"The immortality ode"についての一考察 : 喪失の 償いを求めて
著者 藪田 良子
雑誌名 主流
号 52
ページ 31‑49
発行年 1991‑03‑20
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015082
The I m m o r t a l i t y Ode 円についての一考察 喪失の償いを求めて
薮 田 良 子 I
31
本詩 TheImmortality Ode1 は TinternAbbey2 といくつかの共通 点を有している.本詩は TinternAbbey と同様に自然と自己との関係を 語った作品であり, TinternAbbey,,と同じくあるかけがえのないものを喪 失したが,その喪失に代わるものを得たと告げている. TinternAbbeyに おけるように,人と自然との関係を大きく 2つ,すなわち,思想、を必要とし ない achingjoysや dizzyrapturesd を有していた時代と自然のうちに The still, sad music of hum却ity刊 を聞くようになった時代とに分けて考 えていた.意識的な努力をせずに自然に同化・融和し得た子供時代と観想に よってのみ自然との繋がりを持つことになる大人の時代とに分けて考えてい た.
しかしながら, TinternAbbey,,の場合は最終的には自然、のうちにOne Lifeを直観するという大いなる代償を得て魂の昂揚を経験しているが,こ のOdeにおいては喪失を償うものを得るにあたってかなりの努力を要して いる.苦しい模索の末,結論と Lて最終スタンザにおいて Anotherrace hath been, and other palms are won (1.203) と語って,喪失に代わる償いを 得たと作者自身は書いている.では具体的に本詩で、はWordsworthは何を失 い,何を得たと語っているのだろうか.本作品における失われたものとは何 かタ非常な苦心の末に得たものとは何か,そして,両者はいかなる関係を有
しているのか,これらを以下,本詩の分析を通して考察したい.
32 The Immort且lityOdeについての一考察
I I
本詩は僅か207行からなる詩だが,完成するのにWordsworthが語ってい るように少なくとも 2年の中断期聞があった.作品が書き始められたのは 1802年,親友のCol己ridgeが想像力の枯渇に苦しみ,その嘆きを Deject10n : An Ode に発表した年である.この友人と同様,彼も同じ問題に苦しんで いたしかし, Coleridgeが Dεjection: An Odeに先だ、って TheMad Monkにおいて,
There was a time when earth, and se呂 andskies, The bright green vale, and forests d丘rkrecess, With all things, lay before mme eyes
In steady loveliness:
But now I feel, on巴arthsuneasy sc巳ne, Such sorrows as will never ceas巴 「
I only ask for peace;
If I must live to know that such a time has beenl5
と率直に自己の嘆きを吐露したのに対して Wordsworthは自然と自分との 関係が変化した事実を述べるのみに踏止って,6 2年間の沈黙に入る.
Wordsworthは喪失の嘆きを嘆きだけに終わらせまいとしたためであろう.
終わらせるにはWordsworthにとって自然の存在はあまりにも大きかったか らに他ならない.自然は彼にとって彼の詩の基盤であったばかりでなく,
Preludeにも述べられているように人間Wordsworthを育ててくれた,言っ てみれば養い親のような存在でもあった.7 従って,その自然との断絶を告 げるような事柄をそのまま受け入れるわけにはいかなかったのではなかろう か.
Bowraも指摘しているように,B 本詩は大きく分けて 3部から構成され
The Immortality Od己 についての一考察 33 ている.スタンザ、Iから凹までが第1部で,地上から消え去った栄光とそれ に関係している精神的危機について述べられている.第2部のスタンザ、Vか らVJ[まではこの栄光の性質の検討,そして最後の第3部のスタンザEから
XI
において消え去った栄光に代わって得た代償について,という構成に なっている.本章では第 1部に区分されるスタンザを分析し, Wordworth は自然との関係で何を喪失したのかをみてみよう.五月のある朝,自然の中にあって「私」は自然がかつてのような姿を呈し ていないことに気づく.かつて自然は,
There w且sa time when meadow, grove, and stream, The earth, and every common sight,
To me did seem
Apparelled in calestial light9
であったが,今ではどこを向いても以前見えていた輝きが今では見えない.
