「
声
聞 地
』
の
成
立
背 景
を
め
ぐ
る
一考 察
一「第
一瑜 伽 処
」
とSaundarananda
の比
較
を通
して一阿 部 貴 子
(宏 貴) は じめ に『瑜 伽 師地 論 』(以下 『瑜 伽 論』) は、 無 着 と世 親が関わ る編
纂
グル ー プ に よっ て構 成さ れ 、 その うちの『
声 聞地』は特に瑜 伽 行 者 (yogAcara )の修 行 (yoga ) を詳細
に論
述す
る こ とか ら、 行 者の体 験 に基づ い て論
説 さ れ た とい わ れてい る。 だが、 果た して『
声 聞
地』
を単
に瑜
伽行者
の体 験に基づ く唯 識 学派
の 論 書と見る だ けでい い の だろう
か。 その疑
問は昨今
の 欧米
での 大 乗 仏 教起源に 関す る研 究 と、 目覚
し く発展 しつ つ ある経 量 部研 究の成 果に端
を発 して い る。近年、 欧米の研 究 者 を 中 心 と して大乗仏教の 起 源に関 する議 論が 盛 ん に行 わ れてい る。 それ らは 、大
乗
仏教がス トゥ ーパ を崇 拝 する在 家 者 中心 に興 隆 した とす
る従 来の 平 川 説に異 を唱 え、 阿練若
に おける禅定修行
者の グ ル ー プ よ り起
こっ た という説
である。Reginald
A
.Ray
(1994) は初期大乗経
典に説 か れ る山林 修 行 (dhuta
) を考 察 して、 い わ ば “ 大 乗 仏 教 阿 練 若起
源 仮 説” を提 示 した。Gregory
Schopen
(2000
) は、「
イン ドの僧
院生 活』
の なかで、 初 期の大乗 経典 に は、 僧 院生活 を送る比 丘 らへ の批判と「
森 林 と激 しい 苦 行 の 実 践 に帰 れ」
という呼
び かけ
が あっ た と見 な して い るユ〕。Jonathan
Silk
(2000
)は 「踰 伽 師 (yogacara )」
の 語が『
大
宝積
経』
「迦 葉 品」な ど初 期大乗 経 典の 中に 頻 出するこ とを指摘 し てい る z)。 そ してPaul
Harrison
(2003 ) は、 山林にお ける禅 定 修行 者 と村 落の 僧 院に居 住 する比丘 とを区別す
る見 方 を疑 問視 し、 山林 修 行 者 もまた グル ー プ を形成 して経 典を保 持 し、僧
院 にて 習学 してい た と見
なす
3) 。 瑜 伽 行 派の興隆 という
側面か らこれ らの成 果 を見る と、 (235
)智山学報第五 十 四輯
『
瑜伽論 』
以前
か ら時 にyogAcfira
と呼 ばれる辺 地での 禅定修行者
たちがい て、 彼 らは僧団
運営
の ための中
心的役割
を担 う
比 丘 とは別の タイプの修行
僧だっ た と仮 定で きる。 そ れ を考慮 する と、「
yogacara =瑜伽 行
派 の人々」だ とす る宇 井伯 寿 説は撤回 し な け れ ば な ら ない 。 ま たyogacara
の語が元 来 大 乗 仏 教 と密 接に関 わっ てい た ことに注
目 してい く必 要が あるだろう
。日
本
に おける経量部
研究
は、 松 濤 誠廉 を先 行 と し加 藤純章
、本
庄良文
、 山 部 能 宣 が 成果 を挙
げて きた。松濤
(1981
[lg54
]) は馬鳴作 『
サウ ン ダ ラ ナ ンダ (
Saundarauanda
)』(以下 SauN )に 「瑜伽 師 (yogacara)」や「
虚妄分
別 (abha −taparikalpa)
」
の語句
が 見 られ ることな どか ら、馬鳴
を瑜
伽 行 派の祖 師、SauN
を 『声 聞 地 』に 影 響 を与 えた禅 定 経 典 と見 な して い る4) 。 加 藤 (1989 )は 『大唐 西 域 記』『
成 唯識論
述記』
な どで経 部 師、 上座とい われるシュ リー ラー タ (Srilata
, 室 利 羅多) を、『
大
毘婆
沙 論 』の 「譬 喩 師」や 『成 実 論』
の 作者
ハ リ ヴ ァル マ ン に影響
を受
けて経
量部を作
っ た人物と見な し、 さ ら に 世親が経量部
と有部
との 間 を思想
的に往
来 する人物
で あっ た こ と を論 じて い る。 本 庄 (lgg3
)は『
倶 舎論』
な どの 阿毘 達磨
論 書で 経 量 部とさ れる学説
がSauN
と『
ブ ッ ダチ ャ リ タ』の教 義に相 似 する こ とを指
摘 し、馬鳴
と経 量 部に密 接 な 関係が ある こ とを示す
。 山部能
宣 は そ れ まで の成 果 を踏 ま えてSauN
と 『声
聞地』
の 構 成 上の共 通性
を認
め、類似点
のある阿 含 経 典 と ともに 両者の 比 較 を行い 、 その結果
を龍谷短大
(2002
)に まとめ て い る。 総 じてい えば、 経 量 部 と は 「経 部 師」 「譬
喩 師」 と同一視 さ れ る有 部の 一派で、 そ れ と関係
する馬 鳴は瑜伽行派
の成 立に なん らかの関わ りがあっ た という
こ とで ある。以 上 の よ
う
な成 果 が初 期 大 乗研 究、 経量部研究
よ り挙 げら れてい る に もか か わ らず
、『
声 聞
地』
研究
に携
わ る もの として、 これ を傍観
してい る状 況で は ない よう
で ある。 『声 聞 地 』 を “ 唯識学
派の 祖”に よる論書
と見るバ イア ス を仮
に除去 し、改め て 『声
聞 地』作
成の背
景を考 察する必 要があろう
。 簡 単に解 決で きる問題では ない た め、 本 稿 で は まずその 一端として 、 経 量部研
究の 先 学たちが問題 とするSauN
を取 り上 げたい 。 第 一章
で は 、前提
作 業 と し て、 両者 と関 連 する阿含 経典を挙 げ
、 そ れ らを比較
するこ と に よっ て 、 両 (236
)『声聞 地』の 成立背景 を め ぐる一考察 (阿部) 者が 同一 の
経
典 に依 拠
して い る か を考 察 す
る。前
述の よう
に龍 谷 短 大
(2002
) はす
で に、 いく
つ か の阿含
経 典 との比較考察
を行っ て い る が、 以 下 で はそこ で挙 げられてい ない 阿含 経 典 を補う
。 第二 章で は、 「声
聞地』
とSauN
の み に見 られ る箇 所 を比較 して 、 その 共通 点か ら両者に特 有の 思想が有るか どう
か を検
討 する。 さ らに相 違 点か ら は 『声
聞地 』が作 成 され た背 景につ い て少 し く考 察 を加 え たい 。1
.「
第 一瑜 伽 処」
の梵 行 次第〜 阿含 経 典及びSaundarananda
と の 共通 点 『声 聞地』の な かでSauN
と重複 する箇 所は、 「第 一 瑜伽 処 」 中 「資糧 」の 節のう
ち、最 も紙 面が割か れて い る 「4
.戒律 儀 」か ら 「8
. 正知 而住 」 ま で で ある。「
第
一瑜
伽 処」 「資
糧」
の構
成 (大正402alO
)1
. 自円満、2
