1 はじめに
中学校,高等学校の数学科の教師を目指す学生の指導を担当してから 6 年になる。
この講座のディプロマシーは,「自立した良識ある市民としての判断力と実践力,時代の 課題と社会の要請に応えた専門的知識と技能」を身に着けることであり,それを,具現化 するため,「中学校と高等学校の数学教育の目標と内容を理解する。また,さまざまな数 学教育理論を理解する。」ことである。
毎年,受講する学生の人数などの状況にアンバランスな面があるため,具体的に扱う内 容と配当時間に工夫を要するが,学習指導要領に沿った数学教育のあり方を理解し,実践 力を培っていくというスタンスは変わらない。
この講座の中で,学生は「模擬授業」を体験することになるが,初めての模擬授業の担 当分野は,比較的扱いやすい「数学Ⅱ」の中から学生の希望に応じて選択させている。
ここで,毎年,例外なく学生が選択する内容が「三角関数の加法定理」である。
この現象に興味を抱いたことに,この拙稿を書くに至った経緯がある。(以下,三角関 数の加法定理を,単に加法定理と記す。)
2 加法定理が選ばれる理由とその展開の工夫
学生が,加法定理を選ぶ理由の一つには,1999 年に,東京大学の入学試験に出題された 次の問題にもあるようだ。
一般角 に対して の定義を述べよ。
三角関数の加法定理の指導を巡って
榎本 里志
, を証明せよ。」
この背景には,定義のもとに様々な定理や公式が展開されていくという数学の論理構造 をあらためて認識させ,基本となる知識を再確認させるという出題の意図があったと思う が,受験生だけでなく高等学校の数学教育に携わる多くの人にインパクトを与えた。
数学の教師を目指す学生にとっても,数学の体系の美しさを伝えたいという思いは強 く,その中で他の分野と比べて加法定理が扱いやすいと判断しているからだと思われる。
学生の模擬授業の展開,とくに,加法定理の証明をどう扱うか,それぞれの思いが感じ られて興味深い。
[例 1] 最も多くの学生が扱う方法が,多少の設定の違いはあるものの,多くの教科書 で採用している「二点間の距離の公式と回転」を用いた記述に従って証明してから,具 体例に入る手法である。その証明の概略は次の通りである。
右図で,始線と単位円の交点A を だけ回転 した点Pの座標は,一般的に ,
と表され,点Aと点Pを原点O中心に, だけ負の周りに 移動した点をそれぞれB,Qとすると,それぞれの座標は,
B ,すなわち
Q となり 距離APと距離BQが等しいこと
から,AP2=BQ2より
これを整理して,余弦の加法定理
を得るというもの であるが,この証明のポイントは, , のとり方に一
般性を欠かないことと,基本的な計算で証明できることから,現在では,殆どの教科書 で扱っている。
この方法以外には,教科書では,あまり扱っていないが,図形を回転することを避け
たいという考えと,数学Ⅰで学んだ余弦定理を確認させておきたいという主旨で証明を する学生もいる。
[例 2] 右図で,始線と単位円の交点A を だけ回転 した点Pを,点Aを だけ回転した点をQ とする と,それぞれの座標は,P ,Q
となり∠POQ= であることから,三角形OPQに 余弦定理を適用して,
PQ2=OP2+ OQ2-
2
OP・OQ これより,これを整理して,余弦の加法定理 を得るとい
うものであるが,この証明のポイントは,図が動かず,余弦定理の復習も兼ね計算も楽 であることから,生徒にとって理解しやすいが, , のとりかたや,∠POQが,
180
以上の場合も示さなくてはいけないことでやや一般性を欠く。その他に,かつて教科書でも扱っていた図形を利用した証明をする学生もいるが,証 明は,「一般性を欠かず,簡潔な方法」ということを考えると,[例 1]の証明が,初め て加法定理を学ぶ生徒にとっても,適切な方法であると考えられる。
[例 3] 証明は後回しにして具体例から,導入す る学生もいる。
たとえば, 次のような図を例示して, の 値を答えさせ,三角関数の角度の和には,線形性 が成り立っていないこ とを理解させてから,証明はその後という授業展 開に工夫をする学生もいる。
日頃から,授業は「教科書を教えるのではなく,教科書で教える」というスタンスであっ て欲しいと強調している立場からは,教科書の記述通りでなく,まず疑問や興味を抱かせ てから,その理由を考えさせるという展開は,「何故?」を問う自然科学の指導において 重要である。
