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パーリ学仏教文化学 (25) - 009伊藤 友美「スリランカ・タイにおける女性修行者と八戒実践の諸形態」

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全文

(1)

[特 別 寄稿 ]

タイ

に お

女 性修 行 者

      

戒 実

諸 形 態

伊  藤  

 

Women

 

Practitioners

 

in

 

Sri

 

Lanka

 and  

Thailand

     

Their

 

Precepts

 and  

StatUs

Ito

, 

Tomomi

 

上 座 部 仏 教の 女 性 修 行 者に っ い て

じる た め に は, ま ず誤

くこ と か ら始めな け れ ば な ら ない ス リラ ン カで は

1990

年 代 後 半 以

タ イで は

2000

年 代 初 頭以来, 比丘 尼 サ ンガ 復興運 動が 徐々 に進 展を見せて お り, ス リ ラン カ, タ イだ けで な く, ベ トナム や イン ドネ シ ア ネパ ール , イ ン ドで も, 上座 部 仏教の比丘尼になっ た 女性た ち が存在す る。 し か し, ス リ ラン カ 以

の 国で は, 上座 部の比 丘 尼 の数 は未だ極めて 少数である と言わざるを得 ない 。 にもか か わ ら

,筆

が 上

座部仏

教の 女性を話題にす る と, しばしば 「 っ た こ とが ある」 とい う人

が 現 れ る。 そ れ らの 人々の

に は, 「 尼

」 ない し英 語で

Buddhist

 n  と呼 ばれ る女 性 と 「比丘尼」 が イ コ ール で あ ると誤 解 し, 比丘尼で は ない 尼

を比丘尼で ある と思い こんでい る人 が 含ま れて い る。

 

現 代の 上座 部 仏教 社会 で は,剃 髪 し, 仏教の 宗 教者の もの と見られ る服 装 を して い る女 性であっ て も, その す べ て が 「比丘尼 で あ るとは限 ら ない 。 タイ , カ ン ボジア, ラ オ ス で,剃 髪 し, 白い 衣 を着用 して僧 院に

らす女 性

(2)

118

パ ーリ学仏 教 文 化 学 【写真   】タイ :パ ーリ語試験に合格し たタイのメーチー。        ワッ ト・ボ ーウォ ン ニ ウェ ート,バ ン コク,

2004

8

月,筆者撮影。 たちは, しぱしば 「尼 僧 」 ない しnun と

総称

さ れ るが, 「

」 とは明

に区別さ れ る存 在で

φ

り, 現地で は , そ れ ぞ れ 「ー チ ー 」, 「ドー ン チ ー」, 「 」 と呼 ばれて い る。

剃髪

し, ピン ク色の 衣を

た ビル マ

ミャ ンマ ー

た ち ラ シ

ばれ , やは り比丘尼 と は明確に 区 別される 。 ス リラン カで は,男性の 比丘が着 用 する黄 衣 とよ く似た オ レ ン ジ 色の

女性

宗教者

が見 られるが, その うちの 一

ない し そ の見 習 い である

沙弥

で あ り, その他は 「シ ル ー 」 と呼 ばれ る。 もし その女性が 比丘尼 ・沙弥 尼 あ れ , その 衣は, 男性の比丘 ・沙弥 の衣と同様に, ・ さな布切れ をあぜ道で区切 られ た

田の

景の よ うな形に 縫い合わ さ れた の で あ る。 これ に 対 し, ダ サシル マ ー タ ーは縫い 目のない 一 き なオ レ ン の衣 を着用 す る。

 

ゴー タ マ ・ブ

時代

, 男

性僧 侶

の 比丘 サ ンガ と 一 対を な し て い た女 性 僧 侶の 比 丘 尼 サ ン ガ は,

10

世 紀 末 ご ろ の ス リ ラ ン カ で 仏 教王朝が倒れた際

(3)

ス リ ランカ ・タ イに おける女性 修行者と 八戒実 践の諸 形 態 119 【写真  】ス リ ラ ン カ :左右両端がダサシルマ ーター,後 列 中央がス リラ

    

ンカ人比 丘 尼。 一見 す ると,ほ と ん ど区別がつ か ない。 キャ ン        デ ィ,

2008

2

月,筆 者撮影。 に衰 微 し, ヒ

座部仏

教圏の 国々 が近代を迎え る こ ろに は,比丘尼サ ン ガ はす で に 消失 し, 比丘尼 と して 出家す る こ とは もは や不 可 能で あ るとい う観 念が 定着して い た。 比丘 尼 サ ン ガ が失わ れ た .ヒ

座部仏

教 圏の 社 会で は, 女性は 男 性の 丘 と同等の 比 丘尼 と して 出家す るこ とは で きな い と されて き た た め, 世俗生活を

れ,

教 的生活を 送 る こ と を希 望す る女 性は, タ イの メ ーー な どの よ うに, 比丘 尼 と は異な る形 態を とり, 在 家者の 地位に と ど ま りなが ら, 事実上 ,

家者 と して の修 行生活を送 る よ うにな っ た。 これ らの修 行に 生 きる女性た ち は, 比丘尼 と ほぼ同等の役 割を果たす存 在で ある もの の,上 座 部 仏 教 社

々 に とっ て , 決 して比丘尼 とイ コ ール で は ない 。 上座 仏 教 社 会 に お ける 「比 丘 尼 」 とは, あ くま で具足 戒 を受けた女 性 出家

であ り, 具足 戒を受けるこ とな く修 行生活を送 る女性たち と は, 明確に区別され て い る。

 

本 稿で は, 現在に 至 る まで 女 性の 比 丘 尼受 戒を不 可能 とす る見 解が支 配 的

(4)

  120      パ ーリ学教 文 化 学 なタイの ケ ース を

心 に, 近年, 主要な女 性 修 行者の

が 比 丘尼へ と移 行 したス リ ランカの ケ ース と対 比 しなが ら, 女 性修 行

が比 丘 ・

同等で あ るとされ なが ら も, 決 して 比丘 ・比丘 尼 と

全 に対 等 とはみ な さ れ ない

教 的 ・社 会 的背 景につ い て っ て い きたい ω その

八戒ない しそ の ヴァ リエ ーシ ョ ン に当た る戒 を守る女

修 行

事実

上の 出家者 として 生きるもの に限 ら

, 様々 な形 態が ある こ とを

摘 し, それ ぞ れの タ イプの

修行者

宗教的 ・ 社会 的地 位を象 徴す

え られ戒 律 と服装 な どの

態 に つ い て

察する。

 

なお, 本 稿で は, 概 念上の混乱を 招 き や す い 「尼 僧 」 お よび nun とい う語 の

使

を避け, 具 足 戒を受け た女

出家 者を 「 」, 具 足 戒を

け るこ とな く, 恒 常的に修 行 生

る メー チ ー や ダサシ ル マ ータ ー の よ うな女 性 を 「女性 修 行者」 と呼ぶ こ と とす る。 日本 語の 厂尼 僧 」, 英語の nun とい う 語は, 具 足 戒の

授受

を問

にせ

, 出 家 修行生

う女

を指 すた め,

念 上の混

を生 じ させ やすい 。 特 に, 日本

では , 「尼 僧 」 と 「比丘 尼」 とい う語が , 同義の もの とし て扱わ れ る傾 向があ る た め , 注 意 を喚起 し て おき た い ω