, 他円満、3
, 善 法 欲、4
. 戒 律 儀、5
, 根 律 儀、6
.於 食 知量、
7
.覚 寤瑜 伽、8
.正 知 而 住 (正知而住、 楽遠 離、 清浄 諸蓋)、9
.善 友性、10
. 聞 思正 法、11
.無 障、12
.捨、13
.沙門荘 厳 このう
ち、4
〜8
の 五項 目 は、 特に梵 行 者 (brahmacarya
)の 基 本 的な行儀 と して説 示 され る た め、 本 稿で は便 宜上、 梵 行 次 第 と記 す。 ち なみ に『
菩 薩 地』
「戒 品」で は この 次 第 を菩 薩の 摂 善 法 戒に含め、 『大 乗 阿 毘 達磨 集 論 』「
大乗阿毘 達 磨雑集
論 』で は菩 薩の資
糧や資
糧 道に摂 めて い る5) 。さて、 龍 谷 短 大 (
2002
)で はすで に、Saul
> と 『中 部 経 典 』 「象
跡 喩 経」
、 『中部経 典 』 「馬邑経」 と 『声 聞地』 との比較を行っ てい るが 、本稿では さ ら にそれ ら と同様の構 成を もつ 以 下 の 四種の経 典 を検 討した。『中部経典』「
馬
邑経
,MN
.39
.Mahassapura
−sutta」『
長部経典』「
沙
門果経
,D
.2
。∫伽 α兢 α助α1
α一sutta」
『
長 阿含
経』
「阿摩晝 經,84c13
−
85a25
」 (D
.3
.Ambattha
−sutta)
『
増一阿含
』「
三宝 品,603c21
−
604a19
」 (
AN
.3
.16
。Rathahara
−vagga )智 山学報 第五 十四輯 これ らの
構成
を確
認す
る と下の表
の通り
であ
る。本稿 末尾
に文章対
応 を付録
した の で、 合わせ て参 照い た だきたい 。『
声
聞地』
は、梵行
次第
の各
々 につ い て まず
略義
を示す
が、 その 大部
分が 阿 含 経 典の所 説に基づ い てお り、 中で も(
2
) 「
根律 儀」
〜(
7
) 「
蓋の浄
化」
の説明
は全て「
馬
邑経」
と一致す
る。 詩 歌のSauN
と同 じ文章
はない が、(
2
)
〜(
7
)
の構成 自体
は相
応 して い る6) 。(
1
) 「戒 律 儀 」につ い て は 、 『長 部経 典 』 「沙 門 果 経 」 7)とほ ぼ 同文 を用い て い る。 「馬 邑経 」やSauN
で は 戒 a)を身口意の 清 浄として捉 えるの み で ある が 、「
沙 門果 経」
で は(
1
) 「
別解脱律儀
を守
る」
の項におい て、次
の よう
に別解脱 律儀 を 明 示 し、 『声 聞地』 も (1
) 「戒 律 儀 」の 項で 「沙 門果 経 」 と同様に別解 脱 律 儀 を挙 げてい る。 声 聞地3
翩 A厂 馬邑経 (0
)漸愧 を具 えるhiri
−ottapPena samann 蕊gata(
1
)戒律儀 甜asamvara , (1
γ 行為の清 浄Ch
13
,11
−29v
(1
)’身口意の清 浄k
巨ya , v互ci, mano −sam 蕊c互r巨 (2
)根律儀indriyasalpvara
(2
)根を守るCh
.13
,30
−56v
(2
)根 門を守るindriyesu
guttadvara
(3
)食の量を知るbhojane
matraj 五ata(
3
) 食の量を知るCh
.14
,1
−19v
(3
) 食の量を知るbhojane
matta 茄 0 (4
)覚寤の瑜 伽j
義garik
…血uyoga (4
) 瑜伽で睡 眠 を払うCh
,14
,20
−34v
(4
) 覚寤に努めるjagariyam
anuyutta (5 )正知に住 するsa卑praj亘nadvih 且rita
(
5
) 念に住す るCh
,14,35−45v(
5
)正念正 知 を 具 え るsati−Sampala 面 ena Samann 且
gata
(
6
)遠離 pr巨vivekya(
6
)遠離を楽うCh
.14,46v
−Ch
ユ5
,2v(
6
)辺 地の臥坐処を楽 うvivittarp sen 盃sanar μ
bhajati
(7 )蓋の浄 化 nivaranavi6uddhi o (
7
) 随 眠 を 滅 す るCh
,15
,3
−69v
(7
)心 を 浄化 する cittalp Parisodheti (238
)「声聞 地』の 成立背景 をめ ぐる一考 察 (阿部)
eva 甲
pabbajito
samanopatimokkhasarpvarasarpvuto
viharatiacarago
−carasampanno apumattesu vajjesu
bhayadassavl
samadaya sikkhati sikkhapadesu / (沙 門 果 経,PTS
, p .63
)こ の よ
う
に 出家者
は 、 別解
脱律 儀 を守 り、 正しい 行 為と修 行 場を具える。些少 な罪の恐 怖を見て、学 処を
受
持 し学ぶ 。8)sa
tatha
pravrajita
耳
Silavan
viharati ,pratimok
§asarpvarasarpvrtaり
,ac
巨ragocarasampannall , apum 五tre
§v avadye §ubhayadarSi
, samadayaノ
Sik
§ate 合ik
鉾pade
§u/ (Sbh
研 究 会, pp .16
−
17
)か れは以上の ように出家し、 戒を具えて住 し、 別
解脱律儀
を守
り、 正しい 行 為 と修 行 場 を具 え、 些 少 な罪の 恐 怖を見て、学 処を受 持 し学ぶ。
沙門 果経 阿摩 晝經 三宝 品/Rαr肋 緬緬
(
1
)別解脱律儀 を守るp
五timokkhasa 卑vara sa 甲vuta(
1
)’戒蘊 を具 えるsllakkhandhena samannagata
(
1
)聖戒(2 )根律 儀 を具 える
indriya
・sa 甲vare りa samann 且gat互(
2
)聖諸根 (2
)諸根 寂靜indriyesu
uttadv 証a (3
)満足 する santutthi 6 . (3
>飮 食知節 (3
)飮食 知節bhojane
matta 面 u (4 )初夜 後夜 精 進覺 悟 (4
>不失經行j
巨gariyam
anuyutta (5 )正念正知を具える 鹽 ●sat1−SampaJa 面 ena samann 蕊
gat
巨(
5
)念 無錯 亂(
6
)辺 地の 臥坐処 を楽うViVittarp Sen 巨Sanarp
bhajati
(6 ) 樂在靜處
(
7
)心 を浄化 するcitta「
P
Pa「isodheti
(
7
)心住清 淨智 山学 報 第五 十四輯
一
方 Saul
> は、確
か にその構 成の ほ と ん どが 「馬 邑経 」 と 一 致 するの だが、『
声
聞地 』と相 違 する点 は、 その 記 述に漢 訳 阿含 経 典の み に存 在す
る表現
が見
られ るこ とである。『
長 部 経典
』「
ア ン バ ッ タ経」
の漢 訳『
長 阿含
経 』 「阿 摩 晝經 」で は、 (2
