博 士 ( 農 学 ) 小 川 英 彦
学 位 論 文 題 名
マウス初期発生におけるギャップ結合の形成機構と 機能的役割に関する研究
学位論文内容の要旨
胚の体外培養は哺乳動物初期胚の発生機構の解明に必要な技術であるとともに、核移 植や遺伝子導入等の技術による家畜の遺伝的改良に有効な手段である。培養環境や培養 液の組成の改善等により、胚盤胞への発生率が高くなってきているが、体内発生に比較 してまだ大きな差がある。また、培養液への添加物質の胚発生への作用機序についても 不明な点が多い。哺乳動物胚の初期発生において、マウスでは、胚ゲノムの転写が2細 胞期で開始され、8細胞期に形態的に大きな変化(コンパンクション)が起こる。この 時期を境に細胞聞コミュニケーションが中心体チャンネル‐カゝらギャップ結合チャンネル ヘと変わる。本研究では、ギャップ結合形成機構の解明並びにギャップ結合形成を制御 する要因と胚発生への意義を明らかにすることにより、マウス胚の発生過程に於けるギ ヤップ結合の機能的役割を解明することを目的とした。得られた研究成果は以下のよう に要約される。
1‐マウス初期発生過程に於けるギャップ結合の形成機構
ギャップ結合構成タンパク質であるコネキシン43 (Cx43)は4細胞期中期にすでに合成 されて いる(第5章)が、ギャップ結合の形成が認められるのは、8細胞期中期以降で ある( 第4章第4飾 )である ことを明 らかにし た。ついで、4細胞期胚を割球分離し、
4細胞中 期及び後 期に再集合させて、ギャップ結合形成への4細胞期胚の割球間接着の 関与を調べたところ、4細胞期前期での割球間接着の阻害によルギャップ結合形成の遅 延が認められた。このことから、割球間接着を介してギャップ結合形成とそれを制御す る 細 胞 間 情 報 伝 達 系 が 4細 胞 期 に す で に 存 在 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。 ギャップ結合構成タンパク質(Cx43)の租面小胞体からゴルジ体への輸送を阻害するブ レフェルジンA (BFA)を用いて,Cx43の細胞内輸送開始時期を検討し、その開始時期が 8細胞時期初期であることを明らかにした(第4章第3節)。さらにウエスタンブロット 法を用いてCx43産生量の検討を試み、8細胞期後期から16細胞期中期へと胚の発生が進 むにっれてりン酸化Cx43が増加することから、ギャップ結合形成にCx43のりン酸化が関 係していることを明らかにした。(第5章)
2.ギャップ結合形成を制御する条件
4細胞期胚の割球間接着の有無がギャップ結合の形成に関わっていることから、ギャ
ップ結合形成を人為的に制御することを試みた。赤血球凝集能を有するレクチンの1つ であるフィトヘマグルチン(PHA)を培養液に添加したが、PHAにはギャップ結合形成促進 の効果は認められなかった(第6章第2節)。次いで、タンパク質のりン酸化酵素プロ ティンキナーゼを活性化するdibutyryl cAMP (dbcAMP)及びプロティンキナーゼを活性 化する12−Oーtetradecanoylphorboト13ーacetate (TPA)を用いてギャップ結合形成の促進 効果を調べた。ギャップ結合は,dbcAMP添加により促進され(第6章第3節)、TPA添加 により阻害された(第6章第4節)。Cx43のりン酸化のギャップ結合形成への関与を明 らかにするために、dbcAMPあるいはTPAを添加したときのCx43の発現をウェスタンブロツ ト法を用いて調べた。いずれを添加してもツン酸化Cx43の増加が認められたことから、d bcAMPによるギャップ結合促進はりン酸化Cx43の量の増加により、TPAによる形成阻害は り ン 酸 化Cx43の コ ネ ク ソ ン 形 成 を 阻 害 す る こ と に 因 る と 考 察 し た 。
3.ギャップ結合形成の制御が胚の発生に及ばす影響
ギャップ結合形成の制御がマウス胚のその後の発生に及ぼす影響を明らかにするため に、体内受精胚と体外受精胚を用いてdbcAMPおよびTPAによルギャップ結合を促進または 遅延させ、胚盤胞への発生率、胚盤胞の総細胞数および内部細胞塊の細胞数への影響を 調べた。dbcAMPの添加は、無添加区との問に著しい差は認められず(第7章第2飾)、
ギャップ結合形成の一時的な促進は、体内受精、体外受精いずれの胚でもその後の発生 に影響しないことを明らかにした。また、dbcAMP添加培養時間を長くしたとき、内部細 胞塊数の細胞数が増加したことから、細胞内でdbcAMP濃度の上昇により、内部細胞塊の 細胞増殖が活性化されることが示唆された。
以上のことから、マウス胚の初期発生過程において、Cx43は8細胞期初期の細胞内輸 送により細胞膜に移動し、8細胞後期にりン酸化すると同時にギャップ結合を形成する ことを明らかにした。また、ギャップ結合の形成の一時的な促進は胚の発生に効果がな いことを明らかにした。dbcAMPは胚盤胞形成時期に添加することにより、総細胞数を増 加させることなく内部細胞塊の細胞数を増加できたことは、今後の体外培養技術の改善 に新しい知見をもたらした。
学位 論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
清 水 大 久保 近 藤 上 田
学 位 論 文 題 名
弘 正彦 敬治 純治
マ ウス初期発生におけるギャップ結合の形成機構と 機能的 役割に関 する研 究
本 論 文 は 図22、 表21を含 む105頁か らな る和 文論 文で 、別 に1編 の参 考論 文が 添え られ て い る 。
