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日本におけるフィッシャー仮説の検証―

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(1)

【論 説】 

日本におけるフィッシャー仮説の検証

TAR

モデルを用いた一考察 ―

佐 竹 光 彦  

は じ め に

 本稿では,非線形モデルであるTAR(Threshold Autoregressive)モデルを用 いて,フィッシャー仮説を検証する.フィッシャー仮説は,実質利子率が一 定で,合理的期待を仮定するとき,期待インフレ率と名目利子率は1対1に 対応していることを意味する.日本におけるフィッシャー仮説の検証に関す る過去の研究では,フィッシャー仮説が成立するかどうか明確な結果を得る ことはできなかった1).その理由として,標本期間により仮説が成立すると きとそうでないときがあると考えられる.またCarmichael and Stebbing(1983)

は,フィッシャー仮説が実証分析で成立しないことに対して,貨幣と債券な どの金融資産の代替性が高いとき,これらの資産選択は名目利子率によって 行われるので,インフレ率の変化は名目利子率ではなく実質利子率に反映さ れる.そして,インフレ率と実質利子率の間に1対1の関係があるという The Inverted Fisher Hypothesis (以下,「逆フィッシャー仮説」と呼ぶことにする)が 成立すると主張した.そして,アメリカとオーストラリアのデータを用いて それが成立することを示した.しかしながら,それはインフレ率が低く安定

1 )日本におけるフィッシャー仮説の簡単なサーベイについて,たとえばSatake(2005)を参照のこと.

なお,釜江(1999),伊藤(2003)は,最近の時系列分析の成果を取り入れた分析を行い,フィッシャー 仮説が成立しているという結果を得ている.また,フィッシャー仮説の実証研究一般に関する簡単 なサーベイとして,たとえばCooray(2002)を参照.

(2)

している国において成立していることを指摘している2).さらにChoi(2003)は,

「逆フィッシャー仮説」が成立するのは貨幣と金融資産の代替性の高い時期で あり,それはインフレ率の変動が小さい時期であると考える.そして,イン フレ率の変動が大きいときには,金融資産と実物資産との代替性が高くなり,

実質利子率が一定となり,インフレ率の変動は名目利子率に反映される通常 のフィッシャー仮説が成立するとし,2局面の線形モデルを用いて,これら の仮説を検証し,アメリカにおいて成立していることを示した.

 そこで本稿では,日本における1971年から2002年までのデータを用いて,

インフレ率が低く安定している時期と高く大きく変動する時期の2つの局面 を,TARモデルによって考慮して,フィッシャー仮説を検証する.本稿の構 成はつぎのとおりである.第1章では通常の「フィッシャー仮説」と「逆フィッ シャー仮説」の考えを整理して,一般的な仮説の定式化を示す.第2章では,

TARモデルを用いたフィッシャー仮説の検証方法を示す.そして第3章に実 証分析の結果を示す.最後に,得られたファクトファインディングを整理する.

1 フィッシャー仮説と逆フィッシャー仮説

 マネーサプライが増加すると,短期において流動性効果を通じて利子率が 低下し,長期には所得効果,フィッシャー効果によって利子率は上昇する.

フィッシャー効果はインフレ期待の上昇によって,名目利子率が上昇する効 果である.すなわち,利子率とインフレーションとの関係を示すとつぎのよ うになる.

名目利子率(Rt)=実質利子率(rt)+期待インフレ率(Eπt

ただし,Eは期待パラメータである.これはフィッシャー方程式とよばれて

2 )Carmichael and Stebbing(1983)は,規制のある市場において成立していることも付け加えてい る.また,Barth and Bradley(1988)は,分析期間を延長し,インフレーションの激しい時期ま で含めると 「 逆フィッシャー仮説 」 が成立しなくなることを示している.

(3)

いる.実質利子率が実物面で決定されるので一定であり,合理的期待を仮定 すれば,名目利子率とインフレ率の間の1対1の対応を示している.すなわち,

インフレ率の1%の上昇が名目利子率を1%上昇させるというものであり,こ れがフィッシャー仮説である.