)〜 (7
)のすべ ての 所 説 が 「馬 邑 経」に相 応 す る。 し か し本経
に は、 パ ー リ に は無 く漢
訳「
阿摩晝
經」
だけに見 られる表
現が挿
入 さ れてお り、 そこ にSaul
>との 近 似 性 が 確 認で きる。 ま た 『増 支部経
典』
「楽 行 経 」9)も(2 ) (
3
) (
4
)
に「
馬
邑経」
と同文
を挙 げ
る が 、 そ の漢
訳 『増一阿含 経』
「三宝 品 」に は、 パ ー リ に存在
せずSauN
と 「阿摩 書 經 」のみ に見
られ る表
現がある。 本稿 末
尾の付 録に、 「阿摩 晝經 」 「三宝 品」と共 通す る 箇所 (傍 線 部)のみSaul
> を挙 げたの で、 詳 細 はそれ を参 照い た だ きた い 。 こ こ で、 その 一例を挙
げる と(
3
)
「食の 量 を知
る」項
に 以 下の よう
な記
述 が ある。猶如有
人 以藥
塗瘡
趣 使瘡
差。 不 求飾 好 不 以 自高。 摩 納。 比丘如 是。 食 足支 身
不懷
慢恣
。 又如 膏車 欲 使通 利 以 用 運載有 所至 到。 (阿摩 晝經 ,83c23
−26 )猶 如 男 女 身 生悪 瘡。 或用脂 膏 塗瘡。
所
以塗瘡者
欲使
時愈故
。 …猶 如重載之
車所
以膏轂者
。 欲致
重有所
至。 (三宝 品,604a3
− 9) 傷 ある もの を癒 すた め に傷 薬 を塗る ように、解 脱 を願 う もの は飢 え を除 くため に食 を摂 ろ
う
。重 荷 を運ぶた め に
車
の軸に 油 を さすよう
に、知 者は生を
支
える た め に食事
を享受
す。 (Sau
〈r,14
,11
− 12)10)以 上 の比 較 検 討か ら、 『
声
聞 地』
とSauN
の所 説
の 大部
分が「
馬 邑 経」
と 一致 してい る こと が確認
で きた。SauN
は『
ブ ッ ダ チ ャ リタ』 と同時 代の も の とさ れてい る か ら、先
学の指
摘 通 り 『声
聞 地』はSauN
の 影 響 を受けて い る と見て よい だろう
。 しか し、 『声 聞 地 』は そ れ 以外に も 「沙 門果 経 」を引 用 して お り、SauN
に は 「馬 邑経 」に無 く漢訳 「阿摩
晝 經」
の み に見ら れる 表現が存 在 する。 『声
聞 地』
がSau1
> と「
阿摩
書 經」
の共 通 点 に影響
を受 け
(240
)『声聞 地』の 成立 背景 をめ ぐる一考 察 (阿部) ず、 パ ー リ 「馬邑経
」
「沙 門果経」
と ほ ぼ 同様の 文 を用い てい る こ と を考慮
する と、 『声
聞 地』の作 者はSauN
の所
説 自体
を特
別 に意 識 して い た と は考
え に く く、 む し ろ 「馬 邑経 」 を 中心と して多 くの阿含 経 典よ り関連 箇所
を引 用 しようとしてい た と思わ れ る。 で は『
声 聞
地』
にSauN
独 自の考え方は見 られるだろう
か。 次に 『声
聞地 』 とSauN
との 比較
に焦
点 を絞 り、 その共 通 点に特徴的 な 思想が ある か どうか を検 討 して み たい 。2
.Saundarananda
との比 較からみ る 『声 聞地』の成立背 景(
1
)
共通点
前 出の 梵 行 次 第の うち、 阿
含
経 典に な く「
声 聞
地』
とSau
V
の み に共 通 す る記述が ある。 『声 聞地』(
2
) 「
根律
儀 」の項で は、 眼 根が色 境 を捉 えて も、 その 相に対 する煩 悩 を起 こさない 修 行 法を説明 して 、 次の よ うにい う。sa
tam
eva 訂lasa
甲vara 甲 niSrity 亘rak §itasmTtir
bhavati
nipakasm τti
与
smrty 五rak 爭
itamanasall
sam 五vasth 互vac 互rakah / (Sbh
研 究会,pp
.16
−
17
)か れはこ の戒
律
儀に よっ て、念
を守 り
、勇 ま しい 念をもち、
念に
よっ て
守
られ た意 を もち、平 等 位 を行 ずる。
こ こ で は 、念 (smrti )に よっ て相に対 する煩悩か ら根を守る こ とが
説明
さ れるが、
SauN
に もそ れに相応する偈が あ る。tata阜
sm ;tim
adhi §thfiya
capalani svabh 互vatab /indriy
五plndriy
五rthebhyo nivarayitum arhasi // (SauN
, 13.30
)次
に念
に住
して、動
揺 する性 質をもつ諸根 を、 なん じ は
根
の対象
か ら守 り
な さい 。 こ の よう
に根
を守
る際に念 を保つ こ と は、 阿含経
典に は ほ とん ど言及 されて い ない 。 一方 『倶 舎 論 』11> 『大毘婆 沙 論 』12)を初め とする阿 毘 達磨 論書で は 、 根律 儀の 自性 と して念 と正知の 両 方 を挙 げる。 た だ し説 一切 有部の 最初 期の論書
と さ れる 『集異 門足 論 』に は『
声
聞地 』やSauN
と同 様に念の 安 住の み を明示
し、 正 知には触
れてい ない 。 (241
)智山学報 第五十四輯
彼 由
此故
成 就戒 蘊。密護根
門安住
正念
。由
正念力 防守其心
。 眼見 諸色耳
聞
諸聲
。鼻嗅諸香舌嘗諸味
。身覺 諸
觸意
了 諸法。 不 取其 相 不 執 隨 好。於
此諸 處 住根 律 儀。 防 護 貪憂 惡不 善法。
畢
竟不令
隨心 生 長。 (407a20
−24
) これ を考 慮 する と、SauN
と 『声
聞地』
は『
集異
門足 論』
の解釈
、或い は有 部の 初 期の 阿 含解
釈に近い と考
えられ る。 それ は次の箇所
か らも推測
で きる。『
声
聞地』
は 上の「念に よっ て守 られ た 意 を もつ
」
の広説
の箇所
にお い て、 根 が 境 を捉 えて煩悩
を起 こす過程
を次
の よう
に いう
。cakSub
pratS
’tya
rapEpi cotpadyate cak §urvijfi 五nam , cakQurvijfi …inanan
・taram
utpadyate vikalpakaIp manovijfianam ,yena
vikalpakena ma −novijfianena
priyar
ロpe
§u rUpe §u sarprajyate apriyarnpe §u rnpe §u vya −
padyate
/ (Sbh
研 究会, pp .102− 103)眼と色 とに
縁
っ て眼識
が生 じ、眼識
の直後
に分 別の意識 が 生 ずる。 その分
別の意
識に よっ て、 魅 惑 的 な様
相の色 に貪着
し、 魅惑 的で ない 様 相の色
に対 して は瞋 恚を お こす。 こ こで は傍 線部
の よう
に、根
と境に縁っ て識が 生 じ、 その 後に分別の 意識 が 生ず るこ とが暗示 され てい る。 こう
し た根 ・境 ・識を め ぐる議論
は、「
