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国際私法への経済学アプローチ : 渉外的関係の規律 利用統計を見る

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国際私法への経済学アプローチ : 渉外的関係の規

著者名(日)

加賀見 一彰

雑誌名

経済論集

38

1

ページ

157-169

発行年

2012-12

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00001761/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

東洋大学「経済論集」 38巻1号 2012年12月

国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律1)

加賀見 一 彰

1.はじめに

 この論文の主題は、国際私法という法制度を紹介するとともに、この分野への経済学アプローチ を例示することである。国際私法という分野は、社会においてあまり認知されていないし、法律分 野においてすら周辺領域に位置づけられている。しかし、現代あるいは将来の現実社会にとって、 国際私法は極めて重要な役割を果たす。このため、国際私法の機能や構造について詳しく理解する ことは喫緊の課題であるといってよい。ところが、伝統的な法学アプローチでは、法の機能や構造 を解明することは困難であり、新たな考察方法が求められている。そこで、新たな考察方法として 経済学は大きな可能性を持っていることを示すために、簡単なモデルを用いていくつかの具体的な 事例に適用することを試みる。そして、伝統的な法学アプローチとは異なる視点を提供することで、 国際私法の議論が深化しうることを明らかにする。 H.事例と主題 H−1.じこ紹介  筆者は2010年の9月から1年間、フランスのアルザス地方の中心都市であるストラスブール2)に 滞在していた。アルザス地方は、フランスとドイツの境界に位置し、長年にわたって両国の間でし ばしば領有権が移転してきた。フランス領である現在でもドイツ文化の影響が色濃く、ドイツから 数多くの観光客が訪れる。また、両国の友好とヨーロッパの統・の象徴として欧州議会が設置され 1)本稿は、筆者がフランスのストラスブールに在外研究期間中に、口仏大学会館(Maison・Universitaire France−  Japon)において、2011年7月4日に開催されたセミナーの報告をまとめたものである。報告の機会を与えて  いただいたセミナー開催者、および、熱心に議論していただいた参加者には深く感謝する。なお、ありう  べき全ての誤謬等は筆者個人の責任となる。 2)Strasbourg。直訳すれば「道の街」となり、ヨーロッパ中央部の南北交通と東西交通の拠点として発展し、  そして時に戦乱に巻き込まれてきた都市である。

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たことから、ヨーロッパ各地だけでなく、世界中から政治や行政、マスコミの関係者が集散を繰り 返す国際都市でもある。さらに重要なことに、アルザス地方の町並みや風景は美しく、そしてワイ ンは絶品である。 事故①  ある日、私は(昼過ぎから)ワインを軽く嗜んだ後、幾分傾き掛けた日差しのなか、アルザスの 田舎道をドライブ3)していた。ミュスカ4)の余薫を味わいながら、延々と続く葡萄畑のなかの小道 を疾走するのは大変気分がよい。  ところがその時。  私は他の自動車と接触事故を起こしてしまった。相手方の車を運転していたのはドイツ人であっ た。幸いにして死傷者はでなかったが、お互いの自動車の損傷はかなり大きい。修理代を含めた損 害額はかなりのものになるかもしれない。  さて、ここで考えてもらいたい。この事件では、どこの国の法が適用される(べき)だろう か5)。フランス法、ドイツ法、日本法、あるいはその他の国の法になるのだろうか。おそらく、多 くの人は、事故が発生したフランス法が適用される(べき)と主張するだろう。それは確かに自然 な直観である。しかし、その直観の根拠をきちんと説明できるだろうか。さらに、その直観と根拠 は、次の事例と整合的だろうか。 事故②  別の日、私は、リースリング6)を一杯ひっかけてから、アルザスの田舎道をドライブしていた。 先日の事故のことは酒精と一緒に気化されて、実に良い気分であった。  ところがその時。私は再び他の自動車と接触事故を起こしてしまった。相手の車から降りてきた 3)フランスでは、飲酒運転しても必ずしも違法にはならない。もちろん、酩酊状態になるほど飲むと問題で  あるが、あくまで自己責任であって、しっかりと運転できるのであれば問題とされない。と、フランスの  弁護士さんが教えてくれた。実際に、ビールやワインを飲んでから自動車を運転している人を何人も見か  けたが、酒量は自己責任でコントロールしていた。 4)同僚に教えていただいたワイン(原料となる葡萄の種類)その1。すっきりとフルーティな香りと味わい  が特徴。 5)ただし、以下では、民事上の責任に関する紛争に適用される法のみを考える。刑事上の問題は検  討しない。 6)同僚の先生に教えていただいたワイン(原料となる葡萄の種類)その2。ミネラル分を感じる辛ロワイン  でアルザスワインの定番。