 ところが,Carmichael and Stebbing(1983)は,貨幣と金融資産の代替性が 高いときには,つぎに示す「逆フィッシャー仮説」が成立することを提唱し た.すなわち,貨幣と債券などの金融資産の間の選択において,金融資産の 収益率は名目利子率である.一般物価が上昇するとき,貨幣価値は目減りする.

金融資産の実質収益率は[名目利子率−インフレ率]であり,貨幣の実質収 益率は[−インフレ率]である.この場合,金融資産と貨幣の実質収益率の 差は名目利子率である.したがって資産選択は,貨幣と金融資産の代替性が 高いときには,名目利子率をシグナルとして行われる.その結果,名目利子 率は一定となり,実質利子率がインフレ率の変化に対して1対1で対応する ことになる.

 以上の2つの仮説を整理すると,つぎのように書ける.まず通常の「フィッ シャー仮説」が成立するならば,合理的期待と実質利子率一定を仮定すると,

インフレ率πtの変化と名目利子率Rtのそれが1対1に対応し,以下の式に おいてϷ1=1となる3)

    Rt=Ϸ0+Ϸ1πt+εt (1)  

すなわち,Ϸ0が実質利子率,そしてϷ1=1であり,インフレ率の期待値と実 現値の差が誤差項εtに含まれるならば,(1)式は前節で示したフィッシャー 方程式になる.また,「逆フィッシャー仮説」も同様で,インフレ率と実質利 子率が1対1に対応しているのは,つぎの(2)式において,β1=−1が成り立っ ているときである.

    rt=β0+β1πt+εt (2)  

3 )このような形でフィッシャー仮説を初めて検証したのがFama(1975)であった.そして,

Mishkin(1990)が利子率の期間構造を示す定式化に基づいて検証を行った.

(4)

Carmichael and Stebbing(1983)は,インフレ率が定常過程に従い,大きく変 動していないとき,名目資産,すなわち貨幣やその他の金融資産と実物資産 の間の代替性は重要でないと考える.しかしながら,インフレーションが高 く激しく変動するとき,すなわち現実のインフレーションが将来のインフレー ションを予測可能にする情報を持つとき,名目資産と実物資産の間の代替性 は重要となる.その結果,「逆フィッシャー仮説」はインフレ過程が定常な場 合にのみ成立すると考えている.

 資産選択において,貨幣,金融資産,および実物資産の間に代替性が考え られる.インフレーションがマイルドであってインフレ予測が難しいとき,

金融資産と実物資産の間の代替性が低く,金融資産と貨幣の間の代替性が強 く働けば,上に述べたように名目利子率が一定となり,インフレ率の変化は 実質利子率によって調整される.他方,インフレ率が高ければ,インフレ予 測が容易となり,貨幣と金融資産の間の代替性が低く,金融資産と実物資産 の代替性が高くなり,そのときには名目利子率がインフレーションの変化に 対応して調整され,実質利子率は一定となると考えられる.

 各国の経済においては,インフレ率が高い時期と低い時期が混在している.

そこでインフレ率が低く安定している時期と高く変動の激しい時期の2局面 を説明する非線形モデルを適用することによって,Choi(2002)がアメリカに おいて発見した結果が日本においても得られるかどうかを以下で検討する.

2 TAR

モデルによる検証方法 2. 1 モデルと検証方法

 本章では,前章で示したフィッシャー仮説と逆フィッシャー仮説の検証を,

TAR(Threshold Autoregressive)モデルを用いて4),インフレ率が高く変動が激

4 )TARモデルについて詳しくは,Tong(1983),Tsay(1989)を参照のこと.また,Evans and Lewis(1995),Garcia and Perron(1996)はMarkov Switching モデルを用いて,2局面を考慮した 分析をアメリカについて行っている.なお(3),(4)式で示されるモデルはARモデルとなって いないので,厳密にはTARモデルとはいえない.しかしながら閾値を設けて2局面を考える点で 本質的には全く同じである.そこで本稿ではよく知られているTARモデルとして言及することに した.

