数学教育における「証明」についての基礎的研究 : 数学における「証明」の史的モデル構築へむけて(1)
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(2) . 0巻 第2号 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第4 i l ion(Sec t i ty ofEducat onIC)Vo Journalof Hokkaido Univers .40 .2 ,No. 平成2年3月 Mar ch,1990. 数学教育における 「証明」 についての 基礎的研究 -- 数学における 「証明」 の 史的モデル構築へむけて (1) --. 杉. 山. 佳. 彦. 1. は じ め に. 本研究は数学教育における 「証明」 の指導を改善することを目的とするものである. 「証明」 の指 導については, 通常我国では 「論証指導」 と表現さ れている. この表現は, いわゆる 「論証幾何」 の指導と密接に関連しており, いきおい, 学年段階が 主として中学2年に限定さ れがち である. --「論証幾何」 の始期 である. ところが, 「論証指導」の問題は, この学年段階のみ属 することがらではなく, 学校数学全体に関 fに対する関心はそのことを示 してい i t roo onp わる問題と捉えることが妥当である. ÷÷近 年の ac 「 証明 ると考えることができる. それゆえ, 本研究では専ら 」 という表現を用いることとする. 本研究の基本的な発想は, 学習者がある種の数学的概念を学習する際, その概念の 歴史的な発生 過程を教室内である程度再現す・ることにより, より 「自然に」 学習可能であろう, という点にある. 「 「 r s このような種類の数学的概念は, Bye ,V の言葉を借りれば, 数学的知識の 形式」 と 内容」 と 「 「 の間に ”血縁関係″ がないような種類のものである (①) . 換言すれば, 内容」 の成長によ って 形 式」 が変化したり, 「内容」 の成長を促す形で 「形式」 が変化したりする場合が, 歴史的にはあるの だが, そう でない場合, ということである. 即ち, 「内容」 とは無関係に 「形式」 が変化し, その変 化が 「内容」 の成長を促すためとは解釈し難い, という場合がそう である. そのような事例として は, 例えば我々の使用する記数法があげられよう. あるいは, 必ずしも純数学的な概念ではないが, 筆法によ 測定に用いるメートル法もその 一つである. 本研究のテーマである 「証明」 --とくに演糸 「 る証明の重視という傾向--もその一つである. よく言われる 論証の意義」 の問題--即ち, 何 故演縄法による証明が重要なのかが学習者に 理解されにくい, という問題--は, そのことを如実 に 物 語 っ て い る.. r sの主張を改良しよう 筆者はこれまでに, Bye r sの主張を分析し(②) , それを手掛りとして Bye ある としてきた(③) . 一方, 人間と数学との間の関連と, 人間と法=道徳との間の関連とに ある, 「 種の類似性を指摘すること で, 証明」が, 数学の性格が変質することによ って, 変質する可能性が B r あることを指摘した(④) sの言う「歴史モデル」 (①)を構築す . 本稿では, これらを踏まえ, ye 「 るための余備作業として, 証明」 の変遷史の概略をのべ, そこから 「証明」 の類型を得ること を目 的とする. 変遷史の概略をまとめる際の基本的な視座は, 極力, 外的な要因をも考慮に入れたものであるこ とが望 ましい, という点にある, これは, 「ストロン グ・プロ グラム」 を基本的な 枠組みとすること で可能なことである. --「ストロン グ・ プロ グラム」 の数学教育研究に対する重要性については, 拙稿③, ⑤を参照のこと. 103.
(3) . 杉 山 佳 彦. 2. 「証 明」 の 変遷史 の アウ トラ イ ン 本節ではまず, 数学的 「証明」 の歴史的アウトライ ンを与えることを目的とする. 「証明」 の数学 における重要性は, 例えば 「数学の本質的性格は いうまでもなく 『あらゆるものを証明 しつくす というところにある 』 , .」 (⑥, p l) という言葉に端的に示されている. このような性格をもつ 「数学」 はギリシャ幾何学において誕生 した, とするのが通常である. そこ で, 本稿もギリシャ 幾何学を出発点とする. 初期のギリシャ 幾何学は, Szab6 ,A.(⑦) によれば, 経験的-視覚的なものであって, そこ では あ る こ と が ら を 「証 明」 す る と は, そ れ を 具 象 化 す る こ と で あ っ た. そ し て, こ の 一「証 明」= 「目. 象化」″ という図解的傾向から, =「証明」= 「演経」″ という反図解的傾向へ転じていった. ギリシャ 幾何学においては 「プラトン革命一 説--プラトンがこの傾向を変えるのに大きな役割を果たした, とす●る説--が知られているが,逆に プラトンは反図解的傾向を帯びていた当時の幾何学に触れた, と考えられる(⑧) . そして, 彼の学園を通して精徴にされていっ たギリシャの証明理論は, パッ ポ 「 スの 論集」 を通じて中世ヨーロ ッ パに大きな影響を与えていく. この著作は, 数学の問題解法を 集大成したもの で, 特に 「綜合一 --諸原理からの下 降--と, 「解析一 --諸原理へ の遡上--に よ っ て 知 ら れ て い る.. 「 後に述べるが, この 「解析」 , 綜合」 が単なる数学的な問題解決の方法 であることを止め, 広く 真理一般へとその適用範囲を拡大してゆくのは, 中世ヨーロ ッ パにおいて であっ た. 