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智山學報 第43 - 007苫米地 誠一「栂尾高山寺所蔵『阿弥陀并極楽証文』について : 浄法房兼海と密教浄土教」

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一 ( 論 文 要 旨 V   京 都 府 栂 尾 の 高 山 寺 に 所 蔵 さ れ る 『 阿 弥 陀 并 極 楽 証 文 』 は 外 題 や 内 題 に 「 阿 弥 陀 并 極 楽 証 文 」 と あ り は じ め に 真 言 密 教 に 於 る 阿 弥 陀 仏 と 極 楽 浄 土 と を 説 く 経 軌 の 名 前 を 列 挙 し て い る が 第 二 丁 以 降 は 高 野 御 室 覚 法 法 親 王 が 久 安 六 (

五 〇 ) 年 に 高 野 山 に 於 て 修 さ れ た 御 逆 修 の 唱 導 文 で あ る 。 而 も こ の 唱 導 文 は 興 教 大 師 覚 鑁 聖 人 の 潟 瓶 の 弟 子 で あ る 浄 法 房 兼 海 聖 人 の 作 と 思 わ れ こ れ に よ り 兼 海 聖 人 の 浄 土 教 を 考 え て み た い 。 栂尾 高山 寺蔵 『阿 弥 陀 』 につ い て 一 、 は

め に  

尾 の 高 山

蔵 さ れ る 『 阿 弥

証 文 』 の 写

一 冊 は

紙 の 外

や 第 一 丁 の 内 題 に 「 阿

極 楽

文 」 と あ り 、 は じ め に

言 密

い て 阿

陀 仏 や 極 楽 浄 土 へ の 往 生 な ど を 説 く 経 軌 十 四

の 名

を 列

し 、 ま た

一 丁 左

に は 「

説 文 」 と し て 『

軌 』 の 文 を 引 用 し て い る 。 而 し 第 二 丁 以 降 に 就 て は 、 そ の

に は 「

康 治 二

 

 

ζ

上 人

了 久

六 年 六 月

( 覺 法 親 王 )

之 ( 若

上 人 歟

之 ) 」 ( 括 弧

は 細 字 割 注 。 以 下 同

) と あ り 、 ま た

六 丁 左 頁 の 終 わ り に は 「 久

六 月 廿 七 日 御

仏 事

之 」 と あ り、 こ れ が 仁 和 寺 第 四 世

野 御 室

法 法 親 王 ( 一 〇 九 一 〜 一 一 五 三 ) が 、 巳 に 興

( 一 〇 九 五 ー

四 三 ) の 没 し た

の 久 安 六 ( 一 一 五 〇 〉 年 六 月 に

野 山 に 於 て 修 さ れ た

の 唱

で あ る

が 知 ら れ る 。 従 っ て こ の 文

は 正 し く は 「 久 安 六 年 高 野

法 要 唱

文 」 と

べ き で あ ろ

。 ま た こ の

で は 、 こ の 逆

は 既 に

鑁 入

の 後 で あ る か ら

が 勤 め た の か 、

107

(2)

智 山学報第四十三輯 平成六年三月 海 上 人 か 、

信 法

ね る べ し と し て い る 。 こ こ に は

二 種 の 唱

文 が 収 め ら れ て い る が 共 に 同 じ 逆

法 要 時 の

の で あ り

定 太 皇 」 が

し く

立 し た

身 の

の 阿 弥 陀 如

写 の 『

経 』 八

義 経 』 闘 観 普 賢

経 』 各 一 巻 と

開 眼 し

す る 旨 を

べ て お り 、

れ る 如 く 、

安 六 年 六 月 の 逆

法 要 で は そ の 七 日 目 と 結 願 の 三 七

B

目 ( 二 十 一 日 目 ) と に

に 阿 弥 陀

と 『 法 華 経 』 と の

養 を

し て い る の で、 そ の 二

の 供

会 の

々 の 唱

と 考 え ら れ る 。                

 

   

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

      ま た 、 こ の 文 献 に

し て は 、 既 に

野 達 慧 氏 が 「 興 教 大 師 御

述 に 対 す る 書 誌

的 研 究 」 の

で、

寺 観 智 院 金 剛 蔵 よ り 発 見 さ れ た 写

て 紹

さ れ て お り、 そ の 外

・ 内 容

告 か ら す る と こ の

山 寺 所 蔵 写 本 と

で あ る 。 而 し

編 『 東 甞 観

聖 教 目 録 』

に は 或 は

と し が あ る か も し れ な い が 現 在 迄 の 所 、 「 阿 弥 陀

証 文 」 の 名 は 発 見 で き て い な い 。

っ て こ れ ま で の

で は、 こ の

山 寺 蔵 写

が 唯 一 で あ る

に な ろ

。 二

  仁 和

四 世 で あ る 覚 法 法

王 は

河 天 皇 の

四 皇 子 で、 兄 で あ る

子 仁 和

三 世

御 室 覚 行 法

薫 ⊃ 〇 七 五 〜 一 一 〇 四 ) の 下 に 出

し 、

就 院 寛 助

正 ( 一 〇 五 七 〜 一 一 二 五 ) に

天 仁 二 二 一 〇 九 ) 年 に 伝 法 潅 項 を

仁 和

流 の 流 祖 と な る 。 ま た 天 永 元 (

一 〇 ) 年 に 小 野

羽 僧 正

( 一 〇 三 八 〜 一                    

 

   

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

  ヨ

二 ) か ら 小 野 流 を 受 法 す る 。

さ れ 、

野 山 に 対

野 躓 上 に

の 別 所 と し て の 勝

華 院 を 建 立 し 示 寂 の

院 に

さ れ た 。                    

 

   

 

   

 

   

 

                ヰ  

王 は

々 高 野 由 へ 参

さ れ て い る が 、 『 高 野

編 年

輪 に よ る と

治 二 食 } 二 七 )

十 一 月 に 白 河 院 と

の 二 人 の 上 皇 が 高 野 登 山 を さ れ た

に 従 わ れ こ れ よ り

野 山 に

さ れ こ の 事 に よ り 高 野

室 と 一H 

108

 一

(3)

栂尾山 寺 所 蔵 『阿 弥 陀并極 楽 』 につ い て

さ れ る よ う に な っ た と さ れ る 。 こ の

の 両 塔 供

で は

主 三 宝 院 勝

師 を 、

校 阿 闍 梨 良 禅 が

願 を

経 供

で は

明 院

河 院 の

阿 闍 梨 が

羽 院 の

師 。 理 趣 三

で は 白 河 院 の 唱

師 を

羽 院 の 唱 礼 師 を

川 上 人 実

め た と さ れ る 。 ま た

法 親 王 は、 こ の

治 四

二 月 に

院 の

を 造

さ れ た と さ れ る が そ れ 以 上 の 記 載 は な い 。 而 し 『

野 山 文 書 』 「 又 続 宝 簡

」 三 十 の 「

野 御

御    

 

