著者
斉藤 弘行
著者別名
Saito Hiroyuki
雑誌名
経営論集
巻
23
ページ
23-41
発行年
1984-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005798/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja経営組織 と役割形成 の間題
斎 藤 弘 行 は じ め に ’= 個人 が組 織のなかに 加入し た りj る事象であ って , そ れ以外 の何 もの でも ない。 組 織の構 成員に な るこ と, そ こ で何 かの 役割を 引受け るとい うこ とは, 先 ず もって 公式的 組 織に 加入し な け れば ならない とす る 自明の原則 があ る。し か るに 他 方で,い まだ に, 公式 性を 無視し た,い わ ば人 間関係 の みを 主 張す る議 論が 見ら れ る。 し かし 我 々の課題を 経営組 織に と るなら ば, そ れは 明ら かに 公式的 組織で あ り, あ ら ゆる人間活 動はそ の公式 性に ょ っ て規定 さ れ る。 人 間は 構成員に な るこ とであ る。 そ うし てはじ め て, 種 々な 役割 が人 間に 加わ り, あ るいは 除 外さ れ るこ とに なる。 我 々は ここ では, 構成 員 の役 割 がどの よ うに組合わ さ れる かとい う問題 と, まとま りのあ る役 割を つ くるには どのよ うな具体的 な選択お よび省略 行動(これを体験獲得ともいう)をし な くては なら ない か と い う鋼 題につい て語るこ とに す る。 ‥ ∇ と くに この場合, 我 々の想定 す る場 とし ての組 織は 経営組 織であ るが, 論 述 の経過に おい て, 経営事 象に こだわ ら ない こ と もし ばし ば生じ る。 それは, 企業活 動に のみ限定し ていた の では組 織 のこ とは 語 れ ない ことを 証明す るの に ほ かならない。 ただ, どのレ ベル の組 織を 考察す れ ば≫ 組織構成 員 の役割 の 説明がつ くかは また難し い 課 題 であ り, ここ では答 えら れない。 以下におい て我 々は もちろ んルー マン の所 説に従 っ て1) 成 員 とは 何 か, 成 員資 格 とは ど うい うものか, 役 割の 意味(定義ではない! )な どについ て順 次説明を 加え ることにす る。 I 役割組合わせの問題 組織構成員の役割範囲の設定人 が組織に 加入し た り組 織 から 退出し た りす る土 台 とな る組 織 とは, こO 場 合には, 組 織 の構 造的 基 本 が定 まってい るとい うことを知 ら なけ れば なら ない。 人は この構 造を 目安 にし て組 織に 入 った りそ こから 出た りす るのだが, この構造 とは, こ こでは 役割 の組 合わせ がど うな ってい るか, 役 割 の区分が ど うなってい るかを示 す こ とであ る。 こ の役割を 知 ると公式 的 組 織の 特色が は っき りし て くる。 こ のこ とを 「人 の避け るこ とのでき ない 構 造 的 基 本 決 定」 とい うが, 意 味はい ま語 られた 通 りである。 そ れに ょっ て組 織 の内部の 特色がきち ん と決 って く るとい うこ とに なる2)。 例え ば, 組 織のシ ス テ ム的 特性に 着 目す れば, サブシ ステ ムが果す 機 能の まとまりを 役割 とみ・る ことが でき る。 そ こでは他 のシス テ ムもあ り, 上 位シ ステ ムもあ り, あ るい はサ ブシ ス テ ムもあ って相互 関係 が存在 す る とみるの だが, このこ とは 例え ば 販売 部門 がただそ れだけ では 存 在し ない こ とを 語る だけ で十 分納 得 のい くこ とであ る。 要す るに 我 々の関心 のな かにあ る事柄は, 役割の組合 わせ が構 造 だ とす る先 程 の認識を支 持す るこ とであ る。 そ うすれ ば構 造は 誰 かに よっ て定めら れ るのであ る が, そ れぞ れ のシ 不テ ムに よって,また 相違 が でて くる。 機械 ならばそ の設 計者 の考えを 反 映す る。 生 物的 有機 体は 形態 学的 には 遺伝 子が 決め, 進化的 発展 過 程を とる ものとさ れ る。 ところ が 組織 の構造は 人 間 の意思決定に よって決 って くる。 こ の人 間 の決定は単こ の決定 行為 が, 一 度なさ れれば 済む こ ともあ るし , 決定を重 ね て 行って, 次第に 決定 内容 も進 化す るこ と もあ るが, どち ら でも構 わ ない。 こ の場 合に, こ こで の我 々のテ ーマはこ の ような構 造○ 進化 プ1==・セ スを 考え るこ とではな くて, 組 織の内的 情況, つ まり役 割の構成 が ど うなってい る か であ り, その こ とは, 機 能, つ まり実 施さ るべ き事柄0 組合 わせ が ど うな っ てい るかとい うこ とであ る。 これ が,い うまで もな く役 割な のだ とす る3)。 前に 語られた 如 く経営組 織は 公式 化された シ スニテ ムとい うこ とに なっ てい る。 このな かで人 間 が活動 す るとい う意味は, そ のシ ステ ムの構成 員に な る ことであ る (これについては加入と退出の問題として述べられる)。 構成 員に なっ てはじ めて権利 を 行使し 義 務を 果 す ことがで きる。 他0 事情を 別にす れば, 組 織のことは 組 織の成員 が 先ず も って配 置し , また処 理 すべ きこ とであ って, 外部 の者が とや か く言 う筋 合い の ものでぱない。 問題 が横道に は ずれそ うに な るので もとに もど るとす れ ば, 我 々は成 員り
役割につい てこ うい うように 言 うこ とがで きる。 つ ま り成員に な ることに よ って ,「あらゆ る成 員に とっ て統一的 な, 役 割期待 範囲 が かたちづ くられ る」 ことに な る4)。 組 織の外 部 から, あ れや これ や の自己 の役 割を 推測し , あ る いは 理論上は こ うす べき ものとし て設 定し た とし ても, 個人 の役 割は ど うに もならない。 これはい わ ば役 割 の無 秩序 状態 の なかに 個人 が置かれ てい る よ うなものであ る。 システ ムに 加入 す るこ とに より人は 自分 のなす べき 範囲を 知 り, ど うすれ ば よい かの判断をつけ るこ とがで きる6 統一 性を 与え るのがシ ステ ムだとい うこ とがで きよ う。 そ れは, 成 員 とは 自己 の活動 範囲に つい て組 織, その他 の成 員 の期待に合わ せて の活動 可能 性を 持つ も のだ とい うこ とがで きると共 に, こ うす るこ とに より, 他 の役 割と の接 触を 可 能に す る。 そ れ と同時に 成 員役割が どれ も同一 にな るこ とを 含 んでい ない。 我 々は この点に も注 意し な くては ならない。 