九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
《大かゞみ絵詞》巻八上
水野, 裕史
筑波大学芸術系 : 助教
https://doi.org/10.15017/1928647
出版情報:鷹・鷹場・環境研究. 2, pp.85-88, 2018-03-20. 九州大学基幹教育院 バージョン:
権利関係:
;く資料紹介〉 ;
《大かゾみ絵詞》巻八上
1 The P i c t u r e S c r o l l s o f Okagami
大かhごみ:
はじめに
鷹狩を研究する上で必携の書となっているの が、宮内省式部職編『放鷹』(吉川弘文館、1931年) であろう。 2010年に吉川弘文館より新装版として 復刻されたが、早くに品切れとなり、古書で、あっ ても入手困難となっている。この『放鷹』の巻頭
口絵を飾るのが、本稿で紹介する《大か三み絵詞》
巻八上(国立歴史民俗博物館蔵)である(挿図
1
口) 本図は、高松宮家伝来の禁裏本で、全1 6
巻構成 の絵巻物である。作者を示す落款などはない。主 題は、平安時代後期に成立した歴史物語『大鏡』である。『大鏡』は、藤原道長の栄華の生涯を賛美 するために執筆されたもので、遠祖から藤原北家 代々の当主が天皇家と外戚関係を保ちながら、摂 関等となり、政界で、覇権を握っていく事になる由 来を記したものである(1)。本絵巻は、この『大鏡』
の内容に沿って展開し、この内巻八上に鷹狩の
図1 《大か主み絵詞》巻八上部分国立歴史民俗博物館蔵
85
水 野 裕 史
MIZUNO, Y u j i
場面が認められる。『放鷹』では、一部分のみが掲 載されているが、他にも鷹狩の描写があり、また 作品自体についても、これまであまり解説されて いないため、ここで詳しく紹介したい(2。)
1
作品概要まずは作品情報を列記しておこう。
作品名:《大か£み絵詞》巻八上 作者:不詳
材質形状:紙本著色
1
巻(全1 6
巻のうち)制作年代:江戸時代前期(
1 7
世紀)法量:縦32.4cm、横1488.5cm
一紙横約49.0 cmの紙によって31枚で継がれて いる。官頭の詞書の料紙には、鶴や柳、鳥居など が上下4段にわかれて描かれている。それ以外の
料紙には、秋草などが散りばめられ、冒頭と区別 されている。
冒頭の詞書には、本絵巻の内容が下記のように 記されるD
賀茂臨時祭始事 八幡臨時祭始及 九月九日節止事
ここから、理解できるように、本絵巻は、賀茂 臨時祭と八幡臨時祭、そして重陽の節句が中止と なったことが主題となっている。これは、『大鏡』
第六の「太政大臣道長 下」にあたる。鷹狩は、
二場面に渡って描かれており、賀茂臨時祭と八幡 祭臨時祭の箇所に認められる。
本絵巻の美術史的位置について、大久保純一氏 は、「漢画の素養を持つ絵師の的確な筆致と上質 な絵の具で、華麗な王朝世界が描き出されている」
としている(3\確かに肥痩線のある樹叢の描写な どは、狩野派などに特徴的な表現であり、制作者 の漢画に対する知識をうかがわせる(挿図
2
)。ま た後述するように、人物の衣服や狩衣や直垂など の描写は的確で、制作者の服飾文化に対する深い 理解が認められる。顔貌表現を見ると、輪郭線や 柔和な線によって二重に引かれ、目元や口元に丁 寧に描かれている(挿図 3)。鼻梁は高く、鼻筋は 長く大きめに表現される。ただし、やや稚拙に見 える箇所もある。また、人物の大きさは、近景遠 景を問わず一様で、遠景の樹叢の脇に近景と同じ 大きさの人物を配置するなど、空間構成に乱れが 見受けられる。このような構成は、1 7
