学習者の評価に関する一考察
著者 佐藤 紀美子
雑誌名 同志社大学日本語・日本文化研究
号 13
ページ 97‑114
発行年 2015‑03
権利 同志社大学日本語・日本文化教育センター
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013977
要 旨
本稿は、上級日本語学習者による日本語ディベートの発話に対する日本語学習 者と日本語母語話者の評価を比較分析したものである。
まず、ジャッジシートから同一の評価項目に対する日本語学習者と母語話者の 評価を分析した結果、両者の評価には大きなずれはないが、日本語学習者のほう が「質問の意図の明確さ」を除くほぼ全ての項目において、やや厳しい評価をす る傾向にあること、「説得力」に関しては、母語話者・学習者による差は見られず、
個人差が大きいことが明らかとなった。
次に、自由発話形式のコメントを対象とし、両者が学習者の発話の何をどのよ うに評価しているのかについて分析した結果、両者ともに「内容」「話し方」「態 度」の順で評価に重きを置いているという共通点が見られたが、その内容を質的 に分析すると、日本語学習者の評価が抽象的で漠然とした印象評価であるのに対 し、日本語母語話者の評価には、実際の発話に即してどの部分がどのような点で どう評価されたのかという具体性があり、ディベートの目的の一つである「説得 力のある発話」「わかりやすさ」につなげるためにどのような話し方が必要なのか という点についての言及が見られた。
キーワード
日本語 ディベート 評価 日本語上級学習者 日本語母語話者
1 はじめに
日本語のクラス活動にディベートが取り入れられるようになって久しい。ACTFL言 語運用能力基準(『ACTFL-OPI試験官養成用マニュアル』)によると、日本語超級話 者は「いろいろな話題について広範囲に議論したり、意見を裏付けたり、仮説を立て たり、言語的に不慣れな状況に対応したりすることができる」(p.32)とある。このうち、
「裏付けのある意見が述べられる」というのは、「対立する側の意見も考慮することが でき、裏付けや例を付け加えたり、論理上の欠陥や受け入れがたい前提を指摘しながら、
ディベートの発話に対する日本語母語話者と 日本語学習者の評価に関する一考察
Comparing Japanese Native Speakers and Japanese Advanced Learners Evaluation of Japanese Learners Performance in Debate
佐藤 紀美子
論理的に筋道の通った議論を展開し、相手からの反論に対処することができる」(p.105)
ことを指す。
ディベートは、この「裏付けのある意見が述べられる力」「論理的に筋道の通った議 論を展開する力」「相手の意見に反論する力」のほか、多角的な視野や論理的思考力の 養成、必要な情報の収集能力と分析能力の習得など、様々な能力の向上に効果がある ものとして、日本語教育、とりわけ、上級レベル以上の日本語力を身に付けるための 授業で積極的に取り入れられており、これまでに、清(1990)、西谷(2001)、舘岡・
斉木(2003)ほか、多くの実践報告がなされ、その効果が証明されている。
筆者も上級レベルの学習者を対象とした口頭表現の授業で、上級レベルの学習者が 超級話者になるために必要な口頭表現能力を伸ばす活動の 1 つとしてディベートを行っ ている。学期の終わりに受講生に行う授業アンケートでは、毎回、「論理的思考力や議 論する力が身についた」、「反対の立場にたって考える力が身についた」「説得力のある 話し方ができるようになった」など、ディベート実施とその効果について概ね肯定的 な評価を得ており、ディベートの準備や試合、振り返りという作業を通して、多くの 学習者の口頭能力に一定の伸びが観察された。
しかし、このディベート活動には課題も残されていると思われる。筆者のクラスでは、
ディベートの試合の際に、参加者(ディベーター)以外の学生にはジャッジとしてディ ベートの評価をさせているが、学習者間あるいは教師と学習者の間で評価に大きな差 が見られたり、コメントを求めても表面的な評価にとどまる学習者がいたり、何をもっ て「説得力のある発話」としているのかが不明であるといった場合が少なくない。
ジャッジを通して他の学習者の発話をモニタリングすることは、学習者が限られた時 間の中で、論理的で説得力のある発話とはどのようなものなのか、また、そのためには 何が必要かを知るための有効な手段であると考えられるが、ディベートそのものの経験 がほとんどない学習者にとって、試合中の発話ややり取りのどの部分に注目して評価・
コメントをすればよいのか、ディベーターの発話の改善につながるジャッジ・コメント とはどのようなものなのかを知ることは非常に難しいことに感じられるようである。
また、従来のディベートに関する研究をみても、そのほとんどが実践報告やディベー ターの発話に見られる特定の表現形式の研究であり、試合後の振り返りやジャッジに よるディベートの評価などといった、評価やモニタリング、ピア・フィードバックな どに焦点を当てた研究は、管見の限りほとんどない。
そこで本稿では、上級日本語学習者によるディベートの試合にジャッジとして参加 した学習者の評価表とコメントを分析対象とし、学習者がディベートのジャッジの際 に、どのような評価基準でどのように評価をしているのか、その実態を明らかにする。
また、日本語母語話者による評価・コメントと比較分析することで、ディベート力ひ いては論理的で説得力のある発話の習得に役立つ評価・コメントとはどのようなもの かを考察することを目的とする。
2 先行研究の検討と本研究の位置づけ
本章では、日本語学習者の発話に対する評価についての先行研究と、ディベートに 関する先行研究を概観し、本研究の立場を述べる。
2.1 日本語学習者の発話に対する評価研究
これまでの日本語学習者の発話に対する評価研究は、主に日本語母語話者が日本語学 習者の言語運用能力をどのように評価するのかという点に着目して行われてきた。その 代表的なものには、小池(1998)、原田(1998)、渡部(2004、2005a、2005b)がある。
小池(1998)・原田(1998)は、いずれも、日本語教師以外の一般の日本人が日本語 学習者の会話能力をどう評価しているのかという点から分析・考察したものである。
