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智山學報 第54 - 042阿部 貴子(宏貴)「『声聞地』の成立背景をめぐる一考察 : 「第一瑜伽処」とSaundaranandaの比較を通して」

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全文

(1)

聞 地

背 景

考 察

「第

瑜 伽 処

Saundarananda

を通

して

      阿   部   貴   子

      (宏 貴) は じめ に

 

『瑜 伽 師地 論 』(以下 『瑜 伽 論』) は、 無 着 と世 親が関わ る編

グル ー プ に よっ て構 成さ れ 、 その うちの

声 聞地』は特に瑜 伽 行 者 (yogAcara )の修 行 (yoga ) を

詳細

る こ とか ら、 行 者の体 験 に基づ い て

説 さ れ た とい わ れてい 。 だが、 果た して

声 聞

行者

の体 験に基づ く唯 識 学

論 書と見る だ けでい い の だろ

か。 その

問は

昨今

の 欧

での 大 乗 仏 教起源に 関す る研 究 と、 目

し く発展 しつ つ ある経 量 部研 究の成 果に

を発 して い る。

 

近年、 欧米の研 究 者 を 中 心 と して大乗仏教の 起 源に関 する議 論が 盛 ん に行 わ れてい る。 それ らは 、大

仏教がス トゥ ー を崇 拝 す在 家 者 中心 に興 隆 した と

る従 来の 平 川 説に異 を唱 え、 阿練

に おける

禅定修行

者の グ ル ー プ よ り

こっ た とい

う説

である。

Reginald

 

A

. 

Ray

(1994) は初

期大乗経

典に説 か れ る山林 修 行 (

dhuta

) を考 察 して、 い わ ば “ 大 乗 仏 教 阿 練 若

源 仮 説” を提 示 した。

Gregory

 

Schopen

2000

) は、

イン ドの

院生 活

の なかで、 初 期の大乗 経典 に は、 僧 院生活 を送る比 丘 らへ の批判と

森 林 と激 しい 苦 行 の 実 践 に帰 れ

とい

う呼

び か

が あっ た と見 な して い るユ〕。

Jonathan

 

Silk

2000

)は 「踰 伽 師 (yogacara )

の 語が

「迦 葉 品」な ど初 期大乗 経 典の に 頻 出するこ とを指摘 し てい る z)。 そ して

Paul

 

Harrison

(2003 ) は、 山林にお ける禅 定 修行 者 と村 落の 僧 院に居 住 する比丘 とを

区別す

る見 方 を疑 問視 し、 山林 修 行 者 もまた グル ー プ を形成 して経 典を保 持 し、

院 にて 習学 してい た と

3) 。 瑜 伽 行 派の興隆 とい

側面か らこれ らの成 果 を見る と、 (

235

(2)

智山学報第五 十 四輯

瑜伽論 』

か ら時 に

yogAcfira

と呼 ばれる辺 地での

定修行者

たちがい て、 彼 らは僧

の ための

的役割

担 う

比 丘 とは別の タイプの

修行

僧だっ た と仮 定で きる。 そ れ を考慮 する と、

yogacara =

瑜伽 行

」だ とす る宇 井伯 寿 説は撤回 し な け れ ば な ら ない 。 ま た

yogacara

の語が元 来 大 乗 仏 教 と密 接に関 わっ てい た ことに

目 してい く必 要が あるだろ

 

に おける

経量部

は、 松 濤 誠廉 を先 行 と し加 藤

純章

良文

、 山 部 能 宣 が 成果 を

げて きた。

松濤

1981

lg54

]) は

馬鳴作 『

サウ ン ダ ラ ナ ン

ダ (

Saundarauanda

)』(以下 SauN )に 「瑜伽 師 (yogacara)」や

妄分

別 (abha −

taparikalpa)

の語

が 見 られ ることな どか ら、

馬鳴

伽 行 派の祖 師、 

SauN

を 『声 聞 地 』に 影 響 を与 えた禅 定 経 典 と見 な して い る4) 。 加 藤 (1989 )は 『大唐 西 域 記

』『

成 唯識

記』

な どで経 部 師、 上座とい われるシュ リー ラー タ

Srilata

, 室 利 羅多) を、

沙 論 』の 「譬 喩 師」や 『成 実 論

の 作

リ ヴ ル マ ン に

影響

けて

量部を

っ た人物と見な し、 さ ら に 世親が

経量部

有部

との 間 を思

的に

来 する人

で あっ た こ と を論 じて い る。 本 庄 (

lgg3

)は

倶 舎論』

な どの 阿毘 達

論 書で 経 量 部とさ れる学

SauN

ブ ッ ダチ ャ リ タ』の教 義に相 似 する こ とを

摘 し、

馬鳴

と経 量 部に密 接 な 関係が ある こ とを示

。 山

部能

宣 は そ れ まで の成 果 を踏 ま えて

SauN

と 『

聞地

構 成 上の共 通

め、

類似点

のある阿 含 経 典 と ともに 両者の 比 較 を行い

結果

龍谷短大

2002

に まとめ て い る。 総 じてい えば、 経 量 部 と は 「経 部 師」 「

喩 師」 と同一視 さ れ る有 部の 一派で、 そ れ と関

する馬 鳴は瑜伽

行派

の成 立に なん らかの関わ りがあっ た とい

こ とで ある。

 

以 上 の よ

な成 果 が初 期 大 乗研 究、 経量部研

よ り挙 げら れてい る に もか か わ ら

声 聞

わ る もの として、 これ を

傍観

してい る状 況で は ない よ

で ある。 『声 聞 地 』 を “ 唯識

派の ”に よる

論書

と見るバ ス を

に除去 し、改め て 『

聞 地

』作

成の

を考 察する必 要があろ

。 簡 単に解 決で きる問題では ない た め、 本 稿 で は まずその 一 、 経 量

部研

究の 先 学たちが問題 とする

SauN

を取 り上 げたい 。 第 一

前提

作 業 と し て、 両者 と関 連 する阿含 経典を

挙 げ

、 そ れ らを比

するこ と に よっ て 、 両 (

236

(3)

『声聞 地の 成立景 を め ぐる一考察 ( 者が 同一 の

依 拠

して い る か を

考 察 す

る。

述の よ

龍 谷 短 大

2002

) は

で に、 い

つ か の阿

経 典 との比較

考察

を行っ て い る が、 以 下 で はそこ で挙 げられてい 阿含 経 典 を補

。 第二 章で は、 「

聞地

SauN

の み に見 られ る箇 所 を比較 して 、 その 共通 点か ら両者に特 有の 思想が有るか ど

か を

討 する。 さ らに相 違 点か ら は 『

聞地 』が作 成 され た背 景につ い て少 し く考 察 を加 え たい 。

1

第 一瑜 伽 処

の梵 行 次第〜 阿含 経 典及び

Saundarananda

と の 共通 点   『声 聞地』の な かで

SauN

と重複 する箇 所は、 「第 一 瑜伽 処 」 中 「資糧 」の 節の

ち、最 も紙 面が割か れて い る 「

4

.戒律 儀 」か ら 「

8

. 正知 而住 」 ま で で ある。

 「

伽 処」 「

成 (大正

402alO

)    

1

. 自円満、

2

, 他円満、

3

, 善 法 欲、

4

. 戒 律 儀、

5

, 根 律 儀、

6

  

