日英語母音の音響音声学的考察 : Vowel Formants を中心に
著者 本間 弥生
雑誌名 主流
号 31
ページ 25‑41
発行年 1969‑10‑30
権利 同志社大学英文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016732
日英語母音の音響音戸学的考察
一一‑VowelFormantsを中心に一一一
本 間 弥 生
25
我々日本人が英語を学習する際に遭遇する大きな困難点の一つに,母音 の相違がある. 日本語(東京方言,京都方言等)の五母音体系に対して,
英語は,その分類の方法によって可成りの相違はあるが,我々の何倍かの 母音の数を持っている.例えばGimsonはそれらを7つの短母音, 5つの 長母音 8つの二重母音に分類している.英語国民が英語の多くの母音を 聞きわけ,発音しわける技術を持っているのに対し9 我々は5つの母音に 馴れた耳9 口でそれらを習わねばならない.狭い口の中の,それも極く限 られた部分,硬口蓋から軟口蓋の聞で調音される数多くの徴妙な母音の違 いを区別出来るには,余程の訓練を必要とする所以である.この paperで 私は,日英語の母音の相違を spectrogramに現われた Vowel F ormants を通してとらえ,比較してみたいと思う.
1. Vowel Formantsの特性
音の高さ,大きさ,長さが如何に異なろうと,我々は様々な母音をその quality (音質)によって識別することが出来る.母音は他の多くの有声音と 同じく,声帯を肺からの呼気で振動させる PulmonicAir‑Stream Mech・
anism"によって発声され,声帯の上部にある喉頭と口むろの中で,独 得の共鳴の仕方をする楽音である.その共鳴の仕方の相違が母音の音質を 決定する.Peter LadefogedはElementsof Acoustic Phoザ7eticsの中で,
Whenever sounds di妊erin ‑quality we五ndthat they have di妊erent wave shapes事."と述べ,彼の[;):][u:] [i:]の3つの waveshapesを示し
日英語母音の音響音声学的考察
ている.単純なサイン曲線を持つ,純音に近い音叉の音とちがって,母音自
は極めて複雑な waveshapeを持っている. これは振動数の最も小さい fundamental (基本音〉に,その振動数の整数倍の振動数を持つ, 無数の harmonics (倍音〉が重なっているためである.従ってもし我々が, 或る 母音を構成している fundamentalとharmonicsの各々の振動数とその relative amplitude (相対的振幅〕を知り,それら components(構成要素〉
を組み合わせるなら,その母音の複雑なwaveshapeを得ることが出来る はずである.しかしここで注意しなければならないのは,母音の音質にと って重要なのは,或る母音がどの様な componentsから成立つているかと いうことであって, wave shapeそのものは音質に決定的な関係を持って いないということである.即ち 1つの母音はその componentsの組み合 わせ方によって,様々な shapeをとり得るということである.Ladefoged
は,1
。
00 cps, 200 cps, 300 cpsの3つの wavesの2種類の組み合わぜ方を 図示し,それについて次の様に云っている. The astonishing thing is that our ears can hear no di妊erence between al1 these wave forms. As !ongas the components stay the same,
the sound will be the same.…
the quality of a sound does not depend on the way in which the components are combined; it depends simply on the frequencies and the amplitudes of the component waves." 方そしてその componentsは次の様に spectrumで表わすことが出来る.
