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共同海損:海運・海上輸送における リスクマネジメントに関する一考察

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(1)

概要

 共同海損は海難対策費用以外に海難犠牲損害 が生じる場合にも用いられるリスク分担手法で ある。本稿は、リスクマネジメントの文脈で改め て共同海損を理解し、その特徴を明らかにする。

 本稿で取り上げるリスクは、人または物に関 する経済的不利益発生の客観確率、すなわち事 故発生にともなう損害発生の可能性をいう。リ スクに対する備えには科学的に合理的で客観的 な対策が必要であるが、とくに海上リスクの事 前対策手法としては海上保険以外に共同海損が 固有の方法として国際的に用いられている。

 共同海損とは船舶と積荷とで洋上のリスク集 団を構成し、共同の安全を確保するための対策 費用や犠牲損害をいう。これを船主や荷主らで 分担しあうことでリスクの財務的補償を行う点 に特徴がある。共同海損は海難事故の歴史とと もにあり、紀元前から利用されている方法であ る。損害の範囲や手続を含めて国際的なルール も整備されており、リスクマネジメント手法と してよくできている。

 しかし、海上リスクに特有の制度であるため、

その成立が船舶の堪航能力に左右されることや 分担金間の相殺について論じるべき課題がある ことが明らかとなった。

 日本経済を支え、国民生活を成り立たせてい る多くを、海運が担っている。にもかかわらず、

海運政策あるいは海洋政策についての研究は、

それほど進められているようにはみえない。海 運・海洋政策の総合政策科学研究が、緊急に求

められている。

1.はじめに

 近年、リスクマネジメントについての研究が 多く発表されている。とくに企業経営や金融投 資セクターでの研究の進展は目を見張るものが ある。他方で、リスクマネジメント研究の母体 ともいうべき保険研究とくに海上企業・海上保 険研究については、それほど多くの研究が進め られているようにはみえない。

 本稿は上記の問題意識に基づき、最近の裁判 例を参考に、海運・海上輸送とリスクマネジメ ントの関係に焦点を当てた考察を試みることを 目的とする。わが国は四方を海に囲まれた島国 である。一方では、資源を有せざる国として必 要な資源を海外からの輸入に頼る国であるが、

他方で、付加価値の高い商品staplesを世界各 国に輸出する国でもある。海運はわが国の経済・ 国民生活において不可欠の事業であり、その盛 衰(の一翼)を担うといっても過言ではない。

 陸運に自動車や鉄道が用いられるように、海 運には船舶が用いられる。陸運に比べはるかに 大量の荷物を迅速に運送することができる半 面、事故が発生した際の損失・損害は莫大なも のになるリスクがある。そこで、船舶が海難事 故に遭遇した場合にそなえ、あらかじめ船舶と 積荷とで洋上のリスク集団を構成し、共同の安 全を確保するための、あるいは航海を安全に完 遂するためのなんらかの対策を講じる必要が 生じる1。通常、海難事故の事前対策としては

1 藤沢順・小林卓視・横山健一『海上リスクマネジメント(改訂版)』成山堂書店、2010年、16ページ。

共同海損:海運・海上輸送における リスクマネジメントに関する一考察

高 崎     亨

(2)

海上保険を用いて経済的補償をはかるが、場 合によっては共同海損(General Average略して GA)が利用されることもある。共同海損は海 難対策費用以外に海難犠牲損害が生じる場合に も用いられるリスク分担手法である。

 本稿は、リスクマネジメントの文脈で改めて 共同海損を理解し、その特徴を明らかにする。

分析手法としてはケーススタディを採用する。

以下、先行研究のレビューを兼ねて本稿で取り 上げる「リスクマネジメント」の枠組みとメカ ニズムを概観する(第2章)。続いて、共同海 損制度の概要を説明し(第3章)、共同海損が 問題となった裁判例を素材として、共同海損の リスクマネジメント的特徴を示す(第4章)。

さいごに、本稿のまとめと残された課題を述べ る(第5章)。

2.リスクマネジメントの意義と手法

 この章は、先行研究のレビューを兼ねて、リ スクマネジメントの概念と構造を示し、本稿 の位置づけを明らかにすることを目的とする。

もっとも、あくまでも後述する海難事故発生後 の補償(リスクファイナンシング)手法への応 用の前提(フレームワーク)を明示するもので あるので、リスクあるいはリスクマネジメント についての詳細な議論は他の文献に譲り、(1)

リスクマネジメントの前提あるいは対象となる リスクの意義と(2)リスクマネジメントの手法、

について概観するにとどめる。

2.1

リスクの概念と分類

 近年、岩波書店から『リスク学入門』シリー ズ(全5巻)が公刊された2ように、世はまさ に「リスクづいている」様相を呈しているが3

一般にリスクを取り上げた社会科学研究として は、フランク=ナイトのもの4から筆を始める のが一般的である5ので、本稿もそれにならう こととする。

 ナイトによると、リスクは以下のように図式 化することができるという。

 ナイトの分類基準は事故発生確率の可測性、

それも客観確率による発生確率の測定可能性で ある7。これによればリスクとは、人または物 に関する経済的不利益発生の客観確率、換言す れば事故発生にともなう損害発生の可能性とい うことになる。本稿でもリスクをこの意味で使 用する。

