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Vol.10 , No.1(1962)001水野 弘元「無爲法について」

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(1)

一 説 一 切 有 部 を 代 表 と す る 部 派 佛 教 、 及 び こ れ を う け た 喩 伽 行 派 で は 、 三 切 法 を 色 法 ・ 心 法 ・ 心 所 法 ・ 心 不 相 慮 法 ・ 無 爲 法 の 五 位 に 分 類 す る よ う に な つ た 。 こ の 分 類 は 、 原 始 佛 教 で は 全 く 知 ら れ な い も の で あ り 、 部 派 時 代 の 阿 毘 達 磨 に お い て 、 始 め て 現 わ れ た も の で あ る 。 し か も 阿 毘 達 磨 の 初 期 時 代 に は 五 位 が 明 確 で な い 。 説 一 切 有 部 の 阿 毘 達 磨 に つ い て こ れ を 見 る な ら ば 、 五 位 の 分 類 が 明 示 さ れ て い る の は 、 七 論 中 で も 最 後 の 獲 達 段 階 に 屡 す る 品 類 論 に お い て で あ り 、 パ ー リ 佛 教 で は 七 論 や 註 繹 書 に も こ の 分 類 は な く 、 後 世 の 綱 要 書 に 始 め て 出 て い る 程 度 で あ り 、 ま た 舎 利 弗 阿 毘 曇 論 は 五 位 を は つ き り 分 類 し て い な い 。 然 し 五 位 の 要 素 と な る も の は 、 諸 部 派 に お い て 、 初 期 又 は 中 期 の 阿 毘 達 磨 時 代 か ら 、 部 分 的 に は 掲 げ ら れ て い る 。 そ れ が 原 始 佛 教 に 遡 る と 、 五 位 中 の 一 部 の も の 、 例 え ば 心 所 法 ・ 心 不 相 慮 法 等 の 名 は ほ と ん ど 全 く 出 て い な い し 、 ま た 色 ・ 心 ・ 無 爲 等 も 、 そ の 語 は 阿 含 経 に 出 て い る と し て も 、 そ れ は 五 位 法 と し て 阿 毘 達 磨 で 説 か れ る 色 法 ・ 心 法 ・ 無 爲 法 と は 、 そ の 概 念 内 容 が か な り 違 つ た も の で あ る 。 つ ま り 、 阿 毘 達 磨 は 原 始 佛 教 の 阿 含 経 の 説 を う け て 、 そ こ か ら 獲 達 し た も の で あ る け れ ど も 、 次 第 に 元 來 の 立 場 を 離 れ 、 そ れ が 後 期 の 阿 毘 達 磨 に な る 程 、 用 語 の 概 念 内 容 は 、 阿 含 経 に お け る も の と は 、 か な り に 違 つ た も の と な つ て い る の で あ る 。 そ れ は い か な る 理 由 に よ る で あ ろ う か 。 元 來 、 繹 尊 を 始 め と す る 原 始 佛 教 で は 、 い か に す れ ば 人 生 の 理 想 が 到 達 さ れ る か を 問 題 と し 、 更 に こ の 人 生 は い か な る 状 態 に あ り 、 現 實 の 不 満 や 苦 悩 は い か に し て 生 ず る か を 考 察 し た の で あ る か ら 、 そ れ は 實 践 修 道 に 關 係 し た 事 柄 の み で あ る 。 五 纏 ・ 十 二 腱 ・ 十 八 界 等 が 説 か れ る の も 、 そ れ ら が 無 常 ・ 苦 ・ 無 我 で あ る こ と を 如 實 に 観 察 し 、 そ こ か ら 現 實 の 苦 悩 を 脱 し よ う と す る も の で あ つ て 、 五 纏 等 を 事 實 的 存 在 と し て 、 無 爲 法 に つ い て ( 水 野 )

(2)

無 爲 法 に つ い て ( 水 野 ) 客 観 的 に 考 察 す る た め で は な か つ た 。 原 始 佛 教 に お け る 哲 學 理 論 は 、 何 れ も 軍 な る 理 論 の た め の も の で は な く 、 そ れ が 實 践 に 役 立 ち 、 實 践 修 道 の 裏 付 け と な る 限 り に お い て の も の で あ つ た 。 と こ ろ が 阿 毘 達 磨 に な る と 、 次 第 に 實 践 の 面 か ら 離 れ 、 軍 な る 知 的 理 論 的 な 興 味 に よ つ て 研 究 が 進 め ち れ 、 諸 法 の 存 在 に し て も 、 こ れ を 全 髄 的 に 、 時 間 的 室 間 的 の あ ら ゆ る 面 か ら 考 察 す る よ う に な つ た 。 今 や 原 始 佛 教 と 違 つ て 、 實 践 と は 必 ず し も 關 係 な く 、 存 在 そ れ 自 髄 を 客 観 的 に 眺 め よ う と す る よ う に な つ た 。 從 つ て 原 始 佛 教 で は 、 一 切 法 と し て 五 緬 ・ 十 二 塵 ・ 十 八 界 が 説 か れ た が 、 後 期 の 阿 毘 達 磨 に な る と 、 五 纏 等 の 分 類 に よ つ て は 、 存 在 の す べ て を 網 羅 す る こ と が で き ず 、 ま た そ の 分 類 法 は 客 観 的 存 在 を 合 理 的 に 分 類 す る に は 不 十 分 の も の で あ る た め に 、 以 前 に は 全 く な か つ た 色 ・ 心 ・ 心 所 ・ 心 不 相 鷹 ・ 無 爲 の 新 し い 五 位 分 類 法 が 考 案 さ れ る よ う に な つ た 。 こ れ ら の 五 位 の 中 、 心 ・ 心 所 法 ・ 色 法 ・ 心 不 相 慮 法 に つ ( 1 ) い て は 、 筆 者 は 曾 つ て 論 じ た こ と が あ る の で 、 今 は 無 爲 法 に つ い て 考 察 す る こ と に し た い 。 1 心 心 所 思 想 の 獲 生 過 程 に つ い て 、 日 本 佛 教 學 協 會 年 報 一 四 號 ( 昭 和 十 六 年 度 ) 。 佛 教 に 於 け る 色 ( 物 質 ) の 概 念 に つ い て 、 宇 井 博 士 還 暦 記 念 、 佛 教 と 印 度 學 の 諸 問 題 各 岩 波 、 昭 和 二 十 六 年 ) 所 牧 。 心 不 相 慮 法 に つ い て 、 駒 澤 大 學 研 究 紀 要 一 四 各 昭 和 三 十 一 年 ) 。 二 無 爲 の 語 は 、 原 始 佛 教 の 阿 含 経 で も 屡 ゝ 用 い ら れ て お り 、 部 派 時 代 の 阿 毘 達 摩 に な る と 、 無 爲 の 考 察 は 一 暦 詳 し く な さ れ る よ う に な つ た 。 し か し 阿 含 に 用 い ら れ て い る 無 爲 の 概 念 と 、 阿 毘 達 磨 で 考 察 さ れ で い る 無 爲 の 概 念 と は 、 必 ず し も 同 三 で は な い 。 そ こ で 先 ず 阿 含 経 に 出 て い る 無 爲 の 語 を 眺 め て 見 た い 。 パ ー リ 相 慮 部 に は 、 無 爲 相 慮 Asankhata-samyutta と い う (1) 一 章 が あ つ て 、 そ こ に は 四 十 四 の 経 典 が 牧 め ら れ て い る 。 極 め て 形 式 的 に 見 え る 簡 軍 な 経 典 ば か り で あ る が 、 先 ず そ こ で は 無 爲 と は 何 か 、 無 爲 に 到 達 す る 道 と は 何 か 、 と い う こ と が 説 か れ て い る 。 無 爲 へ の 道 と し て は 、 念 身 ・ 止 ・ 観 ・ 有 尋 有 伺 等 の 三 三 昧 ・ 室 、 無 相 、 無 願 の 三 三 昧 ・ 四 念 庭 ・ 四 正 勤 ・ 四 學 足 . 五 根 ・ 五 力 ・ 七 毘 支 ・ 八 正 道 で あ つ て 、 そ れ ら が 各 一 経 を な し て い る 。 そ し て 無 爲 に つ い て は 、 各 経 と も 、 比 丘 等 よ 、 そ れ で は 何 が 無 爲 で あ る か 。 比 丘 等 よ 、 貧 欲 の 滅 蓋 ・ 瞑 患 の 滅 蓋 ・ 愚 痴 の 滅 蓋 、 こ れ が 比 丘 等 よ 、 無 爲 と 云 わ れ る 。 と い う 同 一 の 定 義 が な さ れ て い る 。 と こ ろ で 右 の 定 義 は 、 阿

