• 検索結果がありません。

無量寿院長覚の心法色形

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "無量寿院長覚の心法色形"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

印度學佛敎學硏究第69巻第2号 令和33 237

742

無量寿院長覚の心法色形

山 本 昌 芳

1

.はじめに 無量寿院長覚1340–1416は,高野山上の真言教学史において,宝

性院宥快1345–1416とともに重要な位置を占める1.この長覚と宥快によって

「応永の大成」といわれる教学研究の成熟期を迎えた.応永の大成以後,高野山 上は,長覚の不二教学を軸とする無量寿院方(寿門),宥快の而二教学を軸とす る宝性院方(宝門)の宝寿二門の学派に分かれ,今日まで続いている.

本稿で扱う「心法色形」とは心法に色形があるか否かを問う論義であり,『杲 宝私鈔』や『大疏第三重』等にも収録されている2.先述した宝寿二門において もこの論義は,宥快の教義を中心に編纂された宝門相伝の『宗義決択集』(以下,

『宗決』と略)や,長覚の『大疏指南鈔』3(以下,『指南鈔』と略)に収録されており,

共に心法に色形がある,と結論づけられている.しかしながら,この両者の結論 は同じであるものの,その論証過程には明らかに異なる点が見受けられる4.こ のことから,宝寿二門で結論が異なる論義だけでなく,結論が同一である論義を 取り上げることにも価値があると筆者は考える.

そこで以下では,『指南鈔』巻第三「心法色形事」をとりあげ,『宗決』とは異 なる長覚の特徴を指摘したい.

2

.「分満不二即離不謬」について 『宗決』巻第四「心法色形」では,「今の意は 色心二法各別にして,而も其の心法に微細の色を具すと云うなり」5とあるよう に,色心而二の立場を前提としている.

この点は不二教学を軸とする長覚も同様であり,『指南鈔』の「心法色形事」

では論義冒頭の難答に,

問 う. 心 自 証 心 文, し か ら ば 色 心 而 二 の 時 心 法 に 於 い て 色 形 有 り と 云 う べ し や.

答.しかなり.6

とあり,色心而二の立場を前提として心法の色形を論じている.『指南鈔』では,

(2)

238 無量寿院長覚の心法色形(山 本)

741

色心而二の立場を前提とする以外にも,心法に色形が具わっていても心法と色法 は同一とならないとする点,心法の色形として微細な色形や月輪形・塔婆形を挙 げる点7など,『宗決』と同様の主張がいくつかみられる.

しかしながら,『指南鈔』と『宗決』の論証過程の中には,異なる点が見受け られる.長覚の「心法色形事」では,色心而二の立場において心法に色形がある とする論拠が,『宗決』とは異なっている.長覚は「心法色形事」で「色心而二」

と「色心不二」は結びついているとした上で次のように述べている.

また色心その性別なりといえども,而も色心不二の道理,これ有るが故に色心不二の時心 法に色形あるべし.若し不二の時,色形有るは而二の時また色形有るべし.もし而二の時 色形無くんば,色形不二の時またまさに色形有らざるべし.その故は分満不二即離不謬の 実義分明なるものなり.若し色心不二の時色形有り,而二の時色形無しと言はば,大いに 即離不謬の宗旨に相違するところなり.8

ここで長覚は,『秘密曼荼羅十住心論』にみられる「分満不二即離不謬」9を引 用しつつ,「色心不二」の場合の心法に色形があるならば,「色心而二」の場合の 心法に色形があるとしている.長覚は「分満不二即離不謬」を「色心而二と色心 不二は即していても離れていても相違することはない」と解釈しており,これを 根拠に「色心而二」の立場における心法の色形を主張している.

一方,『宗決』巻第四「心法色形」では,今の「分満不二即離不謬」は論義の 前置きで次のように言及している.

答者の義分満不二即離不謬の文を以て証とする義これあり.……但し此の義大概の謂か 乎.即離の義門各別なるべき故に一概なるべからず.凡そ即離不謬とは.謂く即する時互 に具足するも是これ謬ならず.離の時各々自立するも是れ謬ならず.而二不二共に是れ法 性の具徳なりと云の意なり.10

ここからも明らかな通り,『宗決』は「色心而二」の立場で心法に色形がある ことの根拠として「分満不二即離不謬」を用いることを「一概なるべからず」と 否定的に捉えている.『宗決』では,長覚とは異なり,而二と不二は法性が具え 持つ徳であることを示すものと「分満不二即離不謬」を解釈しているのであ る11

3

.長覚説の寿門への影響 『宗決』では否定的に扱われていた「分満不二即離不 謬」を用いた「心法色形」解釈を,長覚は「色心而二」の立場において心法に色 形があるとする根拠として用いている.このように長覚が「分満不二即離不謬」

(3)

239 無量寿院長覚の心法色形(山 本)

740

を用いた「心法色形」解釈は,良重?–148812,印融1435–1519といった寿門 の学僧に影響を与えている.長覚より後に無量寿院院主となった良重は,『宗義 初心鈔』巻第十二「心法色形事」で,

答.……此の如く法爾の時互いに無礙するが故に,随縁の時の而二の位に互いに色心を具 足するなり.若し而二の時互いに具せずは不二すべからざるなり.その因由無き故なり.

