【同志社法学会講演会】中国における民法改正 : 法典としての「民法」の成立とその課題
著者 石 佳友, 叶 周侠, 中田 邦博
雑誌名 同志社法學
巻 72
号 3
ページ 441‑481
発行年 2020‑09‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/00027818
◆同志社法学会講演会◆
中国における民法改正
――法典としての「民法」の成立とその課題――
石 佳 友
1)(著)
叶 周 侠
2)(訳)
中 田 邦 博
3)(監訳)
はじめに――「監訳者によるコメント」
本稿は、2019年12月10日に「中国における2020年民法典制定――伝統と革 新」と題して開催された石佳友(
SHI Jiayou
)教授(中国人民大学)による 同志社大学法学会講演会での原稿を翻訳したものであるが、それに2020年5 月28日に成立した中国民法典の成立を受けて、それに関連する限りで一定の 修正を加えている。当日の司会は、川和功子同志社大学教授が、コーディネ ーターは金春同志社大学教授が務められた。コメンテーターは中田が担当し、質疑の通訳・原稿の翻訳は、京都大学大学院に留学中である叶周侠(
YE
Zhouxia
) 氏に引き受けていただいた(本稿の翻訳も叶氏にお願いした)。質疑応答では、石教授は英語が堪能なことから、一部は英語でも行った。コメ ンテーターを引き受けた成り行きで、監訳も引き受けることとなってしまっ たが、私にできたことは本稿の翻訳草稿を通読し、日本語ないし日本法的な
1) 中国人民大学法学部教授、中国人民大学民商事法律科学研究センター主任、フランス・パリ 第一大学法学博士。バリ第二大学、トゥールーズ大学、ジュネーヴ大学、オタワ大学の客員教 授を務める。石教授は、今次の中国の民法典編纂にあたって、契約編と人格権編の起草に直接 関わっている。
2) 京都大学法学研究科博士後期課程。
3) 龍谷大学法学部教授。
観点からいくつかの提案することだけであった。以下では、石教授の講演へ のコメントをかねて比較法的な視点から中国民法典編纂の動きを個人的な関 心も含めて位置づけることにしたい。
私自身は、中国民事法について専門的な研究をしたわけではないので、コ メンテーターとしての資格はないが、中国の研究者との交流を行う機会に恵 まれたこともあり、中国私法の展開についても興味を持ってきた。とりわけ、
「東アジア民事法学国際シンポジウム」は、日本私法学会の国際学術交流委 員会と各国の実行委員会が共同して運営してきた学術交流の機会であり、日 本、韓国、中国、台湾の研究者が参加し、各国で年一回主催している(2020 年の大会は、残念ながらコロナウイルス拡大の影響を受けて中止となってし まった)。私も国際交流委員として運営に関与し、また2度ほど報告機会も与 えられた(同シンポジウムの日本側の報告の記録は、民法研究第2集(信山社、
2016年〜)において継続的に公表されているので、参照されたい。日本側の 報告の韓国語、中国語への翻訳も掲載されている)。そうした機会において 中国の民事法研究者たちと個人的なつながりも得ることができた。さらに、
国際比較法学会や、ドイツでの国際シンポジュウムなどでも、中国の研究者 と新たに出会ったり、再開することもまれではない。中国人研究者の精力的 な活動には感心するばかりである。
私は、とりわけ、契約法の現代化という世界的に共通に現れている現象に 興味を持っており、その研究を継続している。その関係で、いくつかの「東 アジア共通契約法」の形成に関する研究会に参加したこともある(日本では 金山直樹教授が主催されている
PACL
研究会がよく知られている)。こうし た契約法共通化の「試み」は重要である。この関連でいえば、石教授が中国民法典との関係でも取り上げられた
CISG
(国際物品売買条約)は相互理解の基礎として重要である。CISG
は、中国、韓国、日本を含む世界各国がこれを批准又はこれに加入している国際 的な物品売買に関する条約であり、国境を越えて通用する共通契約法の性格 を持つものである。
CISG
は、契約上での適用除外条項がない限り、条約加盟国である中国、韓国、日本においても適用されるものであり、法的には、
三国間での共通契約法としての意義を有するものである。また、CISGは、
各国で国内法の現代化のモデルとしても利用されており、この意味での実践 的な意義を忘れてはならない(たとえば、松岡久和「日本の契約法の現代化 と国際物品売買契約に関する国際連合条約」145頁(潮見ほか編『ヨーロッ パ私法の現在と日本法の課題』(日本評論社、2011年))、中田「契約法の国 際化と日本における債権法の改正」同169頁以下を参照)。
さらに、「
CISG
」の生誕40周年を記念して、潮見佳男・中田邦博・松岡久 和編『概説・国際物品売買条約』(法律文化社、2010年)の中国語版の刊行 が予定されており、こうしたテキストが、韓国語版と併せて、東アジアでの 共通理解を高めるものとして利用されることを期待している。同書の中国語 版の監訳は、中国での契約法およびCISG
の第一人者である韩世远教授(清 華大学)であるが、同教授とは、ドイツ・ハンブルクの外国私法及び国際私 法研究所で知り合ってから交流を長く続けていることもあり、こうした共同 作業が可能となった。ところで、民法典編纂という現象は、ハンガリーやポーランドなど旧社会 主義国において近時多くみられる現象であり、中国だけではない。いうまで もなく、2002年のドイツ債務法の改正、近時のフランス民法改正、日本の債 権法改正など至る所で民法改正が行われてきた。こうした現象は、現代社会 の複雑化・発展によって、私人間の法律関係についての新たな規律が要請さ れていることに起因しており、民法の現代化というプロセスとして把握する ことができる。
日本民法の債権法の改革は、周知の通り、主に契約法の現代化の課題に対 応したものであり、上記の流れに位置づけられる。上記の
CISG
はまさにそ の源流として位置づけることができる。それに続く、学問的な営為として、ヨーロッパ契約法原則(
PECL
)、国際商事契約法原則(PICC
)、ヨーロッパ 私法の共通参照枠(DCFR
)への展開がみられた(ヨーロッパ私法・契約法の展開については、詳しくは中田「ヨーロッパ(
EU
)私法の平準化」潮見 ほか編『ヨーロッパ私法の展望と日本民法典の現代化』(日本評論社、2016年)などを参照)。そうした動きは、実際にも、上述した各国の民法改正に影響 を及ぼしたことが知られている。
こうした作業の中で、各国は、現代的な法現象や法的問題に向き合う中で、
世界的に共通の問題が生じていることを認識し、それぞれの国での解決の正 当な評価と、グローバルな視点からの検討が必要であることを共通認識とし て持つことになったといえよう。また、ヨーロッパでは
EU
での域内市場の 形成を支える法的枠組みの創出(とりわけ、消費者法)という課題も重要で ある。そこでは、時代の要請の中で学問的な交流に支えられた比較法的研究 が求められ、そうした知見が各国の法の現代化に影響を与えてきたのである。日本においても、周知の通り、2020年4月に、債権法の分野での改正民法が 施行されたところであるが、さらに、それ以外の分野でも新たな立法の必要 性が認識され、そのための改正作業が進行している。