・'can see no more (1.9) とあるように,見ょうとしても見えなくなってし まっているのに気づく.この冒頭のスタンザに続いで,第
E
スタンザでは自 然は変わらぬ美しさを持っているけれども, glory(l.18) がそこから消え 去っていると語る. celestiallightが被う世界とは,可視的な世界を超え た不可視の世界,すなわち想像力の世界である.スタンザ I, IIで「私」が 試みていることは,視覚を通してこの想像力の世界に参入しようとしている ことである.Wordsworthにとってこの世界に入るには,まず感覚の瑞々し ハ働きを必要とする.Preluuたの第6巻にthe light of sense Goes out in fl旦shesthat have shewn to us The invisible world10
と記しているように,まず感覚による自然との接触がなければならない.そ
34 The Immortality Od巴 についての一考察
して自然を直に捉える五感のうちでもその中心となるのは, Tintern Abbey,,に allthe mighty world/Of eye, and ear(ll.105‑106) とあるよう
に視覚と聴覚である. しかし,スタンザI,IIでは視覚による別世界参入は 不可能となっている.次のスタンザ固,百では,目に代わってより精神世界 に入ってゆき易く思われる耳,聴覚の働きに頼ろうとする.
小鳥たちが楽しげに噂り,小羊たちが小太鼓に合わせるかのように跳ぴは ねている時(跳びはねているのが喜びの世界にいると思うのは Asto the
taborラssound(l21) と音で捉えられているのに注意したい),「私」のみ悲 しみの思いに襲われるが, A timely utterance(l.23) によってその思いから 解き放たれ,心を強くして自然の喜びの世界にλる.この「時機を得た発言」
を巡っては諸説があるが,・u Bowraも言っているように12 本詩執筆の前 日, 3月26日に書かれ,本詩の叩igramとなっている,所謂 TheRain bow po巴mと思われる.この短詩の思想に励ましを得てp 視覚ではかなわ なかった自然の喜びの輸に聴覚を通して加わろうとする.
I h回rthe Echoes through the mountains throng The Winds come to me from the fields of sleep,
And all the earth is gay; Giv巳thems巴lvesup to jollity,
And with thεheart of May Doth every Beast keep hc:liday;
Thou Child of Joy,
Shout round me, let me hear the shouts, thou happy Sheph巳rd‑boy!13
と聴覚を集中的に使って,「私」はついに,
Ye bless色dCreatures,I have heard the call
The Immortality Odeについての一考察 Y巳toeach other make; I see
The heav巴nslaugh with you in your jubilee; My heart is at your festival14
35
となる.だが歓喜の中で Theh悶 venslaugh with youを Iseeとある.
祝福された子供たちが互いに呼び交わすのを耳にして笑っているのが見え る,となっている.喜びの座に連なってはいるが,感覚は直接的な働きをし ていない.更に,そのようにして Myheart is at your festival(l.39) なの だが,あくまでも yourf巴stivalであって myおstival ではない.どうに か喜ぴの仲間に加わることができたとしても,結局はその世界の喜び、は自分 自身のものではなく,子供たちの喜びに与っているのにすぎない.頭上に冠 を戴き, Thefulness of your bliss I feel‑I feel it all (11.40 41) としな がら,
Oh evil d且ylif I were sullen While Earth hers哩Ifis adorning
This sweet May‑morning, And the Children are culling
On巴veryside,
In昌thousandvalleys far and wide Fresh flowers; while the sun shines warm, And the Babe leaps up on his Mothers arm15
と語る.何故 ifI wer巴sullen,,といった仮定が生まれるのか.そうした仮 定表現がなされるのは実際は Iam sullen だからではないのか.スタンザ 固でも Nomore sh品11grief of mine the se丘sonwrong(l.26) と語っていた ように,「私」は sullen になるまいとして意識的な努力をしていることが 窺える.更に,子供たちが花を摘んだり,太陽が暖い日射しをふりそそいだ
36 The Immortality Odeについての一考察
り,嬰~~が母親の腕の中で跳びはねたりする光景は見るものであって,“I hear, I h巴arwith joy I hear!(l.50) とあるように,「聞くjものではないは ずである.聴覚に訴えているはずのものに視覚的な反応の,そして視覚に訴 えているはずのものに聴覚的な反応の表現でもって示している.的はずれと 思われるような表現方法をとっている.こうした表現は感覚の働きから内へ 内へと進み,やがて高度な精神世界にと参入したことを示した Tintern Abbey,,と違って,このOdeでは感覚と心の反応が連動していないことを示 唆し,聴覚の働きによってかろうじて得られた喜びがきわめて不安定で一時 的なものであるとの印象を与える.果たせるかな,「私jの懸命な努力にも かかわらず,
← But there's丘Tr巴e,of many, one, A single Field which I have look巴dupon, Both of them speak of something that is gone:
The Pansy at my feet Doth the same tale 陀peat: Whither is fled the visionary gleam?