1

. 四

仏 教徒

念 的

 

典 中に もしぼ しぼ

られ る通 り, ブッ ダの 教 えは, 比丘

bhikkhu

丘尼

bhikkhuni

・優 婆 塞

upasaka

優 婆 夷

梶ρδ5言版

の 「四

」 と呼ば れ る

4

グル ー プの仏 教

に よっ て

け継が れてい くもの とされて き た 現 代 上座

部仏

社会

に生 き る人々 も, 仏 典の 言葉に基づい た

教科書

法の 中で

り返しこ の語 に接 し,仏 教 徒は こ の

4

つ の グル ー プか らな る もの と認 識 して い る。 そ れ

十数 年 前 まで ,

特殊

な例を

く と,ス リラン カや東 南 ア ジ ア で 上

座部

仏教の 比丘尼 を 目に するこ とはな か っ た にもか かわ らず

性出家者

の 「比丘」 と一対を な す女

性 出家者

の 「比丘尼」 とい う概 念は, 上 座

部仏教

圏の人々 の れ られ る こ とはな かっ た(3>。

 

四衆 とは,出家 ・在 家の区 分 と,

ェ ン ダ ーの 違 い を組み 合 わ せ

(5)

ス リ ランカ ・タ イ に お け る女 性 修 行 者 と八 戒 実 践の 諸形 態

121

て , 仏 教 徒 を ,男 性 出 家 者 ・女 性 出 家 者男性

在 家者

在 家 者 4 ルー プに区分 した もの で あ る。 こ の と き, 「 」 と は, 原則 的に, 具足 戒を受 けて 出

を送 る もの の こ とを指す。 上

座部

で は, 男性 出家 者の 比 丘 は二 二 七 戒,女 性 出家

丘尼 は 三 一 一

具足 戒を, サ ン ガが定めた

か ら所 定の 手続きに従っ て 受け るこ とに よっ て , 出

家者

と して の フ ル ・ス テ ー タス を 占め る。

 

具 足 戒を 受 け る前 段 階 に あ り, 見 習 い の 僧 侶 と し て

修 業

す る沙 弥

s巨mapera

・沙 弥尼

samarperi

・式叉摩 那 (sikkham 五na

出 家 ・在 家の

区分に お い て は, 出

家者

の カ テ ゴ リーに分 類 さ れ る  。 佐々木 閑に よ る と, 沙 弥 ・沙 弥尼は,沙 弥戒 十戒

殺 さ ない , 盗 ま ない ,

交を しない , 嘘をっ か ない , 酒 を飲ま ない ,歌 舞を見ない ,装 身具をつ け ない , 高い

台に

な い , 正 午 を過

食事

を しない , 金銀を受け 取 ら ない )を受 けた未 成 年の 男 ・女で あ る。 沙 弥尼 は,

18

歳に な っ た段

で, 比丘尼サ ン ガの 承 認 を

る こ と が でき る と,式叉摩 那に な る。 式 叉 摩 那 と して

2

年 間, 六

り, 行 状に問題ない と判

され る と, 比丘尼 となる

資格

を得 る (5) 。

 

以上, 出家 者の カテ ゴ リ ー 丘 ・比丘 尼沙 弥沙 弥 尼 那は, 剃髪し,

衣 を着 用す るこ とに よっ て, 視覚 的に も明確に在

家者

と区 別 される。 【表

1

】仏 教徒の カ テゴリーと 出家者の戒律 (筆者作成) ・    、・・男性       」i 、         こ,、  女 性   P「 出家者 比 丘 :二 二 七戒  沙 弥 :十戒 比丘尼 :三一一 戒  沙弥尼 :戒 式 叉摩那 :六 戒   1 糊 蝋 蒙…

 

 

(注 1 )本 表は,伊 藤 友美 「タ イ で上 座部比 丘 尼 サ ン ガ の復興     は 可 能か ?   出家の 正当性をめ ぐる諸 問題    」 東     南ア ジ ア の社 会 と文化研 究会 (京都大 学 ア ジア ・ア フ      リ カ地域研 究研 究科 ,

2008

3

月21日)等の研 究発 表     で使用したス ラ イ ドを も とに してい る。 他方 , 在家 者の カ テ ゴ リーに分 類 され る

婆 塞 ・優 婆 夷は,原 則 的に

(6)

  122      パ ー学 仏文化 学

的な生

旨針で ある五戒

さ ない , 盗 ま ない , 夫 婦 間 以外の

交を しな い を つ か ない , 酒を飲ま ない

を守 りな が ら,通 常の 家庭生活 ・

職業

生 活を送 る 。 優婆 塞 ・優 婆 夷 , 布 薩日や 一 時的に僧 院での 修行

体験

す る場 合 に 限っ て , 八 戒

さ ない , 盗 ま ない , 性 交 を し ない , 嘘をっ か な いを 飲まない , 歌 舞を見 ず

身具 をっ け ない , 高い 寝 台に

ない, 正午 を過 ぎて 食事を しない

を守る。 在家 戒で ある五戒 ・八戒は,

僧 侶 (

現代の タイ で は 一般に

が執

する儀 礼 を介 して

授受

す る こ と も ある が,原 則 的に は生 活指

と して の意味合い が強 く, その保

持者

の メ ン バ ー プや 反は, 比 丘 ・比 丘 尼 が守 る具足 戒ほ ど厳 密に考 え られて い ない。

 

と い う

仏教徒

理念 的カテ ゴ

か ら

ンガ が失わ れ た と い うこ と は,上座 部 仏 教社 会で

が 「

出家者

」 と しての 宗教 的ス テー タ ス を失 っ たこ とを意 味 する ま た , 上座

部仏教

圏の い

れの 国 ・ 地域にお ても,

戒 師となる比丘 尼が

存在

しない とい うこ と か ら, 見 習い の女

の僧 侶に当た る沙弥 尼 ・式叉摩 那 と して女

が出家 するこ とも不 可 能であ る と考 え られて き た。

者集団

で あ るサ ンガ を在 家者に とっ て の 「

す な わ ち功徳の

で ある と

える上

座部仏教

社 会で は, 出 家者 は在 家者 と比べ て 格段に高 い

に ある もの とされ, 高 く尊敬 さ れ る。 比丘 尼 サ ン ガの喪 失に よ り,

出 家者

と しての 地 位 は, 男性の 比丘 ・沙 弥の み

占有

り, 女

はその

地位

か ら も, それ を視 覚 的に象徴す る黄衣か ら も, 遠 ざ け ら れて き た 。 女性に残された宗教 上の 地 位は, 在 家者に 限られる こ と となっ た の であ る 。

2

践 す る

行 者

  

続性

修 行者

継続 修行者

や かな

 

で は タ イの メ ー チ ー をは じめ とする上座 部 仏 教の 女 性 修 行

述の 四衆とい うカテ ゴ リー こ に位 置づ け ら れ るの で あ ろ うか。

則 に従 え ば, 比丘 尼 ・

叉 摩 那 女 性 は, 形分 類上 ,出家 者 」 で はな く,家者 」 で しか ありえない 。 と は い え , ス リラ ン カ や タイ の女

(7)