今回、中国において、これまで着実に歩みを進めてきた民法典編纂への道 が実現したことは、そのあり方も含めて、日本だけでなく、世界の民法学者 の注目を集めることになると思われる(法典編纂の意味については、岩谷ほ か編『法典とは何か』(2014年、慶応義塾大学出版会)所収の諸論稿を参照)。
とりわけ、個人的な関心から、①契約法の現代化への対応として新たな典型 契約類型を規定したこと(典型契約の意義について、ドイツでの議論である が、示唆に富むものとして、ユルゲン・バーゼドー(中田・寺川永訳)「ド イツ民法典における契約各則の現代的意義――法概念と市場の失敗を架橋す る契約各則」(前掲・『ヨーロッパ私法の展望と日本民法典の現代化』303頁 以下)、②人格権の実定法上の保護の強化に注目したい。後者は、パンデク テン・システムを採用した法典においても、いずれ必要となる対処であろう
(民法総則における「人」の保護という視点の重要性について、中田「民法 総則の現代的意義と民法改正」『消費者法と民法――長尾治助先生追悼論文 集』(法律文化社、2013年)65頁以下参照)。いずれにせよ、新たな中国民法
典の成立は、世界的に進行する法の現代化現象の一環であって、私たち日本 の学者にとっても、その意義をしっかりと捉えることが、日本での問題を的 確に把握しその解決を導くために必要な前提作業となることはいうまでもな い。もはや私たちの世界は複雑にネットワーク化されており、その事実から 目をそらすことはできないのである。
石教授が本稿で述べられたとおり、中国民法典の成立によって、日本と中 国との民事法分野における学問的交流のための新たなステージが開かれたよ うに思われる。教授の論稿によれば、日本も中国もヨーロッパ法の継受とい う側面を持っていることが示されている。こうした一定の土台においてそれ ぞれの国がどのように法形成をしていくのか、その共通性と違いとを深く理 解し合うことが重要となるであろう。中国民法典の内容を紹介する石教授の 論稿の刺激を受けて、今後の中国民法の展開から目を離すことができないこ とになりそうである。
末筆になったが、中国民法についての時宜にかなった貴重な情報を提供し てくださった石教授、また本講演においてコメントをする機会を与えてくだ さった川和教授に心から感謝する次第である。
中田 邦博 2020年5月31日
[監訳者・訳者付記] 翻訳原稿については、小林正弘氏(清華大学法学博士)
より有益な助言を得ることができた。ここに記して感謝する。
【要旨】:本稿は、2018年5月28日に成立した新たな「中国民法典」の概要 を伝え、その課題を示そうとするものである。中国には「民法」という名称 の法律はなく、分野ごとに個別の法律が制定されている。実質的な民法に該 当する現行法としては2017年に「民法総則」が新たに制定されており、その ほか1991年に養子縁組法、1995年に担保法、1999年に契約法、2007年に物権 法、2009年に権利侵害責任法、2010年に渉外民事関係法律適用法等の法律が ある。
ところで、中国における統一的な民法典編纂の歴史は、清朝末期に遡るこ とができる。1911年の『大清民律草案』は中国の最初の民法典草案であった が、当時の政治的情勢から施行されることはなかった。1929-1930年の中華 民国民法典は、ドイツなど諸外国の法律を参照した上で中国で最初に制定さ れた民法典であるが、これは中華人民共和国の成立につれて1949年に廃止さ れた。その後、中国では民法典編纂の試みが4回もみられたが、当時の政治 的または経済的な事情によっていずれの試みも頓挫した。
しかしながら、今回の民法典の編纂作業は、2014年「中国共産党中央政府 決定」を契機とし、国家統治体系・統治能力の現代化の一環として開始され た。民法総則が2017年に公布され、その後も、各編ごとに、すなわち物権編、
契約編、相続編、人格権編、婚姻家庭編、権利侵害責任編の草案が公表され た。これらの7編を統合した民法典草案が2019年末に立法機関・全国人民代 表大会に提出され、その議決を経て新しい民法典が2020年5月28日に成立し た。中国民法典は2021年1月1日に施行されることになっており、その施行と 同時に現行法である婚姻法、相続法、民法通則、養子縁組法、担保法、契約 法、物権法、権利侵害責任法、民法総則が廃止される。
新民法典は、上記の草案通りの7編から構成されており、条文数は計1260 条にも及ぶものである。そこには、公民と法人の権利保護、法律の体系化、
民事法の現代化などを目指した多くの革新的な内容が取り入れられている。
もっとも、中国民法典の編纂は短期間で行われ、また人格権など重要な分 野については学説の対立が多く残されていたことから、民法典に創造的で大
胆な改革内容が含まれているとは評価しえない。条文によっては、政治的問 題と法技術的問題を明白に区別することができなかった点も、民法典立案者 を制約することとなった。こうした点に鑑みると、中国民法典は、おおむね 旧法の伝統を承継するものであって、全体的な評価として、革新的な改革を 行ったものであるとすることはできないであろう。
【キーワード】:民法典 法典化 法律現代化 体系性 法律伝統 一 中国における民法典編纂の沿革
本稿は、2018年5月28日に成立した新たな中国民法典の概要を伝え、その 課題を示そうとするものである。
中国では、今回の民法典の成立まで、「民法」と名付けられた法律は存在 しておらず、当該分野では個別に法律が制定されてきた。これまで制定され てきたのは、養子縁組法(1991年)、担保法(1995年)、契約法(1999年)、
物権法(2007年)、権利侵害責任法(2009年)、渉外民事関係法律適用法(2010 年)、民法総則(2017年)等の法律である。
中国における統一的な民法典編纂の歴史は清朝末期に遡ることができる。
清政府は、1902年に沈家本(シンカホン)と伍廷芳(ゴテイホウ)が議長を 務める「修訂法律館」を設立し、両名に「各国の法律を参照し、慎重に考訂 する」よう命じた。「修訂法律館」は、岡田朝太郎、志田甲太郎、松岡義正 をはじめとする多くの日本の法学者を招聘し、清王朝末期の法典の起草と改 正に協力を依頼した。清政府は1907年に、いわゆる「予備立憲」*1)のために、
さらに「憲政編査館」を設立した。「憲政編査館」は、民律*2)、商律、法院
*1) 「予備立憲」とは、1905年日露戦争の勝敗から立憲主義が専制主義より制度的に優れると 考えられる思潮を背景に、清政府は、日本やイギリスなどの立憲主義国家を手本にして、立憲 君主制を立てようとするために、「欽定憲法大綱」を制定することを含める一連の立憲活動を 指すものである。――訳者注
*2) 「民律」は、後述の「大清民律草案」を指すもので、すなわち清朝末期、宣統3 (1911) 年 に成立した民法典草案である。なお、現在台湾の中華民国民法典はその「民律」の後身であっ た。――訳者注
編制法、刑事訴訟律、民事訴訟律の草案を3年以内に完成させるとの計画が 立てられた。そのうち、民律の起草が最も複雑な作業であるため、後に「憲 政編査館」において、民律を1908年から編纂し校訂して、1911年に再び校訂 して、1913年に公布するように計画が修正された。「修訂法律館」はその後、