中等・高等教 育において, ユークリ ッ ド幾何学の教授を重視する遠因となっ たのは, この適用範囲の拡大であっ たと考えることができよう. 「 デカ ル ト, パ ス カ ルと い っ た 人 達 も こ の 線 上 に あ ら わ れ て く る. デ カ ル トは 「解 析」 ,. 綜 合」 に つ い て 次 の よ う に 記 して い る.. 「証明の方法には2種がある その1つは解析 すなわち分析であり 他の1つは綜合 すなわち , , . , 構成である. 解析は, 事柄を方法的に発見するための真の見通しを示すものであって……. しかし, この証明のしかたは, かたくなな, あるいは注意の浅い人には適切なものとはいえない. ……綜合 はこれとは反対に, 全く異なった見地に立っ て, 推論の結果の真であることを,明らかに証明する.」 (⑧, p67から引用) 「 「 ここに見られるように,.デカ ルトにとって 「解析」 , 綜合」 両者ともに 証明」 であって, 前者 「 「 は 真の見通しを示すもの」 , 後者は どんなかたくなな人でも認め ざるを得ないようなしかた で明 らかに証明するもの」 であ った. 同 様 なこ と は パ ス カ ル に つ い て も あ て は ま る. そ して, デ カ ル ト が 「綜 合」 よ り も 「解 析」 を 重. ん じたこととは逆に,●というよりも 「綜合」 に対してより積極的に, 「説得術」 としての価値を与え た, という点で異なる. このような, 「真の見通しを示すもの」 としての 「解析」 と, 「説得術」 としての 「綜合」 を統合 し, 「筋道立てて物を考える術」 として捉えたのが 「ポールロワイヤ ル論理学」 であった. この中で は, ある事柄を 「自明な明証的命題」 に帰着せ しめる術と しての 「解析」 と, 「自明な明証的命題」 から導出せ しめる術としての 「綜合」 という 見解がとられている. 数学の内部 では, 「解析」 は代数解析の発展にともなって再 び勢いを得ることになる. この当時の, 「直観的明証性」 に帰着させ, あるいはそこから導出する術としての 「証明」 という 104.
(4) ● 1. . . ‐ . ・ ・ ー ・. . . 考えは, 非ユニークリ ッ ド幾何学の成立によ って一大転換を強いられた. この結果, 「証明」の基礎 となる公理・公準は 「直観的明証性」 をもつものなどではなく, 単なる仮設にすぎないのだ, とす る立場が登場した. その「行きつく先」が, 形式主義的立場であり, その立場からは, 公理とは「無 定義概念」 を用いて述べられた仮定であり, ある命題が真であるとは, その命題が該当する体系の 公理系から演縄的--「綜合」 --に導出されることである, と捉えられるに至 った. 上述の形式主義的立場も, よく知られているように, ゲーデルによって崩壊させられた. にもか かわらず, この観点は, 真理一般から数学内部へとその領域を縮小することで命脈を保ち, 代数学 者であるネーター, あるいは ブルバキを経由して, 現代数学の主流を占めるに至っている. 以上が, 「証明」 の史的変遷のアウトライ ンである. しかし, 以上の記述には 多くの疑問が残る.. 例 え ば, 近 世 ヨー ロ ッ パ で 隆 盛 と な っ た 「解 析」 は どこ で 「綜 合」 に 座 を ゆ ず っ た の か, と い っ た. 点である. これらの点については次節以降でやや詳しく 見てゆくこととする.. 3. 「原論」 の形成期 前節で述べたように, 数学的証明はギリシャ 幾何学に始まる, とするのが常である. この主張が 成立する理由は, ギリシャ 幾何学が 「原論」 の形成を可能にしたからである. すなわち, ギリシャ においてはじめて, 定義, 公理, 公準から出発し, 論理的な証明によって定理群を導き, 理論体系 を構築する, という方法が可能になったのである. 本節では, この時期での 「証明」 の性格をみて ゆく. 3 .1 .. 「原 論 以 前の 証 明 」. Szab6は, 「証明する」 という意味に用いられている語の用法を調査すること で, 「原論」 成立以 前の 「証明」 は, 「具体的な視察可能化 (具象化)」 であった, としている (⑦) . しかし, 当然のこ 「 とであるが, 単なる視察可能化のみで 証明」 として通用したと考えることは できない, というの i は, その具象化が「証明」として機能しているか否かの吟味が不可欠だからである--ac t onproof はこの吟味をも体系化したものと評えることが可能である. この 点に ついて, Szab6 は次のように . 「もちろん もし具体的な視察可能化が単にそれだけで 一個の数学上の証明として通用 しえたと , , 主張しようというならば, 事は明らかに逆であろう. なぜなら, なるほど証明しようとしたことは ……直観的に示されているにせよ, 《証明》それ自体は, 見られたものが理解されることによ って初 めて成り立つからである. (⑦, p22 ) 3 「 それゆえ, ここ では 具体的な視察可能化」 を核とする論理的省察を伴っ たものとしての 「証明」 という類型が取り出される. しか し, 「原論」 の特質は反具象的, 反経験的な技法にある. 従って, 「ユークリ ッ ド以前のある時機に 一つの注目すべき転換が現われてきた 具体的な視察可能化は , . もはや 証明と しては通 じなく なり, 人々は数学上の主張の正当性を他の仕方 で示すように模 索し た。」 (⑦, p232 ) Szab6に従えば, この変化の最大の転換点となったのは通約不能量の存在であった .. 105. ・ . ● .・ ′ ● . ● J. ● ● . 11. ●. ... 数学教育における 「証明」 についての基礎的研究.
