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民法における「取消し」の多義性と「撤回」概念の明確化の必要性 利用統計を見る

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(1)

民法における「取消し」の多義性と「撤回」概念の明確

化の必要性

著者

深川 裕佳

著者別名

Yuka FUKAGAWA

雑誌名

東洋法学

58

1

ページ

148-127

発行年

2014-07

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006718/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

(2)

《 論  説 》

民法における「取消し」の多義性と

「撤回」概念の明確化の必要性

深川 裕佳

目次 一 はじめに 二 学説継受期およびその隣接期における 「取消」概念の理解と「撤回」概念の導入   1  取消原因がなく行われる取消を撤回と 称する立場   2  効力未発生の行為を対象とする取消を 撤回と称する立場   3  将来に向かって効力が生じる取消を撤 回と称する立場   4  学説継受期およびその隣接期における 学説の特徴 三 現代の学説の基礎となる「取消」概念と「撤 回」概念の区別   1  取消原因がなく行われる取消を撤回と称 する立場   2  効力未発生の行為を対象とする取消を撤 回と称する立場   3  効力未発生の行為を対象とする取消、ま たは、将来に効力が生じる取消を撤回と称す る立場 四 民法現代語化後における「撤回」概念の明 確化の必要性 五 おわりに――取消しの多義性 一 はじめに  民法現代語化前の条文における「取消」という用語には、種々の意味が含ま れていた。このことは、現行民法の起草の際にすでに認識されていた。現行民 法の起草者は、旧民法において「言消」や「銷除」、「廃罷」と表現された概念 をすべて取消と表現し直したのである。たとえば、旧民法においては、「銷除 (rescission)」は、今日の制限行為能力者が許可を得ないでした行為の取消しに 相当するもの(旧民法財産編547条、549条など)や詐欺又は強迫による意思表 示の取消しに相当するもの(旧民法財産編316条、318条)に用いられており、 また、「廃罷(révocation)」は、今日の詐害行為取消権に相当するもの(旧民 法財産編340条から344条)に用いられており、さらに、「言消(rétractation)」

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は、今日の申込みの「撤回」に相当するもの(旧民法財産編308条、430条)に 用いられていた( 1 ) 。  民法現代語化(平成16年改正)の後は、民法典において「撤回」という概念 が導入されたために、民法典上の「取消し」の多義性は解消されたかのようで ある。しかし、本稿において検討するように、結論を先取りすれば、「取消 し」はなお多義的な用語のままである。そこで、本稿では、現行民法の起草者 が「取消」の用語に様々な意味を押し込めた後、学説がドイツ民法学の影響を 受けつつ「取消」の意義を検討し分類していった過程を検証して、今日におけ る「取消し」の意味をめぐる学説の到達点を確認していくことにする( 2 ) 。その 際、民法現代語化によって取消の一部は「撤回」に改められたことから、取消 しから区別される「撤回」の意味を学説がどのように理解してきたかというこ とを確認して検討しつつ、取消しの意義について考察する。 二 学説継受期およびその隣接期における「取消」概念の理解と 「撤回」概念の導入 1  取消原因がなく行われる取消を撤回と称する立場  民法上の「取消」が多様な意味を含むことは、学説においても早い時期から ( 1 ) 「取消し」および「撤回」に相当する旧民法の用語については、深川裕佳「民法における『撤回』 の意味について」『村田彰先生還暦記念論文集』(酒井書店、2014年予定)において検討を行い、 私見を述べた。なお、解除の意思表示の「撤回」不能には、解除権の「抛棄(renonciation)」が 用いられている。また、今日の更改によって生じた債務の取消し、および、取り消すことができ る行為の追認における取消しに相当するものには「取消(annulation)」、弁済の取消しに相当す るものには「無効(nullité)」という語が用いられている。 ( 2 ) 近年のドイツにおける撤回概念の展開、特に消費者撤回権の民法典への導入については、すで にいくつかの論考において紹介・検討されている。たとえば、今西康人「ドイツ民法典の一部改 正と消費者法 : 消費者、撤回権等の基本概念に関する民法規定の新設について」関西大学法学論 集50巻 5 号(2000年)200⊖213頁、右近潤一「概念明確化のための覚書―EU 通信販売指令のドイ ツ国内法化を参考に―」同志社法学53巻 1 号(2001年)256⊖303頁、青野博之「消費者法の民法 への統合―解除の効果と撤回の効果の比較を中心として」岡孝編『契約法における現代化の課題』 (法政大学出版局、2002年)131⊖155頁、鶴藤倫道「ドイツ法における通信販売への撤回権導入の 議論―わが国における事業者・消費者間の電子商取引へのクーリングオフ導入検討の素材とし て」神奈川法学36巻 2 号(2003年)421⊖479頁、丸山絵美子「ドイツ消費者信用契約における撤回・ 返品制度(特集ドイツ民法改正と消費者信用法制)」クレジット研究30号(2003年)76⊖127頁など。

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述べられている。岡松参太郎『註釈民法理由』には「撤回」という言葉が見ら れないので( 3 ) 、おそらくもっとも早い時期に「撤回」という概念を取消から区 別して記述した教科書は、同時期に出版された川名兼四郎『債権総論』( 4 ) であ ろう。  川名は、民法の「取消」には様々な意味が含まれるとしており( 5 ) 、川名『債 権総論』によると、選択の意思表示の「取消」は、「Anfechten」ではなく、「獨 逸民法の(Widerrufen)に該当し意思表示の撤回と謂ふを至當とす」るとされ ている( 6 ) 。また、申込みの「取消」について、川名『債権法要論』をみると、 申込みの「取消(Widerrufen)」( 7 ) と記されている。このようにして、川名は、 ドイツ民法学上の Anfechtung と Widerruf の違いを導入して、わが国の民法の 条文をそのように読み替えていたことがわかる。取消と撤回の区別に関するま とまった記述は見当たらないものの、川名『民法総論(全)』は、「取消し得べ き法律行為」に関する説明の箇所で、「取消し得べき法律行為は瑕疵ある法律 行為なり。故に此取消はいわゆる撤回の意義における取消(Widerrufen)と異 なる」( 8 ) と述べている。また、川名『債権法要論』は、申込の「取消(Widerrufen)」 について説明する際に、「契約の申込と謂も亦意思表示としては完全」( 9 ) である とも述べている。ここから、法律行為の「取消」(民法120条)と撤回とを分け る基準には、少なくとも、取消の原因となる瑕疵が当該法律行為(または当該 意思表示)に存在するかどうかという観点が含まれると考えられているようで ある。  これと同様に、取消原因の有無によって取消と撤回とを区別するのは、岡松 ( 3 ) 岡松参太郎〔富井政章校閲〕『註釈民法理由・下巻(債権編)』(有斐閣、1897年)42、44頁(選 択の取消)、407⊖408頁(申込みの取消)参照。なお、以下の引用に際しては、片仮名は平仮名に 改め、また、適宜句読点を補った。 ( 4 ) 川名兼四郎『債権総論(日本大学36年度法学科第 2 部講義)』(日本法律学校、1893年)。 ( 5 ) 川名兼四郎『日本民法総論』(金刺芳流堂、1912年)275頁。 ( 6 ) 川名・前掲注( 4 )書、72頁。 ( 7 ) 川名兼四郎『債権法要論』(金刺芳流堂、1915年)594頁。 ( 8 ) 川名兼四郎『民法総論(全)〔訂正再版〕』(金刺芳流堂、1903年)446頁。 ( 9 ) 川名・前掲注( 7 )書、594頁。

