欧州統合と国民投票 : アイルランドにおけるニー ス条約とリスボン条約の批准に関する比較事例研究
著者 力久 昌幸
雑誌名 同志社法學
巻 64
号 2
ページ 235‑295
発行年 2012‑07‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014067
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号七三
欧 州 統 合 と 国 民 投 票
― ―
アイルランドにおけるニース条約とリスボン条約の批准に関する比較事例研究― ―
力 久 昌 幸
一 はじめに二 EU国民投票三 アイルランドにおけるEU国民投票四 否決から可決へⅠ:ニース条約批准国民投票(二〇〇一年、二〇〇二年)五 否決から可決へⅡ:リスボン条約批准国民投票(二〇〇八年、二〇〇九年)六 おわりに
二三五
( )同志社法学 六四巻二号七四欧州統合と国民投票
一 はじめに
一九七三年に現在のEU(
E ur op ea n U nio n
)の前身であるEC(E ur op ea n C om m un iti es
)加盟を果たして以来、アイルランドでは、ほぼ四半世紀にわたって欧州統合を支持する立場が、エリートと有権者の両方のレヴェルで明確であった。アイルランド議会の上下両院で圧倒的多数の議席を占める主要政党が欧州統合を支持する一方、EUに対する有権者の態度を尋ねた世論調査では、欧州統合を支持する立場が常に多数派であることが示されてきたのである。こうしたエリート・レヴェルおよび有権者レヴェルでの欧州統合に対する肯定的態度は、EC/EUの問題をめぐって、この時期に実施された四回の国民投票における賛成多数によっても明らかであった )1(。 しかしながら、二一世紀に入って、アイルランドにおいて欧州統合を支持するコンセンサスに動揺が見られるようになった。EU基本条約改正のためのニース条約批准をめぐって二〇〇一年六月に実施された国民投票では、主要政党が批准承認を訴えたにもかかわらず、予想に反して反対多数で批准が否決されたのである。EUでは基本条約改正にはすべての加盟国による批准が必要であるため、アイルランドの国民投票においてニース条約の批准が否決されたことは、EUにおける欧州統合の進展に大きな暗雲をもたらすことになった。その後、アイルランドでは二〇〇二年一〇月にニース条約の批准をめぐって再度、国民投票が行われ、今度は賛成多数で批准が承認されて事なきを得た。しかし、二度にわたって行われたニース条約批准国民投票は、欧州統合を支持するそれまでのコンセンサスについて、エリート・レヴェルと有権者レヴェルの間で少なからぬ乖離が生じたことを示すことになった。 欧州統合をめぐるアイルランドのエリートと有権者の乖離を再びあからさまにしたのが、EU基本条約を改正するリスボン条約の批准をめぐって二〇〇八年六月に行われた国民投票であった。この国民投票の結果は、反対多数により批 二三六
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号七五 准否決となったのである。二〇〇一年にニース条約の批准が否決されてから、わずか七年後に再び同様の結果がもたらされたわけである。ニース条約批准プロセスとの類似は、国民投票における批准否決という結果にとどまらなかった。ニース条約と同様に、リスボン条約についてもアイルランドの批准が得られなければ条約が発効しないという事情が存在したことから、二〇〇九年一〇月にリスボン条約の批准をめぐる国民投票が再び行われた。そして、その結果についても、二〇〇二年のニース条約批准をめぐる二度目の国民投票と同様に、賛成多数で批准が承認されることになったのである。 以上のように、アイルランドでは、EC加盟以降四半世紀にわたってエリート・レヴェルおよび有権者レヴェルの両方で強かった欧州統合を支持する立場に、二一世紀に入って若干の変化が見られることになった。二一世紀冒頭の二〇〇〇年代に実施された国民投票において、二度にわたってEU基本条約改正の批准が否決されたことが示すように、エリートと有権者の間で、欧州統合をめぐる立場に関して一定の乖離が認められるようになったのである。 ただ、二〇〇一年のニース条約、二〇〇八年のリスボン条約と二度にわたる国民投票での否決は、それぞれ翌年に再び行われた国民投票での賛成多数による批准承認によってひっくり返されている。その意味では、欧州統合、EUに対するアイルランドの有権者の立場が、単純に欧州懐疑的立場に変わってきていると論じることはできない。実際、欧州統合に対するアイルランドの有権者の態度を示した世論調査結果を見ても、二一世紀に入って以降、欧州懐疑的立場が目立つようになっているわけではない。むしろ、欧州統合を支持するそれまでの立場が継続しているように思われる。それは、二〇一二年五月にアイルランドで実施された欧州財政協定をめぐる国民投票が、賛成多数で可決されたことにも現れている。 本稿では、アイルランドがEC加盟を果たして以降、四半世紀にわたって欧州統合を支持するエリートおよび有権者
二三七
( )同志社法学 六四巻二号七六欧州統合と国民投票
レヴェルでのコンセンサスが確立していた時期の国民投票に注目し、それぞれの国民投票の特徴を明らかにするとともに、国民投票に関わる制度の変化をまずは踏まえておくことにする。 そのうえで、二一世紀以降の欧州統合をめぐるアイルランドの国民投票において示された、次のような疑問に取り組むことにしたい。すなわち、EU加盟国の中でも欧州統合を支持する割合が比較的高いアイルランドにおいて、なぜ二度にわたって国民投票でEU基本条約改正に関する批准が否決される結果が出されたのか。ニース条約およびリスボン条約批准をめぐる国民投票での否決は、アイルランドでも欧州懐疑主義が広がりつつある兆候を示しているのか。そして、二度にわたる否決にもかかわらず、その後、再度実施された国民投票において、なぜ否決から可決へという変化が生じたのか。また、ニース条約とリスボン条約の批准をめぐって行われた国民投票では、それぞれ否決と可決という対照的な結果が繰り返されたが、いずれも否決から可決までの間にわずか一年半ほどの時間しか経過していない。そのような短期間の間にアイルランドの有権者の変化をもたらした要因は何か。 このような疑問に対して一定の解答を得るために、本稿では二一世紀のアイルランドにおいて実施されたEU国民投票の四つの事例を取り上げて検討する。そして、国民投票をめぐる政治経済環境の変化や政党などエリートから有権者に提供される情報の変化に注目することにより、アイルランドにおけるEU国民投票のダイナミズムについての理解を深めたいと考える。 二三八
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号七七 二 EU国民投票
ヨーロッパにおける国民投票の増大
近年、アイルランドを含め、多くのヨーロッパ諸国において国民投票が実施される機会が増えつつある(
Q vo rtr up 20 05 , 1
)。そして、ヨーロッパ諸国で実施される国民投票の少なからぬ部分が、欧州統合をめぐるものとなっている。たとえば、アイルランドでは、独立してから二〇一一年までに実施された三三件の国民投票のうち、八件が欧州統合に関連するものとなっている(D ep ar tm en t o f t he E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al G ov er nm en t 20 11
)。 現在のEUにまで発展してきた欧州統合のプロセスは、基本的にエリート主導で進められてきたとされる(N ug en t 20 10 , 99 - 10 0 ; M cC or m ic k 20 11 , 29 7