(5) . 杉 山 佳. 彦. 3 .2 . 通約不能量の存在証明 通約不能量--現在でいう無理数に相当する--の存在は, ピタ ゴラス学派が確認し, 彼らの教 義に対立するものであっ たことから長らく 秘密とされていたことはよく知 られている. i tz 通約不能量の存在を示す図解的証明として知られているのは, Rademache r . H.と Tbpl ,0 に よるもの である. 彼らの方法は互除法を利用するもの である. これを簡単に述べておこう. A, Bの量があっ たとき, A=mC , B=nC (m, nは自然数) となる量 C をA, Bの通約単位 とよぶ. 互除法は, この通約単位を求めるための手続き であり, 次のように表現できる. CがA, Bの通約単位 (A>Bとする) であれば, C はB, A-Bの通約単位である. 所与の2量A, Bに対し, この手続きを繰り返すことで通約単位Cを求 めるわけ である. 通約単 位Cが存在する場合には, この手続きは有限回で切 れ--A=Bとなる--Cが求められるのであ る. ところが, 無限に続行可能な場合, そのような場合は, そのようなCが存在していないことと な る.. 通約不能量の存在は, 互除法の手続が無限回続行可能 である, という形 で捉えることができるの である--事実, 「原論」 にはこのことを述べる命題がある. tz に よ る 証 明 と は 次 の よ う な も の で あ る. さ て, Rademacher ,Tbpl. 図のように, 正方形 ABCD の対角線 AC 上に, D AB=AE となる点Eをとり, EC を 辺 と す る 正 方 形を作図する. すると AB , AC の通約可能性は AB , EC の通約 可能性に 依 存する. とこ ろ が, EC=EF= BF で あ る か ら, こ れ は EC と CF の 通. 約可能性に依存することとなる. 正方形の一辺と 対角線の長さの間の通約可能性が, それより小さ. ・. c. \ 、 、. E クベ. な 正 方 形と 一 辺 の 長 さ の 間 通 約 可 能 性 に 帰 着 さ れ. F. たこととなる. これは明らかに 無限に続行可能で あ る.. しかし, この証明をまさに 「証明」 として受け とめるためにはかなりの訓練が 必要である, とい A う の は, こ の 作 図 を 続 行 す る こ と で得 ら れる 正 方 形 は 小 さく な り, そ れ に と も な っ て, 対角 線 の 長. EからBcに垂線を立てると、 交点Fは Fc=EF=FBをみたす。. さと一辺の長さの差はしだいに消滅して ゆくから である. そして最終的には, 差が0となり, 通約量が見出されると解することが経験的には自然だ からである. 直観に依拠する限りは, この見方を反駁することは不可能である. このことが, 我々になじみ深い帰謬法による 「証明」 へと転回させた一つの契機であった. この 帰謬法はエレア学派 (後述) から取り入れたもの であった. l Wi de r .(⑨)が言うように 反経験的な態度の採用が, 体系的な数学を生み出すことに必然的に ,L つ な が る, と は 考 え に く い, と い う の は, こ の 時 点では図解的証明 では説得力があまりない--と. 号性をもたない--ゆえに, 反図解的態度をとらざ 言うよりも, かなりの訓練を前提として しか説才 るを得なか っ たの であるから, 全面的な反図解的態度の採用とはなり難いであろう. 従 って,「全て を証明しつくす」 という 「反図解的態度」 の全面的採用に到るには, 別な要因が必要である.. 106.
(6) . . 数学教育における 「証明」 についての基礎的研究. 3 .3 . 体系的数学の成立へ 反図解的能度の全面的採用へと到っ た主要な要因は, Szab6によ れば, エレア学派との論争に あ っ た.. スは, 一定の世界観の下では時間, 空間, 運動などが論理的に矛盾をもたらす観念であることを示 そうとするもの であったとされる (⑦) . しかし, 彼らの主張は, 幾何学が空間の知 であるゆえに, 幾何学を反経験的--即ち理論的 に 構築することは不可能であり, それゆえ幾何学は理論的には不可能 である, とするに等しいもので あった. Szab6は, エレア学派の人には幾何学の理 論的構築が不可能であることを示すために, 幾 何学者の主張のいくつかを前提としてそこから矛盾が生ずることを示そうとしたのであろう, と推 測している (⑦, pp346-374). 「してみると かつてエレア学派が理論数学の推進派にいどんだと推定される論争においても , , エレア派は, その疑問とする主張を帰謬法のための仮定として前置し, そこから矛盾を導くことを 期待したに違いない. ただ--サボーも言うように--どうやらエレア派のこの帰謬法は成功しな かったよう である. つまり, 『原論』の諸理論から矛盾は導けなかっ た. しかし, その反面, 数学推 進派にとっ て望ま しいこと, つま1 )矛盾は決して出ないという保障も得られず, 年月のみがいたず らに過 ぎてしま った.」 (⑩, p43 ) こうして, 体系のみが後に伝わり, アリストテレスに典型的に 見られるような, 「第一原理」から の堅固な体系として再解釈されてゆくこととなる. 