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参太郎『民法債権総論』(10) である。同書は次のように述べている。   取消とは既に効力を生じたる法律行為の効力を其行為に存する瑕疵に基き 減却する場合に限る。法律行為が未だ効力を生ぜざるに先立ち其効力の発 生を阻止し又は既に効力を生じたる行為を未だ効力を生ぜざる以前の状態 に引戻すは真の取消にあらず須らく之を撤回と云ふべし。然れども我民法 典は此場合にも尚ほ取消なる言辞を用ふ。例ば第115條〔無権代理の相手 方の取消権〕、第521條〔承諾の期間の定めのある申込みの取消〕、第530條 〔懸賞広告の取消〕、第1024條〔遺言の取消〕等是なり。第550條〔贈与の 取消〕、第792條〔現行民法754条、夫婦間契約の取消〕の取消も亦同じく 撤回なり。(11)  この記述から、岡松は、「撤回」は、瑕疵のない場合に問題となるのであっ て、しかも、そこには法律行為の効力が発生するのを阻止するという場面だけ でなく、すでに発生した効力をなかったことにするという場面も含まれている ものと理解していることがわかる。  鳩山秀夫も、川名や岡松の見解と同様に取消原因の有無から法律行為の取消 を 2 つに分ける。鳩山は、民法において「取消」は多義に用いられることを指 摘して次のように述べている。すなわち、これを区別すれば、「先づ法律行為 の取消と法律行為以外のものの取消(〔旧〕10條〔禁治産宣告の取消〕、〔旧〕 13條〔準禁治産宣告の取消〕、〔旧〕32条〔失踪宣告の取消〕、〔旧〕68條〔法人 設立許可の取消〕等)との別あり。又法律行為の取消にも意思表示の欠点(無 能力および意思表示の瑕疵)を原因とするものと此の如き原因を必要とせざる ものとあり」(12) と述べる。同書の同じ箇所には「撤回」という用語について言 及がないものの、後者の区分が撤回と120条以下にいう取消しとの区別を指し ていることは明らかであり、この区別によれば、撤回は「意思表示の欠点」な (10) 岡松参太郎、石坂音四郎『民法債権総論(京都法政大学第 1 期第 2 学年講義録)』(京都法政大 学、1902年)33頁〔岡松参太郎〕は、407条の取消しを撤回とはしていない。 (11) 岡松参太郎『民法総則・完』(中央大学、1908年)317頁。 (12) 鳩山秀夫『日本民法総論』(岩波書店、1931年)499⊖500頁。

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くして、法律行為をなかったことにすることができるものを意味するものとい える。さらに、鳩山は、撤回の「合意」の効力について論じた箇所において、 「未だ何等の法律効果を生ぜざる場合には、其法律効果を除去する意味に於け る撤回の存在し得べき余地なく、又将来に於ても法律効果を生ずべき原因の存 在せざるときは其効果の発生を防止する意味に於ける撤回も存在し得べき余地 なし」(13) とも述べている。ここから、鳩山は、その前提として、対象となる法 律行為の効力がまだ発生していない場合(すなわち、将来に効力が発生しうる 場合)だけでなく、効力がすでに発生している場合にも、取消原因なくしてそ の効力を防止または除去することを「撤回」と称しうるものと考えていたこと が分かる。なお、鳩山は、別の教科書において、無権代理行為の取消(115条)(14) や選択の意思表示の取消(407条)(15) 、申込みの意思表示の取消(521、523条)(16) 、 懸賞広告の取消(530条)(17) 、解除の意思表示の取消(540条)(18) を「撤回」とす るものの、未成年者の営業許可の取消に関しては、「民法は取消といえる文字 を使用するも意思表示の瑕疵に基づく取消に異なり、取消の効果は既往に遡る ことなし」と述べるのみで、撤回という表現は用いていない(19) 。同様に、書面 によらない贈与の取消(550条)も「撤回」とはされておらず、「特殊なる取消 原因」がある場合とされている(20) 。 2  効力未発生の行為を対象とする取消を撤回と称する立場  ここまでに述べたような取消原因の有無から取消と撤回とを区別する立場に (13) 鳩山秀夫「判批(大判 8 ・ 6 ・19民録25輯1063頁)〔虚偽の意思表示の撤回と第三者に対する 其効果〕」『民法研究( 1 )総則』(岩波書店、1925年)316頁。 (14) 鳩山秀夫『註釈民法全書 第 2 巻 法律行為及至時効』(巌松堂、1912年)357頁。 (15) 鳩山秀夫『日本債権法・総論』(岩波書店、1916年)47頁。 (16) 鳩山秀夫『日本債権法・各論(上)』(岩波書店、1918年)34頁。 (17) 鳩山・前掲注(16)書、89頁。 (18) 鳩山・前掲注(16)書、236頁。 (19) 鳩山・前掲注(12)書、68頁。妻の営業許可の取消も撤回とされていない(鳩山・前掲注(12) 書、98頁)。 (20) 鳩山秀夫『日本債権法・各論(上)』(岩波書店、増訂版、1924年)266頁。