(3)

(3) 含 経 に 屡 麦 出 る 浬 契 の 定 義 と 全 く 同 じ で あ る 。 從 つ て 無 爲 は 浬 架 と 同 じ も の を 指 す こ と が 知 ら れ る 。 無 爲 相 慮 で は 、 無 爲 に 封 し て そ の 定 義 と そ れ へ の 道 と が 説 か れ た と 同 じ く 、 引 績 い て 、 終 極anta・ 無 漏anasava・ 眞 諦sacca・ 彼 岸para・ 微 妙nipuna・ 極 難 見sududdasa・ 不 老ajara・ 堅 牢dhuva・ 不 壊apalokina・ 無 響anidassa -na・ 無 戯 論nippapanca・ 寂 静santa・ 不 死amata・ 勝 妙 panita・ 安 泰siva・ 安 穏khema・ 愛 蓋tanhakkhaya・ 希 有 acchariya・ 未 曾 有abbhuta・ 無 災anitika・ 無 災 法anitika -dhamma・ 浬 契nibbana・ 無 悩 害avyapajjha・ 離 貧viraga・ 清 浄suddhi・ 解 脱mutti・ 無 執 著analaya・dipa・ 避 難 所lena・ 庇 護 所tana・ 婦 依 所sarana・ 所 趣 所parayana に つ い て 、 同 様 に そ の 定 義 と そ れ へ の 道 と が 説 か れ て い る 。 そ の 定 義 は 省 略 さ れ て い る が 、 す べ て 無 爲 の 定 義 と 同 じ も の で あ る 。 從 つ て 右 の 終 極 乃 至 所 趣 所 は 、 そ の 中 に 浬 墾 も 含 ま れ て い る が 、 何 れ も 無 爲 又 は 浬 梨 の 同 義 語 で あ る こ と が 知 ら れ る 。 ま た こ の 章 の 第 一 品 の 終 り に は ﹁ 浬 墾 相 慮 の 第 三 品 ﹂ と さ れ て い る が 、 そ れ は 無 爲 相 慮 は 浬 葉 相 慮 と も 呼 ば れ て い た こ と を 物 語 る も の で あ る 。 因 み に 漢 課 雑 阿 含 で は 、 パ ー リ の 無 爲 相 鷹 に 相 當 す る も の (4) は 、 そ の 巻 三 、一 に 一 経 各 八 九 九 ) だ け あ る 。 こ こ で は 、 無 爲 の 定 義 は パ ー リ 文 と 同 じ く 、 そ れ へ の 道 と し て は 八 正 道 の み が 掲 げ ら れ て い る 。 そ し て 無 爲 の 同 義 語 と し て は 難 見・ 不 動・ 不 屈・ 不 死・ 無 漏・ 覆 蔭・ 洲 渚・ 濟 度・ 依 止・ 擁 護・ 不 流 轄・ 離 熾 焔・ 離 焼 然・ 流 通・ 清 涼・ 微 妙・ 安 穏・ 無 病・ 無 所 有・ 浬 墾 が 掲 げ ら れ て い る 。 爾 者 は 大 膿 同 じ で あ る が 、 修 行 道 に つ い て は 漢 課 が 簡 軍 で あ る 。 以 上 に よ つ て 、 阿 含 に お け る 無 爲 は 、 三二 十 七 菩 提 分 等 の 修 行 に よ つ て 到 達 さ れ る 浬 藥 で あ り 、 そ れ は 三 毒 そ の 他 一 切 の 煩 悩 が 滅 し て お り 、 執 著 な き 清 浄 解 睨 の 境 地 で あ り 、 不 老 不 死 な る 堅 牢 不 壊 の も の で あ り 、 無 苦 安 穏 に し て 、 究 極 の 理 想 境 で あ る こ と が 知 ら れ る 。 そ れ で は そ れ が 無 爲 と 云 わ れ る の は 何 故 で あ ろ う か 。 そ の 参 考 と な る も の と し て 、 自 説 経 や 如 是 語 経 に 、 無 爲 の 語 と 共 に 、 不 生ajata・ 不 成abhuta・ 不 作akata の 語 が 用 (5) い ら れ て い る 。 つ ま り 無 爲 と は 、 因 縁 等 に よ つ て 獲 生 せ ず 、 爲 作 さ れ る こ と の な か つ た も の 、 因 縁 等 と 關 係 の な い も の 、 と い う こ と に な る 。 こ れ は 無 爲 の 反 封 と し て の 有 爲 が 、 国 縁 に よ つ て 作 ら れ た 現 象 の 法 を 指 す こ と に よ つ て も 知 ら れ る 。 し か し 原 始 佛 教 で は 、 無 爲 を ぱ 有 爲 と し て の 現 象 に 反 す る も の 、 即 ち 永 遠 の 存 在 と し て の 本 髄 と い う よ う な も の と し て は 、 絶 封 に 説 い て い な い 。 本 髄 的 存 在 は 繹 尊 に よ つ て 、 我(attan, atman ) と し て 拒 否 さ れ て い る か ら で あ る 。 そ れ で は 無 爲 を い か に 解 す べ き で あ ろ う か 。 無 爲 法 に つ いて (水 野 )

(4)