倶 舎
論』
な どの 阿毘達磨 論書
に提示さ れてい る。 議 論は『
雑
阿含経』
の「
眼色
に縁
りて眼識生ずる。 三事 和 合に して触 な り」 に由来 する が、 この解釈
の相 違 につ い て加 藤 (1989
)は、経
量部
の祖 師
とさ れ る シュ リー ラー タ は説一切有
部 と異 な る解釈を展 開してい るとい う。 説一切 有 部は、 眼等
の根
と色等
の境 があれ ば同時に眼等の 識が生じ、 心 所であ る受
・想 ・思 も またそれ と同一刹
那に生起 する とい うい わ ゆ る 「倶 生 因」の 立場を とるが 、 シュ リーラ ー タ は 第一刹 那に根 と境があ り、第
二刹
那に識が 生 じ、 第三 か ら第五刹
那 に は、受
・想 ・思 と順 次に認識
が起 こる という
次第生起 をと る13) 。 世親は しばしば 経量部
の説
に賛
成す
る が、 こ の認 識の議 論につ い て は有 部の 同一刹 那生 起説 をと り、 「縁 りて (pratitya)」という
絶 対 分 詞 は時 間 的な前 後 関係を表 す も の で はな く、 「口 をあ けて寝
る」
という
よう
に状 態の 同 時 性 を も表す
と説
明 する14) 。 ま た受
・想 ・思 も同一刹那
に生ず
る と主張す
る 15)。 (242
)『声 聞地』の 成立背景をめ ぐる一考察 (阿部)
こ こ で 『
声
聞地 』に戻 る と、 「眼 と色 とに縁っ て (pratitya) 眼識が 生 じ、 眼 識 の 直 後 に (anantaram )有 分 別の 意 識 が生 ず る」
とあ り、 唯 だ「
眼 識 の」 と示 す 点か ら、明らかに、 順 次に「
根
・境
→ 識→ 意識」
と捉
えてい るこ とが分か る。 この こ とは 『声
聞 地 』が有 部や世親の解釈 よ りシュ リーラ ー タ の 説に近 い こ と を表
して い る。 一方 、SauN
は次の よ うにい う。ava6ya 甲
gocare
sve sve vartitavyamihendriyai
り
/nimittam
tatra
nagrahyam
anuvyafijanam eva ca// (SauN
,13,41 )この 世に おい て、 諸根は必
ず
それぞれの対象
に転ず
る。その とき相は取ら れ るべ きで な く、 随 相 も また
(
取ら れるべ きで ない)
。nendriya 甲 vi §aye
tEvat
prav ;ttam
api sajjate /y
互van na manasastatra
parikalpall
pravartate
// (SauN ,13
,49
)根
は境
に働
い て も(
境 に)
執 着 しない 。そ こ に
有
分 別の 意 識が活 動 して い ない 場 合に は。 上の第
13
章
41
偈
では、根
が境
に働
い て もその相
を捉
え ない 場 合 が ある こ と、49
偈で は、 根が境に働い て も有
分 別の 意識 が ない場
合に は、 根が境 に対 す る執 着 を生じ ない こ とを表してい る。 す なわち、 根が境に働 く段階 が有
分 別 の 意 識 が活
動 する段階 よ り も時 間的に以前である と読むこ とがで きる。SauN
には 「根 ・境 」→ 「識」
に関する明確
な言及 はない が 「有 分 別 (parikalpa) の 意 識」
という
語句
は 、『
声
聞地』
の「
分 別
(vikalpa )の 意 識 」と対 応 して い る た め、 「声
聞地 』 とSauN
の思 想に は接点
が あるとい っ て よい だろう
。興 味 深い の は
『
集 異門足 論』
の 説で ある。 『集 異 門足論』
は、 下 の よう
に、 根 を守る こ と を 『声 聞地』と ほ ぼ 同様
に説 明する。眼
見
色 已。 由眼根
故取
相 隨好。 即 於 是處
不護
眼根
。 由住
不護
起 世貪
憂。惡 不 善法 隨 心生長。
彼
於 眼根
不防
不守
。 由斯
故 説不
護 眼根。 以不 護 眼根
貪
瞋 癡生 長。 (T
.372b18
.20
) こ こ で は、 眼根に よっ て相
・随相
を取
る と述べ てお り、 眼識や分 別の 意識に は触
れ てい ない が、 それ 以外は前
出の『
声聞
地』
の 所 説と 一致
する。先
の共
通 点か ら見て も『
声
聞地 』とSau
ノ〉 は 『集異 門足論』
に示
さ れ る解釈
を知
っ (243
)智 山学 報 第五十四輯 てい たに違い ない 。 そ
う
だ とす
れ ば、SauN
は従 来
の解 釈
に「
有
分 別の意 識」
という自
らの語句
を挿
入 して厂
根
・境→ 有分 別の意 識 」の 次 第 を作 り 、 『声 聞地 』で は 厂根 ・境→ 識→ 分別の 意 識」 と整 理 した とい える 。 『声
聞地』
に はSauN
の 説と、 そ れよ りも成熟 した経 量 部の 思想 との 関 わ りが 認 め ら れ よう。(
2
)
相 違点 く瑜伽 〉次に 『
声
聞地 』 「第一一lt
伽 処 」とSauN
の 相 違 点 を考察
して み よう
。 まず
一つ の相違点 と して 「念」 に対 する見方が挙 げ ら れ る。 『声
聞地 』 「第 一瑜 伽 処」
における念 とは、 「聞思修 に よる念」「
聞
思修
の瑜伽
をなす
こ とに よっ て守
る(
念)
」
と説
か れてい る た め、概
して正法
を聞 思修
して忘
れ ない こ と と い える が、SauN
の「
念」
はそれ と は若 干 意 味 合い が異な る。 端 的にい えば、Sata
> における念
とは 「身」
に集 中 するこ とで あ り、第
一章
で 引用 し た とお り、 それ は漢訳 「阿 摩 晝 經 」に見
ら れ る もの と同様
である。SauN
で は、 身 体の各
部分 に意識 を集
中させ るこ と を 「念を具える」 と見 なし、yatra
tatra
viviktetu
baddhvE
paryafikam
uttamam /rjurp
kAyarp
samsdhaya smTtyabhimukhayanvita尊
// (sauN
,15
,1
)n互s互
gre
v互lal
巨喜e vabhruvor
anta 「a eva va /kurv
τth
酷 capala 甲 cittamalambanapar
巨yapam
// (sauN ,15,2 ) 人 な き とこ ろ で 最勝の結跏趺坐 を結び、身
体を正直に な して、念を前 面に保つ 。動 揺す る心に、 鼻端、
額
、 あるい は眉間
を所縁
とす
る専
心 をな しなさい 、 と述べ て い る。 また、度
々「
念」
を 「瑜伽 」の 一過程 と捉 える点 も注
目 に値
する。rju
甲 samagra 甲prapidhaya
kaya
甲k
盃ve sm即
甲 c盃bh
ukhi 甲 vidh5ya /sarvendriy 的
y
琶tmani
sa 耳1nidhaya sa tatra yoga 甲prayatall