何故な ら, 普通には, 構成員 に なるこ とは まるで誰 もが同斗 の細 分化 された 職 務を 果す こ とだとい う風に 考え がちだ が, 実はそ うでは ない から であ る。A √B,C と異 なる成 員に対 し て全 く同¬ の, まと まった 役 割期待 範 囲があ るなど とは 常識的に も想像 で きない。 そ こ 懲個人 は成 員に 先ず なっ てお い 七, それ から,「他 の役割に 接 近す る」 こ とに なる。 接 近す る とい うのは,十成員 役割を 負担し , そ こから具 体的 な種 々の 役割を受け る よ うに なる とい うこ とであ る。 シス テ ムの公式 化 とは丿 要す るに 具 体的 経営組 織に 関し て 言 うなら ば, 組 織活動が ます ます 細分化 され てきて,多 数 の経営活動 が出現 す るこ と, また そ うし なけ れ ば 経営 活動 が果さ れない こ とを 含 む。 そ れは 構成 員 の役割がそ れぞ れの まとま り(単位)の な かに 配 置され る ことを 示 す と共に, 種 々 な 役 割を 果し, 同 種のな かで も(期待に合うように)異 なる活 動を す るよ うに させ ら れてい るこ とを 示す。 換 言す れば各人 ぱ た とえ 同じ 種類 の仕事をし てい て も絶対に同一 の仕事をし ていない のだ とす る一般的 認 識 があ ると共に, それ を 保証し てや るのがシ ステ みの公式 化, ないし は 公式 的 分化 とい うこ とがで きる。「役割 単位 のなかに コソ ス タソ トのエレ メン ト と変動的こ二レ メ ン ト が 含まれてい る」 とい うこと がで きる5)。 ` 役割 と伝 達活 動の効用
システ ム分化 が役割の単位を次 々に形成して行く様相は理解できるけれど も,その単位には当然ながら, コンスタントのエレ メン トが存在する。成員 があ る仕事単位に存在し 活動することは成員が組織のた めに仕事し たならば それに対する報酬支払い の義務が構成員の側にあるのはい うまでもない。モ れと共に,成員はシステムを どう管理指導したら よい かを決定できなくては ならない。これは成員の権利とし て規定されていることを含む6)。この よ う にし てあらゆる構成員は 自己 の活動単位のなかで, システ ム指導を進めるこ とができるけれども,他方でそ うし なければならないこ とになってい る( こ れを 規定されるとい ってもよい)。 そのような事 象はさしあたって成員にたいする期待とし て語られるけれど も,成員がシステ ムのなかで活動するのは言語行動なめ だとする認識並びに。 期待が次にくる7)。 もちろんこの言語行動 とは日常会話 がなされる‘とい っ た 程度の事柄をいらてい るのでない。 言語行動は口頭的な 行動も,文書的表現 も含めて,あらゆる組織の行動を 結びつけ, また個人 が自己 の存在を主張す ることを可能にするもめとい うことができる。組織が公式的期待を持ち,す べての人がこの期待を 負担するのは言語を通すことであ る。 言語が公式性を 与えるとい う命題はここから くる。これを拡大するならば,言語的行動が, 「期待の制度化を 可能にする」 とい うことができる8)ノ 言語が存在するから こそ各人はそれぞれの役割が決ら てい ることを認識し, それによってほぼ間違いなく自己 の責任を果し, 権利を 行使できるのである。 とい うこ とは既に√「期待が制度化し てい る」ことを知らせるのにほ か な ら ない。 言い換え ると,組織においては, 通常考えられることを超えた,著し く異質な役割は期待されない とい うことである。組織が巨大化し てくるとこ の現象が多くなることは,今 日の大企業 がよく官僚化し たといわれるのとよ く似てい る9)。 ‥ ‥ ‥ ‥‥‥ 従ってここでは 組織の構成員はある譲歩をせざるをえなくなる。 組織にお いても個人はいう も自己の重要性を意識し ていて, 自己 の役割においても当 然そうだ と思い がち である。 し かし,「成員は, た とえ 自分に固有の行動が 重要でない とし ても, 組織の目的を肯定し,組織指導者 の意思決定権を認め, あらゆる公式的規則を守り, また支持し なければならない」 ことが公式性の なかでは本筋のようであろ う1O〉。
構成員は こ の ようにし てシ ステ ムのな かに完 全に埋 没し てし ま うかとい う と,’実は そ うでは ない。 シ ステ ムの 規則に 従 うこ とは かえ って 自己 の主 張を し てい る ことな のであ る。 逆 説的 にな る が, 成 員 が積 極的に か 消 極的に かを 問わず, 例えば 経営 の意 思決 定に参 加し な くて も, 忠 実に, 誤 りな く役割遂 行に 勤む ことは 既にそ れだけ で, そ の個人 の存在 が重 要視 され る基 盤をつ く ってい ることな のであ り, そ のこ とは 当該 個人 の存在 理 由を 強 く示し てい る ことにな る。 このことは構 成員 の 自己 表示 であ る11)。 経営におげ る従業員 が上位者にた いす る要求をす る か ど うかに かかお りな く, 自分の所 在を 明示 で きるのは そ のような言 語行為 以外に は ない。 言語表示を す ること は この際 には, 主観的 な判 定問題を 超 え てい る とみ なす6 それはい わば誰 が 見て もそ うな のだ とす る印象を 強 く与え るこ とを 暗示す る。 よほ どの常識外 的 精 神構 造の持主で な い限 り√構成 員 の役 割へ の コ ミット メン トは 言語 行為 とし て の価値 のな かで 認めら れ ることに。なる。 こ れに つい て,「言語的 表 現 行動は,ニ構成員 の成 員 役割 の部分であ り, 社会的 構 造を 客観化す るのに 役立 つ」 とい う陳述のな か に。本 質を 見 出すこ とが でき る。 白 ‘・ ニ 組 織の成員 が この よ うにし て自己 表示 もし くは 自己 説 明をな すこ とは, 成 員 がそ の役 割のな かで 活動し てい る証明 であ る。 そ の内容は,「伝 達的 表 現 行為」 だ とい うこと がで きる12)。 こ こで自己 表示 とい った のは 要 求した り, 反 発し た りす る こ とでは な くて, 先程に示し た 如 く, 自己 の役 割の遂行そ の ものをい うのであ り,そ うす る こ とに より, そ の行為 が伝達的 様相を持つ と い う意味 であ る。 そ の とき 「こ の表 現行為 が公式的期 待 の証 明 を 内 容 と す る」 ことに な るであろ う。 シ ステ ム成員 の限界設 定 犬 各人は 組 織の構成 員 とな る と同 時に, 自己 の役割 領 域の 設定に 従 事す るこ とに な る。 そ の ことは シ ステ ムのエレ メン ト とし て どの よ うな 特別な結果を もたら す行為を す れば よい かに つい て 考慮し,そ ○範 囲と 限界を 定め ようと するこ とであ る6 とい うの は 当然 ながら=シ ス テムO 側で成 員に たいし て 給付 行為を 期待し てい る からであ る。 そ れは役 割が,「 特別 の 役割」に なったこ とを 意味す るo