無 爲 法 に つ い て ( 水 野 ) 恐 ら く 無 爲asankhata, asamskrta と は 、 行sankhara samskara に よ る 爲 作 を 離 れ た も の と い う 意 味 で あ ろ う 。 こ の 場 合 、 行 に も 廣 狭 種 々 の 意 味 が あ る が 、 今 は 十 二 縁 起 の 第 二 支 に お け る 行 と 同 じ く 、 善 悪 の 行 爲 及 び そ の 蝕 力 と し て 、 輪 廻 を 起 す 原 動 力 と 見 て よ い で あ ろ う 。 從 つ て 行 は 善 悪 業 や 輪 廻 業 報 に 關 係 し た も の で あ つ て 、 行 に よ る 爲 作 を 離 れ て い る 無 爲 と は 、 因 果 業 報 に 關 係 し な い も の と 云 え る で あ ろ う 。 と こ ろ で 善 悪 業 や 輪 廻 の 行 わ れ る 所 が 三 界 世 間 で あ る か ら 、 無 爲 は 三 界 世 間 を 超 え 離 れ た 出 世 間 に 屡 す る と 見 ち れ る 。 し か し 世 間 を 超 え て い る と 云 つ て も 、 三 界 の 外 に あ る も の で は な く 、 世 間 の 中 に あ つ て 、 世 間 的 な 業 や 輪 廻 を 超 え た 解 脱 の 状 態 を 無 爲 ど 云 う 。 云 わ ば 無 爲 と は 存 在 で は な く 、 さ と り の 獣 態 で あ り 、 畳 者 の 態 度 を 指 す も の に 他 な ら な い 。 そ れ は 要 す る に 浬 藥 と 同 じ で あ る 。 こ の 境 地 は 飼 含 経 の 随 虞 に 説 か れ て い る が 、 一 例 を 學 ぐ れ ば 、 苦 の み が 起 り つ つ 生 じ 、 滅 し つ つ 滅 す と て 、 惑 わ ず 疑 わ ず 、 他 に (7) 依 ら ず し て 、 彼 に は こ こ に 智 の み が あ る 。 眼 生 時 、 無 レ 有 二 來 庭 一、 滅 時 無 レ 有 二 去 塵 一、 如 是 眼 不 實 而 生 、 生 已 蓋 (7) 滅 、 有 二業 報 一而 無 二 作 者 叫 我 は 死 を も 喜 ば ず 、 生 を も 喜 ぶ こ と な し 、 正 知 に し て 正 念 あ り て 、 (8) こ の 身 を ば 捨 て 去 ら ん 。 等 と あ る の は そ れ で あ る 。 1 Samyutta iv pp. 359-373 南 傳 一 六 上 、 七 七 -九 八 頁 。 2 Samyutta iv p. 359 無 爲 に 關 す る 同 じ 定 義 は 、 漢 繹 で は 雑 阿 含 巻 三 一 ( 八 九 〇 経 ) 各 大 正 二 ・ 二 二 四 b ) 、 増 一 阿 含 巻 四 九 ( 大 正 二 ・ 八 三 六 c ) 等 に あ る 。 な お 大 乗 の 般 若 経 で も 同 様 の 定 義 が な さ れ て い る 。 例 え ば 大 般 若 経 巻 四 六 各 大 正 五 ・ 二 六 二 c ) に は 、 ﹁ 云 何 無 爲 法 、 佛 告 二 善 現一。 若 法 無 生 無 佳 無 異 無 滅 可 得 、 所 謂 食 蓋 、 瞑 書 、 痴 壼 、 眞 如 、 法 界 、 法 性 、 法 住 、 法 定 、 不 虚 妄 性 、 不 攣 異 性 、 離 生 性 、 平 等 性 、 實 際 、 善 現 、 此 等 名 二無 爲 法 こ と あ る 。 3 例 え

ば Samyuta iv p. 251; p. Yo. ragak

-4 大 正 二 ・ 二 二 四 a 以 下 6 Samyuta ii p. 17 南 傳 一 三 、 二 四 頁 7 雑 阿 含 巻 一 三 ( 三 三 五 経 ) 各 大 正 二 ・ 九 二c ) 、 な お 増 一 阿 含 巻 三 〇 ( 大 正 二 ・ 七 一 三 c ) 三 阿 毘 達 磨 に お い て は 、 阿 含 に 説 か れ て い る 用 語 や 概 念 が 形 式 的 に 一 定 化 さ れ 、 本 來 は 段 階 的 立 髄 的 の も の で あ つ た も の で も 、 平 面 的 一 面 的 に 解 繹 さ れ る よ う に な つ た 。 無 爲 の 概 念 に し て も 、 阿 含 で は 有 爲 世 間 と は 次 元 を 異 に す る も の で あ つ た に も 拘 ら ず 、 阿 毘 達 磨 で は 無 爲 と は 攣 化 し な い 存 在 と し て 、

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攣 化 す る 存 在 と し て の 有 爲 と 同 一 次 元 に お か れ る よ う に な つ た 。 し か し 無 爲 の 解 繹 な り 、 無 爲 法 の 内 容 な り は 、 部 派 の 間 で 相 違 を 生 ず る よ う に な り 、 現 在 傳 え ら れ て い る 文 鰍 だ け に つ い て 見 て も 、 無 爲 に 關 し て は 、 諸 部 派 の 間 に 、 か な り に 異 つ た 主 張 が な さ れ て い る こ と が 知 ら れ る 。 何 れ に し て も 、 阿 含 時 代 と 違 つ て 、 無 爲 が 三 種 の 存 在 の 法 と し て 考 察 さ れ た こ と は 、 諸 部 派 に 共 通 し て い る 。 そ こ で 以 下 漢 巴 等 の 文 鰍 に 掲 げ ら れ て い る 諸 部 派 の 無 爲 説 を 眺 め る こ と に し た い 。 先 ず パ ー リ 佛 教 は 、 原 始 佛 教 と 同 じ く 、 無 爲 は 浬 契 で あ る と し 、 そ の 他 に 無 爲 を 立 て な い 。 例 え ば 、 分 別 論 で は 、 ' 無 爲 界 と は 如 何 。 貧 欲 の 滅 蓋・ 瞑 憲 の 伴滅 蓋・ 愚 痴 の 滅 蓋 、 こ れ が (1) 無 爲 界 と 云 わ れ る 。 と あ り 、 法 集 論 に は 、 (2) い か な る 法 が 無 爲 で あ る か 。 浬 葉 で あ る 。 こ の 法 が 無 爲 で あ る 。 と あ る か ら 、 そ の 説 明 は 阿 含 に お け る と 全 く 同 じ で あ る こ と が 知 ら れ る 。 こ れ は 後 世 も 同 様 で あ る 。 し か し パ ー リ 文 鰍 の 中 で も 、 ミ リ ツ ダ 問 経 で は 、 浬 架 は 無 爲 で あ る と い う こ と を (3) 云 い 、 別 に 、 虚 室 と 浬 藥 と の 二 つ は 不 業 生 a k a m m a・ 不 因 ﹁生ahetuja・ 不 時 節 生anutuja で あ る こ と を 二 同 も の べ て い (4) る 。 不 業 生・ 不 因 生・ 不 時 節 生 と は 種 々 の 因 縁 に よ つ て 生 じ た も の で は な い と い う 意 味 で 、 阿 毘 達 磨 的 な 無 爲 を 指 し て い る の で あ る 。 從 つ て こ こ で は 虚 室 も 無 爲 と さ れ て い る こ と が 知 ら れ 、 こ の 貼 で ミ リ ン ダ 問 経 ( 右 の 説 は 漢 課 那 先 比 丘 経 に な い 二 次 的 成 立 の 部 分 に あ る ) は 、 南 方 上 座 部 と 多 少 違 つ た 立 場 に あ る と 云 え る 。 無 爲 を 浬 架 の み と す る 部 派 と し て は 、 パ ー リ 佛 教 の 他 に は 、 (5) 構 友 の 梵 文 倶 舎 繹 に よ れ ば 、 憤 子 部 が 學 げ ら れ て い る 。 後 に の べ る よ う に 、 舎 利 弗 阿 毘 曇 論 は 、 憤 子 部・ 正 量 部 系 の 論 書 と さ れ る が 、 こ の 中 に は 九 無 爲 が 説 か れ る か ら 、 右 の 一 無 爲 説 と は 全 く 違 つ た も の で あ る 。 次 に 説 一 切 有 部 は 、 無 爲 法 と し て 虚 室akasa・ 澤 滅prati-sankhya-nirodha・ 非 澤 滅apratisankhya-nirodh の 三 つ を 立 て て い る 。 こ れ は 有 部 の 初 期 阿 毘 達 摩 と し て の 法 纏 論 に す (6) で に 出 て お り 、 次 い で 品 類 論 に は 三 無 爲 が 定 義 説 明 さ れ て い る(7)。 (8) こ の 三 無 爲 説 は 正 法 念 庭 経 で も 探 用 さ れ 、 ま た 龍 樹 も 大 智 (9) 度 論 で は 三 無 爲 を 掲 げ て い る 。 と こ ろ で 右 の 中 、 虚 室 と は 室 間 で あ り 、 室 間 が そ の 中 の 物 質 の 生 滅 攣 化 と は 關 係 な く 、 常 に 三 定 不 攣 で あ る 貼 か ら 、 こ れ を 無 爲 法 と し た も の で あ ろ う 。 、 虚 室 を 無 爲 と す る の は 、 後 に の べ る よ う に 、 多 く の 部 派 が こ れ を 主 張 し て い る 。 論 事 で ( 10) は 北 道 派・ 大 衆 部 の 説 と し て 、 虚 室 無 爲 が 掲 げ ら れ て い る 。 澤 滅 は 澤 力 所 得 の 滅 で あ り 、 簡 澤 の 智 慧 の 力 で 煩 悩 が 永 遠 に 滅 せ ら れ 、 そ れ が 不 生 と な つ た 鮎 か ら こ れ を 無 爲 と し た も 無 爲 法 に つ い て ( 水 野 )

