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Vol.3 , No.2(1955)094本多 惠「サーンキヤ派の神論」

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Academic year: 2021

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(1)

茲 に 神 と 云 う の は 宗 教 的 祭 祀 や 信 仰 の 對 象 と し て の そ れ で は な く し て 、 唯 一 常 住 な る 哲 學 的 絶 對 者 、 即 ち isvara (自 在 天 ) を 指 し て 云 う 。 印 度 の 六 派 哲 學 で は 、 或 は 神 を 認 め 或 は 否 定 す る が 、 一 般 に サ ー ソ キ ヤ 派 は ミ ー マ ー ソ サ ー 派 と 並 ん で 、 神 否 定 の 急 先 鋒 と 目 さ れ て い る 。 併 し サ ー ン キ ヤ 派 の 内 に も 、 神 を 認 め る も の と 認 め ぬ も の と が 存 し た 事 が 、 い ろ い ろ な 點 か ら 知 ら れ て い る 。 先 ず ジ ャ ィ (1) ナ の ハ リ バ ド ラ は 、 ﹁或 る サ ー ン キ ヤ の 徒 は 無 神 論 で あ り 、 他 の も の は 有 神 論 で あ る 。 但 し 、 此 等 総 て ( の 徒 ) は ( ど ち ら も ) 二 十 五 、の 原 理 あ り ( と し て い る ) 。 ﹂ と 云 つ て い る 。 所 で ガ ウ ダ パ ー ダ の 作 と さ れ る マ ー ソ ヅ ー キ ヤ ヵ ー リ カ ー 二 ノ 二 六 に は 、 二 十 五 原 理 を 認 め る 者 と 、 二 十 六 原 理 を 認 め る 者 と を 紹 介 し て い る 。 そ こ で 若 し 二 十 六 原 理 を 認 め る 者 と は 、 通 常 の サ ー ソ キ ヤ 派 の 二 十 五 原 理 に 自 在 神 を 加 え た も の 、 と 解 す れ ば 、 同 派 内 に 自 在 神 を 認 め る 者 と 認 め ぬ も の と が あ つ た 事 に な ろ う 。 更 に 遡 つ て 、 マ ハ ー バ ー ラ タ の モ ー ク シ ヤ ダ ル マ に は 、 第 二 十 六 番 目 の 原 理 を 認 め 、 此 を 人 格 神 と 見 倣 し て い る 個 處 が あ る 。 そ し て 此 の 第 二 十 六 原 理 は 第 二 十 五 原 理 た る 我 purusa を 徹 底 さ せ た も の で あ り 、 無 垢 純 浮 不 可 量 絶 待 の 梵 で あ る と さ れ て い る 。 但 し 此 は 純 精 神 的 で 、 原 質 乃 至 質 料 因 で は な い の で 、 ゴ ー ダ ー ソ タ 派 の 梵 と は 異 る 。 蝕 に 想 起 さ れ る の は 、 ア ヒ ル ブ ツ ヅ (2) ニ ヤ サ ソ ヒ タ ー の 紹 介 す る 六 十 科 論 中 に 見 ら れ る 梵 で あ る 。 此 の 梵 は 明 ら か に 我 や 原 質 sakti と は 別 に 立 て ら れ て い る の で 、 第 二 十 六 原 理 で あ る と 考 え ら れ る 。 但 し 、 此 の 梵 が 直 ち に 神 と 同 一 視 さ れ て い た か ど う か は 未 だ 問 題 で あ ろ う 。 所 で 現 存 の 古 典 サ ー ン キ ヤ 文 献 は 、 総 て 神 を 否 定 し て い る か ら 、 後 代 に は 無 神 サ ー ン キ ヤ が 大 き な 勢 力 を 占 め て い た 事 が 知 ら れ る 。 に も 拘 わ ら ず 、 同 派 内 に 古 く 神 を 認 め る 者 が あ つ て 、 而 も そ の 内 に は 、 神 を 諸 原 理 と は 別 に 認 め て い る 者 と 、 第 二 十 六 原 理 と し て 認 め て い る 者 と が あ つ た 事 が 、 う か が い 知 ら れ る わ け で あ る 。 そ こ で 次 に 有 神 無 神 兩 派 の 主 張 を 考 察 し て み よ う と 思 う 。 先 ず 有 神 派 の 立 論 は 、 現 存 サ ー ソ キ ヤ 文 献 か ら は 求 め ら れ な い の で 、 従 來 .あ ま り 知 ら れ て い な か つ た 。 そ こ で 茲 に 注 目 す べ き 佛 教 徒 カ マ ラ シ ー ラ の 言 を 紹 介 す る 事 と し た い 。 カ マ ラ シ ー ラ は シ ャ ゴ ソ タ ラ ク シ タ の 著 作 タ ツ ト プ サ ン グ ラ バ に 註 釋 を 書 い て い る が 、 此 の タ ッ ト ブ サ ソ グ ラ バ は 多 く の 學 派 の 説 を 紹 介 し て い る 點 で 非 常 に 重 要 な 文 獣 で あ る 。 サ ー ン キ ヤ 派 も 勿 論 此 の 書 の 冒 頭 に 紹 介 批 判 さ れ て い る が 、 そ こ で は 主 と し て 因 中 有 果 論 に つ い て で あ つ て 、 神 論 は 後 章 に 言 及 さ れ て い る 。 そ こ で 次 に カ マ ラ シ ー ラ の 註 釋 中 に 紹 介 さ れ る 有 神 サ ー ソ キ ヤ の 主 張 を 見 る 事 と す る 。 サ ー ン キ ヤ 派 の 神 論 ( 本 多 ) 三 六 一