      ス リランカ ・タ イに おける女 性 修 行 者と八 戒 実 践の 諸形態      123 修 行 者の少な くとも一部は,

庭 生

・職 業生活を

全 にれ, 宗教 者 と し て徹 底 した修 行生活を送っ て お り, その 実 態は家庭 や 職 業 を持っ た 一

般在家

の生き方 ・宗教 実 践 形 態と は, 大き く異なっ てい る。 こ う した女性 修 行

が , 理念的 「

家 者

在 家 者 」 の どち らに も

て は ま らず,

両者

の 間で 宙 に い た存在であ る こ とは改めて 指 摘す る まで もない。

 

こ こで問

に したい は, これ らの

事実

上の 出家 者 と し て 生 きる女 性 修行 者が守 る戒

で ある。 上座 部

教の 女性 修 行者は, 国や個 人に よ っ て守 る戒 律 に

々な差 異が あるが , 基本 的に は八戒ない しその ヴァ リエ ー シ ョ ン に 当た る

を守る(6)。 特に八

は, 元

の 性 質上 , その 実践 者の 宗 教上の 地位 を, 在 家者 と出家 者の にあ る過 渡 的ない し

両義

的地位に と どめ る もの で あ り, その こ とは, 上 座 部 仏 教の 女 性 修 行 者た ち が ,比 丘 ・ 比丘 尼 と対

な 「出家

」 と して 社 会 的認 知を

ら れ ない とい う

事情

と深 く結び付い て い る と考え られ る。

 

八 戒 の過渡 性 ・両 義 性は, 次の 二 つ の 側 面に見て るこ と が で きる。

 

一 に, 在 家 戒の 五

は , 一 在 家者が 日常 指 針 と し が推 奨さ れ る が, そ の堅

は必 ず しも義

とは考え ら れ て い ない。 一 , も うひ とつ の 在 家 戒で ある八戒は, 在 家者が布 薩 日

ス リラ ン カ で は 「ポヤ ・ デー」, タ イで は 「ワ ン ・プラ」 と呼ぼ れ る

や瞑想 修 行な どの 特 別 な

会 に 自らに課す戒で ある。 八

に は 「一 の 性 行

む」 「歌 舞を見 ず 装 身 具をつ け ない 」 「高い

台に 寝ない 」 「正午を 過 ぎて食 事を し な い 」 とい う項 目が

まれて い るため, 八 戒を守 る際に は,意 識 的に 自然な生 理 的 欲求に歯 止 めをかけ, 行 動に 一 節 制 制 約え る努 力 られ 。 つ ま り、 八戒は, 在 家 者が 一定 期 間, 在家の 生活を離れ ,

院等に お け る

的 宗 教 実 践の

るべ

で ある と捉え るこ とがで きる。 い い か えれ ば, 八 戒は在 家戒 と位 置

け られて い の の

在家者

が体験的に修 行 生活を送る 際 の特別な戒律で ある とい え る。

 

二 に, 八 戒が ,

元来

, 一時 的行 を体 験 在 家 者た め戒律 る以 上, … 般の

在家仏教徒

は, 比較 的簡

儀礼

に よ っ て八戒を受け, 短 期

(8)

  124      パ ーリ学 仏教文化 学 問にっ て八戒を実 践 し

礼に よっ て 八 戒 を離れ, 通

在家

生活 に復

す るこ とがで きる。 こ うした 一

八 戒 修 行者 は,

続 的 ・恒 常 的 に八戒 を 守る メ ー チ ー な どの 女 性 修行

と比べ る と, 在 家 生

との強い 結び つ き を持 つ。 し か し, 一

時修行者

と継 続修 行 者 との 間に は, 大き な

見 上の 差

が な く, ま た具 足 戒の

授受

の ように厳 密な儀

定に拘 束され る こ と が ない た め,両 者の 界 は不 明瞭で あ り, 柔

な連

続性

を持っ て い る。

 

八戒な い しその ヴ ァ リエ ーシ ョ ン を実 践 する一 時

修行者

継続

修 行 者の

は, 上 座部仏 教 圏の

で も, 国 や地 域によっ て,

々な差 異が存 在す る が ,こ こ で は特にタ イのケ ース を中心と して , ス リラ ンカの ケ ース と対比 し なが ら, 彼らの

戒律

の実 践形 態 と, その宗 教 上の ス テー タス を象 徴 的に示 す 服装の 色 や

頭髪

無な どに着 目

な が ら,

討す る。

1

ス リ ランカ

 

ス リラ ンカの ポヤ ・デーに は, どの

にも白い服を着た宗 教心 の厚い男 女 の在家

布薩

堂の 床を埋め尽 くす ほ ど集ま り, 静か な トーン で

る僧 侶の

説法

ける。 ス リラン カで は,

布薩

日に限 らず, 在 家

が寺を訪れた り, 瞑想

修行

な どの た め に数 日間寺 に滞 在 し た りす る際に は, 白色

ない し は淡い 色 合い

の シ ャ い しブラウス と白色の ズ ボン ない しロ ン ・ス カー ト

ければな ら ない とされて い る。 仏 教 日曜学校 に通 う小学 生 も, 男女 とも, 白い

服を

用 す る。 ス リ ランカで 白い服は敬 虔な在 家 仏 教

信徒

で あるこ との 象

である。

 

1990

年 代 末に比丘

尼授戒

開され る 以前 のス リ ラ ン カ で , 世

れ て 仏道 に生きる こ とを 望む女性た ち は, 「ダ サ シ ル ー タ ー 」 と呼 ばれ る女 性 修行 者 と して事 実上の 「出家

た し, 比丘 の 黄 衣に よ く

た オ レ ン ジ 色の 衣を

着用

して,十 戒を守る修 行生 活を送っ て きた しか し, ス リラ ン カ人女

のダサ シ ル マ ーと して の出家 慣 行 , そ れ ほ ど古い も の で はな い。 ス リ ラ ン カ で

最初

の ダサ シ ル マ ー ター と

え ら れて い るス ダ

(9)

ス リ ラン カ ・タ イにお け る女性 修 行 者と 八戒 実践の諸形 態 125

【写真  】ス リラ ンカ :寺 院に滞在 す る 女性       の一時修 行者。

      ミーゴダ,

2010

4

月, 筆者 撮影。

ル マ で の 修 行か らキ ャ ン デ ィ に

り, ダサ シ ル マ ー タ ー の 寺 院の礎 とな る

ス ダル マ ー ウパ ーシ カー ラーマ ヤ

Sudharma

 

Up5sikarEmaya

; の ちに

Lady

Blake

’ s 

Upasikaramaya

と して 知られ る よ うにな る

の 設立に取 り掛かっ たの は,

1905

年の こ と で あ る(7)。 そ れ以 前の ス リラ ン カ 人 女性の 宗 教 実 践 の形 態に つ い て は, ほ とん ど明 らか に さ れ て い ない 。