(6)

無 爲 法 に つ い て ( 水 野 ) の で あ ろ う 。 こ れ は 原 始 佛 教 に お け る 三 毒 煩 悩 の 滅 を 浬 桀 と し た の を 改 め た も の と 思 わ れ る 。 パ ー リ 佛 教 で は 、 原 始 佛 教 と 同 じ く 、 煩 悩 の 滅 蓋 を 無 爲 浬 葉 と し た が 、 有 部 で は 煩 悩 が 詳 細 に 論 ぜ ら れ 、 八 十 八 使 の 見 惑 、 八 十 一 品 の 修 惑 等 が 、 見 道 ・ 修 道 の 聖 道 位 に お い て 、 一 部 分 宛 滅 蓋 さ れ る と し 、 各 聖 道 位 に お い て 、 そ れ ぞ れ 煩 悩 が 断 ぜ ら れ て 不 生 の 状 態 と な る こ と を 澤 滅 と 云 う か ら 、 澤 伴滅 は 各 聖 位 に お い て 聖 果 と 共 に 得 ら れ 、 最 後 の 漏 蓋 阿 羅 漢 の 浬 葉 位 の み に 得 ら れ る と は 限 ら な い 。 從 つ て 澤 滅 を 浬 葉 と 同 覗 す る こ と が で き ず 、 浬 繋 の 代 り に 揮 滅 を 無 爲 と し て 立 て る こ と に な つ た も の と 思 わ れ る 。 非 澤 滅 と は 、 澤 力 に よ ら ず 、 軍 に 生 起 す べ き 縁 が 鉄 け て 生 じ な か つ た も の で も 、 そ れ は 生 起 の 機 會 を 永 遠 に 失 つ た も の で あ る と し て 、 非 澤 滅 と し 、 無 爲 と し た も の で あ る 。 澤 滅 や 非 澤 滅 を 無 爲 と 説 く 部 派 は 少 く な い 。 と こ ろ で 非 澤 滅 は 、 虚 室 と 共 に 、 或 い は そ れ 以 上 に 、 輩 な る 議 論 の た め に 、 形 式 的 に 設 け ら れ た 感 が 深 い 。 6 法 纏 足 論 巻 一 一 ( 大 正 二 六 ・ 五 〇 五 a ) 7 品 類 足 論 雀 一 ( 大 正 二 六 ・ 六 九 四 a 以 下 ) 虚 室 云 何 、 謂 髄 室 虚 、 寛 廣 無 碍 、 不 レ 障 二 色 行 幻 非 澤 滅 云 何 、 謂 滅 非 二 離 繋 鱒 澤 滅 云 何 、 謂 滅 是 離 繋 。 衆 事 分 阿 毘 曇 論 巻 一 ( 大 正 二 六 ・ 六 二 八 c ) 参 照 。 8 正 法 念 庭 経 雀 四 ( 大 正 一 七 ・ 二 一 a ) 本 経 に は 阿 毘 達 磨 的 教 相 が 極 め て 多 く 含 ま れ て い て 、 そ れ は 説 一 切 有 部 の も の に か な り 類 似 し た 鐵 も あ る が 、 相 違 黙 も あ る か ら 、 有 部 に 近 い 何 れ か の 部 派 に 属 す る も の で あ ろ う 。 9 大 智 度 論 巻 二 三 ( 大 正 二 五 ・ 一 七 一 b ) こ の 三 無 爲 説 は 恐 ら く 有 部 説 を 採 用 し た も の で 、 彼 自 身 の 大 乗 説 と は 見 ら れ な い か も 知 れ な い 。 何 と な れ ば 、 龍 樹 は 智 度 論 の 随 庭 に 、 無 爲 に 關 し て の べ て い る が 、 そ れ は 原 始 佛 教 の 場 合 と 同 じ く 、 無 爲 を 實 践 的 意 味 の も の と し て い る か ら で あ る 。 例 え ば 同 論 巻 三 一 ( 大 正 二 五 ・ 二 八 九 a ) に 有 爲 法 實 相 即 是 無 爲 、 無 爲 相 即 非 二 有 爲一⋮⋮無 爲 相 者 、 不 生 不 滅 不 住 不 異 、 是 入 佛 法 之 初門⋮⋮若 不 集 則 不 作 、 若 不 作 則 不 滅 、 是 名 二 無 爲 法 實 相一。 若 得 二 是 諸 法 實 相 N則 不 復 堕 二 生 滅 住 異 相 中 両 是 時 不 レ 見 ヨ 有 爲 法 與 二 無 爲 法一。 合 レ 不 レ 見 三 無 爲 法 與 二 有 爲 法一。 合 下 於 二 有 爲 法 無 爲 法 蝋不 杉 取 レ 相 、 是 爲 二 無 爲 法一⋮⋮若 断 二 諸 憶 想 分 , 別 一滅 二 諸 縁一。 以 二 無 縁 實 智一。 不 レ 堕 二 生 数 中一。 則 得 二 安 穏 常 樂 浬 桀 噸 と あ る の は そ れ で あ る 。 四