於 食 知量、

7

.覚 寤瑜 伽、

8

.正 知 而 住 (正知而住、 楽遠 離、 清浄 諸蓋)、    

9

.善 友性、

10

. 聞 思正 法、

11

.無 障、

12

.捨、

13

.沙門荘 厳 この

4

8

の 五項 目 は、 特に梵 行 者 (

brahmacarya

)の 基 本 的な行儀 と して説 示 され る た め、 本 稿で は便 宜上、 梵 行 次 第 と記 す。 ち なみ に

菩 薩 地

「戒 品」で は この 次 第 を菩 薩の 摂 善 法 戒に含め、 『大 乗 阿 毘 達磨 集 論 』

大乗阿毘 達 磨雑

論 』で は菩 薩の

糧や

糧 道に摂 めて い る5) 。

 

さて、 龍 谷 短 大 (

2002

)で はすで に、

Saul

> と 『中 部 経 典 』 「

跡 喩 経

、 『中部経 典 』 「馬邑経」 と 『声 聞地』 との比較を行っ てい るが 、本稿では さ ら にそれ ら と同様の構 成を もつ 以 下 の 四種の経 典 を検 討した。

 

『中部経典』「

MN

39

. 

Mahassapura

−sutta」

 

長部経典』「

門果

D

2

。∫伽 α兢 α助α

1

α一sutta

 

長 阿

「阿摩晝 經,

84c13

85a25

」 (

D

3

 

Ambattha

sutta

 

増一阿

三宝 品,

603c21

604a19

」 (

AN

3

16

。 

Rathahara

−vagga )

(4)

智 山学報 第五 十四輯 これ らの

構成

る と下の

の通

る。

本稿 末尾

文章対

応 を

付録

した の で、 合わせ て参 照い た だきたい 。

 『

聞地

は、

梵行

々 につ い て ま

を示

が、 その 大

分が 阿 含 経 典の所 説に基づ い てお り、 中で も

2

) 「

根律 儀」

7

) 「

蓋の

化」

説明

は全て

経」

と一

致す

る。 詩 歌の

SauN

と同 じ文

はない が、

2

7

構成 自体

応 して い る6) 。

 

1

) 「戒 律 儀 」につ い て は 、 『長 部経 典 』 「沙 門 果 経 」 7)ほ ぼ 同文 て い る。 「馬 邑経 」や

SauN

で は 戒   a)を身口意の 清 浄として捉 えるの み で ある が 、

沙 門果 経

で は

1

) 「

解脱律儀

の項におい て、

の よ

に別解脱 律儀 を 明 示 し、 『声 聞地』 も (

1

) 「戒 律 儀 」の 項で 「沙 門果 経 」 と同様に別解 脱 律 儀 を挙 げてい る。 声 聞地

3

翩 A厂 馬邑経 (

0

)漸愧 を具 える

hiri

−ottapPena  samann 蕊gata

1

)戒律儀 甜asamvara    , (

1

γ 行為の清 浄

Ch

 

13

11

29v

1

)’身口意の清 浄

k

巨ya , v互ci, mano −sam 蕊c互r巨 (

2

)根律儀

indriyasalpvara

2

)根を守る

Ch

13

30

56v

2

)根 門を守る

indriyesu

 

guttadvara

3

)食の量を知る

bhojane

 matraj 五ata

3

) 食の量を知る

Ch

14

1

19v

3

) 食の量を知る

bhojane

 matta 茄 0 (

4

)覚寤の瑜 伽

j

garik

…血uyoga (

4

) 瑜伽で睡 眠 を払う

Ch

14

20

34v

4

) 覚寤に努める

jagariyam

 anuyutta (5 )正知に住 する

sapraj亘nadvih 且rita

5

) 念に住す る

Ch

,14,35−45v

5

)正念正 知 を 具 え る

sati−Sampala 面 ena  Samann 且

gata

6

)遠離 pr巨vivekya

6

)遠離を楽う

Ch

.14,

46v

Ch

5

,2v

6

)辺 地の臥坐処を楽 う

vivittarp  sen 盃sanar μ

bhajati

(7 )蓋の浄 化 nivaranavi6uddhi     o (

7

) 随 眠 を 滅 す る

Ch

15

3

69v

7

)心 を 浄化 する cittalp  Parisodheti (

238

(5)

       「声聞 地の 成立背景 をめ ぐる一考 察 (阿部)

eva 甲

pabbajito

 samano  

patimokkhasarpvarasarpvuto

 viharati  

acarago

carasampanno  apumattesu  vajjesu  

bhayadassavl

 samadaya  sikkhati sikkhapadesu / (沙 門 果 経, 

PTS

 p .

63

こ の よ

に 出家

は 、 別

脱律 儀 を守 り、 正しい 行 為と修 行 場を具える。

些少 な罪の恐 怖を見て、学 処を

持 し学ぶ 。8)

sa 

tatha

 

pravrajita

Silavan

  viharati , 

pratimok

§asarpvarasarpvrta

ac

巨ragocarasampannall , apum 五

tre

§v avadye §u 

bhayadarSi

, samadaya

                 ノ

Sik

§ate

ik

pade

§u/ (

Sbh

研 究 会, pp .

16

17

か れは以上の ように出家し、 戒を具えて住 し、 別

解脱律儀

り、 正し

行 為 と修 行 場 を具 え、 些 少 な罪の 恐 怖を見て、学 処を受 持 し学ぶ。

沙門 果経 阿摩 晝經 三宝 品/Rαr肋 緬緬

1

)別解脱律儀 を守る

p

五timokkhasa 卑vara  sa 甲vuta

1

)’戒蘊 を具 える

sllakkhandhena  samannagata

1

)聖戒

(2 )根律 儀 を具 える

indriya

sa 甲vare りa samann 且gat互

2

)聖諸根 (

2

)諸根 寂靜

indriyesu

 uttadv 証a (

3

)満足 する santutthi     6 . (

3

>飮 食知節 (

3

)飮食 知節

bhojane

 matta 面 u (4 )初夜 後夜 精 進覺 悟 (

4

>不失經行

j

gariyam

 anuyutta (5 )正念正知を具える   鹽 ●

sat1−SampaJa 面 ena  samann 蕊

gat

5

)念 無錯 亂

6

)辺 地の 臥坐処 を楽う

ViVittarp  Sen 巨Sanarp  

bhajati

(6 ) 樂在靜處

7

)心 を浄化 する

citta「

P

 Pa「

isodheti

7

)心住清 淨

(6)

智 山学 報 第五 十四輯

 

方 Saul

> は、

か にその構 成の ほ と ん どが 「馬 邑経 」 と 一 致 するの が、

聞地 』と相 違 する点 は、 その 記 述に漢 訳 阿含 経 典の み に存 在

表現

られ るこ とである。

長 部 経

ア ン バ ッ タ経

の漢 訳

長 阿

経 』 「阿 摩 晝經 」で は、 (

2

)〜 (

7

)のすべ ての 所 説 が 「馬 邑 経」に相 応 す る。 し か し本

に は、 パ ー リ に は

無 く漢

摩晝

だけに見 られる

現が

入 さ れてお り、 そこ に

Saul

>との 近 似 性 が 確 認で きる。 ま た 『増 支

部経

「楽 行 経 」9)