1996

年 に受

して現 代 ス リ ラ ン カ最 初の 丘尼 とな っ た シ ン ハ ラ人女

クス マ ・デ ィ ヴェ ン ドラ比丘 尼

1929

年 生 ま れ

は,

1996

に比丘 尼

受 戒

たす以 前, 寺 院に居 住せ ず, 家庭 内に と ど ま り,有 髪で あ りなが らも ,約

30

にわた っ で

的 に八戒を守 り続 け,

時 白い サ リー を着 用 して 寺 院や テ レ ビ, ラジ オ 等で の瞑想 指 導や

仏法講話

を行っ て い た。 彼 女の

い サ リ ー , 一 在 家 者

(10)

  126      パ ーリ学 仏教文 化 学 りも

教 的な生活を送っ てい る こ とを示 すもの で あっ た とい う(8)。

 

こ う し たス リ ラン カ の況 か ら,の 二 つ の 考 察がで き る。

一 に, 八 戒 の恒常 的 持戒 と白

は, あ く まで 「

家者 」 の もの で あ りな が ら も 華 美 で安楽で あ るこ と を志 向す る通 常の在 家生活か ら離れ, 衣

住の生活を

質素

に保ち な がら,

精神性

宗教性

深 化 志 向す る とを

して い り, 白衣 の八

戒保 持者

は,形

的な宗 教上の地位 におい て は, 「在 家 者 」 の 地位に と どま りな が ら も,実質 的に は 「

出家者

」 の生活に一歩近づい た

存在

ある こ とを示 す。 第二 に, ダサ シ ル マ ー タ ー が守る十戒が在 家 戒で な く沙 弥戒と

一であ る こ と, そ して彼 女た ちの衣 が 白で は な く黄 衣 と同じオ レ ン ジ色で あ るとい こ とは,八 戒 と白衣 に象徴さ れ る敬 虔 在 家

な い し

在家

修 行者の

を出て, さ らに 「

」 に近

い てい る こ とを示 唆す る。

 

内容的

に見れば, 在 家 戒の八戒 と沙弥 戒の 十 戒の違 い はわずかで あ る。 十

で は, 八戒の 第

7

項 目 「歌舞 を見 ず 装 身 具をつ けない が 「

見 な と 「装 身具 け な 」 の 二

目と して 区分さ れ,

たに

10

項 目 「 銀を

け取らない が付け加 わっ てい るの で 八 戒 と十 戒の違い は,実 質 的 に は 「金 銀 を受け取らな い の一項 目に

きる。

現代

宗教

生活に お い て, 「金銀

らない 」 すなわ ち 「金 銭 に触れ ない こ とは, 決して 容 易な こ とで は ないが , 女性 修 行 者は敢え て こ の 目 を

践す る こ とに よ り, 「 実上の 出 家

と して の地位を

会にア ピール る狙い が あっ た と考え られ る(9)。

実 際

ス リラ ン カの ダサシ ル マ ー タ ーの 中で も 特に出家 修 行

と し て の生 き 方 を確立 した もの は, 比丘 の

僧院

と比べ るとは る か に簡

な もの で あ る とは 言え, 独立の尼

僧 院

を も ち, そ こで

少の ダサシ ル マ ー ターの

子 を

て, 周辺コ ミュ ニ ティ の

在家信徒

の ため に, 比丘 ・比丘 尼 とほぼ同様の

礼的 ・宗 教的 ・教 育 的役 割を果た して き た。 ダサシ ル マ ー タ ー と して の経 験を経て 比丘尼 となっ た ス ペ シ ャ ラー比丘尼に よ る と, ダサ シ ル マ ー タ ーの 時代に経 験が な く,

丘尼に なっ て 初めて 可能 にな っ た 主要な宗 教 行 為は 比丘尼 戒 三 一一戒の

受戒

とその 実践 を除け ば, 雨 安居 明 けに在 家者が出 家

に対して

上す る カテ ィ ナ衣 を受 け取る こ との み で,大

分の 宗 教 行為 は,

(11)

ス リ ラン カ ・タ イにお け る女 性修 行 者と 八戒 実践の諸 形 態 127 比丘尼 と な る以前か らダサ シ ル マ ーター と し て経 験 し て い た こ と と大差 がな い とい う(10)。

 

沙 弥

と同一 の

目 を

り,比丘 ・比丘 尼 とほ ぼ同

の宗教 的

割 を

た し て き たに も か か わ らず, ダ サ シル マ ー タ ー が 明な 「出家

」 と して の 宗 教上 の地位を持た

, あ くまで 「事実

家者

」 ない し 「出家

と在

家者

の 中間 的存 在」 とさ れてきた 要 因の 一っ は, 四

・七

女性 出家者

の カテゴ ーがすで に失わ れて お り, 女 性は比丘 と同等の 出家 者で は あ りえ な い とい う強 固な社 会通 念が支 配 し て い た ため で あ る とい えよう。 そ して, も うひ とつ の 重 要な要 因は, 比丘尼サ ンガ なき仏 教 社 会に おい て,最

教 的権威 を保 持す る比丘 サ ン ガが , ダ サシ ル マ ー タ ー を 比丘 ・比丘 尼 と対等 の 「出家 者」 と して の地 位 にあ る もの と して , 公式に認定 し なか っ た こ と と 無 関 係で は あ り得ない

m

しか し,

20 世紀初 頭

ス リ ラ ン カの 女 性 修 行 者の一部が ,沙 弥戒 と同一の戒 目 を 厳格 に守 り, 少 な く と も色 彩 的 には 比 丘 ・沙弥の黄 衣 と

1

司一 の色 の衣を

用 し, 比 丘 ・沙 弥 と同様の役 割を果た し て き た こ とは, 出

家者

と して の

覚 ・社 会 的認 知を得る上で, 大 きな意 味が あっ た と考え られる (12)。

   

タ イ

 

タ イで は,在 家

戒し,体 験 的な修 行を行 う際に は, どの よ うな形 態 を取っ てい るの だろ うか。

 

タ イで も, 敬

な在

家仏

に とっ て , 月

4

回の ワ ン ・プラ

wan  

phra

布薩

は,

別な宗教 実践 の機 会 とさ れ, 伝 統 的に は, 僧 侶に対 して 食 事 を さ さげ,功 徳を積む機 会 とさ れ, 寺 院で 僧 侶の 説 法を聞き, 八 戒を実 践 し て,罪

とな る

行為

む こ とが

推奨

さ れて き た。

現代

の タ イで は太 陰歴に 基づ くワン ・プラが 国 民の

日 と さ れて い な い た め, 就学 ・就 労 世代 , ワ ン ・プラ の宗 教 実践 よ り も学 業や仕 事を優 先す る傾 向が 強く,寺で の 説 法

ま るの は比

的少 数の

で あ る。 しか し, ワ ン ・プラの 托鉢で は通 常 の 日 よ り も多 くの 人 が布 施を行う傾 向にあ る とい う(13)。 タ イ で は, ス リ ラ

(12)

 