大清民律の起草に取り掛かった。
日本の法律家を招聘するにあたって、日本民法典の起草者の1人である梅 謙次郎が最初に人選された。沈家本は、梅謙次郎が当時日本で一番優れた民 法学者であると確信していたが、実際にはその招聘が困難であることを認識 していた。そこで、時間的な制約がある中で、もっとも現実的な方法として、
すでに中国に滞在していた日本人法学者である松岡義正に依頼することを考 えた4)。「修訂法律館」は、こうした理由から、1908年に松岡義正を顧問とし て招聘した。その後、大清民律草案が1911年に公布された。草案の前三編(総 則、債権、物権)は、主にフランス、ドイツ、日本等の民法典を模範とし、
後二編(親族、相続)は中国の慣習に従うものであった。もっとも、『大清 民律草案』は、その完成後わずか2か月後に、辛亥革命の勃発によって清王 朝が滅亡したため、実際に施行されることはなかった。中華民国政府は1928 年に民法を起草することを決定した。1929年1月、立法院は、民法起草委員 会を設立し、傅秉常(フヘージョウ、香港大学法学名誉博士)、史尚寛(シ ショウカン、ドイツ・ベルリン大学、フランス・パリ大学に留学)、焦易堂(シ ョウイドウ)、林彬(リンヒン、北京大学法学部)、鄭毓秀(テイイクシュウ、
パリ大学法学博士であり、後に日本に留学した王用宾がその地位に就いた)
の五人が立法委員となり、また民法典起草顧問として、王寵恵(オウチョウ ケイ、司法院長)、戴伝賢(タイデンケン、考試院院長)とジョルジュパド
ゥー(
Georges Padoux
:フランス外交官であり、20世紀初頭にタイ政府に立法顧問を務め、後にもう一人のフランス法学者・エスカラと交代した)を 任命した5)。中華民国政府は、1929年から1931年にかけて、中国初の民法典
4) 张生:《<大清民律草案>披遗》、《法学研究》2004年第3期、第146页。
5) 张生:《民国民法典的制定:复合立法机构的组织与运作》、《比较法研究》2015年第3期、第 48-49页。
である「中華民国民法」を公布した。その内容は、総則、債権、物権、親族、
相続の五編から成るものであった。1949年、中華人民共和国の成立に伴って、
当民法典を含む国民党の「六法全書」が廃止された。なお、「中華民国民法」
は現在も、台湾地域において施行されている。
中華人民共和国は、1950年代半ば(1954-1958)、1960年代初期(1962-1964)、
1970年代後半から1980年代初期(1979-1982)、および21世紀初頭(2000- 2002)6)の計四回にわたって統一的な民法典の編纂作業を試みたが7)、いずれ も成功しなかった。
1回目の民法典編纂の作業は1954年に始まり、全国人民代表大会常務委員 会の法制委員会が起草作業を主導した。1956年になって、最初の民法典草案 が完成した。この草案は、総則、所有権、債権法、相続という四編から構成 されており、全体の条文数は525条であった。この時期、中国はソビエト連 邦の公有制を基礎とした単一的な計画経済システムをほぼ全面的に取り入れ たことにより、草案は、形式と内容において1922年のソビエト民法典を継受 するものとなった。その後、起草作業は政治運動の影響を受け停止した。
全国人民代表大会常務委員会は、1962年に2回目の民法典起草作業を主導 し、それから2年後、『中華人民共和国民法草案(試擬稿)』が完成した。当 時の起草者は、総則、所有権および財産移転の三編から成る編別を採用した。
この編別は、ソビエト民法典ともドイツ民法典とも異なる新しいものであっ た。その理由は、この時期、一方で中国とソビエトの関係が破綻し、また他 方でブルジョア民法にも抵抗感があり、いずれにも依拠することができなか ったことによる。しかし、「文化大革命」が1966年に勃発したことで、立法 作業は全面的な停止を余儀なくされた。
1978年には中国で改革開放が始まり、全人代常務委員会の法制委員会は、
これを受けて、1979年11月には、大学や実務家が参加する民法起草グループ
6) 柳经纬:《民法典编纂的历史印记》、《河南财经政法大学学报》2019年第3期、第1页。
7) 黄兰松:《新中国民法典编纂简史》、《中国社会科学报》2016年11月23日。
を形成した。この民法起草グループは、1980年8月に『中華人民共和国民法 草案(意見募集稿)』を、その後、1981年4月、1981年7月、1982年5月に、そ れぞれ『中華人民共和国民法草案(意見募集稿)』の第二稿、第三稿、第四 稿を完成させたが、中央政府は、改革開放の開始から急激に変動した経済情 勢に鑑み、複雑な社会関係に関する立法に着手するのは時期尚早であると判 断した。そこで、それに代替するものとして、(それぞれの分野についての)
民事単行法を先行的に制定することとし、将来の適切な時期において統一的 な民法典の制定に着手することが計画された。このようにして、民法典の起 草作業は再び中止されることになった。
中国では1990年代に、社会主義市場経済体制を構築するという目標が立て られた。1998年には、全人代常務委員会において民法典の起草作業が再開さ れることが決定された。起草作業を担当する6人の民法学者は2002年4月に『民 法典草案』を完成させ、『民法典草案(意見募集稿)』が2002年12月に、第9 回全人代常務委員会に提出されたが、審議されないままとなった。
5回目の民法典編纂は2020年に行われたものである。それは、2014年に採 択された「法による治国の全面的推進における若干の重大な問題に関する中 共中央の決定」において、「市場に関する法律制度の構築を強化し、民法典 を編纂する」という目標が定められたことによるものである。全人代法制工 作委員会は、2015年に五つの機関や団体(最高人民法院、最高人民検察院、
司法部、中国法学会、中国社会科学院)を率いて民法典編纂作業を開始した。
全人代は、「2段階」方式を採用した。すなわち、第1段階は、『民法総則』の 制定であり、それはすでに2017年3月に可決され、2017年10月から施行され ている。第2段階は民法典の各編の制定である。立法機関(全人代)は、同 年に物権編、契約編、人格権編、婚姻家庭編、相続編、権利侵害責任編とい う6編を含む民法典各編の編纂作業を開始した。民法総則と民法典各編を統 合した草案が全人代に提出され、全人代において2020年5月28日に可決され たことで、法律として正式に成立した。この法案は、中華人民共和国の初め ての民法典になり、その重要性と条文数などからみれば、中国一の法典とな
ることは疑いないであろう。民法典の施行と同時に、現行の婚姻法、相続法、
民法通則、養子縁組法、担保法、契約法、物権法、権利侵害責任法および民 法総則は、いずれもすべて廃止されることになっている。
二 中国民法典の主な改正点
法典化の意義は、主として法源の合理化(
rationalization
)と法律の現代化8)という二点にある。法源の合理化とは、法律を体系化すること、及び法律の 透明性を高めることを意味する。法律の現代化とは、新しい法律秩序を確立 することによって社会変革を促進することである9)。中国民法典に期待され たのは、上述したこれらの目標、つまり法律の体系化、法律の現代化、およ び経済の発展と社会変革の促進の達成である。