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対して、取消の対象となる法律行為または意思表示の効力が既に発生している か、それとも将来に発生するかという観点から区別する立場も有力に主張され ていた。なお、後に述べるように、民法現代語の撤回の基準は、これと同様の 考えに立っている。  この立場を詳細にしているのは、中島玉吉『民法釈義』(21) である。同書は、 取消の意義を次のように述べる。   取消(Anfechtung)とは一旦効力を生じたる行為の効力を既往に遡りて消 滅せしむる行為を云ふ、撤回(Widerruf revocation)は之に反し未だ効力 を生ぜざる行為の効力発生を防止する行為なり、例へば第115條第530條第 1124條の如きは取消に非ずして撤回なり、二者此の如くに性質を異にする が故に後者は宜しく之を撤回と称して前者と之れを区別す可かりしなり、 然るに我民法に於ては此区別なく、後の場合も亦取消と称するが故に混雑 を免れず、本節の規定は厳格の意味に於ける取消に関するものにして撤回 の場合には適用無しとす。   法律行為一般の原則として凡そ意思表示は未だ効力を生ぜざる前に於ては 表意者任意に之れを撤回することを得るものなり、例へば申込は相手方の 承諾前に於ては自由に撤回することを得可く、寄付行為は官庁の許可前に 於ては之を撤回することを得可く、催告通知の如きは相手方に到達前に於 ては之れを撤回するを得可きが如し。(22)  撤回は法律行為の効力が発生していない場面を対象とするというこの見解と 同様のものとして、穂積重遠『民法総論』(23) がある。同書は、民法120条以下の 取消を「狭義の取消」とした上で、その特徴を次の 4 つの点で説明している。  第一は、公法上の行為との対比で、「狭義の取消」は私法上の行為を対象と すること、第二は、「完全行為の取消」( 6 条 2 項〔未成年者の営業許可の取 消〕、旧16条〔妻の営業許可の取消〕、424条〔詐害行為取消〕、550条〔書面に (21) 中島玉吉『民法釈義・巻之一(総則篇)〔改版増補版〕』(金刺芳流堂、1925年)。 (22) 中島・前掲注(21)書、684頁。 (23) 穂積遠重『民法総論』(有斐閣、第 8 版、1936年)。

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よらない贈与の取消〕、旧792条〔現754条。夫婦間契約の取消〕)との対比で、 「狭義の取消」は、瑕疵ある不完全行為の取消であること、第三は、「狭義の取 消は〔瑕疵ある〕或法律行為について一旦発生した効力を消滅させるのであ る。然るに民法はまだ発生せぬ効力の発生を防止する行為をも取消と名付けた (115條〔無権代理行為の取消〕、530條〔懸賞広告の取消〕、1124條〔遺言の取 消〕)。此等はむしろ撤回といふべきである」(24) こと、第四は、完全行為の取消 および撤回には必ずしも取消原因を必要としないのに対して、「狭義の取消」 は取消原因を必要とすることである(25) 。このようにして、穂積(重)によれ ば、取消原因なく、かつ、未発生の法律行為を対象とするのが撤回であると考 えられるのである。 3  将来に向かって効力が生じる取消を撤回と称する立場  ここまで述べた区別以外にも、取消の遡及効(121条)が認められない場合 を「撤回」と分類する立場がある。  山下博章『民法講義・総則』は、「民法は法律行為(又は意思表示)の効果 を将来に向かって消滅せしめる場合にも、取消と呼ぶこと(115・524・530等) あるも、之は撤回として所謂取消と区別せねばならぬ。撤回は一面において発 生すべき効果を発生せざらしめる内容を有し、他面現在に於て発生せる効果 (将来に於ける効力発生の可能性)を消滅せしめる内容を有し、此の後の点に 於て撤回は取消に類似する」(26) と指摘する。  さらに、大谷美隆『民法総論講義』(27) は、その効力が相対効であるか絶対効で あるかということも取消と撤回とでは異なるということを次のように述べている。   取消の効果は遡及且絶対的に無効なるものなれども、撤回の効果は将来的 且相対的に無効となるものなり。…取消と撤回との間に斯の如き大なる差 (24) 穂積・前掲注(23)書、409頁。穂積重遠『民法総則』(日本評論社、1936年)395頁も同様。 (25) 穂積・前掲注(23)書、408⊖411頁。 (26) 山下博章『民法講義・総則』(有斐閣、1929年)400頁。 (27) 大谷美隆『民法総論講義』(大明堂書店、1925年)。

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異あるは、其原因に於て根本的相違あるが為なり。即ち取消の場合は法律 行為の内部に瑕疵あり、完全なる行為に非ざるが故に、法律が取消権を与 へて根本的に之を消滅せしむる場合なれども、撤回の場合は、当事者の都 合上一旦為したる行為を撤回するに過ぎざる場合なるが故に、第三者を害 するを許さず。(28)  同書は、公法的行為の取消(旧10条〔禁治産宣告の取消〕、25条〔不在者の 財産管理に関する命令の取消〕、32条〔失踪宣告の取消〕、旧68条〔法人設立許 可の取消〕、71条〔法人設立許可の取消〕など)と私法的行為の取消とをまず 区別した上で、後者を、「眞の意味の取消」(旧 4 条〔未成年者の行為の取消〕、 旧 9 条〔禁治産者の行為の取消〕、旧12条〔準禁治産者の行為の取消〕、旧14条 〔妻の行為の取消〕、96条)と撤回(旧 6 条〔未成年者の営業許可の取消〕、旧 16条〔妻の営業許可の取消〕、115条〔無権代理行為の取消〕、407条〔選択の取 消〕、521条〔期間を定めた申込みの取消〕、524条〔期間を定めない申込みの取 消〕、530条〔懸賞広告の取消〕、540条〔解除の意思表示の取消〕など)とに区 別している。 4  学説継受期およびその隣接期における学説の特徴  ここまでに紹介したように、学説継受期(およびこれに隣接した時代)に は、起草者らがいったんは放棄した「取消」の意味の多様性を再認識して、こ れを類型化するということが試みられた。しかし、そこでは、もはや旧民法に おいて区別されていた様々な「取消」(銷除、廃罷、言消)の概念は紹介され ることなく、ドイツ民法学の影響を受けて、特に取消から区別される「撤回」 という概念を日本民法の条文から掘り起こすということが行われた。この時期 を経て、現在の教科書および体系書では、旧民法上の「取消」概念に関する区 別の基準は、ほとんど顧みられることがなくなってしまったようである(29) 。 (28) 大谷・前掲注(27)書、274⊖275頁。 (29) 平野裕之『民法総則〔第 3 版〕』(日本評論社、2011年)212頁注219、244頁、249頁は、旧民法 上の「廃罷」という考え方を紹介して、「取消」との違いを指摘している。