)。EUの主要機関である欧州委員会のメンバーは実質的に加盟国政府によって選ばれた人物で構成され、閣僚理事会についても加盟国政府の代表によって構成されている。さらに、一般の有権者の声を代表するはずの欧州議会についても、当初はその構成メンバーである欧州議員を有権者による直接選挙で選んでこなかったのである。一九七九年に初めて欧州議会の直接選挙が実施されるようになったが、その数年前に一般の有権者の意見を欧州統合に反映させる一つの手段として国民投票を実施する国が出現した。欧州統合をめぐる国民投票の先陣を切ったのはフランスであり、一九七二年四月の国民投票においてEC拡大(イギリス、デンマーク、アイルランド、ノルウェーの加盟)が賛成多数で承認されている )2(。 その後、二〇一一年までに欧州統合に関連する問題をめぐって四九件の国民投票が実施されている )3
(。そのうち、一九
二三九
( )同志社法学 六四巻二号七八欧州統合と国民投票
<表1> 欧州統合に関する国民投票 1972年~2011年
年 国名 目的 投票率 賛成 反対
1972 フランス EC拡大(イギリスなど)承認 60.3% 68.3% 31.7%
アイルランド EC加盟 70.9% 83.1% 16.9%
ノルウェー EC加盟 79.2% 46.5%* 53.5%
デンマーク EC加盟 90.1% 63.3% 36.7%
スイス ECとの自由貿易協定 52.9% 72.5% 27.5%
1975 イギリス EC残留 64.5% 67.2% 32.8%
1982 デンマーク 自治領グリーンランドのEC残留 74.9% 47.0% 53.0%
1986 デンマーク 単一欧州議定書批准 75.4% 56.2% 43.8%
1987 アイルランド 単一欧州議定書批准 44.1% 69.9% 30.1%
1989 イタリア 欧州議会の権限強化 81.0% 88.1% 11.9%
1992 デンマーク マーストリヒト条約批准(Ⅰ) 83.1% 49.3% 50.7%
アイルランド マーストリヒト条約批准 57.3% 69.1% 30.9%
フランス マーストリヒト条約批准 69.7% 51.0% 49.0%
スイス EEA参加** 78.7% 49.7% 50.3%
リヒテンシュタイン EEA参加 87.0% 55.8% 44.2%
1993 デンマーク マーストリヒト条約批准(Ⅱ) 86.5% 56.7% 43.3%
1994 オーストリア EU加盟 82.3% 66.6% 33.4%
スウェーデン EU加盟 83.3% 52.3% 46.8%
ノルウェー EU加盟 89.0% 47.8% 52.2%
フィンランド EU加盟 70.8% 56.9% 43.1%
フィンランド 自治領オーランドのEU加盟 49.1% 73.6% 26.4%
1995 リヒテンシュタイン EEA参加、スイスとの経済関係 82.0% 55.9% 44.1%
1997 スイス EU加盟交渉開始 35.4% 25.9% 74.1%
1998 アイルランド アムステルダム条約批准 56.2% 61.7% 38.3%
デンマーク アムステルダム条約批准 76.2% 55.1% 44.9%
2000 デンマーク ユーロ導入 87.6% 46.8% 53.2%
スイス EUとの包括協定 48.3% 67.2% 32.8%
2001 アイルランド ニース条約批准(Ⅰ) 34.8% 46.1% 53.9%
スイス EU加盟交渉開始 55.8% 23.2% 76.8%
2002 アイルランド ニース条約批准(Ⅱ) 48.5% 62.9% 37.1%
2003 マルタ EU加盟 90.9% 53.6% 46.4%
スロヴェニア EU加盟 60.2% 89.6% 10.4%
ハンガリー EU加盟 45.6% 83.8% 16.2%
リトアニア EU加盟 63.4% 91.1% 8.9%
スロヴァキア EU加盟 52.1% 93.7% 6.3%
ポーランド EU加盟 58.9% 77.4% 22.6%
チェコ EU加盟 55.2% 77.3% 22.7%
エストニア EU加盟 64.1% 66.8% 33.2%
ラトヴィア EU加盟 71.5% 67.5% 32.5%
二四〇
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号七九 八〇年代までに行われたのは一〇件であったのに対して、一九九〇年代以降の約二〇年間で三九件が実施されており、近年になって欧州統合の問題について加盟国有権者の意見を聞く機会として、国民投票が急増しているのがわかる。なお、欧州統合に関する国民投票の概要については、
>表1 回る性についての懸も見られ念がメ、をトッリ上デたしうそ に操衆大るリトーやエ、は作よ改害革可るなと能障てし対に 待いてれさと期がなこるがるうよ票でていつに投民国。るあ 程与関のへ強過治政ので間をつ化のもに上し向識知的治政、 るよに票投る民、たま。治政国参、加の者権有は大拡の会機 主正的義主定民るす対に性統にを高めることなるとされてい は決、と決るこじて政治的定に対す有権者の参加を拡大する す弱も信る対に家治政るりま頼つ民つを票投通国、かなるあ 政員党の党票や率挙投のが数に低挙れば選下で選、りあ向傾 国のく多。る段れらえ考と伝でで統手的総るあ選加参治政な さ会機るれが施実国投民増が票え理てるあが由、はにのるい 諸いおに国 パッローヨ、て問欧中てしと州心をどな題合統 と。くおてめ <にま
年 国名 目的 投票率 賛成 反対
2003 ルーマニア EU加盟 55.7% 91.1% 8.9%
スウェーデン ユーロ導入 82.6% 42.0% 58.0%
2005 スペイン 欧州憲法条約批准 41.8% 81.8% 18.2%
フランス 欧州憲法条約批准 69.4% 45.3% 54.7%
オランダ 欧州憲法条約批准 63.3% 38.5% 61.5%
ルクセンブルク 欧州憲法条約批准 90.4% 56.5% 43.5%
スイス シェンゲン協定批准 55.9% 54.6% 45.4%
2008 アイルランド リスボン条約批准(Ⅰ) 53.1% 46.6% 53.4%
2009 アイルランド リスボン条約批准(Ⅱ) 59.0% 67.1% 32.9%
スイス 人の自由移動のブルガリアと
ルーマニアへの拡大 51.4% 59.6% 40.4%
出典 吉武信彦『国民投票と欧州統合:デンマーク・EU関係史』勁草書房、2005年、
34 - 35 頁。SaraBinzerHobolt,Europe in Question: Referendums on European Integration(Oxford: Oxford University Press, 2009), p. 9. John McCormick, European Union Politics(Basingstoke:PalgraveMacmillan,2011),p.281.The InternationalFoundationforElectoralSystems(IFES),ElectionGuide(http://
www.electionguide.org/).2012年3月31日参照。
*国民投票の結果が否決となった事例の賛成票を灰色で示している。
** EEA(欧州経済領域:EuropeanEconomicArea)
二四一
( )同志社法学 六四巻二号八〇欧州統合と国民投票
るメリットがあると主張する論者もある(
B ar be r 19 84 , 28 1 - 28 4