(一) 法律の体系化
「総則と各則」という構造上の特徴はドイツのパンデクテン方式にみられ るものである。すなわち、「共通因子抽出」の方法に従って、個別的規定に 先立って一般的規定を「総則」としてまとめることで、法典が体系的に編纂 されることになる。中国民法典はこのパンデクテン方式をモデルにしている。
こうした方式には、「総則」と「各則」との間に「一般と個別」の関係性が 存在するだけでなく、「各則」においても「小さな総則」があり、これらの 間にも「一般と個別」の関係性が存在する。
たとえば、人格権編は六つの章から構成され、第1章は人格権に関する一 般的規定であり、第2章から第6章は各種の具体的人格権に関する規律となっ た。物権編は、通則、所有権、用益権、担保物権および占有に関するルール で構成された。契約編は、通則、典型契約、準契約という三つの部分に分け られた。婚姻家庭編、相続編と権利侵害責任編も、同様に「一般と個別」の
8) 石佳友:《民法法典化的方法论问题研究》、法律出版社2006年、第59-62页。
9) 石佳友:《民法典与社会转型》、中国人民大学出版社2018年、第1-3页。
構造を採用し、最初の章に一般的規定を設け、それにより具体的制度を統合 した。
「一般と個別」の構造を採用する方式の選択によって、法制度の体系化、
法的ルールの安定性、開放性を実現できるとされた。法律制度は、受け皿の 性格を有する一般的規定と具体性が高い個別的規定の共働により、法の解釈 を通じて変動する社会生活の要請に応えつつ、法律ルールの調整範囲の開放 性を保つことができるとされたのである10)。
さらに、体系化の影響は、特に契約法編にもみることができる。そこには、
通則、典型契約、準契約という三つの部分があり、この流れで任意法規的要 素が次第に弱まり、強行法規的要素が強まるという傾向がみられる。
契約編においては、その体系と内容において次のような改正が行われた。
1 契約法の体系における意義
フランス法と同じような準契約制度(フランス語は
quasi
-contrat
)が契約 編に導入された。第三編は契約とともに、不法行為以外の原因によって成立 する債権債務関係である事務管理と不当利得を規律する。事務管理と不当利 得は、いずれも法定の債権発生原因ではあるが、自律性と交換的正義という 契約関係における内在的な価値をある程度有しているという点で、契約関係 に類似する。それゆえ、債権総則を設けるという選択肢が採用されない以上、契約編に債権総論としての機能を果たせて、事務管理と不当利得を準契約の 類型として契約編に置くというのは、次善の策になるだろう11)。また、「契 約――準契約――不法行為」という並び方は、合意に基づく債権関係から法 定債権関係へと段階的に変化するという論理を反映しており、債権関係に対 する認識の筋道に適合するものとなる12)。契約編の中に準契約制度を設けた
10) 王利明:《总分结构理论与我国民法典的编纂》、《交大法学》2019年第3期、第51-53页。
11) 王利明:《准与债法总则的设立》、《法学家》2018年第1期、第121-122页。
12) 石佳友:《我们需要一部什么样的合同法?――评“民法典合同编二审稿(草案)”》、中国民商 法律网微信公众号、http://civillaw.com.cn/zt/t/?id=35119、2019年1月2日。
意図は、契約編が債権の各類型に対する指針としての役割を果たし、また「準 債権総則」を兼ねた契約編を形成することで債権法の体系性を高めるという 目標を達成することにある。
2 契約の締結
契約の締結に関して、中国民法典は約款による契約の規定を修正した(以 下の条文は、特に明示しない限り民法典の規定を指す)。約款による契約の 締結、無効事由および約款に対する理解について紛争が生じた場合における 解釈ルールを定める(496条から498条)。約款提供側が約款について注意喚 起義務と説明義務を尽くさなかった場合の法的効果として、「相手方は当該 約款を契約に組み入れていないと主張できる」と定めた(496条)。これは、
契約編一審稿(草案)の「効力なし」とされていたことの対比では重要な変 更となる13)。この変更は、契約の締結と契約の効力を明確に区別し、これま での混乱した状態に終止符を打ち、ルールの整序に資するものとなる。
3 契約の履行
事情変更に関する規律が正式に導入された。事情変更の要件と効果につい て次のように定めている(533条)。要件として、①契約の基礎となる契約の 基礎となる事情の変更が契約締結後に発生したこと、②当事者が契約締結時 にその変更を予見できなかったこと、③取引リスクの変化に該当しないこと、
④契約の履行を継続させることが当事者にとって明らかに不公平であること が求められている。
次に、法律効果として、当事者が再交渉義務を負うとされ、再交渉が成立 しない場合には、人民法院又は仲裁機関に契約の変更又は解除の請求ができ るとされている。このような事情変更の制度は、取引の公平を保障し、交換
13) 韩世远:《民法典合同编一般规定与合订立的立法问题》、《法学杂志》2019年第3期、第27-28页。
的正義を実現する重要な手段であると捉えられている14)。
また、580条1項の「履行不能の要件」に続けて、同2項に「履行不能にお ける契約の終了」について「前項の履行不能の事由の一つに該当し、かつ、
それにより、契約目的が達成できない場合に、当事者が契約の権利義務関係 を終了させるよう人民法院または仲裁機関に請求することができる。ただし、
これにより違約責任は影響されない」とする規定が新設された。この条文の 意図は、債務者が履行不能に陥っているとき、債権者が解除を選択せずに履 行を求め続けるという継続的契約における「行き詰まりの状態(
deadlock
)」を解決することにある。
双務契約における危険負担に関するルールがあるにもかかわらず、契約に
「行き詰まりの状態」が生じるのは、主として以下の二つの場面においてで ある。第一、双務契約において、目的物が双方当事者に帰すことができない 事由により滅失した場合、両債務の牽連性のため、債務者は引渡義務を免れ ており、債権者に対して反対給付を主張できなくなる。しかし、契約関係は これにより当然に消滅するわけではない。第二、とりわけ、債務者が、履行 能力の喪失のような個人的な事情により「終局的」履行不能に陥った場合を 危険負担の規律によって処理することは適切でない。この場合、債権者が契 約の履行を求めると、債務者は履行不能という抗弁を持ち出すことができる とするべきであり、そのためには契約における権利義務関係は消滅せずに存 続することが必要になる。
新設された580条2項の趣旨は、人民法院または仲裁機関が「行き詰まった 契約」の終了を宣告することを認めることにある。もっとも、この宣言によ り、一方当事者が負うべき違約責任を免れることはないし、契約の終了に伴 う遡及効の問題にも関わらない。後者の遡及効の問題について、契約解除に 関する規律により処理されるべきである。
14) 刘承韪:《民法典合同编的立法建议》、《法学杂志》2019年第3期、第39页。