128

      パ ーリ学 仏教 文化学 ン カの よ うに, 寺を訪

す る際の 服 装の 色に特に決ま りはな く, 派 手な柄の ものや,

極端

身体

露 出

す る もの ,

けて

え る よ うな もの で な け れ ば,

着丈

さ も

自由

で あ る。

年 配

の女

な らば,

い 色

調

の ブラウ ス の上 に 「サバ

sabai

と呼 ぼれ

い ス カ ー フ を か け,

い 色 調の 厂 ー ト ン 」

pha

 thung

ばれ

筒 状

きス カ ー トを

用 してい る こ とが

い 。  一般に , タイの 在 家 仏教 徒が八 戒を守 る機 会とな るの は,一定期 問,在 家 生 活を離 れて, 寺 院に

宿

泊 ・滞在 し , 僧 侶の 指導の もとで, 読

や瞑想 を 中 心 とした修 行生活を送る ときで あ る。 寺 院の 住 職の許 可に よ り,個 人 的に寺 院に住み こんで修 行生活 を経 験 す る こ と も可 能で ある が, 近 年の タ イ で は,

名な

想指導 者のい 寺 院

10

日間程 度か ら数 週 間の期 間, 一 般 在 家 者を対 象 と した道 徳 意識 向上 ・瞑想 修 行 の た めの 合 宿 研 修ロ グ ラム が

施され て お り, 寺 院で の修 行 体 験の 機 会は幅広 く 一 て い (14) 。 これ らの在

時修行者

服装

は,

寺院

によっ て そ れ ぞ れ

なる規 定が

け られて お り,一貫 してい ない 。

簡 素

な シ ャ ツ とズボンで あ れ ぼ, 多少の色や 柄のあ る服 装を許

す る

寺院

も あ るが ,

に女

に対 して は, 白い

な しブ ラウス と

のパ ー ト, そ して大き な

い スカ ー フ で

の服

, ない しは 白い ブラ ウス と黒の パ ー トゥ ン の着用 を定め てい る寺 院が多い こ うし た 一 時修行の場 合に は, 男 女 と も, 修 行 者の側が

ら望 ま ない 限 りは, 通常, 剃 髪を課され るこ と は な く,

くは有髪の まま修 行を行 う。

 

タイで は, 男性が修 行生活を送る こ とに関心が ある場 合, た と え短期 間の

合宿研修

であっ て も沙弥ない し比丘 に な るこ と が可能で ある た め,

期 間に わ たっ て ,在

の地

の ま ま, 寺 院 に居 住 し, 八 戒 を守 る例は

めて 少な い 。 た だ し, ご く

に,

北タ イの 「ラ ・ ー 」

phra

 

pa

森の 僧

と呼 ばれ る

頭 陀僧

子入 りす る場

師僧

に よ る

出家

許可

られ る まで, 師

の下で

衣を

用 して八

っ て

行生活を送るケ ース が あ るとい う。 こ う した男

は, 「 カ ー オ

pakhao )

と呼 ばれ る(15)。 他方,有 髪の ま ま ,

用 して ,八

を守る一時

修行者

は, 「ー ・

(13)

ス リランカ ・タ イに おける女性修 行者と八戒実 践の諸形 態 129 ラーム 」 (chiphr αm ) と呼ば れ る。

 

本 稿の 冒 頭言及 した タ イの 女 性 修 行 者 「メー チ ー」 も ま た, チ ー ・プ ラーム と同じ八 戒を守り, 同様の 衣 を着 用 して お り,両者の に は形式的 な面で の共 通 点が多い 時 修 行 者であ るチ ー ・プラー ム の大半が有髪 で あ るの に対 し, 継 続 的 ・ 恒 常 的修 行 者 ある メーチー 多 くは剃 髪 し る 。 剃 髪は, メ ー し く事 実 出家者 」 で あ るこ とを象徴 し て い る とい っ て よ い で あ ろ う 出家 戒 と さ れ る具足 戒 ・沙 弥 戒の 授受の機会 が失わ れて い る女 性に とっ て 修 行生活 一時体験 者が守 るべ き

の八

継続

的に守る こ と が,修 行生 活の 指 針 とな る。 異な る角度か ら言え ぼ , 八 戒 は, 在 家 戒と位 置 付 け ら れて い る とはい え, その 内実 は修 行 生 活 に課 され るべ 決 ま りをカ バ ー した の で あ り, それを

厳 密

かつ

継続 的

す る な ら ば, 【写真  】 タイ :後 列上段で椅 子に 座 っ て い る のが 比丘 後方で床に着座         し て い る のが比丘 尼, 前方左手数 名が一般在 家者, 前方 右手の         白衣を着 用した女 性

4

名お よ び前 方か ら

2

列目中央や や 左 手の        サ バ イを か け た白衣の女性が一時修行 者チー ・プラーム。 二 ロー      ターラム 寺 院,チェ ン マ イ,

2010

9

月, 筆者撮影。

(14)

 130      パ ー学 仏 教 文 化 学

出家者 と 同等の生活様 式を十分 保 証 した もの で あ るとい え る。 八戒を守っ て

修行生活 を送っ てい る限りにおい て は 修行者の生活

式は 出家者 の地位

っ 比 丘 や沙 弥 と大 差は ない 丘尼に代わ る事実上の 出

家者

と して生 き る メ ーチ ーは,

1969

年にタ イ ・メー チ ー協 会

Sathaban

 mae  chi  

thai)

を設 立 し, 八 戒の堅持, 服 装, 受 戒儀礼の手 続き, 規 範 的 作法な ど を規 定 し, 比 丘 ・ 沙 弥 が持 僧 侶 と して の 身 分 証 明書 と同様 「ナ ン ー ・ ィ バ ン 」

nangsu  sorthiban 授 戒 師 ・所 属寺 院 など を記 した メー チー として の 身分

書)

発 行

す るなど,

出家

を送る

修行者

で あるこ とを

制度

明確化

めてき た (16)。

 

その 一 方で メ ー チ ー と同 じ よ うに剃髪 し, 同 じ白衣を ま とっ て 人々 の

を乞い なが ら,

布施 集

め が

わ る と,

衣装

え, その 金で

家族

っ て い る

乞い

女性

, メ ー チ ー の

社会 的信頼

なっ て き た。 タ イ ・ー チ ー

協会

主 要 は, メー チ ー の 姿を借 りた

物乞

真剣

修行者

の メーチー との

峻別

を図る こ とで あっ た〔17)。 しか し, タイ ・メ ーチー協 会は,すべ けれ ぼ ならない 国家組 織で は な く, 希望 者だ けが加入する, 強制 力の ない 民問の ア ソシ エ ー シ ョ ン で ある ため タイ ・メーチー協 会の 会 員は 推 計

15

000

人 以 上存在す る と考え られ る タ イ全国の メー チーの う ち,

5

000

人程 度の みに と どまっ て い る(18)

には 厳 密な戒の 規定が ない こ とを積

的に

釈し,

自由

貯 金を

理 して

寺院

に対す る

高額

施を

ない

寺院 内

にお ける 自身の優越 的地位を確 保 した り,数か月ご とに修 行生活 と家 庭生活を頻 繁に 往復 した りする メー チ ー も少な か ら

ず存

在 し, こ う した 一

の メー チ ー い て は, 出

修 行

とし て の継

1

生 ・

恒常性

め て あい まい で あるとい わざるを 得ない 。

 

ー チ ー 」 とい う言葉の 定義 やメーチーの 社 会 的位 置づ けもまた, あい まい な も の であ る。 ときに は, 継続 的な女 性 修 行 者だ けで な く, チ ー ・ プ ラーム の よ うに一 時修 行 者で あ るこ と が 明 白な女 性 も含め て , 「 ー チー」 と