(2 ) (

3

) (

4

経」

挙 げ

る が 、 そ の

訳 『増一阿含 経

「三宝 品 」に は、 パ ー リ に

存在

せず

SauN

と 「阿摩 書 經 」のみ に

られ る

現がある。 本

稿 末

尾の付 録に、 「阿摩 晝經 」 「三宝 品」と共 通す る 箇所 (傍 線 部)のみ

Saul

> を挙 げたの で、 詳 細 はそれ を参 照い た だ きた い 。 こ こ で、 その 一

げる と

3

「食の 量 を

」項

に 以 下の よ

述 が ある。

  猶如有

人 以

趣 使

差。 不 求飾 好 不 以 自高。 摩 納。 比丘如 是。 食 足

  支 身

。 又如 膏車 欲 使通 利 以 用 運載有 所至 到。     (阿摩 晝經 ,

83c23

−26 )

  

猶 如 男 女 身 生悪 瘡。 或用脂 膏 塗瘡。

以塗

瘡者

使

時愈

。 …猶 如重載

  

車所

膏轂者

。 欲

有所

至。 (三宝 品

604a3

− 9)    傷 ある もの を癒 すた め に傷 薬 を塗る ように、

  

解 脱 を願 う もの は飢 え を除 くため に食 を摂 ろ

  

重 荷 を運ぶた め に

の軸に 油 を さすよ

に、

  

知 者は生を

える た め に

食事

を享

す。 (

Sau

〈r,

14

, 

11

− 12)10)

 

以 上 の比 較 検 討か ら、 『

聞 地

SauN

所 説

の 大

分が

馬 邑 経

と 一 と が

確認

で きた。

SauN

ブ ッ ダ チ ャ リタ』 と同時 代の も の さ れてい る か ら、

学の

摘 通 り 『

聞 地』は

SauN

の 影 響 を受けて い る と見て よい だろ

。 しか し、 『声 聞 地 』は そ れ 以外に も 「沙 門果 経 」を引 用 して お り、

SauN

に は 「馬 邑経 」に無 く漢訳 「阿

晝 經

の み に見ら れる 表現が存 在 する。 『

聞 地

Sau1

> と

書 經

の共 通 点 に

影響

受 け

240

(7)

『声聞 地』の 成立 背景 をめ ぐる一考 察 (阿部) ず、 パ ー リ 「馬邑経

「沙 門果

経」

と ほ ぼ 同様の 文 を用い てい る こ と を

考慮

する と、 『

聞 地』の作 者は

SauN

説 自

別 に意 識 して い た と は

え に く く、 む し ろ 「馬 邑経 」 を 中心と して多 くの阿含 経 典よ り関連 箇

を引 用 しようとしてい た と思わ れ る。 で は

声 聞

SauN

独 自の考え方は見 られるだろ

か。 次に 『

聞地 』 と

SauN

との 比

点 を絞 り、 その共 通 点に特徴的 な 思想が ある か どうか を検 討 して み たい 。

2

Saundarananda

との比 較からみ る 『声 聞地』の成立背 景

 (

1

通点

 

前 出の 梵 行 次 第の うち、 阿

経 典に な く

声 聞

Sau

 

V

の み に共 通 す る記述が ある。 『声 聞地』

2

) 「

根律

儀 」の項で は、 眼 根が色 境 を捉 えて も、 その 相に対 する煩 悩 を起 こさない 修 行 法を説明 して 、 次の よ うにい う。

  

sa 

tam

 eva 訂

lasa

vara niSrity 亘rak §

itasmTtir

 

bhavati

 nipakasm τ

ti

  

smrty 五rak 爭

itamanasall

 sam 五vasth 互vac 互rakah / (

Sbh

研 究会, 

pp

. 

16

17

  

か れはこ の戒

儀に よっ て、

  念

守 り

 

勇 ま しい 念をもち、

 

念に

  

よっ て

られ た意 を もち、

 

平 等 位 を行 ずる。

こ こ で は 、念 (smrti )に よっ て相に対 する煩悩か ら根を守る こ とが

説明

さ れ

るが、

SauN

に もそ れに相応する偈が あ る。

  

tata阜

 sm ;

tim

 adhi §

thfiya

 capalani  svabh 互vatab /

  

indriy

plndriy

五rthebhyo  nivarayitum  arhasi // (

SauN

, 13. 

30

  次

して、

揺 する性 質をもつ

  

諸根 を、 なん じ は

対象

か ら

守 り

な さい 。 こ の よ

る際に念 を保つ こ と は、 阿

含経

典に は ほ とん ど言及 されて い い 。 一方 『倶 舎 論 』11> 毘婆 沙 論 』12)め と阿 毘 達磨 論書で は 、 根律 儀の 自性 と して念 と正知の 両 方 を挙 げる。 た だ し説 一切 有 初 期

論書

と さ れる 『集異 門足 論 』に は

聞地 』や

SauN

と同 様に念の 安 住の み を

明示

し、 正 知には

れてい ない 。 (

241

(8)

智山学報 第五十四輯

  

彼 由

成 就戒 蘊。

密護根

安住

念力 防守其心

。 眼見 諸色

  

鼻嗅諸香舌嘗諸味

身覺 諸

了 諸法。 不 取其 相 不 執 隨 好。

  

此諸 處 住根 律 儀。 防 護 貪憂 惡不 善法。

竟不

隨心 生 長。 (

407a20

24

) これ を考 慮 する と、

SauN

と 『

聞地

門足 論

解釈

、或い は有 部の 初 期の 阿 含

釈に近い と

えられ る。 それ は次の箇

か らも推

で きる。

 

聞地

は 上の

 

「念に よっ て守 られ た 意 を もつ

の広

箇所

にお い て、 根 が 境 を捉 えて煩

を起 こ

す過程

の よ

に い

  

cakSub  

pratS

tya

 rapEpi  cotpadyate  cak §urvijfi 五nam  cakQurvijfi …

inanan

  

taram

 utpadyate  vikalpakaIp  manovijfianam  

yena

 vikalpakena  ma

  

novijfianena  

priyar

pe

§u rUpe §u sarprajyate  apriyarnpe §u rnpe §u vya −

   

padyate

/ (

Sbh

研 究会, pp .102− 103)

  

眼と色 とに

っ て

眼識

が生 じ、

眼識

直後

に分 別の意識 が 生 ずる。 その

  

別の

識に よっ て、 魅 惑 的 な

相の色 に

貪着

し、 魅惑 的で ない 様 相の

  

に対 して は瞋 恚を お こ。 こ こで は傍 線

の よ

に、

と境に縁っ て識が 生 じ、 その 後に分別の 意識 が 生ず るこ とが暗示 され てい る。 こ

し た根 ・境 ・識を め ぐる議

は、

倶 舎

な どの 阿毘

達磨 論書

に提示さ れてい る。 議 論は

含経』

りて眼識生ずる。 三事 和 合に して触 な り」 に由来 する が、 この

解釈

の相 違 につ い て加 藤 (

1989

)は、

祖 師

とさ れ る シュ リー ラー タ は説一切

部 と異 な る解釈を展 開してい るとい う。 説一切 有 部は、 眼

と色

の境 があれ ば同時に眼等の が生じ、 心 所であ る

・想 ・思 も またそれ と同一

那に生起 する とい うい わ ゆ る 「倶 生 因」の 立場を とるが 、 シュ リーラ ー タ は 第一刹 那に根 と境があ り、

那に識が 生 じ、 第三 か ら第五

那 に は、

・想 ・思 と順 次に

認識

が起 こる とい

次第生起 をと る13) 。 世親は しばしば 経量

る が、 こ の認 識の議 論につ い て は有 部の 同一刹 那生 起説 をと り、 「縁 りて (pratitya)」とい

絶 対 分 詞 は時 間 的な前 後 関係を表 す も の で はな く、 「口 をあ けて

とい

に状 態の 同 時 性 を も

表す

明 する14) 。 ま た

・想 ・思 も同一

刹那

に生

る と主

張す

る 15)