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 この時期にドイツ民法学の影響を受けた「取消」概念の発展・分化が進んだ のであるが、しかし、「撤回」を取消からどのように区別するかという基準に ついては学説において見解の一致を見ない。すなわち、この時期には、撤回 は、①取消原因(制限行為能力者の行為であること、詐欺・強迫による意思表 示であること)がない場合を指すのか、②対象となる法律行為又は意思表示の 効力が発生していない場合を指すのか、さらには、③取消の効力が将来に向 かって生じるのかという様々な基準が示されていた。  一般的な取消(120条以下)は、①取消原因がある行為(120条)を対象とし ており、かつ、②すでに行われた行為(または意思表示)を③遡及的に無効に するものであるために(121条)、これから区別される撤回は、①取消原因がな い場合、および/または、②効力未発生の法律行為を対象とする場合、および /または、③将来効を有する場合にあたることになる。  この①から③の区別の基準の中から、ここまでに紹介した学説では、撤回と して、①取消原因がないという特徴を挙げるのみであるのか、②効力未発生の 法律行為を対象とするという特徴を挙げるか、または、③将来効に着目するの かという立場が存在したものといえるだろう。なお、取消原因がある場合には 民法120条以下の取消に関する一般規定が適用されるのに対して、撤回にはこ れが適用されないものであることから、学説では、①取消原因がないという点 については共通した認識であったものといえる。そこで、このように法律行為 を対象とする取消のうち、①取消原因がないものであって120条以下の適用対 象とはならない「取消」をすべて「撤回」としてしまうと、撤回の範囲が広く なりすぎてしまうおそれがあり、①にさらに②や③の視点を加えてその範囲を 制限するかどうかということが問題となる。  なお、現行民法の起草者も、このようなドイツ民法学の影響を受けた「取 消」をめぐる議論に影響を受けたものと見られ、この頃に出版されたその教科 書には、取消から区別された「撤回」の用語が用いられている(30)。このこと (30) 富井政章『民法原論・第 1 巻(総則)』(有斐閣、1905年)399頁において申込みの「取消」は撤 回とされていないのに対して、富井政章『民法原論・第 3 巻(債権総論 上)』(有斐閣、1929年)

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は、ボワソナードおよび旧民法とは異なる視点から取消と区別して用いられる 「撤回」という概念が、その意味についてはなお議論の余地を残しつつも、学 説において定着していたことを示すものといえる。 三 現代の学説の基礎となる「取消」概念と「撤回」概念の区別  現在では、「撤回」が条文上の用語となっており、「取消し」と「撤回」とが 文言上は区別されている。そこで、民法の現代語化以後の教科書および体系書 はこの条文の文言を前提として書かれている。そのため、学説においてこれら の概念がどのように定着していったのかということを知るには、条文において 撤回という文言が用いられる前の議論を検討する必要がある。以下では、学説 継受期の後、民法の現代語化よりも前に、この概念が現代の民法学の基礎となっ た学説においてどのように定着していったのかということを見ていくことにす る。その上で、民法現代語化の基準とこれらの学説との比較を行うことにする。  教科書および体系書では、「取消」の多義性が指摘され、「撤回」という用語 も見られるのが一般であるが、撤回と取消の間の区別についてまとまった記述 のあるものは多くは見当たらない(31) 。しかし、その意味について述べるいくつ かの教科書を比較すると以下のようになる。 1  取消原因がなく行われる取消を撤回と称する立場  我妻栄『民法講義』は、「撤回」の語を諸処に用いているが(32) 、その定義を 明確に述べている箇所は見当たらない。しかし、「撤回」について述べるこれ 181頁は、選択の意思表示の「撤回又は変更」としている。ただし、前者の記述は、「撤回」と表 記されていなかっただけであり、実際には取消と撤回とを区別していたにもかかわらず単に条文 の文言に従ったのみであるとも考えられる。富井はこの「撤回」の意味を明らかにはしていない。 (31) 取消と撤回とを区別しているが、その理由は詳細には述べられていないものとして、林良平ほ か『債権総論(現代法律学全集 8 )〔第 3 版〕』(青林書院、1996年)61⊖62頁、三宅正男『契約法 (総論)(現代法律学全集 9 )』(青林書院、1980年) 6 ⊖ 8 頁、219頁などがある。 (32) 未成年者の営業許可の「撤回」について我妻栄『新訂・民法総則』(岩波書店、1965年)71頁、 選択の意思表示の「撤回」について我妻栄『新訂・債権総論』(岩波書店、1968年)59頁、申込 みの意思表示の「撤回」について我妻栄『債権各論(上巻)』(岩波書店、1969年)60頁、解除の

