はじめに
哺乳類の生殖機能は視床下部・下垂体・性腺軸(HPG
axis)によって制御されているが,ストレス条件下にあ
る個体では,このHPG axisが抑制され,生殖機能の低 下へと繋がる.ストレス刺激により,視床下部でのGnRHパルスジェネレーター活性[1, 2]や下垂体か
らのLHのパルス状・サージ状分泌が抑制されることが 報告されている[3-6 ].一方で,ストレス時には視床
下部・下垂体・副腎軸(HPA axis)が活性化され,副 腎からグルココルチコイドが多量に分泌される.これま で,ストレスに誘起されて血中に増加するグルココルチ コイドは,生殖機能に対しては抑制的に働くと考えられ てきた[7-10 ].しかしながら,筆者らは過去の研究か
ら,炎症性サイトカインの一種である腫瘍壊死因子(TNF) - αによるLHのパルス状・サージ状分泌の抑制
が,グルココルチコイドにより逆に緩和されることを見 い出した[11 , 12 ].TNF - αの血中濃度は感染初期相に
おいて増加する[13 , 14 ].感染ストレス条件下では,免
疫系細胞から放出されたサイトカインの情報が脳内では プロスタグランジン(PGs)によって仲介されることが 知られている.われわれの過去の研究から,TNF-αに よるGnRHパルスジェネレーターの抑制も,PGsによっ て仲介されることも明らかになっている[15].われわれは最近,各種のストレス条件下でグルココル チコイドのHPG axisに対する影響についてさらに検討 を行い,グルココルチコイドは脳内のPGsの合成を抑制 することによりLHパルスを維持するという新しい知見 を得た.本稿では,このストレス条件下におけるグルコ コルチコイドの生殖機能保護作用を明らかにするに至っ た一連の研究について紹介したい.
LH分泌を抑制するストレス刺激
実験的に感染ストレス条件を誘起する方法としては,
リポ多糖(LPS)が頻用される.LPSはグラム陰性菌の 膜構成成分であり,TNF-α血中サイトカインの増加な どを促し,投与された個体に感染の初期相に類似した症 状を引き起こす[16].一方,飢餓ストレスの実験モデ ルとしては,動物を実際に絶食させる方法の他に,イン スリンや,グルコースの競合利用阻害剤である
2-
デオ キシグルコース(2-DG)を静脈投与する方法などが広 く用いられている[3 , 4 ]. 2- DGは,グルコースの第 2位炭素に結合しているヒドロキシル基が水素基に置換
されているため,グルコースと同様に細胞内に取り込ま れるものの,糖として利用されない.LPS,2- DGいず
れも,一定量以上を投与することでLH分泌の抑制効果 がみられることが報告されている[2-4 ].体内に薬物
を投与して作り出される上記の2つの条件以外にも,LH分泌を抑制するストレス刺激として,狭い容器内や
板の上などで体の自由を奪う,拘束ストレスなどが知ら れている.これら3
種類のストレス条件下すべてにおい て,HPA axisは活性化して,副腎からのグルココルチ コイド分泌量は上昇する.一方,ラットの頸静脈にカニューレを留置することで,
薬物の投与・連続採血を無拘束条件下で行うことが可能 である.この手法を用いて,両側の卵巣を摘出(OVX)
した雌ラットから
5
分毎に採血を行ってLH濃度を測定 すると,1時間に2〜3回のLHパルスが観察される.本研究ではOVXラットに加えて,両側の卵巣および副 腎を摘出(OVX/ADX)したラットを用いた.なお,
このラットには,コルチコステロンを充填したシリコン チューブを皮下に埋め込むことで,基底レベルのグルコ コルチコイドを維持している.OVX/ADXラットにお いてもOVXラットと同様の正常なLHパルスが観察さ れ,このことから,非ストレス条件下では内因性グルコ コルチコイドはLHパルスに対して影響をもたないこと が確認された.