小池(1998)は、初級レベルの学習者のロールプレイに対する日本語教師と一般日本 人の評価のずれを分析し、一般日本人は正確さよりも、円滑なコミュニケーションを 支える要素に注目していること、表情などの非言語表現を重視する傾向にあることを 明らかにした。また、日本語教師と一般日本人では、根本的に評価法が異なり、一般 日本人は学習者の良い点に注目する傾向があり、学習者のミスや日本語の不自然さに 対しては寛容に評価していることも明らかにしている。原田(1998)は、一般の日本 人は学習者の日本語のどのような点に注目するのか、どのような要素がプラスあるい はマイナス評価につながるのかを分析したものであるが、原田(1998)でも、小池(1998)
同様、プラス評価がマイナス評価の倍得られたことから、一般の日本人は、学習者の 悪かった点よりも良かった点に目を向ける傾向があること、文法や語彙の正確さといっ た言語規則に関する要素より、相づちや問い返し、話の切り出し方などの円滑なコミュ ニケーションの遂行に関する要素に注目していると述べている。
渡部(2005a)では、日本語母語話者 218 名を対象として行った質問紙調査を、共分 散分析を用いて分析し、日本語教師と一般の日本人は共に「コミュニケーション遂行」
「理解」「言語規則」の 3 つの評価基準を用いて評価をしているが、日本語教師は一般 の日本人よりも各評価基準を区別して認識しており、「コミュニケーション遂行」と
「理解」に対する評価は寛容であるなど、教師経験の有無によって評価には相違点があ ることを明らかにしている。また、渡部(2005b)では、評価対象である学習者のレベ ルに着目し、日本語母語話者による評価が学習者のレベルによって異なるかを分析し、
学習者のレベルが低い段階では、「言語規則」と「日本語」に対する評価が厳しくなり、
「パーソナリティー」に対しては好印象になるが、学習者のレベルが高くなると、学習 者の「親しみやすさ」に対する印象が悪くなるというふうに、学習者のレベルによって、
日本語母語話者の評価に差が見られることを明らかにしている。これら一連の研究に より、日本語母語話者が学習者の発話を評価する際の評価尺度、および、教師経験の 有無や学習者のレベルが評価の差につながることが明らかになった。
さらに、同じ日本語母語話者による評価研究でも、評価のプロセスに注目し、質的
な分析を行ったものもある。野原(2011)は、「分かりやすさ」を評価の指標に設定し、
中上級の学習者のスピーチを日本語母語話者(日本語教師・一般日本人)が評価する際、
「何を」「どのように」評価しているのかを分析したものである。評価コメントを
KJ
法 を用いて質的に分析した結果、評価の視点として、発話そのものを評価対象とした「一 次的評価の視点」、発話の評価を通して発話者の発話態度や評価者とのかかわりを想定 した社会生活の場面での運用力へと向けられた「二次的評価の視点」という 2 つの視 点のグループが得られ、「一次的評価の視点」は一般の日本人、日本語教師に共通して 見られたが、「二次的視点」は日本語教師には見られなかったことを明らかにした。野 畑(2011)の研究は、従来の研究で主に行われてきた「何を評価するのか」という評 価項目だけでなく、「どのように」評価しているのかという評価の実態を質的に掘り下 げて考察を試みている点が興味深い。一方、日本語学習者による評価研究は、管見の限り非常に少ないが、ここでは、中 級日本語学習者のスピーチに対する評価研究を行った古田(2012)を紹介する。古田
(2012)は、聞き手を意識した話し方ができるということは、自分の話し方を自己モニ ターし、評価できることだと考え、中級日本語学習者のスピーチを対象に、学習者の 重視する評価項目、評価項目間の相関関係を明らかにし、自己評価と他者評価の変化 について論じている。その結果、中級日本語学習者は、スピーチをどのように行った かという「様態」よりも、「内容」に重きを置いていることを明らかにし、他者評価は 他者に配慮する社会言語能力を身に付けることに、自己評価は自己のスピーチを内省 し、客観的な捉え方ができるようになることに効果があると述べている。古田(2012)
でも指摘されているように、一定以上の学習レベルにある学習者が日本語の口頭能力 を向上させるためには、自らの発話のモニタリングを行い、客観的に分析する力が必 要であると考えられる。また、ディベートでは、話すスピードや声の大きさ、リズム、
発音の正確さといった日常会話で重視される音声的側面だけではなく、限られた時間 をどう活用し、説得力のある発話にするためにどのような論拠を用いて、どのような 談話構成で話を展開するのか、ジャッジや相手チームを納得させるためにはどのよう な発話が効果的かなど、発話の内容や談話展開にも目を向ける必要があり、評価の項 目が多岐にわたるため、総合的なディベート力を身に付け、日本語口頭能力を向上さ せるためには、どのような観点でどのように評価するのかを学習者自身が意識する作 業も必要となる。
したがって、本研究でも、日本語母語話者による評価だけでなく、学習者による評 価についても分析を試みる必要があると考え、両者の比較検討を行う。
2.2 日本語教育におけるディベートに関する先行研究
日本語教育におけるディベートに関する研究は、これまで多くの実戦報告や、ディ ベートの発話に見られる特定の表現形式についての研究がなされているが、ここでは
ディベートの効果と課題について論じた研究を紹介する。
まず、西谷(2001)は、中上級レベルの日本語学習者を対象にディベートを行った結果、
ディベートが口頭表現だけでなく、言語の四技能や批判的思考の養成、言語不安の解 消に有効であることを明らかにした。また、より効果を上げるためには、教師がファ シリテーターとして段階的かつ適切な指導やフィードバックを行う必要があることを 述べている。
舘岡・斉木(2003)も中級レベルの日本語学習者を対象としたディベート指導の効 果を論じ、ディベートが中級レベルの学習者の論理性や説得力養成に役立つ可能性が あると述べた。しかし、短期間のコースでは日本語力の向上に顕著な効果が見られな かったことから、複数回の実施と十分なフィードバックの必要性を論じている。
清水(2006)は、上級レベルの口頭能力を身に付けるための練習としてディベート を取り上げ、その効果を論じたものであるが、中級レベルの学習者でもトピックの学 習がなされていれば難しい話題についても話せるのだという自信が持てることから、