(5)

しい時期と,低インフレで変動がマイルドな時期の2局面に分けることによっ て再検討する.2つの仮説を検証するモデルは具体的には,それぞれつぎの ように示される.

    t=(1−Dt)Ϲ10+Ϲ1π˜t)+Dt(Ϲ20+Ϲ2π˜t)+ut (3)  

    

t=(1−D(δt10+δ1π˜t)+Dt(δ20+δ2π˜t)+ut (4)  

ただし,tは実質利子率,

tは名目利子率,そしてπ˜tはインフレ率である.

各変数の上のティルダはそれぞれの変数を加工していることを示している.

すなわち本稿では,各変数がI(1)過程に従っていると考えられる結果を得 たので,1回階差をとっている.そしてDt=0(FtF),1(FtF)はダミー 変数である.FtはThreshold Variable(以下,閾変数とよぶ)といわれ,局面を 分ける変数である.FはThreshold Value(以下,閾値とよぶ)であり,Ftが閾 値Fより大きければDtは1をとり,Ftが閾値よりも小さければDtはゼロを とる.

 閾変数として,インフレ率の変動が大きく,インフレ予測が可能であるか どうかを示す変数を考える.ここでは現実のインフレ率と,Choi(2003)で提 案されている Inflation Forecastability Index (インフレ予測指標)を用いる.

後者について詳しくは,次章で説明する.閾変数Ftが閾値Fより大きいと きはインフレ率の変動が大きい局面であり,小さいときはインフレ率の変動 が小さい局面にあると考える.

FtFより小さいとき(局面1)には,(3),(4)式はそれぞれ右辺の第1 項によって説明され,FtFより大きいとき(局面2)には右辺第2項によっ て説明される.したがって,「逆フィッシャー仮説」はつぎの仮説1,仮説2 によって検証することができる.

 仮説1:Ϲ1=−1  仮説 2:Ϲ2=−1

ここで仮説1が成立すると,局面1のときに,すなわち,インフレ率が低く

(6)

安定的なときに「逆フィッシャー仮説」が支持される.また,仮説2が成立 すると,局面2のときに,すなわちインフレ率が高く変動が激しいときに「逆 フィッシャー仮説」が支持される.

 また,通常のフィッシャー仮説はつぎの仮説3,仮説4によって検証する ことができる.

 仮説3:δ1=1  仮説4:δ2=1

ここで仮説3が成立すると,局面1のときに,すなわち,インフレ率が低く 安定的なときに通常のフィッシャー仮説が支持される.また,仮説4が成立 すると,局面2のときに,すなわちインフレ率が高く変動が激しいときに通 常のフィッシャー仮説が支持される.

 本稿の主たる目的は,インフレ率の変動が小さい局面1において「逆フィッ シャー仮説」が成立しているかどうか(仮説1),そしてインフレ率の変動が 大きい局面2において通常のフィッシャー仮説が支持されるかどうか(仮説4)

を検証することである.

2. 2 モデルの推定方法

 TARモデルの推定をつぎのように行う.まず,閾値Fを決定する.そして,

FtFの関係からダミー変数Dtを求めて,(3),(4)式をOLSで推定する.

 まず,閾値Fはつぎのように選ばれる.まず,閾変数Ftの値のうち,小さい 値と大きな値をそれぞれ15%ずつ取り除き,それ以外の数値を逐次Fとして,

(3)ないし(4)式を推定する.そして,それぞれに対して,帰無仮説として線 形モデル(2局面に分けないモデル),対立仮説としてTARモデルを立てて,両者 に有意な差があるかどうかを残差平方和の差に着目してF検定を行う.そして,

検定統計量がもっとも大きい値をとるFtを閾値Fとして選ぶ.このときに帰無 仮説が棄却される場合,TARモデルが採択され,そのときの閾値が,2つの局面 を区別する値となる.帰無仮説が棄却されない場合,線形モデルが採択される5)

(7)

3 実証分析の結果

3. 1 データと基本統計量

 標本期間が1971年から2002年までの四半期データを用いる.インフレ率 を計算する物価指数にはCPI総平均を用い,名目利子率には3ヶ月物の譲渡 性預金(CD)を用いた6).これらのデータは月次であるが,平均して四半期デー タに加工している.また本稿では,過去1年間のインフレ率を人々が考え行 動しているとして,対前年同期比で計算したインフレ率を用いることにする

7).実質利子率は名目利子率からインフレ率を引いたものである.第 1 図には,

インフレ率と名目利子率,実質利子率の推移が示されている.