ヨ 参 籠 日 記 ( 御

御 所 高 野 山 御 参

) 」 に は

三 (

四 七 ) 年 五 月 か ら 久 安 六 年 六 ・ 七 月 ま で の

の 記 録 が 残 さ れ て い る 。   こ の 記 録 に よ る と

法 親 王 は

野 山 上 に

て 多 く の

さ れ て い る が 、 そ の

か ら

わ る 法 事 を 拾 う と

の 如 く で あ る 。  

安 三 年 五

で は 、 十 五 日 に 聖 人 三 十 六 人 に よ る 不

勝 陀 羅 尼 と

剛 峰 寺 僧 六 口 に よ る 阿 弥 陀

十 八 日 に 禅

師 と し て 阿 弥 陀 放 光

の 供 養 を

し て い る 。   久 安 四

で は 十 七 日 に 塔 に 参 り 二 十 四 口 聖 人 に よ っ て 百 日 の

陀 羅 尼 を 始 め 六 口

に よ り 阿

陀 講 。   同

六 月 の 参

で は 十 五 日 に 六 口

に よ り 阿 弥 陀 講 、 二

六 日 よ り

師 と し

寺 僧 六 口 に よ り 三 尺 の

を 供

し 、 尊 勝 陀 羅

。 ま た 阿

行 じ 毎 日 、 阿

像 一

と 『 理

』 『 阿

』 各 一

を 供 養 し ま た 阿 弥 陀

過 を 行 ず る 。 七 月 四 日 に 三 尺 阿 弥 陀

一 体 と 色 紙 『 観

寿

経 』 一 巻 を

、 七 日

白 河 院 の 忌 日 に 十 二 口 の 聖 人 に よ り 一

の 不 断

勝 陀 羅 尼 を 塔 に

て 誦 せ し め る 。 こ れ は 院 の 忌 日 に

寺 に 於 て 行

の 如

で あ る と い い 、 そ の

の 参

に も 不 断

勝 陀 羅

行 じ て い る 。 十 一

二 尺 弥

と 『 法

経 』 一

を 供 養 。 十 五 日 に 光 堂 に 阿 弥 陀

過 を 行

。 十 七 日 逆

三 七 日 の

願 に

泥 成 身 会 曼

と 色 紙 『 理 趣 経 』 一

を 供 養 。 導 師 は 禅 信 で 「

経 之 詞

人 感

」 と さ れ る 。 一

109

(4)

智山学報第   久 安 五

四 月 の 参

で は 十 四 日

月 忌 に 六 口

に よ り 『 法 華 経 』 一

を 講

。 十 五 日 塔 に 十 二 口 聖 人 に よ り 一 昼

勝 陀 羅 尼

二 日 よ り 故 御

河 院 ) の 為 に 阿

を 行

。 こ の 間 に 四 月 十 日

の 舎 利 会 に

読 師

恵 と し 、 五 月 五 日 別 所 聖 人 に

を 分 与 、 八 日 別 所 聖 人 の

縁 の

米 を 引 く 。 九 日 長

信 が 林 賢 の

職 を

止 し 行 恵 に 改 補

る 。 十 二 日 大 塔 に 落 雷 し

堂 を

し 、

堂 ・ 潅 頂 堂

が 焼

。 六 月 十 四 日 故

月 忌 に 『 法 華 経 』 一

を 供 養 、 阿

を 行 じ 十 二 口 別 所 聖 人 に よ り 一 昼 夜 不

念 仏 、 十 五 日 毎 月 尊 勝 陀

を 始 行 、 阿

を 行

。 七 月 七 日

忌 日 に 別

十 二 口 の 一 昼

不 断

陀 羅 尼 と

経 。 十 四 日 故

月 忌 に 『 法 華 経 』 一 部 供

、 十 二 口

聖 人 に よ り 一

念 仏 十 五 日 恒

勝 陀

を 始 め る 。 ま た こ の 日 小 田 原

聖 人 堂 に

て 七 口 聖 人 に よ り 盂

師 浄

師 性

願 大

三 礼

勝 房 唱 理

仏 厳 房 等 に よ っ て

じ ら れ た 。 八

四 日 阿

と 百 万 遍

願 す る 。   久 安 六

六 月 の 参 籠 で は 六 月 二 十 一 日 に 三 七 日 を 限 っ て 六 口 僧 に よ り 逆

を 始 め

師 と し 理 趣 会

『 理 趣 経 』 三

を 供

し 、 供

に 諷 誦 理 趣 三

に 阿 弥 陀

・ 『 法 華 経 』

一 巻 ・ 『 理 趣 経 』 三 巻 . 『 阿 弥 陀 経 』 三 巻 を 供 養 。 逆 修

七 日 目 の 二 十 七 日 に

阿 弥 陀

・ 『 法

経 』 一

海 聖 人 を

師 と し て

。 七 月 八 日

祈 の

め 、 十 二 日 逆

三 七 日 の 結 願 に

聖 人 を 以 て 等

阿 弥 陀

・ 『 法 華 経 』 ・

勝 陀 羅 尼 百 遍 を 供 養 し

也 」 と さ れ る 。 次 に 理 趣 三

に よ り 結 願 。 ま た 十 五 日 に 七 人 聖 人 に よ り 孟 蘭 盆

を 二 所 聖 霊 の

師 と し て

次 に 十 二 口

人 に よ り 毎 月 恒 例

勝 陀

尼 を 始 め る 。   こ の 記 録 に よ る と 久 安 六

の 参 籠 に

る 六 月 二 十 一 日 か ら 七 月 十 二 日 ま で の 逆

に 於 て そ の 第 七 日 目 の 六 月 二 十 七 日 と 三 七 ( 二 十

日 目 の 七 月 十 二 日 の 結 願 に

上 人

師 と し て、

陀 仏

と 『 法 華 一

110

(5)

栂尾高山 寺 所 蔵 『阿 弥 陀極 楽 証 文 』 につ い て 経 』 の 供 養 が 行 わ れ 、

海 の 説 法 が

で あ っ た と 称

さ れ て い る 。 こ れ は 『 阿

極 楽 証 文 』 即 ち 『

野 御 室 御

法 要 唱

文 』 の

と 一 致 し て お り

っ て こ の 『 御 逆 修 唱

文 』 は 兼 海 の

で あ る と

が で き る 。

 