ディベートは、学習者の話すことに関する動機づけに効果的であるとしている。しか し、上級の話し方ができるようにするためには、ディベートそのものの準備と並行して、
表現の獲得のための練習とフィードバックの工夫が必要であるということも指摘して いる。
このように、ディベートの効果に関する研究では、いずれもディベートが論理的思 考力や日本語力の向上に効果があることを明らかにしているが、それと同時に適切な フィードバックが必要であることが指摘されている。しかし、様々な能力向上のため の効果的なフィードバックのあり方について具体的に研究したものは、管見の限り、
佐藤(2011)があるのみである。
佐藤(2011)は、ディベートの効果的なフィードバックの方法を探る目的で、学習 者に試合直後のふり返りシート記入とビデオ観察によるピア・フィードバックを行わ せ、それらの作業を通して得られた学習者の気づきの特徴を分析したものである。分 析の結果、試合直後の内省では内容に関する気づきが多いが、その後に行われた振り 返りやピア・フィードバックの段階では、わかりやすい構成、発音、話すスピード、
アイコンタクトなど、言語的側面や非言語的側面に目が向けられていることが明らか となった。また、ビデオ観察後の学習者本人のコメントは否定的なものが多いが、他 の学習者からのコメントは肯定的なものが多く、それが学習者のディベートに対する 不安を取り除き自信へつなげる役割を果たしているという結論を得た。
この段階的なフィードバックは、学習者自身が振り返りやフィードバックの各段階 で、発話内容・表現それぞれにフォーカスをおいて自身の発話を観察できるという利 点があるが、自分自身の発話を教室で見ることの恥ずかしさからビデオ観察に抵抗を 見せる学生がいたり、客観的に自分を評価することができない学生がいるという問題 もある。また、クラスによっては、学習者から出された視点やコメントに非常に偏り
があり、結局教師による一方的なフィードバックが中心となってしまうこともある。
そこで、教師以外の日本語母語話者に自分の発話がどのように映るのかを知っても らうため、また、ディベートのジャッジの際、どのような点を見ることがポイントと なるのかを知ってもらうために、2013 年度より、日本語会話ボランティア制度を利用 し、日本人学生にもジャッジに加わってもらった。本稿では、この学習者評価と日本 語母語話者評価を対象とし、その評価の特徴について分析・考察を試みる。具体的には、
以下の 2 点を研究課題として設定する。
①同一の評価項目について、日本語学習者と母語話者の評価に差はみられるか。
②①であげた評価項目に関係なく自由に述べてもらったコメントから、日本語学習 者と母語話者は、上級学習者の発話に対して、それぞれ「どのような観点で」「ど のような評価」をしているのか。
3 分析方法 3.1 分析の対象
今回、分析の対象としたのは、2013 年度秋学期に同志社大学日本語・日本文化セン ター口頭表現
B
Ⅷの授業で行ったディベート「日本はサマータイム制度を導入すべき である。是か非か。」の 2 試合である。受講生は上級レベルの学部留学生 11 名で、そ のうち日本語ディベート経験者は 2 名であった。1 試合当たりのディベーターは 5 〜 6 名で、肯定側・否定側に分かれて 2 〜 3 名のチームを作り、それぞれが、立論、反駁、総括のいずれかの役割を担当する。試合に参加しない学生にはジャッジを担当しても らうこととし、今回は、司会進行役の学生 2 名を除く 9 名がジャッジとして試合を観 察した(第 1 試合 5 名、第 2 試合 4 名)。また、日本語会話ボランティアとして授業に 参加してくれた日本人学生 6 名にも同様に 2 試合分のジャッジを担当してもらった。
ジャッジ役の学生には、試合の前に筆者が作成したジャッジシートを配布し、評価 項目と評価の仕方について説明を行った。そして、実際の試合を見ながら、ジャッジシー トの各項目について、主に 5 段階評価であてはまるものに丸を付けてもらった。また、
ジャッジシートの下部には、あらかじめ指定された評価項目に関わらず、試合でよかっ た点・改善すべき点をメモしてもらい、試合終了後、順に評価とコメントを口頭で述 べてもらった。
本研究では、日本語学習者と日本語母語話者が記入したジャッジシート 21 枚(第 1 試合 11 名、第 2 試合 10 名)、口頭による評価コメント 15 名分(留学生 9 名、日本語 母語話者 6 名)を分析の対象とする。
3.2 分析の方法
まず、あらかじめ設定されたジャッジシートの評価項目について、日本語学習者、
日本語母語話者がそれぞれどのような評価をしているのか、その特徴をまとめる。具
体的には、両者で評価に違いが見られるのか、違いが見られるとしたらどのような部 分かを明らかにする。
次に、ジャッジを担当した日本語母語話者、学習者自身の評価の観点や基準を明ら かにするため、筆者が指定したジャッジシートの評価項目に関係なく、自由に口頭で 述べてもらったコメントについて、それぞれがどのような観点で学習者の発話をどの ように評価しているのか、量的・質的分析を試みる。
4 分析結果と考察
4.1 同一評価項目における日本語学習者と日本語母語話者の評価
本節では、筆者があらかじめ選定した評価項目について、日本語学習者および日本 語母語話者がそれぞれどう評価しているのかについて分析を行う。
ジャッジシートは、東海大学留学生教育センター口頭発表教材研究会(1995)の資 料1を参考に、以下の評価項目を設定した。まず、ディベートの内容・構成・話し方に 関わる評価基準として、「立論の主張は明確だったか」「立論の理由・根拠がはっきり していたか」「質問の意図は明確だったか」「質問の仕方はよかったか」「質問に適切に 答えたか」「反論をはっきり行ったか」「総括は説得力があったか」の 7 つの評価項目 を設け、それぞれ 0 〜 4 点の 5 段階評価で点数をつけてもらった。また、それ以外の 日本語の聞き取りやすさや態度にかかわる評価項目として、「声の大きさ」「話すスピー ド」「語彙・文法・発音など日本語の聞き取りやすさ」「視線」「態度・マナー」の 5 つ を設定した。なお、この日本語の聞き取りやすさや態度にかかわる 5 つの項目につい ては、日本語学習者と日本語母語話者に配布したジャッジシートの評価の仕方や配点 が異なり、単純な比較は困難なため、今回は傾向の記述にとどめるのみとする2。 表 1 〜 4 は、ディベートの各試合の肯定側・否定側の発話に対する、日本語学習者 と日本語母語話者の評価をまとめたものである。表中の