上述した経過は概ね, 次のように整理されよう. ①図解的証明から反図解的・反経験的証明への転回は図解的証明 では十分な説得力を有しえない ような問題状況の出現を契機として起っ た. ②幾何学的存在は理念的存在であるため--さもなく ば, 互 除法の無限回適用は不 可能 である --, この反図解的傾向は, 他の命題に対しても波及していっ た. ③これに加えて, 上のような動きに対する批判勢力が存在し, 彼らは帰謬法によ って幾何学の理 論化が不可能であることを示そうとした. 一方, 数学者たちは矛盾が出ないことを確認しようとし た. 体系化への動きは, このような動機付けによ って生じた. ④上述の動機が忘れ去られるに従って, 「第一原理」 からの論理的導出による 「真なること」 の保 障をする, という再解釈が生れた.. 4. 中世 ヨー ロ ッ パ に おける 数 学 中世ヨーロッパは, ギリシャ 幾何学に代表される理論数学と それとは別個な伝統 をもち 歴史 , , 的にもより古い実用数学--ともに数学と 呼んでいるが この両者は全く 異なる伝統に属するもの , であった--とが流入し, 混合し, 変化を遂げることで代数解析の発展を準備した期間であると見 る こと が でき る.. 中世初期においては, 商業, 測量などの実際的応用に主たる関心を有したローマ文化の継承の域 を出なかったが, 後期になって大学の設置に伴い, ギリシャ・アラビア文化の摂取という動きが顕 107. ●. ●●. ・ ● ● ● . . . . ● . ・ ●●. ●. ● ’ .・. エレア学派は思惟のみによ って認識することを至上のこととする, という反経験的態度と, 運動 なし, 時間なし, 空間なしという格率を有していたことで知られる. 有名なツェノンのパラ ドッ ク.
(7) . 杉 山 佳 彦. 著になっ た. そして, アリストテレス哲学・科学の復興という一連の動きの中で, 「原論」 の研究が 行なわれたの である. Mahoney .(⑪) によ れば, 一方では実用上の目的のため, 他方 では聖職者教育, 教会と国 ,M.S 家の統治などのために数学が学ばれた. そして, 特に後者はアリストテレ スの著作の理解のためと, 「原論」 の中での議論の仕方を学ぶために 教授・学習された , . これとは別に, 実用数学は測量術によ って代表される実際幾何や, 算術技法としての代数は, 大 学で教授される理論数学とは独立して, 存在していた. しかし, 時の経過とともに, この両者が交渉し始める. 実用幾何について言えば, 種々の測定法, 器具等が理論幾何学を根拠として説明され始めるのである(⑪) . とは言え, 代数は依然として技法 のまま であり, 実用数学の流れに属していた. そして, 一種 の文字代数--コスの技法と呼ばれる --の発明により, 幾何学的言語÷÷主として実体を対象とする言語÷÷と別種の, 関係を記述す る言語を用意することとなっ た. このことは, 幾何学が存在論と密接に関わってくるのに対し, 代 数が存在論から遠 ざかることを可能にしていっ た. そして, この点が近世における代数的手法の流 布の一因をなしたと考えることができる (⑪) .. 5. 近 世 ヨ ーロ ッ パ の数 学 この期は, 代数が幾何に桔抗するに至る時期 であると表現できる. それは, 中世において生れた 代数技法の更なる発展--これは ヴィ エタによ って行なわれた--による存在論との関わりからの 脱却と, 個々の方程式の処理 ではなく, 既知数を文字で表現することにより, 方程式の構造自体を 思考対象とすることが可能になっ たことによる. しかし, このことだけで代数が技術から学 問へと移行した, とするには無理がある, というのは, 代数における推論方 法÷÷方程式に代表される--は 「解折」 のみ であ. ったのに対し, 学問の地位 「 「 標語的に言えば た幾何学は 綜合 を旨としていたからである にあっ 」 , この時代においても, 第 , 一原理」 からの演経こそが真の認識を獲得する術であり,.それが学問であったのである. こ の 転 換 は, Mahoney(⑪)に よ れ ば, ラ ム ス に よ っ て も た ら さ れ た も の で あ る. ラ ム ス は, パ ッ. ポスにおいては数学の問題解決技法 であった 「解折」 を, 教授方法として拾いあげたのである. 「伝承されたテクストのままのギリシャ数学の中で 特にラムスに気に入らなかったことは 貧し , , い方法と彼がみなしていたまさしくその厳密 性であった.……そのようなテクストによ ったのでは, ) 学生は自立した活動と数学における業績に直接繋がるものは何一 つ学べなか った,」 (⑪, p16 7 ラムスは, 教育的意図に 基いて, 「綜合」 を遠 ざけ 「解折」 を重視したのである. そして, 代数は この 「解折」 と関連づけられて, 数学の一 つの潮流となっていっ たのである. この 「解折」 重視の 立場はデカ ルトによ って引きつがれ, 「真理一般」 に対する方法として称揚されるに至った.. 6. 近 代 以降 の 数 学 近代以降は, 主と して2つの転回 点が存在する. その一つは, 代数解折の 「綜合」 化であり, 第 二は, 公理主義の 登場である. 本節ではこの2つの転 回点を順を追 って見てゆくこととする.. 108.