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      国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律 のは偶然にも日本人で、お互いにフランスで裁判を起こすのは面倒なので、日本の裁判所で紛争を 解決することにした。  さて、この事件では、事故はフランスで発生したが、当事者はいずれも日本人であり、日本の裁 判所で紛争を解決する。この場合、いずれの国の法が適用される(べき)だろうか。また、もし私 と事故相手の双方が合意すれば、日本法に従うことが許されるだろうか。これらの判断とその論拠 は、先に見た「事故①」と整合的だろうか。さらに、日本法を適用することは、社会にとって望ま しいだろうか。 事故③  また別の日、日本在住の日本人の友人がストラスブールを訪ねてきた。夕食には早かったので、 市内のパティスリ」)でケーキを食してから郊外にドライブに出かけた。二人揃って良い気分で あった。しかしその時。私はハンドル操作を誤って道路脇のクルミの木に突っ込んでしまった。こ の事故で友人は怪我をしてしまった。  さて、この事件では、フランスで発生した自動車事故で、日本人が同乗の日本人に怪我をさせて しまった。この場合は、どこの国の法を適用すべきだろうか。この事件については、日本法に従っ て紛争を解決することに首肯する人が少なからずいるかもしれない。実際に、同様の事例では、事 故が発生した国の法ではなく、当事者たちが属する国の法を適用する裁判例が存在するS)。では、 この判断は、事故①や事故②といかなる点が相違し、それがために異なる結論に至ったのだろうか。 そして、その判断は社会的にみて正当化されうるだろうか。  これらの事例のように、複数の国に関連する要素を内包する私人間の関係を渉外的関係(cross− border relationship)と呼ぶ。そして、渉外的関係の法的規律に関する法制度を国際私法(private international law)と呼ぶ。また、特定の事件に対して適用される法を準拠法と呼ぶ。近年の国際化 の進展に伴って、渉外的関係は量的拡大と質的深化が急速に進んでいる。このため、その規律を図 る国際私法の重要性は近年とみに大きくなっているといってよい。       ■        ところが、現代的な急激な変化に対して、伝統的な法的議論は必ずしも適切な解答を提示できな いことが最近になって明らかになりつつある。前例に依拠する法的議論では、新たな事態に対して 部分的な拡張や例外を付け加えていくことになり、全体的な整合性を担保できなくなってしまうの 7)ストラスブールは美味しいケーキ屋・お菓子屋も充実している。甘党派も安心(でもワインも飲んだ方が  良いと思うよ)。 8)アメリカにおける「バブコック事件」(ニューヨーク州最高裁1963年)が有名である。解説は、溜池[2005].  56−57頁が詳しい。