 ところが、保険論の一般的なテキストでは、

このリスクを損益の発生形態別にさらに2つに 分類する。すなわち、純粋リスクpure risk と投 機的リスクspeculative risk である8。前者は事 故発生の結果が必ず損害のみLoss Only を発生 させるリスクであり、後者は事故発生の結果が 損害だけではなく、利得さえもLoss or Gain 発 生させるかもしれないリスクである。たとえば、

火災のリスクは純粋リスクであるが、株式投資 のリスクは投機的リスクである。保険は、その 成立基盤を大数の法則に求めるので、純粋リス クが保険になじむとされ、保険論でリスクとい えば純粋リスクを指す9

2 橘木俊詔、長谷部恭男、今田高俊、益永茂樹編著『リスク学とはなにか』岩波書店、2007年、1-200ページ。

3 酒井泰弘『リスクの経済思想』ミネルヴァ書房、2010年、228ページ。

4 F.Knight,Risk,Uncertainty and Profit,Harper and Row,1965(1921),p.345.(奥隅栄喜訳『危険・不確実性および利潤』分雅堂銀行出版社、1972 年、66ページ。)

5 玉田巧「保険の一般理論」(亀井利明編集『保険とリスクマネジメントの理論』法律文化社、1992年)6ページ。

6 同書、7ページ。

7 同書、7ページ。

8 同書、7-8ページ。なお、近見正彦「リスクと保険の基礎理論」(近見正彦堀田一吉江澤雅彦編集『保険学』、2011年)、4-7ページ。

9 同書、8-11ページ。

図1 リスクと不確実性6

(3)

 前述のとおり、海運あるいは海上輸送は貿易 あるいは国際的物流において主役を果たすが、

事故のリスクも大きい。なぜなら海運には陸運 との共通リスクに加えて固有のリスクが存在す るからである。つまり、海上輸送業者あるいは 海運事業関係者は、(陸上)輸送のリスク(例: 盗難、紛失、破損)だけではなく、海上輸送固 有のリスクをも併せて負担しなければならず、

そのコストは大きなものになる11

 海上輸送に固有のリスクは、大きく3つに分 類できる。すなわち、①船舶固有のリスク、② 積荷固有のリスク、③①②共通のリスク、であ る。①の代表的なものは、軽微な事故等による 船体の破損や船員の負傷等の人的損害があげら れる。②については、輸送中の水濡れ・汗濡れ や荷降ろし中の破損が考えられよう。③が海上 リスクとしてはもっとも想起されやすいであろ うが、海難事故のそれである。座礁や衝突、沈 没、転覆等が挙げられるが、複数の要因によっ て発生するのが特徴といえよう。これらのリス クは純粋リスクに分類され、付保対象である(海 上保険等で損失をカバーしうる)が、ほかにも 戦争による沈没や海賊の襲撃による船舶等の損 傷もある12

2.2

リスクマネジメントと保険の考え方

 上述したように、リスクは多義的な語句・概 念であり、統一された定義があるわけではない が、本稿の問題意識にひきつけて最大公約数的 に定義するならば「偶然的事故発生の可能性」

ということになる14。リスクは損害の発生原因 であり、損害はリスクの結果である。もっとも、

リスクがなければ損害も生じないが、逆は必ず しも真ではない。リスクが損害に結び付くか否 かは不確実であり、この点は偶然に左右される。

言い換えれば、リスクがリスクのままであると き、損害は発生し(てい)ない。

 リスクが損害を発生させるのであれば、経済 主体としては、その存立と目標達成のためにリ スクを管理する必要がある。その方策がリスク マネジメントである。リスクマネジメントは、

合理的手段・方法を用いて、最小の費用でリス クから生じる損害を最小にしながら、一方で利 得を最大にするための仕組みおよび活動15と定 義される。

 リスクマネジメントにおいては、損害の発生 防止が最優先の課題となるため、まずは純粋リ スクまたはマイナスのリスク(ダウンサイドリ スク)の処理に重点が置かれる。この場合、リ スクは、⑴損害の可能性、⑵損害の規模、⑶損 害の対象という3つの構成要素から成り立って いる。したがって、リスクの低減(=損害の予防)

のためには、これらのマイナスの要素の減少が 必要となる。⑴損害の可能性はリスクの発生確 率であり、⑵損害の規模はリスクの影響度であ る。⑶損害の対象はリスクの客体または単位で あり、資産価値や責任負担額をあらわし、原則 として金銭評価が可能なものである16。  リスクマネジメントは、リスク処理の手段に よって、リスクコントロールとリスクファイナ

10 同書、56-58ページより筆者作成。

11 藤沢ほか、前掲書、16ページ。

12 同書、16-20ページ。

13 同書、20ページ。

14 姉崎義文大城祐二「リスクマネジメントの一般理論」(亀井利明編集『保険とリスクマネジメントの理論』法律文化社、1992年)54ページ。

15 羽原敬二「リスク・マネジメント」(近見正彦・堀田一吉・江澤雅彦編集『保険学』、2011年)、57ページ。

16 同書、60-61ページ。

図2 純粋リスクと投機的リスク10

図3 海上輸送に特有のリスク13

(4)