(8) . . 「 6 .1 . 代数解折の 綜合」 化 本項では代数解折--前節でも触れたように, その価値は, 洞察, 明断さを学習者に与えると同 時に, 発見法としてもすぐれている, という点にあ った--の全盛期から, ゴーシーによる 「厳密. 言 っ て よ い.. 近代科学は16 7世紀の科学革命によって成立したの ではあるが, これがただちに 科学の制度化 ,1 を生じさせたわけ ではない. 科学の制度化が生じるためには, 科学研究を職務とする集団の存続が 必要である. しかし, そう ではなかっ たからである. 「1 6 , 17世紀の科学革命によ って, 確かに解析的数学, 力学, 機械論的光学などの学科が形成され た. けれどもそれらの学科の担い手であるガリレオとかニュ ートンとかの学者は, 子供時代から数 学者・科学者になるために育てられたわけではなか った. 彼らはむしろルネ ッサンスの風潮を受け て, 古代ギリシャにおける理論的学問の頂点と考えられていた数学の教授と してポストをかろうじ て得ていたにす ぎない. その教授職も 将来科学者を目指す学生にむかって講義することを目的とし て設立されていたわけではない. 天分のために科学者となり, 極めて孤立した環境の中で科学を行 ) なっていたと言ってよいであろう。」 (⑫, p2 44 この状態は1 7世紀後半から1 8世紀にかけても同様 であった. 当然, 数学もこの流れの中にあり, 個人研究を専らとしていた. このことが, 「ともかく前進, 信念はあとでできる」といったスローガ ンに代表される 「帰納的」 数学の全盛を築くこととなった. しかし, この状況はフランス革命の 申し子とさえ表現されるナ ポレオンによ って築かれたエコー ル・ポリテクニクと, ナポレオンがもたらした戦争の 衝撃によって, 一変す る. エコール・ポリテクニクでは, 本項で特に重要なこととしては, アカデミーの会員である科学者 が 教 官 と な っ た こ と が あ げ ら れ る. こ の, エ コ ー ル・ ポリ テ ク ニ ク の 重 要 性 は, 例 え ば, そ れ ま で. ●-ル・ポリテク 問題解決のテクニッ クとして散在していたにす ぎない画法幾何, 解折幾何が, エゴ ニクの設立を契機として, 一 つの専門分野として自立した, ということにも見出すことができる. 「実際 数学史家が一致して認めるように1 8世紀末ま で解析幾何学は自律性をもった学問分野と言 , た ・ 個々の問題を解くために部分的に幾何学に応用されてい えるものでは なかった. 解折的手法は, にす ぎなかった. ……1 8世紀末でのアカ デミーの学者にとってはそれで十分であった. すでに学問 的実力をもっているアカ デミーの学者は体系立てて 一 歩からその手法を学 び直す 必要はなかった … ….」 (⑫, p270 ). これは, 解折幾何学, 画法幾何学は問題解決の技法をポリテクニークの学生たちに教授するため に体系化されたものであることを意味する. これと同じことが, 代数解析にも言える. この体系はゴーシーによる 「解析教程」 となって結実 した.. ここ での 「綜合」 への回帰はそれゆえ, それま で散在していた解析的手法を, 学生たちに教授す るために, 体系立てる必要から生じた, と考えることができる.. 109. ● .. 発 し, フ ラ ン ス革 命に よ っ て 口 火 を 切 ら れ, そ の 後 全 ヨ ー ロ ッ パ に 派 及 し た - - に よ っ て 生 じた と. .. 性革命」 に至るまでの流れを追う. 代数解折は, コスの技法に端を発する代数技法と, 問題解決技法としての 「解折」 が合流して生 じた流れであるが, 何故に 「厳密性革命」 という形で 「綜合」 に道をゆずっ たのかが, 興味の焦点 である. この 「綜合」への回帰はその後の数学的証明の 基調となってゆくゆえ, 重要な時期である. 「綜合」 への回帰へと至る流れは 代数解折の成功に加えて 科学の制度化--科学革命に端を , ,. ● . ・ .. ・● .. .● ・. . ・..●● . ,.● ・ r ’ 、.. 数学教育における 「証明」 についての基礎的研究.
