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駒澤大学佛教学部論集 15 017金沢 篤「atman,atmaka,tadatmyaについて : クマーリラとパールタサーラティの普遍論を中心に」

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(1)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

駒澤大學 佛教學部論集第15 號 昭和59年10月

atman

 

atmaka

 

tadatmya

ー リ ラ とパ ー ル タ サ ー ラ テ

遍 論

に 一

 

Kumarila

K

) (

AD

7c

Parthasarathi

P

) (

AD

11c

)は 共に , い わ ゆ る

Bhatta

派を代 表す る学匠 である。 二 人は

語の

示 対 象は普遍 で ある」との

Mimarpsa

学 派の 定 説

を なす 「

遍1)

」 自体

し, 主 と して

Slokava

’ rt・

tilea

S

 

V

S4s

〃 α

47

々σ (

SI

))の

Akrtivada

Akrti

−v°

e

こ 於 て, そ れ ぞ れ 独 自の 遍 論 を 展開 し て い る。 幸い な こ とに , 両 書は そ れ ぞ れ

G

Jha

D

Venkartram

量ah に よっ て

訳 (

前者

2>は 全 訳,

後 者

3 )

Sy

対 応 す る

Tarkapada

の み ) されて お り, そ の 普 遍論 は, 早 くか ら親 し くそ の 全

に接 し

る もの と な っ て い る (ま た,

語 をサ ン ス ク リッ ト語 と同

国語 とす る 日

人に とっ て は , 両 書 の 当

該 箇所

が そ れぞれ 山

次 彦 氏 と

智泰

氏に よっ て全 和 訳4) られ て お , と りわ け有益 で あ る)。 さ らに , そ の 部 分 的な翻 訳 を

む論 稿が 内

を問わ ず, 少なか らず

表 され て お り 5) , その 普 遍 論の 概 要 を伺 うこ ともさほ ど困 難で は ない 。 した が っ て

本稿

で は, そ れ ら先 学の 諸 研 究に 頼っ て , 全

に 及ぶ こ とを し ない 。 た だ

Bhatta

派の 普 遍 論の 重

な 一面 を な

「普

遍 と個 物の 関 係 」に 焦点 を絞 り,

K

P

の そ れ に関 す る議 論の 中に 表わ れ る

ta

datmyae

) の 概 念を 闡 明す る こ と を 主 眼 とし て , そ れに 関わ りを

つ で あ ろ う と

atman

yatmaka つ い て

検討

し たい ただ し, その 際に ,

者 は術 語の 意 味 を 詮 議 する為に は 不 可 欠の もの である文献学上 の 厳 格な方 法 と厳 正 な手順 を踏 まず, 主 と して

K

P

作 (な ら びに その 翻訳)か ら例 文 を恣意 的に

用 して, それに

解 釈

を加 えるに 止 まるで あろ う。 し たがっ て

の成 果 も

待 し 得 ず, 逆に無知 と誤 解 と偏 見の 露呈に 終 始す る こ とを 畏 れ る者で あるが, ただ

K

K

と し て扱い ,

P

P

と して 扱い , 無批判に 両者の 説を融 合 し て実は誰の もの で もない

Bhatta

派の もの として 捏 造

る とい う愚だけは 犯 す まい と,

め る つ も りで る。 こ の 点は , 限 ら れ た 語 数の も と韻 律 上 の 制約を受け過 度の 同語 反

韻 文

された

K

SV

の 解 読が, その 全 篇に対 す る唯 一 の 注 釈, 

P

384

 一

(2)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty

36

) atman , atmaka , tadatmya に っ い て (金沢)

αノ α魏σ肋 アα(

NRK

)に 依

せ ず し て は , ほ とん ど 不可

に 近い と

え ら れ て い る こ と とわ る問 題で あ ろ う。 だ が,

K

の 思 想の 継承 者である こ とを

P

自 身が鼓 吹 した に して , また イ ン ドに 於 け る 師 か ら

子へ の 伝 承の 正

さ が い か に 驚 異 的な

の で っ たに して も , 二 人の 間に

た わ る四 世 紀 もの

間の

りと, それが

み 出 し た で ろ う状 況の 変 化 とい う抜き難い

を考 え た な ら ば, こ の デ ィ レ ン マ の 克 服へ 向 けて努め る こ とに だ けは, 何 某か の 意 義が認め られ よ う。  

1

 

さて , 現 在,

遍 論を 中心 に

Bhatta

派の 知 識 論に 関 し

なか ら ぬ 和 訳 ・研

7) を

表さ れ て い る竹 中 智 泰氏は , そ の 「普 遍 と個 物の 関 係 」 を 解 説 して 以下 の よ うに言 われた。

  

a . 「普

と個

とは同一 性の

関 係

に あ り,互に他 を 本 質 とす る とい うこと

    

を,

Bhatta

は , … …

(竹 中

 

P

90

11

18

19

  

b

「繰

り返 し

べ て

た よ うに,

Kumarila

に とっ て , 普 遍 と個 物の 関 係

   

は , 「本性 に 基づ く

係 (svabhavikasambandha )」で あ り,

同 一

    関係 (

tadatmya

である。 普 遍は個

本質

で あ り,

個物

普 遍

    

で ある 。

(竹 中

 

p

99

11

2

5

  「同一 性の 関 係 」 と 「互 に 他を本 質 とする」 との 関 係が全 く明確 でない こ の a ,

b

の うち, 前

a に

して は , 松

氏が, 「

者に は , お よそ 『互に 他 を 本

とする関 係 』 な ど想

する こ ともで

な か っ た

8 ) と お よそ

向け

られ た と もい わ く言 い 難い 疑 念を率 直に 表明 された。 前に 記 した よ うに, 本

稿

は こ の竹 中 氏の a ,

b

の 内 容に 深い 関わ りを持つ もの で は ある が, よ り

直接

的に は , 以 下 に

)の 断 片に 対 する 同 氏の 訳 文に 動

づ け られてい る。

  

i

 

yadi

 

jatyatmana

 vyakt

晦 pratiyate

S1

), 

Akrti

・v

° , 

p

284

,        

1

3

  

1

 

もし個 物が類の 本 質 とし て 認 識 される な らば ・・… ・

」 (

中 

p

908

,        

1

16

  

1

)’

もし個 物が類を 本 質 とする もの と し て認 識 され るな ら ば … …

(竹

      

 

p

. 