世紀の奈良 絵本と類似し、このことから本絵巻を奈良絵本系 統のものと考えることができる(4。)2 『大鏡』本文との比較
次に本絵巻の絵部分と対応する『大鏡』本文を 引用し、詞書と図様と比較しながら、内容を紹介 したい。なお、詞書については、河北騰『大鏡全
86
図2 《大か玄み絵詞》巻八上樹叢部分
図3 《大か三み絵調》巻八上 人物部分
注釈』(明治書院、 2008年)を参考にした。
まず、鷹狩の描写がある巻八上の第
2
段から見 ておこう(挿図4。)又、七つばかりにや、元慶六年ばかりにや侍 りけむD 式部卿宮の侍従と申ししぞ、寛平の天 皇。常に狩を好ませおはしまして、霜月の二十 余日の程にや、鷹狩に式部卿宮より出でおはし まししお供に走り参りて侍りし。賀茂の堤のそ こそこなる所に、侍従殿、鷹番はせ給ひて、い みじう興に入らせ給へる程に、俄に霧立ち世間 も掻い暗がりて侍りしに、東西も覚えず、暮れ の往ぬるにやと覚えて薮の中倒れ伏して、わな なき惑い候ふ程、時中や侍りけむ、後に承れば 賀茂の明神現れおはしまして、侍従殿に物申さ せおはします程なりけり。その事は皆、世に申 し置かれて侍んなれば、なかなか申せじ。知ろ し召したらむ口淡そかに申すべきに侍らず。
図4 《大か三み絵詞》巻八上部分
画面の右下には、賀茂川と考えられる水流が描 かれている。画面右には直垂姿の犬飼と勢子が描 かれている。顔貌は、薄黒く塗られており、これ は野を駆け回ったことによる汚れというより、本 文に「わななき惑い候ふ程、時中や侍りけむ」と
あるような周囲が暗くなったことによる不安な 心情を表したものだろう。この集団の反対側に目
を転じると、馬に騎乗し、左腕に鷹を据えた直衣 姿の「式部卿宮の侍従」(後の宇多天皇)が描かれ ている。その周囲には、狩衣に狩袴姿の従者が配 され、画面右を向く。顔貌を見ると、人物は白く 塗り込められ、「式部卿宮の侍従」は側面観、従者 はやや斜めを向く。これは服装や顔貌で身分を明 確に区分していると考えられる。この集団の上に は、山に隠れるように画面右の様子を覗う子ども が描かれている。おそらく「七歳」頃の道長を表
したものだろう。
次の段には、河を渡る犬飼や鳳輩などが登場す る(挿図5。)
部分
8 7
(略)六条の式部卿宮と申ししは、延喜の帝の 一つ腹の御兄弟におはします。野の行幸せさせ 給ひしに、この宮供奉せしめ給へりけれど、京 の程遅参させ給ひて、桂の里にぞ参り合はせ給 へりしかば、御輿停めて先立て奉らせ給ひしに 何がしと言ひし犬飼の、犬の前脚を二つ乍ら肩 に引き越して、深き河の瀬渡りしこそ、行幸に 仕うまうり給へる人々、さながら興じ給はぬ無 く、帝も労ありげに思し召したる御毛色にてこ そ見えおはしまししか。
さて、山口入らせ給ひし程に、したせうと言 ひし御鷹の、鳥を捕りながら、御輿の鳳の上に 飛び参りて居て侯ひし。ゃうやう日は山の端に 入り方に、光のいみじう射して、山の紅葉錦を 張りたるやうに、鷹の色はいと白く、維は紺青 のやうにて、羽根うち拡げて居て候ひし程は、
まことに雪少し打ち散りて、折節取り集めて、
さる事やは候ひしとよ。身に必むばかり思う給 へしかば、いかに罪え侍りけむ、とて、弾指は たはたとす。
紅葉の場面から絵が始まり、その聞を水が流れ 落ちる。画面右中程には、直垂姿の二人の勢子、