ンシングとに二分される。リスクコントロール は、リスクの発生(顕在化)を未然に防止し、

発生した損害を最小にする手段であると同時 に、利得可能性を最大化する措置を考慮するも のである。その意味で、損害の防止・軽減を目 的とした各種技術的操作を意味する。これに対 し、リスクファイナンシングは、リスクの発生 により損害が生じた場合の必要な資金繰りをあ らかじめ計画・準備する措置を指す17。すなわ ち財務上の金銭補償(留保)を意味する。

 上述のとおり、リスクマネジメントの中心は リスクの顕在化=損害の発生の事前予防にあ り、その意味でリスクコントロールがメインと なる。しかし、いかにうまくリスクコントロー ルをしたとしても、全てのリスクの顕在化=損 害の発生を防止できるわけではなく、その想定 も現実的ではない。リスクが顕在化した場合で も損害を緩和・抑止する財務的手段がリスク ファイナンシングである。リスクファイナンシ ングの方法としては、契約を通じてリスクの作 用を他社に移転するリスク転嫁と、自己で負担 するリスク保有とがある18

 リスク転嫁は、リスクそのものを減少させる ものではないが、リスクに起因する損害を他者 に担わせることができるリスクファイナンシン グ手法である。そのようなものとして保険が想 起されるが、保険はリスク転嫁の一部(ただ し、極めて重要で広汎なそれ)を占める。他に

はARTや保険類似の共済等の利用がこれに属 する。保険以外の方法でも同様の機能を期待で きるものがあり、そうした手法は講学上、保険 外のリスクファイナンシング手段として観念さ れる20。具体的には民法上の保証や相殺が挙げ られる。

 リスク保有は、リスクに起因する損害に内部 留保で対処することである。一般的には準備金 や引当金がそれに充てられるが、これを超過す る損失が発生した場合には、借入金で対応する こととなる。保有はさらに、リスクの存在につ いて無意識的に保有していた場合(消極的保 有)と、リスク対応コストとの関係で、意識的 に保有していた場合(積極的保有)とに分けら れる21

 リスク保有は、リスクファイナンシングの手 法としてもっとも簡単なものといえるが、その 位置づけを考察する上で、どの程度、科学的・

合理的に洗練されたリスク評価がなされている かについては、疑問を持たざるを得ない。なん らかの経験的観察に基づいて損害発生を合理的 に見積もることができるならば、基金や準備金、

自家保険やキャプティブといった方法でリスク 保有を図る選択肢もありうるが、そうしたある 種、洗練された方法でリスク保有をしうる経済 主体は、それほど多くないはずである23。とく に、本稿で取り上げる海運の場合は、リスク保 有が困難なほど損害が大きくなる場合が想定さ

17 同書、61ページ。

18 同書、61ページ。

19 同書、68ページ。

20 姉崎・大城、前掲書83-84ページ。

21 羽原、前掲書65ページ。

22 同書、62ページ。

23 姉崎・大城,前掲書83-84ページ。

図 4 リスクマネジメントのプロセス19

図5 リスクマネジメントのシステム 22

(5)

れるので、小規模な事故以外では、リスク転嫁 を検討せざるを得ないであろう。

 リスク転嫁の手段としては、やはりまず、保 険の利用が考えられる。協同組合による共済事 業等も機能として保険と同様に扱うことがで きる24。保険利用は、いつ、どの程度の損害と なって顕在化するか不明なリスクを、保険料と いう比較的低い経常的費用に置き換えることが できる。(海運)事業者にとっては、事業運営 の安定性の観点からメリットがある25。しかし、

既にみたように全てのリスクを保険に転嫁でき るわけではなく、全ての保険事業者が全てのリ スクを引き受けられるわけでもない。リスク転 嫁のための保険利用には、おのずから限界があ る26

 リスク転嫁の方法としては、ほかに保険以外 の手段を挙げる文献もある27。保証契約や相殺契 約などが挙げられる28。海上輸送における固有の 制度である共同海損は、ここに分類できる29

3. 共同海損~保険外のリスクファイナ ンシング手段として

3.1

意義

 船舶は海上運送において使用されるが、その 運行にあたっては、さまざまのリスクを伴い、

海難事故に遭遇することもまれではない。共同 海損は、海難事故特有のリスクを負担する。

 その場合、船舶と積荷とで洋上のリスク集団 を構成し、共同の安全を確保するための対策費

用や犠牲損害を共同海損(略称GA)という30。 講学上は、共同に分担するべき海上の損害の意 とし、単独海損の対義語とされる。海上保険論 からみれば、航海に関する事故によって発生し た損害を全損と分損(海損)とに分類し、後 者をさらに共同海損と単独海損とに分類する 慣習がある、と説くが、海上輸送・海上貿易の 観点からは、航海に関する事故によって生じた 損害を共同海損と単独海損に分類しうる、と説 く31。もっとも、いずれの説をとっても、相違 は少ないと思われる。

 わが国の法律上、共同海損は、商法788条以 下あるいは国際海上物品運送法4条6項32に記 載されているが、実際、個々の船荷証券あるい は用船契約条項によって33、ヨーク・アントワー プ規則(以下、「YAR」と称する。)が適用され る34。YARは2004年に直近の改定があり、こ れが新規則として公表されているが、なかには 1994年版が用いられることもあり35、注意を要 する36

 商法上、共同海損は、「船長が船舶および積 荷をして共同の危険を免かれしめるため、船舶 または積荷につきなした処分によって生じた損 害および費用」のことと定義し、船舶、運送費、