10

ll

. 

20

21

  

ii

 

yada

 

tu

 

jatir

 vyaktyantaratmana  nirUpyate _ _ (

51

 

Akrti

−v ° ,

    

p

286

1

4

383

(3)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

             

atman , atmaka , tadatmya に つ い て (金 沢)

        

37

  

2

 

, … …

遍が別の個

を本 質 とす るもの と し て 認 識 さ れ るな ら

      

ば, … …」 (竹 中 

p

907

ll

20

22

  

2

)’

 

一方, 類が 別 の 個

物 (

… …

質 と 説 明 され , … …

J

      

 

p

14

11

.  

7

8

 

つ ま り, 同 一 テ キ ト に よ る く異 っ た (と

者には 思 わ れたが)そ れ ぞ れ二 つ の 訳 交が, 氏の

説 a , もし くは

b

に よれば, 共に 妥 当な もの と な る (とは い え, 今 度は 日本語 「本 質 9) 概 念 人 た る

よ っ て 探 索 され なけれ ば な らない が) とい う

訶 不 思議を解 くべ く, 本

稿

さ れた とい うこ とである。

 

K

P

Bhatta

学 匠

Narayapa

N

) (

AD

16

17c

)は , 

K

普遍

論を 以 下 の よ うに 要 約 して い る。

  

iii

 

jatir

 vyaktigata  nitya  

pratyak

aj 

fianagocara

     

bhinnabhinna

 ca sa vyakteh  

kumarilamate

 mata

                                         

MM

, 

p

233

, 

ll

6

7

  

3

普 遍は 個

し, 恒 常であ り, 直

に よる知の

対象

り, そ

    

れ は

とは 別

に して か つ 非 別 異 と ク マ ー リ ラ の 思 想で は考        え ら れ て い る。

 

こ の ,

N

に よ っ て

え られ た

K

の 普 遍

の 概

は, 山崎 次 彦 氏の コ ン パ ク トに ま とめ られた論

稿

1°) っ て 知 られる

K

普遍

説に

ね合 致 する もの で ある ま た,

N

tadatmya

に関 して は , 以 下の よ うな貴重 な表 現を

えて い る 。

  

iv

 

,_ ..

tadatmyasambandhasarpbaddhayor

 

jatijatimator

......(

MM

      

p

236

1

3

  

v

jatigurpakarmarpam

 ca  svaSrayais  

tadatmyam

  eva  sambandha

      

iti11

) ......

MM

, 

p

15

11

5

6

 

iv

に よ っ て , 「 ’ : 普遍 と個 物 (

jatimat

)の に は, 

tadatmya

関 係が ある

こ と,

v

に よ っ て, 「

普遍

の , そ れ

身の 基 体 (

aSraya

)〔 = 個 物 〕と 関 係

tadatmya

に他な らないが知 られる。 そ れ を その 方 向 性 を 明 確に する

意味

も 「

普 遍の 個 物に 対 する

tadatmya

」 と言い 換 えて 見 よ う。 存 在 論上 の 「普 遍 と個

関 係」

わ れ る

本稿

で は ,

訳 (

3

) 中の 下

部が特に 問

となるで あろ う。 だ が,

K

の 思 想に関 する

N

に よ る説 明は あ くまで も, 

N

の もの であ っ て ,

K

の もの で は ない の である。 以下 で は まず,

Bhatta

派の 創 始 者

K

の 主 著

s

γ 中 一

382

(4)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

38

)          atman , atmaka , tadatmya に つ い て (金 沢)

Akrti

v °

け る唯一 の

tadatmya

用 例12)

検 討 する こ とか ら始め よう。

 

II

  

(vi

 

kasmat

 sasnadimatsv  eva  

gotva

yasmat

 

tadatmakam

    

tadatmyam

 asya  

kasmac

 cet  svabhavad  

iti

 

gamyatam

 

1113

      

5V

. 

Akrti

v°

47

 

これは, 以 下の よ うに 整理する こ と が 出 来る で あろ う。

  

vi’

)(

1 

kasmat

 sasnadimatsv  eva  

gotvam

 ?

      

(答 )1yasmat 〔

gotvam

tadatmakam

       

    

(問)2kasmad  asya 〔

gotvasya

tadatmyam

 ?

      −    tt             β

      

)2

 

svabhavat

   

6

’ )

何 故

に sasna 等を有 する も の 〔= 個 物 〈牛>14 )〕 於 て

          

gotva

〔= 普 遍 〈牛〉 が 〕

存在 す

るの か ?

      

(答 )・ なぜな らぽ, 〔普 遍 く牛〉 が〕

tadatmaka

で ある か ら。

    

(問 )2 何 故に こ の

普遍 〈

〉〕

tadatmya

があるの か ?         (答 )2 本 性で あるか ら (svabhavat )。

 

ま り , こ こ で 筆 者は (vi ’ )の 答 )・ (問

2 中の 下 線 部 α, β が全 く同 一

を持つ 別の

現で ある こ と, 即 ち α が成 立 す れば

β

が成 立し,

β

れ ば a こ とを

提 と し て い る。 svabhavat の 意

が 必 ず しも明確 で は な い が,

  

vii

 

svabhavika 忌 ca sambandho  

j

 

ativyaktyor

 na  

hetuman

                                         

SV

, 

Akrti

−v °

31cd

) を合わせ 考 慮 した な ら ぽ, 次の よ うに 言 え るの で は ない か。

遍 〈牛 〉 と 個 物 〈牛 〉の

に は

本 性上 の

係 (

svabhavika −sambandha

15)