大きな紅葉を挟んで対面には、直衣姿の人物、狩 衣に武官の冠を被る犬飼などが看取される。その 下には、犬を背にし、河を渡る狩衣姿の人物が描 かれている。本文の「犬飼の、犬の前脚を二つ乍 ら肩に引き越して、深き河の瀬渡りしこそ」とあ るように、犬の前脚を自らの肩に担ぐような姿勢 で河を渡る様 子を表したも のであろう。
その左側には、
男性が河を渡 る様を眺める 二人が描かれ ている。さら に、その上部 には、左腕に
図6 《大か三み絵詞》巻八上鳳輩部分
鷹を据えた狩衣の人物、左にも鷹を据えた探烏帽 子風のものを被る狩衣姿の鷹匠が配されている。
注目すべきは、鳳輩の上にいる鷹と雄子であろう
(挿図 6)。本文に「したせうと言ひし御鷹の、鳥 を捕りながら、御輿の鳳の上に飛び参りて居て候 ひし。」とあるように、「しらせう」という名の鷹 が維子を捕まえ、鳳輩の上に留まった様子が表現 されている。この本文については、河北騰氏によ る解説で重要な指摘があり、ここで引用しておき たい(5。)
葱で、延喜の帝の鷹狩の記に見る色彩描写に つき一言したいロ即ち、時刻は和やかな夕暮れ 時、満山、錦を張ったような紅、鷹の腹の純白、
雄子の紺青、折から降りしく雪の白色など、紅、
純白、紺青という鮮明で、純粋な三つの色彩の配 合である。この三つが互いに映発し合って、
念々絶妙な情景を現出させている。
河北氏の解説と本絵巻の描写を見てみると、絵 巻には特に鷹の白色や雄子の青色などが表され ているわけで、はない。また、雪が散らついている わけでもなく、季節感が表出されてはいなし、。本 文中に、「身に泌むばかり思う
J
とあるように、身 に泌みる程に感嘆した様子が、この場面の大きな 見所だと考えられるものの、理由は判然としない が、本絵巻の作者はそれを表していない。8 8
おわりに
本絵巻は、やや稚拙な描写が認められるものの、
上質な絵の具を用いた確かな彩色による近世初 期の優品である。本稿では比較できなかったが、
近似する作例としては、学習院大学史料館蔵《鷹 狩絵巻》(西園寺家文庫)や個人蔵《鷹狩絵巻》な どがある。制作時期としては、本絵巻と同じく
1 7
世紀と判ぜられ、同系統の制作者あるいは享受者 層がいたことをうかがわせる口本絵巻は、平安時代の王朝文化を絵画化したも のであり、制作者の人物の服飾表現への理解度か らも王朝文化への強い憧僚を認めることができ るだろう(6)。かつて、筆者は、近世において古代 の鷹狩行事を表象する意味について、当時の歴史 観の解釈について述べたことがある(7)。本絵巻も また、近世における古代史観を解釈できる糸口と なるだろう口
註
(1)河北騰『大鏡全注釈』明治書院、 2008年、 2頁。
(2)『宮廷の雅一有栖川宮家から高松宮家へー』中部日本 放送株式会社、 2011年。
(3)前掲2、192頁。大久保純一「作品解説」。
(4)仲田勝之助『絵本の研究』美術出版社、 1950年。石川 透『入門奈良絵本・絵巻』思文閣出版、 2000年。 (5)前掲l、492頁。
(6)下原美保「江戸時代初期における王朝文化復興と住吉 派興隆との関係について−後水尾院と住吉如慶を中心 に」『鹿児島大学教育学部研究紀要人文社会科学編』 53 号、 2006年。同氏『住吉派研究』塞華書院、 2017年。 (7)拙稿「宮内庁書陵部蔵「鷹狩図」と復古大和絵」『熊
本大学教育学部紀要』 63号、 2014年。
〔図版典拠〕
図l 国立歴史民俗博物館ご提供 図2‑6 筆者撮影
〔謝辞〕本研究は、 JSPS科研費JP16H01946の研究助成を 受けたものです。