基本仕様
● “マルチレイヤ(多層)” の意味
お馴染みのGoogle Mapsに、プロジェクトメン バー厳選の古地図をレイヤとして埋め込んだ。「古 地図A、古地図B、古地図C……、Google Maps 標準地図、Google Maps標準衛星写真」と層を なしている。
●マルチレイヤのダイナミズム
Google Maps同様、古地図レイヤの拡大・縮 小は自由自在である。また、古地図レイヤは透過 でき、たとえば19世紀の古地図を50%透過表示 して、その下に現在の衛星写真を表示することで 比較が可能となる(図1)。また画面を2分割し、
左側に古地図A、右側に古地図BないしGoogle Maps標準地図などを表示させることもできる(図 2)。古地図とGoogle Mapsの宿命的なズレにつ いては、ズレそのものに重要な意味があるという 議論を経たが、今回はわかりやすさ・使いやすさ を重視して、Arc GISによってズレを解消した。
ここまでは一般公開され、アカウントを取得し なくても自由に閲覧可能である。研究成果を一般 に公開するとともに、地図そのものを楽しんでも らうことを企図した。
情報登録
●情報の登録とは
様々な年代の地図を選び、任意の点(ポイント)、
線(ライン)、面(ポリゴン)を指定して、そこに 情報を保存しリンクさせることができる(図3)。
点・線・面をクリックするとそれが表示される仕 組みだ。たとえばある建物の中庭を点で指定して 自分が撮った写真を貼るとか、歴史上重要な境界
(ベイルートの内戦時軍事境界線など)を線で指定 し、そこに関連資料を登録するとか、ある地区を 面で指定し、居住者の宗派別人口を登録する、な ど。線の長さと面の面積の算出もできる。
●情報の種類
情報の種類はブラウザで開けるファイル全てに対 応している。たとえば、現地調査で得た写真・地図 等の画像(jpegなど)、ビデオ動画(mpeg、mov など)、インタビュー記録等の音声(wmvなど)、
あるいは史料、引用文献そのものをWordやPDFな どの文書にして保存・再生することもできる。いわ ば、普段PCのフォルダに整理してある情報を、様々 な年代の地図という時空間上に関連づけて配置し保 存することができるのだ。他のWebサイトやYou Tube等への動画にリンクすることもできる。
Field+ 2012 07 no.8 24
図1 アレッポ衛星写真をベースに1929年の地籍図(プラン・キャダストラル:50%透過)を
重ねる。 図2 アレッポのスーク(アラビア語で「市場」のこと)中心部。左:地籍図、右:衛星写真(閲
覧時点)、天蓋に覆われたスークの内部構造は見えない。
図4 モロッコ・フェス(現在は対象外)の場合。左側に1912年の都市計画プラン(筆者オリジ ナル)、右に衛星写真。旧市街の南西に新市街が計画的に実現されている。
図3 左:イスタンブル1920年の古地図上に、ポリゴンでバーザール、ポイントでバーザール 中の主要ハーン(アラビア語で「隊商宿」のこと)を示す。右:衛星写真。
フロンティア 中 東 都 市 研 究 の 新 展 開 ! 多 層 ベ ー ス マ ッ プ シ ス テ ム
それぞれの記憶 から 大きな記憶 へ ──システムの思想と技術
松原康介
まつばら こうすけ / 筑波大学、AA研共同研究員本システムを一言で説明すると、
「Google Mapsに古地図を貼り付けて、
都市の経年変化を一目瞭然にするとともに、
任意の年代・場所に、テキスト・写真・動画・
音源・文書など参加者の持つ様々な情報を 埋め込み蓄積するシステム」となる。
都市に眠るそれぞれの記憶の断片を共有し、
大きな記憶の再現を目指すため、
私たちはわかりやすさ、使いやすさを最重視した。
ここでは、実際にどんなことが可能かを 解説したい。
これらの情報は、各ユーザーに割り当てられた サーバー内の保管場所に保存する。容量に限度は あるが、情報の公開/非公開を選べるので、準備が できるまで非公開にしておくことや、公開を前提と しない個人的備忘録として使うことも可能である。
●情報の共有による大きな記憶の再現へ
とはいえ、本システムの主旨の一つは、時とし てわかりにくくなりがちな専門的研究の成果を必 要な範囲で可視化することにある。たとえば、1 本の論文が示しうる情報には自ずと限界があるが、