し かし 特別の役割が定まったとい うことは,成員が加入 の状態から,具体 的活動に入ったことを示すとし ても,なおそのこ とが,構成員の各人力;上位 者の地位を決めるとい う立場にないことは明らかだ。 自己 の役割範囲を設定 することと上位者の位置を認知するこ ととは別のことであ るとい う理解であ る。 上位者の役割から 自己のそれとが区分されることは許可の事柄ではない。 モのときには,構成員は上位者の指示の拒絶は可能だとす る理解が重要なO である。い うまでもなく, 拒絶行為は矛盾の発生し ない ような「慎重な廻り 道」を とることが必要である。 成員役割のな かにこ のような拒絶行為を認め,それを含めるとい うことは, 役割はむし 右特別の(具体的)役割としてあ ることを示す。「成員役割のなか に変動的 コン ポーネントがある」とい う意味はそれであ る。つ まり,受動的 な,固定的な役割ではなくて,成員の裁量に応じた範 囲の規定がなされると い うこと七あ る。y ,‥ ただし構成員の行動が無制限に任意的かつ自由だ とい うので な く て。,「7=Z ミュニケーショソ行為のための一般的な成員規則に よって, 個人はもはや任 意に行動することができない ように既に定 まった情況のなかにい る」ことも 明ら かである。そ うい う解釈に立つならば構成員は全く の自由ではなくて, 「あ る選択的標準が設定されてい る」ことになる13)。いちいち具体的 に ど う するか決められていない とい うことであるから, 任意○行動が不可能だとい うことにはならな,い かもしれない。要するに上位者もし くは指導者のもとに 従属されていると共に, 各人に固有の特別な職務を果す ことは成員の認める こと七あっ七,この事柄を 自由かそ うでないかの議論に変えるのは間違いで あ る。 成員が自己の固有の役割範囲を設定することはシステ ム条件を受入れたこ とにほかならない。個人の特殊な役割を他人 とは異なって果すこと,つ まり, 個人が自己 の活動に公式的範囲のなかで没頭することができるのは,すべて システ ム枠内で, システム化とは何かを知るからにほ かならない。それは, 「個人 が, 自。已の成員資格を放棄す ることなし に; システ ムにおけ る自己の 特殊役割を交換し, 他の権限領域関係お よび従属関係へと移行することがで きる」 ようになったことを知らせる。 レ ノ犬 この前提には,成員役割のなかに,予め公式的個人役割を見込んでおくこ
とがあるo つ まり,成員役 非公式的 役割 の重要 性14) 成 員役 割のな かに2 つ の可 能 性(恒常性とバリエーション)を 認 め るこ と は, 他方で, 非 公式的 役割を 認め る素地を つ くる15)。 も とも と公 式 化さ れた シ ス テ ムに おい ては成 員 役割の な かでは 非公式的 役 割は 予 知 され ない ものとし て 含めら れない こ とに な ってい る。 非公式 的 役割を 果 す こ とは成員 資 格づげを 形成 す るとい うこ とに は直接 にはな ってい ない の であ る。 他方 で, システ ム 機能を み る と, 非公式 的役 割は十 分に機 能し てい るの であ り, シ ステ ムのな かに 組込 まれてい る。 シ ステ ムの成員 とし て活動 す るに は成員 資格形成に かかお りな く,「非 公 式的に, し かし なお , 役割 期待 の尺度に 従って 行動す る」 ことは 確 かであ る。 それは, 成 員 の活動 が単純 で ない 証し であ り, 成 員は 自己 の周辺 の事 情につ い ての情 報獲得を 要す るから であ る。 さらに, 自分 よ り下 位 者の交渉 もし く は 上位者 の意 思決定 の確立 のた めに ど うし ても公式 的 成 員 役割 では 間に合わ なくな る。 また, 個人 的 な不満 の放出は公 式的 な成員 役割 のな かでは できな い こど も常 識であ る。 し かし こ の場合 で も,成 員 が本来的 な役 割を 放棄し たの ではな くて, 公式 性を 維 持す るため の対応をし てい るのかもし れない。 非公 式的 役 割が形成 さ れ るのは, このほ かに上 位者 が「 習慣的 に」, 下 位者 の間の個人的 紛 争 を 調
停し た り, シ ステ ムの決 定方 向に 指導 す る とき のこと とさ れる。 こ の習慣的 行動は 役 割のな かに 規定 されてい ない とい う意味 で語ら れてい る。 つ まり非 公式 性 は習慣 であ り, 無意識 的慣 行 であ る。 さら に 自然的に この非公式 的関 係 が成 立す る例とし て あ るステ イクスがあ げ られ る。 これは個人 が 自己 の能 力の 程度を 理解し , 仲 間 の助 言者 とし て, 尊敬を受け る ときに あ る身分関 係が形成 さ れ るときに生じ るものであ る。 こ れ も慣 行形成 の 結果発生し た非公式 性 とい うこ とができ る。 さ て, こ こで システ ム現象 のなかに, 非公式 性を含 め るかど うかの課題に つ き当 る。 そ こ では 通常 の解釈に 立つ ならば, シ ステ ム の成員 資格を 語るな かに非 公式的 役 割を 関係づけ るべきだ とい うこ とにな る。 とい うのは, 非公 式的成 員 役割を 負担す る者を, 障害 物 とし て シ ステ ムより排除し ない の が一 般的 な組 織行動 態様であ り, 排 除 の事実は ほぼ ない とみ なされ るからであ る。 換 言す ると, 非公式的 役 割を 果し てい るから成 員役 割を 負担す る人 物では ない と みなさ ない ことが肝 要なの であ る。 非公式的 役割 が,成 員 資格づけ と 関 係の ない 情況 で育っ てきたのだ と知 る こ とがこれに合 わせて大切 であ る。 従っ て,こ れを 合 わせて, た とえ, 土 壌 が異 なっても, 成員 役割を 負 うには 変わ りは ない のだ とみ るこ とを示 唆し てい る。 これを,「矛盾 のない 一致を うる より,もむし ろ 情況 と役 割当 事者 の区 分を き ちん とす ること」 を 語ってい るとみ る とよい。 公式的 な役割 が相互関係づけ ら れ るこ と。 それ が各個 人 の特別 な固有 な役 割の なかで バリエ ーシ ョンを 含む こ とに なるの とは異な った技 術に よって, 非公式的 役割の解 釈ができ る。 つ まり, 初 め から, 非公 式的 役割は, た とえ 同じ 当 事 者が関与 する とし て 乱 異 な る情況 のなかで形 成 され るとい う先 の 陳述を 思い 出す こ とで あ る。 非公式 的 役 割は, そ うだ から とい っ て, 異質 な ものでは な くて, 我 々が通 常, 言 ケところ の「公式 性を 緩 くし た情 況 」を 思 い浮 かべ ることを 要す る。 具体的 な表 現を すれば,「敬 意を 要し ない , 自由 な行動 が可 能であ り」し か 乱 「す べて の参 加者 が公式的 情況のな かで, 正 し く行 動す るであろ うよ うな信頼 が保 持さ れ続け る ようなレ 府況 ができ てい るとい うこ とであ る16)。 十 公 式 性 と非公式 性を 絶 対的 なも のとし て対比し , 一方 から他方 へ の変 換が 不 可能 なこ ととし て定 立させ るこ とを 我 々はし ない。 当 事者は両 方 の情況に