)。さらに、EU政治の文脈から見ると、近年EUにおいて懸念されるようになった﹁民主主義の赤字﹂問題に対する対処策の一つとして、EUの政策決定過程に加盟国の有権者を直接関与させる手段である国民投票に注目が集まっているという事情も考えられる(吉武二〇〇五、三一-三
三)。
EU国民投票に関する二つの視角
さて、ヨーロッパ諸国を中心として国民投票の事例が増加するにつれて、総選挙研究などと比べればまだまだ端緒についたばかりと言えるが、国民投票に関する研究も進展しつつある。そして、欧州統合に関わる国民投票研究の焦点の一つは、有権者の投票行動に絞られるようになった。 EU国民投票に関する研究者の立場は、大きく分けて次の二つにまとめることができる。一つはEU国民投票を﹁争点投票(
iss ue v ot in g
)﹂と見る立場であり、有権者の有する価値や選好に着目して、国民投票における有権者の投票は欧州統合に対する有権者の態度に影響されるという立場をとる。いわば総選挙における争点投票と同様に、有権者はEU国民投票において賛否の票を投じる際に、欧州統合に関する自分の立場に最も近いと考える選択肢を選ぶというわけである(D ow ns 19 57
[ダウンズ一九八〇]; S iu ne a nd S ve ns so n 19 93 ; S iu ne S ve ns so n a nd T on sg aa rd 19 94 ; S ve ns so n 20 02
)。 もう一つの立場は、EU国民投票を﹁第二順位選挙(se co nd o rd er e le ct io n
)﹂と見る立場である。国民投票以外にも、欧州議会選挙や地方選挙などが第二順位選挙として見られているが、その大きな特徴は、第一順位選挙である総選挙と 二四二( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号八一 比較してこれらの選挙の重要性が低いということである。そのため、第二順位選挙においては、概して投票率が低く、通常見られるのとは異なる投票行動、たとえば抗議投票(
pr ot es t v ot in g
)などがなされる可能性が高くなる。そして、第二順位選挙では、選挙の争点についても、それぞれの選挙に関わるものではなく、第一順位選挙である総選挙で争われるべき国政に関する争点が中心になるとされている(R eif a nd S ch m itt 19 80
)。 EU国民投票を第二順位選挙と見る立場からすれば、欧州統合をめぐって実施される国民投票では、必ずしもEUに関わる争点にもとづいて投票がなされるわけではなく、有権者は自国の政府や支持政党に対する満足もしくは不満を表明する手段として国民投票を利用すると考えられる(F ra nk lin , M ar sh a nd M cL ar en 19 94 ; F ra nk lin , M ar sh a nd W ie zie n 19 94 ; F ra nk lin , v an d er E ijk a nd M ar sh 19 95 ; F ra nk lin 20 02
)。つまり、政府与党に不満を募らせている有権者は、政府が可決を求めるEU国民投票に反対投票して政府に抗議する姿勢を示すと考えられるのに対して、政府与党に満足している有権者は、政府勧告に従って賛成投票するとされるのである。いずれのケースにせよ、有権者は国民投票で問われている問題を考慮することなく、政府に対する満足あるいは不満にもとづいて賛否の投票を行うというわけである )4(。 以上のように、EU国民投票に関する二つの見方は、一方が争点投票であると見なし、他方が第二順位選挙と見なしているように、国民投票における有権者の投票に関して対照的な立場をとっている。しかしながら、現実のEU国民投票を分析するうえで、こうした二つの見方が相互に排他的であり、どちらかを選択すべきであるというわけではないだろう。むしろ、どのような環境のもとで有権者は欧州統合に関する争点投票を行うのか、またそれとは異なるどのような環境において第二順位選挙の要素が強くなるのか、という形の問いを立てて検討すべきではないだろうか(
H ob olt 20 09 , 30 - 31
)。 なぜなら、実際のEU国民投票では、有権者は欧州統合に関する国民投票において常に争点投票をするわけではなく、二四三
( )同志社法学 六四巻二号八二欧州統合と国民投票
また、常に政府への賛否などの第二順位選挙に関する要素の影響を受けて投票するわけでもなく、争点投票の要素が強いケースと第二順位選挙の要素が強いケースの両者が見られるように思われるからである )5
(。それゆえ、どのような場合に争点投票が見られ、またそれとは異なるどのような場合に第二順位選挙の色合いが強い投票が見られるのか、比較事例分析を通じて検討することには大きな意味があるのではないだろうか。
空間競争モデルと反動点
EU国民投票における有権者の投票行動を検討するときに、合理的選択理論にもとづく空間競争モデルが一つの参考となる。アンソニー・ダウンズによって広められた空間競争モデル
)6
(によれば、有権者は自己利益の最大化を投票の基準にすると仮定されている。そして、有権者は、自分にとって効用が最も高い政党、すなわち有権者の効用を最も高める政策的立場に近い位置を占めている政党に投票するとされるのである(
D ow ns 19 57
[ダウンズ一九八〇])。 こうした空間競争モデルの議論をEU国民投票に適用すると、欧州統合に関して有権者の効用を最も高めるのは賛成投票かあるいは反対投票か、という選好の計算にもとづいて投票行動が決定されることになる。そして、賛成(すなわちEU国民投票の可決という結果)あるいは反対(否決という結果)のどちらが、有権者の効用を最大化する立場に近い位置にあるのかが投票のポイントとなるわけである。ちなみに、ダウンズの空間競争モデルは、必ずしも二党システムに限定されるわけではなく、多党システムについても適用可能であるが、より複雑な多党システムよりも比較的単純な二党システムにおける投票行動の説明に有効であるように思われる。その意味で、棄権を除けば、賛成または反対という二者択一になっている国民投票での有権者の投票行動についても、有益な洞察をもたらすものと期待できる。 二四四( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号八三 さて、EU国民投票に関する投票行動について、空間競争モデルの考え方をもとにした図を作って検討してみよう。
>図1 るいてし 7) すどほる増ばれす州が欧大統立合を場示るす成賛に ほるど欧州統合に反対すた立場を、まプラスの数値 するばてイれ数値についは、マナスの数値が増大す 合す関にて統州欧に立るの場をとっいる。横軸横軸 <で、用効の者権有に軸、縦は
(。
>図1 が票など)に関す国民投るに肢お配の置択選るけ U さて、ある問題(E約基ユ本加参ーロ、正改条 スるようなケーいを想定してる。少す減れて 高位最となっておりその、置ら両端に近づくかにつ わ欧ち置なす、で統州中合に関する庸の位置での位 <で0の軸横は用効の者権有、は
>図1 場に示すことにしう。次よ、可国れさ決たが票投民 0でに述べたように横軸れのこで位をV、てしと置 大す、は置位るなと最。用効の者権有、ずまがかう 者選の択権有くづどはにのようなものもなるだろと <のにたうになっていらル、空間競争モデよ
<図1> EU 国民投票の空間モデル
R Y V X
−3 −2 −1 0 1 2 3
欧州統合に関する立場
有権者の効用
出典 Sara Binzer Hobolt,“How Parties Affect Vote Choice in European IntegrationReferendums”,Party Politics,Vol.12,No.5,2006,p.626.