4 新しい典型契約類型
次のような典型契約類型が新たに設けられた。第1は、保証契約類型である。
保証が重要な担保手段として債権の実現において大きな役割を果たしている ことに鑑みて、保証契約に関する規律が設けられた。このことは、債権の回 収不能のリスクを減らし、融資コストを下げ、経済秩序を維持することに資 する。
第2に、ファクタリング契約類型の新設である。ファクタリング契約類型 の創設は、人民法院による売掛金質権と権利質等に関する法律関係をめぐる 紛争の解決に役立ち、ファクタリング事業の向上発展に資することで中小企 業の資金調達を容易にするという点で非常に重要な意義を持つ。
第3は、物件管理サービス契約類型である。住宅商品化改革に応える立法 措置として物件管理サービス契約類型が契約編に組み入れられた。民法典は、
物件管理サービス契約の内容、物件管理サービス提供者の権利義務、区分所 有者の権利義務についての規律によって、契約法と物権法における建物区分 所有権制度を連結し15)、より効果的に区分所有者の権利を保護することを意 図したのである。
第4に、新たに組合契約類型が設けられた。
(二) 法律の現代化の実現
民法典物権編では担保に関する法的ルールの現代化が図られている。担保 制度は企業の資金調達に重大な影響を与えるものだからである。第1に、406 条において抵当権の存続期間中において抵当目的物の譲渡性を認め、かつ、
抵当権の追及効を認めた16)。第2に、明文で担保物権について優先弁済の順 位を明確にした。複数の抵当権の間の弁済順位に関しては、414条によれば、
15) 王利明:《物业服务合同立法若干问题探讨》、《财经法学》2018年第3期、第6页。
16) 多くの学者は、抵当物の譲渡をめぐる法律関係について抵当権の追及効を基にして規定を設 けるべきと考えている。具体可参见崔建远:《民法分则物权编立法研究》、《中国法学》2017年 第2期、第57-58页;王利明主编:《中国物权法草案建议稿及说明》、中国法制出版社2001年版、
第437页;梁慧星主编:《中国物权法草案建议稿》、社会科学文献出版社2000年版、第645页。
①登記された抵当権は登記されていない抵当権に優先し、②登記された抵当 権については、登記の前後に従って決し、③登記されていない抵当権につい ては、債権額の割合に応じて弁済されるものとされた。また、同条2項に従 って、登記可能な他の担保物権の弁済順位についても、抵当権に関する規定 が準用される。
さらに、抵当権と質権とが競合する場合での弁済順位(415条)や、抵当 権または質権と留置権とが競合する場合での弁済順位(456条)についての 規律も定められた。これらの規律は、権利競合の場面での優先順位を明確に して取引リスクを減らし、取引安全を確保するという積極的な意義をもつも のである17)。そのほか、416条は、米国の統一商事法典の示唆を受けて、担 保目的物の売掛代金について優先弁済を保障するために、「スーパー優先権」
(
super priority
)を導入した。民法典契約編は、電子商取引の急速な発展の需要に応えるために、電子契 約の成立についての規律を設けた。電子契約の成立時点について、491条2項 は、「インターネット等の情報ネットワークを通じて、リリースした商品ま たはサービスに関する情報が申込であると認められる場合に」は、「相手方 が商品またはサービスを選択して注文した」時点であると規定した。引渡時 については、512条によれば、電子契約の目的が商品の引渡であり、かつ引 渡が配達方式によるものである場合には、受取者がサインした時点であると され、電子契約の目的がサービスの提供である場合には、電子証書または実 物証書に示される時点が引渡時であるとされている。
民法典権利侵害責任編は、単行法としての権利侵害責任法を受け継いだう えで、修正された点がいくつかある。まず、1183条2項は、被害者は、加害 者の故意または重大な過失により、被害者にとって特別の愛着がある物を侵 害され、精神上の損害を受けた場合に、精神的損害賠償を請求することがで
17) 高圣平:《民法典担保物权制度修正研究》、《江西社会科学》2018年第10期、第11-12页。
きると定めた。
次に、1185条は、知的財産権に対する保護を高めるために、故意により著 しく知的財産権を侵害された場合において、被害者が懲罰的損害賠償を請求 することを認めている。
また、セーフ・ハーバー原則のもとでの通知およびカウンター通知に関す るルールが整備された。1195条においては、権利者は、ネットワークプロバ イダに対して通知権を行使するために、「権利侵害を証明するための一応の 証拠および権利者の真の身元情報」を提供しなければならないとされ、ネッ トワークプロバイダには通知転送義務が課されている。さらに、従来の「通 知したら削除すべし」というルールが変更され、ネットワークプロバイダが
「受け取った通知を遅滞なく関連ユーザーに転送し、サービス類型(アクセ スサービス、ストレージサービス、コンテンツサービスなど)に応じて必要 な措置を講じる」ことを求める規定が設けられた。
婚姻家族制度と相続制度の改正においても、現代化がみられる。以下では 重要な点に絞って紹介する。
1 婚姻家族編における主な改正点
民法典婚姻家族編において行われた婚姻法に対する主な改正点は以下の通 りである。
(1) 結婚禁止と婚姻無効の事由
中国民法典は、「婚姻前から医学上婚姻すべきでないと認められる疾病に 罹患し、婚姻後も治癒していないこと」を婚姻無効の事由とする規定を削除 した。これは、当事者の一方が疾病に罹患することが必ずしも当事者の結婚 意図に反するわけではないと考えられたからである。ただし、1053条による と、当事者の一方が婚姻前に重大な疾病に罹患していることを隠した場合に、
他方当事者は、人民法院に婚姻の取消しを求めることができる。
(2) 家事代理権
夫婦間での日常家事代理権を認めることで取引安全および第三者の権利を 保護するという目的が実現され18)、これは、夫婦関係の一体性という一般的 社会通念に適合するものとなる。
(3) 夫婦の共同債務制度
中国民法典は、夫婦の共同債務について最高人民法院による2018年司法解 釈を取り入れ、1064条に以下のような定めを置いた。夫婦の共同債務となる のは、夫婦両方で署名する、若しくは夫婦の一方が事後に追認するなどして 共同の意思表示に基づいて発生した債務、および、夫婦の一方が婚姻関係の 存続期間中に自分の名義で家庭日常生活の必要性の限度で負う債務であると した。他方で、夫婦の一方が婚姻関係の存続期間中に自らの名義で家庭日常 生活の必要性の限度を超えて負った債務は原則として、夫婦の共同債務とは ならないが、債権者が、当該債務が夫婦共同生活もしくは共同生産経営のた めにされたものであること、または、夫婦の共同による意思表示に基づくも のであることを証明できる場合は、この限りでない。
(4) 離婚の冷却期間
離婚の申請の撤回について1077条は次のように定める。「婚姻登記機関に 離婚の申請が提出された後30日以内に、(夫婦の)いずれか一方が離婚につ いて同意しない(又は後悔した)とき、婚姻登記機関に対して、離婚の申請 を撤回することができる」。その趣旨は、離婚の意思決定が冷静となった後 にされる合理的なものとなるように、軽率に、あるいは衝動的に離婚しよう とする人たちに冷却期間を用意することにある19)。