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である。例えば、前記の三つの事故の事例について、いずれの国の法をなぜ適用するのか、それは 望ましいのか、という疑問に対して一・貫した説明原理を確立することは難しい。  そこで以下では、新たな視点から、とくにここでは経済学の観点から、渉外的関係を規律するた めに適切な準拠法を決定する原理を検討することを試みる。 1−2.事例の整理  まず前述の事例を改めて整理してみよう9)。 (事例1−1)ある日本人が、フランスで自動車を運転しているときに、ドイツ人が運転している自動 車と事故を起こした。 (事例1−2)ある日本人が、フランスで自動車を運転しているときに、日本人が運転している自動車 と事故を起こした。 (事例1−3)ある日本人がフランスで自動車を運転しているときに、事故を起こし、日本人の同乗者 に損害を与えた。  さらに、追加的な事例も挙げてみよう。 (事例2)ある日本人が、アメリカ企業からインターネット経由で商品を購入したところ、注文と 違う商品が届いた。 (事例3)ある日本人が新規技術を開発したところ、他国の個人ないし企業が、その技術を無断利 用して収益を獲得した。 (事例4)あるアメリカ人が、中国企業が製造した携帯テレビを、日本の量販店で購入したところ、 アメリカに帰国後に、電圧違いを認識していなかったという本人の不注意で火災が発生し、損害を 被った。 1−3.検討課題  これら六つの事例は、いずれも、単一国家内で完結せず、国境を越える要素を含んでいるので、 渉外的関係である。そして、これらの事例は、現代においては、日常生活のなかで極めて普遍的に 発生しうる。ということは、このような事件を適切に規律し、紛争を解決することは社会的厚生に 多大な影響を与える。そこで、渉外的関係の規律・紛争解決のための法的装置・制度について検討 してみよう。  次の皿節では、国際私法の伝統的な考え方とその限界を紹介し、そのうえで、IV節以降で、経済 9)以下では、日本人とは「日本国籍を持ち、日本国内に主たる住居と生活基盤を持っている者」と定義する。

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国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律 学アプローチを紹介する。 皿.国際私法への法学アプローチ 皿一1.統一法ルールから法選択ルールへ  渉外的関係を規律する最も単純な法的対応は、関係する各国の法を統一してしまうことである。 各国の法に相違が無ければ、準拠法を選択する必要も消滅する。このため、多くの法律家・法学者 たちは、統一法こそが究極的に望ましい法的対応の仕組みであるとみなしてきた1の。  しかし、統一法を実現することは現実的には困難であるため、次善の対応策として、もう少し複 雑な方法を考案してきた。これが、「法選択ルール」あるいは「準拠法選択」と呼ばれる方法であ る(本稿では、「法選択ルール」に統一する)。  法選択ルールは、渉外的関係の性質に依存して、既存の各国法から適用すべき法を選択して決定 するという方法をとるID。これは、理想的に運用されれば、各国法の統一を前提とせずに、個別 の事件に対してより適切な法を安定的に適用できることから、広く受け入れられている。このため、 現在では、国際私法とは法選択ルールであると言っても大きな間違いではない。 皿一2.法選択ルールのメカニズム  法選択ルールのメカニズムは二段階を踏んで進行する。  はじめに、このスキームは、問題となる渉外的関係の鍵となる要素(「連結点」と呼ばれる)を 見つけ出す。次に、この連結点が指示する国を特定化する。最後に、その国の国内法を準拠法とし て適用する。  例えば、判断を下す法廷の所在地、当該関係にとって決定的な要因が発生した場所ないし影響が 発生した場所、被害者ないし加害者が属する国、あるいは、被害者ないし加害者が選択した国に着 目して、準拠法を決定する。  このスキームは、世界で広く受け入れられている。その理由としては、以下の三点が指摘される。 第一に、法選択ルールの基本的なアイデアは、我々一般人の直観的・無意識的な思考過程に合致し ている。国境を越えて機能することが期待される社会的システムは、国境を越えて存在する普遍的 な根拠を要請する。このため、直観的な思考様式に合致しているという事実は、大きな説得力を持 つ。第二に、このスキームは、法律家や立法者にとって実行可能性が高い。どれほど精緻に設計さ れたスキームであっても、それが法律家や立法者に受け入れられなければ、法的システムとしての 10)古典的な文献としては、田中[1932]を見よ。 11)このアイデアは、ドイツの偉大な法学者であるサヴィニー[2009](原著は1849年)によって確立された。