で 、 こ の 記 録 で は 金 剛

寺 僧 に よ る 阿 弥 陀

勝 像 ・ 弥

の 供 養

、 阿

陀 悔 過 『 法 華 経 』 ・

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

                  『 阿 弥 陀 経 』 ・ 『 観

量 寿 経 』 ・ 『 理 趣 経 』 ・

養 と と

聖 人 に よ る 不

尼 が 度 々

さ れ て い る が

勝 陀 羅 尼 は 堕 悪 趣 の 罪 障 を 除 き 極 楽

生 の 利 益 の あ る 陀 羅 尼 と し て

誦 さ れ る も の で あ り ま た こ の 陀 羅 尼 の

誦 を 「

仏 」 と 称 す る 例 も あ り 久 安 五 年 六

十 四 日 ・ 七 月 十 四 日 の 不 断 念 仏 も そ の

の 記 録 か ら 見 て

尼 の 念 誦 で あ ろ

。 こ れ は

院 の 亡 魂 精 霊 に 対

で は あ る が 、

と し て の 廻 向 は 利 他

あ り 当 人 に

わ っ て

し た 功 徳 を

霊 に 廻 向

を 、

純 に 死 霊 鎮 送

仏 と

ず る 事 に は

が あ ろ う 。 ま た 阿

『 阿 弥 陀 経 』

と 共 に 『 法

経 』 の 供 養 ・

経 が

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

                          フ れ て お り 更 に は 弥

の 造 立 供 養 の 見 ら れ る こ と は

王 の 浄 土

が 『

』 信 仰 的 浄 土

る 事 を 示 す も の と い え よ う 。

 

ま た

陀 羅 尼 の

め る 聖 人 達 は

野 山

る 仁 和

の 聖 人 で あ ろ

。 こ の 仁 和 寺 別

親 王 の 建 立 し た 勝 蓮 華 院 と

え ら れ る が 、 ま た

院 や 覚 皇 院 、 月 上 院

心 院 な ど の

伝 法 院 方 の 院

や は り

別 所 で あ っ て 、

安 五 ・ 六 年 に 小 田

谷 の

懐 聖 人

じ ら れ た 盂

出 仕 の 七 口 聖 人 は 記 録 で は 「 実 名 知 ら

」 と さ れ る が 、 咒

証 印 は 月 上 院 主 、 密 厳 院

二 世 、

六 ・ 十 五 代 伝

証 印 方 の 祖 で

覚 鑁 の 付

の 弟 子 で あ る 。 ま た 散 華 の

厳 房 聖 人 は 九 条

実 の 帰 依 の 師 で あ り 、 『 十

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

                        は

』 の 抄 出

と し て 知 ら れ る が 、 や は り 第 十 一 ・ 十 八

伝 法 院

頭 で あ っ て

野 山 往 生

』 に よ る

 

   

 

   

 

                             

 

   

 

   

 

   

 

                    と 宝 生

の 入

に 随 侍 し た と さ れ 、 や は り 伝

院 方 の

と 思 わ れ る 。 ま た 『

縁 起 』 に よ れ ば

111

(6)

智由学報第四十三輯 聖 人

る 浄 土 院 は

の 入

所 僧 院 の 一 と さ れ て お り 、 こ れ か ら

る と

の 条

、 性

厨 、 理

の 聖 人 も 伝 法

で あ る と

え ら れ

王 の 法

に 勤 仕

る 別

聖 人

法 院 方 僧 の 存

と い う

の が

え ら れ よ

し 先 に

鑁 と 共 に 根 来 に 去 っ て い た

法 院 方 の

は 、

六 月 二 十 西 日 の

宣 と

法 院 座 主 禅 覚 ・ 別

海 等 の 起 請 文 に よ っ て 帰 出 し た も の と

え ら れ 、 そ

る と 久 安 三

五 月 十 五 日 の 不 断

勝 陀 羅 尼 を 勤 め た 三 十 六 口 聖 人 は 伝 法 院 僧 で は な い の で あ ろ う か そ れ と

こ の

に 既 に

が 帰 山 し て い た の で あ ろ う か 。  

で 、

法 親 王 と 覚 鑁 方 と の 関

に 就 て 両 者 が 疎 遠 で あ っ た と

る 説 が あ る 。 『 覚 鑁 上 入 縁

』 に よ る と 、

鑁 は

羽 法 皇 に 頼 っ て 諸 流 遍

果 た そ う と し 自 宗 に 於 て 醍 醐 座 主 三 宝 院 大

( 一 〇 七 四 〜 一 一 四

) と

畏 吏 寛 信 法 務 ( 一 〇 入 四 〜 一 一 五 三 V と そ し て

鑁 に と っ て は

助 受 法 の 兄

子 と な る

法 親 王 と 仁 和

院 宮 聖 恵 親 王 ( 一 〇

四 ー 一 一 三 七 V か ち の 受 法 を 願 い そ れ を

す 鳥 羽

の 返

覚 法 親 王 に

て は

鑁 が 高 野 山 上 に

興 し た 伝 法 大 会 を 喜 ば ざ る 人 で あ る か ら

法 は 出

い で あ ろ う と 断 わ ら れ た と さ れ る 。

田 良 洪 博 士 は こ の 記

を 肯 定 さ れ 、

鑁 方 と は ま っ た

な っ た 立 場 に あ っ た と さ れ て い る 。 而 し こ の 記

は 『 霊 瑞 縁 起 』 に は 見 ら れ な い も の で 、 定 海 ・ 寛 信 か ら の

認 さ れ る も の の 、

恵 親 王 か ら の 受 法 の 記 録 も 存 在 し な い 。 そ も そ も

法 親 王 ・

恵 親 王 と も に 寛 助 の

で あ り、 既 に 寛 助 よ り

法 し た 覚

が、 更 に

め て 受 法 し よ う と す る

そ の

な 重 受 の 例 が な い 訳 で は な い が 、 余 り 考 え ら れ な い

で あ ろ う 。

親 王 は

か ら 小 野 流 を 相 承 し て は い る が 、

は 寛

よ り 小 野

し て い る の で

る か ら 、 こ れ を

王 よ り

け る べ き 理

は な い 。 即 ち こ の 『 上 人 縁 起 』 の 記 事 は

用 し

い と 思 わ れ る 。 ま た 既 に 見 て き た よ

に 覚

王 の 法

に 多 く の 伝 法 院

し て い る

は 、 仁 和 寺 門 跡 で

親 王 と 仁 利 寺

の 僧

11

で あ る

法 院

と の 関

が 緊

で あ っ た と

え る べ き

当 な 理

。 一

112

(7)