足をつ っ こん でい るから であ る。 結局 のと ころ, こ うい う課 題は 調和化 の事 柄とし て集 約 されてし ま うかもし れ ない。し かし 調和 させ ると か,し ない と かい うこ と より 乱 情況は 情況, 役 割は またそれ とは 別 のものだ と明確に す るほ うに重 点を 置きたい。 ここに,「二重 の道徳 の問題」 が見 られ る。 組 織が道 徳を どの ように含 ん でい る かは ここ での星 題ではない が, 公式 性 と非公式 性0 二重 構造は必然的 に,個 人レ ベ ル(役割負担者)におい て道 徳 の性格を 発 生す る こ と を 知 れ ば 十 分であ る。 し かも, 両 者に コ ミットす るこ とが非道 徳 的 か もし れ な い が ( 不道徳ではないI ), そ のこ とが 非難 さ るべ き事項 では ない とす る立場 であ る。 また, 我 々は この際に どちらにす べ きかを 比 喩的 に表 現す るた め の用 語とし て道徳を 用い る ものと, 差し 当 ってし てお く。 そ うで ない と, 成 員役割の課 題 か別 の方向に 進 展し てし ま うから であ る17)。 ,。 要す るに このこ とは(二重道徳性)「原 理が 矛盾す る」 とい うことに原因 が ない。 す なわち, 公式 性 の原 理も非 公式 性 の原 理 もそ の考え方 とし ては 間違 ってはい ないし , 両者 の関 係が矛 盾し た 基 礎の上に立 つ とは み なさない。 そ うではな くて,「2 つ の情 況を 現実 の場 でお 互い に 閉い でし まっ て交 流 で き ない よ うにす ること, 軽 はず みをし ない よ うな コ ミュ ニケ一 シ ョヅ の枠を 作 ってし ま うこ と, シ ン ボル使用(例えばうまい言葉を使うような)に 上 達 せ よ と推め ること, 情況が変 化す れば別 の道徳 に 移って も よい とす るこ と」に二 重 の道 徳が生 まれ る基 礎があ るのだ とい うのであ る。 組織が小 規模であ る とか, 混然 とし た, 無秩 序 の状態に あ るならば二重 道 徳性で済 まされた のであ る が, 公式 化 が進むにっ れ て, さらに は, 成 員役割 のなかに業 務成 果を 狙 う役割 が加えら れるにつ れ て, 公 式的 な活 動と非公式 的 活動 の区分 がなさ れて くる。 つ まり役割を どち らに 向け るべ きかを 各個人 , は予め 決め てお かな くては なら ない。 前者 の場合に は どち らの情況 がど うな っ てい るかは問 われ てい ない のであ るが, 後 者 の場合に は 異な る。 未分化 の 組 織では 明ら かに 行動は どちらか とい うと非 公式的に 行な われ るのだが, 管 理は公式的 状況 のな かで なされ るこ とに なろ う。 組織が 発展す るにつ れて公式 的 行動 の規定 が詳 細に な り, また, 作業 グル ープの如 き小 グル ープがそ こにおい て, ます ます 規定に 則 うよ うに され ると きに, かえ っ て組 織が弾力 性を 獲得す るよ うに なる とい う説明は興 味 があ る。
これは一見し て矛盾のように見えるが実は,反対の極には非公式的役割が益 益増大する現象を加えねばならない事実を知らねばなら ない。 すなわち,他 方で規格化や公式性の増大にともない,他方でその対 極の非公式化を認めて お くことは, 役割の固定化を防ぐとい うことを意味する。どちら の役割もそ れに特有の法則 があ るので,それを抑えてし まわないこ とが大切なのである。 それ故に役割を果すために構成員は行動を上手に操縦する必要があ る。 コ ソ トロールのきいた, またコン トロールすること自体に。習熟した行動が要請 されてくる。 これは易しいこ とではない。 そこで一体, 手際0 良い行動とは どうい うことか。それは「公式的期待と非公式的期待を 感情的に中立化させ る場 合」である18)。人は恐らくどちらかの立場に立つこ とを欲するし,その ことに応じ て自己 のあらゆる価値, 規範,信念などを コントp ―ルし がちで あ るが, どちらかの対極にも組し ない ような精神的な態度を保持することで あ る。 役割の遂行は どちらにし たらいけ ない かを絶えず 念頭に 置いていたの では保証されないとい う意味である。感情的にド ライな立場に立つ役割への コミットメントが必須なものとされる。先程示した二重 道徳性も,感情的な 評価基準にさらされるならば, それだけ でもはや役割を 果せなくなる。そ う い う事情を考慮すれば,個人が役割期待を中立化させた ときにはじ めて,個 人の持つ内心的な立場を犠牲にし ないで,その都度に, 情況適合的に行動し てい ることになる。 これは個人が無理に情況適合をし ようとい うのではない ことを暗 々に含んでいる。 n 役割形 成 のた め の体験19) 個 人が 組織に 加入し た ときに成 員役 割を 獲得す ること に な るのだ が, 成員 役 割は様 々な 行動を と もな うのであっ て(当然のことだが), そ の行動 が 矛 盾 し た ように 見え る よ うに させ ない のが成員 役割だ とい うこ とに な る。 換 言す る と,成員 割 役は 終 始一貫し た,あ る 統一 のとれた ライ ンを示 す もの とし て みなされなけ れば なら ない とい うこ とであ る。 そ うし て はじ め て, 公式的 役 割 と非公式的 役 割 の序列 がきち ん とき まっ て くるこ とに な る。し かし 成 員役 割 がど の程度秩序 づけ ら れ るかは, 客観的に, 公 平に決 めら れ る のでは なく て,あ くまで(主観的とはいわないまでも)個人 の感知す る 事柄 だ とい う の が 以 下 の課 題であ る2O)。