3 加法定理のいろいろな証明
加法定理の証明には,古くからいろいろな方法があり,それぞれに興味深いが,角の設 定において一般性が十分に示されていないものや,循環論法(「鶏が先か,卵が先か」の 議論)になってしまう場合もある。
ここではそれらを無視して,加法定理の興味ある証明の例をみてみよう。
Ⅰ [図形の利用](昭和 40 年代頃は,高等学校の教科書の主 流だった証明方法。角度の一般性を尽くしていない問題も あり,図も複雑で,生徒にとって苦手な証明法である。)
(ⅰ) , ,
(ⅱ) , ,
の場合について図示すると,
(ⅰ)の場合,EC ∠COE ,OE , ED AB OB (OC ) , DC BC (OC )
OA OB ,AE BD BC (ⅱ)の場合,EC ∠COE OE
DC BC ,
OA OB
AE BD BC
などから,(ⅰ)(ⅱ)いずれの場合にも,
EC ED+DC
(ⅰ) の場合 OE OA-AE (ⅱ)の場合 OE AE-OAから
, を
得る。
Ⅱ [第 1 余弦定理の利用](昭和 40 年代頃の教科書では,現在の余弦定理を第 2 余弦定理 とし,第 2 余弦定理を学ぶ前に,以下の定理を第 1 余弦定理として扱っていた。)
(第 1 余弦定理)三角形ABCにおいて,
, , が成り立つ
この第 1 余弦定理と正弦定理を利用する。
, , のとき,
∠A ,∠B とおくと,第 1 余弦定理
が成り立つ。
ここで,∠C であり,
正弦定理から,
, ( は△ABCの外接円の半径)
したがって, となるから,
を得る。
Ⅲ [トレーミーの定理の利用](図も単純で,簡潔な証明方法である。)
, , のとき,
ACを直径とする円Oにおいて,AC
1
としてトレミーの定理
AC・BD AB・CD + AD・BC を用いる。
外接円の半径 は により
BD ,AB AC , CD AC
AD AC ,BC AC であるから,
Ⅳ [複素数を用いる方法](複素数の積の図形的な意味を指 導する上でも,扱っておきたい内容である。)
複素数平面上の点Pは,
極形式 で表される。
これは,実数 に角度 の回転を表す数をかけたものと 考えられるから,
, とおくと,
は,実数
1
を 回転したものを表す。これは,実数1
を 回転したものを,さらに, 回転したものと同じであるから, が成り立つ。
すなわち, が成り立つ。
この右辺を展開して整理すると,
となるから,実部,虚部を比べて, ,
を得る。
なお, を の関数とみて,微分方程式 , を解くと,
すなわち,オイラーの公式 が得られるから,指数関数
の性質, から得ることもできる。
Ⅴ [行列を用いる方法](学習指導要領から,一次変換が,姿を消して久しいが,複素数 と同様,紹介しておきたい証明方法である。)
座標平面上で,原点の周りの角 の回転変換 を表す
行列は, であるから,回転角 によっ
て,点PをP に,回転角 によって,点P を点P に写 すとすると,PをP に写す変換は の回転である。
これは, と の二つの回転変換の合成(行列の積)に等 しいから
この成分を比べて,
, を得る。
Ⅵ [ベクトルを用いた方法](ベクトルを用いた方法には,基本ベクトルの回転によるも のと,内積や外積を用いる方法などがある。)
ⅰ)(基本ベクトルの回転による方法)
軸, 軸方向の基本ベクトルをそれぞれ, , とし,
単位円O上の点Pを表す位置ベクトルを
とおくと, …①
ここで, , , を原点を中心に 回転したベクト
ルを , , とすると,
①と同様に, …② となる。
,
であるから,②により,
したがって, ,
を得ることができる。
ⅱ)(内積による方法)
単位円O上の点A ,B において,
であるから,
すなわち, を得る。
ⅲ)(外積による方法)
平面上の単位円O上の点A , B において,
ここで, であるから,
ここで, とすると, となり,複号の負は不適
したがって, を得る。
なお, , , , のなす角を とするとき,2 次元の外積を
と定義する主張もあり, この定義による証明の方が容易 であるが,外積が2次元ではスカラー,3次元ではベクトルということになる違和感を 拭えない。