, それ は     の   ■     具 体 的 に は ,

普遍 く牛 〉の 個物 く牛 〉に 対 する

tadatmya

」で あ り, 換 言 すれ ば,

普 遍 く牛 〉 は個 物 く牛〉 −

atmaka

である」 こ とである , と。 し た が っ て ,

「普

遍 〈

牛〉

は 個

牛〉

に 於て の み

在 す る」 とい う存 在 論上 の 主 張に 対 する 根 拠 と して

K

に よっ て 提出 され た 「普遍 〈牛〉の 個物 〈牛 〉に 対 す る

tadatmya

」 (ない し 「普遍 く牛 〉 は個

く牛〉−

atmaka

である」)に

tadatmya

(な い し

tadatmaka

)の

概 念

が明 らか に され ねば な らない の である。 た だ し, こ の 「普 遍の 個 物対 す

tadatmya

」は

tadatmaka

と並 置 され て い る こ と か ら,        −

381

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(5)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 University

atman , atmaka , t亘

datmya

に つ い て (金 沢) (

39

tadatmya

解 釈を 廻 る イ ン 哲 学 研 究

られ る

A

B

atman

る, ある い は ]

B

A

atman

である, ある い は

A

B

atman

を 同 じ く す る」 等の 議 論16 )か ら免がれ て お り, 明確

i

普遍 は 個物を

atman

とす る」 と 言い る もの で る点は

ろ う。

1

い た竹 中 氏の 解 説

b

中の 「個 物 も 普 遍 の

で ある

質」

は こ の 場 合の

atman

の 訳語で ある。

 

次 い で ,

K

に よ っ て , 「普 遍 と個物 の 関 係 」が 他に は どの よ うに規 定 され て い る か を

て み よ う。

  

(viii

 

sarvavastu u 

buddhiS

 ca  vyavrttyanugamatmika

      

jayate

 

dvyatmakatvena

 vina  sa  ca  na  siddhyati

        (

SV

, 

Akrti

v°

5

 

こ こか らは , (sa:rva −)vastu

・vyakti )・

dvy

齔 maka (・vi6e §asamanyatmaka

と, 即 ち,

(全て の

殊 ・普 遍一

atmaka17

え る とが 出来 う 。 だ が, そ の こ とか ら直 ちに

殊一

atmaka

= 普 遍一

atmaka

が 導 出さ れ る と断 ず る こ とは 出来 ず, ま た 事 実

K

に よ る そ の よ う な用 例 は 見い 出さ れ て い ない が, 仮に それ が 可能だ とすれ ば, その 後 者か ら, さ らに 「普遍 は個

atman

で ある

とい うこ と が, な ん とか 成 立 する よ うに

える。 い み じ く も, 竹 中氏 の

b

中の 「普 遍は個 物 の 本 質で あ り

質」

は , こ の 場 合の

atman

る。 だ が, 

K

の 用 例の 中に は ,

普 遍は個 物 の

atman

である」 は もちろん の こ と,

「個物

遍の

atman

とい う

表 現す

ら明確に は 見い 出 され ない 。

  

ix

 

na  viSe §o na  samanyarp  

tadanim

 anubhttyate  

     

tayor

 

adharabh

ta

 

tu

 vyaktir  evavasiyate

      ダ

      

SV

, 

Pratyak

$a−s 丘

tra

 

113

  

(x

 

bhinn

訌 vi6e §a6aktibhyah  sarvatranugatapi  ca

     

pratyekarp

 samaveta  ca 

tasmaj

 

j

 

atir

 api 

i

yatam

     

tenatmadharmo

 

bhedanam

 ekadhivi ayo ’sti nah

      ダ      

       

SV

, 

Akrti

−v °

17

18

 ab )

 

ix

) (x は共に , 

K

在 論上 の 「普遍 と個 物 の

う上 で きわめ て 重

な もの で ある が, こ こで は と りあえず,

ix

殊 と普 遍の

adha

− rabhttta

基体)

こ とと,

x

か らの

は 諸 個

bheda

at

・ madharmals ) { 

atman

し よ 。 一

380

(6)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 University

40

) 翫 man  atmaka

, t2dAtmya につ い て (金 沢)

 

次に , (

ix

よ り, 共に

個物

adharabhUta

と し,

x ) よ り, 〔相 互に 〕 別

異で

る (

bhinna

) と された と こ ろ の

「普

遍 と

殊の関 係 」を 見て お こ う。

 

xi

 

anyonyapek $

ita

 nityam  syat  samanyavi6e ayoh

    

vil≦eSa 尊

ar

ロ ca samanyalp  

te

 ca 

tasya

 

bhavanti

 

hi

       

S

」「

V

Akrti

−v

°

9

 

(xii nirvi6e arp na  samanyarn  

bhavec

 chaSavi

apavat

    

samanyarahitatvac  ca  vi6e 爭as  

tadvad

 eva  

hi

       

SV

, 

Akrti

♂v

°

10

 

(xiii

tena

 natyantabhedo

pi

 syat  samanyavi 首e§ayoh

      

5V

, 

Akrti

−v °

11cd

           ■

 

(xiで は ,

諸 特 殊に は 普 遍があ り, 普 遍に は 諸 特 殊がある」こ とを理 由に ,       ロ     ■

普 遍 と

) 特

殊の 間の相互

存 者 性

が 主張 され る。

xii

で は ,

xl)で示       ■    ■ され た 理 由が, 論

の 形で 表 現 される。 即ち, 「特 殊の ない 普 遍は

在 しない し,       コ      普 遍の ない

殊 も ま た しか り で ある。 兎 角の よ うに」 と。 そ し て , (xi)で の 主 張 を 根 拠に ,

xiii

で は ,

普 遍 と特 殊の 間に は

対 的な別 異 性

atyantabheda ) がない で あろ う

と帰 結 されて い る。 こ の 場 合,

xi )の 特 殊

vi6e §a)が

複 数

形で与え られ て い る点に 注 意 する必 要が あろ う。 そ こ に見 られ る

殊 と普 遍の 間

の 「相互 の avinabhava

を,

9imSapatva

特 殊

と vrk §atva (普 遍 )の 二

間に

め て は な ら ない 。 つ ま り, そ こ で

われて い るの は ,

Simgapatva

が な け れ ば vrk atva が な く,  v;

k

$atva がな け れ ぽ

Si

甲 ≦apatva が ない

とい

うこ とで は な く,

SimSapatva

, 

dhavatva

, 

khadiratva

_ _等の 全て の (特 殊 )が ない な ら ば vrk $atva (普 遍 )は な く,  vrk $atva

普遍

)が な け れば, ≦

il

6apa

tva

, 

dhavatva

, 

khadiratva

,_ ..