例えば,上記3つの waves,100 cpsのfundamental(a)と, amplitude が9 その弘の 200 (a) 図 l
cpsの harmonic (b)と,労の am‑
plitude
,
300 cps の harmonic (c) がある場合, ((b)由 吉
ω口 ︒
a g s
山市0
85
出向
g
︿(c)
100 200 Frequency in cps
日英語母音の音響音声学的考察 27 (c)は frequencyが fundamentalのそれぞれ2倍'3倍になっている ので, second harmonic, third harmonicと呼ばれる.)その spectrumは 図1の通りである,8
前述した様に,母音は喉頭と口むろの中で共鳴する楽音である. 口むろ は主として,唇p 舌,軟口蓋の形,位置を変えることによって色々の形を とることが出来る.そしてその形は,丁度ピアノやパイオリン等の楽器の 原理と同じく,それぞれ独特の共鳴現象をひきおこす.声帯で作り出され た wavesの中, その時の喉頭, 口むろの basicfrequencyに一致する waveが増幅され,それが大きなamplitudeを持つことにたとる. こうして 作られた複合音を上記の
方法で spectrumに表わ す と , 我 々 は そ の 中 に い 宮
くつかのピークを発見す
含
る. このピークカむその 〈
時の喉頭, 口むろの ba‑ sic frequencyに 相 当 す
る,従って各母音はそれ 自身固有のピークを持っ ている. [i:]の場合それ は, 280 cps, 2620 cps, 3380cpsのあたりに,又 [a]の場合は, 800cps,
[i : ] 図 2
lωo 2000 Frequency
[田]
8 5 M Z H H H
︿
3000 2000
Frequency
1760 cps, 2500 cpsのあたりに現われる. このピークが母音の音質を決定 するのに重要な関係を持つ Formantsであり, 左から右へ第1Formant
(F1),第2Formant (F2),第3Formant (Fa)・…ーと名づけられる.
音声器官がその形を保ち,又声帯が開閉毎に肺からの空気を送り続ける 限り,同じ Formantsを持つ母音が続くわけである.
日英語母音の音響音声学的考察
我々は男,女,成人,子供等一人一人すべて異なったサイズの音声器官 を持っている.従って個人によって, Formantsの分布範囲に多少の相違 のあるのは当然である.しかし我々が母音の音質を問題にする場合,その 複雑な waveshapeではなく, Formantsのみを用いてそれを表わし得る のは,上記の様な Formantsの特性によるものである.
20 Vowel Formantsと調音の関係
Vowel Formantsは sp巴ctrographで測定する ことが出来る. 図3の
I申
Potter, Kopp, GreenのVisibleSpeechの英語の母音の例を見ると,例えば i (eve)の場合,下から Ft.F2' F3である.この本では3500サイクルの機 械を使っているために,せいぜいで F4までしか出ていないが,私の使っ
た機械は8000サイクルであるため,更にその上の Formantsも出ている.
函 3
i (eve) 1 (it) e (hate) e (met) a (at) a (ask)
Q (father) D (not) コ(aLT) o (obey) uびoot) u (boot)
A (up) <l (about) <l' (W01Oの, 3 (即日ーの
日英語母音の音響音声学的考察 29 しかし通常下の2つの Formantsか,多くとも F3までが調音の際の音 声器官の形と関係があるといわれている. 例えば Gleasonは Various experiments have suggested that the two halves of the mouth are asso‑ ciated with the two lower formants. The first formant is apparently produced by resonance in the throat and back of the mouth; the sec‑
1$
ond by resonance in the front of the mouth."とL、っている. Lade‑ fogedも両者の関係は認めているが, Gleasonの様な,口むろを二分する 意見に対し, Infact the air in the vocaI tract vibrates as a whole, and we cannot treat the throat and mouth eavities as being in any
1:il
way independent."と反論している.
母音の調音を説明するのに,次の6つの基準を用いることが出来る.(1) 最も近い Cardinalvowel (基本母音〕との比較, (2)舌の最高部の位置,
(3)唇の形, (4)顎の開閉の程度, (5)軟口蓋が上っているか下っているか.こ れは鼻母音との区別を示す.(6)長さである.Ladefogedはこの中, (2) (3)
とFormantsとの関係を論じている.
Ladefogedによれば Formantfrequeneyは次の3つの要素の影響を 受ける. 即ち(1)舌による最大限の圧縮の位置 (theposition of the point of the maximum constriction), (2)最大限の圧縮のサイズ (thesize of the maximum constriction), (3)唇の位置 (theposition of the lips)で
あるa 前舌母音の場合,第1.Formantは(2)の圧縮のサイズに関係がある.