二四五
( )同志社法学 六四巻二号八四欧州統合と国民投票
合の位置をXとする。そして、最後に国民投票が否決された場合の位置を示す必要があるが、これに関しては若干の注意が必要である。
>図1
R th om er a nd R os en al 19 79 ; B an ks 19 90
き)。(るre rs io n po in t ve
案の票が否決された提は投民国、くな合でのす場結の)﹂帰でがとこるてしと見(動反﹁ちわなす、点 、おいては票反対投に票にそ投民国UE、はで意の るよ味否前らたもを決帰のへ況状の復以、票の結果は単に国民投 を分味実現なう十、は態事っもいてこ。きでがとるる定想とるす に、脱ま退はまで至らいはるるあ。うろだくれさ定想でな加て響もいとるす低に幅大が力下影中、のEUので当該盟国 、りはいるあ、きたれさこ起引が決否がしに危性能可るなつ退た脱UEの国盟加機済と、経帰結してはEU全体で政治 U決は、Eお全体よびの否あ票投民国UE。る決でらか否当しかな刻深。すらたもた結帰のをら国何加盟該にして、対 否民投票のそ決がれはま国、者権有らなぜな。いならのでが現、い状きでとこつ持を信確なかつうの持に維なるどかが 選間での行択をうと思とのれ状現のでまそと案革改れたわはてにいてあもしず必はていつま票れ投が、こるはEU国民uo q us at st
で(状現の)実まるれさ施が票投民国は位の有置者 れさ起提で票投民国は権を、ばしばし。るいてし示Y <で。つYとRという二のる位置を示していは>図1 離権者からすれ、かなりばれがてるかわ。とこるい がており、また自己の効用有最大となる位置がVであるなっくいもように、現状のYよりか高なりマイナスの数値がる <にてさいて、反動点はRで示れしている。Rの位置が示お
>図1 な対い換えれば、この有権者は反投。票することになるのであるる言 8) X最大化するVの位置から離れたで用Yにとこぶ選をいは近りよ、くなを効えれルの考の方によばモ、有権者は自己デ <ので票投民国てっにと考者権有るあ、とるえ選での例択択争競間空、ばれあで選がういかYはいるあかXと
(。ところが、すでに示したように、EU国民投票における選択肢がXとRであるならば、有権者はRと比較するとVにより近いXを選択することになる。すなわち、賛 二四六
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号八五 成投票することになると考えられるのである。 以上のように、EU国民投票における有権者の選択については、EU基本条約改正など国民投票で是非を問われている提案を受け入れるのか、あるいは国民投票が実施される以前の現状を維持するのか、という二者択一がなされるわけではなく、提案の承認と反動点との間での選択になることに注意しなければならない。空間競争モデルと反動点の考え方にもとづくならば、EU国民投票の成否の鍵は、有権者の選好(効用最大化点)と提案内容および反動点の相互位置関係にあるということになるだろう。
>図1
。たなっいてのである 民と案提の票投、国と点動反間もでのはで受にとこるれ入けをの案提、権で択選者有維つ持を好選なうよるす択選を持 <のを繰り返せば、票現状と国民投例の提案の間の二者一であれば現状択
フレーミングの影響
さて、
>図1 提すや党政(トーリエ、のた民果を割役な要重でこそ 国が投体の票情治政るよに)どな報団ー動キンペャンを行う運 はいつに置位ての点反、意いるあ、や義の)どな正確明動なく認るれわ思とるあで数少。ごいは有してをる有権識者 )の度程るあはていつにら置位のVすたもを化大最識用認てがい改あ条本基UE(案提る約て民れも、国っ投票で問わ 的想定するのは非現実己である。自の選好(効るとい際者て実の国民投票におて、有権いが情し有そを報な全完なうよの の有者はどる選択をす合、権場な確明不が置位のV、Rがの最効ら、し用し。るあでらかいなかか成わ化を達大するのか 関最に置位のVるす化大てを用効の己自、てしそ、置しっ、がの、X。るいてなと提前と完こるいてっ持を報情な全位 <のれ国るす票投で票投民UにEが者権有、はで際、ぞ上れそのRとXので軸欧立対るす関に合統州例
二四七
( )同志社法学 六四巻二号八六欧州統合と国民投票
供のあり方である。EU国民投票の可決を求める政府与党やその他の政党などは、
>図1
(る置位む望の者権有けだきで <でいを置位のXのろことう
>図1 るな 9) のが人〇一中人〇〇、﹁ととう言く﹂るいてし功成に術亡一な者っくき大が響影るす対に異患と、いる﹂て言のではう る説明すあと、る病例気であな純単。るで﹂果効グン治を、﹁癒てすが人〇九中人〇〇一手し必関ためにる要手術にな 、ことでがの人々判断える事変を方見の物、どなかのき大せくこーレフ﹁るゆわい変がれミ。れさとるあがとこるわる の事のどを部分に焦点、物理ばれよに論グンミーレフせあわるデるす介紹をれちうのターどる連関、はいるあ、かのす
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)。uc eD L
、いもれずわずら決かかも否うとい結果になっている(力に努は険国民投票で、否決のの危を強調する批准賛成派 えば、欧す州憲法約のたと効。いなはでけわ現を果准も批条をスめたれさ施実ダンラオとでン〇ぐラって二〇五年にフ64 olt 1 63 , 06 20 - ob H 8
、批准可決がが果結たし奏を功りなかれそれさがて、つい張主いしうこただ)。 (るあでのたた デされればクンマー否の決損が准批し、もはで票投民国た益国力が主著い行に的精が党政要、をれ張しなわくるという主 ーてマれさ決否んたっいマいおにクーンデ、に際実ト スたリ一ヒれさ施実再に年三九九び、批トて条約の准をめぐっ 置用位いな少がに効てっと者権に)だあをち。うろう行力る努るせさ識認と有 <のわさ)に近いと認識させつつ、否決れなるす(端左けだきたでをRの合場V(。実際には両者とも同じ内容であるにもかかわらず、前者は﹁成功﹂が強調されているために、患者に手術を受ける勇気を与えるのに対して、後者は﹁亡くなる﹂ということに光があてられていることから、手術への不安を増大させることになるのである(
G of fm an 19 74 ; C ap pe lla a nd J am ie so n 19 97
[カペラ、ジェイミソン二〇〇五]; S ur el 20 00 ;
C ho ng a nd D ru ck m an 20 07
)。 二四八( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号八七 EU国民投票において、賛成多数を確保したい政府与党などは、可決のメリットを強調する一方、否決のデメリットを大きく見せるフレーミングの手法を戦略的に使用することにより、有権者の投票を賛成の方向に誘導しようとすることがよく見られる。また、反対派の政党や運動団体なども、与党とは逆の立場から(可決のデメリットと否決のメリットに焦点をあわせる)戦略的なフレーミングの努力を見せることになる。 すでに述べたように、EU国民投票においては、有権者は普段なじみの薄い欧州統合の問題について賛否を問われることになるために、判断するための情報を十分に有していない。その結果、有権者は自分の選好、提案の内容、反動点など(