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実効性は無い。第三に、このスキームは効果的に機能する。その帰結は最善であるとは言えないが、 多くの事例において、妥当で満足のいくものとなっている。  このように、国際私法の法学は、有益でうまく設計されているといってよい。では、それでもな お、経済分析を必要とする理由は何なのだろうか。次節では、伝統的な法学アプローチの限界・問 題点も整理したうえで、経済学アプローチの意義を検討する。 皿一3.経済学アプローチへのアプローチ  前述のように、法選択ルールは、受容可能、実行可能かつ効果的である。しかし、それでもなお、 いくつかの限界がある。  第一に、法選択ルールの根幹は、当該関係の最も重要な要素一連結点一を確定することである。 しかし、そのプロセスは極めて不透明かつ未確定である。例えば、(事例1−1)では、通常の法選択 ルールは、人間に関する要素よりも場所に関する要素を重視する。それは確かに、我々の直観的な 判断に合致する。しかし、改めて「なぜそうなのか」と問われると、正当化することは難しい。  第二に、このルールは、社会的厚生を考慮に入れていない。つまり、法選択ルールのもとで特定 の国の法を適用するが、社会的に見ていかなる意味・効果を持つのかをそもそも検討しない。この スキームは、正義に適うかもしれないが、我々の幸せを改善する保証はないのである。  第三に、このルールの背景にある考察方法のもとでは、どのような判断が社会的厚生に照らして 望ましいのかを判断することができない。既存の法制度と判例に照らして問題解決を図るという方 法は、そのスキームがうまく機能している限りは良い性質を発揮するだろう。しかし、現在、我々 を取り巻く環境が大きく変動していることを想起する必要がある。これは、過去を延長するだけで は、未来に適合できない可能性が高いことを示唆する。そこで、渉外的関係の性質や関連する状況 を分析し、既存のスキームの機能と成果を解明し、現実社会の観点から望まれる、新たな法的ス キームを開発することが求められる。  何人かの法律家や立法者、法学者は、これらの限界を深刻な問題として認識し、他の学問分野か ら新たな視点・方法を導入することを試みている。そのひとつが、経済学なのである。 IV.経済学アプローチ N−1.「経済学」とは何か?  多くの人々は、経済学とは金銭的な活動ないし現象に関する学問だと思っている。しかし、これ は正しくないか、少なくとも極めて偏っている。  近代経済学は、人間の活動、とりわけ意思決定に着目する。経済学者は、人間の活動と、その相 互作用の帰結としての現象について、描写し、説明し、予測することを試みる。さらに、その帰結

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国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律 がもし社会にとって望ましくないならば、経済学者は、人間の活動とその相互作用に介入すること を通じて、その帰結を操作・改善することにも挑戦する。この意味で、経済学は金銭的な活動や現 象を考察することにも有益である。  これらの考察課題に取り組むために、経済学者は、人間の意思決定について、通常、単純化され た仮定を置く。すなわち、人々は与えられた状況のもとで自らの目的を実現するように意思決定す ると想定する。言うまでもなく、現実の人間は、しばしば、自らの目的を実現することに失敗する。 ただし、より正確に言うと、経済学では、人間が自己目的を追求すると仮定するのであって、自己 目的を実現すると想定するわけではない。  では、このような経済学の考え方を用いて、渉外的関係に関する法的規律について、簡単にス ケッチしてみよう。 N−2.契約(i):総論  契約とは、複数の主体間で彼らの採るべき行動と違反に対する制裁を特定化する合意を意味す る。従って、契約に参加する主体は、他のいかなる主体よりも、当該関係について詳細な情報を持 ち、彼らの利益を増大させる誘因と機会を有している。このため、人間の意思決定と相互作用に着 目して社会的厚生の最大化を目指すならば、契約の参加者に準拠法を選択させることが望ましい。 これは、当事者自治の原則(autonomy rule)と呼ばれる。  簡単な数値例に基づいて考えてみよう。  図表1は、それぞれA国法とB国法を適用する場合の契約参加主体1と2の利得(利益ないし効 用)を表している。例えば、もしA国法を適用するならば、主体1は利得15、主体2は利得20を獲 得し、関係全体では35の利得が発生すると予想される12)。  この事例では、主体1と2の間の自発的な交渉によって、A国法の適用が合意されることになる。 なぜなら、いずれの主体もB国法よりもA国法の適用を望むからである。そして、その結果として、 社会全体の利得(社会的厚生)も自動的に最大化されることになる。当事者自治は、当事者たちの 自発的な交渉を通じて選択される準拠法が、社会的厚生の最大化も自動的にもたらすと期待される ことから、正当化されるのである。 12)数値例は複雑な問題の理解を大いに助けてくれるが、むしろ強力すぎて誤解を招くことも少なくない。こ   こでの「数値」は、各主体が主観的に感得できる幸せ・利益の大きさであって、第三者 この論文の読者   も含む には観察できない。さらに、各主体自身も絶対的な幸せの大きさを認識する必要はない。以ドの   説明では、各主体が異なる状況のもとでの自らの利得を相対的に評価する どちらが望ましいか ことだ   けが求められる。この点は、本稿のもとになったセミナー報告の場でもフロアから質問を頂戴したので、   ここで明記しておく。