即ち舌を下げてサイズが増加するに従って,第1Formantの frequency が増加する.第2Formantも,サイズと関係があるが丁度逆である. サ
イズの増加と共に第2 Formantのfrequencyは低下する.後舌母音の場 合は,第1Formantは(1)の圧縮の位匿に関係する.即ち舌による圧縮の 位置が芦門から遠ざかるに従って,一一後部から前部に移動するに従って 一一第1Formantが低下する.この場合第2Formantは舌の位置ではな し (3)の唇の形にかかっている.唇のまるめが増すと,第2Formantの
30 日英語母音の音響音声学的考察 frequency:が低下する.
今 Gimsonの Anlntroduction to the Pronunciation 01 E:ηglishの中
15)
の英国 RPCReceived Pronunciation) Englishのデータと舌の位置, 唇 の形を表に表わすと次の様になる.
表 1 /
/ / ザ / ゴ / ゴ 万 ゴ ゴ
‑ u I e a A G D 3 1 U 3
f f /︐ ノ / f J / / / / / / / / f
ノJ / / / / J f J J
the highest point of the tongue high front high front
d d a a 9 4 e e i A r r
P
品 ︒ ム
s s mid
low low
front spread front spread central n巴utral back neutral back round back round back round back round low
low mid high high
mid central neutral 又比較をわかりやす 図 4
くするために上記の F.‑
Fh F2のFrequency 2000 chartをかくと図4の 様になる.
以上2つの図表から 下記の様に云うことが 出来る.
(1) high vowelsは低い Flを持つ (2) low vowelsは高い Flを持つ
1000
1 ‑
1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 O F 8 6 0 0 6 4 6 8 8 2 6 1 2 3 6 8 7 7 5 4 3 3 5
F2
2620 2220 2060 1760 1320 1180 920 760 940 920 1480
i: 1 e a A a: '0 0: u u: 3:
日英語母音の音響音声学的考察 31 (3) front vowelsは高い F2を持つ
(4) back vowelsは 低 い 九 を 持 つ
l申
(5) 唇のまるめのある母音は 比較的円低い F2を持つ
しかし Ladefogedの backvowelsに於ける唇のまるめと F2との関係 には,疑問点がある.彼によれば,唇のまるめが強まると F2が低下する はずであるが,英語母音の中最も唇のまるめの強い [u:]の九は[コ:]の
要素が働いていることが想像され (b) る.
今 Flを縦軸に, F2を横軸にし た表に formant frequencyを書き 込むと,興味深い結果が得られる.
音響音声学の立場から書かれた図5 vowel formant chart (a) と,調 音音声学の立場からの vowelchart
(b)が,非常に類似していることで ある.
と の 述 の つ 斗 後
‑ m
' も L b G
φ
ー 一 匹
︑ A可JA
い 引 サ 一 川 高 ゅ 表 記 官 も の 十 円 ト り 本 恥 川 い 山 一 昨 ぽ 引 そ も hh
の
データでも,又 Daniel JonesのCardinalVow‑
elsのデータでも Gim‑
sonの場合と同じく [u:] の方が高L¥backvowels の F2に関しては,唇の 形だけではなく何か他の 1000
図 5 (a) 3000
o r
一 2000 1000 o‑・
@
・1
•
..uu.500 一.一0「.
5 .
•
e
. ' 0
白 4α.
毘 ー
1.‑ . L . u
" . .
α:
。
従って結論として,少なくとも日と F2に関する限仇それらは調音 の際の音声器官と極めて密接な関係のあることを認めることが出来る.
3. 日本語母音の VowelFormant Chart
国語学辞典によれば
r
東京語の母音にはおもなものが六つあり,それ を基本母音の不等辺四角形に当てはめると,下の図のようになる.……[i] は前舌の,閉じたひらくち母音.[e]は前舌の中開きに近い, ひら くち母音. [a]は後舌の大聞き母 音. [0]は後舌の中開きに近い,
まるくち母音.[ur]は後舌のやや
閉じた,ひらくち母音. [品]は中 中関き
舌のやや閉じた,ひらくち母音.