ストレス条件下での生殖機能制御におけるグルココルチコイドの役割
松脇 貴志,山内 啓太郎, 西原 真杉
東京大学大学院農学生命科学研究科獣医生理学教室
連絡先:松脇貴志,東京大学大学院農学生命科学研究科獣医 生理学教室
〒 113-8657
東京都文京区弥生1-1-1 TEL: 03-5841-5388
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ストレスによるLHパルス抑制に対する グルココルチコイドの影響
感染ストレス刺激としてLPS(
0 . 5 mg/kg),飢餓スト
レス刺激として2-DG(100mg/kg)をそれぞれ静脈投 与した.その結果LPSと2- DGはどちらも,LHのパル
ス状分泌に対して,副腎を摘出していないOVXラット においては影響を与えなかったのに対し,OVX/ADX ラットではほぼ完全に抑制した(図1 A,B).この結果
から,LHのパルス状分泌にとって,感染・飢餓両スト レス条件下で正常な分泌を維持するために,副腎が重要 な役割をもつことが示唆された.さらに,ストレス負荷 時にコルチコステロン(25 mg/kg)を皮下投与して,
ストレス条件下でのOVXラットの血中コルチコステロ ンと同程度まで血中濃度を高めると,OVX/ADXラッ トでもパルスの抑制が起こらず正常なLHパルスが維持 された.これにより,感染・飢餓ストレス条件下で副腎 のもつLHパルス維持作用が内因性のグルココルチコイ ド濃度の上昇によるものであることが明らかとなった.
拘束ストレス刺激としては,ラットの四肢を
1
時間,板の上で緊縛した.前述の感染ストレス・飢餓ストレス 条件とは異なり,拘束ストレス条件下ではOVXラット においても,LHパルスの強い抑制が観察された.これ は他のグループの報告ともよく一致する結果である
[ 17 , 18]が,このOVXラットでは緊縛からの解放後速やか
なパルスの回復が見られたのに対し,OVX/ADXラッ トでは解放後もパルスが回復しなかった(図2A).こ のことから,副腎は拘束ストレス状態においても他の2
つのストレスと同様に,LHパルスの維持に重要な役割 をもつことが確認された.OVX/ADXラットにおけるLHパルスの抑制は解放後 4
時間後にも続いていたが,緊縛の開始と同時にコルチコステロンを投与すると,解 放
2
時間後にはほぼ完全に回復していた(図2 B).
前述の結果と合わせると,グルココルチコイドは,今 回用いられたような急性ストレス条件において,そのス トレスの種類にかかわらず共通したLHパルス維持機構 をもつものと考えられる.グルココルチコイドに関して は,LHパルスに対しては抑制的に働くという報告が多 数存在する[
7-10 ].しかし近年では,LPSによるLH
パルスに対する抑制作用にはグルココルチコイドは無関図1 感染・飢餓ストレス条件下におけるLHパルス
採血は5分毎に行い,開始から1時間でLPS(0.5mg/kg, i.v.)(A)
もしくは2-DG(100mg/kg, i.v.)(B)を静脈投与した.コルチコ ス テ ロ ン(CS,25mg/kg, s.c.)お よ び イ ン ド メ タ シ ン(IND, 10mg/kg, i.v.)は,それぞれLPS投与と同時に処置した.
* PULSARプログラムにより認定されたパルス.文献23より引用
図2 拘束ストレス条件下おけるLHパルス
採血は5分毎に行い,開始から1時間後の13時から14時まで,ラ ットの四肢を緊縛した.コルチコステロン(CS,25mg/kg, s.c.)
およびインドメタシン(IND, 10mg/kg, i.v.)は,それぞれ緊縛開 始と同時に処置した.12時から15時までの連続採血(A)もしく は緊縛前の1時間(12〜13時),緊縛からの解放2時間後から2時 間(1600-1800)(B)に行った.
*PULSARプログラムにより認定されたパルス.文献23より引用
係であるということが,ラットおよびヒツジを使った実 験で報告されている[
19 , 20 ].これらの報告と本研究の
結果から,急性ストレス刺激に反応して内因性に放出さ れるグルココルチコイドは,LHのパルス状およびサー ジ状分泌に対して抑制的な役割をもつのではなく,むし ろ保護的に働くと考えられる.ストレスによるLHパルス抑制に対する プロスタグランジンの関与
過去に,われわれの研究グループおよび他のグループ によって,PGsが感染ストレス刺激を仲介してLHのパ ルス状分泌を抑制するという報告がなされている[15,
21 ].そこで,他の 2
つのストレス条件を含めたLHパル ス抑制におけるPGsの関与を検討するため,本実験で用 いた3
種類のストレス条件下で,OVX/ADXラットに ストレス負荷と同時にPGs合成阻害剤であるインドメタ シンを投与した.その結果,インドメタシンはOVX/ADXラットにおいてすべてのストレス条件下でコルチ
コステロンと同様のLHパルス保護作用を示した(図1A,B,図 2 B).このことから,PGsは,感染ストレス
の場合と同様に,飢餓ストレス・拘束ストレスにおいて も,そのストレス刺激を仲介してLHのパルス状分泌を 抑制することが示唆された.そこでわれわれは,ストレ ス種によらない共通のストレス刺激仲介物質としてのPGs
の働き を確 認す る た め,PGsの合 成 酵 素で あ るCOX -2
の脳における発現を,免疫組織化学により検討 した.その結果,免疫陽性細胞は,LPS投与群と2- DG
投与群のOVXラットではほとんど確認できなかったの に対し,OVX/ADXラットでは脳血管の細胞や髄膜下 の領域に広く観察された.拘束ストレス条件でも,
OVXラットよりもOVX/ADXラットの方がCOX -2
免 疫陽性細胞は著しく多かった(図 3 ).これらの結果は,
LHのパルス状分泌がOVXラットではストレス刺激によ
ってほとんど抑制されず,OVX/ADXラットでは激し く抑制されるという結果とよく一致している.OVX/ADXラットではこのCOX -2
によって脳で合成されたPGsが,LHの分泌を抑制したものと考えられる.