242

(9)

『声 聞地』の 成立背景をめ ぐる一考察 (阿部)

 

こ こ で 『

聞地 』に戻 る と、 「眼 と色 とに縁っ て (pratitya) 眼識が 生 じ、 眼 識 の 直 後 に (anantaram )有 分 別の 意 識 が生 ず る

とあ り、 唯 だ

眼 識 の」 と示 す 点か ら、明らかに、 順 次に

→ 識→ 意識

えてい るこ とが分か る。 この こ とは 『

聞 地 』が有 部や世親の解釈 よ りシュ リーラ ー に近 い こ と を

して い る。 一

SauN

は次の よ うにい う。

  

ava6ya

gocare

 sve sve vartitavyam  

ihendriyai

  

nimittam  

tatra

 na  

grahyam

 anuvyafijanam  eva  ca// (

SauN

,13,41 )

  

この 世に おい て、 諸根は必

それぞれの

対象

転ず

る。

  

その とき相は取ら れ るべ で な く、 随 相 も また

取ら れるべ きで ない

  

nendriya 甲 vi §aye  

tEvat

 prav

ttam

 api  sajjate /

  

y

互van  na manasas  

tatra

 

parikalpall

 

pravartate

// (SauN ,

13

49

  根

い て も

境 に

執 着 しない 。

  

そ こ に

分 別の 意 識が活 動 して い 場 合に は。 上の

13

41

では、

い て もその

え ない 場 合 が ある こ と、

49

偈で は、 根が境に働い て も

分 別の 意識 が ない

合に は、 根が境 に対 す る執 着 を生じ ない こ とを表してい る。 す なわち、 根が境に働 く段階 が

分 別 の 意 識 が

動 する段階 よ り も時 間的に以前である と読むこ とがで きる。

SauN

には 「根 ・境 」→ 「識

に関する明

な言及 はない が 「有 分 別 (parikalpa) の 意 識

とい

は 、

聞地

分 別

vikalpa )の 意 識 」と対 応 して い る た め、 「

聞地 』 と

SauN

の思 想に は接

が あるとい っ て よい だろ

 

興 味 深い の は

集 異門足 論

の 説で ある。 『集 異 門足

論』

は、 下 の よ

に、 根 を守る こ と を 『声 聞地』と ほ ぼ 同

に説 明する。

  

色 已。 由眼

相 隨好。 即 於 是

。 由

起 世

憂。

  

惡 不 善法 隨 心生長。

於 眼

。 由

故 説

護 眼根。 以不 護 眼

  貪

瞋 癡生 長。 (

T

372b18

20

) こ こ で は、 眼根に よっ て

・随

る と述べ てお り、 眼識や分 別の 意識に は

れ てい ない が、 それ 以外は

出の

声聞

の 所 説と 一

する。

通 点か ら見て も

聞地 』と

Sau

ノ〉 は 『集異 門足

論』

さ れ る解

っ (

243

(10)

智 山学 報 第五十四輯 てい に違い い 。 そ

だ と

れ ば、

SauN

従 来

解 釈

分 別の意 識

とい

う自

らの

語句

入 して

・境→ 有分 別の意 識 」 次 第 を作 り 、 『声 聞地 』で は 厂根 ・境→ 識→ 分別 意 識」 と整 理 した と 。 『

聞地

に は

SauN

と、 そ れよ りも成熟 した経 量 部の 思想 との 関 わ りが 認 め ら れ よう。

  (

2

相 違点 く瑜伽 〉

 

次に 『

聞地 』 「第一一

lt

伽 処 」と

SauN

の 相 違 点 を

考察

して み よ

。 ま

の相違点 と して 「念」 に対 する見方が挙 げ ら れ る。 『

聞地 』 「第 一瑜 伽

における念 とは、 「聞思修 に よる念

」「

瑜伽

をな

こ とに よっ て

か れてい る た め、

して正

を聞 思

して

れ ない こ と と い える が、

SauN

念」

はそれ と は若 干 意 味 合い が異な る。 端 的にい えば、

Sata

> における

とは 「

身」

に集 中 するこ とで あ り、

で 引用 し た とお り、 それ は漢訳 「阿 摩 晝 經 」に

ら れ る もの と同

である。

SauN

で は、 身 体の

分 に意識 を

中させ るこ と を 「念を具える」 と見 なし、

  yatra

 

tatra

 vivikte  

tu

 

baddhvE

 

paryafikam

 uttamam /

  

rjurp

 

kAyarp

 samsdhaya  smTtyabhimukhayanvita

// (

sauN

15

1

  

n互s互

gre

 v互

lal

e va 

bhruvor

 anta 「a eva  va /

  

kurv

τ

th

酷 capala 甲 cittam 

alambanapar

yapam

// (sauN ,15,2 )    人 な き とこ ろ で 最勝の結跏趺坐 を結び、

   身

体を正直に な して、念を前 面に保つ

  

動 揺す る心に、 鼻端、

、 あるい は

眉間

  所縁

心 をな しなさい 、 と述べ い る。 また、

念」

を 「瑜伽 」の 一過程 と捉 える点 も

目 に

する。

  

rju

甲 samagra 甲

prapidhaya

 

kaya

k

盃ve  sm

甲 c

bh

  ukhi 甲 vidh5ya /

  

sarvendriy

y

tmani

 sa 耳1nidhaya  sa tatra yoga 甲

prayatall

 

prapede

//

(11)

「声 聞地』の 成 立背景を め る一考察 (阿部)     (

SauN

17

, 

4

  

を正

に し、 ま た念を身に向 けて整 え、     すべ て の根 を 自己 に集中 し て、 彼は努め て瑜伽 に 入 る。

 