積荷が共同負担すべき旨を規定する(788条〜

789条)。ここから見るかぎり、共同海損は保 険外手段(事前契約)によるリスク転嫁方法の 一種であると考えるのが適当であることがわか る。ただし、リスクのすべてを転嫁するわけで はなく、いわゆる一部保険と同様の位置づけ37 がなされよう。

24 同書、84ページ。

25 羽原、前掲書、64ページ。

26 同書、64ページ。

27 D.L.Bickelhaupt, General Insurance,11th, Homewood: Richard D Irwin Pub,1983,pp.28-33.

28 ARTをここに分類する考え方もある。

29 藤沢・小林・横山、前掲書、30ページ。

30 同書、151ページ。

31 田崎愼治「共同海損概説」『経済学商業学国民経済雑誌』(神戸大学)第14巻第6986ページ。

32 ただし、国際海上物品運送法46項には「共同海損の場合を除くほか」としか記載されていない。

33 つまり、商法の規定は補充的に適用されるにすぎない。山口和子「共同海損・海難救助」(山野嘉朗・山田泰彦編著『現代保険・海商法 30講(第6版)』中央経済社、2004年)269ページ。

34 国際海上物品運送法は、この規則の国内法化のために制定されている。

35 藤沢・小林・横山、前掲書、151ページ

36 さらに古い1974年版が用いられることもあるという。同書、152ページ。

37 リスク(損害)の利害関係者間で少しずつ分担する、の意。一部保険においてもリスクの一部は(意識的に)被保険者に残存する。利 害関係者によるリスク(損害)の相互負担については、大岡政談の「三方一両損」を想起されたい。なお、木村ほか編『理論と実務』(脚

29)によれば、共同海損は相互保険組合的損害分担システムとされている(同書、385ページ)。

(6)

3.2 背景

 共同海損は、海上保険が現在のようなかたち で整備されるよりもはるかに早い時期から成 立、利用されてきた海運・海上輸送独特のリス ク(損害)分担のしくみである38

 海損事故はその被害額が通常では考えられな い程厖大になることが多く、通常の事故のよう に過失割合で損害額を分担することは、当事者 の一方に多額の負担を強いることになる。これ では海上輸送に従事する者のリスクが高すぎる ため、海上輸送事業の健全な発展を妨げること になる。特に近代以前の海上輸送においては未 発達の船舶・航海技術により船舶の遭難は即全 損につながる事が多く、また海賊の襲撃などの 大きな危険を抱えていた。そのような理由から、

海の上では慣習上利害関係者が「助け合い」の 意味で生じた損害を公平に負担してきた経緯が あった39

 そもそも、陸上と違い海上での事故は発生時 の状況を知るための証拠が残りにくく、過失割 合の算定が難しい。航跡はすぐに消えるし、船 舶が沈没し、引き揚げが不可能な場合は船体を 調べることも出来ない。またそもそも遭難した 場所や原因さえ不明な場合もある。過失割合が 算定できなければ全ての損害を当事者間で公平 に負担するほかない。

 海上輸送には通常多くの当事者が関わってい る。船体や乗組員は通常船主が保有または雇用 しており、燃料などは用船者が負担し積載して いる。貨物の持ち主は荷主であり、通常複数の 荷主の貨物を積荷として輸送しているため、そ の利害関係者は数十から数千に及ぶ。船舶に差 し迫った危険があり、その危険が船舶全体を脅 かしている場合、緊急避難的に費用を支出した り船体や積荷の一部を犠牲にするような状況が 考えられる。このような行為は利害関係者全員

の利益を守るために行われたものであり、この 行為によって保全された利益は利害関係者に公 平に還元されるべきである。共同海損は、この 趣旨にかなう。

 リスクファイナンシング手法として観念され る共同海損は、既にみたように、保険による補 償か保険外手法による補償か、という意味で海 上保険とその機能を同じくし、競合する。ゆえ に、海上保険の普及とともに共同海損不要論が なされたこともある40。実際には、共同海損は 現在にいたるまで存在し続け、むしろ、海上保 険によって填補すべき損害のひとつ41として位 置づけられている42

3.3

手続

 共同海損を利用して損害を精算しようとする にあたっては、一定の手続きを経る必要がある。

既にみたように共同海損については本邦商法に 規定されているが、船荷証券や用船契約におい てYARが準用されるのが一般的なので、当事 者間の合意43として、YARに基づいて精算手 続がなされる44。手続の概略は以下のとおりで ある45

3.3.1

共同海損の宣言と成立要件

 海難事故が発生して共同海損が成立すると、

共同海損行為による被害者は、残存財産の利害 関係者に対して、分担請求権を取得する(商法 789条)46。そのためにはまず、共同海損宣言を 行わねばならない。これは、共同海損があった ことを船主から利害関係人(受荷主)に対して 書状で通知し、必要書類の提出を依頼するもの である。共同海損宣言は、共同海損清算人によっ て作成される47が、作成に当たっては、宣言す るか否かも含めて、船主、荷主、保険者らが相