栂尾 高山寺所蔵 『弥陀并極 楽証文 』 につ い て

  久 安 六

法 親 王 の

要 に 於 て、 第 七 日 と 三 七 日 と に 供 養 を 修 し

め た

法 房

海 は

聖 人 よ り

付 法 を 受 け た 伝 法 院 流 兼 海 方 の 祖 、 密 厳 院 院 主

一 世

大 伝 法 院

頭 で あ り                              

 

   

 

   

 

の 無

し た

の 記 録 を 「

鑁 上 人 事 」 と し て 残 し て い る 覚 鑁 の 瀉

弟 子 で あ る 。 こ ご で 『

安 六

野 御

法 要 唱 導 文 』 ( 『 阿

楽 証 文 』 V に よ っ て こ の

海 の

浄 土

の 特

を 、 師

鑁 の 浄 土

と 比

し な が ら

え て み た い 。 勿

、 資

に 僅 か な も の で あ り 、

の 浄 土

の 全

明 ら か に

は 出

な い で あ ろ

。 ま た こ れ が

法 親 王 の 逆

要 に 於 る 唱

で あ る 所 か ら し て 、 そ の 逆

行 っ た 覚 法 親 王 の

の 反 映 す る

分 の

在 が

さ れ る 。   先 ず 七 日 の 唱

文 で は 、

め に 着 座 ・

に 開 眼 の

に 仏 眼 真 言 ・ 大 日

い で

べ る と し て 「 弥 陀 羯 磨 の 聖 容 を

『 妙 法 』 『

』 の 真 文 を 素 紙 に 写 し て 秘 密 の

に 付 て 開 眼 ・ 開

遂 げ

浄 の 叡 慮 を 廻 ら し て

の 仏 徳 を 期 す 。

れ ば 則 ち 現 に 宝

を 遐 劫 に 保 ち 久 し

大 師 の 仏 法 を 弘 め 、 終 に 往 生 を 安

に 遂 げ て

上 の 仏 果 を 成 ぜ む 。 」 と し て お り 即 ち 金 色 の 阿 弥 陀 如 来

造 立 し

』 『

勝 陀

尼 』 を

写 し、 密

に よ っ て 開 眼 ・ 開

そ れ に よ っ て 現 に 寿 命 を 長 く し 弘 法 大 師 空

の 仏 法

11

を 弘 め、

浄 土 (

楽 浄 土 ) へ 往 生 し

上 の 仏

を 成 じ よ う と す る 。 次 に 三 七 日 の 唱

文 の 表 白 で は 「

べ き も の は

罪 生

む べ き も の は

の 行 」 で あ り、 禅 定 太 皇 の 三 七 偏 の 逆 修 は 経 王 の 誠

り 、

身 の 金

顕 し、 大

の 妙

( 『 法

経 』 開

の 十

) を

写 し て

に 就 て

・ 開 眼

る と し

は 瑜

の 量 で あ っ て 、 入 我 我 入 の

で あ り、

養 の 王 で あ る と

る 。 こ こ で

の 唱

文 に

ら れ る

浄 土 へ の

生 は 、 現 身 往 生 か 順

生 か は 明

で は な い 。 而 し 阿

陀 如

113

(8)

智山学報第四十三

羅 と し

に よ る 事 を 主

し て お り、 ま た

の 唱

文 に も 瑜 伽 密

に よ る と し て お り 、

身 の 量 と は 入 我 我 入 の 義 と

る な ど 密 教 に

づ い た 浄 土 往 生 で あ る 事 は 明 ら か で あ る 。 ま た こ の 法

そ の

の が

で あ る

か ら

る と こ の 浄 土 往 生 は 順 次 往 生 と

え る べ き で あ ろ

か 。 そ れ と 共 に こ こ で は 『

華 経 』 の

供 養 が 行 ぜ ら れ て い る

が 注 目 さ れ る 。 し か も そ の 開 題 は 密 教 に よ る

が 主 張 さ れ て お り 、

に 於 る 『 法

経 』 信 仰 の 問 題 が

え ら れ な け れ ば な ら な い 。   こ こ で 唱

心 で

法 段 開 題 の

に 就 て 見 て み る と 、 先

七 日 の 唱 導

で は 、 仏

の 問 題 を

心 に

べ ら れ て い る 。 即 ち 「

は 仏 眼 大 日、

日 を 読 み ( 談 じ ) 奉 る に 、 種

万 徳 皆

し て

の 仏

し、 云 々 」 と い い 、 『 二

論 』 『 声 字

』 『

』 『 秘 鍵 』 『 金

頂 経 開 題 』

、 空 海 の

と し な が ら 、

密 二

主 の 仏

違 等 空 海 説 そ の ま ま の

判 論 を 述 べ そ こ で 「 弥 陀 仏 は 金

五 智 三

を 以 て

量 光 の

を 釈 す べ し 。 」 と し 『 金 剛 頂 経 』 に よ る

深 の

理 功

は 五 種 三

・ 五

光 明 に 摂 っ せ ら れ

無 量 の

日 遍 照 の 法 界 体 性 三 昧 に 摂 っ せ ら れ る と し 阿 弥 陀 如

に 一 門 と 普 門 と の 二 種 の

門 が あ る と

る 。 即 ち こ こ で は 阿 弥 陀 如

と 大 日 如 来 と を 一

門 総 徳 と に よ っ て 解 釈 し よ う と

る も の で あ り、

め て

統 的 な 理 解 と 言 え よ う 。   そ し て 三 七 日 の 唱

文 で は 、 仏 に 自 性 ・ 受 用 ・ 変 化 ・

の 四 種 法

が あ り

の 四 種 法

は 「 法 爾 法 然 に し て 三 世 に

住 し 法 界 に 周 遍 し て 平

不 変 な る が

に 、 皆 法 身 と 名

る 歟 。 」 と い い 、 「

量 寿 仏 と は、 法 身 の 常

、 是 れ な り 。 然 れ ば 則 ち 諸 仏 の 法 身 の

を 得 る

皆 無 量

寿

仏 の

な り 。 」 と す る 。

鑁 の 『

』 に も 「 帰

」 の

を 釈 し て 「

」 を

寿

仏 と し 、 法

恆 不 壊 の

る 。

海 の 理

は こ の

説 を

承 す る も の で あ る が 、 「 諸 仏 の 法 身 の 名

得 る 事 は 皆 無 量 寿 仏 の 功 徳 な り 。 」 と い

主 張 は、

に よ る 発 展

理 解 と い え よ う 。 一

114

(9)

栂尾 高山 寺所蔵并極 楽証 文 』 につ い て    

 

   

 

   

 