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らの箇所では、「無能力者や詐欺・強迫などを理由とする取消」と対比されて いるのであり、学説継受期において主張された川名や岡松、鳩山らの見解と同 様に、取消原因の有無に着目しているようにみえる。また、川島武宜『民法総 則』(33)は、書面によらない贈与の取消について、「意思表示には何らの欠点がな く確定的に有効な意思表示を、撤回することを意味するのであり、ここにいわ ゆる取消とは異なる」(34) と述べている。我妻と同様に、取消原因の有無という 観点から、取消と撤回とを区別しているようである。  四宮和夫『民法総則』(35) は、「取消の語は、狭義の取消のほか、種々の場合に 用いられている」とした上で(36) 、撤回を「意思表示ないし単独行為を行った者 が、行為者自身が欲しないことを理由として、その行為をなかったものとする 行為」(37) であるとする。この基準からは、「契約申込の『取消』(521条 1 項・ 524条)、遺言の『取消』(1022~1026条)、選択債権における選択の『取消』 (407条 2 項)、解除の意思表示の『取消』(540条 2 項)、書面によらない贈与の 『取消』(550条)、相続の承認または放棄の『取消』(919条 1 項)」(38) が撤回に含 まれる。そして、撤回は、「原則として、行為の終局的法律効果が発生しない かぎりは許されるが、ただちに終局的効果の発生するもの、および、終局的効 果発生後については、許されない」(39) ものである。そうすると、ここでは、撤 意思表示の「撤回」について(我妻・前掲『新訂・債権総論』184頁)、認知の「撤回」(我妻栄『親 族法・相続法講義案』(岩波書店、1938年)(親族法)100頁)、相続の承認または放棄の「撤回」 (我妻・前掲『親族法・相続法講義案』(相続法)56頁)について「撤回」と表記されている。た だし、無権代理行為の「取消」(我妻・前掲『新訂・民法総則』380頁)および書面によらない贈 与の「取消」(我妻・前掲『債権各論(上巻)』229頁])、夫婦間契約の「取消」(我妻・前掲『親 族法・相続法講義案』(親族法)66頁)については、「撤回」と考えるかどうかについては言及さ れていない。 (33) 川島武宜『民法総則(法律学全集17)』(有斐閣、1965年)。 (34) 川島・前掲注(33)書、418頁。 (35) 四宮和夫『民法総則(第 4 版)』(弘文堂、1986年)。 (36) 四宮・前掲注(35)書、209頁。 (37) 前掲注(36)。 (38) 前掲注(36)。 (39) 四宮・前掲注(35)書、210頁。

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回は原則としてその効力が未発生の法律行為を対象とするものと考えられてい るといえる。ただし、すでに効力が発生した場合を除外するかどうかというこ とは、「原則として」という表現からは明確ではない。そこで、そこにおい て、撤回の明確な基準としてあげられるのは、取消原因がないということだけ であるといえるだろう。また、無権代理行為の「取消」(115条)は、「意思表 示の撤回に近」(40) いものとされるし、「無能力者に対する営業や職業の許可の 『取消』( 6 条 2 項・823条 2 項)」は、将来効であるために「意思表示・法律行 為の取消とは異なる(撤回とも異なるが、撤回とよばれることがある)」(41) と位 置づけられる。さらに、夫婦間契約の「取消」(754条)や詐害行為の「取消」 は、取消原因がないという点からすれば、四宮の挙げる基準からすれば撤回に 含まれそうにも思われるのであるが、分類上は撤回とは別に挙げられており、 「完全に有効に成立した」法律行為を「遡及的消滅ないし原状回復」させる場 面として説明されている(42) 。前述の我妻の見解と比較すれば、区別の基準は同 じであるようにみえるものの、具体的に挙げられる撤回の条文には、若干の相 違がみられる点が興味深い。一方で、我妻が撤回と扱っている未成年者の営業 許可の取消を四宮は撤回でないとしており、他方で、我妻は、書面によらない 贈与の取消を撤回と明言していないのに対して、四宮はこれを明確に撤回に含 めている。このように、一見すると、取消と撤回の区別の基準を同じように考 えている学説であっても、その内容を具体的にみれば取消と撤回の用法には相 違がある可能性があることがわかる。 2  効力未発生の行為を対象とする取消を撤回と称する立場  つぎに、取消が一応は効力の生じた法律行為の効力を消滅させるものである のに対して、撤回は、まだ効力の生じていない法律行為の効力の発生を防止す (40) 四宮・前掲注(35)書、251頁。 (41) 四宮・前掲注(35)書、210頁。 (42) 四宮・前掲注(35)書、210頁。なお、四宮和夫(能見善久補訂)『民法総則 (第 8 版)』(弘 文堂、2010年)では、「撤回」に関する説明は見当たらない。

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るものと説明する立場がある。  槇悌次『民法総則講義』(43) は、「まだ終局的効力を生じていない意思表示や法 律行為の効力の発生を阻止する撤回(契約申込の取消〈521条、524条〉・遺言 の取消〈1022条〉)」と述べているし、森泉章『民法入門・民法総則』(44)は、「ま だ発生していない法律行為の効力を阻止する場合を、法律行為の効力を遡及的 に消滅させる取消しと概念上区別して、撤回といっている」と述べている。  また、幾代通『民法総則』(45) は、120条以下に規定される一般的な取消と異な るものは、次の 4 つに区分されると述べている(46) 。   ①  撤回(未成年者の営業・職業の許可の「取消」( 6 条 2 項・823条 2 項)、無権代理行為の「取消」(115条)、契約申込の「取消」(521条・ 524条)、懸賞広告の「取消」(530条)、選択の「取消」(407条 2 項)、解 除の「取消」(540条 2 項)、認知の「取消」785条)、相続の承認・放棄 の「取消」(919条)、遺言の「取消」(1022条以下)など)   ②  特殊な取消(書面によらない贈与の「取消」(550条)、夫婦間の契約 の「取消」(754条)など)   ③  裁判上の「取消」(婚姻・狭義離婚・縁組・協議離縁といった身分行 為の「取消」、詐害行為の「取消」(424条))   ④  私法上の意思表示でないものの「取消」(禁治産宣告の「取消」(10 条)、失踪宣告の「取消」(32条)、公益法人設立許可の「取消」(71条) など、私法上の意思表示でないものについての、国家機関のなす一定の 行為ないし処分)  このような分類で挙げられる撤回および特殊な取消の条文は、後に挙げる於 保の類型とほとんど同じであるが、幾代は、以下にみるように、撤回の対象を 法律行為の効力が発生していない場合(かつ、その発生を将来的に阻止する場 (43) 槇悌次『民法総則講義』(有斐閣、1986年)187頁。 (44) 森泉章『民法入門・民法総則』(日本評論社、1990年)224頁。 (45) 幾代通『民法総則(現代法律学全集 5 )〔第 2 版〕』(青林書院、1984年)。 (46) 幾代・前掲注(45)書、425⊖426頁。