この よ

に、

身体

部 分 に 「念 」を集 中 させ る 禅 定 方 法は、 「中 部 経 典 』 「念 処経 」 などに由来 する。 こ う した身体に対 する 「念 」は、

聞地

伽 処 」におい て不 浄 観や 四念 処 を説 く箇 所に見られ るが、 一

次 第の

ちで 特に重 視 さ れて い る もの で は ない 。 「第二瑜 伽 処 」で は出 所 不 明の レーバ タ経

を長々 引 用 し瑜 伽

行 者

(yogacara )の

修 行

を説き 始 め る が16)、 そ こ で は聞 思 修 して記 憶 した法、 さ らに は そ の

真 実

の意

(sarvabhatartha 17)に対

る止

こそ が

瑜 伽

行」

で あるこ とを示し、 その

として 三 十 七

菩提

分 品の

々 を説 明して い 。 『声 聞 地 』の 作 者 は

SauN

に頻 出する

瑜伽」

の語 に刺

けてい た だろ うが 、 「第二瑜 伽 処」 にお ける瑜 伽行の方 法は必ずし も

SauN

に従っ て お らず、 む し ろ恐ら く空 性 を説 く経典 類 に依 拠 し な が ら巧 妙に構 成 する。 そこ で起 こ る疑 問は、

SauN

と相 似 する 「第一瑜伽 処 」におい て瑜伽 行は どの よ

に説か れて い る か、 とい

こ とで

る。

 Saul

> は 「瑜 伽 」 とい

語 を頻

挙 げ

、 「瑜 伽

行 者」

とい

語に も

及 して い る。 だ が、 面 白い こと に 「第 一瑜 伽処 」に は

瑜伽 行 者

とい

語 は 一

あ ら わ れ

SauN

と同

の 説 明をする箇所で も、 そ こ に記 さ れる 「瑜 伽 」 「瑜 伽 行

者」

とい

語 を 用 い てい ない の で ある。 一 例 と して、

3

におい て量 を知る」に関 して、両 者には次の 文章が ある。

  

yogacaras  

tath

h

温rarp  

6arirAya

 

prayacchati

  

kevala

k

$udvigh2tArtharp  na  r互

ge

耳a na 

bhaktaye

//

 

SauN

14

19

   瑜 伽 行 者は、 その よ うに食 を身に与 える。

   ただ飢 え を除 くた め で り、 美 容の た め で も、 装 飾の た め で もない 。

  

na  mapdanartharp  na vibhn 爭arpfirtharp  

yfivad

 evAsya  

k

yasya

 sthitaye ...

   

brahmacaryanugrahaya

 

iti

/ (

Sbh

研 究会 

pp

18

19

  

を取 るの

) 美

の ためで も、 装 飾の た めで もな く、 ない し

(12)

智山学報 第五十四輯     えるた めで あ り、 、 、梵 行に利せ ん が た め で あ る。 この 文 章か らは、 『

聞地』 「第一瑜伽処

が か な り意図的に 「瑜 伽 」 「瑜 伽

行者」

を避

た かの よ

に見え る。 で は こ れ らの語

を入 れ な かっ た 理 由は

だ ろ

か。

瑜伽処」

に お ける

レ ー 経 』 引用 か ら 、 瑜 伽 行の 系 列 を従来 とは異 なる

鮮 な

の として

出発

さ せ よ

とした 意 図が 伺 える。

測 の 域 を出ない が、 『

聞 地 』の 作 者は、 煩 雑 さ を避 けて

えて

伽の説 明を 「第二 瑜伽 処 」

約 し よ

と したの で は ない ろ うか。 そのた め

一瑜 伽 処」 におい て は 、まず瑜 伽 行の伝 統が 阿

経 典に基づ こと を

表 明

し、

前提条

件で ある梵行に焦 点 を当てそれ ら を体

化 して お

必 要 が あっ た かもしれ ない 。 『声 聞地』の 作 者は

SauN

の 信

奉 者

た ち と基

的 な思

共有

しつ つ も、

らとは

なる

列 を 厂第二 瑜伽 処 」におい て確 立 させ よ

と してい たの で はない だ ろ

か。 〈戒 律

 

も う一つ の 相 違 点と して、 両 者の

戒律 観

を見て み よ

SauN

は、 阿

の 異 母 兄 弟である難 陀の 生 と出家 と修 行を説 く詩 歌で ある。

陀は

ま れ な る美形で 常 時女 性に 囲 まれて い た。 ある 日釈 迦が 難 陀の宮 殿を訪ねるが、 彼 は 恋人との れがす ぎて それ に気 付かない 。 後に反 省 して

迦の

を追い 、 妻と別れて出

をする もの の、

は妻へ の 思い を断 ち

女 性へ の 愛 欲に も煩わ され、

行 も園に住む天女 との同棲のた めに

っ て い た。 しか し阿難 の

難によっ て

心 し、

迦に

懺悔す

るこ とになる。 物語は こ こか ら釈 迦の

説法

内容

とな る。

13

で は

口意の

浄と

守護

を、 第

14

章では食 の 量を知る こ と、 覚 寤の瑜 伽 を なすこ と、 正

を保つ こ と、

伽を

す る こ とが、 仏 陀よ り諭さ れる。 こ の

ち、 第

13

で は も は や

受戒

子 は 示さ れず、 む しろ清 浄性は戒 律に よっ て で は な く日常の行 為 によっ て得 ら れ るこ とが、

多 く

喩を もっ て

られ る。 た とえば この よ

がある。

  

grhasthena

 

hi

 

du

60dha

 

dT

tir

 vividhadTStin5 /

  

jlvo

 

bhikSurPa

 caiva 

pare

§

tayattav

ttinti

//

 

Saul

>,

13

18

)       (

246

(13)

『声聞 地』の成立背景を め ぐ る一考 察 (阿部 ) 実に見は、雑 見 ある居士 に よっ て浄め られ ず、

は、

行為

が他に

っ て い る 比 丘 に よっ て

浄め ら れ ない

。 etfivac chilam  

ity

 uktam  acaro ’

yaM

 sam satah /

asya na合ena  naiva  sy亘

t

 

pravrajy

巨na 

g

hasthata

//

 

SauN

13

19

こ の よ

な もの を 戒 とい

。 総 じて これ は よい 行為 な り。

こ れ が損な わ れ れ ば 出家で は な く、在 家で も (ない

  

Silanfic

 chilam  

ity

 ukta 叩

STIanarp

 sevan 五

d

 api /

  

sevanarp  tannideSfic ca nideSaS  ca tad…iSrayfit//

 

sauN

13

,27)

  実行

の ゆ えに

とい

実行

とは

行 う

か ら。

  

と は またそ れに従

か ら、 従

とはそれを所依 とするか らで ある。 松 濤 (

1981

1954

コ) は

SauN

に大 乗的 な 要素が あ るこ と を指摘 して い る が、 こ

した

現か ら

 

し も大

と はい えない が一 出家 して

戒する だけで は、 真の 清 浄は得られ ない こ と、 在 家 も 出家 も同等に 日常 的行為の 清浄 性 を 具 えるべ きだ と強 調 い る こ と が分か る。

大 宝

経 』に

ま れ る

典 類 で は 「迦 葉 品」 「護 国

者所 問経 」の よ うに、

戒 した 出家 者に対 して、 妻 子 を もち

欲にふ け り

食事

眠 を

っ て い る と

辛辣

に批判 し、

在家

で あ っ て も阿練 若で の 梵行を実 践 して い る と主張 する ものがある。 出家 して も愛 欲 に捕 らわ れてい た難 陀に釈迦が告 げたの は、 実に具足 戒の 受 戒よ りも行為 に よ る清 浄だ っ たのだ ろ

。 しか しなが ら 『

聞地

「第 一 瑜 伽 処」で は、 前 述の よ うに戒 律儀 を 、

  

律儀

とはい か なる こ とか。 か れ は以 上の よ

に出家し、

 

戒 を具 えて

  住

し、

 

解 脱律儀

り、

 

正 しい

行為

  修行場

を具 え、

 

  

罪の 恐 怖 を見て、

 

