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「現代フランス舞台芸術の1週間」報告 創造性の源泉としての

はじめに

西洋・比較演劇コースでは、 2004年8月28日から9 月4日まで、在日フランス大使館文化部の助成を得て、

フランスから舞台芸術に関わる研究者・実践者の3人を 招き、研究会、レクチャー、シンポジウム、 5日間のワー クショップ(成果発表とディスカッションを含む)を企 画し、実施した。なお、この企画は、前年度に笹川日仏 財団の助成を受けて、世田谷パブリックシアターと京都 造形芸術大学およびセゾン文化財団の協力の下に、実施 した同様の3回の講演会、および2回のワークショップ に引き続いて実施したものである。

プロジェクトの目的

このプロジェクトの主たるねらいは、 「隔たり」を、

解消すべきものとして否定的にとらえるのではなく、積 極的な意味において再考することであったといってよい だろう。より具体的にいえば、それは第‑に、声(言葉) と身体(動き)の関係性、言い換えれば、演劇性と舞踊 性の隔たりを再考すること、第二に、古典的テクストと 現代との時間的隔たりを、消し去ろうとするのではなく、

現在‑現前におけるある種の二重性のうちに受肉化させ る可能性を探求すること、第三に、フランスと日本との 間に存在する文化的隔たりを認識することから築くこと ができる協働関係の豊かさを追求すること、第四に、大 学という研究・教育の場と実践の現場との隔たりこそが もたらしうる、新しい相補的関係を模索することであり、

少なくともこれら四重の「隔たり」の認識と探求を通じ て、今日の舞台芸術を包括的に再考することが、本企画 の野心的な部分であったといえる。

招樗講師の紹介

その目的のために、フランスから招聴することとなっ た3人の講師を簡単に紹介したい。

クリストフ・トリオ‑氏は、ポワチエ大学助教授(演 劇学、教授資格保有)であり、フランス国立高等師範学 校を卒業した気鋭の演劇研究者である。論文『17世紀演 劇における独自のドラマトウルギ‑』により博士号を取 得されている。 17世紀演劇だけでなく、現代演劇に深 い関心を寄せ、フレデリック・フイスバック、ベルナー ル‑マリ・コルテス、クリスティアン・ルパら、現代演 劇人についての論考も発表するとともに、演劇専門誌 Alternatives thedtralesの編集委員に加わっており、特集 号「コロス性」の責任編集も担当している。純粋に学問 的な研究に閉じこもることなく、現場における実践とも

「隔たり」をめぐって

藤 井 慎太郎

きわめて密接な関係を築いていることも、彼の大きな強 みであるといえるだろう。

フレデリック・フイスバック氏は、フランス国立劇芸 術コンセルヴァトワールに学んだ後、スタニスラス・ノ ルデーらのもとで俳優として活躍、ついで演出も手がけ、

今日では、国立劇場での演出が相次ぎ、すでにフランス を代表する演出家として知られている。代表的な演出作 品に『マリア‑のお告げ』、 『東京ノート』、 『ベレニス』、

『犀風』、 『舞台は夢』などがあり、糸操り人形の結城座 とのコラボレーションの結果である『犀風』は、世田谷 パブリックシアターでも二度にわたり上演されている。

2007年度にはアヴィニョン演劇祭の提携アーティストと なることが決まっている。

ジュゼッペ・モリノ氏は、イタリア出身の、現在はフ ランスで活動するダンサー、俳優である。クラシック・

バレエを学び、その後、エラ・フアトウミニエリック・

ラムルー、ベルナルド・モンテ、カトリーヌ・テざィヴェ レスほか現代ダンスの振付家のもとでもダンサーとして 活躍した後、 『ベレニス』、 『昇風』、 『舞台は夢』などフイ スバックの作品に俳優としても多数出演しているとい

う、ユニークな経歴の持ち主である。

プログラムの詳細

「現代フランス舞台芸術の1週間」は、 8月28日(土) の研究会「コルネイユ『舞台は夢』をめぐって その現 代における意義」 (14‑17時、早稲田奉仕園50人ホール) をもってスタートした。 2004年のアヴィニョン演劇祭に おいて、フイスバック氏の演出による『舞台の夢』 (コ ルネイユ作)が初演され、賛否両論を巻き起こしていた のだったが、古典(主義)時代のテクストを現代におい て上演することの意義を再考することがこの研究会の目 的であった。主に研究者を対象として、 23人の参加者を 得て実施した。