(9)

図表1 期待利得 準拠法 主体1 主体2 総計

A国法

15 20 35

B国法

12 10 22  続いて、以下の数値例(図表2)について検討してみよう。この事例では、いずれの国の法を適 用するのかということに関して、当事者たちの間で対立がある。すなわち、主体1はA国法を望み、 主体2はB国法を選好する。 図表2

期待利得

準拠法 主体1 主体2 総計

A国法

22 14 36

B国法

12 18 30  しかしこの場合でも、当事者自治はやはり有効に機能する。当事者たちの自発的な交渉を通じて 社会的厚生を最大化する準拠法が自動的に選択される。その理由を以下で説明しよう。  主体2は、B国法を適用されるときに獲得できる利得18を上回る利得を獲得できるのであれば、 A国法の適用を受け容れるだろう。一方、主体1はB国法を適用するときの利益12より大きな利得 を獲得できるならば、すなわち、利得10までを犠牲にしてもA国法の適用を望む。すなわち、もし 主体1が4以上10以下の利得を主体Bに補填するならば、両者はA国法の適用に合意する。例えば、 補填4を実行すると両者が獲得する利得は図表3のように変化し、確かに両者ともにA国法の適用 を選好するようになる。  そして、補填を利用することで両者が合意に到達してそこから離脱しないのは、社会的厚生を最 大化する場合一ここではA国法を適用する場合一しかない。すなわち、自発的な交渉を通じて社会 的厚生の最大化が自動的に実現されるのである。

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国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律         図表3

期待利得

準拠法 主体1 主体2 総計

A国法

18 18 36

B国法

12 18 30 IV−3.契約{2}:定型化された契約関係  当事者自治は極めて強力なスキームである。しかし、その有益性は二つの大きな仮定に依存して いる。ひとつは、交渉や契約作成のコスト(取引費用)が十分に小さいこと。もうひとつは、その 契約が他の主体に外部効果を与えないことである。  これらの仮定は常に成立するとは言えない。このため、大きな取引費用と外部効果を伴う状況に ついて詳しく検討する必要がある。ここでは、取引費用の問題に焦点を当てて解説し、外部効果に ついては次節で取り上げることにしよう。  一一例として、海ft輸送を想起してもらいたい。それは、本来的に渉外的関係となる。そして、こ の種の関係は複雑であるために、しばしば大きな取引費用を伴う。さらに、海上輸送は日々大量に 発生する。従って、世界全体で見ると、巨額の取引費用が発生することになる。しかしながら、こ れらの契約は相互に類似しており、いくつかの類型に整理することができる。  これらの理由から、海lt輸送産業では、一一種の統・法ないし統一された法選択ルールを開発し、 利用している。そして、実際に、裁判でもこのような統一法ないし法選択ルールを適用する。例え ば、ドイッ企業と日本企業との間の海上輸送契約についても、イギリス法を適用することがある。 この場合、近代以降の海ヒ輸送において大きな影響力を持っていたイギリスの国内法が、今なお事 実上の統一法として機能している。  統一法には二つの異なる様式がある。第一に、国際規範や国際慣行のように、長い時間を掛けて 歴史的かつ自然発生的に形成される様式である。海上輸送や海上保険に実例を見ることができる。 第二に、国際条約や国家間の合意として、意図的かつ人工的に形成される様式である。例えば、船 荷証券統一一条約(1924年)やワルソー条約(1929年)がそれである。さらに、近年のEUでは、こ の方向での議論が進んでおり、実質法あるいは法選択ルールの統一が試みられている。この動向は、 2006年の日本における国際私法の改正(いわゆる「通則法」の制定)にも大きな影響を与えた13)。  規範や慣習などのルールが自発的に統一されるプロセスに関する経済分析や、国家間での交渉プ 13)神前[2006]を見よ。