Where is it now, the glory and the dream?16
となる.全ての事物が輝きに包まれて見えた時を手に入れることができなく なった事実はいかんともしがたい.聴覚による想像力の世界への参入の試み の失敗は,かえって visionarygl回m つまり,彼に詩人として,また人間 としての力を与えてくれた自然のうちにかつてあったはずの eeles ti品l light,,の喪失!惑を深める結果をもたらす.「私jは「 visionarygleam,,はど こへ行ってしまったのか,今どこにあるのか」と疑問を発したまま, 2年間 沈黙してしまう. 2年の空白期間の後に提示されるのがスタンザV以下であ るが,唐突とも言える詩句, Ourbirth is but a sleep and a forgetting (l.58) で始められている.このスタンザVから医までの中間部それ自体が
The Immortality Odeについての一考察 37 別個の詩だとしてこの部分を排除しようとする見方17があるほど問題のス
タンザが展開されていく.
G. Hartmanは本詩の喪失に言及した丈の中で,まさに彼が痛切に意識し ているこの喪失の悲しみから,この悲しみを慰めるものを見い出さなければ ならなかった,と指摘している.18 彼のこの指摘を受け入れるならば,
Wordsworthがこうした行為をなしているのは,まさにこのスタンザVから 曜においてなのである.次章でこれらのスタンザ、を含む第2, 3部を前生説 の考察を中心に検討してみたい.
田
ColeridgeはBiograJうhiaLiterariaの第12章に
it is not lawful to inquire whence it [th巴highestand intuitive knowledge] sprang, as if it were a thing subject to place and motion; for it neith巳rapproached hither, nor again departs from hence to some oth巴Iplace; but it either appears to us or it does not app巳ar.So that we ought not to pursue it with a view of detecting its secret sources, but to watch in quiet till it suddenly shines upon us; pr巴paring ourselves for the blessed spectacle as the eye waits patiently for th巳
19
risinie sun.
という Plotinusの Eηnead第5巻第5章からの一文を記しているが, Words‑
worthが本作品において為そうとしていることは,追求しでも追求しきれな いものを追求して,その追求の過程から積極的な何物かをひき出そうと苦闘 しているように思われてならない.前生説の導入がその苦闘を証しているよ うに思われるのである.
しかしながら,この説を巡っては実にさまざまな論がなされている.
Wordsworthに好意的であったM.Arnoldでさえ,この説をWordsworthを
38 The Immortality Odeについての一考察
思想家としてまともに取り扱うことの愚かしさを表す例にひいて,否定的な 態度を示した.20 また, TrillingのようにWordsworth自身の言葉,
.. .I took hold of the notion of pre‑existence as having sufficient foundation in humanity for呂uthorizingme to make for my purpose for the best use of it I could as a Poet"21
すなわち,「詩人としてこの説を利用したjという言葉を根拠にして前生説 を本当に信じていたわけではない,とする見方がある. しかし,この,
Wordsworthの発言は,後年正統派信仰に移ってからなされたものであって,
本詩発表後,当時の分りにくいという反応に応える形で書かれた1814年12月 のMrs.Clarksonへの手紙の中ではそういった類のことは言っていない.