め   そ し て 『 観 無 量

寿

経 』 の

に 阿

陀 一 仏 を

る 事 は 一 切 諸

で あ る と 見 え る の は こ の 故 で あ る と し 、 阿 弥 陀 は 大 悲 を

と し 、 一 切

仏 は

を 心 と す る か ら 一 切 諸 仏 は 阿 弥 陀 を 心 と

る の で あ り

と い い 、 仏 心 と い う の

、 阿

陀 の 功

に 外 な ら な い と

る 。 こ の 阿

陀 を 諸 仏 の 慈 悲 心 と

釈 も 兼

の も の で あ ろ

鑁 は 阿

法 身 大 日 如

の 妙 観

と し 専 ら

慧 の 側 面 に 於 て 捉 え て お り 、 『 { 字 義

』 に は、 阿

利 他 門 の 仏 と し 、 「 大 悲 門 の

な る が 故 に 」 と は し て い る が こ れ

一 切 諸 仏 の

悲 と

る 理 解 は

ら れ な か っ た 。 或 は

海 は 党 鑁 の 阿 弥 陀 を 大 悲 門 の

と す る 理 解 を 継 承 し て い る の か も 知 れ な い が 、 阿

仏 の 慈 悲 心 の 当 体 と

る 事 は 更 に そ の 理 解 を 進 め て い る と い え よ う 。 特 に

海 が 一 切 諸

と し 、

日 如

と し て い な い 事 は、 勿 論 阿 弥 陀 即 大 日 の 立 場 か ら 一 切 諸 仏 に 共 通 し 遍 満

る 大 日 如

に 即 し て 阿

陀 を

て い る 訳 で は あ る が、

が 法 身 大 日 へ 一 元

・ 集 約 化

る の に 対 し こ こ に 見 ら れ る

の 立 場 は 一 切

の 方 向 へ 拡 散 し て い る と

え よ う か 。    

 

   

 

   

 

        そ し て 『

経 』 巻 十 一 を

い て、 仏 は 十 方 浄 土 へ

に 随 っ て

を 説 く が、 十 方 浄 土 に 若 し 差 別 が

け れ ば 何 故 に 経 典

に 阿

の 浄 土 を

る の か と い う 疑

に 対 し 、

世 界 の 人 は

信 に

か う も の は 少 な

邪 見 を 習 い 、 正 法 を 信 ぜ

一 に

れ な い の で 、

心 な ら し め ん が

阿 弥 陀 の 浄 土 を

る の で あ り 、 諸 の 往 生 者 は 彼 の 願 に

っ て

を 獲 ざ る も の は

い と

る 。 そ し て

の 説 に よ れ ば 阿 弥 陀 が そ の

の 仏 に 勝 れ て い る の は そ の 機

に あ る の だ と

る 。 そ し て 『 心 地 観

』 に

じ 事 が 見 え

も 、 阿

た と え 余 土 ・ 余 仏 を 説 い て

同 じ

で あ る と す る と い

説 を 引

。 こ の

所 は 全 く 慧 心 院

の 『 往 生 要

』 の 大 文 第 三 「 極 楽 証 拠 」 の 一 「 十 方 に 対 す 」 に 『 随 願 往 生 経 ( ー 『

頂 経 』 巻 十 一 ) と 『 心 地

経 』 の 同 文 を 引 用 し て

じ て い る の に 拠 っ た も の で あ り、 こ の 「 先 徳 」 は 源

し て い る 。 こ の よ

な 極

と 十

浄 土 と を 対 比

題 意 識 は 大 日 如 来 と 密 巌 浄 土 を

心 と

る 覚 鑁 に は 見 ら れ な か っ た も の で

115

(10)

智 山学報第四十三 輯 こ こ に 見 ら れ る

の 浄 土

が 阿

陀 仏 を

心 と し て い る

の 顕 わ れ と い え よ う 。  

に、

言 の 深 秘 の

に よ れ ば 、 阿

を 念 じ て 浄 土 へ 生

と 説 い て 余 仏 を 表 さ ざ る

陀 仏 は

・ 大

行 願 の

で あ り 、

門 に は

し て 開 け な い (

主 と

る 法 門 は 、

劣 を 簡 択 し 、

し て 、 そ の

門 を 秘

と し 開 授 し な い ) が 、

門 に は 開 け て 制 せ

、 十 悪 五 逆 の

根 の 鈍 や 障 の 重 さ

い わ ざ る の で

る と し 諸 仏 の

悲 は 済 度 さ れ る べ き

生 の

在 に よ っ て 生

る の で

り 、 衆 生 の 身 中 に は 煩

に よ っ て

汚 さ れ ざ る 仏 性 の 蓮 華 が あ り

仏 は こ れ を 加 持 し て

悲 胎 蔵 に 引 入

る の で

諸 仏 に は 皆 こ の

悲 の

が あ っ て こ れ を 一

に 密 合 し て 阿 弥 陀 仏 を 成 ず る の で あ る と す る 。 そ し て 阿 字 を 以 て 諸 字 の 本 と

る 如 く 一 切 諸 仏 の 随 願 往 生 の

は、 阿 弥 陀 仏 の 三 摩 地 に よ っ て 顕 現

る と

る 。 一 則 ち 一 切 諸 仏 の

悲 の

を 阿 弥 陀 仏 と

る の で あ り 十 方 浄 土 へ の

生 も 全 て 阿 弥 陀 仏 (

11

法 身 大 日 の 大 悲 ) の 三 摩 地 に よ る と い

の で あ る 。   ま た 阿

陀 仏 は

部 で あ り 、 磯 字 を 法 体 と し 一 切 諸 法 本 性

を 顕 わ す の は こ の

の 加 持

に よ り

法 が 一

の 法

で あ れ ば、

生 浄 土 も 頓

単 で あ り 、 こ の

を ま た 観 自 在 王 と 名 付 け こ の 三

地 門 を 説 く を 『 妙 法

華 経 』 と

け る と す る 。 こ こ で 観 自 在 王 と は

寿

で あ る が 以 下 に

の 『

開 題 』 を 引 用 し て 『 法 華 経 』 が 阿

の 三 摩 地 門 で

華 三

で あ る

が 説 か れ る 。 ま た こ こ で は 観

王 如 来

11

陬 弥 陀 仏 が 妙 観 察

で あ る

が 示 さ れ て お り 、 こ れ は 五

を 五

に 配 当 し た

に 阿 弥 陀 仏 が 妙 観

た る か ら で あ り

鑁 も 空 海 説

承 し て こ の 理 解 を 取 る 、  

三 入 門 判 釈 の 段 で は 『 法

』 は 蓮

と し て お り 、 そ う で あ れ ば 、

・ 正 浄 ・

す べ て が

華 に 非 ざ る は な く

土 も

で あ り 西

浄 土 も 九 品 蓮 台 を 体 と し て お り 一 切 は

華 三

の 功 徳 で あ る と す る 。 そ し て 高 祖 大 師 空 海 の 除 災

楽 の 道

し た 当 山 (

野 山 ) は 周 囲 の

の 華 台 を 表 し 、

                                                                            〜 正 の 幽

( 盆 地 ) は 化 仏 の 浄 土 に 類 す る 日 域 ( 日

国 ) の 仏 土 で あ り、 往 生 の 業 を

の に

し た 地 で あ っ て 、                                                                             〜 一