38 木村栄一・大谷孝一・落合誠一編『海上保険の理論と実務』弘文堂、2011年、385ページ。

39 すでに紀元前のロード海法に投荷の規定があることが確認されている。同上、385ページ。

40 ロイズが1877年アントワープ会議において、その旨の主張をしたことがある。同上、386ページ脚注1。

41 つまり、共同海損による損害が発生すると保険金が支払われる。なお、1906年イギリス海上保険法66条4項、同5項参照。

42 同上、386ページ。

43 任意法規の意。

44 同上、441ページ。

45 手続の流れについては、株式会社損害保険ジャパンのホームページにフローチャートと解説がある。http://www.sompo-japan.co.jp/

covenanter/acontact/support/hull/category2/(2012年7月1日確認)

46 山口、前掲書、270-272ページ。

47 藤沢ほか、前掲書、168ページ、木村ほか、前掲書、441-442ページ。

(7)

談して行う。

 なお、本邦商法あるいはYARによれば、共 同海損の成立要件があらかじめ定められてお り、これに該当しない場合には、共同海損は不 成立となり、損害額の分担と精算は行われない。

要件は以下の4つである。

① 船舶および積荷に共同の危険を免れるため であること48

② 船長が危険を避ける目的で故意になした処 分(共同海損行為)であること49

③ 処分によって損害または費用を生じたこと50

④ 船舶または積荷が保存されたこと51

 この4要件を充足し、船主らが協議して共同 海損宣言状の発行をすることによって、共同海 損が成立することになる。

3.3.2

損害額の算定

 共同海損の算定は、共同海損行為がなかった ならば公開終了時に存在するはずであった価額を 被害者に回復させることを目的として行われる。

算定については、①船舶の損害額、②積荷の損 害額、③費用会損の3つについて行われる52。  損害額の算定については、専門家である共同 損害鑑定人(G.A.Surveyer)が選任される53。本 来は船主が手配すべきものであるが、保険者が 行うことが多い54。鑑定地は、避難港や中間港 でなされ、検査料は共同海損に認容される55

3.3.3

損害額の精算と決済

 上記鑑定に基づき、共同海損精算人が作成し た共同海損精算書に従って、関係者共同海損分

担金の支払いをなし、あるいは回収を行う56こ とで共同海損手続は完了する。

 共同海損においては、共同海損精算人の役割 が非常に大きい。すでにみたような共同海損の 成立要件充足性や分担金の回収は、基本的に精 算人が行う。船舶の故障による事故の場合、積 荷側の抗弁によって分担金の不払いもありうる

(後述)。精算人の仕事は極めて神経をつかうも のといえる57

4.事例研究~共同海損の特徴と問題

 ここまで、共同海損は海上保険と同様、リス クファイナンシング手法として位置づけられ、

現在でもひろく用いられていることを確認し た。本章では、ここまでの知見を実際の裁判例 に応用して、共同海損がリスクファイナンシン グ手法として特徴づけられるか試みる。採り上 げる裁判例は、東京地判平成20年10月27日 判タ1305号223頁である58が、本件はすでに 請求棄却によって確定していることを付言して おく。

4.1

事例の争点

 本件は、貨物船A号(以下、「本船」という。)

を所有、運航するXが本船と貨物船B丸(以下、

「B丸」という。)との衝突事故(以下、「本件 衝突事故」という。)に関する共同海損について、

貨物の保険者であるYが、荷主であるC株式会 社(以下、「C」という。)の分担金支払義務を 保証した(以下、「本件保証契約」という。)と 主張して、Yに対し、本件保証契約に基づく保 証債務の履行として、Cが負担すべき分担金と

48 商法788条、YAR A条、同D条。

49 商法788条、YAR A条。

50 YAR C条。

51 商法789条、YAR A条、同C条。

52 山口、前掲書、272ページ。

53 木村ほか、前掲書、442ページ。

54 藤沢ほか、前掲書、169ページ。

55 木村ほか、前掲書、442ページ。

56 藤沢ほか、前掲書、170ページ。

57 同書、170ページ。

58 判批として、小林登「判批」『ジュリスト』(有斐閣)第1403号、2010年、180-184ページ、南健吾「判批」『旭川大学経済学部紀要』

(旭川大学)第69巻、2010年、67-82ページ、高桑昭「判批」『私法判例リマークス』(日本評論社)第41号、2011年、142-145ページ、

岩本学「判批」『法学』(東北大学)第75巻第3号、2011年、314-326ページ。

(8)

遅延損害金の支払を求めたものである。

 これに対し、Yは請求原因事実を認め、Cの Xに対する本件衝突事故についての損害賠償請 求権を保険代位により取得し、同損害賠償請求 権をもって本訴請求権を相殺したなどと主張し て、Xの請求を争った。

4.2

事実の概要

 Xは海運業を営む法人で、本船を所有、運航 するものである。Yは損害保険業を営む株式会 社である。本船は、昭和57年6月に進水した 貨物船である。

 Xは、平成17年7月、荷送人である訴外甲 らとの間で締結した各国際海上物品運送契約に 基づき、中国産大豆(以下、「本件貨物」とい う。)を中国から日本まで海上運送するため(以 下「本件航海」という。)、本船に本件貨物を船 積みした。Xは、同じ日に、上記荷送人甲らに 対し、船荷証券を発行した(以下、2通を併せ て「本件船荷証券」という。)。Cは本件貨物の 買主であり、裏書の連続する本件船荷証券を所 持している。