¥ ~大開き
……東京語の六つの母音のうち, α
Iur]と[品]とは同ーの音素に属 東 京 語 の 母 音
すると認めることができ,全体で五つの音素となる. [品]は「ス・ツ・
ズ」の母音として,いつも,しかも,これらの母音としてのみ現われるか ら 音 韻 論 的 に [ur]と分布を相補うわけである.J
私は自分の芦を使って,日本語の母音をたしかめてみた.厳密には,京 都方言の母音ということになるが,しかし東京方言と京都方言の母音音素 の体系は同じであり,母音の音に関しては著しい相違はない様に思われる.
但し服部四郎は「音声学」の中で,二,三の相違を次の様に指摘している.
「東京方言の [kur:ki] (空気〉の第一母音はこれとは異なり著しく前寄り であり唇の円めも普通ない.京都方言の [ku:ki] (空気〉の第一母音はそ
2申
れより奥であるが,基本母音よりは前である.J
r
近畿方言などの「ウ」は 円めがあるといわれるが,上下からの狭めが著しく左右からのそれは目立 たず,突出しも極く少ないから,フランス語・ドイツ語・ロシヤ語・シナ日英語母音の音響音声学的考察 33 語(北京〉・朝鮮語などの
[ u J
の上下左右からつぼめ前へ突出す円めとは 著しく異る.Jしかし私の「ウ」にはまるめはない. 従って[ k u :k i J
ではなく
[ k u r :k i J
(むしろ作品:k i ] )
である.先づ
s p e c t r o g r a m
をとるために次の様な準備をした.各母音に対する前 後の音の影響をしらべるために,日本語の子音音素の中,/ p ん / t ん / k ん / s ん / n /
と,半母音[j]を選んだ./ p /
は両唇閉鎖音,/ t /
は歯茎閉鎖音,/ k /
は軟口蓋閉鎖音,/ s /
は歯茎摩擦音,/ n /
は歯茎鼻音を代表し,[ j J
は硬口蓋半母音である.子音を全部 無声音にしたのは,
s p e c t r o g r a m
の場合,有芦,無声の違いは
b a s el i n e
の上の
v o i c eb a r
の有無に現われるのみで,他は全部同じだからである.
次に各母音毎に図7の様な表を作り それに相当する日本語の言葉を入れ た
. φ
は無を示す.縦の p,t,…ゅ はそれらの音が母音の前に来た場合 横の p,t,…φ
は母音の後に来た場図 7
I p l t l k l s [ n l j l o p I I [1 1 t I 1 I1
k 1 1 1 1 1 s I I I I 1
n 1 1 1 1I I I 1│i l!i!l│
砂
11 I 1 I I I
合を示す. 1"イ」を例にとると次の様になる.
図 8
1 p 1 t [ t c ] I k 1 s [ c ] 1 n 1 1 o
p レ~I 呼i I 地 i 1
吟i1 / / │
咽a n o , ‑
h叫t [ t c ] 1 t~ppu t~ti 些i I
叫i I i ω │
空u j 同
斜線は該当する言葉がないか,又は適当な言葉がみあたらなかった場合 を示す.例えば,
p ‑ n
の場合,ピンのn
円は歯茎音ではなく, 後部軟口蓋音 [NJであるためここには入れていない.この様にして, 1"イJ25語,
「エJ18語1"アJ39語1"オJ44語1"ウJ29語の単語表を作り
s p e c t r o ‑
34
図 9 (a) (b)
‑22}
graphにかけた.図9はその一例であるが,女声であるために Formants をとらえるのが非常にむずかしい.男声ならばもっとはっきりと出るはず である.(a)は widebandで.(b)は同じ言葉「ピチJ[pitc:i]等を nar‑ row bandでとったものである.
図10,表2がその測定の結果である. 後述のアメリカ英語の Formant
日英語母音の音響音声学的考察 35
chartにみられる様に, 女声は男声にくらべ, Fh F2共に frequencyが 高くなる. 日本語の場合も同じ現象がおこると考えられる.