の どの ひ とつ

) も

ない

とい うこ と       ■    ■         ロ    ■ で あ り, 推理論の 爼 上に の せ られ る

ある特 定の 特殊 と : 普遍 の 間の 関係19)

で は ない で ある。 つ ま り,

上,

普 遍は

に何

か の

特殊

と共に

同 一場 所

) あ

, そ れ は , (viii

られ る

「(

全て の

個 物は 特 殊 ・ 普 遍一

atmaka

で あ る

と , 異なる言 明で は な く, 従 っ て , そ の よ うな

特 殊 と普 遍の 間に は

対 的な別 異 性は ない 」 と

K

は 主 張す るの で あ る。 で は 本 稿で に問 題 とな る 「普 遍 と個 物 」の で は ど うで あろ うか。

  

(xiv sasnadibhyas  

tu

 

pipdasya

 

bhedo

 natyantato  

yada

     

samanyasya  ca 

Pindebhyas

 

tada

 syad  uttaram

379

(7)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty

             

atman , atmaka , t且

datmya

に つ い て (金沢)

        

41

      

SV

, 

Akrti

−v

°

46

 

xiv )は,

稿の い わ ば 眼 目 とも言 うべ き

tadatmya

を含む

vi

前に

か れ て い る とい う点で も

別の

意義

の で

る。

yada

支配

される

前 提

部に 続 く帰 結 部

tada

 syad  uttaram の uttaram の

に異 説が あ る が,

5V

自体の議 論の流 れか らい と, (vi

の 「問 ・ 答 」 (uttara )と解 すの が 自然であ る か の よ うだ。

G

. 

Jha2

°) や 山

氏21) は現に その よ うに

され て お ら れ る。 一 , 竹 中 氏は ,

6

γ 自体 が

64

∂礎 α餉   ッσ に対 す る注 釈で ある こ と を ま さ し く

過 ご さず, 以下 の よ うに 解 釈された。

  

14

 

個物が 〔部分 で ある〕垂 肉

か ら

な らず, そ して 普 遍が

    

諸 個物

か ら 〔

絶 対的

な ら ない 〕 時, そ の 場 合に は , こ の 〔

Sabara

    

〈sasnadivi6i §

takrtih

> とい う〕

えは 可

で あろ う

」 (

竹 中  

P

421

,        

11

14

16

 

こ の 帰

結部 中

の uttaram の

釈は あるい は

中 氏の そ れが的 を

て い る か と も思わ れる。 その 場 合に は , 前 提 部に於て主張 され た もの と,

Sabara

の 〈sas ・ nadivi 首

istakrtih

>」 との 間 を どの よ う な論理 で結び つ る か とい う, ま た 別の 大

課題

22 )に

逢着

するが , そ れに つ い て は 本 稿で触 れ る こ とを しない 。 だが, そ の 前 提 部は 厳 密に は 以 下の よ うに 解 すべ だ ろ う23) 。 韻 文で 哲 学 書を物そ うと

す る 天才の 所業で る か らで ある。 「個 物 (

pipda

)の sasna 等 との 別異 性 (

bhe

da

, ま た普 遍の 諸 個

との 〔別 異 性は ,

絶 対 的に で は ない … …

と。 即ち, そ の 前 提 部は , 前に 見た 「普 遍 と特殊 」の場 合 と同 様, 「普 遍 は諸 個 物 とは 別 異 で ある。 だ が絶 対 的に別 異なの で は ない

とい う二つ の こ とを主張 し て い るの で

る。 そ れは と もか く, 当面の 課

は ,

見た よ うな

「普 遍

と個

関 係」

と,

vi

)中

「普

に 於 て の み

存 在

す る

こ との

在 論上 の

と し て 提 出される

tadatmaka

ない し

tadatmya

との 関 係 であろ う。 そ れに関 し て は, 京 都

学の 服 部正 明

教授

が以 下の よ うに明快 に 自説 を 紹 介 して お られ る。

  

c .

普 遍 〈

gotva

・ 普 遍を表示 する徴 表 と し て 垂 肉

・ 個

と し

   

に は , 相互 に絶 対 的な区 別 (atyantabheda )は ない 。 換言すれ ば,

    

これ らは

互 に 同一性

tadatmya

の 関 係 に あ る。 した が っ て, 牛の

   

gotva

>は 垂肉

を もつ の にの み存 在 し, 他の もの に は

在 しない (

kk

    

45

48ab

)」

 

(月艮吾

F

 

p

26

11

15

19

 

こ の 服

教 授 の 言 明に よれ ば,

K

に とっ て

tadatmya

は 「絶村 的な 区 別が ない 一 

378

 一

(8)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Umversrty

(42) atman , 

atmaka

, tadatmya に っ い て (金沢)