>図1 第る討検ていつに角視のめ見たを票投民国UE、でえうした。﹂Eはいるあ、かのる見と、﹁票票国民投Uを争点投﹁ 題統合の問ぐをめって欧州EていおにU民、でまれこ 国が投加たえま踏を況状るいてし増票に第次会機るれさ施実が 過言でなは。い クがかるえ与に者権有をトンパイなき大りよがグンミE、くUすもてっ言とるなにとこる国右ゆ左民投の票えを大きく
11 ck 2 - 11 20 an m ho ru D nd a ng 07 C ,
されにらさ響影のグンミこレフるすーると、にーレフのちどら果のそ)。(る結な 対の反抗派も対など場体団や党政るとをる立なすを戦に疑立対相は者権有、め略たう行グンミーレフ的的懐欧、くな州 民に国投票、おいてE政Uよ、にう与たし述先、おな 府は党ーはでけわるす占なをグンミ独レフ的ど略戦が派成賛の る。 差エ、りよにとこるえ控し報を供提はていつに情の他ーリがトくながとこるれさざめとこに導とに望しいま考る結果え 供情報提きは戦わめよてる、にトーリエしだた。るあで的略情に量行てし対にのるす供提に、大るはれ、あわ報に関して こた果を割役な要重ですえそ。るれら考といなはでがのな、)定供提の報情治政るよにどエ体団動運、党政(トーリか <のもな、りあに係関置位う用よのどが)R、X、効最しがず必かのいしま望肢大択選のどにめたの化V二四九
( )同志社法学 六四巻二号八八欧州統合と国民投票
二順位選挙﹂と見るのかという異なる視角を紹介しつつ、二つの視角が必ずしも排他的なものではなく、国民投票を取り巻く環境に応じて、争点投票的要素が強くなるケースや、あるいは、第二順位選挙的要素が強くなるケースが見られるのではないかと論じた。また、ダウンズなどの空間競争モデルに反動点の概念を導入して、EU国民投票をめぐる有権者の投票行動について、より現実的なモデル構築を行った。さらに、フレーミング理論の知見にもとづいて、EU国民投票におけるエリートによる政治情報提供のあり方の重要性を指摘した。 本稿で次になすべき作業は、アイルランドにおいて実際に行われた国民投票のダイナミズムについて、上記のような分析枠組によって一貫した説明を行うことであるが、その作業を始める前に、アイルランドのEC加盟以来、四〇年にわたって実施されてきた欧州統合をめぐる国民投票について、少しばかり見ておくことにしよう。
三 アイルランドにおけるEU国民投票
親欧州主義
本稿の冒頭で述べたように、一九七三年にアイルランドがEC加盟を果たして以来、政治家や経営者などのエリート・レヴェルだけでなく、一般の有権者レヴェルにおいても、欧州統合を支持する多数派が形成されていた。中道右派の二大政党、フィアナ・フォイル党(
F ia nn a F áil
)とフィナ・ゲール党(F in e G ae l
)は、一九七二年のEC加盟国民投票以来、すべての国民投票においてEU基本条約改正に賛成の立場をとってきた。また、中道左派の主要政党である労働 二五〇( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号八九 党は、EC加盟投票では加盟に反対の立場をとったが、その後、欧州統合を支持する立場に転換して、中道右派の二大政党とともに親欧州派勢力の中心となってきた。このように主要政党がすべて欧州統合を支持する立場をとってきたのに対して、欧州懐疑的な立場から基本条約改正に反対してきた政党としては、シン・フェイン党(
Sin n F éin
)や社会党など急進左派の小政党がいくつかあるのみであった(L aff an a nd T on ra 20 10 , 41 9 - 42 4
)。 また、経営者団体や労働組合など経済界でも親欧州的立場が確立しており、アイルランド事業者雇用者連盟(IBEC:Iri sh B us in es s a nd E m plo ye rs C on fe de ra tio n
)、アイルランド労働組合会議(ICTU:Iri sh C on gr es s o f T ra de U nio ns
)、アイルランド農民協会(IFA:Iri sh F ar m er s' A ss oc ia tio n
)などは、欧州委員会などEUの諸機関に対する活発なロビー活動を行う一方、国民投票キャンペーンにおいて主要政党とともに賛成派の中心勢力となってきた(M ur ph y 20 10 , 34 0 - 34 3
)。 一方、EUにおいて定期的に行われる世論調査、ユーロバロメーター(E ur ob ar om et er
)によれば、アイルランドではEC加盟以来、加盟国であることは望ましく(go od th in g
)、また利益をもたらしている(be ne fit te d
)という回答をする割合がEU加盟国の中でも非常に高く、近年では六〇%から八〇%という高い数値となっている。ちなみに、二〇一一年五月のユーロバロメーターの調査では、アイルランドがEUの加盟国であることが望ましいとする割合が六三%、またEU加盟がアイルランドに利益をもたらしているとする割合が七八%となっていた )₁₀(。
アイルランド憲法と国民投票
前掲の
>表1
<にすでに欧州統合に関る年国民投票が八回行わま一示、されているようにア一イルランドでは二〇れ
二五一
( )同志社法学 六四巻二号九〇欧州統合と国民投票
てきた。これはデンマークの七回 )₁₁
(を上回っており、アイルランドはEU加盟国の中で最も多くの国民投票を実施した国となっている。なぜアイルランドではかくも頻繁に欧州統合をめぐって国民投票が実施されてきたのか。その最大の理由は、一九三七年に制定・施行された現行憲法(
B un re ac ht n a hÉ ire an n
)第四六条において、憲法の条文改正には国民投票による承認が必須とされていることである )₁₂(。 一九七二年のEC加盟をめぐる国民投票は、上記のような現行憲法の規定にもとづいて実施することが求められた。欧州統合の基本原則である国家主権の一部移譲、特に国内法に対するEU法の優越などの原則を受け入れるためには、アイルランド憲法の改正が不可欠だったのである。なお、国内法に対するEU法の関係については、憲法第二九条四項において憲法を含むすべての国内法に対してEU法が優越することが明記されている。 ちなみに、すでに触れたように一九七二年の国民投票では、中道右派のフィアナ・フォイル党とフィナ・ゲール党が加盟に賛成の立場をとり、中道左派の労働党が反対することになったが、これは欧州統合問題をめぐって主要政党が対立した唯一の国民投票となった。国民投票の結果は、投票率七〇・九%、賛成票の割合が八三・一%という圧倒的多数でEC加盟が承認された。EC加盟国民投票におけるこのような高い投票率と賛成票の割合は、欧州統合の問題をめぐってこれまでに行われた八回の国民投票において最高の数値となっている。また、一九三七年の憲法制定国民投票を除けば、二〇一一年までに実施されたすべての国民投票の中で最高の投票率となっている )₁₃