5 ) 本 稿 で は, 閾 値Fを 決 定 す る の にESTIMA社 か ら 提 供 さ れ て い るRATSプ ロ グ ラ ム

(THRESHTEST.SRC)を利用した.http://www.estima.com/を参照.このプログラムには,閾値と F統計量が示されているだけであったので,ここで得られた閾値によって,Dtを求めて,(3),(4)

式をOLSによって推定した. 検定方法について詳しくはHansen(1996)を参照のこと.

6 )1979年第2四半期以前は,現先(3ヶ月物)レートを用いている.

7 )インフレ率の選択についてはSatake(2005)を参照のこと.

第 1 図 インフレ率と利子率の推移

(8)

 また,第 1 表には基本統計量を示しておいた.1971年から2002年の間の インフレ率の平均値は3.53%と名目利子率の5.03%に比べ低くなっているが,

標準偏差はインフレ率のほうが大きく,インフレ率の変動は名目利子率より 大きくなっている.また,実質利子率の平均は1.52%である.相関係数は,

インフレ率と名目利子率の間に0.82,インフレ率と実質利子率間には0.64あ る.階差系列については,平均がほとんどゼロとなり,インフレ率と利子率 の間の相関係数は原系列に比べ多少は低くなっているが,階差をとっても高 い相関を示していると考えられる値となっている.

平 均 標準偏差 最小値 最大値 歪 度 尖 度 実質利子率

名目利子率 インフレ率

1.52 5.05 3.53

2.63 3.64 4.59

−7.34 0.01

−1.42

5.78 17.52 21.06

−0.91 0.47 2.02

1.31 0.48 4.72 第 1 表 基本統計量(1971:1−2002:4)

(1)原系列

実質利子率 名目利子率 インフレ率 実質利子率

名目利子率 インフレ率

1.000

−0.087

−0.640

1.000

0.822 1.000 相関係数

平 均 標準偏差 最小値 最大値 歪 度 尖 度 実質利子率

名目利子率 インフレ率

−0.01

−0.06

−0.05 0.96 0.98 1.17

−3.82

−4.47

−6.91 5.21 5.47 6.16

1.00 1.21

−0.17

8.04 12.01 14.60

(2)階差系列

実質利子率 名目利子率 インフレ率 実質利子率

名目利子率 インフレ率

1.000 0.272

−0.594

1.000

0.612 1.000

相関係数

(9)

3. 2 単位根検定

 1971年第1四半期から2002年第4四半期まで期間全体について,加重対 称 検 定(WSテ ス ト ),Dickey=Fuller(DF)テ ス ト,Phillips=Perron(PP)

テストをTSP(Time Series Processor)を用いて行った.それぞれの検定は説明 変数にトレンド項を加えていないものと,加えたものの両方を行った.ラグ の長さはAIC(赤池情報量基準)によって選んだ.

 結果は第 2 表に示されている.表にはp値が示されている.ここでは5%

の有意水準によって検定をおこない,p値が0.05未満であれば,系列は定常 であると考える.実質利子率,名目利子率,インフレ率についてはつぎの結 果が得られた.線形トレンドを説明変数に加えた場合,名目利子率はいくつ かの検定において帰無仮説が棄却されるが,トレンド項を含まない場合には,

すべての検定で帰無仮説は棄却できなかった.他方,インフレ率と実質利子 率の検定では,すべての検定で単位根があると判定できる結果が得られた8)

第 2 表 単位根検定の結果(構造変化を考えない場合)(1971:2-2002:4)

8 )なお,名目利子率とインフレ率,実質利子率とインフレ率の間に共和分関係があるかどうかを

EngleGrangerテスト,Johansenテストを用いて行ったが,ほとんどの場合で共和分関係がな

いという結果を得た.

