海外交流
*Fumitaka KISHIDA
− 125 − 1960年4月生
京都大学大学院文学研究科博士後期課程 単位取得退学
現在、大阪大学 言語文化研究科 教授 文学修士 朝鮮語学
TEL:072-730-5198 FAX:072-730-5198
E-mail:[email protected]
大阪大学外国語学部外国語学科 朝鮮語専攻紹介
Osaka University: School of Foreign Studies: Korean Section Key Words:Korean
生 産 と 技 術 第64巻 第3号(2012)
岸 田 文 隆
*1.朝鮮語専攻の概略
韓流ブームなどのおかげで今ではすっかり一般的 になった韓国・朝鮮語であるが、本学朝鮮語専攻の 歴史は決して古くはなく、日韓国交正常化の直前の 1963 年に大阪外国語大学に朝鮮語学科が設置され たのを始めとする。それでも戦後日本の大学に朝鮮 語の専門課程が設置されたのは、私立の天理大学に 続いて 2 番目で、国立大学としては初めての快挙で あった。戦後しばらく日本社会がこの隣国のことば に無関心であった状況を物語るものである。
2007 年に大阪大学と統合して、現在の外国語学 部外国語学科朝鮮語専攻となったが、教員スタッフ の構成は 1963 年の設置当初と変化がなく、日本人 の専任教員 3 名と韓国人の特任教員 1 名から成る。
学生の募集定員は 18 名。今やマイナー言語から脱 しつつある朝鮮語の現状に比して、「老舗」の本専 攻のこの規模は少々見劣りがするけれども、我々教 員と学生はいたずらに規模の拡大を追わず足元を固 めるとの気持ちで日々の活動に取り組んでいる。
大阪大学との統合によって得られた本専攻にとっ ての最大のメリットは、韓国の一流大学への交換留 学の道が開かれたことであろう。大阪大学はソウル 大学、延世大学など韓国の名だたる大学と交流協定 を締結しているが、大阪大学から先方大学へ交換留 学生として派遣される学生の大半は本専攻の学生が
占めており、この制度を利用して本専攻の学生は韓 国の大学の最先端の研究と教育に接し専門的知識の 獲得につとめている。
卒業生は様々な分野で活躍しているが、最も典型 的なケースは貿易・外交・マスコミなどの分野で日 韓交流の最前線に立つことである。日本国内はもち ろん、韓国各地で活躍する卒業生の姿が見られる。
2.朝鮮語の概要
主に朝鮮民族によって使用される言語で、日本の 隣の大韓民国および朝鮮民主主義人民共和国、中華 人民共和国吉林省長白朝鮮族自治県・延辺朝鮮族自 治州の公用語。大韓民国では「韓国語」、朝鮮民主 主義人民共和国では「朝鮮語」と名称が異なるが、
この両者は言語的には同一のものである。
話者数は、世界全体でおよそ 7500 万人程度と推 定され、朝鮮半島に 7100 万人の話者がいるほか、
アメリカ、中華人民共和国(特に延辺朝鮮族自治州)、
日本、旧ソ連などにも話者が分布している。
文法構造は、日本語にきわめてよく似ている。言 語類型論の観点から見ると、日本語と同じ膠着語で あり、主語・目的語・動詞の SOV 型の語順をとる。
修飾語は被修飾語に先行し、前置詞ではなく後置詞
(助詞)を用いる。その助詞の中には、日本語の「ハ」
と「ガ」にほぼ相当するものがある。また、敬語法 が語尾(助動詞)として用言の文法範疇となってい る点も日本語に一致している。
音韻面では、日本語とかなり異なっており、類似 点が少ない。音節構造は、日本語と同じく、母音の 前後に最大 1 つの子音があらわれうる (C) V (C) の 構造であるが、音節末尾にあらわれうる子音が、日 本語には撥音 (N) と促音 (Q) の 2 つしかないのに対 し、朝鮮語には の 7 つがある。
子音には、日本語のように清濁ではなく、平音(無
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気音)・激音(有気音)・濃音(声門閉鎖音)と称す る 3 系列の対立がある。母音は、
の 8 母音から成り、日本語よりも母音の数が 多い。
語彙は、その来源により、固有語、漢字語、外来 語の 3 つに分けられる。固有語は古来からの朝鮮語 である。全ての品詞に広く分布しており、朝鮮語の 語彙の核であるが、基本語彙の中にも、漢字語にと ってかわられたものがある。例えば、山をあらわす 固有語「 moi」は、現在一部の合成語に化石的に 残るのみでほとんど用いられず、一般には漢字語
「 san」(山)が用いられる。漢字語はおおむね中 国語由来の語彙である。中国との長い間の接触の過 程において中国語から直接に借用されたもののほか、