NNS
は日本語学習者、NSは 日本語母語話者を表す。また、日本語学習者、日本語母語話者の評価の平均と、評価 のばらつきの有無を見るため、標準偏差(SD)を示した。まず、評価項目別に日本語学習者と母語話者の評価の平均値を比較してみると、両 者の平均値で 1.0 以上の差が見られたのは、表 1(第 1 試合肯定側の発話に対する評価)
の「反論をはっきり行ったか」(日本語学習者 2.2、日本語母語話者 3.7)3、表 3(第 2 試合肯定側の発話に対する評価)の「質問の仕方はよかったか」(日本語学習者 3.0、
日本語母語話者 4.0)の 2 項目のみで、それ以外の項目については、平均値で大きなず れは見られなかった。
しかし、1.0 以内の差ではあるが、両者の評価には少し差が見られる部分もある。表 1 〜 4 からわかるように、ディベートの内容・構成・話し方に関する評価項目 28(「主 張は明確だったか」から「説得力があったか」までのディベートの内容・構成・話し 方に関する 7 つの評価項目× 4 試合分)のうち、日本語母語話者のほうが評価の平均
値が高かったものが 15 項目、日本語学習者のほうが評価の平均値が高かったものが 10 となっており、このうち、日本語学習者のほうが評価が高かった項目については、日 本語母語話者の評価との差がほぼ 0.5 ポイント以内におさまっているのに対し、日本語 学習者のほうが評価が低かった項目は、先述の 2 項目を含め、0.5 ポイント以上差のあ る項目が 11 項目に上っている。特に、「理由・根拠の明確さ」の項目(「理由・根拠がはっ きりしているか」)では、日本語母語話者の評価との差が、第 1 試合肯定側
-0.9、第 1
試合否定側-0.7、第 2 試合否定側 -0.7、「質問の仕方」では、第 1 試合肯定側 -0.5、第 1
試合否定側-0.7、第 2 試合否定側 -0.7 と、いずれも日本語学習者のほうが平均値にして 0.5
以上厳しい評価を下している。このことから、上級レベルの日本語学習者の評価と一般の日本語母語話者の評価に は大きなずれは認められないため、上級レベルの学習者は、母語話者とほぼ同程度の 評価ができていると考えられるが、若干、日本語母語話者より厳しい評価をする傾向 があると言えるであろう。このような傾向が見られた背景には、日本語学習者の場合、
同じテーマで試合をした(する)経験があるため、テーマに対する理解度が日本語母 語話者よりも高く、ディベーターの発言内容もある程度予測可能であるため、その分、
【表 1】第 1 試合肯定側の発話に対する評価
評価項目 満点 NNS1NNS2NNS3NNS4NNS5NNS
Ave. SD NS1 NS2 NS3 NS4 NS5 NS6 NS
Ave. SD
主張は明確だったか 4 4 4 4 2 4 3.6 0.9 4 4 4 2 4 2 3.3 1.0
理由・根拠がはっきりしているか 4 2 2 2 2 4 2.4 0.9 2 4 4 4 4 2 3.3 1.0 質問の意図は明確だったか 4 4 4 4 3 2 3.4 0.9 2 2 2 4 4 2 2.7 1.0
質問の仕方はよかったか 4 2 2 4 1 2 2.2 1.1 2 2 2 2 4 4 2.7 1.0
質問に適切に答えたか 4 2 2 4 2 2 2.4 0.9 4 4 2 2 2 2 2.7 1.0
反論をはっきり行ったか 4 0 2 2 3 4 2.2 1.5 2 4 4 4 4 4 3.7 0.8
説得力があったか 4 4 4 2 3 2 3.0 1.0 2 2 4 4 2 4 3.0 1.1
声の大きさ 3 3 1 3 2 3 2.4 0.9
話すスピード 3 3 1 3 2 3 2.4 0.9
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 3 1 3 1 2 3 2.0 1.0
視線 3 3 3 1 2 3 2.4 0.9
態度・マナー 3 3 1 3 2 3 2.4 0.9
声の大きさ 6 6 6 6 5 6 5 5.7 0.5
話すスピード 6 6 4 5 5 4 6 5.0 0.9
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 12 11 11 9 9 9 9 9.7 1.0
視線 2 1 1 1 0 1 0 0.7 0.5
態度・マナー 6 6 3 6 4 6 6 5.2 1.3
【表 2】第 1 試合否定側の発話に対する評価
評価項目 満点 NNS1NNS2NNS3NNS4NNS5NNS
Ave. SD NS1 NS2 NS3 NS4 NS5 NS6 NS
Ave. SD
主張は明確だったか 4 4 4 4 4 4 4.0 0.0 4 4 4 4 4 4 4.0 0.0
理由・根拠がはっきりしているか 4 2 4 2 3 4 3.0 1.0 4 4 4 2 4 4 3.7 0.8 質問の意図は明確だったか 4 2 4 2 3 2 2.6 0.9 4 4 2 4 2 4 3.3 1.0
質問の仕方はよかったか 4 2 4 4 3 2 3.0 1.0 4 4 2 4 4 4 3.7 0.8
質問に適切に答えたか 4 2 4 4 3 2 3.0 1.0 4 4 2 4 4 2 3.3 1.0
反論をはっきり行ったか 4 2 4 2 2 4 2.8 1.1 4 4 0 4 2 4 3.0 1.7
説得力があったか 4 4 2 2 3 2 2.6 0.9 2 4 4 4 2 4 3.3 1.0
声の大きさ 3 3 1 3 3 3 2.6 0.9
話すスピード 3 3 3 3 3 3 3.0 0.0
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 3 3 3 1 2 3 2.4 0.9
視線 3 1 3 1 2 3 2.0 1.0
態度・マナー 3 3 3 3 3 3 3.0 0.0
声の大きさ 6 6 6 6 5 4 1 4.7 2.0
話すスピード 6 6 4 5 6 5 4 5.0 0.9
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 12 12 10 11 12 11 11 11.2 0.8
視線 2 1 1 1 0 0 2 0.8 0.8
態度・マナー 6 6 5 5 4 6 6 5.3 0.8