(。 一九八六年にECの基本条約を大幅に改正する単一欧州議定書に調印したとき、アイルランド政府は、単一欧州議定書を批准するために憲法の条文を改正する必要がないので、国民投票を実施することもないと考えていた。通常の国際条約の批准と同様に、議会の承認で十分であると考えていたのである。しかしながら、このような政府の立場に対して、アイルランドの欧州懐疑派リーダー、レイモンド・クロティー(
R ay m on d C ro tty
)が異議を唱えて訴訟を起こし、最 二五二( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号九一 高裁まで争って最終的に勝訴することになった。最高裁の判決では、国民投票を実施しなければならない理由として、単一欧州議定書の内容は外交政策に関する主権の移譲を伴っているので、憲法改正の必要があることが挙げられていた。この最高裁判決が先例となり、EUの基本条約改正にあたって、アイルランドでは国民投票を実施しなければ批准できないことになった(
O 'M ah on y 19 98 , 23 0 - 23 1
)。 単一欧州議定書の批准に関する最高裁の判決にもとづいて、一九八七年五月に行われた国民投票では、その後の国民投票における対立関係のパターンが確立することになった。批准賛成派には主要政党や各種有力団体が加わっていたのに対して、反対派は小政党や周辺的な社会運動団体などで構成されていたのである )₁₄(。欧州統合を基本的に支持するエリートや世論の状況を反映して、国民投票の結果は、賛成票が六九・九%と圧倒的多数で批准が可決された。ただ、投票率はEC加盟国民投票と比べるとかなり低くなり、四四・一%にまで低下することになった(
D ep ar tm en t o f t he
E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al G ov er nm en t 20 11 , 39
)。 EU設立の基礎となったマーストリヒト条約の批准について、デンマークやフランスの国民投票では有権者の間でかなりの抵抗が見られたが、アイルランドにおける批准は単一欧州議定書批准の際と同様に非常にスムーズなものとなった。一九九二年六月に行われた国民投票では、前回同様多数の有力な政党や団体が賛成派を形成し、投票結果もそれを反映して賛成票が六九・一%と前回とほぼ同様の高い数値となった )₁₅(。投票率については前回からかなり回復し、五七・三%となっていた(
D ep ar tm en t o f t he E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al G ov er nm en t 20 11 , 41
)。 なお、マーストリヒト条約批准国民投票やその後に行われた欧州統合とは別個の問題に関する国民投票において、政府資金が賛成派の宣伝活動に使われたり、あるいは、テレビの政見放送枠が賛成派に有利になっている状況に対して、反対派から強い批判が出されることになった )₁₆(。このように国民投票をめぐって資金面やテレビ放送への露出度などで、
二五三
( )同志社法学 六四巻二号九二欧州統合と国民投票
賛成・反対両派の間で公正な競争を行う環境が存在しないことが、憲法に合致するかどうかが争われた一九九〇年代の二つの訴訟において、最高裁はいずれの点に関しても違憲判決を出すことになった。この最高裁判決後、与党などは政府資金を使って賛成派の宣伝を行うことができなくなり、またテレビ放送枠に関しても賛成派と反対派の間で平等な時間配分がなされることになった(
O 'M ah on y 19 98 , 23 4 - 23 5
)。 一九九八年五月に実施されたアムステルダム条約批准国民投票にむけて、政府は先の最高裁判決を受けて国民投票における公正な競争を確保するための独立委員会として、国民投票委員会(R ef er en du m C om m iss io n
)を設置することになった。国民投票委員会の任務は、アムステルダム条約批准の賛成論と反対論を説明する文書の配布やテレビ放送の実施、そして、同様の役割を果たすインターネット・サイトの運営であった。アムステルダム条約批准国民投票においても、それまでの対立関係が反映されて主要政党・団体が賛成投票を呼びかけることとなり、投票率五六・二%で賛成票六一・七%となり、条約の批准が可決されることになった(D ep ar tm en t o f t he E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al
G ov er nm en t 20 11 , 55
)。 なお、以前までとは異なり、賛成派と反対派の間での公正な競争を義務づけた一九九〇年代の最高裁判決、そして、アムステルダム条約批准賛成と反対の両方の立場を有権者に説明する役割を担う国民投票委員会の活動が、若干反対派を助けた面があったかもしれない(G illa nd 19 99 , 43 5
)。賛成票の割合がEC加盟時の八三・一%や単一欧州議定書およびマーストリヒト条約批准時の六九・一%から、六〇%台そこそこまで低下したことを憂慮する声もあった。しかし、これは賛成派がアムステルダム条約批准の重要性に関する情報を十分に広めることができなかったからであるとされ、必ずしも有権者全体の中で欧州懐疑的見方が目立って影響力を拡大しているわけではないという指摘も見られた(T he Iri sh T im es , 1 J un e 19 98
)。 二五四( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号九三 四 否決から可決へⅠ:ニース条約批准国民投票(二〇〇一年、二〇〇二年)
賛成派の油断
二一世紀の開幕を告げた二〇〇一年に、アイルランドは欧州統合の問題で再び国民投票を実施することになった。二〇〇〇年一二月にフランスのニースで開かれた欧州理事会において新たな基本条約改正としてニース条約が合意されたのを受けて、アイルランドでは条約の批准をめぐって二〇〇一年六月に国民投票が行われたのである。 それまでのEU国民投票のパターンと同様に、今回も賛成派が圧倒的に有利であるという見方が強かった。連立与党のフィアナ・フォイル党と進歩民主党(
P ro gr es siv e D em oc ra ts
)に加えて、主要な野党であるフィナ・ゲール党と労働党が批准賛成の立場を明確にしていた。また、経済団体や労働組合に加えて、ローマ・カトリック教会指導部も批准を支持していたのである。それに対して、反対派の側は、小政党であるシン・フェイン党と緑の党に加えて、平和主義団体やカトリックの保守派団体など、社会の中の周辺的な勢力によって構成されていた(O 'M ah on y 20 01 , 20 4 - 20 5