 Cは、本件航海に先立ち、Yとの間で、本件 航海における本件貨物の運送中の危険を担保す るため、貨物海上保険契約を締結していた(以 下、「本件保険契約」という。)ところ、和歌山 沖において、B丸と衝突した(本件衝突事故)。

本件衝突事故は、両船が霧による視界制限状態 において不適切な運航をしたため、衝突を回避 できなかったものである。

 本船は、本件衝突事故により損傷を受けたた め神戸港に入港し、検査が実施された(以下「本 件検査」という。)。その際、本件貨物の一部に 濡れ損害が生じていたことが明らかにされた

(以下「本件貨物損害」という。)ため、損害を 受けた貨物は廃棄され、本船は、本件残存貨物 を荷揚港まで運送した。

 Xは、本件衝突事故後、共同海損を宣言し、

その精算を共同海損精算人に委託した。Yは、

Cとの本件保険契約に基づき、損害分担金につ いて、後日精算人が共同海損精算書により定め る金額をYがXらに支払う旨を約した保証状

(以下、「本件保証状」という。)を発行した。

 Xは、荷揚港において、Cに対し、本件保証 状と引換えに損害を受けていない本件貨物を引

渡し、これにより、XとYとの間で、XのCに 対する分担金請求権を被担保債権とする本件保 証契約が締結された。

 精算人は、XとCとの間で合意されていた共 同海損に関する精算方式(1974年YARが用い られていた)に基づき精算を行い、Cが負担す べき貨物分担金を約4万米ドルとする共同海損 精算書を発行し、支払催告をした。

 Yは、Cに対し、本件保険契約に基づき、本 件貨物損害に関する保険金を支払った。そこで Yは、Xに対し、CのXに対する本件貨物損害 に関する損害賠償請求権(以下、併せて「本件 損害賠償請求権」という。)を保険代位により 取得したとして、本件損害賠償請求権をもって、

XのYに対する分担金保証債務履行請求権と相 殺するとの意思表示をした。

4.3

判旨の要約

Xの請求棄却。理由は以下のとおり。

4.3.1

争点1「本件損害賠償請求権の成否

(本件貨物損害の発生原因) 」について

 本件検査当時、本船左舷の外板上には、…小 さな穴(本件ピンホール)が存在し、海水の浸 入が認められた。…本件検査時、本船…には、

…凹み損傷が存在した。いずれの凹み損傷も、

本件衝突事故により生じたものであり、…凹み の船首側端に近接する位置に本件ピンホールが 存する。

 その他、本船左舷側には、本件衝突事故によ り生じた亀裂、凹みおよび曲がり等が存在した が、本件衝突事故時の喫水線より下部には、本 件ピンホール以外に、外部から海水が浸入する 亀裂、破口、穴はなかった。

 本件検査時、本船船倉内底部…には、船尾か ら船首方向に…2つの古い破口(以下「本件破 口」という。)が存し、…溜まっていた海水ま たは汚水がごく少量滲み出ていた。

 本件検査の際、本件貨物は、船倉内にばら積 みされており、…下層貨物倉内…で海水または 汚水による濡れ損害が存在した。濡れ損害は、

…本件ピンホール付近から船倉内底板方向に積 まれた貨物は黒く変色して、外板内部に固着し た状態であった。また、船倉内底板には厚さ約

(9)

3センチメートルの極端な濡れ損害が一面に広 がっていた。

 本件検査時の本件ピンホールの周辺は、錆が 進行して黒いうろこ状(浮き錆)になっており、

浮き錆の剥離により、外板の厚みが中央の穴に 向かって薄くなっていた。

 また、船倉内部は、…小さな衝撃により簡単 に剥離する状態まで錆が進行している部分が多 数存在した。…本件発航前から存する破口、亀 裂や穴も散見された。

 …本件貨物損害は、海水または汚水による濡 れ損害であるところ、…本船には、…外部から 海水が浸入し得る穴、亀裂等は、本件ピンホー ル以外になく、本件検査時には本件ピンホール からの海水の浸入と本件破口からの汚水等の浸 潤が存在し、本件ピンホール及び船倉内底板付 近の損害が特に著しかったことを総合すれば、

本件貨物損害は、本件ピンホールからの海水の 浸入及び本件破口からの汚水等の浸潤によって 発生したと認めるのが相当である。

 …本件ピンホールからの海水の浸入は、本船 が本件発航時において、運送品の受入れ、運送 及び保存に不適切な状態(不堪航)であったこ と起因すると解すべきであり、本件ピンホール の発生時期は同結論を左右しない。

 また、本件破口からの汚水等の浸潤は、…海 水が浸入し得る穴は本件ピンホール以外にない から、本件ピンホールから浸入した海水が本件 破口を通ってボイドスペースに溜まったもの か、あるいは本件発航時又はその後に既に溜 まっていた汚水によるもの。しかしながら、…

整備を十分にしていなかった結果生じたものと 考えられる。

 以上のとおり、本件貨物損害は、本船の不堪 航に起因して発生したと認められるところ、X は、堪航能力に関する注意義務を尽くしたこと を立証していない。したがって、Xは、…Cに 対し、海上運送契約上の債務不履行に基づく損 害賠償義務を負い、Yは、Xに対し、保険代位 により前記損害賠償請求権を行使できる。