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合)に限るものと考えているようである。  まず、幾代は、つぎのようにして、撤回が(終局的)法律効果を生じていな い行為を対象とするものであることを論じる。 撤回とは、まだ終局的な法律効果を生じていない法律行為ないし意思表示 の効果が将来発生ないしは存続することを阻止する一方行為、と定義され る。本来の取消に対し、撤回の特色は、自己がなした行為の効果を、その 後の事情の変化、または当該行為の効力が生ずることを欲しないというだ けの理由で(行為に原始的な欠陥があったことを必要とせずに)、消滅さ せるものである、という点に存する。撤回があった場合の効果は、本来の 取消のそれ(121条)とはことなり、かならずしも遡及効(遡及的失効) を有しない。(47)  また、幾代は、「特殊な取消」について「撤回」との差異を次のように述べ ている。すなわち、特殊の取消は、「有効に成立している契約を遡及的に失効 せしめるという点では、本来の取消しに準ずるということができるし、また一 方では、契約当事者の一方が行為の効力を欲しなくなったという理由だけで 『取消』をなしうるという点では、撤回と類似する面もないではない」(48) という のである。余り明確ではないが、ここから、「撤回」は、「特殊な取消」と異 なって将来的に効力の発生を防止するものというように考えられていたものと いえるだろう(49) 。 3  効力未発生の行為を対象とする取消、または、将来に効力が生じる取消 を撤回と称する立場  さらに、取消が一応は効力の生じた法律行為の効力を遡及的になかったもの にするのに対して、撤回はまだ効力の生じていない法律行為の効力を消滅させ (47) 幾代・前掲注(45)書、425頁。 (48) 幾代・前掲注(45)書、426頁。 (49) ただし、幾代・前掲注(45)書、425頁は、次に述べる於保や奥田を引用しており、その違い は判然とはしないところもある。

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る、または、将来的に効力をなかったものにするものと説明する立場がある。  於保不二雄『民法総則講義』は、以下に紹介するように、対象となる法律行 為の発生の有無という観点から説明する。まず、「法律行為の取消と異なる公 法上の取消はまず区別しなければならない(民10、13、32、〔旧〕68I 4 、〔旧〕 71)」(50) と指摘した上で、法律行為の取消にも様々なものがあることを述べて、 その特殊なものを次のように 4 つに分類する(51) 。   ①  撤回(未成年者の営業・職業の許可の「取消」( 6 条 2 項・823条 2 項)、無権代理行為の「取消」(115条)、契約申込の「取消」(521条・ 524条)、選択の「取消」(407条 2 項)、認知の「取消」785条)、相続の承 認・放棄の「取消」(919条)、遺言の「取消」(1022⊖1026条以下)は撤回)   ②  特殊の取消(書面によらない贈与の取消(550条)、夫婦間契約の取消 (754条)、詐害行為の取消又は債権者取消(424条)などは特殊の取消)   ③  相対的取消(詐欺による意思表示の取消(96条 3 項)のみは相対的取消)   ④  裁判上の取消(詐害行為の取消(424条)、婚姻・縁組等の身分行為の 取消(743⊖748条、764条、803⊖808条 1 項、812条、1027条)、会社設立 の取消(商140⊖142条、147条)、株主総会決議の取消(商247⊖251条)等)  於保は、取消と撤回の区別を次のように述べている。   取消はすでに発生している法律行為の効力を消滅せしめるものである。と ころが、法律は、まだ効力が発生していない法律行為について取消を規定 している場合がある。これを取消から区別するために、学術上の用語とし ては、これを特に撤回とよんでいる。…意思表示としてはすでにその効力 を生じているが、まだ法律行為としての効力を生じていない間に、その意 思表示又は法律行為を撤回して、法律行為としての効力の発生を阻止する ことを許すか否かが問題となる。民法は無権代理行為(民115条)及び遺 言(民1022⊖1026)についてこれを許し、契約の申込(民521、524、530) についてこれを制限している。なお、一方的意思表示によって効力を生ず (50) 於保不二雄『民法総則講義〔復刻版〕』(大学図書、1996〔1951〕年)271頁。 (51) 於保・前掲注(50)書、271⊖273頁。

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る形成権の行使行為は意思表示がその効力を生じた後ではもはや撤回の余 地はありえない。これは当然のことながら、民法は、選択権の行使(民 407Ⅱ)、認知(民785)、相続の承認放棄(民919Ⅰ)について特に規定し ている。また、未成年者に対する営業又は職業の許可(自由処分の許可も 同じ)の取消(民 6 Ⅱ、823Ⅱ)は、許可の効力は一旦発生しているが、 将来に向かって許可の効力を阻止するという意味で、これもまた許可の撤 回といわれることがある(52) 。  このようにして、於保は、撤回については、①「意思表示」ではなく「法律 行為」の効力の未発生・既発生を基準として、法律行為の未発生の場合に撤回 が問題となり得ることを指摘する。さらには、②効力が生じていても「将来に 向かって許可の効力を阻止する」という場面でも撤回が問題となりうるものと している。  また、於保は、「特殊の取消」という分類について、行為無能力及び意思表 示の瑕疵を原因とする取消であるか、これを原因としない取消であるかという 観点からなされる区別であるとしている(53) 。「特殊の取消」に関するこのよう な基準は、取消と撤回の区別に似ている。しかし、「特殊の取消」は、「撤回」 と区別されて説明されているのであるから、明らかではないが、「特殊の取 消」は「撤回」とは別個の概念として扱われているとみるべきであろう。特 に、書面によらない贈与の取消(550条)、夫婦間契約の取消(754条)がなぜ 「撤回」ではないのかということは、この記述のみからは明確ではない。  奥田昌道『注釈民法』(54) や末川博編『全訂・法学辞典』(55) も同様の分類であ (52) 於保・前掲注(50)書、272頁。 (53) 於保・前掲注(50)書、273頁。 (54) 於保不二雄編『注釈民法( 4 )総則( 4 )』(有斐閣、1967年)221⊖ 3 頁〔奥田〕。そこでは、「ま だ効力が発生していない法律行為について法律が取消を規定している場合には、学術用語では、 取消と区別し、撤回とよんでいる。…未成年者に対する営業または職業の許可の取消は、許可の 効力はいったん発生しているが、将来に向って許可の効力を阻止するという意味で、これもまた 許可の撤回といわれる」と述べられている。 (55) 末川博編『全訂・法学辞典』(日本評論社、1974年)〔撤回〕。ただし同書には、「任意にとりや

