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『永遠の仔』

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Academic year: 2021

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GAIDAI BIBLIOTHECA

また少年犯罪である。中学生が小学生を突き落 とすという事件があった。こういったニュースを 聞くたびに、過去の、例えば「酒鬼薔薇聖斗」の 事件や、少年によるバスジャック事件を思い出し て、暗い気持ちになる。もう私は法で定めるとこ ろの「少年」ではない。しかし、「酒鬼薔薇」事 件のとき私は高校生であったし、弟は容疑者と同 い年であった。人事ではない。そんな風に感じた ことが、未だに少年犯罪のニュースを聞くたびに 思い出される。そして、時期をほぼ同じくして、

渋谷に出かけた少女達が監禁される事件が起こっ た。一方で加害者になった少年がいて、もう一方 には被害者になった少女がいる。その度に叫ばれ る親の責任、姿勢、子育て…。私にはもう窺い知 ることはできないが、そのニュースを見ている今 少年である子供たちは、何を思うのだろうか。そ して、世の親たちは、自分の子供をどんな気持ち で見つめるのだろうか。

『永遠の仔』には、そんな要素が見事に描かれ ている。詳しい内容をここで触れてしまうと、作 品の素晴らしさが損なわれてしまうのでそれは避 ける。なので、背景だけ紹介するが、物語は、と ある病院で知り合った一人の少女と、二人の少年 によって展開される。少年時代と青年時代、その 二つの物語が、交互に、リンクしながら綴られて いく。少年期、彼らは同じ病院に入院していた。

小児専門の精神科である。彼ら以外にも、親によ る虐待、いじめなどで心を病んだ多くの子供たち がそこにはいる。精神科、という響きには、残念 ながら依然差別意識が付きまとっている。だが、

物語で描かれている子供たちは、奇妙でも、異常 でもない。むしろ、私たちの心の一部を切り出し て作られたような、愛すべき子供たちである。例 えば、親に理解されず、愛されようと必死になっ ている少年がいる。だが、それは決して特別なこ

とではない。子供のときに、親に自分のことをわ かってもらおうと思う感情は、あなたにもあった はずだ。彼らは、私たちよりも素直で、その分傷 つきやすい、私たちの心の中にいるような人物た ちだ。

その経験をもった彼らが、大人になって再会す る。共通の「ある事件」を経験した彼らは、その 記憶から逃れるかのようにバラバラになり、そし てある日、偶然と必然が重なり合って、再び出会 ってしまう。そうして綴られる青年期のストーリ ーには、過去の「事件」と再び向き合い、葛藤し ていく彼らの姿が描かれている。弁護士、看護師、

刑事と、それぞれの立場で向き合う三人。しかし、

その奥には常に少年時代の記憶があり、彼らは過 去に直面し、今の自分と過去の自分を見つめて、

苦悩する。その中で変わっていく三人の関係が、

とてもスリリングに描かれているのが、青年編で ある。

そして、「親」という存在が、全編を通して一 つのテーマになっている。彼らの親の姿は、善で あり、悪であり、すなわち人間の姿である。彼ら のしたことに、三人は深く傷つくが、親達が全く の悪かというと、そうではない。子供を愛する気 持ちと、親である前に人間であるという気持ちが 揺れ動き、苦悩する姿も、作者はリアリティを持 って描いている。

「少年」という言葉の後には、必ずと言ってい いほど「犯罪」がつくような世の中である。そし て、いつしか被害者は記号になり、少年という存 在が魔物化していく。しかし、少年は魔物ではな い。私たちと同じ人間である。この本は加害者で あり、同時に被害者である少年の姿を、リアルに 描き出している。そして、責任を問われている親 たちの心も、同時に描いている。犯罪報道の恐ろ しさは、加害者も被害者もその関係者も、ただの 記号になってしまうことと、報道が悪者探しに終 始してしまうところにある。『永遠の仔』は、少 年犯罪に関わる全ての人に人格を与え、犯罪の裏 にある顔と心に光を当てる、そんな本である。

かとう りんたろう

(専攻科 東アジア言語・文化専攻)

書評

『永遠の仔』

加藤 林太郎

参照

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