(7)

次 に 舎 利 弗 阿 毘 曇 論 は 、 九 無 爲 又 は 七 無 爲 の 名 を 出 し て い (1) る が 、 そ の 名 の 下 に 一 々 を 列 學 す る こ と は な い 。 し か し 法 入 ( 法 庭 ) の 説 明 に お い て 、 そ の 最 後 に 、 智 縁 釜 ・ 非 智 縁 壼 ・ 決 定 ・ 法 佳 ・ 縁 ・ 室 虜 智 ・ 識 腱 智 ・ 不 用 塵 智 ・ 非 想 非 非 想 庭 智 を 學 げ て い る の が 、 九 無 爲 で あ る と 知 ら れ る 。 こ の 中 、 智 縁 壼 は 揮 滅 、 非 智 縁 蓋 は 非 揮 滅 で あ り 、 最 後 の 室 庭 智 以 下 の 四 は 四 無 色 定 智 に よ る 苦 樂 の 滅 を 指 し た も の で あ ろ う 。 論 事 に (2) よ れ ば 、 東 山 佳 部 も 四 無 色 界 を 無 爲 と し た と さ れ 、 宗 輪 論 で (3) は 大 衆 四 派 が 四 無 色 の 無 爲 を 説 い た と さ れ る 。 次 に 決 定 ( ni-yama 又 はniyata) と は 、 恐 ら く 正 性 決 定 ・ 邪 性 決 定 に お け る 決 定 を 指 す と 思 わ れ る 。 こ の 決 定 は 改 攣 を 許 さ れ な い も の と さ れ る か ら で あ る 。 論 事 で の 、 南 方 大 衆 部 の 案 達 派 は 決 定 (4) を 無 爲 と 説 い た と さ れ る 。 ま た 法 佳 と は 、 縁 起 の 智 を 法 佳 智 と 云う か ら 、 法 界 法 佳 の 縁 起 の 道 理 が 法 住 で あ る 。 次 の 縁 も こ の 縁 起 と 重 複 す る よ う で あ る が 、 縁 は 本 論 で 説 く 十 縁 の 道 理 が 不 改 で あ る と す る も の で も あ ろ う 。 因 み に 縁 起 を 無 爲 と (5) す る の は 、 論 事 で は 東 山 佳 部 ・ 化 地 部 で あ る と さ れ 、 宗 輪 論 (6) で は 大 衆 四 派 の 縁 起 支 性 、 化 地 部 の 縁 起 眞 如 、 大 毘 婆 沙 論 で (7) は 、 分 別 論 者 が 縁 起 の 無 爲 を 主 張 し た と さ れ る 。 次 に 異 部 宗 輪 論 に よ れ ば 、 大 衆 部 ・ 一 説 部 ・ 説 出 世 部 ・ 難 胤 部 の 大 衆 四 派 の 本 宗 同 義 と し て 、 澤 滅 ・ 非 澤 滅 ・ 虚 室 ・ 四 (8) 無 色 ・ 縁 起 支 性 ・ 聖 道 支 性 の 九 無 爲 が 掲 げ ら れ て い る 。 こ の 中 、 初 め の 八 種 は す で に 他 派 で も 見 た 所 で あ り 、 最 後 の 聖 道 支 性 と は 、 八 聖 道 の 各 支 が 永 遠 の 眞 理 と し て 、 無 爲 と 立 て ら れ た も の で あ り 、 こ れ は 次 に の べ る 宗 輪 論 の 化 地 部 の 道 支 眞 如 と か 、 婆 沙 論 で 分 別 論 者 が 道 を 無 爲 と 主 張 し た の と 同 じ で (9) あ る と 考 え ら れ る 。 更 に 宗 輪 論 で は 、 化 地 部 本 宗 の 説 と し て 、 九 無 爲 が 學 げ ら (10) れ て い る 。 そ れ は 澤 滅 ・ 非 揮 滅 ・ 虚 室 ・ 不 動 ・ 善 法 眞 如 ・ 不 善 法 眞 如 ・ 無 記 法 眞 如 ・ 道 支 眞 如 ・縁 起 眞 如 で あ る 。 こ の 中 、 ま だ 他 説 に 出 な い も の は 、 不 動 と 善 法 乃 至 無 記 法 の 眞 如 で あ る 。 不 動 と は 實 は 四 無 色 定 の こ と で あ る 。 そ こ に は 捨 受 の み が あ つ て 、 苦 樂 が 止 滅 不 動 で あ る か ら で あ る 。 從 つ て こ れ を 四 無 色 定 に 開 け ば 、 残 り の 三 眞 如 を 除 い て 九 種 と な り 、 そ れ は 前 の 大 衆 四 派 の 九 無 爲 と 全 同 と な る 。 し か し こ こ で は 更 に 三 性 の 眞 如 が 説 か れ る 。 善 法 ・ 不 善 法 ・ 無 記 法 は そ の 性 が 決 定 し て い る か ら 、 こ れ を 眞 如 と し て 無 爲 と 立 て た も の で あ ろ う が 、 後 の 喩 伽 行 派 で も 三 性 を 眞 如 無 爲 と し て い る 。 ま た 論 事 で は 北 道 派 の 説 と し て 、 一 切 法 の 眞 如 は 無 爲 で あ る 、 と さ (11) れ て い る 。 こ れ も 眞 如 無 爲 を 立 て る も の で あ る 。 以 上 で 部 派 と し て 纒 ま つ た 無 爲 説 を 一 慮 紹 介 し た の で あ る が 、 更 に 論 事 や 大 毘 婆 沙 論 等 に は 、 個 々 の 無 爲 説 も 掲 げ ら れ て い る 。 す で に 参 考 と し て 掲 げ た 個 々 の 説 以 外 に も 、 例 え ば (12) 論 事 で は 、 東 山 佳 部 の 説 と し て 、 四 諦 を 無 爲 と す る も の 、 沙 無 爲 法 に つ い て ( 水 野 )

(8)