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る。北川善太郎『民法総則』(56) も同様の立場と言えるだろう(57) 。 四 民法現代語化後における「撤回」概念の明確化の必要性  ここまで述べたように、学説は、法律行為の取消であっても、民法120条以 下の一般的な規定が適用されない場合があることを広く認識して、これに「撤 回」または「特殊の取消」という名称をあててきた。しかし、その内容は、学 説において十分に明確となったわけではなく(58) 、このことを石田穣『民法総 則』(59) は、次のように指摘している。 未成年者の法定代理人による営業許可の取消し、解除の取消し(540条 2 項)、遺言の取消しなどは、法律行為の撤回ともいわれる。しかし、その 定義は困難であり、学問上あまり意味のある概念だとは思われない(遡及 効の有無では他の取消しと区別できず(解除の取消しには遡及効がある)、 法律行為の原始的瑕疵の有無でも他の取消しと区別できない(夫婦間の契 約の取消しは、原始的瑕疵を理由としないが撤回とはされていない)。ま た、法律効果の未発生な法律行為に関するものかどうかでも他の取消しと 区別できない(解除の取消しは法律効果の発生した法律行為に関するもの であり、他方、無能力や詐欺・強迫に基づく停止条件附法律行為の取消し めることと説明する方が理解しやすい場合もある」(734頁)とも述べられている。 (56) 北川善太郎『民法総則(民法講要Ⅰ)〔第 2 版〕』(有斐閣、2001年)は、「まずは、取消は法律 行為の撤回の意味で用いられる。すなわち、民法は、取消原因を要することなくある行為をなかっ たことにする場合も『取消』と称することがある」(216頁)と述べて、その例として未成年者の 営業・職業許可の取消( 6 条・832)、解除の取消(540条 2 項)を挙げている。また、北川・前 掲『民法総則』217頁は、「特殊な取消」について、「書面によらない贈与の取消(民550)や夫婦 間契約の取消(民754)においては、取消原因は不要であり、撤回に近い」と述べている。 (57) なお、民法現代語化の後の教科書で同じ基準を述べるものとして、中舎寛樹『民法総則』(日 本評論社、2010年)272頁がある。同書は、「撤回とは、将来に向かって法律行為の効力を一方的 に消滅させる行為、または、まだ効力が発生していない法律行為の効力をはじめから阻止する行 為である」と述べている。 (58) 亀田浩一郎「(17)撤回」椿寿夫=中舎寛樹編『解説・新・条文にない民法』(日本評論社、 2010年)91頁、94頁は、学説における「撤回」の用法の多様性を指摘している。 (59) 石田穣『民法総則』(悠々社、1992年)。

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は撤回とされていない))。(60)  このように述べて、石田は、「撤回という概念に拘泥する必要はなく、民法 の定める種々の取消しにつき同法120条以下がどこまで類推適用されるかを吟 味する方が重要である」(61)と結論づけている。確かに、石田の述べるように、 個々の条文についてその要件及び効力を検討することは重要である。しかし、 今日では、「撤回」は条文上の用語となったものであり、その意味を明らかに することが不可欠となっているものといえるだろう。  これに対して、民法現代化後、椿寿夫『民法総則』(62) は、次のように指摘し ている。 これ〔現代語化によって「撤回」と改められたこと〕により、「条文に取 消しとあるが実は撤回と回される場合だから、たとえば詐欺による取消し は許される」「撤回だから、法定原因による取消しの可能性には影響しな い」などとわざわざ説明しなくてもよくなるであろう。(63)  しかし、肝心の「撤回」の意義は、現代語化によって明確になったのだろう か(64) 。  民法現代語化における「撤回」は、「法律行為の効力がいまだ発生していな いものにつき、行為者自身がそれを欲しないことを理由として、その法律行為 がなかったものとする」(65) 場合であるとされている。このような立場は、学説 継受期から現代まで、学説における一つの見解として唱えられてきたもので あった。しかし、そこから外れるもの、たとえば、書面によらない贈与につい ては、わが国では、書面が要件とされていないので、有効に成立したことを想 (60) 石田・前掲注(59)書、479⊖480頁。 (61) 石田・前掲注(59)書、480頁。 (62) 椿寿夫『民法総則(第 2 版)』(有斐閣、2007年)。 (63) 椿・前掲注(62)書、99頁。 (64) 「今回の改正〔民法現代語化〕では、前記『撤回』の意味で用いられている『取消』の語(407 条 2 項・521条 1 項等)を個々の条文上も『撤回』の語に改めることによって、『取消し』と『撤 回』の概念の区別を法文上明確化することにしたものである。」とされている(池田真朗『新し い民法―現代語化の経緯と解説(ジュリストブックス)』(有斐閣、2005年)32頁)。 (65) 池田・前掲注(64)書、32頁。

(20)

定しているのであろうが、これを「撤回」と改めたことによって、前記の民法 現代語化における基準は不明確になってしまう。これまで唱えられてきた学説 の中では、書面によらない贈与の取消を、一般的な取消しとも撤回とも異なる 「特殊の取消」としていたり、または、「撤回」に含めるとしても撤回の定義と して単に取消原因がないことまたは将来効であることを挙げていたりしたため に、撤回の概念は矛盾を含まない概念であるようにみえた。しかし、書面によ らない贈与の取消が撤回であるとするならば、撤回の矛盾のない定義として は、すでに効力が発生した行為であってもその効力をなかったものにする場面 も含むという定義を採用しなければならないことになる。確かに撤回について は書面によらない場合には現実に履行されていない部分については終局的に効 力が発生していないものと考えることによって、民法現代語化により採用され た定義も矛盾を含んでいないと考える余地はありそうにみえる。しかし、この ような例だけでなく、たとえば選択の意思表示の「撤回」について考えればど うだろうか。選択の効力は遡及的に発生するにもかかわらず(411条)、相手方 の承諾を得れば「撤回」できるとすれば、これは既に生じた選択の効力を遡及 的に消滅させていると考えざるを得ず、民法現代語化により採用された定義を 維持できないのではないだろうか。このように、撤回概念は、民法上の用語と なったために、むしろ、そのすべての条文において矛盾のない定義を模索せざ るを得なくなったのではないかと思われる。 五 おわりに――取消しの多義性  本稿では、ここまでにおいて、学説継受期から今日の学説の基礎が形成され る時期までに、「撤回」の用語がどのように学説に定着してきたかということ を紹介しつつ、法律行為または意思表示に関する取消しの多義性について検討 を行った。その結果として、取消に相当する旧民法における概念区分(銷除、 廃罷、言消)は、今日では用いられず、学説は、特にドイツ民法学における撤 回の概念との区別とう観点を中心として取消しの多様な意義を理解してきたこ とが明らかになった。