個人 がどの ような役 割に あろ う とも, 成 員 役割 とし ての統一 性を持ち 続け られ るのは, 個人 が自分 で経 験す る事 柄であ る。 い く ら他 から成員 役割の公 式 性と非公式 性の どち らにす べ き かを 説得し た ところ で, その当人に とっ て, また当該人 物 の体験 のな かで区 分 の秩序 が決 ってい なけれ ば 何の意味 もない。 従う て人 間は 自分の役 割につい て の体験を どれほ ど自 分の なかに 統一的に 保 持す るかが重 要な問題 なのであ る。 お よそ 「体験 の調和生 とは, 人 が 「体験 のな かから の選抜 とそ の解釈の プa セス」 を通し て役 割が ど うであ るかを 認 識す る こと であ る。 この選抜 と解 釈(意味づけ)が うまくかみ合 うこ とが調 和なの である。 そ のこ とが また体験 とい うこ とに なる。 体験 が よかった とい うのは 自 分の選 抜 が うまく行って, 適切な意味づけ ができた とき であ り, そ れ が調和をえ た とい うわけ であ る。 ところ が実 際に人 は 様々な 情況 のな かにい る。 そ こで どの 情況が我 々の体 験に関連す るかを考 え なくて は ならない 。 そ こで 「あ る役 割が支 配的であ り, 特に 目立 った,存在 であ ると きに 」あ る情況 のな かにい た と人は 言 うことが多 い。つ まり役 割が ど うでもい い よ うな,し かも何 の特 色も示 さない ときに は 人 間の認識 範 囲を 素通 りし てし ま うわけ であ る。 さらに 言い かえ ると, あ る 事柄が自分 の記 憶 のな かに 明瞭に 刻 みこ まれた とい うこ とは そ うい う情況に い たとい うこ とであ り, そ れを 明示し よ うとす れば,「そ うい う情況 局面に い た」 とい わ なけ れば なら ない。 「情況に より認 知が変 る」 とい う命題 はそ うい う意味 であ る。 例 と し て, 「社長のい るド アは 控 室へ通じ るド ア とは 異な って見え る」 があげ ら れ てい る。そ れは人 が物を 知 覚す る とい うのは,「予 め どこを 見 るかの指示 と 方 向 づけを 備え てい る」 こ とを 示す のに ほ かなら ない。 ど の ような行動 が生じ る かはこの ようにし て, かな り予定 され た もの とみる こ とがで きよ う。 これを 「予定 された 情況の 理解 と役割定 義」 とし て示 す こ とが でき る21)。 この考えに 従えば, あ る役 割を果 すに 当 り, 人は 何故 そ の ような 行動を す るかは 相当な程度, 選択的 だ とい うこ とがで き る。 因果 関 係の判断 も選択的 に 行な ってい る ことに なる。 言い かえ ると, 自 分に 関連 す る主 な役割につい て,こ こで正し い と思われ る原 因 と結果は, 影 響力 の大 きな原 因 と結果 から の推定だ とい うことに なる。 公式 的に 割当 てられた 役 割に一 致す る結果 が目 立 ださ れる ことに な る。
丿あ る人 間 が役 割を 果す とい うこ とは, 実に主た る原 因 と結果を 選 択し, 他 の結果を 「薄 明 のな かに 沈め てお く」 こ となり であ る。 し かし そ れはあ くま で役 割上 の事象 であ って, そ の他 の動 機を さし 加え てい ない と み るのが正 当 であ る。 経営 活動 のなかであ る仕事を 果し た のは, 会社 に 損 害を 与え よ うと し た り, あ るい は 会社 の利益 のことば が りを 考え てし てい るのでは な くて, そ の仕事 が(たとえ利益に連がるとし ても)役割 とい う立 場 からな された ので, そのこ と から判断 す るのが公式 的な 理解 であ る。 同じ よ うな 例で,「裁判官 や行政 官 の判決 が,た とえ賛 成もし くは反対を 見 る とし ても, 法 律的 に動機 づけら れた も のとし て妥当す る」 のであ って, 別 の動機 を 推定 す る のは正し くないに また別 の動 機は, 役割 が正し く設定 された 情況 のな かでは表 面化 す るこ とは ない 筈であ る22)。 経営 活動に おい て, 仕事 遂行上, 当該 経営に,損 害を与 えた のは別 の動機で ない のだ からそ れに よって, 担 当者ぱ とがめ られ るべ き も のではない。反 対 に 組織 の側で, 利益を 受け るとし ても, それは, 当該 担 当 者に。対し て報酬を 与え るほ ど のこ とは ない 筈であ る。 こ の関係は 役割設 定 が正 当な 情況 のこと であ り, い わば モデル的 な環境 であ るのはい うまで もない。 若し この関係 の みに固 執す れば, 経 営行 動は ど うな るの かはす ぐに 想像 がっ くであ ろ う。し かし, 役割 中心 の行 動はた て まえとし ては かな り説得 力 があ る もの とい え る。 い かに役割を中心とした行動は正当性を保持し てい るように見えても,そ れは体験の選択と解釈の調和であ るこ とは先に触れた通 りである。 役割が安 定し た存在とし て我 々の目に映るのはこのような我 々自体 の 解 釈(もしくは 自己納得)によってり ことであ る。 それは役割に関連す る「目に見 え ない」 局面を知ることに よって可能である。 役割といえ ども常時,あらゆる人にと って明白だ といえない ことにな る。 我々が安心し て役割につ くことができるのは,つ まり, 役割が何らかの程 度で,調和効果を持つことに依存できるのは, 目に見えない もの の解釈をし ているからにほかならない。 このことがいわば基礎的な仮定となっていて, 目に見え るものの秩序づけ がなされることにな る。とい うことは人がある役 割につ くように要請されるときに,態度, 感情, 意志 の如き内心的現実(事 象)を共通に持つことが土台となっていることは当然であ る。
役 割に つい て, 成 員 資格があ るとい うのは, この よ うな内 心 的現 実事項 と い う目に 見え ない も のを 自己 の 意識 のな かに 明白にさ せ る こ とであ る。実 際 に 役割を 負担し , 行 動す る のは こ の よ うな成員 資 格のほ うが 支配し てし ま う ことが多 い(例えば, ノルマを果すことが他の成員との関係でよいかどうかを 考え ること)。 さらに, 経営 の現場 で行動 す るならば, 個人 的 特性, 職業 上 のス テレ オタイプ, 組織や 作業 場 所の特 色な どが行為 者の 思考を 支配す る。 そ れ がたとえ 行動 の時 に 意識化 さ れてい な くて 乱 役割 とは別 の 次元 で, そ のこ とにひ きづ られ てい るわけ であ る。 ’ 他人 の言動や 周 囲の物 理的 情況, 自 分のこれ まで考え 続け てきた 職業 に対 す る信念お よび教 育な どが, 組 織におけ る自己 の立 場くの中 心 とな る もの。と 思 わ れてい るが, 実は そ れだけ では ない こどを 主張した い。 つ まり, そ のなか に,「蒸留 された 経験 が沈 澱し てい て, これ こそが公式 的 条件 のも とで, 行 動に際し て作ら れ る」 こと があ ると言いたい のであ る。 従 っ て, 役割を 離 れ た成員資 格を 語 り, そ こ での 目に 見え ない部 分を 土 台にし てあ ら ゆ る事 象を 理 解し ようとする 仮定 は 「虚構的 」だ とされ る。 七 かし この 種の 虚構 性を 認め るこ とは, 当然 ながら 解 釈の手 続を 必要 とす る。 役割 もこの種 の説 明 と同じ 手 続で成立す るこ とを 思い 出 すなら ば, 悪い 意味で0 虚 構性 では ない。 そ れは 役 割の配 列が安定 す るた め の手 段 とい うこ とにな る。 こ の関 係につい てい くら か説 明を 補え ば こ うい うこ とにな る。 