無 爲 法 に つ い て ( 水 野 ) (12) 門 果 を 無 爲 と す る も の が あ り 、 四 諦 に つ い て は 、 多 く の 部 派 が 滅 諦 の み を 無 爲 と し 、 他 の 三 諦 は こ れ を 有 爲 と し て い る 。 し か し 、 四 諦 の 道 理 と い う 貼 か ら す れ ば 、 四 諦 も 縁 起 と 同 じ く 無 爲 と せ ら れ 得 る で あ ろ う 。 沙 門 果 に つ い て は 、 婆 沙 論 で (14) (15) は 分 別 論 者 が 、 順 正 理 論 で は 響 喩 者 が 、 無 爲 と し た と さ れ て い る 。 説 一 切 有 部 に よ れ ば 、 沙 門 果 に は 有 爲 と 無 爲 と の 爾 者 が あ つ て 、 そ の 中 の 澤 滅 各 離 繋 果 ) の み が 無 爲 で あ り 、 四 果 に 佳 す る 心 理 作 用 等 は 有 爲 で あ る と し て 、 沙 門 果 全 髄 を 無 爲 と (16) す る こ と に 反 封 し て い る 。 更 に 論 事 に は 案 達 派 ・ 北 道 派 の 説 と し て 、 滅 蓋 定 の 無 爲 が (17) 掲 げ ら れ て い る 。 滅 書 定 に お い て は 受 ・ 想 が 滅 蓋 さ れ る か ら 、 四 無 色 定 に お け る 苦 樂 の 滅 不 動 と 同 じ く 、 無 爲 と さ れ た も の で あ る 。 因 み に 喩 伽 行 派 で も 滅 定 無 爲 を 主 張 し て い る 。 ま た 論 事 は 、 東 山 佳 部 の 説 と し て 、 得patti, prapti を 無 爲 と す (18) る の が あ る 。 得 は 聖 果 等 を 得 さ せ る 力 能 性 質 と し て 、 多 く の 部 派 で は 心 不 相 鷹 法 と さ れ て い る 。 心 不 相 懸 法 に 囑 す る も の を 無 爲 と 説 い た も の と し て は 、 別 に 分 別 論 者 が あ る 。 婆 沙 論 に よ れ ば 、 分 別 論 者 は 生 ・ 住 ・ 異 ・ 滅 の 諸 有 爲 相 は す べ て 無 (19) 爲 で あ る と 主 張 し て い る 。 こ れ に 封 し て 、 法 藏 部 は 、 生 ・ 住 ・ (20) 異 の 三 相 は 有 爲 で あ り 、 滅 の み が 無 爲 で あ る と し た 。 有 部 は す べ て を 心 不 相 慮 と し 、 有 爲 と す る こ と は 云 う ま で も な い 。 と こ ろ で 説 一 切 有 部 に よ れ ば 、 有 爲 相 に 限 ら ず 、 す べ て の 有 爲 法 は 、 そ の 法 性 法 髄 か ら 云 え ば 、 三 世 に 亙 つ て 不 攣 恒 有 の も の と さ れ る か ら 、 三 切 法 を 法 髄 と し て 見 れ ば 、 す べ て は 無 爲 と な る で あ ろ う 。 有 爲 相 等 を 無 爲 と 見 る 考 え を 鑛 大 す れ ば 、 こ の よ う に 一 切 の 有 爲 法 も 法 髄 の 貼 か ら 無 爲 と な つ て 、 有 爲 ・ 無 爲 の 考 え は 極 め て 曖 昧 な も の と な る で あ ろ う 。 1 九 無 爲 の 語 は 舎 利 弗 毘 曇 巻 一 ( 大 正 二 八 ・ 五 二 九 b 、 c )、 七 無 爲 の 語 は 同 ( 五 三 〇 b 、 c ) 等 に あ る 。 3 註 8 参 照 6 註 8 10 参 照 7 大 毘 婆 沙 論 巻 二 三 ( 大 正 二 七 ・ 一 二 六 c ) 或 復 有 レ 執 、 縁 起 是 無 爲 、 如 二 分 別 論 者 桶 8 異 部 宗 輪 論 ( 大 正 四 九 ・ 三 五 c ) 無 爲 法 有 二 九 種一、一 澤 滅 、 二 非 澤 滅 、 三 虚 室 、 四 室 無 邊 庭 、 五 識 無 邊 虜 、 六 無 所 有 虜 、 七 非 想 非 非 想 虜 、 八 縁 起 支 性 、 九 聖 道 支 性 9 大 毘 婆 沙 論 巻 九 三 ( 大 正 二 七 ・ 四 七 九 c ) 有 蝕 復 執 、 道 是 無 爲 、 如 二 分 別 論 者一 ⋮ 聖 道 是 無 儂 爲 10 宗 輪 論 ( 大 正 四 九 ・ 二 七 a ) 無 爲 法 有 二 九 種 輪 一 澤 滅 、 二 非 揮 滅 、 三 盧 室 、 四 不 動 、 五 善 法 眞 如 、 六 不 善 法 眞 如 、 七 無 記 法 眞 如 、 八 道 支 眞 如 、 九 縁 起 眞 如

(9)

14 大 毘 婆 沙 論 巻 六 五 ( 大 正 二 七 ・ 三 三 六 c ) 或 有 説 、 四 沙 門 果 唯 是 無 爲 、 如 二 分 別 論 者 幅 15 順 正 理 論 巻 六 七 ( 大 正 二 九 ・ 七 〇 六 c ) 響 喩 者 説 、 沙 門 果 髄 、 唯 是 無 爲 16 大 毘 婆 沙 論 巻 六 五 ( 大 正 二 七 ・ 三 三 七 a 以 下 ) 19 大 毘 婆 沙 論 雀 三 八 各 大 正 二 七 ・ 一 九 八 a ) 或 復 有 執 、 諸 有 爲 相 皆 是 無 爲 、 如 二 分 別 論 者 一 20 同 上 、 或 復 有 執 、 三 相 是 有 爲 、 滅 相 是 無 爲 、 如 二 法 密 部 一 五 以 上 に よ つ て 、 部 派 佛 教 で 説 く 無 爲 を 一 慮 列 學 し 終 つ た が 、 次 に 大 乗 佛 教 で も 無 爲 説 は 採 用 さ れ た 。 先 ず 華 嚴 経 で は 、 盧 室 ・ 浬 契 ・ 敷 縁 滅 ( 揮 滅 ) ・ 非 数 縁 滅 ( 非 澤 滅 ) ・ 十 二 縁 起 ( 縁 (1) 起 性 ) ・ 法 界 ( 法 性 ) の 六 種 を 無 爲 法 と し て 掲 げ て い る 。 こ の よ う な 六 無 爲 の 説 は 、 現 在 知 ら れ て い る 部 派 説 の 中 に は 見 當 ら な い け れ ど も 、 何 れ か の 部 派 の 影 響 を 受 け た か 、 諸 部 派 の 説 か ら 採 用 し た も の か で あ ろ う 。 個 々 の 項 目 は 、 法 界 を 除 い て は 、 す で に 何 れ か の 部 派 で 説 か れ て い た も の ば か り で あ る 。 次 に 喩 伽 行 派 で は 、 他 の 一 般 の 教 理 に お け る 場 合 と 同 じ く 、 無 爲 説 に お い て も 、 有 部 や 経 部 等 か ら の 影 響 を 受 け 、 こ れ を 批 判 し て 大 乗 的 に 改 善 し て い る 。 五 位 百 法 と い う 最 後 的 分 類 に (2) お い て は 、 喩 伽 行 派 ( 法 相 宗 ) は 六 無 爲 を 立 て て い る が 、 そ れ (3) 以 前 に は 八 無 爲 説 が 多 い 。 六 無 爲 と は 、 虚 室 ・ 澤 滅 ・ 非 揮 伴滅 ・ 不 動 ・ 想 受 滅 ・ 眞 如 で あ り 、 八 無 爲 と は 、 眞 如 を 善 法 眞 如 ・ 不 善 法 眞 如 ・ 無 記 法 眞 如 の 三 つ に 分 け 数 え た も の で あ る 。 こ の 中 の 虚 室 ・ 揮 滅 ・ 非 揮 滅 の 三 は 有 部 説 を 受 け た も の で あ り 、 不 動 ・ 想 受 滅 は 四 無 色 定 の 苦 樂 受 の 滅 不 動 と 、 滅 壼 定 の 想 ・ 受 の 滅 を 云 う の で あ つ て 、 こ れ も す で に 他 の 部 派 で 説 か れ て い た も の を 探 用 し た の で あ ろ う 。 三 性 眞 如 に つ い て も 、 す で に の べ た 如 く 、 他 部 派 で 説 い て い る も の で あ る 。 從 つ て 項 目 と し て は 、 喩 伽 行 派 の 無 爲 説 は 、 諸 部 派 の 説 か ら 採 用 し た も の で あ つ て 、 特 異 な 貼 は 少 し も な い と 云 え る 。 し か し 喩 伽 行 派 の 無 爲 説 は 、 部 派 佛 教 の も の よ り も 、 無 爲 に 封 す る 確 固 た る 學 説 の 上 に 立 ち 、 六 無 爲 等 の 名 目 は 部 派 の 説 く も の と 同 じ で あ つ て も 、 そ れ に 封 す る 内 容 的 な 説 明 解 繹 (4) は 、 部 派 の 場 合 と 異 つ て い る 。 例 え ば 成 唯 識 論 に よ れ ば 、 無 爲 法 に は 、 識 攣 に よ つ て 假 り に 無 爲 と 施 設 さ れ る 場 合 と 、 法 性 に よ つ て 假 り に 無 爲 と 施 設 さ れ る 場 合 と が あ る が 、 何 れ に し て も 無 爲 を 實 法 と せ ず 、 假 法 と し て い る 貼 は 、 後 述 の 如 き 経 部 説 を 受 け た も の で あ ろ う 。 前 の 二 つ の 場 合 の 中 、 前 者 は 唯 識 説 に よ る 本 識 の 内 容 と し て の 無 爲 で あ り 、 後 者 が 眞 の 意 味 の 無 爲 と 見 ら る べ き で あ ろ う 。 法 性 と は 室 無 我 所 顯 の 眞 如 無 爲 法 に つ い て ( 水 野 )