)。 しかしながら、こうした賛成派と反対派の間で、圧倒的に前者の勢力が強大であったことが、国民投票キャンペーンにおいて賛成派の油断をもたらすこととなった )₁₇(。全般的に賛成派の政党や団体の活動はあまり精力的なものではなかったのである。また、前回の総選挙が一九九七年だったので、近々解散総選挙が行われるのではないかと考えられていたことから、与野党を問わず主要政党は総選挙に備えて人的、財政的資源を国民投票に投入することに消極的だったことも、賛成派キャンペーンが精彩を欠いた一因となった。総選挙の影は賛成派野党に対してさらなる影響を与えたようで
二五五
( )同志社法学 六四巻二号九四欧州統合と国民投票
ある。フィナ・ゲール党や労働党は、総選挙前に政府与党に対して国民投票での圧勝という優位を与えることを嫌ったことから、国民投票キャンペーンに熱を入れることはなかった。彼らからすれば、ニース条約に合意した政府与党こそが、国民投票可決に向けて汗をかくべきであるとされたのである(
G illa nd 20 02 , 53 2 - 53 3
)。 勢いを欠く賛成派キャンペーンに対して、反対派キャンペーンは、ニース条約批准を阻止するためにさまざまな主張を展開して、国民投票の争点を反対派に有利な形で設定する戦略的フレーミングに力を入れることになった。たとえば、ニース条約はアイルランドの主権を弱体化させ、事実上の国是とも言える中立政策の放棄につながるという主張や、EUの中で小国アイルランドの影響力が減少するとか、妊娠中絶合法化を強制されることになるなどの主張が強力に展開された )₁₈(。そうした主張を簡潔に示した﹁力、自由、お金を失うことになるニース条約に反対を!﹂、﹁NATO[加盟] )₁₉
(
反対、ニース条約反対﹂などのスローガンが、有権者に強いインパクトを与えることになったのである(
O 'M ah on y 20 01 , 20 4
)。 さらに、一九九〇年代に出された二つの最高裁判決が、それまでの国民投票における賛成派の優位を揺るがすことになった。まず、政府資金を使って賛成派の宣伝を行うことが違憲とされたために、賛成派政党や団体は自らの政治資金を使ってキャンペーンを行わざるを得なくなった。さらに、賛否両派の間での公正な競争を促進するために設置された国民投票委員会が、国民投票の争点に関する賛成論と反対論を均等に有権者に対して伝えることになったために、有権者は以前よりも反対派の主張に接する機会が増大したのである。そして、テレビでの政見放送の割り当て時間に関して賛成派に有利なそれまでの慣行を違憲とした判決により、テレビという重要なメディアにおける露出度について賛成派と反対派の格差が是正されたことも、賛成派キャンペーンにとっては一定程度ダメージとなった。要するに、それまで賛成派を有利にしてきた二つの制度が改められたことにより、賛成反対両派の間での競争が、より実質的なものになっ 二五六( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号九五 たとすることができる。
否決をもたらした要因
二〇〇一年六月七日に行われたニース条約批准国民投票について、事前の世論調査では賛成投票すると答える有権者が、反対投票すると答える有権者を上回っていた。投票日一ヵ月前に行われた世論調査では、賛成投票の回答割合が五二%であったのに対して、反対投票の回答割合は二一%にすぎなかった。なお、無回答は二八%であった(
T he Ir ish
T im es , 19 M ay 20 01
)。その二週間後に行われた調査では、賛否の差が若干接近する傾向はあったが、四五%対二八%で賛成投票するという回答が反対投票するという回答を依然として上回っていた。このときの無回答は二七%であった(T he Ir ish T im es , 2 J un e 20 01
)。このように、投票日前の世論調査では批准可決が予想されていたにもかかわらず、国民投票の実際の結果は、賛成票四六・一%に対して反対票五三・九%となり、予想を覆して否決という結果が出されることになった(D ep ar tm en t o f t he E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al G ov er nm en t 20 11 , 65
)。 なぜ事前の世論調査の予測を裏切ってニース条約の批准が否決されたのか。この疑問に対する解答を考える手がかりとして、二〇〇一年国民投票の投票率が参考になる。このときの投票率は三四・八%と、前回のアムステルダム条約批准国民投票の投票率を二〇ポイント以上も下回る低いものであった。こうした投票率の低さは、国民投票の結果に少なからず影響したものと思われる。投票率の顕著な低下もあって、前回と比較すると有権者総数に占める賛成票の割合 )₂₀(は、三四%から一六%へと半減以下となっていた。これは単純化すると、前回賛成投票した有権者の半数以上が棄権したということを意味する )₂₁
(。
二五七
( )同志社法学 六四巻二号九六欧州統合と国民投票
それではなぜ賛成票が半減することになったのか。
>表2 た有にとって喫緊の要性を重すくる決否、しなでのもは 者ニ、にの、権有はとスー間条イ約ンラルドア准批のは い派成賛て票おに投民国キンャでペこたっあ調低がンー が注で稿、本すのるれらえ目考る置。るあで反位R点動の 棄対反と権ら、にさ の票を増要て大と因したしらたも
in no tt Sin 01 , 13 - 18 ; S 20 no 20 02 , 82 3 - 82 4 tt
)。( し用作て大と因なきてし要いと見ることができるた なを報情に分十てし対え伝でることがきなかったのが、 が者権有ン、精否決には賛成派の彩を欠いたキャンペー す二、にるを要上以 〇〇国一のニース条約年民投票の いこてした。とである はるかに上回って、情報不を足挙げた割合が三九%に達 の権主、てしと由理票失喪政や影題問の響をの策中立へ にい深味興。らさたいはの反、たの者権有投じを票対投 しす関に約ー条スニて情る不報足おげ挙をての解理びよ の調査によれば、棄権者権四四%が、棄した理由と世論 <にたにされているよう、れ国民投票後に行わ示<表2> ニース条約批准国民投票における主な投票理由 2001年 2002年 賛成投票
批准するのが望ましい 44% 53%
EU拡大の実現 22% 29%
政府・政党の影響 14% 11%
家族・友人の影響 4% 5%
反対投票
情報不足 39% 14%
主権喪失 16% 8%
中立政策への影響 12% 17%
批准するのは望ましくない 7% 25%
政党の影響 6% 5%
棄権
情報不足 44% 26%
無関心 20% 32%
出典 RichardSinnott,Attitudes and Behaviour of the Irish Electorate in the Second Referendum on the Treaty of Nice(Dublin: European Commission RepresentationinIreland,2003),pp.40-42.