組 織 のな かで人 は多 か れ少な かれ 負担を 強制さ れ, 問題を 抱 え, コソ フリ クト におちい る のだ が, これにつ い て当該人 物は何ら か0 説 明を す る であろ ‰ 自 分の活動は これ これ のために あ る状態にな った とい うよ うな説 明 があらだ とし ても, それは 誤 りでは ない の であ る。我 々の関 心ヽは, ここ で, この説 明 が どのよ うな効果 を 持つ か であ る。 つまり,人 が 自分 の行動 につい て の内 心的 事 情を示 す こ とは, 役 割につい ての言 明から 離反し て行 くこ とを 示 唆し てい る。 た とえ , 役 割が悪 い もので あ っても, 役 割に たい す る攻 撃が 他に そらさ れる ことを 含む。 役 割そ のもの よりも別 の, 目に 見え ない 部 分に 対 す る問題に 対す る非難 が示 さ れ て, 転化 の作用が生じ るこ とに な る。 これを 次 のよ うに言 うこ とが でき る。「説 明は, 支 配的 な公式的 構造におけ る悪 の本来的 な源泉 から方 向を 転換し , 非難を 誘 導し, 人 格的 な もの, あ るいは 道徳的 な ものへ と向お し め, 非 難 がそこで 結
論 なし に 立ち 消え てし まう ように なる」 と。 我 々は こ の ようにし て, 説 明行為 が, 役 割の位 置を かえ って固 めてし まう ことを 知 る。 問題 が道 徳的 な もの か, 人 的 な ものに 移さ れ るときに, 議論は い くら や って も際限が ない。 役 割が一 貫 性を 持ち 続け る のは, この ようにし て問題 点 が他 のところ に押しつけ ら れ るかそ れ とも引 渡 されてし まっ て, す っ きりさ せられ てし まってい るからに ほ かなら ない。 また公式 的役 割はそ う で なげ れば 安定 す ることが できない。 ここで 問題 がひ と まわ りし たこ とに 気 づ く。 結 局, 役 割を 経験す ることは 選抜 と解 釈 の行為に よるこ とだ と先に 語 ったけ れ ど も, そ の ごとに よっ て, 役 割の地 位が かえって 安定し た とい うこ と であ る。 それ 故に, 役 割が中心に 存 在す るこ とに よりはじ め て 目に見 え るも のの 自由 な選 択と, 目に 見えない ものの勝 手 な解釈 がで きることに なる。 組 織 のな かに も 無限 な, 他 の行動現 象が存 在す るけ れ ども, この自 由選択 のな かの 事象 の付 随 現 象とされ るか, 注 目の範 囲外陽匠 かれてし ま うこ とに な る。「選択的な 役割形成 に よ づ て, 表 に 現われ た役 割部分 と隠れた 役割 部 分の区 分が 出て ぐ る」 ことに な る。 もち ろ ん隠れた 役 割部分 がい くら でも取 り出され て構 わ ないけ れど も, モ の際には 公式 的 役割の一貫 性 がそ れだけ 弱めら れ る6 そ こ で, 役 割の継続が 可能 なた めには 隠れた関係を (無視しないことぱもちろんだが), 別 の条件 とし てみ るこ とであ る。 つ まり,犬これは 解 釈や選 択 の体験 の 事項だ とし てし ま う こ とであ る ○丿。そ うす るこ とに よらて 公式 性 の部 分が よ り明白に なう てく る。7 組 織のな か で成 員 資格を 持つ こ とは 種 々なこzニ,レ ドソ トに 関 係す るのだ が, こ こで 特に 公 式性 と の関 係を 語る ときに, シ ス テ ム構 造に なってい る と表 現す る心ノ=成 員 資 格の情況に 関す る標 識は表 現 化し てい ない から, 別 の次元のも の とみなす。 そ れが どの ような 重要 性を 持つ とし て 乱 公 式 性に関 係づけら れ ない も のは:ざし当 う て除外 されてし ま う運 命にあ る。 ニ \こ ケし て,成員 と か:るた めの条 件 がひ とつ ひ とつ採 りあげら れて,(選択的 知覚と解釈),\さらには 隠れた 関 係を 発見 す る ことに よ り, 成 員 が組 織のなか でど うすれ ば成員 とな り うるかが判 明し て くる。 か くし て 「成 員 資格条件の 総 合 が, ひ とづ の凝集し た公式的 役割 へと 組 み上げら れ る」 ことにな る。 組織には 多 くの場 面が存 在す る。 日常的に 変 化す る。 それ でも個人は 行為 す る者 とし て, また期待す る 者とし て, 無 限 の場面 のな かでこ の役割を 荷な
うことで十 分や って 行 くことが でき る。 そうし てい る うちに, 丁この役割は 公 式化 された シ ステ ムのあ ら ゆ る領域に沁 み込ん で行 く」 ことに な る。 役 割 が確立す るこ とは, 組 織におけ る個人 の安全を 保つ こと に も通じ る。 自分 の 守 備範 囲 と, 防 御壁 を 作 るのが 役割であ る。 若し そ こか ら 出て, 組 織の他 の 人間と交渉し, またそ こ で失敗し , または攻 撃にさら され る こ とがあ れば, 自己の役割に戻 れば よい。「自分り 公式的 役 割へと退却 す るこ と」 が 保 証 さ れ てい る。 例えば あ る問題 にたい す る話し 合い が解決さ れ ない とすれば, 権 限 の行使に 訴え るこ とが 生じ る かもし れ ない が, これ もいわ が役割 への退 却 と みなし て もよい か もし れない。 さらに, 失 敗し た とし ても, それは 役割 の せ いであう て, 個人 のせい では ない と弁 明す るかもし れ ない 。 または,フ役割 のなかに安 住 す るこ とで, 他 から の干 渉を 回避し , 自己 の活 動を 自 由に(? ) なすことが でき るか 七し れ ない。 どちらにし て も役 割の確立 は, シ ス テ ム形成 に とって欠 くべ がら ざ ること である。 そ こでは 公式 性 の存 在が, 規定化, 文 書化な どの業 務的 行為を 超え て保証さ れてい る。 だ から とい って, 役 割を この よ うに 理解す 奉ことだけ で ぱ十 分で ない こ とも 他方 で批 判 吝れる。 すなわ ち,「役 割は 現実を 完 全に反 映し ないし , 具 体的 な行為 の現実 も, 公式 化され たシス テ ムが 必要 とする多 ぐの現実の行為 結果を も反映 。し てい ない」 のであ る。 犬 上上 ト ト結局のところ 役割は人 の体験 的 結果 からでて くる も(D であ ること が判 明す る。 成員に な ること が加 入を 出発点 とし て, 種 々の情況 のな かで の活動を通 し て,成員 資格条 件を 覚 え て行 くこ とを 経 由す る。 そのあ るもの が捨 てられ, ある ものが関連す る。(しかし公式性0 立場は一貫性を保持する。)こ の よ うにし て, 選択 と解 釈が ど うし て も必 要と なる。 人は この ことに より, 体験 の調和 をは かってい ることに な る。 公式 化 の思考を複 雑な社 会的 シ 入テ ムのな かに 移すことが大 切な のであ る。 つ ま り公 式的 役割を 考 えている うちに, 成員 資 格にとっ て代表的 な特 性 とし てみ てい ることが 分る と共に,「社会的 シ ス テ ムが, 公式化に よって 構造 化 され るとすれば, どんな意味を 持つ のか」 とい う間題につ きあ た る こ とを 知 る よ うに なったのであ る。 ソ 終 り に 経営組 織を 問わ ず, 人 は組 織に 加入し たときに, 直ちに 成員 とな るのだが,