Wordsworthは本詩は2つの子供時代の記憶に基づいていると語るにとど まっている,従って Garrodのような意見,
I am no more in doubt that Wordsworth believ吋 th巳doctrine[Pre‑ existence] than I doubt that Plato did.22
も出てくる.Garrodほどではないにしても, BowraもWordsworthという 詩人は次のような詩人だと語る.
Wordsworth was not a man to put ideas into poetry merely because they were suitable for it, nor was he cap品bleof saying as a poet what h巴didnot beli巴veas a m昌n.When he said a thing, he did so because he believed it to be true and to need saying 23
としなカfら, この言えは, しカミし, Platoに
i
朔るのではなく, Coleridgeと Henry Vaughanに負っていると修正を施している.WordsworthはCole‑ ridgeからは魂の先在の観念, Vaughanからは天上的な力の緩慢な衰えの観 念を取り入れているとしているが, Platoのものとはどのような違いがあるThe Immortality Ode についての一考察 39 のかについては具体的に詩行でもって示してはいない.
本詩を書いた当時のWordsworthが,この説に対して実際のところどうい う態度をもっていたかは以上の如くに意見が分かれ,いずれの側に賛意を表 しても,また, Platoとは異なった説を用いているとしても, Wordsworth が魂の先在説をスタンザ、Iから町の疑問に対する答えとして使っている事実
には変わりない.この説を援用してこの地上から消え去った visionary gleam の源を明らかにしようとしていることは否定できない.では,何故,
天上の光の源をつきとめる必要があったのだろうか.
先に, Wordsworthがこの作品は子供時代の2つの記憶に基づいていると 述べたことに触れたが, 2つの記憶とは次のようなものである.
The poem rests entirely upon two recollections of childhood, one that of a splendour in the object of sens巳whichis passed away,旦nd the other in an indisposition to bend to the law of d巳athas applying to our case 24
ここで Tworecollections"と 2つに分けられているものは,本質的には1 つのものと考えられる.つまり,自分の身に死の法則はあてはまらないと思 えたのは,感覚が捉えたものが天上の光に装われていたことによるからであ る.自然が輝かしさの中にある時,人間のmortalityを意識せずに済んだの である.mortalityを意識せずに済むとは,時間的空間的存在である生身の 人間が,その有限性の枠を超えた世界,すなわち永遠界に参入することであ る.この世界に入ることができた時, Wordsworthは深い喜びで満され,詩 人としての,また人間としての活力が与えられるのである. しかし,これは 人の精神が外界と交わった時の心の反応である為,きわめて主観的なもので あると言わざるを得ない.が, Wordsworthは自然との関係において実際に そうした体験をもったというのである.
N. Fryeはその著AStudアofEnglish Romantismにおいて, Wordsworth
40 The Immortality Odeについての一考察
は何世紀かぶりに人間の帰属すべき場所についての本質的疑問を提起し,初 めて人間の帰属すべき場所を人間と自然との関係に見出した人である,と書 いている.25 Wordsworthが自然を人間の確かな拠り所としたのは,子供時 代のあの体験が大きな役割りを呆たしていると考えられる.本作品中でその 体験は visionarygleamの他にスタンザ、Iと町で dream という言葉で描 写されている.夢は非常に個人的傾向の強いものであり,消えやすく且つ非 現実的な性質をもっているが, Wordsworthが実際に経験したのは,まさに この,「夢
J
のような真実だと言っているのである.W.J .