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ロセスに関する経済分析はいくつか存在するが、本稿の主題から外れるのでここでは割愛する14)。 IV−4.不法行為:総論15)  不法行為とは、故意または過失によって他者に損害を与える行為を意味する。自動車事故はその 典型である。不法行為の事件では、事件が発生する前に当事者たちが交渉することは、しばしば困 難であるか、さらには不可能である。つまり、いかなる合意もないままに、一一方的な損害が降りか かることになる。  そこで、経済学者は、事件に関与する可能性のある当事者たちが事故発生前の段階で適切な行動 を選択するような制度設計を試みる。一・一方、伝統的な法学の考え方は、事故が発生した後で当該関 係の重要な要素を発見し、それを手がかりとして紛争の解決を図る。同じ事件についても、事前の 観点から最適化を図る経済学と、事後の状況での調整を志向する法学とは対照的であることに注意 しよう。  ここで、二点、注意すべきことがある。  第一に、経済学者は、既に発生した問題を解決することだけではなく、将来的に発生するであろ う問題をコントロールすることも社会にとって重要であると考える。このため、それらの問題が発 生する背景やメカニズムを解明することに大きな関心を向ける。  第二に、経済学者は、それが直観的には正義に反するように見える場合でも、加害者だけではな く被害者の意思決定にも着目する。問題や事件は、加害者と被害者の活動の相互作用の結果である と想定する。このため、全ての関係主体について、予断を置くことなく、考察することを企図する。 責任の有無や正義との適合性が問われるのは、考察後であって、考察前に結論が決まっているわけ ではない。  では、不法行為に関する準拠法決定について、経済学者はどのような指針に基づいて考察を進め るのだろうか。すなわち、最終的に社会的厚生が最大化される16)ように、当事者たちが、出来事 が発生する以前に情報獲得可能であること(予測可能性)、および、当事者たちに適切な行動を促 すこと(事件適合性)一潜在的な加害者に問題を適切に抑制することを促し、潜在的な被害者に問 14)まとまった文献として、さしあたり、松井[2002]および森[2010]を挙げておく。 15)以下の議論についてより専門的には、Kagami, Kono and Nishitani[2006]および同論文において参照している  諸論文を参照のこと。 16)ここでいう「社会的厚生」という用語の中の「社会」の意味について再検討する必要がある。伝統的な法  学の議論では、法の目的を国家あるいは世界のいずれの視点から設定するのかは曖昧なままにされている。  重要なことは、法の目的として、厚生あるいは正義のいずれを重視するかではなく、厚生あるいは正義が  帰着する社会の範囲である。これが確定しなければ、「適切な法」を議論することすらできないはずである。