そ れだげ で は成員 資格を 獲得し た とはい えない。 組織に は種 々の役割があ り, 先ず 成員 の役 割から 出発し , 次に, 分岐的 な 役割へ と移 って 行 くのが成員資 格を 身につけ る順序だ とい うこ とであ る。 つ まり成員 は 様 々な役割を 組合わ せ て対応し て 行 くこ とに な る。 そ の際に 言語 の作用 が非 常に。重 視さ れてい る こ とが分 る。 かな り広い 意味で の言 語を 通し ての伝達 作用 が役 割の分化を 支 えてい る。 また, 組 織に おけ る公式的 役 割 と非公式 的 役 割を 認 めるこ とは一 ぺ見し て従 来 の伝統的組 織 理解の よ うに 思わ れる が, ここ では両 者の絶対的区 別 がなさ れ るのでな くて√二重 道徳 の事 柄 とし て把 え ら れてい る。 人 がやた らに 公 式的 情 況のな かで 信頼を 保持し 続け る のは, この 二重局 面に また がっ てい るからだ とする解 釈であ るJ 実 際に 我 々は, 役割 の多 様性を中 立化させ てはじ め て仕 事が可能にな る。 エ 次に , 役 割の形 成は 結 局, 人間 の選択 と解釈 が必 要な こ とを 強調す る。 我 我 の知覚 のな かに予めあ る方 向づけ が情況に よりビ ル ト インさ れてい るとみ なし , そ のた めに我 々の 役割認識 が最 初 から , あ る部 分の とり出し に 傾くこ とに なる。 また 他方で 役割は役 割 とし てあ るこ と も事実 であ り, どの ような 方 法 であ ろ うと確 立し た ものであ る。 従っこて役 割を 果し てい れば, そ れだけ で成 員た る こ とを 失わ ない。 そ の場 合に, 役割以 外の 動機づけ を 詮索す るの は 誤 りに な る。 人はあ まり内 心的 事情を 表 明し ない ほ うが よい かど うか分ら ない が, そ うす るなら ば 組織 の悪を 他に 転じ て, 役割 の独 自性を 保つこ とが で き る。い ず れにし て も役割は 人 の体験 的 結果 からで て ぐるものだ と考えら れ る。 体 験 であ るから あら ゆる ものを 採 り入れ るので な くて, かな りの取 捨 選択 がな され てい るわけ であ る。 そ れ 故に, 公式 的役 割形成 とい って も, 現 実 の反映 とは なってい ない。 上 記 の よ うな役 割の 理解のな かで, 我 々は 役割 の定 義的 解明を得だ のでは ない 。 た だ組 織のな かで役 割につ くこ と, 組織 の メン バ ーに なるこ とがい か に 役割に 関 係す るかを 考えた だけ であ る。 そ の際 に, 組織 とい った りシ ステ ムとい っ た りし た のは概 念上 の混乱 があ るた め か, 定 義 の不明確 のためであ る。 暫定 的に この両 者は 同一 のも のとし てお くこ とに し た。 さらに 役割その も のの説 明は, 組織論 の テキ ストに おい て もABC の問 題であ ってい まさら ど う説 明し て も変ら ない け れ ども, こ れ まで の我 々の説 明 の順序に よると, い くら か深い ところを 見 てい る ように 思 われ る。 なお 説明 の不明瞭 のところ
− i ! ︱ は, 我 々の 理解不足 のた めであ るこ とは 確かであ る。 1) 本稿においてはN.Luhmann ,FunktionundFolgenformalerOrganisation,DritteAuflage,Berlin,1976,SS.46 ∼53 に。ついての説 明に 従 う。 特にカッコ内 の文章はそ こからの引用に よるものとする。2 ) 構造お よび役割につい ては,例えば 次のものが多 くの示 唆 を 与 え て くれ る。A.KuhnandR.D.Beam,TheLogicofOrganization,SanFrancisco/Wash-ington/London,1982,pp.227-228. ここにおいて,例 えば, 構造を 考え るには シ ステ ムがサブシステムからでき上ってい ることに注 目す る。 そ のときに,サブ シ ステ ムの タイプの間の区別をし なけ ればならないが, また, 経営学 のなかで も, 一 定の領域を無 名のままで済ませてお くわけには 行かな いから,それに名前を付 することにし てい る。 また サブシ ステ ムを理解し, シス テムを管理 もし くは制御 し よ うとすれば,そ のサブシステムがどんなことをする かを 知らな くてはならな い。 従って,サブシステ ムとは何かを 問うときに,entity を 考えてい るのであり, サブシ ステ ムが何を 為す かを問 うてい るときにfunction を 考えてい ることにな る。 サブシ ステ ムの名前は, その機能を広 く表わした も のを示すこ とが多い。例 えば, 販売部門, 購買部門, 生産部門などであ る。 この 種のentity とそ のfunc-tion を 細か くあげ てみることが, システ ムの構造をつ くり上げ てい ることになる。 モれ故に, システムの構造 とは, そのサブシステムとそ の役割の立場から叙述さ れたシ ステ ムのパターンとし て定義される。
し かし,E.Grochla (Hg. ),Handw ∂rterbuchder0, ・ganisation,Stuttgart,1969,S.1237
におい て次の ような説明 もあ る。 組織とい う言 葉の方向づけに当 り,こ うい うことが考慮される。 この用語にたいして異 な る概念内容が与えられ ているこ と, 特に強調し て示された事実関係(概 念範囲) に相互にずれがあ るこ と。 さらに。,し ばし ば同じ対 象領域が異なる概念に よっ て把握される。 この理由 から, 以下 の分析におい て, 組織なる用語と共に, システ ム, 構造, マネジ メソ トの如 き他の概 念も考慮 のなかに入れら れると。 なお別 のところ で(S.172), 組 織とは, 全体を まとめて構造にすること(構造化)かもし くは, 活動の意味にお け る組立 と同時にこの ように特別に 配置された形成活動 の結果 のことを 言うとし ている。3 )KuhnandBeam,op.cit.,p.228.4 )Luhmann,a.a.O.,S.46.5 )Luhmannit. これについ て註のなかで(S.47)次の ように 説明し てい る。「変動 的概念要素 の不変動意味を 思い 浮べ ることが大切 である。 この意味はその要素O 規定 的機能,つ まり, 変化の制御のなかにあ る。存 在論 的伝統はこれに対して, あ らゆる不定 の, また変化す るモメントを イデ ーの概念から除外し ,こ の イデー を 固定し た, 変化し ない対象とし て定義し ようと努力し てきた。 この対 象とは, ひ とつ の クラスに 帰属す るあ らゆ る対象に共通し た標識 のみを 含む のであ る。 こ