︑ ︑
︐ノn
qu
︑ ︐
J
︑ ︑ ︐ ノ 3︐一︑︑ノ
£んUんい︑ρHU円U
LDpv
e γA o
r+
A
e
‑D n u
噌EA図
after 0
ロ
。
ム/ i /
2 ZI' z 116 112 110 8
ロ
/ u /
、
気l H
自
tIi 目
、 1回 同
l 。 l
金l回 λ也E調
,ドトートー一
1,珂
、A
離 / [7 0 / 1 7 / V
1 7 1/
8 F.?RMANT1 7
CHARTI 7
S Ca[to,.atd in hun4re.b、¥'If'tfl
1 / 陥
ザcydu戸F 叫 酬d.H甘
6c~nti同teu_1 田t4v.
隠
v
門 17" 5millifllrtus圃Iscmiton.
l門 i由
E @
/ e
回
/ a /
Japanese vowels
/i/: [j) / e /: [号]or [~]
/ a /: [a] /0/: [;J] or [<;>]
/u /: [[ω] or [i] after dentals /t/, /S/, /n/ ancl palatal [j] l[tu]
日英語母音の音響音声学的考察
図10の上部にある8つの記号を用いてそれ 表 2 平均値 を組み合わせ,前後の音を示した.例えは F, F2
[i] 354 2886
&の場合, p は palatalのPで [j]が母音 [e] 655 2209 の後に来たことを示し,ムは[j]が母音の [a] 1046 2075 前に来たことを示す. (j‑j).又⑬の場合, D [:>] 659 977 [UI] 367 2060 はdentalのDで /t
ん
/sん
/n/に属する [ru] 375 1730 歯茎音のいずれかが,母音の後に来たことを [ui] 363 2187 示し,0
は [pJが母音の前に来たことを示す. (p‑s). t 又図の場合, Vn
はvelarのV で, [k]が母音の後に来たことを示し,口は歯茎音が前に 来たことを示す. (s‑k). <>の場合は, [k]が母音の前に来て,母音の後
n
には何も来ないことを示す.(k‑O).又LはlabialのLである.
上の FormantChartから次のことが観察される.
(1)
r
イJ,r
エム「アJ,r
オ」の分布範囲は狭心前後の音によってその 分布が影響を受けることはない.(2) それに対して
r
ウ」は分布範囲が極めて広く,一部「イ」と重な っている.又前の音によってその分布が影響を受ける.即ちF21900以上 は一例を除いて全部,硬口蓋音か歯茎音が前に来る場合である.しかしそ の後にはいずれの音も続き得る.これは日本語の母音が,前の子音又は半 母音の影響は受けるが,後の子音又は半母音の影響はあまり受けないこと を示していると思われる.又 F21900以下には,歯茎音,硬口蓋音が前に来 る例は全くない.このことは「ウ」が相補う分布を持つ2つの allophones (異音)を持っていることを示している.先に引用した国語学辞典のr [ u i 1
は「ス・ツ・ズ」の母音として云々」は「ス・ツ・ズ」の他に
r
ヌ・ユ」も加えるのが適当と思われる.
(3) 私の chartによれば
r
アJは「後舌の大聞き母音」ではなしそ れよりずっと前p むしろ前舌の大開き母音である.F
2が男声の場合より 高いということもあるがr
ア」は前舌と中舌の中間と考えるのが適当で日英語母音の音響音声学的考察 37 はないだろうか.
2阜
(4) 1"ウ」は [m]と[詰]で表わしてもよいが,服部四郎が指摘する様に,
基本母音にくらべ,著しく前寄りであるため, [UI]と[i]の方がより適当 であるかもしれない.唇のまるめのない母音が,まるめのあるものより F2
が高くなるということを考慮に入れねばならないが9 私の表に関する限仇
「ウ」の [m]は中舌の音で, [詰}はそれより更に前寄りである.
(5) 以上のことを考えて基本母音の不等辺四角形にあてはめると図11の
車業になる. 図 11
尚 ThePrinciples of the International Phonetic Associati切には,日本語の母音 は次の様に記されている. i,了 eT, a‑,
w
O,丁u十c(a variety of m)円図10で私が使 った diacritics(補助符号)は別種のもの であるが,上記をそれで示すと, iT=i, e了
=号 a一=a,0了=9である.