prapede
//「声 聞地』の 成 立背景を め ぐる一考察 (阿部) (
SauN
,17
,4
)全
身
を正直
に し、 ま た念を身に向 けて整 え、 すべ て の根 を 自己 に集中 し て、 彼は努め て瑜伽 に 入 る。この よ
う
に、身体
の各
部 分 に 「念 」を集 中 させ る 禅 定 方 法は、 「中 部 経 典 』 「念 処経 」 などに由来 する。 こ う した身体に対 する 「念 」は、『
声
聞地』
「
第
二瑜
伽 処 」におい て不 浄 観や 四念 処 を説 く箇 所に見られ るが、 一連の 瑜 伽行
次 第のう
ちで 特に重 視 さ れて い る もの で は ない 。 「第二瑜 伽 処 」で は出 所 不 明の 『レーバ タ経』
を長々 と引 用 し瑜 伽行 者
(yogacara )の修 行
を説き 始 め る が16)、 そ こ で は聞 思 修 して記 憶 した法、 さ らに は そ の真 実
の意味
(sarvabhatartha )17)に対す
る止観
こそ が「
瑜 伽行」
で あるこ とを示し、 その方
法
として 三 十 七菩提
分 品の各
々 を説 明して い く。 『声 聞 地 』の 作 者 はSauN
に頻 出する「
瑜伽」
の語 に刺激
を受
けてい た だろ うが 、 「第二瑜 伽 処」 にお ける瑜 伽行の方 法は必ずし もSauN
に従っ て お らず、 む し ろ恐ら く空 性 を説 く経典 類 に依 拠 し な が ら巧 妙に構 成 する。 そこ で起 こ る疑 問は、SauN
と相 似 する 「第一瑜伽 処 」におい て瑜伽 行は どの よう
に説か れて い る か、 という
こ とであ
る。Saul
> は 「瑜 伽 」 という
語 を頻繁
に挙 げ
、 「瑜 伽行 者」
という
語に も言
及 して い る。 だ が、 面 白い こと に 「第 一瑜 伽処 」に は「
瑜伽 行 者」
という
語 は 一箇所
もあ ら わ れず
、SauN
と同様
の 説 明をする箇所で も、 そ こ に記 さ れる 「瑜 伽 」 「瑜 伽 行者」
という
語 を 用 い てい ない の で ある。 一 例 と して、(
3
)
「食
におい て量 を知る」に関 して、両 者には次の 文章が ある。yogacaras
tath
互h
温rarp6arirAya
prayacchati
/kevala
甲k
$udvigh2tArtharp na r互ge
耳a nabhaktaye
//(
SauN
,14
.19
)瑜 伽 行 者は、 その よ うに食 を身に与 える。
ただ飢 え を除 くた め で あり、 美 容の た め で も、 装 飾の た め で もない 。
na mapdanartharp na vibhn 爭arpfirtharp
yfivad
evAsyak
五yasya
sthitaye ...
brahmacaryanugrahaya
iti
/ (Sbh
研 究会,pp
.18
−19
)(
食
を取 るの は) 美
容の ためで も、 装 飾の た めで もな く、 ない し身
を支
智山学報 第五十四輯 えるた めで あ り、 、 、梵 行に利せ ん が た め で あ る。 この 文 章か らは、 『
声
聞地』 「第一瑜伽処」
が か な り意図的に 「瑜 伽 」 「瑜 伽行者」
の語
を避け
た かの よう
に見え る。 で は こ れ らの語句
を入 れ な かっ た 理 由は何
だ ろう
か。「
第
二瑜伽処」
に お ける『
レ ーバ タ経 』の 引用 か らは 、 瑜 伽 行の 系 列 を従来 とは異 なる新
鮮 なも
の として出発
さ せ よう
とした 意 図が 伺 える。憶
測 の 域 を出ない が、 『声
聞 地 』の 作 者は、 煩 雑 さ を避 けて敢
えて瑜
伽の説 明を 「第二 瑜伽 処 」に集
約 し よう
と したの で は ない だろ うか。 そのた め「
第
一瑜 伽 処」 におい て は 、まず瑜 伽 行の伝 統が 阿含
経 典に基づ くこと を表 明
し、瑜
伽行
の前提条
件で ある梵行に焦 点 を当てそれ ら を体系
化 して おく
必 要 が あっ た かもしれ ない 。 『声 聞地』の 作 者はSauN
の 信奉 者
た ち と基本
的 な思想
を共有
しつ つ も、彼
らとは異
なる系
列 を 厂第二 瑜伽 処 」におい て確 立 させ よう
と してい たの で はない だ ろう
か。 〈戒 律 〉も う一つ の 相 違 点と して、 両 者の
戒律 観
を見て み よう
。SauN
は、 阿難
の 異 母 兄 弟である難 陀の 出生 と出家 と修 行を説 く詩 歌で ある。難
陀は類
ま れ な る美形で 常 時女 性に 囲 まれて い た。 ある 日釈 迦が 難 陀の宮 殿を訪ねるが、 彼 は 恋人との 戯れがす ぎて それ に気 付かない 。 後に反 省 して釈
迦の後
を追い 、 妻と別れて出家
をする もの の、彼
は妻へ の 思い を断 ち切
れず
女 性へ の 愛 欲に も煩わ され、修
行 も園に住む天女 との同棲のた めに行
っ て い た。 しか し阿難 の非
難によっ て改
心 し、釈
迦に懺悔す
るこ とになる。 物語は こ こか ら釈 迦の説法
の内容
とな る。第
13
章
で は身
口意の清
浄と根
の守護
を、 第14
章では食 の 量を知る こ と、 覚 寤の瑜 伽 を なすこ と、 正念
を保つ こ と、独
り瑜
伽を修
す る こ とが、 仏 陀よ り諭さ れる。 こ のう
ち、 第13
章
で は も は や受戒
の様
子 は 示さ れず、 む しろ清 浄性は戒 律に よっ て で は な く日常の行 為 によっ て得 ら れ るこ とが、多 く
の譬
喩を もっ て語
られ る。 た とえば この よう
な偈
がある。grhasthena
hi
du
尊
60dha
dT
爭tir
vividhadTStin5 /盃
jlvo
bhikSurPa
caivapare
§tayattav
;ttinti
//(
Saul
>,13
,18
) (246
)『声聞 地』の成立背景を め ぐ る一考 察 (阿部 ) 実に見は、雑 見 ある居士 に よっ て浄め られ ず、
命
は、行為
が他に依
っ て い る 比 丘 に よっ て(
浄め ら れ ない)
。 etfivac chilamity
uktam acaro ’yaM
sam 盃satah /asya na合ena naiva sy亘
t
pravrajy
巨nag
;hasthata
//(
SauN
,13
,19
)こ の よ
う
な もの を 戒 という
。 総 じて これ は よい 行為 な り。こ れ が損な わ れ れ ば 出家で は な く、在 家で も (ない )。
Silanfic
chilamity
ukta 叩STIanarp
sevan 五d
api /sevanarp tannideSfic ca nideSaS ca tad…iSrayfit//
(
sauN
,13
,27)実行
の ゆ えに戒
という