(9) . 杉 山 佳 彦. 、数学の危機″ から現代数学へ 、 6 .2 . 数学をも含めた制度化された科学の興隆は, フランス ではナポレオンの独裁によ って沈滞を余儀 なくされ, 代って ドイ ツが引き継ぐこととなる. これはフランスに学んだ近代大学建設によ っても たらされた. 即ち, 科学が大学にとり込まれ, 科学研究・科学者養成が大学の任務となるのである. これは, 産業の発展による科学と産業の緊密な関係によ って強く動機付けられた. 数学に関連しては, ベ ルリン大学にゼミナーノレ÷÷ヤコービによる--が誕生すること で, 大学 における数学者養成がはじまり, 自然科学の分化が促進された. そして, 数学は自然科学から自立 し, 自身のうちに基礎をもつ u純粋数学″ の枠内で非コークリ ッ ド幾何学が受容されていった. かような数学は, いわゆる u数学の危機″ を経て, 現代数学へと至る. 本項ではこの推移の重要 なステッ プとなっ た, 数学基礎論論争, 抽象代数学の隆盛, 構造主義数学をみてゆくこととする. 6 .2 .1 数学基礎論論争から公理主義へ 数学基礎論論争の契機とな ったのは, いわゆる集合論の パラ ドックスであり, その当初において 数学的存在に階層を導入して, 自己言及的な言明を排除しようとす は, ラッセルによる解決策 るもの--と, ツェ ルメロによるもの--集合論の公理化--とがあった. しかしいずれも十分な 解決策ではなかっ た. そこ で登場する 立場が, 形式主義と直観主義である. (i) 直観主義 直観主義の立場は, 実無限を認めないこと, 排中律の適用に制限を加えること, およ びその存在 論によ って特色付けられる. 直観主義の立場からの 「数学的存在」 は, 経験とは無関係 であり, 基本的直観によっ て明示的に 構成さ れた存在である. このような立場にあっては, 排中律の無制限な適用は不可能である. そし てそれ故, 集合論の パラ ドッ クスは解消される. しかし同時に, 古典数学の多くの部分を放棄する こ と に も つ な が っ て ゆ く.. (i i) 形式主義 形式主義的な立場の具体的な表明はヒルベルトによる 「幾何学基礎論」 においてなされた. これ はある数学理論を パラ ドッ クスから救い出すために, その理論からは矛盾が生じないことを示すこ とを目的とする方法であっ た. そこでは, 無定義概念を用いた公理系による理論の体系化, という 手法がとられた. この立場は後により深化され, ついには体系化の際に利用する 「論理」 までも考察の対象とする こととなり, いわゆる 「証明論」 へとつながってゆくことになる. そこ では, 無内容な記号の列と しての命題と, その記号の列を変形する推論規則とによる記号操作が 「証明」 である, と・いう見地 に ま でつ き 進 ん で し ま っ た.. 上述の2 つの立場の間で行なわれた論争はその後, 新たな形式主義によ って風化されてゆく. 形式主義の立場それ自身は, ゲーデルの結果--不完全性定理として知られる一一によ って挫折 するわけ であるが, ヒルベ ルトの採用 した形式主義的方法が, 全く別な角度から脚光を浴び, 支配 的な思潮となっ てゆくのである. この思潮を, 佐々 木 (⑫) は 「ヒルベ ルト=ネータ パラ ダイム」 と呼ぶ. この思潮の下で, 形式主義はいわゆる公理主義へと変質し, 全く異なった色彩を帯びるこ と と な る の で あ る.. この 「ヒルベ ルト=ネータ パラ ダイ ム」 の新しさは, 数学にとって特定の対象が重要なの ではな. く, それらの間の関係が重要なのであり, その関係は公理論的に定式化されるのだ, という観点に 110.
(10) 数 学 教 育 に お け る 「 証 明 」 に つ い て の 基 礎 的 研 究. あ っ た. こ の パ ラ ダ イ ム へ の こ と で あ っ た. そ し て ま い う 哲 学 的 な 問 題 か ら も, こ の よ う な 特 質 を も つ 公. の 転 換 が 代 数 学 の 分 野 で 起 っ た の は, 代 数 の 特 質 か ら 見 て, た, 伝 統 的 な ユ ー ク リ ッ ド 幾 何 学 の ひ き ず っ て い た 存 在 論 と 自 身 を 切 り 離 す こ と を - - 少 な く と も 見 掛 け 上 - - 可 能 に し 理 主 義 な 代 数 学 は, フ ァ ン ・ デ ル ・ ヴ ェ ル デ ン の 教 科 書 「 現 に よ っ て 決 定 的 な 広 が り を み せ た. 公 理 主 義 的 な 手 法 は, 更 に, フ ラ ン ス の ブ ル バ キ 学 全 数 学 へ と 拡 大 さ れ, 構 造 主 義 数 学 を 生 み 出 す こ と と な る の で あ る. 「 ブ ル バ キ は 形 式 的 - - 公 理 論 的 方 法 を 数 学 の ほ と ん ど の 基 礎 的 領 域 に 広 げ る . 結 合 算 数 的 構 造 は 言 う ま で も な く, 順 序 構 造, 距 離 概 念 の 一 般 化 で あ る 位 す る. 