(10)

無 爲 法 に つ い て ( 水 野 ) で あ つ て 、 有 ・ 無 ・ 倶 非 等 と 云 え ず 、 言 亡 慮 絶 の も の で あ つ て 、 一 切 法 と 一 に も 非 ず 、 異 に も 非 ず と さ れ る 。 眞 如 無 爲 は そ れ で あ る が 、 虚 室 ・ 澤 滅 ・ 非 澤 滅 ・ 不 動 ・ 想 受 滅 の 五 つ も 、 眞 如 に よ つ て 假 立 さ れ た も の で あ る 。 こ の 中 、 虚 室 と は 諸 障 碍 を 離 れ た 法 性 で あ り 、 澤 滅 と は 簡 揮 力 に よ つ て 、 諸 雑 染 を 滅 し 、 究 寛 謹 會 し た 法 性 を 指 し 、 非 澤 滅 と は 澤 力 に よ る こ と な き 、 本 性 清 浄 の 法 性 又 は 縁 鉄 不 生 の 法 性 を 指 し 、 不 動 と は 四 無 色 定 に お い て 苦 樂 受 の 滅 し た 法 性 で あ り 、 想 受 滅 は 滅 蓋 定 に お い て 想 受 が 滅 し て 無 作 用 と な (5) つ て い る 法 性 を 云 う の で あ る 。 部 派 佛 教 か ら 大 乗 喩 伽 行 派 に 至 る ま で の 無 爲 は 、 す べ て 原 始 佛 教 や 般 若 経 等 の 無 爲 と は 異 な る も の で あ る 。 原 始 佛 教 や 龍 樹 等 の 説 く 無 爲 は 、 究 寛 地 の み に 見 ら れ る 浬 葉 の 理 想 境 を 指 す の で あ る 。 と こ ろ が 部 派 佛 教 乃 至 喩 伽 行 派 の 無 爲 は 、 生 滅 攣 化 し な い と 考 え ら れ る 種 々 の 存 在 を 指 し 、 例 え ば 喩 伽 行 派 の 法 性 の よ う な も の も 、 室 無 我 の 實 践 と は 直 接 關 係 の な い 軍 な る 理 と し て の 存 在 に す ぎ な い 。 そ れ が 原 始 佛 教 の 本 來 の 無 爲 と 阿 毘 達 磨 的 無 爲 法 と の 相 違 で あ る 。 と こ ろ で 何 れ の 意 味 の 無 爲 に し て も 、 無 爲 の 性 格 な り 假 實 な り に つ い て 、 部 派 佛 教 や 大 乗 佛 教 で 、 種 々 に 論 ぜ ら れ て い る 。 無 爲 法 の 假 實 に つ い て は 、 多 く の 部 派 で は 、 無 爲 法 は 色 ・ 心 等 と 同 様 の 實 在 で あ る と し て い る が 、 響 喩 師 や 成 實 師 等 の 経 部 系 の 人 々 は 、 無 爲 法 の 實 在 を 認 め ず 、 こ れ を 假 法 で あ る と し て い る 。 (6) 例 え ば 成 實 論 で は 、 三 切 の 無 爲 法 は 實 有 で な い と し て お り 、 倶 舎 論 で は 経 部 師 説 と し て 、 一 切 無 爲 は 皆 實 有 に 非 ず と さ れ (7) て い る 。 同 じ く 四 諦 論 で も 諸 経 師 の 説 と し て 無 爲 の 非 實 有 が (8) 紹 介 さ れ て い る 。 ま た 婆 沙 論 に よ れ ば 、 響 喩 師 は 澤 滅 ・ 非 揮 (9) 滅 等 は 實 有 で な い と し 、 更 に 虚 室 の 非 實 有 に つ い て は 、 響 喩 (10) (11) 師 説 と し て は 雑 阿 毘 曇 心 論 ・ 安 慧 の 中 観 繹 論 等 に 、 経 部 師 説 (12) と し て は 般 若 燈 論 繹 に 紹 介 さ れ て い る 。 そ の 他 、 経 部 系 で は 心 不 相 鷹 法 も 假 有 で あ る と す る か ら 、 得 と か 有 爲 相 と か を 他 部 派 で 無 爲 と す る こ と が あ る と し て も 、 経 部 は す べ て こ れ を 實 有 と 認 め な い わ け で あ る 。 ま た 経 部 系 が 滅 蓋 定 や 四 無 色 定 ( 不 動 ) の 無 爲 實 有 を 認 め な い こ と は 云 う ま で も な い 。 こ の よ う な 経 部 系 の 無 爲 假 法 説 は 、 喩 伽 行 派 に よ つ て 採 用 さ れ た 。 喩 伽 行 派 の 無 爲 が 、 識 攣 に し て も 法 性 に よ る も の に し て も 、 何 れ も 假 立 と さ れ る こ と は 、 前 に 紹 介 し た 如 く で あ る 。 成 唯 識 論 は 同 じ 場 所 に 次 の よ う に 述 べ て い る 。 諸 無 爲 法 、 離 二 色 心 等一、 決 定 實 有 理 不 レ 可 レ 得 、⋮⋮故不 レ 可 レ 執 二無 (13) 爲 定 有 一⋮⋮不 レ 鷹 下 執 爲 中 離 二 色 心 等 一實 無 爲 性 上 原 始 佛 教 や 初 期 大 乗 経 に お け る 本 來 の 意 味 の 無 爲 も 、 そ の 性 質 に つ い て は 、 右 と 同 じ よ う に 、 有 爲 を 離 れ て 無 爲 な く 、