実質利子率 名目利子率 インフレ率 WS

DF PP

0.127 0.306 0.222

0.531 0.686 0.351

0.486 0.606 0.234 A. トレンド項を除いた場合

実質利子率 名目利子率 インフレ率 WS

DF PP

0.518 0.649 0.584

0.031 0.004 0.089

0.248 0.222 0.118 B. トレンド項を含む場合

実質利子率 名目利子率 インフレ率 WS

DF PP

0.000 0.000 0.000

0.000 0.000 0.000

0.093 0.000 0.000

実質利子率 名目利子率 インフレ率 WS

DF PP

0.000 0.000 0.000

0.000 0.000 0.000

0.418 0.004 0.000 B. トレンド項を含む場合

A. トレンド項を除いた場合

(2)1 回階差系列

(注)数値は検定統計量のp値を示している.

(1)原系列

(10)

 また,実質利子率,名目利子率,インフレ率の1回階差系列については,

インフレ率のWSテストで棄却できないものがあったがそれ以外はすべて棄 却され,1回階差の系列は定常であるという結果が得られた.したがって,

実質利子率,名目利子率,インフレ率はⅠ(1)過程に従っていると考えられる.

なお,佐竹(2005)において,名目利子率とインフレ率について,構造変化を 考慮すると両者はトレンド定常であるという結果を得た.しかしながら,こ こではTARモデルによって2局面に分ける非線形モデルを用いるので,1回 階差をとった系列によって,以下の分析を進める.

3. 3 線形モデルによるフィッシャー仮説の検証

 まずフィッシャー仮説の検証を,2局面に分けない線形モデルを用いて行う.

第1章に示したように,(1)式においてϷ1=1であれば,通常のフィッシャー 仮説が支持され,(2)式においてβ1=−1であれば,「逆フィッシャー仮説」

が支持される.推定結果は第 3 表に示されている.なお,定数項は有意でなかっ たので除くことにした.実質利子率,名目利子率とも1回階差系列の平均値 が第1表に示したようにほとんどゼロに近い値をとっていたためであると考 えられる.また定数項を含んだ推定結果でもほとんど同じ推定値とt値が得 られた.この結果から,被説明変数を実質利子率にした「逆フィッシャー仮説」

の検証でも,名目利子率を被説明変数にした通常のフィッシャー仮説の検証 でも,パラメータの推定値は絶対値で,0より大きく1より小さくなってい る.また,両者の推定値の絶対値の合計が1となっており,インフレ率の1%

の上昇は,実質利子率の低下と名目利子率の上昇の両方に作用しているとい う結果を得ている.

3. 4 インフレ予測指標の計算

 TARモデルによる検証を行う前に,Choi(2003)が閾変数Ftとして利用し,

本稿でも利用するインフレ予測指標の計算方法を示し,その推移を検討して

(11)

被説明変数 パラメータ 推定値 tp値 H0:Ϸ11=0 H1:Ϸ11>0

p値 H0:Ϸ11=1 H1:Ϸ11<1

推定期間

実質利子率  adjusted R2=

β1

0.3532

−0.4869 −8.2722 0.000 0.000

1971:2−2002:4

名目利子率  adjusted R2=

Ϸ1

0.3750

0.5131 8.7157 0.000 0.000

1971:2−2002:4 第 3 表 線形モデルによるフィッシャー仮説の検証結果

おこう.計算は2段階で行われている.

 まず,インフレ予測方程式を推定する.経済主体はインフレ過程を直近の インフレ過程と名目利子率から予測するものとして,つぎのように定式化す る.

    

i=1 k

πt=θ0+∑θiπt−i+λRt+εt (5)  

ここで,πはインフレ率であり,Rは名目利子率である.インフレ率はそれ 自体の過去の値と名目利子率によって説明される.そして,基本的には20期 のサンプルのローリング回帰によって推定する9).つぎにインフレ予測指標 Ftを以下の(6)式によって計算する.ここで,hは各期についてのウェイト であり,wはウィンドウである.これらの値については,Choi(2003)にした がって,h=0.9,w=10を取っている.Choiでは,w=30を取っているが,そ こでは月次データを用いているので,四半期データを用いている本稿ではそ の3分の1の10とした.