PGsの合成がグルココルチコイドによって抑制される ことは,広く知られている.グルココルチコイドはリポ コルチン-1を誘導してPLA2の活性を抑制することと
COX -2
の発現を抑制することで,PGs合成を阻害する と考えられている[17, 18,22].これらの報告の通り,
本実験のコルチコステロン処置群でもCOX
-2
の発現が 抑制されていた.したがって,ストレス条件下でのグル ココルチコイドによるLH分泌の維持作用は,COX-2 の発現を抑制し,PGsの合成を阻害することによりなさ れているものと考えられる.おわりに
グルココルチコイドは,ストレス条件下において,そ のストレスの種類にかかわらず副腎から多量に分泌され る.一方で,生殖機能は,ストレス条件下では抑制され
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図3 ストレス条件下の脳におけるCOX-2の発現
LPS(0.5mg/kg)もしくは2-DG(100mg/kg)の静脈投与あるい は拘束解放から1時間で脳を採取し、免疫染色を行った.コルチ コステロン(CS,25mg/kg, s.c.)はLPS・2-DG投与あるいは拘束 開始と同時に処置した.
矢印はCOX-2免疫陽性細胞を示す.文献23より一部改変
図4 ストレス条件下におけるグルココルチコイドの中枢作用に関する 模式図
生体にストレス刺激が加えられると、HPA axisの活性化とHAG
axisの抑制が起こる.HPG axisの抑制は、脳内で産生されるPGs
によって引き起こされる.しかし、HPA axisの活性化により副腎 皮質から放出されたグルココルチコイドによってCOX-2の発現が 抑制されるため、PGsの合成が阻害される.その結果、ストレス 条件下でも、生殖機能が維持されている.る.この2つの現象から,グルココルチコイドはストレ ス時に生殖機能を抑制する役割をもつと考えられてき た.しかし今回の研究で用いた,LHの分泌には影響を 与えない低度のストレスよっても,血中のコルチコステ ロン濃度は上昇していた.ではこのコルチコステロンの 働きとは何なのか.本研究において,副腎の摘出により 内因性のグルココルチコイドがストレス時にも放出され ないラットでは,用いた3種類のストレス条件すべてで,
LHのパルス状分泌が強く抑制された.さらにこの抑制
は,ストレスに応答して分泌される内因性のコルチコス テロンと同程度のコルチコステロン補充により阻害もし くは緩和された.今回用いた感染・飢餓・拘束の3
種類 のストレス刺激は,それぞれ免疫系・代謝系・神経系に 関わるもので,ストレスの種類としては大きく異なるも のである.グルココルチコイドがこの3つのストレス条 件下で共通してLH分泌に対する保護的な作用を見せた ことは,グルココルチコイドのもつストレス条件下での 生殖機能維持作用が,ストレス特異性をもたないもので あることを示唆している.本研究ではさらに,PGsがス トレス刺激の共通の仲介物質として脳内で生産されて生 殖機能を抑制すること,また,グルココルチコイドはこ のPGs合成を阻害する事で生殖機能を維持していること を明らかにした.これらの本研究の結論を,図4に模式 的に示した。われわれ人間を含め動物は,自然界で生活する中で強 弱さまざまなストレスに曝され,これらのストレス刺激 が加えられる度に,HPG axisすなわち生殖機能は侵襲 を受ける危機に曝される.本研究で見られたように,
LHパルスに影響が見られないようなレベルのストレス
条件においても,実は増加したグルココルチコイドが脳 内でのPGs合成を抑制することでLHパルスを維持して いる.ストレス刺激に対してHPA axisが鋭敏に反応し,グルココルチコイドの合成分泌を促すことで,多種多様 なストレスが存在する自然界での生殖機能が維持されて いると考えられる.
文 献