また、離婚訴訟が長期間にわたり終了しないという問題を解決するために 1079条5項が新設された。それによれば、人民法院により一度離婚請求を棄
18) 朱程斌、李龙:《民法典增加家事代理:身份权与财产权益冲突的解决路径――从案例和司法 解释出发设计民法分则家事代理》、《西南政法大学学报》2018年第2期、第18-19页;熊玉梅:《论 交易安全视野下的夫妻日常家事代理权》、《法学杂志》2011年第3期、第90-91页。
19) 杨立新、蒋晓华:《对民法典婚姻家庭编草案规定离婚冷静期的立法评估》、《河南社会科学》
2019年第6期、第36页。
却されてから、夫婦が一年以上に別居した場合において、再び離婚訴訟が起 こされたときは、人民法院は離婚請求を認めるものとされた。
(5) 親子関係の訴えを提起する要件の厳格化
家族関係の安定、未成年の子供の正当な利益の保護を図るために、1073条 において親子関係に関する規律を整備した。それによれば、親子関係の確認 または否認に関して、異議があり、かつ正当な理由がある場合に限り、父、
母または成年の子は親子関係の存在確認または存在否認の訴えを提起するこ とができることになった。
(6) 離婚に伴う損害賠償の範囲の拡大
婚姻法は、①重婚したこと、②他人と同棲すること、③家庭内暴力を行っ たこと、④家庭構成員を虐待・遺棄したことのいずれかの事由により離婚に 至った場合、無責配偶者は、損害賠償を請求することができると定めていた。
中国民法典は、この4つの事由に、さらに⑤その他の重過失があったことと いう一般条項の形式による事由を付加した(1091条)。
(7) 養子縁組制度の改革
『児童の権利に関する国連条約』における子どもの最善の利益について最 大の考慮が払われるべきという原則を遵守するために、養子にとって最善の 利益を図るべきであるというルールが明文で採用された。さらに民法典は、
養子縁組の条件と手続、養子縁組の効力および養子縁組の解除について規定 した。それは、これまでの養子縁組法を承継し発展させるものであって、養 子縁組の安定性を維持し、養子の身体的・精神的健康を保護する立法目的を 実現している20)。
2 相続編の主な改正点
相続編は、1985年に成立した『相続法』についての改正を行っている。改 正の主要な点は次の通りである。
20) 夏吟兰:《民法典体系下婚姻家庭法之基本架构与逻辑体例》、《政法论坛》2014年第5期、第 147页;周友军:《我国民法典编纂中收养制度的完善》、《广东社会科学》2019年第4期、第247页。
(1) 遺産の範囲の拡張
1122条は、「遺産とは、自然人が死亡したときに遺された個人の合法的財 産である。ただし、法律の規定またはその性質により相続することができな い遺産は、この限りでない」と定める。要するに、これまでの相続法では、
遺産の範囲を列挙する方法がとられており、本来遺産の対象となるべきすべ ての財産を網羅できないという欠点があった。中国民法典は、これを克服す るために一般条項によって遺産の範囲を拡張し、それにより相続財産の種類 の多様化に対応して遺産に組み入れることができるようになった21)。これは、
社会情勢の変化に対する積極的な対応であると考えられる。また同条の文言 は、一身専属型財産を遺産から除外しており22)、紛争を効果的に回避できる ものとなっている。
(2) 相続人容赦制度の確立
1125条は、相続人が相続権を喪失する5つの欠格事由を次のように定める。
すなわち、①故意に被相続人を殺害したとき、②遺産を奪うために他の相続 人を殺害したとき、③被相続人を遺棄し、又は被相続人を虐待しかつ情状重 大と認められるとき、④遺言書を偽造し、変造し又は破棄し、かつ、情状重 大と認められるとき⑤詐欺又は脅迫の手段を用いて、被相続人に遺言の作成、
変更、又は撤回をさせかつ情状重大と認められるときである。③から⑤まで の3つの事由については、当該相続人に悔い改めたと認められる行為があり、
かつ、被相続人が容赦したとき、または、遺言でその者を相続人として扱っ たとき、相続人は相続権を喪失しないものとする「相続人に対する容赦条項」
が取り入れられた。
(3) 法定相続人の範囲
1128条は、被相続人の子の直系卑属が代襲相続者であるものとする相続法 の規定を承継した上で、被相続人の兄弟姉妹の子も代襲相続権を享受すると 定めた。
21) 杨立新:《民法典继承编草案修改要点》、《中国法律评论》2019年第1期、第121页。
22) 参见郭明瑞、房绍坤、关涛:《继承法研究》、中国人民大学出版社2003年版、第9页。
(4) 遺言の方式と効力の整備
科学技術の発展に適応するために、民法典は、公証遺言、自筆遺言、代筆 証書、録音遺言、口頭遺言という方式の他に、印刷遺言(1136条)およびビ デオによる遺言(1137条)という2つの遺言方式を新設した。
(5) 公証遺言を最優先順位とする規定の修正
公証遺言は他の方式による遺言によって撤回又は変更できないとする従前 の規定は、1142条によって修正され、遺言方式の平等原則が確立された。こ の改正により、無駄な費用の支出の回避が可能となり、また被相続人の遺言 自由への制約が除去されることになったことから23)、被相続人は自分の財産 を自由に処分する権利を確保できるようになった。
(6) 遺産管理人制度の導入
遺産管理に関する規律を設け、現行法の欠缺を埋めた。遺産管理人の選任・
指定・責務、遺産管理人の故意または重過失があった場合における責任、及 び報酬を得る権利についての規律が設けられた(1145条から1149条まで)。
遺産管理者に中立性と専門性を持たせることで、適切な遺産処理を保障し、
遺産の安全性と完全性を最大限に守り24)、管理の欠如による遺産の毀損、脱 落、横領等を避けることができると考えたのである25)。
(三) 経済と社会の改革の促進
中国共産党は、2017年第19回党大会の報告書において、中国の特色ある社 会主義が新時代に入り、わが国の主要な社会問題は、もはや「次第に高まる、
国民のよりよい生活への要望と社会発展の不均衡・不十分という現実との齟 齬へと変化している」と述べた。それを踏まえて、日々高まる豊かな生活へ
23) 郑倩、房绍坤:《公证遗嘱优先效力论争》、《政法论丛》2016年第2期、第67页;陈苇主编:《外 国继承法比较与中国民法典继承编制定研究》、北京大学出版社2011年版、第347页;郭明瑞、张 平华:《海峡两岸继承法比较研究》、载《当代法学》2004年第3期、第16-17页。
24) 付翠英:《遗产管理制度的设立基础和体系架构》、《法学》2012年第8期、第33-34页。
25) 王利明:《继承法修改的若干问题》、《社会科学战线》2013年第7期、第181页;王歌雅:《<民 法典·继承编>的编纂理念与制度构想》、《求是学刊》2018年第6期、第99页。
の国民の欲求を充足するためには、改革を全面的に進めることが必要とされ た。立法機関による立法理由には、人民の自由と尊厳の擁護及び人民福祉の 増進等を実現することこそ、今回の民法典編纂の立法目的と中核的価値であ ると説明されている26)。民法典各編も、人民を中心として、民事権利の保障 に主眼を置き、各種の具体的な規定を通じて個人の人身権利と財産権利を確 実に保護することを目指している。