。実行
とは行 う
か ら。行
う
と は またそ れに従う
か ら、 従う
とはそれを所依 とするか らで ある。 松 濤 (1981
[1954
コ) はSauN
に大 乗的 な 要素が あ るこ と を指摘 して い る が、 こう
した表
現か ら必
ず
し も大乗
と はい えない が一 出家 して受
戒する だけで は、 真の 清 浄は得られ ない こ と、 在 家 も 出家 も同等に 日常 的行為の 清浄 性 を 具 えるべ きだ と強 調して い る こ と が分か る。『
大 宝積
経 』に含
ま れ る経
典 類 で は 「迦 葉 品」 「護 国尊
者所 問経 」の よ うに、受
戒 した 出家 者に対 して、 妻 子 を もち愛
欲にふ け り食事
と惰
眠 を貪
っ て い る と辛辣
に批判 し、在家
で あ っ て も阿練 若で の 梵行を実 践 して い る と主張 する ものがある。 出家 して も愛 欲 に捕 らわ れてい た難 陀に釈迦が告 げたの は、 実に具足 戒の 受 戒よ りも行為 に よ る清 浄だ っ たのだ ろう
。 しか しなが ら 『声
聞地』
「第 一 瑜 伽 処」で は、 前 述の よ うに戒 律儀 を 、戒
律儀
とはい か なる こ とか。 か れ は以 上の よう
に出家し、戒 を具 えて
住
し、別
解 脱律儀
を守
り、正 しい
行為
と修行場
を具 え、些
少
な罪の 恐 怖 を見て、
学処 を受 持 し学ぶ。 これ を戒 律儀 とい う。 (前出) と明 示 する。 後の広 説 箇 所で は
〜
を逐 語 的に解
釈
するが、 こ のう
ち「別解 脱 律 儀 を守る」の説 明で は 、明 らかに戒 を比 丘 の具足 戒 に限 定する。 そ して
「
学 処 を受持 し学ぶ」におい ては、 白四羯 磨に よっ て受戒
するこ と、 その のち阿闍梨
や和 尚
か ら二 百五十 戒の 教 示 を受 け、 四 半 月の あい だ別解脱
経を読頌 するこ と を示 してい る。 (247
)智山学報 第五 十四輯
ただ し注 目すべ き点は、 受 戒 を強 く勧め つ つ も、 受 戒に対 して積 極 的とは
い えない
姿勢
が見
られ る こ とで ある。「
正 しい 行為」
の 広説
箇所
で は、鉢
事
や衣事
など を守
る こ と示
し、 以下の よう
な文句
を度々 用い てい る。yath
巨pi
tad
yatra
ca 叩kramitavya
甲yath
盃 ca 甲kramitavya
甲tatra
tathfi
ca 甲kramyate
,yena
nalokagarhito
bhavati
na sat 百甲 samyagga −t
五n 誑叩 satpuru 鐔項rp sahadh 互rmik 碑亘叩 vinayadhar 碑盃rp vinayaSik 爭i
−tan
翫m avadyobhavati
garhyasthaniyab
/ (Sbh
研究会,pp
.64
−65
)為 すべ き所で為 すべ き方 法で
行 う
。 こ のた め世 間に貶め られず、 賢人、正 人、 善 人、 同 法者、 持
律
者、 学律 者に非 難 され 呵責 されるこ とは ない 。 こ こ での 持 律 者、 学律 者 と は、 僧 団 内に確 固と し た位 置を持っ た律 経の 精 通者
と見
て よい だろう
18) 。 この よう
に、持律者
たちの誹謗
を避 ける た め に受戒
するこ と を説 く背
景には、 何があるのだ ろう
か。 比丘 が戒 律 を受 けて阿練 若で梵 行に励 むこ とは、 釈 迦の 時 代で は 一般 的 な ことだっ た であ
ろう
。 しか し、仏教 教
団が拡大
し、精舎
(vihara )の数
が増
えて僧 侶の 定住 化が進 み、 何 百 人 という
僧 侶が 一処に律 (vinaya )に基づ い た 生活をする よう
にな り、 出家
者 を遊 行生活の 梵 行 者 とみ る従 来の 概 念が徐
々 に変化 して い っ た。 釈 迦の 時代、 出家 者 と比丘 と梵 行 者 とは ほ ぼ 同義で あっ た はずが、 大乗 経 典におい て梵 行者は必 ず しも出家 者ではな く、 一 生の性的貞潔
を保
つ という
原意
を離
れて、在家
の戒
、少欲知
足、 阿 練若
で の禅定
修 行 という
意 味 に転 じて い っ た。 『大 宝積 経』
で は、 そのう
ちの多
くの 経 典 が、 『声
聞 地』
「第
一瑜 伽 処 」 と同様
の梵
行 次第
を挙 げ
る もの の 、「
三律儀
會 」 「郁
伽 長者 會 」 「大 神 變會
」では、 戒 を五戒や 八斎
戒 と見
な して在家者
の 清 浄な行 為 を梵 行 と示 してお り、「
善順菩薩會」
で は菩 薩の 六波 羅 蜜や 四 無 量 を、 「護 国菩 薩 会 」で は菩
薩の 山林 修 行 を梵行
という
。 こう
し た経 典の多
く
が、 出家
比 丘の素行
の悪さ を、形式上 は受
戒を して僧 侶の 姿 を整 えて も真 の仏 教 者で はない と批 判す
る。SauN
が、受 戒
で なく行為
に よ る清浄性
を強
調 するの も、 こう
した世 間の 動向
によ る もの だと考
え られる。『
大 宝積経 』
「迦 葉 品 」 厂郁 伽 長者 會」 に 「瑜 伽 師/yogacara
」
の 語 が散
見で きるこ と を鑑 (248
)『声聞地』の成 立背景 をめ ぐる一考察 (阿部) みれ ば 、『声 聞地』の 作 者は 、 正式に具足 戒 を持 た ない 者 た ち が 阿 練 若 で禅 定 修 行 をしてい た こ と を知っ てい た はずで ある。 そ してお そ らく彼 らが
持律
者
より非難
さ れ てい る こ とに気付
い てい たに違い ない 。 だ か らこそ 『声
聞 地 』は、 持 律 者の誹 謗 を避 ける という表
現を多
用 し、 そう
した修行者
たちに 自らの瑜伽行の系
統 をア ピ ール し よう
と し たの で は ない だろう
か。 ま とめ本 稿では 、『声 聞地』の 成 立背 景を探求す るため の 一つ の 試み と して 、 『
声
聞地』
「第一瑜 伽 処 」 とSauN
と を比較 した。 以下に その 結 果 と暫 定
的 な推 測 を述べ たい 。第一章で は、 両 者の梵 行 次 第を取 り上 げ阿
含
経典 との 異同 を確
認 し、 そ れ らが 同一の 経 典に依 拠 し て い るか どうか を考 察 した。 両 者の 所 説の 大部分 が 「馬邑経」と一致 し てい る た め、 先 学の 指 摘 通 り両 者に は密接 な 関係が あっ た とい えよう。 し か し、『声 聞地』は そ れ 以外
に も「
沙門 果経
」の 文 章を用 い て お り、Sau
V
には 「馬 邑経」に無 く漢 訳「
阿摩晝
經」
の み に見
られ る表
現が存 在 する。 『声
聞 地 』がSau2
> と「
阿摩 晝経」
の共
通点
に影響
を受 けず
、 パ ー リ 「馬 邑経 」 「沙門 果経」の文 章 を用い てい る こ と を考慮