そこで、この研究会の前半では、クリストフ・トリ オ‑氏をに、 『舞台は夢』に関して、 「『舞台は夢』、ある いはアナモルフォーズによる移り変わる楽しみ」との題 で講演をいただいた(研究会の場では時間の制約もあっ て簡略化された形で発表された論考を、フランス語原文 および日本語翻訳において、完全な形で本紀要に収録す ることができた。お読みになって、その論考の明断な分 析とすぐれた筆致を存分に味わって頂きたい)。さらに 後半においては、 2004年アヴィニョン演劇祭にて『舞台 は夢』を演出したフレデリック・フイスバック氏、同作 品に出演したジュゼッペ・モリノ氏からも、 『舞台は夢』

の現実における空間化にあたっての諸問題について話を

‑229‑

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聞いた。このコルネイユの作品は、今日でこそフランス のバロック演劇の代表作としての名が高いが、ラシーヌ と比しても、その言語は今日における言語とは大きな隔 たりが存在し、それゆえの演出・漬戯の構築の難しさが 深く論じられた。

この研究会に引き続いて、 「声・身体 フランス・日 本 境界を超える試み」と題したフイスバック氏による レクチャーを実施した(18‑20時、早稲田奉仕園50人 ホール)。これは、研究会が専門家・研究者を主な対象 としていたのに対して、より一般的な聴衆の参加を得な がら実施された。特に、演劇を学ぶ学生、さらに俳優や ダンサーといった実践者に参加を呼びかけておこなった ものであり、主に研究者、実践者を中心に37人の聴衆 を集めておこなわれた。ここでは、フイスバック氏の過 去そして今後の演出作品をとりあげながら、そこに読み とれる舞踊的な身体性、日本という異文化性、古典・伝 統という過去の持つ時間性などに向けられた関心、さら にその中に表れる「境界」や「隔たり」に対する問題意 識を論じて頂いた。

その翌週には、 8月30日(月)から9月3日(金) まで5日間のワークショップ『枕草子』を実施した(13

‑18時、文学部36号館演劇映像実習室)。これは、今 回の企画のなかでももっとも野心的な部分であったと いってもいいだろう。演劇と舞踊、古典と現代、日本と フランス、実践と研究、先に挙げたすべての境界線が問 題となるからだ。前年度に引き続き、清少納言の『枕草 子』を直接の素材とし、しかし、前回は演劇の女優のみ を対象としてフイスバック氏が単独で講師を務めたのに 対し、今回は、モリノ氏とトリオ‑氏という講師を加え、

参加者にも、プロの女優7名、プロの女性ダンサー5名、

さらに研究を志望する学生(文学研究科の院生を中心に 4名)も加えて7‑クショップは実施された。

連日、ワークショップの前半は、モリノ氏の指導によ る、自己の身体と空間全体そして他者の身体との関係性 を意識化するための作業に費やされた。それはまず、何 も演じず、表現しないという、 「ただそこに在る」だけ の身体表現の零度に近づこうとする作業を通じて、より 具体的には、身体の筋肉の緊張と弛緩を意識化し、そし てそのような身体の状態の変化が観客の知覚と理解に与 える影響を認識する作業を通じて、さらに、 2人組ない しグループによる簡単かつ単純なタスク・ムーヴメント を通じて、他者の身体や空間との間に、しかしきわめて 豊かな表現性を備えた関係性を構築しようとする作業が 続けられた。 5日の間に、参加者の内的な感覚・意識が 深まるにつれて、身体の在りようまでもが一変していく

のを目の当たりにすることは、感動的とすら形容しうる 経験であった。

後半部分は、清少納言のテクストを心理主義的に「解 釈‑演技」するのではなく、時間的な、それゆえの言語・

文化的な隔たりを隔たりのまま生かしながら、すなわち、

意味の伝達よりもむしろ声とその音楽性を通じた感覚性

の伝達に重点をおいた作業を通じて、声の響きと沈黙に よってもまた空間そして他者との関係性を構築する試み が展開された。身体を通じた作業と組み合わされたとき、

それは時として、これまでにない空間へのアプローチと して、観る者の精神を強く揺さぶる力を備えたものとな り、今後の舞台表現のより豊かな可能性を予感させるに 充分であった。講師のフイスバック氏とモリノ氏、さら に参加者のいずれの側も、満足のいく結果が得られたと