16

(11)

栂尾高山寺所蔵 『阿弥極 楽 証 文 』 につい て

法 親 王 は こ こ に 証 (

華 院 を 建 立 し そ の 荘 厳 は

華 に 非 ざ る は な い と

る 。 そ し て 蓮 華 三 昧 を  

 

   

 

                            ぬ

人 は 人 中 の 分

利 花 で あ り 『 観

量 寿 経 』

仏 の 人 を 人

の 分

利 花 と 称 す と 説 く と す る 。 即 ち こ こ で

野 山 は 日 域 の 浄 土 で あ り 往 生 の

べ き 地 で あ っ て こ こ に

さ れ る 蓮

11

『 法 華 経 』 の 三

生 業 と さ れ る の で あ る 。   そ し て こ の

華 三 昧 を

し て 得 ら れ る

地 と し て 、

世 に 歓 喜 地 を 証

に 仏 道 を

現 世 に

る と し こ の

地 を

は、 十

浄 土 に

に 随 っ て 遊 暦

る も の と

る 。 そ し て 現 生 に 悉 地 を

に は 、 化 縁 が 尽 き れ ば 滅 に 非 ざ る に

を 現 じ て 極 楽 に 遊 ぷ の で あ り、 現 世 証 得

喜 地 の 後 の 十 六 生 と は 安 楽

) で

壊 の

証 し て

は 機 縁 に 随 っ て 生

を 現 ず る の で あ る と

る 。 更 に 『

』 や 弥

の 三

地 、 一 字 頂

王 の 三 摩 地 な ど 現 生 成 仏 を 説 く が 、 独 り 阿 弥 陀 の 三

11

『 法

経 』 の み

し て 上 品

台 に 往 生

る と 説

は 、 世 間 の 人 に は 生 死 の 無

を 観

る 時 に 遠 離

土 ・

求 浄 土 の 心 を 生 じ 、

心 を 発 起 す る 因 縁 と

す た め で あ る が 実 義 に は 臨 終 と は 「 生 死 妄 想 の 心 の 終 る 時

臨 終 と 云 」 い 、 往 生 と は 「 仏 菩 提 智 の 生

る と こ ろ

以 て 往 生 と 云 」 う の で あ る と

る 。 即 ち 臨 終 と は 現 生 の 死 で は な

往 生 と は 浄 土 へ 生 ず る 事 で は な く

っ て そ の

生 は 順

生 の

生 で は な く

に 三

地 を 成 就 し

成 就 し て 不 壊 の 法 身 を 証 得 す る

で あ り 、 現 身

11

成 仏 で あ る 事 に な ろ う 。 そ し て 現 身 往 生

11

し て

に は、 肉 身 の 生 滅 は

縁 に

順 し て 現

る の み と い

に な り 、 従 っ て

生 し た 人 は 、 生 死 を

し て 不

で あ る 事 に な る の で あ ろ

ま た こ の 立

か ら

華 三

に よ り 即

寿

11

の 三 庭 に 至 り 仏

は 、

祖 大 師 空

を 高 野 山 に 留 ど め て 三

の 暁 を 待 つ が 如 く で あ る と し

量 寿 を 獲 得 し て 仏

を 興 隆

こ そ 至

で あ り 、 現 生 に 無 量 寿 の 三 摩 地 を 獲 得 す れ ば 長 遠 の 寿 命 を 保 ち 数 百 歳 の 後 に 安

に 遊 ぶ と す る 。

鑁 の

生 と は 現

11

即 身 成 仏 で あ り 兼 海 の 往 生 論 も こ れ を 継 承 す る も の と

え ら れ る 。

117

(12)

智山学報第四十三輯 而 し 「

の 生

る と こ ろ 」 を 往 生 と 云

る の は 、 往 生

11

成 仏 の 意 味 か ち 当 然 と し て も

に 臨 終 を 「 生 死

想 の 終 る 時 」 と 定

す る

は 覚 鑁 説 に は 見 え な い 所 で あ る 。  

に 現 身 往 生 し た 人 が 願 に

っ て 十 方 浄 土 に 遊 戯 し 機 縁 に 随 っ て 生 死 を 現

る と い

理 解 は 台 密

で あ る 谷 阿 闍 梨

の 口

め た 『 四 十 帖 決 』 に 「

言 の 意 は 修 行 成 就 し て

明 仙 と 成 り

に 遊

し て

浄 土 に 生 ず 。 之 れ を 以 て

の 素 意 と 為 す 耳 。 」 と あ る 記

似 す る 。

は 十 方 浄 土 に 遊

る と

る が、

浄 土 は 密 厳 浄 土 の 中 に

現 身 往 生 の 浄 土 は 密 厳 浄 土 で あ る か ら

土 に 生 ず る

と 同 じ で あ ろ

。 更 に そ の 密

浄 土 の

の 十

浄 土 に 遊

す る と は 、

が 十 方 に 遊 戯 す る と 言

と 同 じ 事 に な ろ

。 ま た 皇

で は 持 明 仙 と 成 っ て 十

に 遊 戯

る の で あ る が こ れ は 『 大 日 経 疏 』 ( 『

日 経

』 ) の 三 品

地 説 に 基 づ

の と

え ら れ る 。 『 大 日 経 疏 』 で は 「 此 の

と 言 ふ に 上

り 。 上 は

密 厳 仏 国 三 界 を 出 過 し て 二

の 見 聞 す る を 得 る 所 に 非 。

は 謂 く 十

浄 厳 。 下 は

諸 天 修 羅 窟

な り 。

し 行 者 三 品 持 明 仙 と 成 る

の 如 き

に 安

。 」 と あ る 。 こ れ は 密 厳 浄 土 の 典

で も あ っ て 、 こ れ か ら

れ ば 密 厳 浄 土 ・ 十

浄 土 へ

る の は 持 明 仙 と 成 る こ と で

。 そ し て こ の

明 仙 に 就 て は

の 『

』 の 五

観 に 就 て 述 べ る

持 明

地 の 身 は 即

と さ れ ま た 法 仏 の 位 を 証 し て

の 肉 身 を 以 て 結 縁 す べ き

は 無 尽 で あ る か ら そ の

を 捨 て

、 更 に 生 を

け る が 、 そ れ よ り は

ち に

明 の 身 を 以 て

生 を 化 度 し し か

化 縁 の

が 了 れ ば そ の 持 明 の 身 は 見 え

く な り 、 見 え

い が 故 に 凡

は 死

と 思 う が 持 明 行 者 は 十 方 に 化 を 設 け て、 其 の

の 終 る こ と な く

生 を

す る と さ れ る 。

に も 述 べ た ご と

、 こ の

所 の 記 述 に は 説 明 が    

 