学処 を受 持 し学ぶ。 これ を戒 律儀 とい う。 (前出) と明 示 する。 後の広 説 箇 所で は

 

 

を逐 語 的に解

するが、 こ の

 

「別解 脱 律 儀 を守る」の説 明で は 、明 らかに戒 を比 丘 の具足 戒 に限 定する。 そ して

 

学 処 を受持 し学ぶ」におい ては、 白四羯 磨に よっ て

受戒

するこ と、 その の

ち阿闍梨

和 尚

か ら二 五十 戒の 教 示 を受 け、 四 半 月の あい だ別解

経を読頌 するこ と を示 してい る。 (

247

(14)

智山学報 第五 十四輯

 ただ し注 目すべ き点は、 受 戒 を強 く勧め つ つ も、 受 戒に対 して積 極 的とは

い えない

姿勢

られ る こ とで ある。

 

正 しい 行

為」

の 広

で は、

や衣

など を

る こ と

し、 以下の よ

な文

を度々 用い てい る。

  

yath

pi

 

tad

 

yatra

 ca 叩

kramitavya

yath

盃 ca 甲

kramitavya

 

tatra

  tathfi

 ca 甲

kramyate

, 

yena

 na  

lokagarhito

 

bhavati

 na sat 百甲 samyagga

  

t

五n 誑 satpuru 鐔項rp sahadh 互rmik vinayadhar 盃rp vinayaSik

i

  

tan

翫m  avadyo  

bhavati

 

garhyasthaniyab

/ (

Sbh

研究会 

pp

64

65

  

為 すべ き所為 すき方 法

行 う

。 こ のた め世 間に貶め られず、 賢人、

  

正 人、 善 人、 同 法者、 持

者、 学律 者に非 難 され 呵責 されるこ とは ない 。 こ こ での 持 律 者、 学律 者 と は、 僧 団 内に確 固と し た位 置を持っ た律 経の 精 通

て よい だろ

18) 。 この よ

に、

持律者

たちの

誹謗

を避 ける た め に

受戒

するこ と を説 く

景には、 何があるのだ ろ

か。   比丘 が戒 律 を受 けて阿練 若で梵 行に励 むこ とは、 釈 迦の 時 代で は 一般 的 な ことだっ た で

。 しか し、

仏教 教

団が

拡大

し、

精舎

(vihara )の

えて僧 侶の 定住 化が進 み、 何 百 人 とい

僧 侶が 一処に律 (vinaya )に基づ い た 生活をする よ

にな り、 出

者 を遊 行生活の 梵 行 者 とみ る従 来の 概 念が

々 に変化 して い っ た。 釈 迦の 時代、 出家 者 と比丘 と梵 行 者 とは ほ ぼ 同義で あっ た はずが、 大乗 経 典におい て梵 行者は必 ず しも出家 者ではな く、 一 生の

性的貞潔

つ とい

れて、

在家

、少

欲知

足、 阿 練

で の禅

修 行 とい

意 味 に転 じて い っ た。 『大 宝積 経

で は、 その

ちの

くの 経 典 が、 『

聞 地

瑜 伽 処 」 と同

行 次

挙 げ

律儀

會 」 「

伽 長者 會 」 「大 神 變

」では、 戒 を五戒や 八

戒 と

な して

在家者

の 清 浄な行 為 を梵 行 と示 してお り、

善順菩

薩會」

で は菩 薩の 六波 羅 蜜や 四 無 量 を、 「護 国菩 薩 会 」で は

薩の 山林 修 行 を

梵行

とい

。 こ

し た経 典の

が、 出

比 丘の

素行

の悪さ を、形式上 は

戒を して僧 侶の 姿 を整 えて も真 の仏 教 者で はない と批 判

る。

SauN

が、

受 戒

で な

く行為

に よ る

清浄性

調 するの も、 こ

した世 間の 動

によ る もの だと

え られる。

大 宝

積経 』

「迦 葉 品 」 厂郁 伽 長者 會」 に 「瑜 伽 師/

yogacara

の 語 が

見で きるこ と を鑑       (

248

(15)

『声聞地』の成 立背景 をめ ぐる一考察 (阿部) みれ ば 、『声 聞地』の 作 者は 、 正式に具足 戒 を持 た ない 者 た ち が 阿 練 若 で禅 定 修 行 をしてい た こ と を知っ てい た はずで ある。 そ してお そ らく彼 らが

持律

り非難

さ れ てい る こ とに

気付

い てい たに違い ない 。 だ か らこそ 『

聞 地 』は、 持 律 者の誹 謗 を避 ける とい

う表

現を

用 し、 そ

した

修行者

たちに 自らの瑜伽行の

統 をア ピ ール し よ

と し たの で は ない

か。   ま とめ

 

本 稿では 、『声 聞地』の 成 立背 景を探求す るため の 一つ の 試み と して 、 『

聞地

「第一瑜 伽 処 」 と

SauN

と を比較 した。 以下に その 結 果 と

暫 定

的 な推 測 を述べ い 。

 

第一章で は、 両 者の梵 行 次 第を取 り上 げ阿

経典 との 異同 を

認 し、 そ れ らが 同一の 経 典に依 拠 し て い るか どうか を考 察 した。 両 者の 所 説の 大部分 が 「馬邑経」と一致 し てい る た め、 先 学の 指 摘 通 り両 者に は密接 な 関係が あっ た とい よう。 し か し、『声 聞地』は そ れ 以

に も

沙門 果

」の 文 章を用 い て お り、

Sau

 

V

には 「馬 邑経」に無 く漢 訳

摩晝

の み に

られ る

現が存 在 する。 『

聞 地 』が

Sau2

> と

摩 晝経」

影響

を受 け

、 パ ー 「馬 邑経 」 「沙門 果経」の文 章 を用い てい る こ と を

考慮

する と、

聞 地』は

SauN

所 説

拠した わ けで は なく、 むしろ 「馬 邑経 」やその他の 阿含 経 典を広 く引用 する こ と を 目指 してい た と推測で き る。

 

第二 で は、 第 一 「第瑜伽 処

SauN

み に られ 記 述 を比 較 し、 その 共 通 点か ら両者に特 有の 思 想 が 有るか ど

か を考察 した。 両

は、

の働 きを重 視 する点と、 根 ・ 認 識

解釈

に関し、 有 部や世 親の支 持 する 同 一刹 那 説 、 シ ュ リ ー 次 第説 に近い 考 え を示 す ことで ある。 以 上 か ら、

声 聞地

説 に は

SauN

と思 想 的 に 近 似 す る点が あ る とい える。 た だ し、 認 識の次 第 説に 関しては 、

声 聞地

の ほ うがよ りシュ リー ラー タの

に近い ため 、 『

聞地』は

SauN

中 に は見 られ ない 、 さらに成熟 し た経量部の 思

っ て い ると考え られる。

 

次に、 両者の 相違 点 を考 察し た。

瑜 伽」 関す の で

249

(16)