4.3.2

争点 2「損害賠償の額」について

 (国際海上物品運送)法12条の2第1項は、

損害賠償の額について定め、…これによれば、

本件貨物に生じた損害賠償の額は、本件貨物の

出荷価額(FOB価格)に保険料、運送費を加 算したCIF価格を基準に算出するのが相当で ある。

 本件貨物のCIF価格を基準にすると、本件貨 物全体のCIF価格は、本件貨物のFOB価格+

保険料+運送費となり、これに本件貨物に占め る損害を受けた貨物の重量比を乗じた額が、損 害賠償の額となる。…貨物の処分及び廃棄費用 等、個別の事情による損害を含むとするYの 主張は理由がない。

4.3.3

争点 3「保証契約に基づく分担金 保証債務履行請求権を受働債権と する相殺の可否」について

Xは、Yが分担金保証債務履行請求権を受働 債権として相殺することは許されないと主張す る。しかし、本件保証契約において相殺を禁止 する約定はなく、黙示の合意も窺えない。

 また、共同海損は、海上運送における危険を 公平に分担するための海商法上の特殊な制度で あり、共同海損に関する処理を定めた1974年 ヨーク・アントワープ規則には、分担金請求権 を受働債権とする相殺を禁止する規定はなく、

同規則D条は、分担金請求権者の過失による共 同海損行為により分担義務者が損害を被った場 合に、分担義務者が分担金請求権者に対する損 害賠償請求権をもって、分担金請求権と相殺す ることを許容しており、…分担金保証債務がそ の性質上相殺が許されない債務であると解する ことはできない。さらに、本件の相殺において Yが主張する自働債権は、本件衝突事故の際に 生じた損害賠償請求権であることを併せ考慮す れば、Yによる相殺が共同海損制度の趣旨に反 するとも解し難い。

 よって、Xの主張は採用することができず、

Yは、Xに対する損害賠償請求権を自働債権と して、本訴請求債権と対当額で相殺することが できる。

4.4

共同海損のリスクマネジメント的特徴

 本件は、共同海損を正面から取り上げた事例 として、近時珍しい裁判例であるが、リスクマ ネジメントの観点から見たとき、その特徴的な ポイントは以下の2点である(なお、法的観点

(10)

からは①損害賠償額の算定にCIF価格を採用 したこと、②損害賠償債権と共同海損補償金支 払債権とを相殺することを認めたこと、の2点 がポイントとなろう59。)。

 ひとつめは、本件ピンホールが損害発生原因 とされ、共同海損との関係が本件においては否 定されている点である。民法上の相当因果関係 説を持ち出すまでもなく、およそ損害が生じた 場合には、その損害の発生原因がどこにあるか を明らかにする必要がある。つまり、損害の発 生が海難事故(本件では衝突事故であるが)以 外によるものであれば、共同海損の成立はない。

とくに損害の発生が船舶自体の問題であれば、

荷主なり船主なりの注意義務違反として、債務 不履行の問題になりこそすれ、共同海損として 利害関係者でやむなく損害を分かち合う理由は ない。本稿第4章でみたように、本件裁判例は、

本件損害の発生を本船に存在するピンホールか らの海水の浸入と破口からの汚水の侵潤による ものと認定し、本件ピンホールは本船が不堪 航60であったがゆえに本件衝突事故によって発 生し、損害にいたったと結論付けている。法律 的観点からはこの結論を妥当と解するものが多 いが61、リスクマネジメントの観点からも整備 不良がうかがわれる記述であり62、最小の費用 で最大の効果を求める目的を逸脱している63と いえる。

 ふたつめは共同海損の他者負担性である。本 稿では、共同海損も保険と類似するリスクファ イナンシング手法であると位置づけたが、それ は非常にプリミティブな形態をとっており、実 態は損失・損害の分担である。本稿第4章でみ たように、共同海損は事前の契約に基づいて事 後的に利害関係者で損害を負担し合う制度であ

る。リスク転嫁の方法としてみるならば、そ の財務的補償機能は脆弱64と言わざるを得ず65、 リスク保有の割合が大きい(ただし、全てのリ スクを自己保有しているわけではないので、軽 減はされている)。リスクマネジメントに事前 対策の費用が少なからず必要なことを考える と、それが安価な共同海損の利用は阻害される べきものではないが、文字通りリスク(損害可 能性)とのバランス(効果)についての経営者(荷 主・船主等)の対リスク意識が求められる66。 既にみたように、損害賠償額の算定については FOB価格ではなく、CIF価格を用いるというの が裁判所の立場であるから、そのコストの大き さ67を考えれば、よりいっそうリスク感度(認 知力)を高める必要がある。

4.5 補・相殺とリスクファイナンシング

 本邦民法では、相殺は債権の消滅を目的とし た68簡便な決済手段であるが、現実には債権担 保の機能を果たし、優先的な債権回収を可能に する重要な手段である69。債権者にとっては債 権管理リスクを縮減することができる便利な方 法でもある。すでに本稿2.2.で取り上げたよう に、相殺(契約)も、リスクマネジメントの観 点からは、保険以外のリスクファイナンシング 手法のひとつとして位置づけられる。その有効 性を考えれば、本件判決は有意義なものであっ たと評価できる70