こ と

しい とい うこ とで あろ う。 換言すれ ぽ,

A

B

の 問に は 絶 対 的な区

別が ない

A

B

の 間に は

tadatmya

が ある

とは 全 く同一の こ と を

意味

し て い る とい うこ る。 そ れは ま た ,

tadatmya

ない し

tadatmaka

が , な

ん ら方 向 性を持たない 関 係

概念

である とい で あ る。 即ち,

A

B

tadatm

ya

B

atmaka

tB

= =

A

tadatmya

A

atmaka

ろ う

。 こ の 服 部 教 授の 明快な断 定に した が え ば,

K

「普

遍 く

牛〉

の 諸 個 物 〈牛 〉に

す る

tadatmya

に基 づ い て, 「普 遍 〈牛 〉は諸 個

く牛 〉に 於ての み

存在

す る

とい う主 張 ばか りか,

諸 個 物 く牛〉 は普 遍 〈牛 〉に於て の み

在 す る

とい う不 可

な 主張 ま で もが成 立 する こ とに な る。 こ の 場 合, 普 遍 が

dharma

であ り, 個

adharabhUta

で ある とい う二 つ の 関 係 項の 存 在 論上

す る意 味別 異 性 対 的 な もの で あ る。 服 部 教 授の 「絶 対 的な 区 別 がない こ と

tadatmya

説は ,

vi

)中

の sasnadimatsv  eva に 見 ら れ る くsasnadimat 複 数 ・ 処 格 を , 「場 所 」で はな く,

時 間

(もし くは 前 提 条 件 ) と

釈 した な らば, あるい は 矛 盾な

きも

の と な るか も知 れ ない。 即ち, 「諸 個 物 〈牛 〉 が

在す る

に の み普 遍 〈牛 〉 は

在 す る

とで

これ は 当 然な が ら 「普遍 く牛 〉が

在す る

に の み 諸 個 物 く牛 〉が存 在 する」 とい 主 張 を

も成

立 させ る こ とにな るで

。 だ が, 服 部 教 授の c 「垂 肉

を もつ の に のみ

は ,

者の 「諸 個 物 く牛 〉 に 於て の み

程に は 明

で は ない の の ,

者と 同様, その 処 格を 「場 所

の 意 味で解

してい る こ 明 らか で ある。 し た が っ て, 服

S7

, 

Apoha

・v ° の研 究 中の 記 述 c の し た が っ て」は 明 らか に 誤ま りで ある。 また 「換 言 す れぽ

に も 大 い に 疑 問が る。

xiii)を 通 じ て 前に 見た 「特 殊 と 普遍」の 間 に

絶 対

な 別 異 性が ない

こ とは, (viii

を通 じて

た,

「(

全て の ) 個 物は 特 殊 ・ 普遍一

atmaka

で ある」に づ い て (即 ち,

特殊

と普 遍 の

個 物

とい う同一 の 「場 所 」に 於 ける同 伴 性を示 す こ とに よっ て

成 立 した もの で あっ た。 服 部 教 授の 「

絶対 的

な 区 別 が ない こ と

tadatmya

, やは り誤 ま りで あろ う。 

K

に とっ て は ,

「普

遍と個 物の 問 の 本 性上 の

関 係」

る とこ ろ の

普 遍 〈牛 〉の 個

〉に 対す る

tadatmya

」に づ い て

一 一

) 「

普 遍 〈

〉は 個

〉に於 て の み

在 す る」 とい う言 明 が成立 し, そ れ 故に こそ ( 一 ) 「普遍 〈牛 〉と 諸 個物 〈牛 〉 間 に は 絶 体 的な 区 別が な い と言わ れ得 るの で ある。 以上 に よっ て

K

tadatmya

の 概 念が なに が しか 明 確に なっ た と思 わ れる。

K

に とっ て の

の 個

対す

tadatmya

「普遍

個物

atlnaka

, 

K

自身

してそ う

表現

し な か っ 一

377

一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(9)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

atman , atmaka , tadatmya につ い て (金沢) (

43

そ し て 絶 対そ う表 現 しなか っ た こ とこ そ, 本

稿

の終

結部

で 触れ られ るで

ろ うよ うに , 意 味 ある こ と なの だ が) けれ ども, ある意

で は

個 物は普

at

・ man で ある

と言 い るもの で あろ う。 一 方,

lx

)を通 じて は

殊 と 普 遍の

adharabhata

(基 体 ) である

が 明 らか と な っ た 。 そ れ は ま た

((

viii

〔sarva −〕vastu = ・

dvyatmaka

場 合と

っ て ) 容 易に

は普 遍 の

adha

・ rabhnta で ある

を可

とす る もの で ある。 そ して その 結 果 直ち に 「

atman

 =

adharabhrtta

を 帰 結 し得る よ うで も あ り, か つ て筆 者 自身 もそ の 可

性を示 唆 した こ と が ある24) 。 だ が, こ の (vi

で , 「個 物 は 普 遍の

atman

で ある」に 要 請 されて い る もの は ,

普 遍は

個物

て の み 存 在 する

との主張に対 す る

拠 で ある こ とを 忘 れて な る ま い。 し た が っ て,

adharabhata

(基

)を用い てそ の

          ロ 請に

え る為に は , 「個 物の み が普 遍の

adharabhttta

で ある 25) なけ れ ぽ な る ま い 。 こ の 「普遍 の 個 物 の み を

adharabhttta

と す る 関 係

め て 「普

は個

に於て の み

在 す る

との言 明に

し て

K

えた

普 遍の 個

に 対す る

tadatmya

」に置換 し得る もの と な る。 即 ち, こ の 箇 所に 於て は , 

K

に と っ て の ,

「普

遍 と個

物 」

の 間に ある

普 遍の 個 物に 対 する

tadatmya

と は ,

普 遍 の 個

の み を

adharabhUta

とす る関 係 」 と同

割 を担 う も の で ある, と 言 え る で あろ う。

K

に よ っ て 存 在 論上 の 「

遍 と個 物の 関係

が, 

adharab

hata

 

atmadharma

絶 対 的 な別 異 性が ない 」

々 な言

を もっ て表

さ れ て い る。 だ が , こ の ,

普 遍 と 個

物 」

の 間の , 「

性 上 の 関 係 (svabhavika − sambandha )

で ある とこ 「普 遍個 物 に 対 す る

tadatmya

」こそ , 

K

に と っ て の

根本 的

な規 定26)なの で ある。       コ   ロ    ロ    サ        ロ

 