総称

さ れ る。 その 一

で ,

施や

持戒

心 な

在家者

に対 して

意 をこ め

(15)

ス リランカ ・タ イに おけ る女性 修 行 者と八戒 実践の諸形 態 131 て い る 「ソ クカ ー

パ ー リ語の up δsaka , updsikdi に 由来 した タ イ語で 男性在 家 者

性在家者

とい う語の概 念 範 疇に は,継 続 的に出家生活を送る メー チ ー も

まれる。 ラ ー ・ペ ブ リー

な ど, タ イ中西部の地 方で は ,い わ ゆ るメ ーの こ と を し て バ ーシ カー」 と呼ぶ こ と も あ る

q9

)。

 

問題は, メ ー元来, 修 行 生 活 L 時性 」 と在 家生活へ の

復帰

前提

に した戒である とい う点にあ る。 八戒の 受 戒に は, 具足 戒の 受 具 の よ うな大 掛か りな儀 礼を伴わず,

在家

との 決 別, 出家 者 とい う新た な 地 位へ の 移 行が社 会 的に示され る こ と もない 。 そ れ故, 個 人の 意思 や都 合に 応じて 八戒の 実践 と放 棄を選択す る こ とは 問題 視すべ こ と で はな く, 元 来の性 格 上

は, む しろこ うし た利便 性が確 保 され た 戒 律で あ る とい え る。 タ イ ・協 会 会 長 ー チ ー ・プラ テ ィ ンク ア オ ー , 「 ー チー と は八戒を守る ウバ ー シ カー で あ る」 と明言す る  。 こ の定 義に従 う な らば, 「ー 」 とい う

継続

的 ・恒 常 的な女 性

の み を排 他 的 に指 し示す こ とは困 難で あ り, 必ず し も出 家修 行を志 して お らず, 容 易に八 戒を放 棄し て 家庭 生活に復帰す る一時 女 性 修 行者 を,「ー 」 とい う語 【表

2

】現代 タイ上座 仏教徒の カ テゴリーと戒律 (筆 者作 成) 丶 一 一 _ −

 

i

    

男牲 女性 出家者 比丘 :二 二 七戒  沙 弥 :十戒 LL \ \ 比兵尼 一 ゴ 戒/ 〆         L1.ヒ ‘尸

   

尼く ::

      ゴr」 1、一 / / ’式 叉 摩 那 戒\ 一 \ 、 繍    ・一        鰓 黼 ,篝 ・ ・  艶 巾       

  

i

       一時修 行者         騨     灘 ・一・     パ (た だ し該 当例極めて少数) チ ー ・ 八戒 ・多くは有髪 、配

(注 1)一般在家者で ある ウバ ーソ ク, ウ バ ーシカーに とっ て の 五戒は, 出家者や修

   

行 者に とっ て の戒律 とは性 質が異な り,必 ず しも 全員が 自覚 的に 持戒してい     る とは限ら ないた め, 括 弧 を付 した。 (注

2

)表 中の波線は,その境界 が 不 明瞭で あ ること を示す。 (注

3

)本 表は,伊藤友美 「座 仏 教 尼僧 1 タ リ ラ 比 丘 尼 」 旅す

   

る アジ ア講 演会 (上智大 学 ア ジア文 化研究所 ,

2008

5

16

日)等の研究発       表で 使用し たス ライ ドを も とに して い る。

(16)

 

132

       パ ーリ学文 化 学

範 疇

から

除で き ない 。 ま た , タ イ で は, これ まで にも, あい まい な 「ー チ ー 」 とい う概 念 に代わっ て 出 家者 と して の性 格を 明確に し た新た な女

修 行者を導入 する試み が なされた が , そ れが

既存

の メ ー チ ーに とっ て

わる ほ どに, タ イ社会に定 着す るこ とはな かっ たの で ある (21) 。

えて

 

比丘尼サンガ復興運動の

持者

に は, ブッ ダが定めた女 性 出家者は比 丘 尼で あ り, ダサ シ ル マ ー ー チ ーは 四 こ に

さず,

出家修

行生

を送る女

の あ るべ

姿

で はい と主張し, 比丘尼復 興の 意

調 す るあ ま り,八戒ない しそのヴ ァ リエ ーシ ョ ン の 戒を継 続 的に実 践す る

修行

者を比丘 尼 よ り も劣っ た もの よ り不 完全 な もの と

じ る意

存在

す る。 しかし,

本稿

は, こ うした 主張に同調 する こ とを意 図し た もの で はない。

典 中

に明

に示されてい るとお り, 在 家者で あっ て も, 究

宗教

上 の目的 で あるニ ッバ ー ナ を遂 げるこ とは可 能で あ り,

具足戒

けて

出家者

となる こ とはそ の 要件 とは さ れて い い 。

現代

の上

座部仏教社会

に お い て もまた, 守る戒 律 や宗教上の ス テータス , ジェ ン ダ ー

わ ら

, 真剣 な修 行を通じ て優れた人

立 した人

して は,

しみ ない 称 賛が寄せ ら れ る。 そ の 意

で は,

とい う出

家者

とし て の 地位は,修 行 生 活の 必要 条 件で は ない。 こ の点 はすで に別

稿

で指 摘 した とお りで ある (22) 。

 

それで もな お,

わ れ た

丘尼 を

興 させ るこ との 利 点は, 何か。 そ れ は, あい まい さ の ない ,文

通 り,明 白な 「女 性 出家 者 」 と して の 出家 が可 能にな る点である。 この 点は, 比丘尼サ ン ガ復興推 進論 者だ けでな く,

分 が

際に 比丘尼とな るこ とに対 して 消極 的 なタ イの メ ー チ ー か ら も しぼしば 示され る見

で あ る(23)。 事実 上, すで に 出家 者 と して の修行生活を送っ て い るな らば, その 実 態に即 した社 会 的 ・

教 的

裏 付 け , 当 然 あっ て しか るべ き と も

え よ う。

 

ス リ ラ ンカ で は,

20

世紀 初 頭 のダ サ シル マ ー タ ーの導入 に よ り, 女性 出 家 者と して の宗教 的

役 割

践 を

立 し, さ らに

2000

年代以

比丘

寺院

(17)

ス リ ラン カ ・タ イに お ける女性修行 者と八戒 実践の諸形 態 133 か ら独立 し た独 自の 寺 院を持つ 主 要 な ダ サ ル マ ー タ ー とそ弟 子 た ちの 大 部 分が比丘尼に移 行 するこ とに よ り,名 実 と もに女

性 出家者

と して の地 位を 確立 し た。 一 部の有 力長老比丘 の

し を

て,女性修 行者が比丘尼 とい う 完全 な

家 者になる こ とを, ス リラン カ 社 会 が 受 け入 れ, 比 丘 尼 サ ンガ は着

な定

を見せ て い (24)。

 