乱
4. 日本語,英語3 基本母音の VowelFormantsの比較
.。
2.でRPEnglish, 3.で私の日本語の Formantfrequencyの数字を出 したので, ここでは前述の TheSpeech Chainの中のアメリカ英語の男
~
.
女別の数字(表3)と, Daniel JonesのレコードのCardinalV owelsの数字 (表4)を示し,それらを一枚の FormantChart (図12)に記して比較したい
表3 アメリカ英語
F1 F2
男 女 (男女差〉 男 女 (男女差〉
ee 0:) 270 310 (3
の
2290 2790 (500)I 0) 390 430 (40) 1990 2480 (490) e (e) 530 610 (80) 1840 2330 (490) a (記〉 660 860 (200) 1720 2050 (330) ah (a:) 730 850 (80) 1090 1220 (130) aw (コ:) 570 590 (20) 840 920 (80)
(140) (80) (210) (290) 1160
950 1400 1640 1020
870 1190 1350 (30)
σ0) (120) (10) 470
370 760 500
ハU
nリハ unu
aa宅ハUaa
τA3
4 3
64
(u) (u:) (A) (3:)
。
U。
A
er
Daniel JonesのCardinalV owels
F2
2300 2100 1800 1400 1080
780 880 970
F1
200 350 570 700 780 500 330 200
‑ a ouelu会U
G 3
0
図 12 表4
U
11' 2 l t @
ーi ート ーー
一 一
ーー: t V
ート I@
ー円唱‑陶 h ードー
、
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、 1
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CHART同 , ,
[7& ~!Ii~~~ '" AwtuW
陥 ザ 句 由Ip v‑.corrd
6centl同....叫岨14v. 5rn¥ltMts.抗M官皿lumiton
・
"
4
RP English 0....‑0 Japanese <>……。
ロ ム マ
E
トCardinal Vowels A merican English (male) A merican English (female)
日英語母音の音響音声学的考察 39 RPの数字に関して, Gimsonの本には詳しい説明がないので,男声な のか女声なのか,或いはその平均値なのかわからないが,母音の限界ぎり ぎりを発音している Jonesのものより, Fb F2が高いためおそらく両声 の平均値であると思われる.
先づ英語と米語に関して,次の様な特徴がみられる.
(1) [i:]と [r]([ee]と[I]), [u:]とい]([00]と[u])は明らかに音質 が異なる.
(2) [1], [υ]は RPの方が高い.
(3) [1]は Cardinal[e]に非常に近い.私にとってこの2つの音の区別 が極めてむずかしいのは, [I]そのものが日本人にはむずかしい上に, 両 者の音質が似ているからであろう.
(4) [A]は RP よりも米語の方が高い.
( 5 ) RP
[n]と米語[aw]は非常に近い.RP
hot"の母音と米語 jaw"の母音が殆ど同じ音質を持つわけである.
日本語と米語の女声を比べると,
(1) 前述した様に, [1]は日本語にはないので, sit円の[I
J
を舌の位 置の高い「イJで代用しがちである.(2)
r
アjは [a]の真下にあり非常に前寄りになっている. 又 Cardi・nal vowelとの差が大きいので,他の informantのデータが必要である.
しかし Jonesの [a]は, [a]より F1が低いが, イγデ ィ ア ナ 大 学 の Householder教授による Cardinal[a]は F1が900 F2が1600である.
(3) [er], [u], [00]の音は日本語には全くない.殊に rのひびきを持つ 米語の中舌母音 [er]([3'] [0']) はその発音が極めてむずかしい.
(4) 我々は [u:],[u]をひらくちでやりがちである. 又音質の区別でな く,音の長短で区別しがちである.これは [i:],[I]の場合も同じであるが,
舌の位置を下げることによって異なった音を出さねばならない.この意味 で現在日本の大部分の辞書に採用されている Jonesの表記法,即ち異なっ
た音質を同じ記号で表わす [i:],[i], [u:], [u]よりも,イギリスの Gimson
21il
の [i:],[I]; [u:], [u],或いはアメリカの kenyon,knottの [i],[I]; [u], [U]の方がより適当であると考える.