する と、『
声
聞 地』はSauN
の 所 説に依
拠した わ けで は なく、 むしろ 「馬 邑経 」やその他の 阿含 経 典を広 く引用 する こ と を 目指 してい た と推測で き る。第二 章で は、 第 一章で 「第一瑜伽 処
」
とSauN
の み に見 られた 記 述 を比 較 し、 その 共 通 点か ら両者に特 有の 思 想 が 有るか どう
か を考察 した。 両者
の共
通点
は、根
を守
る際
に「
念」
の働 きを重 視 する点と、 根 ・境 ・識の 認 識解釈
に関し、 有 部や世 親の支 持 する 同 一刹 那 説で な く 、 シ ュ リ ー ラータの 次 第説 に近い 考 え を示 す ことで ある。 以 上 か ら、『
声 聞地』
の所
説 に はSauN
と思 想 的 に 近 似 す る点が あ る とい える。 た だ し、 認 識の次 第 説に 関しては 、『
声 聞地』
の ほ うがよ りシュ リー ラー タの説
に近い ため 、 『声
聞地』はSauN
中 に は見 られ ない 、 さらに成熟 し た経量部の 思想
を持
っ て い ると考え られる。次に、 両者の 相違 点 を考 察し た。
第
一 の相
違は「
瑜 伽」 に関する もの であ (249
)智 山学報 第五十四輯 る。
SauN
が 「念」 を 「瑜 伽 」 と捉 えて 「瑜 伽 行者」
の修行
を示 すの に対 し て、『
声
聞 地』
では 「第二 瑜 伽 処 」に法
や真実義
を対象
とす
る「
瑜 伽行」
を詳説 す
るも
の の 、SauN
と構 成
を 同 じくす
る「
第
一瑜 伽
処」
で は 「瑜
伽」
「
瑜
伽行者」
の 語をほ とん ど挙 げて い ない 。 した が っ て 『声
聞 地』
の 作 者は、 た とえSauN
の瑜伽行
説に影響
を受
けた と して も、 煩雑さを避け る た め敢 え て瑜 伽の説 明 を 「第二瑜 伽 処」 に集 約 した と考
えられ る。「
第
二瑜伽処」
に おい て『
レーバ タ経 』に 基づ く瑜伽 行の系 列 を構 築 させ るた め、「
第
一瑜 伽 処 」ではその前 提 となる梵
行 次第
に焦 点 を絞
っ たの であ
ろう
。『
声 聞
地』
の作 者
がSauN
と異
な る系 列
を確
立 させ よう
と し たの な らば、 松 濤 (1981
[1g54
])の よう
に、馬鳴
を瑜伽行
派の祖 師と見る ことに は慎 重 にな らざるを え ない 。も
う
一つ の相
違点
は戒
に 関して で ある。SauN
にお ける戒 とは、 出 家 在 家 に関わ らず
行 為の清 浄 さを意 味 する もの で あるが、 『声
聞地 』で は出 家の 別 解 脱 律 儀 に 限定す
る。 た だ し興 味深
い点
は、「
第
一瑜伽処」
に、持律者
か ら誹謗
されない よう受戒
するこ とが 度々 示 される点で あ る。 憶 測の域 を出 ない が、 『声
聞地 』は正 式に具 足 戒 を持 た ない 瑜 伽行者
た ち が、持律 者
よ り非 難 さ れ てい るこ と を知っ てい た と思 わ れ る。 だ か らこそ、 持 律 者の呵責 を避 け る とい う表
現 を用 い て、 自らの系統
の安
全性と正 当性 を彼 らに ア ピール した の で は ない だろう
か。『
大宝積 経 』 「郁 伽 長 者會 」 などの経 典に は、 比丘 の 怠慢
さ を非 難 し、在
家者で も山林 修行 に精 進 する よう
説 示 するもの がある。 こう
した経 典 が、 阿練 若での 修 行 者 を「
瑜 伽師
/ yogacaira」
と呼
び、「
第
一瑜
伽 処 」 同様に梵
行 次第
や頭
陀徳
目を挙 げ
るこ とを鑑み れ ば、「
声
聞地 』の 作者
た ち は、 出家
者で ない 瑜 伽 行者の動 向を少 なか らず 意識 してい た はずで ある。
「
第
二 瑜 伽 処」
が 「比 丘 で 瑜 伽 を な す 瑜 伽 行 者 (bhiksur
yogi
yoga −carab )
」
と頻 繁にい うの も何 らかの関係が あるのか もしれ ない 。 こう
し た文 脈に 関しては、 さ らに検討
を加
えるべ きであ
る。前
述の よう
に、 「第 一瑜 伽処」
と「
第
二瑜伽 処」
が作成 当
初か ら同 じ意 図の 下に構 成 され た とす
れ ば、「
第
二瑜伽処」
の依拠
する経 論に関 して も網羅
的に考察
し なけれ ば な らない 。 (250
)『声 聞地』の 成 立背景 を め ぐ る一考察 (阿部)
上記の よ
う
な大乗経典
に散見
さ れ る 「瑜伽 行 者 」に も注 目 して、 い ずれ別稿を設 ける こ と としたい 。
【
付 録
】
「第
一瑜 伽 処
」梵行
次
第
の
対
照
表
Sbh :『声 聞地』 (
Ms
.2bsM
,Sh
.9t8
−Ms
.3a6L
,Sh
.14
・l
l
,Sbh
研究 会 pp .16
−21
)Assap
『中 部 経 典』「馬 邑 経
MahaJssapura
−sutta 」 (MN
39
,PTS
: pp .273
13 −275
15
)阿摩 :『長阿含経 』 「阿摩 晝經」 (
84c13
−85a25
) 三宝 ’『増一阿含』「三宝品」 (603c21
−604a19
>SauN
: 『馬鳴 端 正 なる難陀 亅 (松 濤 誠廉 (1981
[1954
])「阿摩晝經」 「三宝 品」 と の共通箇所のみ掲示。 (な お、 傍 線部はSbh
に見 られない 表現、 あるい は相異 する 箇所。) (1
) 戒律 儀島
ゐ戒律儀とはい かなる ことか 。 その者は 以 上の ように 出 家 し、 戒 を 具 えて住し、 別解 脱律儀に護ら れ、正 しい 行 為と修行の 場 を 円 満 し、 些少な 罪の恐 怖を見 て、 学処を受持 し学ぶ 。 これ が 戒律 儀とい われる。 (
2
)Sbh
根律儀 根律 儀と はいかなる こ と か。 その 者は その戒律儀に 依止 し て、 念が守 護され、 念が 堅実で あり、 念に よっ て心は守 護さ れ、平等の位 に おい て行 じる。 その 者は眼に よっ て色を見て も相を捉えず、 随 相 を 捉 え ない 。 悪不善の 諸 法が そ の もの の心に随 流 して し まうか ら、 そ れ らの抑 制のた めに行を修 し、眼根を 防護し、 眼根に よっ て抑 制を行 ずる。 その者は耳によっ て声を、 鼻に よっ て 香 を、 舌によっ て味 を、 身に よっ て触を、 意に よっ て法 を了 知しおわっ て、 相を捉えず 随相を捉え ない 。 そ れ によっ て悪不善の諸法が その もの の心に随 流して しまうの で ある。 そ れ らの 防護の た め に行 を修 し、 意根を防護し、 意 根に よっ て抑制 を 行ずる。 これ が根 律儀といわれ る。 Assap諸の 根 門 を防護 する もの になろ う。 眼に よっ て色 を見る場合、 その 外相を捉
える こと もせず 、その随 相 を捉 える こ ともない 。 こ の 眼根を防護しない で住 (