マ ウ ス 胚 は 、8細 胞 期 に 形 態 的 に 大 き な 変 化 、 コ ン パン クシ ョン 、が 起り 、こ の時 期 を 境 に 細 胞 問 コ ミ ュ ニ ケ ーシ ョン が、 中心 体チ ャ ンネ ルか らギ ャッ プ結 合チ ャン ネル へ と 変 わ る 。 本 研 究 で は 、 ギャ ップ 結合 形成 機構 の 解明 、ギ ャッ プ結 合形 成を 制御 する 要 囚 と 胚 発 生 へ の 意 義 を 明 らか にす るこ とに より 、 哺乳 動物 の胚 発生 過程 にお ける ギャ ツ プ 結 合 の 機 能 的 役 割 を 解 明す るこ とを 目的 とし た 。得 られ た研 究成 果は 以下 のよ うに 要 約 さ れ る 。
1. マ ウ ス 初 矧 発 生 過 程 に 於 け る ギ ャ ッ プ 結 合 の 形 成 機 構
ギ ャ ッ プ 結 合 構 成 タ ン パ ク 質 であ るコ ネキ シン43 (Cx43)は4細 胞期 中期 に既 に合 成さ れ て い る が ( 第5章 ) 、 ギ ャ ッ プ 結 合 の 形 成 が 認 め ら れ る の は 、8細 胞 期 中 期 以 降 で あ る こ と を 明 ら か に し た ( 第4章 第4飾 ) 。4細 胞 期 胚 の 割 球 を 分 離 し て 、 時 期 を 変 え て 再 集 合 さ せ 、4細 胞 期 前 期 に 割 球 間 接 着 を 阻 害 す る と 、 ギ ャ ップ 結合 形成 の遅 延が 認め ら れ た 。 こ の こ と か ら 、 ギ ャ ッ プ 結 合 形 成 を 制 御 す る 細 胞 間情 報伝 達系 が4細 胞期 に既 に 存 在 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
ギ ャ ッ プ 結 合 構 成 タ ン パ ク 質(Cx43)の 粗面 小胞 体か ら ゴル ジ体 への 輸送 を阻 害す るブ レ フ ェ ル ジ ンA (BFA)を 用 い て ,Cx43の細 胞内 輸送 開始 時期 を検 討し 、そ の開 始時 期 が8 細 胞 期 初 期 で あ る こ と を 明 ら か にし た( 第4章 第3節) 。 さら にウ エス タン ブロ ット 法に よ りCx43の り ン 酸 化 の 時 期 の 検 討 を 試 み 、8細 胞 期 後 期 か ら16細 胞 期 中 期 へ と 胚 の 発 生 が 進 む に っ れ て り ン 酸 化Cx43が増 加す るこ とか ら、 ギ ャッ プ結 合形 成にCx43のり ン酸 化 が 関 係 し て い る こ と を 明 ら か に し た ( 第5章 ) 。
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2.ギャップ結合形成を制御する条件
4細 胞期胚の割球間接着の有無がギャップ結合の形成に関わっていることから、ギャ ッ プ結合形成を人為的に制御することを試みた。赤血球凝集能を有するレクチンの1つ であるフィトヘマグルチニン(PHA)を培養液に添加したが、PHAにはギャップ結合形成促 進効果は認められなかった(第6章第2飾)。
次いで、タンパク質のりン酸化酵素であるプロティンキナーゼAを活性化するジブチリル cAMP (dbcAMP)及びプロティンキナーゼCを活性化する12ーO―テトラデカノイルホルポー ル‑13−エステル(TPA)を用いて ギャップ結合形成の促進効果を調べた。ギャップ結合 は ,dbcAMP添加により促進され(第6章第13節)、TPA添加により阻害された(第6章第 4飾)。Cx43のりン酸化のギャップ結合形成への関与を明らかにするために、dbcAMP,TP Aを添加したときのCx43の発現をウェスタンブロット法により調べた。いずれを添加して もりン酸化Cx‑43の増加が認められたことから、dbcAMPによるギャップ結合形成促進はり ン酸化Cx43の量の増加により、TPAによる形成阻害はりン酸化Cx43のコネクソン形成を阻 害することに因ると考察した。
3.ギャップ結合形成の制御が胚の発生に及ばす影響
ギャップ結合形成の制御がマウス胚のその後の発生に及ぼす影響を明らかにするため に、体内受精胚と体外受精胚を用いてdbcAMPおよびTPAによルギャップ結合を促進または 遅延させ、胚盤胞への発生率、胚盤胞の総細胞数およぴ内部細胞塊の細胞数への影響を 調べた。dbcAMPの添加は 、無添加区との間に著しい差は認められず(第7章第2節)、
ギャップ結合形成の一時的な促進は、体内受精、体外受精いずれの胚でもその後の発生 に影響しないことを明らかにした。また、dbcAMP添加培養時間を長くしたとき、内部細 胞塊の細胞数が増加したことから、細胞内のdbcAMP濃度の上昇により、内部細胞塊の細 胞増殖が活性化されることが示唆された。
以上のように、本研究はマウス胚を用いて、初期発生過程に於けるギャップ結合の機 能的役割を明らかにし、発生学上ならびに体外培養技術の進展に大きく寄与するもので あ り ます 。 よ って 、 審査 員 一 同は 、 最終 試 験 の結 果 と合 わ せて 、本論文 の提出者 小 川 英 彦 は 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に十 分 な 資格 あ る 者と 認 定し た 。
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