他 方, タ イで は, 外 国の サ ン ガに よ る受戒 式を経て, 手続き 的に比 丘 尼 と して の

戒を

た した女 性が 少 しずつ 増加 し い るもの の, 大多 数の メ ー チ ーは タ イの 既 存丘サ ンガ か らの 支援

られ ない 比丘尼 受 戒の可 能 性 につ い て 否 定 的で あ る。 現 状で は, タ イの比丘尼た ちは, 既存の 宗 教 的権 威

す な わ ち比丘 の み か らなる国 家 サ ンガ

に よ る地位の 保 証が得 ら れ な い た め, 比丘尼 としての

受戒

安定

した

宗教

的 ・

会 的直 結 い ない と い う厳しい 現 実が ある(25)。

 

タイ ・メーチー協 会は, 比丘 と対等な 比 丘尼 として の地 位を求めず, 「ー チ ーは八 戒 を守る ウバ ー カ ー あ る

る一方で,

1969

年の創立 以来, 国 家の 法 に よっ て メ ー チ ー が 「家者 」 の 地 位に あ る こ と を

め, 選 挙の の 公 民権, 国 家 に よ る 医療や 公共 交 通運 賃の 補 助 等に関 して, 比 丘 ・ 沙 弥 と同等の 待 遇

け ら れ る よ う, 一

し て 訴え続けて お り, その 方 針 は今 日で も変わ る こ とが ない (26)。 しか し, 本稿 の考 察か ら明ら か な よ うに, 「る ウシ カ ー 」 は 義 的に

続 修 行 者 として の メーチーの み を 意 味 して い ない 。 元

の 八

性質

上, 八戒の 実践 者を 「出家 者 」 と定義す る こ とは困難なの で ある。 メ ー チ ー を 「 出家 者」 と定め る た め に は,継続八 戒 修 行 者 の メ ー チ ー を

の 八 戒修 行 者 と峻 別す る規 定が必 要 となる で あろ う。 しか し, その た め の 法 的 ・制 度 的措 置 られ なま ま , 民間の 一 ア ソ シエ ーシ ョ ン で あ るタ イ ・メ ーチー 協会が そ の

員の メ ー チ ー に限っ て, 厳 格な 八 戒 の

践 を励行す るに と ど まっ て い る。 メ ー チ ーの 現 状は, タ イの

宗教

す る

制度設計

任 と

権を有す る公 的機 関が, 女性修 行者の 宗 教的 地位の問題 に 無 関心で あ り続 けて い るこ と と,決 し て無

関係

で は な い 。

(18)

134 パ ー学 仏文 化 学

 

こ こ で ,

修行

に生涯を さ さ

宗 教 者 と して 生 き る 上座 部 仏 教の 女

に とっ て, 比丘尼 受 戒の機 会を復 活さ せ る こ との みが 出家者 と して の地位を 得るため の 一の 方 法だ と結 論 付けるつ も りい 。 しか し, 比丘尼サ ンガ 復興を求 め る動きに接 しなが ら も, 公 的 声明 を 一

, 沈 黙を保つ タ イの 国家サ ンガ の 姿勢は, 出家 者 と して 生 き よ う とす る女性 修 行

の 問題 に 真剣に向 き合わず,

善の

見出

そ う と して こ な か っ た

従来

姿勢

と 何ら変わ りない 。 比丘尼の 場 合で も,女

性修行者

の場

で も,

教の 「出家 者」 と して の地位は, 戒 律の問題で ある と同時に, 宗 教 的

威 を有す る公 的

機 関

不可欠

事柄

で あるに もか か わ ら

, 看 過 され続 けて い る問題 で あ る と 言 え よ う。 注 (

1

) ス リ ランカ と タ イ と比丘尼サンガ復興運 動につ い て はすで に別稿で論じ たので そ  ちらを照され たい 。 伊藤 友美 「タ イ上座部仏 お け る女性の沙弥尼 出家と  比丘尼 受 戒」 『東 南ア ジ ア  歴史と文 化一 』第

38

号 (

2009

年 5 月),

64

− 105頁 ; 伊藤 友美 「ス リ ラ   れ た ガ の  」 木 村文 輝編 『挑戦 す  る仏 教   ア ジ ア各国の歴史とい ま  』 京都 :法蔵館 ,

2010

年,

165

178

頁。 (

2

) 他 方, 日本語の 「僧侶 」 お よび英語の Buddhist monk とい う語は,上座 部仏 教圏  の社 会 集 団を問 題にする場合に は 」 と同義で ある と考えて ほ ぼ支障ない  た だ し, 「僧侶」 (monk )とい う語を, 出家 生活を送 る宗教 者全 般を指す概 念 と し  て使用す る際に は,

20

歳未 満の見習い僧で ある 「沙 弥 」 (novice )を含め た り, ジェ  ンダーを捨象して 「女性の僧侶」 とい っ た表現を し た りす る こと も ある。 (

3

) タイ で は,

1920

年 代か ら

1930

年 代に か けて社会評 論家 ナ リン ・パ ー トが  比丘尼サ ンガ復 興 運動を牽 引し た ほ か

1970

年 代に は ウォーラマ イ ・カ ビラシ ン  が 台 湾で 具足 戒 を受戒 して 比丘 尼 となっ た。 し か し, これ らの運 動は, 2000年代

 

以降の運 動ほ どの会 的広が りは見せ な か っ た。 詳し くは,

Tomomi

 

lto

, “

Buddhist

 Women  

in

 Dhamma  Practice 

in

 

Contemporary

 

Thailand

Movements

 

Regard

量ng  

Their

 

Status

 as  

Werld

 

Renunciates

77ie

ノ砌 厂η α

10f

 

Sophia

Asian

 

Studies

 No .17 (

1999

), pp .

 

151

5

参 照。

4

)中村元 ・福永光 司 ・田村 芳 朗 ・今野 達編 『岩 波仏 教事典

』東京 :岩波書 店, 1989

(19)

ス リランカ ・タ イに おける女性 修行者と八 戒実践の諸 形 態 135 (

5

) 佐々 木 閑 『 か』 東京 :大蔵 出版 , 1999 年, 209 頁。 (

6

) 例えば, タイ ・ ジ ア の性 修 行 者,基 本 的八 戒る とさ れて い  が,カ ン ジ ア の女性修 行者の 中に は 厳格な 修 行 を 日指して十戒を守るもの もい

 

れぼ,剃 髪 して寺に居住し ていて も,八戒で はな く五戒を厳 密に実践 す るこ と を自

 

らの修 行 とする もの もい る。 Donchee Ly 

Soeun

President

2004

年 当時

1

, 

Association

 

fbr

 

Nuns

 and  

Laywomen

 of Cambodia )

, イン タ ヴュ ー, 第

8

サ キ  女性 仏教徒会議 韓 国, ソ ウル, 2004 年 6 月。 ラオス の メ ーオ は本 的

 

八戒を守る とさ れ る が,そ の宗 教 実践に つ い て の 詳細な 研 究 を筆 者は知 ら ない

 

ミャン マ ー (ビル マ の テ ラ シン の一部や ス リ ラン カのダサ シル マ ーーは, 失

 

わ れ た 比丘尼に代わっ て,出家 者 と して生 きる女性の 立場 を明 確にす る た め に ,  敢えて 出家 戒に属す る沙 弥 戒 十 戒を守 るcHiroko  Kawanami , “Female  Renunciants

 

(Myanma [rl1Bu   a)” Frank E . Reynoldg. and  Jason 

A

 

Carbine

(eds .)