こ うし て , 関 係の 絶 対の 方 向 性を担 うもの で も ある eva を含

する

atman

と 呼 び うる諸 個 物を, 認 識の

場 所 」 として,

bhedabheda27

) 説が展

さ れ る が, その

詳 細

に つ い て の

は割

し て ,

はた だ ,

K

の そ の よ うな

論 に於て見 ら れ る重 要 な (と

者に 思わ れ る)と

atman

用 例 し よ

  

xv

  

anekitnanyavrttitv2n  na  samanyavi 忌e§ayob

       

ekavastvatmata  

yukta

 

ki

cit 

tenaupacarikam

       

SV

, 

Akrti

・v

°

51

  

xvi

 

bhinnebhya6

 capy  abhinnatvad  

bhedas

 

tat

−svatmavad  

bhavet

 

1

      

ekasmad  vapy  abhinnatvad  vyaktyekatva

pratiyate

       

SV

, 

Akrti

−v

°

52

(10)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

44

(xvii

xviii

atman , atmaka , tadatmya に つ い て (金沢)

 

らの 用 例の 下

を付 し た =

atmany

し て い ない が,

者 に は そ の い ず れを も, 物

と解釈 出来 る よ うに わ れ る。 叱正 を仰 ぐべ く, 以 下に は と りあ えず, そ の 訳 文だ けを示 して お こ う28) 。

   (

15

  普

遍 と

特殊

に は , 〔そ れ ぞ

多存

性, 一

存性

る が

に , 同 一

     

atman

とす る こ とは

当で は ない 。 そ れ故, なに か 二 次 的な も

     

の で ある。

  

16

さ らに また,

bhinna

)で

る諸 〔特殊 〕 とは

るが

に,

     

遍 に は 〕 多 性 (

bheda

)が ある で あろ う。 そ れ 〔特 殊 ない し普遍〕 自

      身

atman

と同様に。

るい は ま た, 単 一

普遍

〕 とは

別 異で あ         るが故に , 個 物の 単 一 性が理 解 される の で ある。

   (

17

) 特

が普遍 とは 非 別 異な もの と し て 知られ る時に は , 〔特 殊 に は 〕 一

     

存 性 (ekavrttita

= 多性 〕 。 〔

らの 〕

atman

特殊

〔の そ れ 〕

     

と同 じくし て い る が故に, 普 遍に は 一

性 (ananyavrttitva )〔=

性 〕         が ある。

  

18

 

なぜな ら, ある,

atman

〔 = も 〕 と し , 〔個

に 〕単 一 性が あ り,

     

ある, 〔

atman 〕

と して は , 多 性が

るか ら。

samanyananyavijfiate  vieSe  naikavrttita  

11

samanyananyav

ttitvarp

 vi ‘e

ikabhavatah

 

1

       

SV

, 

Akrti

−v

54cd

55ab

kena

 cid 

dhy

 

atmanaikatva

nanatva casya  

kena

 cit

      

Siv

, 

Akrti

・v °

56ab

                     

学者に よっ て 必 ず しも

釈 が一

                  

認 識の 「場 所

で ある とこ ろ の

個  

III

.       ク            

 

P

は ,

SD

, 

Akrti

・v ° に 於て,

に見た

K

の vastu =  

dvyatmaka

, vastu =

dwakara29

)とい う

表 現

を 用い て い る 。 だ が, 

K

に よ っ て は

に 一 度 も 用 い られなか っ た

普 遍は個

atman

で ある」 とい う明確 な表 現が 一 度な ら ず 現わ れる とい う

に 重

で ある。 そ の 一

K

に よ っ て与 えられた 厂普 遍 = 個

atmaka

が 必ず しも明

に現わ れない こ と , さ ら に 三

び を

え る

tadatmya

の 用例に 於て, 

K

と 同

な 「普 遍の 個

に 対 する

tadatmya

を窺わ せ る よ う な

表 現

方 向

られ ない こ , その かわ り,

tadrapya30

う語 一 

375

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(11)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 University

atman , 2tmaka , tadatmya にっ い て (金沢) (

45

が ク ロ ーズ ・ア ッ プされ, それが 「普 遍 と個 物 」の 間の存 在 論上 の 関 係を認 識の レ ヴエ ル に

明確

されて い る こ と, しか も, そ れが ,

遍に 対 する

tadrtt

pya

」とい う形 で 表 現されて い る こ とに , ひ と まず 留

して お きたい 。

 

さて,

K

に よ っ て

普 遍は諸 個

に於ての み

在 す る

との 主 張に

対 す

存 在

論上 の

拠 と して 示 され た と こ ろの

普 遍個 物対 す る」

tadatmya

は , 

P

に よ っ て は い か に 用い られて い る で あろ うか 。

  

xix atha   va  

tadatmyapratiter

  abhedo ’

py

 

astu  

pUrvoktanyayena

      t         ロ

    

bhedo

pi

,_ _ (

SD

, 

Akrti

v° ,

p

28511

5

6

  

19

 

「あるい は また , 〔類と個 物の 〕 同 一 性 (

tadatmya

)の 認 識か ら, 無

    

差 別 も あるべ で あ り, 前 述の 論理 に よ っ て差 別 も 〔あるべ きである〕。

      (

竹 中

 

p

12

II

11

12

 

訳 者に よ っ て与 え られ た

〔類 と個 物 の 〕」の 適 否は 別に し て も,

tadatmyap

・ ratiti に 基づい て abheda が

られる とい う点は 注 意に い し よ う。 訳 文 (

19

「前述

とは, 次に

く (xx )に 於て発せ られた非 難に 対 す る 応 答

xxi

の もの で ある。

  

xx

 

yadi

 

jatyatmana

 vyaktih

 

Pratiyate

 

tato

 

jativyaktyor

 

abheda

    

eva  

pratitibalad

 

apadyate

 

katha

τ

p

 

bhedabhyupagama

       

Si1

), 

Akrti

・v °

 

p

284

11

3

5

  

20

 

もし

が類を

とする もΩ と して

識 され る な らば, その 認

    

か ら

と個

無差 別

abheda )の み が生

る。 ど うし て 〔両

の 〕差

     

Cbheda

) が認め ら れ よ うか 」 (竹 中  

P

10

1

. 