主張や反論、質問の仕方といった「話し方」や根拠となる資料の使い方の部分にフォー カスを当ててモニタリングを厳しく行っていることが考えられる。
一方、日本語学習者のほうが高めの評価をした項目もある。「質問の意図が明確だっ たか」という評価項目については、学習者と母語話者の評価が、第 1 試合の肯定側で 3.4 対 2.7、第 2 試合では肯定側が 3.5 対 3.0、否定側が 3.3 対 3.0 となっている。この「質問」
というのは、反駁の前段階にある尋問での質問のことを指すが、学習者は、試合の前 までの授業や作戦会議を通して十分な準備を重ね、日本語母語話者よりも、争点の整 理ができているため、実際の発話の仕方に関わらず、同じ学習者には、その意図が伝 わりやすいということが考えられる。つまり、論題に対する予備知識の差が、評価の 差となって表れたものであると考えられる。
もう 1 点注目したいのは、「説得力」に関わる項目である。この評価項目については、
日本語学習者と母語話者の平均値には大差が見られなかったが、両者とも
SD
が 1.0 以 上の場合が多くなっており、日本語学習者、日本語母語話者ともに、評価の個人差が 顕著であった。これについては、何をもって説得力が高いとするかもかかわってくる と思われるため、次節で検討することとする。
【表 3】第 2 試合肯定側の発話に対する評価
評価項目 満点 NNS6NNS7NNS8NNS9NNS
Ave. SD NS1 NS2 NS3 NS4 NS5 NS6 NS
Ave. SD
主張は明確だったか 4 4 4 3 3 3.5 0.6 4 4 4 4 4 4 4.0 0.0
理由・根拠がはっきりしているか 4 4 4 3 4 3.8 0.5 4 4 4 4 2 2 3.3 1.0 質問の意図は明確だったか 4 4 4 3 3 3.5 0.6 4 2 4 2 4 2 3.0 1.1
質問の仕方はよかったか 4 4 2 3 3 3.0 0.8 4 4 4 4 4 4 4.0 0.0
質問に適切に答えたか 4 4 2 3 2 2.8 1.0 2 4 4 4 4 4 3.7 0.8
反論をはっきり行ったか 4 3 4 3 2 3.0 0.8 2 4 4 4 4 4 3.7 0.8
説得力があったか 4 4 3 4 4 3.8 0.5 0 2 4 4 4 4 3.0 1.7
声の大きさ 3 2 1 2 2 1.8 0.5
話すスピード 3 1 0 2 2 1.3 1.0
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 3 2 2 3 2 2.3 0.5
視線 3 0 2 3 1 1.5 1.3
態度・マナー 3 3 2 2 2 2.3 0.5
声の大きさ 6 4 5 6 5 6 5 5.2 0.8
話すスピード 6 2 3 6 5 6 5 4.5 1.6
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 12 8 9 12 12 12 11 10.7 1.8
視線 2 0 1 0 1 0 0 0.3 0.5
態度・マナー 6 5 6 6 6 5 6 5.7 0.5
【表 4】第 2 試合否定側の発話に対する評価
評価項目 満点 NNS6NNS7NNS8NNS9NNS
Ave. SD NS1 NS2 NS3 NS4 NS5 NS6 NS
Ave. SD
主張は明確だったか 4 4 4 4 3 3.8 0.5 4 4 4 2 4 4 3.7 0.8
理由・根拠がはっきりしているか 4 4 2 3 4 3.3 1.0 4 4 4 4 4 4 4.0 0.0 質問の意図は明確だったか 4 4 4 2 3 3.3 1.0 2 2 4 4 4 2 3.0 1.1
質問の仕方はよかったか 4 4 2 3 2 2.8 1.0 2 4 4 2 2 2 2.7 1.0
質問に適切に答えたか 4 2 2 2 2 2.0 0.0 0 2 4 2 0 2 1.7 1.5
反論をはっきり行ったか 4 2 3 3 2 2.5 0.6 2 2 2 2 2 2 2.0 0.0
説得力があったか 4 4 2 2 4 3.0 1.2 4 2 4 2 4 2 3.0 1.1
声の大きさ 3 2 1 2 2 1.8 0.5
話すスピード 3 3 2 3 1 2.3 1.0
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 3 2 2 2 2 2.0 0.0
視線 3 0 1 2 1 1.0 0.8
態度・マナー 3 3 3 3 2 2.8 0.5
声の大きさ 6 4 4 6 4 5 3 4.3 1.0
話すスピード 6 5 3 4 5 4 4 4.2 0.8
語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ 12 8 9 10 10 9 10 9.3 0.8
視線 2 1 1 1 0 0 1 0.7 0.5
態度・マナー 6 6 6 6 6 6 5 5.8 0.4
4.2 日本語学習者と日本語母語話者の評価の観点と評価
4.1 では、筆者があらかじめ指定した共通の評価項目について、それぞれが 0 〜 4 点 の 5 段階でどのように評価をしたのか、その傾向を明らかにした。しかし、評価項目 からだけでは、なぜこのような評価をしたのか、その根拠がディベーターには伝わら ない。また、ジャッジシートに書かれた項目以外にジャッジ担当者が「説得力」や「論 理性」を判断する基準として重きを置く観点もあるのではないかと考えられる。そこで、
ここでは、試合終了後、評価表の項目に関わらず、試合でよかった点、改善すべき点 等気づいたことを口頭で自由に述べてもらったものについて、分析を行う。
ジャッジのべ 21 名分の口頭によるコメントを文字化し、1 項目 1 コメントとしてカ ウントしたところ、全部で 66 のコメントが得られた。表 5 は、それらのコメントのうち、
よかった点について言及されているものを「プラス評価」、改善すべき点などについて 指摘したコメントを「マイナス評価」としてコメントの数を集計したものである。
表 5 から、まず、日本語母語話者、日本語学習者ともに、プラス評価・マイナス評 価どちらもほぼ同数行っていることがわかる。ディベートでジャッジをされるという 行為は、学習者にとっては厳しく怖いことであるというイメージがあるようであるが、