Ⅶ [ヴェイトの方法](1593 年フランスのヴェイト(Viete)は,三角関数の和を積に変形 する公式から,加法定理を導いた)
[ の証明]
図のように, ∠AOD , ∠DOC , OA
1
とすると,∠AOH から ,AC
2
AH ,AB ,CD であり,
∠BAC ∠OAC-∠OAB であるから,
AE AC
したがって, AE AB+CD であるから, を得る。
ここで, , とおけば , …①
同様にして,A,Cを,右の図のように半径に関して 同じ側にとると,∠AOH
∠BAC ∠OAC-∠OAB
などから,
AC
2
AH2
,AB ,CDAE AC
したがって, AE AB-CD であるから, を得る。
, とおけば, …②
①,②から
Ⅷ [微分方程式を用いる方法](高等学校の範囲を超えるが,二階の線型微分方程式の解 を利用することも出来る。)
微分方程式 …① の解のうち,
, を満たす解を,
, を満たす解を, とすると,このような解 , は
一意的に定まる。したがって,微分方程式の一般解から①を満たす解は
と一意的に定まる。
一方, は,微分方程式①を満たし,さらに, ,
であるから,微分方程式の解の存在と一意性から,
となり, とすれば
を得る。
Ⅸ [テイラー級数を用いる方法](テイラー級数から加法定理の関係をみることもできる。)
テイラー級数 , を用いて,
を得る。
以上,加法定理の証明について,いくつかの例を挙げたが, が, , とで表現されるという予想から,次のような証明(joke)で頭を休めよう。
[証明] と表されたとすると,
のとき, , のとき, より,
したがって,
と表されたとすると,
のとき, , のとき, より,
したがって, … ???
4 大学入学試験問題から
加法定理は,先にあげた東京大学の大学入試問題を例として,高等学校の教育に,さま ざまな話題を提供し,少なからず影響を与えている。ここでは,数多く出題されてきた加 法定理の中から,今後の指導の指針となるようないくつかの例を見てみよう。(問題の主 旨を変えず,穴埋めでは一部形式を変えたものもある。)
[例 1](加法定理そのものを適用する問題は,これまでも多く問われている)
実数 , が , , を満たしているとき,
(1) の値を求めよ。 (2) , , , の値を求めよ。
(2019 日本女子大)
[略解](1) …① …② …③ とする。
①2+②2を整理して, を得る。
(2)(1) より, ①の条件から, すなわち これを ,①, ②に代入して
加法定理により, , の方程式から, , を得る。
さらに,②, ③から, , を得る。
[例 2]( , , に関する三角関数の値に関連する出題例も多い)
(1) とするとき, により,
, を得る。
(2)半径 1 の円に内接する正五角形の面積と,1 辺の長さが 1 である正五角形の面積はそ れぞれ, である。 (2019 東京理大)
[略解](1) とすると, であるから, 。
また,
(2) 半径 1 の円に内接する正五角形の面積を とすると,
ここで, なので,
1 辺の長さが 1 である正五角形 の面積を とし,
の半径を とすると,
ここで,余弦定理より
となるから,
(cf) なお, や の値は,図のような,頂角が の二等辺三角形を用いる
方法が容易。
[例 3](周期性は,三角関数の最も重要な性質でありながら,苦手とする生徒が多い)
三角関数の周期に関する次の問いに答えなさい。
(1) 関数 の周期のうち,正で最小のものを求めなさい。
(2) 関数 が周期関数でないことを証明しなさい。
(2017 山口東京理大)
[略解](1) 周期を とすると, より,
これが任意の に対して成り立つことから ,
, を整数として , より,これをみたす正で最小の は,
(2) , が成り立つとすると,
これが任意の に対して成り立つことから ,
, を整数として , ,
より, であり, と表され, が無理数であることから,
, をみたす は存在しない。
[例 4] (三角方程式は,様々な視点,形式により問われることが多い)
を実数とする。 についての方程式 が,
の範囲で 2 つの異なる解をもつのは のときである。
(2017 早大)
[略解] より
…① は右図の角