20

P

 

11

, 

L

 

1

  

xxi

kiM

 ca 

tasyam

 eva  vyaktav _

聖 _

9

胆 二

gavatmana

 

prati

    

yamanayam

  api   neyarpbuddhigobuddhyor

 

gaur

 

gaur

 

iti

−vat

    

paryayatva

pratiyate

, 

tasman

 na

bhedah

 

1

      ア         

                      

SI

 

Ak

ti

・v °

p

. 

284

, 

IL

 

10

p

285

1

1

  

21

 

「さ らに, 同 一 個 物

iyam

 

gaub

よ う

     

に く

〉 と して

されてい て 《abheda が 確 認 された と し て :

    

も,

これ

とい う観 念 (

iyambuddhi

)と 「牛 」 とい う観 念 (

gobuddhi

    

の 両 者に は , 「牛は 牛で ある (

gaur

 

gaur

とい うよ うに 同 義性 (

par

    

yayatva

)は

め られ ない 。 そ れ

と個

に〕 無 差

は ない

= 差 一

374

(12)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

46

atman

, 

atmaka

, tadatmya につ い て (金 沢)

      

別が ある

」 

(竹 中

 

p

11

II

.  

16

20

 

引 (

xix

)(

xx

)(

xxi

)中

線 部

, 及 び (xx ) (xxi )中 傍 点 部

jatyatmana31

) と

gavatmana

が, そ れ ぞれ対 応 してい る こ とは ま

ず確

実で あろ う。 そ れに対 し て, (

20

21

)中の 下

線部

の 訳

が か くも異な る ((

21

)中で,

jatyatmana

に対 応 す る

gavatmana

gav

一 が, 訳 者 流

の 〈牛 性 〉で はな く <牛 〉 と曖 昧に 訳され て い る)こ とは , 訳 者が文 脈 を 正 確に 辿 り

て い な い こ との

的な

し で ある。 い ずれ に せ よ,

K

に よっ て は 必ず し も 明確に 表 現 され なか っ た 「

tadatmya

の 認 識

pratiti

が, こ の (xix

(xx

)(

xxi

に 下

線 部

を 正 し く解 読 する こ

とに よ っ て初め て 明ら か にな る と

わ れ るの で ある。 つ ま り,

P

に よっ て

tada

tmya

が, 

K

の 場 合 と同様

と普 遍の 間の 何 某か の

係 」 と考 え られて い た とすれ ば, そ の い わ ゆ る

と普 遍 の 閭の

tadatmya

」とは , 認 識 者に よ っ て 個

牛〉

iyam

 

gauh

これは

る)」 とい う

文章

の 形で 認 識 される, こ とを 可 能 とする

係で あ る, と 言 え るの で ある。 そ し て , そ の tadatmya の 認 識 (

pratiti

)に基 づ い て , 個

遍の 間の 非 別 異性 (abheda )が 知ら れ, そ の

文章

とし ての 認 識 を

成 す る

iyam

gauh

とい う二

「非

性 (aparyayatva )

認 識に よ っ て 個 物 と普 遍の 間の 非 別異性 も否 定 さ れ る, と い うこ とで る。 ま た ,

jatyatmana

gavatmana

の 一

atmana

は , (xix ) 中 の

tadatmya

とい う語が 内蔵 し て い る

atman

と対 応す る もの と して

P

に よ っ て 用 い て い る と考え ら れ る。 こ の 場 合の

tadatmya

が い か な る

方 向

性 を持つ の か (あるい は方 向 性は考え られ て い ない の か)は明

で は ない の の ,先 述 し た

そ して 後で

し く論 じ られ る)

P

の 「普 遍は個 物の

atman

で ある

との 表 現 を 考

する な らば ,

jatyatmana

gavatmana

は , そ れぞ れ, 厳 密 に は (

20

の 訳 例 を, 普通 に は (

21

)の 訳 例 を受 けて, 「普 遍を

atman

とする もの と して

「普

遍と して

普 遍 く牛 〉 を

atman

とする もの と し て

普 遍 〈

牛〉

と して

(よ り

通に は ,

牛 と し て 」) とひ と まず 訳 出す るこ とが可 能 と な ろ う。  以 下 に は , 次い で

P

tadatmya

を どの よ うな方 向性 で 表現 し て い た か を 検

したい 。

  

xxii

 

kani

  cit  svalak apani   svakara4ad   utpadyamanany   ekena

        

kena

 cit svasamanyena  

tadatmyam

 samavayalp  va  

bhajante

      

SD

, 

A

krti

−v

°

 

p

293

, 

ll

13

15

  

(xxiii

abheda6rayapena  va  

pindatmana

sasnadina

tadatmikaya

一 

373

(13)

Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

       atman  atmaka  tadatmya に つ い て (金 沢 )         (

47

     

jatyasty

 eva  

tadatmyam

、.

NRK

 ad  

S

V

, 

Akrti

・v

°

46

, 

p

393

         

11

25

26

          .   ロ

 

(xxii

)中

tad

豼 mya は ヴ ォ キ ャ ブ ラ リー を

に する仏 教 徒か らの 論

える

所 に て くる もの で あ り, svalak §apa を vyakti (個 物 )に 安 易に置 換 し

る もの では ない が , 一32) ,

P

に よ っ て は

普遍

対 す

tadatmya

と考 え られ てい た と推 定す る こ と が 出

るの で は ない か 。

S1

), 

Akrti

v ° の 用 例 で は ない の の , (xxiii )は ま た その こ とを保 証 して くれ る よ う で あ る。 こ の       ア        ny

xxiii

そ れ が

U

xiv

し て

い た

K

SV

, 

Akrti

−v

°

46

対 す る注

釈 中に 出て く る もの で あ る 点 で も重 要 であろ う。 abhedagrayarPena の 意

が 明 確で は ない が, と りあえず以 下 の よ うに 訳 して お こ う。

  