客観的に自分の発話を観察したジャッジから、プラスの評価を聞くことで、話すこと に対する自信が得られ、それが学習動機の向上にもつながると思われる。実際、試合 後の振り返りシートにも、「ジャッジからたくさんの肯定的なコメントが寄せられたこ とで自信がついてうれしかった」といった内容の感想が得られた。
次に、両者のコメント数を比較すると、日本語母語話者のコメント総数が 41、学習 者のコメント総数が 25 となっており、母語話者のほうがより多くのコメントをしてい ることがわかる。
では、これらのコメントはどのような観点からなされたものなのだろうか。ここでは、
評価の観点に着目し、日本語学習者、日本語母語話者がディベートの評価を行う際に、
「何を」「どのように」評価しているのかを分析する。
分析に当たり、まず、ジャッジによるコメント 66 を、KJ法を用いて、分類した。
その結果、ジャッジのコメントは、(1)ルールに関するもの、(2)内容に関するもの
(主張の明確さ、論理性、裏付けとなるデータの有無、データの解釈の仕方など)、(3)
談話構成に関わるもの、(4)事前準備に関するもの、(5)声の大きさ、話すスピード、
【表 5】日本語母語話者と日本語学習者によるコメント 日本語母語話者
(NS) 日本語学習者
(NNS) 計
プラス評価 19 12 31
マイナス評価 22 13 35
コメント総数 41 25 66
流暢さ、日本語の正確さ、例の挙げ方など、日本語の話し方に関わるもの、(6)時間 の管理、(7)アイコンタクトや姿勢など態度に関するものの 7 つに分類された。その 結果を、表 6 に示す。
まず、日本語母語話者のコメントについてみてみると、「内容」に関するコメントが 49%と最も多く、次いで「話し方」と「態度」がそれぞれ 17%という結果であった。
日本語学習者も、「内容」に関するコメントが 52%と多く、次いで「話し方」(20%)、「態 度」(16%)の順になっていた。このことから、ディベートの評価の観点で重視してい るものは、日本語母語話者と学習者で共通していることがわかる。
次に評価の観点に関してより詳しくその傾向を明らかにするため、両者で最も重視 されていた「内容」に関するコメントを質的に見てみる。「内容」に関するコメントは、
「話の明確さや論理性」に関わるもの、「データの解釈」に関わるもの、「裏付けとなるデー タや理由」に関わるもの、「返答の質」の 4 つに下位分類できる。
表 7 は、内容に関するコメントを下位分類し、それぞれの数と割合を示したもので あるが、日本語学習者は、「話の明確さや論理性」についてのコメントが大多数を占め ている(77%)のに対し、日本語母語話者は、「裏付けとなるデータや理由」「データ の解釈」に関するコメントという、データの提示に関わるコメントが半数を占めている。
【表 6】日本語母語話者・日本語学習者のコメント数とその種類 評価項目 日本語母語話者(NS) 日本語学習者(NNS)
コメント数 割合 コメント数 割合 計
ルール 1 2% 0 0% 1
内容 20 49% 13 52% 33
構成 1 2% 2 8% 3
事前準備 2 5% 0 0% 2
話し方 7 17% 5 20% 12
時間の管理 3 7% 0 0% 3
態度 7 17% 4 16% 11
その他 0 0% 1 4% 1
合計 41 100% 25 100% 66
【表 7】内容に関するコメント(下位分類)の比較 下位項目 日本語母語話者(NS) 日本語学習者(NNS)
コメント数 割合 コメント数 割合 計
話の明確さ・論理性 5 25% 10 77% 15
データの解釈 2 10% 1 8% 3
裏付けとなるデータや理由 8 40% 0 0% 8
適切な返答 5 25% 2 15% 7
計 20 100% 13 100% 33
この数値だけを見ると、学習者のほうが論理性を重視し、日本語母語話者は論理に付 随する根拠を重視する傾向にあると言えそうであるが、実際のコメントを質的に分析 してみると、両者には大きな違いが見られた。
日本語学習者のコメントは総じて評価表の項目に書かれている表現をそのまま使用 した短いものが多かったため、具体性に欠け、漠然とした印象を与える。たとえば、
次の(1)〜(3)は、いずれも「話の明確さや論理性」に関する日本語学習者のコメ ントであるが、評価表の評価項目の表現をそのまま使用したような発言が多く、何を もって話が明確・論理的であると感じたのか、談話構成についても何をもって結束性 のある発話だと感じたのかが、述べられていない(例文中の下線は、評価表にある表 現を指す)。
(1)NNS7:ええと、肯定側の良かった点は、主張や理由が本当にはっきりしててよかった です。
(2)NNS3:両者とも主張が明確でした。
(3)NNS8:肯定側の良かった点は、もう本当に自分の意見をすっきりまとまっていて、筋 が通っていると思います。
それに対し、日本語母語話者のコメントでは、どの部分がどんな点でよかったのか、
あるいは問題なのか、試合での実際の発話を挙げながら、具体的に示されている場合 が多い。
(4)NS1(一部抜粋):特に否定側がよかったと思ったのが、データをうまく解釈できてた ところだと思うんですね。例えば朝日新聞の節電の効果について、
日本には残業の文化があるから、向こう(肯定側)が言った節電と それから時間増えるとかあるけど、日本には残業があるからとか、
節電しても結局飲食店がいっぱい電気を使ってしまうっていうふう に、ちゃんと現実にあわせて解釈できていたところが、否定側の特 によかったところだと思いました。肯定側はちょっとそのデータの 解釈が甘くて、こういうデータがあるからっていうだけだったので、
そこが肯定側の直したほうがいいところだと思いました。
(5)NS4(一部抜粋):日本以外の国の事例、例えば、その交通事故が減少したとか増加し たとか、そういうのあるんですけど、そのやっぱその国によって交 通状況っていうのも変わってくるんで、一回出てた兵庫県の調査で、
その、なんですか。節電の効果が出てるっていうああいう例はいい んです。日本での実施例なんで。ただ海外とかの実施例が果たして 日本には役立つのかどうかっていうのがいまいちまだわからないの で、海外とかの例を持ってこられても、それが日本にはどうなのっ ていう感じにはなっちゃうんで、その辺はお互い気を付けたほうが いいかなと思います。
(4)(5)は、日本語母語話者によるデータ・資料の解釈についてのコメントであるが、