                      ザ 不 十 分 で 理

し 難 い

分 が あ る が 、 こ こ で

明 行 者 が 『 大 日

』 や 皇

の 言

密 厳

土 へ 往 生 し た 持 明 仙 と 同 じ と

る と そ の

者 が 身 の 終 る こ と

十 方 に

け 、 し か も 化 縁 が

き れ ば そ の 身 が 見 え な く な り こ れ を 凡 夫 が 死 と 見 る と い う の は 、

が 、 現 身 往 生 し た 人 が 十

浄 土 に 遊

し 、

に 随 っ て 生 死 を 現 ず る と 一

118

(13)

栂尾高山寺所蔵 『阿弥陀并極楽証文 』 につい て 述 べ る 所 と 全

一 致

に な ろ

。 と

る と

に は 密 厳

土 往 生

11

現 身 往 生 と 持 明 仙 の 記 事 と は 直 接 に は

び 付 い て お ら

と は

っ て い な い が 、 こ こ に

ら れ る

説 が 、

鑁 説

承 し た 可 能 性 が

え ら れ る 。   所 で こ の

の 唱

文 で は 『 法 華 経 』 が 阿

陀 の 三 摩 地 門

11

華 三

で あ り 、 こ の 三

事 に よ り 極 楽

生 を す る 事 が

べ ら れ ま た 弥

の 下 生 を 待 つ 事 が 述 べ ら れ 、

往 生 と

の 下 生 の 結 び 付 い た 『

華 経 』

                   

 

   

 

   

 

   

 

                                仰 的 浄 土

姿

が 表 れ て い る と い え る 。 先 に も 述 べ た 如 く 、

に も 『

』 が あ り そ こ で 空

説 を 継 承 し 空 海 の 『 法 華 経 開 題 』 を 引 用 し て 同

に 『 法 華 経 』 を 観

王 如

陀 如

の 三

地 法 門 と

る 。 而 し そ こ で 経 題 の

字 を 九 仏 の 種 子

言 と し て 解 釈 を 進 め こ れ を

楽 浄 土 往 生 に 結 び 付 け る 事 は な い 。

っ て 覚 鑁 に は 『 法 華

』 と 浄 土

と が 結 び 付 い た 『 法 華 経 』 信 仰 的 浄 土

の 側 面 が 見 ら れ な い と い え る 。

に 見 ら れ る 『 法 華 経 』

浄 土

果 た し て

の 信 仰 で あ る の か ま た は こ の 逆 修 を 修 し た

法 親 王 の

仰 の 反

に 過 ぎ な い の か は 、 こ の 唱

文 の み で は 明 ら か と は い え な い 。 而 し

海 が 『 法

経 』 を 中 心 に こ れ だ け の 浄 土 往 生 論

し て い る

は、

に と っ て も 『 法 華

』 信 仰 的 浄 土

と い

も の が そ の 密

浄 土 教 の

で 大 き な 比 重

め て い た よ う に 思 わ れ る の で あ る 。   最

に 『 阿 弥 陀

文 』 の 翻

を 掲 げ て お く 。 ま た

稿

る に

り 、

の 調 査 閲 覧 と 掲 載 を 快 く 御

可 賜 わ り ま し た 高 山 寺

当 局 、 特 に は

小 川 千 恵

、 な ら び に 聖

調 査 に 際 し て 種 々 御 高 配 賜 わ り ま し た 築

裕 先 生 を は じ め と す る 高 山 寺 典

調 査

心 よ り

深 の

申 し 上 げ ま す 。 一

119

(14)

智山学報第四十三輯 註 1、 『 法 華 儀 軌 』 不 空 訳 『 成 就 妙 法 蓮 華 経 王 瑜 伽 観 智 儀 軌 』 大 正 蔵 一 九 ・ 五 九 六 c 2、 中 野 達 慧 「 興 教 大 師 御 撰 述 に 対 す る 書 誌 学 的 研 究 ( 完 V 」 『 密 教 研 究 』 三 六 ( 昭 五 / 五 V

3

別 所 と は 本 寺 の 寺 域 の 外 に 建 立 さ れ た 院 家 寺 院 と 考 え ら れ る 。 高 野 山 上 に は 仁 和 寺 ・ 醍 醐 寺 ・ 東 大 寺 ・ 興 福 寺 等 の 別 所 が 建 立   さ れ て お り そ こ に は 法 親 王 で あ る 覚 法 親 干 や 聖 恵 親 王 前 醍 醐 座 主 ・ 東 寺 長 者 で あ っ た 勝 覚 な ど と い っ た 人 々 の 外 に 多 く の   聖 人 達 が 止 住 し て い た 。 此 等 の 別 所 聖 人 は 本 寺 の 交 衆 を 外 れ ( ー 隠 遁 し ) て 別 所 に 移 っ た 僧 侶 達 で あ り 三 会 講 師 に も 与 か ら   ず 僧 綱 職 に 就 い て い な い 凡 僧 が 多 い が 決 し て 既 成 教 団 ( 現 在 の 仏 教 史 学 界 で 言 わ れ る こ の 「 既 成 教 団 」 と い う 言 葉 は そ の   使 用 例 か ら 見 る と ] 体 如 何 な る 存 在 を 指 す の か 良 く 意 味 の 解 ら な い も の で あ る が ) か ら 離 脱 し た 存 在 で は な い し 、 れ っ き と   し た 官 度 の 大 僧 ( 官 僧 ) で あ る 。 若 し 隱 遁 す る 事 が 出 家 得 度 に よ っ て 加 入 し た 教 団 か ら 離 脱 す る こ と と な る と 、 そ の 教 団 と は   イ ン ド ・ 中 国 ・ 日 本 を 通 じ た 四 方 僧 伽 と し て の 仏 教 教 団 で あ り そ こ か ら の 離 脱 と は 還 俗 以 外 に は あ り 得 な い 。 古 代 ・ 中 世 の 日   本 で は こ の 四 方 増 伽 に 加 入 す る 為 の 得 度 に 官 の 許 可 を 必 要 と し ( そ の 許 可 が 律 令 制 の 衰 退 と と も に 形 式 的 な も の に 変 質 し 寺   家 の 自 由 な 裁 量 に 任 さ れ て い た と し て も ) 、 従 っ て 正 式 な 仏 教 教 団 ( 四 方 僧 伽 の 一 員 は 全 て 官 僧 な の で あ っ て 官 僧 以 外 の 僧 侶   は 存 在 し な い 。 私 度 者 は 外 形 的 に 何 如 に 僧 尼 の 姿 を し よ う と も 四 方 僧 伽 と し て の 仏 教 教 団 の 一 員 で は な い し 従 っ て 出 家 で は   な く 在 家 者 な の で あ る 。 若 し 私 度 者 が 教 団 を 作 っ た と し て も そ れ は 在 家 教 団 で あ り 出 家 仏 教 教 団 と し て の 四 方 僧 伽 か ら も   世 間 一 般 か ら も 出 家 と は 做 さ れ な い 。 ま た 官 僧 は 白 衣 を 着 し 官 僧 で は な い 隠 遁 僧 は 黒 衣 を 着 し た と す る 説 を な す 者 が あ る が   聖 人 た ち が 黒 衣 ( 墨 染 の 衣 ) を 着 る の は 黒 衣 が 僧 侶 の 普 段 の 衣 だ か ら で あ り 隠 遁 す る か し な い か に 拘 わ ら な い 。 高 野 山 で は   別 所 の 聖 人 だ け で は な く 金 剛 峰 寺 方 の 僧 侶 も 全 て が 黒 衣 を 着 し て お り 黒 衣 が 隠 遁 僧 に 限 ら れ た も の で な い 事 は 明 白 で あ る 。   こ の 事 に 就 て は 仁 安 三 (