Bateは,イギリス・ロマン主義は普遍的なものはただ特殊なものを通してのみ達成できると考え る傾向があったと言ったが,26 Wordsworthは自分一人の個人的体験を基に して述べてはいるが,詩中の「私jの悲しみは,実は普遍的な人間性に立脚 していることを前生説によって説明しようとする.子供時代が喜びに満たさ れているのは,
Not in entire forgetfulness, And not in utter nakedness But trailing clouds of glory do we come
From God, who is our home.27
故なのである.BowraはWordsworthにとって子供が喜ぴの対象となるの は
In childhood Wordsworth sees the imagination at work as he hぉ
known it himself in his finest, most creative moments 28
からだと指摘しているが,子供の中にこのような力が宿っているのは,本詩 によれば, Immort且lityの存在である God のもとからその栄光の雲を trailing していることによる.しかしながら,たなびく雲は通常時間の経 過とともにやがて消散していく運命にあるように, mortalな世界において
The Immortality Odeについての一考察 41 成長するにつれて,この力も消失する.つまり,この地上での生活を続ける につれて,やがてこの glory が失われるのは避けられない.なぜなら,こ の地上での誕生は buta sleep and forgetting(l.58) だからである.既にど こかに存在していた魂は,この地上において受肉すると眠りにつき,魂が本 来有していた「栄光
J
の忘却を深めてゆくのだという.そしてその「栄光J
の喪失過程を続く66行から76行において幼児,少年,若者,そして大人へと 成長段階を追って描き,夢のような「栄光」の喪失は,この地上での人間存 在の基本的構造に関連していることを明確にする.前生説を用いることで,
天上の光の喪失の必然性が明らかにされると同時に,個人的体験に普遍性が 付与されている. しかし,ここで注意しておきたいことは, Wordsworthは この説を用いることで永遠の相を直観できるvisionの源を明らかにすると ともに,今では不可能となったけれども,自然を通してこのvisionをもつ ことができた体験は普遍的なもので,子供時代に確かにあったということが 強調でき,そして,この心理的体験の事実から天上の光を喪失した現在を支 えるものをひき出している,ということである.
かつてWordsworthは,楽園は自然と人の精神の相互作用による自然との 合一体験によって,あの世ではなく,この世に創られるものであると語っ た.29 Tintern Abbey では自然は人間存在にとって anchor(l.109)ηだと している.自然はWordsworthにとって人間が本来帰属すべき場所であり,
Tintern Abb句 で MotherEarth(l.9) と呼ばれる地位を占めていた.し かしながら,この前生説によって栄光がこの地上以外の,どこか笹か離れた ところ,この世ではない世界,すなわち God からきているとされたことで,
自然は単なる homelyN urse(l.81) となってしまっている.永遠界に参入さ せてImmortalityを感じ取らせてくれ,楽園の至福を味わせてくれた自然は,
The homely Nurse doth all she can To make her Foster child, her Inmate Man,
42 The Immortality Odeについての一考察 Forget the glories h巳hathknown,
And that imperial palace whence h巳C旦me.30
となっている.こう語っている時 自然との合一体験ができなくなった大人 の立場,地上の楽園から出てゆくことを余儀なくされた大人の立場に立って
the glori巴S を考えていることに気をつけたい.
Bowraは, Wordsworthが自然がもっている力のうちでももっとも高く評 価したのは,幻想のうちに別世界を開示してくれるその能力であった,と語っ ている.31 感覚で捉えた世界を土台にして,感覚の世界よりももっと真実 の世界,日常的な世界の粋を全く意識させず,時空を超越した喜ぴを味わせ てくれる世界を開示してくれる能力であったという.しかし,この世界に参 入できなくなることは,スタンザVによれば,地上の生活者としては避けら れない運命となっている.それならば,自然に向き合った時,かつてあった visionをもてなくなったとしても絶望する必要はないのではないか.
What though the radiance which was once so bright Be now for ever taken from my sight,
Though nothing can bring back the hour Of splendor in the grass, of glory in the flower32
輝かしい栄光を取り戻せなくても 喪失するということは存在した事実が あってのこと故,逆に言えば,存在したものは消えるということはなくなる.