分満不二即離不謬則ちこの意なり.13

と述べ,良重は長覚と同様に「分満不二即離不謬」を根拠とすることで「色心而 二」の場合にも心法の色形が認められる,としている.また印融の『古筆拾集 抄』巻第一「識大に於いて心法形色有無の事」にも,

一.而二不二即離不謬の宗義を談する故.不二門の時心法に色法を許さば而二門の時もこ れあるべきなり.即離不謬の故なり.14

とあり,「分満不二即離不謬」を根拠に「色心而二」の場合にも心法の色形は認 められるとしている.

以上のように,「色心而二」の立場で「分満不二即離不謬」を用いた長覚の解 釈は,長覚以後の寿門学派においても用いられている.しかしながら,『宗決』

ではこの解釈を否定的に捉えられていることから,「分満不二即離不謬」を心法 色形に用いる解釈は,長覚にはじまる寿門教学の特徴ということができよう15

4

.まとめ 『大疏指南鈔』巻第三「心法色形事」を取り上げることで,長覚の

「心法色形」解釈には,色心而二の立場を前提とする点や,論証過程の中に『宗 決』の「心法色形」との共通性が明らかになった.しかし,色心而二を前提とし た上で「分満不二即離不謬」をどのように扱うか,という点において『宗決』の 解釈と長覚の解釈は異なっており,長覚の特徴をみいだすことができた.

長覚は色心而二を前提とした場合に心法に色形があることを説明するため,不 二において成立するならば而二においても成立するという解釈の根拠として,

「分満不二即離不謬」を用いていた.しかし宥快の『宗決』では論義の前置きの 段階で長覚のように「分満不二即離不謬」を用いることを否定し,長覚とは異 なった解釈が提示されていた16

『指南鈔』も『宗決』も色心而二を前提として心法に色形があることを共に認 めているが,「分満不二即離不謬」の用例にみられるように,その解釈過程には 差異が認められる.長覚が大成したとされる寿門教学の特徴を明らかにするため にも,『指南鈔』に収められた論義を一つ一つ見ていく必要があるであろう.

(4)

240 無量寿院長覚の心法色形(山 本)

739

1)長覚は出羽国出身.字は本智房.高野山無量寿院の学匠.寿門学派の祖とされる.正智

院道範(1178–1252,中村2017)の学系を引き,不二門学説を唱え宥快の而二門学説とは

異なる立場をとった.著作は『釈論十二鈔私記』,『大疏指南鈔』,『悉曇決択鈔』,『悉曇字 記鈔』等.  2)『杲宝私鈔』真全20,16上/『大疏百條第三重』T79,756a.  3)『指 南鈔』は長覚によって著され,全9巻中に90の論義を収録している.本論文では,高野山 大学図書館増福院文庫所蔵の寛政3(1791)年刊本を用いた.  4)『宗決』及び道範の

「心法色形」解釈については,林山(2015a; 2015b)を参照.  5)『宗決』巻第四,真全 19,84下.  6)『指南鈔』巻第三,7丁右/『大日経疏』T39,587c.  7)なお,林山

(2015a; 2015b)では,『宗決』が心法の色形を論じる上で「微細な色形」を強調して心法に

色形があると説くことを指摘している.一方『指南鈔』では,『宗決』のように「微細な色 形」を強調せず,一度言及するに留まる.  8)『指南鈔』巻第三,8丁右–左.  9)『秘 密曼荼羅十住心論』巻第一,『定本弘法大師全集』2,7頁.  10)『宗決』巻第四,真全 19,76下.  11)『杲宝私鈔』や『大疏百條第三重』では「分満不二即離不謬」は用いら れていない.  12)長覚より4代後の無量寿院院主.堯智房.第165代検校.生没年は

『金剛峯寺諸院家析負輯』巻第一(続真全34,7下)参照.  13)『宗義初心鈔』巻第 十二,続真全23,202下.  14)『古筆拾集抄』巻第一,真全18,290下.ここで印融は

「分満不二」を,「分」と「満」との「不二」とする解釈を示し,「分満」を「而二」と解釈 することを「大いに謬なり」と批判している.  15)なお道範の「心法色形」解釈につ いては,林山(2015b)で既に言及されている.道範は心法に色形があることを認めるが,

心法色形解釈過程の中で「分満不二即離不謬」は用いず,而二と不二との関係を用いて心 法に色形があるとする試みも確認できない.  16)宥快が長覚の説として直接批判して いるか否かは定かではない.用例の否定に留まる.

〈参考文献〉

中村本然 2017「覚本房道範の生没年について」『山岳修験』60: 121–136. 林山まゆり 2015a「中世真言教学における識大の解釈」『印仏研』64(1): 25–30.

― 2015b「中世真言教学における心法色形―『宗義決択集』を中心に―」大久保

良峻教授還暦記念論集刊行会編『大久保良峻教授還暦記念論集 天台・真言 諸宗論 攷』山喜房仏書林,317–338.

〈キーワード〉 長覚,宥快,『宗義決択集』,『大疏指南鈔』,心法色形

(高野山大学大学院)

参照

関連したドキュメント

いること,②「梅田日記」自体が 1

Professor Emeritus of Nagoya Institute of Technology Gokiso-cho, Showa-ku, Nagoya 466-8555, Japan 山本 靖 名古屋工業大学 大学院工学研究科

[r]

このように観無量寿堂がその名のとおり観無量寿

[r]

Here, we synthesized novel anisotropically phase-segregated CdS/ CdTe heterostructured nanopencils (HNPs) with preciously controlled anisotropic structure and CdS/CdTe volume,

るので、塗り重ねた絵の具の層による色の変化 も付けることができた。修了作品は図 lの作品