①をみたす が の範囲に異なる 2 つ存在する条件は,
(ⅰ) のとき, (ⅱ) のとき,
より より
(ⅰ)(ⅱ)より,
[例 5](複素数と三角関数の関係は切り離せない)
複素数 に対して,複素数 , を ,
とする。次の問いに答えよ。
(1) , の値を求めよ。 (2) , の値を求めよ。
(3) および の値を求めよ。
(2019 横国大)
[略解](1) であり,
より, よって, ,また から
(2)(1) より, , は,2 次方程式 の解 である。
ここで,( の虚部)
であるから, ,
(3)(2) の結果から,( の虚部)
[例 6](積を和に,積を和に変える公式は,加法定理から自由に得られることを徹底し ておきたい)
を正の整数とする。
(1) 次の等式が成り立つことを示せ。
(2)次の方程式の解 をすべて求めよ。
(2019 東北大)
[略解](1) …①とする。
であるから,
したがって,①が成り立つ。
(2) …② が成り立つとき,(1)より, …③
逆に③が成り立つとき, ここで, の解 ( は整
数)に対して, ゆえに,②の解は③の解のうち,
をみたすものである。
③より, であるから,
または をみたす解のうち, をみたすものを求め
ると, ( は任意の整数), ( は の倍数でない整数)
[例 7]( が無理数で, , が有理数となる の値を探す)
とする。 は有理数ではないが, と がともに有理数とな
るような の値を求めよ。ただし, が素数のと, が有理数でないことは証明なし
[略解] において, が無理数で, と は有理数であるとする。
( は有理数)とおくと, となり,
とすると となり,左辺が無理数,右辺が有理数となって矛盾。
ゆえに, から を得て,題意に適する の値, を得る。
( が実数値全体の値をとることから, の値にまつわる出題例は多彩である)
[例 8] は有理数か。 (2006 京大)
[略解] ( は有理数)とおくと, は有理数となる。
同様にして, , , , も有理数となる。
このとき, (有理数)であり,
が無理数であることから矛盾となる。( が無理数であることの証明を
要する)
[例 9] , , , , , とする。
(1) を求めよ。 (2) , を求めよ。
(2) となることを示せ。 (4) となることを示せ。
(2013 お茶の水女大)
[略解](1) , より
(2) ,
, , で, より, 同様に, , より
であるから,
(3) の範囲で, は単調増加であるから,
, さらに, ,
であるから, より,
(4)(3)より, ゆえに, より,
[例 10] △ABCにおいて,∠A,∠B,∠Cの大きさをそれぞれ , , とする。
, , がすべて整数で, であるとき,次の問いに答えよ。
(1) を を用いて表せ。 (2) を示せ。
(3) , , の値をすべて求めよ。 (2017 島根大)
[略解](1) より
(2) , , がすべて整数で, より, かつ
(1)の結果より,
…① ここで より, と
は異なる自然数であるから, ①より, すなわち,
(3)(2) の結果から, , , とおくと, ,, は自然数で
かつ をみたす。
より となることなどを用いて,
, , を得る。
5 おわりに
学習指導要領の長い変遷の中でも,三角関数は学習指導要領の指導項目から外れたこと はなく,その中でも重要な性質の 1 つとしての加法定理は,それから導かれる多くの公式 とともに,三角関数を具体的な事象の考察に活用する力を養うこととされてきた。
物理学をはじめとして自然科学での三角関数の重要度は,述べるまでもないが,これを,
どう生徒に理解させ,活用させていくか,数学の教師の手腕が問われる分野の一つである。
この拙稿は,高等学校や中学校の数学の教師を目指す学生の指導を通して,加法定理の 指導について振り返るとともに,少なからず高等学校の数学教育に影響を与えている大学 入試問題の現状と指導の指針となるものを書きたいとの思いで始めたが,その思いを十分 に表現するまでには至らなかった。
[参考文献]
・高等学校「数学Ⅰ」「数学Ⅱ」教科書 (数研出版,啓林館,東京書籍,旺文社 他)
・旺文社 高等学校「数学Ⅱ」[改訂版]教授資料(小松勇作 編)
・旺文社 全国大学入試問題正解 数学