(11)

從 つ て 無 爲 は 決 し て 實 禮 と し て の も の で な い と 云 え る の で あ つ て 、 例 え ば 思 釜 梵 天 所 問 経 に は 、 有 爲 法 無 爲 法 、 文 字 言 説 有 二 差 別 蝋 耳 、 所 以 者 何 、 以 二 文 字 言 説 一、 言 二是 有 爲 是 無 爲一、 若 求 二 有 爲 無 爲 實 相 賠則 無 二 差 別 輔 以 二實 相 無 二差 別 一故 、 一 切 法 平 等 無 レ 有 二 差 別 一、 是 諸 法 實 相 義 、 實 相 義 者 、 不 レ 如 二 文 字 所 説 噛 諸 佛 錐 下 以 二 文 字 一有 レ 所 申 言 説 上 、 而 於 二實 相 一無 レ 所 二増 減 嫡 (15) と あ り 、 智 度 論 に も 、 前 に 註 記 し た 以 外 に も 、 例 え ば 次 の よ う な 文 が あ る 。 因 二 有 爲 幅故 有 二 無 爲一、 如 二経 中 説 ↓ 離 二有 爲 一無 爲 不 レ 可 レ得一、無 爲 胃 法 無 分 別 故 無 相 、 若 説 二 常 相一、 不 レ 得 レ 言 二 無 相 一⋮⋮是 有 爲 無 爲 性 皆 不 レ 合 二 不 散 一 相一、 所 謂 無 相 、 佛 以 二 世 諦 一故 説 二 是 事一、 非 二 第 一 義 一 ⋮ ⋮ 観 二 是 有 爲 無 爲 法 平 等一、 亦 不 レ 著 二 三 相一、 菩 薩 於 二 第 一 義 中一、 不 動 而 利 盆 衆 生 繭 方 便 力 故 、 種 種 因 縁 爲 二 衆 生 頃説 法 腰 1 六 十 華 嚴 巻 一 二 ( 大 正 九 ・ 四 七 六 a ) 、 八 十 華 嚴 巻 二 一 各 大 正 二 〇 ・ 一 一 二 b ) 2 百 法 明 門 論 ( 大 正 三 一 ・ 八 五 五 c ) 、 成 唯 識 論 巻 二 ( 大 正 三 一 ・ 六 b 以 下 ) 3 喩 伽 師 地 論 巻 三 ( 大 正 三 〇 ・ 二 九 三 c ) 、 顯 揚 聖 教 論 巻 三 ( 大 正 三 一 ・ 四 八 四 b 以 下 ) 、 大 乗 阿 毘 達 磨 集 論 巻 三 ( 大 正 三 一 ・ 六 六 六 a 以 下 ) 、 大 乗 阿 毘 達 磨 雑 集 論 巻 二 ( 大 正 三 三 ・ 七 六 二 b 以 下 ) 4 成 唯 識 論 巻 二 ( 大 正 三 一 ・ 六 c ) 5 大 小 乗 諸 派 の 無 爲 に 關 し て は 、 成 唯 識 論 述 記 巻 二 末 ( 大 正 四 三 ・ 二 九 一 c 以 下 ) に 紹 介 さ れ て い る 。 6 成 實 論 巻 二 ( 大 正 三 二 ・ 二 五 五 a ) 、 有 レ 説 ﹃ 如 是 等 諸 無 爲 法 亦 鷹 二 是 有一、 而 此 實 無 巻 七 ( 二 八 九 c ) 有 鯨 論 師 説 ヨ 別 有 二 如 法 性 眞 際 因 縁 等 諸 無 爲 法 一故 、 慮 深 思 二 此 理一、 勿 レ 随 二 文 字 刈 こ れ は 他 派 を 破 し た も の 。 7 倶 舎 論 巻 六 ( 大 正 二 九 ・ 三 四 a ) 経 部 師 説 、 一 切 無 爲 皆 非 四 實 有 如 ヨ 色 受 等 別 有 二 實 物一、 此 所 レ 無 故 8 四 諦 論 巻 三 ( 大 正 三 二 ・三 九 三 b ) 諸 経 師 説 、 三 切 無 爲 非 二 是 物 有 一云 々 9 大 毘 婆 沙 論 巻 三 一 ( 大 正 二 七 ・ 三 六 三 a ) 或 有 執 、 澤 滅 ・ 非 澤 滅 ・ 無 常 滅 、 非 二 實 有 膿一、 如 二 壁 口喩 者 刃 な お 非 揮 滅 の 實 有 を 否 定 す る 響 喩 師 の 説 は 同 巻 一 八 六 ( 九 三 三 b ) に も 止 響 喩 者 不 レ 許 レ 有 二 非 揮 滅 法 一故 、 作 二 是 説 一 と あ る 。 ま た 四 諦 論 巻 三 ( 大 正 三 二 ・ 三 九 三 b ) に は 経 部 師 説 と し て 、 澤 滅 の 實 有 否 定 説 が 掲 げ ら れ て い る 。 10 雑 阿 毘 曇 心 論 九 各 大 正 二 八 ・ 九 四 四 a ) 響 喩 者 説 、 虚 室 非 レ 色 亦 非 二 非 色 輔 言 二 虚 室 一者 随 順 世 間 一故 説 11 大 乗 中 観 繹 論 巻 四 ( 大 正 三 〇 ・ 一 四 五 b ) 如 二 響 喩 者 言一、 有 碍 紐 髄 無 描二 物 碍 噴虚 、 是 名 二 盧 室 蝋 12 般 若 燈 論 繹 巻 四 ( 大 正 三 〇 ・ 七 二 a ) 復 次 経 部 人 言 、 如 二 我 立 義 輔 實 碍 無 虜 、 説 爲 二 虚 室 輔 盧 室 無 髄 、 唯 是 假 名 、 我 義 如 レ 此 13 成 唯 識 論 巻 二 ( 大 正 三 一 ・ 六 b ) 14 思 盆 梵 天 所 問 経 巻 三 ( 大 正 一 五 ・ 五 二 a 以 下 ) 15 第 三 節 の 註 9 参 照 16 大 智 度 論 巻 九 五 ( 大 正 二 五 ・ 七 二 八 a 以 下 ) 昭 和 三 十 五 年 度 科 學 研 究 費 ( 綜 合 研 究 ) の 研 究 成 果 無 爲 法 に つ い て ( 水 野 )

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