智 山学報 第五十四輯 る。

SauN

が 「念」 を 「瑜 伽 」 と捉 えて 「瑜 伽 行

者」

修行

を示 すの に対 し て、

聞 地

では 「第二 瑜 伽 処 」に

真実義

対象

瑜 伽行」

詳説 す

の の 、

SauN

構 成

を 同 じ

くす

瑜 伽

で は 「

行者」

の 語をほ とん ど挙 げて い い 。 した が っ て 『

聞 地

の 作 者は、 た とえ

SauN

瑜伽行

説に

影響

けた と して も、 煩雑さを避け る た め敢 え て瑜 伽の説 明 を 「第二瑜 伽 処」 に集 約 した と

えられ る。

瑜伽処」

に おい て

レーバ 経 』に 基く瑜伽 行の系 列 を構 築 させ るた め、

瑜 伽 処 」ではその前 提 となる

行 次

に焦 点 を

っ たの で

声 聞

作 者

SauN

な る

系 列

立 させ よ

と し たの な らば、 松 濤 (

1981

1g54

])の よ

に、

馬鳴

瑜伽行

派の祖 師と見る ことに は慎 重 にな らざるを え ない 。

 

一つ の

に 関して で ある。

SauN

にお ける戒 とは、 出 家 在 家 に関わ ら

行 為の清 浄 さを意 味 する もの で あるが、 『

聞地 』で は出 家の 別 解 脱 律 儀 に 限定

る。 た だ し

興 味深

は、

瑜伽処」

に、

持律者

か ら

誹謗

されない よ

う受戒

するこ とが 度々 示 される点で あ る。 憶 測の域 を出 ない が、 『

聞地 』は正 式に具 足 戒 を持 た ない 瑜 伽

行者

た ち が、

持律 者

よ り非 難 さ れ てい るこ と を知っ てい た と思 わ れ る。 だ か らこそ、 持 律 者の呵責 を避 け る とい

現 を用 い て、 自らの

系統

全性と正 当性 を彼 らに ア ピール した の で は ない だろ

か。

大宝積 経 』 「郁 伽 長 者會 」 などの経 典に は、 比丘 の 怠

さ を非 難 し、

家者で も山林 修行 に精 進 する よ

説 示 するもの がある。 こ

した経 典 が、 阿練 若での 修 行 者 を

瑜 伽

/ yogacaira

び、

伽 処 」 同様に

行 次

目を

挙 げ

るこ とを鑑み れ ば、

聞地 』の 作

た ち は、 出

者で ない 瑜 伽 行者の動 向を少 なか らず 意識 してい た はずで あ

る。

二 瑜 伽 処

が 「比 丘 で 瑜 伽 を な す 瑜 伽 行 者 (

bhiksur

 

yogi

 yoga −

carab

と頻 繁にい の も何 らかの関係が あるのか もしれ ない 。 こ

し た文 脈に 関しては、 さ らに

検討

えるべ きで

る。

述の よ

に、 「第 一瑜 伽

処」

瑜伽 処」

作成 当

初か ら同 じ意 図の に構 成 され た と

れ ば、

瑜伽処」

依拠

する経 論に関 して も網

的に

考察

し なけれ ば な らない 。 (

250

(17)

『声 聞地の 成 立景 を め ぐ る一考察 (阿部)

上記の よ

大乗経典

散見

さ れ る 「瑜伽 行 者 」に も注 目 して、 い ずれ別稿

を設 ける こ と としたい 。

付 録

「第

瑜 伽 処

」梵行

Sbh :『声 聞地』 (

Ms

. 

2bsM

, 

Sh

9t8

Ms

. 

3a6L

, 

Sh

14

l

 

l

 

Sbh

研究 会 pp .

16

21

Assap

 

『中 部 経 典』「馬 邑 経

MahaJssapura

−sutta 」 (

MN

 

39

 

PTS

pp .

273

 13 −

275

 

15

阿摩 :『長阿含経 』 「阿摩 晝經」 (

84c13

85a25

) 三宝 ’『増一阿含』「三」 (

603c21

604a19

SauN

: 『馬鳴 端 正 なる難陀 亅 (松 濤 誠廉 (

1981

1954

])「阿摩晝經」 「三宝 品」 と     の共通箇所のみ掲示。     (な お、 傍 線部は

Sbh

に見 られない 表現、 あるい は相異 する 箇所。) (

1

) 戒律 儀

  

戒律儀とはい かなる ことか 。 その者は 以 上の ように 出 家 し、 戒 を 具 えて住し、     別解 脱律儀に護ら れ、正 しい 行 為の 場 を 円 満 し、 些少な 罪の恐 怖を見     て、 学処を受持 し学ぶ 。 これ が 戒律 儀とい われる。 (

2

Sbh

根律儀 根律 儀と はいかなる こ と か。 その 者は その戒律儀に 依止 し て、 念が守 護され、 念が 堅実で あり、 念に よっ て心は守 護さ れ、平等の位 に おい て行 じる。 その 者は眼に よっ て色を見て も相を捉えず、 随 相 を 捉 え ない 。 悪不善の 諸 法が そ の もの の心に随 流 して し まうか ら、 そ れ らの抑 制のた めに行を修 し、眼根を 防護し、 眼根に よっ て抑 制を行 ずる。 その者は耳によっ て声を、 鼻に よっ て 香 を、 舌によっ て味 を、 身に よっ て触を、 意に よっ て法 を了 知しおわっ て、 相を捉えず 随相を捉え ない 。 そ れ によっ て悪不善の諸法が その もの の心に随 流して しまうの で ある。 そ れ らの 防護の た め に行 を修 し、 意根を防護し、 意 根に よっ て抑制 を 行ずる。 これ が根 律儀といわれ る。 Assap

 

諸の 根 門 を防護 する もの になろ う。 眼に よっ て色 を見る場合、 その 外相を捉

    

える こと もせず 、その随 相 を捉 える こ ともない 。 こ の 眼根を防護しない で住 (

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智山学 報第五十四輯 する な ら ば、諸の悪不 善法が貪 欲として 、 憂い と して流 れ るこ と とに なる。 我々 は その防護につ と め よ う。 眼根 を保 護しよ う。 眼根の 防 護にい た る よう に しよう。 耳、 、、鼻、、 、舌、 、、 身、、、 意、 、、。 阿摩  入我法者 無如 是事。 但修 聖 戒無 染 著心 内懷 喜 樂。 目雖 見 色而不 取相。 眼不 爲

   

色 之所拘 繋。 堅 固 寂 然 無所 貪 著。 亦無 憂患 不 漏諸 悪。 堅 持戒 品 善護眼根。 耳

   

鼻舌身意。 亦復如 是。 善御六觸 護持 調 伏 令得 安 隱。 猶 如 平地 駕四馬車。 善調     御 者執鞭持控使不失轍。 比 丘 如 是。 御六根 馬安 隱無失。 三 宝  云何 爲三。 於 是 比丘 。 諸根 寂 靜。 飮 食知節。 不 失 經行。 云何比 丘諸根 寂 靜。     於是比 丘若 眼見 色。 不起 想著 無 有識 念。 於眼根而得清淨。 因彼 求於 解脱 恒 護     眼根。 若耳 聞 聲。 鼻嗅 香。 舌 知味。 身知細 滑。 意 知 法。 不起 想 著。 無有 識 念。     於 意根而 得清淨。 因彼 求 於解 脱恒 護意根。 如 是比 丘 諸根 寂靜。