    

h(πi t−i−π−)2

i=0 w−1

hiεˆ2

t−i i=0 w−1

Ft=1− (6)  

9 )標本期間の始めの部分をできるだけ含めたいので,その部分については20期より少ないサンプ ルサイズで推定した.

(12)

Ftt期におけるインフレ予測力を,その前のw−1期の予測誤差をウェ イト付けした決定係数の形で計算している.すなわちt期から10期前までの インフレ率の変動のうち予測されない残差の平方和の割合をウェイトをつけ て計算し,1から引いて,この方程式の今期も含めた過去10期の予測力を示 している.

 さて第 2 図には,計算したインフレ予測指標の推移が示されている.F2,

F3,F5はそれぞれ,インフレ予測式(5)式で,πのラグkを2期,3期,5

期まで取ったものから得られた指標である.これらのラグを選んだのは,こ れらのラグをとった場合に,誤差項の系列相関がなかったためである.AIC ないしSBICを基準にすると,ラグはより長くなった.ラグを長く取ると,

サンプル期間の前半部分の分析ができなくなり,1970年代の大インフレ期が 欠けることになる.そのため,上のような基準でラグ次数を選んだ.

 まず,右辺の第2項がプラスであるので,1より大きな値をとることはない.

また,ゼロより小さくなることは予想していなかった.しかしながら,実際に 第 2 図 インフレ予測指標の推移

(%)

(13)

はマイナスの値もとっている.すなわち,残差の変動がインフレ率の平均偏差 の2乗和よりも大きくなってしまっているのである.Choi(2003)にはFtの推 移が,平均ゼロ,分散1をとるように標準化されてグラフに示されているので,

Choiの分析でFtがマイナスの値をとっているかどうかはわからない.

 以上のような問題点はあるが,試算的にこれらを閾変数として利用するこ とにする.これらの指標の推移を見てみると,インフレ率が大きく変動して いた1980年代半ばまで,インフレ予測は良好であるが,1980年代半ばに低 下し,その後上昇した.2000年までは一時的な低下があるものの,ほぼプラ スの値を維持していたが,2000年以降当てはまりが悪くなってきたことがわ かる.

3. 5 TARモデルを用いたフィッシャー仮説の検証

 閾変数として現実のインフレ率πと上で説明したインフレ予測指標F2,

F3,F5を用いてTARモデルを推定した結果が第 4 表に示されている.まず

(3),(4)式の閾値に実現値を当てはめて推定を行い,線形モデルを帰無仮説 に,TARモデルを対立仮説にした検定を行う.そして,この検定統計量が最 も大きくなった閾値を採択する.第3表の2列目に閾値を示している.そして,

3列目に線形性の検定結果を示している.つぎに,ここで求めた閾値によって,

Dtを計算し,TARモデル(3),(4)式を推定する.推定結果と係数の検定結 果は,4列目以降に示されている.

 第4表の(1)には,「逆フィッシャー仮説」の検証結果が示されている.

線形性の検定についてはどの閾変数を用いても,p値が5%以下であり,TAR モデルを採択する結果を得た.そして,インフレ率を用いた場合,閾値とし て4.3%の値を得た.またインフレ予測指標を用いた場合,F2とF5では,0.9 近くの値が閾値となったが,F3については0.2が閾値となっている.この指 標については0から1の間の値が予想されたのであるが,(6)式の右辺第2 項において,分子である残差2乗和がインフレ率の平均偏差の2乗和である

(14)