.'dl‑1、

さらに、トリオ‑氏と学生参加者との間では、ほぼ連 日、 「ドラマトウルグ入門」として、レクチャーとディ スカッションが、 1‑2時間にもわたって繰り広げられ た。そこでは、演出補佐という「ドイツ的」な意味にお けるドラマトウルグとして、言い換えれば、テクストと 現実の舞台の間の隔たりに橋を架ける役割を担う存在と して、参加者はこのワークショップに立ち会い、それぞ れの作業の目的と方法をできる限り分析的に観察し、ま たその発見を議論を通じて他者と共有する試みもなされ た。これまで、実践のワークショップと、研究のワーク ショップが同時になされることは、少なくとも日本にお いてはほとんどなかったことであろう。この試みが、ト リオ‑氏、学生、そして私にとっても、満足のいく結果 に終わったことに率直な喜びを感じている。

『枕草子』ワークショップは、原則非公開のまま実施 したのだが、最終日には、一般からも参加者を募り、 3 つのグループごとにワークショップの成果発表、それに 引き続いてディスカッションがおこなわれた。ここでも、

観客から、そして参加者から、非常に密度の濃い質疑応 答がなされた。

この「現代フランス舞台芸術の1週間」を締めくくる 形で実施されたのが、 9月4日(土)のシンポジウム「舞 台芸術と人材養成 <ディシプリン>を再考する」 (14

‑18時、早稲田大学小野講堂)であった。演劇や文化 政策の研究者、学生、制作者、俳優などの広義の演劇人 を中心に74名の聴衆を前に実施した。通訳はパトリッ ク・ドゥ・ヴオス氏(東京大学)、中山智子氏(エリザ ベト音楽大学)、および藤井が担当した。

まず、藤井が作成した配布資料を基に、フランスの舞 台芸術領域に関する人材養成制度の概略と特徴を説明し た。フイスバック氏、モリノ氏、トリオ‑氏の順に、演 劇(特に俳優と演出家)、舞踊(特にバレエと現代ダン ス)、演劇研究の観点から、人材養成の制度とその問題 点について指摘がなされた。フランスでは、俳優ないし 舞台技術者(近年は演出家も含む)を育てるコンセル ヴァトワール・演劇学校、ダンサーを養成する舞踊・音 楽学校、企画者・制作者および研究者を養成する大学・

高等研究機関と、専門化・細分化されている。さらに、

国立劇芸術コンセルヴァトワールをはじめとするエリー ト校においては徹底した少人数精鋭の、かつ原則として 無償の教育がなされている。この人材養成制度は、公的 機関が人材養成にはほとんど関与してこなかったといっ

一230‑

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てよい日本の状況と比較すると、きわめて恵まれた、理 想的といっても差し支えないものに見える。だが、そこ になお潜む教育と実践とのギャップをはじめ、外部から は、それもフランス国外からはいっそうのこと見えにく い問題点が指摘されたことは貴重であった。教育とい うこれまで忘れられがちだった主題に強い関心を寄せ る「演劇人」を、広く聴衆として迎えることができ、予 定の4時間を超えても質問が絶えることがなかったよう

に、非常に密度oj高い議論を交わすことができたように 思う。

最後に

来日した翌日から、連日、長時間にわたって指導を続 けてくださった3人の講師の皆さん、ワークショップ参 加者の皆さん、聴衆として参加してくださった皆さん、

プロジェクトの運営を支えてくださった皆さんには、心 からの感謝を申し上げる。中でも、制作スタッフおよび 通訳としてこの企画の実現を支えてくれた後藤美紀子さ ん、そしてCOE事務局の稲石奈津子さんには、とりわ け深い感謝を捧げたい。また、フランス大使館文化部の 助成がなければ、このような完全な形でこのプロジェク トを実現させることは不可能であった。さらに、同じフ ランス大使館文化部の助成によって、 2004年11月から 12月にかけて実施予定のマルク・ルカルパンティエ氏の 招碑と講演会・研究会の実施もまた可能となった。フラ ンス大使館文化部のブリジット・ブルーセルさんと野口 沢子さんにも心から深く感謝を申し上げる。

これら一連の作業を通じて明らかになった成果と問題 点を踏まえ、今後の可能性をこれからもさらに深く追求 するとともに、組織を超え、文化を超え、領域を超えた

この協力関係を、今後もさらに発展させ続けるという、

重い責任を実感している。

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参照

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