(2)

-743-サ ー ン キ ヤ 派 の 神 論 ( 本 多 ) 三 六 二 茲 に 或 る サ ー ン キ ヤ の 徒 は 言 う ﹁ 勝 因 の み か ら は 此 の 種 々 な る 結 果 は 生 じ な い 。 何 と な れ ば 勝 因 は 無 知 で あ る か ら 。 蓋 し 無 知 者 が 支 配 者 な し に 自 己 の 結 果 を 作 り 出 す 事 は 、未 だ 經 驗 さ れ て い な い 。 又 我 が 支 配 者 で あ る と す る の も 不 合 理 で あ る 。 何 と な れ ば 我 は そ の 時 に は 未 だ 知 ら ざ る 者 で あ る か ら 。 即 ち 統 覺 が 確 認 し た 對 象 の み を 我 は 思 考 す る の で あ る 。 統 覺 と 結 合 す る 前 に は 、 此 の 我 は 未 知 者 に 他 な ら な い 。 決 し て 何 等 の 對 象 を も 認 知 し な い の で あ る 。 又 未 だ 知 ら れ ざ る 如 何 な る 對 象 に も 働 き 得 な い 。 故 に 我 は 行 爲 者 で は な い 。 從 つ て 、 勝 因 を 豫 定 し て 種 々 な る 結 果 を 作 る の は 神 に 他 な ら ぬ 。 ( 勝 因 ) の み で (種 々 な る 結 果 を 作 る の で ) は な い 。 蓋 し デ ー ブ ダ ツ タ 等 ( の 男 ) の み で は 子 供 を 産 み 得 な い し 、 陶 工 の み で ( 土 が な く て ) は 掴 を 作 り 得 な い の で あ る 。 ﹂ と 。 以 上 の 如 く 有 神 サ ー ソ キ ヤ 論 者 は 、 原 理 展 開 の 最 高 の 要 因 を 究 明 し て 、 そ の 結 果 、 我 に も 原 質 に も あ ら ざ る も の の 必 要 性 を 感 じ で 、 そ れ を 自 在 神 な り と し た の で あ る 。 我 と 原 質 と の 二 大 原 理 の 結 合 を ﹁ 無 始 以 來 ﹂ 等 と ぼ か し て し ま わ な い で 、 そ の 最 初 の 要 因 を 明 ら か に し よ う と し て い る 點 で 、 確 か に 無 神 説 の 一 の 缺 點 を つ い て い る と 考 え ら れ 、 興 味 深 い も の が あ る と 云 え よ う 。 た だ サ ー ソ キ ヤ 體 系 中 の 神 の 必 要 性 は 論 じ て も 、 そ れ を は な れ て 省 且 つ 神 を 認 め ね ば な ら ぬ と 迄 は 論 じ て い な い 點 で 、 あ く ま で サ ー ソ キ ヤ 體 系 に 俵 存 し た 神 論 と 云 わ ね ば な る ま い 。 倫 以 上 の 有 神 サ ー ン キ ヤ 説 が 、 神 を 第 二 十 六 原 理 と し て 認 め て い た か 、 或 は 諸 原 理 と は 別 に 認 め て い た か は よ く わ か ら な い 。 所 で 一 般 に サ ー ソ キ ヤ 派 は 、 よ り 多 く 無 神 論 と し て 知 ら れ て い る 。 