5.まとめと課題

 本稿では、海運・海上輸送に固有の制度であ

59 別稿を予定しているので、本稿では割愛する。

60 椎名幾三郎「船舶の不堪航と共同海損」『商学討究』(小樽高等商業学校)第2号、1927年、327-355ページ。

61 本稿で参照した判批はすべてこの点を妥当と評価している。

62 事前にリスクコントロール的手法(船舶の整備・補修)が可能であったものと解される。

63 ただし、一般的な整備不良と乖離しているのではないかとの疑念もある。「損害が発生したのだから、過失があったに違いない」という 論法であれば、船主に酷であろう。

64 利害関係者のだれかが負担許容量を超えていた場合、回収金がゼロということもありうる。海上保険を利用した場合、このおそれ(リ スク)は大きく軽減される。

65 既に述べたように共同海損費用を対象とする保険もあるので、それとの併用を考えるのがベターである。

66 事業戦略の観点から、リスクガバナンスと称されたりもする。羽原、前掲書、86ページ。

67 リスクの影響度についても本稿2.2.で取り上げている。

68 現行民法第3編第5節第1目第2款に収録されている。

69 内田貴『民法Ⅲ(第3版)』東京大学出版会、2005年、247-265ページ、森田修『債権回収法講義(第2版)』有斐閣、2010年、108-128ページ。

70 詳細は別稿に譲るが、本件のような事例で相殺が可能であるかを争った裁判例はなく、本件は、この意味で後の裁判例の参考となりう るものである。

(11)

る共同海損について、裁判例を参照しながらリ スクマネジメントの観点から考察を試みた。本 章では、本稿の内容を概括し、残された課題を 示すこととする。

 リスクマネジメントは、事業全体の視点から あらゆるリスクを把握し、統一された方針に基 づいて個々のリスク処理を計画的かつ組織的に 意思決定し、実施するものである。リスクマネ ジメントの目的は、リスクの作用を認識して、

リスク・コストの軽減により、事業の目的達成 に寄与することである。そのため、総合的かつ 組織的なリスクマネジメントの展開を常に認識 する必要がある。

 海運事業においては、その経験の厚さから、

多様で複層的なリスクマネジメント体制が必要 であることがすでに認識されており、実際に利 用されている。本稿第4章で採り上げた事件を みても、共同海損だけでなく、保険や保証契約 が締結されており、さらに相殺の利用が試みら れている。なかでも共同海損は海運に特有のリ スクマネジメント手法であり、本稿の表題にも したマリンリスクマネジメントを考える上で は、もっとも特徴的なものである。

 共同海損は、海上保険以上に歴史を有し、ゆ えに多くの経験を積み重ねてきたリスクマネジ メント手法であるが、リスクの財務的補償(保 障)には十分でなく、本稿でも取り上げたよう に、その利用に不明なところもある。海難事故 をゼロにすることができない以上、共同海損や 海上保険等のリスクファイナンシング手法の研 究は、より一層、その必要性を高めるものと考 えている。他方で、海運事業に限らず、損害対 策としての消極的なリスクマネジメントから収 益増大・事業価値向上のための積極的なリスク マネジメントへの転換を検討しなければなるま い。

 本稿はマリンリスクマネジメントの考察とし ては、いまだ未熟なものであり、残された課題 も多い。特に以下の3点は早急に解決しなけれ ばならない問題である。まず、①本稿第4章の

法学的考察である。先行判例との関係と位置付 けを法解釈学の観点から明らかにしなければな らない。次に、②他の事例を参考に、より一層、

本稿の内容を(マネジメントプロセスの点から)

検証する必要がある。リスクマネジメント理論 の一層の深化のためにも必要であると考えてい る。さらに、③本稿で示したリスクマネジメン トの考え方を他の事例に応用し、その普遍性を 明らかにすることである。

 このように多くの問題を残した論考ではある が、本稿冒頭にも示したように、海運あるいは 海難事故のリスクマネジメントについての意義 を指摘することで、意義を達したものとする。

<付言>

 本稿は海運の問題の中でもとくに共同海損に ついて取り上げた。しかし、日本の海運が直面 する問題は実は海運振興政策である。本稿で示 したマリンリスクは、その多くを海運業者らが 負担するが、近年、その基礎となる日本の海運 会社が運航する日本船籍の船舶数が減少してい る。海運はわが国の経済・国民生活において不 可欠の事業であるが、その大半は外国に依存す る現状がある71。もちろん、日本国内の高コス ト体質がその原因であるが、本稿で繰り返した リスクマネジメントの考え方からすれば、リス クとコストのバランスを大きく誤っているとい える。海運事業の振興を経済政策としてだけで はなく、安全保障政策として改めて捉えなおす 必要がある72。総合政策科学としてのリスクマ ネジメント研究が求められる。

参考文献

71 一般社団法人日本船主協会の統計によれば,2010年の輸入輸送量7億5904万トンのうち,日本籍船の積取比率は5.9%(4457万トン) 輸出輸送量に至っては総量1億5641万トンのうち,日本籍船の積取比率は1.0%(149万トン)にすぎない。ただし,外国用船を含む 日本商船隊で計算すると,前者は65%,後者でも35%まで比率は上昇する。http://www.jsanet.or.jp/data/pdf/data1_2012a.pdf,2012年7月

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72 都留悦史,梶原みずほ「海運大競争時代(2)海の安全保障 『日本の船』確保に動く」『朝日新聞globe』2011年9月22日付,http://

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参照

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