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 学説では、制限行為能力または詐欺もしくは強迫という取消原因が存在しな い場面、すなわち、120条以下の規定が適用されない「取消し」を説明するた めに、撤回の用語を用いてきた。しかし、このように取消原因がない場合につ いて「撤回」と称される場面について、さらに、一般的な取消しとの比較にお いて対象となる法律行為の効力がまだ発生していない場面であると考えるの か、さらには、将来に向かって効力の発生を阻止すると考えるのかという点に おいて学説間に違いが見られた。  その違いは、具体的には、未成年者の営業・職業許可の取消し、無権代理行 為の取消し、書面によらない贈与の取消し(撤回)、夫婦間契約の取消し(撤 回)を(特殊の)取消しと構成するか、撤回と構成するか、これら以外のもの と考えるのかという点に現れているようである。ただし、学説では、「撤回」 の定義が同じであるようにみえるにもかかわらず異なる条文が例として挙げら れていたり、または、「撤回」の定義を異にしているようにみえるにもかかわ らず同様の条文を挙げていたりすることがあり、「撤回」の定義から個々の条 文を吟味してきたかどうかという点では曖昧なところも残されていた。  撤回が120条以下の規定の適用されない「取消し」であるという最も広い定 義を取れば、制限行為能力者の行為の取消しや詐欺・強迫による意思表示の取 消しを除いて、すべての法律行為の「取消し」が撤回に含まれることになる。 しかし、このような最も広い定義を述べる学説であっても、たとえば詐害行為 取消は当然にここから除去されるのであり、「撤回」の定義にはさらに制限が 必要となる。  そこで、民法現代語化では、未だ発生していない行為を対象とするものであ るとの立場を採用したのかも知れない。しかしながら、先に述べたように、選 択の意思表示や書面によらない贈与の「撤回」では、すでに効力が発生したも のを対象としており、この基準から外れてしまう。そこで、本稿は、これらを 撤回に含めるためには、すでに効力が発生したものも撤回できるものと考えざ るを得ないことを述べた。ところが、このように定義を広げると、今度は、民 法現代語化によって撤回には改められなかった条文、たとえば、未成年者の営

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業・職業の許可の取消し、夫婦間契約の取消しなども「撤回」と称する必要性 が出てくるものと思われる(66) 。  最後に、本稿の検討を踏まえて、私法上の行為を対象とする取消しの多義性 を整理しておくことにする。  ①まず、(a)私法上の行為を対象とするものであっても裁判所によるもの (詐害行為取消や婚姻の取消など)(67) と、(b)それ以外のものとがある。  ②次に、(b)の取消しには、(c)制限行為能力者の行為または詐欺・強迫に よる意思表示について遡及的に効力を消滅させる一般的なもの(68) 、(d)これら の原因のないものがある。  ③そして、(d)の取消しには、(e)すでに効力が生じた行為について遡及的 に効力を消滅させるもの(夫婦間の契約の取消し)(69) および(f)将来的にしか 効力を消滅させないもの(未成年者の営業・職業許可の取消し)(70) 、ならび に、(g)まだ効力が生じていない行為についてなされるもの(無権代理の取消 し)(71) がある。  このうち、民法現代語化の撤回の基準からすれば、(g)が撤回に相当するこ とになるはずであるが、そこに含まれると考えられる無権代理の取消は、撤回 に改められていない。また、前述のように、すでに撤回の用語に改められた書 (66) 民法現代語化の問題点を全般的に検討するものとして、加賀山茂「民法現代語化の効用と問題 点――民法典現代語化研究会案からの逸脱を中心に」『現代民法学習法入門』(信山社、2007年) 128⊖168頁がある。 (67) 424条以下〔詐害行為取消〕、733条、743条以下および772条 2 項〔婚姻の取消〕、803条以下〔縁 組の取消し〕、859条の 2 第 2 項〔成年後見人が数人ある場合の権限の行使の定めの取消し〕、880 条〔扶養に関する協議又は審判の取消し〕、894条以下〔推定相続人の廃除の取消し〕、919条〔相 続の承認及び放棄の取消し〕、1027条〔負担付遺贈に係る遺言の取消し〕。 (68)  5 条 2 項〔未成年者の行為の取消し〕、 9 条〔成年被後見人の行為の取消し〕、13条 4 項〔保佐 人の行為の取消し〕、17条〔補助人の行為の取消し〕、96条〔詐欺又は強迫による意思表示の取消 し〕、120条以下〔取消し〕、433条〔連帯債務者の一人に関する取消原因〕、449条〔取り消すこと ができる債務の保証〕。 (69) 754条〔夫婦間の契約の取消し〕。 (70)  6 条 2 項、823条 2 項および857条〔未成年者の営業の許可の取消し〕。 (71) 115条〔無権代理の相手方による契約の取消し〕。

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面によらない贈与の取消し(撤回)は、夫婦間贈与と共に(e)に含まれるも のと考えられる。それにも係わらず、一方で、書面によらない贈与については 撤回とされており、他方で、夫婦間契約については取消しのままとなってい る。民法現代語化の基準からすれば、いずれも撤回に改められるべきものには あたらないはずである。  本稿では、既存の学説を検討することを通じて、現行民法における撤回の用 法について検討したのみであって、取消しの類型および撤回の意義をさらに明 らかにするには、その要件及び効果を個々の条文について具体的に比較検討す ることが必要であろう。しかし、このような課題は残されるものの、本稿にお いて検討した範囲でも、現行民法における撤回の用法はなお条文上明確化する には至っておらず、したがって、民法上の取消しの用語は、なお多義的な用語 として存在していることが明らかになったものと思われる(72) 。このことは、さ らなる民法改正の余地を残しているということを示すものであろう。 ―ふかがわ ゆか・法学部准教授― (72) 深川・前掲注( 1 )論文において、ボワソナード草案に遡って「取消」の多義的用法について 検討し、取消しと区別される撤回とは無理由で効力をないものにする意思表示であると考えた。 そこでは、「無理由」で効力をないものにすることができるとすると相手方を害する可能性があ るため、撤回が可能となるには、相手方を害しないようにする手段が必要とされることを指摘し た。その手段には、撤回の効力について将来効しか有しないものとしたり、遡及効を有するとし ても相手方の同意を要するとしたりすることが含まれる。

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