23

 

… …

る い は abheda の 故に, 個

atman

で ある sasna 等に は ,

     

そ 〔の 個 物 〕

atman

とす る普 遍 との

tadatmya

が 必ず ある。

 

こ こ で 注目すべ き点

SD

, 

Akrti

v° で は 「普 遍は 個 物の

atman

で ある」 と明 確に表 現 し て い る

P

が, そ こ で は,

K

の (vi)

6V

, 

Akrti

−v °

47

中の

ta

datmakam

を 承 けて , 下 線 部の よ うに

tadatmikaya

と表 現 し て い なが ら も,

tadatmya

表 現方 向 性 し て は ,

1

(の (vi)

SiV

, 

A

krti

v°

47

ta

datmyam

 asya を 採 用 して い い こ と

 

(つ ま り全 く逆 であるが

現に は 方 向 性が ある)で あ る。 こ の 場 合,

P

に よっ て

) が

IVRK

よ り以 前 に 著わ され た こ とが重要 で あるか も しれ ない 。 ま た, 皿に 於 て

討 し た 服

部教

授の

絶 対 的 な 区 別が ない こ と

tadatmya

, 

K

では な く

P

に適 用 し た な らば

妥 当

な もの と な る だ ろ うか 。 即 ち,

P

に とっ て は

tadatmya

の 表 現の 方 向 性は 恣 意 的 な もの で あっ て 重

で はな く,

「絶

な区 別が ない こ と

こ そ が重 要で ある , と。 そ れは ともか く,

P

 

K

とは異 な っ て

の 普 遍に対 する

tadatmya

とい う方 向 性を採 用 し た の で ある。

 

tadatmyapratiti

討の際に も仄め か して お い た こ とで あるが , (xxii

xxiii

) 中

.る こ の

tadatmya

表 現方 向 性逆 転, 即 ち, 

K

の 「

遍 の

に対 する

tadatmya

」か ら

P

の 厂個 物の 普遍 に対 する

tadatmya

」へ 変 換は お そ ら く,

K

に よっ ては 決 し て表 現 さ れ なか っ た と こ ろの

普 遍 は 個 物 の

atman

で ある

が . 

P

に よっ て 明 確に 打ち

され た こ とと

わ る問

で あろ う。 だ が, 本 稿で も既に 一 な ら言 及 し た こ の 「普 遍 個 物

atman

が ,       ダ           ロ 明

現され る ISD  

Akrti

−v ° の 当該箇 所が, 

H

に於て 中心 的に扱われた

K

372

(14)

Komazawa University

NII-Electronic Library Service Kom 三1z三1w三1 Unlverslty

48

)      atman , atmaka , tadatmya に つ い て (金 沢 )

vi) ε

Ak

ti

−v °

47

問 ・ 答

直接

関わ る も で ある (と

者に は 思わ れ る) 為 以下で は そ の 点 も合わせ 検 討 し よ う。

  

(xxiv

yat

 

tu

 sarvagata  vyaktigata  va  

jatir

 

iti

 vikalpitam

, 

tad

 api

     

vyaktyatmatvabhidhanad   eva  

parihrtam

vyakter  

hy

 asav

     

atma

 

kathaln

 anyatra  syat

SD

, 

Akrti

・v ° , 

p

. 

288

, 

L

 

13

p

289

,          

1

1

)       ユ

  

24

 

さて,

類 (

jati

は (a

するの か, (

b

) 個

〉 に

在 するの

     

とい う よ うに 〔選 言

を たて て 〕 批 判 された が , そ 〔の 批 判

〕 も

      3

     

〔類 が〕 個 物v の 本 質で ある こ と (vyaktyatmatva )を述べ こ とに よ       4         っ て 取 り除か れ た こ とに な る。 〔つ ま り〕これ (類 )は 個 物 〉 本 質       2

     

だ か ら, 一 ど う し 個 物 〕以 外 場 所 存 在 し よ 。 〔類は個 物 〉

     

存在

す るの でる 。〕

竹 中

 

p

98

II

17

22

          ロ     

 

こ の 選 言 肢が訳 老に よっ て 適 格に訳 さ れ て い る とは 言い 難い の で は ない か。 そ の

論の 当初に 於 ける もの は 以 下の 通 り

る。

  

xxv

 

yadi

 ca 

bhinna

 

jatih

 sa  sarvagata  vyakti §v eva  va ....

SD

      

Akrti

・ve  

p

277

1L

 

3

4

 

(xxv )中の eva が重 要 で ある。 こ れは ま た, 

P

か らほぼ 四 世紀 もの時 間を隔 て られ た

K

に よっ て 記さ れ た (vi) 中の eva に 対 応す る もの で ある。

論理

に 基づ い て思 想 を 表 現 する際に たす こ の eva の

割は

絶対看

過 出

ない の で

る。

た とえ eva が文 面に 明らか に表 現せ ら れ て い な くと も, 文

とい うもの は 常に 書 き手 ない し話 し手の 意 志に よ っ て そ の

意 味

を限

せ られ てい る も の で あ る33〕

 

した が っ て (

24

)中

に は 「〔の み〕

を ,

に は

の み

を挿入すべ きで あろ う (そ もそ も, こ の 〔の み 〕が なか っ た な らば ,

選言肢 」た るこ と が 成 立 し

まい )。

 

さて , こ うし た 手 順を経た上で , 漸 く, 我 々 は

普 遍は 諸 個

に於て の み

との 同一 の 主張に 対 し て ,

Bhatta

派の 二 人の 学 匠

K

P

とが 与え た根 拠 (それは , 全 く異 な っ た 表 現を持つ もの で は ある が

を 比

る こ とに な っ た と言 えよ う。

    

K

= 個物一

atmaka

     

普 遍の 個

に対す る

tadatmya

      

(「個

は普 遍の

atman

る」) 一 

371

 一 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

参照

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