1 物権編の改正
民法物権編は、私人の有する物権に対する保護を強化した。この点は、と りわけ区分所有者の区分所有権を強化することによって実現された。
区分所有者の共同決定事項の範囲を広げるために、278条において、共用 部分の用途を変更する、または共用部分を利用して事業を行うには、区分所 有者の共同決定によらなければならないとする同8号が新設された。とりわ け、強調されるべきことは、278条2項においてメンテナンスにかかる資金の 調達、改築及び建替え、および共用部分の用途の変更等の事項に関する決議 をするときは、「議決に出席する区分所有者のうち、4分の3以上を占める専 有部分を有する区分所有者および区分所有者の4分の3以上の同意を得なけれ ばならない」と規定されたことである。
こうした区分所有者に重大な影響を及ぼす事項について、厳格な議決手続 と議決要件が設定されたのは、専有面積が多い所有者と専有面積が少ない所 有者の両方の利益を考慮に入れ、最大限のコンセンサスを促すことに役立つ ものとなる。
同時に、279条において、「住宅を商業施設に変更する」という社会問題に 正面から対応し、居住用不動産から商業用不動産への変更は、「利害関係の ある区分所有者全員の同意」を必要とするとされた。282条は、物件管理サ ービス企業等の管理者が区分所有者の「共用部分」を利用することによって
26) 王利明:《我国民法典分编编纂中的几个问题》、《中国人大》2018年9月5日、第26页。
生じた収入から、合理的費用を差し引いた後、その余剰は区分所有者の共有 に属することを規定した。
上記のすべての規定は、区分所有者の財産権をその侵害から守り、区分所 有者の正当な権利と利益を保護するという趣旨に基づくものである。
さらに、居住権制度が物権編において新設された(366条)。居住権とは、
居住権者が、居住権契約に基づいて、居住を目的として、他人の所有する不 動産について占有、使用の権利を享有する用益物権である。居住権制度の新 設は、人々の生活需要の充足と住宅の柔軟な運用に資するものであって、「民 生」を保障する原則を反映するものである。財の利用方法が多様化する中で、
所有利益と居住利益を分離することは、財の効用を十分に発揮させることに 役立つのみならず、社会の高齢化に伴う「以房養老」の問題*3)への対処に も重要な意義を有するものとなる27)。
2 人格権編の特徴
人格権編が、中国民法典において独立の編とされたことは、公民の権利を 手厚く保護することに役立つものであり、また、それを実現する手段として 最も典型的な例となる。これについて、中国民法学界において大きな議論が 巻き起こったが、立法機関は人格権編を民法典の独立の編として設けること に与した。このことは中国民法典における重要な革新であり、人間の尊厳を 包括的かつ適切に保護することに資するものとなる。人格権編は、憲法の人 権保護原則を具体化し、法典の人道主義的精神を反映するものであり、きわ
*3) 「以房養老」とは、高齢者が自分の有する居住建物を抵当に入れたり、賃貸するなどして、
継続的に年金や老人ホームでの介護サービスを受けて老後を過ごすために、中国政府によって 打ち出された政策である。これまで、高齢者がその居住建物に住み続けることが可能となる
「リバースモーゲージ」という手法などが検討されてきた。他方で、「以房養老」関連の詐欺事 件も多発している。――訳者注
27) 鲁晓明:《论我国居住权立法之必要性及以物权性为主的立法模式――兼及完善我国民法典物 权编草案居住权制度规范的建议》、《政治与法律》2019年第3期、第15-17页;申卫星:《从“居 住有其屋” 到“住有所居”――我国民法典分则创设居住权制度的立法构想》、《现代法学》2018 年第2期、第109页。
めて重要かつ実践的・現代的な意義を持つ28)。民法典の人格権編における革 新的な事項の要点は次のとおりである。
(1) 人格権の全面的な承認とその保護
個人が享受する人格権には、生命権、身体権、健康権、氏名権、名称権、
肖像権、名誉権、栄誉権、プライバシー権等が含まれることが990条1項によ って規定された。人格権の保護範囲は、このように権利の種類を列挙するこ とでより明確にされ、それにより個人の権利意識を喚起することが可能とな る。また、同2項は、「前項に定める人格権のほか、自然人は人身の自由と人 格尊厳に基づく人格的利益を享受する」と規定する。
以上のような方法で、990条2項は、受け皿規定として、人格権システムの 開放性を確保し、1項で規定する具体的人格権以外の人格的利益の保護に法 的根拠を与えるとともに、新しい人格的利益を保護することを目的とした法 形成のための裁量の余地を残している。
(2) 人格権の二つの側面の明確化――防御権と支配権
992条は、人格権は放棄、譲渡、相続することができないと定めた。これ は人格権の消極的側面である。人格権は、こうした消極的な防御機能を持つ と同時に、社会と経済の急速な発展に伴い、積極的機能をも有することになる。
それを受けて、993条は「個人は、自己の氏名、名称、肖像などを他人に 使用させることができる。ただし、法律の規定またはその性質により許諾で きないものは、この限りでない」と定めた。同条は、人格の構成要素の一部 に利用可能性を認めることで、人格権の積極的側面を正面から規定したが、
これは人格権、特に精神的人格権の商業利用が普及一般化している現状に対 する立法上の対応であるとみることができる29)。
(3) 人を対象とする医学研究と科学研究活動に対する制限
1009条は、ヒト遺伝子、ヒト胚などに関する医学研究および科学研究活動 に従事するとき、関連する法律の規定を遵守し、「人間の健康および倫理道
28) 王晓琳:《人格权编草案:让你我活得更有尊严》、《中国人大》2018年9月20日、第29页。
29) 张红:《<民法典各分编(草案)>人格权编评析》、《法学评论》2019年第1期、第107页。
徳を害してはならない」とした上で、その制限として、「公共利益を害して はならない」という文言を付加した。同規定は、人格権法の人道主義的精神 を反映するものであり、遺伝子編集や凍結胚など生命科学の科学技術の進歩 への対応でもある。
(4) セクハラに対する法的規制の確立
1010条1項は、セクハラの特徴を「他者の意思に反する」ことに求め、セ クハラの主要な方法として「言語と行動」を規定し、セクハラを受けた被害 者が、加害者に対する民事責任の追及を認めた。また、同2項において、使 用者は、セクハラを防止するために、「予防、苦情調査、処理」など必要な 措置を講じる義務を負うと定めた。これらの規定は、スローガンであること を超えて、個人に具体的な請求権規範を付与するものであり、性的自己決定 権の保護においてきわめて大きな意義を有する。実際上は、職場においてセ クハラが発生することが多いことから、使用者にそうした予防義務を課すこ とは、セクハラ抑制につながることになろう30)。
(5) プライバシーと個人情報の保護の徹底
プライバシーに関して、1032条は、「秘密性」と「他人に知ってほしくない」