そ れ は 、 現 存 の サ ー ン キ ヤ 文 献 が そ ろ つ て 神 を 否 定 し て い る か ら で あ る 。 勿 論 無 神 派 と 云 え ど も 、 世 間 一 般 で 云 う 所 謂 神 様 を 否 定 す る も の で は な か つ た ら し い 。 , サ ー ン キ ヤ ・ ス ー ト ラ 三 ノ 五 七 に 於 い て 、 明 ら か に 、 ﹁ か か る 神 の 證 明 は 成 立 す ﹂ と 云 つ て い る が 、 此 の 場 合 ﹁ か か る 神 ﹂ と は 、 原 質 に 還 没 す べ き 、 結 果 と し て の 神 karyesvara (3) janyesvara を 指 す も の と 考 え ら れ る 。 即 ち 無 神 サ ー ソ キ ヤ 論 者 に と つ て は 、 世 間 一 般 で 云 う 神 は 、 自 説 の 體 系 よ り 云 え ば 、 原 質 所 薩 の 結 果 た る も の に 過 ぎ な い の で あ り い つ か は 滅 す る も の で あ る 。 他 (3) 方 唯 一 絶 對 最 高 な る 哲 學 的 な 神 nityesvara に 關 し て は 、 決 し て 之 を 認 容 し よ う と は し な か つ た 。 此 の 點 に つ い て 無 稗 サ ー ソ キ ヤ の 名 を 得 て い る の で あ る 。 次 に 神 否 定 の 論 擦 を 年 代 順 に 掲 げ る 。 一 、 汝 言 ニ 自 在 天 爲 レ 因 。 是 義 不 レ 然 。 云 何 如レ 此 。 以 レ 無 レ 徳 故 。 自 在 天 無 レ 有 ニ 三 徳ー。 世 間 有 ニ 三 徳一 因 果 不 ニ 相 似 幻 是 故 自 在 不 レ 爲 レ 因 。 唯 有 三 自 性 有 二 三 徳一。 世 間 有 二 三 徳一。 故 知 二 自 性 能 爲 レ 因 。 ( 金 七 十 論 ) 、 蝕 に サ ー ソ キ ヤ の 師 は 云 う ﹁ 自 在 神 は 無 質 で み る ,の に 、 ど う し て 有 質 な る 生 物 を 生 ず る のか⋮⋮自 在 神 は 無 質 で あ り 、 世 間 は 有 質 で み る 。 故 に (自 在 神 よ り 世 間 が ) 生 ず る と す る の は 不 合 理 で あ る 。 ﹂ と 。 ( ガ ウ ダ パ ー ダ ) 茲 に サ ー ソ キ ヤ 派 の 人 々 は 論 ず る ﹁ 自 在 神 は 原 因 で は な い 。 何 と な れ ば 無 質 だ か ら 。 彼 の 生 物 は 有 質 で あ る 。 純 質 ・ 動 質 ・ 闇 質 の 三 者 が 質 で あ る 。 そ し て 此 等 は 生 物 中 に 存 す る 。 又 此 等 の 諸 質 を 見 て 私 は 證 明 す る 。 彼 の 生 物 は 原 質 よ り 生 じ た も の で あ る 。 若 し 自 在 騨 が 原 因 で あ る と す る な ら ば 、 自 在 神 は 無 質 で あ る か ら 、 生 物 は 無 質 で あ る に ち が い な い 。 然 る に (事 實 は ) そ う で は な い 。 故 に 自 在 神 は 原 因 で は な い ﹂ と 。 ( マ ー タ ラ )