閾変数 閾値 p値 H0: 線形モデル H1:TARモデル

パラメータ 推定値 tp値 H0:Ϲ=0 H1:Ϲ>0

p値 H0:Ϲ=1 H1:Ϲ<1

推定期間

インフレ率 adjusted R2=

4.3223

0.3817 0.019

Ϲ1

Ϲ2

−0.8180

−0.4222 −5.7403

−6.7001 0.000 0.000

0.204 0.000

1971:2−2002:4

インフレ予測指標F F2

adjusted R2= F3

adjusted R2= F5

adjusted R2= 0.8865

0.3194 0.1964

0.3560 0.9021

0.5370 0.013

0.001

0.002 Ϲ1

Ϲ2

Ϲ1

Ϲ2

Ϲ1

Ϲ2

−0.5925

−0.3887

−1.1044

−0.4934

−0.5915

−0.7245

−5.5939

−4.9145

−2.1652

−7.7096

−6.5222

−9.4289 0.000 0.000

0.030 0.000

0.000 0.000

0.002 0.000

0.838 0.000

0.000 0.005

1973:4−2002:4

1974:1−2002:4

1974:3−2002:4 第 4 表 TARモデルによるフィッシャー仮説の検証結果

(1)実質利子率

閾変数 閾値 p値 H0: 線形モデル H1:TARモデル

パラメータ 推定値 tp値 H0:δ=0 H1:δ>0

p値 H0:δ=1 H1:δ<1

推定期間

インフレ率 adjusted R2=

4.3223

0.4025 0.149

δ1

δ2

0.1820 0.5778

1.2771 9.1691

0.202 0.000

0.000 0.000

1971:2−2002:4

インフレ予測指標F F2

adjusted R2= F3

adjusted R2= F5

adjusted R2= 0.8773

0.3856 0.8606

0.3457 0.9397

0.1976 0.002

0.003

0.091 δ1

δ2

δ1

δ2

δ1

δ2

0.3994 0.6084

0.3465 0.5499

0.3554 0.3165

3.6490 7.8298

2.7868 7.4706

3.6913 4.2486

0.000 0.000

0.005 0.000

0.000 0.000

0.000 0.000

0.000 0.000

0.000 0.000

1973:4−2002:4

1974:1−2002:4

1974:3−2002:4

(2)名目利子率

(15)

分母に比べ大きく,インフレ予測指標がマイナスの値をとることが多くなっ ている.そのため,閾値の推定値が頑健でなくなっていると考えられる.

 つぎにTARモデルを推定した結果をみてみよう.インフレ率とF3を閾値 にした場合に仮説1:Ϲ1=−1が棄却されず,「逆フィッシャー仮説」が成 立していることが示唆される.その他の結果についてはϹ1=0は棄却され,

−1<Ϲ1<0と考えられる.また,仮説2:Ϲ2=0の検定に関しては,すべ ての閾値について−1<Ϲ2<0と考えられる結果を得た.このように,TAR モデルを用いて,インフレ率の変動の高い時期と低い時期の2つの局面を分 けて推定することによって,仮説1であるインフレ率の変動が低いときには,

インフレ率の1%の上昇が実質利子率を1%低下させるという結果を得るこ とができた.また,インフレ率の変動が高い時期においても,インフレ率か ら実質利子率へのマイナスの−1<Ϲ2<0の範囲での有意な効果があること を検証できた.この結果は線形モデルで推定したときに比べ絶対値で大きく,

Ϲ2の値が−1に近づいている.

 通常のフィッシャー仮説の検証結果は第4表(2)に示されている.線形モ デルが棄却されなかったのが,閾変数としてインフレ率とF5を取った2つの ケースである.その他の場合は,5%の有意水準で,TARモデルが採択されて おり,2つの局面を設定することが妥当であると考えられる.閾値について,

インフレ率をとった場合には,実質利子率を被説明変数とした場合と同水準 の4.3%となっている.またインフレ予測指標をとった場合の閾値は,F2,

F3,F5の3つの指標とも0.9前後の値をとっている.

 TARモデルの推定結果について,TARモデルが採択されなかったモデル,

すなわち閾変数をインフレ率,F5としたものは検討を省略しよう.閾変数と してF2,F3をとってみた場合,δ1,δ2の推定値ともゼロより大きく,1よ り小さいという結果を得ている.ただし,δ1<δ2という関係が成り立って いる.ここで仮説4にしたがえば,インフレ率の変動が大きいと考えられる 局面でインフレ率の1%の上昇が,名目利子率の1%の上昇を導く,すなわち

(16)

δ2=1が想定される.このように,インフレ率の変動が小さい局面の効果を 示すδ1よりδ2の推定値の方が大きくなっているが,ここの結果からはδ2< 1となり,インフレ率の変動が大きい局面でもフィッシャー仮説は成立して いないと考えられる.