集 合 は 種 々 の 数 学 的 構 造 に よ っ て 目 か ら の 内 容 を 豊 か に し て 集 合 は, 代 数 的 に は 体 の 構 造 を も ち, 大 小 関 係 に 関 し て は, 三 つ の ち い ず れ か が 成 り 立 つ と い う 全 順 序 構 造 を 備 え, さ ら に 通 常 の 距 リ ッ ド 空 間 と し て 定 義 さ れ こ の 構 造 主 義 数 学 に よ っ が あ る 」 と い う 考 え 方 も, を 介 し て 捉 え ら れ た 「 自 然. る こ と に な る . 」 ( ⑫ , p 5 7 5) て, 古 典 的 な 数 学 者, 数 理 物 こ れ ま で と は 違 っ た 風 に 解 釈 」 は, も は や 実 体 的 な 「 自 然 数 学 そ れ 自 体 は 存 在 論 的 な 問 題 か ら 自 由 と な り. 極 め て 当 然 の 関 わ り と た. 代 代 数 学 」 派 に よ っ て 法 に よ る 代. 相 の 構 造 な ど を 公 理 論 的 に 定 義. ゆ く. た と え ば, 普 通 の 実 数 の 背 反 的 な 関 係 ( >, =, <) の う 離 の 位 相 に よ っ て 一 次 元 ユ ー ク. 理 学 者 の 担 っ て い た 「 事 実 の 構 底 に は 数 学 さ れ な け れ ば な ら な く な っ た. 数 学 的 構 造 」 で は な く な っ て い る か ら で あ る. , そ の 結 果, 当 初 は 数 学 の 基 礎 り け を 目 的. 一 方, と し た 数 学 基 礎 論 が 数 学 の - 分 科 へ と 変 質 し て ゆ く こ と と な る.. 7. 「 証 明 」. の 類 型. で の 記 述 を も と に, 「 証 明 」 の 類 型 化 を 行 う. こ れ は, 今 後 の 不 可 欠 な も の で あ る. 的 に は, あ る 命 題 の 正 当 性 を 主 張 な い し 確 認 す る た め の も の か 」 と い う 問 い に 答 え る も の で あ る と す れ ば, 「 証 明 」 は 「 い 正 し い こ と が 分 る か 」 と い う 問 い に 対 す る 答 え で あ る. ( ⑩) そ れ ゆ え, 「 証 明 」 た め に は, 「 証 明 」 の 対 象 で あ る 命 題 が, 何 に つ い て の 命 題 で あ る の か を 考 慮 す る 具 体 的 な 事 実 に つ い て の 命 題 で あ れ ば, 具 体 的 な 事 物 に 対 す る 何 ら か の 行 為 に よ 本 節 で は, 前 節 ま デ ル の 構 築 に と っ て 「 証 明 」 は , 基 本 「 な ぜ … … で あ る の. う る .. 「 あ の カ ラ ス は 黒 い 」. と い う 命 題 を. し, 具 体 的 な 事 物 で な い 場 合 に は, そ の 事 シ ャ 幾 何 学 に お い て は, コ ン パ ス と 定 規 に れ 以 外 の 器 具 を 用 い た 「 証 明 」 は 「 証 明 」 い る. ま た, 「 基 底 定 理 」 に 対 す る ヒ ル ベ. 「 証 明 」. す る に は , 「 あ の カ ラ ス 」. で あ る. 「 説 明 」 が か に す れ ば そ れ が. ‐. ● ●. ・i1 一 1 ’ :. .. : 一 1 … 」 1. ●.. ・. ‐. ●● 1. :. ,Lr. r.. ﹈ .. ﹈ -. .. E. 』! -. の 類 型 化 を 行 な う 心 要 が あ る. 実 際, っ て 「 証 明 」 さ れ. を 見 せ れ ば よ い .. 物 が ど の よ う な 性 格 を 有 す る か で 異 な よ っ て 構 成 可 能 な 図 形 の み が 対 象 で あ と し て 認 定 さ れ な か っ た, と い う 事 実 ル ト に よ る 「 証 明 」 (④ ) も 数 学 的 な 命. 題 か ら 自 由 に な る こ と で 効 力 を 発 揮 し 得 た も の で あ る と 考 え る こ と が で そ れ ゆ え, 以 下 で は, 何 を 対 象 に し て ど の よ う に す る こ と が 「 証 明 」 け て 類 型 化 を 行 う. 「 原 論 」 形 成 前 後 の 数 学 的 対 象 は , 通 約 不 能 量 の 議 論 に 見 ら れ る よ う 在 で あ っ た. そ し て そ の 際 の 「 証 明 」 の 仕 方 に は 「 具 象 化 」 に よ る 方 法 る 方 法 が あ っ た. そ の 説 得 性 の ゆ え に, 前 者 は 後 者 に 道 を ゆ ず り は じ め 的 に し た の は エ レ ア 学 派 と の 論 争 に あ っ た. そ の 結 果, そ れ が 「 原 論 」 築 す る 要 因 と な っ た.. よ り 詳 細 な 歴 史 モ. . ・.. き る. で あ る か,. し か. る で あ ろ う. ギ リ っ た が ゆ え に, そ は, よ く 知 ら れ て. 題 が 存 在 論 的 な 問 と い う 視 点 を 設. に, い わ ば 「 理 念 的 」 な 存 と 反 経 験 的 な 「 証 明 」 に よ る の で あ る が, そ れ を 決 定. に 見 ら れ る よ う な 体 系 を 構. 111. ‐. ..