251
)智山学 報第五十四輯 する な ら ば、諸の悪不 善法が貪 欲として 、 憂い と して流 れ るこ と とに なる。 我々 は その防護につ と め よ う。 眼根 を保 護しよ う。 眼根の 防 護にい た る よう に しよう。 耳、 、、鼻、、 、舌、 、、 身、、、 意、 、、。 阿摩 入我法者 無如 是事。 但修 聖 戒無 染 著心 内懷 喜 樂。 目雖 見 色而不 取相。 眼不 爲
色 之所拘 繋。 堅 固 寂 然 無所 貪 著。 亦無 憂患 不 漏諸 悪。 堅 持戒 品 善護眼根。 耳
鼻舌身意。 亦復如 是。 善御六觸 護持 調 伏 令得 安 隱。 猶 如 平地 駕四馬車。 善調 御 者執鞭持控使不失轍。 比 丘 如 是。 御六根 馬安 隱無失。 三 宝 云何 爲三。 於 是 比丘 。 諸根 寂 靜。 飮 食知節。 不 失 經行。 云何比 丘諸根 寂 靜。 於是比 丘若 眼見 色。 不起 想著 無 有識 念。 於眼根而得清淨。 因彼 求於 解脱 恒 護 眼根。 若耳 聞 聲。 鼻嗅 香。 舌 知味。 身知細 滑。 意 知 法。 不起 想 著。 無有 識 念。 於 意根而 得清淨。 因彼 求 於解 脱恒 護意根。 如 是比 丘 諸根 寂靜。
SauN
動く諸根の馬に よ りて長 く連去 ら れ た る汝 は幸 なるか な、 迷 妄 な き見 を もっ て (正) 道に、 汝入 れ り。 (松 濤,12
,20
) (3
) 於食 知量ξ
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食の量 を知る と はい かなる こ と か。 その もの は以上の ように根が守ら れてい て、 正 思 択 す るこ と に よっ て食 物を食べ る。 (食べ るの は)放 蕩の た めで は なく、 熱情の ため で はな く、 美容の た め で は な く、装飾のた めでは な く、 な
い し身の安住の た めで あ り、 資養の ため であ り、 枯渇を 除 く た めで あ り、梵
行に利せ んが た めで あ る。 「私は過 去の (苦)の感 受 を 断ずる で あ ろう。 新
しい (感受) を生ぜ し めない で あ ろ う。 そ して私に は養 と力と安 楽と無罪と 安 穏に住 するこ と が あ るで あろ う。」 (と考 える)。 これ が食の 量 を知る こ と とい われる。 A∬ ap
食の量 を知るもの に なろ う。 正 しく思択 する ことに よ っ て食物を食べ る。 放 蕩の た めで はなく、 熱情のた め で は な く、 美容の た めで はな く、 装 飾の ため
では な く、 ない し身体の存 続の ため であ り、 資養のた めであ り、 害 を制 する ためで あ り、 梵 行 を 支 えるた めで ある。 「私は過 去の苦の感 受を断 じ よう。
新 しい感受を起こさ ない ように しよう。 そうすれ ば わ れ わ れ は 生存 し、過 失 (
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)『声 聞地』の成立背 景を め ぐる一考察 (阿部) がな く、 安穏に住む だろ う」と考 える。 、、 、 阿摩 彼有如是 聖戒得聖 眼根。 食 知止足亦不貪 味。 趣以養 身令 無苦 患 而不 貢 高調 和 其 身。 令故 苦滅新 苦不生。 有 力無 事令 身安 樂。 猶 如有 人以藥塗瘡趣 使瘡差。 不求 飾好不 以自高。 摩納。 比丘如 是。 食足 支 身不 懷慢 恣。 又如膏 車欲使通利 以用 運載有所 至到。 比 丘如是。 食足 支 身欲爲 行道。 三 宝 云何 比丘飮 食知 節。 於是 比丘。 思 惟飮 食 所從 來 處。 不 求肥 白。 趣欲 支形 得全 四大。 我今 當 除故痛 使新 者不 生。 令 身有 力得 修 行道。 使 梵行 不 絶。 猶如男女 身生 惡瘡。 或用脂 膏塗瘡。 所以 塗瘡者欲使時愈 故。 此亦 如是。 諸比 丘。 飮 食 知節。 於是比 丘。 思惟飯食所從 來 處。 不 求肥白。 趣 欲 支形 得全四大。 我 今 當 除故 痛使新 者不生。 令 身 有力 得修 行 道。 使梵 行不 絶。 猶 如重 載之車所以膏 轂 者。 欲致重 有所至。 比 丘亦 如是。 飮 食 知節思惟 所從 來處。 不 求肥白。 趣欲支 形得 全四大。 我今 當 除 故痛使 新 者 不生。 令身有力得修行道。 使梵行不絶。 如 是 比 丘 飮食知 節。
SauN
傷 ある もの の癒せ ん が ため に、 傷に塗薬を お くが ご とく、 解脱 を 望 む もの は 餓を除か ん が た め に食物 を用 うべ し。 重荷を運 ば ん が た め に、 車の 軸の油ゆ らる る ご とく、 か くの ご とく智者は 生 を支 えん が た め に食 を用 う。 (松濤,14
,11
−12
) (4
)Sbh
覚寤瑜伽 初夜 (か ら)後 夜に覚寤 瑜伽 を修 習する とは いかなる こ と か。 彼は 以 上の よ うに食におい て量 を知 り、日中分に経行と安 座 する こ とに よっ て、諸の 障礙 の法か ら心 を浄化 する。 彼は夜の初 分に経 行と安座する こ とに よっ て諸の 障 礙の 法か ら心 を浄化 する。 そ れ か ら住 処 よ り出て住 処の外で足を洗い 、右 脇を 下に して足 を 重 ね獅子 臥 を な す。 彼は光 明想 を持 ち、 正念正知 し、起 想を 思惟 し て、 夜の後分に即 座に目覚め、 経行と安座 とに よっ て諸の 障礙の 法か
ら心 を浄化する。 こ れ が初夜 (か ら) 後夜に覚籍瑜伽 を修習 するこ ととい わ れ る。 Assap
覚 寤につ とめ る もの に なろ う。 日 中 分 に経 行と安座 する こ とに よっ て、 諸の (
253
)智山学報 第五十四輯 障礙の法か ら心を浄化 する。 夜の初 分に経 行と安 座する こ と によっ て諸の障 礙の法か ら心を浄化 する。 夜の 中分に は足 をず ら して重 ね、 念と正 知 をそ な え、起想を 思惟 して 、右脇を下に して獅 子臥を し よう。 夜の後分に は 目覚め、 経行と安座 とに よっ て諸の障礙の法か ら心 を浄化する。 阿摩 摩納。 比丘如是 成就聖戒。 得聖諸根食知止足。 初夜後夜精 進覺悟。 又於 晝日 若行 若坐。 常念一心 除衆 陰蓋。 彼 於初 夜 若 行 若坐。 常念 一心 除衆陰 蓋。 乃 至 中夜 偃右 脅而臥。 念 當時 起繋 想在 明心 無 錯 亂。 至 於後 夜 便起思惟。 若行 若坐 常念一心除衆 陰蓋。 比 丘有如 是聖戒 具足。 得聖諸 根 食知 止足。 初 夜 後夜 精勤 覺悟。 常念一心 無有錯 亂。 三 宝 云何比 丘不 失經行。 於是比 丘。 前夜 後 夜 恒念 經行 不 失 時節。 常念 繋 意在 道 品 之 中。 若在晝 日若行若坐。 思惟妙 法 除去 陰蓋。 復 於初 夜 若行 若坐。 思惟 妙 法 除去 陰蓋。 復於中夜右脇臥。 思惟繋意在明彼。 復於後夜起行 思惟 深 法 除去 陰 蓋。 如是比 丘不失經行。