六 八 ) 年 の 正 月 の 修 正 法 事 に 伝 法 院 僧 が 色 衣 ( 院 座 主 が 紫 衣 、 従 僧 が 純 色 V を 着 し た 事 を 非 例 と   し て 金 剛 峰 寺 僧 と 伝 法 院 僧 と が 論 争 し 所 謂 ゆ る 裳 切 り 騒 動 を 起 こ し た が こ れ を 伝 聞 し た 左 大 臣 三 条 実 房 ( 一 一 四 七 〜 一 二   二 五 ) の 日 記 『 愚 昧 記 』 の 仁 安 三 年 五 月 三 日 の 条 の 中 に 「 伝 へ 聞 く に 高 野 住 僧 等、 各 々 黒 染 の 布 衣 を 著 し 敢 て 絹 衣 を 着 せ ず 。   是 れ 大 師 之 起 請 な り 云 々 」 ( 『 興 教 大 師 伝 記 史 料 全 集 』 史 料 一 〇 五 三 頁 ) と あ る 。 即 ち 高 野 山 で は 墨 染 の 衣 は 弘 法 大 師 空 海 の 定   め た も の と さ れ て い た 訳 で あ り こ れ は 官 度 の 大 僧 の 衣 で あ る 。 ま た 伝 法 院 僧 は 別 所 の 聖 人 で あ り 本 寺 で あ る 仁 和 寺 か ら 隠 遁   し た 僧 で あ る が 彼 等 が 色 衣 を 着 し て い る 。 ま た 白 衣 ・ 臼 袈 婆 は 新 発 意 ( 新 し く 出 家 す る も の ) の 衣 体 で あ り 又 は 潅 頂 受 者 の   衣 体 で あ っ て 黒 衣 の 隠 遁 僧 に 対 す る 官 僧 の 衣 な ど と い う も の で は な い 。 こ れ は 官 度 官 僧 と 隠 遁 ま た は 聖 人 の 意 味 と 衣 体 ( 法   衣 ( 官 服 に 由 来 す る 袍 服 ・ 鈍 色 ・ 素 絹 ・ 襲 ・ 直 綴 ・ 褊 衫 な ど の 種 類 が あ り 染 色 に よ り 色 衣 ( 緋 ・ 紫 ・ 萌 黄 浅 葱 そ の 他、 鮮   色 に 染 め た 衣 V ・ 壊 色 衣 ( 壊 色 と は 濁 色 ( 不 正 色 ) で あ り 木 蘭 ・ 黄 ・ 赤 ・ 黒 な ど こ の 中 の 黒 衣 が 墨 染 衣 ∀ ・ 白 衣 な ど が あ る )   と 袈 娑 ( 袈 娑 は イ ン ド 以 来 の 如 法 な 僧 衣 で 法 衣 の 上 に 重 ね て 掛 け る 。 ご の 色 の 意 味 と を 知 ら な い 議 論 と い え よ う 或 は 又 公   家 の 御 修 法 の 支 度 注 文 な ど に 「 浄 衣 ( 白 衣 ) 」 と 見 え る 場 合 が あ る ( 『 覚 禅 鈔 』 な ど ) が こ れ が 何 か は 明 ら か で は な い 。 或 は 現   在 で も 四 度 加 行 の 行 中 に 浄 衣 と し て 白 衣 体 を 著 す 事 が あ る が こ れ は 修 法 用 の 衣 体 で あ っ て 、 房 中 作 法 の 中 で 衣 加 持 ( こ ろ も か   じ ) を 行 っ て か ら 着 換 え 又 修 法 終 っ て 房 に 還 帰 し て か ら 日 常 の 衣 体 に 再 び 着 換 え る も の で 、 公 家 の 御 修 法 も こ れ と 同 様 の も の   で あ る か も 知 れ な い 東 大 寺 二 月 堂 の 修 二 会 ( お 水 取 り ) で 別 行 衆 が 自 紙 子 の 衣 体 を 着 す 例 も 参 考 と な ろ う 又 日 常 の 衣 体 で あ   れ ば そ の 修 法 の 度 に 新 た に 用 意 す る 必 要 も な い 。 従 っ て こ れ を 以 っ て 白 衣 を 官 僧 の 衣 で あ り 黒 衣 は 官 僧 で な い 僧 の 衣 と す る   事 も 意 味 は な い 。 或 は 「 白 衣 」 と い う 語 に は 在 俗 ( 在 家 者 ) を 意 味 す る 場 合 が あ る 。 こ れ は イ ン ド に 於 て 仏 教 の 出 家 修 業 行 者 が   泥 ( 赤 土 ) で 染 め た 赤 衣 を 着 る の に 対 し 一 般 の 在 俗 者 は 臼 衣 を 着 て い た 事 に よ る も の で 日 本 の 史 料 で も 在 俗 の 信 者 の 称 と 一

120

参照

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