(11) . 杉 山 佳 彦. 次いで 「証明」 に大きな変化が起るのは, 近世において であ った. この時期は, 「解析」 が 「真理 一般」 に対する発見法として, またラムスによって, 洞察をもたらす方法として採り上げられた. この「解析」は代数的技法と結びついて, 後の代数解析へと発展してゆくこととなる. 一方, 「綜合」 は, パスカルによ っ て 「説得術」 としてとりあげられた. そしてこの両者は 「すじみち立てて考え る術」 として捉られてゆくこととなっ た. 近代に入っ て, 科学の制度化が生じ, 数学を研究する学者たちが自己の研究結果を学生たちに教 授する, というシステムが出現する. その結果, それま で散在していた解析的手法を体系化する必 要が生じ, 形而上学的概念--不可分量などの概念--を基とする手法から脱却し, 定義に基づく 数学へと変化を遂げた. この体系化の中で主役を演じたのは, 「綜合」 であっ た. その後起 った大きな変化は,「ヒルベ ルト=ネー の であ っ た.こ こ で の 対 象 は も は や 実 体 では な く, 対 象 間 の 関 係 で あ る. そ し て こ れ を 公 理 論 で体 系 化 す る こ と で, コ ー ク リ ッ ド的 体 系 - -「綜 合」を. 方法とする公理論的体系÷÷への復帰を成し遂げ た.. 法. 方. タ パ ラ ダイ ム」 に お け る 公 理 主 義 数 学 に お け る も. 象. 具 綜. 合. (演. 対. 象. 化. 理. 念. 的. 存. 鐸). 理. 念. 的. 存. 在 在. 綜 合(説 得 の 方 法). 真. 理. 一. 解析 (明 明断性ある方法 断性ある方法) 解 析(. 真. 理. 一. 代 数 的 な 解 析. 式表示された関係. 綜. 合. ・ (演 演 (. 揮) 揮 ),. 般. 般. 対 象 間 の 関 係. 以上を類型として表にすれば次のようになる.. 8, 結. 甑. 本稿 では, 「証明」 の史的概略をもとに類型を得ることを目的とした. 前節 での表がそれである. しかしながら, その変遷の動機の記述はきわめて不十分である, たとえば, 近代における 「ともか く 前進, 信念はあと でできる」 といった風潮は自然科学--とくに物理学--における数学的方法 の成功に裏打ちされてのことであり, 今世紀における公理主義の形成においても, 物理学における 成功によるところが大きいとされている. このような, 他の諸科学との相互交渉による影響も相当 程度考慮する必要があるが, 本稿での目的である 「証明」 の類型化を行なうにあた っては, なしえ なかっ た. 今後, モデルを構築する際には, 是非考慮に 入れる必要がある. また, 近代から現代に至る部分は, 特に数学教育における現代化との関連で, その経過をより詳 細にみる必要がある. これは稿を新たにして行なう べきこと であろう. 本稿からの数学教育への示唆として, 次のことがあげられよう. 第一に, 「証明」を指導する際に は図形領域と数領域のどちらがよいか, という点についてである. 前者 では--学校教学に関する i t 限り--実体ある存在が対象であるゆえに, 容易に 「具象化」 され易く--ac onproof は そ の 一 「 つの手法である--, 反経験的 証明」 の必要性を喚起するには相当な準備が必要であることがみ こまれる. 後者では, 関係それ自体が対象であるがゆえに学習者にとっ ては, 初等段階でなじんで いる実体概念とは異質であり, なじみにくいと思われる--数学教育にお ける関数 指導の困難さも こ の 点 を そ の 要 因 の 一 つ と し て い る と 考 え る こ と が で き よ う. i ion proof 第 二は, act on proofに 関 連 す る こ と であ る. 本 稿 の 冒 頭 でも 触 れ た よ う に, 近 年 act. i を 「論証幾何」 の前段階に位置付けて指導を行おうとする試みがなされている. このac t on proof は理論的省察を伴う 「具象化」 という点で, ギリシャ初期の 「証明」 と同質のものと考えることが できる. とすれば, この手法では十分な説得性をもちえない限界的な事例 を利用することで, 反経 112.
(12) . 数学教育における 「証明」 についての基礎的研究. 験的な「証明」 の有効性を体験さ れることが可能になるかもしれない, という 見通しが立てられる. その際には, そのような 「証明」 の有する説得性が重要なものとなってこよう.. 引用・参考文献 i ? Byer cs s y Studythe History of Mathemat ,V. Wh N INT.J .IPPI-10 .TECHNOL.1980 . MATH.EDUC.SCI , o. ①. V.Bye r sの意味での 「形式的理解」 および, その背景となる 「数学史」 について 85年 (中国四国教育学会) pp362-364 教育学研究紀要 第31巻, 19 (印刷中) 数学史を数学教育研究に利用する際における仮設についての考察 拙稿 聖文社 1 98 9年12月発刊予定) 所収, 数学教育学のパースペクティ ブ ( 平林一栄監修 数学教育における 「証明」 についての基礎的研究 --「証明」 の位置付けについての考察 (1) -- 拙稿 9年, (西日本数学教育学会) pp123一130 数学教育学研究紀要 第15号, 198 「帰納」 と 「演繕」 に関する-考察 稿 拙稿 4 3号, 1 9 87年 (西日本数学教育学会) pp41-4 数学教育学研究紀要 第1 l -1I ( 岩波書店 ) 5 1 3 現代数学の思想と数学教育の現代化,思想 No 赤摂也 p p 、摂也 . , , A 玉川大学出版部 Szab6 ギリシア数学の始原 1 9 7 8年 中村他訳 , ,.. ② 拙稿 ③ ④ ⑤. ⑥ ⑦. 中村幸四郎 ⑧ 中村幸 ⑨ ⑩ ⑪ ⑩. Wi l der . ,L. 数学史--形成の立場から 昭和 56年. 共立出版. l hemat i I Month i i The Ro l thod ca can Mat omat c Me y No eofthe Axi .94 ppl15-127 .Amer. 1 9 8 1年 村田全 日本の数学・西洋の数学 M Mahone S 歴史における数学 佐々木訳 y , ... 中央公論社 1 983年 勤草書房. 科学革命の歴史構造 上・下 1 9 85年 岩波書店 佐々木 佐々木力 P T 19 84年 法政大学出版局 合理的思考のすすめ ⑲ Geach 西勝訳 ,. .. 附記 9回例会においての発表をもとに加筆・修正したものである. 本稿は, 西日本数学教育学会第2. 113.
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