というプライバシーの特徴を強調し、プライバシーをプライベート空間、プ ライベート行動とプライベート情報に分けることによって、プライバシーの 概念を明確にした。プライバシー侵害行為について、1033条は、具体的に列 挙する方法と受け皿規定を設ける方法を用いており、それにより、法の安定 性を維持する一方で、法の解釈によって補完する機能を用意した。さらに、
中国民法典は、ホテルの部屋にカメラを無断で設置して盗撮をするなど、社 会的関心の強い問題となっている公民のプライバシー権を侵害する行為に対 して、行為を具体的な対象とした規定を設けた。
(6) 個人情報の保護の強化
中国民法典は、個人情報保護に関する規定を整備し、個人情報の範囲に個
30) 王利明:《民法典人格权编草案的亮点及完善》、《中国法律评论》2019年第1期、第104页。
人の電子メールアドレスや位置情報を含めた。個人情報の取扱いについても 具体的な規定を設けた。たとえば、個人情報の収集と取扱いに関して、1035 条は、情報主体またはその保護者の同意を得る必要があること、公開性ルー ル、収集目的の明示などを規定した。自然人の個人情報を収集し、取り扱っ ても民事責任を負わない場合(違法阻却事由)についても定めた(1036条)。
情報主体の修正権と削除権が設けられた(1037条)。情報漏洩と情報滅失に 対する救済手段として、「情報主体の同意がない限り、他人に対して違法に 個人情報を提供してはならない。ただし、情報主体を特定できないよう加工 され、かつ復元できない個人情報は、この限りでない」という情報共有ルー ルが設定された(1038条)。
民法典における個人情報の保護に対する規律は、現代社会の発展方向に適 合しており、権利行使の限界を明確に示し、データ産業の健全な発展を促進 することを可能にする31)。国家機関とその職員は、職務を行う際に入手した 個人情報について、漏洩しまたは正当理由がなく第三者に共有してはならな いことが定められた(1039条)。
3 農村土地制度の改革
中国政府は、2014年から、農村土地制度について新しい改革を始めており、
その中核的内容は、所有権、請負権、経営権の3つの権利を並立させるいわ ゆる「三権分置」である。生産責任制が採用されて以来の、農村改革におけ る大きな制度革新である。農村土地制度に合わせて、「三権分置」を推進す るように、民法典物権編は、「土地請負経営権」の章に、新たな規定を設けた。
とりわけ、土地請負経営権者が、土地経営権を、「賃貸や出資」その他の形 式で移転できることを定め(339条)、土地経営権の内容(340条)や、土地 経営権の発効と登記(341条)についての規律を置いた。要するに、これら の規定は、経営主体としての農民が土地経営権について有する使用、移転、
31) 王利明:《民法典人格权编草案的亮点及完善》、《中国法律评论》2019年第1期、第105-106页。
抵当、終了等の機能を前提として、経営主体が農業生産に従事する権利を保 護し、土地資源を合理的に利用できるようにするものである32)。
4 生態環境保護のグリーン原則等
生態文明を築くのは、中国の特色ある社会主義の重要な使命であり、人民 の福祉にも、民族の未来にも関わるものであるとされている。そのため、第 9条は、グリーン原則を、個人が民事活動を行う際の基本原則として確立 し33)、国民の次第に高まる健全な生態環境に対するニーズに応えるように制 度的保障を与えている。今回の民法典編纂においては、この原則の下で、経 済発展と環境保護の関係を積極的に調整し、「生態文明システム改革を加速 し美しい中国を建設する」34)という目標を達成するために、物権法と権利侵 害責任法のルールを設ける際に環境保護がより一層考慮に入れられた。たと えば、300条第3項では、「当事者は、契約を履行する過程で、生態環境への 損害と資源の浪費を避けるものとする」と定めている。これは、グリーン原 則35)によって契約当事者の契約履行等についての限界を確定したものであ り、同時に環境保護のための付随義務を明文化したものである。物権編にお いては、物権行使における環境保護原則が確立されている。
権利侵害責任編では、「環境汚染と生態破壊責任」という章が規定されて おり、それはグリーン発展理念を救済法の効果として実現するものである。
この章では、さらに環境汚染と生態破壊責任に関する規律の充実がみられる。
32) 高圣平:《农地三权分置改革与民法典物权编编纂――兼评<民法典各分编(草案)>物权编》、
《华东政法大学学报》2019年第2期、第14页。
33) 「民法総則」9条に由来するものであり、同条は、「民事主体が民事活動に従事するにあたっ ては、資源の節約、生態環境の保護に貢献するよう努めなければならない」と定めている。9 条において確立した原則を、本稿では「グリーン原則」という。その他の文献として张新宝:
《中华人民共和国民法总则释义》、中国人民大学出版社2017年版、第17页;王利明主编:《〈中华 人民共和国民法总则〉详解》、中国法制出版社2017年版、第45页;沈德咏主编:《〈中华人民共 和国民法总则〉条文理解与适用》、人民法院出版社2017年版、第147页。
34) 习近平:《决胜全面建成小康社会 夺取新时代中国特色社会主义伟大胜利――在中国共产党第 十九次代表大会上的报告》、人民出版社2017年版、第50-52页。
35) 吕忠梅:《民法典“绿色化”与环境法典的调适》、《中外法学》2018年第4期、第878页。
たとえば、生態環境侵害が生じた場合に、責任分担を決めるための考慮要素 を示し(1231条)、生態環境侵害に対する懲罰的損害賠償の条項を新設した
(1233条)。また、民法典は、環境侵害の態様に応じて、その侵害行為の類型 を新たに整序し、環境自体に対する侵害と、個人への人身損害・財産損害を 区分した。加害者は、前者について回復責任を負うのに対して、後者につい ては不法行為責任を負うものとする。
上記の規定は、環境汚染者により多くの法的負担を課すことによって36)、 環境汚染と生態破壊を防ぎ、法的ルールの指導的役割を果たすことを図って いる。
三 中国民法典の課題
中国民法典には革新的なものが数多くみられるが、明らかな不備・不足が 依然としてみられることも事実である。立法機関は、時間不足を理由にして、
民法典の「編纂」を目標とし、「集成作業」に重心を置いた。編纂の指針と して実用主義を採用し、現行法における立法経験、法実践及び学説をまとめ ることとし、「法典化」という方法によって個別の民事単行法を統合し、そ の整合的な集大成を図ったのである37)。その結果、民法典の4分の3以上の条 文は、これまでの民事単行法の条文をそのまま維持したものとなっており、
依然として問題を残している。
(一) 保守的な全体像
民法典の保守性は、主として婚姻・家庭編及び相続編において現れている。
同二編は、『婚姻法』及び『継承法』の規定を受け継ぎ、議論が激しい問題 や注目度の高い問題について解決を回避する態度を取っている。
36) 吕忠梅课题组:《“绿色原则”在民法典中的贯彻论纲》、《中国法学》2018年第1期、第23-25页。
37) 石佳友:《守成与创新的务实结合:<中华人民共和国民法人格权编(草案)>评析》、《比较法 研究》2018年第2期、第13页。