二五八
( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号九七 としても深刻な帰結を招くことはないという意識を生み出したと思われる。すなわち、
>図1
。こ対が増えた見なすととできるからであるが 否対する賛動で投票行容にぜ内の約条スーニ、らなまな決がっ理たや権棄てっよに足不解反、不報情、はりよういと足 に点投票いもとづいても争順りよ挙選位二第が動行票かたのとうい。うろだいなきでとこは言しえばに必ず、もそよう
T e he Ir ish T im es , J un 4 20 01
数い近割五とるす合計、で%三党主民歩値となっ)。ただ、有権者の投(るあでのたいて %進、二足満てっ四に%二六は度るりす対に府政はで査調論お上、、党ルイォフ・連アィフナも対与党に立す支持率る 府う結果政すに対る不満いと決否の票投民国、おな 影がに響い世たれさ施実に前日投。票なうていれよるには思しわ とを減じたと見るこでがきるのである。 高効用の位い中庸の較的に比てっとに者権有は、くな置の近票端感抗抵へとこるじ投を対い反、がとこたれさ識認とで <の左の軸横がR点動反仕切り直し
二〇〇一年の国民投票における否決にもかかわらず、ニース条約の批准をめぐってアイルランドが再度国民投票を実施することが想定されていた。なぜなら、ニース条約は中東欧諸国のEU加盟を実現するための機構改革が中心であったために、この条約の発効はEU拡大に不可欠とされていたからである。ニース条約批准をめざす欧州委員会や他の加盟国は、条約批准プロセスを進める一方、アイルランドに対して国民投票の再度実施を求めることになった。そして、二〇〇二年五月の総選挙で再選を果たしたフィアナ・フォイル党と進歩民主党の連立政権は、ニース条約批准をめぐる二度目の国民投票を一〇月に実施することを明らかにしたのである(
T he Ir ish T im es , 20 J un e 20 02
)。二五九
( )同志社法学 六四巻二号九八欧州統合と国民投票
ニース条約批准に関する二度目の国民投票を行うにあたって、アイルランド政府は周到な準備を行っていた。まず、二〇〇二年六月にスペインのセヴィリアで開かれた欧州理事会において、アイルランドおよび他の加盟国が、アイルランドの中立政策に関してそれぞれ宣言を行った。アイルランドはEUの共通外交安全保障政策への参加が中立政策を侵害するものではないことを宣言し、それに対して他の加盟国の側はアイルランドの中立政策を尊重して拘束的な相互防衛義務を課さないことを宣言したのである(
T he Ir ish T im es , 22 J un e 20 02 ; G ov er nm en t o f I re la nd 20 02 , 7 - 8
)。 さらに、セヴィリア宣言を受けて、国民投票で問われる内容にも修正が加えられることとなった。すなわち、一度目の国民投票の問いは、シンプルに条約批准に伴う憲法改正の是非を問うものであったのに対して、二度目の国民投票の問いのなかで、EUにおいて共通防衛が実施されるとしてもアイルランドはそれに参加しないという内容が示されていたのである(D ep ar tm en t o f t he E nv iro nm en t, C om m un ity a nd L oc al G ov er nm en t 20 11 , 68
)。もしEUにおいて共通防衛へ向けた進展が見られたとしても、アイルランドがそれに参加する場合には国民投票の実施が必要となるので、共通防衛に参加しないという一文は、法的にはあまり意味のあるものではなかったかもしれない。しかし、国民投票キャンペーンに向けた賛成派の戦略的フレーミングとしては、非常に重要な意味をもったと見ることができる。なぜなら、反対派が主張し、有権者に一定のアピールをしたと思われる﹁ニース条約批准による中立政策放棄の危険﹂という議論の矛先を、この一文を入れることにより、うまくかわすことができるようになったからである(H ob olt 20 09 , 19 0
)。 ただ、セヴィリア宣言と国民投票の質問内容の修正だけが重要であったかと言えば、そうではないだろう。なぜなら、中立政策に対する脅威を強調する反対派キャンペーンの影響を受けた有権者は限定的であったのに対して、ニース条約に関する情報不足や理解不足が一度目の国民投票の否決という結果をもたらすうえで、より大きな役割を果たしていたと思われるからである。 二六〇( )欧州統合と国民投票同志社法学 六四巻二号九九 賛成派を構成する主要な政党や団体は、活気のない前回のキャンペーンの轍を踏まないという決意を固めていた。そうした意気込みは、国民投票キャンペーンに費やした政治資金の金額にも如実に現れることになった。たとえば、前回の国民投票では、最大与党のフィアナ・フォイル党はわずか六万ユーロしか支出していなかったが、二度目の国民投票ではその八倍を超える五十万ユーロを費やすことになったのである(
T he Ir ish T im es , 8 O ct ob er 20 02
)。また、与野党を問わずその他の賛成派政党も、二度目の国民投票では自前の政治資金からかなりの額を支出して、可決へ向けた流れを作り出すのに貢献した。加えて、経済団体、労働団体、農民団体など各種団体についても、賛成派キャンペーンへの資金提供を惜しまなかったようである(H ay w ar d 20 03 , 12 4 - 12 6
)。 EUやニース条約に関する国民の間の情報・理解不足の問題に対処するために、アイルランド政府は、ニース条約批准に関する一度目の国民投票が否決された後、二〇〇一年一〇月に超党派の﹁ヨーロッパ全国フォーラム(N at io na l F or um o n E ur op e
)﹂を設立した。ヨーロッパ全国フォーラムの趣旨は、EUが直面するさまざまな問題について、ニース条約批准への賛否を問わず、政党や各種団体、社会運動などの代表を集めて議論を深めることにより、有権者の間での欧州統合に関する理解を深めることにあった )₂₂(。ヨーロッパ全国フォーラムは、アイルランド国内やヨーロッパ諸国から有識者を招いて公聴会を行い、有権者の間での活発な議論を促す努力を行った。また、会合も首都ダブリンだけでなく、全国各地で行うことにより、有権者の参加を容易にする努力なども見られた。その結果、一度目の国民投票において顕著であった有権者の間でのニース条約に関する情報不足、理解不足の問題は、二度目の国民投票が行われるまでにある程度改善の方向に向かうことになった(
O 'B re nn an 20 05
)。 ニース条約批准への反対と既成政党が牛耳る政治への反発とを結びつける反対派キャンペーンの戦略的フレーミングに対しても、一定の対応がなされた。主要政党や経済団体が中心を占めた一度目の国民投票とは異なり、二度目の国民二六一