かつて存在したものは,その存在事実は記憶の中に残る.これが, Words‑
worthが言う primalsympathy/Which having been must ever be(ll.185‑ 186) なのであろう.この世の時間を超越した世界に参入できたということ,
つまり Immortalityを実感できたということは消えることなく存続するのだ から自然と人間との紳は断絶することはない.栄光の光が" dieaway,/ And fade into the light of common day(ll.75‑76) したことを知る大人は,地上
The Immortality Odeについての一考察 43 生活者としての道を歩むことになる.その時,自然には天上的な世界を開示 する能力だけでなく,この地上で生活するのに必要な道徳面での影響力をも 有していることに焦点が移されてゆくことになる.
Wordsworthは, Preludeにおいて自身の子供時代を振り返って,
Fair seedtime had my soul,品ndI grew up Fostered alike by beauty and by fe丘r3:i
と述べている.道徳的にみて良しとされない行為をした時,自然は恐れの感 情で満たしてその非を諭した.この,自然がもっている道徳的な力を示す例 として,同じPrelude中の,他人が仕掛けたワナにかかった獲物を出来心か ら盗んでしまったことや,他人のボートを無断借用したことなどが挙げられ る.34 前生説の導入によって自然が「実の母
J
から「乳母」にとなったのは,天上界に参入できなくなった「私jの視線がこの地上における生活の方に向 けられた結果,自然がもっ道徳的な力に重点が移されたことによるのではな いか.栄光を与えるのが実の母であったとするならば,実の母のようにはで きなくても,実の母のような心をもって乳母として最善を尽す,となる.
先に指摘したように,この地上に誕生した時にあった天上の光は人が成長 するにつれて薄れるが,閣の中に消え去ってしまうのではなく,日常の,地 上的な光の中に吸収されてしまうのである.天上の光は闇と対比されている のではなく,地上の光と対比されている.この2種類の光の存在は,自然を 一元的な世界の視点からではなく 二元的な世界の視点から捉えさせること になっているが,これは前生説によって可能となったのであり,このことに よってWordsworthは喪失の悲しみから慰めを得ることが可能になったので ある.
地上生活者はこの地上において2種類の光を見ることになるが,子供時代 の栄光を見ることができなくなった大人は,それに代わって地上の光の下で 生きることになる.天上の光を経験したが,この地上的な光の下で生活する
44 The Immortality Odeについての一考察
ようになる人間を自然は,この地上で生きてゆけるように慈しみ育ててくれ ようとする固しかし,この地上での生活はかつての栄光を忘れてゆくことに 他ならない故,自然が地上生活者としての人聞を慈しめば慈しむほど栄光の 忘却を深めてしまうとなる.深めてしまうことになるかもしれないが,人間 は自然との粋を断ち切らずに済む.このことを述べた次のスタンザ咽では,
天与の自由をもって生まれついた子供のこの地上生活に馴染もうとする努力 が示されているが,子供のこうした努力は大人になろうとする努力ともいえ
る. しかし,この努力は,
Why with such earnest pains do巴stthou provoke The ye丘rsto bring the inevitable yoke,
Thus blindly with thy blessedness at strife?‑'35
なのである.
Fryeの言葉を借りて以上のことを述べるならば,大人になろうとする努 力は,天与の自由を棄てて,天上の光で被れた自然の世界に対して壁となる
「自意識
J
を育てることに他ならない.36 この自意識がスタンザIから町 において示されている自然との疎外状況を生む.そして,この疎外感を克服 しようとしてできなかった「私J
が疎外感を慰めるものを見い出そうとして,前生説という考えを使って疎外されない時代があったことを土台としつつ,
この疎外状況をあるがままに受け入れて,この地上で生きてゆくための力を 再び自然との緋のうちに見い出しているのが,スタンザ
X , X I
である.Then sing, ye Birds, sing, sing a joyous song And let the young Lambs bound As to the tabors sound I
We in thought will join your throng.37
大人となった今, m thought,,によって visionarygleam に包まれた喜び
The Immortality Odeについての一考察 45 の世界を享受するという.そして,
And 0, ye Fountains, Meadows, Hills and Groves, Fore bode not any severing of our loves.38
となる.私たちの愛の終りを告げないでくれと思いを込めて自然に呼びかけ る.しかしながら,呼びかけるべき本当の相手は自然ではなく「私
J
自身で はないのか.自然は変わることなく「私」の前に在るが,その自然に対峠す る「私J
が変わってしまった.「私J
の中の自然が輝かしい光で被れている のを見ることを可能にしてくれる力が消え去った,のだから.別れを意識し ているのは自然ではなく「私」であり,意識しているが故にこのような呼び かけが生まれるのではないか.自然を愛する気持ちは変わらぬのに,以前の ような関係を維持できなくなったことを認めざるを得なくなったWords‑worthの悲痛な心の祈りときこえる.
