発と理解するのであれば,グローバル・ホ テルオペレーターにとって開発は過去の花形とい うことになる.なぜなら,グローバル・ホテルオ ペレーターの多くは,自ら資金を調達してホテル を建設するということは現在ほとんど行っていな いからである.一方,開発をホテルオーナーとの 契約交渉や既存ホテルのブランド変更,いわゆる コンバージョンまで含めて理解するのであれば,
開発部隊は現在もグローバル・ホテルオペレー ターの心臓部だといえる.
ホテル開発の計画を提案するのは変わらずグ ローバル・ホテルオペレーターであることが多い としても,費用を負担し,実際に計画を推進する
のは開発業者やホテルオーナーであることが多 い.1990 年代を境に,ホテルの新規開発は,次 第にホテルオペレーターの手を離れ,開発業者や ホテルオーナーに移行していることが示唆された.
グローバル・ホテルオペレーターの運営につい ても,外部化が進行していると考えられた.1980 年代以降,米国では,独立系ホテル運営受託会社 が急速に広がり,マリオット社やインターコンチ ネンタル社などのフランチャイズホテルを運営受 託している.独立系ホテル運営受託会社は特定の ブランドに限って運営受託するのではなく,多く の場合,複数のグローバル・ホテルオペレーター とパートナー関係になり,異なるブランドのホテ ルを複数同時に運営している.
独立系ホテル運営受託会社による運営受託の状 況を見る限り,ブランド間において運営手法の違 いはほとんど存在しないことが推察できる.すな わち,どのブランドのホテルをどの独立系ホテル 運営受託会社が運営しても大差ない状況だと考え られた.独立系ホテル運営受託会社は,グローバ ル・ホテルオペレーターが受託しない不利な条件 下にあるホテルの運営を引き受けることが多い.
また,独立系ホテル運営受託会社の中には,イン ターステート社のようにグローバル・ホテルオペ レーターに匹敵する機能を備えた企業もある.以 上から,グローバル・ホテルオペレーターがブラ ンドや運営力で差別化しようとしているかは疑問 であり,むしろ,規模の拡大という目的を達成す るための手段としてマルチブランディングを採用 していると考えるのが妥当である.
ホテルオーナーは,ホテルマネジメント契約や フランチャイズを締結すれば,グローバル・ホテ ルオペレーターからの送客を期待する.オペレー ターの予約システムや宣伝活動を通じて,より多 くの顧客がホテルを予約するようになることを期 待するのである.認知度の高いグローバル・ホテ ルオペレーターほど,送客力に優れると考えられ ている.
送客力を測る指標として,予約チャネル(どの 経路を通じて宿泊予約がなされたか)とロイヤル ティ・プログラムに関する既存研究を用いた.考 察の結果,グローバル・ホテルオペレーター本社 を通じた予約(とくに brand.com)は,費用面で
ホテルオーナーに支持されてはいる.しかしなが ら,グローバル・ホテルオペレーターの送客力は,
高価格帯以上のブランドでのみ発揮されていると 考えられ,中価格帯以下のホテルでは送客力があ るとはいえない結果であった.また,ロイヤル ティ・プログラムに関する研究では,ホテルの顧 客にとってその重要性は高くないこと,また,大 半の顧客には贔屓のブランドがなく,他のブラン ドに乗り換える可能性が高いことが示唆された.
4.研究の意義
ホテルマネジメント契約とホテルアセットマネ ジメントについて,これほど体系的,多面的に考 察した研究は他にない.また,随所で挑戦的問題 提起を行っているため,本研究はホテル関係者に 興味深い内容であるとともに,様々な議論を喚起 する内容でもある.データの入手に限界もあり,
緻密さに欠ける部分があることは否めない.今後 は,一般化に向けて,多様な調査方法を用いなが ら,研究をさらに発展させていきたいと考えてい る.■
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Governance Challenges in the Hotel Management Contracts : Separation of Ownership/Operation and Its Infl uence on Hotel Management
TAO Keiko Major branded hotel management companies such as Marriott, Hilton, and Starwood adopt the hotel management contract as a growth strategy to fi nance global expansion. The hotel management contract is believed to have brought an effective division of labor. Hotel management companies operate hotels for owners with no capital investment. There is no need for owners to spend time and effort for hotel operation.
This separation of ownership and operation, however, involves governance challenges. Hotel management companies and hotel owners increasingly enter into shorter management contracts. They are becoming less concerned about the long-term development of hotels. A conflict of interest occurs frequently between hotel management companies and owners, who have different motives and interests in hotels. Despite a lot of attention, there have been few studies on hotel management contracts.
The fi ndings of this study indicate the hotel management contract is unique, in that an external organization enters the ownerʼs site and takes full responsibility for its core business. A similar situation is observed in the internal contract system of production of the United States in the 19th century. Here, a hotel management contract is concluded as a revised version of the internal contract system. Since the internal contract system was provisional until the introduction of Taylorʼs scientifi c management, hotel management contracts could be provisional until franchising was introduced and accepted in the new market.
The consequences are also examined. First, many people believe that a hotel management contract is lucrative for hotel management companies, but this is repudiated. Second, hotel investment has been volatile even after the situation changed. Third, hotels entering into a management contract appear to show good performance with higher occupancy rates and RevPAR. This is supported to some extent.
The competitive advantages of branded hotel management companies, which became asset-light, are studied in the final part. It is concluded that those companies are losing their competencies in the development and construction of hotels. Besides, independent hotel management companies continue to replace the roles of branded companies. Their multi-branding strategy is also not effective in encouraging customer loyalty.
Keywords : Hotel Management Contract, Separation of Ownership and Operation, Governance, Hotel Asset Management