SauN

  動く諸根の馬に よ りて長 く連去 ら れ た る汝 は幸 なるか な、 迷 妄 な き見 を もっ て (正) 道に、 汝入 れ り。 (松 濤,

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) (

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)  於食 知量

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食の量 を知る と はい かなる こ と か。 その もの は以上の ように根が守ら れてい      て、 正 思 択 す るこ と に よっ て食 物を食べ る。 (食べ るの は)放 蕩の た めで は     なく、 熱情の ため で はな く、 美容の た め で は な く、装飾のた めでは な く、 な

   

い し身の安住の た めで あ り、 資養の ため であ り、 枯渇を 除 く た めで あ り、梵

   

行に利せ んが た めで あ る。 「私は過 去の (苦)の感 受 を 断ずる で あ ろう。 新

   

しい 感受) を生ぜ し めない で あ ろ う。 そ して私に は養 と力と安 楽と無罪と     安 穏に住 するこ と が あ るで あろ う。」 (と考 える)。 これ が食の 量 を知る こ と      とい われる。 A∬ ap

 

食の量 を知るもの に なろ う。 正 しく思択 する ことに よ っ て食物を食べ る。 放     蕩の た めで はなく、 熱情のた め で は な く、 美容の た めで はな く、 装 飾の ため

   

では な く、 ない の存 続の め であ り、 資養のた めであ り、 害 を制 する     ためで あ り、 梵 行 を 支 えるた めで ある。 「私は過 去の苦の感 受を断 じ よう。

   

新 しい感受を起こさ ない うに しよう。 そうすれ ば わ れ わ れ は 生存 し、過 失 (

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『声 聞地の成立背 景を め る一考察 (阿部) がな く、 安穏に住む だろ う」と考 える。 、、 、 阿摩  彼有如是 聖戒得聖 眼根。 食 知止足亦不貪 味。 趣以養 身令 無苦 患 而不 貢 高調 和       其 身。 令故 苦滅新 苦不生。 有 力無 事令 身安 樂。 猶 如有 人以藥塗瘡趣 使瘡差。       不求 飾好不 以自高。 摩納。 比丘如 是。 食足 支 身不 懷慢 恣。 又如膏 車欲使通利     以用 運載有所 至到。 比 丘如是。 食足 支 身欲爲 行道。 三 宝  云何 比丘飮 食知 節。 於是 比丘。 思 惟飮 食 所從 來 處。 不 求肥 白。 趣欲 支形 得全     四大。 我今 當 除故痛 使新 者不 生。 令 身有 力得 修 行道。 使 梵行 不 絶。 猶如男女     身生 惡瘡。 或用脂 膏塗瘡。 所以 塗瘡者欲使時愈 故。 此亦 如是。 諸比 丘。 飮 食 知節。 於是比 丘。 思惟飯食所從 來 處。 不 求肥白。 趣 欲 支形 得全四大。 我 今 當 除故 痛使新 者不生。 令 身 有力 得修 行 道。 使梵 行不 絶。 猶 如重 載之車所以膏 轂 者。 欲致重 有所至。 比 丘亦 如是。 飮 食 知節思惟 所從 來處。 不 求肥白。 趣欲支 形得 全四大。 我今 當 除 故痛使 新 者 不生。 令身有力得修行道。 使梵行不絶。 如 是 比 丘 飮食知 節。

SauN

  傷 ある もの の癒せ ん が ため に、 傷に塗薬を お くが ご とく、 解脱 を 望 む もの は 餓を除か ん が た め に食物 を用 うべ 重荷を運 ば ん が た め に、 車の 軸の油ゆ らる る ご とく、 か くの ご とく智者は 生 を支 えん が た め に食 を用 う。 (松濤,

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Sbh

覚寤瑜伽 初夜 (か ら)後 夜に覚寤 瑜伽 を修 習する とは いかなる こ と か。 彼は 以 上の よ  うに食におい て量 を知 り、日中分に経行と安 座 する こ とに よっ て、諸の 障礙 の法か ら心 を浄化 する。 彼は夜の初 分に経 行と安座する こ とに よっ て諸の 障 礙の 法か ら心 を浄化 する。 そ れ か ら住 処 よ り出て住 処の外で足を洗い 、右 脇

 

を 下に して足 を 重 ね獅子 臥 を な す。 彼は光 明想 を持 ち、 正念正知 し、起 想を 思惟 し て、 夜の後分に即 座に目覚め、 経行と安座 とに よっ て諸の 障礙の 法か

 

ら心 を浄化する。 こ れ が初夜 (か ら) 後夜に覚籍瑜伽 を修習 するこ ととい わ  れ る。 Assap

 

覚 寤につ とめ る もの に なろ う。 日 中 分 に経 行と安座 する こ とに よっ て、 諸の (

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智山学報 第五十四輯 障礙の法か ら心を浄化 する。 夜の初 分に経 行と安 座する こ と によっ て諸の障 礙の法か ら心を浄化 する。 夜の 中分に は足 をず ら して重 ね、 念と正 知 をそ な え、起想を 思惟 して 、右脇を下に して獅 子臥を し よう。 夜の後分に は 目覚め、 経行と安座 とに よっ て諸の障礙の法か ら心 を浄化する。 阿摩  摩納。 比丘如是 成就聖戒。 得聖諸根食知止足。 初夜後夜精 進覺悟。 又於 晝日     若行 若坐。 常念一心 除衆 陰蓋。 彼 於初 夜 若 行 若坐。 常念 一心 除衆陰 蓋。 乃 至       中夜 偃右 脅而臥。 念 當時 起繋 想在 明心 無 錯 亂。 至 於後 夜 便起思惟。 若行 若坐 常念一心除衆 陰蓋。 比 丘有如 是聖戒 具足。 得聖諸 根 食知 止足。 初 夜 後夜 精勤 覺悟。 常念一心 無有錯 亂。 三 宝   云何比 丘不 失經行。 於是比 丘。 前夜 後 夜 恒念 經行 不 失 時節。 常念 繋 意在 道 品     之 中。 若在晝 日若行若坐。 思惟妙 法 除去 陰蓋。 復 於初 夜 若行 若坐。 思惟 妙 法     除去 陰蓋。 復於中夜右脇臥。 思惟繋意在明彼。 復於後夜起行 思惟 深 法 除去 陰       蓋。 如是比 丘不失經行。

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  こ れ に反 して、三更 中、 前 更を加 行に よ りて過 して後、     身の疲労 を除 か ん が た め に、 自制 して寝 床を用 うべ し。      され ど右脇によ りて 、 燈 明の 想 を起こ して      心に覚をな して、 意寂 止 して汝臥 すべ し。     ま た 第三 更 に起立 して歩行しつ つ 、あ るい は 坐 して、      さ ら に 意の清浄 中 に、 汝 諸 根 を 制 して瑜 伽 を な せ。      (松 濤,

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正知 而住 正知 しつ つ 住する こ と とはい かなるこ と か。 その もの は 以 上の ように覚 籍の 瑜伽を修 習 して、 往 来 する ときに 正知 しつ つ 住す る。 眺 め る と き、観る と き、 身体 を屈 伸 する と き、僧服 と 衣 と鉢 と を持つ とき、食み 咀嚼 し なめ る と  き、 睡眠に よっ て疲 労をと くと き に、 行 き、 住 し、 坐 り、臥し、覚悟 し、語  り、 沈黙する と きに正知 しつ つ 住 する。 これ が正 知 しつ つ 住す る とい わ れ る。 (

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