, The 嫌 σβ麗齢 碗

 

Berkeley

:University ofCalif ()mjaPress ,2000), 

pp

,85−95;Tessa 

J

. Bartholomeusz, 

Momen

 こJnder the Bo Tree’β 認 冨乃競 nuns  in 

Sri

 Lanka CambridgeCambridge University Press

  1994).

7

) Tessa J. Bartholomeusz Momen  Under the Bo Tree

, esp . Chaptcr 5.

8

)ク ス マ ・ィ ヴェ ン ドラ比 丘尼 (

Kusulna

 

Devendra

 

Bhik

  unT ),筆 者に よ るイン

 タ ヴュ ー , ホ ラ ナ (ス リ ラン カ),2008年 2 月21日。 比 丘 尼 受 戒 する以前の クス マ  比 丘尼の ような女性 在 家修 行が ス リ ランカで 一般 的 な もの か ど うかにつ い て は, 現  時点で は十分に確認で きて い な い 。 階層格差の大きなス リラ ン カ社会で は一定 以  上の 年齢に達 した 上流 階級の女 性が農 村 出身者の多い ダサ シ ル マ ーーの寺 院の 一  員 と なっ て修 行 生 活 を 共にす る ことは,決 して容 易で はない こ とが,これ まで の 調  査で明らか に なっ て い る。 クス マ 比丘 尼 の よ うに,仏 教に深 く帰 依 する上流 階級の  女性に とっ て は, 自宅で 八 戒を守る こ と は, 現実 的に無理の ない 宗教実 践の形 態で  ある と考え ら れる。

9

 Nirmala

 

S

. 

Salgado

“Religious Identities of  Buddhist Nuns :Training Precepts

  Renunciate Attire, and  Nomenclature in Therav訌

da

 

Buddhism

, 

Journal

 of the American

 Academy {ofReiigion , Vol.

 72

, No .4 (

December

 

2004

),

pp

935

953

IO

) スペ シャ ラー比丘 尼, 筆者に よ る インタ ヴュ ー,コ ロ ンボ (ス リラ ン カ

2011

  年

4

5

日。

II

) こ の 論 点 にっ いて は,近 預予定の

Tomomi

 

Ito

,“

Questions

 of Ordination Lcgitimacy

 

for

 Newly  Ordained Therav互

da

 Bhikkhunr in Thailand”, Journal ofSoutheastA ,sian 

Studies

 

VoL

 

43

No

1

February

 

2012

)を参 照さ れ た

吻  こ の 点に つ い て, 本稿で は論拠を提 示 し て詳 し く検 証 ・議 論す るこ と が で

(20)

136 パ ーリ学 仏 教文 化 学

 

Pionee

g

 Bhikkhmi  m’ 

Contemporary

 

Sri

 

Lanka

 alld  Thailand”, a paper presented at the

 

1 1th Sakyadhita 

lnternational

 

Conference

 on Buddhist Women , 

He

 

Chi

 

Minh

 

City

, 

Vietnam

 2010,

a3

)チ ェ ン マ イ県の寺院で メ ーチーと して修 行 し た経験を 持つ タ イ 人沙弥尼 によ る談

 

話,ニ ロ ーターラーム比 丘 尼寺 院 チェ ン マ イ

 

(タ イ),2010年9 月 19日。 團

 

こ う し た寺院で の 合宿研 修は,寺 院側が プロ グラム を作 成して 一般の参加者の

 

募る ケ ース も あ れ ば,学校や職 場の任者が尊敬す る僧侶に対 し て グル ー プで の合

 

宿研 修を依頼するケース も あ る。 著 名な僧 侶の い る寺 院で は, しぼしば,小 ・中 ・

 

高の青 少 年,大学生,公務 員, 警察 官, 企業の新入社員な どのグル ー

 

合宿研 修を受けて い る。寺院によっ て は, 男性の警察官や軍人, 公務貝等のグル ー

 

プを 5 日間か ら

10

日間程度 , 剃髪し た黄 衣の 比 丘 と して 一時 出家さ せ て,合宿研

 

修を行 うこともある。 その間 ,酒 ・バ コ ・麻 薬 ・博 打 ・性 的娯 楽な ど を慎み, 規

 

律正 しい生活を送 らせ ることに よ り, 賄賂や汚職な どの誘惑に負けず, 自己 を律す  るこ と ができ る道徳 的指針を身に着けさ せ る こ と を 目的の一つ としてい る。小さな

 

子ど も た ち を対 象と し たプロ ラム の 場合 には,男の 子を沙 弥, 女の子をメーチー  と して 一時出家さ せ る ケ ース も見 られ る。   東 北 タイ ・ウボーン ラーチャターニ ー県 出身で,現在マ ハ ーチュ ラーロ ン コ ーン

 

仏教 大 学 講師の メーチー ・クリ ッ サ ナー ・ラク サーチ ョ ーム (Mae  

Chi

 

Dr

. 

Kritsana

 

Raksachom に よ ると, 「 」 (pakhao)とい う語は, 元 来 , 「布 ・衣

 

lPha

 

khae

}を意 味 し てい る とい 筆者に よ る イン タヴュ ー,マ ハ ーチュ ラーロ

 

ンコ ー ン仏教大 学, バ ン コ ク (タ イ), 2008 年 9 月27 日。 カン ボ ジア では,今日で

 

も 「ー 」 と呼ば れる白衣の八戒男性修 行者をしばしば見か ける が, タイで は  パ カーオの存在はあ ま り一般 的で は ない 。

a6

)Rabiap  

patibat

 

khong

 sathaban 〃mae  chi thai (タ イ ・メーチー協 会行 動規則)参照。

 

タ イ ・メ ーチー 協 会会 長メ ーチー ・プラ テ ィ ン ・クア ン オ ーン (

Mae

 

Chi

 

Prathin

 Khuan

’ on に よ る と,タ イ ・メ ーチー協 会の会 員 と なっ て い る約 5,000人の メ ー

 

チーの うち,ナン スー ・ステ ィ バ ン を もっ てい る メーチーの数は約

1

000

人とい う。  メーチ ー ・プ ラ ティ ン ・ク ア ン ーン イ ン タ ヴュ ー パ ーク トー (タ イ)

2003

 

9

月 3 日。 僧 侶の 身分 証 明書につ い て は, 石井米雄 『上座部 仏教政 治社 会学

 

東京 :創文社

1975

年,

358

,369頁,注 (19)参 照。   Ito,  “Buddnist

 

Women

 in Dhamma  Practice”

1999

, pp .

150

151

,159− 160.

 

Ito

,“

Buddnist

 Women  in Dhamma  Practice”

1999

, 

p

.158.

19

ItQ

‘‘Buddhist

 Women  

in

 

Dhamma

 Practice”,1999, 

p

.171, 

footnote

 

15

  メ ー チー ・プ ラ テ ィ ン ・ク ア ン オーン イ ン タ ヴュ ー,パ ーク トー (タ イ),

参照

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続いて第 3

1、研究の目的 本研究の目的は、開発教育の主体形成の理論的構造を明らかにし、今日の日本における

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