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      国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律 題を適切に回避すること一を基準として、準拠法を決定する。  ここで、先の事例をもう一度見てみよう。(事例1−1)について、経済学者は、事故が発生する以 前の段階で、当事者たちにとって予測可能性と事件適合性が最も高い法を適用すべきだと考える。 事故が発生する場所は事前に予測可能であるが、事故の相手は事前に予測できない。また、自動車 の運転や事故抑止に関わる事情は、一般に、現地の法がもっとも適切に考慮しているので、事件適 合性も最も高い。このため、フランス法の適用が求められる。これに対して、(事例1−3)では、単 一の自動車内の日本人達の行動を効果的に調整することが重要であり、かつ、そのことは当事者達 が事前に認識可能であるので、日本法の適用が正当化されうる。この事例は、経済学アプローチの 下では、例外ではなく、同一の基準に依拠しており、相互に整合的に位置づけられる。 N−5.不法行為:製造物責任  (事例4)は製造物責任の類型に入る事件である。製造物責任とは、製造業者や流通業者、小売 業者といった供給者が、彼らの提供する製品が引き起こした損害について責任を問われる状況であ る。  製造物責任の準拠法決定においては、各国の規制の背景にある思想や事情一産業構造や社会的関 心の有無一を考慮に入れることが求められる。まず、この規制は、消費者保護の一環として制定・ 強化されてきたという背景がある。この観点からすると、消費者が居住する、あるいは、製品を使 用する国の法を適用することが要請される。ところが、このような政策は、社会的厚生に照らすと 望ましくないかもしれない。供給者にあまりにも過大なリスクを負わせることは、彼らの供給活動 を萎縮させることになる。この結果として、もし取引が縮小すれば、供給者だけでなく消費者の状 態も悪化する。なぜなら、製造物責任を厳しく問う国の消費者は、海外からの製品の量的減少や価 格上昇に直面することになるからである。つまり、消費者保護政策が消費者を害することもありう るのである。  経済学者は、製造物責任について分析し、望ましい制度を提案してきた。しかし、真の問題は、 理想的なルールを提示することではなく、それを実際に実行することである。このため、私的主体 だけでなく、政府や立法機関、国際機関といった公的主体に関する研究も必要になる。また、この 議論は、国際私法の枠を越えて、国際政治に関連する視点も必要になる。  製造物責任の問題を解決するためには、多数の国家間の協調構築が求められる。すなわち、統一 的な法ないしルールが要請される。しかし、しばしば深刻な利害対立が存在することから、これを 実現することは一般に困難である。その一例を以下に示す。  いま、二つの国AとBが存在し、相互に貿易している状況を考えよう。A国は農業が主要産業で あって農作物を輸出している。一一方、B国は電子機器製造業が主要産業であって、同製品を輸出し

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ている。この状況で、各国が自国の利益を考えて製造物責任法を整備すると、A国のルールは農作 物に緩くて電子機器に厳しく、B国のルールは電子機器に緩くて農作物に厳しくなるだろう。そし て、もし両国でこのようなルールが確立すると、製造物責任を問われるリスクのためにこの二国間 の国際取引は収縮し、結果的に各国の社会的厚生は減少する。各当事国の意思決定は合理的である が、その相互作用の帰結は不幸なものとなってしまうのである。  同様の問題は、(事例3)のような国際知的財産権の領域でも発生する。また、類似の状況は、 EUの活動にも見られる。 EUは統一・法の形成に多大な努力と時間を投入してきたにも関わらず、い まだに決定的な成果を獲得していない。統一法の形成が望ましいにも関わらず、統一法の実現は一 般に困難なのである。このイシューについては、次の十年を掛けて議論が蓄積されることを私は期 待している。 V.おわりに  本稿において、私は、国際私法の概観を提示した上で、国際私法への経済学アプローチを紹介し た。このテーマは複雑であって、理解は容易ではなかったかもしれない。しかし、本稿の目的は、 理解してもらうことよりも認識してもらうこと、さらには楽しんでもらうことである。従って、こ の分野が重要であり、また興味深いと認識してもらえれば、所期の目的を達したことになる。もち ろん、さらに掘り下げた議論を今後とも進めていく必要があるが、そのためにも、この分野に関心 を持つ人々の裾野が広がることを期待したい。 【参考文献】 神前禎[2006]『解説法の適用に関する通則法』弘文堂. サヴィニー(小橋一」郎訳)[2009]『現代ローマ法体系第八巻』成文堂. 田中耕太郎[1932]『世界法の理論第一巻』春秋社. 松井彰彦[2002]『慣習と規範の経済学』東洋経済新報社. 森大輔[2010]『ゲーム理論で読み解く国際法』勤草書房. Kagami, K., T. Kono and Y. Nishitani[2006],“Economic Analysis of Conflict−of−Laws Rules m Torts,」,Basedow and  T. Kono ed.. An Economic Ana!ysis of1)rivate lnternational Lau,, Mohr Siebeck. The Economic Approach to Private International Law KAGAMI, Kazuaki  Iwill introduce“private intemational law(PIL)”brieHy and demonstrate the economic approach to iL PIL is the most prevailing scheme which govems cross−border relationships. Although the intemationalization in recent years has made it important remarkably, the traditional jurisprudence of PIL does not match the situation. The economic approach. f()cusing

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       国際私法への経済学アプローチ:渉外的関係の規律

on human decision−makings and interactions between them, provides the consistent basis to understand and improve the

参照

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