近代以降の日本との接触において日本製漢字語を借 用したもの、朝鮮独特の漢字語がある。外来語は(漢 字語以外の)外国語からの借用語である。英語やロ シア語からの借用語のほか、植民地時代に流入した 日本語からの借用語や、高麗末期に元朝から流入し たモンゴル語からの借用語などもある。
朝鮮語の方言は大きく本土方言と済州方言に分け られ、そのうちの本土方言は西北方言(平安道方言)、
東北方言(咸鏡道方言)、中部方言(黄海道、江原道、
京畿道、忠清道方言)、西南方言(全羅道方言)、東 南方言(慶尚道方言)の 5 つに分類される。このう ち、最も標準語と異なっているのは、済州方言であ るが、この方言には朝鮮語の古語にかつて存在した アレアと呼ばれる母音「・ 」が残っているのが 特徴である。済州市の観光課が、この方言を使い ながら済州島の観光ができるようにとの意図のもと に『 (聞いていてはわか らない。話してみてこそわかる)』というきわめて ユニークなテキストを発行しているが、その中から 1 パラグラフを引用して、この文の末尾に載せてお くこととする。これにより、この方言が標準語とど れほど異なるかがわかるであろう。
朝鮮語の系統については、アルタイ諸語や日本語 と類型論的な類似点が多いことから、その関係がさ かんに議論されてきたが、音韻対応の法則を見出す には至っておらず、依然として未解決の状態である。
朝鮮語の歴史は、現存する文献資料の性格の違い に基いて、ハングル制定(1443)以前の古代語、
1443 年より壬辰倭乱(1592)までの中期語、1592
年より甲午改革(1894)までの近世語、それ以降 の現代語に区分することができる。朝鮮語のすがた が歴史的に明らかなのは、ハングル制定以後のこと であるから、古代語の研究にとっても、近世語以降 の変遷の研究にとっても、中期語の確実な把握が出 発点となる。
3.朝鮮語と日本との関わり
朝鮮語は日本の隣国のことばであるため、深い交 流の歴史がある。江戸時代には、対馬や薩摩苗代川 で朝鮮語の通詞の養成がおこなわれたが、そのとき に使用された語学書の一部がいまもなお伝わってい る。この文章を終えるにあたり、それらのテキスト のひとつを紹介したいと思う。テキストの書名は「漂 民対話」。薩摩苗代川に伝わったもので、1836 年頃 の成立。内容は題名の示すとおり、苗代川の朝鮮語 通詞と薩摩に漂着した朝鮮人漂流民との対話である。
対話は漂流民の薩摩漂着から長崎への護送までの取 り調べや病人の介護、船の修理など種々の話題にお よぶが、以下の一節は、そのうち長崎への護送を間 近にひかえたお別れ会の場面である。
「漂民対話」上巻より
朝鮮語通詞: 數日
今日 燒酒 量 燒酒
辭讓
皆ども数日をすぎず かえるやうになるにより 今 日は焼酎をのませたひ故 きこんに呑やうにいたし 又 焼酎のまぬ人は 素麺をよういいたしたから じぎせず ゆるりと呑やうにせい
漂流民: 着念 餞別 燒酒 果然 安 心 公
數十日間 特別
厚待 感謝 中 慚愧 知恩報恩
漂人 厚意
不安 測量 燒酒
畢盞
こんにちは お気をつけられて ご餞別に焼酎を下
ソウルに留学中の本学学生と仁寺洞で
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生 産 と 技 術 第64巻 第3号(2012)
され 呑へませぬものどもは そふめんをおふるま いなさるにより まことにかたじけなうござります る ご一統さまは 私どもにかかわって 数十日間 かくべつ お心づかひをなされくださるるのみなら ず まだも かやうに あつふ おとりもちにあつ かりまして かたじけなうぞんじまする内 恥入ま するは 恩を知って恩に報ずと申ことがござります れども 漂人どもでござる故 厚意をほうずるみち がござりませず それのみ のこりおおく やすか らぬにより かぎりござりませぬ
そうめんは はらにみちるだけたべ 焼酎もよけい にたべましたから それまでに ご納盃なされませ
朝鮮語通詞:
勸 盡加 之 主人
しょうちうは まだ とくりに残っておるにより 今又一二さんづつしいたひほどに ねがわくは あ りかぎりに呑んだらば 亭主のこころが すっぱり とあらふ
漂流民: 辭讓 無數 醉 盡加之
厚待 意向 泥醉
皆ども せんこくより おじぎなふ おびただしう たべ いたって酔ましたれども ありかぎり呑ませ たいとおっしゃれてまで おあつふ おとりもちな さる お心ざしを どうしてそむきましゃうか た とひ めいていすると申ても のみますまひか
朝鮮語通詞:
それで此方もおちつき よろこばしひ
数十日におよぶ漂流民の取り調べと介護を終え、焼 酎と素麺で漂流民を歓送する場面であるが、「鎖国」
の当時にあってなおもこのような国境を越えた友情 が存在したことを伝えている点で、意義深い資料と 言えるであろう。
朝鮮語の文例