(4)では、ただどのようなデータがあるのかを提示するだけでなく、そのデータを現 実に合わせて解釈し、効果的に使うことの必要性を、実際のディベーターの発話を引 用しながら述べている。また、(5)は、根拠として挙げるデータについて、ただデー タや資料があればよいというものではなく、日本について言及するのであれば日本の データを使うなど、自分たちの主張を支えるのに適した資料を選択して使用すること の必要性を指摘している。
このようなディベーターの発話を具体的に指摘したコメントは、「話し方」に関する コメントにも見られた。(6)は、ディベーターが試合の中で行った数値の説明の仕方 についてのコメントである。
(6)NS3:その改善すべき点ですが、言ってた数値があまり実感がわかなかったんで、たと えばあの、北海道で経済効果が 480 億円とかって言われても、ちょっとどれぐら いのうちの 480 億とかよくわからなかったんで、数字だけ言われてもあの実感が わかないんで、ちょっとそこが弱いかなと思いました。
(6)は、ディベートで学習者が挙げた「経済効果」について、480 億円という数値を 出して述べている点は裏付けとなるデータを挙げているという点で評価できるが、そ の数値がどれほどの効果を表すのかという点が一般人にはイメージしにくいという点 で説得力にかけるという指摘である。超級話者に求められる「裏付けを伴って意見を 述べる力」は、単に事実やデータ、数値を挙げればよいというものではなく、その裏 付けが聞き手にとって納得できるものである必要がある。(6)の日本語母語話者のコ メントは、「説得力のある発話とは何か」「わかりやすさとはどういうことか」を具体 的に示唆するものだと考えられる。
このほかにも、ディベートのキーワードでもある「説得力」という言葉が、複数の ジャッジによるコメントの中にたびたび登場したが、日本語学習者がただ「説得力が あった」と漠然とした印象を述べているだけであるのに対し、日本語母語話者は、ど んな要素があったから説得力につながったのか(つながらなかったのか)についても 言及している。(7)は、説得力を構成する要素として声の大きさを挙げている例である。
(7)NS4:否定側のほうなんですけど、声が全体的に小さくて、せっかく自分たちで調査し てきて、いい主張もできてるんですけど、声が小さいんですね。説得力が落ちちゃ うんですね、声が小さいと。なんで、自分たちが伝えたいことはやっぱり大きな 声で説明したほうがいいと思います。
そのほか、日本語母語話者からのみ挙げられたコメントには、事前準備の重要性の 指摘と、時間の管理に関するものがあった。(8)は、時間の管理についての母語話者 のコメントである。
(8)NS5:(改善すべき点は)ええと、時間の使い方だと思います。あの一番最初の肯定側 の方、立論のときに、えーと 20 秒ほど余っていたので、もうあと 1 つくらい、
なんか、あのまあ 3 つくらい言えてたのはよかったので、もうなんかあと 1 つく らい言ってもらっても、時間があったかなっていうふうに思います。で、あとも う 1 つなんですけど、否定側のほうで、尋問の時に一回聞き返しましたよね。あの、
「もう一度お願いします」って。たった時間が 2、3 分しかありませんから、あの、
ま、ちょっと自分こう日本語で解釈するの大変かと思いますけど、もうちょっと 頑張ってほしいと思います。もう 1 つあの否定側で反駁する時なんですけど、「何 とかについて反論があります」、例えば「明るい時間について反論があります」、「そ のシステムの時間について反論があります」、「健康的な意味で反論があります」
みたいな感じで「反論があります」「反論があります」「反論があります」ていう ふうに来てたんですけど、反駁なので、基本的に反論が当たり前なので。あの、ま、
それに関しては先ほど肯定側の方が「先ほど否定側の触れてはった 3 つのことに ついて反論があります」っていう形でひとつうまくまとめていたと思います。時 間の有効活用をもうちょっと考えてもらえればと思います。
NS5は、時間の使い方の改善点について、学習者の発話3つを挙げ、コメントしている。
ディベートは、日常会話と違って時間的な制約が大きく、1 つの役割につき 3 分という 限られた時間を使って効果的に相手を攻撃したり、自分たちの主張を展開しなければ ならない。そのため、時間の有効活用を意識することは重要なポイントとなり、その 点では、この
NS5 によるコメントは非常に有益なものであった。しかしながら、NS5
はディベート未経験者であるためか、指摘された 3 点のポイントは評価できるものの、そのアドバイスの内容については、検討する必要がある。例えば、1 点目の立論で余っ た時間の活用として、「論点をもう 1 つ付け加える」ことについて、急遽論点を加え ることは、通常ディベートでは行われず、自ら述べた論点を再度主張したり、補強し たりするのが一般的である。また、尋問の聞き返しについても、理解をあいまいにし たまま反駁につなげるのは自分たちにとっても不利になるため、尋問で十分確認をし、
理解をすることは重要なことである。さらに、1 つ 1 つのポイントについて何をするの かをいちいち述べるのがタイムロスにつながるという点についても、このポイントの 提示は、「ラベリング」「サインポスティング」と呼ばれるディベートの手法であるため、
一概に悪いとは言えない。
ディベート経験が少なく、かつ日本語が母語でない学習者から見ると、日本語母語 話者の評価やコメントは絶対的なもののように捉えられがちであるが、実際には、そ の評価が必ずしも正しいとは限らない場合や、学習者自身または学習者間の評価や気 付きをより大切にしてほしいという思う場面も多い。
教師以外の一般日本母語話者による評価は、学習者になかった評価の視点を与え、
肯定的なコメントが学習者の自信につながったり、具体的な評価の観点の提示が、学 習者の発話の改善点と改善方法を具体的に示唆してくれるという点で非常に効果の高 いものであるが、一方で、日本語学習者は、それらの評価やコメントを鵜呑みにする ことなく、得られたコメントや評価を適宜吟味し、それらの評価をどう受け止め、今 後の自分の発話にどう生かすのかを検討する必要がある。また、必要に応じて、教師 が適宜解説を行う必要もあると思われる。
5 まとめと今後の課題
以上、本稿では、日本語上級学習者が行ったディベートの発話に対する日本語学習 者と日本語母語話者の評価を分析の対象とし、同一の評価項目における両者の評価傾 向の比較、自由発話形式による評価における評価の観点と評価のしかたの特徴という 2 点について、分析・考察を行った。