以上,私は母音の音質に於ける Formantsの重要性と,調音との関係を 考察し,それを英語,米語,日本語,基本母音の中でたしかめ比較してみ た.そしてその結果,特に「ウ」に於いて,私の予想以上に大きなvariety
と英語との相違を発見した. 日本語母音の更に客観的なデータを得るため には,私の芦だけではなく他の芦を,又男声もとるべきであったと思う.
更に日本語子音の /r/も加えるべきであったと思う. その飽 Ladefoged の backvowelsに於ける F2と唇のまるめとの関係については, 問題を 提起しただけで, 私自身不明である. この点を更に検討するためには,
Jonesの PrimaryCardinal V owelsだけではなし前者とは唇のまるめ に於いて弁別的特徴を持つ, Secondary Cardinal V owelsの Formants を得ることが必要かもしれない.
思い残すことは色々あるが, この paperで私は日英語母音の特性とそ の相違を通して,我々日本人が,英語母音を或いは米語母音を学ぶむずか しさを,主観的にではなく客観的にとらえてみようと試みたのである.
注
1) 国語学会編,
r
国語学辞典J(東京堂出版, 1966), p. 848.2) Gimson, A. C., An Introduction to the Pr・onunciat加tof English, (London, Edwatd Arnold Ltd., 1962), p. 93.
3) Pike, K. L., Phonetics, (Ann Arbor, The University of Michigan Pr由民
1966), p. 89.
4) Ladefoged, P., Elements of ilcoustic Plwnetics, (Chicago, The University of Chicago Press, 1967), p. 24.
5) Ibid., p. 25. 6) Ibid., p. 35, p. 40.
日英語母音の音響音声学的考察 41 7) Ibid., p. 41.
8) Ibid., p. 37.
9) Gimson, A. C., op. cit., p. 94.
10) Potter, R. K., Kopp, G. AリandGreen, H. C., viおibleSpeech, (New Y ork, D. Van Nostrand Co., 1947), p. 55.
11) 本文 p.34.
12) Gleason, H. A., A河 Introductionto Descriptive Linguistics, (New Y ork, Holt, Rinehart and Winston Jnc., 1961), p. 368.
13) Ladefoged, P., op. cit., p. 103. 14) Ibid., pp. 104‑5.
15) Gimson, A. C., op. cit., p. 94.
16) ここにある英語のデータだけではあきらかではないが, [u], [Ul]; [i], [y]の 様に唇のまるめを弁別的特徴とする. 1組の母音は,唇のまるめのある母音の方 がまるめのないものより低い F2を持つ.
17) Ladefoged, P., o}り.cit., p. 102.
18) Gimson, A. C., op. cit., pp. 95‑119, Jones, D吋 AnOutline of English Phonetics, (Cambridge, W. Heffer & Sons Ltd., 1964), p. 64,及び私のとっ たインディアナ大学 C. Painter教授の PracticalPhoneticsの講義資料を参考 にした.
19)
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国語学辞典J,op. cit., p. 847.20) 服部四郎,
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音声学J (岩波全書, 1968), p. 161. 21) Ibid., p. 90.22) 実験にはインディアナ大学PhoneticLaboratoryの SonaGraphを使った.
23) 服部四郎, ~ρ. cit., pp. 115" ,6, 161, 162.
24) International Phonetic Association, The Principles of the International Pho河eticAssociation, (London, Department of Phonetics, University College, London, 1966), p. 44.
25) Denes, P. B., and Pinson, E. N., The争eechChain, (Baltimore, Waverly Pre田, Inc., 1964), p. 118.
26) インディアナ大学言語学部 F.W. Householder教授の測定による.
27) 同教授の S巴minarin Acoustic Phoneticsの講義資料による.
28) Kenyon, J. S. and Knott, T. A., A Prono仰 cingDictionary of A制 的 ・can E刀glish,(Spring五eld,Mass., G. & C. Merriam Co., 1953)