システム上にその論文の関連コーナーを設けて、
分析・言及した地図や史料、あるいは依拠したイ ンタビュー記録等をアップしておけば、読み手に とっては論文理解の大きな助けとなり、議論の活 性化に効果があろう。
更に、他のユーザーとの共同研究として、互いの 成果を組み合わせて一つの地図上で表現することが できる。あるいは、都市で実際に生活する住民によ る貴重な情報も共有できる。それが記憶の共有によ る大きな記憶の再現へのプロセスである。こうした 情報公開の調整は、基本的にレイヤそのものの新設・
統合、公開/非公開の設定によって、自由にできる。
●オリジナル地図のアップロード
また、システムの基本設定が完了している対象 都市(現在、ベイルート、アレッポ、テヘラン、
イスタンブルの4都市)や古地図だけでは物足り ない、という場合には、手持ちの地図をオリジナ
地図を表示する。すると、どうやら教会4つ、モ スク4つが当時存在していたようだ。これらにポ イントを設置してみる(図6)。衛星写真で見ると、
激しい内戦を経てもなお、すべて現存しているこ とがわかる。今度は1876年の地図に切り替えて ポイントと照合すると、後年取り壊された施設が 多く確認できる(図7)。ついでに現在も立つマロ ン派のサン・ジョルジュ教会に、筆者撮影の写真 と、簡単なメモを添えておこう(図8)。
古い時代の写真があれば、それを対応する年代 の地図上に貼って比較するとよい。たとえば、画 面右側に存在する「殉教者広場」には、内戦時に 街を東西に隔てた軍事境界線が走っていた。ここ にラインを引き、ある住民による1982年撮影のボ ロボロになった街並みの写真を添える(図9)。記 憶のかけらを登録するのである。
以上、本システムの特徴と利用の実際をごく簡 単に説明してきた。参加者として、狭義の研究者 だけでなく、内戦の当事者も含めた広い関係者を 想定している。それぞれの記憶の蓄積が進むこと で、システム上に「大きな記憶」が再現されるこ とが究極の目的だ。
読者ご賢察の通り、使い方はGoogle Mapsの機 能に応じて自由自在であり、私たちには想像もつ かない使い方が生まれるかもしれない。ぜひ、そ れぞれの必要に応じて、本システムを有効活用し てもらいたい。
ル地図としてシステム上に配置できる。更に応用 すれば、対象都市以外の都市についても、古地図 レイヤ無しの簡易なシステムを構築できる(図4)。
活用の具体例
それでは、本システムを実際に使用してみよう。
ベイルートを事例に、記憶の共有・再現と、研究 の可視化の雰囲気を掴んでもらいたい。
オスマン帝国末期の再開発で都市中心部が取り 壊された後、仏委任統治領期に都市計画家ルネ・
ダンジェがエトワール広場を中心に放射状街路を 計画した。図5は、右側に破壊された状態の中心 市街地、左側にダンジェの計画(筆者オリジナル)
を表示したもの。右側は透過を使っているので、
合計で3つの時代の地図が表示されている(最大4 つの時代まで表示可能)。
図5は多くのことを語ってくれる。たとえば、
右の地図からは、2本の南北軸、二つのモスクと 一つの教会の存在がわかり、左の地図からはダン ジェがこれらをうまく継承してバロック風の広場 空間に改造したことがわかる。
以後、ベイルートは「中東のパリ」として発展 したが、1975年以降内戦で荒廃した。その後、
ハリーリー率いる開発公社ソリデールが90年代に 進めた復興でもこのバロック型空間が継承されて きたことは、衛星写真で確認できる。
次に情報の登録だ。内戦前の1970年代初頭の
25 Field+ 2012 07 no.8 図5 右 側 に1919年 地 図
50%透過と衛星写真、左側 にダンジェ計画(1933年)。
図7 左:1876年地図(旧市街本来の姿)、右:現在の衛星 写真。左図では、中央部や左側の南北軸の道路沿いに現存し ない施設が記されている。
図6 左:内戦前1970年代初頭、
右:復興が一段落した現在の衛星 写真。
図8 サン・ジョルジュ教会 の情報概要(写真はサムネー ル画像で、クリックすると実 物写真が表示される)。
図9 軍事境界線(Demarcation Line )。