れについての批判的立場は 数学的変 数概念からのみでは なく,エ イドス(形相) 的変化をい うHusserl の概念 から もでてきた。 社会学的 役割理 論に とって, 存 在論的 概念形 成の,そ のような批判は重要な 出発点であ る。 とい うのは役割は, 異なる実施可能性を そのままにし ておく典型的 な行動表示だからであ る。役割は 行動の細部を正確に, 矛盾のない ように確立することに よって公式化され うるの ではなくて,ただこ うすることに よってのみ確立される。 つ まり,若干 の不変的 期待が,役割 の中心核とし て, 有用な行為様式 の選択のための選択的標準を確定 し ,役立がこのようにし て合理的に, 一貫し て構造化されることであ る。」6 ) これについ てC.I.Barnard の思考が思い出され るけ れど,Luhmann はそ れ 十に言及してい ない。I. ・I ■ ■7 ) 言語は文書化された り, 身ぶ り表現のことばか りでな く,表現行為を 一般的に 抽 象的に表現し たものとみなすことが-r:きる。 なお, 言語につい て例えば次のよ うな説明があ る。J.Pfeffer,OrganizationsandOrganizationTheory,Boston/London/Melbourne/Toronto,1982,pp.218-220. 丁認知的 プロセス行為は, 言語に よって形づ くられたシ ステムな るカテゴi; ーを使用するから, 言語は信念i に 強力に影響すると,つSproull は のべた。 かくて, 意味 の社会的組立と釈明の展 開を 強調す ると,当然な がら 言語 と組織におけ るその展 開と使用に焦点を 合わせ ることにな‥る。 組織的文化 の発展 と効果 の解明においてPettigrew は,ま た 言 語 の批判的役割を 強調し た」と。y8 )G.A.TheodorsonandA.G.Theodorson,A.ModernDictionaryofSociol-ogy,NewYork,1969 に おい て, 制度化は 次 のように説 明される。「公式化され た ルール, 法, 習慣,お よび祭 祀」 に基 づい た社会的 相互作用 の安全し たパター ンの発展。 制度化は両 親, 被傭者, 牧師な どのように特定 の社定的役割におい て 期待され, また 合法とみなされる行動を定義することに より, 社会的行為を予知 できるものにす る。 制裁のy ステ ムは制 度化と結びつい てい て,制 度化された期 待に一致すれば報酬が与えら れ, そ れがで ると罰せられ るといったことに関係す る。 制 度化は社会的関 係の秩序的 システ ムを与え る。そ れはあらゆ る社会に見出 されるが,‥社会 の内部におけ る社会生 活の局面 が異なるに 従って,行動の制度化 の程度も異な る。」 ニ9 ) もちろ ん,通常のredtape のこ とを指 すのでなくて,M.Weber の,集合的 活動 の合理化 とい う社会学的 概念のことを 指す。 それは, 組織におけ る従業員 の 行動 の予知可能性を 確かにす る組 織形態 または設 計のこ とであ る。 これに関し て 例えばJ.L.Gibson, 二T.M.IvancevichandT.H.Donnelly,Jr.,Organizations:Structure,Processes,Behavior,Dallas に1973,Pp.73-74.!O ) とくに,Luhmann,a.a.O.,S.47. ‘’11 )Luhmann,a.a.O.,S.26,u.S.37f ,先 ず成員 となった ならば, 独自の形態の自 己 合理化お よび自己表示を もって社会的シ ステムの合理化に応じ なけ ればならな い とい う。
)KuhnandBeam,op.cit.,p 。160におい て次 のような説明があ る。「社会科学 お よび組 織科学に よって,狭い概念に 関心があ るから, 一方 の頭脳 から他方の頭 脳へ のパターンの移転− あ るいは, より特殊的に。い うと,一方 のコン トp ール ・シ ステ ムの探知器から 他の探知器への移転に関心があ る」と。し かし 我々はこ のような用語 の使用法に よらない コミュニケ ーシ ョンを 考え てい る。13 ) とくに,Luhmann,a.a.O. ,S.48.14 ) この項にっ いてはと くに,Luhmann,a.a.O. ,SS.48-50.15 ) 非公式的活動が グル ープ活動のなかでの事象とし ても 把えられ ることは よくあ る。 またそり 場合 の基本的概念とし て, 役割, 規範, ステイタスがあ ることも周 知 の事項 であろ う。 例えばS.P.Robbins,OrganizationalBehavior:ConceptsandControversies,EnglewoodCliffs,1979,pp.170-175. 従って, これとは別 に全 般的な非 公式的組 織構造につい て論じ られる可 能性 のあ るこ とを示す。これ に。つい て,F.Luthans ,OrganizationalBehavior,NewYork,1981,p.335f. ここ では非 公式的 コ ミュニケーya ン・システ ムとし て把 握し てい る。16 ) とくに,Luhmann,a.a.O.,S.49.17 )Luhmann は,例えば,この二重道徳 の問題につい て,T.Parsons,TheSocialSystem,NewYork,1951,p.302 を示し てい る。 ここ では道 徳の二重 性ではな くて,時 間の二重 性が示 されている。し かし, 人間の組 織生活を 支配す るのは 相 対的に厳格な時 間スケジ ュールであ り,それが,文化的 価値 と心理的な 欲求の構 造を もつ ものとする。18 )Luhmann,a.a.O.,S.50.19 ) この項にっい ては とくに,Luhmann,a.a.O.,SS.50-53.20 ) 知覚については, 英語圏に。おけ る組織論のテキストに は普通 の事 項とし てあげ られている。 知覚が, 知覚プ1=・セメ とし て把えら れ, 選 択, 組織, 解釈の複雑な 相互作用 のことであ ることは 初歩的知識であ る。 例えば,Luthans,op.cit 。p.8421 )Luhmann,a.a.O. ,S.50. ここにおいてMerleau-Ponty の名前が示されてい るが,その内容につい てはつ まびら かでない。 我 々は こ の名前が組織論の範囲の 外で引合いに出されていることだけは知 ってい る。22 )Luhmann,a.a.O.,S.51.23 )Luhmann ,a.a.O.,SS.51-52. 人は何故役割そ のものについてではな く,役割 活動に従事し たとき の自己の内心的説明をする のだろ うか。 これについ てさらに 追究すべき課題とし て残 る。