 このように,「逆フィッシャー仮説」を検証する,実質利子率を被説明変数 にした(3)式の検証結果からは,仮説1,すなわちインフレ率が低く安定し ている局面1において,この仮説を支持する結果が得られた.また,線形モ デルの推定結果と比較すると,局面1における「逆フィッシャー仮説」の検 証についても,仮説4,すなわちインフレ率が高く変動の激しい局面2を検 証した通常のフィッシャー仮説の検証についても,パラメータの値が絶対値 で1に近くなっている.このようにして2局面に分けるモデルを利用するこ とによって,「逆フィッシャー仮説」を支持できる可能性が出てきたと思われ る.

 ただし,通常のフィッシャー仮説を検証する(4)式の推定からは,パラメー タδの値が1であるという結果は得られていない.しかしながら,閾値をF5 とした場合を除き,δ1<δ2となっており,通常のフィッシャー仮説を検証 する仮説3,仮説4を比べてみるとインフレ率が高く変動の激しい局面2の,

インフレ率の変化に対する名目利子率の反応が大きいことが指摘できる.

 以上のように,インフレ率が低く安定している局面1とインフレ率が高く 変動の激しい局面2の2局面に分けることによって,仮説1,すなわちイン フレ率が低く安定している局面1で「逆フィッシャー仮説」を支持する結果を,

また弱いファクト・ファインディングであるが仮説4,すなわちインフレ率 が高く変動の激しい局面2で通常のフィッシャー仮説が支持される可能性が あるという結果が得られたと考えられる.

お わ り に

 本稿では, Carmichael and Stebbing(1983),Choi(2003)の主張にしたがっ

(17)

て,TARモデルを用いて,インフレ率が低く安定している局面とインフレ率 が高く変動が激しい局面の2局面に分けて,フィッシャー仮説の再検証を行っ た.その実証結果によって,つぎのようなファクトファインディングを得た.

すなわち,2局面に分けない線形モデルと比較して,インフレ率の変化に対 する利子率の反応が,想定した仮説1,仮説4の検証において,絶対値で1 に近づき,2局面に分けることに意義のあることが示された.すなわち,イ ンフレ率が低く安定している局面1において「逆フィッシャー仮説」が成立 する仮説1:Ϲ1=−1を支持する結果が得られた.またインフレ率が高く変 動の激しい局面2において通常のフィッシャー仮説が成立する仮説4:δ2=1 の検証で,線形モデルによる推定結果に比べ,F5を閾変数とした場合以外δ2

の推定値が大きくなった.したがって,TARモデルを用いて,2局面に分け た検証を行うことによって,「逆フィッシャー仮説」ないし通常のフィッシャー 仮説が成立する可能性が示唆されたと考えられる.

 特に,局面1において,「逆フィッシャー仮説」が支持される結果が得られ たことが特筆できるファクトファインディングである.しかしながら,2局 面に分ける閾変数をどのように選択するかについてさらに検討する必要があ ると考えられる.

(18)

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(20)

The Doshisha University Economic Review Vol.57 No.3 Abstract

Mitsuhiko SATAKE, A Note on Testing the Fisher Hypothesis in Japan: An Application of the TAR Model

  The Fisher hypothesis means that a one-for-one relationship is observed between the nominal interest rate and inflation rate. However, Carmichael and Stebbing (1983) show that ‘The Inverted Fisher Hypothesis’, which means the one-for-one relationship between the real interest rate and inflation rate, is supported in the United States and Australia when there is a high degree of substitution between money and financial assets, i.e. the time when the inflation rate is stable. Choi (2003) also finds the relationship by using the nonlinear model in the United States in order to divide the data into two regimes, i.e. the one when the inflation rate is persistent and the other when it is stable. In this paper, we examine the Fisher hypothesis and the Inverted Fisher hypothesis in Japan by using the TAR (Threshold Autoregressive) model which contains the two regimes, according to the idea of Choi (2003). We found the possibility that the Inverted Fisher hypothesis holds.

参照

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