まず、同一の評価項目における日本語学習者と日本語母語話者の評価の比較分析を 行った結果、日本語学習者のほうがやや厳しい評価をする傾向が見られるが、学習者 と一般の日本語母語話者の評価には大きなずれはないことが確認された。学習者は他 者の発話を評価をする際、学習者自身にとっても母語でないため、評価をする自信が なかったり、低い評価をするのは評価者である自分自身の日本語能力に問題があるせ いだと考える者も多いが、今回の分析の結果を見ると、上級レベルの日本語学習者は、
日本語母語話者とほぼ同じ評価をすることが可能であると言えるであろう。また、「説 得力」に関する項目は、日本語母語話者であるかどうかというジャッジの母語による 影響は現れず、個人差が大きいことも観察された。
次に、評価の基準や理由を詳しく見るため、前述の項目に関係なく、自由にコメン トを述べる形でディベートの発話に対する評価をしてもらった結果、日本語母語話者 と学習者の評価の観点と評価の仕方について、以下のような特徴を得ることができた。
(1)日本語母語話者、日本語学習者はともに、他者の発話に対して、プラス評価、マ イナス評価の両方を行う傾向が見られる。
(2)日本語母語話者、日本語学習者ともに、「内容」「話し方」「態度」に重きを置いて いるが、日本語母語話者には、学習者に見られなかった「時間の管理」「事前準備 の重要性」といったディベート特有の評価項目が挙げられている。
(3)日本語学習者のコメントは抽象的で漠然とした印象評価が多いのに対し、日本語 母語話者のコメントは、実際の発話のどの部分がどんな点でよかった
/
悪かった のかといった具体的な評価や、ディベートの目的である「説得力のある発話」「分 かりやすい発話」につなげるためにどういった話し方が必要なのかについての言 及が見られる。今回対象とした評価・コメントから、上級学習者がジャッジを行う際に問題となる のは、実際の発話を基にして改善すべき点などを具体的に述べる力、「説得力」「論理 性」に関して、自らが何を判断材料としてそのような評価に至ったのかを述べる力で あると言えそうである。ディベートは、肯定・否定の各ディベーターが、相手やジャッ ジを説得するゲームであるが、ジャッジも判定とその根拠を述べる際に、ディベーター を納得させる必要がある。口頭能力の向上を目指してディベートを教室活動に取り入 れる際には、説得力や論理性がどのような要素によって構成されているのか、それを 効果的に示すためにはどのような表現の使用が有効かについて、学習者に十分理解・
意識をさせたうえで試合に臨ませることが重要であると考えられる。
本研究により、日本語学習者と日本語母語話者の評価の傾向や特徴の一部が明らか となったが、1 データあたりの評価者が少ないという問題点があり、日本語母語話者と 非母語話者の評価傾向の差を明らかにするためには、さらにデータを増やし検討して いく必要があると思われる。また、ディベート経験の有無によって内容やルール(言 語形式)など、評価の観点や評価の仕方が異なる可能性もあるため、今後ディベート 経験の有無がジャッジの評価に与える影響についても考察を試みたい。
今回は、学期に行った 1 回目の試合を分析の対象としたが、今後、2 回目の試合で学 習者の評価の観点や評価の仕方に変化が見られるのか、学習者のモニタリングに及ぼ す影響について考察したり、1 回目の試合で学習者や日本語母語話者、教師といった他 者からの評価を得たことが学習者の発話にどのように影響するのかについても分析し、
考察を試みたい。
謝辞
本稿をまとめるにあたり、「口頭表現
B
Ⅷ」の授業で行ったディベートの試合および 振り返りシート・ジャッジシートを資料として使用させていただきました。資料公開 を快諾してくれた受講生の皆さん、日本語会話ボランティアの皆さんに感謝の意を表 します。注
1
東海大学留学生教育センター口頭発表教材研究会(1995)p.126 掲載の「ディベート審 判シート」を参考にして作成した。2
日本語学習者には、5 つの項目についてそれぞれ 0 〜 3 点の 4 段階評価をしてもらった が、日本語母語話者には、個々の学習者の話し方や態度を評価をしてもらうため、「声 の大きさ」「話すスピード」「態度・マナー」の 3 項目は、立論・反駁・総括それぞれ の役割で 0 〜 2 点の 3 段階評価とした。また、日本語母語話者用のシートでは、「語彙・文法・発音などの聞き取りやすさ」の項目を、「語彙・文法などの聞き取りやすさ」「発 音の聞き取りやすさ」の 2 項目にわけて、立論・反駁・総括それぞれ 0 〜 2 点の 3 段 階評価としたため、合計 12 点となっている。さらに、「視線」は、0 〜 2 点の 3 段階評 価としている点が学習者用シートと異なる。
3
この項目については、日本語学習者評価の標準偏差(SD)が 1.5 と高くなっており、評価書の属性による差というよりは、評価者ぞれぞれの差と見るのが妥当だと思われ る。
参考文献
伊古田理(2012)「ディベート教育の指導についての一考察」『千葉工業大学研究報告人文編』
No.49,pp.53-64.
大塚容子(2002)「ディベートにおけるメタ言語表現―日本語学習者の場合―」『岐阜聖徳 学園大学紀要』第 40 集,岐阜聖徳学園大学,pp.57-67.
――――(2003)「ディベートにおける文末表現―日本語学習者の場合―」『岐阜聖徳学園 大学紀要』第 42 集,岐阜聖徳学園大学,pp.33-45.
倉八順子(1996)「スピーチ指導におけるフィードバックが情意面に及ぼす効果」『日本語 教育』89 号,
pp.39-51.
小池真理(1998)「学習者の会話能力に対する評価に見られる日本語教師と一般日本人のず れ―初級学習者の到達度試験のロールプレイに対する評価―」『北海道大学留学生セン ター紀要』第 2 号,pp.138-155.
西條美紀(1996)「ディベートにおけるメタ言語」『日本語学』第 15 巻第 11 号,明治書院,
pp.68-75.
――――(1999)『談話におけるメタ言語の役割』風間書房.
佐藤紀美子・藤井みゆき(2010)「ディベートの尋問における日本語学習者のメタ言語使用 の特徴―日本語母語話者との比較から―」『日本語・日本文化研究』第 8 号,同志社大学 日本語・日本文化教育センター,
pp.52-74.
佐藤紀美子(2010)「ディベートの総括における日本語上級話者の発話の特徴」『比較文化 研究』第 94 号,日本比較文化学会,