Wordsworthは続けて inmy heart of hearts I feel your might(l.193)と 語る.今,「私jは
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だと語る. onedelight とはスタンザ立の thatwhich is most worthy to be bl日st(l.139) であり,スタンザ
I
の celestiallightぅ スタンザE
のglory,' そしてスタンザ町のどこかに消え去ってしまったという visionary gleam,'the glory and the dream,,であり, Ournoisy years(l.158)を mo ments in the being/Of the eternal Silence(ll.158 159) と思わせてくれる
ものである.
子供が bestphilosopher(l.110) とされるのは,この喜び、を享受している か ら で あ る が , そ れ は 天 与 の も の で あ る . 大 人 も thephilosophic mind(l.190) を有しているけれども,これは子供時代の自然との鮮の記憶に
46 The Immortality Odeについての一考察
基づいて得られたものである.子供時代の自然との根元的な粋の回想、で得ら れたものが,
Are yet the fountain light of all our day, Are yet呂master‑lightof all our seeing40
となっている.まさに,本詩のモットーにあるように TheChild is おther of the Man,,なのである.
N
スタンザ
X
の大人が知る人間の苦悩から生まれる心慰める思いとは死を通 してみる信仰で,魂は肉体の死後も亡びることはないという信仰であろう.immortality を感じることのできた記憶があるからこそ mortality を意識 させられるのであるが,魂がこの地上限りのものではなく,この世以外の世 界にも存在場所をもっているとなれば,絶望に陥ることもない.しかし,こ の世に誕生の折,栄光の雲をたなび、かせて ourhomeである Godのもと から来たとされてはいるが,では肉体が消滅した時,魂が帰ってゆくのはそ の God のもとへなのだろうか.非常に暖味になっている.
Thanks to the human heart by which we live, Thanks to its tenderness, its joys, and f回rs, To me the meanest flower that blows can give Thoughts that do often lie too deep for tears 41
と締めくくられているように, Wordsworthの意識は死後の世界よりも,あ くまでもこの地上生活に向けられたままで、終わっている. Anotherrace hath been, and other palms .ar巴won(l.203) とあるように,本詩のモットー 中の Icould wish my days to be/Bound回 chto e旦chby natural pi巴tyの 願いは大人の時代では実現せず信念となってしまって終わっている.
The Immortality Ode についての一考察 47 Wordsworthの自然に対する愛は,恐らく終生変わることはなかったと思う が,信念で輝かしい経験を経た彼の精神の核を支え続けられるだろうか.疑 問に思える.より魂の安定を求めるようになるのは時間の問題であるように 思える.M.Moormanは1806年頃より Wordsworthは教会に定期的に礼拝す るようになったと語っているが, 42 鎮ける.しかしながら,本詩を書いて いた時は,まだキリスト教の信仰に希望を見い出すに至ってないと考える.
死を通して見る信仰は,既にみてきたように前生説と同様,あくまでも自己 の体験に照らして語っているにすぎないと考える.