(3)

-744-二 、 意 識 的 な 活 動 は 、 自 己 の 利 益 か 、 慈 悲 か の い ず れ か に 制 約 さ れ て い る 。 所 で ど ち ら ( の 動 機 ) も 世 界 創 造 か ら は 除 外 さ れ て い る か ら 、 ( 創 造 が ) 意 識 的 な 活 動 に 基 づ く も の と す る 事 も 亦 排 斥 さ れ る 。 何 と な れ ば 、 欲 す る も の 得 ざ る は な き 聖 者 が 世 界 を 創 造 す る の だ か ら 、 何 等 欲 す る も の は な い 筈 で あ る 。 (故 に 自 己 の 利 釜 の 爲 で は な い 。 ) 又 慈 悲 に 基 づ い て 彼 ( 自 在 神 ) が 創 造 を 行 う の で も な い 。 創 造 以 前 に は 、 生 物 の 感 官 や 肉 體 や 對 象 は 未 だ 生 じ て い な い の で あ る か ら 、 苦 は な か つ た わ け で あ る の に 、 一 體 、 誰 の 解 放 を 爲 さ ん と す る 慈 悲 な の か 。 創 造 し た 後 で 苦 し ん で い る の を 眺 め て 慈 悲 を 起 し た と す る な ら ば 、 返 答 に 苦 し む 相 互 依 存 の 誤 、 即 ち 慈 悲 心 に 依 り 創 造 し 、 創 造 し て 慈 悲 心 が ( 生 ず ) と 云 う 誤 に 堕 す で あ ろ う 。 又 慈 悲 心 に か ら れ た な ら ば 、 自 在 神 は 樂 し き 生 物 の み を 創 造 し 、 ︹苦 と 樂 と を 共 に 含 む ︺ 種 々 雜 多 な も の は 創 造 し な か つ た で あ ろ う 。 若 し 業 が 雜 多 で あ る か ら 、 雜 多 と な つ た と 云 う な ら ば 、 彼 の 意 識 者 が 業 を 支 配 す る の は 無 意 味 で あ る 。 何 と な れ ば 、 支 配 者 が な く と も 無 知 な 業 が 活 動 す る の は 要 當 で あ り 、 そ の 所 薩 た る 身 體 ・ 感 官 ・ 對 象 が 生 起 し な い 場 合 は 、 苦 も 生 起 し な い 事 は 容 易 に 理 解 出 來 る か ら で あ る 。 ( ゾ ー チ ヤ ス パ テ イ ) 三 、 騨 の (存 在 の ) 論 擦 な き が 故 に 。 解 脱 者 と 繋 縛 者 と の 何 れ に も 非 ざ る が 故 に そ は 成 立 せ ず 。 何 れ に し て も ( 神 は ) 存 在 物 を (4) 作 り 出 す 能 は ず 。 ( ス ー ト ラ 一 ノ 九 二-九 四 ) 四 、 神 に 支 配 さ れ て 結 果 が 生 ず る に 非 ず 。 業 に よ り て そ は 成 立 す る が 故 に 。 ( 自 在 神 は ) 自 己 の 利 益 の 爲 に 支 配 す 。 恰 も 世 間 の ( 支 配 者 が 利 己 的 な る ) 如 し 。 然 ら ず ば 世 間 一 般 の 自 在 者 の 如 く ( 輪 廻 す る 自 在 神 ) な り 。 亦 ( か か る 神 は ) 單 な る 名 構 に 過 ぎ ず 。 欲 望 を 離 れ て 支 配 は 成 立 せ ず 。 ( 欲 望 は 支 配 に ) 不 可 缺 の 因 な れ ば な り 。 欲 望 と 結 び つ か ば 、 恒 久 的 解 脱 な し 。 原 質 の 能 力 と 結 び つ 風 が 故 に ( 支 配 す ) と 云 は ば 、 ( 原 質 中 に 存 す る 解 脱 の 妨 と な る 性 質 が ) 附 随 す る な ら む 。 ( 原 質 の 側 に ) 存 在 す る の み に て ( 支 配 者 た り ) と 云 は ば 、 ( 創 造 の 度 に ) 萬 物 は 自 在 神 の 如 く な ら む 。 権 證 な き 故 に そ は 成 立 せ ず 。 結 合 關 係 な き 故 に 推 論 す る 能 は ず 。 ( ス ー ト ラ 五 ノ ニ-十 一 ) 五 、 結 果 の 成 立 は 自 我 意 識 な る 作 者 に 依 存 す る な り 。 自 在 瀞 に 依 存 す る に 非 ず 。 何 と な れ ば そ を 證 明 す る 根 擦 な き が 故 に 。 ( ス ー ト ラ 六 ノ 六 四 ) 六 、 (聖 典 中 の 神 に 關 す る 記 述 は ) 解 脱 せ る 我 の 讃 美 か 又 は 神 通 力 を 得 た 者 へ の 尊 敬 か な り 。 ( ス ー ト ラ 一 ノ 九 五 ) 而 も 原 質 の 所 塵 な る を 示 す 天 啓 聖 典 あ り 。 ( ス ー ト ラ 五 ノ 十 二 ) 以 上 が 主 な る も の で あ る 。 紙 藪 の 都 合 上 解 説 を 附 す 事 が 出 來 な い が 、 三 か ら 四 迄 が 代 表 的 な 論 擦 で 、 六 は 教 證 の つ も り で あ る 。 1 Saddarsanasa vers 64, Bl. p. 9 6 . 2 本 誌 第 二 巻 第 三 號 の 拙 稿 滲 照 。 3 Vijnanabhiiksu の 註 解 に 依 る 。 4 若 し 解 脱 者 で あ れ ば 意 識 ・ 欲 望 ・ 努 力 が な く 、 作 者 た り 得 ず 。 若 し 繋 縛 者 で あ れ ば 自 在 た り 得 ぬ 。 又 い ず れ で 竜 な い と す れ ば 、 か か る 實 例 は 存 し な い 、 と の 意 。 ︹附 ︺ 此 の 硯 究 に 付 き 山 口 釜 博 士 よ り 種 々 文 献 上 の 御 注 意 と 御 指 導 を 受 け ま し た が 、 原 稿 締 切 期 目 の 切 迫 と 筆 者 の 不 勉 強 の 爲 、 此 の 稿 に 補 足 出 大凍 な く て 残 念 で す 。 サ ー ン キ ヤ 派 の 神 論 ( 本 多 ) 三 六 三

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