本詩は自然との関係変化を通して mortality を認識せざるを得なくなっ た筆者が,過去の輝かしい体験, intimationsof immortality をもつことの できた体験そのものからこの栄光喪失を償うものを得ょうとした心の軌跡を 記していると言えよう.本詩は Immortality Odeというよりも Mortal‑
ity Odeであると言えよう.
注
1 本詩の正式名は, Intimationsof Immortality from Recollections of Early Childhood.以後,同詩を 'ImmortalityOdeと略して言及する.
2 本詩の正式名は, LinesComposed a Few Miles above Tintern Abbey, on Re十
visiting the Banks of the Wye during a Tour, July 13, 1798. 以後,同詩を Tin tern Abbey,,と略して言及する.
3 Tintern Abbey,'184, 185. 4 Ibid 1.91
5 The Mad Monk 11.8‑16
6 本詩のスタンザIから Nにおいてこの事実を述べている.Wordsworthはこれら 4つのスタンザを1802年に書き,スタンザV以下の執筆は少なくとも2年後であっ た.
7 Prelude, XI , 11.258‑265,同詩XI, 11.334‑34 7,同詩I,11.301 302を参照.本詩 は1805年版を使用す.以後もこの版に依る.
8 C. M. Bowra, The Romantic Imagination (London Oxford University Press, 1949), p.76.
9 The Immortalitv Ode
つ
11 4 10 Th, Prelude, VI, 11.600‑60248 The Immortality Ode についての一考察
11 原一郎, fワーズワス研究:詩魂の転変の跡を追って』(東京:北星堂書店,1977)' 参照.
12 C. M. Bowra, op. cit., p.81 13 The Immortality Ode,'11.27‑36 14 Ibid 11.36 39
15 Ibid 11.42 49. 16 Ibid, 11.51 57.
17 A. Beatty, William Wordsw,crth, His Doctrine and Art in Their Historical Relations (Madison The Univ. of Wisco., 1960), p.83.
18 Geoffrey Hartman, Words~ι orth's Poetry 1787‑1814 (New Haven Yale Uni‑ versity Press, 1965), p.273
19 Ed. George Watson, Biographia Literaria (London : Everymans Library, 1967), p.139.
20 M. Arnold, Essays in Criticism (Tokyo Kenkyusha, 1968), p.212.
21 L. Trilling, The Liberal Imagination (New York The Viking Press, 1951), p.143.
22 H. W. G在rrod, Wordsworth : Lectures and Essqys (Oxford : The Clarendon Pressョ
1923), p.117.
23 C. M. Bowra, op. ciムp.96
24 Ernest de Selincourt, The Letters of William and Dorothy Wordsuorth: ThP‑Middle Years Vol. II (London The Clarendon Press, 1937), p.619
25 N. Frye, A Stua砂ofEηglish Romanticism (New York ・ Random House, 1968), p.19
26 W. J. Bate, From Classic to Romantic (C旦mbridge Harvard University Press, 1949), p.184.
27 The Immortality Ode,'11.61‑65. 28 C. M. Bowra, op. cit., p.96
29 The Recluse, 11.800‑824. Wordsworth.の詩作品からの引用はすべて ThePoetical Works of William Wordsworth 5 vols, ed. E. de Selincourt and Helen Darbishire, 2nd ed. (Oxford The Clarendon Press, 1954)にf衣る.
30 The Immortality Ode,'11.81‑84 31 C. M. Bowra, op.
α
t., p.143. 32 The Immortality Ode,'11.179‑182 33 The Preluゐ, I,11.301‑302 34 . Ibid, I, 11.328‑332, I, 11.417‑427The Immortality Ode についての一考察 35 The Immortality Ode," 11.127‑129
36 N. Frye, op. cit., pp.17‑18 37 The Immortality Ode,'11.172‑175 38 Ibid, 11.191‑192.
39 Ibid11.194‑195. 40 Ibid, 11.155‑156 41 Ibid,.11.204‑207
49
42 Mary Moorm品n, William Wnrdsi卯rth A Biography, The Later Yeat古1803‑1850 (Oxford The Clarendon Press, 1966ラ)p.105